オカエリナサイ――南オーストラリア・ク-バーペディにて
どたばたしているうちに2ヶ月も更新を空けてしまった。
今、オーストラリアの南、クーバーペディに来ている。あと22時間ほどとなった小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還を取材するためだ。JAXAの回収隊及びマスメディア関係者が、再突入カプセルが着地するウーメラ実験場の南側のグレンダンボという街にいるが、私は反対側のクーパーペディに陣取った。 こちらにもJAXAの光学観測班が待機しているとのこと。発光する再突入カプセルを観測して、着地点を推定するためだ。
ついにここまで来たのか。
2005年の小惑星イトカワへのタッチダウンとその後の通信喪失、翌年の劇的としか形容しようのない復帰と、満身創痍の機体による帰還飛行。ここまでたどりついただけでも、本当に良くやったと言わねばならない。
「はやぶさ」に関する情報流通も着陸があった2005年に比べればぐっと良くなった。今回は私ががんばらなくとも様々な情報が広く公開され、多くの人々に届くだろう。私は、私にしかできないことがあれば、その都度このブログとTwitter(@ShinyaMatsuura)に書き込んでいくことにする。現地はかならずしも通信状況が良くないので、情報が遅れることもあるだろうがご容赦願いたい。
この後何があっても、私はバンザイをするだろう。再突入が失敗したって許す、カプセルに何も入っていなくても許す(私が許したからどうだ、というのはとりあえず突っ込まないで欲しい)。それは失敗ではない。始まりが終わっただけだ。まだまだやること、やれることはいっぱいある。
いまから心しておくことがある。「はやぶさ」を忘れてはならない。これをきっかけに日本を「はやぶさ2」をはじめとした様々な探査機をどんどん太陽系の各所に飛ばせる国にしていこう。そのためには「はやぶさ」を忘れてはならない。
実は私たちはかなり忘れやすい。
前例がある。1912年、白瀬矗に率いられた日本初の南極探検隊は、アムンゼンとスコットが南極点到達を競ったのと同時に南極を踏破した。経験不足もあって彼らの足跡は南極大陸のごく一部にとどまった。それでも白瀬隊の探検は、「日本がフロンティアに出ていった」最初期の行為となった。
白瀬隊の資金はかなりの部分が民間からの募金でまかなわれた。当時、メディアも国民も白瀬の構想をこぞって応援したのである。しかし、白瀬が帰国し、歓呼の声で迎えられ、その後しばらくして起きたのは忘却だった。
白瀬は南極探検にあたって少なからぬ借金をしていた。しかし借金が消えぬ間に、白瀬隊への一般からの支援は消え、きれいさっぱり白瀬は忘れ去られた。
帰国後の白瀬は、南極で撮影した映画フィルムを抱えて講演をしては借金を返済するという生活を20年以上に渡って続けざるを得なかった。本来ならば何らかの形で継続的に南極探査を実施すべきところを、第二次世界大戦後、永田武・西堀栄三郎らが学術調査としての南極調査を再開するまで、日本の南極探査は途絶えた。
はやぶさは世界初の壮挙を成し遂げつつある。それは終わりではなく始まりだ。より深く太陽系を理解するためにより様々な場所へ、より遠くへ。
今、「はやぶさ」の後継機「はやぶさ2」は、開発が開始できるかぎりぎりのところにある。当初2010年を予定していた打ち上げは、奇妙なことに引き延ばされるだけ引き延ばされ、現状では2014年である。
小惑星には様々な種類がある。「はやぶさ」が赴いた小惑星イトカワは、岩石主体のS型小惑星だった。このほか、炭素主体のC型、金属主体のM型、その他反射光のスペクトルの違いでP型、E型、B型などに分類される。S型を探査したので、次にC型を狙うわけだ。
「はやぶさ2」の航行能力で到達できるC型小惑星は、この1999JU3しかない。
小惑星に限らず、太陽系の他の星への打ち上げのチャンスは、地球との位置関係によってかなり限定される。
「はやぶさ2」の目的地であるC型小惑星1999JU3へは、2014年の打ち上げチャンスを逃せば、次は2020年代となる。つまり、2014年打ち上げを逃せば、事実上の「はやぶさ2」は中止になる。
2014年打ち上げのためには、2011年度に数十億円規模の予算が付き、開発がスタートすることが必須である。「はやぶさ2」は、ほぼ「はやぶさ」同型機とはいえ、一品物の機体を制作するのに打ち上げまで4年という時間はもはや限界にちかい短さだ。
技術も人も、続けることによってのみ維持発展する。今年は、「はやぶさ」の成果を日本が「はやぶさ2により」継承発展させることができるかどうかがはっきりすることになる。
まず私たちが見守るべきは、「はやぶさ2」を巡る予算の状況だろう。
しかし「はやぶさ2」も終わりではない。
その先には、枯渇彗星核を狙うより大型の探査機「はやぶさマーク2」があり、現在順調に航行を続けるソーラー電力セイル試験機「イカロス」の技術と「はやぶさ」のイオンエンジンが合体した、木星及びトロヤ群小惑星観測を目指す「ソーラー電力セイル探査機」構想が存在する。私たちの知識は少なく、太陽系は広大だ。
明日、はやぶさはマイナス5等の明るい流星となって南オーストラリア上空に輝くことになる。私は消えゆくはやぶさの光に「日本が継続的に太陽系全域を探査できる国となるように」と願うつもりだ。
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