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逮捕・捜索の違法性認め賠償命令 「免状不実記載」事件で横浜地裁

佐藤恵2009/01/14
2006年10月24日早朝、小田原市に住むフリー編集者のAさん(50)は、出勤のため自宅マンションの駐輪場に降りたところを、神奈川県警公安三課によって突然令状逮捕された。容疑は「公正証書原本不実記載等」(免状等不実記載)。ひと月前の運転免許証更新の際に、住民票がある鎌倉の実家の住所で申請したことがその理由だった。事件から2週間。警察の強引なやりかたに抗議する声明に、275人・39団体が賛同を寄せた。Aさんは小田原署に10日間勾留されたあげく、不起訴処分で釈放された。
神奈川 裁判 NA_テーマ2
逮捕・捜索の違法性認め賠償命令 「免状不実記載」事件で横浜地裁 | <center>都内で行なわれた判決報告集会のようす(08年12月21日)</center>
都内で行なわれた判決報告集会のようす(08年12月21日)
 公安警察による微罪、別件逮捕が相次いでいる。総理大臣の邸宅をひと目見ようと、繁華街をゾロゾロ歩いているだけで「公務執行妨害罪」の現行犯逮捕。新左翼団体や労働組合への介入には、計画的に「免状不実記載罪」を発動する。だがそんな微罪弾圧に対し、賠償を求める民事裁判が闘われ、警察の無法ぶりを批判する判決が下されていた。



■「主文1.被告神奈川県は、原告Aに対し、金33万円及びこれに対する平成18年10月24日から支払済みまで年5部の割合による金員を支払え」 ――裁判長が判決文を読み上げると、原告席のAさんは右手の親指を立て、傍聴席にむかって照れくさそうな笑顔を見せた。

 06年10月、神奈川県小田原市で起きた「免状不実記載」事件。この国家賠償請求訴訟で横浜地方裁判所民事第6部(三代川俊一郎裁判長)は12月16日、失われかけた裁判所の良識をかいま見せる判決を言い渡した。

■2006年10月24日早朝、小田原市に住むフリー編集者のAさん(50)は、出勤のため自宅マンションの駐輪場に降りたところを、神奈川県警公安三課によって突然令状逮捕された。容疑は「公正証書原本不実記載等」(免状等不実記載)。ひと月前の運転免許証更新の際に、住民票がある鎌倉の実家の住所で申請したことがその理由だった。

 階上の自室前には十数人の警官が待機。浴室でシャワーを浴びていた妻Bさんに着替えさせ、ドアを開けさせると、一気に室内になだれ込んだ。7時間にもおよぶ家宅捜索。容疑と関係のない印鑑や貯金通帳まで持ち去った。捜査員たちはやがて手持ちぶさたになり、雑談を交わしたり、同じ作業を繰り返して時間をつぶしていた。持病のあるBさんは、部屋を埋める警察官の一人にコップ一杯の水を求めたが、許されなかったという。

 逮捕現場と免許証に記載された鎌倉の実家、所属する新左翼団体の東京と大阪の事務所の計5箇所が続けざまに捜索を受け、押収品の数は合計118点にも上った。

 事件から2週間。警察の強引なやりかたに抗議する声明に、275人・39団体が賛同を寄せた。Aさんは小田原署に10日間勾留されたあげく、不起訴処分で釈放された。

■Aさんと捜索を受けた三者は同年12月、神奈川県と国に総額275万円の損害賠償を求めて横浜地裁に提訴。争点は、(1)神奈川県による本件各令状の請求、(2)令状裁判官による本件各令状の発布、(3)県警による本件逮捕等の実施、が国賠法上、違法か否か。そして「損害」についてである。裁判は8回の公判を経て昨年10月に結審。事件からちょうど2年が経っていた。裁判所は原告らの訴えをほぼ受け入れ、被告神奈川県に対し総額55万円の賠償を命じた。

 なぜこんなことが起きたのか。判決が認めたように、実際の住所と免許証上の住所が異なる例など、世間にはいくらでも存在する。「住所変更」について運転教則本には「すみやかに届ける」旨の警告があるだけだ。各地の免許センターでは「更新時の変更」を認めているから、最長5年間は「旧住所」のままにしておくことも十分あり得る。ふだん免許証を持ち歩かないAさんのようなペーパードライバーで「ゴールド免許」なら、なおさらである。

逮捕・捜索の違法性認め賠償命令 「免状不実記載」事件で横浜地裁 | 判決の直後に解説をする内田雅敏弁護士(08年12月16日)
判決の直後に解説をする内田雅敏弁護士(08年12月16日)
■「キーワードは極左暴力集団」だと、裁判を担当した内田雅敏弁護士は指摘する。法廷で被告神奈川県は、次のような主張を展開した。

 新左翼団体の専従として活動するAが虚偽の住所で運転免許証を更新したのは、Aの個人的な行為ではなく、警察の捜査から逃れたり、対立するセクトの内ゲバから逃れたりするためである。それは所属団体の「極左暴力集団」という性格と、「武装闘争路線」の一環として、組織活動を推進するために計画的に行なわれた。

 この団体は30年前に三里塚闘争で引き起こした暴力的破壊行為(※)を、いまだに反省していないだけでなく、機関紙においてそれを賛美している。反皇室闘争、反戦・反基地闘争などに重点を置き、傘下の青年組織の規約においても極左革命理論が堅持されている。警察の捜査がAの身辺に及んだことを察知すれば、逃走、罪証隠滅を図ることは明らかである。したがって逮捕と強制捜査の必要性があったのだ、と。

 原告側は真っ向から反論した。そもそも本件は軽微な事案である。免許証に記載された住所はAの実家の住所であり、Aは、そこに一人で住む母親との関係維持のために、定期的に訪れている。道交法の手続き上、本人の特定さえできれば、「住所の複数性」は認められるべきだ。Aは普通の市民生活を営んでいる者であって、誰でも参加できる一般的なデモや集会に公然と参加しているのだから、逃亡も、罪証隠滅のおそれもまったくない。

 団体は過去30年以上にわたって暴力的な活動をしていないし、警察側もなんらそれを立証できない。本件被疑事件には嫌疑も組織性もなく、したがって逮捕も強制捜査の必要もなく、任意捜査で十分に目的が達成できたのだ、と。

■判決は、「不実記載罪の嫌疑がある」とは認めたものの、それ以外の逃亡、罪証隠滅の恐れにもとづく逮捕、強制捜査については、その必要性や根拠がなかったとして県の過失を認め、被告の主張を退けた。とりわけ公安が法廷で繰り返し力説した「犯行の組織性、当該団体の暴力性」について、「(被告らの主張には)論理の飛躍があり、合理的な根拠が客観的に欠如していた」と非難。さらに原告の日常の具体的な生活様式や、Aが所属する党派と他の党派との違いにまで踏み込み、「強制捜査の主たる目的は、情報収集にあった」と結論づけた。「険悪な革命集団」であるかのように描かれたストーリーを、裁判所はことごとく否定したのである。

■判決を受けたAさんは、「頻発する公安警察の微罪逮捕に、警鐘を鳴らした判決。反撃の論争をしていく」と話した。内田弁護士は「法廷で論争ができた。金銭の問題ではない。今回の裁判長、裁判官は非常によかった。核心を突くいい質問をしてくれた」と評価した。

 「Aさんが万引きをすれば、それも組織的行為になるのか」――今回の弾圧を指揮した公安3課Sへの、裁判官による証人尋問である。こんな素朴な疑問を抱かせるほど、警察側の論理は、無理と矛盾だらけの、粗悪な代物だった。そこに表現されたのは、「過激派に、活動家に人権なし」と言わんばかりの、独善的な思い込みだった。

 内田弁護士は、「公安警察はまったく反省していない。彼らにとっては『やり得』であり、成果にすらしている」と、怒りをあらわにする。

 そもそも、である。警察が請求する令状を、裁判所がろくに検証もせずに発付することが許されるのだろうか。この「チェック機能」について判決は、「裁判官の権限の趣旨に明らかに背いて行使したのではない」と、言葉巧みに責任を回避した。

 「ささやかな勝利だが、原告が受けた打撃、損害の回復には、到底ならない」。――内田弁護士は釘をさす。運動に忙殺される日々を送りながらも守り続けてきた、ささやかな私的空間。それを土足で踏み荒らした悪夢のような強制捜索。Bさんは今でも、あの日のトラウマに苦しんでいるという。

■「救援連絡センター」で事件の初報を受けた川村理弁護士は、「県が控訴すれば、舞台は東京高裁に移る。ここには最高裁よりひどい裁判官が集まっている、国家と行政の最後の砦だ。心して闘っていきたい」と冷静に胸のうちを語った。

 ここ数年来、厳しい治安弾圧にさらされているのは、左翼団体というより、どこにも所属しない個人が結集する運動体であり、その行動だろう。国家に楯突くものは誰でも容赦しない。ますます強化されハイテク化する監視と拘束の対象になる。その範囲は広がりこそすれ、狭まることはない。そんな暗黒の時代に、すでにさしかかっている。

 公安警察の暴走、やりたい放題に歯止めをかけるのは、自覚した市民一人ひとりの、立場を超えた自由で豊かな発想、英知の結集、そして理不尽を許さないという、強い決意ではないだろうか。被告県はこの判決を不服として12月24日、控訴した。

※:1978年3月26日の「成田空港管制塔占拠事件」をさす。
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