
談笑するZOCドライバーたち。乗務員室には活気があふれている=15日、福岡県遠賀町
タクシー運賃は数百メートルごとに50円、80円と上がっていく。渋滞に巻き込まれると止まっていても運賃が上がる。
「お客さんの家の前でカチャと上がったりすると胃が痛みます。背中に刺すような視線を感じますき」とは、あるベテランドライバーの証言だ。さらに「自分は気が弱いから、100メートルも手前でメーターを止めよります。いつ運賃が上がるか分からんですから、お客さんに苦情を言われるよりましやもんね」。
遠賀タクシー(福岡県遠賀町)では20台がZOC、20台が従来タクシーで営業する。ZOCを再開して2週間ほどしたとき、社内には『タクシー走り』と『ZOC走り』という聞き慣れない言葉が発生していた。
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ZOCのゾーンは15分と6キロ(初乗り5キロ)という時間・距離である。ゾーンを重ねるこどに運賃が800円上がる。タクシー運賃の80円加算(北九州地区)に比べ、金額で10倍。距離で約20倍というゾーンの大きさである。同社でドライバー歴30年の伊規須典也さん(67)は「安らぐ」と言う。
伊規須さんは土木会社を転々とした後、30代半ばから「手っ取り早い」タクシーに乗った。妻は「体裁が悪い」。長男は「友達にお父さんの職業聞かれても言いにくい」と嫌がった。横柄な客もいる。運賃や道順など客とのトラブルも少なくなかった。
それでも「1人でも客をと、がつがつ働いた」。食事はかき込み、少しでも長くハンドルを握った。「がつがつ」が緊張を生み、イライラしながら走ってきた。こういう走り方が『タクシー走り』の典型である。
『ZOC走り』のキーワードが「安らぐ」である。ZOCは運賃が安く深夜料金もない。乗客も電話番号、氏名を明かしての予約だから安心だ。流しの必要がないので昼食は自宅で食べられる。「何より、ゆっくり走っても気持ちに余裕ができるとな」。そのゆとりが安全につながるという。「体力的にあと1、2年で引退しようと思う。もう“タクシー走り”には戻れんね」
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ZOC運賃はタクシーに比べて長距離になるほど安くなり、一般タクシーに比べると4割引き程度になる。深夜料金がないので、深夜では6割引きに近づく。それでも1日の運賃収入は4万円を超える勢いだ。北九州地区のそれは1日約1万9000円(2月、北九州タクシー協会調べ)。利用者のZOCへの支持を示している。
運行効率でもZOCは優れている。1日の総走行距離を分母に乗客を乗せて走った距離を分子にした数字を実車率と呼ぶが、同地区タクシーの平均実車率34.4%をはるかに上回る53%(3日現在)を実現したのだ。
「長いことこの仕事をしているが、50%を超える車が出たときは信じられない思いだった」と、木原圭介社長は言う。さらにZOCとタクシーの比較から意外な事実を発見した。
同社には1日の運賃収入が4万円を超えるタクシードライバーが何人かいる。彼らが売り上げを伸ばせば伸ばすほど、実車率が落ちていくのだった。タクシーは客を求めて走り回る。そして、走り回るほど運行効率が悪化するという連鎖。いつまでも長時間労働から解放されない実態が浮かび上がる。伊規須さんの言う『タクシー走り』のきつさと緊張が数字にも明確であり「戻りたくない」という言葉を裏付ける。
(次回は21日に掲載します)
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=2009/04/17付 西日本新聞朝刊=