香山リカのココロの万華鏡

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香山リカのココロの万華鏡:“時間かせぎ”で悩み解決 /東京

 3月は、自殺対策強化月間。毎年の統計で、自殺者がいちばん多いのがこの3月なのだそうだ。

 たしかに、3月は働く人にとっては年度末や異動、学生にとっては受験や卒業など節目の月。「4月からの新年度が待ち遠しい!」という人の陰には、「今年度もダメだった」と失望や絶望に追い込まれる人たちも少なからずいる。振り返れば私自身も、受験の失敗、不本意な辞令などで3月を暗い気持ちですごした年もあった。

 ただ、精神科医として「もう死ぬしかない」と訴える人たちにも数多く会う中で、ひとつ確信していることがある。それは、「解決策のない悩みごとはまずない」ということだ。もちろん、まれにどうしても取り返しのつかないこともあるが、それでも人間には、自分の痛みを「これも人生勉強だ」などと前向きにとらえ直す心の強さが備わっている。ひとりでは解決できないことでも、専門家や家族、友人の知恵や助けを借りれば、必ず“抜け道”が見つかるものだ。

 だから、診察室で「もう死ぬしかない」と言う人には、「そんなことはいけません」などとは言わずに、「とりあえずちょっと待って」と伝える。「少しだけ時間をくださいよ、私も何か方法がないか考えるし、絶望的な気分は治療で少し軽くなるはずだから」。「ダメ」ではなくて「待って」と言われた人は面食らったような顔をしながらも、「はあ、まあ」と私の提案を受け入れてくれることが多い。“時間かせぎ”は姑息(こそく)な手段に見えるかもしれないが、実はとりあえずはこれがいちばん有効な手立てだ。

 詐欺に遭い7億円もの資産を失った経験のあるイラストレーターの内藤ルネ氏は、生前、こう語っていた。「私も死にたい、と何度も思った。でも、本当にそう思いつめるのは30分くらいのこと。その30分をうまくやりすごせれば、なんとかなるものなの。だから、そんな気分がわいてきたら、すぐに映画館に逃げ込むことにした。映画を見終わった頃(ころ)には、気分も少しかわっているはずだから」

 「ああ、もうダメだ」と思ったら、とにかくまず30分をやりすごす。そして、落ち着いて「誰に話してみようか」と相談相手をさがす。そうすれば、たとえ時間はかかっても、ほとんどの悩みは解決に向かって動き出すものだ。受験の失敗も失恋も、かなりの額の借金や人間関係のトラブルも、自分が人類ではじめて経験したわけではない。必ず解決の先例はある。そう信じて“時間かせぎ”をしてほしい。

毎日新聞 2010年3月2日 地方版

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