普天間飛行場移設問題 RSSicon

移設経緯(2)<県内>「既に基地あるから」 “苦渋歴史”背景に負担集中2009年10月25日  このエントリーを含むはてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録 twitterに投稿する

県内の移設候補地

 用地確保の困難性や、国内政治の問題から県外移設が消え、普天間飛行場の行き先は、結果的に県内で模索することになる。なぜ県内となるのか。守屋元次官は「沖縄は不幸なことに(既に基地が)できているから。新たに造るというと、各県では新設の余地はない」と説明する。沖縄の基地集中の歴史的経緯ゆえ、沖縄への負担集中の背景とされたことになる。
 県内移設にはこれまで、伊江島補助飛行場や勝連半島沖、津堅島沖、読谷補助飛行場、嘉手納基地、嘉手納弾薬庫地区、キャンプ・ハンセン、シュワブ、下地島空港などが挙がってきた。
 鳩山政権発足後の移設経緯検証でも、防衛省の井上源三地方協力局長が10月17、18の両日、過去の経緯の検証として、伊江島、嘉手納弾薬庫地区、勝連半島沖、下地島を視察した。
 伊江島への移転では、キャンプ・ハンセン、シュワブに駐留する地上部隊とヘリ部隊が切り離されることに米側が難色。下地島も距離が離れ過ぎるとして消えた。
 普天間ヘリ基地機能の嘉手納基地への統合は、SACOの中で、辺野古への移設と並んで正式に検討された。当時、米国防次官補代理で現在の国務次官補のキャンベル氏も強く支持した。だが、米軍側から嘉手納の空軍と海兵隊との折り合いの悪さや、運用上の安全面の問題、さらに地元の強い反発を背景に廃案となった。
 津堅島沖の案は、現在、在沖米海兵隊外交政策部(G5)次長で、元大阪大准教授のロバート・エルドリッヂ氏らが提唱した。普天間と那覇軍港などの代替施設を勝連沖に集積させる代案で、運用する海兵隊側も同案を積極的に支持していたとされる。


次の記事:八丈島近海で8人乗り漁船遭難...>>
アイコン 今日の記事一覧 アイコン 今月の記事一覧 アイコン 最近の人気記事


普天間飛行場移設問題一覧


過去の記事を見る場合はこちらをクリックするか、 ページ右上のサイト内検索をご利用ください。