大正、昭和歌壇で活躍した歌人斎藤茂吉は、大のうなぎ好きだった。茂吉の日記には、かば焼きを食べたとの記述がたびたび登場する。数えると何と902回出てくるそうだ(林谷廣著「文献 茂吉と鰻(うなぎ)」短歌新聞社)▼うなぎを詠んだ歌も数多い。「これまでに吾(われ)に食われし鰻らは仏となりてかがよふらむか」は供養詠か。腹の中で成仏し光り輝いているであろうか、とは何とも身勝手な。そんな茂吉も喜ぶであろう新聞記事を先週読んだ▼水産総合研究センター(横浜市)が世界初のウナギの完全養殖に成功したという。日本の食卓に上る99%は養殖ものだが、シラスウナギと呼ばれる稚魚を近海などで捕って育てる方法しかなかったから快挙に違いない▼川をさかのぼって産卵するサケとは逆に、ウナギは川や湖で成長し、外洋に戻り深海で産卵する。だが産卵の環境などに謎が多く、長い間、人工ふ化や稚魚の育ちにくさの壁を破れなかったそうだ▼稚魚の漁獲量は、この30年間で約10分の1に急減した。乱獲でウナギ絶滅の恐れさえ指摘され、ヨーロッパウナギはワシントン条約で昨年、輸出入が規制された。資源保護は急務で天然稚魚に依存しないウナギの再生産技術への期待は大きい▼ただ人工ふ化の成功率は低く、稚魚の供給に向け一歩踏み出したにすぎない。茂吉もこよなく愛した日本の食文化を守るために、完全養殖の実用化を急ぎたい。
[京都新聞 2010年04月17日掲載] |