こんにちわ、もるぼるというものです。この作品はファンタジーです。魔法も魔王も出てきます。作者の知識不足のためいろいろおかしな点があると思いますが、ご容赦ください。一応、復讐ものになります。人によっては残酷と感じる描写があるかもしれません。感想、批評、誤字・脱字の指摘などをいただければ幸いです。よろしくお願いします。赤。自分の覚えている最も古い記憶は赤だった。血の赤だったかもしれない。炎の赤だったかもしれない。あるいはその両方だったのかもしれない。そして恐怖と絶叫。それが全てだった。父の顔も母の顔も覚えていない。故郷がどんな場所だったかも全く記憶にない。ただ世界を蹂躙する赤い色と人々の断末魔の叫びだけが頭の中にはあった。そして影。数多くの異形の影とそれを従える人型の影。それが自分の中に残っていた全てだった。その存在の名を知ったのはずいぶん後になってからだ。人間のものとは思えない禍々しい気配を放ち、魔獣と呼ばれる異形を従えるもの。今なお人類を脅かし、そして滅ぼそうとする存在。魔王。俺の殺すべき存在。
第一章 変わる世界第1話 滅ビノ足音山の中腹の見晴らしのいい場所に丸太をつきたて作られた塀に囲われた砦があった。砦といっても規模は大きくない。物見櫓と倉庫と木造の建物が3つあるだけである。夜の闇の中、動くものは基地を見回る歩哨だけで砦は静まり返っていた。かがり火の音と虫の鳴き声だけが響いている。しかしその静寂は不意に破られた。かん高い鐘の音、そして獣の咆哮。「魔獣だ、敵襲だぁ」歩哨の叫び声が基地中に響き渡った。その声で白髪頭の男が兵舎の粗末な寝台から身を起こした。年のころは20歳前後。適当に伸ばされた髪の奥からのぞく目は半開きで、髪の色とあいまって幽霊のような不気味な印象を周りの人間に与える。とても陰気な空気をまとった男だった。男は起き上がると同時に寝台の脇に置いてあった装備を身につけ始める。しかし、周囲で同じように準備する人間と異なり防具らしい防具は何もない。頑丈そうなズボンと上着を身に着けるだけであった。そして最後に立てかけてあった刀を手に取る。「ついにきちゃいましたねぇ」白髪頭が移動しようとした時、隣から声がかかった。そこにいたのは整った顔をした20代の男である。しかしその顔はどこか記憶に残りづらい。頭の後ろでまとめられた肩まで伸ばした髪がやけに印象的だった。長髪の男も軽装ではあったが、ちゃんと胸当てと篭手を身につけている。そして最後に寝台の横に置いてあった己の身長ほどもある肉厚の剣を持ち上げ背中に装備した。「せっかくもう少しで契約期限だったのについてませんね」長髪の男はそういって溜息をつく。白髪頭はそうだなと気のない返事をして、外へ向かって歩き出した。長髪の男もそれに並ぶ。「それで、いったい何が来ると思います?」「さぁな。魔犬とあるいは人狼あたりがくるかもしれないな」白髪頭はそっけなく答える。長髪の男は装備の具合を確かめながら嘆息気味に言った。「これが本格化しなければいいんですけど」「そうだな」外の広場にはすでに多くの者が集まり始めていた。王国軍の兵士が整然と並んでいるのに対し、傭兵たちは仲間ごとにかたまりばらばらなのが対照的である。しかし、誰もが一様に顔をこわばらせている。年の若いものに至っては明らかに狼狽していた。それも無理ないのかもしれない。彼らにとってはこの夜戦が始めての実戦だった。「おい、佐助。他の連中はみんな集まっている。早くしてくれ」その声に長髪の男、佐助は振り返る。そして、今回の仕事の仲間である男にわかったと返事をした。最後に白髪頭に向き直る。「それでは恒夜。あなたに戦神の加護があらんことを」「ああ。戦神の加護を」二人はお互いの武運を祈り別れた。広場にはすでにほとんどの兵士が集まっている。誰もが巨大な武器か分厚い盾を持っていて、その中で小さな刀を一本差しただけの恒夜はかなり目立っていた。この世界の人間は誰でも魔力という力を持っている。この力を使えば触れることなく物体に力を加えることが可能で、訓練をつめばさまざまな現象を意図的に起こす技術、魔法という技を使えることができた。恒夜はその魔力を扱うことができず、故に超重量の装備を身につけることができなかった。しばらくするとこの砦の責任者である男が現れる。年は30歳ほどで、細身の体に神経質そうな顔をしている。男は兵たちの前まで歩いてくると向き直り辺りを見回した。彼は傭兵たちを一瞥しわずかに顔をゆがめた後、王国軍の兵士に向き直り声を張り上げた。「ついにわが砦の付近で魔獣が出現した。確認されたのは魔犬、数は不明だ。しかし恐れることはない。勇敢な我々――」王国軍の兵士はその演説とともに士気を高めていった。それと共に傭兵達がまとう空気もつられて熱を帯びていく。広場はじょじょに熱気に満ちていった。しかし恒夜だけはその熱とは無縁で、暗い表情で一人うつむき刀の柄を指先でトントンと叩き話しを聞き流している。そんな様子に誰も気づかないほど熱気は高まり、そしてそれが最高潮になった時、責任者の男はひときわ大きな声を出す。「――そう、我々がやつらに敗れる事はない。恐れるな、戦え。総員準備」そして門が外からドンドンと凄まじい音で叩かれる。しかしそれに恐れをなすものはいなかった。王国軍の兵士は小隊を組み、傭兵は仲間とかたまって半円状に門を囲む。「門、開けぇ」その声で門が重々しい音を立て開かれる。同時に巨大な獣が数匹、砦の中に進入してきた。篝火に照らされる影は犬のような形をしていた。しかしそれは実際のそれとは大きく異なっている。まず大きさが違う。明らかに体長2メートルはある。加えて牙や爪が異常に発達しており、とても禍々しい姿だった。まるで殺すためだけに生み出されたかのようなかたちだ。それらは人間に向かって一直線に突撃してきた。その突進を巨大な盾を持つものが防ぐ。力負けして地面にあとをつけながら後退するがそれでも魔犬たちの攻撃を止めていった。勢いをとめた後、他のものが次々と魔犬に襲い掛かる。戦いは一気に乱戦状態になった。そこにさらに数匹の魔犬が門の外から侵入してきた。恒夜が動き出す。戦場を抜け魔犬たちに負けぬ勢いで門のほうへ突進する。数匹脇を素通りしていくが気にしない。一匹の魔犬が正面から恒夜に飛び掛った。それを身を低くして避け、下を通り抜けるとき魔犬の腹を斜めに切り裂いた。何かが地面に激突する音と苦悶の鳴き声が聞こえるが全く気にしない。その後ろにいた魔犬が爪を振り上げる。しかしそれが降ろされる前に刀で前足を飛ばし、勢いのままその喉に刀を突き立てる。そして首を掻っ切った。魔犬が倒れるのに巻き込まれないよう一歩下がると、死体の向こうからさらに一匹飛び掛ってきた。恒夜は表情を変えることなくその攻撃をぎりぎりで避け、着地で硬直している魔犬の首を落とす。魔犬は大量の血液を噴出しながら倒れた。自分の戦闘がひと段落すると、恒夜は周りを見回した。まだ随所で戦闘が行われている。が、もう門から入ってくる魔犬はいなかった。それを確認すると、瀕死の状態の一番最初に斬った魔犬に近づく。傷が深く横ばいになって荒い息を繰り返していた。それでもこちらを殺そうとしているのか頭を必死で持ち上げ、隙あらば噛み付こうとしている。恒夜はその首根っこを踏みつけ、頭を動かせないようにする。「おい、お前、仲間とか呼べないのか?」依然、こちらに噛み付こうとする魔獣を尻目に恒夜はそんなことを言い出した。「できるだけ強い魔獣、いや、可能なら魔王でもいいぞ。呼べないのか?死にたくなかったら助けを呼んでみろ」勿論、魔獣は何も答えない。ただ眼前の人間を噛み砕こうと必死に頭を動かすだけだった。しかし無視して恒夜は言葉を続ける。「いくら魔獣を倒したところで魔王に全く近づけねぇ。それどころ前線は後退していくばかりでむしろ魔王から遠ざかってすらいる。いい加減うんざりしてるんだよ。俺はいつになったらあれを殺せるんだ?いつまで待てばいいんだ?答えろよ、クソ魔獣が」徐々に語気を荒げ、足にさらに力を加えた。だがそんな行為に全く意味はない。魔獣は低く唸りながらこちらを襲おうと体を動かすだけだった。それを見た恒夜は唐突に激情を失い、力ない声で「ああ、アホらしい。俺は何をやってんだ」と言って、魔犬の頭に刀を突き刺した。それでもう魔犬は動かなくなった。再び周りを渡すと、生き残っている魔犬はあと2、3匹で戦闘の終わりに近い。今回の戦闘で死人は出ていないようだった。魔物の数が少なかったことが幸いだったのだろう。今回の襲撃では魔犬が20匹程度だった。対してこちらは100人近い。単純計算でも1班1匹以下だ。楽な仕事だった。最後に恒夜は門の外の闇を一瞥して、血振りをし刀をしまった。戦闘音が止む。それと同時にどこからともなく歓声が上がった。恒夜はそれに興味を示すことなく人々の間を抜け、立ち去る。歓声はしばらくのあいだ止むことはなかった。
1度目の襲撃以来、砦は平和そのものだった。その後一週間たった今でも魔獣の姿は確認されていない。しかし一応魔獣の襲撃を受けたため、部隊は二分割され昼と夜に別れて警戒が行われていた。早朝、夜の担当にまわされた恒夜が仕事を終え食堂で暖かい雑炊を食べていると、対面に佐助が座り声をかけた。「おはようございます、恒夜」「ああ、おはよう」恒夜は食事を続けながら適当に返事をする。一方、佐助は特に何もせずただ席に座っているだけだった。しばらくしても何も言わないので、恒夜は佐助をじろりとにらみ話題を振った。「お前は昼のほうじゃなかったのか?」「まぁ、そうなんですけどね。ちょっと話しがありまして」恒夜は胡散臭そうな目で佐助を見つめるが、佐助はそれを気にする様子もなく声を潜めて言った。「あの襲撃、どう思います?」「魔獣はそこらから湧いて出てくるわけじゃないんだ。東でなんかあったんだろう。まぁ、何が起こったかなんて大体予想がつくがな」恒夜は飯を食いながら淡々と答える。それ聞いた佐助は大きく溜息をついた。「どうも東の都市、阿津からの物資が期日を過ぎたのに届いてないようなんですよ。これはいよいよ覚悟しなければならないかもしれませんね」それを聞き恒夜はさらに胡散臭そうに佐助を見たが、結局何も言わなかった。その視線に気づいているのかいないのか佐助は気にする様子もなく自然にあたりを見回す。そして近くに人がいないことを確認して言葉を続けた。「あなたの目から見て、後どれくらいだと思います?」「…一月は確実にない」「この分だと、しんがりは任されないにしても難民の護衛くらいはやらされそうですねぇ」今この砦にいる傭兵の契約期限があと2週間。契約期限が過ぎた後は延長し砦に残るか、あるいは契約を打ち切り町に戻るか選ぶことができた。しかし、町に戻るにしても途中で砦を支える後方基地のような場所に立ち寄って食料などを補給する必要があり、そこで厄介な依頼受けさせられることがしばしばあった。大抵そういった依頼の報酬は高額で、本当に切羽詰っているときなどは傭兵組合を通して強制的に依頼を受理させられることさえあった。「あなたはどうするんですか?」「延長はしない。いったん都市にもどる」「それが賢明ですよねぇ。はぁ、どうやって彼らを説得しましょうか。」最後の言葉は独り言のようだった。恒夜は一度佐助に目を向けて再び食事に集中しはじめる。佐助はしばらく悩んだあとおもむろに立ち上がり、「ありがとうございました。それでは、また」と言って立ち去っていった。恒夜はああ、とだけ答えその姿を見送る。すると今度は入れ替わりに年の若い、まだ少年と言っていいほどの年齢の男が近づいてきた。短く切られた黒い髪にどこか愛嬌のある顔立ちをしている。彼も夜の番だったのだろう朝食を手に持っていた。「すいません、ここ、いいですか?」そう言って、先ほどまで佐助が座っていた席を目で指した。恒夜は食堂を見渡し、「他にも席ならいくらでも空いてるが?」と言ったが、男は気にする様子もなく、「ここがいいんです」と即答した。恒夜はそれにあきれた表情を取り、「なら好きにしろ」と無愛想に答えた。その返答を聞くと少年は、ありがとうございます、と言って席に着いた。しばらく無言の食事が続いたが、不意に男が口を開く。「あの、」恒夜は聞こえない振りをして食事を続けるが、さらに大きい声でもう一度声をかけられしぶしぶ顔を向けた。「それで、いったいなんだ?」「あの、俺、才雅って言います。名前を聞かせてもらってもいいですか?」恒夜は才雅の顔をちらりと見てわずかに逡巡したあと、しぶしぶと答えた。「…恒夜だ」「恒夜さんですか。よろしくお願いします。おの、俺、この前の戦闘を見たんですけどすごかったですね。どうやったらあんなふうに戦えるんですか?」そして目を輝かせながらそう尋ねてきた。恒夜は厄介なやつに目をつけられたと渋面を作り、茶碗を置いて才雅にしっかりと顔を向けた。「そんなこと聞いてどうするんだ?」「それは…、俺もあんなふうに戦えればな、と思って」「お前には仲間がいないのか?」「…います。同じ村出身のやつが1人と今回の仕事で一緒のやつが2人。でもそれといったいどんな関係があるんすか?」「なら必要ないだろう。あれは一人で戦う時の戦闘法だ。仲間のあるやつには別の戦い方があるだろう?それはお前のほうがよく知ってるよな?」それを聞いて才雅は言葉に詰まった。恒夜は内心これで面倒ごとから解放されると喜んでいた。しかしその期待は裏切られる。「それでも、それでも強い人の戦い方を学ぶのは無駄にはならないはずです」才雅は目に力を入れて恒夜をじっと見つめた。その視線の恒夜は居心地の悪そうな顔をしてしぶしぶと言った様子で口を開いた。「初めに言っておくが、全くの無駄だと思うぞ?」「構いません」「簡単だ。恐怖を感じず自然体で周囲をしっかり知覚し、相手の行動を予測してそれに合わせて攻撃、回避をすればいい」恒夜がそう言うと、しばらくその場を沈黙が支配した。両者共に動かない。「えっと、恒夜さん。それをするにはどうすれば?」「経験を積めばいい」「あの、恐怖を感じないことなんてできるんですか?」「お前ができるかどうかなんて俺は知らない」再び静まり返る。その沈黙に耐え切れなくなって恒夜は再び口を開いた。「当たり前だろ。話を聞いて強くなれるわけがない。俺がここまでの実力を身につけられたの運よく死ななかったからだ。その偶然を他人に教えることなどできるわけないだろうが」「…それも、そうすね」才雅はそう言うと、小声でくすくすと笑い出した。それに恒夜は憮然とした表情になる。「いったい何がおかしいんだ?」「いや、恒夜さんてとってもとっつきにくそうな人だと思ったんすけど、実際違うんだなと思って」それを聞いて恒夜は居心地の悪そうな顔をして言った。「失礼なやつだな、お前は」「すいません」そう言いつつ才雅の顔はまだ少し笑っていた。恒夜は一度溜息をついて、茶碗と箸を持ち立ち上がる。それに疑問を抱き、才雅は声をかけた。「すいません、調子に乗りすぎちゃって。あの――」「誤解するな。飯が終わっただけだ。会話もひと段落したし寝させてもらう」恒夜はそう答えるとその場から立ち去っていった。その姿を追いながら、才雅は小さく、結構いい人なんだなと呟いた。
それから4日間、魔物の襲撃はなかった。その日もいつもと同じように、食事のときに才雅に付きまとわれ精神を疲労させながら恒夜は眠りにつく。夜の番を任された者たちの寝室で眠っている人間の数は少ない。その中の結構な数が仕事が終わっても博打などをして眠りにつかなかった。そんな連中を尻目に恒夜は一定時間の睡眠を確実に取るようにしていた。一度、その理由は才雅に尋ねられたが、その答えは簡単なものだった。魔物の襲撃に備えているだけだ、と。それ以来、才雅も恒夜と共に宿舎に戻るようになった。彼の仲間にも言っようたが無駄だったらしい。ともかく、恒夜が眠りについて数時間、他のものたちも眠りだしたころに大きな鐘の音が響いた。その音で恒夜の意識は即座に覚醒する。ほかにも数人起きた者はいたがそれだけで、多くの者は寝台でうめき声を上げつつも目を覚まさなかった。恒夜は寝台の上で起き上がり、しばらく何らかの反応を待つように部屋の外を見た。しかし何もおきない。そして再び眠りにつこうと横になった時、若い兵士が息を切らせ入ってきた。その様子に目を覚ましたものたちは顔を強張らせる。「敵襲、敵襲です。至急、班の代表者は会議室に来てください」その大きな声でやっと全員が起きる。多くの者が睡眠を邪魔されたことに対する不平を述べていた。その中で数人は何も言わず黙々と戦闘の準備を始める。恒夜も即座に着替えを終え、会議室へと向かった。その脇に30代くらいの強面の男が並ぶ。二メートル近い身長に厚い銀色の鎧を身につけている。男は落ち着いた低い声で恒夜に話しかけた。「恒夜、お前は何だと思う?」「いきなりだからな。予想がつかない。魔犬の大群か、最悪大鬼かもしれない。あれは動きは鈍いが足は速い」「やはりそうなるか」男は顔をしかめながら何かを考え込む表情になる。恒夜はそれ以上何も言わずただ歩いた。そして会議室にたどり着く。中にはすでに15人ほどの人がいた。しかし、夜の担当では恒夜たちが一番だったらしい。集まった人間の顔はどれも緊張し、重い空気が漂っていた。それから続々と部屋に人が入ってくる。そして全員が集まったとき、砦の責任者である男が口を開いた。「こうして全員に集まってもらったのは他でもない。緊急事態だ」誰もが覚悟していたことだが、その言葉でさらに空気は重くなった。「大鬼が出現した」会議室の中はどよめきで満たされる。その中で恒夜は何の感情も示すことなくただ静かに話を聞いた。「それで、いったい数は、大きさは?」王国軍の兵士が緊張した声で尋ねる。その問いを責任者の男は手で制し、言葉を続けた。「諸君の疑問はわかっている。だが、まず落ち着いてくれ。大鬼の数は確認できているだけで3体、そのほかに魔犬の姿も確認されている。位置は現在山の麓。ここに到着するまでまだ数時間かかるだろう」その答えに場の空気は黒く淀んだ。大鬼とは人型の化け物である。大きく発達した筋肉に頭から生えた角、この近辺で語り継がれる化物とその姿が似ているためそう名づけられた。そして、この魔獣の最大の問題はその大きさにあった。体長が平均10メートル。敵の攻撃はとても重く数人がかりでなければとめられず、こちらの攻撃はその巨体のせいでほとんど通用しない。ただの砦で迎え撃つには荷が重い存在だった。「我々はこれを迎え撃つ。砦は破壊されるわけには行かない。故に大鬼が砦に近づく前に排除する。何か疑問のあるものは?」その問いに一人の傭兵が手を上げた。「それで大鬼の対処はどうするんです?」「われわれ王国軍は北寄りの一匹と魔犬の排除を主体とする。傭兵部隊の諸君らには残りの敵の排除を行ってもらう」その答えに不平を言うものは誰もいなかった。自国の兵士より傭兵の優先順位が低いのは当然だ。ここはむしろ、2匹ですんだことを喜ぶべきなのだろう。恒夜は後ろのほうで話しを聞きながら冷静にそう考えた。「それではこれで解散する。王国軍の兵士は残れ。傭兵の諸君には自由行動を許す。そのほうがやりやすいだろう?作戦の開始は1時間後とする」その言葉で傭兵たちは外へ出て行く。これから自分たちで大鬼の対処を考えなければならなかった。自然と彼らは椅子と机とがそろっている食堂へと足を向ける。そこにたどり着き、みなの準備が整うと白髪まじりの初老の男が口を開いた。「まずどの班が大鬼に対処するか決めなければならない。どうする?」誰もなにも言わない。当然、誰もがこの仕事がもっとも危険だと判断していたため、自ら進んでやろうとなどしなかった。しばらく沈黙が続く。さらに数分の時間がたって一人の男が声を上げた。先ほど恒夜に話しかけた男だ。「弱いやつを当てて全滅したんじゃ元も子もない。うちの班がやろう。あと、榊、お前も手伝え」榊と呼ばれた細身の男はそれに苦笑いしながら立ち上がり答えた。「わかりました。付き合います」それを聞くと最初に口を開いた初老の中年の男が続いた。「わかった。あとは私の班を合せて、3班で大鬼一匹の対処に当たる。問題はもう一匹だ。誰かいないか?」再び静かになる。恒夜がその様子を他人事のように眺めていると、背後から小さな声がかかった。「こんにちわ。久しぶりですね恒夜」振り向くと佐助が静かに近づいてきていた。その顔には疲れが目立っていたが、それでも普段の飄々とした雰囲気を失ってはいない。「ああ、何の用だ?」「大鬼とはお互いついていませんね。最後の最後でこの大物だ」「最後とは限らないぞ」そう言って恒夜はにやりと笑みを浮かべる。それを見た佐助は一瞬キョトンとして、大きく溜息をついた。「それもそうですね」「それで、無駄話をしに来たわけじゃないんだろ?」「そうです。単刀直入にいます。あなた大鬼を倒せますか?」佐助はじっと恒夜を見つめる。恒夜はその視線を気にする様子もなくいつもの調子で答えた。「倒せるかどうかは知らん。だが倒したことはある」それを聞くと佐助は溜息をついて苦笑いした。「前々から強いとは思っていましたが、これはとんだ化け物でしたね」恒夜は何も言わずただに鼻で笑うだけだった。「だがさっきも言ったが、今回倒せるとは限らない。あまり期待するなよ」「そんなもんで死ぬような人間だったらとっくに死んでますよ。一応確認しますが、今回大鬼と戦う意思はありますね?」「ああ、勿論」「わかりました。それなら私の班が手伝いましょう」そう言うと佐助は立ち上がり皆に聞こえるように言った。「残りの1匹は私の班と、この男とで片付けます」そして恒夜のほうに顔を向ける。それを聞くと中年の男は眉をひそめながら、「その男は班に属していないだろう。それと一つの班だけで大鬼に対処ができるのか?」と疑問を口にした。その疑問には鎧を装備した男が返す。「問題ないだろう。白髪は実力者だ。それにその優男もそう見えてかなりしたたかだぞ。勝算があるのだろう」その答えに一応納得を示し、初老の男は話を続けた。「支援を行う班の担当を決める。この役割は当然、大鬼班の近くに他の魔獣を寄せないことにある。残りの班は全てこの仕事に回される。希望があるものがいれば申し出てくれ」男の声が響く。それから出陣までの時間はあっという間に過ぎた。