チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19426] 遊戯王5D's-青眼の白龍の継承者-
Name: kurei◆b5dbf621 E-MAIL ID:3af105b9
Date: 2010/06/10 12:27
 ●Attention!!●


 青眼の白龍をシンクロモンスター化したオリジナルカードが不評だったことと、未刊行である『ソードアートオンライン4』をクロスオーバーさせることで起こりうる著作権的な問題を鑑み、この度本文を削除。青眼の白龍シンクロ化及びSOAクロスを廃し、新たに書き直すことと相成りました。

 話の内容は変わらずオリジナル主人公である海馬蒼乃丞(あおのじょう)の物語ではありますが、彼女の使うデッキは基本OCGのカード群から青眼の白龍を主軸としたデッキに変更しております。
 話の進展上、オリジナルカードを使う予定もありますが、その枚数は出来うる限り少なくし、効果も突出しないようにする予定です。

 しかしながらオリジナル主人公を起用する上で、原作である遊戯王5D'sのシナリオ、設定からの逸脱、改変、独自解釈が起こりうることに変わりはありません。
 作者が大きな困難やピンチのないまま、一方的に敵を壊滅させていくストーリーや主人公が大好きなのも変わらずです。

 以上の点をご留意の上、作品をご鑑賞くださいますよう臥してお願い申し上げます。



[19426] Turn-01 伝説の青眼の白龍
Name: kurei◆b5dbf621 E-MAIL ID:3af105b9
Date: 2010/06/09 23:36
 デュエルモンスターズ。

 それはインダストリアル・イリュージョン社が名誉会長、ペガサス・J・クロフォードが古代エジプトの遺跡にあった石版を元に作り出したカードゲーム。
 発売と同時に爆発的な人気を誇り、一過性のブームに終わることなく現在でも多くの人々に長く愛されている遊戯。
 時にはエンターテイメントとして数々の名勝負を世に生み出し、また時には善と悪が雌雄を決する手段として幾度となく世界の命運をも左右した。

 デュエルモンスターズ黎明から数十年。そのカード総数はゲームの花たるモンスターカードだけでも千を優に超える。
 そんな幾千とあるデュエルモンスターズのカードの中で強靭、無敵、最強……その二文字を欲しいままにしたカードがあった。
 白銀の巨躯は流麗にして華麗。青く輝く眼は全ての闇をかき消すが如く強き光を宿し、放つ白き閃光は破壊の流れとなって立ち塞がるもの全てを薙ぎ払う。

 ――そのカードの名は《青眼の白龍》。

 かつて遥か古代エジプトでは神に唯一対抗できる存在として語られ、現在に至ってもその力の強大さ故に四枚のみしか作られなかった絶対強者の代名詞。
 そしてペガサスが生み出したデュエルモンスターズに新たな命を吹き込んだソリッド・ビジョン技術をただの一人で確立した海馬コーポレーションの社長、海馬瀬人が前世からの因縁を持つ魂のカード。

 時代が移り童実野町がネオ童実野シティとなった今を持って、デュエルモンスターズをプレイする者たち――決闘者の間で伝説として語られる《青眼の白龍》。
 この物語は、その伝説を引き継ぐ一人の決闘者と《赤き竜》の痣を持つ決闘者たちとの魂の交響曲である。










 ネオ童実野シティの最上層、トップス。
 そこは一部の特権階級の人間にのみ許された、最も空に近き陸。
 見下すものは多々あれど、見上げるものは空と雲と星と太陽と月のみ。まさにそれが片手で足りる程しかないそこは、王の玉座とも不可侵の神殿とも言える特別な場所であった。

 そんな雲上の世界、トップスにあって更に見上げなければならない唯一の人工物がある。
 天を切り裂かんばかりに突き立ったビルの最上階に画かれるはKCのロゴマーク。
 ココこそがデュエルモンスターズにソリッド・ビジョンと言う革命をもたらした企業、海馬コーポレーションの本社である。

 その海馬コーポレーションの一室にあるオフィスで一人の少女がデスクに山と積まれた書類に目を通していた。
 長く癖のない亜麻色のストレートヘアを両側に垂らした顔は小さく、大きな瞳の色は突き抜ける蒼天のようにどこまでも見通していそうなほど澄んでいる。小ぶりだが鼻筋はスッと通っており、引き締まった口元と相まって凛とした印象を第一に与える。幼い顔立ちと小柄な体躯から十四、五に見えるが今年で十八歳になる彼女が身に纏うは、かつて海馬瀬人が羽織っていた白のコートと同じデザインの物。

 彼女の名前は海馬蒼乃丞。

 その名が示すとおり彼女こそが海馬瀬人の孫にして海馬コーポレーション現総帥――このネオ童実野シティで最も高い玉座に座る王であるのだ。

 しかも名ばかりの王ではない。
 海馬コーポレーション総帥の座を養父である伯父から受け継いで早三年。
 当初は彼女への後継者指名に多くの重役達は反対した。
 当然だ。海馬コーポレーション中興の祖である海馬瀬人の血に連なると言っても齢十五の小娘に一体何ができるというのか――その意見が大勢を占めるのは無理からぬこと。
 だがしかし、彼女はソレを鼻で笑うが如く辣腕を振るい僅か総帥就任数週間で海馬コーポレーションの業績を眼に見える形で押し上げてみせたのである。

 これには蒼乃丞の総帥就任を、お飾りとしてならばと渋々承認した重役達は驚くしかなかった。
 自分たちが小娘と鼻で笑っていた人物が簡単に成す事のできない偉業を成したのである。こうなると利に目敏い重役達は掌を返すように一転、蒼乃丞支持に回った。
 彼女は己の腕一つで反対派が多勢を締める社内を纏め上げたのである。
 その歳不相応な辣腕振りからか、蒼乃丞を先々代総帥に重ねるものも少なくはない。今となってはその先々代総帥、海馬瀬人の再来とまで言われているほどだ。
 彼女は名実共に海馬コーポレーションの王であるのだ。

 そんな天空の玉座に座したる姫君は、処理していた書類の中に一つの異物を発見した。
 何であろう、便箋である。
 決算の書類の中に何故便箋が紛れているのか不思議に思った蒼乃丞はソレを手に取って見る。表にはただ《海馬蒼乃丞》と彼女の名があるだけ。しかし便箋を裏返して見たところで、彼女の綺麗な眉が僅かに歪んだ。

 何故ならば蠟で捺された封印の紋に見覚えがあったからである。
 蒼乃丞は若干嫌な予感を感じつつ、デスクの引き出しからペーパーナイフを手に取ると便箋を開封。中のモノを取り出した。
 すると嫌な予感は現実となって彼女の前へと現れた。
 便箋の中から現れたのは一通の招待状。しかし、それはただの招待状ではない。
 それはネオ童実野シティより選ばれた八人の決闘者にのみ送られる特別なモノ――デュエル・オブ・フォーチュンカップの招待状だったからである。

 招待状を見た蒼乃丞は今一度便箋を手に取り、裏に捺された紋と表に書かれた己の名前を確認すると眉どころか綺麗な顔まで歪めた。
 忌々しげな視線を便箋と招待状に落としながら、彼女は虚空に向かって腕を振るう。すると、何もない空間にスクリーンが投射されるではないか。
 彼女はその中の一番上に記されたアドレスを押そうか押すまいかで悩むが、一瞬の逡巡の後、忌々しげに舌打ちするとアドレスを叩いた。
 すると、そのスクリーンに灰色の長髪を後ろで束ねる壮齢の男が映し出される。
 この人物こそが件の便箋を送ってきた犯人であった。

『おや、これは海馬総帥。私に直通回線とは珍しいですね』

 慇懃に話す男の声が蒼乃丞の耳に響く。
 彼こそがデュエル・オブ・フォーチュンカップの招待状の送り主、レクス・ゴドウィン。
 蒼乃丞の手にもつ便箋の封印に捺された紋章が示すとおり、彼はネオ童実野シティの最高行政機関たる治安維持局の人間――しかも、最高位たる長官に腰をすえる大物である。

 世界に名だたる大企業であり、ネオ童実野シティの電力事情を一手に担うモーメントを有する海馬コーポレーションとネオ童実野シティの行政を司る治安維持局が深い繋がりを持っているのは周知の事実だ。
 故に両者の間にはホットラインが敷かれているのだが、レクスが言ったように蒼乃丞がレクスに直通回線を繋ぐのは非常に珍しいことだ。それこそ彼女が総帥に就任してから三年経つというのに、その回数は片手で足りるほどしかない。
 理由は至って単純明快。彼女はこのレクスと言う男がどうにも気に食わないのだ。

「御託はいい。どういうことか説明してもらおうか」
『何のことですかな?』

 丁寧な口調と仕草で慇懃に言葉を返すレクスに、蒼乃丞は声を荒らげた。

「惚けるな! ボクに宛てられた便箋、貴様の仕業だろう!!」

 彼女がレクスを気に入らない理由の一つが彼の言動だ。蒼乃丞にとってはレクスの慇懃な喋り方や仕草が、どうにも癪に障って仕方がないのである。
 唾を飛ばさんばかりに大声を上げる蒼乃丞に対してレクスは飄々とした風に言葉を返した。

『ああ、デュエル・オブ・フォーチュンカップの招待状ですね。無事にお手元に届いたようで何よりです』

 蒼乃丞の神経を逆なでするレクスの喋り口に彼女は苦虫を噛み潰したような顔になりながらも、怒りに震える心をどうにか落ち着かせる。
 一つ息をついた蒼乃丞は手に持った招待状と便箋を睨みつけながらレクスに問いただした。

「決算の書類に紛れ込ませるとは……レクス、貴様イェーガーを使ったな」

 海馬コーポレーションのセキュリティは万全だ。
 特に彼女の社長室とそこに運ばれる書類は企業秘密上、セキュリティランクは最高のものであることは言わずもがな。
 そんな蟻も通さぬ警戒網を潜り抜け重要書類の中に便箋を紛らすことのできる人物など、蒼乃丞の知る限り一人しかいない。
 それが、蒼乃丞の口にしたイェーガーと言う男だった。
 治安維持局特別調査局室長にしてレクスの右腕と言うべき人物。まるで中世の道化師の様な風貌と不気味な笑い方から想像はつかないが、潜入工作のスペシャリストである。
 レクスはこの蒼乃丞からの問いかけに笑みを持って答えた。

『そうでもしなければ貴女は受け取ってくれないでしょう?』

 言外にYesと答えたレクスに、蒼乃丞は声を荒らげる。

「当たり前だ! こんなモノ送りつけて来たところでボクに出るつもりは毛頭ない。世界中にある海馬ランドとデュエルアカデミアの運営、ソリッド・ビジョンシステムとMIDSのモーメント維持管理、その他にも展開している事業のアレコレ……。星の民だとか、《赤き竜》の痣だとか、シグナーだとかという貴様の非科学的なオカルト話に付き合う暇はボクにはない!!」

 彼女がレクスを気に入らない二つ目の理由。それが彼の語る現実離れした話の数々であった。
 五千年周期で起きる《赤き竜》と邪神との戦いだとか、かつてその《赤き竜》の力を借りて戦った星の民だとか、今がその五千年周期に当たりそれにより現れる《赤き竜》の痣を持つシグナーだとか、どの話を聞いても胡散臭いものばかり。
 今回のデュエル・オブ・フォーチュンカップにしても、その真の目的は世界を滅ぼす邪神から世界を護るために《赤き竜》の痣を持つ者たちを見つけ出すために開かれるのだ。

 蒼乃丞にとっては、そのような大会の主催者になるのは業腹だったが治安維持局との関係と海馬コーポレーションとして得られる利益も鑑み、主催者として資金は出した。
 蒼乃丞はレクスに対し、一応の義理は果たしているのだ。

 それ以上に蒼乃丞が先ほど述べていたとおり、海馬コーポレーション総帥は多忙を極める。
 先々代総帥が世界中に展開した海馬ランドとデュエルアカデミアの運営は軌道に乗っているからといって油断していいものではない。何より、今や世界に散らばり膨大な数となった施設を纏め上げるのは楽な仕事ではないのだ。
 さらに先代が立ち上げたMIDS――モーメント研究開発部は、その黎明期に起こした未曾有の大事故……かつては陸続きであったシティとサテライトを分かつことになった《ゼロ・リバース》から厳重な管理が必要不可欠だ。その管理責任のトップである蒼乃丞が目を離すわけには行かない。

 言っては何だが蒼乃丞には決闘にかまけている暇は一時とてないのである。
 これ以上義理立てする必要はない。そう断じてやろうと蒼乃丞が口を開きかけた時、レクスが口の端を吊り上げながら魔法の言葉を紡いだ。

『しかし貴女はデュエル・オブ・フォーチュンカップに出ざるを得ない。これはイリアステルの意思でもあるのです』

 イリアステル。
 それは有史以前から神の意志を聞き、歴史を裏から操作してきた世界の調整者。
 蒼乃丞自身その存在を知ってはいるが、神の声を聞くという彼女が嫌いなオカルト話を含むだけに唾棄すべき存在である。しかし海馬コーポレーションを持ってしても、その影響力から逃れることは叶わぬのは事実だった。
 そして彼女が話すレクスこそ、イリアステル第三六〇代星護主――イリアステルの関係者なのである。これが彼女のレクスを気に入らない最たる理由であった。

「くッ……!!」

 レクスが放った言外の脅迫に、蒼乃丞は歯を食い締めた。
 流石の蒼乃丞もイリアステルの名前を出されては無碍に断ることが出来ない。彼女自身の矜持が彼らに従うことを良しとしないが、イリアステルの力が強大なのは事実。

 しかし彼女はこのまま黙っているわけではなかった。
 今はまだ雌伏の時。
 さらに海馬コーポレーションを発展させ、イリアステルの呪縛から解き放つ……それが蒼乃丞の目指す未来へのロードなのだ。
 それを考えると今回のレクスの誘いは渡りに船かもしれない。
 先々代総帥、海馬瀬人は己が決闘の強さを外へとアピールすることで海馬コーポレーションの信用を高めていたという。
 ならばこの大会、上手く利用すればイリアステルからの解放も近づくかもしれない。その考えに行き着いた蒼乃丞は一つ鼻を鳴らすと笑みを浮かべた。

「貴様の掌の上で踊らされるのは癪だが……いいだろう。今回は貴様の話しに乗ってやる」
『貴女ならば、そう答えてくれると思っていましたよ。では、デュエル・オブ・フォーチュンカップでお待ちしております』

 参加を渋っていた彼女からの色のいい返事に、満足気な笑みを浮かべたレクスはそれだけ言い残して回線を切ったのだった。

「ふんっ、狸が……。磯野!」

 何も映らなくなったスクリーンに向かって憎憎しげにそう呟いた蒼乃丞が大声で付き人の名前を呼ぶ。

「はっ!」

 すると打てば響くといった風に社長室の扉が開き、そこから黒服に身を包みサングラスをかけた老齢の男――磯野が現れた。
 彼こそ海馬コーポレーションに三代に渡って仕える忠臣。
 既に高齢に達しているというのに、未だ現役で海馬コーポレーション総帥の補佐をする歴代総帥の右腕である。
 歳を感じさせない直立不動で立つ磯野に向かって蒼乃丞はデスクの上にある書類を叩きつつ命を下した。

「今ある仕事を全てもってこい。今日中に終わらせる」

 デュエル・オブ・フォーチュンカップに出るからといって、海馬コーポレーションの仕事をおろそかにする気は蒼乃丞にはない。
 大会中に仕事が出来ない分、今纏めてそれを消化する。それが蒼乃丞の取った決断だった。
 しかし、それを命じられた磯野は蒼乃丞の言葉にしどろもどろになる。

「ぜ、全部ですか!? しかしそれでは蒼乃丞様が――――」

 当然といえば当然か。
 今の蒼乃丞の仕事量を取ってみても凡人にとっては十回は過労死できるほどのオーバーワークだ。彼女自身が優秀と言うこともあり、その作業スピードが並外れているとはいえ、それでも長年総帥に仕えてきた磯野の目から見ても働きすぎだ。そこに仕事の追加など正気の沙汰ではない。
 蒼乃丞の身を案じ、何とか踏みとどまって貰おうと口を開いた磯野であったが彼女から帰ってきたのは氷のように詰めたい眼差しと、心も凍るような言葉であった。

「磯野、ボクに二度も同じ事を言わせる気か?」
「い、いえ! 今すぐ持ってまいります!!」

 心臓を刺すかのような蒼乃丞の言葉に、磯野は得も知れぬ懐かしき理不尽さをかみ締めながら社長室より退出して行く。
 磯野が去った社長室で蒼乃丞はデスクの引き出しを開けた。
 そこにあったのは一つのデッキ。蒼乃丞は、そのデッキを手に取ると上から三枚のカードをめくる。
 その中に画かれているのは青い眼を持つ美しき白龍の姿。
 それは彼女が海馬コーポレーションと共に受け継いだ、海馬瀬人の残せし遺産。

「首を洗って待っていろイリアステル。ボクはこの子たちと共に未来へのロードを切り開く」

 三体の龍のカードを手に、見上げるものない世界で蒼乃丞は静かに宣言したのであった。










 雲一つない快晴の空の下、ネオ童実野シティの海岸沿いに建てられたデュエル・スタジアムに多くの人々が集まっていた。
 スタジアムに詰め掛けた彼らは、これから始まる選ばれし決闘者たちと現デュエルキング、ジャック・アトラスが見せるであろう熱き決闘に胸を躍らせながら、大会の開幕を今か今かと待ちわびているのだ。

 そう。今日こそが海馬コーポレーション主催のデュエル大会、デュエル・オブ・フォーチュンカップの大会当日なのである。
 観客達の熱気は止まることを知らず、その熱気は会場全体の気温が周りよりも数度高く感じられるほど。そしてそれは現在進行形でも上昇しており、開幕が一分一秒と迫るたびに膨れ上がっていく。
 それは開幕前のこの時点で、これまで幾度となく行われてきたキング防衛戦の熱気を軽く凌いでいると言えば彼らの期待の程が窺えよう。
 もうこれ以上ないほどに会場の熱気が高まったとき、偶然か必然か彼らが待ちわびていた、その時がやってきた。

『Everybody Listen! デュエル・オブ・フォーチュンカップ、遂に開幕!!』

 とてつもなく長いリーゼント言う独特の髪形をしたMCが大会の始まりを宣言したのだ。
 会場に詰め掛けた観客達はMCによって鳴らされた戦鐘に胸の内に溜めた熱気を大きな歓声へと変えた。
 それはあたかも爆発のように一気に膨らみ、スタジアムを包み込む。

 そんなスタジアムの中に一迅の風が吹き荒れた。
 その風を内から切り裂き現れ出でるは一体の竜。
 黒と赤の逞しい体躯、禍々しい三本の角、数多のモンスターを屠ってきた鋭い爪、雄大な翼を広げて空を飛ぶ姿はまさに王者の如し。

 急に吹き荒れた風にどよめきの声を上げた観客達は、その竜の姿を目にすると再び爆発的な歓声を上げた。
 何故なら彼らはその目で見てきたからだ。その竜と竜を従える王が数多の挑戦者達を粉砕してきた姿を。
 王の僕たる竜の登場に沸く会場でMCがその竜の名を口にする。

『現れたのはキングの魂、レッド・デーモンズ・ドラゴンだぁぁッ!』

 レッド・デーモンズ・ドラゴン。
 それがこの雄々しき竜の名前。そして、この竜を従えるは王の名は――――。
 そこで会場の一角から猛々しい音が聞こえてきた。それは未踏の大地に徹を刻むが如く、荒々しい車輪音。

『そして、このホイール音はぁッ!?』

 このMCの言葉と共に騎乗決闘用のゲートから一台の白いモノサイクルが飛び出してきた。
 白のモノサイクルはレッド・デーモンズ・ドラゴンと並び一瞬のランデヴーを披露すると、レッド・デーモンズ・ドラゴンを先に会場の真ん中で跪かせる。
 まるで王を歓待させるかのように。

 そして、白のモノサイクルは更に速度を上げると半チューブ上の壁を駆け上がると空へと舞った。
 空に舞った白のモノサイクルは空中で横に一回転するアクロバットを見せると寸分違わず、跪いたレッド・デーモンズ・ドラゴンの前へと着地する。
 着地に成功した白のモノサイクルの騎乗者はヘルメットを取り、その顔をさらした。

 彼こそがレッド・デーモンズ・ドラゴンの主にして白のモノサイクル――《ホイール・オブ・フォーチュン》を駆るデュエルキング。ジャック・アトラスである。
 待ちに待ったキングの登場に会場は大きな歓声に包まれる。
 そんな観客の声に応えるようにジャックは右手を高らかに挙げ、人差し指を天へと向けた。

「キングは一人! この俺だぁぁッ!! 俺と決闘するのは誰だ!?」

 高らかに宣言したジャックの言葉に、さらに観客は大きな声援をジャックへと送る。
 キングと言う主演の登場により舞台は整った。
 後は主演に花を添える役者を呼ぶのみ。

『キングとのドリームマッチを賭けて幸運にもチケットを手に入れた決闘者たちよ! いざ、ここに!!』

 MCの言葉と共に会場の地面が裂けた。
 そこから現れるのはキングと共に舞台を盛り上げるであろう七人の選ばれし決闘者たち。
 数多の猛者の中から選りすぐられた決闘者たちの登場に会場は一瞬沸きあがるが、その中の一人の存在に会場はざわめきだつ。

「おい! マーカー付きがいるぞ!!」

 なぜならばモニターに映し出された出場者の中に、目から頬にかけて黄色い線――マーカーが入った人物がいたからだ。
 マーカーとは犯罪を犯した在任に刻み付けられる不適合者の証。
 それぞれが個別のIDを持ち、常に治安維持局の下部組織セキュリティにその位置を知らせる枷でもある。
 犯罪歴のある人物が誉あるキングと同じ舞台に立つということが信じられないのだろう。その決闘者に向け、観客からブーイングの嵐が吹き荒れた。
 マーカーの付いた人物――不動遊星に突き刺さる嫌悪の視線とブーイングに、遊星の隣に立つ龍可に扮した龍亞が戸惑いの声を上げる。

「遊星……」
「心配するな」

 しかし当の本人はブーイングの嵐を前にしても、ただそう述べるのみ。
 遊星へのブーイングは止まることを知らず、その規模の大きさに司会進行を司るMCもどうしたものかとアタフタしていると、出場者である一人の男が前に出てMCよりマイクを奪った。
 MCよりマイクを奪った男は一つ息を吸うと、ブーイング覚めやらぬ観客達に向けて言葉を放った。

「お集まりの諸君ッ!!」

 マイクを通したとはいえ、それを抜きにしてもよく通る男の声にブーイングに包まれていた会場は一瞬にして静けさを取り戻した。
 会場が静まったのを確認した男はとつとつと静かに、しかし力強く言葉を紡ぐ。

「私の名はボマー。ここに立つ決闘者として、諸君が一体何を見ているか問いたい」

 そこまで言ったところでボマーと名乗った男は、一旦言葉を区切ると非難の嵐の中心点である遊星を指差しながら観客達に向けて言葉を続ける。

「この男は我々と同じ条件で選ばれた、紛れもない決闘者だ! カードを持てばマーカーがあろうがなかろうが、皆同じだ。この場に立っているものに何ら恥じる者はない。むしろ下らぬ色眼鏡で彼を見る諸君の言葉は暴力に他ならない!!」

 それだけを述べたボマーは踵を返し出場者の列へと戻っていく。
 ボマーの言葉に時が過ぎるのを忘れたが如き静寂が会場を包む中、一つの拍手がその静寂を破った。
 誰であろう、会場の一段高い場所に座っていたレクスである。
 レクスの打つ拍手が一人、二人と伝染して行き、遂には会場を包み込む万雷の拍手へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
 それほどまでにボマーの語った言葉は皆の心に染みたという事だ。
 特に龍亞は余程感動したのだろう。庇われたのは自分ではなく遊星だと言うのに感涙に咽びながら喜んでいた。
 万雷の拍手もボマーがレクスに向かって一礼し、手に持ったマイクをMCへと返したところで鳴り止む。

「心強い言葉をありがとうボマー君。さてMC君、この場も収まったところで彼女の紹介に移ってはどうかね?」

 そのタイミングに合わせるかのように徐に立ち上がったレクスは、観客へ言葉を発したボマーに謝辞を述べると、MCに視線を向け次に控えていたプログラムの進行を促した。
 レクスからの指摘に己が職務を忘れていたMCは慌てつつも、その高い職業意識ですぐさま会場の雰囲気を盛り上げに移る。

『こ、これは失礼しました!! では、気を取り直して次に行ってみようかぁぁッ!!』

 些か強引な運び方であったがやはり観客達の大会に込める期待は、この程度のアクシデントで冷めるものではなかった様で、会場は再び大きな歓声に沸き立った。
 何とか持ち直した会場の雰囲気にMCは安堵の息を漏らしながらも、次に用意されたプログラムを進行させる。

『さて、皆さんはお気づきだろうか? デュエル・オブ・フォーチュンカップに参加する決闘者の数が一人足りないことに!?』

 問いかけるようなMCの言葉に観客達はステージに立つ決闘者たちの数を数える。
 デュエル・オブ・フォーチュンカップはトーナメント形式だ。よって組み合わせに空きが出ないように八人の決闘者が選ばれているはず。ちなみにジャックは優勝者とのエキシビジョンマッチでの対戦のみなので数には含まれない。
 とすると……ステージに立つ決闘者はジャックを除き七人。確かに一人足りなかった。
 この事態に、程よく観客がどよめいたところでMCは声を張り上げる。

『最後に紹介する決闘者は、まさかのサプライズゲストだぁぁ! ゴドウィン長官の尽力により出場してくれるようになった超VIPを紹介しよう!!』

 その言葉と共にレクスの横の地面が裂け、そこから一人の少女が姿を現す。

『今回のデュエル・オブ・フォーチュンカップの主催者、海馬コーポレーションの若き総帥にして伝説の決闘者、海馬瀬人の血を引く超一流決闘者! 海馬ぁぁッ、蒼乃丞ぉぉぉッ!!』

 MCの紹介と共に、完全に姿を現した蒼乃丞とレクスとのツーショットが会場のスクリーンに大写しにされた。
 まさかの海馬コーポレーション総帥の登場は誰も予想だにしなかっただろう。観客はおろか出場者である七人の決闘者やジャックまでもが驚きの声を上げる。

「あ、あの娘が……」
「海馬コーポレーション総帥……」
「伝説の決闘者、海馬瀬人の血を継ぐ者……」

 誰もが唖然とした表情で蒼乃丞を見上げる中、レクスと並んだ蒼乃丞は一つ鼻を鳴らすと、ジャックを含めた決闘者たちを上から見おろしながら口を開いた。

「決闘者諸君、デュエル・オブ・フォーチュンカップへようこそ」

 大会主催者から発せられた凛とした言葉に驚きでどよめいていた会場は一瞬にして静まり返る。その様は彼女のよく通る声が遍く全員の鼓膜を打ち、その脳に不可避の命を下したかのようだ。
 姫君から勅を聞く臣民のように静まり返った会場で蒼乃丞は言葉を続けた。

「諸君等はその腕を認められ、この決闘の祭典に集められた精強たる決闘者だ。そんな諸君等にボクは言って置きたい事がある。決闘者には身分も貧富の差も関係ないと言うことだが……しかし勘違いするな! そこにあるのは平等などと言う生ぬるいものではない!」

 彼女の言葉は演説へと変わり、その凛とした愛らしい顔に似合わぬ熾烈な言葉が観客を含めた全ての決闘者たちへと向けられる。

「あるのは只、勝利か敗北という結果のみ! 勝者は栄光をその手に掴み、敗者は地に伏せ惨めな骸を曝す……。それはこのボクをしても例外ではない!! 決闘者たちよ、その手に栄光を掴みたいのならば戦うがいい! そして勝利するがいい!!」

 彼女の熾烈だが恐れることなく真実を的確についた演説に会場は一層の歓声に沸く。
 今までにない観客からの大きな歓声に蒼乃丞は満足気に鼻を鳴らすと、腕を高らかに振るい宣言した。

「さぁ、デュエル・オブ・フォーチュンカップの始まりだッ!!」










 蒼乃丞の放った言葉により興奮冷めやらぬ会場を後にしたレクスは、スタジアムの一室にて己が右腕たるイェーガーの報告を受けていた。

「全て準備は完了しております。シグナーが揃うのも時間の問題でしょう。ヒッヒヒヒヒ」

 既にMIDSの研究員、阿久津によりスタジアムの各所にはシグナーの力をモーメントを通して計測するD・センサーの設置が終わっている事を耳打ちして告げたイェーガーだったが気になることがあるのか、そのままレクスに一つの疑問を問いかけた。

「しかし、長官がイリアステルの名前を出してまで出場させた海馬蒼乃丞。……彼女はシグナーなのですか? それともシグナーを覚醒させるための猟犬?」

 わざわざ自分が骨を追ってまで招待状を届け、イリアステルの強権を使ってまで強引に大会へと参加させた人物――海馬蒼乃丞。
 シグナーなのか、そうでないのか。
 彼女がこの大会で演じるべき役どころが今一つ掴めないでいるが故の質問であった。

「それは未だにわかりません……。しかし――――」

 イェーガーからの質問にレクスは頭を振りながら答えた。彼に向けられた質問は同時に彼の疑問でもあったからだ。
 イェーガーに向けた言葉を途中で区切ったレクスは手元を操作し、空中に一枚のスクリーンを投射させる。
 そこには幾つかのデュエルモンスターズの大会で取られたのであろう写真が映し出されていた。しかもその写真、どれもが蒼乃丞が写ったものばかり。

 しかも、写真に写っているのは彼女だけではない。
 彼女の周りには、三匹の白き龍の姿が必ずと言っていいほど見て取れた。その様は、まるで忠義の騎士が姫君を護るかのよう――――。
 写真が映ったスクリーンをイェーガーに投げ渡しながら、レクスはこれまでの彼女の決闘履歴を新たに投射させる。そこに映し出された戦歴の多くは、決まって三匹の白き龍たちによってもたらされたものばかりであった。
 これは少々、常軌を逸したものだ。
 デュエルモンスターズはカードゲームの性質上、運による引きの良し悪しが存在する。
 そんな中、今までの生涯にわたる全ての決闘において勝負の決め手が必ずと言っていいほど決まったカードであると言うことは、とても信じられない現象であるのだ。

 ならば白き龍たちが彼女のフェイバリットカードであり、そうしたプレイングを彼女が心がけていると言う考え方はどうであろうか。
 確かに、彼女に危機が迫ると必ずと言っていいほど召喚され彼女に勝利をもたらしてきた三匹の白き龍たちは、その強力さ故に四枚のみしか作られなかった曰くつきのモンスターだ。
 デュエルモンスターズ黎明期においては一枚場にでるだけで勝負が決まると言われたほどである。
 と、なれば只の勝利への一手段かと普通の人間ならば思うだろうが、レクスの中では一つの確信が沸きあがっていた。

「彼女が三匹の白き龍の加護を受けていることは確かなのです。それがシグナーとしての力なのか、そうでないのかこの大会で見極められる事でしょう」

 故にレクスは彼女をこの大会に無理矢理にでも参加させたのだ。
 デュエルモンスターズのカードから加護を与えられし彼女の力がシグナーのものなのかを見定めるために。
 それにだ。別にシグナーでなくとも構わないともレクスは思っている。
 決闘履歴に表示された彼女の勝率は百パーセント。不敗伝説を持って鳴る彼女の決闘の腕前はシグナーを覚醒させる絶好の刺客に成りうるのだから。
 レクスから受け取った蒼乃丞の戦績に、イェーガーもレクスの思惑を知ったようで口の端を吊り上げる。

「仮にシグナーでなくとも、シグナーを追い詰め覚醒させる刺客となる……。どっちに転んでも我らには有益な人物ですな。ヒィッヒヒヒ。いや、全く。このイェーガー、長官の神算鬼謀には御見それ入りました。ヒィッヒヒヒヒ」

 照明の落とされた暗き一室でイェーガーの不気味な笑い声が木霊する。
 あたかもそれは、この大会の波乱を予感させるものであった。










 スタジアム中央に聳え立つ、前面にガラスが張られた円柱状の塔の最上階。
 スタジアム全体を遍く見渡すことの出来るVIPルームに設えられたソファに腰掛けたジャックは苦々しげな表情で握りこぶしを机に落とした。
 ガンッ! と言う鈍い音と共にジャックの叫びが広い室内に響き渡る。

「なんなのだ、あの小娘は!!」

 今、思い出してみても腹が立つ。
 ここまでの憤りはジャックにしてみても久しく感じたことのないものだった。
 拳を打ち据えたままの姿で怒りに震えるジャックの姿に、別室にて企みごとを終えたレクスが珍しいものを見たと言う表情で語りかける。

「おや? 何やら荒れていますね」
「当然だ! 海馬コーポレーションの総帥だか何だか知らんが、キングたる俺を見おろすとは……これ以上の屈辱、ありはしない!!」

 彼がこうまで荒れている理由。それはひとえに蒼乃丞の存在にあった。
 先ほど行われた開会式、レクスと同じ壇上に上がった蒼乃丞が開会の言葉を放っていた時、ジャックは確かに見たのだ。
 彼女が一瞬だけこちらを――キングたる自分をを見おろし、鼻で笑ったのを。

 無理もなかろう。
 なにせ、これまで生きてきた十九年間の人生で、こうもあからさまに見下されたのは初めての経験だったからだ。特にキングになってからの二年間は憧れと羨望の眼差しを一身に受けてきたのである。
 そんなジャックにとって、彼女のとった行動は甚く彼の自尊心を傷つけた。
 まるで噂されていた人物の実像が取るに足らない存在だと、どこにでも転がっている路傍の石であると認識されたことが彼には我慢できなかったのだ。
 あの顔を――自分を見おろす蒼乃丞の不遜な笑みを思い出すだけで、ジャックの腸が煮えくり返る。
 この屈辱をどう晴らしてやろうかとジャックが算段する中、扉が開く音と共に凛と響く声がジャックの鼓膜を打った。

「ふぅん。偽りの王がよく吠える」
「なにッ!?」

 聞き覚えのある声が発した不敬な発現に、ジャックは眉を吊り上げるながら後ろを振り向く。
 彼が振り向いた先に立っていたのはジャックの機嫌を甚く損ねた張本人、海馬蒼乃丞。
 白のコートと美しい亜麻色の長髪を揺らしながら悠然とVIPルームへと足を踏み入れる蒼乃丞の姿に、ジャックは忌々しげな視線で蒼乃丞を射抜いた。
 そんな刺さるかのようなジャックからの視線を物ともせずに歩を進める蒼乃丞の姿を見て、ジャックは一つの確信に至る。

 ――海馬蒼乃丞。彼女は、このジャック・アトラスにとって不倶戴天の天敵であると。

 でなければ、こうも心を乱されるはずがない。
 ジャックの心をこうも乱したのは、かつて友であった遊星以来なかったことなのだ。
 理性ではなく本能で蒼乃丞を天敵と認識したジャックは突き刺す視線をそのまま彼女へと向けていたが、蒼乃丞自身それを全く歯牙にもかけない。
 遂には視線さえも返さずにジャックの横を素通りすると、レクスの前へと立ったのだった。
 そんな蒼乃丞に、レクスは変わらぬ慇懃な態度で頭を下げる。

「これはこれは、海馬社長。今回は我が招きに応えてくれたこと、まことに感謝します」
「いらん。貴様からの感謝の言葉など虫唾が走るだけだ」

 レクスの礼に対し蒼乃丞が吐き捨てるかのように言葉を返したところで、ジャックの我慢は限界となった。
 別にレクスに対する非礼に憤ったわけではない。
 開会式では自分を見下して笑い、ここに姿を現せば自分に対し不遜な言葉を吐き、遂には路傍の石であるかのように自分の前を何事もないかのように素通りする。
 そんな彼女の、キングである自分に対する不敬の数々に憤っていたのだ。
 強引にレクスと蒼乃丞の間に和って入ったジャックは、彼女のもとに詰め寄る。

「お前ッ! まだ俺を虚仮にするか!!」

 襟首を掴みあげんばかりに憤ったジャックの叫びに、そこで初めて蒼乃丞はジャックと視線を合わした。
 怒りに全身を震わすジャックに対し蒼乃丞は涼しげな顔で肩をすくめて見せる。

「虚仮? ボクはただ真実をついただけだ」

 この蒼乃丞の発言に口を開こうとしたジャックだったが、それにさえ蒼乃丞は先んじて見せた。

「ジャック・アトラス。治安維持局のデータベースではトップスの出身となっているが、実際はサテライト出身。かつてはサテライトで小さな箱庭の王を気取っていたが、そこにいるレクスの手引きによってシティに来訪。現在の地位に至る……」
「なッ!?」

 秘中の秘である己の経歴を語った蒼乃丞に、ジャックは表情を驚愕に染めるとレクスに視線を向ける。
 何故ならこの情報は、治安維持局か旧知の友しか知り得ないことだからだ。と、なると考えうるのは治安維持局側からのリーク……そうジャックは思ったのである。
 そのジャックの視線の意味を察したのだろう。レクスは静かに首を横に振り、一切の関与を否定した。
 彼自身、レクスの語る全てを信じることができないのか今一度レクスを問い詰めようとしたとき、その情報源を蒼乃丞自身が口にした。

「海馬コーポレーションの力を舐めてもらっては困る。この程度の情報、レクスから聞き出すまでもない」

 現在の戦いは情報戦だ。情報を制したものが戦いを制す。
 その常識は当然、企業にも当てはまる。特に海馬コーポレーションほど大きな企業になると、敵対企業や情報屋から有形無形の攻撃を受けるのだ。
 社の秘密プロジェクトの情報の奪取や、その中核を担う人材のヘッドハンティングなどなど…………。そんな敵から会社を護るため、海馬コーポレーションにも当然の如く防諜機関が存在する。

 蛇の道は蛇。防諜機関と言っても、護るばかりが専門ではない。
 時にはカウンターを仕掛け返り討ちにしたり、敵の足並みを崩すために積極的に諜報戦を仕掛けたりもする。
 そんな民間とはいえ、一流の情報機関を持つ海馬コーポレーションにとってはジャックの経歴を洗うことなど造作もないことだったのだ。
 偽りの王――彼女が部屋に入ってきて開口一番に発した言葉は、そんなジャックの秘密を知るが故の言葉であった。

「まぁ、決闘の腕はそこそこのようだが所詮は偽りの玉座に満足する紛い物だ」

 ジャックの来歴を語り最後には彼をそう評した蒼乃丞の言葉に、ジャックの怒りは天を突かんばかりだ。

「小娘……ッ! 言わせておけば、好き勝手なことをペラペラと!!」
「ふぅん。弱い犬ほどよく吠えるとはこの事か。どうやらキングの正体とは、ただ吠えるしか能のない駄犬のようだ」

 数え切れぬばかりを屈辱を彼に与えたばかりか、トドメには駄犬扱いである。
 これにはとうとう、ジャックの堪忍袋の緒が切れた。

「ぐッ!? もう我慢ならん! 今、ここで叩き潰してくれる!!」

 ソファの横に立てかけてあった決闘盤を手にしたジャックが蒼乃丞に指を突きつける。
 決闘の申し入れだ。

「来るか? ならば紛い物の貴様に本物の力を見せてやる」

 そんなジャックの姿に蒼乃丞は不敵な笑みを見せると、どこからともなく《青眼の白龍》を象った白銀に光る決闘盤を取り出した。
 まさに一触即発。
 何か一つ物音でも立てれば、それが決闘の始まりになるだろう。それだけ緊迫した空気が二人の間を支配していた。
 そんな二人と唯一場を同じくするレクスは彼らを止めるでもなく、まるで立会人のように静かに二人を見守る。
 そして蒼乃丞とジャック、両者が同時にデッキから五枚の手札を引き抜こうとした時――――。

『勝者決定ィィッ! 二回戦進出はボマー!!』

 会場からMCの声が響き渡った。
 どうやら、一回戦第一試合である龍亞とボマーとの試合はボマーの勝利に終わったようだ。
 その放送に、蒼乃丞は一つ鼻を鳴らした。

「存外早くに終わったな。キャンキャン五月蠅い駄犬を調教してやろうかと思ったが……まぁ、いい。命拾いしたな駄犬」

 それだけ言い残した蒼乃丞は踵を返し、VIPルームの出口へと歩を進めていく。
 その彼女の行動に、ジャックは声を荒らげた。

「なッ!? 小娘、逃げるか!?」

 ジャックの言葉に蒼乃丞は歩みを止める。彼女にとって、彼のはなった言葉はとても容認できるものではなかったからだ。
 扉の前で足を止めた蒼乃丞は視線だけをジャックに向けると、ハッと笑った。

「逃げる? ボクが? 勘違いするな駄犬。次の第二試合がボクの出番なだけだ。貴様との決着は優勝者に贈られる貴様とのエキシビジョンマッチでつけてやる。それまでボクが勝ち上がっていく姿を見ていろ。真の王が何たるか……それをボクのロードによって教えてやる」

 振り返りもせずにジャックの言葉を一笑に付した蒼乃丞は、肩で風を切りVIPルームの扉を潜る。VIPルームから退出した彼女は一度も後ろを振り返ることなく、去っていったのであった。
 後に残ったのは表情の読めないレクスと、忌々しげな顔で蒼乃丞の出て行った扉を睨みつけるジャックのみ。
 静かに閉まった扉を親の敵のように睨んでいたジャックは今一度、硬く握った拳を高らかに振り上げた。

「ぐッ……クソォォッ!!」

 VIPルームにキングの悔しげな叫びと、けたたましい打撃音が響いたのであった。




[19426] Turn-02 伝説の青眼の白龍
Name: kurei◆b5dbf621 E-MAIL ID:3af105b9
Date: 2010/06/10 00:43
 第一試合の興奮も冷めやらぬまま、早くも次のカード――蒼乃丞の出番がやって来た。

『さぁッ!! 激闘を見せた第一試合だったが、まだまだ好カードが続くぞぉ! 次の試合、我々は伝説を目撃する! 伝説の決闘者の血統にして、不敗神話を持つ決闘者。海馬蒼乃丞!!』

 MCの紹介と共に大量のスモークが焚かれ、そこから蒼乃丞が姿を現す。
 腕を組んだ堂々たる姿勢で登場した蒼乃丞の姿に、観客から大きな声援が湧き上がる。しかし、彼女は向けられる声援を歯牙にもかけずに対戦相手が出てくるであろう場所を見据えていた。

『そして、その伝説の継承者にして神話の体現者たる蒼乃丞総帥に対するは決闘カウンセラーの異名を持つ、プロフェッサー・フランクだぁぁッ!!』

 続けてのMCの紹介と共に蒼乃丞の真反対の方でも大量のスモークが爆音と共に巻き上がる。
 そこから現れたのは治安維持局が雇ったシグナーたちへの刺客の一人――プロフェッサー・フランクだった。
 フランクは温和そうな笑みを浮かべると、蒼乃丞に向けて深々と一礼する。

「これは海馬社長、ご機嫌麗しゅう。海馬コーポレーションの若き総帥とこうして決闘できる栄誉に授かろうとは――――」

 歯の浮くような美辞麗句を並べるフランクに蒼乃丞は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 一目見てわかる。
 このフランクと言う人物。人のよさそうな顔をしているが、その心の奥底に渦巻く下種の臭いはどれだけ繕っても隠しきれるものではない。
 蒼乃丞は、その鋭い嗅覚を持って彼の本性を見抜いていたのだ。

「御託はいいから、さっさと準備をしろ。ボクが目指すべきロードは遥か先にある。貴様の様な下種などにかまけている時間は一秒たりともありはしないのだからな」

 その様な畜生にも劣る男に蒼乃丞が裂く時間などありはしないのだが、腐っても決闘者だ。直々に彼女が手を下す価値のない虫けらが相手でも決闘となると話は別。
 蒼乃丞は、その腕にはめた《青眼の白龍》を象った決闘盤を掲げて見せた。

「全く……本当に噂どおりのお人だ。では姫君のご機嫌を損ねる前に始めるとしましょう」

 本性を見抜かれたと言うのに、それでも温和な好青年という仮面を外さないフランクは柔和な笑みを浮かべると、蒼乃丞に倣い決闘盤を掲げた。

『それでは、デュエル・オブ・フォーチュンカップ第一回戦第二試合……決闘、開始ィィッ!!』
「「決闘ッ!!」」

 MCの高らかな決闘開始の合図と共に、蒼乃丞とフランクはデッキより五枚のカードを引き抜いた。


 フランクLP4000
 蒼乃丞LP4000


「私のターン、ドロー」

 まず先攻を取ったのはフランク。彼は手札の内容を確認すると、自身の勝利を確信した。
 そこには既に、彼の必勝の方程式がなりたっていたからである。
 彼はその方程式に従い二枚のカードを手に取ると、それを決闘盤へと差し込んだ。

「私は手札より魔法カード、コストダウンを発動。手札のカードを一枚捨てることにより、このターン私の手札にある全てのモンスターの☆を2下げます。さらにもう一枚魔法カード、二重召喚。このカードの効果で私はこのターンに二回の通常召喚が行えるようになりました」

 二枚の魔法カードの効果により上級モンスター召喚のためのリリースと、モンスターの通常召喚は一ターンに一度と言う決闘の不文律が、このターンのみ消えた。
 その恩恵を背に、フランクは手札から二体のモンスターを召喚する。

「私は手札から☆が4に下がった超魔神エゴと超魔神イドを攻撃表示で召喚!」


 超魔神エゴ ☆6 ATK1900 DEF1100
 超魔神イド ☆6 ATK2200 DEF800


 フランクの場に現れた稲妻迸る青と赤の竜の姿に、会場は驚きに包まれた。
 しかし観客の反応とは裏腹に、対戦相手として決闘場に立つ蒼乃丞は涼しげな顔で二匹の竜に対峙する。

「初手から上級モンスターの連続召喚か」

 上級モンスターとはいえ所詮は攻撃力1900と2200。どのような効果を持っていようとも敵ではない――そんな蒼乃丞の思考を精神分析の専門家であるフランクは彼女の表情や仕草から的確に読み取っていた。

 ――ならば見せてやろう。自身が持つ最強の切札を。
 ――そして、その余裕の表情を苦悶に歪めてやろう。ああ、彼女は一体、どのような声で鳴いてくれるのか…………。

 心の奥底でどす黒い感情を迸らせるフランクは、そのような様子など欠片も表には出すことなく、手札から一枚のカードを抜き取った。

「それだけではありませんよ。私の場にあるイドとエゴ、二体の超魔神をリリースすることで手札から超魔神スーパー・エゴを特殊召喚!!」

 二体の超魔神をリリースして新たに特殊召喚された竜は、紫の稲妻を迸らせ高らかに咆哮した。


 超魔神スーパー・エゴ ☆8 ATK2800 DEF2300


『こ、これはすごいぃぃッ!! プロフェッサー・フランク、怒涛の上級モンスター連続召喚さえ、スーパー・エゴ召喚の布石に過ぎなかったとは! しかも、そのモンスターを決闘開始早々に召喚してしまうとは、これは蒼乃丞総帥にピンチ到来だぁぁッ!!』

 MCの実況が会場中に響く中、フランクは自信満々な笑みで蒼乃丞に自身の切札を披露する。

「どうです? これが私の心理分析デッキが誇る切札、超魔神スーパー・エゴ!!」

 その攻撃力は3000に迫る2800ポイント。
 これだけの攻撃力を誇るモンスターを初手から召喚するのは並大抵の事ではない。フランクにしてみても、今回は非常に運がよかったと言える。
 フランクの言葉に呼応するかのようにスーパー・エゴが咆哮を放つ中、それでも蒼乃丞は涼しげな表情を崩さない。

「ふぅん。豪勢なことだな。全ての手札を消費して最上級モンスターを召喚とは」

 確かに一体のモンスターを召喚するためにフランクは全ての手札を費やしていた。
 初代デュエルキング、武藤遊戯の言葉を借りるなら手札は可能性だ。手札の数だけ取れる戦術の幅も広がるという含蓄ある言葉である。
 その格言に照らし合わせればフランクは強力なモンスターを従えてはいるが、それ以外は何も出来ないと言うことになる。
 それでも攻撃力2800を前にしても一向に動じない蒼乃丞の姿勢というのは稀であろう。ソリド・ビジョンが見せる最上級モンスターの威圧感は、圧倒的な存在感となって決闘者の前に立ちはだかるのだから。
 フランクは蒼乃丞に対して期待していた効果が得られなかったことに、心の奥底で忌々しげに舌打ちした。
 余程、彼女の綺麗な顔が苦悶に歪むところを見たいのだろう。
 しかし、焦る必要はない。スーパー・エゴのモンスター効果を教えれば、さしもの彼女とて表情を崩すはず――そう思ったフランクは表の温和な顔で親切さを装う。

「これくらいしなければ、貴女に瞬殺されてしまいますからね。ちなみに超魔神スーパー・エゴの効果は破壊されたターンのエンドフェイズ時に自分の場に特殊召喚できる蘇生能力と、この効果で特殊召喚された時に発生する、このカードを除く全てのモンスターを破壊する全体破壊能力です。さしもの貴女でも、このモンスターは攻略できないでしょう。ターンエンドです」

 ターンエンド宣言と共に彼女の顔を窺ってみるが、それでも彼女の自信ありげな表情に変化は見られなかった。
 ここまでされて表情一つ変えないのは余程の大物か馬鹿だが、彼女の場合は前者であろう。
 こうなっては次のターン、直々にスーパー・エゴの恐ろしさを教えてやるしかない――そうフランクが考えていた時だった。
 不意に蒼乃丞がフランクへ、その長くしなやかな人差し指を突きつけたのである。

「貴様、言ったな。ボクでも、そのモンスターは攻略できないと……。だが、それは大いなる間違いだ! その様なモンスター、ボクの歩む栄光のロードの前には壁にもなりはしない!! 故に――――」

 凛とした表情で言葉を放った蒼乃丞はそこで一旦言葉を区切ると、フランクへと突きつけられた人差し指を突きつけた形そのままに指差す先を天へと向けた。
 そのポーズは奇しくもジャックのキングは一人、己自身を指し示すポーズと瓜二つ。
 しかし、何故だろうか。ジャックお得意のポーズだと言うのに、何故か彼女の方が似合っている気がした。
 そのポーズが意味する事とは――――。

「一ターンあれば十分だ。このターンで決着をつけてくれる!!」

 このターン――蒼乃丞一回目のターンによるワンターンキルであった。

『おおっとぉぉぉッ!! 何と蒼乃丞総帥、攻撃力2800のスーパー・エゴを前にしてワンターンキル宣言だぁぁ! 本当にそんな事が可能なのかぁぁぁッ!?』

 蒼乃丞の発したワンターンキル宣言に、さしものMCも興奮気味に実況する。
 観客達の反応も、攻撃力2800のモンスターを前にしたワンターンキル宣言に熱狂するが、本当に彼女が宣言どおりワンターンキルを行えるのかと問われればどこか懐疑的だ。当然、それは対戦相手であるフランクもである。
 そんな誰もが彼女の言葉を本気と取らない中で、只一人彼女の言葉を信じている者がいた。
 誰であろう、宣言した蒼乃丞本人である。
 彼女にとって、何もソレは不思議な事でない。蒼乃丞は自分自身こそを一番信頼しているのだ。
 これまでのロードを歩んできた自分を、これからも果てしない戦いのロードを歩んで征く自分を迷うことなく信じているのである。
 己が信じた自分の言葉は必ず未来へのロードとなるのだから。
 しかし、高らかに宣言してみたものの現時点の手札では宣言どおりワンターンキルを行うことはできなかった。
 そもそも攻撃力2800のスーパー・エゴを倒し、4000のライフポイントを一度に削りきるのは並大抵の事ではない。だが、彼女のデッキにはそれが可能なギミックがある。それを成すためのキーカードの何枚かも既に彼女の手中にある。
 なれば、ここで引くべきカードは最後の鍵たるあのカードのみ。

 ――引かねばならない。

 自分の言葉を嘘にさせないために。
 己が信じる自分を裏切らないために。
 デッキに眠る、祖父の遺産に恥じぬように。
 そして、栄光ある未来へのロードを歩むために。
 その万感の思いを胸に、蒼乃丞はデッキへと手を伸ばした。

「見せてやるボクの栄光のロードを! ボクのターン!!」

 デッキからドローしたカードを目にした蒼乃丞は口元に笑みを浮かべた。
 来たのだ。ワンターンキルを成すための最後の鍵が。
 しかし何と言う偶然だろうか。初手の手札五枚を引いた後のデッキの残り枚数は三十五枚。その中から望むべきカード一枚を引き当てるとは、彼女には余程の強運がついていたということか。
 いや、否である。
 この引きは他ならぬ彼女が呼び寄せたものだ。彼女の己を信じる心と、カードとの絆が奇跡を呼び寄せたのである。
 奇跡を呼ぶドロー。
 それはデュエルモンスターズ黎明期からこう呼ばれる――運命の引き(ディスティニー・ドロー)と。

 しかして蒼乃丞の手札には全ての鍵が揃った。
 あとは只、征くのみ。
 蒼乃丞はデッキからドローしたカードを手札に加えることなく、そのまま決闘盤へと挿し込んだ。

「未来融合-フューチャー・フュージョンを発動!! 自分のデッキから融合モンスターによって決められたモンスターを墓地へ送り、融合モンスター一体を選択! 二回目の自分のスタンバイフェイズに融合モンスターを特殊召喚する! ボクはデッキから伝説の白石三枚と竜の尖兵二枚を墓地に送り、F・G・Dを選択!!」

 蒼乃丞がエクストラデッキから選択したF・G・Dは攻撃力5000を誇る超強力なモンスター。しかし未来融合-フューチャー・フュージョンは発動してから効果を得るまでタイムラグがあるカードだ。これのみではワンターンキルはなせない。
 そう。これのみでは……だ。
 未来融合-フューチャー・フュージョンを発動した蒼乃丞の真の狙いは別にある。
 デッキからF・G・Dの素材となる五枚のドラゴン族のカードを墓地へと送った時、蒼乃丞は高らかに宣言した。

「この時、伝説の白石が墓地に送られたことにより効果が発動! 一体につき一枚、デッキから青眼の白龍を手札に加える!!」

 これこそが蒼乃丞の狙いだった。
 手札に己が最も信頼するカードを集めるための布石。それが未来融合-フューチャー・フュージョンだったのである。
 フランクも、蒼乃丞が取ったこの戦術は予想外だったのか表情を驚愕に染めていた。

「ッ! 墓地に送られた伝説の白石は三枚……と、言う事は!?」
「三枚の青眼の白龍がボクの手札へと加わる! さぁ、我が元に集え! イブリース、アズラエル、ジブリール!!」

 蒼乃丞が呼んだ高らかな声に導かれ、三体の青眼の白龍が彼女の手中に納まった。
 己が手札へと加わった三枚の青眼の白龍に蒼乃丞が笑みを送る中、ショックから立ち直ったフランクが余裕の笑みを向けてきた。

「三体の青眼の白龍を一度に集めるとはお見事。しかし、どうするのです? 確かに青眼の白龍は攻撃力3000を誇る強力なモンスターです。それが三枚もあるとなれば身の毛もよだつ様な脅威でしょう。しかし所詮はリリースが二体も必要な最上級モンスター。リリースするものが何も存在しない今の貴女が手札に加えたとて、一体何が出来ると?」

 伝説の白石の効果によって三枚の青眼の白龍を手札に加えた蒼乃丞だったが、フランクの言うとおりだ。
 青眼の白龍の☆は8。最上級に位置され、召喚するには二体のリリースを必要する超重量級のモンスターなのである。
 如何に強力なモンスターとて、場に出なければ何の脅威にもなりはしない。
 現在フランクに取っての脅威は蒼乃丞の二回目のスタンバイフェイズに特殊召喚されるF・G・Dであったが、これにはまだまだ猶予があった。さらに、何かしらの手も打てずに召喚されたとしても彼の場にはスーパー・エゴがある。
 最悪ライフポイントを削りきられさえしなければ、その効果でいくらでも挽回は利く――そう思っての言葉であったのだが、青眼の白龍の後継者たる蒼乃丞がそれを考えていないはずがなかった。
 余りにも浅はかなフランクの言葉に蒼乃丞は笑みを浮かべる。

「ならば貴様に見せてやる。伝説に謳われし、青眼の白龍の力を!」

 そう高らかに言葉を放った蒼乃丞は手札から一枚のカードを切る。
 ワンターンキルを成すための二の手を。そのカードとは――――。

「手札から魔法カード、融合を発動! このカードの効果により、手札にある三体の青眼の白龍を融合!!」
「なッ!? 手札融合!!」

 蒼乃丞が切ってきた融合のカードにフランクは驚きを隠せない。
 彼女が発動した魔法カード、融合。それは場、手札にある決められたモンスターを墓地に送り、エクストラデッキから融合モンスターを特殊召喚するための魔法カード。
 これならばリリース云々は関係ない。既に融合召喚のために必要な素材は彼女の手札に揃っているのだから。
 三枚の青眼の白龍と融合のカードを掲げた蒼乃丞は、高らかに言い放った。

「かつて謳われし伝説よ、今こそ威光をここに現し究極進化せよ!!」

 蒼乃丞が紡ぐ高らかな言葉と共に、彼女の場に三体の青眼の白龍が現れ出でる。
 その姿は流麗にして華麗、強靭にして無敵。そんな龍が三体、彼女の側に侍るように出現したのである。
 美しく気高き白い龍たちは大きく咆哮を放つと融合のカードに導かれ、その身を溶け合うように混ざり合わせていく。
 より雄々しく、より華麗に。
 三重螺旋を描く三体の青眼の白龍が見せるその様は、変神といってもよかった。
 そして――――。

「融合召喚! 降臨せよ、青眼の究極竜ッ!!」


 青眼の究極竜 ☆12 ATK4500 DEF3800


 より洗練された白き竜が、三つ首を持つ青眼の竜が――そしてかつての伝説が、蒼乃丞の場に降臨したのだった。

『で、出たぁぁぁぁッ! 伝説に語られる青眼の白龍、その融合体が今ここに降臨ッ!!』

 かつて海馬瀬人が所有していた伝説のカードの究極形態たる竜の登場に会場は大歓声に包まれた。

「こ、攻撃力4500…………ッ!!」

 伝説の龍の出現に、あれだけ余裕でいたフランクも数歩後ろへ後ずさる。
 圧倒的な存在感を表現するソリッド・ビジョンだが、目の前に現れた竜は何かが違う。それこそ、あの竜がまるで実在するかのような感覚をフランクは感じていたのだ。
 しかし、フランクは自分の場にあるスーパー・エゴを視界に納めると、未だに自分が有利であることを思い出した。
 人間と言うものは現金なものだ。先ほどまでは本物であるかのように感じた青眼の究極竜の威圧感が、己が有利を理解した今では小さく感じる。
 それ故にフランクの胸中には一つの思いが渦巻く。伝説なぞ何するものぞ……と。

「超魔神スーパー・エゴは不死のモンスター。例え攻撃してきたところで、そのターンのエンドフェイズには復活し、全てのモンスターを破壊できる。例え攻撃力4500の青眼の究極竜とはいえ恐れるには足らない……私の勝利は揺るがない!!」

 スーパー・エゴが持つ二つの強力な効果を持ってすれば迎撃は容易い――そう高らかに述べるフランクに対し、蒼乃丞は不敵な笑みを浮かべると、鼻を一つ鳴らした。

「ふぅん。それはどうかな」
「なにッ!?」

 蒼乃丞のその言葉と態度にフランクは驚きの声を上げる。
 それはそうだろう。先ほど確認したとおり、このターンはスーパー・エゴを倒せても、そのターンのエンドフェイズには復活し彼女の青眼の究極竜を破壊するのである。
 エースモンスターである青眼の白龍全てを墓地に送ってまで召喚した、青眼の究極竜が破壊されては彼女に成す術はないはず。
 敗北がほぼ決定付けられているのは、むしろ彼女の方ではないか。
 それなのにこの自信……強がりか、それとも本当に何か手立てがあるのか。心理分析のスペシャリストであるフランクを持ってしても、彼女の心意は図れなかった。
 しかし、状況から見れば自分の優位に変わりはないのは事実。
 この攻撃さえ凌げば勝てる――そう確信したフランクは心の奥底で陰惨な笑みを浮かべた。
 そんなフランクに対して蒼乃丞は青眼の究極竜に攻撃を命ずるため、腕を高らかに振り上げる。

「征くぞッ! 青眼の究極竜の攻撃!!」

 彼女が振り上げた腕に導かれるように、青眼の究極竜は三つの口内に白き破壊の奔流を溜め込んでいく。
 その輝きは全ての闇を祓うかのように白く、まるで一つの太陽のようにも見えた。
 そして、そのエネルギーが臨界を迎えた時、蒼乃丞が号令と共に腕を振り下ろした。

「アルティメット・バァァーストッ!!」

 青眼の究極竜から放たれた三条の光の奔流は一つに交わりフランクの場にいたスーパー・エゴを飲み込むと、その無限熱量のエネルギーで灰も残さずに昇華する。
 その白き破壊の奔流はスーパー・エゴだけではなく、フランクえも牙をむく。
 爆炎をあげる爆心地の余波がダメージとなりフランクへと襲い掛かったのだ。

「くぅああぁぁぁッ!!」


 フランクLP4000→2300


 ライフポイントを大幅に減らされたフランクだったが、その表情には必勝の笑みが浮かんでいた。

「凌いだ……これで勝利は私のもの!」

 彼女の攻撃はこれで終了。このターンのエンドフェイズ時にスーパー・エゴは復活し、その効果で彼女のモンスターは破壊される。あとは煮るなり焼くなり、自分の好きにすればいい――そのどす黒い思考がフランクの脳内を駆け巡る。
 彼女の苦悶の表情や悲鳴を想像しただけで絶頂しそうになる気持ちを何とか落ち着かせながらフランクは煙が晴れるのを待つ。
 しかし、フランクはそこで妙な事に気がついた。
 それは薄くなった煙の先のシルエット。本来ならば青眼の究極竜一体のはずなのに、自分の目に映るシルエットの数は三つ。
 嫌な予感と共に、背中に冷たい汗が流れる。
 そんな馬鹿な、そんなはずがない――どれだけフランクが心の中で否定をしてみても、嫌な予感は全く払拭されないばかりか募るばかり。

 しかしてフランクの場を覆っていた煙路が晴れる。
 先に顕になったのは腕を組み堂々と立つ蒼乃丞の姿。しかし、彼女の側にいたのは先ほどスーパー・エゴを攻撃した青眼の究極竜ではなかった。
 彼女の場にいたモンスター……それは流麗にして華麗、強靭にして無敵、そしてデュエルモンスターズ最強であるモンスター。彼女が最も信頼する、祖父からの遺産。
 その名は――――。


 青眼の白龍 ☆8 ATK3000 DEF2500
 青眼の白龍 ☆8 ATK3000 DEF2500
 青眼の白龍 ☆8 ATK3000 DEF2500


「ぶ、青眼の白龍……だと……ッ!?」

 神々しき威光を放つ三体の青眼の白龍の姿に、フランクは暫し茫然自失となる。
 だが、そんな彼とは裏腹に蒼乃丞の場に現れた伝説の龍の姿に会場は大きな歓声に包まれた。

『な、なんとぉぉぉッ!? 蒼乃丞総帥の場にいた青眼の究極竜が消え、代わりに三体の青眼の白龍が出現したぁぁ!! 伝説の最上級モンスターである青眼の白龍が三体も並ぶとは、何と壮大なる光景かぁぁぁッ!!』

 まるで姫君を守護するかのように彼女の周りに侍る三体の青眼の白龍は、フランクを主の敵と見なしたのか威嚇するように咆哮をあげる。
 それは彼にとっては嫌な予感が現実となって現れた瞬間だった。

「こ、これは一体どういうことだ!? どうして三体もの青眼の白龍が――――」
「どうもこうも、このカードを使っただけだ」

 いきなり蒼乃丞の場に三体の青眼の白龍が出現すると言う信じられない光景に戦慄くフランクに対し、蒼乃丞は一つ鼻を鳴らすと一枚のカードを掲げてみせた。
 彼女が掲げたそのカードを視界に納めたフランクは呆然と、そのカードの名を口にする。

「融合……解除……!?」

 融合解除。
 それは融合モンスターをエクストラデッキに戻し、素材としたモンスターを墓地から特殊召喚する魔法カード。蒼乃丞は青眼の究極竜の攻撃の後にこのカードを使い、青眼の究極竜の融合を解いていたのであった。
 そして、これこそが彼女のワンターンキル最後の手。召喚しにくい青眼の白龍の弱点を補う蒼乃丞の手立てが一つ。
 三体の青眼の白龍を従えた蒼乃丞は高らかに言い放った。

「戦闘フェイズ中、融合解除によってボクの場に特殊召喚された青眼の白龍たちの攻撃は有効だ! よって、戦闘続行!!」
「ッ! 攻撃力3000の攻撃が三回も!?」

 彼女の言葉に表情を真っ青に変えたフランクに対し、蒼乃丞は一つ鼻を鳴らすと言ってやった。

「ふぅん。何も驚くことはない。貴様の敗北はボクに相対した時に既に決していたのだ。伝説の攻撃をその身に受ける栄誉と共に消え去るがいい! イブリース、アズラエル、ジブリールの直接攻撃!!」

 蒼乃丞が腕を振り上げると共に青眼の白龍が口を開き、そこに破壊の輝きを溜め込んでいく。
 白い輝きは臨界を突破し、会場を白く染め上げた。

「滅びの三連爆裂疾風弾ッ!!」

 そして、蒼乃丞の号令と共に放たれた三条のエネルギーの奔流がフランクを包み込む。

「ぬぉおおおおおお! うわぁぁあああああああッ!!」

 三点より照射される無限熱量にまで高まった破壊の光により、フランクのライフポイントは余さず全て昇華されていく。
 その様を見た蒼乃丞は極上の笑みを見せると、高らかに叫んだ。

「強靭・無敵・最強ォォッ!! 粉砕・玉砕・大喝采ッ!! ふっはははははははは! あーっはははははははは!!」


フランクLP2300→LP0


 最後に残ったのは膝を突いてうな垂れるフランクと、宣言どおりワンターンキルを成した蒼乃丞。そして、高らかに勝鬨の咆哮を上げる三体の青眼の白龍の姿であった。

『き、決まったぁぁぁッ!! しかも宣言どおり、ワンターンキル達成ぃぃッ! これはすごい! 本当にすごい! 我々は今、新たな伝説のページが開かれるのを目撃した!! 一回戦第二試合の勝者は、海馬蒼乃丞ぉぉぉッ!!』

 蒼乃丞の成した偉業に観客ばかりかMCまで興奮する中、VIPルームで彼女の決闘を見ていたレクスは満足気に微笑んだ。

「やはり彼女を呼んで正解でしたね。これほどまで大会を盛り上げてくれるとは」

 上出来も上出来。これならばシグナーを追い詰める最強の刺客になってくれることだろう。
 加えて彼女はシグナー候補者。レクスの彼女に対する期待は高まるばかりだ。

「どうでしたか彼女の決闘は?」

 その期待を隠そうともせず、ジャックに彼女の決闘の感想を求めたレクスであったが、彼はその問いかけに答えなかった。……いや、答えることが出来なかったの方が正しいか。
 何故ならジャックは苦々しげな眼差しで只一点を――彼女の事を見ていたのだから。

「これがヤツの決闘…………」

 蒼乃丞の見せたパーフェクトな決闘にジャックは静かに拳をきつく握る。
 彼女の見せたワンターンキル――それも堂々と正面から切り込む正攻法での勝利に、ジャックは彼女に自分以上の王者の風格を垣間見たのだった。










 憎々しげに歯軋りジャックとは裏腹に、蒼乃丞の勝利に喜ぶ者がいた。先の第一試合、龍可に扮してボマーと戦った龍亞である。
 やんちゃな男の子故であろうか、蒼乃丞の見せた派手なワンターンキルは彼の琴線に触れたらしい。

「すっげぇ! 超カッコイイ! 見た、龍可!? ワンターンキルだよワンターンキル!!」

 未だに勝利の雄叫びを上げ続ける三体の青眼の白龍を指差しながら大声で話す龍亞に、龍可は顔をしかめる。

「もう、耳元で怒鳴らないでよ。聞こえているから。……でも、本当に綺麗」

 迷惑そうに龍亞に言ってやった龍可であったが、彼女も青眼の白龍の美しさの前に、そうポツリと呟いた。
 龍亞と龍可の兄妹が青眼の白龍の姿に感嘆する中、彼らと席を同じくする一人の老人――矢薙典膳も大はしゃぎだ。

「あれが伝説の青眼の白龍か! ワシも長いこと生きとったが、青眼の白龍を生でみるのは初めてじゃなぁ。いやぁ、綺麗なモンスターじゃと知っとったが、それにしても美しい! 伝説に名を連ねるだけはあるのぉ」

 この歳に至るまで世界の不思議を見て回ってきた典膳は、同時に世界中の決闘者たちの決闘も見てきたのだ。当然、その中には海馬瀬人の決闘も含まれる。
 しかし、その決闘はどれもが中継放送や録画映像といったものばかり。生で海馬瀬人の決闘を見たことは一度もなかったのだ。
 実際にこの目で青眼の白龍を見たのがこれが初めてだったのだから、彼が少年のようにはしゃぐのも無理からぬことだった。

「世界に四枚しか存在しない超レアカード、青眼の白龍……。かつて海馬瀬人の切札として活躍し、初代デュエルキング、武藤遊戯のブラック・マジシャンと双璧をなしたモンスター……伝説に違わぬ力だな」

 典膳の隣に座っていた氷室仁も圧倒的な青眼の白龍たちのパワーの前に身震いする。
 あれと相対するには、かなりの覚悟がいる――元プロ決闘者である氷室をしてそう言わしめるほどの圧倒的な存在感を青眼の白龍は放っていたのだ。
 そして、それは青眼の白龍だけに感じられるものではない。
 他にもう一つ、青眼の白龍よりも大きな存在感が感じられた。
 それは他でもない、伝説に謳われし三体の青眼の白龍の現主たる海馬蒼乃丞だった。










 観客席で氷室が蒼乃丞から圧倒的な衝撃を受けるさなか、奇しくも同じ衝撃を感じている人物がいた。

「青眼の白龍の力は伝説に謳われている通りだが、真に恐ろしいのは彼女のカードプレイングセンスだな」

 デュエル・オブ・フォーチュンカップ出場者の控え室。
 そのモニターに映る青眼の白龍に視線をやりながらボマーは言葉を続ける。

「いかに青眼の白龍が攻撃力3000を誇るモンスターだからといって最上級モンスターにとっては避けられぬ道――二体のリリースと言う軛からは逃れられない。と、なると別の召喚手段が必要になってくる」
「それが特殊召喚か…………」

 三体の青眼の白龍と蒼乃丞を見つめながら語ったボマーに遊星が言葉を返した。
 通常召喚が難しいのならば、特殊召喚に道を見出すしかない――その遊星の言葉にボマーは頷く。

「ああ。今回彼女が見せた未来融合-フューチャー・フュージョンからの伝説の白石を墓地に送っての青眼の白龍のピンポイントサーチ、青眼の白龍三体融合から戦闘フェイズによる融合解除までの一連の動きは見事の一言だ」

 まるで流れるように行われた無駄のない蒼乃丞のワンターンキルに、ボマーはそう総括すると言葉を続けた。

「青眼の白龍の召喚方法は融合からの融合解除だけでなく、他の特殊召喚の手段もいろいろと仕込んでいることだろう。それに青眼の白龍は海馬瀬人のカード。この決闘、未だ彼女のデッキは明らかにされていない」
「未だ見ぬ脅威……ということか」

 ボマーの語るとおり、この決闘で彼女が見せたカードの数は余りにも少ない。
 彼女のデッキの主軸は青眼の白龍で間違いはなかろうが、その脇を固める二枚目、三枚目のキーカードがあるやもしれない。さらに青眼の白龍を展開する手段も、まだまだ持っていそうだ。
 その事実に、遊星は顔にこそ出さないが掌は汗でベッタリとなっていた。
 間違いなく彼女は強敵だ――そう認識を新たにした遊星の考えを読んだのか、ボマーは静かに遊星に語りかける。

「キングであるジャックには悪いが、俺は彼女こそが今大会最強の決闘者だと思っている」
「………………」

 それは遊星も考えなかったわけではない。しかし、遊星はボマーの言葉に肯定も否定も出来なかった。
 遊星は蒼乃丞の事を全く知らない。彼女が何を考え、どんな人生を歩んできたのかを。
 遊星はジャックの心意がわからない。何故彼が、自分の作ったD・ホイールとスターダスト・ドラゴンを奪ってまでキングになったのかを。
 彼らを知らないからこそ、ここで答えを出すことは遊星には出来なかった。
 そんな遊星の姿に好感を覚えたのか、ボマーは微笑を浮かべる。

「まぁ何はともあれ、俺達は決勝まで上がらないと彼女とは戦えないんだ。それに次はお前の番だろう? そろそろ用意したらどうだ」
「……ああ。そうすることにしよう」

 そうだ。まず、勝ち進まないことには彼らと決闘することはできない。
 順調に勝ち上がり、そして対峙すれば自ずと全ての真実が曝されるだろう――そう信じる遊星はD・ホイールのガレージに歩を進めるのであった。



感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.51619386673