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 平成13年の名古屋港水族館新館オープンに伴い世界最大級のプールが完成してから約2年、主役である待望のシャチが名古屋港水族館にやってきた。当初シャチの入手に関しては、自然界から・国内外からの借受等さまざまな方法が考えられたが、最終的には国内からの借受による展示となった。
 和歌山県・太地町。古くから捕鯨の町として栄えた所である。この町の太地町立くじらの博物館で飼育されているシャチ2頭のうちの1頭「クー」(メス:推定13才)が名古屋港へ貸出され、移動することになった。とはいえ、太地町から名古屋港へは車で約6時間の距離である。体長約5.6m・体重約2.1トンのシャチを輸送することは難題である。ましてや相手は海洋動物である。そのため、空輸・陸路を含め輸送手段が検討されたが、最終的には世界でも例がないと言われている「海路」を使った輸送方法をとることになった。

 平成15年10月25日(土)、名古屋港水族館の西側に船船(499トン)が接岸された。この船は普段は砂利運搬船として使用されているが、船倉構造がプール形状になっており、縦24m・横10m・深さ約6.6mの船倉に海水を貯めこんだままの状態で航行することができる。
 つまり、従前このような動物の輸送は狭いコンテナに固定して輸送していたが、比較的通常の生活環境に近い、動物への負担を極力少なくする輸送方法が今回の計画であった。

 この日の午後1時、名古屋港水族館ではマスコミを対象とした輸送計画を説明する記者会見があった。今回注目すべき事柄は、太地町から借り受けるシャチ1頭の他に、太地のシャチ飼育プール内で同居していた仲のよいバンドウイルカ1頭も同時に船で運び、名古屋港水族館からの代替のバンドウイルカ1頭と交換する、というものである。
 本来シャチにとってイルカは捕食の対象であり、このような異種の動物が仲良く生活することは自然界では考えられない。にもかかわらずくじらの博物館で寄り添って泳ぐ2頭の異種は、今後の研究対象となるだけでなく、シャチ輸送時のトラブル回避および新しい環境での順応促進という面からも注目され、今回の決定となった。記者会見後、すぐに輸送が開始される予定であったが、当日は日本近海に台風が接近していたため、後日行われることになった。
 
 天候の回復を待って2日後の10月27日(月)、いよいよ輸送計画が開始された。
 朝8時、太地町へ運ばれるバンドウイルカが搬出される。2年半前、16頭のイルカを運び入れたときと同じように、担架にイルカを固定し、そのままクレーンで持ち上げ、屋外へと運ばれる。プールはマンションの3階ほどの高さにあるため、そこから慎重に、待機していた車両に牽引された水槽型コンテナへと降ろされた。従来と大きく違うのはここからである。今回は輸送船までの約100m先の短い距離のみを陸送し、再びクレーンにて輸送船の船倉へと移しかえられた。イルカは元気に泳ぎだし、関係者一同ほっとする。同9時、輸送船は太地町へ向けて出港した。
 出港を見送った後、名古屋港水族館内田至館長をはじめとする関係者を乗せたバスも、同じく太地町に向けて出発した。走行中にも先に出港した輸送船から定時的に情報が入る。台風通過後で海上はやや波が高いが、順調に航行しているとのこと。バスは午後4時頃太地町に到着し、輸送船はやや遅れて近郊の勝浦港に入港し、着岸して翌日の作業を待つことになった。




 10月28日(火)、朝からやや雲が多く、午後から雨の予報であった。朝7時、勝浦港では輸送船から交換用のイルカをクレーンの付いた台船上のコンテナに移す作業が行われた。ここからは台船が単独で太地町・くじらの博物館に向かう。この博物館は自然の入江を活かした施設であるため、外海とは堤一つで仕切られた自然に近い環境になっている。そのため台船の安定には困難を極めたが、無事付近の岩場にロープで固定することができた。
 朝8時。名古屋港水族館からの搬出時と同様に、クレーンで担架を吊り上げ、そのまま堤をまたいで、飼育用の小割りいけすへと降ろす。次はいよいよシャチの搬出だ。いつもと違う気配を感じたのか、時折鳴きだした。9時頃、イルカ用よりも大きな担架が水面へと降ろされ、10名ほどのいさな組合スタッフがいけすの中に入り、慎重に作業を進めていく。約10分後、暴れることもなく吊り上げられ、台船へと運ばれた。担架から出ている、シャチのひれが揺れているのが確認できる。

 その後、同時に輸送するバンドウイルカも無事積み終え、予想よりかなりスムーズに作業が終了し、再度台船は勝浦港へと向かった。約30分後、到着した台船から今度は輸送船へと運ぶ作業が行われた。地元のマスコミ・カメラが注目する中、同行した獣医によるチェックの後、横付けされた台船からゆっくりとクレーンで吊り上げられ、運ばれるシャチ。暴れることもなく、落ち着いた姿が逆に心配であったが、船倉の海水が張られた水槽に入れられた後、仲の良いイルカも運びこまれると、目に見えて元気になり、寄り添うように泳ぎだした。2頭の無事を確かめた後、午前11時30分、輸送船は一路名古屋港に向かって出港した。
 船は午後9時には名古屋港港外に到着し、2頭の搬出は翌日となった。




 翌10月29日(水)早朝5時、輸送船から名古屋港水族館内の医療用プールへと運ぶ最後の作業が始まった。先にシャチがクレーンで吊り上げられる。用意された輸送用コンテナにいったん入れられ、そこから水族館プール横のクレーンまで陸送される。待望のお目見え、ということで、多くのテレビ・新聞各社が見守る中、午前7時、無事シャチは名古屋港水族館に搬入された。以前イルカが泳いでいた際には広く感じられたこのプールが、狭く感じられるほどシャチは大きい。やがて同時に運ばれたイルカもプールに入ると、そのときを待っていたように2頭は寄り添い、何事もなかったかのように泳ぎだす。どうやら新居を気に入ってもらえたようだ。こうして3日間にわたる、世界初の海上輸送によるシャチ輸送は無事終了した。





 シャチの飼育について内田館長からは「今後人工繁殖によって1が2になる、このことだけでも驚きであり、偉大なことである。またバーチャルの世界だけではなく、実物を飼育・展示することにより、巨大な生命体が存在することの不思議さを来館者に感じ取って欲しい」とのコメントがあった。また一般公開については、シャチの体調および新しい環境への適応の後、できる限り早い時期に実施できるように準備を進めていく。


 ※今回掲載の写真については全て、名古屋港水族館の協力により特別に同行取材し撮影された記録用のものです。