日蓮正宗 立正安国論、正義顕揚七百五十年

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れいなさん、あなたはアメリカで色々な面白い体験をしたのですね。とても役にたちますよ。

あなたは渡米されて、びっくりする様な事が沢山あったのでしょうね。
私は終戦の年は小学校二年生でした。それまでの鬼畜米英と叩き込まれた私にとって、実際に進駐軍が
私たち小学生にプレゼントしてくれた品物を見て、

「アメリカの子供は、こんなに良い紙を使っているのか。こんなに立派なノートを使っているのか。」
と思いました。
当時は日本国中が貧乏で食糧難の状態でしたね。
私が一番嫌だったのは学校で給食の時でしたよ。脱脂粉乳を湯で溶いた物を残さず飲めと先生は言いました。少しでも残っていると再度湯を入れて飲み干さなければなりませんでした。
あんな者は牛や豚でも顔を背けますよ。
それに我が家は農家でしたから食べる物はなんとかありました。
でもね、れいなさん、私はアメリカ人は、こんなうまい物を食べているのか?と羨ましくなった食べ物がありました。
それはカレーライスでした。始めて口にする時は、

「なんだ、こんなどろどろした物を食べさせるのかよ。」
と思いました。しかし一口食べた私は、これはうまい!と満足しました。
その頃は学校給食を生徒の母親たちが交代で手伝っていました。カレーライスが出た日に、私の母親が給食を作りに行っていたのです。
私は帰宅して、びっくりする事態が起こっていました。母親は学校から帰るや、頭が居たいと、そのまま布団にもぐりこんで寝てしまったのでした。
そして私に言いました。

「今日の給食はまずかったでしょう!あんなどろどろの物を御飯にかけて食べさせなくても良さそうなものをと思ったら、お前たちが可愛そうになって、私はとても頭が痛くなったんだよ。」
そりゃ、そうでしょう?母親はカレーライスなんか知らなかったものね。
母親はカレーショックが深刻で、平成十三年に亡くなるまで、カレーだけは絶対に口にしませんでしたよ。
皆さん、信心とは関係ない話をして、すみませんでした。まあ、けんちゃんは高齢だから許してちょうだいませよ。

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  • 2010.05.28 17:01:45
From:  れいな

さて、兄の旅行会社は観光客だけではなく、いわゆる視察団も多く扱っていました。当時は日系企業からのリムジン・サービスをしており、三菱商事、丸紅などから随分お客さんを頂いておりました。ある日、商社の依頼で(Kaizer Steel)の視察グループの依頼がありました。場所は(Fontanaフォンタナ)という町にあり、アメリカ有数の製鉄会社です。日本の視察団はたしか日本製鉄(今の新日鉄)のお客さんだったと記憶しております。
http://ludb.clui.org/ex/i/CA3008/

地図を探して場所を確認していました、「Fontana,fontana、フォンタナ・・・」ありました! ロスの下町から東へ約1時間、50マイルほど行った場所で、鉄というイメージよりは田園(ブドウ畑)で有名な街です。オンタリオ飛行場のすぐ近くでした。

地図を見ていると、フォンタナのすぐ東に通りの名前なんですが、【Etiwanda】という道が南北にまっすぐに伸びているではありませんか!

そうです、日本にいるとき聖教グラフで見て知っていたのですが、日蓮正宗のお寺がアメリカで初めて建立した、という記事が記憶にありました。

「ここだ! ここに違いない!」

私はそう思い、明日の製鉄所視察に大いに期待したのです。

当日、視察団の訪問時間は約5時間です、十分に時間があります。日本製鉄の社員さんを落とした後、早速Etiwandaに行きました。東に10分ほど走ると出てきましたよ、Etiwanda Avenueと! 

さて、交差点で右に行こうか左に行こうかちょっと迷いましたが、右に行けば高速だし、きっと左だろうナ? 適当に左に曲がり数分行くと、Etiwanda通りの左側に日本建築らしき建物が見えたのです!

広大な敷地です! 約2万坪ぐらいの広さです! 私はゆっくりと駐車場に入り車を止めました。

そこには、日本語で、「日蓮正宗・慧日山・妙法寺」と大きく書かれた板があったのです!!!

うろうろしていると、おばさんが出てこられ、「どちら様ですか?」と聞かれたので、「日本から来て今ロスに住んでいるんですけど、学会員なんです」というと、快く本堂に案内してくださいました。久しぶりの板御本尊様です! 私は心ゆくまで唱題ができました。渡米後半年ぐらいの出来事でした。

あの時のご住職は誰だったんだろうな? ・・というのは、妙法寺から古谷得純師(後の東京白蓮院正信会、現在謝罪して宗門に復帰)が出ているので、今でもあの時の御住職が気になるのです。そしてこの妙法寺が、十数年後に私が法華講員となれた最大の要因となるのです。

余談ですが、現在の妙法寺はハリウッドに移転しております。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~shibuken/Temple/Kaigai/myohoji.htm


つづく

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  • 2010.05.29 12:57:00
From:  れいな

さて、海外にいると日本の上層部の人間と接する機会が多々あります。

ある日、兄の所有するボロ・アパートにおっちゃんがいました。私が仕事から帰着し、夕食を四人衆と取ろうとしましたが、私が一〇分ほど早く食卓にむかいました。

おっちゃんはちょうど兄のアパートからホテルに帰る時間だったのでしょうか、チャンと背広を着てニコニコしていました。明らかに日本から来た日本人ということは顔、姿で分かりました。

紳士、優しそう、癒し、オーラ・・。

兄が私をおっちゃんに紹介してくれました。おっちゃんは私に、

「大きな大志を抱き、日本の為になる人間になって下さい」

このように言われました。

「この人 誰だろう?」私は単純に、「ハイ!」と回答しました。

ホテルに送った兄がアパートに戻った時、私は「さっきのおっちゃん、誰?」と聞きました。

兄は、

「金丸 信という人だよ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E4%B8%B8%E4%BF%A1

私は、「へえ〜、あのオッチャンが、日本の為になる人間・・とな」??

この人が日本の政治の中心人物であることに気が付いたのは数年後でした。

しかし、おっちゃんが言った「日本の為になる…」とは、「日蓮正宗の布教以外にはあるまい」、こう思ったのです。

「オッチャン、私はあなたの言われたことを今実践しているよ!」

次回「仕事を取るか、信心を取るか?」です。

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  • 2010.06.03 09:53:52

ははは、嫌だよ。れいなさん、あんたにもそんな朱鷺があったのかね。それにしても一人の出会いとは大切なんだね。
それにしても、あなたは日本どころか世界の為に精進しているでは有りませんか。
やあ、今日のお話は最高に感動しましたよ。参考にさせていただきます。

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  • 2010.06.03 11:49:35
From:  れいな

さてアメリカに長く生活し、合法的に仕事を持ちたいと願う人が一番欲しがるもの?・・それはAlien Registration Card,直訳すれば「外国人登録カード」、普通はグリーン・カードと呼んでいます。いわゆる永住権です。

私の場合は、兄が米国市民権なので、兄がスポンサーとなり永住権を申請していたのです。渡米も2年ぐらいになった時でしょうか、突然兄貴に呼び出され、「お前、これからもずっと将来、おれと一緒に仕事をするつもりか?」と聞かれたのです。私は今の仕事もなかなか面白いが、このままでは仕事の相手が日本人、そして信心をすることが全く出来ない、御本尊様もお巻きしてそのまま・・・英語もうまくなれないし…。

少し考えて、「もっとアメリカを見てみたいし、信心をしたい!」と言ったのです。兄は「お前の信心というのは、信仰をするということではなく、活動をすることだろう?」 まさにその通り!

「そうです」と答えました。

兄は、「それじゃ、永住権の申請を取り下げる、お前なんど、ここから出てゆけばせいぜい庭師ぐらいしか仕事はないぞ・・・」このように言うのでした。

庭師(Gardener)というのは当時の日本人移民で、英語がカラキシ出来ない人が一番手っ取り早くお金を得る仕事でした。日本の庭師、植木屋さんというようなものではなく、いわゆる芝刈り人です。カリフォルニアの家は、必ず家屋の前に結構大きい広さの芝生があります。

この芝刈りが大変です。亜熱帯性気候のロスでは、一週間もすれば3〜5センチも伸びてしまいます。そこで庭師に頼んで、一週間に一度芝生を刈ってもらうのです。一件、当時で40ドルぐらいの収入でした。

まぁ、それはともかく、私にはまだまだ夢がありました。なにしろ学会活動をしたい、御本尊様を御安置したい、大学にも行ってみたい・・。何せ当時まだ二十歳の若さです。・・・一人でやってやろう! こう思ったのです。

一番先輩の北海道の人は、私より早く兄の仕事を止めて、独り立ちをしておりました。・・・仕事はトラックの運転手です。この人はロスの下町から車で20分ほどのBoyle Hieghtsというメキシコ人街に住んでおりました。East Los AngelesのBoyle Heightsと言えば、ド・ビンボーメキシコ人の住んでいる非常に治安の悪い場所です。
http://www.youtube.com/watch?v=ZeCAdKCbMeU

私は兄のアパートを飛び出し、この町に移り住むことになりました。

永住権を取り消された私、在米資格がありません。日本に一時帰国して新しくビザを申請しなければいけません。・・貯金は少しだけ、飛行機の切符を買うお金もなかったのです。

そこでアルバイト! ロングビーチの港で三菱のテレビを積み込み、サンフランシスコまで運ぶ仕事でした。

続く、

次回は「トラック野郎」です。

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  • 2010.06.05 01:01:58
From:  れいな

さて、友人の紹介で移り住んだメキシコ人街,Boyle Heightsですが、大きな寮になっており「Fellowship House」という名前でした。・・三食付きで月80ドルです。朝は生卵が山ほど積んであり、生卵、卵焼き、好きなように食べます。食パン、シリアル等も豊富でした。昼食はサンドイッチでした。夜は日替わりメニューで、和食、洋食色々まずかったですが、80ドルでは文句はないでしょう。何せご飯は食べ放題だったのですし。ここら辺はやはりアメリカですね。いちばん御馳走が出る日は土曜日の夜でした、みんな楽しみにしていましたね。

この寮は日系のキリスト教会が運営していましたので、寄付などもあったのでしょう。また日本人の友人もたくさん出来ました。南米を旅行した人、これからヨーロッパへ行く人、世界中からバック・パッカーが集まっていました。世界中の細かい旅行の情報が入りました。みんな若者ばかりです。楽しかったですね。みんなロスで観光ビザで数ヶ月仕事をし、お金をためて散らばってゆく、また戻ってくる、このような連中の集まる場所でした。

さて、私は早速、先輩のUさんの仕事を手伝いました。6トントラックでロスの港から数十台の三菱テレビを積み込みサンフランシスコまで運ぶ仕事です。一往復すれば、当時のお金で200ドルくれました。当時日本の大卒の給料が月25000円ぐらいですから、相当いい仕事です。・・しかし連続して仕事はありません。1週間に1回ぐらいのペースです。高速101号線をロスからまっすぐ北に上ります。サンタ・バーバラ辺りからサンフランシスコまでの海岸線・・・素晴らしい景色です。私は先輩のトラックの後を走りますので、不安はありませんでしたが、次の日になるとモーテルから分かれて別の場所に行きます。不安、不安の連続、それになれていないトラック、荷台の高さ、後ろ側、バックミラーでもよく見えません。一度Uターンしようと思い、車を回したところ、いきなり「グシャ、ドス〜ン!」「なにかいな〜?」と思い車から降りて見ると、モーテルの入口にトラックが激突していました。アハハ、一生忘れない思い出です。

しかし今ではいい思い出です。濃霧の高速5号線(カリフォルニアの内陸を南北に走っています)、5メーター先も見えなかった時もありました。
早朝、「モ〜〜」という牛の声、牧場の匂い、San Louis Obispoで飲んだ朝のコーヒー・・・。
http://en.wikipedia.org/wiki/San_Luis_Obispo,_California

感動的なGolden Gate Bridge
http://www.youtube.com/watch?v=kxTOevhrSvI

若い! 怖いものはなかったですね。

さて、数ヶ月のバイトも終わり、帰国する費用が十分にたまったので、一時帰国し、今度は「留学生ビザ」で再入国したのでした。

つづく

次は、「学生生活の始まり、学会員との出会い」
です。

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  • 2010.06.07 15:03:46
From:  れいな

さて、高卒で渡米した私でしたが、渡米の最大の目的の一つには、アメリカの大学に行ってやろう、というのがありました。ビザ取得のため帰国するまでの数ヶ月、私はどこの学校に行こうかな? 色々考えていたのですが、当時、州立のUniv.of Calif. LA(カリフォルニア大学)は非常の程度が高く授業料もべらぼうです。(アメリカ国籍はほぼ無料、留学生は非常に授業料が高額)、Univ.of S.Calif(南カリフォルニア大学、三木総理が卒業)も同じです。もう一つ、短大で、California State Univ.LAという州立短大がありましたが、ここはカリフォルニア大学の準備校という立場でした。

そういえば、誰か政治家で、学歴詐称したのがいましたっけ?

University of California Los Angeles【総合大学UCLA】
California State University【二年制大学】

どちらも日本語に翻訳すれば、カリフォルニア大学、となります。
あの政治家は、この二年制の大学をUCLAのように思わせていたのです、翻訳にはこのように、思わぬ落とし穴がありますね。

ということで悩んでいたところ、知り合いの奥さんが、「ウッドべりー大学へ留学している人を知っている、いい学校らしいよ・・」、このようにアドバイスをしてくれました。

http://www.woodbury.edu/s/131/index.aspx?sid=131&gid=1&pgid=408

まぁ、あれやこれやとしているうちに、何となくこの学校に決めたのです。学部は色々専門的な分野がありましたが、何せ簡単に卒業まで漕ぎ付ける学部を選んだのが、International Businessでした。これなら何とかいけるやろ?・・・単純な考えで入学したのです。

書類をもらいに行くと、日本で犯罪歴、レントゲン写真、高校の成績表、保証人のサイン、簡単でした!! 入学試験なし!!「バンザ〜イ!」

またアメリカの大学は、全日制、夜間部という差別は全くなく、日中行こうが、夜行こうが全く自由です。また4年間で単位を取る必要もなく、自分のペースに合わせて昼行ったり、夜行ったり、要するに単位を取れば卒業できる事も始めて知りました。

ところがです、簡単に入学できたのはよかったのですが、入ってみてビックリ! この学校はセミスター制(半年で単位を取る)ではなくクオーター制度(3ヶ月で単位を取る)だったので、その速度の凄さ! その3カ月の間に3〜4科目の授業を受けるのですが、1科目1週間に1枚のTerm Paper(生徒がリサーチする簡単な論文)を提出しなければ単位が取れない仕組みになっているのです。

これにはホント、参りました! 入るのは簡単、出るのは大変!

「入ちゃえばこちらのもの、アホでも卒業できる」と思うカル〜イ気持ちは完全崩壊しました。・・しかし、(これを、うまく擦り抜ける方法があったのですが、・・・それはのちほど紹介いたします。笑 (*^_^*))

つづく

次回は、「人生を変えた学会員との出会い」

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  • 2010.06.09 00:05:45
From:  れいな

さて、学生生活が始まったといっても最初から本科の授業は受けられません。留学生は一同に集められ、まずは半年英語の勉強からのスタートです。

1クラス40名ほどいたでしょうか、韓国、台湾、香港、タイ、ペルー、イラン、ナイジェリア等など、あちこちから留学に来ておりました。一番英語が出来たのはイギリスの植民地であった香港の人たちでした。一番出来の悪いのは韓国と日本人でしたね。笑

ただしそれは会話のことであり、英語のテストは日本人は非常に優勝でした。・・・日本で教える英語とは漢文の解読をやっているようなものなので、テストは出来たのです。

フランス女性の先生でした。背が高く、金髪、ブルーアイ、きれいな英語、私など男子生徒は、この先生の授業を受けるのを毎日楽しみに通学しておりました。

さて、休み時間になるとカフェテリアでコーヒーとか食事をする時間が30分ほどありました。飲み放題25セントのコーヒーをすすりながらの休憩時間です。それぞれの席で世界中の言語が耳に入ってきます。

日本人が2名いることに気が付きました。一人は東京からのTAさん、もう一人は京都からの学生TMさんでした。同じ日本人なのですぐに心が開き、友達になりました。

この京都の人は私より3歳ほど年上でした。いつもニコニコしており、落ち着きがあり、既に本科の授業を受けていましたので、大学でも先輩にあたりました。東京の人は、練馬区からの留学生、メキシコ人と一緒に住んでいると言っておりました。

この二人が学会員であることは数ヶ月後に分かったのですが、特に京都の人は大阪外国語大学卒、関西学生部の幹部の一人だったということにはビックリするとともに、「信心というもの」を教えてくれた私の貴重な先輩となるのでした。

「きょうもまた、あすもまた・・・しゃ〜く〜ぶくの〜〜♪」

この貴重な縁はこの大学で芽生えたのでした。

つづく

次回は、「Boyle Hightsの学会員」



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  • 2010.06.09 11:46:04

サークルの紹介

気楽にどうぞ!

登録申請には、あなたの自己紹介をお願い申し上げます。自己紹介とは、あなたの所属宗派、信仰歴、など簡単で結構です。

登録許可後、3日以内に何の書き込みもない場合、退会して頂きます。予めご了承ください。

http://www.youtube.com/watch?v=MO...

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