きょうの社説 2010年6月9日

◎新政権の経済政策 成長と増税の両立は困難
 新政権の船出にあたって、気掛かりなのは、菅直人首相が会見で「増税しても景気は良 くなる」との持論を展開し、経済成長と財政再建、社会保障を一体的に実現したいと述べた点である。増税で得た新たな税収を医療や介護、環境などの成長分野に重点配分すれば、雇用や需要を創出でき、景気にもプラスになるという触れ込みだが、そんな手品のような手段で経済成長を後押しできるとは、とても思えない。経済学の常識に照らせば、増税によって消費が冷え込み、ますます景気が悪くなるだけではないか。

 成長と増税を両立させる発想は、菅首相の政策ブレーンを務めた経済学者の提言がベー スになっていると言われる。だが、大方のエコノミストは、この説には懐疑的だ。医療や介護などに財政支出を集中しても雇用や需要にどこまで効果があるか分からぬ一方、増税によって家計負担が増え、消費が減るのは確実だからである。経済成長と増税の両立は、現実には極めて困難と言わざるを得ない。

 菅首相は、1月の財務相就任後、にわかに財政再建論者になった印象がある。ギリシャ の財政危機で、日本の赤字財政に危機感を持ったからだという。菅政権の顔ぶれを見ると、仙谷由人官房長官、野田佳彦財務相はともに財政規律派といわれる。新政権の経済財政政策が「財政再建」重視の方向へ動くのは間違いないだろう。

 成長と増税が両立するには、増税分が新規雇用の創出などのかたちで確実に国民の所得 となり、税収増となって返ってくる必要がある。本当にそれが可能であるなら、国民生活はより豊かになるかもしれないが、現実にそう都合よくいくだろうか。幻想を振りまいて、国民の目を惑わせてはいけない。首相サイドが両立論を口にする狙いは、国民のなかに根強い増税アレルギーを払しょくするためではないのか。

 危機的な財政状況を考えれば、増税で得た税収をすべて成長分野に振り向けるのは難し いだろう。それでなくても、民主党のマニフェストを実施するには、10兆円超の財源不足が指摘されている。増税などすれば、赤字の穴埋めにされるのが落ちではないか。

◎舳倉島「歴史資料館」海の恵みと警鐘知ろう
 輪島市は今夏にも舳倉島に「歴史資料館」を整備する。北國新聞社の舳倉島・七ツ島自 然環境調査団から寄贈を受ける収集品などを展示する方向で、島の豊かな自然に理解を深めるとともに、ふるさとから地球規模の環境問題を考える場として活用してもらいたい。

 本社調査団の成果を展示するコーナーは金沢市の北國新聞会館4階に開設されているが 、団長を務めた藤則雄金大・金沢学院大名誉教授らが、調査成果の地域還元として、地元でも開設する方向で輪島市と協議していた。舳倉島でも展示されることは、現地を訪れた人々が島での体験と合わせて、自然と人々との共生や環境変化の警鐘について足元から見つめる契機となろう。

 「歴史資料館」として整備されるのは「へぐら愛らんどタワー」で、島全体を見渡せる 観光スポットでもある。現在は市内の名所や自然などの写真を展示している2〜5階を活用し、島の成り立ちや気候変化を伝える岩石、植物化石、ナホトカ号事故で流出した重油の痕跡、貴重な鳥類や植物の写真などを紹介する見通しである。輪島市は「歴史資料館」を島の観光振興や環境教育などに生かす方針であり、環境に配慮して豊かな自然に触れるエコツーリズムを推進する際にも、島を巡る主なポイントになり得る。

 本社調査団の2年に及ぶ調査では、地球科学や動植物など多分野の専門家約30人が2 0回以上渡島し、多方面で成果が得られた。島が自然の宝庫であることが再確認された一方で、漂着ごみや酸性雨が観測されて、国境を超えた環境汚染の波にさらされている現実も浮き彫りになった。展示される品々から、地球環境の変化に敏感に反応している島の姿が伝わるだろう。今も海流や大気からさまざまな影響を受けている実態を知ってもらいたい。

 今年の12月には国際生物多様性年の締めくくりとなるイベントが金沢市内で開催され る。海の「定点観測地」の役割を担う舳倉島からの里山里海保全のメッセージを広く伝えてほしい。