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休業中の社員と管理職のコミュニケーションを支援 |
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小室さんは資生堂時代、育児休業者の復帰を支援するためのプログラムを開発され、2006年に独立されました。現在の会社で開発した復帰支援プログラム「armo(アルモ)」との違いはどこにあるのでしょうか。 |
最も大きな違いは、復帰する個人だけではなく、復帰者を受け入れる企業全体を支援するためのプログラムになったこと、また対象が育児だけでなく、介護やうつ病などでの休業者まで広がったことです。私も前サービスを作ったころは「育児」で休む「女性」を支援するべきなんだ、と思い込んでいました。しかし現在は、むしろこれから大介護時代を迎えるにあたって、男性の介護休業者が激増するということも実感しており、そういった状況でも利益を出していける組織になるために、企業の変革をお手伝いすることが大切だという視点を持つようになりました。
しかし前サービスの立ち上げ当時は企業の反応もかんばしくなく、「うちはそんな余裕はない」「それどころじゃない」と門前払いされてしまうことも多かったんです。ちょうど景気も良くありませんでしたし、企業も人減らしをしていた最中ですから、経営者も人事部も「人材が逃げて行くリスク」なんて、考えもしなかったんだろうと思います。
しかし、2003年に次世代育成支援対策推進法の施行が明らかになると企業の意識は大きく変わりましたね。導入企業も非常に増えました。また、導入していただけなかった企業も含め、500社くらいを担当していたのですが、どの企業も最初は「育児で休む女性をどう支援するか?」という視点で導入を検討されていました。しかし、2005年ごろから「男性の育児休業者が出たんだよ」「管理職で介護休業を取る予定者がいてね…」とさまざまな理由で男女共に休む人を抱える企業が増え、その相談に乗る中で、サービスの対象はなにも女性だけではないこと、そして、受け入れる企業の風土が変わらなかったら、せっかく職場復帰しても、辞めてしまう人が多いことにも気づきました。個人を支援するだけでなく、企業が変革を遂げるためのお手伝いが必要とされているのだと知り、2006年の起業につながりました。
「armo(アルモ)」は現在、130社以上に導入され、私どものコンサルティングサービスを利用していただいている企業も非常に増えています。景気の回復と団塊世代の引退、少子化に伴う人材不足を背景に、「人」に投資をしようという気運は、以前よりずっと高まってきました。新しいプログラムでは、男性の育児休業者はもちろんのこと、介護や病気、メンタルな理由で休職を余儀なくされた方たちにも利用していただきやすいよう、さまざまな工夫を凝らしています。
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中でも、休業中の社員と管理職がコミュニケーションをとるためのメール機能が好評だそうですね。 |
実はこのサービスは、育児休業中の部下を抱えた上司の方が、「人事部からマメに情報交換してくださいと言われても、休んでいる社員といったい何を話せばいいのかわからない」とおっしゃったのがヒントとなり、「毎月メールのひな型が届けば、情報交換しやすくなるのでは?」と、スタートしました。
休職中の社員と管理職のコミュニケーションが大事だということは、さまざまな調査からわかっていました。上司と、休んでいる本人の双方にヒアリングした結果、休職中に何らかのやりとりがなされていた場合、まったくやりとりがなかった場合よりも、復職率が何と4倍も高かったんです。
育児休業を取りながらも、復帰せずに辞めてしまった方たちにその理由をたずねると、「休業中に何の連絡もなく、自分の復帰がまったく期待されていないように感じたから」という答えも返ってきました。もちろん、退職の理由はそれだけではありません。「保育所が見つからなかった」「夫に復職を反対された」などさまざまです。しかし、よくよく聞いていくと、そういった事情の大半は、職場から、自分の復帰に対してもっと期待感を感じていれば、また復帰を支援する体制や空気があれば、何とかして乗り越えられたかも知れない、と言うのです。
調査結果を参考に、メールサービスでは毎月、「そろそろ情報交換をする時期ですよ」というお知らせを、上司の方に送っています。そこには、休業者あてのメールのひな型があり、「○○くん、そろそろつたい歩きなどするころでしょうか?」「○○ちゃん、まもなく1歳ですね。アルバムの写真やビデオも沢山たまったころではないですか?」など、成長の度合いが想像できる文言を入れておきます。すると、子育て経験ゼロの上司でも「そうか、今頃はつたい歩きする時期なんだな」とわかりますし、ひな型を利用して簡単にメールを書くことが出来るんです。
そうすると、自然に育休中の方も、子どもの成長写真などを添付して、休業中の自分の状況も積極的に報告するようになります。そうしたやりとりをしながら復帰の日を迎えることで、ある管理職の方は「復帰してきた部下の向こうに子どもの顔が見えるよう。気分はすっかり、おじいちゃんだよ(笑)」とおっしゃいました。その上司の方は、かつては、子育てしながら働くのは大変だと頭ではわかっていても、実際の状況が想像できなかったので、復帰した女性が早く帰ったりすると、ただのわがままだとしか思えず、配慮できなかったそうです。またある上司がおっしゃったのは、「いままで休職者や短時間勤務の社員がいると、周囲の社員から文句が出ると思っていました。しかし、私自身が部下と休業中もメールでやりとりしたことで、復帰後も状況が良くわかるので自分が積極的に復帰後の部下に声をかけ、ウェルカムな姿勢を見せていると、誰も迷惑そうな態度をとらなくなりました」ということです。実は、上司のスタンスが職場全体の雰囲気を作っていたんですね。
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アイデアのヒントは「社外」でつかむ |
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小室さんは著書の中で、「ワークライフバランスの本質は仕事と生活の時間配分を見直すことではない」と書かれています。ワークライフバランスの本質とは、何なのでしょうか? |
変化のスピードが早く、消費者のニーズが多様化していく社会の中で、企業が生き残っていくためには組織の中に多様な人材を抱えること──つまり「ダイバーシティ」が必要だ、と言われます。しかし、日頃から多様な人々と接点を持たない人は、自分と違うタイプの人間と出会っても、なかなか理解し合えません。そんな社員ばかりの組織に異質な人材をどんどん入れても、社内は混乱するばかりで、ダイバーシティは機能しないでしょう。社内を多様化したいならまず、社員一人ひとりが過ごす時間、ライフスタイルを多様化しないといけない。ワークライフバランスは、ダイバーシティの土台となるものであり、企業が生き残るために欠かせない施策の一つ、なんです。
OECD加盟30ヵ国の労働生産性を調べたデータ(2004年)を見ると、日本は全体の19位、先進国では最下位です。どの国よりも長く働いて、みんな疲れ切っているというのに、生産性はビリなんです。これって、どこかおかしいと思いませんか?
単純労働がインド、中国など人件費の安い国へ流れていく中で、日本人に求められているのは、知識や人脈、技術などをフルに活用しながら、付加価値の高い商品やサービスを生み出していくことです。そうした人材をどれだけ増やせるかは、この国の運命を左右するほど重要な課題です。なのに、私たちの働き方は昔とちっとも変わっていません。できるだけ長時間机の前に座り、より多くの仕事をこなそうとしているだけに見えます。
空っぽの引き出しを一生懸命ひっくり返しても何も出てこないように、インプットがなければ、斬新なサービスもアイデアも、生まれてくるはずがありません。以前は、先輩の仕事を見て覚えていれば、それで十分だったでしょう。でも今それだけをしていては、どんどん短く、多様化していく消費サイクルに追いつけません。仕事の仕方や姿勢を先輩から学ぶことは今も変わらず大切なことですが、アイデアのヒントをつかむことだけはもう、社外でするしかないんです。
社員を必要以上会社に縛らず、インプットは会社の外、しかも、出来るだけ多様なチャネルを通してできるようにすることで、次々とアイデアが生まれる環境を作ること。企業がワークライフバランスに取り組むべき本当の理由は、そこにあります。
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管理職の多くが直面する15年後の「介護問題」 |
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ワークライフバランスに取り組む企業がまず、やらなければならないことは何でしょう? |
一番変えないといけないのは、時間と場所を固定して人を管理するやり方だと思います。在宅ワークも短時間勤務の制度も、管理の仕組みや評価制度とセットで変えなければ、使いやすいものにはなりません。みんなと同じ時間、同じオフィスにいないと評価されないならば、誰だって、そんな制度は使いたくないからです。
また、そういった制度の変革をしなければ、企業には非常に深刻な問題が待っているのです。2007年に一斉退職した団塊の世代は、あと15年すると75歳、要介護年齢に一気に突入していきます。そうすれば、介護に従事する若者も足りないわけですから、介護難民となり、その介護をするのは団塊ジュニア世代になります。どの企業も社員の多くが介護か育児で仕事時間の制約をうけるようになり、潤沢な時間を仕事に費やすことができる人はぐっと少なくなります。そんな時代になったら、時間と場所の融通をつけられない職場では働き続けるのが難しくなってしまうのです。
経営者や幹部の方に私がいつもお聞きするのは、「あなたのお子さんが、もしあなたの介護をしたことで出世をあきらめなくてはいけなくなったら、どんな気持ちがしますか?」ということです。団塊の世代の皆さんは「それは辛い。私は仕事一筋で生きてきたから、自分の介護をしたことで、息子や娘のキャリアが絶たれるなんてことが想像できない」とおっしゃいます。でも、「大事な家族をケアすると、自分自身のキャリアは断たれてしまう」、ということが、女性には既におきているのです。子どもを育てることで、自分のキャリアが絶たれる企業では、将来は男性、しかも管理職層の多くが介護でキャリアを絶たれるという問題に直面するでしょう。ですから、今のような働き方を社員に強いていれば、せっかく育てた社員は辞めていくか、心か身体のどちらかを壊してしまい、ただでさえ少子化で少なくなる人材がますます不足し、会社の成長は止まってしまいます。
つまり、育児だけでなく介護まで見据えた時のワークライフバランスは、まさに緊急度の高い経営戦略であるということがお分かりいただけると、経営者や幹部の皆様も、急に目の色が変わって、真剣に取り組んでくださるようになります。
15年後に困らないためにも、誰が休もうが、短時間勤務になろうが、同じだけの成果をあげられる仕組みを、今のうちに作っておくべきです。一部の人の頑張りに頼るのではなく、負担を分散し、働く時間と場所に制約のある社員がいても、それをチームで補う体制を整える。そして、仕事をしている時間と場所にかかわらず、結果を正当に評価する。そういう仕組みがあって初めて、ワークだけに偏った生活を見直すことができます。
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家庭の事情を考慮してもらいながら働くことは、単なるわがままでもなく、甘えでもないというコンセンサスが必要ですね。 |
そうですね。でもそれは、管理職の意識が変われば必ずできることなんです。
チームの中に育児休業者もいれば、介護休業者もいる。しかも、短時間勤務や在宅ワークを選ぶスタッフもいるとなれば、問われるのは管理者のマネジメント能力です。管理職はチームのメンバーと密なコミュニケーションをとりながら、一人ひとりの状況を把握した上で仕事を振り、成果を上げなければいけません。そのためには、ITをうまく使いこなす必要もあるでしょう。
ですから、近年「管理職の意識改革セミナー」のご依頼を受けることが大変多くなりました。多様化時代に即したマネジメントスキルとは何か? ということをお伝えするセミナーなのですが、今までは「柔軟な働き方を許すことは会社のコストになる」と思ってきた世代の方に、「柔軟な働き方を提供できない企業が、いかにこれから窮地に立たされるのか」ということを数値などを用いながらご説明します。すると、会社の利益を守るために管理職のマネジメント手法の転換が迫られているということにお気づきになり、「本当に目からウロコでした!」「これを昨年聞いていれば、うちの優秀な社員を失わないで済んだのに、と後悔しています…」といった反応があります。管理職が動きだし、会社が一丸となることでワークライフバランスへの舵を切ることができます。
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ワークライフバランスを実現するために、政府が取り組むべきことはありますか? |
そうですね、保育所の数は圧倒的に足りていないと思います。企業が労働力を確保するためには、保育所が不可欠です。労働力が増えなければ、年金の払い手が増えずに、年金問題が深刻化するわけですから、早急に財源を確保して保育所の増設に力を入れてもらいたいと思いますね。
行政だけで、保育所を増やすことには、財政の限界もあると思うので、それならば民間企業ともっと連携を取って保育所を増やす方法を考えていただきたいですね。現在も企業が事業所内に託児所を作ると設置費や運営費の半分が補助される助成金などもあるのですが、すでに申し込みをしている企業でいっぱいになってしまっている状態ですし、それぞれ上限額が設けられているため、資金に余裕のない企業はどうしても、尻込みしてしまいます。さらに、定員10人以上(中小企業は6人以上)、乳幼児1人当りの面積が7u以上など厳しい基準をクリアしなければならず、せっかく作ろうと思っても、あきらめてしまうケースがほとんどなんです。
しかし、ある企業では画期的な取り組みを始めています。自社ビル内に30人規模の保育所を設置し、社員の子どもだけではなく、地域の子どもも預かり、東京都の認証保育所として運営することで運営費の補助も受けられるようになっています。ですから、地域の待機児童を減らすことにも貢献しているんですね。行政と民間が互いの資源を持ち寄って保育所を増やせばもっと早く十分な数の保育所を整えることが可能だと思っています。
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「タイムリミット」が仕事の効率をあげる |
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小室さん自身、退職を決めると同時に妊娠が発覚し、起業しながら出産・子育ても経験していらっしゃいます。そうした「ライフ」の部分は、小室さんの「ワーク」に何をもたらしたのでしょうか? |
子どもができたことで、大きかった変化は、仕事にタイムリミットができたことですね。友達との約束なら、「ゴメン、1時間遅れる」と電話一本すれば済みますが、子どものお迎えなどはそうはいきません。何が何でも午後6時には保育園についているように、仕事を終えなくてはいけないので、そのリミットから遡って、効率的に仕事をデザインすることができるようになりました。「以前はなんであんなに時間がかかっていたんだろう」と思うくらいです(笑)
タイムリミットができたことは、社内にもいい影響を与えていると思います。時間に制約があれば、自分ですべてをこなすのは無理。ですから、社員に仕事を任せなければいけないですし、すぐに任せられない相手なら、「何としても育てなければいけない」となる。以前は、ちょっと難しい仕事があると、全部「私がやらなくちゃ」と思っていました。でも今は、「社員を育てよう」と思うから、商談にもなるべく社員を同席させますし、もしも長引いてお迎えの時間が近づいてしまった時は、社員をおいて帰るんです。すると、社員もなんとか自分自身でクロージングしようと必死になり、経験を積むことができます。
弊社は、毎日出社できる社員もいれば、在宅ワークや業務委託のスタッフもいます。情報はメールで共有しますし、残業もほとんどありませんから、光熱費などの固定費もすごく安いですよ(笑)
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社内のワークライフバランスに取り組もうとする人事部に、アドバイスをお願いします。 |
実は、ワークライフバランスコンサルティングに伺うと、ほぼすべての人事部様から必ず言われる言葉があります。それは「小室さん、実はうちの会社の仕事は特殊でして……だからワークライフバランスに取り組むのは他社よりも難しいんです」ということ。本当にほぼすべての企業の人事部の方が、そうおっしゃるんですよ。
でも、今まで取り組んできた企業は、誰でもできる簡単な仕事をしている会社だから、ワークライフバランスに取り組めた訳ではありません。むしろ、そうじゃないからこそ、社員一人ひとりのノウハウ・スキルの流出がないように、必死にワークライフバランスを進めようとしているんです。だからまず、その思い込みから脱出することから始めて下さい。
ある3,000人規模の企業は、一人あたりの残業を毎日1時間減らしただけで9億円のコストを削減しました。驚くことに、ほとんどの企業はワークライフバランスがコスト削減効果をもたらすものだと認識していません。無駄なコストはすべて商品やサービスの価格に転化され、企業の競争力を削いでいきます。「ワークライフバランス」は社員のためだけではなく、会社の利益にもなるのだという気持ちで取り組めば、経営者のコミットも得られるはずです。
(取材は2007年9月18日、東京・港区にて) |