2010年04月20日

イングランドのアルコール消費と健康障害に対する18種類の価格政策の効果を数理モデルでシミュレーションしたところ、価格の値上げ、最低価格制の導入、販売店での値引きの禁止により、消費が減少し、入院件数と死亡数が減少し、医療費も減少した。論文はLancet 2010年4月17日号に掲載された。

2006年のイングランドでは、人口4390万人に対して、アルコールによる慢性疾患(がん・肝疾患・循環器疾患など)の発症が331,500人、急性疾患(事故や中毒など)の発症が152,700人、慢性疾患の死亡が7,800人、急性疾患の死亡が2,690人、入院が808,100件、医療費が29億5200万ポンド(1ポンドは約142円)と推計された。

研究では、18種類の価格政策を導入した場合の、アルコール消費への影響と、健康や医療費への効果を、数理モデルを使ってシミュレーションした。価格を10%値上げした場合には、消費が4.4%減少した。年間の健康効果は、死亡が1,460人減少、疾患の発症が慢性疾患で20,500人、急性疾患で5,800人減少、入院が48,000件減少した。年間の医療費は1億4800万ポンド減少し、患者の健康改善分を含む10年間の節約は累積で35億ポンドと推計された。

最低価格制を導入した場合の消費の減少は、アルコール10mLあたり0.4ポンドの場合は2.6%、0.45%の場合は4.5%(10%値上げとほぼ同等)、0.5ポンドの場合は6.9%、0.7ポンドの場合は18.6%で、消費の減少にほぼ比例した死亡・入院・医療費の減少があった。販売店での値引きを禁止した場合の消費の減少は2.8%と相応の効果があったが、大幅な値引きのみを禁止した場合の消費の減少は小さかった(例えば、20%超の値引きの禁止で消費の減少は0.8%のみ)。

著者らによると、今回のように多様なアルコール価格政策の効果を比較した研究は初めてという。

研究に対する論評は、アルコールによる健康障害と医療費を減少するための回答は(価格政策を通した)政府による介入であり、個人の選択に委ねることは非現実的と主張している。また、今回の研究がイングランド保健省の委託により行なわれたもので、英国政府内でアルコールの最低価格制の必要性に対する認識が生じていることを紹介している。

⇒かつて日本では発泡酒に対する増税の試みが国民の反対で中止されたことがあった。この時の増税の主目的は税収増であり健康改善ではなかった。研究に対する論評は、これまでヨーロッパでもアルコールの価格政策は、公衆衛生上の目的よりも財政上の理由で行なわれてきたことを指摘している。

しかし今後は、健康改善の目的でアルコールの価格政策を議論する動きが、世界的に強まると予想される。税収増から健康改善へという価格政策の目的の変更は、すでにたばこについて世界で生じているが、アルコールもこれに追随する動きが各地で生じてくるだろう。

論文要旨

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2010年04月19日

米国の女性看護師76,240人を12年追跡したところ、環境ホルモン作用がある薬剤ジエチルベストロール(DES)に胎内で曝露した場合は、成人期のうつの発症リスクが1.30倍高かった。論文はAmerican Journal of Epidemiology 2010年4月15日号に掲載された。

DESは流産防止などに使われた合成女性ホルモン剤。DESに胎内で曝露した女性で、膣がん、性器形成不全、妊娠異常などの有害作用が生ずることが分かり、米国では1971年に使用が中止され、他の国でも使用されなくなった。

今回の研究は、DESが使用されていた1946−1965年に生まれた米国の女性看護師76,240人が対象。1993年に質問票で尋ねたところ、1,612人(2.2%)の母親がDESを使用していた。

1993年の時点でうつの既往がある女性や情報が不十分な女性を除外し、60,684人を2005年まで追跡した。その結果、新たにうつを発症(うつ症状があり、新規に抗うつ薬を使用)したのは、DESの胎内曝露があったグループでは19.7%に対して、曝露がなかったグループでは15.9%で、曝露によりリスクが1.30倍高くなった。

対象者の一部(29,070人)では、母親にも質問票を送り、DESの使用経験をたずねた。DESの使用についての母親の回答と娘の看護師の回答の一致程度は高かった。母親の回答に基づくと、DESの使用経験がある母親の娘(看護師)のうつの発症リスクは、使用経験がない場合の1.18倍だったが、誤差範囲の上昇に留まった。

著者らは、DESとうつを含む精神疾患との関係を調べた先行研究を5件要約しているが、関係を認めない研究の方が多かった。

今回の結果から著者らは、DESは現在使用されていないが、DESと化学構造や機能が似ているビスフェノールA(プラスチック製品に含まれ、ペットボトル、哺乳瓶、缶詰の内張りなどに使用されている)について、うつ様の行動が増えるなどの動物実験を引用しながら、胎内曝露が同様の有害作用を生じさせるか検証が必要と指摘している。

⇒DESの胎内曝露による有害作用についての知識があるために、それを心配してうつになったという可能性を排除するために、研究開始時点でうつの既往があった女性を除き、新たに発症したうつとの関連を調べている。しかし、研究開始時点でのうつ既往者を除いただけで、この可能性が完全に排除できたとは限らない。

また、母親自身にDESの使用経験をたずねた場合の結果は、誤差範囲の結果に留まった。さらに、本人(女性看護師)のDES胎内曝露やうつ発症の情報も、医療記録ではなく自己回答に依存している。

これらの限界を考慮すると、今回の結果については相当程度の留保が必要ではないかと思う。もっとも、ビスフェノールAについて同様の検証が必要という著者らの指摘は正当だろう。

論文要旨

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2010年04月16日

米国の急性心筋梗塞患者3,721人を調査したところ、医療保険に加入し受診について金銭的な心配のない群と比べ、医療保険に加入していても受診について金銭的な心配がある群と、医療保険に加入していない群では、胸痛などの症状が現れてから病院を受診するまでの時間が長かった。論文はJournal of the American Medical Association 2010年4月14日号に掲載された。

急性心筋梗塞は、心臓に血液を送る冠動脈が詰まる病気だが、胸痛などの症状が現れてから早期に病院を受診し治療を開始したほうが、心臓のダメージが小さくて済み経過も良い。

研究は米国の都市部の病院24施設を受診した急性心筋梗塞患者を対象に行なわれた。対象者のうち、医療保険に加入し受診について金銭的な心配のない群が61.7%(2,294人)、医療保険に加入していても受診について金銭的な心配がある群が18.5%(689人)、医療保険に加入していない群が19.8%(738人)だった。

症状が現れてから病院に受診するまでの時間が6時間を超えていたのは、医療保険に加入し受診について金銭的な心配のない群が39.3%だったのに対して、医療保険に加入していても受診について金銭的な心配がある群が44.6%、医療保険に加入していない群が48.6%と高かった。

医療保険に加入し受診について金銭的な心配のない群と比べて、他の2群は、年齢が若く、白人以外の人種、単身者、喫煙者、ストレスがあり、うつ症状がある者の割合が高かった。しかし、こうしたグループ間の相違を取り除いた分析でも、医療保険に加入し受診について金銭的な心配のない群と比べ、他の2群で受診までの時間が長い傾向は変わらなかった。

著者らによると、医療保険の未加入者が急性心筋梗塞での病院受診が遅れることを示した研究は、今回が初めてという。また、患者自身が意識する金銭的な心配と受診の遅れとの関係を調べた研究も、これまで行なわれていないという。

⇒現在米国には医療保険の未加入者が4,500万人いる。これらの相当部分を医療保険でカバーするための医療保険制度改革法案が最近成立した。しかし、医療保険の種類により、支払いの対象となる診療や自己負担額は異なる。そのため、たとえ医療保険に加入していても、胸痛などの症状が生じた際に医療費の支払いを心配して受診が遅れる人達がかなり存在することを示した点に、今回の研究の意義があるだろう。

国民皆保険を原則とし、医療費の自己負担も一般に米国よりずっと少ない日本に、今回の結果が直ちに当てはまるものではない。とはいえ、保険料の不払いから保険証を取り上げられたり、医療費の自己負担分の支払いが困難で受診を控えたりする傾向が、日本でも生じている。

今回の研究が示すような米国の状況が日本で起きないよう、金銭的な心配なしに医療機関を受診できる制度を確保することが重要だろう。

論文要旨


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2010年04月15日

イタリアの35−74歳の男女44,132人を7.9年追跡したところ、血糖上昇作用の高い炭水化物(パン、砂糖、蜂蜜、ジャム、ピザ、米など)を多く食べる女性では、心筋梗塞などの冠動脈疾患のリスクが1.68倍に上昇したが、男性ではリスク上昇はなかった。論文はArchives of Internal Medicine 2010年4月12日号に掲載された。

44,132人の男女(男性13,637人、女性30,495人)を中央値で7.9年追跡し、463例の冠動脈疾患(男性305例、女性158例)の発症を確認した。

女性では、血糖上昇作用の高い炭水化物の一日摂取量で対象者を25%ずつ4グループに分けると、最小群に対する他の3群の冠動脈疾患リスクは、それぞれ1.28倍、1.44倍、1.68倍と高くなった。一方、血糖上昇作用の低い炭水化物(パスタ、果物、ケーキなど)による同様のリスクは、それぞれ0.96倍、0.87倍、0.99倍と高くならなかった。男性では、どちらの炭水化物の摂取量が多くても、リスクは高くならなかった。

著者らによると、同様の追跡調査は4件報告されており、2件は女性のみが対象で、2件は男性のみが対象。女性の研究ではどちらも、血糖上昇の負荷が高い炭水化物摂取で冠動脈疾患リスクが上昇し、男性の研究ではどちらもリスク上昇はなかったという。

結果の男女差について著者らは、炭水化物を摂取した後の中性脂肪の上昇やHDLコレステロールの低下は女性の方が男性より大きいことや、高血糖による冠動脈疾患リスクの上昇は女性の方が男性より高いことなどを可能性として挙げている。

⇒エネルギー源になる栄養素と冠動脈疾患との関係というと、まずは飽和脂肪酸によるリスク上昇が頭に浮かぶ。しかし今回の研究では、血糖上昇作用の高い炭水化物の高摂取で、リスクが上がることを示した点が特徴だ。血糖上昇の負荷が高い炭水化物摂取で冠動脈疾患のリスクが上がるという仮説は、ハーバード大学のグループが2000年に提唱したものだ。

今回の研究は、女性ではリスクが上がり男性では上がらないという4件の先行研究と一致していた。しかし、女性の冠動脈疾患の数(158例)は追跡調査としては少なく、とくに血糖上昇作用の高い炭水化物の摂取が下位25%のグループからの発症は26例と少なかった。この規模の研究では、偶然の影響で結果の男女差が観察されることも珍しくないので、あまり過剰な意味づけをすることには慎重になる必要があるのではないかと思う。

論文要旨


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2010年04月14日

糖尿病検診の開始年齢と実施間隔を9通り想定してシュミレーションを行い費用対効果を比べたところ、30−45歳で開始して3−5年間隔で実施するのがもっとも効率が良く、45歳開始で毎年、60歳開始で3年間隔、30歳開始で6ヶ月間隔で実施するのは効率が低かった。論文はLancet電子版に2010年3月30日掲載された。

シミュレーションを行なうために、米国から無作為に選んだのと同じ特性を持った、糖尿病のない30歳325,000人の集団を設定した。この集団に空腹時血糖による糖尿病検診を、開始年齢や実施間隔などを変えて9通り行なったと想定して、50年間追跡した場合の効果と効率を比べた。

9通りの方針は、検診なし、30歳開始で6ヶ月間隔、30歳開始で3年間隔、45歳開始で毎年、45歳開始で3年間隔、45歳開始で5年間隔、60歳開始で3年間隔、高血圧者に毎年、高血圧者に5年間隔だった。検診はいずれも75歳まで実施とした。

その結果、検診なしの場合と比べて、検診を行なう8通りの方針のすべてで、心筋梗塞(1000人あたり3−9例)と、微小血管障害(下肢切断・盲目・末期腎疾患の合計、1000人あたり3−9例)を予防した。また、高血圧者に検診を行なう以外の6通りの方針では、死亡(1000人あたり2−5例)も予防した。一方、脳卒中については、30歳で6ヶ月間隔(1000人あたり約1例を予防)以外の7通りの方針では予防にならなかった。

次に8通りの検診の費用対効果を比べると、1人を健康な状態で1年長く生存(=質調整生存年)させるのに必要な費用は、5つの方針では約10,500ドル以下だったが(30歳開始で3年間隔、45歳開始で3年間隔、45歳開始で5年間隔、高血圧者に毎年、高血圧者に5年間隔)、45歳開始で毎年では15,509ドル、60歳開始で3年間隔では25,738ドル、30歳開始で6ヶ月間隔では40,778ドルと効率が低下した。

こうした結果から著者らは、空腹時血糖による糖尿病検診は、30−45歳に3−5年間隔で実施することを勧めると述べている。

著者らによると、これまでの数理モデルによるシミュレーションは、1回の検診の効果や効率を推計しているのみで、今回のように定期的に検診を繰り返した場合の効果や効率は調べられていなかったという。

研究に対する論評によると、米国糖尿病協会は、リスク要因のない無症状者に対して、45歳から最低3年の間隔で検診を行なうことを推奨している。しかし、無症状の集団に対する糖尿病検診の効果は、まだ臨床試験で示されていないという。

論評はまた、今回の研究が米国の集団や医療費に基づく推計なので、結果を他の集団に当てはめるには限界があることを指摘している。例えば、空腹時血糖の検査費用は、論文では約410円(4.4ドル)と設定されているが、英国では約58円(0.4ポンド)に過ぎないという。

⇒糖尿病検診の大半が脳卒中を予防しないという結果も、心筋梗塞が多く脳卒中が少ない米国の事情を反映したものだろう。脳卒中が多く心筋梗塞が少ない日本に、今回の結果を当てはめるのは慎重になるべきだろう。

とはいえ、日本のメタボ健診のように40歳から毎年行なうことが効率的とは限らず、かりに行なう場合でも、3年に1回程度のほうが社会としての費用対効果が良い可能性があることは、この研究から学び得る点だろう。

メタボ健診が社会としての医療費の上昇抑制を目的に謳っている以上、毎年腹囲を測られることの不快さは別としても、毎年健診を行なうことの経済的な正当性をきちんと明らかにするべきだろう。

論文要旨

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2010年04月12日

低リスクの初産妊婦10,154人を妊娠9−16週の時点でランダムに2グループに分け、出産まで一日ビタミンC1000mgとビタミンE400IUを投与するか、プラセボを投与したが、妊娠高血圧とその合併症や、妊娠中毒症の発生率には差がなかった。論文はNew England Journal of Medicine 2010年4月8日号に掲載された。

子癇前症(妊娠中毒症)は妊娠高血圧に蛋白尿が加わったもの。その原因の一つとして、胎盤の血流不全によりフリーラジカルが発生して酸化ストレスが強まり、その結果症状が現れる可能性が考えられている。そのため、抗酸化作用のあるビタミンCやEの投与で妊娠高血圧や子癇前症を予防できるかどうかを調べる今回の研究が行なわれた。

研究は、米国の12施設で、血圧高値や蛋白尿のない低リスクの妊婦を対象に行なわれた。出産までのデータが得られたのは9,969人だった。

研究の一次的評価指標である、妊娠高血圧と、母体か子供への重度の合併症の発生率は、ビタミン群が6.1%、プラセボ群が5.7%で差がなかった。一次的評価指標のうち、重度の高血圧単独(収縮期血圧160mmHg以上または拡張期血圧110mmHg以上)の発生率は4.2%と4.1%で差がなかった。また、軽度の高血圧(収縮期血圧140−159mmHgまたは拡張期血圧90−109mmHg)に合併症(肝障害、血小板減少、腎機能低下、子癇発作、早産、低出生体重児)を併発した発生率も差がなかった。

研究の二次的評価指標である、子癇前症の発生率は、ビタミン群が7.2%、プラセボ群が6.7%で差がなく、妊娠高血圧の発生率も29.2%と26.6%で差がなかった。妊娠37週未満の早産(13.3%と14.1%)や、死産または新生児死亡(2.3%と2.5%)にも差はなかった。

著者らによると、1999年に発表された283人の高リスク妊婦の臨床試験では、ビタミンCとEの投与で子癇前症のリスクが60%下がった。しかし、その後に行なわれた4件の臨床試験では、リスク低下を認めなかった。4件のうち低リスクの妊婦を含むのは1件のみで、今回の研究はこれまでで最大規模。今回の研究で使われたビタミンCとEの投与量は、これら5件の先行研究と同量だ。

抗酸化剤であるビタミンCとEの投与が効果を示さなかった理由について著者らは、子癇前症で酸化ストレスは存在するものの症状の発現に重要な役割を果たしていない可能性や、一部の妊婦に限って重要な役割を果たしている可能性などについて考察している。

⇒劇的な効果を示した初期の小規模な臨床試験の結果が、その後のより大規模な臨床試験では再現されないという事例の典型のように思える。今回の結果を含めたこれまでのデータからは、妊娠高血圧や子癇前症の予防目的で、妊婦にビタミンCとEのサプリメントを投与することは正当化されないと考えるべきだろう。

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2010年04月06日

統合失調症の前駆症状などがあるオーストリアの13−25歳の青少年81人をランダムに2群に分け、介入群には一日1.4gのn-3不飽和脂肪酸を12週間投与し、比較群にはプラセボを投与したところ、投与開始から12ヵ月後の統合失調症を中心とする精神病性障害への移行率は、それぞれ4.9%(41人中2人)と27.5%(40人中11人)と治療群で低かった。論文はAnnals of General Psychiatry 2010年2月号に掲載された。

研究はオーストリア・ウィーンの大学関連病院の児童青年精神科で行なわれた。以下の三つのいずれかに該当する場合に、統合失調症を中心とする精神病性障害の超高リスク群とした。1)軽度の陽性症状(幻覚や妄想など)か陰性症状(感情の鈍麻・平板化、思考や会話の貧困、社会的引きこもりなど)、2)一過性精神病性障害(一過性の幻覚や妄想など)、3)統合失調性パーソナリティー障害か一親等の精神病性障害の家族歴があり、社会的・職業的・心理的機能が低下。

n-3不飽和脂肪酸の投与量は一日1.4gで、EPAが700mg、DHAが480mg、その他が220mgだった。

治療群は比較群と比べて、統合失調症を中心とする精神病性障害への移行率が低かっただけではなく、陽性症状、陰性症状、社会的・職業的・心理的機能の改善も大きかった。有害作用の頻度は、介入群と比較群で差がなかった。

著者らによると、統合失調症の超高リスク群の70−80%は、1年以内には統合失調症を中心とする精神病性障害に移行しない。そのため、予防として抗精神病薬を投与することの是非については議論がある。

また、すでに統合失調症に罹った患者にn-3不飽和脂肪酸を投与した臨床試験のうち、4件では効果を示したが、2件では効果を示さず、結果は一致していない。統合失調症を発症する前の集団に、予防としてn-3脂肪酸を投与したランダム化比較試験は、今回が初めて。脂肪酸代謝の機能不全が、統合失調症の病因に関与する可能性が示唆されているという。

著者らは研究の限界として、対象者数がそれほど多くなく、投与から12ヶ月以降の効果は分からず、青少年以外の年齢層に結果が当てはまるとは限らない点などを挙げている。その一方で、12週間の投与で12ヵ月後の統合失調症への移行率が下がったことが、今回の研究のもっとも驚く点だと考察している。その上で、今回の臨床試験は、統合失調症の超高リスク群の青少年に対して、最小限のリスクで実施可能な予防と治療の方法をもたらす可能性を強く示唆するもので、さらに検討が必要と結論している。

⇒統合失調症の発症予防に、副作用の懸念のある抗精神病薬ではなく、強い副作用の懸念がないn-3不飽和脂肪酸のような自然産物が有用だとすれば朗報だ。12ヶ月以降の効果も含めて、より大規模な集団での追試が必要だろう。

研究要旨

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2010年04月05日

米国民から無作為に抽出した71歳の高齢者625人を10.9年追跡したところ、視力良好で眼科医を受診した場合と比べて、視力不良で眼科医を未受診の場合では、アルツハイマー病のリスクが9.46倍、認知症に至らない認知機能の低下のリスクが5.05倍高かった。論文はAmerican Journal of Epidemiology2010年3月15日号に掲載された。

視力については、対象者の自己回答で「きわめて良い」「とても良い」「よい」「ふつう」「良くない」「盲目」から選択してもらった。眼鏡使用者は、使用時の状態を答えてもらった。眼科医の受診や治療(外科手術、白内障手術や人工レンズ挿入、網膜剥離の治療など)は、連邦政府の医療保険の診療データベースで確認した。認知機能の低下や認知症の発症は、老年精神科医や神経内科医のチームが行った。

その結果、視力が「きわめて良い」「とても良い」グループは、他のグループと比べて、認知症を発症するリスクが63%低かった。また、眼科医を受診した経験があるグループでは、未受診のグループよりリスクが64%低く、眼の治療を受けたグループでは、未治療のグループよりリスクが56%低かった。

視力が「きわめて良い」「とても良い」に該当し眼科医を受診したグループと比べて、視力がそれより悪く眼科医を受診しなかったグループでは、アルツハイマー病の発症リスクが9.46倍高く、認知症に至らない認知機能低下のリスクも5.05倍高かった。また、視力が「きわめて良い」「とても良い」に該当し眼の治療を受けたグループと比べて、視力がそれより悪く未治療のグループではアルツハイマー病のリスクが5.35倍高く、認知症に至らない認知機能低下のリスクも2.28倍と高い傾向にあった(ただし誤差範囲の結果)。一方、医療機関一般の受診や、聴力や言語に関する受診では、リスクの上昇はなかった。

視力障害がアルツハイマー病の初期の症状として現れることがあるが、今回の研究では、認知機能が正常な時点での視力低下が、将来のアルツハイマー病など認知症の発症の予測因子になるかを検討し、リスクの上昇を認めた。

著者らによると、同様の先行研究は5件行なわれていて、いずれも視力低下と将来の認知機能の低下や認知症の発症との関係を認めている。ただし、視力低下による眼科の受診や治療の違いによるリスク上昇を示した研究はあまりないようだ。著者らは、視力の低下によって頭への刺激、運動、社会的活動が減り、それが認知症のリスクの上昇につながる可能性を考察している。

⇒視力について、客観的な検査を行なわず対象者の自己回答に依存している点が問題点だろう。反面、白内障など高齢者の視力障害の治療が認知症の発症を予防する可能性を示唆した点に、研究の意義があると思われる。

論文要旨

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2010年04月02日

前立腺がんの高リスクの男性6,729人をランダムに2グループに分け、前立腺肥大症治療薬のデュタステリド(一日0.5mg、3,305人)またはプラセボ(3,424人)を4年間投与し、2年目と4年目に前立腺に針を刺して組織検査を行なったところ、前立腺がんと診断されたのはデュタステリド群が19.9%(659例)とプラセボ群の25.1%(858例)より低かった。論文はNew England Journal of Medicine 2010年4月1日号に掲載された。

デュタステリドは抗男性ホルモン薬の一種で、現在は前立腺肥大症の治療薬として日本でも販売されている。男性ホルモンの一つテストステロンを他の男性ホルモンであるジヒドロテストステロンに変換する5α還元酵素の働きを阻害する。この同じ作用が、前立腺がんの予防にも有効な可能性が考えられている。今回の研究は、デュタステリドの製造販売を行なうグラクソ・スミスクライン社が企画し実施した。

研究の対象は、50−75歳の男性で、前立腺がん検診に使われる血中のPSA値が正常高値以上(50−60歳は2.5−10ng/mL、61歳以上は3.0−10 ng/mL)で、研究開始前6ヶ月以内に前立腺がんの有無を調べる組織検査を1回受けて陰性だった8,231人。対象者をランダムにデュタステリド群とプラセボ群に割り付けた。このうち6,729人が、2年目と4年目に行なった組織検査を1回以上受けた。

4年後に組織検査で前立腺がんが診断されたのは、治療群が19.9%(3,305人中659例)で、プラセボ群の25.1%(3,424人中858例)より低かった。ところが、悪性度の低いがん(グリソンスコア5−6)は治療群の方が減った(437例対617例)が、悪性度が中等度から高度(グリソンスコア7−10)のがんは減らなかった(191例対214例)。

また、治療群の前立腺体積は減少したのに対して、プラセボ群の体積は増加した。前立腺肥大症に関わる症状(急性尿閉、前立腺肥大症の手術、尿路感染症)は、治療群の方がプラセボ群より少なかった。

一方、治療に関連する有害作用は、治療群が22.0%とプラセボ群の14.6%より多かった。頻度の高い有害作用は、勃起不全、性欲の減退や喪失、精液量の減少などだった。これらの有害作用は前立腺肥大症に対するデュタステリド治療で見られる頻度と同程度だった。ところが、予期しなかった有害作用として、心不全の割合が治療群(0.7%)でプラセボ群(0.4%)より多かった。

研究に対する論評は、剖検をすると高齢者の約半分に前立腺がんが存在する(高齢者の半分は生前に前立腺がんが存在するにもかかわらず、診断を受けずに他の原因で死亡する)事実をまず指摘している。その上で、治療群では悪性度の低い前立腺がんのみが減り、悪性度がより高く致死性の高いがんが減らなかったことに「失望」を表明している。

また、デュタステリドは正常細胞の癌化を予防するのではなく、致死性の低いがんを一時的に縮小させているに過ぎないことを指摘している。さらに、デュタステリドを投与すると(前立腺の体積が減少することで)PSA値が低下するため、男性に偽りの安心感を与え、より悪性度の高いがんの診断を遅らせる可能性がある点でリスクがあるかも知れないと結論している。

⇒研究に対する論評の厳しさが印象的だ。デュタステリドによって、前立腺がんによる死亡の減少という最も重要な成果が達成されるか否かは、今後議論されることになるだろう。

論文要旨

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2010年04月01日

フィンランドの10町の小学校226校(生徒の年齢7−12歳)で働く教師3,063人を平均4.3年追跡したところ、学校のある地域の平均収入が上位25%の場合と比べて、下位25%の場合は、女性教師の長期病欠(10日以上)のリスクが1.30倍高かった。論文はAmerican Journal of Epidemiology2010年4月1日号に掲載された。

女性教師自身の住む地域についても、平均収入が上位25%の場合と比べて、下位25%の場合は、長期病欠のリスクが1.50倍高かった。また、学校のある地域の収入も女性教師自身の住む地域の収入も上位25%の場合と比べて、いずれも下位25%の場合は、リスクが1.71倍だった。

一方、男性教師の場合は、こうしたリスク上昇はなかった。結果の男女差について著者らは、伝統的な性別役割では女性のソフトさと社会関係が重視されるため、学校環境の悪影響の影響や脆弱性が女性で高まる可能性や、仕事と家庭の要求が女性に対してより大きなストレスをもたらす可能性などを論じている。

著者らによると、今回のテーマでの追跡調査は、この研究が初めて。また、地域の社会経済的な格差と住民の健康に関する研究は行なわれているが、社会経済的に劣った地域で働く人々(教師、保育士、医療職など)の健康に関する研究は不足しているという。

⇒論文の表題を見た時、貧富の地域差の大きい米国の研究かと思ったが、世界一の教育を謳われるフィンランドでの研究だったので驚いた。フィンランドは、社会経済的な地域差が他の多くの国より小さいと著者らは述べている。それでも、その比較的小さな地域差の中で、女性教師の健康に対する影響に差があるのは意外だった。

日本では、教師の心の病による長期病欠が増えているというが、勤務先の学校がある地域が低所得の場合は、フィンランドと同様にリスクが高まるのかも知れない。日本での実証的な研究を期待したい。

論文要旨

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