ひょんなことから筆者(佃)が連続して参加した『21世紀型情報システムを考える』研究会の第3回研究会(7月7日開催)で行われたショートレクチャーの概要が、ビジネスプロセス革新協議会(BPIA)のホームページにアップされた。テーマは「データ一元化に向け、乗り越えるべき壁は何か?」である。事務局の了解を得て、原文のまま転載する.
研究会の冒頭、『21世紀型情報システムを考える』研究会のナビゲータのインプレスビジネスメディアの田口潤氏は前回までに話し合った内容を振り返った。
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田口 繰り返しになるが、本研究会の最終的な目標は、企業が行動する新しい規範(フレーム)を検討していくことである。しかし、そのフレームを検討し、見つけたとしても、情報がきちんと必要なタイミングで取れるような仕組み、つまり「情報の海」がなければ、人は適切な行動がとれない。
本来の「情報の海」には、企業内で生成される情報から、新聞やテレビ、インターネットの情報、さらに人の噂話までいろいろな情報が含まれる。しかし、これまでの2回の研究会では、基幹系情報システムに入力、処理される伝票レベルの情報に絞って検討してきた。伝票レベルの生のデータが企業全体、あるいは事業部門内全体として整合性をもった状態で蓄積されているかどうかが、情報の海の出発点になるからである。
過去の議論では、日本企業においては企業全体はおろか、事業部門でもまだまだ整合性のある形で基幹系の情報が蓄積されている企業は少ないという結論になった。そこで今回は、それはなぜなのか、そもそも企業は情報の海を必要としないのか、必要としたとき、それを持っていない企業が多いのはなぜなのか、という議論を進めていきたい。
その議論を進める前に、前回、問題になった「情報」と「データ」という言葉の定義について、(財)社会経済生産性本部の小林さんから話をしていただく。
(財)社会生産性本部主任経営コンサルタントの小林定夫氏による「データの一元化をめぐる言葉の定義と考察」の講演要旨は以下の通り。
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整合性のある一元化データの必要性
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小林 情報とは、非連結あるいはいくつかのデータが集合して構成されたものである。あくまでも情報が上位の概念で、データはそれを構成する要素というイメージで捉えている。
データは様々なところに分散して存在している。販売管理システムや会計システムはもちろん、個人が使うパソコンの中にもデータは存在している。
ある企業の例を紹介する。同社では販売管理システムから売上一覧表はでてくるが、そのシステムでは支払い情報の消し込みがうまくできず、担当者のパソコンの表計算ソフトで行っている。「どれだけ消込が終わっているのか」は、担当者のパソコンの中の表計算データにあるため、他の人は販売管理システムでも会計システムでも見ることができない。これはほんの一例である。このように情報が分散していると、情報を探して収集する作業が必要になるので、仕事の能率が落ちる。それだけではない。例えば今日の利益を知りたいと思っても、売上は今日のデータでも原価が昨日のデータであれば、それが真のデータではなくなる。つまり精度も下がってしまう。このようにデータの分散による弊害は様々ある。やはりデータは整合性のある形で一つの場所に蓄積されるべきだと考える。
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企業の中で流通する情報は3つある
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小林 企業の中で流通する情報は3つに定義づけられる。第一が業務情報である。例えば製造業では開発、生産、販売、保守という業務において、日付や商品コード、数量、品名、口座名、金額などからなる伝票データが流れている。
第二が結果情報。「業務が終わった」という結果を管理し、管理会計や制度会計に活用される。例えば開発部門では、案件が終わるとそれにかかった作業工数を算定する、管理する側ではこれを案件の原価として使用する。先に挙げた業務情報が流れる中で、結果情報が生成されていく。
第三は状況情報である。この情報は社長や部門長・拠点長などの経営者が意思決定するための情報である。開発や生産、営業という各業務の中では、PDCAが回っている。その状況を経営者に知らせるための情報である(終わった結果でなく)。
例えば、経営者が
A店:100万円
B店:100万円
という各店舗の前日の売上一覧表を見ても有効な意思決定はできない。
もし午前中の来店者と購入の状況について、
A店:来店者200人中購入者10人
B店:来店者50人中購入者10人
という情報がわかれば、午後の対応として、A店の売上を伸ばすために、A店の品揃えを変えたり、店員を増やしたりすることができる。このような情報が見えることが、経営者にとって重要なのである。こういった情報は、伝票レベルの業務情報からは得られない。それとは別に取得、蓄積、共有する必要がある。今を変える情報が、状況情報である。
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マネジメントレベルによって
一元化の難易度は変わる
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小林 このように企業には3つのタイプの情報、そしてそれらを構成するデータがあるが、どんな企業でもデータをすべて一元化できるわけではない。データの一元化は、マネジメントの成熟度レベルに左右されるからだ。
ここでデータの一元化を定義しておこう。データの一元化とは、物理的に漏れがなく、複数カ所に同じデータが存在しない状態。データの組み合わせで情報が生成される場合の一元化とは、タイムラグがなく、精度が合っている状態を指す。
さて、私はマネジメントの成熟度を、PDCAを用いて4つに分けている。
最も成熟度の低いレベルがD。日々仕事が来て、それをこなしているだけの組織や企業である。この場合、業務情報や結果情報・状況情報のどのデータについても一元化は難しい。
次はPDレベルで、計画(P)はあるが、必ずしも実施(D)と一致していない状態である。例えば経営が計画(P)を作っても現場の担当者はそれを知らない企業などである。このレベルでは、業務合理化システムの導入がマッチするため、業務情報の一元化は可能になる。
3段階目がPDCレベル。このレベルの企業は、計画で定めた目標の結果はどうだったのか、結果情報を把握したいと考えている。業績評価システムの導入が可能なため、業務情報とそこから生成される結果情報の一元化が可能である。
そしてマネジメント成熟度合いの最高位が、PDCAレベルである。PDCAが回っている状態にある企業である。PDCAレベルの企業になってはじめて、経営情報システムの導入が考えられ、業務情報とそこから生成される結果情報・状況情報の一元化が可能になる。
ある企業を紹介すると、生産から営業、物流などに基幹系情報システムがあり、多くの社員にパソコンが支給されている。業務情報フローの約8割が基幹系情報システムでサポートされていた。しかし、結果情報フローは5割程度しか基幹系情報システムでサポートされてなく、販売管理システムの売上高(結果情報)を見ても、手処理など基幹系情報システム以外で売上計上しているものがあるため、全社や部門毎の正確な売上高を知るのは、経理部門が集計・修正した資料ができあがるまでわからない状態であった。また、社長や部門長などの経営者が必要とする状況情報で、基幹系情報システムを参考としているものは1割程度であった。この企業は、この現状をふまえて、段階を追って情報の流れや一元化に取り組んでいる。
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その他の一元化に影響を与えるもの
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小林 データの一元化に影響を与えるものは、マネジメントレベルだけではない。
システムの構築や運用の体制もその一つだ。一般的に企業情報システムの構築・運用体制は、大きく鉄道型と道路型に分けられると考えている。この表現は私が考えたもので、鉄道型は情報システム部門が主体となって構築・運用体制が築かれているタイプ。マスターデータは情報システム部門が管理し、専用オペレータが運用するためデータ精度も高い。鉄道型であれば、情報システム部門の統制がきいて全体最適も可能である。
一方の道路型は、現場やSIerが主体のタイプ。販売管理システムはA社のパッケージ、生産管理システムはB社がオーダー開発、また現場の担当者がデータベースソフトを使って独自システムを構築することもある。情報の流れやデータも仕事の流れ同様多種多様で、マスターデータも現場が管理していて十分に修正がされてなかったり、十分にオペレーション教育をされてない社員やパートが運用するため、精度が低くなる。部分最適になってしまう。データの一元化において鉄道型が取り組み易いから道路型から戻せと言うわけではなく、これからも技術対応やコストなどから道路型へ移行していくことが予想される中で、どうデータの一元化に取り組んでいくかを考えなければならない。
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小林氏のショートレクチャーの後、質疑応答が行われた。
まずアールワークス監査役の山田氏は、
「業務情報に関しては、マネジメントの能力に関係なく、技術力によって一元化できるのではないか」
という質問が投げかけられた。
それに対し小林氏は、
「確かに業務情報については可能かもしれない。データの一元化の難易度はマネジメントレベルだけではなく、構築・運用体制によっても変わる。道路型であれば、一元化はより難しくなる」
と答えた。
山田氏はまた
「状況情報の一元化は経営者だけではなく、現場にとっても重要なのではないか」
と問いかけた。
「大三紙業という包装フィルムを製造している企業では、現場の誰もが状況情報が見られるように一元化して、PDCAが回り、生産性が向上したから」(山田氏)である。
小林氏はそれに同調しながらも、
「経営者が意思決定するために欠かせない情報が状況情報である。というのも、経営者には事業の的確な舵取りや継続や中止などを判断することが求められている。しかし現場の担当者であれば自分の関わる仕事に直接関わることができるが、経営者は一部の現場を見ることしかできない。また場面に立ち会うことができないため、情報という形で現場や場面などの取組みを見ることになる。よって、その企業に合った業務情報・結果情報・状況情報の経営情報体系をどう作り上げていくかが企業経営にとって重要となる」
と強調した。
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