池田信夫 blog

Part 2

2006年02月

2006年02月28日 23:27
法/政治

偽メールの怪

永田議員が記者会見し、メールは偽物だと事実上みとめた。その根拠として鳩山幹事長は、「Eudoraのバージョンが堀江氏の使っているものと違う」「署名が『@堀江』となっており、彼がふだん使っている署名と違う」などの点をあげた。これらの疑問点は、永田氏の質問直後に、すでにブログなどで指摘されたことである。結果的には、ブログの情報が民主党を追い込んだという点では、CBSのアンカーマン、ダン・ラザーを辞任に追い込んだ「キリアン文書」事件と似ている。

キリアン文書の場合には、軍の様式に沿って書かれていたが、フォントが30年前のタイプライターではなくMS-Wordのものであることがブログで指摘され、それがCBSの謝罪につながった。しかし今回のメールは、Fromが消され、文体も署名も本人のものと違うなど、偽物としてもB級だ(偽作者は堀江氏のメールを見たこともないのだろう)。こんなものに引っかかった民主党がお粗末だったという以外にないが、問題は、だれがどういう目的でこんな偽物を持ち込んだのかということである。

ブログで実名のあがっている元週刊ポスト記者のN氏は、「事実無根だ」と抗議する内容証明を送ったりしているが、手口は彼が過去にやった捏造記事と似ている。今回も、1月末に毎日新聞に問題のメールを持ち込み、その後も週刊誌に持ち込んで、いずれも断られたことがわかっている。ただ、永田氏と現金のやり取りはなかったようなので、何のためにこんなすぐばれる偽物を持ち込んだのかが不可解だ。

キリアン文書の場合には、大統領選挙の最中で、ブッシュ候補を攻撃する材料だったという目的が明確であり、その文書を書いた(ことになっている)キリアン中佐は故人だったので、偽造する合理的な理由があったが、今回の場合は武部氏の次男の実名を出しているのだから、確認は容易である。民主党を陥れようとする謀略と考えられないこともないが、最初はメディアに売り込んだところをみると、それほどの計画性があったとも思えない。

問題のN氏は「笹川良一の孫」を自称するなど虚言癖があり、過去にも2件、名誉毀損事件を起こし、業界からは追放された人物だというから、一種の病気なのかもしれない。だとすれば、そんな人物の背景も調べないで「親しくしていた」永田氏と、それをチェックもしないで国会に出した執行部の情報管理能力が問われよう。まあ堀江氏を「わが息子」と持ち上げた人物がそれを批判するのも滑稽だが。


2006年02月26日 11:37

Freakonomics

Levitt & Dubner, Freakonomics (Morrow)は、経済学の本としては珍しくベストセラーになり、今でもAmazon.comで第5位にランクされている。タイトルはキワモノ的だが、著者のLevittはJ.B. クラーク・メダルを受賞した、れっきとした経済学者で、内容も実証データに裏づけられている。

たとえば、米国で1990年代に犯罪が半減したのはなぜか?著者は、その原因を1973年に連邦最高裁で妊娠中絶を合法とする判決が出たことに求める。貧しいシングル・マザーが望まない子供を出産した場合、その子供が犯罪者になる確率は高い。それが減少したため、20年後の90年代に犯罪が減ったのだという。

他にも、経済学の論理とデータを使って常識をくつがえす例があり、それがインセンティヴや情報の非対称性などの概念の説明になっている。学問的に新しい議論が展開されているわけではなく、データの検証も厳密に行われてはいないが、とても読みやすいので、経済学の考え方を知る読み物としてはいいだろう。
2006年02月25日 12:02
IT

Not Invented Here

通信・放送懇談会で、松原座長はNTTの研究所について「研究開発は外部に出すべきだ」と記者会見で明言し、NHKの技研についても他の同様の研究所とまとめて独立行政法人にする案を示した。これに対して、NHKの橋本会長は「直接放送に利用する技術は、視聴者なり、制作現場なり、本体とつながっているからこそ、開発の目標、パワーが出てくる。分離しては、これらが欠ける懸念がある」と反論している。

今ごろこんな議論をしている日本は、世界の流れから周回遅れだ。NTTのようにコモンキャリアが12も研究所をもっている例は、世界にない。そのお手本だったAT&Tのベル研究所は、ルーセントに移された。放送局が研究所をもっている例も、他にない。電機メーカーでさえ、日本のように各社が研究所をもっているケースは他にない。

IBMのワトソン研究所ができたのは1961年、「システム/360」に代表される大型コンピュータと、それに対応する垂直統合型組織の全盛期だった。その後、部品調達が多様化するにつれて、物理学からソフトウェアまですべてを研究する組織は不要になり、ほとんどの企業で研究所は解体され、開発部門に吸収された。

1990年代にNTTがISDNやATM交換機などの自社技術に固執して失敗した大きな原因も、研究所にある。一時は「研究所のスタッフの1/3は、なんらかの形でATMにかかわっている」というほど、NTTはATMの研究・開発に力を入れたが、結果的にはそれがIPへの対応を大きく遅らせた。こういう失敗はありふれたもので、"Not Invented Here"症候群としてWikipediaにも載っている。

そこに「日本発の国際標準」を推進する産業政策が重なると、事態はさらに悪化する。携帯電話でも、PDCは標準化競争でGSMに敗れたのに、NTTは「性能はPDCのほうが上だ」と主張し、郵政省も他のキャリアにPDCを採用させた。おかげで、日本の携帯電話は、どんなに高機能でも、世界市場でのシェアは数%である。NHKのハイビジョン(MUSE)も同じだ。

コモンキャリアや放送局の本業はサービスであり、調達できる機材を自社開発する必要はない。無意味なエリート意識を作り出し、独善的な技術開発を助長する研究所は解体し、基礎研究は独立行政法人に移管すべきである。
2006年02月24日 19:14
IT

ライブドア事件について

ライブドア事件についての私のコメントが、ライブドアのサイトで公開された。
2006年02月24日 16:33
IT

シンポジウム資料

第2回シンポジウムの資料(PDF)を、ICPFのウェブサイトに置いた。
2006年02月22日 19:24
IT

シンポジウム

ICPFのシンポジウムが、きょう開かれた。申し込みが400人を超える大盛況だった。なかでも、目玉は通信・放送懇談会の松原座長のスピーチだった。

NTTについては、「今の組織形態が決まってから10年たっている。NTT法の改正が必要だ」としたが、「持株会社をなくしてバラバラにするという案はまったく念頭にない」として「解体論」を否定した。「インターネット時代に県内通信と県間通信をわける意味があるのか」とNTTの再々編案に一定の理解を示し、「IP懇談会」でソフトバンクの提案している「ユニバーサル回線会社」構想については「魅力的だが、巨大な独占インフラをつくる特殊会社という案には乗れない」と否定した。

放送については、「コンテンツをデジタル化すれば、伝送路は地上波だけではなくCSもIPもあるので、効率のよいインフラを選んで全国に放送できる。これがデジタル化のメリットであり、それを県域に閉じ込めるのはおかしい」と地上デジタルの方向に疑問を呈した。これは情報通信審議会の第2次中間答申に対するICPFのパブリック・コメントと同じだ。

著作権の処理についても、国会答弁で「IP放送について総務省と文化庁の解釈が違う」と認めていることを引き合いに出して、「放送の定義が役所ごとにバラバラになっているのはおかしい」として、総務省の解釈に一元化する方向を示した。この点については、林紘一郎氏のスピーチでも同じ指摘があった。これは知財本部の提言とも一致しているので、著作権法が改正されることは、ほぼ間違いないだろう。

パネル討論では、通信・放送業界の関係者も出席して議論が行われたが、おもしろいのは「伝送路の融合については、もう議論は終わっている」として、技術的な議論はほとんど出なかったことだ。むしろボトルネックになっているのは、規制や著作権などの制度的な問題とビジネスモデルである。

個人的に興味があったのは、関口氏の「インターネットはロングテールの裾野をねらい、放送はピークの部分と、ビジネスモデルが違う」という指摘だった。だとすれば、映像伝送では今は権利処理などの取引費用が高いために裾野の部分が商売にならないが、この障壁が低くなればミニコミ的な映像サービスが出てくる可能性がある。

ただ、松原氏のスピーチでNHKへの言及がアーカイブの話しか出なかったのは、少し気になった。単なる時間配分の問題か、関係者のいうように「NHK民営化論が封じられた」ためなのか...
2006年02月21日 20:58
IT

Web2.0というbuzzword

『ウェブ進化論』に何度も出てくるのが"Web2.0"という言葉だが、その意味ははっきりしない。梅田氏は、それを「ネット上の不特定多数の人々を、能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいく」技術やサービスだとするが、それは今に始まったことではなく、15年前からあるWeb1.0の特徴である。CNET JAPANがWeb2.0を特集しているが、皮肉なことに、その結論としてDeclan McCullaghは、
これは「革命」だろうか。答えはおそらく否だ。むしろ現在の状況は、自生的秩序という単純な概念が、いかに大きな果実をもたらすかを鮮やかに示す例と捉えるべきである。
と書く。私もパソコン通信のころからネットワークを見てきたが、最初にモザイク(WWW)を見たときに受けた衝撃に比べれば、梅田氏などが革命(revolution)だと騒いでいる特徴は、その必然的な進化(evolution)の結果にすぎない。彼の本の表題がそれを語っている。

こういうbuzzwordは、ブームを仕掛けて「エヴァンジェリスト」として講演でもうける人々にとっては必要なのだろうが、状況を客観的にみる上ではじゃまになる。インターネット(TCP/IP)やウェブ(HTTP)のような革命的な変化は、まだ起きていない。「本当の大変化」は、こういうふうにメディアに騒がれないところで、人知れず始まるのだろう。1993年にモザイクがNCSAのサイトでひっそりと公開されたときのように。
2006年02月21日 01:08
メディア

NHK民営化

「通信・放送のビッグバン」をめざして始まった通信・放送懇談会だが、早くも暗雲がたちこめている。IP放送については、知的財産戦略本部が著作権法改正の提言を出すことを正式に決めたので、今さら総務省の出る幕はないだろう。NTTについては、「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」で、NTTとソフトバンクの社長が出てきて激論を戦わせるという状況で、有識者が提言する段階を過ぎている。

目玉として残るのはNHKの民営化だけだが、関係者によると、これも官邸から待ったがかかったという。政権末期で、あちこちから「抵抗勢力」が声を上げ始めたわけだ。BSハイビジョンと文字放送を民間に売却する代わりに受信料制度には手をつけない、というあたりが「落としどころ」らしい。

しかし多チャンネル化が進み、IPによってコンテンツとインフラが分離される時代に、テレビを持っている人はすべてNHKの番組を見るという前提で契約を義務づける制度があっていいのだろうか。この問題を解決しないと、ビッグバンどころか、またNHKの子会社の「肥大化」やインターネット配信規制などをめぐって民放連との縄張り争いが繰り返されるだけだろう。

あす開かれる情報通信政策フォーラムのシンポジウムには、通信・放送懇談会の松原座長も登場する。まだ空席があるので、改革のゆくえに関心のある方はどうぞ。
2006年02月20日 01:45
法/政治

堀江メール(?)の謎

堀江被告が出したと民主党の主張するEメールのPDFファイルが、民主党のサイトに掲載されたが、よく見ると不自然な点が多い。ブログや2ちゃんねるなどで指摘されているのは、次のような点だ:
  • ヘッダにX-SenderとX-Mailerがあるのはおかしい。Eudoraの古いバージョンにはこういう表示があったが、ライブドア社内で使われているEudora6.2ではX-Senderなどは出ない
  • 表示されている時刻には、堀江氏は広島で遊説中で、メールを出す時間はなかった。Dateは受信側のサーバで受信した時刻を表わすので、そのクロックが何時間も狂うことはありえない。
  • Fromフィールドが塗りつぶされているのもおかしい。堀江氏以外の人物の名前が書かれているのではないか。だとすれば、こんな「シークレット」扱いのメールを他人に頼むだろうか。
  • 「シークレット」の「ー」が「―」(ダッシュ)になっている。これも1日5000通もメールを処理する人の表記とは考えにくい。
  • 堀江氏のメールは、最初に「堀江です」と名乗って、署名は自動で入れるのが通例で、最後に「堀江」と書くことはない(彼の昔のメール)。
  • 数字や英字が全角になっているのも奇妙だ。堀江氏の普段のメールは、すべて半角。
  • 最後の「堀江」の左側が塗りつぶしてあるのもおかしい。「掘」と書いてあったのではないか。だとすると、自分の名前を誤記することはありえないから、これは偽物。
これらの特徴から推測すると、堀江氏以外の人物が、Eudoraの古いバージョンでメールを偽造した疑いがある。

永田氏は、2002年の衆議院総務委員会で、NHKから私にきた脅迫状を暴露して海老沢会長(当時)を右往左往させたが、このときは情報源の私が「名前を出してもよい」といっていたので、NHK側は逃げようがなかった。今回は、仲介した「フリーの記者」なる人物が信用できるかどうかが鍵なので、匿名のままではこれ以上、追及できないだろう。

裁判でも、紙に打ち出したメールというのは証拠能力がない。もしもこれが本物なら、もう一度、情報源に頼んで、ヘッダを全部表示して印刷する必要がある。経由したサーバなどが特定できれば、証拠能力が出てくる可能性もある。

追記:自民党の平沢勝栄議員が、同じメールの別バージョンを公開した。それによると、X-Mailerは"QUALCOMM Windows Eudora Version"となっており、バージョン名が塗りつぶされている。5行目の最初は「問題があるようだったら」と書かれ、最後の署名は「@堀江」となっている(20日)。

追記2:民主党が、このメールは偽物だと事実上認めたようだ(21日)。

2006年02月19日 14:10
IT

Winny

村井純氏がWinnyの訴訟で、被告側の証人として証言した。キャッシュなどのWinnyの機能について、検察側が「著作権法違反行為を助長させる目的を持って搭載されたものだ」と主張しているのに対して、村井氏は「これらの技術はネットワークの効率を上げるための洗練された技法であり、これを利用の目的と結び付けて考えるのは理解できない」と述べたという。

たしかに技術そのものは中立だが、それを「利用の目的と結び付けて考える」検察側の意図も理解できないことではない。立証の争点は、金子被告(Winnyの作者)が著作権法違反を助長する目的をもっていたかどうかだから、彼の2ちゃんねるでの発言が、そういう目的と結びつけられることは避けられない(誤解のないように付言するが、私はそれが正当だといっているわけではない)。

金子氏の書いた『Winnyの技術』(アスキー)を読むと、Winnyはソフトウェアとしても革新的であり、インターネットで映像などの重いファイルを共有するうえで重要な要素技術(階層化やクラスタリングなど)を含んでいることがわかる。もしも彼が2ちゃんねるではなく、学術論文でWinnyを紹介していれば、こういうことにはならなかったかもしれない。
2006年02月18日 18:46

チョムスキー

私は学生のころ一時、言語学を志したことがある。もともとは哲学に興味があったのだが、ソシュールやヴィトゲンシュタインなどを読むうちに、言語こそ哲学のコアであるという感じがしたからだ。当時は文科2類からはどの学部へも行けたので、文学部に進学することも真剣に考えた。しかし当時の言語学科は、チョムスキー全盛期で、その単純な「デカルト的」理論には疑問を感じたので、やめた。

初期のチョムスキーは、言語学を応用数学の一種と考え、ニュートン力学のようなアルゴリズムの体系を完成させることを目標としていた。しかし言語を数学的に表現することはできても、そこには意味解釈が介在するため、物理学のように客観的な法則を導き出すことはできなかった。結局、「標準理論」と自称した初期の理論も放棄せざるをえなくなり、その後の理論は複雑化し、例外だらけになる一方だった。

生成文法の黄金時代は、未来のコンピュータとして「人工知能」が期待されていた時期と重なる。日本の「第5世代コンピュータ」プロジェクトでも、日本語を理解するために生成文法の一種を組み込んだパーザ(文法解析機)をつくることが最大の目標だった。しかし、このプロジェクトは、10年で300億円あまりの国費を使って、失敗に終わった。

チョムスキー学派も70年代からは分裂し、当時の対抗文化の影響もあって「生成意味論」や「格文法」など、生成文法を根本から否定する理論が登場した。これらは学派としては消滅したが、「主流派」の側も、拡大標準理論、GB理論、ミニマリスト理論など変化・分裂を繰り返し、何が主流なのかわからなくなった。

結局、生成文法や人工知能が示したのは、「人間の知能は数学的なアルゴリズムには帰着できない」という否定的な証明だった(これはこれで学問的な意味がある)。町田健『チョムスキー入門』(光文社新書)は、こうしたチョムスキー学派の解体の歴史をたどり、「言語学に科学的な論証法をもたらすかのように見えた生成文法は、現在のままでは科学的合理性から遠ざかっていくばかりです」と結論する。

日本では9・11以後、「反ブッシュ」の論客としてチョムスキーが人気を博し、その影響で今ごろ彼の言語理論を賞賛する半可通も出てきたようだ。しかし「絶対自由のアナーキスト」を自称し、ポル・ポトを擁護したチョムスキーの政治的な発言は、欧米では相手にされていない。彼の言語理論も、同じ運命をたどるだろう。
2006年02月17日 21:55

史上最大の合併

NY Timesによると、タイム=ワーナーを分割しようという大株主カール・アイカーンの試みは、失敗に終わったようだ。しかし、AOLが身売り先をさがしている状況には変わりない。最近、訳本が出た『史上最大の合併』(ディスカヴァー)は、なぜこの巨大合併によって2000億ドル近い企業価値が失われたのかを描いている。

日本では、ライブドアのおかげで、企業買収や株式交換のイメージがすっかり胡散臭いものになってしまったが、企業買収の問題点はむしろその際に強調される「シナジー」が本当にあるのかどうかだ。AOLとタイム=ワーナーのように、成立当時は賞賛された合併でさえ、企業文化の違いによって内部崩壊してしまった。創業者の反対を押し切ってコンパックを買収したヒューレット=パッカードのディールも失敗に終わり、カーリー・フィオリナCEOは解任された。

企業買収には、(1)多角化(2)規模拡大(3)事業再構築の3種類がある。このうち、米国で企業買収が始まった1960年代から70年代に盛んになったのが(1)の「コングロマリット」で、これはほとんど例外なしに失敗している。ライブドアの場合も、企業買収のときの株価操作で利益を得ていただけで、事業上のシナジーはなかった。(2)は本業と「補完的」な同業者を買収するもので、AOLやHPがこれに相当するが、ここでも成功率は半分以下である。

成功しているのは(3)だけで、これは(2)とは逆に、LBOやMBOによって不採算部門を売却し、本業に集中するケースが多い。日本では、新生銀行など外資系ファンドが手がけている案件や、ダイエーやカネボウなどの産業再生機構案件がこのタイプだ。今の日本に必要とされているのは、こうした「企業コントロールの市場」で企業を解体・再生することである。
堀江元社長が、自民党の武部幹事長の次男に「3000万円入金するように」と指示したとされる電子メールを民主党が公表した。武部氏はこれを全面的に否定しており、真偽のほどは定かではないが、事実である可能性は高い。前にもこのブログで書いたように、証取法違反程度の事件に特捜部が「100人体制」でのぞむはずがないからだ。

少なくとも検察のねらいは、政治家と暴力団だろう。後者についても、ホリエモンとヤミ金との関係は以前から噂されており、野口元副社長の事件も、ほんとうに自殺なのかどうか疑問がある。海外のペーパー・カンパニーを使った会計操作にも「その筋」のプロがからんでいたことは十分考えられる。

ライブドア事件の本筋がこの種の話だとすると、これは偽計取引とか風説流布などの逮捕容疑よりもはるかに重大な犯罪である。問題が逮捕容疑の範囲であれば、法廷で闘う余地もあるし、「ルールの不備が問題だ」と主張することもできようが、贈賄や暴力団となると、弁解の余地はない。

それにしても不可解なのは、自民党の対応のお粗末さだ。証券監視委員会は「1年近く前から内偵していた」というのだから、去年の総選挙の段階では、その上部組織である金融庁の竹中大臣に情報が上がるのが当然だろう。少なくとも、あれほど自民党がホリエモンにコミットする前に、監督機関に問い合わせることは考えなかったのか。

今回のように官邸も自民党も知らないうちに検察が政治がらみの強制捜査に入るというのは、異例である。検察の独立性が強まったことを喜ぶべきなのか、政府の情報収集能力の低下を嘆くべきなのか...

2006年02月14日 23:01

ウェブ進化論

梅田望夫『ウェブ進化論』(ちくま新書)が、ベストセラーになっている。アマゾンでは、あの『国家の品格』を抜いて、総合で5位だ。私もきょう買って読んだが、はっきりいって電車のなかで気楽に読めるのが唯一のとりえである。

「本当の大変化はこれから始まる」と銘打っているが、その中身はといえば「インターネット」「チープ革命(ムーアの法則)」「オープンソース」の三大法則だという。こんな話を今ごろ聞いて、感心する読者がいるのだろうか。グーグルがすごい、としきりに書いてあるが、出てくるのは「アドセンス」などのよく知られた話ばかり。その根拠として持ち出してくる"Web2.0"の意味もよくわからない。

要するに、ここ1,2年のIT業界の流行をおさらいして、キーワードを並べただけだ。たとえばロングテールの話などは、ウェブの数学的モデルとして重要な意味があるのだが、それもアマゾンやグーグルなどの事例を並べるだけ。話が横へ横へと滑っていって、ちっとも深まらない。

著者はシリコンバレーに住んでいて、こういう情報が現地でないと入手できないと思っているのかもしれないが、IT業界では、もう日米の距離なんてほとんどないのだ。まあブログもウィキペディアも知らないおじさんが入門書として読むにはいいかもしれないが、当ブログの読者には退屈だろう。
2006年02月13日 00:58
経済

市場原理主義

このごろ、ほとんど毎日のように「市場原理主義」という言葉を目にする。しかも、それが肯定的な意味で使われることはまずない。たとえば今月の『文芸春秋』でも、例の藤原正彦氏が、ライブドア事件の元凶は小泉構造改革であり、日本社会に格差が広がっている原因も、市場原理主義だという。それに対する彼の処方箋は、「武士道」に回帰し「日本型資本主義」を広めることだ。

所得格差は、日本でも多くの経済学者が論じてきたテーマであり、そのほぼ一致した結論は「見かけ上の所得格差は拡大しているが、その主な原因は高齢化だ」ということである。高齢者はもともと所得格差が大きいから、人口の高齢化にともなって所得格差が開くのは当然であって、これは市場原理とも規制改革とも関係ない。

若者にフリーターのような非正規労働者が増えていることは事実だが、その原因は企業が退職者の不補充(新卒の採用抑制)によって雇用調整をしているためである。つまり中高年労働者の既得権を守る「日本型資本主義」が雇用調整を遅らせ、若年労働者の失業率を高めているのである。

市場原理主義が猛威をふるっているはずの日本で、「まちづくり三法」の見直しで郊外への大型店の出店が事実上禁止され、高速道路整備計画では今後9300km以上の「全線建設」が決まった。市場原理をきらい、「弱者保護」を理由にして既得権を守るのは、自民党の古いレトリックだが、藤原氏のような無知な「有識者」がそれを(結果的には)応援しているのである。
2006年02月11日 23:53
IT

産業政策の亡霊

経産省が民間企業を集めて「国産Google」を開発するための研究会をつくったそうだ。こういう「日の丸プロジェクト」は1980年代以降、ひとつも成功したことがなく、もう産業政策はやめようというのが最近までの経産省の立場だった。ところが、そういう「小さな政府」路線でやっていると、予算が削られるばかりだということがわかって、最近また「大きなお世話」路線が復活しているらしい。

こういう「産業政策の亡霊」が一定期間ごとに霞ヶ関を徘徊するのは、過去の失敗を失敗として総括していないからだ。以前、いわゆる「大プロ」(大型工業技術開発制度)の成果についての事後評価を調べたところ、ほとんど記録さえ残っていないことに驚いた。予算を獲得するまでの企画段階では詳細な調査・研究が行われるのだが、その結果(ほとんど失敗)については何も総括が行われていないのである。

こうして過去の失敗は、その責任も問われないまま忘れ去られ、20年もたつと同じような日の丸プロジェクトが登場する。このように歴史に学ぶことのできない「ご都合主義的健忘症」は、霞ヶ関だけの病気ではない。かつての戦争をいまだに総括できないような国民には、この程度の官僚しか持てないのだろう。
2006年02月05日 12:40
科学/文化

ムハンマドの漫画

デンマークの新聞がムハンマドの漫画を載せた事件は、シリアのデンマーク大使館が放火される騒ぎに発展した。欧州では、漫画を転載した他の国の新聞もイスラム教徒の攻撃にあっている。これを報じる日本の新聞は、さすがに漫画そのものは転載していないが、ウェブにはたくさん流通している。解説つきでわかりやすいのは、Wikipediaのものだ。それを見ればわかるが、こんな騒ぎになるほどおもしろい漫画ではない。
2006年02月03日 21:58
経済

Japan after livedoor

今週のEconomist誌で、ライブドア事件を論評している。論旨は、このブログの先週の記事とほとんど同じで、ライブドアのやったことは欧米なら明らかに犯罪だが、日本の規制には抜け穴が多すぎるので、検察のリークする情報は信用できない、というものだ。そして結論は、「市場原理主義」を批判するよりも規制を強化し、証券監視委の権限を強化してスタッフも増やすべきだ、ということである。

日ごろ「小さな政府」を一貫して主張しているEconomistが、「日本では、行政改革の問題は公務員の数を減らすことではない」と論じている。日本の公務員は、人口比でみると、OECD諸国の中でもっとも少ない(*)。それは、ある意味で日本の政府が「効率的」だったことを示している。金融業界のように新規参入を禁止しておけば、政府は業界団体を通じて「卸し売り」で企業を監視できるからである。これに対して、オープンな市場では、新規参入してくる企業を行政が「小売り」で監視しなければならないので、効率は悪くなる。

これは銀行と企業の関係にもいえる。邦銀の資産あたりの社員数は、外銀に比べてはるかに少ない。かつては、企業との長期的関係によってメインバンクは企業の「本当の数字」を知っていたので、他の銀行はメインバンクのモニタリングに「ただ乗り」できたからだ。しかし、金融自由化以後は資金調達が多様化したため、銀行のモニタリング機能も低下した。欧米では1980年代に問題になった、情報の非対称性による「エイジェンシー問題」が、日本では20年おくれで顕在化してきたのである。

こうしたモラル・ハザードを防ぐ手段として80年代に流行したのが企業買収である。とくにLBOは、買収対象の企業を「借金漬け」にすることによって、細かいモニタリングをしなくても一定の収益を上げることを経営者に強制できる。だから今回の事件を機に企業買収を制限しようというのは、逆である。企業買収が真の企業価値にもとづいて行われるように企業会計を監視するサービスは、一種の公共財なので、政府が供給したほうがよい。

(*)追記:総務省によれば、日本の公的部門職員数(独立行政法人を含む)は1000人あたり35人と、OECD諸国で最低である。ただし、ここには特殊法人や公益法人は含まれていない。
2006年02月02日 20:16
経済

東横イン

東横インの「違法改造」事件は各地で次々と明らかになっているが、これは人命のかかっている姉歯事件に比べると、罪は軽い。社長も「制限時速60キロの道を67、8キロで走っても、まあいいか」などと発言してバッシングにあっているが、現実にはすべてのホテルに車椅子用の駐車場と客室を義務づけるほど障害者が宿泊するとは考えられない。障害者には他のホテルを選ぶ自由もあるのだから、実害はほとんどないのではないか・・・などと書くと、私もバッシングされそうだが、こういう問題には合理的な解決法がある。

東横イン(のような障害者対策をしないホテル)は、「罰金」を政府に支払う代わりに対策の義務を免除してもらい、政府はその罰金をプールしてバリアフリーのホテルに補助金として支給すればいいのだ。これは地球温暖化対策として提案されている「排出権取引」と同じメカニズムで、いわば「バリアフリー拒否権取引」である。

この拒否権の単価は、市場で決めればよい。政府が障害者用設備の地域あたりの総枠を決め、その基準以上の設備を作ったホテルは東横インに拒否権を売るのである。これによって拒否権の価格は設備の限界費用と均等化するので、バリアフリー化しやすい(敷地の広い)ホテルが多くの設備をつくるようになり、効率的にバリアフリー化するインセンティヴも生まれる。

障害者対策にコストがかかる、などというのは公然と口にしにくいpolitically incorrectな話題だが、彼らを「弱者」として特別扱いするのではなく、普通の人と同じようにビジネスライクに考えてはどうだろうか。
2006年02月01日 00:27
メディア

公共放送とは何か

通信・放送懇談会の最大の焦点はNHKだが、第2回の会合までに「公共放送は必要だ」という結論が出てしまったようだ。しかし、これまでの議論の経緯を聞いても、「公共性とは何か」という本質的な議論がされたようには思えない。そこを飛ばして、「NHKを何チャンネル減らすか」みたいな議論に入ると、「文字放送はやめるから受信料制度は残してください」といった業界と役所の取引になってしまう。

しかし、郵政民営化のときも問題になったように「公共的な仕事は官でなければできない」というのは官の思い上がりである。通信にしても電力にしても、公益事業的なサービスを民間企業が提供している分野はいくらでもある。「電力は公共のインフラだから特殊法人にして一律の電気料金にすべきだ」といった議論は聞いたことがない。これまでNHKが公共性の具体的な内容として主張してきたのは、

 ・災害報道
 ・ユニバーサル・サービス
 ・視聴率に左右されない高品質の番組

といったところだが、このいずれも受信料制度でなければできないことではない。災害報道は民放でも見られるし、大地震などになれば、民放でも定時番組の枠をはずして放送している。100%のユニバーサル・サービスが必要なら、衛星放送を使えばよい。高品質の番組は、有料放送でもできる。欧米のCS放送はみんな有料放送だが、NHKよりはるかに質の高い番組でも採算に乗っている。

最近では橋本会長は、有料放送化によって「視聴者を限ることは、情報弱者を作ることにつながる」といっているが、これは論理的に矛盾している。この「情報弱者」が有料放送の料金を払うことのできない人だとすれば、今も受信料は払っていないだろうから、これは違法行為を弁護していることになる。逆に、その人が今、受信料を払っているとすれば、有料放送になっても同じ料金なら払えるはずだ。

不払いについては、橋本氏は「官の力での取り立てはなじまない」からBBCのように罰則を設けず、民事訴訟でやるのだという。彼は、民事訴訟は官ではないと思っているのだろうか。裁判の結果を執行して取り立てる(あるいは差し押さえる)のは官の力である。

受信料制度を弁護するのに、こういう無内容な建て前論を持ち出すから話がややこしくなるのだ。NTTも東電も従量料金で公共的なサービスをしているのに、NHKだけが一律の受信料になっているのは、テレビの電波を電話や電力のように止めることができなかった50年前の技術的制約によってできた制度にすぎない。デジタル化によって従量制課金ができるようになった現在でもNHKが有料放送化を拒否するのは、契約者が激減することを恐れているためだ。

しかし、それは杞憂である。NHKでも、私が勤務していたころからいろいろなシミュレーションをしていたが、少なくとも報道に限れば、CNNのような有料の24時間ニュースとして十分採算に乗るという結果が出ている。娯楽やスポーツなどは、チャンネルごとに分割して民間に売却すればよい。問題は教育番組だが、これは100%パッケージの番組なので、リアルタイムで放送する必要はない。NHKがサーバー型放送で考えているように、オンデマンドでインターネット配信すればよいのである。NHKも、サーバー型では有料で学校向けに流すらしい。教育番組には「公共性」がないのだろうか。



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