この世には、悪魔と呼ばれる異形の存在が人知れず跳梁跋扈している。
都会に戻ってきて始めたアルバイトで、まさかそんな世界に引きずり込まれるとは思っても見なかった。
(マヨナカテレビでの実戦経験がまさかバイトで役に立つなんてな……)
灰色の髪の少年、瀬多総司はそんな事をよく考えるようになっていた。
「総司さん、そろそろ異界の中心と思われるポイントです。」
機械仕掛けの身体を持つ少女が瀬田に話しかける。
彼女が異界というように、周囲の住宅街は異様な雰囲気を放ち、およそ人が住むには不便すぎるほど入り組んでいる。
おまけにグロテスクなゾンビや低級の悪魔が普通に歩いているという有様だ。
「了解した。」
と、そこで二人に通信が入る。
『よう、ポイントについたようだな。
んじゃあ、いつもの頼むぜ。』
職場で唯一戦闘能力を持たない為、後方支援を担当している迫真悟という青年からの通信だった。
かつての仲間の一人、りせのようなペルソナ能力ではなく、特殊な発信機を使ってのナビゲートだ。
瀬田や少女が持っている悪魔召喚プログラム付属のオートマッピングと連動して、現地の地形状況を把握する事が出来るらしい。
「了解であります。
総司さん、合わせてください。」
「了解。」
と、二人は指と指とを絡ませ
「「ペルソナ!!」」
ペルソナ能力を発動させる。
ペルソナ、神・悪魔の姿を模したもう一人の自分自身の力を借りて超常的な力を発揮する能力。
通常は一人一種で、進化する事はあっても複数のペルソナを使い分ける事は出来ない。
しかし、この二人は複数のペルソナを使い分けられる特異なペルソナ使いだった。
そして二人が今回使用したのは……
「イザナギ!!」「オルフェウス!!」
共に「妻を連れ戻しに冥界に赴き、失敗した夫」であるオルフェウスとイザナギだった。
この二人が協力して放つ力。それは
「「ミックスレイド・黄泉路の道連れ!!」」
非常に広範囲にわたる呪殺攻撃。
呪殺攻撃だというのに、呪殺攻撃に対して絶対的な耐性を持つ筈のアンデッドを問答無用で冥府に送り返す、かなり理不尽な対アンデッド用殲滅攻撃だった。
単純に呪殺攻撃として強力だった事もあり、範囲内=異界内にいた悪魔はバタバタと倒れ、屍鬼や幽鬼といったアンデッドは問答無用で浄化されていく。
『うお、いつもながら凄いな。
周り中の敵悪魔が一気に壊滅したぞ。』
二人とは別行動で異界を探っていた、もう一人のメンバーから通信が入った。
「そちらに応援に行きますか?」
『ん? ああ、そうしてくれ……と言いたいがちょっと離れてるな。
こっちはこっちでボス悪魔と戦ってるから、お前ら外に出てくれ。
もし逃げられても、中にいるよりかは追いやすいだろうしな。』
「わかりました。」
彼こそが掃除のアルバイト先「スプーキーズ・マンサーチ」の主戦力、峰岸啓自。
ペルソナ使いでないながら上級レベルの悪魔を従える事が出来る強力なデビルサマナーで、その戦闘力は下手なペルソナ使いなど足元にも及ばないほどだ。
「それにしても……、最初は普通に人探しをやるのかと思ってたんだがな。」
スプーキーズ・マンサーチ所有の改造トレーラーに戻った総司は、そうこぼした。
中には大量のコンピュータが備え付けられ、そこかしこにケーブルが延びている一方冷蔵庫などもあり、中央には椅子や机がおかれていて、ちょっとした生活空間としても使用できるようになっている。
「全くであります。
マンサーチという看板に偽りアリであります。」
機械仕掛けの少女も同意した。
彼女、アイギスも総司と同じく、アルバイトとしてスプーキーズ・マンサーチに入ったクチである。
「まあそういうなって、二人とも。
っと、あいつの方はもう終わったみたいだ。
車で行けるとこみたいだから迎えに行こうぜ。」
真悟はそういうと、トレーラーを発進させた。
住宅街の様子はすっかり変わって、異様な雰囲気も過度に入り組んだ路地もなくなり、至って普通の雰囲気とシンプルな路地の住宅街に変貌していた。
異界化が解消されたのだ。
「さて、と。任務完了だ。」
「シックスさんもアイギスさんも総司くんもお疲れ様。」
トレーラーに戻った峰岸啓自が、鎧姿の女性と共に仲間の労をねぎらう。
女性の名前はジャンヌダルク。
造魔と呼ばれる心を持たない人造の悪魔に英雄の魂を憑依させる英雄合体で生まれる『英雄』種の悪魔だ。
英雄は元々人間だった為か、素体となる造魔がそうである為か、悪魔のエネルギー源『生体マグネタイト』を必要としない。
それでいて強力なのだから、サマナーとしては助かる存在だ。
「んでだな……明日はウチの定休日だから、今日の疲れをしっかり癒してくれ。」
「いえ、学校がありますので。」
「私も大学の授業があります。」
アルバイト二人はそう流す。
ちなみに瀬多は高校3年、アイギスは大学2年だ。
「おーおー、青春だねえ……」
「全くだ。
俺らなんて気付いてみりゃ、スプーキーよか年上になっちまったもんなぁ……」
正規職員二人はため息をつく。
ちなみに真悟が所長で、その下に啓自。
更に下にアルバイト二人の計4人。
そこに啓自や総司、アイギスが悪魔召喚プログラムで使役する悪魔たちが加わって、スプーキーズ・マンサーチのフルメンバーとなる。
事務方などはコンピュータの扱いに明るい真悟や啓自が難無くこなしてしまう為、問題は無いそうだ。
猫の手も借りたいほどの事態が発生した場合、事務仕事を妖精シルキーや堕天使メルコムなどといった悪魔さえ動員するらしいが、その事態をアルバイト二人は見た事が無い。
「スプーキー、ですか?」
「そう言えば入る時に気になったのですが、何故明日だけ日付指定で休日になっていたのですか?」
アイギスの質問に二人の、そしてジャンヌの表情が若干曇る。
「二人とも、その話は……」
「まった、ジャンヌ。特に隠す必要なんてねー話だ。
変に隠して色々こじれてえらい事になった事もあったからな。
……なあ、シックス?」
「……ああ。
明日ってな、命日なんだよ。」
「命日、ですか?」
「ああ。俺達スプーキーズのリーダー、スプーキーこと桜井雅宏の、な。」
「わざわざ定休日にするくらいなら……とても大切な人だったんですね。」
恐る恐る、といった口調でアイギスがたずねる。
「……ああ。」
「あ……すみません。詮索なんかして。」
見ればアイギスは少し震えていた。目には涙も浮かんでいる。
そしてその場にいる全員がその事に気付く。
ああ、彼女も大切な誰かを失った経験があるのか、と。
「いや、ちょっとおちついてってアイギスちゃん。」
「で、でも、私……」
迂闊につつくとアイギスは更に泣いてしまいそうで、真悟は彼女をどう宥めようかと思案する。
そこへ、総司が意外な形で助け舟を出した。
「……そのスプーキーという人物は、一体どのような形で命を落としたのですか?」
「!! 総司さん、無神経であります!!」
アイギスの怒りが総司に向けられる。
これで彼女が泣き出すことは一先ずなくなったようだ。
「そうだな……あー、もうアレから10年も経っちまったのかぁ。」
「啓自さん!?」
「まーアイギスちゃんも落ち着けよ。
年食っちまったみたいでなんかアレだが、ちょっと昔話をしたい気分なんだ。」
「……はい。」
「3年前の影人間がどうのっての、覚えてるか?」
「俺はニュースで少し。」
「私は当時、巌戸台に住んでいましたから、総司さんよりは詳細に知っているであります。」
アイギスは影人間の原因も、それと関わるもっと大きな事件も知っている。
その事件の渦中にいた一人が、他ならぬ彼女自身なのだから。
しかし、それはおいそれと口にして良い事ではなく、彼女は誤魔化しの説明をした。
「10年前、俺達が住んでいた天海市でな、世界中の人間をあんな風にしちまおうってろくでもない事を考え、実験していた連中がいたんだ。」
「ッ!!!!」
アイギスにとってそれは衝撃以外の何者でもなかった。
10年前の天海市?
そこにもタルタロスがあって、デスとそのパーツたる大型シャドウがいたとでも言うのだろうか?
衝撃の中、とりとめもなく彼女の思考は暴走する。
「……具体的な方法は?」
その一方で、総司は冷静さを失っておらず、震えるアイギスを支えつつ詳しい話を聞こうとする。
「まずマニトゥという存在にソウル、人間の魂を与えてエネルギー源にする。
充分な量のソウルが集まった時点で、それを呼び水にマニトゥが全人類からソウルを搾り取る。
ソウルを抜かれた奴はめでたく影人間モドキになるって寸法だ。」
「んでだな、最初に必要な『充分な量のソウル』を確保する為に、天海市民全員に配布されたコンピュータに仕込まれた特殊なチップが使われた。
このチップを使って、そのコンピュータを使った奴の魂をネット回線を通してマニトゥに送るんだ。
……実を言うと俺自身、魂を取られて影人間もどきになっちまった事がある。
コイツが助けてくれたけどな。」
真悟は啓自を親指で指差した。
「で、その計画の中心人物だった門倉とスプーキーの間にゃ因縁があってさ。
俺が奴等の計画の要、マニトゥを死なせる為の鍵『ネミッサ』を拾ったせいもあって、俺達は奴等との交戦状態に陥ったんだ。」
「今にして思えば無茶もいいところだ。
戦える奴はコイツだけってー俺達が、世界を滅ぼそうっていう奴等と事を構えるんだからな。
オマケに……俺達は、啓自とひとみちゃんを除いたスプーキーズのメンバーがリーダーを信じ切れなかったばっかりに……」
「「…………」」
「あん時は立ち直って前を向くのに結構苦労したぜ。
でも、ま、事件が解決して、皆して天海市を離れてバラバラになる頃にゃ、全員立ち直ってたよ。」
「そうですか……辛い話を、すみません。」
総司は頭を垂れた。
「俺に頭を下げるなよ。
一番辛かったのはコイツだったんだからな。」
真悟は首を横に振って啓自を見やる。
「啓自さん?」
「……実はな、リーダーに直接手を下したのは俺なんだ。」
「っ!!」
「人間に憑依するタイプの悪魔がリーダーにとりついて、俺は分離させる事が……出来なかったんだ。」
「……すみません。」
総司は啓自に頭を下げた。
ぶしつけに他人の傷口をえぐるような事を行ってしまったと、総司は激しく後悔した。
「いいさ。今更沈んでちゃ、リーダーにもネミッサにも笑われちまうよ。」
「? ネミッサとは鍵なのでは?」
先ほど、ネミッサとは鍵と聞いていたアイギスが顔を上げてたずねる。
「……電霊って種族の悪魔だったんだよ。
そして、死ぬ事を知らないマニトゥを死なせる為の死の歌、だったんだっけな。」
「死の……歌……」
まるでニュクスのようだと、アイギスは思った。
「リーダーの身体を乗っ取った奴みたいに、俺達の紅一点だったひとみにとりついてさ、でも俺達の味方になってくれた。
ひとみの奴も、自分の体が他人に使われているって言うのに、そのネミッサの事を気遣ったりするほど、アイツは明るく元気で素直な、ホント『死』なんて連想させるような奴じゃなかったのにな。」
啓自はしみじみと言った。
「…………」
「でもマニトゥを仕留めて計画を止める為には、アイツ自身がマニトゥの『死』そのものにならなきゃいけなかった。」
「それって……」
「ああ、悪魔としてのネミッサの消滅で、全ての決着が着いた。
全人類影人間モドキ化計画は阻止されたんだ。」
ああ、まるであの人のようだ。
あの人は今でも人の悪意を『死』から阻んでいるのだろうか。
たった一人、孤独な鍵として人類を守り続けているのだろうか。
アイギスの目から涙が溢れた。
表情は無表情そのもの。
しかし、そこにはどんな号泣よりも深い悲しみが込められていた。
一方その頃。
「やりましたね姉上。」
「ええ、念願のドリーカドモンを手に入れましたわ。」
ベルボーイの格好をした男性と、エレベーターガールの格好をした女性が異様な人形を抱えて業魔殿にやってきた。
なにやら「殺してでも奪い取る」と言われそうなセリフを言っているが、この二人の戦闘力は尋常ではないので、現実的には不可能に近いだろう。
さて、この二人はどうやらドリーカドモンで造魔を作る為にやってきたらしい。
「これで湊さまを英雄として復活させる事が」
「これで公子さまを英雄として復活させる事が」
その様子を見ていた業魔殿のメイド、メアリは後にこう証言した。
その時、時は止まったと。
なお、業魔殿の主ヴィクトルのとりなしにより、彼所有のドリーカドモンを一つ彼ら姉弟に与える事で、兄弟喧嘩は回避されたのだった。
=
影時間云々を抜かすと、結構ソウルハッカーズと話が似てるような気がするんですよね、P3って。
P4の主人公はもしかしたら要らなかったかもしれませんが、奴だけが「大切な者を失った事の無い人間」という事で、話を進めるのに使わせてもらいました。