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イラスト・木村りょうこ |
前回は、ちょっと硬い話を硬く語ってしまいました。同じころ、別の原稿を書いていて、どうもその調子のまま、このエッセーに突入してしまったのが原因のようです。内容もフェミニストの皆様にとってはとんでもない、と映ったかもしれないかなと危惧しています。私なりに彼女を心配していたのですが。うそです。ごめんなさい。伝えたいことが伝わらないというのは、私の力量のなさです。修行させていただきます。読者の皆様、もうしばらくお付き合いください。よろしくお願いします。では今回もその続き、研修医君の結婚です。
そしてとうとう披露宴の日。早いでしょ? なにせ「できちゃった婚」だから。花嫁がウエディングドレスをかっこよく着こなせるうちに。しかし、できちゃった婚の結婚式っていうのは、なんといいますか、当の本人たちよりこちらのほうがどぎまぎするものですね。出席者全員その事実を知っていて「二重におめでたい」などと言いつつ、話題にするのを避けるというか。そんな感情を持つのは私だけでしょうか? 年齢が分かるって? ほっといてください。
私は、例の女医さんと同じテーブルでしかも隣りでした。8人掛けの丸テーブルは全員医局関係者。新郎側の仕事関係者ってところで、これはよくある席順ですね。医局員の結婚式には数々出席しましたが、たいていこの「医局員のテーブル」ではとんでもないことが起きます。
K女医は宴の最初から結構な勢いです。新郎新婦入場の際には、新婦の頭から足先まで何往復も眺めておられました。「高性能スキャン装置か?」と思うほどです。「ふん、安い貸し衣装ね」とK女医が言うので「K先生の今日のお召し物、素敵ですよ」とご機嫌取りするものの、そんなもんでなんとかなるものでもありません。乾杯のシャンパンは一気飲み、お代わりを要求。赤ワイン、白ワイン、水割りすべて注文。すごい勢いで杯を空けます。K先生、抑えて抑えて。出てくる料理には「まずいわ。よくこんな料理出すわね」と言いつつ完食。
他の医局員はというと、にやにやしながら、研修医君のご乱行(本日の新婦以外の女性との交際)をしゃべっている。「あいつが結婚するっていったらさぁ、病棟のナースが泣いちゃって」「え〜っ、まずいよ〜。あのナースとまだ切れてないんじゃないの?」「うわぁ! 修羅場!」。もう少し小さい声でしゃべらないと、周りに聞こえるっていうのに。だいたい医者の結婚って、新婦を肴にこういう情報を交換するのが、通例。すいません。品がないですね。
宴は粛々と進んで、新婦の学生時代の友達(全員女性)の祝辞。「私たちぃ、ユウコがぁ、お医者様と結婚するって聞いてぇ、今日は張り切ってきましたぁ。お医者様のお友達どこですかぁ? 私たちユウコにあやかりたいって思ってますんで、ヨロシク〜」。テーブルのM先生が大きく手を振った。T先生は軽い咳払いとともに、居住まいを正して会釈。他の医師も目を細めてうんうんとうなずいたり、うれしそうに笑ったりする。さっきまでの品のない会話など忘れて満面の笑み。ちょっと待て。君ら全員既婚者だろうが! そして、K女医はその様子を見るや、赤ワインのグラスをドンとテーブルに置いた。そして両方の鼻からぶふぁ〜と息を吐いた。うえぇ〜ん、こわいよ〜。だいぶ出来上がっているよ〜。
そして、キャンドルサービス。新郎新婦はお色直しの入場とともに各テーブルにキャンドルをともしながら回ってくる。もちろん、この医局員テーブルがすんなりいくはずもなく……。新郎新婦は蝋燭に点灯しようとK女医の向こう側に立った。はにかみながらもうれしそうな2人の顔。しかし、蝋燭の芯はしっかり刈り込まれ、なかなか火はつかない。焦る2人を周りが囃す。やっとついたかと思うと、お調子者のM先生が吹き消して、もう一度やり直し。司会進行係も、同僚のおふざけとして許している。その間K女医はずっと腕組みしたまま仏頂面。ああ、いたたまれない雰囲気だ。と、その時、私はK女医が少しだけ腰を上げるのと同時に座っていたいすを軽く持ち上げるのを見た。
やがてこのテーブルの蝋燭にも火がついて新郎新婦が離れていこうとした。が、花嫁は何かにひっかかって進めず、ビリッと軽く布地が破れる音が。K女医が新婦のドレスをいすで踏んづけていたらしい。シルクオーガンジーのドレスはどこかが軽く破れたか? 「あ〜ら、ごめんなさい。でも貸衣装だからいいわよね?」とK女医。とまどう新婦を気遣う新郎の姿は頼りがいのある優しい夫。ドレスは大した損害はなく、むしろ会場には新郎のとった優しくて適切な態度に冷やかしの口笛が飛び、ちょっとした心温まるハプニングにさえなった。研修医君、やるじゃないか!
宴は滞りなく終わり(どこが?)、酔っぱらって寝込んだK女医を連れて、私は病院へ帰ることにした。K先生に点滴をして二日酔いを予防してあげよう。明日も仕事、がんばろうね、K先生。