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I’m not a scientist.

June 05(Sat), 2010

『人工細菌誕生』の論文を解説してみる:その2(Mmゲノムの人工合成)

これから2回のエントリで,実際に行われた実験内容と結果について解説します.専門的な内容が続き,つまらないかもしれませんが,実験内容の理解なくして,意義の理解はありえないので,ご容赦ください.



研究に使った細菌

 この研究には,2種類の細菌が登場する.

  1. Mycoplasma mycoides(以下Mmと略す)
  2. Mycoplasma capricolum(以下Mcと略す)

 マイコプラズマ属は,数ある細菌の中でもゲノムサイズがとても小さい,つまりDNA全体の長さが短いことで知られている.ゲノムを人工合成・組立てする際に,合成するDNAがなるべく短い方が実験難易度が下がるため,今回の研究ではMm,Mcの2種類が選ばれた.2008年の論文では,ゲノムサイズが世界最小の細菌であるM. genitaliumが使われていたが,この細菌は増殖が遅く,実験を行う上で時間がかかるため,より増殖の速いMmが使われることになった.

 差し当たっては,「Mm = ゲノムドナー(提供者),Mc = レシピエント(移植先)」ということを覚えておけば,これからの話を理解するには十分である.


研究の流れ1:Mmゲノムの人工合成

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図1.Mmゲノムを人工合成する4ステップ

 前提として,MmゲノムDNA配列は既に解析され,全体の配列が決定されていた

 Mmゲノムの長さは約100万 bp*1(1 Mbp).ヒトゲノム(30億 bp)と比べたら小さいが,通常の生物学実験で扱うDNAとしてはとても長い.当然,一気にMmゲノムを人工合成することはできない.そのため,4ステップ:1k → 10k → 100k → 1Mbpという順に部分合成し,Mmゲノム全体を作り出した(図1).


Step 1: DNAカセット(1 kbp)の合成

 まず,コンピュータ上にあるMmゲノム配列データを基に,1 Mbpのゲノム全体を約1 kbp x 1000個のフラグメント(カセット)に分割した(図1).

 次に,このMm DNAカセットを化学合成した*2


Step 2: 10 kbp中間体の合成

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図2. 1 kbpから10 kbpの中間体を作る

 それぞれのMm DNAカセットの両端は,隣接するカセットとオーバーラップするように作られている(図2A).1000種類のカセットそれぞれをベクターと呼ばれる実験用のDNAと繋げ,環状DNA(プラスミド)を作った*3

 次に,このカセットが載ったプラスミドの中でDNAの位置が連続するものを,10種類まとめて酵母の中に導入した.酵母の中でオーバーラップ領域が組換えられることで,DNAカセットは順番通りに繋がっていく(図2B).こうして10個のカセットが繋がった10 kbpの中間体100種類を得た*4(図2C).得られた中間体のDNA配列が正しいことは,100種類全てについてDNA配列を読むことで確かめた.


Step 3: 100 kbp中間体の合成

 Step 2と同様に,今度は10 kbpの中間体のうち,位置が連続するものを10種類まとめて酵母の中に導入し,組換えた*5.こうして,100 kbpの中間体11種(全体をカバーする)を作製した.10 kbpの中間体が正しく繋がったかどうかは,完成した産物の長さをチェックすることで確かめた.


Step 4: Mmゲノムの人工合成

 最後に,100kbpの中間体11種を酵母に入れて組換えることで,完成体の人工合成Mmゲノムを作製した.

 Step 4では,100 kbp中間体に混入していた酵母のゲノムDNAが,中間体の酵母への導入効率を大きく下げることが分かった.そこで,混入物を取り除くために,複数の方法で100 kbp中間体を精製*6したことが成功の鍵となった.

 このようにして作製したMmゲノムの中には,間違って繋がったものも含まれている.PCR*7制限酵素処理の切断パターン*8から,100 kbp中間体が目的通りに繋がった正しい「人工合成Mmゲノム」を選びとった.

*1:bpとは塩基対の意.DNAの長さを表す

*2:正確には,化学合成だけでは100塩基程度の長さのDNAしか作れない.そのため,化学合成とPCR法を組み合わせて,1 kbp程度の長さのDNAフラグメントを合成している.お値段は1 kbp当たり400ドル程度.参考:人工遺伝子の受託合成Mr. Gene

*3:ここでは普通に制限酵素処理→ライゲーションでベクターに組み込んでいる.

*4:酵母内で組換えにより連結させた後,大腸菌に移して,正しい長さの中間体ができたクローンをピックアップした.

*5:100 kbp中間体は大腸菌中では安定に保持されない.そのため,酵母への導入だけで全ての実験操作を行った.

*6:100 kbp中間体が環状DNAであるのに対し,混入している酵母のゲノムDNAは直鎖状DNAである.このトポロジーの差異を利用し,アガロース電気泳動によって環状DNAのみをトラップ・直鎖状DNAを流し切ることで混入物を分離.その後,環状DNAを回収した.

*7:100 kbp中間体同士を結合したジャンクション部分にプライマーを設計し,正しく繋がったかどうかを確認した.

*8制限酵素とは,ある配列DNAを特異的に認識し,切断する酵素のこと.ある制限酵素によってMmゲノムが切断されるパターンは決まっている.これを利用して,いくつかの制限酵素で合成したMmゲノムを処理し,予想通りの切断パターンが得られるものを「完成品」と判断した.

popeetheclownpopeetheclown 2010/06/06 12:59 出芽酵母を実験に利用されている方から,図2B/Cについて
「図2Bのような組換え反応は出芽酵母細胞内では非常に低い頻度でしか生じません。組換えたいDNA分子のどちらか一方に末端(というかdouble-strand break)があって初めて、DSB付近での組換え効率が飛躍的に高まります。」
というご指摘を頂きました.この図の通りでは組換えが起きない,ということです.後で図の方を改訂したいと思います.

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