瀬戸内海二枚貝の生息調査

2003年3月日本貝類学会で発表したもので、学会誌「ちりぼたん」Vol.34,No.2(2003)に載せた論文

 

    瀬戸内海西部湿地の二枚貝の生息調査

羽熊直行 

 最近、瀬戸内海で二枚貝が取れなくなったと、一般にいわれ、

マスコミも取り上げることも多くなった。とくに、いわゆるアサリ(

アサリRuditapes philippinarumとヒメアサリRuditapes variegatus)が取れる

ところが少なくなり、ハマグリ(Meretrix lusoria)はほとんど取れなくなったと

いわれる。そこで、瀬戸内海西部(広島県西部と山口県)の湿地で、二枚貝の

生息調査を行なった。

 

調査方法

@時期は2002年の春から秋までとした。A採集時間は中潮か大潮の日に、

2回ある潮のうちよく引くほうを挟んで、約60分とした。B採集道具は、

主にシャベルを使ったが、クマデ、金ザル、貝堀機(長い棒の先に荒目の籠

のついたもの)も適時使用した。C約10キロごとに大きな湿地と大きな川の

河口を網羅するようにした。D生貝のみを対象とし、砂地、小石混じりの砂地、

泥地の貝を採集し、岩場や藻につく貝類は除外した。

アサリとヒメアサリの稚貝と幼貝に関しては、(文献で大きさによるはっきりと

した規定はないが、)このレポートでは、成貝(3cm以上)、幼貝(cm以下)

稚貝(2cm以下)として区別した。今回、私はアサリの生息数を理解しやすい

ようアサリ指数(Ruditapes Index)を提案する。採集されたアサリとヒメアサリの

数の合計で、0個はアサリ指数0点、19個(成貝なし、幼貝・稚貝のみ)は10点、

10個以上(成貝なし、幼貝・稚貝のみ)は20点、成貝1〜9個は30点、成貝

10~19個は50点、成貝20~29個は70点、成貝が30個以上は100点とした。

 

結果

20025月より10月まで、広島県西部で10ヶ所、山口県で30ヶ所調査を行なった。

Figure 1に調査箇所のアサリ指数(Ruditapes Index)、Table 1に採集場所、

年月日、種数、アサリ指数、Table 2に区域別の1ヶ所における採取された

二枚貝の種数、Table 3に採集された二枚貝の科、種、採取地、Table 4に地域

ごとのアサリ指数(Ruditapes Index)を示した。

 

 Table 1 採集場所、年月日、種数、アサリ指数

 

採集場所(東から西へ)

採集年月日

二枚貝の種数

アサリ指数

広島県西部:広島湾(呉市〜大竹市瀬野川)10ヶ所

(1)

呉市二河川河口上流100m〜200

2002.7.14

5種

100

(2)

海田町瀬野川河口上流300

2002.6.30

6種

30

(3)

広島市南区元宇品南端

2002.8.25

3

100

(4)

広島市本川上流1km東側

2002.6.29

3種

30

(5)

広島市太田川方水路上流500m付近東

2002.6.15

5

10

(6)

広島市佐伯区八幡川河口〜上流西側

2002.5.29

6

30

(7)

廿日市市御手洗川河口

2002.7.27

7種

70

(8)

廿日市市地御前電停前

2002.5.11

7種

100

(9)

大野町八坂バス停前

2002.5.3

3種

100

(10)

大竹市小瀬川上流100~300m東側

2002.5.31

3種

30

山口県東部:岩国市〜上関町室津半島南端 10ヶ所

(11)

岩国市今津川河口海側南側

2002.5.11

2種

0

(12)

岩国市門前川河口南側

2002.7.9

2種

30

(13)

岩国市通津通津川河口海側北

2002.5.8

3種

30

(14)

由宇町由宇川河口〜上流300

2002.6.10

2種

10

(15)

大畠町浜海水浴場南側

2002.8.6

1種

10

(16)

大島町三蒲海岸

2002.7.8

4

10

(17)

大島町屋代川河口〜海側東部

2002.5.24

3種

10

(18)

柳井市神出土穂石川河口

2002.8.7

5種

20

(19)

柳井市室津半島伊保庄

2002.8.29

2種

30

(20)

柳井市室津半島余浦

2002.5.16

6種

0

山口県中部:上関町室津半島南端〜防府市向島南端 10ヶ所

(21)

上関町室津半島志田

2002.5.30

2種

10

(22)

上関町長島中浦海岸

2002.9.22

2種

20

(23)

平生町別府麻里府港より西

2002.6.13.

3種

50

(24)

光市室積象鼻崎内湾

2002.5.25

2種

0

(25)

光市島田川河口〜海側西側

2002.5.10

2種

0

(26)

光市虹が浜西の原川河口海側

2002.9.6

4種

10

(27)

徳山市笠戸湾西光寺川上流

2002.6.8

3種

100

(28)

新南陽市長田海岸公園

2002.9.7

4種

20

(29)

徳山市四郎谷海岸

2002.9.21

3種

70

(30)

防府市富海海岸東端河口

2002.7.23

6種

30

山口県西部:防府市向島南端以西〜下関市 10ヶ所

(31)

防府市向島小田港西側

2002.10.11

3種

30

(32)

秋穂町中道海水浴場東側

2002.7.28

2種

0

(33)

秋穂町赤穂湾

2002.7.20

4種

30

(34)

阿知須町キララ浜北側

2002..14

8種

10

(35)

宇部市岐波キワラ浜

2002.9.23

5種

20

(36)

宇部市白土白土海岸

2002.9.23

3種

70

(37)

宇治市厚東川河口上流2800m西

2002.8.18

5種

50

(38)

小野田市厚狭川河口上流500m東

2002.8.18

5種

30

(39)

下関市木屋川河口から上流

2002.6.14

1種

0

(40)

下関市清末神田川河口

2002.10.5

0種

0

  

Table 2 区域別の1ヶ所における採取された二枚貝の種数

種数

広島県西部

10ヶ所

山口県東部

10ヶ所

山口県中部

10ヶ所

山口県西部

10ヶ所

山口県

30

0種

 

 

 

1ヶ所

1ヶ所

1種

 

1ヶ所

 

1ヶ所

2ヶ所

2種

 

4ヶ所

4ヶ所

1ヶ所

9ヶ所

3種

4ヶ所

2ヶ所

3ヶ所

2ヶ所

7ヶ所

4種

 

1ヶ所

2ヶ所

1ヶ所

4ヶ所

5種

2ヶ所

1ヶ所

 

3ヶ所

4ヶ所

6種

2ヶ所

1ヶ所

1ヶ所

 

2ヶ所

7種

2ヶ所

 

 

 

 

8種

 

 

 

1ヶ所

1ヶ所

種数の平均

4.8

3.0

3.1

3.6

3.2

 

Table 3採集された二枚貝の科、種、採取地.☆=加籐・福田(1996)による評価で絶滅危険

採取地(番号はtable 1と共通)

キヌタレガイ科

アサヒキヌタレガイ 

(20)

ザルガイ科

トリガイ

(13)(24)

バカガイ科

バカガイ

(26) (28) (30)

シオフキ

(32) (33) (34) (35) (35) (37) (38)

チドリマスオ科

クチバガイ 

(1)(7)(9)(10)(19)(21) (25)

ニッコウガイ科

サクラガイ

(18)(20)

ウズザクラ

(20)(37)

ヒメシラトリ

(17) (18)

シボリザクラ

(24)

サビシラトリ

(2)

ユウシオガイ 

(30)

アサジガイ科

アサジガイ

(29)

シオサザナミ科

イソシジミ

(1)(2)(6)(7)(8)(9)(10)

オチバガイ

(6)(26) (28) (30)

マテガイ科

マテガイ

(1)(5)(7)(8) (11)(14)(18)(20) (23)(25)

(26)(28)(30) (32)(33)(35)(36)

バラフマテガイ 

(20)

シジミ科

ヤマトシジミ

(33)

ハナグモリ科

ハナグモリ 

(34) (39)

マルスダレガイ科

ウチムラサキ

(34)

アサリ

(1)~(10),(12)~(14),(16)~(19), (22)(23),( 26)~(30), (31)~ (38)

ヒメアサリ

(13)(15) (17)(18) (21)(22) (29)(31) (35)

オニアサリ

(3)(23) (31)

カガミガイ

(8)

オキシジミ

(2)(5)(6)(7)(8)(12)(27) (34) (37) (38)

マツヤマワスレ

(16)(20)

ハマグリ 

(35) (38)

オオノガイ科

オオノガイ

(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(11)(16)(33) (34)

クチベニガイ科

クチベニデ

(16)

オキナガイ科

ソトオリガイ 

(1)(2)(4)(5)(6)(7)(27)(34)(37)(38)

14

29

 

  

Table 4 地域ごとのアサリ指数(Ruditapes Index

アサリ指数(アサリと

ヒメアサリの合計にて)

広島県西部

10ヶ所

山口県東部

10ヶ所

山口県中部

10ヶ所

山口県西部

10ヶ所

山口県全体

30ヶ所

0点(0個)

 

2ヶ所

2ヶ所

3ヶ所

7ヶ所

10点(19個、成貝なし、幼貝・稚貝のみ)

1ヶ所

4ヶ所

2ヶ所

1ヶ所

7ヶ所

20点(10個以上、成貝なし、幼貝・稚貝のみ)

 

1ヶ所

2ヶ所

1ヶ所

4所

30点(成貝1〜9個)

4ヶ所

3ヶ所

1ヶ所

3ヶ所

7ヶ所

50点(成貝10~19個)

 

 

1ヶ所

1ヶ所

2ヶ所

70点(成貝20~29個)

1ヶ所

 

1ヶ所

1ヶ所

2ヶ所

100点(成貝30個以上)

4ヶ所

 

1ヶ所

 

1ヶ所

平均点

60

15

31

24

23

  

私の提唱するアサリ指数Ruditapes Indexでは、100点(成貝が30個以上)

広島県で4ヶ所、山口県で1ヶ所であった。広島県と山口県の両県では70点

(成貝19~29個)は3ヶ所、50(成貝10~19個)は2ヶ所、30点(成貝1〜9個)

11ヶ所、20点(10個以上、成貝なし、幼貝・稚貝のみ)は4ヶ所、10点(19個、

成貝なし、幼貝・稚貝のみ)は8ヶ所、0点が7ヶ所あった。広島県西部10ヶ所の

平均は60点で、山口県東部の平均は15点で、山口県中部平均は31点で、山口県

西部の平均24点であった。山口県の30ヶ所の平均は23点であった。

ハマグリは2ヶ所厚狭川河口と宇部市岐波キワラ浜でのみ認められた。  

1ヶ所における採取された二枚貝の種数では、0種が1ヶ所、1種が2ヶ所、

2種が9ヶ所、3種が11ヶ所、4種が4ヶ所、5種は6ヶ所、6種以上の箇所は

7ヶ.所認められた。採集された種数の平均は、広島県西部10ヶ所では4.8種、

山口県30ヶ所では3.2種であった。

採集された二枚貝の全てを合わせたうえでの目数では4目、科数では14科、

種数で2種であった。そのうち8種が加籐・福田(1996)による評価で絶滅危険で

あった。

 

考察

 2枚貝の減少の原因として、産業技術総合研究所海洋資源環境研究部門の

主任研究員である湯浅一郎氏(私信:20033E-mail)は@~Fを挙げている。

@干潟の埋め立てや海砂の採取(サンドポンプで埋立地外側から、多くの海砂が

採取されることがある。)A富栄養化(瀬戸内海では1980年代の終わりから、

COD濃度が緩やかに増えている。まだ、下水道が出来ていないところが多い。)

B川からの合成洗剤や、農薬や、除草剤(無農薬有機農業の普及はわずかである。)

C潮流が阻害され無酸素状態の増加(埋立地や波止場やテトラポッドや海砂が

採集された深みなどは流れを阻害し無酸素状態を起しやすい。)D工場からの

汚染物質(瀬戸内海沿岸には石油コンビナートをはじめ、大きな工場がおおく、

排出物に関し、まだ規制が非常にゆるい。)E火力・原子力発電所などからの

温排水(冷却管に貝類が付着しないように、定期的に次亜塩素酸ナトリウムを

流している。温排水の中のプランクトンや魚卵が約70%死滅する。)F種々の

要因による結果としての泥質の増加。

 40調査箇所のいずれでも、地域の人の話では、以前はアサリが非常に多く取れて

いたという。また、埋め立て工事による浜や湿地の減少を指摘する声が多かった。

今回の調査では、アサリをはじめ二枚貝が種数、個数ともに非常に少ない箇所が

目立った。また、アオサの大量吹き寄せと還元鉄の黒色泥質の増加が印象的で

あった。この調査は2002年度のみの調査であり、以前に同様な調査をしてなくて

比較できないので、今後は年度を改めて同様な調査を行い比較検討してみたい。

  

謝辞

 この原稿を書くにあたり、貝類の同定や調査方法などでアドバイスをいただいた、

福田宏氏(岡山大学)と山下博由氏(貝類保全研究会)に感謝する。

 

引用文献

福田宏・加籐真.1996.底生生物各種の分布の現状.軟体動物.In:特集:

日本における干潟海岸とそこに生息する底生生物の現状.WWF Japan Science 

Report 3:11-73.

 

Abstract: Living bivalves in wetlands were investigated in the western area of Seto

 Inland Sea covering ten localities in Hiroshima Prefecture and thirty localities in 

Yamaguchi Prefecture from May to November in 2002. ” Ruditapes Index “was 

proposed to evaluate their relative abundance : 100 points (more than 30 adult shells 

with more than 30mm of width are collectable within an hour) are assigned to 5 

localities, 70 points (more than 19 adult shells) to 2 localities , 50 points (more than

10 adult shells) to 3 localities, 30 points (more than an adult shell) to 9 localities 

and less points to the other localities. Meretrix lusoria was found only in two localities.

 

(羽熊直行:〒7315155広島市佐伯区城山21625

HAGUMA, Naoyuki: Investigation of bivalves in the western area of Seto Inland Sea.

 

HOMEに戻る