エース級種牛は、宮崎が数十年かけて作り上げた「宮崎の宝」。その精液は宮崎に巨利をもたらしてきた。農林水産省と宮崎県は殺処分を免れようと特例措置を重ね、5頭を生存させることに何とか成功する見通しとなった。
5頭のうち、最も冷凍精液が高値なのは13歳の「福之国(ふくのくに)」。子牛に上質のサシ(霜降り)が入るとされ、0.5cc入りの冷凍精液のストロー(管)1本が5千円。同県内の繁殖農家が人工授精に使うことができる。
種牛の開発を手がけてきた県家畜改良事業団が今年度、福之国から採取予定だった冷凍精液は3万500本。福之国だけで、事業団には1億5250万円の収入が見込まれていた。過去10年間に生まれた福之国の子牛は推計で約18万9千頭。1頭の平均価格は約38万円で、子牛の売却で約718億円の売り上げを同県内の畜産農家にもたらした計算になる。県内の農家が使う精液のうち9割がエース級6頭の供給によるものだった。
年間約7万8千頭が生まれる同県産子牛のうち約4万8千頭が県内で肥育され、特に肉質の優れた牛が宮崎牛のブランドで売られる。残り約3万頭は各地の肥育農家に育てられる。松阪牛の40%以上、佐賀牛の約15%が宮崎生まれだ。県畜産試験場で管理されていた種牛の冷凍精液が盗まれ、精液ストロー11本が185万円で売りさばかれていたことが2009年に発覚した事件もあった。
巨利を生む種牛の保護は迷走を重ねた。
口蹄疫(こうていえき)の感染の疑いが出たため、事業団は発生農場から半径10キロの移動制限区域に入り、家畜を移動できなくなった。宮崎県は農水省に特例を求め、5月13日に55頭のうち主力6頭を選び、避難を始めた。避難予定地は西へ約40キロの熊本県境に近い西米良村。だが周辺に農場があるとわかり、出発後に急きょ進路を変更。道中で野営し、直接行けば約1時間半で着く西都市の山中まで2日がかりの移動となった。6頭が入れられたのは急造の仮設牛舎で、同県は14日から、鉄筋コンクリート製の牛舎を造り始めた。
ところが6頭のうち「忠富士(ただふじ)」の感染疑いが判明し、22日に殺処分になった。移動前に感染したとみられ、2日がかりの移動の道中で感染を広げた恐れもある。