「Ich gehorche dem Teufel.」
『我、ザミエルと契約す。』
『魔弾の射手〈シュターバル〉』から六発全ての薬莢が吐き出される。地面に落ちる前に光の粒となったそれらは金属音を奏でることなく掻き消える。
本来、魔弾の射手の薬莢は捨てることなく、一日の初めに再利用される。故にこれは普段ならばありえない状況。『魔弾の射手〈シュターバル〉』の最後の力を用いるときにのみ起こる現象だ。
「今更、何をするというのです?」
「オット、アンタノ相手ハ俺ダゼ?」
クードとチャチャゼロの声が聞こえてくるが、その声は遥か遠くから聞こえてくるかのように微かにしか聞こえない。
それは決して彼らが遠くにいるのではなく、自分の意識がここにいないのだ。
己のアーティファクトに全ての神経を集中させる。既に安全装置(セーフティー)は言の葉(トリガーワード)によって外された。後戻りはできない。
今から使うのは禁忌の術。“これ”を得たときにエヴァによって使うことを禁じられた遣うはずのなかった能力。
「(エヴァ、悪いが約束は破らせてもらった)」
今も尚、目を覚ましていない彼女に心の中で謝る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
「最後の能力を教える前にお前はそもそも“魔弾の射手”を知っているのか?」
「・・・?」
エヴァの言葉に思わず首を傾げてしまう。『魔弾の射手』はこのアーティファクトのことではないのだろうか?
「その様子だと知らないようだな。知っているとは思っていなかったが」
「なら、訊くなよ」
にべにかわもない返答に不満が露わになってしまう。
「そう、不機嫌になるな。今から説明するから。“魔弾の射手”とは元来旧世界におけるオペラの題名だ」
「オペラ?」
忘れてしまったのか、もともと知らなかったからなのか、全く聞き覚えのない言葉だった。
「歌う劇だと思ってくれればいい。今回の話には関係ないから気にするな。このオペラの話の中では悪魔の力を借りて七つの銃弾を作り、それを『魔弾』という」
「悪魔に、魔弾・・・」
“悪魔”ということばに顔が歪んでしまう。別に恐怖を感じるわけではないが、自分のアーティファクトに悪魔が関わっているとなるとなんともいえない思いだ。
「向こうでは人智を超えた事柄には神なり悪魔なり超越的な存在が関わっているとしたからな。深い意味はない」
「あぁ、分かった」
「続けるぞ?作り出された七発の銃弾の内、六発は望むところに当たる必中弾であった。二つ目の能力はこのことが元となっているのだろう」
元となったものがあるのなら六発という制限があることも理解できる。リボルバーに入るだけという可能性も捨て切れはしないが・・・
「なるほど・・・じゃあ、残りの一発は?」
「その残りの弾の力を表したのが最後の能力だよ。残りの一発はな、悪魔の望むところに当たる弾だったんだよ。文献によっては致命弾としているものもあるな」
「致命弾・・・」
「つまりはな。最後の能力は相手を必ず殺すことだ。放たれた弾は相手に当たらずとも相手の命に中る。例え、真祖の吸血鬼だろうとも屠る弾だ。ただし、その弾は使用者の魂、命で鋳造されるがな。これが最後の力の実態にして使用を禁じる訳だよ」
相手を必ず死に至らせる代わりに自分も確実に死ぬということか。これまで『魔弾の射手〈シュターバル〉』の能力はどれも自分にあったものばかりだったが、最期の能力はあっていないようだ。自分を大切にするということが叶わない。
「そういうことなら最後の力はつかわないさ。使う条件も厳しいしそのようなことにはならないとは思うけどね」
「最後の能力がないものとしても、充分すぎるほど強力ではあるからな」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「Ein erstellen aus Beil.」
『毒を纏いし金属を元に一を求め。』
「Zwei erstellen aus Gestoβenes Glas.」
『聖なる玻璃を糧に二を作る。』
呪文を唱えると身体の芯から力が抜けていくよう感じがする。
「(これが命が吸われる感覚か・・・)」
空だったリボルバーには二発の弾丸が装填されている。今唱えた呪文によって作り出されたのだろう。
「Drei erstellen aus Quecksilber.」
『型なき金属を幹に三を望み。』
「Vier erstellen aus Drei Kugeln.」
『既中の三頭を基に四を願う。』
更に力が抜けていく。だからといって立っていることが辛くなるわけでもない。まるで自分という存在が希薄になっているようだ。実際その通りなのだろう。命をかける弾ということは自分の存在を込めているようなもの、今リボルバーにある四発の弾丸は紛れもない自分自身なのだから。
「何をしたところで無駄だというのが分からないのですか?」
「サテナ、俺ハ時間を稼イデクレトイワレタカラソウシテルダケダカラナ」
聞こえてくる音に意識を向ければチャチャゼロの声が聞こえてくる。約束通りしっかりと時間を稼いでくれているようだ。こちらも期待に応えなければならない。
「人形ごときにでき―――」
「ソノ口ヲ塞グコトグライハデキルゼ、ケケケ」
チャチャゼロの挑発の声を最後に意識を詠唱に戻す。
「Funf erstellen aus Auge eines Wiedhopfes.」
『冠携えし鳥の右晶を根に五を生み。』
「Sechs erstellen aus Linke eines Lichses.」
『縛られぬ獣の左晶を礎に六を顕す。』
リボルバーに六発全ての弾丸が埋まる。右手からは『魔弾の射手〈シュターバル〉』が脈動しているような感触があり、手を離すことができない。
右手は引き金にかかっている人差し指しか動かないという異常な状態であるのに恐怖は感じず。寧ろ、暖かな温もりを感じやはり自分の一部なのだということを再認識する。
「Mind das opfer, Terminate leben.」
『心を贄に命を穿ち。』
装填された六発の弾丸が眩い光を発する。まさにそれは命が燃えているといっても過言ではないだろう。輝きが納まるとリボルバーの中の六発の弾丸は姿を消し、代わりに目の前には一発の黄金の弾丸が鋳造されている。薬莢を開きその弾丸を込めると弾丸と呼応するようにして『魔弾の射手〈シュターバル〉』が淡く黄金に輝きだす。
「Hammer geschlagen, Evangelium ihn zum Tode.」
『終末の福音は撃鉄と共に鳴り響く。』
撃鉄を上げコッキングする。残る詠唱はあと一小節。
「ユウ、逃ゲロ!!」
チャチャゼロが珍しく焦りを露わにした声を上げる。目を開いてみればクードの放ったであろう魔法が迫ってきている。だが、逃げることはしない、できなかった。既に足は地面に縫い付けられたかのように一歩もその場から動かすことはできない。感覚がないわけでなく、もうこの場にしか自身は在れないのだ。
けれども、確実に自分を捉え死に至らせるであろう魔法がやってくることに対して恐怖を感じることはなかった。そうただ漠然と、
「氷盾!!」
守られているという気がしていた。
「(また、守られたな・・・)」
見てみればそこにはボロボロになりながらも魔法を使ったエヴァの姿があった。エヴァには出会ったときから守られてばかりだった。
正直に言えば、初めて会ったときは全く信用していなかった。確かに命の危機を助けてもらいはした。父さんと母さんの言いつけどおり助けられたからには感謝もした。けど、それだけだった。悪名轟く、かの“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”が気紛れで俺を助けてくれることなんてありえないと思っていたからだ。だから、利用しようと思った自分が力をつけるための。
口や態度では“立派な魔法使い”になるためだとか言ったりしていたが、根本的なところではやっぱり“復讐”を求めていたのだろう。でも、エヴァはそれを知っていたのか知らなかったのかは分からなかったが俺を真剣に鍛えてくれているようだった。
そんな生活を送っているうちにエヴァを信頼するようになっていった。結局のところ俺が一番求めていたのは“力”なんかではなく“温もり”だったのかもしれない。家族ばかりか自分を知る存在を全て失った俺にとってエヴァはかけがえのない心のよりどころとなっていた。
だからこそ・・・
「(今度は俺が守る!!)」
エヴァは俺が今からなすことによって起きる結果を知っている。それでも、俺を守ってくれた。ならばやることはただ一つ。
「Deshalb, Trigger der Siebten.」
『故に引かん終局の引金を。』
詠唱を終えると『魔弾の射手〈シュターバル〉』から輝きが失われ、日光をその銀装飾が反射する。
「クード」
チャチャゼロと対峙していたクードを真っ直ぐと捉え、銃口を向ける。
「準備は終わったのですか?」
「あぁ、終わった。そして、お前の終わりだ」
「どうしてです?貴方が放つ魔法が確実に中るのだとしても防げばいいだけでしょう?」
クードは知らない。今から放たれる弾の意味を。
「防いでみろよ」
「言われなくとも」
クードは目でわかるほどの障壁を幾重にも張る。
しかし、それらは無駄でしかない。今から放つ弾も確実に中る。だがそれは身体ではない。
チャチャゼロは既にクードから遠ざかりエヴァの横いる。
エヴァはただじっとことの成り行きを見守っている。顔に悲哀の表情もなければどんな感情も表れてはいない。見据える覚悟をした目しかない。
その瞳をみてどこか安心をする。そして、
『魔弾 -Freikugel-』
引金を引いた。
エヴァside
意識を取り戻してまず感じたのは体中の痛み。依然、治りは普段よりも格段に遅く何時までも鈍痛が響いている。
重い瞼を開き微かに見ることの出来た光景はチャチャゼロの槍をクードがかわしているところだった。絶望的な状況、だがユウの姿が見えなかったことに安堵した。
ユウを助けたのは本当に気紛れだった。必要なことを聞き出したら近くの町か村にでも放り投げるつもりだった。
それを自分の弟子にし鍛え上げたのにはかつての自分をその中に垣間見たからだ。あまりにも馬鹿げた理想を語りはしていたが、ユウの目には復讐の色が見えた。復讐を願いながらもその思いを隠そうとする。それが意識してか意識しないでか知る由はなかったが、自分と同じように人生をめちゃくちゃにされたにも関わらずすぐに復讐に走らないことに興味を持ったのだ。
最初の頃こそユウは私に対して警戒心が露わだった。隠しているつもりだったようだが私にしてみれば欠片も隠れていなかった。自分から弟子入りを願っておきながら何様のつもりだと思い修行の内容を厳しくしたこともたびたびあった。
それが何時のころか信頼のようなものを感じるようになり。私も心を許していることに気付いた。吸血鬼になったことで失い、もう何百年も昔に忘れてしまっていた受け入れられるということ。また、そんな気持ちがまだあったことに驚いた。
吸血鬼である私を享受した存在。そんな奴だったからこそ私はユウに生きていてもらいたかったもかもしれない。
耳には絶えずチャチャゼロとクードの戦闘音が聞こえてくる。
『………i……………Gl………』
そんな音に混じるようにして微かに旋律が聞こえてくる。
「(これは嘔、か・・・?)」
『…er…………us………D………el…』
その嘔のような旋律にどこか温かさを感じる。だがどうして、同時に不安にも感じるのだろうか?
「(この嘔を私は知っている・・・?)」
『…unf…erste…l…aus…Aug……hopfes』
徐々にはっきりと聞こえてくる旋律に底知れぬ不安を感じ目を開き見やる。
「ユウ・・・」
視線の先には朗々と言葉を紡ぐユウの姿があった。そして同時にまたこの嘔の意味も理解する。
「ユウ、や、めろ・・・」
この嘔うような詠唱は使うことを禁じたアーティファクトの最後の能力。己の命を対価に敵を滅ぼす忌むべき力。
静止を求め声を出すが思うように出ない声は届くはずもない。
「Sechs erstellen aus Linke eines Lichses.」
『縛られぬ獣の左晶を礎に六を顕す。』
目に映るユウの姿は確かにそこに在るはずなのにとても儚げであまりにも希薄だった。
「Mind das opfer, Terminate leben.」
『心を贄に命を穿ち。』
ユウが手に持つ『魔弾の射手〈シュターバル〉』が輝きだす。リボルバーの位置から光っているので正確には異なるのかもれないが、恐らく詠唱が最終段階に入ったのだろう。
「あれは何なのですか?」
「知ラネーナ。オマエヲ倒ス秘策ジャネーカ?」
戦闘を続けながらクードの問いにチャチャゼロは答える。チャチャゼロは知らないようだがあの能力が本当であるならば間違いなく秘策だ。それも不死ですら殺せるほどの。回復力が強い程度では敵うはずもないだろう。
「なら、止めなくてはいけませんね」
その瞬間、クードはチャチャゼロの槍を弾き魔法に対して無防備にし魔法の射手を放つ。チャチャゼロは咄嗟に弾かれた槍に隠れるようにしてやりすごす。
「避けてよかったんですか」
クードは笑みを浮かべたままチャチャゼロに問う。放たれた魔法の射手は5本、打ち消されたのは2本。そして残りは・・・
「Hammer geschlagen, Evangelium ihn zum Tode.」
『終末の福音は撃鉄と共に鳴り響く。』
詠唱を続けるユウへと向かっていった。
「ユウ、逃ゲロ!!」
チャチャゼロが焦るように叫ぶ。その声にユウは顔を上げ、迫る魔法を確認するが避ける素振りはみせない。
「(まさか、動けないのか!?)」
『魔法の射手〈シュターバル〉』の最後の能力は命を喰らう。その結果、身体機能に問題が起きていてもなんらおかしくはない。
すぐさま魔法を唱える。魔力は充分すぎるほど残っているが呪いのせいか上手く使うことができない。
「(間に合え!!)」
手を伸ばし、ユウを守る魔法を声に出す。
「氷盾!!」
静かにこちらを向いたユウの微笑には覚悟の色が見えた。結末はもう既に決まっている。納得はできないがユウが覚悟を決めた以上、それを邪魔するようなことはするわけにはいかない。それは誇りを汚すものなのだから。
「Deshalb, Trigger der Siebten.」
『故に引かん終局の引金を。』
その言葉と同時に黄金の輝きは失われ、代わりにユウの右手は日光によって銀の輝きを生む。
「クード」
先程までの戦いがまるで嘘だったかのように静まりかえりユウの声が響く。風すらも凪いだこの空間は時が止まってしまったかに思えるほどだ。
「準備は終わったのですか?」
「あぁ、終わった。そして、お前の終わりだ」
そう、終わりだ。詠唱の終わった今、もうできることは何もない。引金を引くだけで終わりが訪れる。奴にもユウにも・・・
「どうしてです?貴方が放つ魔法が確実に中るのだとしても防げばいいだけでしょう?」
「防いでみろよ」
「言われなくとも」
クードの張った障壁は確かに強固なものだ。それこそ私ですら破るのが困難なほどのものであろう。だが、いくら身体を守ろうとしたところで無駄だ。もとより、肉体の破壊などするわけではないのだから。
私にできることといえばあとは見据えるだけだ。じきに訪れる終焉をただ黙って。
そして、
『魔弾 -Freikugel-』
引き金が引かれた。
吐き出された命の輝きで目を開いていられなくなる。音はない、光だけがこの空間を支配する。
『魔弾』という名に似合わない温かな光。いつまでも包まれていたいと思うが終わりは唐突に訪れる。
光が納まるとそこには先刻と変わらずある2つの人影。銃を構えたままのユウと障壁を張ったままのクード。
「クックックック。失敗ですか?障壁を破るどころか傷すらついてませんよ?」
無傷の障壁を解き、笑い出すクード。
「いいや、中ったよ」
ユウは焦る素振りを見せず『魔弾の射手〈シュターバル〉』をカードに戻すと無感情に告げる。ただ、事実を述べているように。
「一体、何処にあ―――」
最後まで言葉を発することなくクードはその場に倒れた。あまりにもあっけなく、あっけないという言葉ですら陳腐に聞こえてくるほどにクードの時は終わりを迎えた。
「だから、言ったろ?中ったって」
動かなくなったクードを見下ろすようにしてユウは声を投げかける。
「エヴァ・・・」
そう声をかけてきたユウの姿は光の粒子となりつつあり消えかかっていた。
ただ死ぬのではない。消えていっているのだ。死体すら残すことの叶わない。消滅という終わり。
「ユウ・・・」
なんて声をかけていいかわからない。「良くやった」?「助かった」?「死ぬな」?どれを言ったところで一体何になるというのだろう・・・
「正直に言うとこの力はエヴァに使ってあげたかったよ」
「えっ?」
私に使う?それは私を殺したかったと―――
「これならエヴァの永遠を断ち切ることができたからな」
「あっ」
不老不死はどんな攻撃を受けようが猛毒を盛られようがどれだけ時間が過ぎようが老いもしなければ死ぬこともない。それは同時に死ぬことができないことと同じである。終わらない生を生き続ける。それは生き地獄とどこも変わらないかもしれない。
「まぁ、余計なお世話だったかもしれなかったけどね」
そう笑うユウの姿は下半身はなく。胸も消えかかっている。
「俺はエヴァにずっと助けられ、守られ続けてきた。力を手に入れた後でさえも。けど、最後の最後で守ることができたから・・・ここで終わることに何の悔いもない。むしろ、誇ることができるよ」
「ユウ・・・」
今、私はどんな顔をしているのだろうか?無表情?悲しんでいる?それとも、笑っていられているのだろうか?
「悪いな、エヴァ。もう少し話していたかったけど、もう時間だ」
ユウの身体は頭しか残されておらず、それすらも透けてほとんど消えてしまっている。
「逝くな」ということができたのならばどれだけ楽だろうか・・・叶わぬと理解していても望まずにはいられない。
「エヴァ」
いつもと同じ調子で呼びかけられる。だから私もいつもと変わらない調子で
「・・・なんだ」
答えた。
「ありがとう。先に逝くよ」
その言葉を最後にユウは完全に姿を消した。
「先に逝く」なんて残酷な言葉なのだろうか・・・
「馬鹿者、もう私には追いかけられないじゃないか・・・」
「御主人・・・」
「行くぞ、チャチャゼロ。ここの風は少し辛い・・・」
凪いでいた風は再び吹き出し、優しく草の香りを運んでいくのだった。
「おやすみ、ユウ・・・」
呟きかけた空は何処までも青かった・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これで第一部が終わりです。拙い文章にお付き合いしていただきありがとうございます。第二部も頑張っていきたい思いますのでよろしくお願いします。