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[18058] 【習作】此処に至るまで 【ネギま+オリ主】
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/12 16:10
ネギまのオリ主転生ものです。えぇ、テンプレですよ。詳しくは下記を。

本作品には以下の成分が含まれます。

・オリ主最強。 (但し、最初はそこまで強くない。少なくとも、最初のネギ以下。最大でも原作の化け物レベル。ナギ、ラカン、エヴァとか。チートキャラにチートの重ねがけはしません)
・転生。    (原作知識なし。ネギまの世界だとは理解してます。ただそれだけ、誰が出てくるとか歴史とかは知りません)
・魔法の独自設定解釈あり  (度が過ぎたことはしません)
・原作前開始  (展開読めた。それはいっちゃダメ。なるべく、裏切られるようにしたいなぁ)

上記の内容がお気に召さない方はご縁がなかったということで←か電源ボタンを押してください。

チラシだとPVとかわからないのでできるだけ感想があると嬉しいです。


では、始まります。



[18058] 第0話 目覚め
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:50
目が覚めたら死んでいた。

もしかしたら、死んだから目が覚めたのかもしれない。

死んだら無に還ると思っていたが、どうやら違うようだ。

広がるのは、果てない闇でもなければ光でもない。

背に感じるのは明らかに芝生と土の感触であるし、瞳に降り注ぐ光は間違えようなく温もりを与えてくれる。

その感触も温もりも今まで感じたことのあるものと寸分の違いもなく、これが現実の延長線だと訴えてくる。

そう、これは夢なんかではなく。現実なのだと。

それを理解したうえで更に思う。

自分は終わったのだと。

「俺は死んだのか・・・」

口からこぼれた言葉はただの事実確認。意味を咀嚼する必要などなく、さも居場所が其処であるのが当然であるのかのように胸に落ち着く。

「ほう、自分の死を理解しているのか」

突如、降りかかってきたアルトの声の主は興味気に見つめてくる。

「暇な散歩もたまにはしてみるものだな。おかげでなかなかに興味深いものを見つけることができた。これは思わぬ僥倖だな」

ふむふむと頷くように声を続ける主は序々に喜悦をそこに含んでいく。

逆光で顔をはっきりと見ることは出来ないが、端正な顔立ちと腰まで届くというかという長い髪は実に神秘的であった。おそらくは十人に尋ねれば十人が美人と答えるだろう。

「俺は死んだのか?」

同じ言葉を今度は自分でなく、声の主へと投げかける。

「今更それを訊くのか?自分では納得しているだろうに?」

ますますの喜悦を含み声が返ってくる。

「それでも答えて欲しいというなら教えてやるよ。お前は間違いなく『死んだ』さ」

事も無げに返ってきた答えは、これといって衝撃を与えることもなく心に沈む。

「死因は?」

「っはっはっは。それは交通事故だとか病気だとか自殺だとか殺人だとかといっているのか?っこれは本当に面白い。死を理解しておきながらその原因を知りたがるとは」

堪らず声を上げて笑い出す声の主はこの上なく上機嫌だ。

「死んだのはお前の命が尽きたからだろうに。自動車に撥ねられるとか、癌を患うとか、首を吊るとか、銃で撃たれるとかいうのを考えるのは無粋なことだよ。命が尽きる、だから死ぬ。至極簡単な命題だよ。」

これまた、事も無げに告げられた言葉は不思議と胸に落ち着く。

「そうか。なら、此処は差詰め『天国』といったところか。『天国』に来ることができるほどの善行を重ねた覚えはないが、だからと言って『地獄』にしては平穏すぎる」

漂う草の香りも、この身を包む日の光も、地獄のものとは思えない。もし、これが地獄だというなら天国はどれだけのものなのだろうか。

「っくっくっく。お前は私を笑い殺すつもりか?此処が『天国』だと?そんな場所は存在しないさ。此処は此処。名などなく、新たな流転のため魂を浄化するところさ」

「魂を・・・浄化・・・?」

確かに意識してみれば、まるで心の芯から洗われるような感じがする。

「おっと、それ以上は考えるなよ。折角の暇つぶしなんだ、ここで終わってしまっては興ざめだ」

暇つぶしの道具扱いされるのは少々癪にさわる。

「そう、不機嫌そうになるなよ。これから、説明してやる。こうやって話ができるんだいつまでも、寝ているな。ほら」

起き上がり、しっかりと見た声の主はやはり美人であった。




「お前は神か?」

「神かか・・・確かに神といわれれば神だろうし、冥府の王といえばそうであろう。人であるというならそれも正しい」

答えているように聞こえて、全く答えになっていない。

「何が言いたい?」

「なに、私は私だ。それ以上でもそれ以下でもないということだよ。そうだな、リーナとでも呼んでくれ」

「それがお前の名か?」

「いや、咄嗟に思いついただけだ。何しろ、名前を呼ばれることなどないから、必要ではなかったからな」

呼ばれなかったということは彼女以外に他のものはいないだろう。立ち上がり見渡した風景は何もなった。正確には草原と青空が何処までも広がっているのだが、この際関係はない。

「さて、歩くか。とはいっても何処まで進めばいいのかなど、分かりもしないがな」

そう言って、リーナは歩き出してしまう。

見失うことなどありえないから、ゆっくりとあとを追う。

よく見渡せば時折、ぽわっと光が生まれては消えていく。その儚げな風景は幻想的で何処か哀愁を感じさせる。

しばらくその光を眺めているとリーナが言う。

「それが魂だよ。本当は人なり犬なり、生前の形をしているのだが、皆此処を夢かなんかだと思って浄化され、すぐに新たな流転の輪に入ってしまう。まあ、此処はそう言う風にできているからな。お前のように此処を現実だと理解する奴なんていやしない」

魂の浄化。それは新たな流転を迎えるための魂の初期化。

ここで浄化された魂は輪廻の輪に入り、生を受ける。ここでの浄化に不具合が生じるといわゆる前世の記憶もちといわれるものができるらしい。

「おめでとう。お前はこのままいけば、立派な前世の記憶持ちだよ。これほどまで此処で自分を保っている奴には今までお目にかかったことがないからな」

前世の記憶を持ったまま、次の生を迎える。それが幸せなことなのかは分からないが、少なくとも稀有な存在であることは確かなようだ。

「さて、こうして話せるんだ。次の生で何をしたい?どうなりたい?言ってみろ、叶えてやるよ。何しろ私は神様だからな」

くつくつと笑いながらリーナは問う。

己の望みは何なのかと。己の欲望は何なのかと。

しかし、いくら反芻しようと願望は湧き出てこない。自分はこうも無欲であったか?そうではないだろう。記憶を探ってみれば、馬鹿な理想を掲げ、くだらない夢を語っている自分の姿が目に浮かぶ。それでも、願望は思いつかない。逆に浮かぶのは、

「此処にいたい・・・」

「はぁ?」

漠然と思いついたのはここにいたいということ。

どうしてとか、なぜとか、理由など分からない。ただ、ここにいたいと思った。

「此処に残りたい」

「・・・・・・」

静寂が何処までも続く草原を駆ける。そよいでいた風も止み、降り注ぐ陽光のみが場を支配する。

「っくっはっはっは」

静寂を掻き消したのは笑い声。それも今まで一番大きく、今までのように何処か嘲りを含んだような笑いではなく、純粋な笑い声だった。

「此処に残りたいか。この何もない魂の浄化槽に。気に入ったよ、間違いなくお前は私好みだ」

それはここに残ることが許された証拠か。リーナはただただ笑い続ける。


「だがな、それは叶えられない。仮初でも私は神を名乗ることのできる存在だ。そんな私の住まう場所に一介の魂を留め置くはできない」


口から出たのは、完全な拒否。

「それにな、既にお前の浄化も始まっているだろう?」

リーナの言葉に間違いはなかった。少しずつではあったが先程から記憶が意識が薄れていっている。

「あと、数分もすれば此処から消えるだろうよ。いくら此処を認識したってその程度の魂じゃ此処には留まれない」

晴れやかな表情に一瞬影が差す。


「だから、お前を還るはずの輪廻の輪から外す」


何が「だから」なのか薄れていく意識では理解することができない。

「そして、還るはずの輪廻より過酷な命運が待ち受ける輪廻の輪へと移し変える。其処で『魂』を鍛えろ。すれば、再び此処に至り留まることができるかもしれん」

つまり、それは平穏を捨てること。少なくとも、本来よりも穏やかに過ごす時間はすくないのだろう。

「不安か?まだ、止めることもできるぞ」

引き止めるはずの言葉は反対に背を押す。

「いや、いい」

「そうか。なに、心配するな。生き抜いていくだけの力は与えてやるよ。神の名を冠した剣と獣を、な。とはいえ、人の身に生まれ落ちた程度は総てを使うことはできないだろうがな」

それじゃあ、意味がないのでは・・・

「人の身に余る力なのだからしかたがない。それに総てを使う方法がないわけでもない。ふむ、もう声も出ないとなるとそろそろか・・・」

リーナが手を振るうとそこには一枚の扉のようなものが現れる。

扉か・・・?

「別に形になど意味はないさ。それこそ、窓でも、門でも、穴でも良かったからな」

消え逝く意識を支え、扉を開く。

「さあ、行け。お前の魂が何処まで鍛えられるか楽しみに待っているよ」

「お前じゃない。悠だ。」

搾り出すようにしてあげた声は否定のもの。それは単なる意地だったのか、それとも名を知っていて欲しかったのか。

「そうか、〈ユウ〉か。覚えておくよ。選別だその名を次の生でも受けるようにしてやる。じゃあな、悠」

あぁ、じゃあな。リーナ。

声が届いたかも、分からなかったが。別れ際に見えた笑顔は本当に綺麗だった。

そして、俺は意識を失った。



[18058] 第1話 崩落へのOverture
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 22:27
俺は転生者だ。

まあ、輪廻転生を信じるとすればこの世の命は皆、転生していることになるのだけど。だから、正確に言えば前世の記憶持ちというのが正しいのかもしれない。

緡那 悠〈さしな ゆう〉、それが前世での名だ。奇しくも、前世でも今世でも人間として生まれることができたみたいだ。

ユウ・リーンネイト、これが今の名前になる。名が一緒なのも幸運だといえるかもしれない。

それで今生きている世界だがどうやら「ねぎま」の世界みたいだ。

とはいっても、この世界が「ねぎま」の世界観であるということしかわからない。ようは原作を知っていて、話を変えるみたいなことは一切できない。単に思い出せないのか、そもそも知らないのか、はたまた別の要因があるかはわからない。

それに俺が前世の記憶を取り戻した?のは3歳の時。それまでは普通にこの世界の住人として生きていたわけで、今更この世界が小説だか漫画だか知らないけど物語の中の世界だと認識したところで全く意味がない。

かつて、自分が死んだ歳や原因も分からなければ、この世界が物語の中だと漠然と訴える前世の記憶など正直無用の長物でしかない。これによってアドバンテージを得られるとすれば、歳にそぐわない思考ができることぐらいだ。記憶を得たときこそ戸惑いはしたが今では気になどしていない。

あとは緡那家というのが剣術の名家だったのは役に立つかもしれない。長男だった俺は継承者にあたり、型を知っていた。覚えているのではなく知っていたとしたのは、記憶に型があるからといってそれを今使えるかというわけではないからだ。武術の型というのはやはり身体に染み付くものであり、知識のようにあればいいというものではないようだ。使う為の体力のない子供であるならなおさらだ。

最後に一つだけ、強く覚えているものがある。それこそ、魂に刻まれていると言っても過言ではないだろう。

それは『此処に戻ってくる』という言葉。

此処というのがどの場所を指しているのかさっぱり分からないけど、この言葉だけは忘れてはいけない気がする。というよりも忘れることはできないだろう。

「ユウ~。朝ごはん出来たわよ。降りてきなさい」

「わかった。今行くよ」

よし、また一日がはじまる。


 ♢ ♢ ♢


「おはよう、母さん」

「おはよう、ユウ」

リビングに行くと母さんがテーブルに朝食を並べて待っていた。

「父さんは?」

「クレアさんならもう仕事に向かったわよ。今日は早いんですって。それよりも早く食べてしまいなさい。今日から学校でしょ?」

サラダを取り分けながら注意をしてくる。

前世の記憶を得てから、はや八年。学校でも最終学年となった。

学校で習うのは、基本的な知識と基本魔法。前者はともかく後者は記憶があるとはいえ、初めての経験となる。前世では少なくとも知る限りでは魔法のようなものなどなかった。緡那流の型には人間離れしたものも幾つかあったが・・・

故に最初はかなり梃摺った。なにしろ、下手に記憶なんてものがあるから魔法なんてものはないという先入観が邪魔をする。それでも比較的早く使えるようになったのは父さんが優秀な魔法使いであったからかもしれない。

今では難なく使えるようになり、雷と氷の系統は父さんの太鼓判もある。今度、少し難易度の高い魔法も教えてもらうことにもなっている。

学校への入学と同時に体力をつけることも始めた。最終学年の今ではだいぶ付いていると思っているけど、緡那流の型で使えるようになったのは一つだけなのだから、正直落ち込む。かつての自分が才能に溢れていたのか、今の自分に才能がないのかどっちかは分からないが、剣術に関しては今後も精進しなければならない。

「ごちそうさま。それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

食事を終え、早々に家を飛び出す。母さんがやれやれといった表情で見送ってくれる。入学してから何度も繰り返した光景だ。

家から学校まではそこまで離れていない。ゆっくり歩いたとしても十分もかからないであろう。そもそも、この町がそこまで大きいものではない。学校はそれぞれの年代で一つずつだし、町全体の大きさも村を少し大きくした程度だ。少し遠出をすれば学園都市があるそうだが、町の周りは森で肉なんかは専ら狩りをすることで手に入れている。

学校では午前に基礎知識の授業があり、午後に魔法関連の授業がある。基礎知識の授業に関してはそれこそ記憶があるのでほとんど真面目になんて受けていない。集中するのは歴史の授業くらいだ。逆に午後は率先して授業を受ける。これは他の生徒にもいえることだけれども。やっぱり、机でお勉強するより魔法を使うほうが何倍も面白い。

学校が終われば、町外れの森に向かう。鍛錬を行うためだ。まずは右手、左手、両手での素振りを繰り返す。尤も効率的な流れをイメージして身体を動かす。慣れるまではこの作業だけで疲れてしまうこともあった。

素振りが済めば今度は型の練習に移る。最初に今唯一できる型の〈翼閃〉を繰り返す。〈翼閃〉は言ってしまえば単なる横薙ぎの型にすぎない。しかし、全身を使った体重移動後の一閃は子供とはいえ侮ることのできない威力にもなる。次に練習中である〈扇華〉に移る。これは半月状に薙ぐ技で身体の回転を利用する。なので、足腰がしっかりしてないとバランスを崩していまい技として完成しない。記憶の中の自分を夢想し、今の自分に投影する。そうやって、少しずつ技の形に近づけていく。ある意味で剣の極地を体現しているといえるだろう。

鍛錬を終えて、ようやく帰宅となる。学校が終わってからもなかなか帰ってこない息子に対して両親は最初はいぶかしんだが、体力をつけるためトレーニングをしていると言い、実際体力が付き始めてからは応援もしてくれるようになった。何も嘘はついてないのだから大丈夫だと思う。

「ただいま」

「はい、おかえり。お風呂沸いているから、汗を流してきちゃいなさい」

家に帰ると夕食のいい香りが漂ってくる。今日は昼を抜いていたからかなりおなかがすいている。今すぐにでも、ご飯を食べてしまいたいところだが汗をかいているのも事実なのでさっさと風呂に向かう。

夕食の席。

「ユウ。今度の休み、魔法を見てやる。新しい魔法を教えるとも約束したからな」

食事の手を休め父さんが話しかけてくる。

「本当!?」

「ああ。久しぶりに我息子の成長を見ておきたいからな」

ほどほどにしてくださいよと母さんが父さんに微笑んでいる。

魔法の練習を一人でやることは実を言うと難しい。今使うことのできる基本的な攻撃魔法の「魔法の射手〈サギタ・マギカ〉」でさえ、魔力を込めれば簡単に大木を倒すことができる。火の系統で放てば倒すことができなくとも全焼することなど容易いであろう。だからといって、この辺りで魔法を練習することができる場所は森以外に考えられない。森が魔法の暴走で全焼してしまっては目も当てられない。父さんが魔法を見てくれるというのはとても助かり、嬉しいことなのだ。

その日の夜、俺は早く休みの日が来ないかとわくわくしてなかなか寝付くことができなかった。まさか、あんなことが起きようとは微塵も思っていなかった・・・


 ♢ ♢ ♢


休みの日、俺と父さんは朝早くから町外れの森に来ていた。いつもの鍛錬で使っている少し開けた場所である。

「ユウ」

「はい」

投げかけられた声は優しい父のものではなく、歴戦の戦士もしくは厳格な教官のそれであった。ここからは父と子ではなく、教えるものと教わるものとして望むという表われだ。

「魔法の射手は使えるな?」

「はい」

「今からターゲットを打ち上げる。それに向かって魔法の射手を全系統で放ってみろ」

「はい」

魔法には精霊の属性によって火・雷・氷・風・光・闇・砂・地・花などの系統がある。当然、人によって得意不得意がある。俺ならば雷や氷が得意だし、逆に風なんかは苦手だったりする。父さんは火と光が得意で、母さんは氷と闇が得意だと言っていた。他にも重力魔法などといったものがあるけれども、今の俺ではとてもじゃないが使うことなどできない。

「よし、まず火からだ」

上空にターゲットが放たれる。気分はクレー射撃だ。

「シア・アス・シアン・アンバレス」

始動キーを唱え、魔力を意識する。思うは火、万物を燃やす炎。

「魔法の射手 火の一矢」

収束させ、炎を帯びた魔力は矢となりターゲットに向かい爆ぜる。

「次、風」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

「疲れたか?」

「いえ、だ、大丈夫です」

正直に言えば、大丈夫ではない。最初こそターゲットは一つだったが、徐々に数を増やし最終的には二十にも届く数となっていた。

「雷と氷は前にも話したがよく出来ている。光もまぁ及第点だろう。ただ、風は言わずとも、火と闇もまだまだ練習が必要だな」

「・・・・・・はい」

「そう、落ち込むことはない。この歳で三系統の属性が十分に使えるんだ。上出来だよ、ユウ。よくやった」

「!?ありがとうございます」

「だからこそ言う。ユウ、お前は保有している魔力の絶対数が少ない。この意味が分かるな?」

「はい」

そう、俺は魔力量が少ない。同年代の平均にも満たないのだ。保有する魔力の量は遺伝によって決まることが多いが、父さんも母さんも膨大な魔力量を誇ってはいないものの平均以上の魔力を有している。

魔力が少ないということはそのまま行使できる魔法につながる。今の練習だってそうだ。魔法の射手を連発したが、いくら苦手な系統があるからといって所詮は魔法の射手、倒れるほどの数ではないはずなのだ。それが実際は息も絶え絶えでいつ倒れてもおかしくない状態だ。

「ユウは魔力量が少ない。これから増えることもあるかもしれないが、今のままでは中級魔法でも使うのはままならないだろう」

分かってはいたことだ。当然、中級魔法は初級魔法の魔法の射手よりも使う魔力は増える。俺では一回とまではいかないが二、三回魔力を込めて放つだけで倒れてしまうかもしれない。

「そこで、今から教えるのはこれだ。よく見て置け」

そう言って、父さんはターゲットを数個打ち上げる。

「ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェイド 集え 炎・光の精霊よ」

呪文と共に父さんの周りに魔力が集まっていく。だんだんとそれは火と光の属性を帯びていって、

「奏綴〈クアーティット〉」

それが一つにまとまった。

「魔法の射手 閃炎の一矢」

放たれた矢は真っ直ぐターゲットに向かう。それは数個浮かぶターゲットの中心にあるものにぶつかると周囲のものを巻き込み爆発した。そう、魔法の射手一矢で一つのターゲットを壊すのが精一杯なものを魔法の射手二矢ほどの魔力で数個のターゲットが跡形もなくなくなったのだ。

「ふぅ・・・見ていたか?」

「はい・・・今のは・・・」

「僕は『奏綴〈クアーティット〉』と呼んでいる。平たく言えば、異なる系統の魔力を合わせる技法だな」

「凄い・・・父さんが考えたんですか!?」

「まぁな。ただ、同じことを考えたであろう奴は腐るほどいるだろう。実現が可能な奴もだ」

「・・・?」

ならなんで、有名にならないのだろう?これだけのことができるなら他の人が使っていてもおかしくないのに。

「なんで、この技法が広まらないのか分からないって顔をしてるな。それは単純に割りにあわないからだよ」

「割に合わない・・・」

「確かにこの技法は少ない魔力で大きな威力を出すことができる。しかし、それには綿密な魔力操作が必要になる。最低でも中級魔法レベル、使いこなすのなら上級魔法レベルは欲しいところだ。更にはこの技法は単純な魔法じゃないと使えない。複雑な魔法になると行使する精霊の数や魔力量が増えるからな。ようは、この技法が使えるのは魔法の射手程度の魔法。必要なのは上級魔法レベルの魔力操作の技術。全く割りに合わないだろう?それこそ、中級魔法や上級魔法を唱えれば簡単にこの程度の威力を上回るからな。なら何故、ユウに教えようと思ったと思う?」

父さんの言うとおり、全く割りに合っていない。でも、それは普通の魔法使いの場合だ。俺みたいに魔力量が少なく、魔法の射手が主力になるとすれば、この技法は大きな戦力となる。

「中級、上級魔法が使えない俺にとってはピッタリの技法だから」

「そうだ。分かったところで練習に入る。知っての通りこれには繊細な魔力操作が必要になる。まずは得意な雷と氷で練習しよう」

「お願いします!!」


 ♢ ♢ ♢


「『奏綴』」

目の前には雷と氷の属性を帯びた魔力球が浮いている。あれから、数時間に渡り練習を重ねようやく完成にまで近づいた。

「よし。まだまだ、安定性も収束時間も完璧には程遠いがよく完成まで辿り着いたな。流石は僕とレイナさんの息子だよ、ユウ」

魔力を霧散させたのを確認すると父さんはそう言って頭を撫でてくる。恥ずかしいけど今は完成まで辿り着くことができた嬉しさで、特に文句を言おうとも思わなかった。

「なら、これか―――」

ドーーーーーーン

「キャァーーーー」

「「なっ!?」」

父さんの声を遮るようにして響いたのは、爆音と叫び声。町の方を見れば空が赤く染まっている。明らかに夕焼けの色だけではない。あがる黒煙、繰り返し聞こえる轟音と叫び声が異常であることを伝えてくる。

「町が燃えている・・・」

呟くようにして出した声は、どうしてか轟音の中にもかかわらず響いた。唖然としてしまい動くことができない。いくら前世の記憶があっても、こんな突然起きた異常な事態に動けるほうがおかしいだろう。だが、父さんは違った。

「ユウ。お前はここにいろ。いいか絶対町には行くなよ」

言い終わると直ぐに父さんは走り去って行った。その後姿は戦場に向かう兵士そのもので、どうしても二度と会うことができないかもしれないという思いを俺は消し去ることができなかった。






[18058] 第2話 燃える平穏
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:49
 クレアside


地獄だ。

町に入り、思ったのはその一言だった。

無論、実際に地獄になど行った事はない。しかし、大きくはなくとも戦場には赴いたことがある。

立ち込める黒煙と血臭。

響き渡る怒号と悲鳴。

大地を覆う建物の残骸と人だったもの。

地獄だ。間違いなく、この場所はこの世の地獄だ。

それも朝、昼いや、数分前まで平穏そのものだった。場所がだ。その事実が更にこの場の酷さ(ひどさ)、酷さ(むごさ)を際立たせる。

「(ユウを置いてきて正解だった。この光景はトラウマになる)」

ユウを連れてこなくて良かったという思いが一次の安堵をあたえる。しかし、それもすぐに四方から聞こえてくる悲鳴と焼けるような鉄の匂いによってかき消されてしまう。

「(何だ。何が起きたんだ!?)」

悲鳴をあげる人々の姿にたいして、その元凶であるものは一向に見えない。

焦る気持ちを懸命に抑えながらも、急いで愛する者が待つはずの家へと足を向ける。

一歩、また一歩と。

「(間に合ってくれよ!!)」



 レイナside


それは突然だった。

そろそろ帰ってくるだろうという夫と息子のために夕食を作ろうとしたときだ。

突如聞こえた轟音と悲鳴。そして、地響き。

何が起きたのかと外に出て、見た光景は逃げ惑う人々と上がる火の手と黒煙であった。

「一体、何が・・・」

何が起きたのか訊こうにも、逃げてくる人々のほとんどが錯乱状態である。一つの混乱は新たな混乱を呼ぶ。この辺りの住人は今のところ冷静なものが多いがそれも時間の問題であろうことは目に見えて明らかだった。

「何があったんです!?」

逃げてくる人の一人をようやく捕まえると、焦り口調ながらも答えが返ってくる。

「悪魔が、悪魔が来たんだよ」

言葉だけ残して、手を振りほどいて答えた人は再び逃げていった。

「(悪魔・・・?)」

その言葉を聞いたとたん思考が停止した。

何も悪魔という荒唐無稽な言葉に驚いたわけではない。

寧ろ、『悪魔』という存在があるということは周知の事実といってもいい。

「何故、悪魔が?」

『何故』。そう、思考が止まったのはそこにある。

悪魔は存在するが、それは召喚されないといけない。

召喚するのはもちろん人だ。故に『悪魔が現れる』ことには何らかの意味がある。

しかし、この町には『何らかの意味』に値するものがない。

そこまで、理解してしまったゆえに思考が停止した。

だが、停止の後には『動き』がある。その動きはどうしようもなく、混乱の渦へと叩き落す。

「(何で悪魔がいる・・・個人的な恨み?いいえ、リスクが大きすぎる。なら、何故?)」

思考が堂々巡りを繰り返す。頭の中は目まぐるしく動いているというのに、体はピクリとも動かない。まるで時が止まってしまったかのように。

「レイア!!」

再び時を動かし、混乱の渦から救い出してくれたのは最愛の夫の声だった。


 クレアside


逃げ惑う人の波を掻き分けて、家のある区画に入る。

幸いにもこの区画に火の手は上がってないようだった。見慣れた道を駆け抜ける。

辿り着いた我が家の前には一人の女性。間違えようもない、妻だ。

けれども、その体に変化はない。不自然なまでに変化がないのだ。

日常の1コマから彼女だけを切り取り、この騒乱の中に貼り付けたかのようだ。

その姿を見て焦る。

「(不味い!!)」

最愛の人の姿に戦場でのとある光景が重なる。

人が錯乱に陥る場合には2パターンある。

一つは、突如理性を失い錯乱する場合。

もう一つは、思考が混乱し錯乱する場合だ。

例えるならば、前者は大きな傷や怪我を負い、痛みで錯乱する場合であり。後者は孤立無援の状態に陥ったことを理解して錯乱する場合となる。

妻のある姿は後者の光景そのものである。

「レイア!!」

喧騒を上塗りするように大声で叫ぶ。

「クレアさん・・・」

その声にビクッと反応を示し、レイアは振り向いた。

「(良かった・・・)」

駆け寄りその肩を抱くと、熱気に当てられているのが嘘のように冷たかった。

「何があったんだ!?」

「悪魔が、悪魔が出たそうなんです・・・それよりもユウは!?ユウは無事なんですか!?」

信じられない。いや、信じたくない言葉が妻の口から出てきた。

「悪魔だと・・・」

「ええ。私が聞いた限りでは。ユウは大丈夫なんですか!?」

「ッあぁ、いつも鍛錬している森に置いてきている。レイアも今すく逃げろ!」

「クレアさんは・・・?」

「僕は同僚の援護に向かう」

先程から聞こえてくる轟音は建物が崩壊する音だけでなく、戦闘音も聞こえてきている。警備隊の同僚が戦っているのだろう。無視するわけにはいかない。なぜなら――

「僕は『立派な魔法使い』だからね」

「・・・・・・わかりました。気を付けてくださいね」

「分かっているよ。レイアも絶対に狂気に飲まれるなよ。ユウのことを頼む・・・」

妻の返事を聞くか聞かないかのうちに戦闘音のする方角へ向かう。

この町は小さいながらも警備隊の人数はそれなりにいるし、腕も決して悪くはない。それにもかかわらず、被害は収まるどころか増大するばかり。捌ききれないほど数がやってきているのか、それとも・・・

「まさか、爵位級だというのか・・・?」

悪魔の強さを示すものとして爵位がある。男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵の順で強大になっていくのだが、正直伯爵以上の存在になると相手にするのには無理がある。そもそも、爵位級の悪魔はまず現れないので実力というのがいまいち計ることができない。召喚できる術者のレベルが相当なものになるからだ。

背筋に残る嫌な悪寒を振り払い戦場となっているであろう区画へ駆ける。

「援護来た!!」

まさに悪魔に襲われそうであった仲間を助け、戦場に駆け込む。これまで漂ってきた血の匂いが濃厚なものとなる。何度嗅いでも慣れることのない匂いだ。

「(慣れてしまったらダメなのかもしれないな・・・)」

場違いなことを思いながらも冷静にこの場を眺める。かつて見た光景と酷似した景色が広がっている。

「悪い。助かった」

「何があった?」

「分からない。突然、襲われたんだ。その場にいた警備で迎撃はしたんだが、数が多くて倒しきれない。それに・・・・・・・」

「それに?」

「アイツだ」

指が指された方向を見ると、三人の警備兵を相手取るスーツ姿の男がいた。

四方から降り注ぐ魔法の射手をいなし、反撃までしている。戦っている警備兵が未熟なわけではない。相手が別格すぎるのだ。

「爵位級の悪魔か?」

「・・・おそらく。アイツの動きは人間離れしてるし、術者ならこんな前線にまで出てこないだろうし・・・」

確かにスーツ姿の男の動きは人間離れしている。動き自体は人でも十分に可能だろう。

しかし、素手で魔法の射手を弾く人間などはいないであろう。

逡巡するまでもなく理解するあれは自分が相手をしなければならないと。

自分も含めて、この町の魔法使いではアイツに勝てるものはいない。

今、戦いが拮抗して見えるのはスーツ姿の男が手を抜いているからであろう。

「アイツの相手は僕がする。お前はあそこで戦っている仲間と共に町の人の護衛を」

「無茶です!!いくら貴方でもアイツを一人で相手にするなんて!!」

「わかっているさ。アイツには勝てない。ここにいる全員で挑んでもな。だったら、誰か一人が残って相手をするほうがいいだろう。幸いアイツは戦いを楽しむタイプのようだからな」

「クレアさん・・・」

「理解したらさっさと行け。それと妻に「先に逝く、ユウを頼んだ」と伝えてくれ」

伝えることを言い残し、あらかじめ奏綴しておいた魔力を開放して魔法の射手を放つ。
属性は練習で見せたのと同じ火と光。

「そいつの相手は僕がする。お前らは町の人の護衛に行け!!」

着弾と同時に大声と共に戦いに介入する。戦っていた顔見知りたちは一瞬戸惑いを見せるがすぐに去って行った。

「初級魔法でこの威力とはたいしたものですね。次は貴方が相手をしてくれるので?」

晴れた煙の中からは無傷の男が出てくる。ダメージが与えられるとは思っていなかったが、スーツまで傷一つないことには少し傷つく。

「それはこっちのセリフだ。まさか、服にまで傷一つないとはな」

「いえいえ、ほら。今のでボタンが一つ飛んでってしまいましたよ。このスーツは結構気に入っていたのですが、この中からボタンを探すのはちょっと無理ですかねぇ」

よく見れば確かに二つあるボタンのうち一つがなくなっている。『奏綴した魔法の射手』=『ボタン一個』。ぜんぜん割りに合わない。

「僕のとっておきがボタン一個ぶんだとはね。流石、爵位級というべきかな?」

「さっきのが貴方のとっておきなわけないでしょう?こう見えても長い間、生きているんです。それくらいは分かりますよ。それに私は爵位持ちじゃありませんよ。高貴なロードたちとは比べ物になりませんよ、私は」

「なんだと!?」

あれだけの力を見せておいて、目の前の悪魔は爵位持ちではないという。なら、爵位持ちの悪魔はこれ以上の化け物だというのか。

「でも、安心してください。戦闘力だけなら爵位クラスだと、とある伯爵様から言葉をいただいてますので。事情あってまだ爵位はもらえないんですよ。貴方たちに分かりやすく言うなら、『従男爵〈バロネット〉』や『陪臣〈ババスール〉』といったところでしょうか?」

戦闘においては全く安心することはできないということか。

「品位が足りないんじゃないのか?」

「お手厳しい。同僚にも「もう少し、紳士であれ」と言われてますよ」

「その同僚とは話が合いそうだ」

「でしたら、お呼びしましょうか?今回の召喚主はまだ余力があるようですから」

おいおい、これだけの悪魔を呼び出しておいてまだ余力があるというのか。ソイツもとんだ化け物だな。

「勘弁。これ以上増えられたらたまったもんじゃない。それともなにか?話をするだけで還っていただけるのかな?」

「まさか。貴方とは楽しい戦いができそうだというのに。とか言う、貴方も殺る気は十分なのでしょう?魔法を待機させているのがわかりますよ?」

「引いてくれるのに越したことはないさ。でも、無理だというのならッ!!」

待機させていた魔法の射手を掃射する。これで終わるという楽観視はしない。そのまま高威力の魔法の詠唱に―――

「ハァッ!!」

先程まで立っていた場所が抉れた。咄嗟に身を翻さなければ死んでいただろう。

「これを避けますか。ならッ!」

クレーターの中心にいた悪魔の姿が消える。否、消えたように見えるほどの速さで距離を詰められる。

「(瞬動?縮地か!!)」

振りぬかれる悪魔の拳を側面から魔法の射手を当てることで軌道を逸らす。右の頬に風圧と痛みを感じるが直撃は避けられたようだ。

「これまで避けられるとは・・・大抵のものは仕留められるというのに。全くもって素晴らしい」

「それはどうも!お礼だ!!」

悪魔を囲うようにして魔法の射手を呼び出す。

「その程度の魔法などッ」

「誰がお前を狙うと言った!」

狙うのは足元。悪魔であろうとなんだろうと地に足をつけている以上、そこが崩れればバランスを崩すのは必定。それから逃れるためには、

「チッ」

空中に逃げるしかない。

「待っていたよ。ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェイド 来たれ 浄化の炎 燃え盛る大剣!!」

飛び上がった悪魔の上から焚焼殲滅魔法を放つ。

手ごたえはあった。眼下は高温の炎に包まれる生物なら生きることのできない熱だ。

直撃を受けて無事で済む敵はいないだろう。ただし、それが大抵という括りに含まれる場合に限るが。

「ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェ―――」

ドーーーーーン

追い討ちをかけるべく始動キーを唱え終わろうかというそのとき。後方から今日一番かという轟音が鳴り響く。

振り向くとそこには、


天をも貫かんばかりの『火柱』があった。


それも、自分よりも後方の町を焼き尽くすような。

「レイア!!!!!」

思うは最愛の女性。無駄だと何処かで理解しつつも身体は『火柱』へと向かう。

しかし、それは―――

「戦いの最中に余所見はいけませんね」

悪魔の囁きと脇腹に感じる強烈な痛みで遮られた。



[18058] 第3話 天穿つ炎
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:49
 
 レイアside


町は狂気で溢れていた。

泣き叫ぶものを無視して、我先にと逃げる人々。

警備隊の人が懸命に誘導しようとしているが、悪魔を相手にしていながらでは上手くいくはずがない。

悪魔のいない方へ

より被害の少ないほうへ

より静かなほうへ

誰もが『安全』を求めて逃げ出しているというのに、その行方は皆バラバラだ。

そう皆、我を忘れていた。

彼の狂気に飲み込まれるなという言葉が思い起こされる。

そして、もしあの場に彼がやってこなかったら私も目の前に広がる狂気の一部と化していたと思うとぞっとする。

けれども、そんな悪寒を悠長に感じている暇はない。

一刻も早く、ユウの元に向かわなくては。

「(お願い。無事でいて)」

喧騒の中をただただ、ひた走る。我が子の元へと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

町を出る門までもう少し。無事に辿り着けそうなことに安堵する。

それがいけなかった。

護衛の穴を悪魔が一柱抜け出す。

不味い。

瞬間的に悟る。

護身用の杖は持っているが、今から唱えられる魔法に悪魔の突進を止めるだけのものはない。

気を抜かなければまだ何とかなったかもしれない。

脳裏に悪魔に殺される自分の姿が浮かぶ。

「(殺られるッ)」

「魔法の射手 連弾 風の5矢!!」

来るはずであった凶拳は魔法の射手によって防がれる。

「大丈夫ですか!?レイアさん?」

「ええ、ありがとう」

助けてくれたのは彼が一番仲良くしていた同僚。家にも何度が食事に来たことがあり、ユウも良く懐いていた。

「レイアさん、伝言があります」

そう言って顔をしかめる。

その顔を見るだけで内容を悟ることができた。

「「先に逝く、そしてユウを頼む」とクレアさんが。でも、安心してくださいここの人のひな―――」

予想通りだった。当たって欲しくはないと思っていたが、外れないだろうとは理解できていた。

だからこそ、伝えてくれた彼の同僚の言葉を遮るようにただ一言、

「わかりました」

と言う。

「んが終われば――えっ?」

「伝えてくださってありがとうございます。さぁ、早く逃げましょう」

私の言葉に彼の同僚は目を白黒させて呆然としている。私が走り出したのに気付くと手を掴み、

「いいんですか!?貴女はクレアさんの妻なんでしょう!?それを――」

「黙りなさい」

思った以上に強く声が出た。突然の大声に掴まれていた手が離れる。

同僚がどれだけ彼のことを心配してくれているのか痛いほどわかった。私だって今すぐにでも彼の元へ駆け出したかった。

でも、それは彼の望んでいることじゃない。

「あの人が残ったのは何故です?私たちを逃がすためでしょう?なら今することは逃げること。あの人のためにできるのは信じること」

そう、私の知っている、愛した彼ならそうするだろう。だって、

「だって、彼は。クレア・リーンネイトは『立派な魔法使い』なのですから」

『立派な魔法使い』なのだから。

彼がこんなことを言っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「僕は世間では『立派な魔法使い』なんて言われている。でも、この僕のあり方はいつか君たちを不幸にしてしまうかもしれない」

「後悔してるのですか?」

「いいや。僕の行動で助かった命があるのは事実だし、それは嬉しく思うよ。けれども、多くの人を助けるために大事な人を失ってしまいそうで怖いんだ」

「なら、多くの人の中に私たちも含んじゃってください。それなら、何の問題もないでしょう?」

「っははっはっは。そうだね、それなら何の問題もないね」

「それにクレアさんがした行動の結果、私が死んでしまうことになっても私は恨みませんよ。ちょっとは未練が残っちゃうかもしれませんけれど。だって、私はそんなクレアさんの、『立派な魔法使い』の妻なのですから」

「そうか・・・ありがとう」

「いいえ。これも妻の務めですから」

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、わたしは、

「そして、私は。そんな彼の妻、レイア・リーンネイトなのだから」

最後の言葉は同僚にというよりも自分自身に言い聞かせた言葉だ。

「(願わくば、彼が無事でありますように)」

そうして、再び私たちは走り出した。



「もうすぐですよ」

「ええ」

再び走り出してからしばらく経ち、門が近づいてきたためか同じ方向に逃げる人も増えてきた。

相変わらず、狂気に包まれた人がほとんどだが、ちらほら理性を取り戻した人もいる。

「見えた!・・・・・・えっ?」

「どうか――」

疑問を口に出す必要などなかった。

門が閉まっている。

本来、町の門は閉まることがない。夜でさえも開放されっぱなしである。

そのはずの門が閉まっているのだ。

それが意味するのは―――

「(まさか、罠!?)このままではいけません!!早く、ここから離れないと」

「どうしたんです!?急に?」

「おそらく、私たちはまんまと罠に掛かっています」

「罠ですか?」

何故、気付かなかったのだろう。

この町は円状になっていて、東西南北にそれぞれ一つずつ合計で4つの門がある。

にもかかわらず、悪魔は北門からしか攻め入ってこなかった。

この町を殲滅するのならば、全ての門から攻め入り、包囲殲滅すればよかったはずだ。

そして、この開いているはずの門が閉まっているという状況。

私たちは踊らされていた。

「ゾード・ハイネス・ラ・フェスタ・バンダイン」

何処からともなく、朗々と始動キーの詠唱が聞こえてくる。

「これは・・・始動キー?一体誰が?」

彼の同僚が辺りを見渡し、声の主を探す。

「いた!」

指が指された方向、門傍の城壁の上にはフードで目元まで隠した術者が詠唱を続けている。

「我望むは 万焼の業火 苦しみ纏う 憤怒の炎」

人々の狂気を取り払うかのように凛と響いていく詠唱。

何人かの人が術者の存在に気付き、騒ぎ出している。

そんなことはお構いなしに詠唱は続く。

「恨み 辛み 怨嗟を糧に 燃え上がれ」

聞いた事のない詠唱だ。しかし、内容から言って火の系統の魔法であろうことは分かる。また、その危険性もだ。

「あの詠唱を止められませんか?じゃないと不味い」

「はい。さっきから止めようしてはいるんですけど、この距離だと・・・」

よく見れば、無詠唱で魔法の射手を何発も放っている。だが、距離が遠すぎる。私にもこの距離で当てるのは不可能だ。だからといって、人だかりが邪魔でこれ以上近づくことはできない。

「憎嫉の紅蓮よ 天を貫き 神を殺せ」

死を悟った。

詠唱が完成したのであろう。かつて、感じたことのないほど魔力が蠢いている。

これは一人で唱えることを前提にしていないのだろう。あまりの魔力に足が動かない。動けない。

「煉獄の槍柱」

「(ごめんさい、クレア。そして、ユウ。生きて)」

意識が消え行く刹那、愛する夫と息子を思った。


 クレアside


油断をしていたわけではない。

安心もしていなかった。

それでも、動きを止めてしまった。

今でもここから見える光景を信じることができない。

天が穿たれている。

そびえる紅蓮、大地から生えた火柱はまるで神を殺さんとばかりに放たれた槍のようだった。

収まる事のない炎は逃げ出していた人々の大半を燃やし尽くしただろう。少なくとも、南門に逃げたものは絶望的だ。そう、愛する妻も含めて。

苦しむ暇もなく一瞬で絶たれる命。それは幸か不幸か。

「クッ、肋は完全にやられているな。胴と脚が離れていないだけマシか・・・」

瓦礫の中から抜け出し、状態を確認する。右の肋骨はほとんどが折れ、左腕も使い物にならないであろう。攻撃を受けるとき咄嗟に障壁を強化できなければ即死であった。

「ぼろぼろだな・・・でも、今は」

空に浮かび、目的の姿を探す。見つけたそれは燦燦と輝く火柱を見つめていた。

「派手ですね~魔界でもこんなものそうそう目にすることはできませんよ。そうは思いませんか?」

首を回し顔だけをこちらに向けて問われる。

「・・・・・・お前たちがやったのか?」

お前という言葉に“悪魔”の意味を込めて問う。

「いいえ。悪魔がやったというのなら違います。あれは召喚主様の魔法でしょう。いくら、主様といえども相当数の触媒を使ったでしょうけど」

「そうか」

その言葉に何処か落胆を感じる。悪魔がなしたということに気休めを求めていたのか。あれだけのものを生み出してしまう人の業にか。

「さて、貴方も逝きますか?そんなにもぼろぼろで愛する者も死んだのでしょう?そもそも、私は先程の一撃で仕留めたと思ったのですけどねぇ。胴と脚が離れていないばかりか、こうして立ち上がってくるとは、感嘆しますよ。なので、こんどこそ一瞬で終わりにしてあげましょう」

完全にこちらに振り向き、臨戦態勢をとってくる。

「確かに死んでしまっただろうよ。親しき友人も愛する妻もな。だからこそ、死ぬわけにはいかないんだよ。それにこのままじゃ『立派な魔法使い』の名折れだしな」

構えを取り、相手を見つめる。痛みで意識が朦朧とすることもなく、静かに時間が流れる。

「そうですか。でも、これで終わりです!!」

刹那にして距離をつめられる。気付いたときには既に拳は振りぬかれていた。

「なっ!?偽者だと!?」

そう、幻影の身体に。偽者の身体は激しい閃光と共に破裂し、視界を奪う。

「ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェイド 集え 火・光の精霊 200柱よ」

残る全ての魔力を用いる。集まる魔力に身体が悲鳴をあげる。

「グッ、重なり 我が力となれ 奏綴〈クアーティット〉」

集めた実に400柱にもなる精霊の魔力を編み上げ、魔法へと昇華させていく。

「魔法の射手 連弾 閃炎の200矢!! 囲え!!」

魔法の射手を囲うように配置する。

「同じ技など誰が喰らうか!それに今回は下にも逃げ道はある」

「誰が同じだと言った!? 包み 穿て 包み込む紅蓮!!」

そう、今回は四方だけならず、上も下も全てを囲っている。まさしく、覆い隠す。

それが魔法の射手を用いた最大の魔法『包み込む紅蓮』。

奏綴によって高められた魔法の射手は逃げ場をなくした敵に殺到し、穿ち爆散する。

広域殲滅魔法にも匹敵する威力ものを個に向けて集約した数の暴力。単純な作りが故にその威力は計り知れない。

「はっはぁはぁあ。どうだよ?はっはぁ」

文字通り全ての魔力を使い果たし立つことすらできず、瓦礫の上に横たわる。意識が途切れないのは痛みがそれを許さないからだ。

晴れぬ黒煙を眺め続ける。徐々に薄くなり、日が沈みかけ藍に染まりかけた空にその姿は


あった。


「いや~流石です。一張羅は跡形もなくなり、左手に右足は使い物にならない。そして、この姿まで出すことになるとは」

見える姿はまさに悪魔。人間の姿は微塵も感じさせず、絶望的なまでに違う存在であることを知らしめる。変わらぬ口調は違和感しかもたらさない。

「化け物かよ」

「ええ、悪魔ですから。悲嘆することはありません。爵位を持っていない私が言うのもなんですが、貴方でしたらある程度の爵位持ちになんて負けませんよ。保障します」

異形の口から綴られる賛辞など皮肉にしか聞こえないが、そんなつもりはないであろうことは理解できた。

目の前の悪魔は心からそう思っているのだろう。僅かな時間でも戦った相手だからこそ分かる。違う出会い方をすれば友になれたかもしれないとさえ思った。

尤も、悪魔と立派な魔法使いが友となるなどおかしなことこの上ないのであるが。

「私もそんな貴方に対して最大の礼をもって、止めを刺しましょう。恨んでもかまいませよ。私は悪魔、悪魔ベイオル。その憎悪すら糧にして高みへ上がって見せましょう」

ベリオルの周りに膨大な量の魔力が集まっていくのがわかる。戦い始めて初めて魔法を使うところを見た。これがベイオルの言う最大の礼なのだろう。

「恨まないよ・・・」

その声は届いたのか。迫る閃光の中、ベリオルは残念気に、そして満足そうに笑ったような気がした。

「(悪いな、ユウ。約束守れそうにないわ)」



[18058] 第4話 闇への終末
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:48
父さんが町に向かってからどれだけの時間が経ったであろうか?

15分?

30分?

1時間?

もっと経ったような気もする。

その間、町からの悲鳴は絶え間なく聞こえてくる。

轟音、爆音も同じだ。

今では町が焼けた匂いも森に充満しようかと漂ってくる。

共にやってくる、血や肉、そう人が焼けたであろう匂いもだ。

最初に感じたのはにおいに対するただの嫌悪感だった。

その匂いが続き、次第に慣れていった頃にそれが人の焼けたであろう匂いだということに気付いてしまった。

吐いた。

それはもう盛大に。

昼に食べたものを吐き出し。胃液を吐き出し。唾液まで吐き出した。

胃が空になり、喉が涸れ、口が渇いたところでようやくおさまった。

それがおさまった後にやってきたのはどうしようもない不安だった。

一人残された不安。

町が燃えていることの不安。

助かるのかという不安。

それを考えると涙が出た。止まらなかった。

歳相応の子供もように泣いた。

もう、男の子だからとか。前世の記憶があるだとか。

全く関係がなかった。

涙が涸れるまでひたすらに泣き続けた。

それでも、泣き声は悲鳴によって掻き消え、誰の元にも届くことはなかった。

涙が涸れ、落ち着いたときには顔も服もぐちゃぐちゃだった。

落ち着き冷静になっても、変わらず嫌悪感が募る匂いは流れ続けている。

森の奥に行けばまだマシになったのかもしれないが、父さんの「ここを動くな」という言葉が足を止めさせる。

父さんは今戦っているのだろうか?

父さんは『立派な魔法使い』という凄い魔法使いだった。

それは世の中に大きな功績をもたらした魔法使いにのみ与えられる称号で、自分のことじゃないのにとても鼻高々で嬉しかった。

特に父さんが時々話してくれる話は正義の味方の冒険譚のようで、年甲斐もなくはしゃいだ。

だけど、その話をしている父さんは時折、本当に悲しそうだったのを覚えている。

そうして、話し終わると必ずこういうのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「ユウ、お前も立派な魔法使いになりたいか?」

「うん。父さんみたいな立派な魔法使いになってたくさんの人を助けられるようになりたい」

「そうか、それは良いことだな。でもな、ユウ。他にも大切なことがあるんだ」

「何?父さん?」

「それはな、自分を大切にすることだよ」

「自分を大切に?」

「そう。世の中には自分を犠牲にすれば助かる人がたくさんいる。でも、自分を犠牲にしてしまった結果助けられない人もいるんだよ」

「それはどっちのほうがいいことなの?」

「そうだね。それは僕にもわからないな。でも、僕が死んでしまったら、ユウも悲しいだろう?」

「うん」

「だったら、自分を大切にしたほうがいいと思う。まず、自分を大事にする。次に自分にとっての大事な人を守る。最後にたくさんのひとを守れるようになれればいいんじゃないのかな。」

「だったら、俺は父さんと母さんを守れるようになる!」

「そうかそうか、ありがとう。楽しみにしてるよ。(・・・・・・・・・それは順番を間違えてしまった僕にはできないことだから)」

「何か言った?父さん?」

「いいや。ほら、そろそろ晩御飯だ。レイアさんを手伝っておいで」

「わかった」

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今考えてみればこれは父さんの懺悔だったのかもしれない。

話が終わったあとでは興奮していて冷静に考えることはできなかったけど、今なら分かる。

あれだけ家族に優しい父さんなんだ、いの一番に家族を守りたいだろう。でも、『立派な魔法使い』という肩書きが邪魔をする。

別に多くの人を蔑ろにしたいというわけではないだろう。それでも、自分の家族と他人だったら家族を守りたいはずだ。それは許されないこと。『立派な魔法使い』は正義のため、多くの人のために動かなければならない。

それは素晴らしいことだ。だが、同時にとても辛いことでもある。

そんな思いを胸に今も父さんは戦っているのだろう。

やっぱり父さんは『立派な魔法使い』なのだから。


 ♢ ♢ ♢


相変わらず、悲鳴は鳴り止まない。

騒音もなり響き続いている。

もう、だいぶ時間は経っただろうに。

ふと、ここで思いつく。

「(なんで、誰も逃げてこないんだ?)」

町の大きさはそこまで大きなものではない。

それこそ、城壁の外周は走れば一時間なんてかかりもしないくらいだ。

確かに今いる場所は城壁の外にある森の中だが、避難を考えたらこれ以上の場所はないだろう。

そのときだった。

ドーーーーーーーン

最初に聞いた爆音より遥かに大きな轟音が響いた。

そして、辺りが明るくなった。

もう日は暮れかけ、あとは暗くなるばかりというのにだ。

空を見上げるとそこは、


真っ赤に燃えていた。


燃えるなんて言葉じゃ生温いかもしれない。

それは天に穴を開け、そこに神がいたとしたら、それすらも焼き殺すだろうと思うほどものだった。

耳を澄ましてみれば、炎の燃え上がる音しか聞こえてこない。

絶えることのなかった悲鳴が一切聞こえてこないのだ。

それは、つまり。

「父さん!!」

大声を上げ駆け出す。

「母さん!!」

炎の光で照らされた森を町に向かい駆ける。

森を抜け、そこにいたのは。

閉まるはずのない門に背を向けて立つ。フードの男と異形の数々だった。

「あ、悪魔・・・」

そこにいた異形は話にか聞いた事のなかった悪魔だった。

「生き残り、いや元から外にいたようですね。出てこなければ死ぬことはなかったというのに。運のない子です」

フードの男がこちらに気付く。杖を持っていることから魔法使いのようだ。

「・・・あれをやったのはお前か」

そう言って、顔を俯けたまま火柱に指を向ける。

「私だと言ったらどうするのです?」

「殺してやる!!!!」

顔を上げ、これ以上ない形相で睨みつける。

「あっはっはっは。殺してやるですか。たいした力も持たない餓鬼が何をいきがる。死ぬのは君だよ。自分の力のなさを呪いなさい。あとは任せます。しっかりと始末しておきなさい」

そういい残して、フードの男は悪魔を残して姿を消した。

「待て!!」

声は空しく響くだけだった。

「という訳だ。坊主には何の恨みもないが死んでくれ。そもそも、悪魔に恨みなんてないんだがな」

フードの男の脇にいた悪魔が近づいてくる。

「自分を恨めなんていわない。俺たちは悪魔だ。存分に恨め」

一歩、また一歩と異形が近づく。

「祈りは済ませたか?尤も神はあの炎で死んでしまったかもしれないけどな」

目の前までやってきて影で辺りが暗くなる。

「それじゃあ、さよならだ」

その拳が高く振り上げられる。

俺は死ぬのか?

何もできなかった。

町をあんな風にしたフードの男にも。

今俺を殺そうとしている悪魔にも。

何もできずただ殺されるだけなのか?

嫌だ!

何が前世の記憶だ。

こんなときに何もできないなら意味がないじゃないか。

力が欲しい。

(力が欲しいですか?)

「あぁ」

諦めたくない。

(諦めたくないですか?)

「あぁ」

(なら、望みなさい。一番の思いを)

「俺はこんなところで終われない!!」

(ならば、与えましょう。今一時、それを為す力を)

金属にものが当たる音が響く。

「坊主、一体な――」

にを。と続く言葉は出ることはなかった。

「・・・・・・〈翼閃〉」

ただの、完全なる横薙ぎによって悪魔の頭が落ちたからだ。

頭と胴体は別々に還っていった。

「何をした、坊主!」「殺せ!!」「殺れ!」「死ね!!」

と様々な声を上げて離れていた悪魔たちが向かってくる。

駆け出してくる姿を目に捉え、その中心部へ跳ぶ。

「「「「なっ!?」」」」

一言以上の言葉は許されない。

「・・・・・・〈扇華〉」

遠心力をかけた大振りの横薙ぎにより全ての胴を裂く。

「・・・」

無言で身の丈にも届かんという剣を振る。

その身に傷が走ろうとも、

悪魔を追いたて、追いやり、討ち取る。

その姿は鬼神のごとく。

強者と弱者の立場は一本の剣によって逆転した。

「化け物・・・」

化け物が子供〈ばけもの〉に恐怖する。

恐怖は与えても、痛みを与えることのない刃は最後の悪魔を屠ると消えた。

亡骸のない戦場を後にして、森へと向かう。

「父さん・・・母さん・・・」

家族のことを思いながらも、自分の身を案じ、森の中へ向かう。

力尽き、意識を失う瞬間に見た人影は

「リ、ーナ」

意識は森の中で静かに闇に落ちていった。



[18058] 第5話 傷だらけの覚悟
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:48
瞼に仄かな熱を感じて目が覚める

「こ、ここは・・・?」

意識の覚醒と同時に身体中に激痛が走る。

「あ、グッあッ」

「起きたのなら、じっとしていろ。ようやく、目が覚めたというのにまた気を失われても困る」

ふいに声が掛かるが、痛みで起き上がるどころか首すらも曲げることができない。話すだけでも苦労しそうだ。

「ここは何処だ?」

「命の恩人に対して感謝の言葉もないのか。まぁいい、見て分からないかここは森だよ」

視界(といっても上しか見ることは出来ないが)には木々の葉が写り、温かな木漏れ日が降り注いでいる。少なくとも、気に囲まれた場所であることは確かなようだ。

しかし、

「何でこんなところに・・・?」

記憶が混濁していて思い出すことができない。

「ふむ。今から幾つか質問をする。貴様は黙ってそれだけに答えろ。拒否権は当然ない」

横暴だと思うが声の主の言葉を信じるなら、彼女は命の恩人のようだ。それくらいの義理はあって当然かも知れない。

「・・・・・・わかったよ」

「いい子だ。聞き分けのいい奴は好きだよ。」

子ども扱いされて癪だが、ここは我慢するほかない。

「まず一つ目だ。貴様はあの町の生き残りか?」

あの町の生き残り?一体何を・・・

待て。

確か、俺は森に父さんと魔法の練習に来ていて。

そうしたら、爆音と叫び声が聞こえて。

町が燃えていて。

父さんが町に向かって。

酷い匂いがして。

火柱があって、フードの男がいて。

アクマガイテ。

「父さん!!母さん!!」

何があったか思い出し、飛び起きるが激痛ですぐに地面に背を預ける。

「おい!じっとしていろと言っただろう」

「父さんと母さんは!?」

そうだ、町が燃えて、父さんが助けに行って。

しばらくしたら、火柱が上がっていて、悪魔に襲われて。

ドウナッタンダ。

頭痛でそれ以上、思い出すことができない。

「落ち着け。今は私の質問に答えろ。貴様の疑問にはその後でいくらでも答えてやる」

「でも!!」

「わかったか?」

聞こえてくる声のトーンが低くなる。

それと同時に強烈な寒気を感じる。まるで、蛇に睨まれた蛙のような気分だ。

「グッ、わかった」

「それでいい」

声の調子が元に戻り、寒気も消える。

「もう一度聞く、貴様はあの町の生き残りか?」

「・・・・・・そうだと思う?」

「だと思う?」

「あの町というのが森を抜けた先の町ならそうだ」

十中八九、俺の住んでいた町のことだろうが、もしかしたら違うかもしれない。

「ああ、そういうことか。なら、次の質問だ。あの町で何があった?」

「わからない。俺はその時、町にいなかったから。気付いたら燃えていて、悪魔に襲われていた」

「悪魔だと!?ということは何者かが意図してやったということか」

「そうだ。町を燃やしたと言った男に会った」

フードを被った男、アイツが間違いなく犯人だ。

「そいつが召喚者だろうな。最後の質問だ“リーナ”とは誰だ?」

「知らない。何だそれは?」

全く心当たりがない。知り合いには“リーナ”どころか、『リ』で始まる名前すらない。

「貴様が意識を失う前にいった言葉だよ。覚えがないというなら私の聞き間違いだったのだろう。小さくてよく聞こえなかったしな」

「そうか・・・」

「よし、大体のことはわかった。私の質問はここまでだ。何が聞きたい?」

訊きたいことはたくさんあるでもまずは、

「町は、町はどうなっている?」

「町か・・・あれがまさしく焦土と化すと言うのだろうな。町の3分の2は焼け野原だったよ。何も残ってない。残る3分の1も凄まじかったな。巨大なクレーターができていたよ。戦争でもこれほどの光景はなかなか見れないだろうさ」

焦土と化した原因は間違いなくあの“火柱”だ。あんなもの見たことも聞いたこともなかった。

「人は、町の人は?」

「少なくとも私は見てない。客観的に事実だけをいえば、おそらく全滅。貴様のように一人や二人生き残りはいるかもしれんが、大半は死んだだろうよ」

分かってはいた。あれだけの光景を実際に見たんだ。それがどれだけ望みの薄いことなのかぐらい分かっていた。それでも、実際に告げられるとショックを受ける。

「ようやくと言っていたな?俺はどれだけ寝てたんだ?」

「大体3日といったところだな。呻きもせず、静かなものだったよ。それこそ、死んだように眠っていたさ。これくらいでいいか?」

いくらでも答えてくれると言ったのは嘘だったのか。質問を終わりにするように尋ねられる。でも、その前にこれだけは聞かなければならない。

「じゃあ、最後に。名前を教えてくれ」

「・・・・・・」

今まですぐに返事があったのが不自然に止まる。

「どうした?」

身体を動かすことができないので全く様子が分からない。何か起きたのだろうか?

「お――」

「エヴァンジェリン。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、誇り高き悪の魔法使いだよ」


 エヴァside


「エヴァンジェリン。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、誇り高き悪の魔法使いだよ」

そいつを見つけたのは単なる偶然にすぎなかった。

突如、発生した認識阻害の結界に興味を持たなかったとしたら、決して出会うことなどなかっただろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「結界の中に入り込んだはいいが、まさか結界の中に結界があるとはな」

発生した結界に興味をもって、潜り込んだいいが結界の中には更に方向感覚を阻害する結界が張られていた。

おかげで、森の中から抜け出すことができない。

認めたくはないが“迷子”という奴だ。

「ケケケ、マヨッテヤンノ」

「黙れ、チャチャゼロ。この程度の結界など破ろうと思えばいつだってできる」

その言葉に偽りはない。確かに良くできた結界ではあるがこの『真祖の吸血鬼』たる私に解けないようなものではない。

「ナラ、サッサトコワシチマエヨ」

「いくら、自分から興味を持って潜り込んだとはいえ、これだけの結界を張ることができる魔法使いに見つかると少々厄介なのでな」

無論、見つかったとしてもどうこうなるとは思わないが、厄介ごとを避けられるのに越したことはない。

「ソウイウモノカ」

「そういうものなんだよ。むっ、人の気配か。隠れるぞ、チャチャゼロ」

「ナンダ、キリキザンジマエバイイダロ」

文句を言うチャチャゼロを茂みの中に押し込み、木の陰へと隠れる。

「・・・・・・ん。かあ・・・・・・。」

しばらくして、目に映ったのは子供だった。

しかも、

「傷だらけじゃないか・・・」

全身を切り傷のような傷が覆い、歩いてきた跡には点々と血痕が残っている。まさしく、瀕死の状態といえるだろう。

ドサッ。

「オイオイ、倒レタゾ」

軽い音と共に小さな身体が横たわる。このままならば死に絶えるのは明確な事実だ。

「何の義理もないが助けるぞ。死なれては目覚めが悪いのでな」

これが男であっても、もう少し成長していれば助けることはなかったかもしれない。

しかし、私は女と子供は殺さない主義だ。

このまま、見殺したとなれば後味が悪い。

「ケケケ、治療魔法ナンテ使エルノカヨ」

「使えんさ。だが、この辺には薬草が十分にあるんでな。薬ぐらい作れるだろうよ。瀕死が重傷になるくらいの治療にはなるだろうさ。あとは知らん」

不死である私に治療方法など必要がない。

けれども、魔法薬を作る関係で薬草から治療薬を作るぐらいの知識は備わっている。幸い、薬草も十分に生えているようだ。

「私は様子を見てくる。チャチャゼロ、お前は適当に薬草を集めてこい」

チャチャゼロに薬草を集めに行かせ、倒れている子供に近寄る。どうやらまだ意識はあるようだ。

「おい。私の声が聞こえるか!?」

声に反応してか、ゆっくりと顔を上げてくる。

「リ、ーナ」

一言、誰かの名前のような言葉を呟くと、頭を垂れる。意識を失ったようだ。

「リーナ?一体なんだって言うんだ?」

気が付けば、いつの間にかに結界が解かれている。

「何かがあったのは明白だが、今は知るよしはないか。コイツしだいだな」

まもなくやってきたチャチャゼロから薬草を受け取り、私は考えを巡らせながら治療を始めるのだった。

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

治療した夜から数えて、三日三晩。呻くことすらせずに寝続けたときは駄目かと思ったが、何とか意識を取り戻したようだった。

聞き出した話によれば、悪魔に襲われたらしい。

治療を終え、血の跡を辿り行き着いた町は、それはもう悲惨なものだった。

長年、生きてきた私にそう思わせるのだから相当なものだ。

コイツにはああ言ったが、おそらくコイツが唯一の生き残りだろう。

それも、私に出会わなければ確実に死んでいたのだから運が良かった言うほかない。

一度、取り乱したとはいえ思ったよりも冷静でもある。

今まで住んでいた場所がああなってしまったことにまだ納得はできていない顔だが、現実を理解してはいる。

この歳には不釣合いなほど、コイツの精神はタフだ。

だから、答えてやった。自分の名前を。

誤魔化すことはいくらでもできたが、正直に答えてやった。

“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”この名前を聞くと、老若男女問わず恐れ逃げ退くか襲い掛かるようになってからどれだけの時間が過ぎただろうか。

いつの頃だろうか、名前を言うことに何処か抵抗を感じるようになったのは。

故に期待したのだ。タフであるコイツなら他の奴とは違う反応を見せてくれるのではないかと。

「エヴァンジェリン。あ、あの『真祖の吸血鬼』、『闇の福音』のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルか?」

表情こそ分からないが、声には震えが含まれている。

「あぁ、そうだよ。そのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだよ」

思っていた以上に私は期待してしまっていたようだ。いつも通りの反応に落胆してしまっている自分がいる。

期待をするだけ無駄だというのに。

「まぁ、それは置いといて。ありがとう、エヴァンジェリン。助かった」

「は?」

不意の一撃とはまさにこのことだろう。

“それは置いといて”だと。

更には“ありがとう”だと。

「き、貴様。本当に私が誰なのか分かっているのか!?」

「わかっているよ。『遅くまで起きているとやってくるぞ』のエヴァンジェリンだろ?それに命の恩人に感謝の言葉もないのかと言ってきたのはそっちだろ?」

さも、当然に言葉を返される。

「私は悪い魔法使いだぞ?」

「父さんと母さんから、善人だろうが悪人だろうが助けられた人には感謝しなさいと教わったから」

あまりにもすがすがしくて言外に馬鹿にされている気さえしてくる。

これ以上何かいえば私が道化になるだけだ。

「クックック、ならばその謝辞受けとろう」

「それで、だ。一つお願いがあるんだけど・・・」

「何だ?今の私は機嫌がいい。大抵の願いはきいてやるぞ」

「そうか、それは良かった。じゃあ、こんな格好で悪いんだけど、俺を弟子にしてくれ」

「はぁ?」

あまりに予想外なお願いに私は本日二度目となる間抜けな声を上げるのだった。



[18058] 第6話 森での語らい
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/25 00:44
結果から言えば、弟子になることはすんなりとできた。

当然、断られるものだと思っていたからなんだか拍子抜けだ。

条件としては、

「師匠〈マスター〉と呼べ」

だけだった。

何でも叶えてやるといってしまった手前断ることができなかったのだろうか?

まぁ、世界屈指の魔法使いに直々に師事できるのだから、細かいことは気にしないようにしよう。

悪い魔法使いだけどね。

強さには善も悪もないでしょ。たぶん。

しかし、弟子入りが叶ったからといってすぐに修行に入るわけにはいかなかった。

なぜなら、身体はぼろぼろで動かすことが全くできなかったからだ。

本来ならば、治癒魔法で短い時間で治すことができるのだが、真祖の吸血鬼である師匠に治癒魔法は必要ない。当然、病院になど行けるはずもない。

ようは自然治癒に任せるしかないのだ。

師匠の見立てだと、完治まで2週間はくだらないそうだ。

何が言いたいのかというと、

「師匠、暇です」

ものすごく、退屈なのだ。

目を覚ましてから、4日が経った。

師匠がくれる薬によって、完治まで2週間はくだらない大怪我なはずなのだが、既に歩くことができる。

なんでも、背骨が折れていても全快で戦うことができる痛み止めらしい。

あくまでも、痛み止めでしかないので少しでも無理をすれば身体が全壊するそうだ。

更には試作品であってどんな副作用があるのかも分からないらしい。

せめて、試してから使ってくださいと言ったところ、

「私は吸血鬼だからそんな薬が必要なことはないんだよ」

と返事があった。

吸血鬼さまさまである。

なのでいつ来るか分からない副作用にびくびくしながら、痛みは全くないのにじっとしていなければならないのだ。

そしてここは森。

景色は木だけ、やることなんて何もありゃしないのだ。

「ししょー、暇です」

そろそろ、お昼の時間だろうか。

日光が真上から零れてくる。

「ししょ~」

「えぇい、五月蝿い!」

「ゲハッ」

枕が顔面にクリーンヒットする。羽毛の枕とはいえ吸血鬼の力で投げられれば十分凶器となる。

更に木の葉がくっついていてチクチクして地味に痛みが増している。

「師匠、何するんですか!?たかが枕とはいえ、当たれば痛いんですよ?」

「貴様が私の睡眠の邪魔をするからだろう!」

「睡眠って。もうお昼ですよ」

「私は吸血鬼だ。昼間に寝て何処が悪い」

「でも、真祖でしょう?」

“デイライトウォーカー”と呼ばれるのだからなんの問題はないはずだ。

「それはそれ。これはこれだ」

「それって、屁理屈なのでは?」

「貴様は師匠を敬うという気持ちがないのか!!」

「だから、ちゃんと敬語使ってるじゃないですか」

当然、師匠のことを貶そうと思ったことはない。

悪名だろうが凄い魔法使いであることは間違いないのだ。

ただ、姿が同年代、もしくは年下の女の子であるので完全には尊敬しきれない部分があるのかもしれないが。

「貴様の敬語は馬鹿にしているようにしか聞こえんのだ」

「そんな、横暴な。チャチャゼロもそう思うだろ?」

傍に佇むチャチャゼロに声をかける。

チャチャゼロは師匠が作った人形だが、その戦闘能力は凄まじいらしい。

尤も今その戦闘能力は狩りにしか発揮されてないが。

あと狩りの際、毎回首を落として引きずってくるのはやめて欲しい。

自分より小さな人形が首を落とした巨大な獣を血だらけで引きずってくるのはホラーでしかない。

「アア、今ノハ確カ二御主人ガ悪イゼ」

「なっ、チャチャゼロ。裏切るのか!?」

「オレハタダ、客観的事実トイウヤツヲ言ッテイルダケダゼ、ケケケ。ソレニ何度モ昼間 ニ行動シテルジャネェカ」

師匠は顔を真っ赤にし今にも爆発してもおかしくなさそうだ。

「ところでチャチャゼロ」

「ナンダ、ユウ」

「その『ケケケ』って言いながら鉈を研ぐの止めてくれない?めちゃくちゃ怖いんだけど・・・」

手入れが大切なのは理解できるが、目覚めたときに不気味な声を出して鉈を研いでいるなんていただけない。怖すぎる。

「コレハ俺ノあいでんてぃてぃーダヤメラレナイゼ、ケケケ」

「じゃあ、せめて頭の上で研ぐのは止めてくれ」

「考エテオクゼ。ハヤクオメートモキリアイテーナァー」

怪我が治ったら、問答無用で斬られそうだ。折角治るのだからもう少し穏便に話を進めて欲しい。

「き、き、貴様ら、私を無視するとはいい度胸だ」

気付いたら、師匠が俯いてプルプルと震えている。

「ヤバイ、逃げるぞ」

「ワカッタゼ」

「逃げるな。死ねぇーー!!」

その後いい天気の中降り注ぐ、魔法の射手を全力で避け続けたのは言うまでもない。

これで、怪我が悪化したら恨んでやる。


 ♢ ♢ ♢


「ユウ」

「何ですか?師匠?」

昼食が終わり少し経った頃、師匠が話しかけてきた。てっきり、寝たものだと思っていた。

因みに本日の昼食は先程の魔法の射手の雨に哀れにも巻き込まれてしまった猪だ。全て食べきれるはずがないので、食べなかったものは魔法で氷漬けにしてある。ほんと、魔法って便利だ。

チャチャゼロは狩りに行く必要がなくなってしまったので、若干不機嫌そうである。

「お前は何故力を求める?」

「力、ですか?」

「そうだ。弟子入りを願ったということは力を付けたいのだろう?ならば、その力は何の為だ?やはり、復讐か?」

復讐。

そう言う気持ちが全くないと言ったら嘘になる。

父さんに母さん、友達や近所のおじさんなど町の人がみんな殺されたんだ。これで恨まない人はいない。

殺してやりたい。

この気持ちに間違いはない。

だが、フードの男を目にしたときのような激情に駆られることはなかった。

人として冷めている部分があるのかもしれないが、復讐のためだけに生きるつもりもさらさらない。

じゃあ何の為に俺は力を求めているのだろう?

とある言葉が浮かんだ。

「立派な魔法使い、俺は“立派な魔法使い”になりたい」

「・・・貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

こちらを見つめてくる師匠の目が氷点下に達したように冷たくなる。

まだ出会って1週間も経たないがこれ以上ほどに師匠が怒っていることが分かる。

でも、こればかりは譲ることができない。

「あぁ、わかっているさ」

「貴様は悪の魔法使いである私に師事をし、得た力で悪の筆頭である私を捕まえようとでもいうのか?」

「そんなことはしない!!」

「何故言い切れる?正義の魔法使いにとって私は分かりやすい敵だろう?」

思わず怒鳴ってしまった俺に対して、師匠はあくまでも冷静に返す。

「誰も正義の魔法使いになりたいなんて言ってない!!」

「同じことだろう?」

「違う!!」

「なら、貴様の言う『立派な魔法使い』とは何だ?」

俺の思う『立派な魔法使い』?

大切な人を守る魔法使い?

いや、それだけじゃない。

自分を犠牲にして多くの人を守れる魔法使い?

そうでもない、父さんは自分が犠牲になっては意味がないと言っていた。

正義の魔法使い?

それこそ間違いだ。正義なんて曖昧だと思う。

俺が信じる“立派”とは・・・

「ほら、貴様のい「覚悟だ」・・・覚悟だと?」

「俺が思う“立派な魔法使い”は自分の行動に誇りと責任、なにより覚悟を持てる魔法使いだ」

「・・・」

師匠は黙っている。とりあえずは聞いてやるということなのだろう。

「父さんは自分が犠牲になれば助かる命は山ほどあると言っていた」

「正論だな。まさしく、『立派な魔法使い』そのものだよ」

「でも、自分を大切にするほうがそれよりも重要だと教えてくれた」

一瞬、師匠の顔が驚愕に変わるが、すぐに戻り黙りこむ。

「それに大切なものを守れるようにとも教えてくれた」

「だが、お前の父はお前を残し・・・」

「だぶん、町を守るために死んだよ。『立派な魔法使い』として」

「それがお前の言う“立派”にどう繋がる?」

「父さんは大切なものを守れなくて死んだよ。現に俺を救ってくれたのは父さんじゃなくて師匠だ」

そう、俺は師匠に救われた。

父さんは俺を守ることはできなかった。それに町の人も。

「けれど、父さんは“家族を守ること”と“町の人を救うこと”の2つを天秤にかけて選んだ。結果からいえば、それは間違いだったのかもしれない。でも、そこには父さんなりの誇りと責任、そして覚悟があったんだと思う。俺はその姿が“立派”だと思う」

「・・・」

「勿論、美化しすぎてるかもしれないし、自己満足でしかないかもしれないけど」

「ククックック」

「だから――師匠?」

冷め切っていた気温は元に戻り、師匠は腹を抱えて俯いている。

「ハッハッハ、いいじゃないか。そのエゴに塗れた暴論も。世間の押し付ける『立派』の概念よりも私好みだよ。ああ“立派”さ、間違いなくな。クッハハッハ」

「し、師匠。大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、本当にお前は私好みだ。よく出来すぎているよ。ユウ、お前は自我に染まった理想を目指すがいいさ。辿り着けるだけの力は誇り高き悪の魔法使いたる私、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがな」

「・・・」

「黙ってないで返事ぐらいしたらどうだ?」

「は、はい。よろしくお願いします!!」

立ち上がり、勢いよく礼をする。

つまりは気紛れなんかではなく、本当の意味で弟子になることができたのだろう。

「しかし、お前が『立派な魔法使い』になんかなりたいと言い出したときは殺してやろうかと思ったよ」

そう笑いかけてくる顔は実にいい笑顔だ。

「冗談ですよね・・・?」

「当然、本気だよ」

笑顔はそのままに気温が下がる。

ただただ、生きていることに感謝するしかなかった。

ユウ・リーンネイト。

知らぬ間に死線を潜り抜け、ここに真祖の吸血鬼“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”の弟子入りを果たす。

その先に待つものは何なのか、今はまだ分からない。

少なくとも、天国は待っていないだろう。



[18058] 第7話 修行
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/25 00:46
「ぎゃゃぁーーーーーー!!」

森の中に絶叫が木霊する。

ただいま俺は逃走中だ。

追いかけてくるのは鉈を持ったキリングドール。

あの外見には似合わないほどの俊敏性だ。

「ケケケ、逃ゲルナヨ。楽シク切リアオウゼ」

声をかけられたからといって、「逃走中」が「闘争中」になることは決してない。

元からこの身に「逃走」・「逃避」・「逃亡」以外の選択肢はないのだ。

「誰が切り合うか!もう、怪我はごめんだ」

折角、重傷の傷が完治したのだ。わざわざ、新しい傷を作るような真似などしない。

返事を置き去りにしてひた走る。

お昼が過ぎ、太陽は傾き始めて一日で一番暑い頃だ。

ここが森の中で本当に助かった。

木で直射日光を遮られていなかったら、とっくに倒れていただろう。

「切レテモ、縫エバ元通リナンダカラ。安心シテ切リアオウゼ」

「それはお前だけだぁーーーー!!」

「人間モシュジュツトカイウノデ縫ウンジャナイノカ?」

確かにそうだが、チャチャゼロの言っていることと手術では全く違う。

後ろからは風を切る音が聞こえてくる。

文字通り、“切って”いるのだから笑えない。

何故こうやってチャチャゼロから逃げているのかというと話は朝まで遡る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

ようやく、怪我が完治した。

諸事情あって予定よりも数日伸びたが問題ないだろう。

怪我を治癒している内に町への調査団が訪れ、色々と調べていったが詳しいことは分からないだろう。

何せ、何も残っていなかった。

師匠が焦土と言ったのも頷ける。火柱を実際に見たのだから、特段信じられないというわけでもなかった。

調査団が帰った後、師匠とチャチャゼロに手伝ってもらって石碑を作ることにした。

というのも元々そこまで大きな町でなく、少し離れた場所には学園都市でもあるアリアドネーがあるのだから、この町はこのまま放棄されるだろうからだ。

割り切る覚悟はしたもののやはり何もしないなんてことはできず。小さな石碑を作って、町の人々を追悼した。

師匠とチャチャゼロが流した涙を見ない振りをしてくれたことには感謝だ。

しょうがないとはいえ、これでも男だ。

まがいなりにも矜持というものがある。



「怪我も治ったことだし、今日から修行を始める」

「はい。よろしくお願いします」

「まずはお前の魔力量を調べる。可能な限り魔法の射手を打ち続けろ」

数十分後。

「少ないとは聞いていたが、本当に少ないな。私の何分の一だ」

地面に倒れこみ息を荒げている俺を見下ろしてくる。

「ハァハッ。吸血鬼の師匠と比べないでくださいよ」

息を整え立ち上がる。まだ少しふらふらする。

「それもそうだが。お前にはこれからタイプを決めてもらおうと思ったのだが、これは選ぶまでもないな」

「タイプですか?」

「そうだ。魔法剣士か魔法使いか、簡単に言えば前衛か後衛かということだ。お前は魔法剣士だ。というよりもその選択肢しかない」

魔法を使うことには変わりはないのだろうが、なんだか魔法使いにはなれないと言われているようで複雑だ。

「一応、何故か訊いてもいいですか?」

「魔法使いタイプっていうのは私の持論からいって砲台なんだよ。馬鹿でかい魔法を放ち殲滅するタイプだ。当然、これには魔力がたくさんないとできない。一方、魔法剣士というのは砲台を守る兵士だ。これは砲台である魔法使いが魔法を放つまでの間守ることが役目になる。魔力が多いことに越したことはないが、そこまでなくてもいい。求められるのははやさだからな」

つまりは魔力量の少ない俺には砲台は無理だということか。

「なるほど。それで、どうすればいいんですか?」

「ユウ、お前にはこれから無詠唱魔法を徹底的に覚えてもらう。」

「無詠唱魔法・・・」

無詠唱魔法は本来ある詠唱をなくすことだ。

その分、魔力操作は難しくなる。

俺のような年齢で習うようなものではないだろう。

「最終的には今詠唱で操れるのと同じだけ、もしくはそれ以上操れるようになってもらう」

「そんな、無茶な!?」

今俺が一度に操れる魔法の射手は30代が限界。

ということは無詠唱でそれ以上操れなければならない。

「それくらいの無茶ができなければお前の理想には届かないぞ。それに何も今すぐにとは言ってないだろ」

「はい、すいません」

「あとはチャチャゼロとの模擬戦だな。近接戦闘に関して言えばチャチャゼロは凄腕だ」

「ビシバシ、キタエテヤルゼ」

いつの間にかにチャチャゼロが鉈を持って現れている。

「お、お手柔らかに頼むよ」

これから頻繁にこのキリングドールと対峙しなければならないとなると自分から望んだこととはいえ鬱になる。

「午前は休憩も兼ねて座学で知識をつけてもらう。午後からはチャチャゼロと模擬戦だ」

「よろしくお願いします」

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうして、今に至る。

今日のチャチャゼロとの訓練の課題はとにかく攻撃を受けないことだ。

時間は日没まで。後、3時間といったところだろうか。

対峙してみて理解したが、チャチャゼロの接近戦での技術は本物だ。

人形の大きさを利点とした攻撃を繰り返してくる。

現段階では勝つことどころか相手をすることすら不可能なので逃げるしかない。

木が視界を上手く遮るように考えて逃げ続ける。

チャチャゼロの大きさはアドバンテージにもなるがデメリットにもなる。

茂みに入ってしまえば、例え俺の全身が隠れなくてもチャチャゼロの視界を隠すには十分である。

本当は飛ぶことができるようだが今回は禁止なので全く問題はない。

何回か茂みへの突入と脱出を繰り返すことで撒くことができた。

「・・・・・・アレは絶対殺りに来てるって」

気配を探りながら息を落ち着ける。

探るといっても物音が聞こえないか耳を澄ませるだけだ。

殺気など分かるわけがない。

鳥などの囀りも聞こえず辺りは静まり返っている。

昏い森に差し込む光は所々に柱を作り出し、状況とは裏腹に幻想的な空気を醸し出している。

この光景を見ると自分が今まで訪れていた森はまだまだ入り口に過ぎなかったのだと思い知らされる。

横になると程よく草の香りが漂い気持ちがいい。

「このまま眠ったら気持ちがいいだろうなぁ」

「ジャア、ネムルカ?」

「・・・・・・・・・・・・・え?」

起き上がるとそこには鉈を持った悪魔がいた。

「ソンナニ寝タイノナラ眠ラセテヤルゼ」

もしチャチャゼロが表情を大きく変えられたとしたらこれ異常ない笑顔をしていただろう。

頭に強い衝撃を受けて意識を失った。


 ♢ ♢ ♢


「『合綴』」

日がすっかり暮れ、静寂に包まれた闇の中に光が浮かび上がる。

光から流れてくるほんのりと冷気が頬を撫で、パチッと静かに音が鳴り続ける。

「魔法の射手 冴霆の1矢」

浮かび上がっていた光が星が瞬く空へと飛んでいく。

遮るものなく上がり続ける光は星と見間違うほどの大きさになったところで掻き消えた。

「まだ密度が足りない。もう一度」

思うは雷。厳つ霊。何者よりも速く、何者をも貫く矛。

思うは氷。貫羅。何者をも捕らえ、穿つ牙。

イメージをより鮮明に、それを力に。

魔力を錬り、編み、織り成す。

「『合綴』」

合わさり綴られた魔力は威力を増し高みへ昇華する。

力を御し、一条の矢へと成す。

「魔法の射手 冴霆の1矢」

先程よりも輝きを増した光は再び空へ上がり星の一つとなり消える。

「面白いことをしてるじゃないか」

突如、声がかかる。

振り返れば闇に映える瞳と金糸。

「師匠…、寝ていたんではないのですか?」

「何度言えば分かる?吸血鬼は夜行性だと。それに人の気配ぐらい読めなければ生きてけんよ」

やれやれと言わんばかりに両手を挙げ、語る真祖の吸血鬼。

「でも、昼間起きていたのでしょう?」

「寝ていたさ。お前がチャチャゼロに引きずられて来るまでな」

そう、チャチャゼロによって意識を奪われた俺は引きずられて師匠の元まで戻ったらしい。

目覚めたとき全身にくっついていた葉や枝がその運びの荒さを物語っていた。

「それよりもなかなかに面白いことをしてるじゃないか。魔法の射手に2系統の属性を合わせるなんてな。本来ならば無駄すぎて思いついたしても誰も使おうとはしないだろうよ。お前が考えたのか?」

「父さんが教えてくれました」

父さんが最後に教えてくれたこの技法は俺にとっての形見のようなものだ。

「ふむ。お前の父親は変わり者だったのか。それを使いこなすだけの技量があったのか。まぁ、考えても詮のないことか。ん、こんな感じか」

師匠の手には光の球体。それは明らかに『合綴』されたもので、恐らく氷と闇の系統が合わさったものだろう。

「!?師匠も使えたのですか?」

「いいや、お前のを真似してみただけだ。難しい技法ではあるが仕組みは単純、必要なのは精密な魔力操作だけだ。私ほどの魔法使いならば容易くできるよ。使おうとは思わないがな」

「・・・・・・そうですか」

「なに、あくまでも魔力量の多い魔法使いの話だ。お前にぴったりの技法ではあるだろうよ」

父さんと同じことを師匠は言ってくる。

「魔力操作に関しては無詠唱魔法を練習しているうちに上手くなるだろう。地道に頑張るんだな」

「はい!」

「今日はもう遅い。さっさと止めて寝るんだな。明日からは今日以上の地獄が待っているんだ。手を抜くつもりは一切ないからな」

そういい残すと師匠は去っていった。

「今日以上の地獄って……」

チャチャゼロと命がけの鬼ごっこ以上の地獄など創造することができない。

これ以上となると本当に殺されてしまうのではないだろうか?

しばらく呆然と立ちすくんでしまったが、慌てて師匠の後を追いかけ明日にそなえるのだった。



[18058] 第8話 引越しと咸卦法
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/08 23:42
森での暮らしも実に約半年となった。

その間何をしていたかというと、

午前は無詠唱魔法の練習を基盤と置いた魔力操作の練習。

午後はチャチャゼロとのサバイバル。

そして、夜は『合綴』の練習を繰り返していた。

その成果といえば、

一つに“魔法の射手”を無詠唱で10本以上完全に操ることができるようになったこと。

二つにチャチャゼロから日没まで逃げ果せる〈にげおおせる〉ことができるようになったこと。

三つに『合綴』を雷と氷だけなく、雷と光でも行うことができるようになったことだ。

とは言っても、

無詠唱魔法に関しては目標までまだまだ届かないし、チャチャゼロからも逃げることができるだけで対峙することはまだ叶わない。『合綴』だって実戦で使うことができるようなレベルではない。

比べる相手がいないので半年でここまでできるようになったのがどれほどのものなのか分からないが、成長をしていると実感できるのは嬉しいことだ。

そんな、ある日。

師匠の一言でその日は幕を開けた。


 ♢ ♢ ♢


「引越しをするぞ」

「・・・・・・引越しですか?」

珍しく朝から起きている師匠は寝ぼけているのかそんなことを宣った。

最近では午前の修行を特に見る必要がなくなってきたので大抵起きだすのは昼ごろからであった。

チャチャゼロとですらまともに対峙することのできない俺が師匠と対決などできるはずもないので、師匠の一日は『起きる→食べる→話す→寝る』を繰り返している。

どこぞの警備員もびっくりの生活だ。

殺気に慣れさせるという目的で午前中、殺気を浴び続けた日々が懐かしく思える。

「そうだ、そろそろ場所を変えようと思う」

確かに夏もじきに終わり、これから寒さが厳しくなることを考えると森の中で暮らしていくのは大変かもしれない。動物たちも時期に姿を消していくだろう。

「何処へ引っ越すのですか?」

師匠は容姿こそ少女と呼んでも差し支えないが立派な賞金首だ。暖をとりたいからといっておいそれと街に滞在することは難しいだろう。となると、渡り鳥のように南へ向かうのが上策だろう。

「あぁ、山だよ」

「・・・・・・・・・もう一度お願いします」

「だから、山だと言っているだろう?ここから100kmほど離れた山だよ。そこなら、一般人が寄り付くこともないだろうし、私の賞金を狙う馬鹿も半年近く出歩いてないから見つかることもなかろう。問題はないだろ?」

この森から南西にある山は魔の住まう山として麓にすら人が寄り付くことはないと聞いたことがある。隠れるのに最適であることには違いない。

ただ、この際そのような利点など大したことではない。

「これから寒くなるのに山とか凍死させる気ですか!?チャチャゼロ、お前も何かいってやれ」

傍で傍観していたチャチャゼロに話を振る。きっと俺を助けてくれるに違いない。

「オレハ別ニ構ワナイゼ。雪山デノ死合モオツナモンダ。ケケケ、諦メナ」

そう言って両手に持った鉈でジャグリングをし出す。危ないから止めてくれ…

「そう言うことだ。行くぞ」

師匠は歩き出してしまう。

俺には最後の言葉がどうしても“逝くぞ”にしか聞こえないのだった。

 
♢ ♢ ♢


鮮やかな青空の下を歩き続ける。

今までは森の中にずっといたので遮るもののない空というのは新鮮である。

森を発って、約1週間。

青々とした草原が広がる山の中腹を歩く。本来ならば、何かしらの動物が放牧されていてもおかしくない景色だというのに影も形も見当たりはしない。

これはこれから寒くなるからいないというわけではないのだろう。

魔の住まう山、『アネト』

悪魔の存在が認知されているというのにこのような信仰的な要素が残っているのだから不思議である。

人目に付かないようにゆっくりと向かっていたのにも関わらず、麓に辿り着く前から人の存在はほとんど見られなかった。

広がる風景は美しく、魔を感じさせることは微塵もない。

先行していた師匠が足を止めている。

その先はなだらかな斜面が続き、針のような姿の木が森を成している。

一方、山頂へと向かう斜面は厳しく、草原も消え無骨な大地の姿を見せている。

俺が追いついたのを確認すると師匠は、

「ここに家を建てるぞ」

と自慢げに仰った。

山へ向かうと言ったり、辿りついたら家を建てると言ったり。

最近はどうも突拍子もないことばかりだ。

「家なんて作れるんですか?師匠…」

流石に前世の記憶に家の作り方などはない。せいぜい、この風景に合う家をイメージする助けになるくらいだ。

「確か、本があった気がする」--

何処からともなく、一冊の本を取り出してくる。

表紙には

『I CAN BUILD!!』

の文字。

怪しさが満点な上に何処かデジャビュを感じるタイトルだ。分かりやすいのはこの上ないのだが…

「これを何処で…?」

「分からん。いつの間にかあった。後は任せるぞ、私はもう少しこの辺りを調べてくる」

残される一人の人間と一体の人形。

そして、一冊の怪しげな本。

「チャチャゼロ、手伝ってくれるか?」

「アァ、流石ニコレハ同情スルゼ・・・」

「ありがとう…」

チャチャゼロの同情を背に受けながら俺は渡された本の第二章、『ログハウスの造り方』のページを開くのだった。

 ♢ ♢ ♢

目の前には完成したログハウスが佇んでいる。

「デ、デキタ・・・」

「あ、あぁ…生きてるか…?」

俺とチャチャゼロの姿はまさに死に体。完全に生気が抜けてしまっていることだろう。

あれから、俺たちは何かにとり憑かれたかのように家を造りだした。

時間にして3日。

その間、師匠の制止の聞かず不眠不休で家を作り続けたそうだ。

何でも聞くところ、とり憑かれたかのようではなく、実際にとり憑かれていたそうだ。

“あの”本には一種の呪いがあり、造りだしたら最後、完成するまで働き続けるようになっていたらしい。(家が完成後、禁書扱いになった)

今は家でソファに倒れこんでいる。

チャチャゼロは俺と同様、師匠は工房の整理をしているのだろう。

「おい、起きろ」

「う~、師匠。工房のほうはいいんですか?」

研究をすることになる工房の整理は慎重にしなければならない。それこそ、数分で終わることなどありえない。

「特にものを置くつもりもないからな。“別荘”で事足りる。それよりも訊きたいことがある」

「何ですか?正直、寝たいんですけど…」

「なら、単刀直入に訊く。お前はいつ“気”による身体強化を覚えたんだ?」

「“気”ですか?」

“気”とは魔力と同様に人間に備わっている力だ。

魔力のように呪文として発することはできないが、身体強化をするなどといったことはお手の物らしい。

ただ、“気”には“魔力”と反発する性質があるので、魔法を使うものはほとんど使用することはないらしい。

「そうだ。家を作っているとき、お前は“魔力”ではなく“気”で身体強化を行っていた」

「特に意識はしてなかったんですけど…しえて言えば、『もっと楽にできたらなぁ』と思ったことぐらいです」

「ということはあの呪いが潜在的能力を無意識下に引き出していたということか。どこまでふざけた本なんだアレは」

「それを渡してきたのは師匠ですよ」とは口が裂けてもいえない。

言ってしまえば最期、今以上にボロボロになってしまうことが危惧される。うん、言わないでおこう。

「つまり、俺には“気”を使う才能があると」

「そういうことだ。作業していたときの感覚は残っているか?」

「はい、あの“ぽわぁ”って感じなのがそうならば分かりますよ。んっ、こんな感じですか?」

力を身体に纏わせるイメージをすると不意に体が楽になる。身体強化がされたのだろう。

「ほぅ、上手じゃないか?全身じゃなくて体の一部だけを強化することもできるか?」

言葉に従い、試しに左手に力を集めてみる。

すると、左手を除く全身にダルさが戻ってくるが、左手は先程と変わらない。

「どうでしょうか?」

「上出来だよ。まさか、お前に“気”を扱う才能があるとはな。上手くいけば魔力の節約にも繋がるな」

「どういうことです?」

「明日になれば教えるさ」

「はぁ…」



翌日。



「今からお前に“気”の扱い方を徹底的に覚えてもらう」

本来、無詠唱魔法の練習を行うはずの午前の修練は師匠の宣言により全く別のものへと摩り替わることとなった。

「何故ですか?」

「一つにある程度無詠唱魔法に慣れてきているというのがある。そこで近々、魔法剣士の必須魔法とも呼べる『戦いの詩』を教えようと思っていた。これは魔力による身体強化の魔法なのだが、魔力を常に使わなければならない分不向きの魔法だった」

「そこで“気”というわけですね?」

師匠の言いたいことを理解し、言葉を繋げる。

「そうだ」

ようは本来は“魔力”を使うところを“気”を使うことで節約しようというのだ。

「でも、“魔力”と“気”って反発し合うんですよね?なら、強化をしながらの呪文の行使は難しいんでは…?」

そう、“魔力”と“気”は反発し合う。

気で身体強化をしながら呪文を唱えることは離れていく魔力を無理やり集めるようなものである。

「だからこその修練なんだろう?試しに気で強化しながら魔法の射手を唱えてみろ」

「わかりました」

気を全身に纏わせるようにして巡らす。すぐに効果は現れ、体が軽くなる。

続いて、魔法の射手を唱える。唱えるといっても無詠唱なので意識をするだけだ。

やはり、普段よりも魔力が集まりにくい。集めた傍からどんどん拡散していっているようだ。

「魔法の射手 連弾 雷の5矢」

普段よりも倍近い時間がかかったが何とか作り上げることができた。

「意外とすんなりいったじゃないか」

師匠が少し驚いたような顔で見つめてくる。

「でも、いつもより倍近い時間がかかった上に精度も良くありませんよ?」

作り出した魔法の射手の精度は普段のものよりも数段下のものだった。これではそこまでの威力はないだろう。

「反発しているところを無理やり集めたんだ。そのくらい当然だ。作り出せただけでも十分だ」

「そうなんですか?」

「あぁ、ある意味では“咸卦法”並に難しいことのはずだからな」

「咸卦法?」

「教えていなかったか?『咸卦法』とは『究極技法〈アルテマ・アート〉』とも呼ばれる技法のことだ。反発し合う魔力と気を合一させて莫大な力を生み出す方法だ。」

確か、『合綴』も似たような性質があった気がする。対になる系統を上手く纏め上げるほうが相性の良い系統同士よりも大きな力になったはずだ。

「それはどうやって!?」

「ん?確か、右手に魔力、左手に気を集めて手を合わせるイメージだとかいっていたな…」

右手に魔力を集めてみる。無詠唱魔法を唱えるときと同じようなイメージだ。

次に左手に気を集めてみる。イメージとしては全身にある気を左手だけに残すような感じだ。

それぞれが集まったのを感じ、手のひらを合わせる。


―――咸卦法―――


「「!?」」

一瞬、気での身体強化を遥かに上回る力が体に巡ったのを感じる。

「・・・驚いた。一瞬とはいえいきなり成功させるとは」

「これが咸卦法・・・」

「よし、これからは咸卦法も目標においた修練をしていく。どの道、瞬動や縮地も覚えていかなければならなかったんだ。丁度良かっただろう、死にたくなければしっかりとついて来い」

この瞬間、更なる地獄の扉が開くのが決定した。

ユウ・リーンネイト。

11歳の晩夏、未だ力は目覚めず、矮小なり。

“此処”に至るまでの道は遥か遠い・・・



[18058] 第9話 仮契約
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/08 23:43
時が流れるのは想像以上に早い。

それは嵐の後の川や雲の流れよりも遥かに早い。

家を建ててから4年半。

師匠と出会ってから5年の月日が過ぎ去った。

その時間は過去の記憶を磨り減らすには短く、己を成長させるには十分な時間だった。

かつて出会ったときはほとんど変わらなかった身長も今では見下ろすことになり、高かった声も低くなった。

全くできなかった料理は師匠を唸らせるまでになり、指を刺してばかりだった裁縫は破れた場所が分からなくなるほど上手になった。

所帯じみているようにも思えるがその技術の一端にはこれまでの生活がいかに過酷なものであったが見え隠れする。

そして、魔法は・・・



「なぁ、“エヴァ”。」



「んっ?なんだ“ユウ”?」



無事に弟子を卒業できるまでのレベルへと達した。

当初求めていたレベルのものよりもほとんどのものにおいて上回るレベルでの習得をすることができた。

具体的に言えば、

無詠唱魔法ならば200近い魔法の射手を制御することができ、詠唱魔法ならその倍を制御ができるようになった。

合綴ならば、雷・氷・光・火の間での全ての組み合わせにおいて無詠唱魔法と同等数を生み出すことが可能である。

気に関してなら、瞬動、縮地、虚空瞬動を習得するに至った。

戦闘技術ならば、1対1ではチャチャゼロ、エヴァに打ち勝ち、2対1だと状況に応じては勝ちを拾えるほどとなる。

しかしながら、魔力量は増えることはなかったので最大数の魔法の射手を放つことはそうそうできない。

また、戦闘に関してもエヴァの“闇の魔法”には全く歯がたたないのでまだまだ未熟ともいえるだろう。

それでも、“人間”の中では充分過ぎるほどの力を手に入れた。エヴァ曰く、「クロスレンジにもちこまれてしまうと大抵の奴は何が起きたか分からないうちに終わる」だそうだ。

というわけで、お墨付きをもらい弟子を卒業することができたが、一つだけ目標に全く届かなかったものがある。


咸卦法だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「今日で弟子を卒業とする。これからは敬語も使わなくていい、そして“師匠”ではなく“エヴァ”と呼べ」

「わかり、わかった。し、エヴァ」

弟子卒業試験をなんとか終え、晴れて卒業をすることとなった。敬語を止め、呼び方を変えさせたのは対等の立場であるということの表れなのだろう。

しかし、本当に今日まで五体満足でよく生きていたと思う。

様々な地獄を見てきた。特にエヴァを追ってきた賞金稼ぎの前に魔法を封印されて武器なしで突き出されたときは死ぬかと思った。エヴァとチャチャゼロは手伝わないので、実質1対数十人。魔法使いもいるというのに身体強化だけでよく生きていたと思う。

「どうした遠い目なんかして」

「いや、色々なことがあったなと思って」

主に地獄だったが。

そういえば生活スキルもだいぶ上がった。裁縫以外のことがエヴァは壊滅的だったからなぁ。

「色々と言えば、咸卦法は結局上手くいかなかったな。手に集めることなく合成できたと思えば、持続時間は3秒。全く使い物にならないじゃないか」

「5秒までは持つようになったさ」

「ほとんど、変わりはないだろう」

そう、咸卦法だけは全くと言って良いほど上達が見込めなかったのだ。

瞬間的な発動ができる代わりに持続時間は約5秒。

これだけ短いとなると一撃必殺の攻撃の際に使う以外に方法はない。

上位の身体強化術としては使用は少なくとも現段階では不可能だろう。

「まぁ、地道に鍛えていくさ」

「ふん。期待せずに待っているよ。それよりも今日の夕食はなんだ?」

「シチューにしようと思ってる。今から作ればいい感じになるはずだから」

そろそろ、寒さも厳しくなってきたからシチューが美味しく感じるだろう。

「よし、ならさっさと作るんだ」

「少しは手伝ってくれても良いと思うんだけど・・・」

「お前は師匠に手伝わせるというのか?」

「だって弟子は卒業なんだろ?」

「それはそれ。これはこれだ」

「はいはい、分かりましたよ。“マスター”」

では、手早く食材の確認でもしてしまいますかね。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


夕食も終わり、食器の片付けも済まし今は暖炉の前で寛いでいる。

山の冬は早い。

これだけ冷え込みだしたということはそろそろ初雪が降り出すかもしれない。

パチパチと音を立てて燃える暖炉の火の前で椅子に腰掛け読書に勤しむ。

読んでいるのは魔法薬に関する本。

治癒魔法は使うことができなし、仮に使えたとしても俺の心もとない魔力では意味を成さないので薬に関しての知識はなるべく多くあったほうがいい。更に触媒などがあれば魔力消費を少しでも抑えられるはずだ。

「(やっぱり、世界樹の葉や枝は触媒として優秀だなぁ。枝なんかは発動体としても優秀だし。)」

「なぁ、エヴァ」

「んっ?なんだ、ユウ?」

「世界樹って何処にあるんだ?」

「世界樹か?確か旧世界に七本あったな。何処も聖地になっているはずだ」

旧世界か・・・

ゲートの存在は教えてもらったがその先の世界については詳しくは知らない。

エヴァの生まれは向こうだとは聞いていたけれど・・・

いつか、行ってみたいなぁ。

「そういえば、さっきから魔法陣を描いているけど何か実験でもするのか?」

先程からエヴァは床に魔法陣を描いている。

かなりしっかりと描かれているようで、後で消すのが大変そうだ。

「ここをこうして。よし、ユウこっちに来い」

といって魔法陣を指差す。

陣の中に入れということなどだろう。

読んでいた本に栞を挟み、椅子に置いて魔法陣の中へと立つ。

「これで良いか?」

立った感じからいえばまだ特に変わった感じは受けない。発動前なのだろう。

「少し屈め」

「これくらいか?」

腰を落としてエヴァと同じくらいまで目線を下げる。こうしてみるとだいぶ違いがあったことに気付く。頭3つ分ぐらい俺のほうが高いだろう。

「いいぞ。目を瞑って、深呼吸して息を止めろ」

「分かったけど早くしてくれ。結構この体勢は辛いんだ」

エヴァの指示通り、目を瞑り息を止める。

次の瞬間、唇を何かで押さえつけられる。

「(!?)」

驚いて目を開けるとエヴァと目が合う。

「ぐぁっ」

目を指で突き刺された。

「何するんだよ、いきなり。眼球潰れるわ!!」

眼球がズキズキする。遠慮の欠片もなく突き刺しやがった。咄嗟に気で強化しなかったら確実に潰れていただろう。

「目を瞑っとけと言っただろうが!目を開けるお前が悪い」

「っんなもん、誰だって突然キスされれば驚くって。何なんだよ一体?」

「“これ”だよ」

痛みが若干引き、視力の戻った目でエヴァを見ると一枚のカードが握られている。

「何なんだそれ?」

「卒業祝いだよ。パクティオカードって言えば分かるか?」

「パクティオカード・・・ってことは今の仮契約かよ!?」

パクティオカードは従者となった証だ。

仮契約をすれば、契約した相手との間にパスが生まれ、パクティオカードが現れる。

パクティオカードはアーティファクトという魔道具〈マジックアイテム〉を呼び出すこともでき、優秀な道具となると高値で取引されることもあるらしい。

「徳性は“知恵”、方位は“北”、色調は“銀”、星辰性は“流星”か。なかなかに珍しいじゃないか。称号は“行方定まりし探索者”、ほら呼び出してみろ」

渡されたカードを見てみると銃を持った自分の姿が描かれている。まじまじと見るとなんだか気恥ずかしい。

「アデアット」

現れたのはリボルバー式の銀飾銃。

ずっしりとした重みが手に伝わってくる。

弾丸は六発装填されてるが、変えの弾が見当たらないことから自動的に装填されるのかもしれない。

「立派じゃないか、貸してみろ。仮にもアーティファクトなんだ、ただの装飾銃と言う訳ではないだろう」

俺の手から強引に銃を奪うとエヴァは様々な角度から調べた後、目を閉じる。

吸血鬼が銀で作られている銃を持っている姿は面白いなぁなどと場所はずれな考えをしていると調べ終わったのか銃を返してきた。

「何か分かった?」

「あぁ、使い手に適したものが出で来るとはいえ、実にユウに御似合いのものだったよ。まず、このアーティファクト『魔弾の射手〈シュターバル〉』には3つの能力がある」

「3つもあるのか!?」

手に収まっている銃は銀で作られていることと装飾がされてあること以外は普通の拳銃と大差がないように見えるだけに驚きである。

「1つは増幅装置。『魔弾の射手』では“魔法の射手”しか撃ち出すことはできない。代わりにその威力は20倍にもなる。つまりは50矢分の魔力で1001矢が撃てるということだ」

「凄まじいな・・・」

確かに俺向きのアーティファクトであるようだ。

魔力量が少なく決め手となる大型魔法を使うことができない俺には実に御誂え向きだ。

「2つ目が必中。“撃てば”、“的る(あたる)”。とは言っても、敵に当たるだけであって障壁とかを貫通するはけではないがな。それでも、先程言ったように1001矢が全て当たると考えれば破格の性能と言えるが」

「・・・・・・」

「まぁ、制限として一日に撃てる回数は六回。リボルバーの中の弾丸がなくなったら次の日になるまで使うことはできない。尤も使い切った状況に陥るかという疑問はあるが」

「十分すぎるだろ・・・」

今、戦闘に遭遇したとき使うことのできる魔力は魔法の射手、約500矢ぐらいだ。

仮に全ての弾丸を1001矢に相当する威力で放ったとしても消費する魔力は50×6で300矢分にしかならない。『合綴』などしようとした日にはとんでもないことになりそうだ。

「流石に“銀”のカードなだけあるな。おそらく裏取引にでも流せば法外な値段がつくぞ」

エヴァの言うことも十分頷ける。

俺だからこそ1001矢が撃てる程度で済んでいるが、エヴァのように元から1001矢が撃てる魔法使いが“これ”を使ったら地形が変わる程度ではすまない威力を発揮することだろう。

「それで最後の能力は?」

「・・・・・・」

「・・・エヴァ?」

急に黙り込んでしまい返事がみられない。言えないような力なのだろうか。

「一つだけ言う。今から言う3つ目の能力、それは絶対に使うな。」

「そんなにヤバイ能力なのか?」

「正直、伝えるのを止めようかとも思った。だが、何れ知ることになることになるのなら今ここでしっかりと伝えたほうが良いと思ってな。約束できるか?」

エヴァは意味もなく真剣にはならない。

それがここまで真剣になるのだから相当なものだろう。

「あぁ、約束するよ」

「なら、教えよう。最後の3つ目の能力は――――」



[18058] 第10話 旅
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/09 21:57
「ハッ、これで終わりだっ!!」

銃把(グリップ)の底を叩きつけ意識を刈り取る。

辺りには同じようにして意識を失った賞金稼ぎが転がっている。

「意外に時間がかかったじゃないか?」

深呼吸をし、体の熱を逃がしていると背後からエヴァに声をかけられる。

「手加減が難しくてな」

敵を“殲滅”するならなんてことはない。

それこそ目視した習慣に“魔弾の射手”を使えば事足りるのだから。しかし、“殺さず”に加減しつつ、意識も刈り取らねばならないとなると繊細な力加減が必要になる。

「殺してしまえば楽だろうに。警告はしているんだそれでも逃げ出さずに向かってきたのだから自業自得だ。実際、山にいた頃はそうしていただろう?」

「山にいたときは居場所を悟られたくなかったからな。逃げるものは追わないが、わざわざ居場所が広まる危険性を増やすことない。今は意識が戻る前に立ち去ればいいのだからな」

既に俺は両手では数え切れないほどの人を殺している。もちろん警告はし、去るものを追うことはないが。

「ふん、世間を騒がす悪の従者が甘いことだな。“闇の騎士”よ?」

「止めてくれ。結構気にしてるんだから・・・」

「ククク、甘んじて受け入れるがいいさ。“立派な魔法使い”を目指す“賞金首”さん?」

「もういいよ・・・行くぞ、チャチャゼロ!」

「了解ダ」

エヴァには口では勝てそうにないので反論するのを諦め、傍にいるチャチャゼロを伴い先を進む。

もちろん、エヴァを置いてだ。

「ま、待て。私を置いて勝手に進むな」


山を降りて旅をし始めてから数ヶ月が経つ。

山での暮らしを止めたのは場所を突き止めた賞金稼ぎが増え、平穏に暮らすことが叶わなくなったからだ。

追われる身でありながら4年以上比較的静かに暮らすことができたのだから、これ以上の贅沢はいえないだろう。

今は大陸をとりあえず北へと向かっている。

何処へ行こうともお尋ね者であることは変わらないので北に行くことにした深い理由なんてない。なんとなくだ。

旅をし始めた当初は賞金稼ぎに襲われることはほとんどなかったが、今では3日に一度は確実に襲撃にある。全くもって無駄なことだ。

事実、今まで襲撃してきた賞金稼ぎの大半を俺とチャチャゼロで撃退しており、エヴァは加勢するどころか一歩も動かないことすら何度か合ったくらいだ。

その為か俺も先日、見事賞金首の仲間入りとなった。賞金額はエヴァの6分の1にあたる100万$。同時にビンゴブックのリストにも名を連ねることになった。

二つ名は“闇の騎士”や“真祖の守り手”など。恥ずかしいことこの上ない。

だからといって“従者(大)”はいただけなかったが。

そういうわけで、俺は『立派な魔法使い』とは対極の位置となる『悪の魔法使い』として名を馳せることとなった。

尤も顔もほとんど割れていないし、名前もばれてないので専ら、闇の福音に人形以外の従者がいるということで広まっているようだ。


「この分なら賞金額が上がるのも遠くないな」

隣を歩くエヴァが話しかけてくる。

「全然嬉しくないけどな。俺はもっと静かに暮らしていたいよ・・・」

「なんだ、“立派な魔法使い”らしく人助けをするんじゃないのか?この前の街でも正義の味方を気取っていたじゃないか?」

「最終的には衛兵に追われることになったがな。このまま、顔が知れるとそれもできなくなるかもなぁ」

こうして賞金首となった身でも俺は立ち寄った街などで人助けというちょっとした慈善事業をしたりしている。

いくら、合計賞金額が700万$でも見た目は何処にでもいるような少女と青年なのだ。『人形使い』の表徴とも言えるチャチャゼロさえ隠してしまえば正体がばれることはあまりない。

人助けの一環として行う魔物退治にしたってエヴァが参加するならともかく俺が参加した分には怪しまれることはない。

「このまま進めば、夕方には街に着くぞ」

地平線の先には微かに街らしき影が見える。

「久しぶりに宿にでも泊まるか。まぁ、賞金稼ぎが追いつく可能性があるからそこまでゆっくりはできないけどな」

「だから、殺しておけば良かったものを」

「物騒なこと言うなよ。ともかく、着いてから考えよう」

「それもそうだな」

日光の気持ちがいい小春日和のなかゆっくりと歩みを進める。

この穏やかな時間が少しでも長く続くようにと祈りながら。


 ♢ ♢ ♢


「なぁ、この街、ちょっとおかしくないか?」

俺たちは日が暮れる前に街に入ることができた。

日が落ちてしまうと検問が厳しくなったりとお尋ね者にとっては少々厄介なことになるのだ。勿論、夕方の内だからといって認識阻害もせずに街に入るなんて事はないが。

「ん?活気がないってことか?」

「そう。この時間に大通りがこんなに静かだなんておかしくないか?」

今は夕方でも比較的早い時間で、店が出ている大通りとなれば大抵夕飯などの買い物客で賑わっているはずである。

しかし、この街、“メイアード”で一番大きいであろう道はいまいち活気に欠けている。買い物客がいないというわけではない。どちらかといえば、人通り事体は多いほうであろう。

だが、買い物客も店主も皆、暗いというか元気がなく沈んでいるように感じるのだ。

「確かに妙だとは思うがまずは宿を決めたほうがいいんじゃないか?街に入ってまで野宿というわけにもいかないだろう」

エヴァの言うとおり、街に入ったのだから久々にベッドで寝たい。宿を探すことが先決である。

「それもそうか。とりあえず、宿を見つけてそこで何かあったのか訊いてみるとするか」

身の振りを決め、早速宿を探すことにする。

10分程探し歩き見つけたのは裏通りに面した小奇麗な宿。旅人が使う宿としてぴったりであろう。

エヴァに確認すると問題はないようなので扉を開け中に入る。

宿の中は暖炉が一つある以外は特に装飾もなく、質素な感じを受ける。だからといって寂れているというわけではなく、調度品がしっかりと手入れされていることからもこういう趣の宿なのだろう。過度に装飾の施された宿よりか落ち着くことができる分俺にとっては好ましい。表情を見るかぎりエヴァも満足そうだ。

「いらっしゃい、旅の人かい?」

奥のカウンターからしわがれた声が聞こえる。声の方を見ると一人の老人が椅子に座っている。彼がこの宿のマスターなのだろう。

「あぁ、部屋は空いてるか?」

老人のもとへ寄り、確認をする。

「何部屋かい?とはいっても客はお主たちだけだから自由に使ってもらって構わないのだがね」

「ベッドが2つあるのなら1部屋でいい。本当に俺たち以外に客はいないのか?」

老人の言葉に少々驚きを感じる。いくら、裏通りに面しているからといって、俺たち以外に客が一人もいないなんてことは異常に思えたからだ。

「それなら、2階の奥の部屋を使うといい。本当じゃよ、最近のメイアードにわざわざ来るものなんてほとんど居らんからな」

部屋の鍵を渡しながら青息吐息するように老人は呟く。

「それは一体どういうことだ?」

今まで傍で静観していたエヴァが会話に加わってくる。

「そのままの意味じゃよ、お嬢ちゃん。今のこの街は旅人ですら避けて通るじゃろうて。何も知らずにお主たちは来たのかい?」

「知らずにとは何だ?」

恐らく“知らずに”の内容が街が物静かな理由に関連しているのだろう。

俺の言葉に老人は驚いたような顔をした後、呆れるようにして口を開いた。

「本当に何も知らんかったのか・・・全くそれでよく旅をしていられたものだ。まぁ、今日はもう客も来ないじゃろ、ゆっくりと話してあげるからそこに座りなさい」

そう言って暖炉の前の椅子を示し、老人は扉の鍵とカーテンを閉めに行った。

指示通りに暖炉の前の椅子にエヴァと並んで腰掛けると老人は対面に座った。

「はて、何処から話したものかのぅ・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


それは今から約1ヶ月ほど前のことじゃった。

この街の北には森が広がっていてな。そこで一人の死体が見つかったのじゃよ。

その死体はこの街の猟師のじゃったし、最初は獣に襲われたのだろうということだった。実際、爪の痕があったり、噛み千切られていたそうだからのう。

しかし、それだけでは終わらなかったのじゃ。

今度は北からの商隊が森で謎の獣に襲われて全滅したのじゃ。当然、護衛の魔法使いもいた。にもかかわらず魔法使いごと全滅した・・・

これはただ事ではないということで謎の獣に対する討伐隊が編成されて謎の獣の討伐に向かったのだが、結果は全滅。被害を大きくしただけになってしもうた。

以前として正体は掴めず、不安ばかりが広がるようになっていったのじゃ。北に広がる森は薬草などの宝庫でもあったからのう。そればかりか、北からの商隊も途絶えるようになってしまった。

事体を重く見て、今度は賞金を賭け腕利きの賞金稼ぎを呼ぶことにしたのじゃが、それでも被害者が増えるだけで解決には至らんでな。唯一の収穫といえば、命からがら逃げていた賞金稼ぎの言った「獅子の化け物がいる」という言葉だけ。その賞金稼ぎも治療の甲斐空しく死んでしまったよ。

王室に報告をして討伐隊を編成してもらうように願い出たが、未だに連絡すら来ない。

街を訪れる人はどんどん減り、活気もなくなっていってのう。今ではならず者ですら寄ることはなくなってしまったよ。

そして、最近ではその獣が時々街を襲うようになってな。特に北側の衛兵は3、4日に一人は被害が出ておる。かくいう、わしの息子も幼い娘と妻を残して死んでしまったよ。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まぁ、話は大体こんなところかのぅ」

老人が話し終わると場を沈黙が支配する。

「辛いことを思い出させて悪かった・・・」

予想以上に重い話に頭を下げる。流石のエヴァも声が出ないようだった。

「なに、これでお主たちが被害に遭わなくて住むんじゃからいいのだよ。今日一晩、部屋でゆっくり休んだら明日の朝一番で街をでなさい。もし、北へ向かいたいのならばひとまず東に進んで森を迂回していけば大丈夫じゃろう」

そう言い残すと老人はカウンターの奥の方へと引っ込んで行ってしまった。

「エヴァ、俺たちも部屋に行こうか?」

「・・・・・・」

「エヴァ?」

「あ、あぁ。すまない、考え事をしていた。部屋に行くとするか」

肩を叩いたところでようやく反応が見られ、階段に向かう。

移動中もエヴァは神妙な顔で何かを考え、それは部屋に入ってからも続いていた。

「何か心当たりでもあるの?エヴァ?」

「ちょっと、“獅子の化け物”って言葉が引っかかってな・・・」

確かに獅子という動物は強く。一般人が出会ってしまえばひとたまりもない。

しかし、所詮は獣なのだ一人ならばともかく。複数の魔法使いが殺されてしまうなど不自然である。

「ん~、何か魔物の一種なのかなぁ~?それも結構強力な」

「“キメラ”」

「ん?」

「“キメラ”、もしくは“キマイラ”という生物を知っているか?」

「確か、伝説上の化け物だっけ?」

前にエヴァに借りて読んだ本の中にそんな名前の化け物がいたはずだ。

「そうだ。ライオンの頭、山羊の胴、蛇の尾をもつ怪物だ。旧世界では伝説上の化け物に過ぎないがここにはドラゴンだって存在する。なら、実際に“キメラ”がいたとしてもおかしくないだろう?」

「そう言われればそうだな」

前世の記憶を得たときに伝説上の生き物が普通に存在することに驚いたのも今ではいい思い出だ。

「なら、化け物とは“キメラ”じゃないかと思ってな。伝説にまでなる化け物だ、これだけの被害が出てもおかしくないだろうよ」

「ドラゴンクラスの化け物ってことか。こりゃ、大抵の奴は敵わないか・・・」

ドラゴンに立ち向かえといわれたら俺でも厳しいものがある。

それこそ、複数で挑んだとしてもどうなることやら・・・

「で、どうするんだ。“立派な魔法使い”らしく人助けをするのか?」

エヴァがからかうような笑みを浮かべて尋ねてくる。

「どうするかなぁ・・・あくまでも自分の命がなくならない程度での人助けしかするつもりはないし。ドラゴンクラスとなるとなぁ・・・」

自分の命を投げ出せば確かに倒せなくもないだろう。

だが、俺はそんな悲劇の英雄なんかになりたいわけではない。

あくまでも、自分の命、そして身近な人のことが優先になる。他人のために何かするのはその後だ。結局のところ人助けは自己満足でしかない。世の『立派な魔法使い』が聞いたら憤慨することだろう。しかし、これが俺にとっての“立派な魔法使い”のあり方だ。

「正直に言って、この宿のじーさんは助けてあげたいと思うんだけどね。わざわざ、辛い思い出を話してまで俺たちに危険を教えてくれたし」

「なら、動くのか?」

「さて、どうしよ「出たぞーーーー!!」・・・行ってくる」

まったく、こうタイミングよく現れると狙っているようにしか思えないな。

ベッドの上から立ち上がり窓から外に出ようとすると、

「私も行こう」

驚いたことにエヴァもついてくるらしい。

「はぁ?」

思わず間抜けな声を出してしまう。

それもそのはずだ。今まで俺が魔物退治をするときも無関心だったのに今回に限ってついてくるというのだから。

「だから、私も一緒に行こうと言っているんだ」

「“誇り高き悪の魔法使い”が人助けか?」

そんな皮肉に対してエヴァは不適な笑みを浮かべると、

「なに、ちょっとした興味だよ。それに―――」

「それに?」

「今日は満月だ。満月の夜に私の目の前で騒ぎを起こすなんて癪なんでな」

そうして俺たちは月光の下、すっかりと宵闇に包まれた街に降り立った。



[18058] 第11話 月下の夜に
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/09 21:57
「どうだ、エヴァ?見えるか?」

適当な家の屋根の上に立ち、街を見下ろす。高い建物はほとんどないので視界を遮るものはない。

「見えるも見えないもあそこ以外ないだろう」

視線の先にはちらほらと明かりが見える。

今日は満月で普段よりも明るい夜ではあるがあそこに見えるは篝火だ。

「だよねぇ~」

気の抜けた返事をする。

時々聞こえてくる叫び声から判断するに負傷者はいるもののまだ死者は出ていないようだ。

「行かなくていいのか?早くしないと死人が出るかもしれんぞ?」

「件の化け物の姿はまだ見えないしね。少なくとも姿を確認してからかな?わざわざ危険に首を突っ込むわけだし」

「それで“立派な魔法使い”を目指そうなんて言うのだから呆れて言葉も言えんよ」

やれやれといった表情でエヴァは肩をすくめる。

「できることとできないことの判断をしっかりとしてるだけだよ。あっ、見えた」

「なに!?何処だ?」

「ほら、あそこだって」

篝火に照らされ一瞬姿が見える。

「先程話した“キメラ”とは少なくとも違うようだったな?」

「そうなの?」

「なんだ、分からなかったのか?見た目は獅子とほとんど変わっていなかったな。ただ、頭に角は生えているようだったが」

「なるほどね」

満月の夜だからといってこの暗闇の中、一瞬見えた姿でここまで詳しく分かるとは流石吸血鬼だ。

「姿は見えたぞ、向かうのか?」

「そうだねぇ~、こんなに月が綺麗なのだから少しは静かにしていて欲しいのだけど・・・」

「こんなに月が“綺麗だから”こそだろ?」

「それもそうか・・・」

――― Lunatic ―――

古来より月の満ち欠けは狂気をもたらすとされてきた。

そして、満月は尤も狂気が深まり、化生が活発になる。

月の魔力は人間然り、吸血鬼然り、何者にも影響を与えるのかもしれない。

そう、正体不明の化け物に対してもだ。

まさしく、魔の力。

抗うことは許されず、月光の下ただただ享受するのみ。

それはげに美しく、狂おしいものか・・・

こんな思考に陥っている俺も月の魔力にあてられた一人なのかもしれない。

「どうした?」

「いや、ちょっと考え事。さて、行きますか。早くしないと死人が出そうだ」

目にはちょうど襲われ危機に瀕している兵士の姿が映っている。

エヴァの返事を待たずに俺は空を蹴り飛び出した。


 兵士side

いつも通りの静かな夜だった。

いや、そうなるはずであった。

獅子の姿をした化け物が現れるようになって約一ヶ月が経つ。

商隊が壊滅させられてから北側の警備は厳重になった。

魔法使いや屈強な賞金稼ぎですら勝てなかった化け物に対していくら警備を強化したって一般人に毛の生えた程度では意味をなさない。

それでも、気休めにはなるということで警備はかつてよりもかなり厳重になっている。

街が襲われるようになってからはそれに更に拍車がかかるようになった。

それでも、夜に襲われることはなかったので夜行性ではないのだろうという判断になった。

それなのに・・・

「はぁ、はあ」

恐怖ですくみそうになる足で必死にこらえる。

突如聞こえた同僚の声。

“出たぞーーー”という叫び声に対して“何が”なんて聞く必要もない。

奴がでたんだ。

同僚の下へと辿り着くとそこには倒れた同僚と大人2人分はあろうかという体格の獅子の化け物。

同僚の体からは血が流れ出ているが、致命傷には至っていない。ゆっくりと化け物の傍から逃げ出しているので心配はないはずだ。

となればやることはただ一つ。

化け物の注意をこちらに向けることだ。

近くにあった小石を化け物に向かって投げつける。

コンという軽い音がし化け物の顔がこちらを向く。

姿かたちは普通の獅子そのものなのに額に生える角が全てを否定し、目の前にいる生き物が動物なのではなく化け物であるのだと知らしめる。

勝てない。

闇に光る双眼を見て直感的に悟る。

人間が豚や牛にとって絶対なる捕食者であるのと同じように、この化け物にとって人は捕食対象でしかないのだ。

今、生きているのは単なる気紛れ。

それこそ目の前にいる化け物がその気になれば瞬く間にこの場にいるものは肉片と化すだろう。

魔法使いがなんだ。賞金稼ぎがなんだ。

そんなこと些細なことでしかない。

この化け物にとっては“人”でしかないのだ。

誰かが投げた松明によって照らし出された全貌は複数の人に囲まれながらも堂々たる威厳を見せ付けるようだった。

人にこれが倒せるのか?

そんな疑問が頭をよぎる。

少なくとも、この場にいるものは勝つどころか傷をつけることすらできないだろう。

魔法使いは殺され、賞金稼ぎは逃げ出すのがやっとだった。

ならば、誰がこれを倒すことができる?

王宮所属の兵士か?

あるいは『立派な魔法使い』と呼ばれるものなら可能かもしれない。

足が震え、逃げ出したいという思いで頭の中がいっぱいになる。

だが、同時に背を向け逃げ出せば死ぬということも理解できる。

気付けば、他の兵士の姿は見えず。この場に残っているのは自分一人になっている。

別にそれを薄情だとは思わない。

誰であれ自分の命は大切だ。それを守るために逃げ出すことを責めることはできない。逆の立場であれば自分も逃げ出していただろう。

化け物が一歩こちらへと足を踏み出す。

ついにきたと感じ、明確に自分の死が浮かび上がる。

死を理解していながら認められない自分が剣を構えることを促す。

「(う、うわぁぁーーーーーー!!!)」

声にならない叫びと共に化け物へと斬りかかる。

当然のごとく剣はかわされ、弾かれる。遠くで剣の転がる音が空しく響く。

化け物の前足に踏み潰され、身動きを封じられる。

―――終わった。

声も上げられず目を閉じ、死の瞬間を待つ。

1秒。

2秒。

やってくるはずのそれは一向にやってくることはなかった。

瞼を開き、化け物代わりにいたのは一人の男。

化け物は前に立つ男と対峙している。

あまりの恐怖で押し付けられている重みがなくなったことすら気付かなかったようだ。

「『立派な魔法使い』?」

思わず口から出たのは先程考えた存在。

しかし、男は否定するように首を振り、

「いいや、“立派な魔法使い”だ」

全く同じ言葉を紡いで否定した。

その何が違うのかは分からなかったが助かったことに安堵し気を失うのだった。


 ♢ ♢ ♢


目の前で雄雄しく睨みつけてくる額から角を生やした獅子は間違いなく今まで出会ったどんな存在よりも兵(つわもの)である。

その証拠に全力ではないものの本気で放った拳を易々と避けてみせた。

そこいらにいる兵士程度では相手をすることすらおこがましいであろう。

現に助けだした兵士は安堵のあまりなのか気絶してしまっている。まぁ、無理もないことだとは思う。

だが、勝てる。

直感的にそう感じた。

もし、彼の存在に理性の色がもう少しでも見えたら分からなかったかもしれない。

しかし、目の前の獅子はまるで本能に飲み込まれるのを残された僅かな理性で耐えているようにみえる。

これが月の魔力のせいなのか、それとも別の要因があるのかは想像しがたいがこれだけの存在が本能のままに行動するとは思えなかった。

「辛いのか・・・?」

不意に出たそんな言葉。

明確な返答は得ることができなかったが、低く唸るその声は肯定の意を示しているように思えた。

「エヴァ」

背後にいるであろう彼女に声をかける。

「なんだ?」

「悪いが研究はなしだ。それと手出しはいらないからそこの兵士をつれて下がっていてくれ」

「わかった。だが、死ぬなよ」

「わかってる」

横たわっていた兵士を携え、エヴァはこの場から立ち去る。

エヴァが興味を持ったのはこれだけの被害をもたらした存在がどれほどのものなのか調べたかったからであろう。

けれども、それは認められない。

これから、始まる戦いは誇りの欠片も感じることのできない殺し合い。

誇り高き存在であっただろう目の前の獅子にとっては屈辱ともいえる本能に委ねたもの。

誇りを大切にするエヴァだからこそ、その気持ちを理解し立ち去ったのだろう。

「さて、舞台は整った」

この場に残るは一匹の獣と一人の人間。

「始まるのは“戦い”ではなく、“死合”。誇り高き貴公には許されざるものかもしれんがな」

“殺す”ということを強く認識して、心を研ぎ澄ましていく。

より冷たく、冷静に、そして冷酷に。

より鋭く、鋭敏に、そして鋭意に。

「こんなにも綺麗な月夜だ。無粋な殺し合いなど避けたいのだがそうはいかないのだろう」

返答など端(はな)から期待していない。

それでも、朗々と語り続ける。

「ならば、早々にかたをつけよう。すれば、貴公の誇りをそれ以上汚すこともない」

獅子のことを“貴公”呼ぶのはせめてもの情け。

「死を受け入れ、冥府へと逝け」

月に雲がかかり、互いの姿が見えなくなる。

「さぁ、殺し合いの始まりだ」

月が現れるのと同時に駆け出す両雄。

ここに純粋なまでの殺し合いが幕を開けた。


 ♢ ♢ ♢


月の下、ぶつかり合う人と獅子。

こちらが素手であるのに対して、向こうには爪と牙、更には角が備わっている。

いくら気で全身を強化してようとも強靭なそれらを防ぐことはできない。

一度喰らおうものなら致命傷にすらなりかねない。

「(となれば、接近戦は危険か)」

隙を見て、瞬動で距離をとる。

そして、すぐさま魔法を放つ。

「魔法の射手 連弾 雷の20矢」

瞬く閃光と共に獅子へと殺到する20本の雷。

対する獅子は臆することなくその軍勢へとつっこみ次々とかわしていく。

結局、当たったのは数本。それらも掠った程度で全くダメージにはなっていない。

次はこちらの番だというかのごとく、瞬動に届かんばかりの速さで接近し、爪での一閃。かわして体勢を崩されたところに角での一撃。

なんとか、手で捌き後ろへ大きく跳躍する。

再び、静かに対峙する両者。

「(隙が見えない。これで理性を失っているというのか・・・)」

獅子の瞳に理性の色は見えず、その姿は本能のままに獲物を駆る獣そのもの。

だが、それは本能に飲まれても尚、絶対なる強者としての風格を醸し出している。

「(こりゃ、理性があったならば確実に殺されていたな)」

未だに無傷でいられたのは理性なきゆえに攻撃が短調で直線的だったからであろう。でなければ、腕の一本、いや心臓を一突きされていたかもしれない。

「(魔法を放ったところでかわされるのは必定。それにあの角はなんだ。魔法をかき消していたように見えたが)」

そう、先程放った魔法の射手の何発かは角によって打ち消されていた。

「(まずはあの角の正体を掴むことが先決か。なら!)」

「魔法の射手 連弾 氷の10矢!」

狙うのは額に生える角。

数こそさっきよりも少ないが込めた魔力は上回り、属性も変えてある。

真っ直ぐ、角へと向かっていく魔法の射手に対して獅子は避ける素振りも見せず、ただ受け止める。

――― 轟 ―――

音と共にあたりは土煙に覆われる。

魔法の射手は全て角に当たり、大抵ならば顔が跡形もなく吹っ飛んでいるはずだろう。

しかし、土煙が晴れると獅子は平然と立っており、そればかりか、

「なっ、あれは!?」

魔法の射手を放ってきた。

その数、実に50。慌てて避けるものの幾つかは直撃を受け、吹き飛ばされる。

「グッぁ、はっ」

背中を地面に打ちつけ、肺から空気が抜ける。勢いはなかなか止まらず何度か跳ねて漸く止まる。障壁を張り、気で身体を強化した上からの攻撃であるのにも関わらず身体の芯までダメージが及んだようだ。

本当ならばゆっくりと息を落ち着かせたいところだが、そんなことは許されず追撃を受ける。

一撃、二撃とギリギリのところで避ける。なにも、狙っているわけではなくそのようにしか避けることができないのだ。

何とか攻撃の雨から抜け出して距離をとる。思いのほかダメージが大きく、息が落ち着かない。

「(ある角は魔法を吸収する上に弾くのか?いや、アイツ自身が魔法を放てるのかもしれないな)」

魔法をただ弾くだけならばここまでの威力にはならなかっただろう。更に言えば撃たれた魔法は雷の属性を帯びていた。氷の矢を撃ったにも関わらずだ。

すなわちそれは獅子自身が魔法を放つことができ、吸収した魔力を上乗せしていることになる。

「(厄介だな。近距離では分が悪く、遠距離でも魔法は封じられたようなものか・・・)」

この状況は有り体に言ってしまえば詰みである。

近距離では獅子の連撃に絶えることができず、遠距離では魔法によるダメージは見込めない。魔法の射手で全方位から狙っても避けられることは既に実証されて居り、かといってアーティファクトを使って確実に当てたところで角で吸収されてしまえば逆に不利になる。

ならば、ここは。

「(一撃必殺に賭ける!!)」

本来、一撃必殺の戦法が有効なのは“確実”に一撃を入れられる場合にのみ限る。

今回の相手のようによけられる可能性が高い場合は非常に危険な戦法となる。なぜならば、外してしまえば致命的な隙をなるからだ。

しかしながら、ここまで打つ手がなくなるとなれば賭けるしかない。ハイリスクハイリターン、分はどちらかといえばこっちが悪い。

「ふぅ」

深呼吸をして心を落ち着ける。

作り出すのは何者をも裁く断罪の剣。

エヴァから教わった唯一の魔法。

「断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉」

“断罪の剣”

固体・液体の物質を無理矢理、気体に相転移させて剣とする魔法。

この剣の前では鍔迫り合いなどという言葉は存在しない。

“魔弾の射手〈シュターバル〉”が狙ったものに確実に中るのと同じように、“断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉”が触れたものは確実に切り落とされる。

故に必斬必死。首を落として終焉とする。

魔力と気を足に集める。

―――咸卦法―――

「眠れ」

言葉が言い終わる前に既に決着はついていた。

斬られたという思いすら感じさせない速さで首を落とした。

獅子の目には死に際に俺の姿を捉えることすらなかっただろう。

“咸卦法”による縮地すら超える直線移動。

すれ違いざまの一閃。

“動いて斬る”の動作を極限まで高めた一撃により殺し合いの幕は閉じた。


 ♢ ♢ ♢


「終わったのか?」

「あぁ」

いつの間にかにエヴァが戻ってきていた。

「ふん。“わかっている”と言った割には傷だらけじゃないか?」

貶すような言葉の中にも心配の色が見える。

それもそのはずだ。最後の一撃は人としての限界の一撃。

いくら、気で身体を強化しようがその負担は計り知れない。連発などできるはずもなく、下手をすれば一度で身体を壊すことだろう。

「無茶をしたからな」

「そこまでの相手だったのか?」

「理性があったら確実に殺られてた」

切り落とした首の近くまでより、断罪の剣で角を切り取る。

「どうするんだ?」

「何かに使えるかと思ってな。あとは“証”だ」

「そうか」

「行こう。少々騒ぎすぎた」

遠くから兵士たちが向かってくる声が聞こえる。このままここにいれば、身元がばれるのも時間の問題だろう。

「そうだな、行くか」

「行くのか?真祖の吸血鬼とその騎士よ」

「「!?」」

突如、背後から声がかかる。しかも、正体に気付かれている。振り向くとそこにいたのは、

「宿主(マスター)・・・」

そこには止まっている宿のマスターがいた。

「何時から気付いていた?」

エヴァが警戒心を顕にして老人に尋ねる。

「そう警戒しなさんな。こうして奴を倒してくれたんだ。感謝こそすれ、恩を仇で返すようなことはせんよ。さて、質問の答えだが“最初”からじゃよ」

「最初からだと!?」

確かに俺たちは名の知れた賞金首ではあるがそう簡単に正体がばれるような油断はしていない。それを老人は一目で気付いたという。

「なに、お主たちの認識阻害はしっかりと働いておったよ。わしが分かったのはかつて賞金稼ぎじゃったからといえばわかるかのう?」

「そういうことか」

認識阻害はあくまでも阻害でしかない。確信をもたれてしまえば意味をなさないのだ。この老人はかつてエヴァと会ったことがあるのだろう。そのときの記憶が正体を見抜くきっかけとなったのだろう。

「それで私たちを捕らえるとでも言うのか?」

エヴァはなおも警戒し続け、老人に問う。賞金稼ぎだったということが疑いを深めることになったのだろう。

「こんな老いぼれにお主たちを捕まえる力はあらんよ。さっきも言ったように恩を仇で返すような真似はしとうないのでな。わしは宿泊料を踏み倒して出て行った失礼な客に一言文句を言いに来ただけじゃよ」

表情こそよく分からなかったが目の前の老人は茶化すように笑いかけてくる。本当に捕まえるような気は全くないようだ。

「そうか。幾らだ?今からでも払おう」

「いいや、御代は結構じゃ。代わりに一言言わせてくれんかのう」

金を取り出し払おうとするのを手で制し、代わりに一言言わせて欲しいという。特に断る理由もないので頷く。

「ありがとう。お主たちのおかげでこの街は救われた。街を代表して感謝を述べることはできんがこの街に住む一個人として感謝してもしきれん。本当にありがとう」

「「は?」」

まさか、感謝をされるとは思っていなかったので二人して間抜けな声を上げてしまう。てっきり恨み言でも言われるのかと思っていた。

「フフフ、ハハッハ。悪の魔法使いに頭を下げって感謝するとはな。実に愉快だよ、ククク」

しばらくしてエヴァが笑い出した。

「はて、わしは何か変なことを言ったじゃろうか?」

「いいや。感謝をするという行為がエヴァのつぼに入ったのだろう。まぁ、その言葉は受け取っておくよ。尤も単なる気紛れだったかもしれんがな」

「それでも、この街が救われたことには変わらんじゃろ?」

「それもそうだな・・・さて、俺たちはもう行く。すく傍まで兵士が来ているようだからな。ほら、エヴァ。笑ってないで来い、置いてくぞ」

「こら、待て。だから、勝手に行くなと言ってるだろう」

こうして俺たちは街を出て森の中へと入っていった。

その夜、森の中ではなかなか笑い声が途切れることはなかったという・・・


 老人side

「行ってしまったのう・・・」

この街を救った二人の賞金稼ぎは森の闇へと消えていった。

最初、彼らを見たときは遂にこの街も終わるときが来たかと思った。

じゃが、結果をいえばこの街は救われた。感謝してもしきれないわい。

「ご老人、こんなところで何をしているんです?この辺りは危ないのですよ?」

兵士がやってきたようじゃ。なら、ほんの少し彼らに恩を返しておこうかのう。

「なに、騒ぎが治まったようじゃから様子を見に来たら、この通り化け物が死んでおったのじゃよ」

首を落とされ、近くで死に絶えている獅子の化け物を指し示す。

「なるほど。しかし、まだ危険があるかもしれませんのですぐに家に帰ってくださいね。そういえば、この近くで人影を見ませんでしたか?」

「人影かのぅ・・・確か、東側の門へ2つほど駆けていく姿が見えたのう」

「東ですね。ご協力ありがとうございます。おーい、東側に逃げたようだぞ。警備を固めろ」
言葉を信じて、兵士は街の東側へと駆けていった。

これでしばらく追っ手が来ることはあるまい。

願わくば彼らの旅に幸あらんことを・・・


 ???side

「ほう、奴がやられたか。所詮は獣に過ぎないということか」

闇の中一つの人影が屋根の上から獅子の死体を眺めている。

フードを深く被っており、この月明かりの中でも表情どころか顔すら見ることが出来ない。

「それにしても、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。真祖の吸血鬼たる彼女にこんなところで巡り会うとは。最近、目撃情報が増えてきたとはいえ何たる幸運、ククク」

クツクツと袖で口元を隠し、フードを被った者は笑う。

「ならば、早速準備にかからないとなぁ。真祖の姫よ、会えることを楽しみにしているよ。ククク、ハッハッハハ」

笑い声を残し、その人影もまた闇の中へと消えていくのだった。



[18058] 第12話 星に誓いを
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/16 22:37
メイアードを離れてからは穏やかなものだった。

未だに森を抜けることはなかったが、追っ手がやってくることもない。もしかしたら、あの老人が上手く誤魔化してくれたのかもしれない。

この森はよく整備されていた。歩いている道も獣道のようなものではなく、しっかりと舗装されている。轍が残っていることからも流通に欠かせない道なのだろう。

今は化け物騒ぎがあったせいで俺たちのほかに人の姿が見えることはないが、しばらくすればまた多くの商隊がこの道を行き交うことだろう。

川のほとりで休憩をする。

道の脇にも休憩をすることのできる場所はたくさんあったが、あえて道を外れ森の中を流れている小川へとやってきていた。万が一のことを考えてだ。

こちらがやられるということは考えられないがこの森の中で争いを起こすことは極力避けたいと俺もエヴァも思っていたからだ。尤もチャチャゼロはやる気だったが。どうやら、先の戦いで暴れられなかったことを根に持っているらしい。この数日間、嫌な視線を時々感じるのは気のせいではないはずだ。

「ん、はぁ~」

川の水を掬い喉を潤す。人が良く通るので汚れているかとも思ったが杞憂だったようだ。

雲間から差し込む日光で水面がきらきらと光っている。小魚が小さな群れを成して泳いでいるのが見える。昼は魚にするのが良いかもしれない。

「チャチャゼロ、魚を獲っておいてくれないか?」

チャチャゼロは基本エヴァの魔力で動いているので休憩は必要としない。暇を持て余しているようなので、ちょうどいいだろう。

「ワカッタゼ。期待シテオケ」

鉈を持って川へと向かっていく。どうでもいいが、どうやって鉈で魚を捕らえるのだろうか?

「乱獲だけはしないでくれよ」

過ぎ去る背中に声をかける。

実を言うと、以前あまりに狩をしすぎてしまったせいで周辺の動物がいなくなってしまったことがある。危険を察知して逃げていってしまったのかもしれないがいなくなったことには変わりない。

ここは人が多く通る道のある森だ。この場所も道から外れているとはいえ、少し逸れた程度なので俺と同じような考えをする人もいるかもしれない。なるべく、そのような人に迷惑はかけたくない。まぁ、食べきれないというのが一番の理由ではあるのだが。

エヴァのもとへ行くと木の陰で読書に勤しんでいた。何の本を読んでいるのかは分からないが、先の街でいつの間にかに手に入れていた本のようだ。

俺とて全く本を読まないわけでない。それこそ、修行中は山のように積まれた本を読み漁っていた。時には辞書を用いてまでだ。

おかげで相当な数の言語を操ることができるし、知識も並みではないほど有していると自負している。エヴァには敵うことはないけれども・・・

しかし、その所為で本が嫌いになってしまった。別に極端なまでに嫌悪しているわけでもないが進んで読もうという気持ちにはならない。俺は研究者には向かないようだ。

故に今、エヴァがどのような本を読んでいるのかなんて気にもならない。俺も自分のしたいことをするだけだ。

荷物の中から取り出したのは一本の角だったもの。

そう、獅子との戦い果てに手に入れたものだ。

調べたところによると、魔法を吸収する性質は角そのものにあったわけでなく獅子に備わったもののようだった。この角は魔法攻撃に対して耐久力があるだけだったのだ。

だが、この耐久力が驚くべきものだった。

試しに“魔法の射手”を200矢ほど放ってみたところビクともせず、エヴァに頼んで放ってもらった“闇の吹雪”は角を中心にして切り裂いた。挙句にはアーティファクトを用いた1001矢ですら打ち消されてしまった。あの戦いでアーティファクトを使わなかったことは正解だったといえるだろう。

更には物理的耐久力も決して悪くないので魔法使い対策としては非常に有効だということが分かった。

一つ問題があるとするならば、いかんせんこれがあくまでも“角”であったことだ。

量がたくさんあるならばいざ知らず。それなりに長いからといっても50cmに満たないのでは加工しがたい。最も有効な使用方法は防具とすることなのだが夢のまた夢である。武器にすることも同様の理由で難しい。

というわけで至ったのが、短い槍を作ることだ。

勿論、自分が使用するためではない。チャチャゼロのためである。

チャチャゼロの近距離での戦闘技術が目に見張るものがあることは身をもって理解しているが、防御に関しては難があるのではないかと以前から考えていた。

そこでこれだ。この角で作った武器ならば魔法に対しては無敵となれる。槍にしたのは単純に加工が一番しやすかったからだ。チャチャゼロは刃物使いだが、この槍は“突く”ことよりも“薙ぐ”ことが多いであろうからすぐに慣れてくれるはずだ。

「できた!」

特に装飾を施すようなことはしなかった。求めたのは愚直なまでの実用性。敵を貫き、魔法を薙ぐための武器だ。シンプルなこの外見は装飾はなくとも武器らしい美しさを醸し出していると思う。

「できたのか?」

気付くとエヴァが読書を止め、傍に来ていた。

「まぁ、削って長さを調整しただけなんだけれどね」

完成した槍を手渡すと光に照らすようにして眺めている。

陶磁器のような白さが日光に映え、幻想的にすら見える。あの獅子とは夜に戦ったが昼間に戦ったのならばその角は同じような幻想的な光景を浮かび上がらせていたかもしれない。

「いい出来だとは思うが槍は使えないぞ」

「それは本人に頑張ってもらうということで。自分の高さよりも長い刃物だって使えるのだから大丈夫だと思うしね。そもそも、槍本来の使い方じゃないほうが効果を発揮すると思う」

エヴァは納得言ったような顔で槍を返してくる。

「名はなんて言うんだ?」

「へ?名前?“白槍”とかじゃ駄目かな?」

そう言えば、作ることに夢中で全く考えていなかった。あの獅子の名前でも分かれば考えようもあったのだが、今となっては知るすべがない。はて、どうしたものか・・・

「見たまんまではないか。もう少し考えられないのか?」

エヴァが呆れたような視線を送ってくる。

そんなことを言われても正直思いつかないのだからどうしようもない。

「う~ん・・・」

手に持った槍を眺め考えを巡らす。しばらくして考え付いたのが、

「“熄魔〈ブリンク・メイジア〉”・・・」

「ほう、ユウにしては考えたじゃないか。それでも、まんまだがな」

「うるさい。名は体を表すというじゃないか?」

火を吹き消すように魔法を消す。故に“熄魔〈ブリンク・メイジア〉”。

この槍に最も適した名前だと思う。

「確かに一理あるな・・・」

「だろ?俺はこれをチャチャゼロに渡しに行って来るからな。戻ってきたら昼食だ」

「あぁ、わかったよ。私は読書の続きをしているよ」

エヴァは木陰に戻り読書を再開してしまう。

つまり、食事ができたら呼べということなのだろう。

「さて、漁の結果でも確認しに行きますかね」

結果を言えば、槍を携えて向かった先にはたくさんの魚が山をなしていたとだけ言っておこう。乱獲するなと言っておいたのに・・・


 ♢ ♢ ♢


腹を割いた魚を手頃な木の枝に刺しじっくりと炙っていく。

日は完全に落ちあたりは暗くなっている。

昼にチャチャゼロが獲った大量の魚は消費できなかったので、夜も昼に引き続き魚となった。

森の中での食事も今日で最後になる。明日には森を抜けるだろうからだ。

俺が調理を続けている間、エヴァは相変わらず読書を続け、チャチャゼロは“熄魔〈美リンク・メイジア〉”を振るっている。

魚がいい具合に焼けたのを確認し火から遠ざけて、今度は鍋の中身を確認する。蓋を開けるといい匂いが漂う。川魚のわりには肉厚のある魚が何匹かいたので肉の代わりにシチューの具としたのだがどうやら上手くいったようだ。料理の腕の上達はとどまるところを知らない。特にシチューなどの鍋を使う煮込み料理は店で出されるものより美味しいとエヴァに言われるほどとまでなった。

「できたぞー」

エヴァたちに声をかける。

さて、味のほうはどうかな?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・



食事の後、エヴァは読書に戻り、チャチャゼロも槍を振りだしてしまったので、一人で散歩に出ることにした。

そうはいっても、あまり遠くに行くことはできないうえに今日は新月なので月明かりがないのでは暗くて思うようには動けない。夕食を作る前に森が開けた場所があったのでそこを目指しているのだ。

「そろそろかな?」

歩き始めてしばらく経つ。方向さえ間違えてなければそろそろ見えてくる頃合いだ。

「そんなことを言っているうちにっと」

木々の間を抜け、広場へと出るとそこは。

「こりゃ、想像以上だな・・・」

一面の星空が広がっていた。

月隠れし空は星が支配す。

夜空の闇を白く塗りつぶすように星が瞬いている。

燦燦と輝く星、仄かに光る星、そして空を渡る星河。

圧巻。

その一言だろう。2つの月が満月の夜空も言葉で表せないものがあるが、星で埋め尽くされた夜空も負けてはいない。

満月や新月のときも含めて、何度となく夜空は見てきたがそれでもなお今目に映る空はため息の出るようなものであった。

広場に横になり空を見上げる。

思えばこうやって夜空を見上げるのはずいぶんと久しぶりだった気がする。前に見たのは何時だったか、山での修行中かそれとも森にいた頃か、もしかしたら街で暮らしてときに家族で見たのが最後かもしれない。

「ずいぶん、遠くまで来たんだよな・・・」

見上げる星空はいつか見た夜空と変わらない。

しかし、時は流れ場所も同じ大陸とはいえ大きく離れた。

あのときのことは今でも思い出すことができる。

燃える街、聞こえる悲鳴、漂う死臭、天を貫く炎、襲いかかってくる悪魔。

そして、フードを被った男の声。

「くそっ!!」

自然と震えてくる手を痛いほどに握り締める。

「復讐なんて空しいことは嫌というほど分かってるんだけどな・・・」

襲い掛かってくる賞金稼ぎの中には復讐に燃える奴もいた。そんな相手を倒すたびに復讐の空しさを感じていた。それでも、思い出すたびに激情に駆られそうになる。理解はできても納得はできていない。そう言うことなのだろう。

「こんなところにいたのか」

ふと背後から声がかかり、よく知る気配がする。

「エヴァ・・・」

「こんなところで寝て居って風邪を引くぞ?」

隣に腰をかけたのか、横から草などの沈む音がした。

「別に本気で寝ようとなんて思ってないさ。ただ星を見ようと思ってな」

「確かに凄い星空だな」

一秒、二秒と静かな時が流れていく。

「エヴァ」

「なんだ?」

「俺は昔、“復讐”ではなくて“立派な魔法使い”になる為に力を求めるってエヴァに答えた」

「そうだな」

思い出すのはエヴァの弟子となったばかりの頃の誓い。

「今の俺は力を手に入れた。エヴァには及ばないまでもあの頃に比べれば遥かに大きな力だ。その力で助けた人もいれば殺した人もいた。でも、自分の激情で人を殺したことは一度もなかった。最近では意識を奪うだけにしてきたしね」

「・・・・・・」

「たけどさ、一人だけはどうしても殺意が拭えないんだ。このままだと俺は復讐の思いで力を振るってしまう。俺はどうすればいいんだろうな」

人を殺すことはどんな理由があろうと罪だ。

今まで俺は自分の身を守るために人を殺すことはあった。その行動に責任はあるつもりだ。

しかし、復讐はどうか?

行動に誇りと責任を持てるのか?

問われてしまえば答えることはできないだろう。だからといって“奴”を見てしまえば確実に心のままに行動してしまう、殺意のままに。

「さあ?私には分からんよ。どんなに考えたところで結局はお前の心だからな。だがな」

「だが?」

「私が吸血鬼になって一番最初に思ったことは復讐だよ。実際に為しもした。だから私はあの時、ユウが“復讐”と答えなかったことに驚いた。尤もその答えの言葉のほうがインパクトがあったんだがな。復讐を止めることはしない。時にそれは割り切るためには必要なことかもしれん。私のようにな」

「割り切る・・・」

エヴァの過去について俺はほとんど知らない。せいぜい、望まずになったということぐらいだ。知ろうとも思わなかったし、エヴァも話すことはなかったので気にすることもなかった。

“為した”ということは殺したのだろう。“私のように”ということは今のエヴァの行動は復讐の後で割り切り決めたことなのだろう。

「なに、お前が本当に激情に駆られ暴走するようだったら私が殺してでも止めてやるよ」

この場に流れる重い空気を払拭するようにエヴァが言う。

「それじゃあ、意味がないじゃん」

「なら、そうならないように頑張るんだな」

「そうだな・・・」

誇りを持つことも責任を持つことも、割り切ることも今の俺には難しいかもしれない。でも、こうやって止めてくれると言ってくれる人がいるのなら頑張ることはまだできる。

「いつまでそこにいるつもりだ。明日も早い寝坊したくないならさっさと戻るぞ」

気付けばエヴァは傍には既にいない。

「ちょっと待てって。それに寝坊するのは俺じゃなくてエヴァだろ?」

「な、貴様。言わせておけば」

星空の下新たな覚悟をして俺はエヴァの下へと急いだ。



[18058] 第13話 言葉×豚=転生?
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/16 22:39
アニさんにアネさん、どうかそれだけは勘弁してくだせえ」

「・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・」

三者三様ではあるが俺もエヴァもそしてチャチャゼロまでもが沈黙を守っている。この場にある影は俺たちを除けば足元に縛られ転がる一つだけ。

「それ以外でしたら、何でもしやすんで」

「・・・なあ、エヴァ」

「言うな。言いたいことは分かっているが答えられん」

「じゃあ、チャチャゼロ」

「長イコト生キテイタッテ分カラナイコトハアルンダゼ?ユウ。ケケケ」

「そうか・・・」

エヴァもチャチャゼロも答えてはくれない。

俺よりも遥かに長い時間を過ごしてきた二人に分からないことが俺に分かるはずもなく、場は徐々に混沌と化していく。

「あっしは何もしてませんでえ。ただ、道をあるいていただけですわ。だからどうか、命だけは」

相変わらず足元で転がり喚く影は思考を邪魔してくる。そもそも、この状況で思考ができているかも分からない。

「エヴァ・・・」

「すまんが私もこんなことは初めてなんだ」

「しょうがないさ。だって」

そこまで言葉を紡ぎ、足元の現実を再確認する。




「誰が豚が喋るなんて考えるんだよ」

「すみません、すみません。だからどうか食べないでくだせぇ」

足元に転がっているのは紛れもなく“豚”。

もはや、呪詛と化している命乞いの声が耳に入るたびに現実が揺らいでいく。いくら、魔法とはいえこれは・・・これがまだ豚でなくオコジョだったならば納得できたかもしれない。

こうなった経緯は少し時間を遡らねばならない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


森を抜けた先で辿り着いた街を出て2日ほど経った。

俺たちは南下するのをやめ、西へ向かうことにした。なんでも、古くからの民が多く暮らしている地域を目指すらしい。

「今日もいい天気だねぇ~」

日差しの中、3つの影が道を進んでいく。勿論、俺とエヴァとチャチャゼロだ。

今まで多く歩いてきた道のように木々に囲まれた道ではなく、あまり遮るもののない道だ。人がよく使う道ではないようだが、こんなところで襲われるようなことがあれば隠れることはできないだろう。

「そうだな、忌々しい太陽だよ」

「エヴァに太陽は関係ないだろ?そもそも、本当に吸血鬼って日に当たると蒸発するのか?」

吸血鬼の弱点の代表とされる日光や十字架は真祖であるエヴァには効果がないので分からない。にんにくは嫌いみたいなので(以前、にんにく料理を作ったときに壮絶に機嫌が悪くなり、以後エヴァの前でにんにくを食べることは叶わなくなった)これは効果があるといえるのかもしれない。

「さてな、少なくとも私には効果はないし、他の吸血鬼にあったこともないから分からないな」

「ふーん」

「オイ、ユウニ御主人」

チャチャゼロから声がかかる。

「どうした?チャチャゼロ?」

「何カ前ニ見エルゾ」

「何!?」

チャチャゼロの言葉通り、前方を見ると何かがいる。大きさから考えると人ではなさそうだ。

「人ではないみたいだな」

エヴァの言葉に頷く。だか、人ではないからとは言っても生き物ではあるようだ。現に俺たちと同じ進行方向に進んでいるように見える。

「あれは豚か?」

前を歩いているのは豚のようだった。大きさはそこまでないので子豚なのかもしれない。

「オオ、ブタジャネェカ。昼飯スルカ?」

そう言って、鉈をチャチャゼロは取り出す。

その言葉を受け、咄嗟に豚を使った料理を思い浮かべる。

「(色々とあるけど、ここは純粋に焼いたほうがいいかもしれないな)チャチャゼロ、今回は俺が捕まえるから鉈は出さなくて良いぞ」

チャチャゼロが不満そうに鉈を片付けるのを確認して縄を取り出す。子豚ぐらいの大きさならば仕留めるよりも捕まえたほうがいいと思ったからだ。

「何、捕まえるのか?」

「ああ、昼は焼き豚だぞ、エヴァ」

エヴァに答えた後、一気に俺は加速する。賞金200万$(気付いたら上がっていた)の首である俺にとって子豚などとるに足らない相手だ。

「!?」

こちらに気付いたようだが既に遅い。足に縄を絡ませ吊り上げる。伊達に狩猟生活は送っていない。

「ぎゃぁぁーーーーーーー」

「・・・・・・・・」

思考停止。再起動を推奨。

はっ。今、目の前の豚が喋った気がするが空耳だろう。

「すみません。何でもしやすんで、食べんのだけは勘弁してくだせえ」

「・・・・・・」

“絶句”という言葉があるが人間本当に驚くと何もいえないようだ。空耳でないことは間違いない、明らかに目の前の豚は言葉を発した。

「良くやった、ユウ。これで食材は確保したな」

「ケケケ、ヤルジャネーカ」

「・・・・・・」

エヴァとチャチャゼロが追いついてきたようだが、とても相手にできるような心情じゃない。

「ユウ・・・?」

俺は黙って足元の豚を指差す。

「助けてくだせぇ」

「「「・・・・・・」」」

皆、沈黙。流石のエヴァたちも想像できなかった事態のようだ。そりゃ、昼食の食材として捕まえた豚が喋るとは思うまい。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「で、貴様は一体何なんだ!?」

しばらくの沈黙と現実逃避の後、エヴァがこの場の総意ともいえる疑問を口にする。

「あっしはしがない子豚でやす」

「しがない子豚は喋らないと思うが・・・」

この世のしがない子豚の全てが話すようならば、世から豚料理は消え去っていることだろう。

「ユウの言うとおりだ。しがない豚が喋ってたまるか!!」

エヴァは相当来ているようだ。無理もない、俺だってこんな状況になれば自暴自棄にもなるかもしれない。実際、冷静といえるような心情ではない。それにしてもチャチャゼロは冷静だなって鉈取り出してるし・・・

「なら、何で話すことができるのか教えて欲しいのだが・・・」

冷静を最大限装って尋ねる。

「命を助けてくれると確約してくれるなら話やしょう」

「・・・エヴァ?」

「構わん。こんな豚食べたら後味が悪くてたまらん」

全くもって同意だ。俺だってこんな豚料理したくない。

「だそうだ。話してくれるな?」

縄を解き自由にする。無事に叉焼(チャーシュー)化を逃れることはできただろう。

「わかりやした。まず、言っておきやすが何故豚であるあきちが喋ることができるのかは分かりやせん」

「なっ、ふふふ。き、貴様。私を馬鹿にしてるのか!?」

「エ、エヴァ落ち着いて。それも含めて今から話してくれるんだよな、な?」

怒りのあまり魔法の射手を放とうとしているエヴァを落ち着ける。普段は冷静沈着なくせに意外なところで沸点が低いんだよな、エヴァは。

「も、勿論でっせ。アニさんたちは“転生”というものを信じやすか?」

「!?」

「転、生、だと?」

「あっしはその転生をした存在なんですわ」

話をまとめると彼は前世で兵士であったそうだ。それも魔法世界でなく旧世界でのだ。かつての名前はレオナルド、豚にはすぎた名だ。

今では百年戦争と呼ばれる戦争でフランス側の兵士(騎士と呼んだほうが良いかもしれない)。もはや、記録といっても差し支えないだろう記憶によればおそらくジャンヌ・ダルクが登場した戦争のはずだ。

その戦争で王を守り敵の剣に倒れ、気付いたらこの世界で豚として生を受けていたらしい。

俺と同じ転生者ではあるがあり方はだいぶ異なるようだ。俺が記憶が曖昧なのに対してレオナルドはほぼ完全な形で残っている。また、向こうが豚であるのに対してこっちは人間のままである。

「なるほど、貴様の言いたいことはわかった。嘘は言ってないようだしな」

エヴァが納得したように隣で首肯している。予想外ではあるがこの荒唐無稽な話を信じるようだ。

「えっ、信じるのか?」

「ああ、ユウには分からないだろうがコイツの言っていることは事実だからな」

確かに知る限りではレオナルドが言っていることに間違いはない。しかし、エヴァは何故それを・・・

「やはり、信じられないか?ユウ」

「いや、エヴァがいうのだからそうなんだろ?どの道俺には判断できないことだからな」

ちょっとだけ嘘をつく。“自分”のことを話すにはおよびがないからだ。それにレオナルドのように完全に覚えているわけではないのであまり意味をなすこともない。

「ところでアネさん。さっきからアニさんが“エヴァ”と呼んでいやすが、もしかして“あの”エヴァですかい?」

「貴様にエヴァと呼ばれる筋合いはないが、私は“あの”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだよ。よくその歳で知っていたな、その大きさではまだ生まれてからそんなに時間が経ってないだろうに」

「!?ま、まさか本物だとは。ああ、あきちはこう見えて20年は生きていやす。どうも、これ以上成長しないんやすよ。ということはアニさんが“闇の騎士”ですかい?」

「まあ、な。その名はそこまで好きじゃないんだけど・・・」

まさかはこっちの台詞だ。話すことができるとはいえ動物にまでに名が知れ渡っているとは・・・

「勿論、人形のアネさんも知っておりやすぜ」

「ケケケ、照レルジャネーカ」

全然照れてないだろ、棒読みだし。

「ところでレオナルドは何処へ向かっていたんだ?」

「あっしですか?このまま進んで北の方へ行こうと思ってやした。アニさんたちは?」

「俺たちは南だから途中からは逆方向だな」

「なっ、何で一緒に行くような話しの流れになってるんだ!!」

突然、声を荒げて叫ぶエヴァ。

「違うの?」

「当然だ。誰が好き好んで奇妙な豚なんかと旅をするか!!」

奇妙なって・・・否定はしないけど本人の前で言うなよ。

「御主人、“ヨイ道連レハ馬車モ同然”ッテイウジャネーカ、ケケケ」

「チャチャゼロまで!?」

チャチャゼロも賛成のようだな。これはエヴァの負けだな。

「それじゃあ、レオナルド、チャチャゼロ、行こうか」

「アア」

「わかりやした」

自分より遥かに小さい2人を伴い先を進む。

「だから、私を置いて行くなと言っているだろうがぁーーー!!」

その日、荒野に少女の声が響いたとかなんだとか・・・




[18058] 第14話 忍び寄る影
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/30 23:54
『森』と一概にいっても、それには様々な種類がある。

例えば、『密林』。ジャングルと呼ばれるそれは木々が鬱蒼と高く生い茂り、大地にはほとんど日光が届かないという。

例えば、『疎林』。これは『森』というよりは『林』に近いだろうが、木々がまばらに生えるぶん密林とことなり明るい。

どちらにせよ“木が生えている”ということには変わりはなく。同時にそこには多かれ少なかれ、捕食者-動物-がいるということは普遍の事実である。

故にこの森がどれだけおかしく、異常なのかは周知のことなのだ。

「静かだな・・・」

森の中は奇妙なまでに静かで、響く音は自らの足音しかない。

「あぁ、でもこれは静かというよりも・・・」

「“気配”がない、か?」

「ああ」

あるべきはずの気配がない。ただそれだけのことで異常といえるほどに森は静まりかえっている。

そう、この森には動物の気配が全くしないのだ。

当初はこの森が広大であるが為に感じることができないのだと思っていたがそれは違った。この森には動物がいない。少なくとも、気配を感じることのできる範囲には小動物一匹すら存在していない。

「奴の言っていたことは正しかったというわけだな」

「そうだな」

脳裏に思い浮かべるのは数日前に別れた不思議な豚のこと。

そして、去り際に言われた言葉。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「アニさんにアネさんたち、あっしはここでお別れでやす」

目の前に伸びる道は二手に分かれている。ひとつは北へと向かう道。もうひとつは南へと続いている道だ。

喋る豚ことレオナルドは北へと進むようなので、俺たちとは逆の方向となる。

「ハッ、ようやく清々するわ。さっさと行ってしまえ」

まるで野良犬を追い払うかのようにシッシッと手を払うエヴァ。

「ケケケ、ナカナカニ楽シカッタゼ」

一方、チャチャゼロは別れを悲しむことはないものの共に旅をした時間を鬱陶しいものとは思っていないようだ。

「じゃあな。縁があるようならまた会おう」

そう言って俺はレオナルドの前に手を差し出す。握手こそできないものの前足を乗っけることでレオナルドは答えてくれる。

「へい。アニさんたちはこれからヘラスの方へ行くんで?」

ヘラスとはこのまま南の方へ進むとある都市のことだ。もし、行くことになるとすれば今まで訪れたどの街よりも大きい街だろう。

「だぶんな。ただ、大都市となると俺たちにとっては不都合しかないから分からないけど・・・」

それだけ大きい街となれば賞金首である俺やエヴァにとっては火の中へ突っ込んでいくようなものだ。容易に決めることができるようなものではない。

「そういえば、アニさんたちは大悪党でやしたね」

忘れてたと言わんばかりに頷き納得いったという表情を見せてくる。これでも賞金総額800万$なんだけどなあ・・・

「そういうことだ」

「なら、一つだけ忠告をさせていただきやす」

「ほう、この私に忠告だと?」

エヴァは面白いといった表情でレオナルドをいぶかしみ見つめる。

「アニさんやアネさんたちがこれからどのような道で南へ向かうのかは分かりやせんけど、『森』には気をつけてくだせえ」

「どういうことだ?」

「あっしはこれでも豚であって人間ではありゃせんですから、他の動物の声が分かりやす。南の方から飛んでくる鳥の話を聞くと南の森からは“声”が聞こえないようなんですわ」

「声・・・」

レオナルドが他の動物と話すことができたというもの驚きだが、彼の言葉も確かに気になる。

「そうでやす、アニさん。何が起きているかは分かりやせんけど、何かが起こっていることは確実でやす。用心してくだせえ」

「わかった。注意しておく」

「では、この辺で。達者でしてくだせえ」

そういい残し、レオナルドはとことこと北への道を進んでいった。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「声が聞こえないとは言ったもんだな・・・」

「確かに鳴き声一つ聞こえやしないな。不気味でしょうがない」

「ケケケ、ビビッテルノカ御主人?」

「んなわけなかろう!!だが、こうも静かだと気味が悪くてしょうがない」

交わす会話は響くことなく静かに森へと吸収されていく。上からは薄日が差し込んでいるというのに森の中は暗く空気が重く感じる。

「まるで人払いの結界の中にいるみたいだな」

「そうだなッ、まさか!?」

エヴァは突然何かに気付いたかのように驚き、辺りを見渡すと地面に手を当てる。

「どうし「クッククク」・・・エヴァ?」

かと思えば笑い出してしまう。

「ククク、やられたよ。ユウ、お前の言った通りこれは一種の結界だよ。それもかなり高度のな」

「それってどういう・・・」

「この辺りには動物が避けるような魔法がかけられている。いや、人間と“吸血鬼”しか入り込めないようになっているんだよ」

肩を震わせるのをやめ、エヴァは静かに説明しだす。そこには先程までの愉悦さを微塵も感じさせず“闇の福音”たる姿を知らしめている。

「“人だけ”を払う、もしくは“生物”を近寄らせないならまだ分かるのだが。これは“人間”と“吸血鬼”以外を追い払うものだ。意味はわかるな?」

「罠・・・」

人だけを引き込む結界であったのならまだ何か他の要因を考えることができただろう。だが、エヴァが言うことには人と“吸血鬼”のみが入り込めるようになっているという。つまるところ、この魔法をかけた魔法使いは明らかに吸血鬼を狙っているのだ。

「そういうことだ。これだけ高度な魔法を使ってきたんだ、そこいらの賞金稼ぎとは比べ物にならないほどの腕だろうよ。戦闘力はともかく魔法の技術だけなら私に匹敵するかもしれないな」

淡々と語られる言葉には相手に対する遜色は一切見られず事実を客観的に述べているようだった。実際そうなのだろう、エヴァがここまで敵を評価することはないのだから。

「それで魔法の影響下からは抜け出すことはできるのか?」

「できることにはできるが森一帯は影響下にあたるから森を抜けなければならないな。進路を少し変えれば夜までには抜け出せるはずだ。たしか、草原のようになっている場所が森に入る前空から見えたと思う」

「問題は何時仕掛けてくるかということか・・・」

これだけ大掛かりなことをしてきているのだから確実に何かが起こるだろう。セオリーとしては比較的疲労の表れやすい夕方になるが・・・

「御主人、ユウ。御出デノヨウダゼ、ケケケ」

チャチャゼロの言葉通り、いつの間にかに複数の気配が現れている。

「ふん、囲まれているようだが人ではないな。魔物か?」

「いや、これは・・・」

忍び寄るように木々の間から這い出てきた影は狼のような獣。“ような”としたのはそれがあまりにも不自然に思えるからだ。

まず、その体毛。木々の陰に隠れていながらも更にそれよりも黒い。まさに漆黒といえるだろう。狼の姿は今まで数多く見てきたがこのような色をした狼は始めてみた。

次に身体の大きさ。ほとんどは普通の狼とさほど変わらない大きさだが、なかには明らかに狼としての範疇を超えているものもいる。

そして、なによりその瞳だ。瞳はルビーを埋め込んだかのような深紅をしている。不気味に光るそれからは理性を感じることができず、まるで・・・

「“あの”獅子みたいだ・・・」

そう、目の前の狼たちはあの獅子の化け物と酷似していた。決して姿が似ているわけではない。姿かたちは狼そのものであるし獅子と見間違う要素は何処にもなく、あの獅子の象徴ともいえる角は狼には備わっていない。

しかし、目の前から感じる雰囲気、威圧感はかつて戦ったそれと似ている。似すぎているのだ。

「同じ存在だろう」

ぽつりとエヴァが呟いた。

「それって・・・」

「ここにいる狼もあの街で戦った獅子も私たちを罠にかけた何者かによって生み出されたものだということだ。人工キメラといったところだな」

「なら、チッ」

疑問を最後まで口にすることは叶わない。

それ以上は話させないというように四方から襲い掛かってくる。数にして6、奥にはまだ姿が見受けられる。咄嗟に断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉を発動させ、飛び掛ってきた狼の首を切り落とす。同様に断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉を発動させたエヴァも狼の胴を袈裟切りにしている。

「チャチャゼロ!お前は奥のを殺せ。ユウもだ」

「ワカッタゼ。切リ刻ンデヤルゼ」

エヴァの言葉を受けチャチャゼロは鉈と包丁を手に狼へと突っ込んでいく。

「大丈夫なのかエヴァ?」

狼の胴を両断し、エヴァのほうを振り返りながら再び首を切り落とし尋ねる。

「そこまで体術が得意ではないからといっても狼程度に遅れはとらん。それよりも奥にいる大きい奴が出てくるとこの場所では少々厄介だ。片付けて来い」

「了解」

エヴァをその場に残し瞬動で狼の囲いを抜けリーダーと思われる狼の前へと辿り着く。その体はゆうに3メートルは超えており狼としては規格外の大きさだろう。

「さて、連れがまだあんたの仲間に囲まれているんださっさと終わらせてもらおうか」

そう告げて俺は戦闘へと突入した。


 ♢ ♢ ♢


数分後、辺り一帯には血生臭い匂いが充満していた。

転がる死体は20匹にも及んだ。あるものは首を落とされ、あるものは四肢を切断され絶命している。

「エヴァ、大丈夫かって訊くまでもないか・・・」

今回の戦いで一番狼を屠ったのはエヴァだろう。俺とチャチャゼロはリーダー格の狼を相手にしていたため多くの狼がエヴァを襲うことになったからだ。

「ああ、油断して掠り傷を受けてしまったが問題はない」

良く見てみるとローブの袖の部分が裂けており腕に傷を受けているようだった。ローブは返り血で汚れてしまっているのでどのみちもう使うことはできないだろうが。

「障壁を張ってなかったのか?」

エヴァに限らず魔法使いは皆、常時展開型の障壁を身の回りに張っている。勿論その強度は魔法使いの技量によって変わるのだが、エヴァほどのクラスになればまず破ることはできない。まして、狼程度の物理的攻撃で障壁を壊すことなどありえないのだ。

「いや、張っていたよ。だが、こいつらの爪にはあの槍の元となった角と同じような性質があるようだ。無効とまではいかなかったが強度が落とされていたよ」

足元に転がる狼の前足を眺めてみるが特に変わったところはない。自らの血で赤く染まった爪が鈍く光っている。

「爪じゃあ加工するのは難しいか。チャチャゼロお前も大丈夫か?」

「ケケケ、コノ程度ナンノ問題モナイゼ。ムシロ切リ足ラネークライダゼ」

そう笑うチャチャゼロは返り血で真っ赤に染まっている。どうにかして血を流したほうがいいかもしれない。

「問題ないならばこのまま進むぞ。結界自体はなくなったようだが術者が現れていない以上森の中にいるのは危ういからな。こう遮蔽物が多いと魔法が使いにくくてしょうがない」

確かにこのままここにいるのは拙い。できるだけ早く開けた場所に出ることが先決だろう。森は隠れることには適しているが場所がバレ戦闘となってしまえば魔法使いにとっては戦いにくいだろう。魔法によって木々が倒壊し巻き込まれてしまってもおかしくないのだから。

「そうだな、俺やチャチャゼロはともかくエヴァにこの状況はまずいか。本音を言えば着替えたかったんだけどな」

「ふん。何を言っているんだほとんど返り血など受けていないくせに」

俺はエヴァのように混戦になっていたわけでも、チャチャゼロのようにリーチが短いわけでもないので比較的返り血を浴びていない。とは言ってもすぐに着替える必要がないという程度に留まるのだが。

「新しいローブを着ているエヴァには言われたくないさ」

エヴァは返り血で赤くなったローブをいつの間にか脱ぎ捨てており新しいものを羽織っている。

「ほら、行くぞ。ユウが飛行魔法を使うことができれば楽なものを」

「使えないわけじゃないさ。あれ地味に魔力を食うからなるべく使いたくないだけだ。飛んでいくのか?」

「構わんどうせ日が沈むまでには森を抜けられる。わざわざ、場所をさらすこともない」

「それもそうだな」


このときはまだ知らなかった。

この戦いがどういう意味を持っていたのか。

否、知っていたところで結末は変わらなかったのかもしれない。

終焉への影は確実に近づいていた・・・




[18058] 第15話 邂逅と憤怒
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/30 23:55
あの狼たちの襲撃を受けてから既に3日が過ぎた。

俺たちの周りは森の中とは違った意味で静かである。

そう、敵からの行動が全くないのだ。

あの襲撃で懲りて襲うことを諦めたてくれたのならいいが、あれだけ巧妙な罠を仕掛けていたのだからこれで終わるとは考えられなかった。

今は草原を歩いている。何時襲撃があるのか分からない以上、奇襲を避けるためにも森の中などの遮蔽物が多くある場所は避けたほうがいいということになったのだ。

「エヴァ、大丈夫か?」

「あ、あぁ。この暑さで少々だるいだけだ。気にするほどではない」

太陽は燦燦と輝いている。この直射日光の中歩き続けているのだからばててしまっても可笑しくはないだろう。かくいう俺も多少疲れてきている。疲れ知らずなのは先行しているチャチャゼロだけだろう。

「チャチャゼロ、何かあったか~?」

この先は小高い丘になっていたのでチャチャゼロに先に行ってもらい様子を見てもらっていたのだ。

「アア、丘ヲ越エタ先ニ泉ガアッタゼ。ソコカラ暫ク進ンダラマタ森ニナッテイルゼ」

「そうか。なら、その泉で一度休むか。流石に疲れた」

チャチャゼロに答えつつ、緩やかな坂を上って行く。朝から歩き続けていたがじきに休むことができると思うと足取りも軽くなるのだから不思議である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


辿り着いた泉はまさしく憩いの場と呼べるものだった。

森が近くなっているせいでもあるのか、畔には木も生えていてちょうどよい木陰を作り出している。

「どうして、仕掛けてこないんだと思う?」

木陰に腰掛けエヴァに尋ねる。

「それは襲撃がないということか?」

「そうだけど・・・普通なら休ませずに襲撃してくるんじゃないか?それこそあの獅子や狼のようなので時間をおいて波状攻撃されたら厄介だし」

あの獅子や狼は実を言えば非常に厄介だといえる。個としてなら大したことはないが群となると厄介となる。片や魔法が効かず、もうひとつは障壁を打ち破ってくる。仮に獅子と狼の混成で襲いかかられたら簡単には倒すことができないかもしれない。

「・・・・・・私たちが開けた場所にいるからだろう。あの化け物どもは確かに厄介である所もあるが、このように開けた場所ではあまり力を発揮できないだろう。それこそ囲まれたとしても上空にあがり魔法を放てばいいのだからな」

若干、思案した後エヴァが答えてくれる。

確かにこれだけ見晴らしがよければ、近寄られる前に逃げることも攻撃することも十分に可能だろう。

「ということは奇襲を狙っているということか?」

「そうなるな。それが一番効率的な戦いだろう」

「なら、ここから先が危険だということか。森に入ってしまうと奇襲がしやすくなるからな」

この先には森が広がっているのが見える。すなわち、ここから先に罠がある可能性は十分
すぎるほどある。狙うなら間違いなくここだろう。

「逃げたって可能性もあるが?」

「それだったらそれで僥倖ってことでいいだろ?」

確かにそうならばこしたことはないがそれはないはずだ。間違いなく仕掛けてくると心が訴えてくる。

「まぁな。さて、そろそろ行くか」

「もういいのか?」

「なに、どうせ少し進めばまた森に入るんだ。日差しが苦になることはなくなるよ。行くぞ、チャチャゼロ」

「………」

「おい、チャチャ「御主人、ユウ。ドウヤラ出発ハ無理ミタイダゼ」なんだと!?」

チャチャゼロの視線の先にはなんの変わりのない一つの人影。

この気温の中フードを深く被り自然に歩いていく。

あまりにも自然が故にその姿は不自然である。今いる場所が街道ならば特に気にすることもなかったであろう。だが、ここは森に周囲を囲まれている草原なのだ。人がその身一つでいるなどありえないのだ。

人影は泉の対岸まで歩いてくると立ち止まりゆっくりとした動作でそのフードを取り払った。

日の下にさらされた素顔は暗く光る金髪だった。


 ♢ ♢ ♢


「『闇の騎士』に『真祖の姫』、『殺戮人形』よ、お初に御目にかかる。私の名はクード・クリューター、以後よろしく頼む」

対岸に立つクードというくらいブロンドの男は優雅に礼をすると静かな瞳でこちらを見つめてくる。

「名乗られたところで答える必要はないのだがな。『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

そう言いつつしっかりと名乗るところがいかにもエヴァらしい。それにしてもこの声どこか聞き覚えがあるような・・・

「ユウ・リーンネイトだ」

「ケケケ、チャチャゼロダ」

俺とチャチャゼロは簡潔に名前だけを述べる。目の前の男は物腰は丁寧だが逆にそれが胡散臭さを醸し出している。

「『殺戮人形』はともかく、『闇の騎士』の名前は初めて聞きますね」

「そりゃ、名乗ってないからな」

俺は襲い掛かってくる賞金稼ぎなどに対して一度も名前を言ったことがない。賞金稼ぎのほうから名乗ることもなかったし、口を開く前に意識を刈り取ることも多いからだ。それゆえ、俺の正体は『闇の福音に付き添う男』程度にしか伝わってなかったりする。

「ならば名前を知ったのは私が初めてということですかそれは光栄です」

「特に興味もないくせによく言う」

にこやかに心にもない世辞をすらすらというクード。ますます胡散臭い。

「やはり、分かりますか?えぇ、申し訳ありませんが私が興味があるのは『真祖の姫』だけなんですよ」

胡散臭い笑顔を崩さずエヴァを眺めるクード。こいつ、そういう趣味なのか?まあ、精神的倫理上はなんの問題もないが。でも、それを考えると俺も30を越えているんじゃ・・・止めよう不毛だ。

「ふん。欲しいのは賞金かそれとも名誉か・・・」

エヴァが馬鹿にしたように言う。

エヴァを仕留めることができれば莫大な賞金をてにすることができるばかりか世界共通の悪を倒した正義の味方として名誉も得られることだろう。

「賞金?名誉?そんなものに興味はありませんよ。今、興味があるのは貴女だけですから。そもそも、私は研究者ですからね」

「研究者だと?」

「ええそうですよ。私はただの研究者。魔法への探究心が私そのものです」

確かにクードの顔はとても戦う者には見えない。そう仕向けている可能性も否定できないが。

「そんな研究者が私に何のようだ?」

「そんなもの当然貴女に興味があるからと何度も言ってるでしょう。“真祖”である貴女にね。真祖の吸血鬼、実に興味深い。膨大な魔力に不老の身体、脅威の回復力。それでいて弱点らしい弱点が見当たらない。素晴らしい、しかもその技術は数百年も昔にできている。それでいてその技術は失われてしまった。それが残念で堪らないのですよ、私は」

クードは恍惚そうな表情を浮かべ語りだす。一方のエヴァは無表情だ。

「探求、実に素晴らしいとは思いませんか?私はね、思うんですよ探究心を貫くためなら何をしてもいいとね。実際色々なことをしてきましたよ。毒薬の研究、強力な魔法の開発、効率のよい召喚法の模索、幻想種と同格の魔法生物の創生。動物、人体実験は勿論のこと町を燃やしたこともありましたねえ」

「町を、燃やした、だと・・・?」

「あれ、気になりますか?“闇の騎士”さん。いいですよ教えてあげます」

まるで子供が親に自慢をするかのようにクードは話す。嬉々として話すその声色に俺は底しれない怖気を感じた。

「その頃の私はね先に言った研究の中の“強力な魔法の開発”と“効率のよい召喚法の模索”に時間を費やしていたんですよ。ある程度の成果が見込めたところで私は実践してみることにしました。薬は臨床、機械は試運転をするように魔法も使ってみないことにはどんな問題があるか分かりませんからねえ。そこで私は一つの町を悪魔を召喚し襲わせ、町の半分を魔法で燃やしたんですよ。どちらもそれなりの成果は出たのですけど、魔法に関していえば必要とする魔力が多すぎて実用的ではなかったんですよね。詠唱も長すぎましたし」

当時のことを思い出しているのかクードはブツブツと呟き、問題点を挙げているようだった。距離があるせいかその言葉は俺には良く聞こえない。それにたとえ距離がなくても今の俺には聞こえないかもしれない。

今まで感じていた既視感が徐々に記憶と重なっていき、記憶からは一つの映像が思い出され目の前の男とダブってくる。視界は彷彿として思考は停滞していく。そんな中、尋ねたのは一つの言葉。

「・・・その町の名は?」

「えっ、町の名前ですか。確か、ス、スペ・・・そうだ!!“スペラーレ”だ。それが―――」

ここで俺は完全に理性を失った。


 エヴァside

一瞬のことだった。それこそ瞬きをしている間に全ての行動が終わっていただろう。この場に一般人がいたなら突然クードが吹き飛んだように見えただろう。無論、私には何が起きたか見ることは出来た。単純だ、ユウが一瞬でクードとの距離を縮めて殴り飛ばしただけだ。

予想外の行動だったといえば嘘になる。「町を燃やした」というクードの言葉を聞いたときからユウの様子は明らかにおかしかったからだ。容易に想像できるこいつが、クードがユウの暮らしていた町を燃やした犯人なのだと。

動機は己の探究心という欲を満たすためというこの上なく理不尽なもの。だが、同時に尤も人間らしい理由であるとも思えた。

結局のところ、人なり何であれ生き物というのは欲に支配されて生きている。食欲、睡眠欲、生存欲、根本から欲に支配されているのだ。それから逃れることなどできないだろう。吸血鬼である私だって食べ物を食べたいと思い、生きたいと願い、眠ることだってある。

クードの場合はそれが探究心だっただけだ。私たちが三大欲求を満たしたいと思うとの同じようにクードは探求欲を満たしてきたのだろう。そのためにしたことに疑問など持つこともなく。

狂っているといえばそうだし、壊れているともいえる。本来、英知を授かったものなら押さえることのできるものを押さえることができていないのだから。もしかしたら、押さえなくてよい欲として認識されているのかもしれないが。そうならば、やはりクードは正しく壊れているのだろう。

対岸に渡ったユウを見てみると理性の欠けた瞳で空を見上げている。つられて空を眺めてみるとそこには吹き飛ばされたはずのクードがいた。

「チッ」

驚きよりも歯がゆさが表れる。

「(今の一撃で眠ってくれればよいものを)」

先のユウの攻撃は完全に本気の一撃でありまともに喰らえば眠るどころか永眠しかねないものだ。それを受けて生きているどころか悠々と空に浮かんでいることからもクードが実力者であることは明確である。

「(腐っても一流の魔法使いということか。約束してしまった以上、ユウを止めなくてはならないがこれでは本当に殺しかねん)」

星空の下で「殺してでも止めてやる」と約束した以上は止めなくては矜持に反する。

「ずいぶんと手荒なことをしてくれますね。町を焼いたことがそんなに許せませんか。人殺しという意味では貴方も同じでしょう“闇の騎士”?」

「・・・アデアット。思い出せ、町を燃やした後であったことを」

見当違いなことをいうクードに対してユウはアーティファクト呼び出し構える。

「(拙いかこれは・・・)チャチャゼロ、どちらかを押さえることはできるか!?」

「無理ダナ。ユウニハ勝テナイシ、クードトカイウ奴ノ力モワカラナイカラナ」

先程から臨戦態勢をとりながらも一歩も動くことのなかったチャチャゼロに問うが、予想していた通り止めることはできないようだった。

「町を燃やした後ですか。何もなかったと思いますが?」

「いいや、あった。貴様は覚えていないかもしれないが一人の子供にあったはずだ!」

その言葉に初めてクードは考える素振りを見せる。

「クックック、なるほど。そう言うことでしたか、貴方はあの町の生き残り。どうやってあの悪魔たちから生き残ったか気になりますが、確かに戻ってきた悪魔の数が少なかったことを覚えてます。そうか、そうですか。フフッフッフ」

全てを決定付けたクードの言葉は己の研究について語っていたときのように愉悦の含まれたものだった。その様子にユウは苛立ちを露わにし、私は静観するほかなかった。

「なに「何がおかしい?ですか」クッ」

「そりゃこれ程までおかしなことはありませんよ。あの時力のなかったただの子供が賞金首になるほどにまで力をつけ、真祖の姫と共に現れたのですから。運命を感じませんか?そうだ、吸血鬼について研究を終えたら運命について研究することにしましょう」

「貴様!!」

ユウは魔弾の射手の引き金を引く。瞬間的に高められた魔法の射手が一条の光となりクードに襲い掛かる。

「そんな直線的な魔法が当たるとでも!!」

クードは魔法の射手の軌跡を予測し避ける。しかし、魔弾の射手で放たれた魔法の射手は必中。外れることはありえない。

「なっ!?」

魔法の射手はクードが回避した方向へと強制的に進路を変え、クードは爆発に巻き込まれる。

「誘導性のアーティファクトですか。完全に避けたと思ったのですけどね」

「まだだッ!!」

爆発から逃れたクードに対して虚空瞬動で距離を詰めたユウは右手を振り抜く。身を反らしそれを避けたクードは反撃をしようとするが叶わず、地面へと投げ飛ばされる。

「御主人、始マッタゾ。止メンルンジャナカッタノカヨ」

「ああ、止めるさ。だが、今は無理だ」

繰り広げられる戦いを見つめ歯軋りをする。瞬動術による高速戦闘では魔法使いである私では介入するのは難しい。ならば・・・

「隙を見つけて足を止める。チャチャゼロ、合図をしたら一瞬2人の間に割り込め」

「ケケケ、ヤッテヤーロジャネーカ」

待ってろユウ。約束通り殺してでも止めてやるからな。






[18058] 第16話 本能の拳、理性の魔法
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/31 22:46
殺す。

目の前の男を。

穿つ。

相手の腹を。

断つ。

相手の首を。

右手も左手も右足も左足も魔法も、全てが相手の命を刈ることを目的とした必殺の一撃。

しかし、目の前の男はそれを捌いていく。時に腕で時に足で時に魔法で。

焦る。

自分の攻撃が通用しないことに。

恨む。

己の弱さを。

欲す。

更なる力を。

身体への負担を考えず、強化した拳を振るう。

「貴様が、貴様がぁーーー!!」

「貴方とて、生きたいが為に人を殺したのでしょう?同じことですよ、欲のままに自らのエゴを突き通したという、ね」

拳は受け流され、魔法は防がれる。届かず、当たらず。腕はただ空をかく。

「クソッ」

魔弾の射手に魔力を込め撃ち放つ。現れるのは無数の光の刃。

魔弾の射手は込めた魔力を一発の弾丸として打ち出すことも、増幅された魔力と同等の数の魔法の射手を放つこともできる。どちらとて必中、さしずめ全ての弾丸が当たる散弾だ。必ず当たる以上散弾に意味はないように思えるがそうではない。必中の散弾とは多方向からの同時攻撃になる。

「目晦まし?いや、どれも誘導性があるのでしょうね」

クードはその場で動きを止めると全方位に障壁を張る。数が多いとはいえ一発一発は比較的軽い、ある程度の障壁を張ることができれば易々と防ぐことができるからだ。そこへ魔法の射手が殺到―――爆発。

辺りは閃光に包まれ視界が遮られる。その中を突き破りクードに肉薄しトリガーを引く。

―――轟―――

撃鉄の落ちる音と共に空気を震わせるほどの轟音が鳴り響く。

純粋な力による一撃。本来ならば辿り着くことの叶わなかった力の極地。1001矢に匹敵するほどにまで高められた魔力を弾として撃つ。名前などない、技ですらない。威力だけを求めたその一撃はクードの身体を跡形もなく吹き飛ばした



「大した威力ですね。あれを喰らったら流石に危なかったですよ」



に思われた・・・

「何故・・・」

背後には薄っすらと笑みを浮かべ漂うクードの姿。避けることのできるタイミングではなかった。攻撃が当たる感触もあった。なのに何故・・・

「理解できませんか?答えは単純、貴方が消し炭にしたのが分身だっただけです。何時すり替わったなんて無粋な質問はしないでくださいね。最初からですよ、貴方たちの目の前に姿を現したね」

確かにそうだ。今まで姿を現せるどころか悟らせることすらしなかったクードが突然目の前にそれも一人で現れるはずがなかったのだ。

「お前も“分身”か?」

「さて、どうでしょう?今から死ぬ貴方に教える必要はありませんよ。思うように動くことができない相手なんて簡単に屠れますから」

身体は今までの動作の反動ですぐには思うように動かない。

「では、さようなら。もし、あの町の人に会うようなことがあれば伝えておいてください。“無駄ではなかった”と」

名も分からない魔法が迫ってくる。瞬動どころか足を動かすことすらままならない。障壁を張ったところで防ぐことは叶わないだろう。俺に備わっている魔力の全てをつぎ込んだとしても防げるか微妙な攻撃だ。先程までも魔法行使で半分ほどにまで減ってしまった魔力で張った障壁では焼け石に水だろう。

ここまで明確に死を感じるのは何時以来か。修行をしていたときに死にかけたことは幾度となくあったがここまでの思いに駆られることはなかった。

「(そうだ、あれは・・・)」

「忘れてもらっては困るな」

「残念。仕切リナオシダ」

身も凍るような寒さの中、目の前に現れたのは一人の少女と人形だった。


 エヴァside

「今だ。行くぞ、チャチャゼロ」

「ケケケ、馬鹿ナ弟子ニオ灸ヲ据エニ行クゼ」

チャチャゼロと共に駆け出し、ユウとクードの間に割り込む。あらかじめ、準備しておいた魔法を放つ。

「忘れてもらっては困るな」

「残念。仕切リナオシオダ」

向かってくる魔法をチャチャゼロが槍―熄魔―で打ち消す。打ち消し損ねた余波は私が障壁で請け負った。

「なっ、エヴァ!?」

「殺してでも止めてやると言っただろう?お前はその中で暫くじっとしていろ。じきに溶ける」

「って、さむっ」

最初に放った魔法は『凍てつく氷柩』。氷柱の中に閉じ込める魔法だが対象はクードではなくユウだ。少し頭を冷やさせないとまた同じことになりかねない。尤も、疲労で理性は戻ってきていたようだが。

「私に興味があると言いながらユウの相手ばっかりとはつれないじゃないか?」

「勿論、忘れてなんていませんよ。メインディシュはオードブルの後にするのは当然でしょう?」

「ふん。氷爆」

クードの顔の前で爆発を起こす。

「おっと、いきなりですね。怒っているのですか?」

驚いたように見せながらも容易にクードは障壁で氷爆を防いでいる。それどころかニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。

「別に怒ってないさ。あれは今凍り漬けになっている馬鹿弟子の責任だ」

「薄情じゃないんですか?」

「殺さなかっただけ感謝して欲しいくらいだよ」

言ったのは紛れもない事実だ。あのまま戦いが続いてとしたら止める方法は本当に殺す以外はなかっただろう。あのタイミングで動きを止めたからこそできた行動だ。

「では、真祖の姫よ。私の探求の糧となってくれますかな」

「誰が!チャチャゼロッ!リク・ラク・ラ・ラック・ライラック―――」

チャチャゼロに前衛を任せ詠唱を始める。

「なら、力ずくで手に入れさせてもらいますよ。ゾード・ハイネス・ラ・フェスタ・バンダイン―――」

チャチャゼロの振るう刃と槍をかわしながらクードも詠唱を始める。

「来たれ氷精 闇の精 闇を従え 吹雪け」

「来たれ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ」

『闇の吹雪!/雷の暴風!』

片や闇と氷を帯びた魔法。片や雷と風を帯びた魔法。その2つがぶつかり合う。そして、相殺。

「やはり、同系統のしかも得意じゃない魔法じゃ吸血鬼の魔力には敵いませんか」

「頭ノ上ガオ留守ダゼ」

魔法を放ち終わった一瞬の隙をついてチャチャゼロがクードの頭上より刃を振りかぶる。常時展開型の障壁と一瞬拮抗するが押し負けクードは地面へと落ちていく。

そこへ私は、

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 来たれ氷精 大気に満ちよ 白夜の国の 凍土と氷河を こおる大地」

地面を氷錐に変える。クードは勢いを殺しきれず、氷錐へと突き刺さり姿を消す。

「分身か・・・」

「えぇ、そうですよ。といっても先程ので最後、私は本体ですけどね」

振り返ればそこには無傷で立つ三人目のクード。

「訓えても良かったのか?貴様を倒せば終わりなんだろ?」

「構いませんよ。貴方こそ調子が優れないのでしょう?」

「!?」

「図星、のようですね」

確かに身体が普段のときよりも重く、動きに精彩が欠けていることは自分自身が理解している。特に魔法を放った後に感じる疲労が以上である。魔力量にはまだまだ余裕があるのちも関わらずだ。

「だが、な」

「『合綴』」

「もう、終わりだよ」

言葉と同時に辺りは色取り取りの魔法の射手によって支配される。

赤、青、黄、白、黒。

全ての切っ先はクードへ向けられ、光の檻となしている。

「い、一体・・・?」

「それはあの世で探求してろ」

冷徹な声が合図となり、檻をなしていた光群はクードを貫いた。


 Side OUT


「それはあの世で探求していろ」

『合綴』だけでなく『魔弾の射手』によっても高められた魔法の射手がクードを襲う。

「遅かったじゃないか」

「氷漬けにされて凍えて大変だったんだよ!!」

「自業自得だろう?」

「うっ」

それを言われてしまうと反論することができない。激情に駆られたら止めてくれと頼んだのは俺のようなものだし、殺されてもおかしくなかったところを文字通り頭を冷やして止めてくれたのだから。

「・・・気は晴れたか?」

エヴァが表情を消して尋ねてくる。消したといってもそこにはいつも気丈なエヴァには珍しく悲哀の表情が薄っすらと見え隠れしているように見えた。

「・・・やっぱり、空しいのかな」

正直に言ってみれば分からないのだ。人を殺すことは何度もあった。それは殺すべくして殺したが、自分で殺したいとは思ってなかった。

だが、今日俺は心から殺すことを願い殺したのだ。憎悪の下に。

「空しいか、私には感じることのできなかった感情だな・・・」

そう言うエヴァはかつての自分の姿を思い出してかどこか遠くを見ているようだった。

「御主人、ユウ。マダ、終ワッテナイヨウダゼ」

チャチャゼロの声にクードのほうを見てみるとボロボロになりながらの立っている姿があった。とはいっても左腕は肘から先を失い全身を血で染め上げ満身創痍、息があるだけでも驚きだというのに立っているとは・・・

「そこまでの欲だというのか・・・」

エヴァが呟きながら断罪の剣を発動させる。

「エヴァ、いい。けじめは俺がつける」

エヴァを制し前に歩み出る。動くつもりがないのか動けないのか、クードは身動きをせずじっとしている。その瞳の焦点はあっておらずもはや見えていないのかもしれない。

「もう、眠れ」

―――閃―――

断罪の剣で首を落とす。頭を失った体は倒れ地面を赤く侵していく。

「ユウ・・・」

「咎は受けるさ。それは初めて殺したときに決めた。人を殺すことに誇りは持ってはいけない。でも、責任は持たなくてはいけないからな」

「・・・そうか、納得しているならいい。行くぞ、これ以上はここにいることもない」

クードの亡骸を一瞥することもなくエヴァとチャチャゼロは立ち去る。俺も地面と対称的に何処までも青い空を一度見上げて後に続こうとし、

「体がな、い・・・?」

「エヴァッ!!」

エヴァは首を失ったクードの体に吹き飛ばされていった。



[18058] 第17話 不死と真祖
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:2dd6bb4f
Date: 2010/06/01 23:24
「エヴァッ!!」

叫んでから思う。“油断した”と。

あまりにも易々とことが進みすぎたのだ。2人もの分身を用意するほどにまで慎重であったはずなのにエヴァが介入してからは簡単に追い詰めることができていた。そう、不自然なくらいに。

「ックァハッ」

蹴り飛ばされた勢いのままにエヴァは地面を跳ねるようにして転がる。障壁の上からですら充分過ぎる威力、障壁がなかったらと思うとぞっとする。

「エヴァ!!」

漸く転がり終わったところで追いつき抱きかかえる。

「大丈夫だ。肋(あばら)を何本かと内臓(なか)を少しやられたがな。だが・・・」

「“だが、何故私が生きている?それとも、何故怪我の治りが遅い?”ですか?」

声のしたほうを見ると異様としか表せない光景があった。

首をなくしたクードの体が己の首を抱えて、その首が口を開き言葉を紡いでいる。人間離れしている。不老不死の吸血鬼ですら同じ真似ができるか分からない。

「そうなのか、エヴァ?」

奴の言葉を信じるのは癪ではあるがもし本当ならば確かに異常なことだ。エヴァは吸血鬼しかも真祖だ。不老不死で回復力も人とは比べ物にならない。それこそ腹に穴が開いたところで一瞬で治ってしまうだろう。それが骨折程度(十分重症ではあるが)がすぐに治らないとなれば何らかの原因があることは明白である。

「あ、あぁ。普段よりは遅いな。それにどうも体が重い。ダメージが残っているのかもしれんが」

戸惑いながらもエヴァの口からは肯定の意が出る。

「…………」

無言で原因を知っているだろう相手を睨む。既にクードは首を元の位置に戻しくっつけていて、気付けば左腕も元に戻っている。

「そう睨まなくても教えてあげますよ。前者は簡単、私も“不死”だからですよ。後者は私がそうなるように仕組んだからです」

「不死だと・・・」

「ええ、私が真祖の姫、貴女に興味を持ったのはとあるメモを見つけたからなんですよ。そこには真祖化するための術式が書かれていました。もっとも欠損が激しくてほとんど読めことはできなかったのですけどね」

“真祖化”という言葉にエヴァが反応を見せる。

「真祖の姫、貴女が思ったことは恐らく正しいですよ。最後の言葉は『ある少女を真祖と化すことにより研究の完成とする』こうかいてありましたから。貴女を真祖の吸血鬼とした人物、または協力者の残したものだったのでしょう」

エヴァは顔を歪ませる。もう何百年と前のことではあってもこうやって対峙すると何かあるのだろう。むしろ、何百年と経ったからこそこの事実にくるものがあるのかもしれない。

「そんなことはどうでもいいんですよ。そこで私は真祖化を再現できないかと研究を重ねました。メモがあったとはいえほぼ読むことはできないようなもの、研究は難航を極めました」

「その完成体が貴様ということか」

「完成?いいえ、全くの未完成ですよ。何人もの出来損ないを生み出したところで完全な真祖化は果たせませんでした。出来たのは回復力の高い存在、とはいえ細胞の全てが消し炭になるようなことがあれば死んでしまいますけどね」

クードは首を竦め左右に振る。確かに異常な回復力だ。首を完全に落とされた状態から生き返り、あまつさえくっつけ直すなどありえないことだ。

「真祖化と共に得ることのできる膨大な魔力も得ることはできませんでしたしね。まぁ、力が欲しいわけではなかったので気にはなりませんでしたが。なので私は唯一の完成体である“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”に興味を持ったわけです」

「貴様の異常な回復力の理由は分かったさ。それがエヴァの調子が悪いのとどう関わる?」

「あれ?分かりませんか?私は“真祖化についてのメモ”を見つけたと言いましたよ?」

「まさか!?」

エヴァが何か閃いたように目を見開く。その驚きはクードが復活したときよりも大きい。

「何か気付いたのか?」

「奴は完全な“真祖化”を目指した。つまりそれは・・・」

「そう、その通りです。創ることができるのだから壊すことができても不思議ではないでしょう?所詮、未完成では“真祖”であることを弱らせる程度に留まってしまったようですが」

ようは擬似的な真祖化ができるのだからその逆も当然できるということなのだろう。

「ならこの体の重さは・・・」

「“日光”が原因でしょうね。試すことはできませんが他の吸血鬼の弱点とされているものも効くのではないでしょうか?」

今のエヴァは真祖の吸血鬼ではあるが限りなく吸血鬼に近い真祖なのだろう。故に日光で体が弱まり、回復力も普段より劣っている。

「だが、何時!?」

そう、今回の戦いでエヴァはクードから何が術式をされるどころか傷一つ、触れられてすらいない。何かできたとは到底思えないのだ。

「私は真祖化したものを弱めるための術式を呪いに似た毒という形で仕掛けました。その呪いは極めて弱くもったところで一日が限度。更には呪う対象に傷をつけなければならないというものでした」

「ならば、なおさら」

「そして、何よりその呪いは遅効性。体が万全の状態では効果が出始めるまでに3日はかかるという見込みのものだったのですよ。では、3日前貴方たちは何をしてましたか?」

子供に謎解きをしているような口調で尋ねてくる。

3日前と言えば森に入り、狼に襲われ、そして―――!?

「分かりましたか?そう、3日前の化け物の襲撃。あれは貴方たちを倒すためではありません。真祖の姫に“傷を付ける”ことが目的だったのですよ」


『エヴァ、大丈夫かって訊くまでもないか・・・』

『ああ、油断して掠り傷を受けてしまったが問題はない』


あの森の中での戦いの後の会話が思い出される。エヴァはあの時、確かに傷つけられていた。

「そうか、私がこの“闇の福音”たる“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”がここまで手玉に取られるとはな。滑稽すぎて笑いも出んよ。ユウ、お前は逃げろ。奴が興味があるのは私だけだろう」

「エヴァ、何を言ってるんだ・・・?」

「確かに興味があるのは真祖の姫だけですよ。でもね・・・」

その刹那、クードの姿が掻き消え、

「最後まで手玉に取られていてください」

エヴァの変わりに横に立つ姿があった。

「「!?」」

俺とチャチャゼロは咄嗟にその場を飛びのき距離をとる。

「チャチャゼロ、エヴァは!?」

「御主人ナラアソコダゼ」

チャチャゼロの指し示した場所には木にもたれかかりぐったりとしているエヴァの姿があった。

「魔力供給ガアルカラ死ンデハイナイゼ」

「でも、意識はあるようには思えないか。チャチャゼロ」

「何だ?逃げるのか?」

「冗談、誰が」

逃げることなどありえない。エヴァは俺を見捨てずに助けてくれたのだ。目覚めが悪いとか気になることがあっただとか自分自身の理由からであったけれども助けてくれ、そして修行までしてくれた相手を見捨てることなどできるわけない。そしてなにより、

「自分の大切な人ぐらい守れなくて何が“立派な魔法使い”だってんだよ」

己の思う“立派な魔法使い”であることを突き通すためにもここで退くことなんてするわけがない。

「ケケケ、自分ノ命ヲ大切ニスルンジャーネノカヨ。マッ、オレハ嫌ライジャネーケドナ。ケド、ドウスルンダ?アイツハ“不死”ダゼ」

「幸運なことに『魔弾の射手』にはあと一発、弾が残ってるんでな。渾身の力でぶち込んでみるさ」

「魔力はさっきので空ナンジャネーノカヨ?」

チャチャゼロの言葉のように魔力はもうないといってもいい。クードを滅すだけの魔法を放つことはギリギリできるかといったところだ。

「人間その気になれば何とかなるもんだよ」

「人間ッテノハ便利ナ体ナンダナ、ケケケ」

「お話はもういいですか?」

エヴァを吹き飛ばしたあと動いていなかったクードから声がかかる。

「お蔭様で。待っていてくれたのか?」

「いいえ、私もあれほどまでの速さで動いてしまうと少しの間思うようには動けないのでね。休ましてもらいました」

異常な回復力があるとはいえ素体が人間である以上、人間離れした行動をすると体にダメージは残るようだ。

「そうかい。じゃあ、チャチャゼロ!!」

俺の声を受けチャチャゼロが飛び出し槍による一閃。〈熄魔〉による一撃ならば障壁は意味をなさない。殺すことはできなくとも一度致命傷を与え動きを止めることができればそこで魔法を打ち込むことができる。チャンスは一度しかない。弾丸も魔力も。

頭への攻撃を首を反らして避けたところに断罪の剣での一太刀。狙うは胴体、動きを止めることを目的とする。

クードは障壁を瞬時に作り切っ先を反らすことで避ける。そこに背後からチャチャゼロが襲い掛かるが拳によって吹き飛ばされる。

「(なんでこんなにも戦い慣れているんだよ!!)チッ!」

己を研究者と豪語するものにあるまじき戦闘技術を見せ付けるクード。魔法使いという意味だけではなく戦闘者ということにおいても今までで一番厄介であった。

中段に蹴りを放ち、受け流された流れでそのまま右手を振るう。髪をかすませる程度にそれは留まり掌底による一撃をかわす。

魔法を使わせるような隙は与えない。与えてしまってはそれだけで窮地に立たされてしまう相手に隙を見せずに大きな隙を作る。限りなく不可能に近いことだ。

「(でも、やらなきゃいけない!!)」

俺がチャチャゼロの、チャチャゼロが俺の隙を埋めるようにして絶えず攻め立てる。

袈裟切り、掌底、蹴り、突き。

守り、避け、受け流す。

一瞬の隙が死に至るような攻防を重ねる。

チャチャゼロの刃を守ったクードが〈熄魔〉を弾き飛ばす。

「(今だ!!)」

振り切られた掌底の隙をつき、逆袈裟切りによって切り上げ腕を弾き飛ばす。

苦痛の表情を浮かべるクード。例え腕がくっついたり生えるようなことがあろうとも痛みを受けないはずがない。

一瞬、されど一瞬。その隙が決定的な隙となる。

「チャチャゼロ!!」

チャチャゼロを下がらせ、魔弾の射手を構える。

「これで終わりだっ!!」

銃口から閃光が吐き出される。吐き出された閃光は勢いを欠くことなくクードを包み込み、その姿は光の中へと消えていった。

「オワリカ?」

「ハッハァ、たぶん・・・」

近づいてきたチャチャゼロに対して曖昧に答える。地面に向かい撃ち出す形になったので、土煙が舞い上がり周囲の視界は奪われていた。

絶妙のタイミングで渾身の一撃を叩き込んだ。これで死んでいなかったら正直絶望的といえるかもしれない。

立ち込めていた土煙が晴れてくる。

「オイオイ、マジカヨ」

チャチャゼロの呆れるような声が横から聞こえる。気持ちは俺も同じだ。

土煙が晴れた先には全身から出血をしながらも存在するクードの姿があった。

「あれを受け止めたというのか・・・?」

放った一撃は己の出せる最大級のもの分身を屠ったものとほとんど変わりはない。それを受け止めたということは呆然とする要因としてこれ以上のものはなかった。

「・・・効きましたよ。あまりの激痛で意識が飛ぶかと思いました。先の一撃に匹敵、いやそれ以上のものでしたよ」

口に溜まった血を吐き出しクードは話し出す。既に出血は止まっている。ふざけた回復力だ。

「ドウスルンダ、ユウ?」

「いや、もう魔法は撃てないな。魔弾の射手にも弾は残ってないし・・・」

既に攻撃をするための魔法を放つだけの魔力は残っていない。『魔弾の射手』にも弾は残っておらず、一日経つまで弾は装填されない。今は昼を少し過ぎたところでとてもじゃないがこの状況で半日耐えられるとは思わない。

「逃ゲルシカナインジャネーカ?」

「エヴァを抱えて逃げ切れるかこの状態で?」

こちらは満身創痍で魔力もない上にエヴァが小柄とはいえ、人一人を抱える必要がある。

対する相手は傷だらけとはいえ、すぐに回復をし万全の状態となる。魔力や体力まで回復するとは思えないが、まだ余裕はあるだろう。

「絶体絶命ッテカ?」

「ああ、まさしく四面楚歌だよ」

「さて、そろそろお別れです。この回復力を前にしてここまでダメージを与えられるなんて実に興味深くも思えてきたのですが、生憎逃がすわけにはいかないのですよ。私は臆病なものでね」

そう言って、魔法を使うのか触媒を取り出してくる。

「触媒を使うなんてまたずいぶんな魔法を使うんだな」

「ええ、どうせなら親と同じ魔法で殺してあげますよ。ほんの気紛れです」

脳裏にあの火柱が思い浮かぶ。全ての始まりとなった魔法で終わるのかと思うと皮肉にも感じる。

「魔法ナラ、打チ消セルンダケドナー。決メ手ガナイゼ」

確かに魔法であるならば〈熄魔〉によって打ち消すことはできるかもしれない。だが、“不死”を“殺す”手段が残されていない。

「(殺す、待てよ)チャチャゼロ」

「何ダ、一カ八カ逃ゲテミルノカ?」

「違う。奴を葬る方法があった。何分一人で奴を抑えてられる?」

「本当カヨ?マァ、三分ハ耐タエテミセルゼ」

「充分だ。頼んだ」

「ワカッタゼ」

チャチャゼロの返事を聞き、俺は『魔弾の射手〈シュターバル〉』の最後の能力を発動すべく意識を集中させた。

「Ich gehorche dem Teufel.」
『我、ザミエルと契約す。』





違うユーザー画面から投稿したのでID等が異なっていますけど気にしないでください。



[18058] 第18話 魔弾 -Freikugel-
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/04 00:23
「Ich gehorche dem Teufel.」
『我、ザミエルと契約す。』

『魔弾の射手〈シュターバル〉』から六発全ての薬莢が吐き出される。地面に落ちる前に光の粒となったそれらは金属音を奏でることなく掻き消える。

本来、魔弾の射手の薬莢は捨てることなく、一日の初めに再利用される。故にこれは普段ならばありえない状況。『魔弾の射手〈シュターバル〉』の最後の力を用いるときにのみ起こる現象だ。

「今更、何をするというのです?」

「オット、アンタノ相手ハ俺ダゼ?」

クードとチャチャゼロの声が聞こえてくるが、その声は遥か遠くから聞こえてくるかのように微かにしか聞こえない。

それは決して彼らが遠くにいるのではなく、自分の意識がここにいないのだ。

己のアーティファクトに全ての神経を集中させる。既に安全装置(セーフティー)は言の葉(トリガーワード)によって外された。後戻りはできない。

今から使うのは禁忌の術。“これ”を得たときにエヴァによって使うことを禁じられた遣うはずのなかった能力。

「(エヴァ、悪いが約束は破らせてもらった)」

今も尚、目を覚ましていない彼女に心の中で謝る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「最後の能力を教える前にお前はそもそも“魔弾の射手”を知っているのか?」

「・・・?」

エヴァの言葉に思わず首を傾げてしまう。『魔弾の射手』はこのアーティファクトのことではないのだろうか?

「その様子だと知らないようだな。知っているとは思っていなかったが」

「なら、訊くなよ」

にべにかわもない返答に不満が露わになってしまう。

「そう、不機嫌になるな。今から説明するから。“魔弾の射手”とは元来旧世界におけるオペラの題名だ」

「オペラ?」

忘れてしまったのか、もともと知らなかったからなのか、全く聞き覚えのない言葉だった。

「歌う劇だと思ってくれればいい。今回の話には関係ないから気にするな。このオペラの話の中では悪魔の力を借りて七つの銃弾を作り、それを『魔弾』という」

「悪魔に、魔弾・・・」

“悪魔”ということばに顔が歪んでしまう。別に恐怖を感じるわけではないが、自分のアーティファクトに悪魔が関わっているとなるとなんともいえない思いだ。

「向こうでは人智を超えた事柄には神なり悪魔なり超越的な存在が関わっているとしたからな。深い意味はない」

「あぁ、分かった」

「続けるぞ?作り出された七発の銃弾の内、六発は望むところに当たる必中弾であった。二つ目の能力はこのことが元となっているのだろう」

元となったものがあるのなら六発という制限があることも理解できる。リボルバーに入るだけという可能性も捨て切れはしないが・・・

「なるほど・・・じゃあ、残りの一発は?」

「その残りの弾の力を表したのが最後の能力だよ。残りの一発はな、悪魔の望むところに当たる弾だったんだよ。文献によっては致命弾としているものもあるな」

「致命弾・・・」

「つまりはな。最後の能力は相手を必ず殺すことだ。放たれた弾は相手に当たらずとも相手の命に中る。例え、真祖の吸血鬼だろうとも屠る弾だ。ただし、その弾は使用者の魂、命で鋳造されるがな。これが最後の力の実態にして使用を禁じる訳だよ」

相手を必ず死に至らせる代わりに自分も確実に死ぬということか。これまで『魔弾の射手〈シュターバル〉』の能力はどれも自分にあったものばかりだったが、最期の能力はあっていないようだ。自分を大切にするということが叶わない。

「そういうことなら最後の力はつかわないさ。使う条件も厳しいしそのようなことにはならないとは思うけどね」

「最後の能力がないものとしても、充分すぎるほど強力ではあるからな」


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「Ein erstellen aus Beil.」
『毒を纏いし金属を元に一を求め。』

「Zwei erstellen aus Gestoβenes Glas.」
『聖なる玻璃を糧に二を作る。』

呪文を唱えると身体の芯から力が抜けていくよう感じがする。

「(これが命が吸われる感覚か・・・)」

空だったリボルバーには二発の弾丸が装填されている。今唱えた呪文によって作り出されたのだろう。

「Drei erstellen aus Quecksilber.」
『型なき金属を幹に三を望み。』

「Vier erstellen aus Drei Kugeln.」
『既中の三頭を基に四を願う。』

更に力が抜けていく。だからといって立っていることが辛くなるわけでもない。まるで自分という存在が希薄になっているようだ。実際その通りなのだろう。命をかける弾ということは自分の存在を込めているようなもの、今リボルバーにある四発の弾丸は紛れもない自分自身なのだから。

「何をしたところで無駄だというのが分からないのですか?」

「サテナ、俺ハ時間を稼イデクレトイワレタカラソウシテルダケダカラナ」

聞こえてくる音に意識を向ければチャチャゼロの声が聞こえてくる。約束通りしっかりと時間を稼いでくれているようだ。こちらも期待に応えなければならない。

「人形ごときにでき―――」

「ソノ口ヲ塞グコトグライハデキルゼ、ケケケ」

チャチャゼロの挑発の声を最後に意識を詠唱に戻す。

「Funf erstellen aus Auge eines Wiedhopfes.」
『冠携えし鳥の右晶を根に五を生み。』

「Sechs erstellen aus Linke eines Lichses.」
『縛られぬ獣の左晶を礎に六を顕す。』

リボルバーに六発全ての弾丸が埋まる。右手からは『魔弾の射手〈シュターバル〉』が脈動しているような感触があり、手を離すことができない。

右手は引き金にかかっている人差し指しか動かないという異常な状態であるのに恐怖は感じず。寧ろ、暖かな温もりを感じやはり自分の一部なのだということを再認識する。

「Mind das opfer, Terminate leben.」
『心を贄に命を穿ち。』

装填された六発の弾丸が眩い光を発する。まさにそれは命が燃えているといっても過言ではないだろう。輝きが納まるとリボルバーの中の六発の弾丸は姿を消し、代わりに目の前には一発の黄金の弾丸が鋳造されている。薬莢を開きその弾丸を込めると弾丸と呼応するようにして『魔弾の射手〈シュターバル〉』が淡く黄金に輝きだす。

「Hammer geschlagen, Evangelium ihn zum Tode.」
『終末の福音は撃鉄と共に鳴り響く。』

撃鉄を上げコッキングする。残る詠唱はあと一小節。

「ユウ、逃ゲロ!!」

チャチャゼロが珍しく焦りを露わにした声を上げる。目を開いてみればクードの放ったであろう魔法が迫ってきている。だが、逃げることはしない、できなかった。既に足は地面に縫い付けられたかのように一歩もその場から動かすことはできない。感覚がないわけでなく、もうこの場にしか自身は在れないのだ。

けれども、確実に自分を捉え死に至らせるであろう魔法がやってくることに対して恐怖を感じることはなかった。そうただ漠然と、


「氷盾!!」


守られているという気がしていた。

「(また、守られたな・・・)」

見てみればそこにはボロボロになりながらも魔法を使ったエヴァの姿があった。エヴァには出会ったときから守られてばかりだった。

正直に言えば、初めて会ったときは全く信用していなかった。確かに命の危機を助けてもらいはした。父さんと母さんの言いつけどおり助けられたからには感謝もした。けど、それだけだった。悪名轟く、かの“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”が気紛れで俺を助けてくれることなんてありえないと思っていたからだ。だから、利用しようと思った自分が力をつけるための。

口や態度では“立派な魔法使い”になるためだとか言ったりしていたが、根本的なところではやっぱり“復讐”を求めていたのだろう。でも、エヴァはそれを知っていたのか知らなかったのかは分からなかったが俺を真剣に鍛えてくれているようだった。

そんな生活を送っているうちにエヴァを信頼するようになっていった。結局のところ俺が一番求めていたのは“力”なんかではなく“温もり”だったのかもしれない。家族ばかりか自分を知る存在を全て失った俺にとってエヴァはかけがえのない心のよりどころとなっていた。

だからこそ・・・

「(今度は俺が守る!!)」

エヴァは俺が今からなすことによって起きる結果を知っている。それでも、俺を守ってくれた。ならばやることはただ一つ。

「Deshalb, Trigger der Siebten.」
『故に引かん終局の引金を。』

詠唱を終えると『魔弾の射手〈シュターバル〉』から輝きが失われ、日光をその銀装飾が反射する。

「クード」
チャチャゼロと対峙していたクードを真っ直ぐと捉え、銃口を向ける。

「準備は終わったのですか?」

「あぁ、終わった。そして、お前の終わりだ」

「どうしてです?貴方が放つ魔法が確実に中るのだとしても防げばいいだけでしょう?」

クードは知らない。今から放たれる弾の意味を。

「防いでみろよ」

「言われなくとも」

クードは目でわかるほどの障壁を幾重にも張る。

しかし、それらは無駄でしかない。今から放つ弾も確実に中る。だがそれは身体ではない。

チャチャゼロは既にクードから遠ざかりエヴァの横いる。

エヴァはただじっとことの成り行きを見守っている。顔に悲哀の表情もなければどんな感情も表れてはいない。見据える覚悟をした目しかない。

その瞳をみてどこか安心をする。そして、


『魔弾 -Freikugel-』


引金を引いた。


エヴァside

意識を取り戻してまず感じたのは体中の痛み。依然、治りは普段よりも格段に遅く何時までも鈍痛が響いている。

重い瞼を開き微かに見ることの出来た光景はチャチャゼロの槍をクードがかわしているところだった。絶望的な状況、だがユウの姿が見えなかったことに安堵した。

ユウを助けたのは本当に気紛れだった。必要なことを聞き出したら近くの町か村にでも放り投げるつもりだった。

それを自分の弟子にし鍛え上げたのにはかつての自分をその中に垣間見たからだ。あまりにも馬鹿げた理想を語りはしていたが、ユウの目には復讐の色が見えた。復讐を願いながらもその思いを隠そうとする。それが意識してか意識しないでか知る由はなかったが、自分と同じように人生をめちゃくちゃにされたにも関わらずすぐに復讐に走らないことに興味を持ったのだ。

最初の頃こそユウは私に対して警戒心が露わだった。隠しているつもりだったようだが私にしてみれば欠片も隠れていなかった。自分から弟子入りを願っておきながら何様のつもりだと思い修行の内容を厳しくしたこともたびたびあった。

それが何時のころか信頼のようなものを感じるようになり。私も心を許していることに気付いた。吸血鬼になったことで失い、もう何百年も昔に忘れてしまっていた受け入れられるということ。また、そんな気持ちがまだあったことに驚いた。

吸血鬼である私を享受した存在。そんな奴だったからこそ私はユウに生きていてもらいたかったもかもしれない。

耳には絶えずチャチャゼロとクードの戦闘音が聞こえてくる。

『………i……………Gl………』

そんな音に混じるようにして微かに旋律が聞こえてくる。

「(これは嘔、か・・・?)」

『…er…………us………D………el…』

その嘔のような旋律にどこか温かさを感じる。だがどうして、同時に不安にも感じるのだろうか?

「(この嘔を私は知っている・・・?)」

『…unf…erste…l…aus…Aug……hopfes』

徐々にはっきりと聞こえてくる旋律に底知れぬ不安を感じ目を開き見やる。

「ユウ・・・」

視線の先には朗々と言葉を紡ぐユウの姿があった。そして同時にまたこの嘔の意味も理解する。

「ユウ、や、めろ・・・」

この嘔うような詠唱は使うことを禁じたアーティファクトの最後の能力。己の命を対価に敵を滅ぼす忌むべき力。

静止を求め声を出すが思うように出ない声は届くはずもない。

「Sechs erstellen aus Linke eines Lichses.」
『縛られぬ獣の左晶を礎に六を顕す。』

目に映るユウの姿は確かにそこに在るはずなのにとても儚げであまりにも希薄だった。

「Mind das opfer, Terminate leben.」
『心を贄に命を穿ち。』

ユウが手に持つ『魔弾の射手〈シュターバル〉』が輝きだす。リボルバーの位置から光っているので正確には異なるのかもれないが、恐らく詠唱が最終段階に入ったのだろう。

「あれは何なのですか?」

「知ラネーナ。オマエヲ倒ス秘策ジャネーカ?」

戦闘を続けながらクードの問いにチャチャゼロは答える。チャチャゼロは知らないようだがあの能力が本当であるならば間違いなく秘策だ。それも不死ですら殺せるほどの。回復力が強い程度では敵うはずもないだろう。

「なら、止めなくてはいけませんね」

その瞬間、クードはチャチャゼロの槍を弾き魔法に対して無防備にし魔法の射手を放つ。チャチャゼロは咄嗟に弾かれた槍に隠れるようにしてやりすごす。

「避けてよかったんですか」

クードは笑みを浮かべたままチャチャゼロに問う。放たれた魔法の射手は5本、打ち消されたのは2本。そして残りは・・・

「Hammer geschlagen, Evangelium ihn zum Tode.」
『終末の福音は撃鉄と共に鳴り響く。』

詠唱を続けるユウへと向かっていった。

「ユウ、逃ゲロ!!」

チャチャゼロが焦るように叫ぶ。その声にユウは顔を上げ、迫る魔法を確認するが避ける素振りはみせない。

「(まさか、動けないのか!?)」

『魔法の射手〈シュターバル〉』の最後の能力は命を喰らう。その結果、身体機能に問題が起きていてもなんらおかしくはない。

すぐさま魔法を唱える。魔力は充分すぎるほど残っているが呪いのせいか上手く使うことができない。

「(間に合え!!)」

手を伸ばし、ユウを守る魔法を声に出す。

「氷盾!!」

静かにこちらを向いたユウの微笑には覚悟の色が見えた。結末はもう既に決まっている。納得はできないがユウが覚悟を決めた以上、それを邪魔するようなことはするわけにはいかない。それは誇りを汚すものなのだから。

「Deshalb, Trigger der Siebten.」
『故に引かん終局の引金を。』

その言葉と同時に黄金の輝きは失われ、代わりにユウの右手は日光によって銀の輝きを生む。

「クード」

先程までの戦いがまるで嘘だったかのように静まりかえりユウの声が響く。風すらも凪いだこの空間は時が止まってしまったかに思えるほどだ。

「準備は終わったのですか?」

「あぁ、終わった。そして、お前の終わりだ」

そう、終わりだ。詠唱の終わった今、もうできることは何もない。引金を引くだけで終わりが訪れる。奴にもユウにも・・・

「どうしてです?貴方が放つ魔法が確実に中るのだとしても防げばいいだけでしょう?」

「防いでみろよ」

「言われなくとも」

クードの張った障壁は確かに強固なものだ。それこそ私ですら破るのが困難なほどのものであろう。だが、いくら身体を守ろうとしたところで無駄だ。もとより、肉体の破壊などするわけではないのだから。

私にできることといえばあとは見据えるだけだ。じきに訪れる終焉をただ黙って。

そして、


『魔弾 -Freikugel-』


引き金が引かれた。

吐き出された命の輝きで目を開いていられなくなる。音はない、光だけがこの空間を支配する。

『魔弾』という名に似合わない温かな光。いつまでも包まれていたいと思うが終わりは唐突に訪れる。

光が納まるとそこには先刻と変わらずある2つの人影。銃を構えたままのユウと障壁を張ったままのクード。

「クックックック。失敗ですか?障壁を破るどころか傷すらついてませんよ?」

無傷の障壁を解き、笑い出すクード。

「いいや、中ったよ」

ユウは焦る素振りを見せず『魔弾の射手〈シュターバル〉』をカードに戻すと無感情に告げる。ただ、事実を述べているように。

「一体、何処にあ―――」

最後まで言葉を発することなくクードはその場に倒れた。あまりにもあっけなく、あっけないという言葉ですら陳腐に聞こえてくるほどにクードの時は終わりを迎えた。

「だから、言ったろ?中ったって」

動かなくなったクードを見下ろすようにしてユウは声を投げかける。

「エヴァ・・・」

そう声をかけてきたユウの姿は光の粒子となりつつあり消えかかっていた。

ただ死ぬのではない。消えていっているのだ。死体すら残すことの叶わない。消滅という終わり。

「ユウ・・・」

なんて声をかけていいかわからない。「良くやった」?「助かった」?「死ぬな」?どれを言ったところで一体何になるというのだろう・・・

「正直に言うとこの力はエヴァに使ってあげたかったよ」

「えっ?」

私に使う?それは私を殺したかったと―――

「これならエヴァの永遠を断ち切ることができたからな」

「あっ」

不老不死はどんな攻撃を受けようが猛毒を盛られようがどれだけ時間が過ぎようが老いもしなければ死ぬこともない。それは同時に死ぬことができないことと同じである。終わらない生を生き続ける。それは生き地獄とどこも変わらないかもしれない。

「まぁ、余計なお世話だったかもしれなかったけどね」

そう笑うユウの姿は下半身はなく。胸も消えかかっている。

「俺はエヴァにずっと助けられ、守られ続けてきた。力を手に入れた後でさえも。けど、最後の最後で守ることができたから・・・ここで終わることに何の悔いもない。むしろ、誇ることができるよ」

「ユウ・・・」

今、私はどんな顔をしているのだろうか?無表情?悲しんでいる?それとも、笑っていられているのだろうか?

「悪いな、エヴァ。もう少し話していたかったけど、もう時間だ」

ユウの身体は頭しか残されておらず、それすらも透けてほとんど消えてしまっている。

「逝くな」ということができたのならばどれだけ楽だろうか・・・叶わぬと理解していても望まずにはいられない。

「エヴァ」

いつもと同じ調子で呼びかけられる。だから私もいつもと変わらない調子で

「・・・なんだ」

答えた。

「ありがとう。先に逝くよ」

その言葉を最後にユウは完全に姿を消した。

「先に逝く」なんて残酷な言葉なのだろうか・・・

「馬鹿者、もう私には追いかけられないじゃないか・・・」

「御主人・・・」

「行くぞ、チャチャゼロ。ここの風は少し辛い・・・」

凪いでいた風は再び吹き出し、優しく草の香りを運んでいくのだった。


「おやすみ、ユウ・・・」


呟きかけた空は何処までも青かった・・・





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これで第一部が終わりです。拙い文章にお付き合いしていただきありがとうございます。第二部も頑張っていきたい思いますのでよろしくお願いします。



[18058] 第18.47話 each tomorrow
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/05 01:25
森の中を一つの小さな影が街道に沿って進んでいく。その体毛の色がもう少し地味であったならば、野犬や野良猫の類だと見間違えたかもしれない。

しかし、その影の色は紅潮した人肌のような桃色で容姿は犬でもなければ猫でもない。豚であった。そう、“猪”ではなく“豚”である。本来ならば野生にいることなど考えもしない存在だ。

「~♪」

鼻歌なんかを歌っているものだから、ことさらにその姿は異色に思えることだろう。

勿論、この豚ただの豚ではない。かつて、人であったときの記憶を持つ豚、転生豚である。

名を「レオナルド・ボアピグレット」という。

豚である癖をして「獅子(レオ)」などとたいそうな名前なのだが、人間であった頃の名前を用いているだけであるので致し方ないといえるだろう。むしろ、今の状態を暗示していたかのような家名にこそ驚くべきであろう。

碧空の下、斜光の差し込む森を清らかな音と共に進む豚。もう少しでこの世のものとは思えないような光景を生み出せたかもしれないだけに非常に残念に思える風景である。

「~~~♪」

自らの醸し出しているちぐはぐな情景を知ってか知らぬか、上機嫌で豚は森を行く。

「なあ、なんか歌が聞こえないか?」

「!?」

レオナルドの歌は突如聞こえた男の声によって止まる。レオナルドはすぐに草陰に隠れ周囲の様子を窺う。いくら人である記憶があっても豚であるレオナルドは下手をすれば容易に晩餐と化してしまうからだ。その上、話すことができると知られてしまったらよい見世物になることは間違いない。

「歌?そんなもん何処から聞こえるってんだよ?空耳だろどうせ」

「あれ確かに聞こえた気がしたんだけどな・・・」

声のする方角を注視してみるとそこには2人の男がいる。その姿からただの旅人ではなく賞金稼ぎであろうことが用意に理解でき、見つからなかったことにレオナルドは胸に手を当てて安堵の息をつく。実際は豚なので胸に手を当てることはできてはいないのだが・・・

「それよりも知っているか?」

「何をだよ?」

賞金稼ぎであろう男の片方が水を飲んでいるもう一人の男に声をかける。

「あの“闇の騎士”が討ち取られたってよ」

「「!?」」

水を飲んでいた男が驚きを露わにしたのと同様にレオナルドも息をのむ。

「(アニさんが殺された・・・?)」

レオナルドは暫く前に“闇の福音”たるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその従者“闇の騎士”であるユウ・リーンネイトと出会い、僅かの間ではあったが共に旅をしたこともあった。それ故にこのことがとても信じられるものではなかった。

「本当かよ!?“闇の福音”の従者だろ?懸賞金200万$の。一体何処のどいつが・・・」

「まぁ、正確には死んだだろうってことなんだけどな。何でも闇の福音の傍に姿がなかったらしい。死んだという証拠はないが目撃者もいないからな。どこかの賞金稼ぎが相打ったんじゃないかというのが専らの噂だ。賞金にあやかろうとして名乗りを挙げる奴が後を絶たないみたいだけどな」

「そりゃ、200万$だぜ?下手すりゃ一生遊ぶこともできるからなぁ」

「そうだな、名乗りを挙げてみるか?」

「冗談。そんな実力がないのはすぐにバレるって」

「ははっ、違いない。行くか」

「おう」

そのまま男たちは言葉を交わしながら街道を歩いていった。

男たちの姿が見えなくなり、声が聞こえなくなったところでレオナルドは草陰から出た。その姿は先程までの調子が嘘のように静かなものだった。

「アニさん、生きていやすよね・・・」

虚空に響いたその呟きは誰に聞かれることもなく霧散するのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ガス灯が灯りおぼろげな姿を見せる街並みを空から眺めるようにして2つの影が宙に浮かんでいる。

夜風になびく金の長い髪を押さえることもせず、一人の少女はじっと佇む。傍らの人形も同じようにただ浮かんでいる。

もし、他の人間がこの姿を見たのならば恐れるよりもまず見惚れたことだろう。それほどにまで儚く幻想的で、まるでニュクスが光臨したかの光景だった。

しかし、彼女の姿に気付くものはいない。彼女らの眼下の街には空に人が浮かんでいるなどと思う人などいないのだから。

「魔法がなくとも人はここまで闇を照らすか・・・」

朧げに輝く街を見つめ、少女、吸血鬼“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”は呟く。

魔法が隠れ、代わりに科学が世の中心となった旧世界。かつて、エヴァンジェリンがこの地を立ち去ったときはまだここまでの発展を遂げてはいなかった。真祖の吸血鬼は人の貪欲なまでの進歩に普段は感じることのない時間を思う。

「この力があれば、あるいは・・・いや、考えても仕方のないことか・・・」

一枚のカードを取り出した少女はそれを見つめる。それは在りし日の姿はなく、まるで誰かの心をそのまま表しているかのように空白が際立っていた。

「手に入れなければ、こんな思いはしなかったか・・・本当にままならんよ・・・」

そこに込められた思いは二種類か。思いを“してしまうこと”と“するようになったこと”。

「御主人・・・」

人形の従者には思いを知ることはできても本当の意味で理解することは叶わない。故にただ己の主を呼ぶ。

「チャチャゼロ」

カードを優しく撫でるようにしてしまった少女は傍らの従者の名を呼ぶ。

「私が、私たちがあいつが在った証だ」

従者は主を守るため命を賭し、体すら残さずに逝った従者(とも)を思う。人形に感情はない。されどその姿は従者(とも)の死を悲しんでいるように見えるほかなかった。

「・・・・・・・・・・・アァ、ソウダナ」

長い沈黙の後に開かれた口にはやはり感情の色を見ることはできない。だが、それでも主は満足だったのか特に従者に何を言うこともなく言葉を綴る。

「だから、私たちは生きなければならない。それを誰に伝えるわけでもない、文字に記すわけでもない。ただ、生きるだけだよ私たちは」

「・・・・・・」

哀愁の色を取り除き、決意するように述べる主に従者はただ押し黙る。

「幸い、時間はたくさんある。それこそ、“悠久”にな。あいつは余計なお節介だというかもしれないがな。お互い様だ」

柔らかな笑みを浮かべた少女は街を一瞥し身を翻す。

「行くぞ、まずは東の果てへ向かうとしよう」

「アア」

その日、この街には金色の天使が東へと飛び去ったという噂が広まったのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ぽつぽつと光が生まれてはまた消えていく。

何処までも草原は続き、何処までも空は高い。生まれ消え逝く光は舞い上がる雪のようでとても儚い・・・

“此処”が天国だと思えばそう感じることだろう。“此処”この世の終わりだと信じることもできるだろう。

故に“此処”は“此処”でしかないのだ。

緑の絨毯、青の天井、銀の雨の中を一人の少女が何処へ向かうわけでもなく歩いている。

腰を優に超えるほど伸ばした茶の髪を揺らし歩く少女の顔は微笑みながらもどこか悲しみを感じる。それはどこか神秘的で近寄りがたいものだった。

また、少女の姿は酷く曖昧で目を逸らしてしまったら次の瞬間には消えてしまっているかもしれない。

「終わったか・・・」

唐突に彼女は空を見上げ言う。空には相変わらず銀の光が舞い上がっている。

「いや、これから始まるんだ。ようやく・・・」

その笑みは変わらず悲しみを含んだようなものだったが、神秘性はなく人を思う人の顔であった。

「目覚めるためには眠らなければならない」

彼女はゆっくりと言葉を重ねる。

「先に待つのは消滅か・・・それとも存続か・・・」

歩みを止めていた彼女は再び歩き出す。

「こうなることを分かっていながらもお前を送った私をどう思う?」

光を羽衣のように纏わせながら彼女は歩き続ける。果てのない草原を・・・

「お前は“此処”に至ることができるのかな、ユウよ・・・」



[18058] 第18.98話 語り告がれること
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/05 01:26
Retrieve and Regain. ―――思い出し、取り戻すもの―――



「そうか、俺は・・・」

「思い出しましたか?」

「あぁ、ここは“此処”なのか・・・?」



Direct or Obedience. ―――喰うか、喰われるか―――



「俺が負ければ・・・?」

「貴方が負けたとき待つのは“消滅”です」

「消、滅、・・・?」



Explorer meets Young hero. ―――探索者は英雄を夢見る少年と出会う―――



「俺は絶対あの人みたいになるんだ!!」

「英雄、か・・・」



Brief relief and Discipline days. ―――束の間の安らぎと修練の日々―――



「何をしているんです?」

「ん?日向ぼっこ」

「ご一緒しても?」



He was against the Rule. But he have less Power. ―――理を外れど、力は及ばず―――



「貴方が一番分かっているのでしょう?」

「けど、だからといって!!」



Can’t fly by Rusted wing. ―――錆付いた羽根では空に至らず―――



Knights lament incompetent under sorrowful sky. ―――騎士達は悲しみの空の下、己の無力さを泣く―――



「俺はまた・・・」

「お前がお前たちがぁーーー!!」



Slumbering for Arousing. ―――目覚めるために眠ったのか―――



大いなる樹に導かれ旅人は目覚める。

全ては此処に至るために・・・



To be continued.

Next saga Disglargly.






「起きてください、主」


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