2010年4月8日 21時28分 更新:4月9日 0時59分
【プラハ樋口直樹】米国のオバマ大統領とロシアのメドベージェフ大統領は8日、チェコの首都プラハで、第1次戦略兵器削減条約(START1、昨年12月失効)に代わる新たな核軍縮条約に調印した。配備済み戦略核弾頭の上限数をそれぞれ1550に制限するもので、過去の米露核軍縮で最低水準となる。オバマ大統領が提唱する「核兵器なき世界」の実現に向けた実質的な第一歩となった。
新条約(新START)は、大陸間弾道弾(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、重爆撃機の核運搬手段を800に抑え、実戦配備分については700に制限する。両国議会の批准を経て発効し、7年以内に戦略核などを削減する。有効期間は10年。発効すれば、02年に調印された戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)は失効する。
オバマ大統領は調印後の会見で「核の安全保障と不拡散にとって重要な一里塚」と評価した。メドベージェフ大統領も「米露双方が勝利し、全世界の勝利でもある」と語った。
新STARTは未配備の戦略核や、より小型の戦術核の制限には触れず、ロシアが懸念する米ミサイル防衛(MD)計画を直接名指しした制限事項は盛り込まなかった。オバマ大統領は会見で、ロシアとMDに関する協議を継続することで合意したと強調。一方、ロシアは8日、米国のMDが強化されれば新条約脱退の根拠になるとの声明を発表した。
「核兵器のない世界」の実現を訴えノーベル平和賞受賞につながったプラハ演説から約1年。再び同じ場にやってきたオバマ米大統領は、感慨深げな表情でメドベージェフ・ロシア大統領と新STARTの調印に臨んだ。
両首脳は昨年7月にSTART1の後継条約で大筋合意。同12月の失効までの調印はできなかったものの、今月12、13日に開かれる核安全保障サミットに間に合わせ、核大国のメンツを保った。
オバマ大統領の包括的な核政策の目標は、イラン、北朝鮮の核開発阻止を含む「核不拡散と核テロ防止」にある。核安保サミットを主催し、5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で条約強化を訴えるのも、国際的な核不拡散・管理体制を構築するためだ。
ただ、これらは他国の協力抜きではできない。非核兵器保有国は、世界の核兵器の約9割を占める米露がNPTで定める核軍縮義務を果たしていないという不信感が根強い。核兵器の役割を縮小する「核態勢見直し」(NPR)をまとめ、新START調印にこぎつけたオバマ大統領は、「自ら率先する核軍縮」をアピールし、一連の国際会議で各国に協力を迫る考えだ。
ロシアでも「米国と並ぶ核大国として核軍縮を主導する姿勢を示した。世界の核不拡散体制に貢献する重要な一歩になる」(ゾロタリョフ米国カナダ研究所副所長)と新STARTの意義を評価する意見が強い。
ロシアは旧ソ連時代に製造された核ミサイルが老朽化のため廃棄を余儀なくされる。ソ連崩壊に伴う経済混乱で軍需産業が壊滅的打撃を受け、新型ミサイルの開発・製造が追いつかず、保有核戦力の「自然減」が続いていただけに、合意がまとまってほっとしているのが本音だ。戦略核の運搬手段をより多く保有する米国に削減義務を負わせる新STARTは、米国との均衡維持を目指すロシアにとって、どうしても必要だったといえる。
米露の利害一致が背景にあるとはいえ、新STARTが東西冷戦の最前線だったプラハで調印された意義は大きい。「冷戦の遺物」ともいえる核兵器の廃絶に向けた世界的な潮流が生まれるのか。米露の今後の取り組みが問われそうだ。【ワシントン草野和彦、モスクワ大木俊治】