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[18444] ショート・オブ・ザ・レギオス
Name: 粒子案◆a2a463f2 E-MAIL ID:bc487448
Date: 2010/06/02 19:36

警告。

この作品は鋼殻のレギオスの二次制作です。
ギャグの作品が殆どです。
短編あるいは数話の短い話です。
超設定と超展開が盛り沢山です。
原作キャラに魔改造が施されています。
原作とは違った内容でレイフォンが不幸になります。
ネタを思いついた時のみ更新されます。
復活の時とは何の関係もありません。

以上の内容をよくご確認の上、苦手なようでしたらお引き換えしください。


更新記録
2010年4月28日 超槍殻都市グレンダン投稿
2010年5月12日 超槍殻都市グレンダン2投稿
2010年6月2日 超槍殻都市グレンダン3投稿



[18444] 超槍殻都市グレンダン
Name: 粒子案◆a2a463f2 E-MAIL ID:bc487448
Date: 2010/06/02 19:36


 レイフォン・サイハーデンは武芸者である。
 今年十五歳になる彼の実力は、上の下。
 個人の戦闘能力としては上々で、組織の一員としては非常に使い勝手がよい。
 超至近距離の戦闘もそつなくこなすし、長距離からの支援攻撃もそこそこ出来る。
 何処で覚えたか不明だが、鋼糸を使った幼生体の虐殺なんて事まで出来るのだ。
 だが、その真価を発揮するのはやはり刀を使った接近戦。
 サイハーデンの名を僅か十二歳で受け継いだその実力は、驚愕することはないが賞賛されていた。
 だが、一部隊の指揮官としてはまだ経験不足もあり未知数だ。
 それでも、汚染獣との遭遇確率が極めて高いグレンダンという都市において、その実力は遺憾なく発揮されている。
 流石に老性体に一人で挑めとか言ったら瞬殺されるだろうけれど、雄性体一期までなら一人でも十分に戦える実力を持っているのだ。
 そんなレイフォン・サイハーデンは孤児院の運営資金を稼ぐために今日も戦っていた。
 そう。戦っていたのだ。

「あれ?」

 戦っていたのだが、気が付けば周りから仲間の姿が消えていた。
 これはたまにあることなので気にしてはいけない。
 何故たまにあるかと聞かれると、それは簡単。

「また、念威端子が故障したかな?」

 そう。レイフォンに張り付いているはずの念威端子は、一年の間に二度ほど故障してその役目を果たさなくなるのだ。
 始めの時はおおいに慌てた物だが、いい加減に五度目ともなるとなれるのが人の常。
 何時もならグレンダンの方に走れば事足りる。
 レイフォンが慣れたと同じだけ、仲間の方も慣れているのだ。
 おそらく彼らもグレンダンの方に移動してレイフォンを待ってくれているはずだ。
 戦闘も終演に向かいつつあることだし、みんなグレンダンの側でレイフォンを待っているに違いない。
 その結論に達したレイフォンが踵を返そうとしたのだが。
 今日は少しだけ様子がおかしかった。

「! あ、あれは!」

 今日の汚染獣は大盤振る舞いだった。
 幼生体五千。
 雄性体一期三十八。
 雄性体二期十九。
 雄性体三期八。
 雄性体四期三。
 雄性体五期二。
 そして止めとばかりに、老性体一期が三。
 念押しとばかりに、老性体二期以降が三。
 はっきり言って、グレンダン以外の都市だったら瞬殺されている戦力だ。
 だが、そこはそれ。
 天剣授受者九人が出撃して、老性体を始末に掛かっている。
 もちろんレイフォンだって頑張って戦っているのだが、所詮一般武芸者と天剣授受者では天地の実力差がある。
 それは問題無い。
 老性体の全てが駆逐され、ついでに雄性体五期と四期も始末された戦場で、残りはそれほど多くない。
 そう。問題なのは、柄の長さが三メルトル。その柄の先に一メルトルの直径の頭を持った、目標をたたきつぶすことだけに特化した白銀に耀くハンマーの形をした錬金鋼。
 それを持つ小柄と言って良い身体を視界に納めてしまった事の方だ。
 別段身体が大きければ武芸者として優秀という訳ではない。小柄だと言って無能だという訳でもない。
 問題なのはその身体に宿る剄脈の総量だ。
 だから小柄なのは問題無い。
 ヴォルフシュテインと背中に書かれた、汚染物質遮断スーツに比べたら、何の問題も無いのだ。

「リーリン・ヴォルフシュテイン・ユートノール」

 その人物の名を、震える唇が紡ぐ。
 戦場でヴォルフシュテイン卿の背中を見た者には、死が待っている。
 戦場伝説としてそう語られているのだ。
 実際に殺された人と会ったことはないし、その同僚とも遭遇したことはない。
 だが、往々にして戦場伝説とは何らかの真実を含んでいる物だ。
 それを認識しているからこそ、レイフォンは慎重に後ずさる。
 決してヴォルフシュテイン卿から視線をそらせてはいけないのだ。
 汚染獣の襲撃を背中から受けることがあったとしても、それを見ずに撃退しなければならないのだ。
 視線を外した瞬間、死んでしまうから。
 目の前で、巨大なハンマーを使い雄性体の三期らしいやつの頭を景気よく潰している天剣授受者に比べたら、他の汚染獣なんて雑魚でしかないから。
 そして慎重に間合いを計ること一分。
 やっと安全圏に脱出できたと思えたのだが。

「!! ひっぃぃ!」

 いきなり今まで感じたことのない悪寒から逃げるために、大地へとその身を投げ出す。
 直後、轟音を立てて何かが上空を通過したような気がする。
 巻き上げられた土煙から判断しても、おそらく間違いない。
 驚愕のために心臓がダッシュをしているが、何とか生き延びる事が出来た事に安堵している内に、辺り一面を席巻していた土煙が晴れて行く。
 恐る恐ると頭を上げてみると、二本の足らしき物があった。
 付近に他の武芸者がいなかった事は確認済み。
 自分の足がそこに立っているなどと言う事もない。
 汚染獣がこんな足をしているはずはない。
 残る確率は一つだけ。

「あれ? 君って誰?」

 同年代くらいの少女の声がかけられた。
 今まさに、必殺の攻撃をしてきたにもかかわらず、その声はどことなく良い運動をした満足感に満ちているような気がする。
 きっと気のせいではない。
 そして声をかけてきた人物とは、もちろんリーリン・ヴォルフシュテイン・ユートノールその人である。
 ここで名前を覚えられるのはあまり好ましくないと、そんな気がしてならない。
 レイフォンのこの手の直感は外れたことがないのだ。

「あ、あの。少々迷子になってしまった間抜けな武芸者で御座います」
「へえ。そうなんだ」

 どうやら、さほどの興味を引かずに済んだようだ。
 ゆっくりと立ち上がり、慎重に間合いを取りつつグレンダン目がけでダッシュするタイミングを見計らう。
 関わっては駄目なのだ。
 サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスと同じくらいに危険な天剣授受者。
 そう言う認識がグレンダン武芸者の中で確立している。
 だが!

「どっこん♪」
「ひぃぃぃ!」

 いきなりだった。
 何の前触れもなく間合いの計り合いも無しに、いきなり巨大なハンマーがレイフォンの頭頂部へと振り下ろされたのだ。
 辺りを支配する轟音と衝撃波。
 当然、渾身の力を振り絞って回避したのだが、はっきりと寿命が縮んでしまった。
 具体的に言うと三年二ヶ月くらい。

「う、うふふふふふふふふ」

 何故か楽しそうに笑うヴォルフシュテイン卿。
 バイザー越しで視線を確認できないのは、良いことなのか悪いことなのか。
 取り敢えず抗議をしておきたいところではある。

「い、いきなり何を?」
「うふふふふふ。なんだか、避ける仕草が可愛かったから、つい」

 とても物騒なことをおっしゃるヴォルフシュテイン卿。
 表情は見えないはずなのに、舌なめずりをするところを容易に想像できてしまったりする。
 兎に角、抗議も終わったので逃げようとしたのだが。

「ねえ君」
「は、はい?」

 逃げるタイミングを逸してしまったようだ。
 これ以上ないくらいにやばい予感が、全身にみなぎってきてしまうくらいに、危険極まりない。

「そこに雑魚が一匹残っているから始末しておいてね♪」
「ざ、雑魚ですか?」

 雑魚と言うからには幼生体の生き残りとか、せいぜいが雄性体の一期くらいだろうと判断する。
 雄性体は雑魚では済まされないのだが、天剣授受者にとっては間違いなく雑魚だ。
 まあ、それくらいの危険でこの場を逃れられるのならば、収支は著しく黒字だと判断した。

「かまいませんよ」
「じゃあよろしくね」

 そう言うと、旋剄を使って戦場から離脱するヴォルフシュテイン卿。
 そして、振り返り理解した。
 天剣授受者とははっきりと化け物の集団なのだと。

「ど、何処が雑魚なんだ?」

 その複眼でレイフォンをにらみ据えているのは、雄性体の二期にしか見えない巨大な汚染獣。
 はっきり言ってレイフォンの許容量をオーバーしている。

「お、落ち着くんだ。僕がここで戦っていることは念威繰者が確認しているはずだ」

 レイフォンの側にあるはずの端子は故障しているが、グレンダンには天剣授受者の中で良識派と呼ばれるデルボネがいる。
 彼女ならば少々距離のあるグレンダンからでも、ここを探知していてくれるはずだ。
 そうなれば応援が来るのも時間の問題。
 仲間が駆けつけてくれるまで持ちこたえることが出来れば、はっきり言って勝ち戦だ。
 だが!

「へえ。彼がそうなのですか?」
「ええ。避ける姿がとっても可愛いの」

 背後からそんな声がした。
 恐る恐る振り返ると。
 口の部分に何か細工が施されているらしい遮断スーツを着た長身の男性と、先ほど立ち去ったはずのヴォルフシュテイン卿がいるような気がする。
 脳内で高速検索。
 結論はすぐに出た。
 いや。一目見る前からおおよそ見当は付いていたのだ。

「クォルラフィン卿?」
「やあ。面白い武芸者がいるって言うのでね、老性体と遊んだ帰りに寄ってみたんだよ」

 老性体と遊べるという神経がまず信じられないが、実際に遊び感覚だったのだろう。
 熱狂的戦闘愛好家であるクォルラフィン卿ならば、十分にあり得る。

「さあ。君の力を僕にも見せてくれ給え。大丈夫だよ。きっと死にかければ未知なる力に目覚めるから」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 天剣授受者が後見人だと思えば、これ以上ないくらいに心強いのだが、この場にいる二人ならばきっと死ぬまで手を出さないだろう。
 そう言う核心がある。

「ほら。前見ないと危ないわよ?」
「どわぁぁぁぁん!」

 天剣授受者二人に気を取られていて反応が遅れたが、雄性体二期の攻撃がレイフォンを襲う。
 それを紙一重で避けつつ、とっさに刀を振り攻撃を打ち込む。
 精神的な動揺とは別に、身体はきっちりと仕事をこなし、有効打をこつこつと送り込む。
 幼生体くらいならば今の一連の攻撃で仕留められただろうが、残念なことに相手は雄性体二期。
 与えた程度の攻撃でどうにかなる訳ではない。

「成る程。なかなか良い動きですね」
「でしょうでしょう?」

 なんだか後ろの二人は喜んでいるが、レイフォンはそれどころではない。
 普段使わない頭を必死に使って、生き残る道を探す。
 天剣中でもっとも危険な二人が居る以上、仲間が来ることは殆ど考えられない。
 誰だって自分の命が惜しいのだ。
 グレンダンに向かって逃走するというのもおそらく無理だ。
 水鏡渡りは旋剄を超える超高速移動だが、相手は天剣授受者だ。
 間違いなく途中で追いつかれる。
 追いつかれたらおそらく命はない。
 残る選択肢はただ一つ。
 目の前のやつを何とかする。
 はっきり言ってレイフォンの実力を超えているのだが、やるしかないのだ。

「ええい! こうなればやけだ!」

 戦場でヴォルフシュテイン卿の背中を見たら死ぬ。
 その本当の意味はもしかしたら、今レイフォンが遭遇している状況なのではないかと思うのだが、もはや逃げることは出来ないのだ。
 ならば全力を持って戦い、生きて帰るしかない。

「僕には死ねない理由があるんだ! お前なんかに殺されてたまるか!」
「そうだ! その意気込みで僕とも殺し合おう!」
「ああ素敵! やっぱり君ってとっても素敵!」

 外野がうるさいが、目の前の敵に集中し始めたレイフォンにはもう関係がない。
 そして刀争が始まる。
 
 
 
 戦いは三日三晩続いた。
 そして驚いたことに、レイフォンは生き残ることが出来た。
 しかも、ほぼ単独で雄性体二期を始末することが出来た。
 奇跡の勝利だと断言できる。

「はあ」

 グレンダンから仲間がやってきて、戦い終わり精根尽き果てたレイフォンを回収してくれた。
 そうでなければのたれ死んでいただろう。
 回収された時には既に眠っていたようだし。
 天剣授受者二人は、終わる頃には飽きていたのか姿が消えていたそうだ。
 グレンダンに辿り着いてもなお、二日二晩眠り続けていたそうだ。
 身体が動くようになるまでに、更に五日ほどかかった。
 そんなこんなで、やく十日ぶりに家に帰り着くことが出来た。
 再び帰ることが出来たことに、誰かに向かって感謝したいくらいだ。

「ただいま?」

 玄関の扉を開けて、踏み出しかけた足が空中で急停止。
 目の前にある物がなんなのか、映像を脳内で処理する。
 何かの団子のように見える。
 まだら模様というか、脈絡のない色使いをしている。

「ああ! 兄ちゃんだ」
「お帰り兄ちゃん」

 弟と妹の声がするところを見ると、目の前の物体の構成物質には人間が混ざっているようだ。
 だが、なんだかおかしい。
 何時もなら目の前の構成要因の一部になっているのは、レイフォン自身のはずだ。
 一番下にしかれて瀕死の状態で助け出されるのが、戦い終わって帰って来たレイフォンを迎える儀式のはずだ。
 外から見ると、なんだか壮絶な儀式ではあるが、それでも生きて帰ったことを実感できる。

「誰?」

 問題なのは、レイフォンではない誰かが儀式の犠牲者になっていると言う事だ。
 細く白い手が助けを求めるように、パタパタと動いているような気がする。
 犠牲者は女性らしい。
 ここを訪れる女性のリストを作る。
 だが、そのリストの中に目の前で動いている手の持ち主はいない。
 何故かと問われるのならば、その手は間違いなく武芸者の物だからだ。
 しっかりと鍛えられて、掌が硬くなっているし、剄の輝きも見える。
 そこまで考えてから、間違いに気がついた。

「その前に助けないと」

 思わず詮索することを優先してしまって、助けるという最も早くやらなければならないことを怠ってしまったのだ。
 普段ならやらない間違いなのだが、なぜだか助けてはいけないような気がするのだ。
 きっと気のせいだけれど。

「ほらどいて。こら! 僕に抱きつくんじゃないの」

 標的をレイフォンに移そうとする子供達を捌きつつ、順繰りにどけて行く。
 そして思う。

「悪夢だ」

 大勢の子供の下から現れたのは、ややくすんだ金髪を持った同年代の少女。
 右目に眼帯をしていることも確認した。
 子供達に押しつぶされかけて皺だらけになっているが、とても仕立ての良さそうな服を着て剣帯に錬金鋼をいくつか差している。
 間違いなく武芸者だ。
 しかも良く知っている。
 そして、こんなところにいていい人でないことも間違いない。
 再び子供達の下敷きにして、全力でグレンダンから逃げ出すべきかも知れないと思ったが。

「いやぁ。助かったわ。有り難うレイフォン」

 朗らかに笑いつつ何故か名前を呼ばれた。
 まあ、それは当然かも知れない。
 雄性体二期とやり合って勝ったのだ。
 その功績は評価されているだろうし、そうなれば名前が分からない訳無いのだ。
 報奨金を放棄してでも名無しの武芸者で通したかったのだが、生憎と周りがそれを許してくれなかったのだ。
 人身御供というか生け贄というか。

「い、いえ。ご無事で何よりですヴォ」

 いきなり唇に人差し指が当てられた。
 もちろんレイフォンの唇にだ。
 そして、すぐ目の前に眼帯と左目が現れた。
 超接近戦がお望みの様だ。

「リーリン・マーフェスよ? もう忘れたのレイフォン?」

 とても親しそうな口調でそう言うのだ。
 つまりは、秘密にしろと言うことなのだろう。
 有名人なので無駄だと思うのだが、従わないという選択肢を選んだ場合、天剣授受者と戦わなければならない。
 勝てるはずのない戦いに挑むという精神構造は、レイフォンの中にはないのだ。

「う、うん。ちょっと忘れていたかも知れない」

 取り敢えず従う方向で話を進める。
 ただ問題なのは、何故こんなところにいるかと言う事だ。
 ここはレイフォンの家と言える孤児院で、ヴォルフシュテイン卿が興味を持ちそうな物は無い。
 レイフォンを覗いて。

「ま、さか」
「うふふふふふ」

 どうやら最悪の予測が当たっているようで、にこやかに笑うヴォルフシュテイン卿。
 その視線は激しい熱とあふれる湿気に満たされ、じっとりとレイフォンを見つめている。
 恋する視線だったとしたら非常に迷惑な話だが、明らかに違う。
 言うなれば、獲物をいたぶって楽しむ猫の視線かも知れない。
 今の状況に比べたのならば、王家の人間に恋されるという迷惑の方が、まだましかも知れない。
 レイフォンがそんなことを考えている間に、ヴォルフシュテイン卿の右手が剣帯に伸びているのだ。
 天剣は持ってきていないようだが、例え素手でも一般武芸者を瞬殺することくらい訳ないのが天剣授受者だ。
 なので、レイフォンのとれる行動はただ一つ。
 ゆっくりと後ずさる。
 逃げるという選択肢も存在していないのだが、それでも後ずさってしまう。
 一秒でも長く生きるために。
 そして、ふと、後ろに何か気配を感じた。

「い?」

 振り向いてみた。
 それが寿命を縮めることだと知っていたのだが、それでも確認してみたかったのだ。
 あまりにも良く知っている気配だったから。

「レイフォン」

 何故か刀を復元した父であるデルクがいるのだ。
 非常に攻撃的な剄をみなぎらせて。
 技的には逆捻子か鎌首だろう事が予測できるが、今の体制で避けきる自信は全く無い。

「リーリン殿に言い寄って関係を結んだそうだな」
「い?」
「いかにリーリン殿がお許しになろうと、私はお前を許さん! 今この場で成敗してくれる!」

 どういう理由でそんな事になったのか甚だ疑問ではあるが、それでも弁明一つせずに殺されたのでは溜まったものでは無い。
 それ以前に、ヴォルフシュテイン卿を押し倒すなどと言う行為が出来るほど、レイフォン・サイハーデンは優秀な武芸者ではないはずだ。
 更に基本的な事実として、レイフォンの様になると近所の男の子が言えば、それはつまり、自分に好意を持ってくれている女の子を、合意の上でも押し倒せないヘタレになるという意味だ。
 そんなヘタレのレイフォンが、天剣授受者で王家の人間に迫り関係を結ぶ。
 それはこの世が終わるまでに一度起これば多い程度の確率でしかないのだと言う事を、デルクにはきっちりと知っておいてほしかった。
 そんな抗議の意志を込めて、レイフォンも刀を復元しようとして。

「じょっきん♪」
「ひぃぃぃぃん」

 突如首筋に感じた寒気から逃げるために、思い切ってデルクに抱きつく様に前に飛び出す。
 頭の上で金属同士がこすれる音が聞こえたような気がするし、髪の毛が何本か切られたような気もするが、取り敢えずまだ生きている。
 そして、恐る恐ると上を見上げて。

「鋏?」

 全長二メルトルになろうかという、巨大と呼ぶにはあまりにも大きな鋏が、視線の先で停止している。
 もちろんその鋏の取っ手を持っているのは、先ほど子供達の下敷きになり助けを求めていた、白くて細い手だ。

「うふふふふふふふふふ」

 何故か非常に楽しそうに笑うヴォルフシュテイン卿。
 今にもよだれを垂らさんばかりに、お喜びになられている。

「リーリン殿?」
「どうせ切るんだったら自分でやった方が気持ちいいですから」

 デルクの問いにそう答えているところを見ると、やはり目的はレイフォンの命だったようだ。
 あまりにも大きな問題を前に、レイフォンの思考は急停止。
 やはり、ここには帰らずにグレンダンを逃げ出すべきだったかも知れないと思わなくも無いが、既に遅い。

「まあ、さっきのは冗談ですよ。私が関係を結ぶとしたらそれなりの人ですから」
「そ、そうでしたか。いや。そうとは知らず見苦しいところをお見せいたしましたな」

 レイフォンを抜きにして会話が弾んでいる。
 取り敢えず子供達の方を見ると、何故か楽しそうに笑っている。
 拍手しているのもいたりする。
 きっと何かのコントだと思ったのだ。
 命がけだけれど。

「それで本題なんですけれど」

 突然、後ろにしゃがんで視線を合わせるヴォルフシュテイン卿。
 レイフォンの命を狙う以外に、何か用事があるようだ。

「何でしょうか?」
「天剣授受者に挑んでみない?」
「挑みません」

 即答である。
 武芸者ならば誰でも一度は目指す天剣授受者の座。
 それに届かないことが分かったとしても、それでも諦めきれずに鍛錬を続けるのが普通である。
 だが、レイフォンは少し違う。
 生まれ持った才能だろうが、剄の動きをその目で捉えることが出来るのだ。
 だから、一度見た技の殆どをかなりの確率で会得することが出来る。
 千人衝や咆剄殺も威力には天地の開きがあるが、それでも再現できるのだ。
 鋼糸だけはかなり苦労したが、それでも何とか幼生体くらいになら使えるレベルになっている。
 千体を超えるような事態には当然対応できないけれど。
 その剄の流れを見ることが出来るという能力のために、実力差を誰よりも正確に知ることが出来るのだ。
 そしてそれは諦めにつながってしまった。

「何故だレイフォン? お前ならば挑戦するに不足はあるまい?」
「有るよ!」

 認識がずれているのか、それともレイフォンの事を過大評価しているのか、デルクがなにやら残念そうにそう言うのだ。
 と、ここで子供達が大勢こちらを見ていることに気が付く。
 レイフォンが天剣授受者になるところを想像しているようで、みんなの瞳がキラキラと輝いている。
 非常に迷惑な期待だと言わざる終えない。

「二人ともこっち!」

 ヴォルフシュテイン卿とデルクの手を引き、併設されている道場へと引っ張る。
 これ以上は一般人に聞かせることは拙いと判断したのだ。
 子供達の喜ぶ姿をこれ以上見たくないという、レイフォンの事情もあるけれど。

「あのですね。僕はそれなりには優秀な武芸者です」

 道場に到着して扉を閉めて、二人が座るのを待ってから話を始める。
 当然誰も覗いてない事を常に確認しつつだ。

「平均的なグレンダンの武芸者の剄量を百とすると、父さんの最盛期でおおよそ百八十から二百」

 物心ついた時に既に引退していたデルクだが、聞いた話や今の状況から推測するとこの程度の数値になる。

「それで、僕の剄量が今のところ二百程度」

 これは恐らく、客観的にも正しいはずだ。
 よく一緒の隊になる武芸者の意見も聞いたところで、多分間違いない。

「それで、ヴォルフシュテイン卿を始めとする天剣授受者なんだけれど、おおよそ一万から一万二千」

 これも恐らくかなり正確な数字のはずだ。
 目の前のヴォルフシュテイン卿から感じる剄量も、おおよそこの範囲に落ち着くのだ。

「つまり、僕は五十倍くらいの剄量がないと天剣にはなれないんですよ」

 五倍だったら将来的には勝てるかも知れないし、三倍だったら今でも何とか互角には戦えるはずだ。
 だが、五十倍以上となると話は全く違うのだ。
 雄性体二期を雑魚と呼ぶような化け物に挑んで、怪我をするような真似は出来ないのだ。

「へえ。そうなんだ」
「う、うむ。そうであったのか」

 二人からは、ややずれた反応しか返ってこない。
 もしかしなくても、過大評価していたのだろう。
 非常に迷惑な話だ。
 特に、何時も一緒にいるデルクがきちんと評価してくれていなかったことに、少々では済まない驚きを覚えてしまっていた。

「剄量だけが問題なんだ」
「い、いや。それはまあ、技量だけならそこそこの自信はありますけれど、絶対的に剄量がたりませんよ」

 ヴォルフシュテイン卿が、なにやらにやりと笑ったような気がしたのだが、気のせいであって欲しい。
 そもそも、武芸者の本質とは剄脈だ。
 武芸者とは呼吸する剄脈と言えるほどなのだ。
 その剄脈が小さいと言う事は、それだけで武芸者として失格と言う事になると言えるほどに、重要なのだ。
 それを理解していないとは思えないのだが、なんだか非常に怖い。

「う、うむ。技量だけならば天剣になれたのか。だが、剄量が足らなければ意味はないな」

 デルクの方はきっちりと理解してくれたようだ。
 かなり嬉しい。

「成る程ね。うんうん」

 なにやら納得しているヴォルフシュテイン卿がかなり怖いが、取り敢えず理解してくれたようでこちらも嬉しい。

「そのような訳で、天剣に挑むなんて論外です」

 これで、ただの武芸者に戻ることが出来る。
 そう思ったのだが。

「別になる必要なんか無いのよ? 挑むだけで」
「絶対に嫌です」

 ヴォルフシュテイン卿とかクォルラフィン卿なんかに挑んで、毎日命の危機に陥っていてはやっていられない。

「ええええ! 避ける姿がこれ以上ないくらいに可愛いのに?」
「止めて下さい!」

 これは非常に拙いかも知れない。
 レイフォンの危機感知本能とも呼べる場所が、今までに聞いたことの無いほど大きな警報を鳴らしている。
 鳴っているだけできっと無駄だけれど。

「うんうん。天剣に挑むくらいの武芸者なら、レイフォンに可愛く避けられるくらいの実力が必要よね」
「どんな実力ですか!」

 なにやら非常に怖いことになりつつあることだけは、間違いない。
 解決することも回避することも出来ないけれど。

「うんうん。第一選考基準に加えておくわね」
「お願いですから止めて下さい」

 相手はユートノール家の一人娘だ。
 天剣授受者に挑戦する条件に、本当にレイフォン絡みの項目を追加しかねない。
 と言うよりも、本気だ。

「じゃあ、今日はこれで帰りますね」
「二度と来ないで頂けると嬉しいんですけれど」
「あら? 私をあんなに燃え上がらせたのにそんなことを言うのは、この口かしら?」

 何時の間にか復元されていたおろし金の角が口の中に押し込まれていた。
 これはかなり不味い。

「と、とんでも御座いません! 何時如何なる時でも我が孤児院はヴォルフシュテイン卿のご来訪を心よりお待ちしております!」

 デルクが平身低頭している。
 残念ながら、今を生き延びる手立ては他にない。
 非常に残念ではあるが。

「でしょうでしょう?」

 とても嬉しそうにおろし金を待機状態に戻したヴォルフシュテイン卿が、道場を去っていった。
 後に残るのは脱力したデルクと、これからの人生に恐怖を覚えているレイフォンだけだった。
 
 
 
  後書きに変えて。

 はい。復活以外のレギオス作品です。
 事の発端は、レイフォンがリーリンに茨の鞭で打たれなければどうなっただろうという疑問からでした。
 結局打たれてしまいそうですけれどね。
 正直こんなのを書いている暇があったら、復活を書けと思うんですが、なんだか微妙にノリノリで書いてしまいました。
 おかげで執筆計画に一週間から十日の遅れが。
 ちなみに超槍殻都市グレンダンは、二話か三話の構成の予定です。
 次の更新がいつになるか分からないのが問題ではありますが。
 



[18444] 超槍殻都市グレンダン2
Name: 粒子案◆a2a463f2 E-MAIL ID:51013a3f
Date: 2010/06/02 19:37


 レイフォン・サイハーデンは武芸者である。
 今年十五歳になる彼の実力は、上の下。
 個人の戦闘能力としては上々で、組織の一員としては非常に使い勝手がよい。
 超至近距離の戦闘もそつなくこなすし、長距離からの支援攻撃もそこそこ出来る。
 何処で覚えたか不明だが、鋼糸を使った幼生体の虐殺なんて事まで出来るのだ。
 だが、その真価を発揮するのはやはり刀を使った接近戦。
 サイハーデンの名を僅か十二歳で受け継いだその実力は、驚愕することはないが賞賛されていた。
 と言っていられたのは二週間ほど前までの話だ。
 少々前の出来事だが、雄性体二期をほぼ一人で殲滅した事により、かなり優秀な武芸者として周りに認識されている。
 そのときの報奨金は何故かかなりの金額だったのだが、ただいま現在その理由を直感的に認識してしまう事態に陥っていた。

「糞餓鬼! 糞避けるな! 糞当たれ! 糞忌々しい! 糞すばしっこい! 糞面倒くさい! 超ウザイ! 糞死ね!」
「どわ! およ! のび! ほげ! まち! どび! ひょ! しゅ! ひょ!」

 そう。今のレイフォン・サイハーデンは猛烈に危険な状態に置かれているのだ。
 天下の往来だというのに、ブレイクオープンリボルバー二丁を持った派手な格好の女性に、延々と撃たれ続けているのだ。
 当然ではあるのだが、それを延々と回避し続けている状況だ。
 そして、レイフォン相手にこんな地獄の攻めを行っているのは、言わずと知れた天剣授受者。
 バーメリン・スワッティス・ノルネその人である。
 スワッティス卿が現れた直後、周りにいた人達が悲鳴を上げつつ高速で避難。
 近くにあった家や商店は完全防御の態勢を確保。
 当然レイフォンも一緒に逃げたかったのだが、ある一定以上スワッティス卿から離れる事が出来なかった。
 後一歩でも前に進めば、惨殺されるという変な確信があったのだ。
 この手の直感が外れた事は殆ど無い。
 そして、おそらく今回も当たっているのだろう事が予測できた。
 スワッティス卿が放った剄弾が、レイフォンが逃げるのを諦めた少し先でいきなり消滅しているのだ。
 こんな事が出来る人間を一人だけ知っているだけに、何とか生き残るためにスワッティス卿の隙をうかがわなければならない。
 もし、いきなり天剣を使われていたのならば、会敵必殺で消滅していただろうが、幸か不幸か彼女が使っているのは対人用の小型拳銃だ。
 小型拳銃と言っても、その威力は当たればレイフォンを殺す事が出来るという代物だ。
 それが一秒間に六発という連射速度で延々と撃たれ続けている状況でも、何とか生きていられる事にこそ驚くべきなのかも知れない。
 とてもレイフォン本人にそんな実感はないけれど。
 だが、転機は唐突に訪れた。

「超ウザイ! 一発で決める!」

 何を思ったのか、小型拳銃二丁を放り出すスワッティス卿。
 放り出したはずだと言うのに綺麗な動きを見せて、何本も身体に巻き付けて有る鎖に、待機状態になってぶら下がる錬金鋼。
 そして次の瞬間、悪夢が顕現した。
 白銀に耀き上下に砲口が並んだそれは。

「天剣」

 天剣授受者の膨大な剄量を受けても、壊れる事のない究極の錬金鋼。
 すでにチャージは完璧な様で、砲口に剄のきらめきが見えたりしている。
 ここは町中である。
 外苑部が近いとは言え、まだまだ人の住む地区があるこんな場所で天剣を使ったりすれば、大惨事間違い無しだ。
 それ以前に、レイフォンは消滅しているけれど。
 この事態を何とかしなければならないのだが、あいにくと時間がなさ過ぎる。
 銃使いの特色として、チャージしておけばいつでも撃てるし、剄を全て活剄に回す事も出来るのだ。
 どう考えても全力の天剣授受者から逃げるなどと言う事は無理だ。
 もしかしたら、剄の収束率を限界まで上げているのかも知れない。
 レイフォンが今立っている場所の両脇一メルトルだけを綺麗に消し飛ばす様に。
 これなら町の被害は限定的な物になるし、レイフォンを綺麗に殺す事も出来る。
 完璧な狙撃と言えない事はない。
 どうがんばってもレイフォンは死ぬけれど。
 だが、更に驚愕の事態が訪れた。
 なにやら耳障りな音がスワッティス卿の首もとからしたかと思うと、いきなり天剣が消失。
 待機状態になっただけだろうけれど、後数秒は生きていられそうだ。

「糞時間切れか。糞運の良い奴め! 糞今度は殺してやる。糞覚悟しておけ!」

 そう言うといきなりスワッティス卿の姿が消えた。
 何がどうしたかはさっぱり分からないが、とりあえず生き残る事が出来た様で嬉しい。
 服の袖や裾がボロボロに焼き切れていたり、剄弾がかすったためにあちこちから軽く出血をしているが、まだ十分に生きていると言える状況に、一安心する。
 普通の銃使いならば、銃口に注意を払っておきさえすれば、攻撃を避ける事は難しくない。
 銃弾は真っ直ぐしか飛ばないし、発射のタイミングを見計らって射線上から逃げればそれで良いだけなのだ。
 だがスワッティス卿は流石に違った。
 縦断が曲がったのだ。
 かすった傷は全て曲がる銃弾の軌道を読み間違えた物だし、中にはレイフォンを追尾してくるという反則の攻撃まであった。
 今生きていられる事が不思議な戦闘だったのだ。
 そして時間切れといった事も含めて、色々疑問があるから試しに聞いてみる事にする。

「サーヴォレイド卿。その辺にいらっしゃったら返事して頂きたいのですが?」

 レイフォンの周りを未だに囲っているのは、間違いなくサーヴォレイド卿の鋼糸だ。
 スワッティス卿の剄弾を無効化したり、レイフォンが気が付かない内に周囲を囲ったりと言う事が、その辺の武芸者に出来るはずはないのだ。
 そうなると必然的に答えはたった一つ。
 天剣最強と唄われる、偏執的数字愛好家たるリンテンス・サーヴォレイド・ハーデンだ。
 自室から外の汚染獣を虐殺できると言われているから、この付近にいるかどうか分からないが、聞くだけで命を狙われる事はないだろうという計算もあった。
 だが、それは甘い予測だった様だ。

「ひぃっ!」

 突如として、スワッティス卿の攻撃の比ではない寒気を感じて、全力で上半身をのけぞらせる。
 顎の少し前を何かが通過した様に感じるよりも早く、腹筋を使って強引に下半身を跳ね上げる。
 身体がほぼ水平になった状態で鋼鉄錬金鋼を復元して、それを路面に突き立て強引に身体の向きを変える。
 更に足の裏から衝剄を放った反動で、空中で姿勢を制御。
 大きく刀を振って更にひねりを加えつつ、掌から衝剄を放ち上空へと身体を押し上げる。
 端から見ていると空中浮遊をしながら、変な踊りを踊っている様に見えるかも知れないが、実は全て鋼糸による攻撃を避けているのだ。
 スワッティス卿の攻撃に比べて、遙かに変化に富んでいるために直前まで攻撃を予測できないという、恐るべき鋼糸からの死を回避し続ける。
 これははっきり言ってレイフォンの限界を超えた動きだった。
 鋼糸から放たれる衝剄で身体のあちこちから出血しているのだが、それでもまだ致命傷や運動能力を減衰させる負傷はしていない。
 奇跡的と言うよりははっきり言って奇跡だ。
 二度目はおそらく無い。
 だが、その恐るべき攻撃も突如として終わった。

「はあはあはあはあ」

 乱れていた剄息を整えつつ、次に何が起こるか分からない今日を少しだけ呪ってみた。
 正確を期すならば、戦場でヴォルフシュテイン卿の背中を見てからこちら、こんな日が来る事だけは予測していた。
 だが、一日の内に天剣二人から襲われるなどと言う事は、流石に予想外だ。
 空前にして絶後であってほしいと心から願う。
 そうでなければ本当に死んでしまうからだ。

「?」

 突如として、視界の端に人影らしい物が見えた。
 路面上に立っている訳ではないようで、その足の下を日差しが素通りしている。
 こんな事が平然と出来る人をレイフォンは一人しか知らない。
 正確を期すならば、やらせられる人と言うべきだろうが。
 そして視線を上げてみる。
 見えたのは足が二本。
 白くて短い靴下と茶色の革靴を装備している。
 恐る恐る更に上を見てみると、クリーム色のスカートが風にたなびき薄桃色の三角の布が見えるような気がする。

「大胆な覗きね。いやん」

 感情の起伏が感じられない声が、レイフォンを批難するように響いた。
 見られている事を全く気にしていないように見下ろしているのは女性だ。
 それは良い。これで男だったら間違いなくショック死しているから。
 だが、問題は見下ろしている女性だ。
 天剣最強を唄われるリンテンス・サーヴォレイド・ハーデン。の妹さん。リディア・ハーデン。推定三十三歳。
 念威繰者としてはそれなりの実力を持ち、何度か彼女のサポートの元戦った事がある。
 その念威によるサポートは平均的で、レイフォンとしても安心して戦えるのだが、彼女に関して言えばもう一つ重要な要素があるのだ。
 それは覗き趣味があると言う事。
 巨大な望遠鏡をどこからとも無く調達してきて、それを使ってあちこちに覗き行為を行っているのだ。
 その被害にレイフォン自身が合った事も、一度や二度ではない。
 出来れば会いたくない人だ。
 会ってしまっているけれど。

(ああ。なんだか疲れたな。このまま死ねたらさぞかし楽だろうな。いっそのこと貝になってしまったりとか? いや。眼球になってその辺転がっていたらもしかしたら幸せになれるかも)

 今日という日に、全身全霊を使いきってしまったレイフォンは全ての力が抜けてしまい、その場にへたり込み、胎児のように身体を丸めて永遠の眠りにつこうとした。
 だが、世の中はレイフォンにそんな幸せを用意してくれていないようだ。

「さっさとおきなさい」

 感情のないその声と共に、容赦なく蹴られた。
 何故かスパイク付きの革靴で。

「ぐえ! わ、分かりました起きますから蹴らないで」

 このままでは、鋼糸による攻撃を何とか生き抜いたにもかかわらず、念威繰者に蹴り殺されるという不本意極まりない死に方が待っていそうだったので、全身の疲労を活剄で何とかごまかしつつ起き上がる。
 そして路面に降り立ったリディアを見る。
 明らかに三十を超えているはずなのに、二十代中盤にしか見えない外見をした女性だ。
 無表情にこちらを見下ろしているが、これは念威繰者の特色である無表情が原因で他意はないのだと判断する。

「兄から伝言です」
「はあ」
「普通の武芸者なら千の破片になっているところだが、わずかに四十八カ所の怪我でしのいだのは評価に値する。億千万の戦場を生き抜くには足らない物もあるが褒めてやる」

 あのサーヴォレイド卿から褒められたのだ。これは喜んでも良いのかも知れない。
 全然嬉しくないのはきっと気のせいだろうと判断する。

「聞きたい事があったようですが?」
「・・・。ああ。あります」

 何故サーヴォレイド卿に声をかけたのか、一瞬思い出せなかったが何とか記憶の糸をたぐり寄せる。
 そして、答えを聞いて絶望するかも知れないと言う懸念が頭をもたげてきた。

「前回の雄性体の報酬ですが」
「はあ」

 聞く前に答えてくれるようだ。
 その親切心が心に痛い。

「あれは死亡保険金の前払いです」
「・・・・・・・」

 聞かなければ良かったと思い、今度こそ眼球になるために身体を丸める。
 蹴られても起きないぞと心に誓いつつ。

「などと言う事はありません」
「・・・・? はい?」
「あれはミンス・ユートノールから貴方への心ばかりのお礼だそうです」
「ミンス・ユートノールって?」

 記憶に間違いが無ければ、ヴォルフシュテイン卿の叔父に当たる人だ。
 何でそんな王家の人から礼をされなければならないのかと思い、更に絶望の淵にたたき落とされそうになった。
 王家の人から何かもらう事など会ってはならないのだ。
 きっとその見返りに命をよこせと言われるから。

「貴方のおかげで安心して眠れるようになったと」
「・・・・・。なるほど」

 一瞬の思考の後理解してしまった。
 叔父である人からしても、ヴォルフシュテイン卿は恐ろしいのだ。
 いつ襲撃されるか分からないという恐怖に震えなくて済むと、そう言う事なのだろうと推測してしまう。
 普通に考えてありそうな話だ。

「さあ。もう夕方です。家へと帰りなさい」

 リディアが手をさしのべてくれた。
 今日も何とか家へ帰る事が出来る。
 その一心でようやっと立ち上がった。

「今週の天剣授受者による襲撃は無い予定です」
「・・・・・。今週?」

 今の一連の話を総合すると、来週にはまた天剣の襲撃があると言う事になってしまう。
 それは命の危険がこれからも続く事を意味しているように思えてしまうのだが。

「安心してください。サヴァリスさんが貴方を殺す権利を取得しています。彼の事ですからもっと強くなってからでなければ、行動を起こさないでしょう」

 つまりそれは、この襲撃は天剣による鍛錬と言えない事もないのかも知れない。と言う事かも知れない。
 もし生き残る事が出来れば、猛烈に腕が上がる事は間違いない。
 生き残れるとは思えないけれど。

「時間はそれぞれ一分間。天剣の使用は禁止。それによって剄量も制限を受けています」

 スワッティス卿がいきなり攻撃を止めたのもその辺に原因があるのだろう。
 そうでなければ本格的に死んでいたはずだし。
 だが、レイフォンの精神は限界を超えてしまった。
 これからも続く地獄の戦場に心が折れてしまったのだ。
 ゆっくりと暗くなる視界の中、リディアの唇が歪むのを認識してしまった。
 きっとこの事態を心から楽しんでいるのだと。そう確信させるゆがみ方だった。
 
 
 
 レイフォンは死ななかった!
 心が完全に折れて砕けていたにもかかわらず、その身体は順調に回復してしまったのだ。
 とは言え、天剣二人の連続攻撃は凄まじい疲労をレイフォンの身体に残した。
 結局のところ入院一週間だった。
 その間、武芸者になれなかった医師や看護師から握手を求められた。
 準天剣級の実力者だと誤解されているようだ。
 同じく入院中の武芸者からも羨望の眼差しで見られたが、見舞いに来た武芸者からは哀れみの視線で見られた。
 事情を知れば羨望の眼差しを送れる人間など、そうそうはいないだろう。
 デルクを始めとする家族が見舞いに来てくれた。
 これは嬉しかった。
 傷つき疲れ果てた心が癒された。
 砕け散ったと思ったのだが、そうでもなかったのかも知れない。
 そして、ヴォルフシュテイン卿とクォルラフィン卿も、見舞いという大義名分の襲撃に来てくれた。
 これは全然嬉しくないけれど。
 そして、とうとう退院の日だ。
 この建物を出た次の瞬間に天剣の襲撃があるかも知れない。
 エアリフォス卿やヴァルモン卿が襲ってきたら、今のレイフォンに逃げるだけの体力はない。
 だが、事態は最悪を更に超えて突き進む。
 病院の玄関を出て十五メルトル。
 そこに一人の武芸者が佇んでいる。
 同年代と思われる黒髪の少女だ。
 整った顔立ちと育ちの良さを伺える佇まい、そして何よりも仕立ての良さそうな服装。
 これはもしかしたら、また王家の人間の襲撃かも知れない。
 関わっては駄目だ。
 ヴォルフシュテイン卿とはやや違う感じの嫌な予感がレイフォンに警告を発する。
 今回も無意味だろうけれど。
 そして、実はもう一度入院するという選択肢も既に無いのだ。
 ヒシヒシと感じるのだ。リディアの気配を。
 戻ったが最後、是非とも忘れたい暗黒の歴史を誰かに告げられてしまうかも知れない。
 それは避けたい。
 消去法で前方の少女を撃破して家に逃げ帰る道を選択する。
 出来るという保証は何処にもないけれど。

「念のために確認いたしますが」
「レイフォン・サイハーデンです」

 聞かれることが分かっていたので、先に答えておく。
 機先を制することこそ重要なのだ。
 そして、レイフォンの予測通りの反応が向こうに現れた。
 その愛らしいとさえ言える顔が花のような笑顔に包まれたのだ。
 美少女と呼んで問題無い人の笑顔を、レイフォンに生み出す事が出来たのだ。
 本当なら喜ぶべき事柄なのだろうが、とてもそんな気分にはなれない。
 そして一歩こちらに近付く。
 右手は既に剣帯に伸びている。
 問答無用で襲ってこないだけましなのかも知れない。
 スワッティス卿とかサーヴォレイド卿とか見たいに、いきなりでは心臓に悪いのだ。

「申し遅れましたが、私クラリーベル・ロンスマイアと申します」
「!」

 若干引く。
 いや。思いっきり引いてグレンダンを逃げ出したいくらいだ。
 よりによって、ロンスマイア家の後継者に襲撃されているのだ。
 ヴォルフシュテイン卿の従兄弟だという話は聞いているから、どっちが先にレイフォンを殺せるかとか言う賭をしているのかも知れない。
 有りそうで怖い。
 だが、レイフォンのそんな憶測など知らぬげに事態は進む。
 機先を制したのは最初の一瞬だけ。
 既に相手のペースになってしまっている。

「突然で申し訳ありませんが」
「は、はい?」

 死んで下さいと言われることを覚悟する。
 死ぬ気はないけれど。

「一手立ち会って頂けますか?」
「・・・? は?」

 一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
 ヴォルフシュテイン卿の背中を見てからこちら、襲ってきたのはもはや化け物としか言いようのない天剣授受者だけ。
 手加減してくれているので何とか生きているけれど、クォルラフィン卿は何時か殺すと宣言しているのだ。
 王家の人間なら、先にレイフォンを殺して手柄にしようとか言い出すだろうと思っていた。
 だというのにこの展開。
 少々では済まない驚きを覚えたのだが。

「幸いにして、すぐそこに病院が有りますから、即死しなければどうと言う事はありませんし」
「・・・・・・・・・・・・・。は?」
「ですから、私の攻撃で貴男が即死しなければそれで良いのです」

 認識が間違っているようだ。
 いや。合っていたというべきかも知れない。
 やはり殺すつもりで襲ってきているのだ。
 そして、既にクラリーベルは間合いのすぐ外。
 もはや死にものぐるいの一撃を放ち、生き残る以外の方法はない。

「準備はよろしいですわね?」
「全然良くないですよぉぉ」

 こちらの都合を聞いてくれていることに、少々感謝してしまう。
 天剣授受者にはない心遣いだ。
 全然嬉しくないけれど。
 そんな事を考えたのも一瞬。
 クラリーベルが動く。
 その動きに無駄はなく流れるような足運びから、風を微かに揺るがせて上体が捻られる。
 だが、ここでおかしなことに気が付いた。
 遅いのだ。
 動き事態は美しく洗練されているのに、その速度はあまりにも遅く、まるでスローモーションのように遅いのだ。
 だが、異常はそれだけではなかった。
 レイフォンの動きも遅い。
 クラリーベルに合わせて抜き打ちを放ったのだが、足運び腕の動き刀の復元から斬撃に至るまで、全てがどうしようもなく遅い。
 身体を支える活剄を総動員しているはずなのに、イライラするほどに遅い。
 その割に今まで感じたこともないほど、技の切れが良いのだ。
 そのギャップに戸惑うのも束の間。
 足を踏み出しつつの抜刀術は速度以外には、レイフォンが思った通りに発動している。
 勝ちを確信しているクラリーベルの顔を見ることも出来れば、その腕の斬線もきちんと見える。
 だからレイフォンはその斬線にぴたりと合わせて刀のハバキ元をそっと押し当てる。
 そのまま繊細且つ最速でもって切っ先まで使って腕を切り裂く。
 何の抵抗も感じなかった。
 刀は滑るように腕の中を通り抜け、速度を保ったまま右上へと流れる。
 どうしようもなく遅く感じるが、それでもクラリーベルに比べると速かったようだ。
 そこで時間が元に戻った。
 棘々の付いた護拳を持った、紅玉錬金鋼製の短めの剣に引っ張られ、右前腕半分が飛んで行くところを視界に納めてしまった。

「うわ!」

 思わず、反射的にそれが地面に落ちないようにスライディングキャッチする。
 細かい描写は省くが、少々では済まない動揺を覚えてしまった。
 人間を切った事が初めてという訳ではない。
 汚染獣戦へ出る前の試合で、何度となく人間相手に戦い斬撃を放ってきた。
 勝つ度に血を流してきたのだ。
 当然だが、負ける時にはレイフォン自身が激痛に見舞われ血を流した。
 だが、思わず落ちそうになった腕をキャッチするなんてことは初めてだった。
 何でそんな事をしようと思ったのか非常に疑問だが、やってしまった以上仕方がない。
 そして恐る恐るクラリーベルの方を見る。
 王家の人間の腕を飛ばしてしまったのだ。
 絞首刑くらいは覚悟しなければならない。

「あ。ああああああ」

 だが、そこに見えたのは全く別種の表情。
 切り飛ばされた腕の断面を見つめる、潤んで熱を帯びた視線。
 荒くなった呼吸と上気した頬。
 そしてその唇から漏れる、うっとりとした溜息にも似た吐息。
 これはもしかしたら。

「な、何をやっているんですか!」

 事ここにいたってやっと、表の騒動に気が付いた病院のスタッフが駆けつけてきた。
 全然嬉しくないけれど。
 それを認識したレイフォンは、どうした物かと考えたが、当然何か良いアイデアなど浮かばない。
 結局のところ成り行きに任せる事にした。

「ク、クラリーベル様」

 駆けつけてきた中の一人がクラリーベルの事を知っていたのか、驚愕と共に恋する乙女モードの少女を見る。
 もしかしたら、傷害罪でやっぱり逮捕されて絞首刑かも知れない。
 いや。その方がましな人生かも知れない
 だが、事態は少々違う方向へと進む。

「は、速く手当を!」
「そうです。今なら完璧にくっつきますから」

 ここは戦闘の多いグレンダンだ。
 クラリーベルも言っていた通りに、即死しなければ元通りになる確率は極めて高い。
 恐ろしく運が悪くて、剄脈に異常が出てしまえば少々違ってくるが。

「そうですわね」

 夢心地といった感じのクラリーベルがレイフォンを見る。
 その視線は、自分を傷付けた男を見る物では断じてない。
 どんな角度から見ても、恋い焦がれる少女が思い人を見つめる視線だ。
 これは拙い。
 ヴォルフシュテイン卿以上に拙いかも知れない。
 もう遅いけれど。

「私の腕を治すのは仕方が御座いませんわね」

 おかしな事をおっしゃるクラリーベル様。
 これ以上は常人が踏み込んではいけないのだと、本能が理解している。
 もう遅いけれど。

「この切断面。痛みはおろか出血さえ全くありません」
「え?」

 言われて慌てて周りを見てみる。
 確かに血痕が飛び散った後は、全く無い。
 恐る恐る手に持った腕へも視線を向けてみる。
 血色の良い肌をそのままに、こちらも出血の痕跡はない。
 それどころか、今まで見た事の無いほど凄まじい切断面を見せている事に、やっと気が付いた。
 向こうの切り口と合わせてみたら、そのままくっついてしまいそうな程だ。

「ですが、あちらは真空の冷凍保存で永遠にこの瞬間を留めておいて下さいませ」

 なにやらとんでもない事をおっしゃるクラリーベル様。
 驚いたのは病院関係者も一緒だったようだ。
 一歩二歩と引いている。
 レイフォンなんか三歩は引いている。

「ああ! これほどの斬撃を放てるなんてレイフォン様。貴男は最高に素敵ですわ! リーリンが襲ってしまうのも頷けますわ」

 絶望的な事態がやってきた。
 これを回避する事は至難の業だが、何とか自分の腕を冷凍保存して記念品にするなどという変態的行為からは、遠ざからなければならない。

「そ、そんな事言っている場合じゃないですよ! ほ、ほら。これをピッタリとくっつけないと!」

 かなり慌てて、持っていた腕を本体にくっつける。
 これを機にヴォルフシュテイン卿やクォルラフィン卿が、本格的に襲撃してきては生きていられないから。

「そ、そうですクラリーベル様。今なら完璧にくっつくのですからそのようなお戯れは」

 病院のスタッフも同じ意見のようだ。
 医療従事者としての本分なのだろうけれど。

「そんな事をする必要はありません。腕などまた生えてくるのですから」
「来ませんって!」

 どうしてこう王家の人間と言うのは非常識な人達ばかりなのだろうと考えつつも、必死に腕を本体に押しつける。
 そして違和感を感じた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 なんだか変だ。
 猛烈に変だ。

「仕方が御座いませんわね。これ以上皆様をお騒がせするのは私の良しとするところでは有りません」

 渋々とだが、腕をくっつける事に同意してくれたようだ。
 これはこれで良いのだが、なんだか猛烈な違和感を感じる。

「ああ! それにしても先ほどの一撃! まさに見事の一言に尽きますわ」
「そ、それはどうも」

 違和感をそのままに、レイフォンは取り敢えず会話を続ける。
 剣を持ったままの腕を抱きしめて身もだえしているクラリーベル様を見て思う。

「危ないですから仕舞った方がよろしいのでは?」
「? ああ。そうですわね」

 剣を持ったままでは、流石に治療は出来ない。
 なので、クラリーベル様は基礎状態にした紅玉錬金鋼を剣帯へと納められた。
 そう。一度握ったらちょっとやそっとでは手から離れないはずの、護拳の付いた小振りな剣を何の問題も無く、剣帯に仕舞ったのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 レイフォンの背中を冷たい汗が下がって行く。
 幼生体一万に匹敵するその集団を認識している最中、周り中の人間がその異常さに気が付いたようだ。
 そう。クラリーベル様は右手で錬金鋼を扱っていらっしゃるのだ。
 もしかしたら、完璧にくっついてしまっているのかも知れない。
 そうとしか思えないほど、何の違和感もない動きだった。
 そしてレイフォンは気が付いていたのだ。
 先ほど感じた違和感の正体とは、切り落としたはずの腕から脈動を感じた事だった。

「・・。もしやレイフォン様?」
「あ、あう」
「これほどの使い手でいらっしゃったとは」

 普通に考えたのならば、一度切り離した腕や足は、きちんとした医療機関でないと治せないはずだ。
 だというのに。

「ああ! なんて素敵なんでしょうか? これほどの体験が出来るなんて! 神なぞという滅んだ存在にはとうてい出来ない事ですわ!」

 何か勘違いしているようで、猛烈に嬉しそうだ。
 レイフォンにしてみれば、死に神に溺愛されているとしか思えないが。

「と、兎に角雑菌が入っているかも知れませんから、検査の方を」
「・・・・・。無粋ですわね」

 好意というか、常識的な事を言った医師らしい青年に向かって、クラリーベル様の殺意の視線が突き刺さる。
 その視線に恐れおののいた青年だが、それでも躊躇したのは一瞬の事。

「私は医師です。治療するためならば無粋の一つや二つはいたします」
「・・・・。詰まりませんわね」

 非常に不本意そうだったクラリーベル様だったが、何か思いついたのか一瞬でその表情が明るい物に変わった。
 そして、レイフォンの方を見る。
 その視線は期待に満ちあふれ、直視出来ないほどの輝きを放っている。
 と言うか、直視したくない。

「さあ。レイフォン様」

 そう言いつつ腕を差し出すクラリーベル様。
 思わずその手を見つめてしまう。
 何の問題も無いようにしか見えない。

「もう一度切り落として下さいませ」
「・・? は?」

 今この人はなんと言ったのだろうか?
 そう思うまもなく、事態は更に突き進む。

「いえ。これは失礼の極みですわね」

 手を戻して、剣帯に伸ばす。
 これはつまりあれだ。

「私を殺す覚悟で参って下さいませ。いえ。むしろこの場で斬り殺して下さいませ」

 恋という熱病にうなされた少女の視線で、自分の死を願うクラリーベル様。
 ヴォルフシュテイン卿以上に拙いと感じたのは、間違いではなかったのだ。
 だが、考える時間はない。
 既にクラリーベル様はやる気満々。
 殺さなければ殺される事が確定している。
 そしてサイハーデンの目的は、生き残る事。
 ならば方法はただ一つ。

「サイハーデン逃走術最終奥義!」

 ゆっくりと抜き打ちの構えを取る。
 誤字ではないのだよ! 誤字ではな!

「逆水鏡渡り!」

 期待に胸ときめかせるクラリーベル様の表情が、急激に遠のきつつ呆気に取られる。
 背中に迫った壁の気配を、速度をそのままに跳躍して回避。
 空中で姿勢を制御。
 更に水鏡渡りを発動してクラリーベル様から遠ざかる。
 そう。逆水鏡渡りとは、敵に向いたまま全速力でその場を逃げ出すための秘奥なのだ。
 障害物を見ないで避けつつ、旋剄を超える超高速移動をする。
 これがどれほど恐ろしいかは想像に難くない。
 レイフォンだってこんな物騒な技は使いたくないのだ。
 だが、使わなければならない。
 一時の逃げで全てが上手く収まるとは思えないが、いや。事態が悪くなる事は理解しているが、それでも逃げてしまうのだ。
 三十六計逃げるにしかずと言うし。
 きっと間違っていないのだと信じる。
 正しいとも思えないけれど。
 それでも逃げる。
 そして絶望していた。
 グレンダン王家とは、変態や変質者の集団なのだと。
 そんな人達が支配する都市に住まなければならないのだと。
 それを認識してしまったから。
 
 
 
 後書きに変えて。

 はい。超槍殻都市グレンダンの二話目です。
 ぜろぜろわん様。ヨシヲ様。蜃気様。水城様。外剛様。K・U様。武芸者様。
 そのほか名を知らぬ読者の皆様、お待たせしました。
 ご期待に添える作品になったかどうか非常に疑問ですが、ここに二話目をお送りいたします。
 って! 何やってるんだ俺! 復活の時の執筆スケジュールが予定が締め切りが!
 こんな事をしているとギャグ作家として定着してしまいそうだ。
 更に、二話から三話で終わるはずのこのシリーズ、最低四話かかってしまう事が判明。
 これ以上予定を狂わせてどうするんだか?



[18444] 超槍殻都市グレンダン3
Name: 粒子案◆a2a463f2 E-MAIL ID:7f76877d
Date: 2010/06/02 19:37


 レイフォン・サイハーデンは武芸者である。
 だが、今の状態はそんな些細な事柄とは全く無縁だ。
 クラリーベル様の精神攻撃で瀕死の重傷を負ってしまったが、その傷が急速に癒されているのを感じている。
 家と呼べる孤児院に帰ってきて、弟や妹たちの下敷きになっている今この瞬間、レイフォンは幸せなのだ。
 別段、息も出来ないほどの猛烈な重量で押さえつけられている事に快感を覚えている訳ではない。
 子供特有の高い体温を全身に感じる事が出来ている今が、幸せなのだ。
 これのためになら、ヴォルフシュテイン卿やクォルラフィン卿の攻撃も、何とか回避して生き延びる事が出来る。
 それ程までにレイフォンにとって幸せと、生きている事を実感出来る儀式なのだ。
 断じて虐められて喜んでいる訳ではない。
 だが、そろそろ本格的に死にそうなほど息が苦しくなってきているのも事実。
 何時もなら誰か年長組が止めに入ってくれるのだが、残念な事に今日は全員が参加しているのだ。
 退院したレイフォンを迎えるために、総出で歓迎してくれているのだ。
 いつも以上に幸せと息苦しさを感じている状況のまま、死ぬ事が出来たのならば楽かも知れないと思わない事はない。
 ミンス・ユートノールからの礼金で当分孤児院は困らないし、それも良いかもしれないと思っていたのだが。

「レイフォン?」

 心配げな父の声が聞こえた辺りで、上に乗っていた子供達が徐々にしかし確実に数を減らして行く。
 これは少しだけ寂しいかも知れない。
 取り敢えず生きている事をデルクに伝えるために、手をパタパタと動かしておく。
 ほぼ全員がレイフォンの上からどいたのはそれから一分ほど経ってからだった。
 やはり少し寂しい気がする。

「ただいま父さん」
「う、うむ。相変わらずボロボロだな」
「うん。でもまだ生きているよ」

 どう言って良いか分からないといった感じのデルクが、へたり込んでいるレイフォンを心配気に見下ろしている。
 それはいつも通りでかまわないのだが、危険な存在が近くにいる事も一緒に感じてしまっていた。
 殺剄を使っているらしいのだが、スワッティス卿やサーヴォレイド卿との戦闘は、レイフォンの中の何かを間違いなく変えていた。
 その変化につられるように、その存在を感じてしまっていたのだ。
 だが、何時ものように一触即発的な気配と言った物は感じない。
 騒がれるのが面倒だから隠れていると言った感じだ。
 なので、割と冷静に聞く事が出来た。

「お客さん?」
「う、うむ。お前に客なのだが、道場の方が良かろうと思う」

 危険ではないが、少々面倒な客のようだという理解は出来た。
 こうなればレイフォンにとれる行動はただ一つ。

「ほらみんな。夕飯の準備をする。宿題は終わったの? お風呂とトイレの掃除の手を抜いちゃ駄目じゃないか」

 等々と、家事の指示を飛ばしつつ弟や妹たちを散らせて行く。
 そして、おおかたいなくなったところで道場へと移動する。
 もちろん、着いてくる子がいない事を確認しつつなのは当然だ。
 ヴォルフシュテイン卿のように正面から来る事がなかった以上、話は内密な物であるかも知れないから。
 そして、道場の扉を閉めて、デルクの側に人がいる事を確認して、最終的に絶望した。

「ノイエラン卿」

 今日もまた天剣授受者の襲撃を受けてしまった。
 長い白髪と真っ白な髭で覆われた顔と、表情が読みにくい細い瞳をした老人。
 天剣授受者の中で良識派と呼ばれ、女王の安全装置と武芸者から頼られている、ティグリス・ノイエラン・ロンスマイアその人だ。
 天剣の襲撃自体は、最近の恒例行事と言えない事もないのだが、今回だけは事情が違う。
 理由はもちろん、クラリーベル様の祖父であるという一点においてだ。
 孫娘の腕を切り飛ばされた祖父が、平和的な目的でレイフォンの元にやってくる。
 そんな事態を想像出来るほど、レイフォンは平穏無事な生活を送っていない。
 特にここ最近は。

「まずは座るが良い。小僧」

 威圧感バリバリの声でそう命じられた以上、従わない訳には行かない。
 問答無用で消滅させられないだけましだと判断したいところだが、もしかしたらそちらの方が遙かに幸せに近いかも知れない。
 そして、レイフォンが座るよりも早くノイエラン卿が口火を切ってしまった。

「聞いた話なのだが、おぬしクラリーベルを傷物にしたそうじゃな?」
「き、傷物ですか?」

 中腰で一瞬止まった後に、きっちりと座ってから考える。
 傷物というと、まあ、確かに傷物にしたと言えない事はない。
 事態は理解していないだろうが、恐らくノイエラン卿が言った意味でない事を理解しているデルクは、やや落ち着いた表情でレイフォンを見ているような気がする。
 内心ハラハラしているのだろうが、それでもまだ落ち着いていてくれているようだ。

「えっと、恐らく意味が違うと思うのですが」
「どう違うというのだ?」

 威圧感が二割ほど増したような気がする。
 ここで選択である。
 腕を切り落としたと正直に伝えるのがまず一つ目。
 貞操絡みの傷物という線で話を進めるのが二つ目。
 三つ目として逃げる。
 どれが最も安全かと考えてみたのだが、どれもあまり結果が変わらないような気がする。
 ならば、正直に話した方がまだましだと判断した。

「先ほど退院したばかりの病院で」
「ぬん! 病院でだと! その年ですでにコスプレか!」
「お、おちついてください」

 なにやら思春期真っ盛りな少年のように、変に興奮なさるノイエラン卿。
 その外見で今の反応は少々怖いので止めて欲しいところだ。

「建物の外へ出たところでですね」
「ま、まさか! 青姦などと言うのか!!」
「話の途中ですから、お願いですから落ち着いて下さい」

 どうも、外見通りの人物ではないようだ。
 いや。やはり王家の人間だと納得するべきなのだろうか?

「クラリーベル様に襲撃されまして」
「! ま、まさか貴様! おなごに!」
「・・・・・・。お茶でもいかがでしょうか?」
「うむ。頂こう」

 ここまで来れば話は見えてくる。
 ノイエラン卿はそう言う話に持って行きたいのだと。
 理由は今のところ分からない。
 分からないが、レイフォンとしてはあまりありがたくないのも確かだ。
 クラリーベル様は確かに美少女だが、性格と立場にかなりの問題が有りすぎるから、あまり関わりになりたくない。
 道場に用意してあるお茶のセットを使い、手早くしかし確実に緑茶を淹れる。
 それをノイエラン卿の前に置いてから話を再開する。

「それでですが、立ち会いを求められまして」
「何じゃつまらん。立ち会ってお主が勝っただけか」

 出されたお茶をすすりつつ、実につまらなそうにそうおっしゃるノイエラン卿。
 実に外見通りの穏やかな空気になっている。
 非常に嬉しいと言って良いのだろうか? あるいはこの先に恐るべき罠が待ち受けていると恐怖した方が良いのだろうか?

「はい。抜き打ちの勝負となりまして」
「? お主がここに居ると言う事は、クラリーベルは負けたと言う事じゃな?」
「そうなります」

 切り落としたはずの腕が、その場でくっついたとか言う話をしたら、間違いなく一戦覚悟しなければならないので、絶対に話す事は出来ない。
 なので結果だけを伝える。

「なんじゃ。傷物にされたと聞いて安心しておったのじゃがな」
「何処をどう取れば安心できるのですか?」

 孫娘が貞操的な意味で傷物にされて、安心するという祖父の考え方が理解出来ない。
 と言うか理解したくないと勘が告げている。

「クラリーベルは昔から少々困った性癖を持っていてな」
「はあ」

 確かにあれは困った性癖だ。
 断じて少々と呼べる範囲で収まっていないけれど。

「じゃからな。やっと男と縁を結ぶ事が出来たと喜んでおったのじゃが」
「後継者の問題が有りますからね」

 王族である以上、後継者を作る事は義務となっている。
 グレンダン王家で言えば、王家同士、あるいは天剣授受者と婚姻する事が定められている。
 もちろんレイフォンはどちらでもない。

「クラリーベル様との婚姻など、僕には出来ないはずですが?」
「問題無かろう? クラリーベルが負けたとならば、しかもお主に目立った傷はないとならば、それは圧勝だったのだろう?」
「い、いえ。抜き打ちですから勝つにしても負けるにしても一撃で勝負は付きますから」
「まあ、どちらにせよ勝ったのならばお主の実力は相当な物という証拠じゃ」

 どうやら、結果だけを伝えてもあまり事態は変わらないようだ。
 思い切ってあそこで負けて再入院の方が、まだましな結果だったかも知れないと、今頃気が付いた。
 もう少し頭を使う事を覚えた方が良いのかも知れないと思うが、すでに事は起こってしまっているので無駄だ。

「ならば、手頃な天剣が居ない以上お主でもかまわんじゃろうて」
「いえいえ。独身の天剣授受者で男性もいますから」
「問題有る連中ばかりじゃがな」

 そう言われてみて思い返すまでもなく、現在の天剣授受者は性格に問題のある人間ばかりだ。
 サーヴォレイド卿を筆頭にクォルラフィン卿にヴォルフシュテイン卿にスワッティス卿と、若い天剣授受者はおおむね性格に問題が有る。
 唯一許容出来るのは、エアリフォス卿くらいな物だろうか?
 女性だからクラリーベル様の結婚相手にはなれない事が、玉に瑕かも知れない。

「そこへ行くとお主は剄量は兎も角として、技量だけならば天剣級じゃ」
「剄量が少ない以上あまり意味はないと思いますが」
「謙遜をするで無い小僧。そもそも、剄量を問題にするのならばクラリーベルの方が遙かに・・・・・・。なに?」

 ノイエラン卿が何かに思い至ったようで、話の途中で考え込んだ。
 そしてレイフォンは気が付いてしまった。
 明らかにクラリーベル様の方が剄量が多かったと。
 なのに、勝ってしまったのだと。
 これは、天剣に挑まないための口実であるところの、剄量の不足を使えなくなるかも知れないと言う事に他ならない。

「お主。お主の剄量を二百とする場合、クラリーベルはおおよそ六百五十前後じゃろう?」
「そ、そのようですね」

 グレンダンの一般的武芸者を基準とした場合、レイフォンは二百ほどでクラリーベル様はおおよそ六百五十から七百だろう。
 それはおそらく間違いのない事実のはずだが、今日体験したこととは明らかに矛盾してしまう。
 圧倒的とは言わないが、かなりの実力差でレイフォンが負けなければおかしい。
 確かに、三倍程度の剄量ならば負けない戦いが出来るとは思うが、思うのだが。

「あうあう。飯はまだかのぉじいさんや?」

 取り敢えずぼけて誤魔化してみる事にしたが。

「愚か者が!」
「この知れ者め!」
「ぐべら」
「それはボケの方向が違う!」
「儂がやってこそのボケじゃろうが!」

 二人から渾身の突っ込みを貰ってしまった。
 物理的な突っ込みと共にレイフォンを打ちのめしつつも、その瞳からは好奇心の色が消えていない。
 折角身体を張ったボケだったのだが、残念な事に意味をなさなかったようだ。
 だが、事態は更に爆走する。
 何処かで聴いたメロディーが道場に響く。
 それが、少女向けアニメの主題歌である事を認識。
 何故知っているのかと問われれば簡単で、小さな妹たちと一緒に見ているからだ。
 かなり強制的な視聴で、戦闘による批難などで放送時間が変わったとしても、毎回女の子に取り囲まれて見ているのだ。
 聞き間違えるはずはない。
 そして、そんなメロディーが何処から流れているのかと探って行き、そして恐怖におののいた。
 そもそもここには三人しかいない。
 デルクもレイフォンも携帯端末など持っていない。
 ならば残る人物はただ一人。
 おもむろに、威厳に満ちた表情と動作でノイエラン卿が懐に手を伸ばし、つまみ出したのはパステルピンクの携帯端末。
 なにやら猫を図案化したシールが一個、蓋の中央付近に貼ってあったりしている。
 滅茶苦茶少女趣味な携帯端末だ。

「はいはい」

 それを取り出したノイエラン卿は、今までの厳かさなど何処へ行ったのか、非常に機嫌良く通話を開始。
 相手は誰だろうかとか思っていると、すぐにその疑問は解決した。

「おお! クララか。怪我をしたと聞いたが平気か? ・・・・・。なに? これから修行に行くので暫く家には戻らない? 待つのだクララよ。いくら何でも腕はまだ着いておらんだろうに? ・・・・・・! な、なに? 切られたけれど治療も無しにくっついたじゃと!」

 ここで、ノイエラン卿の視線がレイフォンを捉える。
 今までの好々爺と言った雰囲気は一変し、そこには不動の天剣と呼ばれた、最強の武芸者の迫力が宿っていた。
 そして、それは脇で話を聞いていたデルクの視線も同じなのだ。
 これはやばいかも知れない。
 やばいなんて生やさしい状況ではないかも知れない。
 二人の視線の意味はたった一つ。
 試してみたい。

「あ、あう」

 ノイエラン卿が通話を終えて携帯端末を懐にしまう。
 その動作に全く隙はなく、何時でも攻撃を撃ち放てる状態である事が伺える。
 そして、デルクも剣帯に手を伸ばしているのだ。
 これはかなり危険な状況だと認識する。
 相変わらず、認識しているだけで何も変わらないけれど。

「小僧。よもやここまでの使い手だったとはな」
「レイフォン。私など遠の昔に追い越していたのだな」

 二人とも目の色が違う。
 あえて言うならば、戦ってみたい。
 徐々にしかし確実に、二人との間合いが狭まって行く。
 二対一では勝ち目がない。
 そもそも、ノイエラン卿と戦うだけで生き残る確率は極めて低いのだ。
 だが、事態は急変を迎える。

「ティグリス様。ここは師である私にお譲り下さいませんか?」
「ぬん? まあ良かろうて。お前が鍛え上げた者の真価を問う権利は有ろう」

 短い会話で話が付いたのか、ノイエラン卿がやや後退して、デルクが一歩前へと出る。
 そして、問答無用で抜き打ちの構えを取るデルク。

「と、父さん」
「さあレイフォン! お前の実力を私に見せてみろ!」

 第一線を引退したとは言え、熟達の武芸者だ。
 その身のこなしには無駄が無く、剄の走りも十分である。
 まさに一撃必殺の構えだ。
 少しずつ後ずさりながら逃げられないかと考える。
 デルクとレイフォンの安全も確保できればこれ以上ないくらいによいことなので、必死に頭を使い一つだけ思い付けた。

「え、えっと。病院の側の方が良いんじゃ?」
「愚か者が! 道場を出てすぐ目の前が病院だ」
「ああ。そう言えばそうだったね」

 怪我をする事が日常茶飯事である以上、病院の側に道場を作る事がグレンダンでは普通に行われている。
 それはここも同じだ。
 クラリーベル様の認識と行動も、これが根底にあったのだろう事が分かる。
 全然尊敬とかは出来ないけれど。
 そして、もうデルクは間合いのすぐ外。
 レイフォンも心を決めなければならない。
 あの時と同じ心境にはなれないかも知れないが、それでも全力の一撃を打ち込まなければ、デルクは納得してくれないだろう。
 潔い生き方など習った事はないが、今は全力を尽くすのみ。

「私を殺すつもりでかかって来るがよい!」

 クラリーベル様と同じようなことを言うデルクだが、その迫力は桁外れに巨大だ。
 そして、デルクが軸足を前に踏み出す。
 それに合わせるようにレイフォンも一歩踏み出す。
 復元の光を伴った斬撃が、双方の左腰付近から迸り、お互いの腕を切り裂こうと疾走する。
 そして原因は不明だが、かなりの余裕を持ってレイフォンの斬撃がデルクの腕に到着し、前腕半分を切り飛ばす。

「おお!」
「なんと!」

 ノイエラン卿とデルクが感嘆の叫びを上げるのを聞きながら、再びレイフォンは思わず半分ほどになった前腕を捕まえるためにダイブしてしまっていた。
 だがふと思う。
 クラリーベル様の時には時間が間延びして感じられたはずだが、今はそれがなかった。
 それは何でだろうとか考えているのは、いくら同意の上だったとは言え、養父の腕を切り落としてしまったと言う、精神的な重圧からの逃避に他ならない。
 腕を拾ってしまったのもクラリーベル様との一戦から時間が経っていないためで、別段変な趣味に目覚めたという訳ではないのだ。

「見事だレイフォン」
「あっぱれだ小僧」

 大人二人はなんだか納得したようで、微笑みつつレイフォンを見ているのだが、そんな事は後からだっていくらでも出来るのだ。
 兎に角、腕を何とかしなければならない。

「と、兎に角これを速くくっつけに」
「そうだな。奇跡の技を見たい物だ」
「そうじゃな。早う元通りにして見せい」

 あんな事がしょっちゅう出来るはず無いと思うのだが、取り敢えず腕を本体にくっつける。
 だが、くっつけた直後駄目だと言う事は分かった。

「駄目だよ父さん。脈動を感じない! 速くくっつけに行かないと!」

 慌てているのだ。
 確率的には低いが、万が一にでも剄脈異常なんかが起こったら、レイフォンは自分を許せない。
 だからデルクを急かせて向かい側の医者の元へと向かおうとした。

「落ち着くのだレイフォン。これほどの斬撃ならば剄脈異常など起こらぬ」
「そうじゃ小僧。これほど見事な切断面ならば、異常など起こらぬ」

 落ち着き払っている二人には悪いのだが、ここ最近あり得ない事が立て続けに怒っているだけに、レイフォンの焦りは収まらない。

「と、兎に角医者に」

 慌てて道場を出ようとしたのだが、それは無駄な行動だった。
 なぜならば。

「成る程。これは見事な切り口ですね。私も長い間ここで医者をやってますが、これほどのは見た事がありませんよ」

 後方からそんな声が聞こえてきたからだ。
 振り返ってみるまでもなく、事態は理解出来てしまった。
 かかりつけの医師が道場に上がり込み、傷の手当てをしているのだ。
 いつからいたか全く気が付かなかった。
 ノイエラン卿の気配には気が付いたのだが、人間とは不思議な生き物だ。
 もしかしたら、老年にさしかかった人だから、武芸者以上に気配を消す心得があるのかも知れないと疑ってしまうくらいだ。

「そうでしょう。私もこれほどのは見た事がない」
「儂の長い人生でも五指に入る切り口じゃな」

 老人三人は酷く喜んでいる。
 呆然としているレイフォンを置いてけぼりにして。

「ならばこそ、クラリーベルが敗れるのも無理は無いじゃろうて」

 ゆっくりと立ち上がるノイエラン卿。
 その全身に剄がみなぎり、制御に失敗している訳でもないのに、陽炎のように空気を揺らめかせている。
 退院直後に一戦して、帰宅直後に二戦するという、つい一月前までは考えられなかった事態に陥ってしまっている。

「お主の強さの秘密、それは瞬発力じゃ」

 ゆっくりとした動作だが全く隙を見せないノイエラン卿が、白金錬金鋼の長弓を復元。
 何時も通り天剣ではないようだが、レイフォンに死をもたらすには十分すぎるはずだ。
 ゆっくりと剄を練り上げつつ、レイフォン本人でさえ理解していない、強さの秘密を語り出すノイエラン卿。

「百分の四秒程度のごく短い時間だけ、貴様の剄脈は爆発的な力を発揮する」

 そんな事が出来る人間がこの世にいるとは思えないが、レイフォン自身がそれだと言う事が全く信じられない。
 出来れば誰かに代わって欲しいとさえ思えるが、無くなったら最後死んでしまうかも知れないので、このままの方が良いのかも知れない

「その短い時間の爆発力で全てを決しているのじゃ」
「そ、それだと、スワッティス卿とかサーヴォレイド卿とか」

 ヴォルフシュテイン卿やクラリーベル様の場合には、今の説明で何とか辻褄が合うが、先週の襲撃を生き延びる事が出来た理由にはならない。
 双方一分という時間襲われ続けたのだ。

「感嘆じゃ。短い爆発を繰り返しておったのじゃな」
「な、なるほど」
「そのせいで剄脈の疲労が大きかったんじゃろうな。入院はそれが原因じゃ」

 納得している場合ではない。
 目の前には、レイフォンの強さの秘密を解き明かした最大級の危険人物がいるのだ。
 逃げるために、道場の扉の方へと後ずさる。

「安心せい。他の天剣と同じように、一分間じゃからな」

 そう言いつつ発動しているのは、どう見ても迷霞。
 スワッティス卿のように、最終的には点の攻撃ではない。
 サーヴォレイド卿のような線でもない。
 面の攻撃である。
 これは避けるのが非常に難しいと思うのだが、ノイエラン卿に何か言っても聞いてくれそうもない。

「そら行くぞ小僧!」
「ま、まって!」
「問答無用!」

 いきなり道場内で発動する迷霞。
 逃げるために扉の方に移動していたレイフォンだが、慌てて全力で横に飛んで面の攻撃を回避。
 扉を含めた直径二メルトルの壁が粉砕される。
 これは好都合かも知れない。
 逃げ道が増える。

「ふはははははは! 踊れ踊れ小僧!」
「どわわわわわわわ!」

 と思ったのも束の間。
 連続で繰り出される迷霞があっという間に道場を瓦礫の山に変えてしまった。

「ま、待って下さい! 孤児院が!」
「安心せい! お主が逃げる方向に気をつければそれでよいのじゃ!」
「無茶言わないで下さいよ!」
「ほれほれ! 恐れおののけ! 逃げ惑え!」
「のわぁぁぁ!」
「貴様にはもう安息の地など無いのだ! 怯えて眠るが良い!」
「と、父さんならきっと分かってくれるはず!」

 デルクが武芸者モードというか戦いたい人間になってしまったら、間違いなくレイフォンに安心して眠る場所は無くなってしまうが、きっと分かってくれると信じている。
 うん。信じたい。

「どうしたどうした!」
「ひぃぃぃん」
「この鷲の首を取ってみぃ!」
「無理です!」

 何処から取り出したか不明だが、錬金鋼をとっかえひっかえ面の攻撃を繰り出し続けるノイエラン卿。
 剄の制御が完璧だったら冷却期間を考えずに攻撃が続けられる。
 非常に上手い方法だが、レイフォンにとっては最悪の先方だ。

「鷲の首を取る事が出来たのならば、貴様に天剣ノイエランをくれてやろう!」
「いりません。他の天剣に本気で殺されます!」
「ならば、ロンスマイア家はどうじゃ? 明日から王族になれるぞ!」
「絶対にいりません!」
「クラリーベルはどうじゃ? これならば何の不足もあるまい!」
「一番いりません!」
「お、おのれ小僧! クララをいらんというか!」

 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
 いきなり今までとは違う銀色に耀く錬金鋼が復元。
 おおよそ都市を一つ壊滅させるだけの威力の剄が注ぎ込まれる。
 間違いなく、レイフォンを殺す気だ。

『お待ちなさいティグリスさん』
「! その声はデルボネか」

 あわやという一瞬。
 いきなり蝶のような念威端子から声が掛かり、動きを止めるノイエラン卿。
 もっと速く止めてくれればいいのにと思ってしまうのは贅沢だろうか?

『いくら何でもそれはいけませんよ』
「ぬ、ぬん? そうじゃな。儂とした事が大人げない」

 そう言うと、天剣が待機状態へと戻された。
 代わりに白金錬金鋼の長弓が復元しているが。
 そしておもむろに着ている服を脱ぐ。
 その下から現れたのは、三十本以上の錬金鋼。
 次から次へと攻撃を撃ち出す準備に他ならない。

「良かろうて。貴様がクラリーベルと結婚させて下さいと言うまで攻撃し続けてくれよう」
「そ、それはルール違反では?」
「・・・・・。ふむ。サヴァリスは兎も角としてリーリンに顔向け出来んのは、少々心苦しいな」

 納得してくれたようだが、攻撃態勢は全く変わらない。
 と言うか、錬金鋼が赤熱化しているような気がする。
 今までの三倍の剄が注ぎ込まれているのかも知れない。
 はっきり言ってよほど必死になっても大けが間違い無しだ。

「さあ再開しようぞ! 安心せい! 今週は儂とリヴァースじゃ」
「イージナス卿ですか?」
「じゃから二分でも良かろう」
「お願いですから止めて下さい!」

 防御専門のイージナス卿ならば、襲いかかってくる確率は極めて低い。
 つまり、ノイエラン卿から何とか逃げられれば来週まで生きていられる。
 俄然やる気が出てきた。
 非常に珍しい事だ。

「どわ!」

 とは言え、天剣授受者相手に楽な戦いなど有るはずもない。
 結局命を削るような逃げ方をする羽目になった。
 その最中、レイフォンは疑問に思った。
 ノイエラン卿からいつまで経っても電子音が聞こえないのだ。
 それを聞こうにも、そんな余裕はレイフォンにはない。
 本気になるまでは、それなりに会話を交わすことが出来ていたのだが、そんな状態は遠の昔に終了している。
 結局精根尽き果てた頃になって、キュアンティス卿から制止の声が掛かるまで面の攻撃を放ち続けられた。

『タイマーのセットをお忘れですねティグリスさん』
「おお? そう言えばそうじゃったかも知れんのぉ」
「そ、そう言うボケ方は止めて下さい。他の人も真似しますから」
「あうあう。クララよ。飯はまだかのぉ」
「それも止めて下さい!」

 まさかこれも計算ずくなのかも知れないとも思うが、確かめても無駄な事は分かっている。
 それなので抗議を送ってみる事にした。
 キュアンティス卿に向かって。

「分かっていたのならば止めて下さいよぉぉ!」
『あらあら。天剣の皆さんが貴男に襲いかかるのをずっと見てきたのですが、私にも武の力がありましたら襲いたくなるほど見事な逃げ方でしたので』
「お願いですから止めて下さい」
『ウフフフフ♪ 残念ですわね。とても可愛らしくていらっしゃるのに』

 王家と天剣授受者に関わってしまったがために、レイフォンの日常は波瀾万丈になってしまった。
 道場の再建資金はノイエラン卿が出してくれるそうだが、しばらくは鍛錬を他でやらなければならないようだ。
 そして気が付いたのだが、デルクの目が危険なのだ。
 間違いなく、レイフォンと戦いさらなる高見へと上ろうとしている武芸者の目になっている。
 本当に怯えて眠る事しか出来そうにない現実に、絶望が更に深くなった。
 
 
 
 後書きに変えて。
 はい。超槍殻都市グレンダン3をお送りいたしました。
 百人目様。外剛様。ギギナ様。ヨシヲ様。愚者の戯言様。K・U様。武芸者様。諫早長十郎様。お待たせしました。
 そのほか名も知らぬ読者の皆様も、お楽しみいただければ嬉しいです。
 それと、1と2の誤字やおかしな所を修正しました。愚者の戯言様。ご指摘ありがとう御座いました。
 ごらんの通り、今回難産でした。何が難産かと言えば、予定の半分しか書けていないのにこの量。
 更にギャグが少ないし、中途半端なシリアスがあるし、女の子が出てきていない。とどめとばかりにおじいさんとおばあさんが大活躍をしている。
 でも、ここを通らないと次につなげることが出来ないのもまた事実。
 一服入れると言う事でお見逃しください。
 ちなみに、予定が狂ってしまったので、五話くらいになると思います。
 泥縄になってきているかも知れない。


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