チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[18858] ルイズさんが109回目にして(以下略 (オリ主) 101話から
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/15 21:47
どうも、しゃきです。

この作品は私の拙作、
『ルイズさんが109回目にして平民を召喚しました』
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=16875&n=0&count=1

の所謂2スレ目です。

この作品はゼロの使い魔の二次創作です。

オリ主視点が中心で話が進む事が多いため、オリ主の独断や偏見や勘違いが含まれることが結構あります。


【要注意要素】

・オリジナル主人公(笑)

才人ファンの方々申し訳ありません。



・こんなの●●じゃない!


この物語はフィクションです。実際の人物、団体、事件などにはおそらく全く関係ありません。


・この作品のジャンルって何?

パン屋が主の筈。
色んな意味で欝っぽい話もあるかもしれない。
某RPG風に言えば『皆が間違った方に必死すぎるお話』かも知れない。
決まったジャンルは?と問われてもわしにもわからん。




5月15日 101話完成。2スレ目作成。



[18858] 第101話 君は俺のメイドなんだからな
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/15 21:53
達也専属のメイドのシエスタ。
メイドとはいえやっている事は達也の妹の真琴の遊び相手が主である。
これは便利屋扱いではないのかと彼女はふと思うのだが、達也はシエスタに対して、

『いつもありがとう』

と感謝の意を(一応)送っている。
また彼女の為にリフレッシュ休暇も設けている。
おおよそこの世界におけるメイドへの待遇としては破格すぎる。
そんな休暇の日にシエスタはトリスタニア・チクトンネ街にある『魅惑の妖精』亭に来ていた。
シエスタの格好はメイド服ではなく、淡い草色のワンピースに白いリボンのついた麦藁帽子を被っている。

「で、休暇を出された理由が新しいメイド服を準備するからって、何よそれ」

魅惑の妖精亭の看板娘でシエスタの従妹でもあるジェシカが呆れたような表情で言う。
シエスタは実家から送られてきた野菜を届けに来たのだがそこで彼女に捕まってしまった。

「学院支給の服じゃ専属って気がしないからって・・・」

「いや~、大事にされてるわねぇ~」

一見酷い扱いのシエスタだが、真琴を任されているほどの信頼度はあった。
シエスタとしては信頼されているのは嬉しいのだが、もう少し何というか、関係を進めたいというか。

「シエスタ、その様子じゃタツヤをモノにしていないみたいねぇ」

「ジェシカ・・・第一タツヤさんは奉公先のご主人様のうえ、恋人だって・・・」

「へえ・・・恋人ね」

「いいんだ、私は二番目で。二番目に愛される女性でいたい」

「それは典型的な負け犬思考よシエスタ!私なら恋人?問題ないね!と言うわよ!」

「タツヤさん、かなり一途みたいだし・・・ジェシカでも無理じゃないの?」

シエスタの指摘にジェシカは固まる。
ジェシカはかつて達也を誘惑したが鼻で笑われた屈辱の過去があるのだ。
今でもその時の事を悪夢として見る。
自分を鼻で笑ったあの男は今は一領地の主である。

「捨て身で誘惑するべきだったかも・・・」

「ジェシカ?」

「いいえ、何でもないわ」

未練タラタラの発言を誤魔化し、ジェシカはシエスタに意識を向けた。

「シエスタ、二番目でいいだなんて消極的な考えはいけないわ。そんなんじゃ何時まで経っても駄目駄目!」

「そうかなぁ・・・」

「そんなアンタに私からプレゼントがあるのよ」

ジェシカはポケットから紫色の小壜を取り出した。
壜の形は何故かハートであった。

「昨日、これを私に飲ませようとした馬鹿な貴族がいてね。怪しいから問い詰めたら、飲んだ人の魅力を向上させるとか言ってたけど、これ絶対惚れ薬よ!」

「惚れ薬!?それって禁制の品じゃ・・・」

「この薬の効果は1日しか効かないらしいわ。だからばれないって!これをアンタが飲んでタツヤの前に立てば、タツヤは一日だけアンタにメロメロのはずよ!」

「メロメロ・・・」

シエスタの頬が赤らむ。
この子は根は純粋なのだ。誰がなんと言おうとも!
ジェシカが無理やりシエスタの鞄に、謎の薬をねじ込む。

「たまには夢を見たっていいはずさ。恋愛ってのは戦争さね。恋人がいるからって容赦しちゃ駄目だよ」

シエスタは思わず頷いてしまった。


さて、翌日の夕方、魔法学院のルイズの部屋に戻ってきたシエスタは、机に肘をつき、謎の薬をじっと見つめていた。
これを使えば・・・これを飲めば・・・達也は自分に振り向いてくれるのか・・・?
いや、こんな怪しい薬で人の心を惑わすのは卑怯だ。
ルイズを見ろ!モンモランシーの失敗作の薬を飲んで、妹だとか訳の分からんことになったじゃないか!
魔法の薬は怖い!人の心を簡単に書き換えてしまう!
シエスタは達也とルイズの仲の良さは微笑ましく見ていたが、アレは正直話を聞いただけでも爆笑ものだった。

好き好きと達也に言われたら気持ちいいだろう。
1日だけなら・・・いやしかし・・・いやでも・・・
そんな葛藤を繰り返すシエスタ。まだ効果も分かっていないのに幸せである。
しかし・・・自分がこれを飲んだとして、もし達也以外の人物と鉢合わせしたら?
想像したらぞっとした。
きゃあきゃあと言いながら、シエスタは悶えていた。


モンモランシーは最近、不安でたまらなかった。
理由はそう、彼女の彼氏である、ギーシュ・ド・グラモンの事である。
最近付き合いが悪いと思えば、風呂を覗いたりしている。
原因はティファニアの不自然なアレか?と問いただしたら、彼は自分の姿しか見ていないと言った。
・・・いや、それはその、ちょっと嬉しかったのだが、そんなわざわざ覗かなくてもねえ?
彼は自分になかなか手を出そうとしない。
・・・まさか、自分に魅力が足りないせいか?あと少し成長するのを待っているのだろうか?
モンモランシーは自分の胸部を眺めた。・・・普通より小さいが形には自身はあるのだが・・・。

「ううむ・・・たまには私の方からアイツを喜ばせなきゃいけないかしら・・・」

モンモランシーは考えた。
要はもう少し自分が大人っぽくなればいいのだ。
惚れ薬はいけないことだが、自分を磨く為の薬の使用は禁じられてはいない。
まあ、塗り薬とかで顔の皺やシミを消す魔法薬とか売ってるしね。
人の精神に作用する薬じゃないから問題ないでしょ、と彼女は考え、薬の調合をする事にした。


そんなことを彼女が考えてる事など露知らず、ギーシュはいつもの溜まり場で酒を飲んでいた。
隊員達にあまり羽目を外さないように忠告したのだが、酔っ払いに何を言っても無駄であった。
あの覗き事件以降、自分達の地位は一部隊員を除き、最下層に落ちてしまった。
あれだけ女の子の話をしていた団員達も、次々と愛想をつかされ、毎晩自棄酒の日々である。
自分の彼女、モンモランシーはよく許してくれたと思う。
本当に涙が出るほど良い彼女をもった。たまに殺されそうになるが。

「諸君!所詮女など星の数ほどいる!学院にいる女が全てではない!彼女達は男達の熱き挑戦が理解できぬ愚か者たちである!むしろそのような女達から逃れられて幸運だったと思おうではないか!!」

「よく言ったギムリ!そうさ!女なんて此処にいるだけじゃないよな!」

「勇敢なる水精霊騎士団の隊員達よ!我々の戦いはまだこれからである!嘆く暇などない!この杯に誓おうではないか!賢い女を娶ろうと!」

酔っ払いたちが賛同するかのような咆哮をあげる。
こいつらは現在、学院の女子生徒達から虫けら以下の扱いである。
ギーシュですら虫けら同等の扱いなのだ。
正直後悔の念しかないが、自分がやった事を認め、反省の行動を示すしかない。
そんな酔っ払いの騒ぎに参加していない二人の隊員にギーシュは気付いた。
達也とレイナールである。
今やレイナールは騎士団1の女性人気を獲得している。
彼も内心満更ではないはずだ。この前なんか下級生に手作りのクッキーを貰って隠れて食べていたし。

・・・そして達也は相変わらず女性人気は低いままである。
まあ、一旦変態たちを逃がしてるからという理由もあるのだが、自分達の人気が下がった分、レイナールに人気が集中してしまったので、達也の人気は殆ど変化なし。正直物凄く不憫である。しかしこれが現実。達也もそれを受け入れていることであろう。

「レイナール、何故かお前の評価だけ上昇したよな」

「・・・僕だけは客寄せパンダになるつもりはまったくないんだが」

「またまた。鼻の下伸びてたくせによく言うぜ」

そう言って水を飲み干し、新しい水をグラスに注ぐ達也。
ギーシュに気付いたのか手招きしている。
気が紛れるかもしれない。ギーシュはそう思って、二人のいる所に移動した。

ギーシュが騎士団の連中の馬鹿騒ぎから少し離れて飲んでいたので、俺はギーシュをこちらに来させた。

「しかし、これから如何する?僕たちの評価は完全に地の底だ」

「・・・奉仕活動及び、与えられた任務で戦果をあげるしかないね・・・」

「社会的地位が底値状態で与えられる任務なんて大したもんじゃないだろ。軽率すぎだなお前ら。もしあの浴場に真琴がいたら俺は追っ手の中に加わっていたぜ?」

「・・・もし追っ手に加わっていたら如何するつもりだったんだ?」

「ん?そこに噴水のある泉があるじゃん?そこに裸で逆さ吊りにして、水に入れたり出したりを繰り返す」

「そういうことを素晴らしい笑顔で言うの止めてくれない?」

ギーシュが呆れたように言うが、それぐらいしないとわからんだろお前ら。



俺がルイズの部屋に戻ると、張り紙がしてあった。
どうやら俺の事を考慮してか、真琴が文字を書いているようだ。

『おにいちゃんへ。ただいまおままごとをやっています。おにいちゃんはおとーさんやくですので、がんばってね!まこと』

・・・意味が分かりません。
とりあえず俺は扉を開けてみた。
・・・何故シエスタが三つ指ついているのでしょうか?

「お帰りなさいませ、旦那様」

何だよ旦那様って。
俺が周りを見渡すと、ベッドの上でルイズがげんなりした表情で、

「おぎゃー・・・おぎゃー・・・」

などと言っており、それを真琴が、

「あらあらルイズちゃん、おねえちゃんの子守唄がいやなの?」

などと言っている。
・・・えーと、何これ?
真琴がこっちを向いて、シエスタを指差す。
・・・ふむ、シエスタはお母さん設定か。

「ただいま」

仕方ない、付き合うか。
誰の脚本か全く分からんが。
シエスタが激しく頬を染めている。息も荒く目も血走っている。

「だ、旦那様、お食事に致します?それともご入浴ですか?あ、あ、あ、そ、それとも・・・」

シエスタはシャツのボタンを握り締め、目を潤ませて言った。

「わたし?」

俺は即答した。

「寝る」

「第4の選択肢!?」

シエスタはよよよ・・・と崩れ落ちるが、そのうち何かに気付いたように顔を輝かせる。

「寝るという事は三人目が欲しいというアピール・・・!!なんて事・・・!旦那様の気持ち、しかと理解いたしました!」

「真琴ー、一緒に寝るかー」

「無視!?夫婦生活倦怠期の設定なんですか!?」

シエスタが俺の足に縋り付いてきた。

「後生です旦那様!シエスタを捨てないでくださいませ!」

「ええい!お前はルイズの世話があるだろうが!離せ離せーィ!」

「いいえ!私は今日は旦那様と寝るのです!」

「娘を優先しろー!?」

夜中に何をやっているんだろうな俺たちは。
食事お風呂私就寝の四択から、倦怠期の夫婦の悲しい現実を演じて如何すると言うのだ。
誰だよこの設定の演出は。



使用人女子寮の厨房に手伝いに来たシエスタは深い溜息をついていた。
そんな彼女の様子を見て、同僚達はシエスタに話しかけてくる。
彼女達はシエスタの恋の行方を応援しているので、色々世話を焼いてくるのだ。

「シエスタ、この香辛料を試してみなさいよ!彼なら喜ぶんじゃない?」

「いや、彼はパン作りが好きなんでしょう?やっぱりここはこの小麦粉でしょう」

「タツヤ君って、今や土地持ち貴族なんでしょう?シエスタ凄いわよ!アンタ見る目あるわ!」

使用人から達也は君付けで呼ばれている。
それは彼が厨房に出入りするようになってからずっとであり、貴族になっても誰も達也を様付けしていない。
貴族の人気度は男子からはそこそこある達也で、女子からはほぼない達也だが、平民からの人気は結構あった。
悪魔と呼ばれようがなんだろうが、平民出身で特に威張らず、目覚しい功績を残している達也は平民の星であった。
といっても熱狂的人気ではなく、あくまで「あの人はパネェ」という程度の人気であった。
まあ、知名度は凄いのだが。何故か様付けする平民より、若やら君付けする平民の方が多い。これはどういうことなのか!?

「タツヤ君は普通の貴族とは違って元は平民だものね。それにあのミス・ヴァリエールと仲が良いだけあって気さくじゃない」

「何度も手柄を立てた殿方ですものね。貴族のお嬢さん達からはあまり人気がないのが信じられないわ」

「甘いわね、ローラ。タツヤ様は量ではなく質で勝負のタイプよ、きっと」

「何ですって、ミレーユ、それは一体どういう事!?」

全く、いくら暇だからって盛り上がりすぎだろう。
シエスタは料理を作りながら同僚達の色恋沙汰の話に耳を傾けていた。

「そういえばシエスタ。その服はどうしたの?」

シエスタの着ているメイド服は学院支給のものではなかった。
達也がシエスタの為に製作を依頼したメイド服は学院支給のそれよりスカートの丈が短く、膝ぐらいの長さしかなかった。
フリルが多めで、胸上の赤いリボンがチャーミングだった。足にはニーソックスを履いていた。
全体的に学院支給のそれより、女性陣の評価は高そうなメイド服である。

「タツヤさんに頂いたの」

「まあ、羨ましいわ!」

基本的にメイドは自分達が何かを貰うということはない。
だが、シエスタの雇い主は違うようだ。
そういう雇い主に雇われたシエスタは、同僚達から羨ましがられていた。

「でもね、シエスタ。タツヤ君を振り向かせるなら、素肌にエプロンぐらいしないと!」

「無茶苦茶な・・・それははしたないのでは・・・?」

「もう裸も見せてるのに何言ってるのよ。裸エプロンは殿方の夢だって小説にも書いてあったわ!」

「そうよ!本当は大きなお皿に貴女を載せて、『私を食べて』という手もあるんだけど、それは流石に引くわ」

「だ、駄目よ!タツヤさんの妹さんのマコトちゃんもいるし・・・」

「あー・・・タツヤ君、妹さん想いだからねぇ・・・そんなことしたら怒るか・・・」

「くっ!他に手はないと言うの!?」

「皆の気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう。私は私なりに頑張ってみるわ」

シエスタは微笑んで言う。
その表情を見ると、同僚達は何も言えなくなるのだった。


そのチャンスはいきなりやって来た。
何と今日は達也は飲み会がなく、更にルイズと真琴は一緒に風呂に入りに行ったのだ!
つまり現在、シエスタは達也と二人っきりである。
真琴がいたらやれない裸エプロンだが、やるなら今である!
シエスタは達也から死角になっている場所で、服を脱ぎ始めた。

シエスタがお茶を持ってくると言って数分が過ぎた。
俺はぼんやりとお茶が来るのを待っていた。

「お待たせしました、タツヤさん」

「ああ、有難う・・・って何だその格好は!?」

シエスタの格好は男が一度は夢想する、裸エプロンだった。
裸の癖に黒ニーソとカチューシャはつけている。なんとマニアックな。

「暑いんです」

「今日はどちらかと言えば冷えるからお茶をお願いしたんだが」

「暑いのです」

「今すぐ外に出てみろ」

「嫌です。寒いじゃないですか」

「矛盾してるよね!?」

こんな冷える夜に裸エプロンなど自殺行為にも程があるだろう。
シエスタが風邪をひいてはいけないと思った俺はルイズのベッドから毛布を拝借し、シエスタの身体にかけてやった。

「タ、タツヤさん・・・」

「君が風邪をひいたら、困る」

何せ彼女が体調を崩したら真琴を見てくれる人がいないからな。
ルイズは真琴を見る目が怪しすぎるからな。シエスタに任せるのがベストなのだ。
まあ、ド・オルエニールに行けばマチルダというプロがいるが。

「今日は冷えるらしいからな。そんな格好は視覚的には素晴らしいが、それで君が体調を崩したら意味がないだろう。無理すんな。というか無理はさせない。シエスタ、君は俺のメイドなんだからな」

雇い主として彼女が体調をこのような無謀な行為で崩すのは見過ごす事は出来ない。
シエスタは感激したような面持ちで俺を見て、頷いた。
シエスタの寒そうな格好を見てたら俺まで寒くなってきた。

「じゃあ、俺はトイレ行くから、ちゃんと服着ろよ?」

「はい、お気遣い有難う御座います」

いや本当に服着ろよ?目の毒だし、普通に風邪ひくから。
俺は震えながらトイレに向かった。


部屋に一人残されたシエスタは鞄からジェシカに貰った謎の薬を取り出す。
お茶の入ったグラスを見て、シエスタは思う。
これをお茶に注いで達也に飲ませたら、自分は何もかも捨て去って彼に迫ることが出来るのではないのか?
だが、それは卑怯ではないのか?薬の力を借りてだなんて情けないにもほどがある。
うん、私はありのままの私で戦おう。
シエスタはハート型の壜の蓋を開けて、壜ごと薬を窓から投げ捨てた。
闇夜に壜が消えたその時、シエスタはほっとした。
同時に肌寒さに身を震わせ、着替えの為に服を取りに行った。



「うん、これで調合完了ね」

モンモランシーはスズリの広場で薬の調合を完成させていた。
夢中になっていたら夜になっていた。
今日は肌寒くなるのに迂闊だったか。
広場で取れる薬草を現地で調合するのに少し手間取った。
モンモランシーはビーカーに入った緑色の薬品を手に、部屋に戻ろうとした。
後はこれを自分の部屋に持ち帰って、自分で飲んでみる。
調合は間違っていないから、飲めばきっと胸が大きくなる筈!それも気持ち悪くない程度に!
笑いを堪えるモンモランシー。彼女は大人っぽいというのを少し勘違いしていた。
その天罰なのか、彼女の頭に何か落ちてきた。

「あ痛!?」

その何かはビーカーにも当たったような音をさせて地面に落ちた。
モンモランシーが頭をさすりながら見ると、そこにはハートの形をした壜が落ちていた。
中には紫色の液体がちょっとだけ残っている。

「これは・・・魔法薬?」

モンモランシーは壜を拾い上げて匂いを嗅いでみた。
この香りは・・・ん?
モンモランシーは自分が持っていたビーカーを見た。
緑色だった液体の色が黄色くなっていた。

「・・・まさか・・・混ざってしまったと言うの!?」

モンモランシーは泣きたくなった。
こうなっては当初の効果は期待できない。
はっきり言って今の自分にはゴミも同然である。

「処分しなきゃ・・・」

モンモランシーが肩を落としながら踵を返すと・・・

「お風呂気持ちよかったね!ルイズお姉ちゃん!」

「そうねぇ~。また入りに行きましょうね。それより喉が渇いたわー。あら、モンモランシー」

「ルイズ?」

「おお!?モンモランシー!それはもしかしてパインジュース!?丁度喉が渇いていたのよ!」

「あ、ちょっと待って!?」

モンモランシーの制止も聞かず、彼女が持っていたのがパインジュースと勘違いした上機嫌のルイズは、ビーカーに入った液体を一気飲みした。
・・・学習能力がない女である。

「おねえちゃん・・・それモンモランシーお姉ちゃんのジュースだよ?め!」

「あはは・・・ごめんごめん!それよりこれパインジュースじゃ・・・うっ!?」

突然ルイズは胸を押さえて苦しみ始めた。

「お姉ちゃん!?どうしたの!?」

「ルイズ!?言わんこっちゃない!大丈夫!?」

「うううううう・・・!!か、身体が熱いわ・・・!!」

良くみたらルイズの身体から煙のような蒸気が出ている。

「しっかりしなさい、ルイズ・フランソワーズ!」

「おねえちゃん!」

真琴は苦しむルイズを見て涙ぐんでいる。

「う、う・・・うわあああああああああ!!!」

ルイズの絶叫が広場に木霊したと同時に、彼女の身体から一気に蒸気が噴出し、彼女の姿が完全に隠れた。

「ルイズ!ルイズ!?」

モンモランシーは真琴を庇う位置に立ちながら、ルイズに呼びかける。
やがて蒸気は晴れていく・・・その中から人影が見える。

「ルイズ・・・大丈夫・・・?」

「ええ・・・モンモランシー・・・大丈夫よ・・・」

どうやら命に別状はないようだが、何だか妙である。
何故か声に艶がある気がするし、第一、ルイズの身長はあんなに高かったか?キュルケぐらいの背丈が・・・

「大丈夫どころか・・・いい気分よ・・・」

「おねえちゃん・・・?」

「ル、ルイズ・・・なの!?」

モンモランシー達の前に現れたのは妖艶な雰囲気を纏ったピンクのブロンド美女だった。
服のサイズが合わないのか、臍は丸出しで、スカートもあきらかにぱっつんぱっつんだった。
だが、それでもモンモランシーはその存在がルイズだと分かった。
・・・だって胸はそのままだもん。
そう、達也がいれば言うだろう。彼女達の目の前にいるのは『まな板カトレア』と形容するのが相応しい大きいけど小さいままのルイズだった。
ルイズはにやりと色っぽい笑みを浮かべ、モンモランシーに語りかけた。

「生まれ変わった気分だわ・・・自分が自分じゃないみたい。体中に愛が満ち溢れる感じ・・・お礼を言わなくてはね、モンモランシー」

「そ、それはどうも・・・!」

「この溢れ出る愛情を貴女達にも分けてあげたいと私は考えるわ・・・」

瞬間、モンモランシーの身体に悪寒が走った。
これは・・・ヤバイ!
目の前のアダルトルイズは舌なめずりしてこちらに近づいて来る。

「あなたはお兄さんの所に戻りなさい・・・!今のルイズは普通じゃないわ・・・!」

「え・・・?でもおねえちゃんは?」

「大丈夫、心配しないで。ルイズは私が元に戻すから。さ、行って!」

「う、うん!」

真琴は頷いて走り去った。

「・・・酷いわぁ、モンモランシー。真琴を逃がしちゃうなんて・・・あの子にも私の愛を受け取ってもらいたかったのに・・・」

「今のアンタは情操教育上悪いところが多すぎるのよ!」

「うふふ・・・分かっているわモンモランシー。二人きりになりたかったんでしょう?私と」

「・・・!?そんなわけ・・・」

モンモランシーが抗議しようとしたその時にはすでにルイズはモンモランシーの目の前まで距離を詰め、あっという間にその身体を抱きしめた。

「や、やめなさい!?」

「ほら・・・聞こえる?私の胸の鼓動・・・私、今、とても興奮しているのよ。貴女のせいなのよ・・・?」

「わかったから止めなさいよ!?」

「興奮している理由はたった一つのシンプルな理由よ」

「・・・・・!!」

「愛しているわ、モンモランシー」

そう言って、ルイズは暴れるモンモランシーを強く抱きしめて、彼女の唇に、自分の唇を押し当てた。
ルイズの大きさはキュルケと同じぐらいであり、力も強い。
モンモランシーはそのままルイズによって茂みの方に運ばれていった。

「ルイズ!お願いやめて!私たちは女同士でしょう!?」

「真実の愛の前には性別なんて無意味よ」

「や、やめて・・・むぐっ!?」

モンモランシーは思わず身体を振るわせた。
ルイズの舌が自分の口内に入ってきたのだ。
ルイズはモンモランシーのことなどお構いなしに彼女の服のボタンに手をかけた。

「ちょっと、待って、待ってよ・・・嫌・・・いやああああああああああああ!!!」

乙女の悲しき叫びが広場に木霊した。



十分後・・・・。
すっかり静かになった広場にはキュルケが通りかかっていた。
今日は冷える。湯冷めしないうちに部屋に戻らなければいけない。
キュルケは少し早足で歩いていた。
その時、目の前に立っている影を見つけた。

「誰・・・?貴女・・・?」

「誰とは酷いわね・・・キュルケ・・・この『香水』のモンモランシーを忘れたとでも言うの?」

キュルケの目の前に立つモンモランシーはまずバストが違った。
自分より少し小さいのだが、大きさはこれまでの彼女の比ではない。
見事な巻き髪は足元までのびている。
更に身長は自分と同じぐらいだった。

「アンタのようなモンモランシーは見たことないわね」

「冷たいのね・・・私たちはこんなにも熱く滾っているのに・・・」

キュルケの頬に冷たい汗が流れる。

「安心しなさいモンモランシー・・・キュルケは戸惑っているだけ」

キュルケの背後から声がした。

「貴女は・・・!?」

「キュルケ・・・情熱より素敵な炎を教えてあげるわ」


大きくなったけどある部分は小さいままのアダルトルイズが月明かりの下、にっこりと微笑むのだった。










(続く)


・シエスタのメイド服のイメージはサ●ラ3のメイドコンビの服です。



[18858] 第102話 今の君を見ることは出来ない
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/16 20:28
トイレから戻って着替えたシエスタとまったりお茶を飲んでいた俺。
非常にお茶菓子が欲しい状況ではあるが贅沢は言うまい。
寒い夜には熱いお茶が大変宜しい。
しかもそのお茶はシエスタの故郷から送られてきた緑茶である。
おお、日本人に生まれてよかった!
緑茶を愛せぬ日本人など日本人の皮を被った何かだ。
羊羹か栗饅頭、あるいは団子が欲しい。

自分が淹れたお茶をほんわかした表情で飲む達也を見ると自然に顔が綻ぶ。
シエスタは一人、ささやかながらも幸せを噛み締めていた。
何も抱かれるだけが幸せな時間ではない。
こうして気になる人と、穏やかな時間を過ごすのもまた幸せである。

「お茶のおかわりは如何ですか?タツヤさん」

「ん?ああ、有難う」

達也の持つグラスにお茶を注ぐシエスタ。
嗚呼、このまま時間が止まってくれればいいのに。
シエスタが何処かの神様とやらにささやかな贅沢を望んだ。
だが、神様が選択したのは彼女の望みを無視したものだった。

「お、おにいちゃん!」

突然真琴が部屋に飛び込んできた。
その目には涙が浮かんでいる。
シエスタはただ事ではないと思った。
二人の時間を邪魔された事を咎める事など、彼女はしなかった。

真琴は泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
茶を噴きそうになったが何とか堪えた。偉いぞ俺。

「どうしたんだ真琴?誰かに苛められたのか?」

「ちがうの!大変なの!」

俺とシエスタは顔を見合わせる。

「落ち着いて話してごらん、真琴。どうしたんだい?」

「うん・・・」

俺は真琴の話を聞くことにした。


ベンチに腰掛けて、読書に夢中になっていたタバサ。
達也が見れば風邪をひくぞと言われそうだが、彼女にとって読書の時間とは風邪をひいても構わない程の至福の時間である。
彼女が現在読んでるのは恋愛小説。
貴族の青年と、平民の少女が心を通わせて様々な障害を乗り越えていく物語だった。
そんなフィクションの愛に触れていたタバサの耳に吐息が吹きかけられた。

「タバサ・・・私の小さな・・・タバサ・・・」

悪寒のするような艶かしい声がした。
振り向くと、髪がやや長めになり、更にスタイルが良くなった気がする親友がそこに立っていた。
熱っぽい目で自分を見ていた彼女は、すっと、自分の背中をかき抱く。
耳を甘噛みしてくる彼女は明らかに変である。

「タバサ・・・私たち・・・友達よね」

それは否定はしない。だが何だろう?何かが違う。かなり違う。
舌なめずりする彼女はいつもの彼女ではない。
キュルケの指が、自分の太ももを撫で上げ、そのままスカートの内部に侵入する。
何だ?何をする気だ?

タバサは残念な事にそっち方面の知識はゼロに等しい。
読んでいた小説も健全な恋愛小説であった。

「タバサ・・・貴女にはまだ教えていないことがたくさんあったわね。いい機会だから、わたしが教えてあげるわ・・・フィクションではない本当の大人の愛情の示し方をね・・・」

キュルケはそう言うと、一気にタバサのスカートの中の下着を召し取った。
タバサはその瞬間、自分の身が物凄く危ない事に気付き、キュルケから離れようともがいた。
だが、体格の差は如何ともしがたく、簡単にタバサはキュルケに押し倒され、その唇を奪われた。
キュルケはその舌をにゅるりとタバサの口に入れ込み、タバサの全身の力を奪うほどの力で吸い付く。
じゅるる・・・という音がする。この友人、自分の唾液を吸い込んでいる!?
タバサは戦慄し、何時如何なる時も手放さない杖を振った。

エア・ハンマー。
空気の槌が、キュルケの身体を吹き飛ばすが、キュルケは空中で体勢を整え、着地した。
その顔は笑顔である。

「うふふ・・・タバサ・・・貴女の愛、とても刺激的よ。でも、もっと素敵な愛情を貴女は知るべきよ・・・」

タバサは生まれて初めて感じた事のない恐怖に包まれた。
タバサはキュルケから離れる為、駆け出そうとした。
だが、周りを見て初めて気付いた。

「フフフ・・・何処へ行こうというのかしら・・・タバサ・・・」

「恐れる必要は何もないわ・・・すぐに生まれ変わった気分になるから・・・」

いつの間にか、自分は囲まれていた。
学院の女子生徒から、学院のメイドまで・・・!
百以上は確実にいるようだが、皆むせ返るような色気を振りまいている。
そんな女達が、自分に確実に迫っている。
タバサはあまりの恐怖から涙を浮かべた。
それを見たキュルケが微笑んで言った。

「怖いのね・・・大丈夫よタバサ・・・その涙はすぐに快感の涙に変わるから」

「さあ、皆さん。タバサに愛を教えてやりなさい!」

ピンクのブロンド髪の女性が言うと、タバサを包囲していた者達が、一斉に彼女に襲い掛かった。


男子用の浴場からあがった水精霊騎士隊隊長、ギーシュは恋人、モンモランシーの部屋に来たのだが、彼女は留守だった。
モンモランシーを探していた彼だったが、寮内に違和感を感じた。

「・・・ふむ・・・どういう事だ?人の気配が極端に少ない・・・」

この時間帯に寝るという生徒は皆無だ。
しかし、扉から漏れる光は少なく、廊下ですれ違う女子もいない。
一応女子寮ではあるが、この時間帯の来訪は禁止はされていない。
ここに達也がいる以上、隊長の自分が呼ぶためにこの寮に入るのも珍しくはない。
まあ、この時間帯は浴場にいるんだろう。しかし今日は冷えるから早く戻っていてもいいのではないのか?
ギーシュはモンモランシーの行方を知っていそうな者の部屋、ルイズの部屋を訪ねた。

「ギーシュだ。タツヤ、ルイズ。モンモランシーを知らないか?」

「ルイズはいない。ギーシュ、聞くがお前は正常か?」

「はあ?何を言っているんだね君は。人探しをしている僕を異常というのか?」

「・・・いや、ギーシュ。話がある。入ってきてくれ」

話?一体なんだろう?
ギーシュはルイズの部屋に入った。
中では達也と彼の妹の真琴、そして彼のメイドのシエスタがいた。
三人とも真剣な表情である。

「ギーシュ。どうやらまた厄介な事がルイズやモンモンの身に起こったみたいだ」

「・・・どういうことだい?」

「モンモランシーの所持していた液体をルイズがまた飲んだ」

「・・・・・・うん、分かった。また妙な事になったんだね。今度は姉かい?母親かい?」

「・・・いや、大きくなったらしい」

ギーシュは頭を抱えた。

頭を抱えたくなる気持ちは分かるが今は現実を直視せねばならない。
俺は真琴から聞いた話を更に続けた。

「モンモンが真琴を逃がしてくれたらしい・・・しかしルイズは一向に帰ってこない」

「モンモランシーの身に何かあったと言うのか!?」

「分からん。だが、大きいルイズの様子はただ事じゃなかったようだ」

「・・・くっ!一体、何が起きていると言うんだ!?」

「・・・とにかく、大事にならないうちに俺たちで・・・」

その時だった。
部屋の扉が強くノックされる。俺たちは思わず扉に振り向く。
怯える真琴。息を呑むシエスタ。

「誰だ!?」

ギーシュが叫ぶ。

「・・・!隊長、そこにいたのか!よかった!」

レイナールの声だった。彼は非常に焦った様子だった。
俺は扉を開いた。レイナールは、慌てた様子で部屋に入ってくる。

「どうした、レイナール!?」

「学院生徒・・・特に女子の様子が変だ!」

俺とギーシュは顔を見合わせた。
なんだか大事に既になっているようだった。
レイナール曰く、『愛の世界を目指す』とかほざく女達が、生徒、メイド、教師問わず襲い掛かり、同士を増やしているらしい。
・・・愛の世界ってなんだろう?男性陣は豹変した恋人達に混乱しているうちに殲滅されているようである。

「マリコルヌは率先して突撃したけど・・・」

「やられたんだな」

「ああ。他の騎士団員達も応戦しているが・・・何せ女性達だ。心のどこかで手加減をしてしまう。ミスタ・ギトーとかも、生徒を傷つけるわけにはいかないと言って、篭城しているようだ」

「どんな薬だ!?どんな薬だったんだモンモランシー!?」

ギーシュは恋人が持っていた薬を彼女がどのような用途で使う筈だったか想像してみた。
・・・一瞬で顔が青くなっていた。



魔法学院の食堂は完全に封鎖され、内部には男達が多数篭城していた。
貴族、平民問わず、彼らは混乱し、恐怖に駆られていた。

「ミスタ・コルベール、状況はどうかね?」

「かなり不味いですな、オールド・オスマン。この場に女性がいないという事は、すでに連中の勢力は学院生徒の半数程度に膨れ上がっていると」

「やれやれ。生徒が大半のようですから、迂闊に魔法も使えませんね」

「妙に発育してたり、色っぽくなっているのが気になるがの。はてさて、これは悪夢か極楽か・・・」

「良い夢だとしても、あんな愛など認めてはなりません」

コルベールの言葉に頷くオスマン氏。
食堂に篭城する男達に振り向き叫ぶ。

「諸君!何故こうなってしまったのかは分からぬ!だが諸君!我々はこの非生産的な行為を阻止せねばならない!」

オスマン氏は拳を握り、続けた。

「女と女が絡み合う光景は絶景じゃが、それを一般化させてはならぬ!諸君!彼女達の野望を打ち砕くのは我々男たちである!ここは男の良さを彼女達に今一度理解させようではないか!」

おおおおおおおお!!という咆哮が食堂に響く。
士気が上がろうとしたその時、封鎖していた食堂の扉が、粉砕された。
咆哮が一瞬で静まった。

崩壊した扉の前に立つ姿・・・

「ここにいたのですか。愛を否定する皆様」

「あ、貴女は・・・・・・!!」

コルベールが冷や汗を流す。体型も声も違うが、服装でわかった。
ギトーは目を細めて舌打ちした。

「ほう・・・その魔法・・・もしや君は・・・ミセス・シュヴルーズかね?」

月夜に浮かぶその女性・・・ミセス・シュヴルーズは中年というより20代前半の肌の張りと、キュルケに匹敵するスタイルをもって現れた。
その顔は無駄な脂肪がついておらず、皺も何もない美しい顔だった。

「そうですわ、オールド・オスマン。私は真実の愛を知り、若返った気分ですわ」

「ほう・・・その若さの秘訣を是非聞きたいところじゃが、生憎とワシらは押し付けられる愛はごめんなのじゃよ」

「うふふ・・・」

シュヴルーズの周りにはギラギラした瞳の女子達が並んでいる。
・・・皆、妙に色っぽい。男達のなかには下腹部を押さえるものもいた。

「オールド・オスマン・・・貴方がたにも真実の愛を教えましょう」

シュヴルーズが右手をあげると、女子達の間から、虚ろな目で笑っている男子生徒や教師や衛兵が現れた。

「非生産的な愛など存在いたしません・・・人は性別などという概念に囚われず愛し合えば世界は平和になるのです!」

「そんな愛に近寄られるのはお断りじゃな」

「さあ、お見せなさい!貴方がたの凶暴な愛を!」

「ひゃっはああああああああ!!!」

虚ろな目をした男達は一斉に食堂になだれ込んでいく。
それを見てギトーが無言で杖を振る。
なだれ込んできた男達はギトーの風の大槌によって吹き飛ばされた。
ギトーは杖をシュヴルーズに向けて言った。

「これしきの愛が凶暴とは可愛いものですね」

シュヴルーズは笑みを深めていった。


「これで学院の4分の3は愛に包まれたわね」

ルイズは悪魔のような笑みを浮かべて自分達の崇高な計画が上手くいっていることに満足していた。
浴場に集まっていた女子生徒たちに愛を伝え、平民にも愛を伝えるとは何というお人よしだろうか。
後は学院長が率いる残党に理解してもらえばいいだけだ。
この胸を突き上げる高鳴りを、自分だけではなく学院、この国、そしてハルケギニアに広める。
そうすれば無駄な戦争などなくなる。完璧である。やはり愛で世界は救われるのだ。
そして愛を受け入れた者は生まれ変わる。・・・自分の胸がないのは人々に愛を振りまいているからだろう。

「だけど・・・まだメインディッシュが残っているわ・・・」

そう、ルイズはこれ程に被害を拡大させたのに、まだ満足していない。
彼女にとってはこれまでのは前菜である。

「うふふ・・・マコト・・・今、行くわよ・・・」

ルイズは自分の目の前に集まる同志達を見る。

「皆さん!魔法学院は間もなく愛の炎に包まれることでしょう!それも時間の問題!その為に私はこれより、その鍵を連れてまいります!皆様はあと少しの間、愛を伝えてください!今よりこの世界を愛で包む伝説が始まるのです!」

『愛の御旗の下に!』

もはや、この集団は愛の狂信者と化していた。
行き過ぎた愛はもはや宗教と化し、狂信を生む。
それは悲劇の引き金になるのだ。
彼女達の魔の手は真琴に向けられていた。愉悦に満ちた表情のルイズ。
そう、今こそ自分はあの子と一つになるのだ!



だが、そんな真琴の健全育成を推奨する彼女の兄がそんな事を許す筈がなかった。

「寝言は寝て言いやがれ!」

狂信者達の上空から声が響いた。

「何者です!」

ルイズは声がした方へと顔を向けた。

「何が、何者です!だ!?恥ずかしい演説をしやがって!」

「・・・!!タツヤ!?」

「人の妹を襲う算段をしているようだが・・・そんなの許すかボケ!」

「襲うんじゃないわ。愛を伝えるの・・・その身でね!」

「同じじゃ馬鹿者!貴様らの愛は歪んでいる!無理やり襲い掛かって愛を伝えるなど、笑止千万!」

「愛のお陰で私たちは変われたわ」

「薬のせいだろ、それ!?」

「タツヤ、貴方も真実の愛を知れば生まれ変われるわ。さあ、一緒に新世界に行きましょう」

「生まれ変わる必要はないな」

達也は天馬の上で、デルフリンガーを抜き、ルイズに向けて言った。

「すでにこの状態の俺を受け入れた女に失礼だからなぁ!!」

「そんなに愛を伝えたいのなら、彼女達にも教えてくれたまえ」

広場の入り口にはギーシュが立っていた。
彼の表情は暗くて見えない。
ギーシュは薔薇の造花を掲げた。

「僕は、このような愛を認めない。このような君たちの姿を認めない!」

ギーシュの周りに百近い数のワルキューレが現れた。
剣などは持っていなかった。

ルイズは舌打ちした。
何故分かってくれないのだ。何故否定するのだ!
それはとてもいい事であるはずだ!それを否定するのか!?

「ルイズ。薬で得た姿など、真実ではないんだよ!」

「戦乙女達よ!丁重に彼女達に子守唄を歌ってやれ!」

ギーシュの号令と共に、女子生徒達に向かってワルキューレは突進していく。
傷つけるつもりはない。ただ拘束するだけだ。
悲鳴と怒号が響くが、ワルキューレは風の魔法によって破壊されていく。
更に炎も伸びてきて、ワルキューレを足止めする。
・・・だが、それを避けたワルキューレたちが次々と生徒を拘束していく。

「無粋な!」

ルイズは虚無魔法でワルキューレを爆破しやがった。

「無駄よ、タツヤ!私たちの愛の力の前には、あんた達の小細工なんて!」

「なら、こちらも人間で対抗するまでだ!騎士団、突撃せよ!丁重にな!」

レイナールの声が響くと、四方から水精霊騎士団たちが現れた。
なお、マリコルヌはギトーに吹き飛ばされたのでいません。
彼の代わりにギムリが叫ぶ。

「野郎ども!男を見せるのは今だぁぁぁ!!」

猛然と女子生徒の集団に突っ込んでいく狼達。
数は劣るが、こっちは訓練をしている。
現場は騒乱の渦に包まれた。

「テンマちゃん、真琴とシエスタを頼む」

ルイズはその声に振り返る。
達也が空に上がっていく妹達を見送っていた。

「タツヤ・・・・・・!!」

「今のお前に真琴は渡さん」

達也とルイズ。
敵対する筈なかった二人が敵対した瞬間だった。


その悲劇はギーシュにも起こっていた。
彼の目の前には、ギーシュに向かってゆっくりと近づいてくる影があった。
姿が違うが、ギーシュには分かる。
唇を噛み締めた少年の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
哀しみの涙である。涙を拭いて、ギーシュは杖を取り出した。

「モンモランシー・・・君は何てモノを作ったんだい・・・?」

「・・・このような効果の薬を作った覚えはないわ。全ては事故なのよ・・・結果的には幸運だったけどね」

ギーシュは顔を歪めて、逸らした。

「ねえ、ギーシュ、今の私、魅力的でしょう?」

「・・・・・・」

ギーシュは答えない。

「ギーシュ・・・私を見て。そして囁いて。綺麗だ、魅力的だって・・・」

「モンモランシー・・・僕は・・・今の君を見ることは出来ない・・・いや、見たくはない」

「酷いわギーシュ・・・私は貴方の為に・・・貴方の為に・・・!!」

「僕はありのままの君を愛すと誓った筈だ・・・!」

ギーシュは涙を流しながら言う。

「無理に変わる必要なんてなかったんだよモンモランシー!君が自分に不安を抱える事はない!愛を伝えるまでもなく、僕は君を愛しているんだから!」

ギーシュは杖を向けて言った。

「モンモランシー、君が老婆だろうと、僕は言ってやるよ。『綺麗だ、愛してる』とね。だが、正気を失った君の姿を綺麗と言うつもりはない!」

ギーシュ・ド・グラモン、魂の叫びだった。


ルイズは俺を余裕の表情で見つめて言った。
私はまだ余裕よとでも言いたいのか。そうして自分の器を大きく見せたいのか。
背は大きいが胸は小さい。可哀想だが同情はしない。
俺の父の妹のアキさんがそんな感じだったからな。珍しくはない。

「タツヤ、私は座学は昔から本当に優秀だったのよ。そんな頭のいい私が、アンタの対策をしていないとでも思った?」

「頭が良いと成績が良いとは違うよね、馬鹿」

「ストレートにシンプルな悪口を言うな!?まあ、いいわ。アンタへの対策はこれよ!」

ルイズが左手を上げると、彼女の後ろから三つの影が現れた。
えーっと、スタイルが違うけど、左がキュルケだよな?おいおい、ぱっつんぱっつんだぞ・・・。
真ん中にいるのは・・・長い耳と金髪から・・・テファか。胸が臨界点を突破している。うむ、いいケツだ。
で、一番右が分からん。青いロングヘアの眼鏡美人である。青いマチルダ(若)と形容した方がいいな。スタイルもそれなりである。

「キュルケ、ティファニア、タバサ。うちの使い魔、アンタ達に貸してあげるわ」

「はいはい質問いいかー?」

「認めるわ。何?」

「キュルケとテファは辛うじて分かるが、そいつがタバサとかマジか?」

「マジよ?魅力的でしょう?」

「お前、タバサにまで負けてるな、胸囲的な意味で」

「やかましい!?女の魅力は胸だけじゃないわ!私は脚で勝負なの!」

「違うね、女の魅力ってのは、包容力さ!」

「その包容力で一緒に愛を育もうと言ってるのよ!」

ルイズがそう言うと、キュルケ達が俺に近づいてきた。

「いきなり三人相手でしかもこの面子とか贅沢極まりないと思わない?タツヤ?」

キュルケが背筋が凍るような笑みを浮かべている。

「タツヤ・・・私に・・・おともだちの先の世界を見せて?」

テファは潤みきった瞳で俺を見つめている。

「この身、元より貴方に捧げるつもりだった。気にしないで」

こいつは何を言っているのであろうか?
獲物を狙う肉食獣のような雰囲気を纏わせながら、三人の雌獅子は確実に俺と距離を詰める。
三人の美女に迫られるのは男冥利に尽きるが、正気を失った女は論外なのさ!
分身を作った俺は、各個撃破を命じた。

「どう考えても俺らが不利すぎやしませんか?」

「あたらなければどうという事もない!」

「ええーい!畜生!やってやるぜ!」

二体の分身はそれぞれ、キュルケとタバサに向かった。
俺の前にはテファが立っている。

「ふふふ・・・タツヤ。ティファニアを傷つけることが貴方に出来るかしら~?」

ルイズめ、その発言は色々とアウトだ。

「テファ、お友達の先の世界が見たいと言ったな」

「うん・・・タツヤ・・・」

俺はテファの手を取って言った。

「そうか、友達の先か。いいよ」

「え・・・!」

嬉しそうな表情をするテファ。
杏里という存在がいなければくらっと来たかも知れんな。ときめきはしたが。

「テファ、君には俺の親友となる権利をあげよう。そして親友の頼みを聞いてくれ。寝返れ」

「おのれタツヤ!その手を使うとは!?乙女の期待を投げ捨てるような発言をするとは貴方の血の色は何色!?」

「赤です」

「普通に答えるな」

「さあ、どうするどうするテファ?寝返ればお前の望む世界が待ってるかもよ~?」

「うううう・・・」

「駄目よティファニア!タツヤの口車に乗っちゃ!そうやって寝返ってもボロ雑巾のように使い捨てられてしまうわ!」

俺はどこぞの反逆の皇子か!?

「悩む必要はないでしょう!?ティファニア!」

「ほい、杖回収」

「あーーーーー!??」

俺は悩むテファの手から杖を奪い取り、その辺に投げ捨てた。
そのテファをギーシュのゴーレムが拘束する。
地面に押し付けられるテファ。おいおい、あまり乱暴にすんなよ。
テファは涙目で俺を見上げる。

「友達の君だからこそ、先にこういう形でいくのは良くないということさ、テファ」

俺はそんな彼女に友人として言う。
そして、俺は何かに引っ張られるように飛んでいく。
そのままキュルケに抱きしめられていた分身に突入。キュルケも当然吹っ飛んだ。

「いたた・・・随分と過激的なアタックね・・・」

「だからこそそこでノックアウトして欲しかったんだがな!」

「いいわ。私が貴方をノックアウトさせてやるから!」

彼女の杖から火の球が飛ぶ。
俺は喋る剣でその魔法を吸い込む。吐き出すわけにはいかない。
吐き出す必要もないしな。
俺はキュルケの懐に接近する。
当然キュルケは俺を抱きしめようと手を伸ばす。
彼女が俺に触れた瞬間、俺はキュルケの後ろに回りこんでいた。
キュルケはすぐに振り向く。俺は彼女の服のボタンを剣で撫でた。
ボタンが弾けて、飛んでいく。その瞬間、次々とボタンが弾け飛んでいく。

「野郎ども!こっちを見ろーーー!!」

俺はその瞬間叫んだ。
騎士隊隊員たちは一斉に俺のほうを見る。
俺がキュルケから離れた後、騎士隊隊員が見たのはキュルケの生乳だった。

「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

野生の咆哮をあげながら、キュルケへと突っ込む馬鹿ども。

「タツヤ・・・くっ!」

キュルケが悔しそうに突っ込んでくる男たちに対応する為に片手で胸を隠しながら杖を構える。


「うわあああああああ!!」

分身の悲鳴が聞こえる。
見ればタバサが俺の分身を葬った後だった。

「私が守るのは分身ではない」

タバサが俺をとろんとした視線で俺を見る。

「私が全てを捧げると決心したのは、あなた」

タバサが俺を指さして言った。
こいつには誤魔化しは効かない。
俺はタバサに向かって手を広げた。
タバサは頷き、俺に向かって駆け出した。

「罠よ!タバサ!」

「罠と分かっても行く」

「その意気はよし!」

俺は腰に差した村雨を一気に引き抜いた。
その瞬間だった。タバサの動きが止まる。彼女の身に着けている服が下着ごと文字通り爆ぜた。
悪いな。今回はマントはなしだ。
杖も破壊された彼女には、ギーシュのゴーレムが二体がかりで押さえつけた。
これで彼女の裸体は見えないはず。

「お前は好きに生きろよ、タバサ」

「・・・・・・」

タバサは俺に手を伸ばしていたが、ゴーレムによって押さえつけられていたので動けなかった。

「・・・友人に対しても容赦ないわね、アンタ」

「ルイズ、俺の愛は高くつくぜ?」

ついに俺はルイズと対峙した。
こんな時が来るとは思わなかった。

「私は諦めた。愛の世界に貴方は不要!ヴァルハラでマコトが愛の世界の象徴となるのを見ていなさい!」

「愛ゆえにお前たちは恐怖を俺の妹に与え、愛ゆえにお前らは様々な人に哀しみを与えた。そんな貴様らが提唱する愛など俺はいらんわ!」

「ほざきなさい!」

ルイズは俺に向けて杖を振ろうとした。




シエスタが持っていた謎の薬は惚れ薬だったが粗悪品で効果時間は実に30分だった。
その反面、モンモランシーが調合した薬は完璧で、効果があるのは1日だけだった。
その二つの薬が混ざった薬の効果は惚れ薬と身体を一時的に魅力的に成長させる薬の両方の効果が出ていた。
この薬の効果は感染するが、下品極まりないその効果は少女達に消えぬ傷を負わせるのには十分だった。
何が言いたいかと言うと、薬の効果が切れたということである。



広場に女性たちの絶叫が響き渡った。
俺に服を斬られたルイズもその中の一人に入っていた。

この事件以降、女子達の地位も下がりまくり、結果的に俺たち騎士隊の地位は相対的に元に戻った。
ルイズやモンモランシーは大目玉を食らったが、退学はせずにすんだ。
それは非常に良かったのだが・・・。


「私は・・・もうおしまいだぁ・・・殺してくれぇ・・・」

「女に走るなんて・・・おえっぷ」

こんな光景が学院の日常となってしまった。
俺はこの事件を通して感じた。
人の持っている飲み物は迂闊に飲んではいけないと。

「うおあああああああ!!!殺してー!殺してー!私は女相手にー!女相手にいいいいいい!!」

「ミス・ヴァリエール!落ち着いてくださーい!?」

「ふにゃ?お兄ちゃん、何でわたしの目を隠すの~?」

「見てはいけません」

自室の窓から衝動的に飛び降りようとするルイズを必死で止めるシエスタ。
俺はその光景が教育上問題ありと思ったので、真琴の目を手で隠した。


ヴェストリの広場に露天風呂の掃除をしに来た俺は、ベンチで頭を抱えているベアトリスを見かけた。
・・・一体何があったのだろうか?

「何してんだ?」

「可笑しくなっていたとはいえ。、私はトンでもないことを・・・!」

「何やっていたんだお前」

「性別問わず胸を揉んでいた・・・うう・・・」

聞いた俺が馬鹿でした。

「ないものねだりか」

「やかましい!!?」

ベアトリスは半泣きで俺をぽかぽか殴り始めた。
俺は適当に避けながら、空を見上げた。



杏里、今日もトリステイン学院は平和です。




(続く)



[18858] 第103話 飛んで火に入る夏のルイズ
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 14:27
魔法学院のパワーバランスが無事に一部を除いて戻ったのはかなり良い事である。
水精霊騎士団の名誉もこれで守られた。
やはり、俺たちはやるときはやれるんだ!と団員たちの士気も向上している。
反面、学院女子の大半がまだあの事件で深い傷をおっており、学院側は女子生徒達の心のケアに勤めているようだ。
ルイズ達のメンタルケアは学院に任せる事にして、俺は妹とシエスタを連れてド・オルエニールに・・・

「この野郎め・・・!傷心の私の心を癒すマコトを私から離すつもりなの!?」

「黙れ犯罪者予備軍!貴様の歪んだ愛に真琴を巻き込むな!」

「あれは妙な薬のせいなのよ!?私の意思じゃないわ!?」

「ルイズ、君はまだ疲れているんだ・・・薬の禁断症状はゆっくり治していかなければ・・・」

「人を薬物中毒者と断定するな!?」

「お兄ちゃん、わたし、ルイズお姉ちゃんに、お友達を紹介したい」

「うう・・・マコトはいい子ね・・・おねーさんは嬉しいわ」



とは言うものの、我が領地にはルイズに会わせたら騒動になりそうな存在が二人ほどいる訳ですが。
こちらがあの二人の安全の保障をすると言ったからにはその約束は守らねばならない。
あ、ミミズとかモグラとかは話が違ってくるよ?

「そういう訳なので気をつけろよ」

「ええい!?モグラ駆除中にそんな重要な事を言うな!?」

まあ、ワルドはここでは平民と同じ格好をして麦藁帽子に鍬を持っているのでどう見ても同一人物には思えない。
マチルダはここでは優しい孤児院のお母さんだからな。
この二人は領地の主力であるので、手放すわけにはいかないんだよね。

「若!旦那!そっちにミミズが!」

巨大ミミズが俺とワルドのほうへ向かってくる。
その巨大ミミズにありつこうと巨大モグラは追ってきた。
俺たちは嫌な顔をしてそのミミズ達に向けて、武器を構えた・・・構えた?

「ぴギャああああああああああああああ!!!!」

「「無理じゃああああああ!!!」」

ワルドと俺は一目散に逃げようと踵を返す。
ミミズとモグラは鳴き声を上げつつ、互いの生存権を賭けて死の追いかけっこをしている。
それに俺たちを巻き込むな!?地中でやれ!
こんなデカブツ、剣二つでなんとも出来んわ!?

「ゴンドラン様、このままでは若が!」

「うむ、任せたまえ」

「何この怪獣領地・・・」

ルイズは呆れた表情で巨大生物駆除に奮闘する領民達を見ていた。
隣では孤児院の子ども達が院長の手作りというお弁当を食べながら、その様子を観戦している。
圧倒的過ぎる怪物は子ども達には受け入れられているようだ。可笑しくないかなそれ?
ゴンドランが巨大モグラに炎の魔法を命中させる。
甲高い悲鳴をあげながら、モグラは暴れまわり、退却していく。
だが、巨大モグラのその悲鳴を聞いて新たにそのモグラよりも大きなモグラが地中より姿を現した。
でかい・・・!40メイルはあるだろうか。

「ちょ、何なんだコイツは!?」

「何か怒ってない?」

「しもうた!!」

達也の横にいる老人、カーネルは何かに気付いたように叫ぶ。

「今までワシらが戦っていたのは雌の方じゃったか!?」

「へ?」

「若、旦那。つまり・・・嫁のピンチに夫が現れたというわけですじゃ」

「つがいで来た!?」

「なんとも迷惑な夫婦愛だな!!」

ワルドが泣きそうになって悪態をつく。
ゴンドランは冷静に夫モグラに炎の竜を巻きつけるが、夫モグラは身震いすると、その炎の竜を払い除けた。

「・・・あ、まずい。死ぬかも」

ワルドは既に諦めモードである。
だが、夫モグラは俺たちに向かって来ず、巨大ミミズを俊敏な動きで咥えると嫁モグラと一緒に、彼女が開けた穴に戻っていった。

「・・・夫の方はこちらと戦うつもりはなかったようですな」

「餌だけとったら帰っていったよ・・・」

「女性は感情的ですからなぁ」

後に残されたのはボロボロになった巨大生物討伐隊と荒れまくりの畑だけだった。
ひとまず今日は命拾いしたワルド。あ、マチルダは別にばれてもいいんじゃないか?
怪物退治終了後、俺たちは、屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、玄関の前で困った様子の隣に住むヘレン婆さんを見つけた。
彼女は俺や真琴を孫のように可愛がってくれる人である。

「あれ?ヘレンさん、どうしました?」

「あ、若。大変で御座います!お客様なのですが、なんとも怖い雰囲気を出している若奥さまで御座いまして・・・。どこぞの名のあるお方の奥方のようなのですが、これがまあ、怖いの何の・・・お顔立ちは何処となくルイズさまに似ているのですが・・・ええ」

「若奥さま・・・?母様じゃないわね。若作りだけど」

「お前、本人いないからって好き放題だな」

「その若奥さまはなにやら大きな荷物を持って、屋敷に・・・」

「荷物?」

ルイズが首をかしげている。
少し考えてルイズはヘレン婆さんに尋ねた。

「髪の色は?」

「見事な金髪です」

それを聞くと、ルイズは崩れ落ちた。

「へ、ヘレンさん。あの方は独身よ。奥方とか結婚とかあの人の前で言ったら恐ろしいことになるわ」

「ああ、お前の姉ちゃんがいるんだな。金髪だから長女の方か」

「エレオノール姉様・・・何で此処にいるのよ!?」

ルイズは焦った様子で屋敷に入っていく。
俺たちもそれに続いて屋敷に入っていった。

「あら、ルイズ」

屋敷の居間のソファにて、彼女はワインの入ったグラス片手にしっかり寛いでいた。

「あら、ルイズじゃないでしょう!?何やってるんですか姉様!?」

「ルイズ、私思うのよ。たまには郊外で暮らせば自分の視野が広がるだろうと。自宅とアカデミーの往復では何時まで経っても視野は狭いままよ」

「そうですね」

「今まで私はその狭い視野で物事を見れなかったから、良い結婚相手に巡り合えなかったのよ!つまり視野を広げれば良い結婚相手が見つかるわ!」

「こんなど田舎で視野も何もないでしょう。本当のところ、ここがアカデミーから近いので来たんでしょう」

「甘いわねルイズ。この田舎で評判の美女と紹介されれば、噂を聞きつけた大貴族達が私に結婚を申し込むに違いないわ」

「結婚適齢期を過ぎた貴女が何を夢見ているのですか」

「・・・貴女、いくら伝説の系統を使えるからって、最近調子に乗っているようね」

「いいえ、姉様。私は姉様に現実を教えて差し上げたまでですわ」

居間の入り口から覗いていたが・・・
どうやらルイズとエレオノールが険悪な雰囲気になって来た。
俺は女の醜い争いを真琴に見せるわけには行かないので、シエスタに真琴を部屋に連れて行くように指示した。
・・・っていうか、人の屋敷に住み着く気ですかアンタ。

「人の屋敷で魔法を用いた喧嘩しないでくれる?」

俺の存在に気付いたエレオノールは、ふんと言ってワインを飲んでいた。
人の家の酒を普通に飲むな。

「貴女達は同棲しているのかしら?」

エレオノールが怒りに満ちた目で俺を睨む。

「学院では仕方ない事ですが、此処で同棲とかしてませんよ?ルイズはこの領地ではあくまでお客さんです。準領民扱いですが」

俺がそう言うと、エレオノールは怒りを静めたようだ。
この領地に『領民』として登録されているのは俺と真琴とシエスタである。
ルイズはあくまでラ・ヴァリエール家の三女なのだ。
なお、孤児院の子ども達及びワルド、マチルダも領民である。
予定としては、テファもこの中に入れたい。ルイズ?知らん。
ルイズに前に来たのはワルドたちが来る前だ。その後に領民になった人も当然いるのだ。そういう人はルイズを知らない人もいる。
ルイズでそれなのだから、エレオノールを知ってる住民など、俺たちのほかには、ゴンドランかワルドしかいないだろう。

「・・・で、エレオノールさんはどうして此処に来たんですか?」

視野を広げるためならば、別に此処じゃなくても良かったはずだ。
彼女も大貴族の娘なんだから、そのアカデミーとやらの近くに住居を借りる事も出来たんじゃないのか?

「そういうところは大体家の父や母の監視が行き届いているのよ・・・」

「はぁ?監視って・・・」

「母様たちもこんなど田舎まで監視してないって事ね。ああ、姉様、何か言われたんですか?」

「相も変わらず結婚しろ結婚しろの無言のプレッシャーよ。主に母様からの」

「姉様結婚しないとちい姉様がいつまでも余裕かましたままですからね」

「そう!カトレアだって同じ穴の狢なのに、何故か余裕ぶっているのよ!許せないじゃないのそんなの。だから私は家を出ることにしたのよ」

「・・・結婚しろという重圧を、ちい姉様に丸投げしたんですか・・・」

「しかしよ、出たはいいけど、学院時代の友人は皆結婚してるわ。夫婦生活を邪魔したいけど、友情も壊れるからやめたわ。そうして考えた結果、丁度良い場所があったわ」

「それでこの領地に来たんですか・・・」

「巨大生物がいるのは若干気になるけど、それ以外は案外良い場所よ。アカデミーからも近いし」

ルイズが頭を抱えている。

「姉様・・・姉様は昔から、結婚前の男と女が暮らすとかありえないと言っていたではありませんか」

「聞いているわよ。その使い魔の彼はあまりこの屋敷にいないようじゃない」

「だからと言って、此処はタツヤの屋敷なのですから、他人から見れば、同棲も同じなんじゃないですか?ラ・ヴァリエール家の長女が爵位のない平貴族の家に住んでるとか・・・」

「心にも思ってない事を言うわね。ならば何故貴女はその平貴族といえ、その前は単なる平民だった男と普通に居れるのかしら?信頼してるからでしょう。貴女が信頼している人物を姉の私が頼るのは当然じゃない?」

「その理屈は物凄くおかしくないですか?」

「ルイズ、アンタの所有物は私の所有物でもあるのよ」

「この領地はタツヤ固有のものですけどね」

「何か良く分からん理屈を述べられているようですが、結論から言えばこの屋敷に置いて頂けないでしょうかと言いたいんですか?いいですよ。部屋は余ってるし。一通り屋敷の構造も把握してますし。一人住人が増えた所で全然構いません」

エレオノールは驚いたような表情を見せた。
いや、荷物まで持ってきといてそのリアクションはないだろう。

「まあ、ここに住むならば、あまり無茶な事を言わないのと、領民の皆さんのご好意を邪険にしないことだけは約束してください」

「そこまでしないわよ」

「あと、いくらワインが沢山あるからって、飲み過ぎないように」

「・・・な、何のことかしら~?」

「いや、そのワイン、地下に保存されてたものでしょうよ・・・」

「姉様・・・いくら結婚相手がいないからって、酒と結婚するとか引きます」

「ルイズ・・・いくら薬をやったからといって、女、それも幼女を襲おうとするなんて、人間の屑だと俺は思います」

「ぎゃああああああああああ!!!?それをここで言うなあああああああああ!?」

ルイズの発言に怒りを爆発させそうになっていたエレオノールは、俺の発言及び、ルイズの反応に、眼鏡を光らせ反応した。

「それは一体どういうことなの?」

「いやー、実はですねお姉さん」

「うおおおおお!!??言うな言うな!?言ったら貴様を殺して私も死ぬ!!」

「ルイズは黙ってて。で、どうしたと言うの?」

身を乗り出して俺に尋ねてきたエレオノールは、俺の話を聞き終わると、夜叉のような恐ろしい顔でルイズの方を向いた。

「何たる事を!?貴女は何たる事を!?」

「正気じゃなかったので無罪です!」

精神鑑定で精神症状ありと判断され無罪になるケースは俺の世界でもあるが、それって、被害者は泣き寝入りだよね?

「そう!私がその結論に至ったのはマコトが可愛いからです!」

「可愛いものを汚そうとする貴女が、私には理解できない!」

「だから正気じゃなかったと言ってるでしょうが!?」

まあ、ここは姉妹水入らずにしておこう。

「ああ!?タツヤ!場を散々かき乱しといて逃げるな!?」

「お姉さんと仲良くな、ルイズ。俺は妹と親交を温める」

「おのれえええええ!!私も連れて行けええええええ!!!」

「エレオノールさん、歓迎いたします。妹さんとゆっくり『お話』してください」

エレオノールはニヤリと哂い、頷いた。
ルイズの顔が青ざめる。
そのルイズを見て、エレオノールは舌なめずり。
ああ、ルイズ、お前のことは忘れないけど、自信はない。



こうしてド・オルニエールに新たな住人が増えた。

だが、その住人は領主の家に住んでいるという特殊性から、領民に様々な憶測をもたらした。
曰く、若は年上好きだったのか。
曰く、やっと身を固める気になったか。
曰く、嫌がらせかあの男!?
曰く、私よりは年上かい。よし。
・・・・・・・領民には順調に誤解されていた。

一方、エレオノールが家出した後のラ・ヴァリエール家。

「うおおおおおおおおおおお!!!!エレオノールが、エレオノールが家出してしまったああああああああ!!!」

ラ・ヴァリエール公爵が滝のような涙を流しながら、エレオノールが残した置手紙を握り締め絶叫していた。
カリーヌは長女の家出という事件に溜息をついていた。
ふむ・・・結婚については彼女に一任していたのだが、だんだん現実を知ってしまったのだろうか?
それはかなり悲しい事だが、だとしてもあのプライドの高い娘だ。アカデミーの仕事もあるし、不用意なことはしないと思うが。
なら、長女は何処に行ってしまったのだろうか?

「カトレア?何か知りませんか?」

「嫌がらせで出て行ったのは分かります。ですが、何処に行ったのかまでは・・・」

「ううううう・・・・!!もしやあまりに貴族に縁がないから平民に走ってしまったのではないか・・・・」

「有り得ないと思うのですが・・・」

カトレアは父の仮説を否定する。

「ふむ・・・エレオノールが向かいそうな場所ですか・・・」

あの長女の事だ。自分達の息のかかった場所に留まりはしないだろう。
だが、息のかかっていないところで滞在するとも考えられない。
カリーヌは考えた。自分の息のかかっていない、或いは関係が薄い土地は・・・あ。

「ド・オルエニールですわ、あなた」

「は?」

公爵は首を傾げるが、カトレアは目を見開いていた。

「おのれ姉様!そこまでして私に嫌がらせがしたいのですか!」

普段温厚なカトレアがいきなり怒りだした。
身体に障るはずなのだが、怒りが肉体を凌駕している。

「ド・オルエニールと言うと・・・ハッ!?」

公爵もやっと気付いたようだ。

「そう。婿殿の領地です」

「おのれあの男!!私からルイズを奪い、さらにはエレオノールまで!この切れ痔の礼も含め、もう一度よく話し合うべきか!」

何かとてつもない言いがかりだが、ルイズは汚れた疑惑があるのですよ、お父さん。
でも、ルイズのそれについては達也は何の落ち度もない。
しかし、公爵は怒り狂っている。

「落ち着いてください、あなた。これは好都合ではないですか」

「カリーヌ!お前はあの男との・・・ああ・・・そうだった・・・お前が連れてきたんだった・・・」

公爵はげんなりとした表情になっていく。
カリーヌは元からこの話題に関しては自分の味方ではない。
だが、だが!エレオノールは我が愛する娘なのだ!

達也がその気ではないのは知ってるが、人生どうなるか分からないではないか!
不安材料は極力取り除くべきではないのか!?

「あなた・・・エレオノールはもう27です。加えてあの性格です。あの子がなんと呼ばれているかご存知ですか?私は驚きましたよ」

「まあ、あれ程の美人ならば、やっかみで陰口ぐらい叩かれような」

「いいえ、あなた。私が耳にしているのは『憤怒』やら『嫉妬』やら『横暴』などです。酷いですわね~あんなにピュアなのに」

「娘の悪口なのに面白そうに言うお前が私は怖い!?」

「ちなみにカトレアは『薄幸(笑)』『怠惰』『聖母』と極端です」

「そうして私にまで火の粉を振りまくのを止めてください」

「私は婿殿が、エレオノールのそうした不名誉な二つ名を返上してくれる事を期待しています。ルイズの『ゼロ』という二つ名の意味を変えたように」

そう言うカリーヌの表情は間違いなく母親のものだった。
さもエレオノールがド・オルエニールに行っているかのような言い方である。
いや、実際行ってるんですけどね。




(続く)



[18858] 第104話 出版禁止の物語
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 14:28
ロマリア連合皇国。
ハルケギニアでは最古の国の一つに数えられるこの国は、ガリア王国真南のアウソーニャ半島に位置する都市国家連合体である。
始祖ブリミルの弟子の一人、聖フォルサテを祖王とする『ロマリア都市王国』は、当初はアウソーニャ半島の一都市国家に過ぎなかった。
しかし、聖なる国というプライドが暴走し、次々と周りの都市国家を併呑していった。
大王ジュリオ・チェザーレの時代には半島を飛び出し、ガリアの半分を占領した事もある。
そこが最盛期だったようで、ジュリオの時代が終わった後、ガリアの地からは追い出されてしまい、併合された都市国家群は、何度も独立、併合を繰り返した。
度重なる戦争後、ロマリアを頂点とする連合制を敷くことになった。その為なのか、各都市国家はそれぞれ我が道を行っていることが多く、特に外交戦略においては、ロマリアの意向に全然従わない国家もある。
そんな事だから、ロマリアはハルケギニアの列強国に比べて、国力で劣るロマリアの都市国家群は、自分達の存在意義を、ハルケギニアで広く信仰される『ブリミル教の中心地である』という点に強く求めるようになった。
ロマリアは始祖ブリミルが没した地である。祖王の聖フォルサテは墓守として、その地に王国を築いたのだ。
彼がその地に王国を築いたのは、ブリミルの眠りを外敵から守るためなのだが、その子孫達は何を勘違いしたのか都市ロマリアこそが、聖地に次ぐ神聖な場所であると、自分達の首都を規定した。その結果、ロマリアは皇国と呼ばれるようになり、その地には巨大な寺院、フォルサテ大聖堂が建設され、代々の王は教皇と呼ばれるようになり、全ての聖職者及び信者の頂点に立つことになっていた。

「光溢れる地とはよく言えたものですね。理想郷と言うより無法地帯ではありませんか」

トリステイン女王アンリエッタは、馬車の窓から覗く、ロマリアの街並みを眺めて溜息をついた。
宗教都市ロマリアは、ハルケギニア各地の神官達が『光溢れた土地』と、その存在を神聖化しているが、実際はハルケギニア中から流れてきた信者達が、仕事もすることもなく、ただ、配給のスープに列をなしている。その後ろでは着飾った神官達が談笑しながら、寺院の門をくぐっている。
・・・新教徒達が実践主義を唱えるのも致し方ないことだ、とアンリエッタは思った。
貴女の国の何処かの誰かさんの領地は実践主義っぽい事をやっているんですが。
まあ・・・その何処かの誰かさんはブリミル?何それ食べれるの?え?神様?知らんがな。という感じなのだが。
アンリエッタはふと視線をずらすと、目の前の席に腰掛け、居心地の悪そうに身を竦ませた銃士隊隊長の姿が見えた。
どうやら、いつもの鎖帷子ではなく、貴婦人が纏うようなドレスに身を包んでいるので、落ち着かないらしい。
まあ、そんな格好をしていれば、どこぞの名家のお嬢様のようなのだが、彼女は武人である。最近母性に目覚めたりしたが、基本は武人である。

「慣れぬ格好でしょうが、お似合いですよ?隊長殿」

「おからかいになりませぬよう。私の使い方をお間違えですぞ?このような服を着る為に、ロマリアくんだりまで来たわけではありませぬ」

「わたくしには護衛もこなせる有能な秘書が必要なのですよ。近衛隊長は剣を振るだけが仕事ではありません。時と場合に応じて、やんごとない身分のお方や、賓客を相手にすることもあるのです。一通りの作法を身につけていただかねば、わたくしが困ります」

アンリエッタはそうした意味も含めて達也を近衛隊の隊長にしようと企んでいたのだが、その隊長はギーシュになってしまっていた。
正直、今思うと地団太を踏みたいほど悔しいが、ギーシュもギーシュでそこそこ有能だと評価していた。

「しかし、剣や拳銃を身につけていないと、このような場所では落ち着きませぬ」

ウエストウッド村に滞在していた時はアニエスはその剣と拳銃を身につけることはあまりなかった。
理由は村の子どもが怖がるというほのぼのした理由だった。
ちなみにその武器を子ども達の手の届かないところに保管したのは達也である。
現在アニエスはドレスに戸惑っているが、これはウエストウッド村の滞在時、エプロンを着ける時も同様だった。
・・・今ではある意味戦闘服と化しているが。

「仕方ありませぬ。それがこの国の作法のようですから」

「万一の場合、陛下をお守りする事が出来ませぬ」

「肉の壁になるとはおっしゃらないのね」

「私が斃れたら、誰が陛下のご乱心を止めると言うのですか?」

アンリエッタとアニエスは互いににらみ合い、イヤ~な笑みを浮かべている。
この方々は、ロマリアの聖堂騎士団が守ってくれるとは本気で考えてはいないようだ。
アンリエッタ達は、とある式典に参加するために、はるばるこのロマリアまでやって来た。多忙の為来るのはやや遅れたが、それでも式典の2週間以上前には到着した。
・・・多忙という字をアンリエッタが本当に分かっているのか疑問だが、多分分かっていてもスルーだろう。

ロマリアは、周りを城壁で囲まれた古い都市である。
古代に造られた石畳の街道が、整然とした街並みの間を縫っている。
実に清潔感溢れる場所だった。この点は見習うべきか、とアンリエッタは思った。
大通りの向こうに六本の大きな塔が見えてくる。その形はトリステイン魔法学院に似ていた。まあ、この建築物をモデルに魔法学院は造られたのだから似ていて当たり前である。パクリ?オマージュと言いたまえ。

「あれが宗教庁ですか。魔法学院に似ておりますが、規模は全く違いますな」

「一魔法学院が宗教庁より規模があればそれはそれで問題でしょう。自尊心だけは強いですからね。・・・さて、どうやら到着のようですわね」

到着したはいいが、馬車のドアを開けに来る神官も貴族もいない。馬車寄せに並んだ衛兵たちは、礼を取ったまま動かない。
様子を伺っていると、玄関前に勢ぞろいした聖歌隊が、指揮者の杖の下、荘厳な賛美歌を歌い始めた。
これがロマリア流の歓迎のようだ。

「馬車の中で一曲聞かせるつもりですかな」

「大した演出ですわね。まあ、面白いかどうかで判断すれば微妙ですが」

アンリエッタからすれば歌を聴かされることには慣れていたし、ましてや賛美歌など耳が腐るほど聴いていたのでもはや飽きていた。
ド・オルエニールに来た時は、心が躍ったのだが・・・
歌が終わると、指揮者の少年が振り向いた。白みがかった金髪の美少年だった。

「月目?」

所謂オッドアイだが、ハルケギニアでは月目と呼ばれ、縁起悪いものとされている。
それなのに聖歌隊の指揮者とはよほどの事情があるのか。
アンリエッタは聖歌隊のもてなしを労う為、窓から左手を差し出した。社交辞令だ。
指揮者の少年は、右腕を身体の斜めに横切らせ、アンリエッタに礼を奉じて寄越し、そのままの格好で近づく。
それから恭しく、宝石でも扱うようにアンリエッタの左手を取り、唇をつけた。

「ようこそロマリアへ。お出迎え役のジュリオ・チェザーレと申します」

偽名だろうな、とアンリエッタは思った。
その少年は、アルビオンで七万を迎え撃つ(笑)達也を見送ったジュリオだった。

「貴方は神官ですね?」

「左様で御座います、陛下」

「まるで貴族のような立ち振る舞いですわ。いえ、感心しているのです」

「ずっと軍人同然の生活をしていたものですから、自然と身につきました。先だっての戦では、一武人として、陛下の軍の末席を汚しておりました」

「そうでしたか。ではお礼を申し上げなくては」

「あり難いお言葉、痛み入ります。それではこちらへ。我が主が陛下をお待ちで御座います」

ジュリオは馬車の扉を開けると、アンリエッタの手を取った。
アニエスもそれに続き。アンリエッタに同行していた使節団の一行も、それぞれやって来た出迎え役のロマリアの役人たちと挨拶を交わしていた。
彼らに手を振って、アンリエッタはアニエスのみを連れて、ジュリオの案内で先に進む。
その表情は達也を襲った時の狂乱の顔ではなく、一女王としての冷ややかとも思えるほどの微笑みだった。



一方、ド・オルエニール。
達也の屋敷の執務室。普段使われる事は滅多にないこの部屋に、達也はいた。
執務室内にはゴンドランと農夫らしき格好の男と、体格の良い女性がいた。

「えーっと、夫婦での申し込みですか」

「へえ、そうです」

「ちょっとアンタ!この方は領主様なのよ!そんな力のない返事で如何すんの!」

「し、しかしよう・・・こんなに若いとは・・・」

「貴族様になんて事いうんだいアンタは!前もそうして余計な事を言って追い出されたんじゃないのかい!」

「うう・・・スマネェ・・・」

「追い出されたとは穏やかではないな」

ゴンドランが不安そうに呟く。

「この領地は経験者、それも夫婦は優遇します。タロンさんとコロンさんでしたね?この領地には牧場として使用していた土地があります。そこを提供しましょう。畜産部門は我が領地に欲しい産業でした。私たちは貴方達の来訪を歓迎いたします」

あまりにもあっさり決まったので、この夫婦の妻の方、赤い髪をした女性、コロンは俺に対して、疑いの眼差しを向けた。

「失礼ですが領主様。土地まで提供してくれるのは嬉しいのですが、何か裏があるのではないでしょうか?」

「領地の特産品を増やしたい。畑だけでは限界がありますのでね。牧場は何とかしたかったんですよ」

まあ、家畜とかその品種にブランドがつけば収入も上がるんじゃないの?色んな病気に気をつけなければいけないが。
あのミミズがいる以上、この土地の土や牧草は栄養があるらしいし。
そもそも、此処で取れた農作物って余る場合が多いし、処理に困っていたんだよね。
家畜の糞は肥料になるしな。

「・・・私たちは貴方達の力が必要です。どうか、この領地の発展の為に力を貸していただけないでしょうか?」

「・・・この領地としてはあなた方を追い出すような真似は致しません。いえ、させません。あなた方を追い出した所が泣いて悔しがる程にこの領地を盛り上げて行きましょう」

この人たちは畜産部門なのでミミズの対策部隊には回さない。
しばらくは牧場経営に勤しんでもらう。性格にやや不安があるようだが、そんなのは些細な事である。
ゴンドランはニヤリと笑いながら、この牧場経営をしようとする夫婦に言った。

「無論、あなた方の子作りの環境も此方で整えますが?」

「え゛!?」

「随分ストレートに言うんですねェ・・・」

「まあ、この領地はまだまだ子どもが少ないですから。そういう期待も込めて夫婦は歓迎しているんですよ」

孤児院の子ども達は二十人に満たないし。
空きはまだ沢山あるから、その辺の孤児を拾って住まわせても良いんじゃないか?
まあ、それは流石にどうかとゴンドランに反対されたが。
この領地の次世代対策も急務である。
俺がいなくても勝手に発展していくような領地になって欲しいな。


達也が面接中のその頃。
どう見ても同棲してるとしか思えない同居人、エレオノールは屋敷地下の書庫にいた。
達也が来た時は鍵をされていた地下の扉だが、地下一階までは解放されていた。
魔法研究所主席であるエレオノールはもしかして研究の資料があるんじゃないかと、書庫に来たのだが・・・
書庫にあったのは絶版されている本や、自分の知らない本や、御伽噺の本などが並んでいた。勿論、現在もある書物もあったのだが。

「『始祖の愛した食事』・・・何このどうでもよさそうなタイトルの本」

固定化の魔法でもかかっているのだろうか?
随分書物の保存状態は良い。
魔法の研究の本もあったが、魔法研究所のそれとは違い、魔法の実用的な研究が記されていたものばかりだった。
例えば目玉焼きを効率よく作る為の火加減とか、スカートめくりがばれない程度の風の加減など・・・実用的?
下賎も程がある研究をこの地でやっていたというのだろうか?凄くアホらしいが。
エレオノールは本を本棚に戻した。ふと、一冊の本が彼女の目に止まった。

『根無し放浪記』

エレオノールはそのタイトルに覚えがあった。
確か、その内容が始祖を馬鹿にしているとかで出版禁止になった問題作らしい。
詳しい内容は自分も分からない。
見てみれば『根無し放浪記』は全部で30巻あるようだった。

「どんな内容なのかしら・・・?」

エレオノールは『根無し放浪記』第1巻を手にとって読み始めた。


そこそこ裕福な家に生まれた主人公、ニュングはまともに魔法が扱えない。
次男ということもあり、女性にも恵まれない悲しい人生を打破する為に、自分探しと称して若き身で旅に出ることにした。
でも、一人旅は何だかとっても寂しい。と、いう訳で使い魔を召喚して一緒に旅しようと考えた彼は、108回目にしてようやく召喚を成功させた。
煩悩の数と同じ回数、同じ呪文を唱えた彼の前に現れたのは、褐色の肌の幼女だった。

『おおーっと!?人間を召喚してしまった!?・・・いや、いいのか?』

『何言ってるのよアナタ。わたしは蛮人なんかじゃないわ』

訳が分からないといった様子の幼女はフィオと名乗る。
彼女の耳は長く尖っていた。
所謂エルフを召喚してしまった馬鹿の物語らしい。
自分探しの旅をする男、ニュングと、外の世界を知らないエルフの幼女、フィオが、フィオの故郷へ向かって旅をする話・・・というのが第1巻のあらすじだ。
問題なのがこの物語、ブリミル没後1000年が舞台なのである。
その時期は人とエルフは土地を巡って争っていた時期だ。それがロマリアなどの怒りを買ってしまったのだろうか?

『この俺、ニュングの二つ名は『根無し』!定住する家がないからな!』

『偉そうに言うな!』

所謂ホームレスの彼らがバイトしながら路銀を稼いだり、狩りをしたり、遊んだりしてだらだらと旅をする内容だった。
そこにフィオの姉と名乗るシンシアが現れるのだが、そこでフィオの故郷が滅ぼされた事を知らされる。
人間が滅ぼしたのかと聞けば、違うと言うシンシア。
彼女達の故郷を滅ぼしたのは他ならぬエルフであり、滅ぼされた理由はその故郷に住むエルフが、『ダークエルフ』と呼ばれる者達だから、ただそれだけの理由だった。そして、シンシアを追って来たエルフと戦闘するというのが第2巻である。

その後はエルフと戦ったり、人間と小競り合いを起こしたり、何故か城に招かれたり、宝物庫に侵入して書物を拝借したり、拝借した祈祷書の呪文を詠唱したら使えてしまったり、様々な騒動を繰り広げて行き、ニュングとシンシアが結婚したりした。この辺りも問題である。特に独身の身にとっては。
恋愛模様はニュングとシンシアが繰り広げていたのだが、それでは召喚された少女はどうだったのだろうか。
読み進めたいが、時間も遅い。また次の機会にしよう。
エレオノールは本を閉じ、書庫を後にした。



大聖堂には、途中で見かけた貧民達が集まり、毛布に包まって天井を見つめていた。
アンリエッタはその光景に驚く事になった。

「・・・彼らは?」

「アルビオンからやって来た難民たちです。行き先の手配が決まるまで、此処を一時の滞在所として解放しております」

「教皇聖下の御差配ですか?」

「勿論です」

ロマリアの象徴たる大聖堂を難民に開放するとは・・・いや、まあ、それが聖職者の仕事だろといえばそれまでだが、実際行なう者は多くはない。
此処にいる難民たちはロマリアが光の国と信じてやって来たはいいが、仕事もすることもないこの国は彼らにとっては闇しかない。
せめて彼らが新聞でも何処かで目にすれば、どっかの領地の求人を目にすることができたのだが・・・・・・。
ロマリア教皇、聖エイジス三十二世は、執務室で会談中とのことである。
十五分ほどすると、執務室の扉が開き、中から子ども達が現れたのでアンリエッタは驚いた。

「せいか、ありがとうございました」

年長と思しき少年が頭を下げると、周りの子ども達も一斉に頭を下げる。
そして子ども達は踵を返すと、笑いながら駆け去っていく。

「これは一体・・・?」

「ああ・・・あの子達は如何してるだろうか・・・」

アンリエッタは子ども達を微笑みながら見送っていたが、アニエスは何故か現在ド・オルエニールの孤児院にいる子ども達の事を思い出していた。親か!?
そんな二人を、ジュリオが促した。

「では、中へどうぞ。我が主がお待ちで御座います」


教皇の謁見室は、執務室というには雑然としており、本で埋め尽くされた部屋だった。
宗教書ばかりでなく、むしろ、歴史書が多い。特に戦史関連が多く、博物誌も数多くあった。
戯曲に小説、滑稽本まであった。
大振りな机の上には、『真訳・始祖の祈祷書』が積み上げられている。
その書物を片付けている、髪の長い、二十歳ほどの男性がいた。
彼は人の気配に振り向く。

「教皇聖下・・・」

聖エイジス三十二世ことヴィットーリオ・セレヴァレはアンリエッタ達を見ると微笑んだ。

「これはアンリエッタ殿。少々お待ちいただきたい。今すぐにでもおもてなしの準備をしますから・・・」

ジュリオが呆れたような声で言った。

「聖下、お言葉ですが、この日、この時刻にアンリエッタ女王陛下がトリステインからおいでになられるのはご存知でしたよね?」

「わ、わかっていますよジュリオ。ですがわたくしは彼らにこの時間、文字と算学を教える約束をしていたのだよ」

「それは昨日までの予定には入っていないようでしたが?」

「少年少女に知識を分け与えるのは大人の義務と思いませんか?ジュリオ」

「またその場の勢いで請け負ったんですか貴方は!?そんな事だから何時まで経ってもこの部屋の整理が出来ないんですよ!?」

「また増築すべきでしょうか」

「要らない本を捨てるか売りに出せばよいでしょう」

「知識の結晶を捨てるなどとんでもない!」

遠路はるばるここまで一国の女王を呼びつけておいて、待たせた上に何だろうか、この口げんかは。
まあ、破天荒な人物であることは分かるが。
教皇はアンリエッタ達に目を向けた。

「遠路はるばる、ようこそいらしてくださいました」

「いえ、敬虔なるブリミル教徒として、駆けつけて参りました」

アンリエッタはこの教皇の才を計る為にロマリアまでやって来た。
彼の背後で、本棚の本が落下しているのが少々気になるが、深々とアンリエッタは頭を垂れた。
公式の席でアンリエッタの上座に腰掛けることの出来る人物は二人。ガリア王ジョゼフとこのヴィットーリオの二人である。

「頭をおあげ下さい。何、あなたのお国の宰相殿が譲ってくれた帽子です。畏まる必要はございません」

トリステイン宰相マザリーニ枢機卿は、次期教皇と目された人物だったが、彼はトリステインという国が好きになり、ロマリアの帰国要請を断ったのである。

「マザリーニ殿は本当によくしてくださいますわ。では聖下。お言葉に甘え、質問をさせていただきます」

「なんなりと」

「この国の矛盾についてどうお考えでしょうか?」

「ええ、光溢れる国など、現状では幻想でしかありません。信仰が地に落ちたこの世界では、まず誰もが、目先の利益に汲々としている。その結果、神官たちが好き勝手に生き、民たちは日々のパンにさえ困っている。こちらとしても、各寺院に救貧院の設営を義務付けたり、免税の自由市を作り、安い値段でパンが手に入るように差配いたしています。その結果、わたくしを新教徒教皇と揶揄する輩も少なくありませんが、自称新教徒達は、自分が大きな分け前に預かりたい連中でしょう」

ヴィットーリオは心底迷惑だという表情で続けた。

「まあ・・・現状はそれが限界です。これ以上神官たちから権益を取り上げれば、確実に内乱になり、わたくしはこの帽子を取り上げられる事でしょう。貴賤や教義の違いで争う事は愚の骨頂です。人は皆、神の御子です。それが争うなどと!」

アンリエッタは静かに話を聞いていた。

「何故、信仰が地に落ち、神官達が、神の現世の利益を貪るための口実にするようになったのか?それは我々に力がないからなのです。わたくしは以前、貴女にお会いした時に言いました。『力が必要だ』と。人は自分の見たものしか信じません。ならば、見せ付けなければなりません。真の神の力を。神の奇跡によって、エルフたちから聖地を取り返す・・・。真の信仰への目覚ましとして、これ以上のものはありません」

「聖地を取り返すと言っても、6000年以上もエルフはあの場に留まっているのですよ?むしろ此方が奪う方でしょう」

「ええ、相応の抵抗はあるでしょうね」

ヴィットーリオは後ろを向くと、一つの本棚に向き直る。

「ふんっ!!!」

顔に似合わぬ掛け声をあげ、その本棚をずらそうとし始めた。
しかし、力が足りないのか顔を真っ赤にしても微動だにしない。

「ぐぬぬぬぬ・・・・・・はぁっ!!」

ヴィットーリオが一層気合を入れたその時だった。
可愛らしい音が謁見室に響いた。

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

ヴィットーリオはばつの悪そうな表情で言った。

「ジュリオ、助けて下さい」

「最初からそうおっしゃってください!?客人の前で放屁とか末代までの恥ですよ!?」

「いいえ、あれは放屁などでは御座いません。きっと、神の口笛が失敗したのでしょう」

「都合が悪い事は全て神のせいにしないように」

「申し訳ありません」

二人は本棚をずらし始めた。ずらした先にあったのは大きな鏡だった。
ヴィットーリオはジュリオから聖杖を受け取り、祈るような声で呪文を唱えた。
アンリエッタが今まで耳にした事のない、美しい賛美歌のような透き通った調べだった。
呪文が完成すると、ヴィットーリオは緩やかに、優しく、杖を鏡に向けて振り下ろした。
そうすると、鏡が光りだす。だが、その光は唐突に消えて、鏡にはこの部屋のものではない映像が映り始めた。
その光景を見て、アンリエッタは思い出した。
ド・オルエニール地下にあった鏡のことを。

「これは・・・」

「これが始祖の系統・・・虚無です」

「聖下・・・まさか貴方は・・・」

「はい。神はわたくしにこの奇跡の技をお与えくださいました。ですが、わたくし一人では足りません。多くの祈りによって、さらに大きな奇跡を呼ぶために我々は集まらなければなりません」

神々しい輝きに打たれながら、アンリエッタは息を呑む。
その身体が、かすかに、震えていた。







(続く)



[18858] 第105話 孤独が好きなんて中二病でしょう?
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/25 23:49
水精霊騎士隊の大半の隊員たちが行なった女子風呂覗き事件の学院側からの罰は、放課後の中庭掃除であった。
普段は使用人たちがこまめに行なっている仕事を彼らは罰として行なっていた。
破廉恥騎士隊といわれても仕方がない彼らだが、それを上回る破廉恥行為を学院女子達はやってしまったので、責めるに責められなかった。
また、中庭掃除は学院長のオスマン氏もやるべきとの声も上がったが、

『ワ、ワシがいない間、誰がこの学院の安全を守るんじゃ!?』

と言ってごねたが、コルベールとギトーによって連行され今に至る。

「優秀すぎる人材がいるのも考え物じゃの」

「学院長、自業自得でしょう」

ギーシュは呆れながらも手に持った箒を動かしている。
彼含め、大半の隊員たちが真面目に掃除を行なっているのだが、中には更に自分を貶めようとする漢もいた。
マリコルヌはそそくさと身を縮ませながら、女子生徒が固まっている場所に近づいた。

「駄目じゃないですかぁ、お嬢様がた・・・こんなにゴミをお散らかしになってェ・・・」

卑屈と歓喜が入り混じった笑みが何とも生理的嫌悪感を誘発する。
女生徒たちは泣きそうな顔になって、マリコルヌから離れようとする。
だが、マリコルヌはそっちにゴミがあるから・・・落ちているから・・・と何故か愉悦の表情で更に近づく。
恐怖に怯える女生徒達は逃げ惑う。マリコルヌは鼻息荒く追いかけようとするが・・・

「ゴミはお前だーー!?」

仲間たちの様子を監視しているレイナールがマリコルヌを蹴り飛ばした。
彼はこの水精霊騎士隊の良心として評価は一人図抜けていた。
そのレイナールは、大変憤慨した様子で、マリコルヌに言った。

「マリコルヌ!お前は更にこの騎士隊の名を貶める気か!?」

「そんなつもりは毛頭ない!僕は自分の欲望に素直なだけだ!」

「自制しろ馬鹿者!?」

「自制?そんなことしてたら僕はこんな体型じゃないよ」

「分かってるのに自制しない辺り手の施しようがないと言わざるを得ないね」

「ふん!男に罵られても不愉快なだけだ!女を連れてきて僕を罵りたまえ!」

「アンタの親が可哀想だわ」

ギーシュの様子を見に来ていたモンモランシーが冷たく言い放つ。

「そういう罵り方は地味に辛いのでやめていただけませんか?」

マリコルヌは涙目で懇願する。何とも情けない姿だが、誰も同情はしなかった。


魔法学院のルイズの部屋に戻ってきた俺とシエスタは、部屋の惨状に眉を顰めた。
まず何より酒臭い。部屋で酒盛りでもしていたのだろうか?
そこら中にワインの壜が転がっていた。
そして何故か、部屋にはルイズ、キュルケ、タバサ、そしてティファニアの四人が床やベッドですやすや寝ていた。
腹を出したり、下着姿だったり、半ケツだったり、目も当てられない状況である。

※プライバシー保護のため、誰がどうなっているのかは明記いたしません。ご了承ください。

こんな酒臭い部屋で眠る美少女達が今まで何をしていたのか気になるが、真琴の教育に悪いから止めてくれない?
その真琴は俺の背中で寝息を立てていた。正直寝ていてくれてよかった。

「どうしましょうか、タツヤさん・・・?」

シエスタが俺に聞いてくる。
このまま放置しても良いのだが、彼女達が風邪でもひいたら大事である。

「シエスタはこの部屋を片付けて置いてくれ。俺は酔い潰れたであろうこの三人を運ぶ。面倒だけどな」

「分かりました。変なことしちゃ駄目ですよ?」

「しねーよ」

俺はそう言って、まずルイズの部屋から近いキュルケから運ぶ事にした。
ふむ、見た目はムッチリとしているが、案外軽いな。
寝息が酒臭いが、まあ、我慢してやろう。
まったく、酒に飲まれて如何するんだよ。
俺が所謂お姫様抱っこの要領でキュルケを持ち上げると、シエスタが物欲しそうに俺を見つめていたが無視した。
しかし、案外軽いというだけで、実際は寝ているのだから、体重は俺の腕にかかっている。
・・・落とさないようにしないとなぁ。

炎が燃えていた。
キュルケはその炎の中に佇んでいた。
彼女の目の前には死んだ筈のメンヌヴィルが立っていた。

『あ、アンタはなんで・・・!?死んだ筈じゃないの・・・!?』

『炎のメイジの俺が、あれしきの炎で死ぬ筈なかろう・・・貴様の悲鳴を聴きに来たぞ・・・』

目の前の男は自分にとって恐怖の対象であった。
どうして今になってこの男が現れるのだ?復讐ならばコルベールを相手取ればいいじゃないか。
そうか、これは夢だ。死んだ者が生き返る事はない。ましてやこの男は焼き尽くされたじゃないか。
しかし、人間というものは強い恐怖に襲われると、ショック死する事もある。
悪夢で死ぬというのはあまりの恐怖にショック死したと考えられる。何とも情けない話であるが、キュルケにとってこの男は死して尚、自分の恐怖の象徴だった。
その恐怖から逃れる為に、人は目を覚ます。キュルケも例外ではなく、ハッとした様子で目覚めた。
目覚めると同時に頭痛と吐き気が彼女を襲う。

「う・・・気持ち悪・・・」

「起きたか酔っ払い」

「え?」

声のした方を見ると、達也が自分に毛布をかけていた。
達也の表情は呆れているようだった。
部屋の装飾から、此処は自分の部屋である。それは理解できる。
だが、それなら何故達也がこの部屋にいるのだ?
まさかこれも夢なのだろうか?夢から覚めたら夢とはなんというループだろうか。
しかし夢なら好き放題しても良いのではないか?
キュルケは、達也の手を掴んだ。

「何だよ?水が欲しいのか?」

キュルケは首を振る。
彼女の身体は悪夢のせいか震えていた。
彼女とて人間である。大人びてはいるが、少女の心もまだあるのだ。
如何してだろう?寂しい。寂しいという感情が自分の中に渦巻いている。
アルコールが入ったせいだろうか?普段の彼女からは考えられない程、今日のキュルケは弱気になっていた。
メイジ達にやられかけた時からか?メンヌヴィルに恐怖した時からか?エルフにズタズタにやられた時からか?
とにかく彼女の中の自信はやや危ういものになっていた。
トライアングルクラスの魔法を使えるといっても、実戦を潜り抜けた者達には敗れてきた。
魔法学院ではトップクラスのメイジだが、世界は広いのだ。
彼女はまだ若いのでそれ程気にすることはないのだが、それでも最近の体たらくは彼女のプライドを刺激していた。
学院では下手に力を持っている為、誰かに守られるという経験に乏しかった。
力を持つものには孤独が付きまとう。だからこそ、同じ力を持つタバサと友人になり、孤独を紛らわせようとした。
男と遊んで孤独を紛らわせようとした。だが、彼女にとってタバサは肩を並べて戦う友人である。
ましてやそこら辺の男は論外だった。誰も彼女の孤独を分からない。
キュルケも強い女性である。寂しさなど普段は微塵も感じさせない。彼女の熱がそのような冷たい孤独を隠していて、自分でも気付いていないのだ。

孤独を自覚したら、人は怯えてしまう。
ルイズは達也が七万に突っ込んで行った際、寝込むほど落ち込んだ。
タバサは感情を失う直前、孤独に怯え震えた。
ティファニアは初めて出来た友人との別れに孤独感を感じ涙した。
ではキュルケは?自分はどうなのだろうか?熱が冷めている状態の自分はただの女だ。
もしかしたら、自分が一番孤独に怯えているのではないのか?

「どうした?キュルケ」

「ねえ、タツヤ。私、寂しいの」

「寂しい?そりゃまた珍しい事もあるな」

「・・・慰めて」

「慰めろねぇ・・・」

酔っ払いの戯言かと思ったが、キュルケの表情からは不安しか見えなかった。
酒は人間を変えると言うが、キュルケは酔うと欝になるタイプか。
慰めろと聞いて、普段の彼女なら性的な意味でしか捉えられないが、欝傾向のこいつにそんな事をする男は・・・まあ、欲望に素直な奴なんだろうな。

「寝ろ」

「は?」

「気のせいだろうから寝ろ。お前は一人じゃないからな」

俺はキュルケの手をぎゅっと握ってやった。
この痛みはこいつが一人ではないという事の証である。
彼女が一人なわけない。一人ならば寂しさを知らないだろうから。
一人なら、俺が此処にいるわけないだろう?
一人なら、ルイズの部屋で寝ている説明はつかないだろう?
だから、キュルケが不安になる事はないのだ。

「タツヤの手、冷たいわね」

「今日は冷えるしな」

「人の冷たい手が心地よいと思ったのは初めてよ」

「俺の手より、水にぬらしたタオルの方がいいと思うぜ?」

「いいのよ。人肌が恋しいから・・・」

そう言ってキュルケは俺の手を自分の額に当てた。
人の手を熱冷ましシート扱いしないで欲しい。
程なく、キュルケは再び寝息を立てた。
それを確認して俺は彼女の額に当てていた手を離し、部屋を後にした。

ルイズの部屋には、テファとルイズがいまだ夢の中である。
タバサは恐らくシエスタが運んだのだろう。乱雑に置かれていた壜が片付けられている。
仕事が早いなと思いながら、俺はテファを持ち上げた。
トンでもない奇乳が零れ落ちそうである。寝苦しくないのか?

ひどい頭痛と共にティファニアは目を覚ました。
ルイズ達の部屋でおしゃべりしていた筈の自分はいつの間に自室に戻っていたのだろうか?
ワインを飲み始めてからの記憶があまりない。
どうやら随分飲みすぎたようだ。

「お?起こしちゃったか?」

「タ、タツヤ・・・?どうしてここに・・・?」

グラスに水を注いで来た達也の姿にティファニアは少々戸惑う。

「お前、ルイズの部屋でぐーすか寝ていたんだよ。お臍出してな。どんだけ飲んだんだよ?はい、水」

「あ、ありがとう・・・」

達也が渡した水を飲むティファニア。
その程よい冷たさが心地よいが、頭痛はおさまらない。
本気で飲み過ぎのようだった。

「・・・タツヤ・・・子ども達はどうしてる?」

「ああ、優秀な院長のお陰で皆元気にやっているよ」

「・・・そう・・・よかった・・・」

「時間が合えば、君をド・オルエニールに招待したいんだけどさ」

「うん。私も子ども達に会いたいし・・・タツヤの土地も見てみたい」

「綺麗な所もあるし危険なところもあるぞ?」

「それは何処でも一緒だよ・・・」

ド・オルエニールの危険は他の領地のそれとは違うのだが、まだ行った事のないティファニアが知る由もない。

「きっと、良いところなんだろうな・・・」

「住民は曲者ばっかりだけどな」

勿論その曲者の中には領主の俺も入っているのが悲しい。
俺は悪くない。環境が悪いんだ。
それでもティファニアならば、すぐに慣れるのだろうと思う。
そもそも巨大ミミズや巨大モグラという脅威がいるので、人畜無害なテファが迫害される謂れはない。
まあ、彼女の胸囲は十分脅威なのだが、そんなのは些細な問題だ。
人間だろうとエルフだろうと、住みたいと言う奴には文句は言わないし、来訪者は基本歓迎なのだ。
宗教上の問題なぞ知るか。人を助けるのは神じゃなくて人だろうよ。
そもそも、ド・オルエニールにおいて始祖ブリミル云々言っている者は一人もいない。
ゴンドランでさえ、

『これが始祖の試練ならば、私は始祖を恨む。何だこのミミズは!!』

と酒の席で言っていたらしいから。
神に祈って領地が発展するならいくらでも祈る。
実際に、農業と子宝の神様とか言って勝手に祭壇作ったし。祭ってあるのは何処からどう見てもミジ●グジさまだが。
だが、それは単なる気休めでしかない。実際動くのは人である。

「近いうちに行こう。テファ」

「うん」

「じゃあ、もう寝ろよ。明日も授業だろう?」

「うん・・・タツヤ、聞いていい?」

「何だい?」

「私、タツヤに出会えて良かったよ」

「馬鹿言うなよ。これからもっと良くなるのさ。お休み」

「うん、お休み」

俺が部屋から出る直前、

「信じてる」

と聞こえた気がしたが、恐らく気のせいだろう。
これで全部か。俺はルイズの部屋に戻った。

・・・で、我が主はあられもない格好で鼾をかいているわけだ。
こいつに惚れた男は大変だな。長所も多いが短所は更に多いぞこの女。

「おいコラ、露出狂。風邪ひくぞ。パジャマぐらい着ろ」

「う~ん・・・何よぉ~・・・身体が火照ってるんだから見逃してよ・・・」

「それは恐らく酒のせいだ。油断してると風邪の菌にやられるだろう?お前の風邪を俺の妹に移しでもしたら俺はお前を吊るし上げなければならん」

「でへへ・・・マコトとおそろいの病気・・・添い寝確実ね・・・」

「お前は隔離してやるから安心したまえ」

「悪魔かアンタは!?」

がばりと起き上がるルイズだったが、すぐに頭痛で頭を押さえる羽目になった。

「ほらほら、タダでさえ弱ってるんだからさ、ちゃんとパジャマ着ろよ」

俺はルイズお気に入りのピンクのパジャマを渡した。
ルイズは寝ぼけ眼でパジャマに着替える。

「うう・・・流石に飲み過ぎたわ・・・頭痛い・・・」

「自分の身体に合わせて飲まないからそうなる。ほら、水だ」

「気が利くじゃない」

「飲みすぎて漏らすなよ」

「漏らすか!?アイタタタ・・・」

「お前には前科があるじゃん」

「やめてよ、あれはびっくりしたから・・・」

ルイズは顔を赤くして毛布に顔を埋める。
ウェールズの二回目の死の際、ルイズは失禁したのだった。

俺はフェイスタオルを水に濡らし、ルイズの額にあてた。

「うえー・・・頭がスーッとする・・・」

「お前ら酔い潰れるほど何を話してたんだよ」

「秘密よ秘密。良い女は秘密が多いのよ」

「良い女は酔い潰れて下着姿で半ケツ状態で鼾かいたりしないよね?」

「うごおおおおおお・・・・!!貴様弱った私に精神攻撃を・・・」

ルイズは涙目で唸る。
その姿に久々に和んだ。

「弱ってるんだから寝ろよ」

「そうさせてもらうわ・・・あー・・・こりゃ二日酔いかもね・・・」

「年中酔ってるじゃん、お前」

「やかましい」

「お休み義妹よ。夢の中で真琴を汚すなよ?」

「大きなお世話よ、お義兄さま。お休み」

ルイズはそう言って、寝息を立て始めた。寝るの早いなおい。

「妬ましい・・・楽しそうで妬ましいです・・・」

「何やってんのシエスタ」

シエスタが部屋の入り口で身体を半分隠して物騒な事を呟いていた。
俺は彼女の協力に感謝した。
シエスタは頷くと、俺に言った。

「タツヤさん、タツヤさんにお客様が来ているようなんですけど・・・」

「客?」

「はい、どうぞ」

「アルビオンで別れて以来だね。元気だったかい?」

そう言って姿を現したのは、アルビオンで共に戦った竜騎士ルネ・フォンクだった。
あの時は俺に良くしてくれた男の来訪に、俺は少し懐かしさを覚えた。

「ああ、御陰様でな。何の因果か土地持ちにまでなっちまった」

「ははは。僕は首都警護騎士連隊に配属されたはいいが、毎日毎日哨戒飛行ばかりさ。退屈で堪らんよ」

「こんな夜に旧交を温めに来たわけじゃないだろう?どうした?」

「そうさ、僕は任務で来た。この手紙を君に届けたらすぐにとんぼ返りさ。人使いが荒すぎるよ全く。差出人が差出人だから、一応形式を取らせてもらうよ」

ルネはそう言うと、かっちりと軍人らしい直立をして、出来るだけ小声ではっきり言った。

「水精霊騎士隊副隊長及びド・オルニエール領主、タツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。かしこくも女王陛下より、御親書を携えて参りました。謹んでお受け取り下さいますよう」

「嫌な予感がするので突返してくださいませ」

「君の気持ちは痛いほど分かるが、拒絶の選択肢はないよ?」

「ひどい話だと思わんかね」

「いいから、受け取れ。その場で開封し、中の指示に従うようとの仰せです」

「強制かよ」

俺は嫌々ながら、中の手紙を取り出した。
そこに書かれた文面を見て俺は溜息をつく。

「ルネ」

「なんだい?」

「伝言いいか?」

「一応聞こう」

「断る」

「却下」

「だよねー」

ささやかな抵抗は此処に潰えた。
アンリエッタからの手紙にはこう書かれていた。

『ギーシュ・ド・グラモン殿及びタツヤ・シュヴァリエ・イナバ・ド・オルニエール殿。女王陛下直属女官ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢と魔法学院生徒ティファニア・ウエストウッド嬢を貴下の隊で護衛し、連合皇国首都ロマリアまで、至急来られたし』

更に追伸としてもう一枚の紙にこう書かれていた。

『追伸:タツヤ殿は縛ってでも連れて来なさい。以上』

はい、正直嫌です。
分身に代わりに行ってもらおうか。いや、ルイズかギーシュにばれるか?
シエスタ、真琴をまたお願いいたします・・・。




(続く)



[18858] 第106話 学生旅行ご一行様
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/29 18:35
俺たちのロマリア行きは公式のものではない。
よって、国から正式に飛行船などが借りれる筈もなく、至急来いと言われても困る。
フネがないならいけなくても仕方がない。大体ロマリアは遠いのだ。至急といっても無理無理。

「その筈なのに何故俺たちはフネに乗っているのでしょう?」

「学院長が骨を折ってくれてね。学生旅行用のフネを貸してくれたのだよ」

学生旅行用のフネといっても、無駄に無駄を積み重ねた改造の結果、無駄に性能がある訳の分からんフネである。
オスマン氏が購入したフネにコルベールが弄繰り回した結果なのかと思えば、彼以外の何者かが関与したっぽい『武装』もある。
表向きは学生旅行なので、引率者としてコルベールがこのフネに乗っている。

「なあ、ギーシュ・・・このフネの名前って何だっけ?」

「『ガンジョーダ』号」

「・・・・・・どんなネーミングセンスだ」

「何せ故障が一度もないと謳われてるからね。元々の名前は地味なものだったらしいけど、皆そう呼んでるし」

無駄に性能があると先程述べたが、ではどの辺が性能が高いのかといえば・・・
快速船で一週間かかる距離を二日で行く馬鹿っぷりといえば理解してもらえるだろうか?
このような速さで飛行すれば普通のフネは何処かぶっ壊れるらしいが、何故かこのフネは平気らしい。
正に頑丈にも程があるフネであるが、旅行用のフネに速さを追及してどうするのだ?
船酔いを訴える者も後をたたない。ルイズなんか三途の川を渡りかけていた。

『ウ、ウフフ・・・綺麗なお花畑・・・あれ?何故ウェールズさまがいらっしゃいますの?え、家庭菜園で御座いますの・・・?』

我が親友よ。君は早く成仏するべき。
何故三途の川近くでのんびりしまくっているのだ?
本当はこのフネの上で、決起集会を行なう予定だったのだが、船酔い患者の多さに事務的な報告しか出来なかった。
そりゃあ至急来いとは言われたけどさ・・・。
護衛対象のルイズが船酔いで倒れてはいるが、もう一人の護衛対象ティファニアも少し疲れた様子で船室にいるはずである。
テファのほうはレイナール達が護衛している。ルイズの方を俺とギーシュが護衛しているのだ。
船室の個室を堂々と使えるのはこの二人のみである。他は相部屋とかばっかりである。
厳正なるくじ引きの結果、俺の部屋はギーシュとゲスト二人と同じになった。
ん?ゲスト?タバサとキュルケである。一体何処から嗅ぎつけて来たのか、俺たちの極秘任務に同行するとか言い出した。
学生旅行に女子が二人しかいないのは色々可笑しいというのが彼女達の言い分だが、だったらモンモランシーを連れて来ればよかった!とギーシュがほざきやがったのでマリコルヌが大いに切れた。
ところで厳正なるくじ引きだった筈なのだが、先にも報告したように、俺がいる部屋の割り振りに不正があるという疑いがかけられた。
無論俺がそんな事をして何が得と言うわけでもないのだが、女子二人が都合よく一緒になり、都合よく俺とギーシュと同じの部屋になったのが気に入らないらしい。
お前らな、修学旅行で男女同じ部屋になるというのはギャルゲーやらでは男の夢かもしれんが、実際なったら気まずすぎるんだぞ?
お前らがどのような幻想を抱いているかは知らんが、俺としては男どもで集まって好きな女を言う事を罰ゲームにして何かしらのゲームをしたい。

「タツヤ・・・旅行気分でどうするんだよ・・・」

「ギーシュ、ロマリアの人を騙すためには心底旅行を楽しんでます的な空気を発散しなければならないのに、この惨状はなんだ?ルイズは船酔いでバケツと友達状態だし、ティファニアは悩ましい吐息を出して寝込んでいるとマリコルヌが報告していたし、キュルケも顔面蒼白だったじゃないか。タバサは風竜を使い魔にしてるだけあって平気そうだが・・・」

「・・・何で君は平気なんだろうな?」

「さあ?」

俺のルーンの力の中に『重力耐性』というものがあるが、それはGに耐性が出来るだけであり、乗り物が揺れることなどによる酔いには耐性が上昇するということはない。元々俺は乗り物に強いほうなのかな。

『おえっぷ』

俺たちがいるのはルイズのいる船室の扉の前である。
扉の中からルイズの乙女にあるまじき声が聞こえてくる。

『タ、タツヤ・・・助けて・・・バケツを・・・バケツを交換して・・・』

俺とギーシュはその願いを無視したかったが、フネ全体が酸っぱい匂いになるのは御免だったのでギーシュは新しいバケツを取りに行き、俺は船室に入った。

「タ、タツヤ・・・私が死んだら姫様には『ルイズは立派に散りました』と伝えてほしいわ」

「わかった。汚物まみれになりながらも最期まで船酔いと戦い事切れたと伝えよう」

「話聞いてた?」

「俺は事実になりそうなことを言ったまでだが」

俺はハンカチでルイズの口元を拭い、水を飲ませた。
弱っている人間に対しては俺はそこまで強くは出ません。精神的には弄りまくるが。

「このフネの形状自体はそんなに変なところはないから、学生旅行ですって言ってもロマリア官史は特に何も言わないとは思うけど・・・蒸気とか風石とか組み合わせてこんな速さだから、内部構造を見られたらやばいわね」

「その前にテファが危ないよな。確かロマリアじゃエルフはもとよりハーフエルフは異端も異端だろ?」

「信仰心がそこそこ薄いトリステインでさえエルフを恐れるんだから、ロマリアならば相当よ?もしかしたら有無を言わずに・・・」

「融通の利かない所のようだな、ロマリアって所は」

「そんなものよ。宗教に縛られすぎの国ってものはね。そういう訳だから、剣とかは袋に詰めたほうが良いわよ。携帯しちゃいけない規則だから」

成る程、郷に入っては郷に従いなさいということか。
自分の常識が他の常識ではないから、他の場所に行く時はそっちの常識に合わせねばならない。
それが出来ない奴が自分の常識を他に強制しようとするから面倒な揉め事が生まれるんだよ。
ド・オルニエールをロマリアの神官達が見たらブチ切れるんじゃないのか?祭ってるのはブリミルじゃなくてミジャ●ジさまだし。
まあ、実際動くのはそのブリミルじゃなくて俺たち生きてる人間だし、心の拠り所として神様を崇拝するのは良いかもしれないが、その神様が他人の神様とは限らんのだからな。まあ、八百万以上神様がいるよ~とかいう我が故郷も色んな宗教に喧嘩売っているのだが。

「相棒、そんなに考え込む事はねえんだぜ?現代の神官はおそらくブリミルの事を何も知らねえから。俺のおぼろげな記憶では何でこんなに崇拝されてるんだよって程の野郎だったからな」

この喋る剣はどうやらブリミルが生きていた時代に存在した年代ものの剣である。記憶は飛び飛びであるが、ブリミルの事は少し覚えているらしい。
でも俺はブリミルの人となりには興味はない。ただ『虚無』魔法を使えた人であるとの認識である。大体始祖の祈祷書の注意書きすら隠してしまっているドジ男に何を期待しろと言うのか。

「何事も先駆者ってのは過大評価されるってものなのさ」

「どんだけ始祖ブリミルを軽んじた発言してんのよアンタ」

そうだねルイズさん。一応毎日の食事は始祖ブリミルに感謝して食べてるモンねお前らの学院では。
ちなみにド・オルエニールでは普通に『いただきます』だった。俺が広めるまでもなくいただきますが既に浸透していた。
領民曰く、『ブリミルを祭ってみたはいいが、状況が良くなる事は全くなかったから』だそうである。
そんな領民がよくあの神様を祭る事を許してくれたものだが、『豊穣の神っぽい』という理由で祭る事にした。何だそれ。


さて、『ガンジョーダ』号は当初の予定通り二日でロマリア南部の港、チッタディラに到着した。
チッタディラは大きな湖の隣に発達した城塞都市であり、フネを浮かべるのに何かと都合が良いということで湖がそのまま港になっている。
岸辺から見えるいくつも伸びた桟橋には、様々なフネが横付けされていた。これだけ見るとただの港のようである。
ガンジョーダ号は見た目は地味なタダのフネの為、特に注目はされなかった。

「どう見ても学生旅行のご一行様だな」

俺はデルフリンガーと村雨を袋に入れた状態でフネを降りる。
この辺はまだいいが、都市に入れば武器などそのままで携帯してれば要らん揉め事になるらしい。
そもそも入国の際にむき出しの武器を携帯して入れると考える方が可笑しかったんだよな。

「あのフネは何で動いておるのだ?」

「はい、主に風石ですが、万が一のため蒸気の力を利用して推進力とする予備の装置もございます」

コルベールがメガネの官史に説明しているが、実際は蒸気がメインで風石はフネの航行速度を上げるためのものに過ぎない。
コルベールの説明に官史は眉を少々顰めたが、主に使っているのが魔法なので何も言わなかった。
彼らが説明している間、タバサがティファニアの帽子の下に隠れている長い耳を人間サイズの耳に変える魔法をかけていた。
・・・それっていいのだろうか?まあ、入国許可証は本物だし揉めるのも嫌だしいいのか?いいよな?いいよね?よーし。

さて、何事もなく順調にロマリアの都市にも辿りついた俺たちはこれからどうすれば良いのだろうか?
大体アンリエッタはお忍びでこの国に来ているらしいから、俺たちはアンリエッタに呼ばれてきたんだと馬鹿正直に言っても門前払いである。
このロマリアにいる神官たちは態度が尊大で妙に鼻につく。また、路地を見ればボロボロの格好をした子どもが座り込んでいたりする。
そのような存在に目もくれずに、この都市の神官達は煌びやかな格好で街を闊歩している。

「えー、それでは本当にロマリアの歴史について講義でもしましょうか?」

コルベールが俺たちに向かってそんな冗談を言うほど事態は詰まっている。
迎えぐらい寄越して欲しいし、それが出来なくても場所の指定ぐらいしろよ。
とりあえず俺たちはまだ人がいないであろう酒場で休憩する事にした。
酒場に客は神官風の人が一人いるだけだった。

「さて、想像以上だね・・・」

ギーシュがワインを飲みながらそう言う。
ハルケギニア中の神官から理想郷扱いされているロマリアだが、その実情は先の戦争で流れ着いた難民や孤児達が貧困に喘ぎ、その隣を平然と神官達が通り過ぎているものであった。大した神の使いがいたものである。

「トリステインの貴族も結構自尊心は高いが、ロマリアの神官達はそれ以上だな」

「始祖ブリミルが没した場所を護っているという自負が増長した結果なのかもね」

「大通り以外の衛生状態はあまり良くないみたいだ。トリスタニアにもああいう場所はあるけど此処はそれの比じゃないよ」

各々、ロマリアに来ての感想を言い合っている。
コルベールはそのような生徒の様子を静かに見守っている。
宗教家が下手に権威を持てばこうなる・・・か。
俺の世界の歴史上の人物に、その宗教の総本山のような場所を焼き討ちした偉人がいるが、確かあの人も坊主が政治に介入するなと言いたかったからだっけ?
政に宗教概念を持ち出されても困るしな、確かに。

「何か通りに騎士とか多くなかった?」

「団体行動しててよかったな。個人行動してたら間違いなく職務質問されてたぞ」

「何で僕を見るんだレイナール」

レイナールとマリコルヌが一触即発であるが、どうでも良いことなので無視しておく。
ルイズは紅茶を優雅に飲もうとしていたが、予想以上の熱さに舌を火傷して涙目である。何してんだお前は。
キュルケも呆れてそんなルイズを見ていた。タバサは読書中である。テファは右隣に座って紅茶を啜っている。
俺は酒場のメニューにあったフライドチキン(?)を齧りながら、俺たち以外の客であるフードを被った神官風の男を見ていた。
室内でフードを被る必要があるのか?コルベール先生だって被り物ははずしているんだぞ!
コルベールもそう思ったのか、険しい表情でそのフードの人物に声を掛けた。

「先程から我々を尾行しているようでしたが、今度は先回りですか?」

キラリと光るコルベールのメガネと頭が非常に格好良い。
やはりカッコいい人というのは毛の多さは関係ないのだ。
とはいえ尾行?全然気付かなかったけど。
フードの人物は笑い声と共に立ち上がった。

「流石と言うべきですか。ジャン・コルベール。気付いていないとは思ったのですが」

フードの下から出てきた顔に俺は見覚えがあったが、えーと確かジュリオだったな。
俺がアルビオンでルイズとなんちゃって結婚式をしたあとにこいつにルイズを預けて俺は七万に向かっていったんだっけ。
そういえばロマリアの神官だったな。
ジュリオは俺とルイズを見ると、にっこりと微笑んだ。
ルイズはフルーツをモシャモシャ食べながら手をあげて挨拶する。

「やあ、実に久しぶりだ。アルビオンで君を見送って以来だったな。折角歓迎のための余興を準備していたのに君たちと来たら普通に学生旅行を演じていたものだからその余興も無駄に終わってしまったよ。これからその後始末に骨を折ることになってしまう。どうしてくれるんだい?」

「普通に出迎えると言う選択肢はない訳?」

ルイズが呆れてジュリオに言う。ジュリオは肩を竦めながら言った。

「まあ、此方としても外部から見たロマリア観を知ることが出来てよかったよ」

「ところでお前は余興とか言っていたが何を仕込んでいたんだ?」

俺はジュリオに聞いてみた。
正直嫌な予感しかしなかったが、ネタ晴らしぐらいはしてもらっても良いだろう。

「騎士や神官に聖下がかどわかされたと噂を流してね。反応を見ていた。そうすれば君たちのような存在は真っ先に疑われると思ったからね。だが君たちは僕の思惑を嘲笑うように完全に学生旅行ご一行様になっていた。本当にロマリアの名所で講義していたしね」

これも一種の課外授業なのだから、授業をするのも当たり前と言っちゃあ当たり前だ。
ただでさえ騎士団の面々は授業の進行が遅れているらしいから尚更現地で授業をしなければならない。
俺は学院生徒じゃないので聞かなくても良いのだが、個人行動は慎むべきなので大人しくしていた。

「これから君たちがすることになる任務は過酷だから、力だけでなく知恵も駆使しなければいけないと思ってこのような回りくどい事をしたんだが・・・」

「運で乗り切ったというわけか」

「いや、ある意味一番必要な要素ではあるけど・・・何か納得はいかないな・・・」

ジュリオはつかつかとルイズとテファの元に向かい、優雅に一礼した。

「お呼びだてしておきながら、非礼を働こうとした事をお許し下さい。このような場所でご挨拶をするとは思いませんでしたが」

そのような気障な態度に騎士隊の連中は本能的に顔を顰めていた。
こんな所とはなんだ。何気にメシは美味いんだぞ!見ろ!タバサなんか本を読みつつ口いっぱいにフライドチキンを頬張って・・・え?
俺は自分の目の前にあった皿を見る。・・・皿は空である。
フライドチキンを頼んだのは俺だけのはずだ。・・・・・・俺は目の前に座るタバサに声を掛けた。

「美味しいか?フライドチキン」

「ふぉてみょ(とても)」

「やっぱりお前か!人の目の前にある食事を黙って取ってはいけないとお兄さん言ったでしょ!」

「ふぉとぇみょほぉうぃしょうだっとぁ(とても美味しそうだった)」

「そういう時は『食べて良い?』と事前に聞けよ」

タバサはしばらく考えて口に頬張っていたフライドチキンの骨を一つ摘み、口から取り出した。
唾液まみれの骨付きチキンを俺に向けて彼女は言った。

「食べる?」

「食うか!?すいませーん、フライドチキンもう一皿追加で」

「いや、ほのぼの空気を出すのは良いがね君たち。これから我らが大聖堂に君たちを案内したいんだけど」

「食事が先」

タバサは明らかに俺のフライドチキンをまだ狙っていた。

「いや、食事なら大聖堂にもありますから・・・」

「すぐ向かう。急いで」

「変わり身早っ!?」

タバサの頭の中は主に食事と母親が中心となっているようだ。
フライドチキンを待っている俺の腕をぐいぐい引っ張ってくる。
しかし俺は意地でも動かん。貴様のせいで俺はフライドチキンを2つしか食えてないんだぞ!12個あったフライドチキンのうち10個がこいつの腹の中に!

「お待たせいたしました。フライドチキンです」

「いただきます」

「ねえ、タツヤ、フライドチキン食べて良い?」

「どうぞ」

「わーい」

ルイズはこうして一言断って食べるのである。
何だかんだいってこいつはトリステインが誇る大貴族の三女であるのだ。
タバサは王族の筈なのだが・・・?
タバサは俺に何か訴えたそうに見つめてくる。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・(もぐもぐ)」

「・・・・・・・ううっ」

「食べるか?」

「うん」

「うんじゃなくて早く案内したいんだが・・・あ、ついでに僕にも一個くれない?」

その後、何故か酒場はフライドチキンの臭いが充満するのだった。
大聖堂はどうしたお前ら。


(続く)




[18858] 第107話 主人公(笑)状態!!
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/30 15:10
大聖堂に到着するとアンリエッタが待ち構えていた。
ルイズはアンリエッタに到着の挨拶をし、アンリエッタはそれに答えた。
だが、アンリエッタはこの国に俺たちを呼んだ理由を話してくれない。

「教皇聖下のご説明があとであります。彼の説明を聞くのが良いでしょう」

アンリエッタはルイズとテファに向けて言っていた為、俺には関係なさそうな事だ。

「とにかく長旅でお疲れでしょう。晩餐が用意されていますわ。まずはお腹を満たしてくださいまし」

フライドチキンで腹は既に満たされている訳ですが。
まあ、とにかく姫様はルイズとテファに用があるようですので、俺に被害はないようだ。


晩餐会は二つの部屋で行なわれた。
まずは水精霊騎士隊とコルベール、キュルケ、タバサに与えられた部屋はホストも不在で一同は気ままに食事を取ることになった。
ギーシュ達は出された食事を食べる気はしなかった。なぜならお腹は満たされているし、スープは不味いからである。
好き勝手に世間話をしている面々の中でただ一人、コルベールだけがなにやら考え込むようにして黙り込んでいた。
ギーシュはそんなコルベールが気になったのか、生徒代表として(間違ってはいない)コルベールに尋ねてみた。

「先生、どうされたんですか?先程から黙り込んだ様子で」

「ん・・・?」

コルベールは顔をあげた。
その時キュルケはコルベールが所持していた指輪を目ざとく見つけた。

「あら、ミスタ・コルベール。綺麗な指輪じゃありませんか」

「先生には珍しい趣味ですね。何か思い出すことでもあるんですか?」

「ロマリアの修道女と昔付き合っていたとか?」

コルベールが所持していたのは赤いルビーの指輪だった。
キュルケが冗談で言ったはずの言葉にコルベールは頷く。

「まあ、そんなところだよ」

コルベールの甘く切ない過去を勝手に捏造した彼の生徒達は『おお~』とコルベールの大人の恋愛を想像し感心した。
だが、若干一名、彼を仲間と感じていた漢が叫んだ。

「嘘だっ!!」

「マ、マリコルヌ!?」

覗き事件により取り巻きの女性が居なくなってしまった漢、マリコルヌが哀しみの咆哮をあげた。
彼は顔を真っ赤にして涙を浮かべながら悲痛な声でコルベールに言った。

「先生!僕は先生を己を苦しめる状況が違うとはいえある一点においては仲間だと信じていたのに!?どうして、どうして修道女との恋愛というある意味男のロマンをのうのうと行なっていたんですか!?妬ましい!妬ましい!やはりその頭部を光らせて女性を惑わしたんだ!クソ!なんて魔法を使うんだ!ポッチャリ系の僕には出来ませんよそんな高等技術!腹踊りなんて女性は喜ばないよ!この技術の差はどういうことですか?全ツルピカーナは全ポッチャリストと相容れないんですね?仲間だと思っていたのに・・・!汚いですよ流石ツルピカーナ汚い!」

「マリコルヌ、そんなに激しく怒らなくても・・・」

「私はハゲではありません!?」

「ミスタ・コルベール!?特定の単語に過剰に反応しすぎです!?」

「す、すみません・・・取り乱してしまいました・・・」

「というかマリコルヌが女にもてないのは容姿じゃなくて性癖のせいだと・・・おぶふ!?」

的確な指摘をした隊員はマリコルヌの風の魔法によって昏倒した。

「諸君、僕は女性が好きだ。大好きなのだよ。それの何が悪い!否!悪い筈があるまい!従って進んでスキンシップをとろうとするのは何ら間違ってはいない!」

「お前のスキンシップの仕方は生理的に無理」

「レイナール・・・貴様・・・一人だけ女子生徒の評価が異常だからといって調子に乗っているよね・・・?」

「お前の奇行は騎士隊全体の評判に影響するのだよ」

「はいはい、そこまでにしなさいよね。ここはトリステインじゃないんだし大掛かりな喧嘩をしたら牢屋行きよ?」

キュルケが手を叩いて二人の険悪な状況を仲裁する。
レイナールとマリコルヌはその仲裁に対して渋々と自分の席に座る事で答えた。
タバサはタバサで出されたスープを飲み干して、

「不味い。もう一杯」

と、おかわりを要求していた。


一方、廊下を挟んで隣の大晩餐室。
騒がしい隣の部屋とは違い、この部屋の人々は黙々と料理を口にしていた。
ルイズははじめて見る教皇に対して緊張してたし、テファに至ってはそれに加えて初めて見た女王陛下に対して可哀想に怯えていた。
アンリエッタもアニエスも何か考え込んでいるようだ。
テーブルの上座に座る、教皇聖エイジス三十二世こと、ヴィットーリオ・セレヴァレは隣に腰掛けるジュリオから本日の報告を受けていた。
先程ルイズ達は、教皇ヴィットーリオへの拝謁を許された。ジュリオとは違うタイプの美貌というに相応しい容姿にルイズは息を呑んだ。
彼が放つ慈愛のオーラは私欲を捨てた人間が放てる全てを包み込むような光だった。
この若さで教皇になった理由はここにあるのか・・・とルイズは思った。
それから始まった晩餐会では、ヴィットーリオは自分達の労をねぎらうばかりで、肝心な事は話してくれない。
どう考えてもハシバミ草のサラダは料理として出して良いのか良くないのかなんて心底どうでも良い話題だし、それで空気が良くなるとは思えない。
ルイズは自分とティファニアの隣に空いた席を見た。
ここには達也が座っていた。
達也は晩餐会がはじまる前に、ジュリオに『トイレは何処だ』と言って場所を教えられて出て行った。
お陰でこの部屋の空気は最悪に近いものがある。ちなみに達也の席には料理は置いていない。
そりゃあ、フライドチキンをタバサに次いで食べていたのだ。今更何か食べたいと言う訳がない。

「ども、すみません、遅くなりました」

そう言いながら達也が大晩餐室に入ってきた。
ルイズはひとまずホッとしたが、自分以上にティファニアの顔があからさまに輝いている。
まるで迷子寸前で親を見つけた幼児のような表情である。
達也が自分の席に座った直後、ジュリオの報告も終わったようで、教皇は深々と一同に頭を下げた。

「皆様、わたくしの使い魔が、妙な事を企んでいたようで・・・ご迷惑は御座いませんでしたか?」

ルイズは思わず飲んでいたワインを噴きそうになった。

「聖下・・・?今なんと?」

「ご迷惑は御座いませんでしたかと申し上げました。ジュリオ、別にそんな演出はしなくていいのですよ?もし彼女達に万が一の事があれば、我々はトリステインを完全に敵に回す事になります」

「軽率でした。申し訳ありません」

「そ、そうじゃなくて!今、聖下は使い魔とおっしゃいましたね?」

「はい。わたくしたちは兄弟です。伝説の力を宿し、人々を正しく導く為の力を与えられた、兄弟なのです」

教皇がそう言うと、ジュリオが右手の手袋を外した。
その右手にはルーンが刻まれている。

「僕は神の右手・・・ヴィンダールヴだ」

ティファニアがヴィンダールヴ・・・と呟く。
始祖ブリミルの四の使い魔のうちの一つ、ヴィンダールヴ・・・。突然の伝説の登場にルイズとティファニアは目を丸くしている。

「ティファニア嬢は未だ、使い魔をお持ちではありませんから、これで三人の担い手と一つの秘宝と二つの指輪が集まったということです」

何やら教皇は残念そうに達也を見ながら言った。

「さて、本日こうしてお集まりいただいたのは他でもない。わたくしは、貴女がたの協力を仰ぎたいのです」

「協力?」

「それはわたくしから説明いたしましょう」


アンリエッタの話を要約するとこうだ。

『聖地を取り返すにはお前らの力が必要だから力を貸せ』

ルイズは頭を抑えて言った。

「それではレコン・キスタの連中と変わりないように思えますが」

「そうではないようです。交渉することで、戦う事の愚を、あなたたちの力によって悟らせるのですって」

まるで他人事のような口ぶりなのが不思議だが、ルイズは尋ねた。

「何故、そうまでして聖地を回復する必要があるのです?」

今度は若き教皇が口を開いた。

「それが我々の心の拠り所だからですよ。何故戦いが起こるのか?我々は万物の霊長でありながら、どうして愚かにも同族で戦いを繰り広げるのか?簡単に言えば心の拠り所を失った状態だからです。我々は聖地を失ってより幾千年、自信を喪失した状態であったのです。異人たちに『心の拠り所』を占領されている・・・・・・。その状態が民族にとって健康な筈はありません。自信を失った心は、安易な代用品を求め、くだらない見栄や、多少の土地の取り合いで、我々はどれだけの無駄な血を流してきた事でしょう?聖地を取り返す。伝説の力によって。その時こそ、我々は真の自信に目覚めることでしょう。そして・・・我々は栄光の時代を築くことでしょう。ハルケギニアはその時初めて統一されることになります。そこにはもう、争いなどはありません」

淡々と統一などと言うが、それは幾度となく、ハルケギニアの各王が夢見てきた言葉である。
ルイズはその話に何処か引っかかりを覚えた。何だ?何かがおかしい。

「始祖ブリミルを祖と抱く我々は、みな、神と始祖のもと兄弟なのです」

その時、今まで退屈そうにしていた達也が口を開いた。
そういえばこの男に始祖ブリミルは一切関係ない。
ルイズは気付いた。達也の左手のルーンがやたら輝いている事。
そして達也の表情が今まで見たことのないように冷え切っていた事を。

「それはつまり、エルフの住む土地を剣で脅して巻き上げるということですね?」

「はい、そうです。あまり変わりはありませんね」

若き教皇はあっけなく達也の言葉を肯定する。
対する達也はすっと目を細める。
ルーンが赤く輝きだした。

「異人相手だからと言って容赦ありませんね」

「わたくしは、全ての者の幸せを祈るのは傲慢だと考えています。わたくしの手は小さい。神がわたくしに下さったこの手は、全てのものに慈愛を与えるには小さすぎるのです。わたくしはブリミル教徒だ。だからまず、ブリミル教徒の幸せを願う。わたくしは間違っているでしょうか?」

「ならば他の者はどうなっても構わないと?成る程、ご立派な事ですね」

ルイズは達也の様子が明らかにいつもと違うように思えてならなかった。
いつもならこんな冷たい表情でこの男は人に反論したりはしない。
一体、どうしてしまったというのか?あ、ひょっとしたら分身なのかもしれない。
ルイズはそう思い、達也をポカポカ殴ってみたが、一向に消える筈がない。それどころか、

「ルイズ、寂しいならテファに構ってもらえば?」

と、寂しい女扱いされてしまった。屈辱である。
様子がおかしい達也に対してアンリエッタは言った。

「タツヤ殿。わたくしもよく考えてみましたが、力によって、戦を防げる事ができたら・・・それも一つの正義だとわたくしが思うのも事実なのです」

「正義の名の下に戦争する気ですか貴方がたは。話を聞く限りではやる意味がないと思われる戦争を?聖地を取り返せば全てが上手くいく?馬鹿をいわないで下さいな。そんな考えである限り人間は何時まで経っても戦争を引き起こしますよ。欲しいものを手に入れたら人間というものはすぐに新しいものが欲しくなりますからねぇ?」

達也は呆れたようにだが、はっきりとした侮蔑の笑みを浮かべてはっきり言った。

「この戦争は反対です。虚無の力は万能ではないことはルイズを見てれば分かります。エルフだって馬鹿じゃない。対策だってして来るはずだ」

「タツヤ殿」

「姫様、私の言動を咎める前に貴女はまず挨拶するべき方がいる筈です」

そう言って達也はティファニアを見た。
彼女はアンリエッタから見れば従妹である。
ティファニアからすれば、唯一の血縁者である。
アンリエッタは立ち上がると、ティファニアの元へ歩いていく。

「初めまして。ティファニア殿。貴女の従姉のアンリエッタで御座います」

そう言ってアンリエッタはティファニアの手を握り、視線をその胸に移す。
・・・それから足元が震えているのだが大丈夫だろうか?
まあ、しかしアンリエッタはティファニアを抱きしめて、会えた事を喜んだ。
ティファニアも涙を流して抱きしめ返した。
・・・アンリエッタの足の震えが更に酷くなったような気がする。
こちらで感動のシーンを見せられているのに、もう一方では胃が痛くなる光景が見られた。
様子がおかしい達也と、若き教皇の会話である。

「わたくしはロマリア教皇に就任して三年になりますが、その間学んだ事があります。博愛では誰も救えないと」

「そりゃあ世界人類を対象にした博愛なら救う事は絵空事ですね。ですが貴方は貴方を頼って救いを求めてきた異教徒に対し、それを言って救わないんですか?」

「私の出来る範囲でやれる事をやるのみです」

「ならば此方に10人ブリミル教の難民がいて、もう片方には異教徒の10人の難民がいる。その場合は貴方は当然ブリミル教を救うのですね?先程の言葉からすれば」

「そう判断してもらっても構いません」

「成る程」

「貴方は違うのですか?」

「救いを求めるのならば出来る範囲でやれる事をやるのみでしょう?20人分のパンとスープぐらいは用意できる。職も紹介出来る。神は人を救いはしませんし、人を救うのは人なのです。ですが行動するのは自分自身。救いを求めるならば代価を払ってもらわねばいけません。タダで食住を提供などしませんしね」

頼られるという事はその人なら何とかしてくれると思うから頼むのだ。
人々がロマリアに来るのも、始祖ブリミル及び神官や教皇が何とかしてくれると思うからやって来る。
だが、頼る人を間違えた結果がロマリアにいる難民達である。
達也たちのド・オルエニールははじめて来た人にはやたらフレンドリーである。それは難民にも同じであるが、明らかに領地のために働こうという意思のないものは丁重にお帰りいただくことにしている。この領地に住む人々は何かしら領地に貢献しているのだ。
これは領民が一体となって領地を盛り上げようと思っているからである。最近は淡水魚を使った料理屋を開業したいという者がこの地を訪れている。
その料理屋に対して達也は寿司及び刺身を教えようとしている。・・・山葵どうすんの?

そのド・オルエニールの領民から達也の子を生むんじゃないかと素敵に誤解されている御婦人、エレオノールは書庫にて『根無し放浪記』の15巻を読んでいた。


エルフと結婚した人間ということでニュングは『悪魔に魂を売った』として人間に迫害されることになる。
シンシアはそんなニュングに尋ねる。『辛くはないのか』と。
だが、『根無し』のニュングは答える。

『他人を理解しようとせず、ただ悪魔悪魔とお前らを罵倒するようなあいつらの方が悪魔だぜ。子どもの教育に悪いと思わないのかね。大人の態度でその子の一生の半分以上が決まるのによ。大体あいつ等が言うブリミルが殺されたのは1000年以上前だぜ?知らんわそんな大昔の因縁なんぞ。引きずってる方が馬鹿っぽいだろうよ。血縁的にも全然ご先祖でもなんでもない奴を何でああも崇拝できるか俺には分からんな。で、なんだって?』

肝心なところを聞いていなかった。
このようなところがブリミル批判のようで宗教庁の琴線に触れたのだろう。
そもそも人間とエルフは長年敵同士として認識されている為、エルフと結婚している作品は検閲対象である。
この15巻では使い魔のフィオに肝心の使い魔のルーンがないのが読者にわかるように描写されている。

『何で使い魔にはあるはずのルーンがないんだい?』

『お前・・・幼女にルーン刻むとか普通に犯罪の臭いがするぞ・・・?』

妙な所で常識人の根無しである。
そして16巻。サブタイトルは『初恋』である。
エレオノールは少しワクワクしながら16巻を見始めた。
しばらく物語を見ていたエレオノールは首をかしげた。
確かにこの16巻はフィオの初恋のお話であったのだが・・・?


ルイズは注意深く達也と教皇の胃に穴が開くような会話を聞いていた。
どうやら教皇は虚無を集めるつもりだが、ガリアの虚無使い・・・ガリア王ジョゼフを教皇即位三周年記念式典を機におびき寄せ、自分やテファ、そして教皇自ら囮となり手を出しに来た所でまず使い魔のミョズニトニルンを捕獲し、交渉に持ち込み、ジョゼフを廃位に追い込むらしいが、いかんせん危険すぎる。
そもそもまずミョズニトニルンの時点で苦戦するのにこの上指揮者のジョゼフが来たら一体どうなるのだ。達也の話ではエルフもついているということだ。
自分が危険だからもっと慎重に行けと進言したが・・・

「我々に必要なのは勇気です。足りない力は勇気で補いましょう。これ以上、敵に力をつけられてしまう前に決着をつけねばなりません」

「ガリアは確かに気に入りませんが、勇気なんていう不確かなものに頼りまくってどうするんですか?」

達也はもはや教皇をせせら笑うように言っている。
その表情から察するに、『お前は守らんからなバーカ』と言いたげである。
本当に様子が変だ。一体彼の何が達也の怒りに触れているのだろう?顔か?
精神論で戦争が戦えるなら補給部隊はいらない。
現実は精神論では戦争は戦えない。神様なんて更に当てに出来ない。

「まあ、いきなり協力しろと言われても、すぐには納得出来ないと思われますのでゆっくりお考えください。きっと私の考えが正しいとお思いになるでしょうから」

「やれやれ・・・大博打に賛同しろとか悪魔の囁きにもほどがありますね。ルイズ、テファ。今日は疲れたと思うから早く寝よう。私・・・俺も疲れたから」

そう言って達也は教皇を冷たい目のまま見据える。教皇は笑顔のままその視線を見つめ返す。
ジュリオはその隣でやれやれと肩を竦めていた。ティファニアはおろおろしている。アンリエッタやアニエスもいつもと違う達也の様子に戸惑っているようだ。
達也は踵を返すと、大晩餐室を出て行った。って、おいおい!?

「ちょ、ちょっと待ちなさいよタツヤ!?」

ルイズはそう言いながら達也の後を追いかけていき、ティファニアもその後を追いかけていった。
達也はそのまま向かいの晩餐室に入って・・・一瞬動きを止めた。



「・・・ん?何で俺はこんな所に・・・って、何でお前ら泣いてるの」

晩餐室内の男達が言うには、マリコルヌの半生があまりに不憫で涙を流す輩が後をたたないらしい。

「所詮は彼女なんて幻・・・従って彼女が居るというギーシュ、君は幻の存在なんだよ・・・」

「戻って来いマリコルヌ!?悲しいけどこれ、現実なのよね!」

「うるさああああい!!現実はもっと僕に優しいはずなんだああああ!!」

泣き喚くマリコルヌ。
どうやらかなりの量を飲んだらしい。
俺は彼の悲しい半生に同情はするが、その考えはやめるべきだと思う。


達也のいきなりの豹変にルイズとティファニアは呆気に取られていた。
彼の左手のルーンはもう、光ってはいなかった。




―――分かり合えた例があると言うのにそれを例外と切り捨てるのはあまりに勿体無いです。

―――過ぎた力を得た人間の末路は何時だって悲惨なんです。

―――例え神様から与えられた力だとしても、人間は神様にはなれません。

―――私欲を捨てたとして、尊敬は得られるかもしれないですけど・・・。

―――でも、欲望丸出しの人間の方が私は好きなんですよ。

―――ごめんなさいね。私が出張っちゃって。達也君。

―――近いうちにまた、会いましょう。



(続く)



[18858] 第108話 煩悩まみれの幼女
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/30 15:05
晩餐会がお開きになり、俺たちは用意された部屋で休む事になったのだが、どうも寝付けない。
同じ部屋に居るルイズとテファはぐっすり寝ているのにも関わらずだ。
時刻はもう深夜になろうというところか。俺は夜型人間にでもなったというのか?
ルイズやテファがえらく俺を心配していたが、やはり晩餐会の場で居眠りしたのは不味かったのだろうか。
そのようなことを考えていると、誰かが部屋の扉を控えめにノックした。
扉を開けると、オッドアイの眩しいジュリオがランプを持って立っている。

「やあ、起きていたんだね」

「こんな夜遅くに訪問なんてお前には気配りというものはないのか」

「悪いとは思っているよ。もし寝ていたら朝に来る予定だったんだけど、起きてて良かった」

「何しに来たんだ?ルイズへの夜這いなら出ようか?」

「違うよ。僕の目的は君だ」

俺は密かにこの同性愛をカミングアウトした神官と距離をとった。

「いや、違うから。そう言う意味じゃないから。君に見せたいものがあって来たんだよ」

「同性愛の境地とでも言うのか。他をあたれ」

「だから違うって」

ジュリオは必死に誤解を解きたいようだが、誤解されるような事を言うお前が悪いのだ。
会話というのは人にわかるように言わなければいけないだろうよ。基本的に。
ジュリオに連れてこられたのは、大聖堂の地下にある肌寒い場所だった。
俺は深夜にこんな気が滅入りそうな場所に連れてきたジュリオに文句を言った。

「随分と不気味な所だな。お化け通路とかいって商売したらいいんじゃないか?」

「ははは。確かにね。でも此処は大昔の地下墓地がそのまま残っているから、本物が出るかもよ?」

「まあ、お寺の地下だから墓地があっても不思議じゃないけどよ・・・ここが貴様の墓場だ!とか言うのは勘弁しろよ?」

「言わないよそんな恥ずかしいこと・・・」

寒さに少し震えながら通路を進み、その先にあった錆び付いた鉄の扉をジュリオと一緒に開けて、真っ暗な部屋に出た。
部屋自体はかなりの広さのようで、声が遠くまで響く。

「すまない。すぐに灯りを点けるからな・・・」

そう言ってジュリオは魔法のランタンに手を突っ込み、ボタンを押す。
すると、部屋中に取り付けられたランタンが、一斉に光り輝いた。
そして明るくなった俺の視界に飛び込んできたのは・・・銃器だった。
それもハルケギニアのものじゃない。ハルケギニアにはあのような形状の銃はない。
よく見ればアルファベットの文字でENGLAND ROFの文字が躍っていた。
・・・どう見ても地球製の武器・・・だよな?
この世界にFNブローニングM1900とかブローニング・ハイパワーとかあるわけないしな。
サブマシンガンとかアサルトライフルとか論外だろう。

「東の地で僕たちの密偵が何百年もの昔から集めてきた品々さ。向こうじゃこういうものがたまに見つかる。エルフ達に見つからないように、此処まで運ぶのは結構大変だったらしい」

「東の地ね・・・」

シエスタの曾お祖父さんも確か東の地から飛んできたらしいな。まあ、関連性は薄いかもしれんが。

「まあ、正確に言うと『聖地』の近くでこれらの『武器』は発見されている。これで全部じゃない。見てみろ」

ジュリオは奥にある佇む小山のようなものを指し示す。
油布をかけられて全体は見えない。ジュリオがその油布を引っ張る。

「これは・・・!」

何のことはないが、此処にあるには異質なものであった。
二階建ての家のような大きさの塊は俺の世界では戦車と呼ばれる。
さて問題の戦車なのだが・・・おいおいおい!?何でまだ未配備のはずの戦車が此処にあるんだよ!?

「最近見つかったものでね。この中では一番新しいものだよ。凄いよなぁ、車の上に大砲を乗っけるなんて。大きいだけでなくこれはとても精密に出来ている。僕らはこれを『場違いな工芸品』と呼んでいる。どうだい?見覚えがあるんじゃないか?」

あるも何もこれは・・・そりゃあ此処に一年以上いる間に配備されたのかもしれないけど、こんな物が消えたら大変だろう。自衛隊は。
俺の目の前には日本の新戦車、コードネーム『TK-X』が佇んでいた。
こんなの俺にとっても場違いな工芸品すぎるわ!!自衛隊の皆さーん!?ここに新兵器がありますよー!?

「僕らはこのような武器だけではなく、過去に何度も君のような人間と接触している。だから、君が何者だか、僕はよく知っている。此処とは違う世界から来た人間・・・そうだろう?」

俺はジュリオの指摘を否定せずに頷いた。

「だからなんだって言うんだよ。武器の自慢をしたかっただけなのか?」

「まさか。僕が言いたいのは君と僕たちの目的地は一緒なのさ。聖地にはこれらがやって来た理由が隠されている。そこに行けば、必ず元の世界に戻れる方法も見つかる筈だ」

「言葉が矛盾しているな。『必ず戻れる方法が見つかる筈』?断定と仮定が混じってるぜ?まあ、聖地とやらにそれっぽいのがあるかもというのは俺も同意だけどな。で、これを見せてどうするんだい?」

「今回は君にこの場違いな工芸品を進呈したくて連れてきた」

「はあ?」

「この武器は君の世界から来た。強引だけど君の世界のものなんだから所有権はまず君に優先される。僕たちじゃこれを取り扱う事は出来ないし、量産も不可能だ。君たちの世界はトンでもない技術を持っているね。エルフ以上に敵に回したくないよ」

さてさて、この世界の軍隊と我が世界の軍隊がガチバトルしたらどっちが強いのだろうね。
長期戦になったら俺の世界の方が強そうだが。比べるだけ無駄か。

「聖地には穴がある。多分、何らかの虚無魔法が開けた穴なんだろう。だから聖地に行けば、君の帰る方法は見つかると思うよ」

「片道のみの可能性はあるがな。・・・お前らにとってはエルフは敵かもしれないが俺にとってはそうじゃないしな。まあ、こういうのを見て喜ぶ人もいるし、この戦車は貰っていくがな」

「銃は持っていかないのかい?」

「銃には慣れたくないんでな」

「やれやれ、変わっているね。便利だとは思うんだが・・・ま、いいだろう。夜分遅く悪かったね」

ジュリオは肩を竦めて笑った。胡散臭い事この上ない笑顔だった。
俺たちは武器庫から出て、俺とルイズとテファにあてがわれた部屋に戻った。
戻る途中、ジュリオが俺に尋ねてきた。

「今日は偉く熱かったじゃないか、タツヤ。戦争嫌いだという事は聞いていたけど、あそこまで露骨だとは思わなかったぜ」

「熱かった?何のことかは知らんがまあ、失礼であったのは事実だ。謝っておいてくれ」

晩餐会中に寝るのは流石に失礼すぎだったか。
ジュリオはわかったと頷き、

「今後、ああいう事は止めてくれよ?お互いの為にならないから」

「ああ、すまないな」

「それではお休みといっておこうか」

「男に言われてもあまり嬉しくないな。お互いに」

「全くだね。やはりお休みという相手は美少女に限る。今度個人的に飲みに行こう。僕が奢るから、女性について語り合おう」

「語り合ってどうするんだよ・・・」

意見が合わなければ拳で語り合いそうな話題だろう、それ。
ジュリオが去っていき、俺もようやく睡魔がこんにちはな状態になった。
・・・しかしだ。確かにベッドはあります。シングルベッドが3つあります。
真ん中が開いているわけですが、ベッド間の隙間がないのが非常に困る。
・・・まあ、いいか。俺は寝相は悪くはないし。
そう自分に言い聞かせて俺は眠りにつくことにした。





自分を呼び出した事で結果的に自分の命の恩人となった男と、自分のたった一人の肉親である姉は夫婦である。
自分はそんな二人に扶養されているわけなのだが、定住する家がないのだけが問題である。
そりゃぁ夫婦のあんた等は何処でも幸せなんだろうけどさ・・・。
見た目は少女、いや幼女とも思える自分の容姿では旅をしていたら親子扱いされる。

「そんな幼女に一人で薬草を摘んで来いとかどんな親ですか・・・」

それも使い魔の仕事だとか言うが、明らかに扶養しているんだからそれくらいしようよという意味だった。
少女は林の中を歩き、大きな木が生えている広場に出た。ここには花畑もあり、薬草も色々採れるのだ。

「ここは夫婦で来たらいいと思うんですけど・・・変な所で馬鹿ですねあの二人は・・・」

溜息をつく黒髪の少女、フィオは頭を掻きながら文句を言っている。
独り言を聞くものは誰もいないから言いたい放題だった。
フィオの容姿はその真紅の瞳、褐色の肌、そして長い耳を持った美少女である。
彼女はエルフの中でもダークエルフと呼ばれる種であり、エルフ内でも忌み嫌われる存在だった。
彼女の姉のシンシアも同じダークエルフだったのだが、ある日エルフの襲撃により滅びた村から逃げ延び、行方不明になっていた自分を探して彷徨っていた所を運良く自分達と合流できた。
・・・フィオとシンシアの命の恩人がシンシアの夫の人間、自称『根無し』のニュングという男である。
これが妙な自信家で前向きで面倒くさがりやで適当な男である。
おおよそ正義やら悪やらの概念とは無縁の男に何故姉が種族の壁を突き抜けて結婚したのかは恋をした事のない自分にはわからないのだが、姉を惹き付ける何かがあの男にあったのだろう。

このような身体に似合わず捻くれまくりの自分にも恋愛とかあるのだろうか・・・
フィオがそのようなことを思いながら花畑を歩いていると・・・

「行き倒れ?」

花畑の中に倒れている若者がいた。


疲れ果てて寝た筈なのにいきなり瞼の向こうが明るくなった気がした。
まさかとは思うが誰かが起きて灯りを点けたのか?
ええい、トイレなら灯りを点けずに行け!
俺は目を開けると・・・ムカつくぐらいの青空が広がっていた。・・・え?
少し視線をずらすと、俺を覗き込むようにして見ている少女がいた。

「ああ、死体と思っていたら生きてたんですね」

「お、お前は・・・」

「ああ、お気になさらず。私はただここに薬草を摘みに来た可憐な幼女ちゃんですから」

「可憐な幼女はそんな自己紹介はしない!?」

俺が飛び起きると自称幼女は「きゃあ~こわ~い」と棒読みで言った。
人を舐めているようにしか思えないその態度、そしてその容姿。
全てに見覚えがあった。少し肌の色は違うが・・・
目の前にいる幼女は間違いなくあの変態ルーンがトチ狂って擬人化した時の幼女形態と同じ姿だった。
目の前の幼女を見つめていると、

「おお?あまりの愛らしさに言葉を失ってしまったのですか?蛮族にも私の魅力を理解できたとは驚きですが幼女愛好はどうかと」

「自分で言ってて恥ずかしくないのか幼女(笑)」

「おのれ蛮族!私を嵌めましたね!?この私に此処までの辱めを・・・!」

「自意識過剰も大概にしろよクソガキ」

「ガキではありません!私にはフィオという高次な名前があるので末代まで称えなさい」

「普通」

「普通って言うな!?不愉快な蛮族めェ!貴方なんかお姉さまと一緒にミンチにして家畜の餌にしてやる!」

「何その悪役台詞」

「・・・はっ!?私としたことが取り乱してしまった・・・!これも貴方の罠なのですね!?幼女を釣るなんて何て鬼畜!」

「お前が勝手に自爆しまくっているだけだろう!?」

疲れる。こいつ凄い疲れる。
フィオと名乗る変態幼女は俺を指差して言った。

「しかしこれしきの策にまんまとかかる私ではないのです。これで勝ったとは思わないことですね」

「何の勝負だよこれ!?」

フィオは俺に対して逆恨みに近い怒りをぶつけていたのだが、突然クールに振舞いだした。
正直その対応は非常に厳しいものである。
俺たちが馬鹿な口論を続けていると・・・

「おーい、フィオー。何処でサボってるんだー?」

男の声である。フィオはその声に振り向き、怒鳴った。

「サボっていません!私を辱めた愚か者と言葉の暴力でフルボッコ中だったんです!」

「声が半泣きに聞こえるんだが」

「幻聴です!」

「んんー?誰と話してんだよお前・・・知らない人と話しちゃいけないって言ってんだろうよ」

姿を現したのはボサボサの茶髪と無精ひげを生やし、質素な服を着た男だった。

「ニュング!そういう場合ではありません!この男は私を嵌めようとしました!」

「勝手にお前が自爆しただけだろう。恥ずかしい幼女だな」

「また私を辱める発言を・・・!!もう許せません!ニュング、この男の殺害許可を」

「何言ってんのお前。恥ずかしい奴だな」

「私の味方はいないのですか!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どうやら誰もいないようである。
フィオは絶望的な表情になる。

「何ですか!?ここは『ここにいるぞ!』とか言ってお姉様が現れる場面でしょう!?出てこないとか理解できない!?」

「「俺はお前が理解できない」」

会ったばかりの二人の男の気持ちが一つになった瞬間だった。
悶えるフィオを無視してニュングは俺に話しかけてきた。

「で、お前は誰だよ少年。フィオを半泣きにさせるとは幼女愛好の欠片もないような奴とは分かるが」

「俺は幼女には優しいですが、幼女(笑)には厳しいんです。俺は達也です。タツヤ=イナバ」

「聞き慣れない響きの名前だな。俺はニュング。人は俺様の事を『根無し』と呼ぶ。そんでこのちっこいのが俺の使い魔となっているエルフのフィオだ」

「根無しは自称じゃないですか」

「喧しい。ではタツヤ。後一人俺の愛妻を紹介したいからついて来い。そしてフィオ。お前は後でシンシアから説教な」

「お姉さまは私の味方です!?」

「それ以上に夫の俺の味方なんだよ。クックック」

「お、おのれ・・・!!」

歯軋りをするフィオに対して哂うニュング。どうやら複雑な関係のようだ。

「俺の嫁は史上最高の嫁に違いないからお前は羨ましさに地団駄を踏むと良いよ、タツヤ」

そんなことを言うニュング。
正直俺の未来の嫁に対する挑戦とも取れる発言だが、他人の嗜好に目くじらを立てる必要はない。

ニュングの妻のシンシアは確かに美人だった。
だが、その姿は褐色の肌の擬人化ルーン、大人の女形態と同じ姿だった。
・・・そもそもここはどういう世界だ?夢か?夢を見ているのか?
しかし頬を抓ってみたら痛い。昨今の夢は実にリアルである。

「その蛮族の少年は何処で拾ってきたのよ」

「フィオが拾おうとして翻弄されてた。面白そうだったので持ってきた」

「フィオが・・・?」

「辱められました」

「黙れ自爆幼女!」

「フィオ・・・貴女また余計な好奇心が先行したのね・・・」

呆れて言うシンシアの表情は何処か優しかった。



『根無し放浪記』16巻第2章『花畑』。
ニュング一行と謎の行き倒れの人間の少年はこうして出会った。






―――本来なら出会うはずのない者達はかくして出会いました。

―――5000年の月日を遡った彼と根無しの一行はつかの間の交流をしていきます。

―――ここが始まりなんですよ、達也君。

―――それでは、また。


達也の左手のルーンは淡い赤色の光を放っていた。







(続く)



[18858] 第109話 5000年前の家族
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/05/31 21:04
夢か現実かよく分からん状況で、俺は愉快な三人組の尋問を受ける羽目になった。
エルフと思っていたフィオとシンシアはダークエルフという種族であるらしい。
一般的なRPGとかではダークエルフはエルフと敵対する存在だったが、この世界のダークエルフ達はエルフと小競り合いはあったものの、あまり干渉せずに独自の文明を築いていたらしい。エルフよりは人間に寛容であるらしく『蛮族』とは呼ぶものの、こうして俺に対してもやや友好的である。

「つまりお前はロマリアで寝た筈なのにいつの間にか花畑で寝ていたと」

「何を言っているのかわからないと思いますが事実です」

「うん、実際よく分からんが、お前がこうして此処にいることは事実だからな」

茶髪のボサボサ髪を掻き毟りながら『根無し』のニュングは夕食のパンを齧った。
このパンは彼の妻の作品である。・・・クロワッサンだと?美味いじゃないか。

「それにしてもお前さんの話は分からんな。トリステイン、ガリア、アルビオン、ロマリアは知っているのにそこの当主の名前が全然違うし、俺たちの知らない国の名前もある。頭おかしいんじゃねえかと思ったが受け答えはハッキリしてるしな」

「冷静な狂人じゃないですか?でなければ私が辱められる訳がありません」

「俺から見たらお前は常時狂人だけどな」

「おのれ蛮族!またもや私を辱める言動を!」

「はいはい喧嘩しないの。それで、タツヤ君と言ったかしら?貴方は何処から来たの?ご家族は?」

どうやら此処がハルケギニアである事は間違いない。だがゲルマニアが存在しておらず、アルビオン王国が健在である。
更に言えばロマリアの名前が『ロマリア都市王国』である。あれ?連合皇国じゃなかった?
加えて各地を統治する者の名前が俺が知っているのとは全然違う。
ロマリアに到着した際のコルベールの講義で、かなり昔ロマリアはそんな名前だったという。
ならば俺が今いるのは過去の世界とでも言うのか?未来という可能性やパラレルワールドかもしれないが、過去というのが可能性が高い。
・・・どうして俺はそんな過去の世界とやらにいるんでしょうね?分からんがルーンのせいだと言うのか。
嘘をついて適当な事を言っても良いがそんな事をしても俺に得な事は何もない。
『こいつ頭大丈夫か?』と思われるのを覚悟して自分の仮説を言ってみよう。ルイズのときにそうしたように。

「どういえば良いのか・・・まあ、ちょっと未来から」

「「「はぁ?」」」

予想通りの反応で凄く嬉しいのだが、事実なんだから仕方ない。
俺は淡々と続ける。

「俺のいた時代からどのくらい昔かは分からないんですけど・・・」

せめて基準となるのがあればいいんだが・・・
過去ならば何を基準にすればいいんだろう。
これが日本の戦国時代にタイムスリップしたとか女だらけの三国志時代に来てしまったのなら武将の名前を聞けば大抵分かるのだが、何せ異世界の歴史なんて1年以上現地にいるがあまり分かってないもんね俺。相変わらず翻訳機能つきの喋る剣がなければ本も読めないし。
そういえばハルケギニアでえらく信仰されてるブリミルが降臨後6000年だとか騒いでたな。

「そうだ、始祖ブリミルが降臨して何年なんですか?」

「1000年ちょいぐらいだっけ?」

ニュングがシンシアに確認する。
シンシアは呆れながらニュングに言う。

「そうよ。全く宗教観念が全然ないのも困りものね」

「わっはっはっは!顔も知らん野郎の降臨祭など誰が祝うか」

「私たちからすればそいつは「世界を滅ぼす悪魔」とか「人間とエルフの関係を決定付けた元凶」やら「ダークエルフの激減のきっかけを作った男」ですからね。祝う気にもなれませんよ」

ダークエルフがエルフによって滅ぼされる寸前までになったのは『人間に寛容だから、手を組んでいらない知恵を付けさせかねない』との声が大きくなったからだという。その声が大きくなってしまったのも、始祖ブリミルが何かとんでもない事をしでかしたせいであり、エルフはブリミルを『悪魔』として嫌い、それを崇拝する人間も嫌っているというのだ。始祖ブリミルは人間に系統魔法を伝えたということで神様扱いだが、一方では悪魔扱いなのか・・・。
とはいえ始祖ブリミル降臨1000年という事はここは5000年ぐらい前の過去という事になる。

「分かりました・・・何を馬鹿なと思うかもしれませんが・・・俺は貴方達から見れば5000年ぐらい未来のハルケギニアに来てしまった異世界の人間です」

「未来人だけというだけでも眉唾なのにこの上異世界人と言うのか」

「やはり狂人ですね。ニュング、殺害許可をください」

「おまえ、殺害許可という単語を使いたいだけだろう」

「なんか響きがカッコいいじゃないですか」

「御免ね、私の妹はいつもはこうじゃないんだけど・・・」

「いいですよ。5000年後にも同じような奴はいますし」

「私を無個性と侮辱しましたね!?おのれ蛮族!幼女でダークエルフで黒い長髪で赤い眼という要素を持つこの私を無個性と切り捨てるとは!許せません!」

「お前のような欲望にまみれた幼女が愛でられてたまるか!?」

「まあ、そう言うなタツヤ。この幼女エルフは俺の最高の妻でありこいつの姉であるシンシアとの悲しいまでの差(肉体的な意味で)にコンプレックスを抱いているのだよ。見たまえシンシアのこの洗練された肉体を!加えて料理も上手いし、強いし、性格も俺好み!口はたまに悪いがそんなのはご褒美だろう常識的に考えて」

「ついさっき会ったばかりの子にそういう説明は凄く照れるんだけど」

「照れたお前の顔も俺は好きだぜ」

「し、知らない!」

茹蛸のように顔を真っ赤にしてニュングから顔を逸らすシンシア。
歯の浮くような台詞を言って笑うニュング。
身の毛もよだつような会話だが、そこには確かに愛情が溢れていた。
ああ、いいなあ。夫婦かあ・・・。

「いずれ私のような体型の女性が世間を震撼させると私は信じます」

フィオが負け惜しみのように言う。
安心しろ。お前のような体型の女で学院を震撼させる女が5000年後現れるから。
・・・さて、5000年前のハルケギニアに来たはいいが、どうやって帰れというのだろうか?
元の世界に一時的に帰った時のように時間制限で帰れるというのだろうか?でも説明も何もないしなぁ・・・。

ニュングは元々自分探しのために家を飛び出してぶらぶらとフィオとシンシアと共に旅をしているらしい。
フィオはニュングの使い魔らしいが、肝心のルーンは刻まれていない。
ニュング曰く『犯罪臭がするから』だそうだ。
フィオの故郷が滅ぼされて目的が無くなった為、気ままにぶらり旅していたのだが、エルフと戦ったり、人間と戦ったり、盗賊紛いの事をしたり、城に招かれたり、王様の娘、つまりお姫様に一方的に求愛されたり、それが元で軍隊から逃げる羽目になったり、ニュングが剣の収集を始めてみたり、フィオがミミズの下克上が見たいと言って巨大化させ、モグラと戦わせたり、しかし何かグロイのでシンシアがモグラも巨大化させたり、ニュングとシンシアが巨大生物見守る中で結婚式を挙げたり好き放題やっているらしかった。
ある程度話を済ませると、ニュングはニヤリと笑って言った。

「どうだったシンシア?コイツは嘘をついているか?」

「いいえ。言葉を選んでいたようだけど、嘘はついていないようよ。未来人で異世界人というのは信じられないけど、まあ、私たちの旅には信じられない事が結構あったからね。本当なんでしょうよ」

「あ、悪いなタツヤ。さっきまで嫁がお前の考えを魔法で読んでいたんだ。あんまり使いたくは無いんだが、旅をしていると良からぬ考えをする奴が接触してくることもいるからな。お前さんはそういう奴じゃなさそうで良かったよ」

いきなり衝撃のカミングアウトである。
正直良い気はしないが、嘘をつかれて良い気分の者もいないしな。

「どうせ私の未熟な身体にムラムラしているのを自制していたんでしょう!」

「いえ、そんな事は全く無かったわよ」

「お姉さま~!?」

「でも良かったわね。この子、私たちに対して敵意が無い所か好感を持っているみたいよ。これは珍しい状況じゃない?」

「ああ、そういえば大抵疑心を持った奴か敵意むき出しの相手ばっかりだったしな」

「あのトリステインのお姫様でさえ最初は警戒していたからね」

「馬鹿なんですよ多分この蛮族」

フィオが俺を指差して言った。天才と言うつもりはないが、その言い草はカチンと来るのだが。
この時代は人間とエルフの戦力差は拮抗しているらしく、だからエルフが憂いを残さないようにダークエルフを滅ぼした。
最近は人間側が押され気味らしい。
またロマリアの動きも活発になり始めたようで布教の一環と称して各地を飲み込んでいる。

「ま、お前さんにとっては過去の話なんだろうけどよ・・・」

「未来の事、聞かなくてよいのですか?ニュング」

「フィオ。未来ってのは分からないから面白いのさ」


未来を知ってどうすると言って笑う『根無し』。
宝箱は中が分からないから胸が躍るのだ。

※『根無し放浪記』16巻第3章『未来』より。





俺がこの状態で未来の世界はどうなっているのだろうか?
やっぱり分身が上手くやっているのだろうか?
不安で仕方ないが、5000年前にいる俺にはどうすることも出来ない。
現在俺は近くの湖で夕食の為の魚釣り中である。

「うぬぬ・・・!何故釣れないんでしょうか・・・」

俺の隣には釣竿を握り締めながら唸っているフィオの姿がある。
そりゃあ餌もつけずに釣り上げようと思ったら相当耐えなきゃいけないだろう。

「餌ぐらいつけたらどうだよ」

「食べ物で釣って魚を騙すとは鬼畜の所業です」

「釣り針そのものを魚に食わせようとしている方がどうかと思うんだが」

「そのような胆力を持った魚はきっと大物の風格があると確信しています」

「この湖にはその胆力をもった魚がいるというのか」

「餌に釣られる哀れな魚はいるようですけどね!フン!」

俺はさっきからどんどん釣り上げている訳だが、フィオの方は未だ収穫なしである。
魚を入れる桶は二つあり、俺の桶のほうはもう満杯になりそうなのだが、フィオは空である。
そのためフィオはどんどん不機嫌になっていく。
そろそろ戻ろうかと思ったその時だった。
フィオの竿が大きくしなった。

「キターーーーーーーー!!ついに挑戦者現る!」

フィオは小さな身体で一生懸命竿を引っ張るが、挑戦者の魚はそれを上回る力で引っ張る。

「うわわわ・・・!これは凄い大物ですよ!是が非とも釣り上げたい!うにゃ!?」

フィオは湖面から飛び出した魚の姿を見て戦慄した。
およそ4メイル以上ある鯰がフィオの竿にかかっていた。・・・っておい!でかすぎだろ!?

「あの野郎・・・!私を馬鹿にしているかのように見て・・・!魚類の癖に生意気です!」

「いや、無茶だろう!?どう見てもこの湖の主じゃねえか!?」

「上等です!ほわわわ!?」

フィオはどんどん湖の方にに引っ張られていく。
しかし彼女も意地を見せているつもりなのか、足を踏ん張り腰を入れている。
数分の格闘後だった。

「おっ、力が弱まったようです!これはチャンス!」

フィオが一気に竿を引っ張ると巨大鯰は湖面から飛び出した。
だが、その雄々しい姿にフィオが見惚れたその瞬間、巨大鯰は一気に湖の底へと飛び込んでいった。
その急激な力の発生により、フィオは竿を持ったまま湖へと引き込まれそうになった。

「あわわわわわわわ!?」

見ていて非常に面白い光景である。
何せ竿を持ったままのフィオが宙に舞っているのだ。
そしてフィオはそのまま湖の中へと消えていった。
・・・・・・嫌な、事件だったな。
いやいや、これは不味い。何とかしなければ!

巨大鯰に水中を引っ張りまわされているフィオは竿だけは離すまいと必死だった。
この獲物だけは確実に持って帰る!そうすれば姉も喜んでくれる筈だ。
そしてこのような脅威にも一人で何とかできると言う事を証明できる。
しかし困った。執念で竿を離さないのはいいのだが、この鯰、非常に元気だ。
このままでは先に自分が窒息してしまう。しかしこの獲物は・・・!
あれ?待てよ?もしコイツを仕留めても私泳げないじゃん。
・・・・・・ま、まさか!この鯰はそれを見越して!?なんという汚さ!汚いな流石汚い!
ああ、ヤバイヤバイ・・・鼻に水が入って痛い・・・。
おのれェ・・・!魚類の癖に私を弄んで・・・!水の中だから詠唱も出来ないし!

フィオは此処に来てようやく、自分が絶体絶命である事に気付いた。
弱っていく自分を嘲笑うように悠々と泳ぐ鯰。おのれ・・・!
竿を離せば良いかもしれない。でも自分は泳げない。おのれ・・・!!
こんな事で死ぬかもしれないという情けなさと恐怖。おのれェ・・・!!!
だがフィオは今まで隣にいた男の存在をすっかり忘れていた。
ましてや魚類である鯰がその男が何をしようとしているかなど知るわけが無かった。

拳大の石が巨大鯰の頭部に命中し、その衝撃で哀れ巨大鯰は意識を失った。
何が起きたのか分からないフィオ。窒息寸前である。
そのフィオをなんと下から抱えあげた者がいた。

「げほっ!げほっ!?」

「おお、生きてたな」

達也はホーミング投石を使い巨大鯰を水底から狙って見事命中(当たり前だが)させていた。
フィオと違い、達也は普通に泳げるのだが、泳ぐより『水中歩行』で進む方が早かった。
しかし溺れている状態のフィオに対しては早急に空気を吸わせるために泳いで湖面まで戻った。

俺はフィオが握り締めている釣竿を見た。
よほどあの巨大鯰を釣りたかったんだろうな。

「フィオ、良かったな。大物が釣れたぜ」

「と、当然です・・・」

俺はフィオを連れて岸に向かった。
フィオはしっかりと俺にしがみついていたが、竿は離さないままだった。
・・・で、どうすんのこの巨大鯰。桶には入らんぞ?持ち運びも不便なんだが。


二人の帰りを待つ状態のニュングとシンシア。
元々釣りはニュングの担当だが、達也に任せてみる事にしたのだ。

「全く、フィオが行かなくても良かったのにな」

「あの子はあれで負けず嫌いだからね。その辺はまだ子どもなんだけど・・・」

「得体の知れない男を信じちゃいけない!監視するだっけか?で、どう思うよシンシア。タツヤをさ」

「さあ?悪意は感じられないけど、それだけで良い人とは限らないしね」

「俺は面白いと思うんだがな。未来から来てしかも異世界人というじゃねえか。夢がある」

「元々夢見てるような男だものねアンタ」

「おうおう、毎日夢のようですよ。好きなように生きて好きな女と過ごせてな」

「はいはい。これで定住できる土地を見つけたら最高なんだけどね」

「根無しにそういう事言うなよ」

穏やかな時間が流れる。
その時、やっと達也達が姿を現した。

「おお、戻ってきたな・・・って何その魚!?」

「鯰」

「アンタ達どうしたの?そんなにびしょ濡れで・・・」

「お姉さま・・・フィオは、フィオは勇敢に戦いました・・・」

達也の背中で弱弱しくサムズアップするフィオ。
困ったような表情の達也の手には桶いっぱいの魚と巨大鯰が握られていた。
フィオの手は両方とも達也の濡れた服をしっかりと握り締めていた。
それを見たシンシアはくすっと笑うのだった。


※『根無し放浪記』16巻第5章『釣り』より。



ニュング達は一応追われる身である。
ダークエルフのフィオとシンシアがいる時点でエルフの殲滅対象であるからだ。
エルフと戦うと言っても、エルフもそんなに人員は裂けない筈だとシンシアは言う。
現在人間との戦いの真っ只中なのに主力級の戦士を追っ手に差し向ける事は出来ないと考えていた。
だが、だからと言って追っ手が来ない訳ではなかった。
何が言いたいかと言うと、現在僕たちはエルフの集団に囲まれています。
数はおよそ10人ほどだが、人間はエルフに対して10倍の戦力で立ち向かわなければいけないらしく、実質100人相手にしてると思ったほうが良い。

「今度は数で攻めて来たのかよ」

「闇の者を生かしておくわけにはいかぬ。貴様のような悪魔の力を行使する男もだ」

「好き放題言ってくれますね。私たちは貴方がたに何もしないというのに」

「まぁ・・・此方も抵抗はするけどね」

「タツヤ、剣は使えるな?」

「は、はい」

俺はニュングから貸してもらった鉄の剣を握り締めた。
ルーンが輝き、集中力が上がる。

「フン、蛮族一人増えた所でどうという事もない」

「無駄な争いを好まないんじゃなかったか?エルフって奴は」

「これは意味のある争いというものだ」

「俺の嫁と使い魔、そして俺を襲うのが有益だと?ハンッ!反吐が出るぜ!」

ニュングは杖を構えて高速で詠唱をし始めた。
その瞬間、シンシアとフィオは杖を振った。
俺たちの周りに白い球体のバリアのようなものが張られた。

「反射か。気をつけろ」

どうやらビダーシャルが使っていた反射の魔法らしい。

「いいのか?もうこっちは終わったぜ?」

ニュングが杖を振ると、エルフ達の目の前で爆発が起きた。
この魔法って・・・『爆発』!?虚無使いだったのこの人!?
しかも10人の一人一人の目の前で爆発を起こしている。ルイズではこんな芸当できない。
シンシア達が魔法で追撃を行なう。岩の槍や炎の暴風がエルフ達を襲っている。
うわーすごいなー。

「私たちの故郷を奪っておきながら厚かましいんですよ、貴方達」

エルフの一人を石の槍で串刺しにするフィオ。
急所を意図的に外しているのが何とも嫌らしい。

「欲は出さない方が良いと思うわよ?まるで今の貴方達は人間みたいだから」

炎に包まれるエルフの刺客達を見ながら呟くシンシア。
あのエルフが子どものようにあしらわれている。

「ダークエルフはすでに私たちしかいないのかもしれませんが、だからと言って滅ぼされる訳にもいかないんですよ」

「おのれ・・・悪魔め・・・!!」

「自分達が正義と勘違いしている奴の典型的な台詞だなぁ、ロマリアにもいたぜそんな奴。お前らは何故俺たちが抵抗するのか分かってないようだから言うが、俺たち家族の幸せを奪おうとしてる手前等の好きにはさせねぇ。お前らが聖者と言うなら俺は悪魔でもいい」

「大体貴方達は考えすぎです。こっちはひっそり暮らしていたのに被害妄想で私たちの同胞を殺して・・・恥を知ってください」

「人間も貴方達エルフも私たちの幸せの前に立ちはだかるなら容赦しないわ」

「貴様達の存在は許されないのだ・・・!」

なおも頑固に主張するエルフ。
ニュング達は溜息をつく。

「それを決めたのは一体誰なんだ?」

俺は素朴な疑問を投げかけた。
ダークエルフやハーフエルフが存在しちゃいけない理由って何だろう?
何かを不幸にするなら戦争している人間やエルフもその片棒担いでるじゃん。
まさか神様とか言わないよな?
ダークエルフやハーフエルフが直接言ったわけでもないよな?
誰だ?誰がそんなこと言ったんだ?
いや、言ったとしてもそいつに他種族の生き死にを決めるこできないじゃん。
神様じゃないだろう?人もエルフも。失笑モノだぜ。
俺は剣を構えて言った。

「そうして否定ばっかりしてたら分かり合える人物とも分かり合えず終わっちまうぜ。アンタらそれでいいのか?」

「もとより我々は蛮族や悪魔と馴れ合う気はない!」

「そうかい。惜しいよな。俺の世界では田舎娘や悪魔ッ娘、エルフにまで萌えを感じる奴らはごまんといるのに。お前らは勿体無いことしてるぜ」

「萌えってなんですか?」

「お前が聞くのかよ!?」

萌えという概念は当に理解していたと思っていたぞフィオ!?
人類皆兄弟と言うつもりは無いが、友好関係を築けるならば築いておいても良いじゃないか。
駄目なら駄目でいいのだから。干渉せずにいればいいので。

「蛮族め、我々に説教するつもりか?」

「俺は知っている。人とエルフが分かり合えることも。愛し合えることも。今は戦争中だからピンと来ないかもしれないけど、絶対分かり合うことができるんだ」

ニュングとシンシア、テファの両親。
異種間の愛が成就した例を俺は知っているし目の前で見せ付けられもした。
こいつらはそれを異端として排斥しようとしている。それは勿体無い事じゃないのか?

「あんた達はその可能性を摘んでしまうのか?人間より賢いんだろうアンタらは」

「そう、賢いからこそ、貴様らを廃すると決めた!」

「短絡的な頭の良さだな!畜生め!」

俺に襲い掛かってくるのは仮面を被ったエルフの剣士。
攻撃力はおそらく1400ぐらいである。
俺は襲いかかってくるエルフに対して、一旦剣を鞘に戻した後、一気に引き抜いた。

「1000年以上争うもの達が分かり合えるはずがあるまい・・・」

少し感情が篭った声で剣士は言う。剣は俺のいた場所に叩きつけられていた。まあ、避けたけど。
剣士の仮面にヒビが入る。

「いや、アンタの事が少し分かった」

剣士の仮面は真っ二つに割れた。
現れたのは美少女顔のエルフだった。

「アンタが女で」

そして俺は剣を鞘に納めた。
その瞬間、彼女が着ていた服が切り裂かれた。

「んなっ!?」

簡素な下着姿になってしまった女剣士は思わず胸を隠してその場にしゃがみこんだ。
ニュングが口笛を吹くと、シンシアに殴られた。

「下着はシンプルなものが好きだとな。それと美乳だな」

シンプルな下着が似合う美少女エルフ剣士。
何だか思春期の俺にはエロい想像しかできないが、行動には移しません。

「お、おのれ!私にこのような辱めを・・・!!」

「素早さがあがったと何故思わん」

「思うか!?」

「視覚的な効果も上がったな、痛い!?」

シンシアにまた殴られるニュング。
俺は濡れた服の変わりに羽織っていたマントをその剣士に渡した。
俺はこれでシャツとズボン姿である。

「くっ・・・!!覚えていろ貴様・・・!嫁入り前の乙女の柔肌をさらす等、あってはならないと言うに・・・!」

「その辺は気にしないほうがいいと思え。事故みたいなものだ。というか暗殺者がそのくらいでガタガタ抜かすな」

「く・・・くうう!!貴様!名は何と言う!?」

「はあ?」

「ホラホラタツヤ君。女性がアンタの名前を聞いてるのよ?」

シンシアがやれやれといった表情で言う。

「達也。タツヤ=イナバ」

「覚えたぞタツヤ。貴様の名前を!我が名はジャンヌ!我が誇りにかけていずれ貴様を・・・へっくち!」

「おのれジャンヌ!不意打ちで唾液を飛ばすとは何たる卑劣な行為!剣士の風上にもおけん!」

「ち、違う!?今のはただの生理現象・・・!?」

「やはり卑劣ですね。達也君、この女の殺害許可をください」

「お前まだそんなこと言ってるの?ほらほらジャンヌちゃんよ。鼻水を拭けって」

俺が鼻水の事を指摘すると、ジャンヌは真っ赤になって立ち上がった。
羞恥心に顔を歪めて、俺に対して指をさして言った。

「貴様はいずれ私が仕留める!これで勝ったと思うなよ!」

そう言って半泣きで走り去っていった。
残りの刺客達はどうしようと相談の結果、筏に乗せて川に流すという措置を取った。

エルフを憎んでいる筈の人間が言った、『僕たちは分かり合える』。
ニュングだけが特別だと思っていた。
だけど、自分を助けてくれたこの未来人ははっきりとそう言った。
明らかに敵意を持っているエルフですらあのような情けない姿にしてしまった。
この男が生きている未来はどのような状況なのか・・・。
ニュングは未来なんて知らない方がいいと言ったけど、自分は知りたいと思った。
何故だろうか。この蛮族・・・いや、タツヤの事が知りたいと思う自分がいた。
彼は自分と同じ誰かの使い魔である。話も合うんじゃないだろうか?

「それより今のが使い魔のルーンの力って奴かい?何かピカピカ光ってたけどよ」

「まあ、そうですね・・・服やら仮面とかしか斬れませんけど・・・」

「役に立つのか分からんな、それ。ちょっとそのルーン見せてくれないか?」

ニュングが興味を持ったのか、達也の左手をまじまじと見つめる。
しばらく見ているとほほうと言って笑った。

「見たことは無いが、読み方は分かるぜ。『フィッシング』だな。釣りか」

「釣りですね」

「何を釣るのかは知らないが、面白い。俺たちにもピッタリだな」

「ピッタリ?」

「ああ。『フィオ』に『タツヤ』に『シンシア』に『ニュング』。4人の名前を合わせて出来たみたいな名前が『釣り』だなんて痛快じゃないか」

「俺の名前の要素小さい『ッ』だけですか」

「わははは!気にするなよ。そうだったら面白いよなって意味なんだからよ!」

「人間二人とエルフ二人の絆のルーン・・・そう考えるのも悪くないですね」

「たった2日ほどの付き合いだが物凄い濃い2日だなおい。絆か・・・いい響きじゃねぇか。おし、決めたぜタツヤ。お前はこれから俺の弟分だ」

「えー、見た目マダオが兄貴分~?」

「今ならもれなく姉貴分として私がついて来ます」

「お前を姉と呼ぶのは抵抗がある。シンシアさんなら別だが」

「やはり胸か!あんなもの飾りじゃないですか!?」

フィオは俺に纏わりついてギャーギャー喚く。
シンシアは微笑んで言う。

「ラッキー。これで体のいいパシリが出来たわ♪」

「はっきり言うなよ!?」



根無し一行に新たな仲間が増えると思われた。
特にフィオはやたら彼に懐いており、それだけ見れば年相応の娘の姿だった。
だが、出会いがあれば別れもあるように、元々来訪者でしかなかった彼が帰る時は唐突に訪れた。
達也の身体が、三人の目の前で透け始めたのである。
彼の左手が赤く光っているのがフィオの目に付いた。
驚く一行だったが、達也はただ一人、諦めたような表情だった。

「ど、どういうことだこりゃあ・・・?」

「・・・原理は分かりませんけど、未来に帰ることになりそうです」

「そんな・・・折角、家族の一員が増えたと思ったのに・・・」

「すみません、唐突で・・・」

「唐突に現れて唐突に消えるなんて酷いと思わないんですか?人に借りを作っといてサヨナラって酷いでしょう」

「フィオ、俺たちは家族なんだろう?借りなんて思わなくていいよ」

「嫌です。私はそんな薄情なダークエルフではないのです。蛮族と一緒にしないで下さい」

フィオは目元をごしごしと擦る。

「5000年後なんてエルフでも生きてるかどうか分からない年数じゃないですか。もう会えないって事じゃないですか。そんなのあんまりじゃないですか」

「元々会えるはずが無かったんだよ、俺たちは」

「でも会ったじゃないですか。何かの縁があったということじゃないんですか?それを会えるはずが無かったと言って切り捨てると言うんですか貴方は」

フィオは俺を真っ直ぐ見据えて言った。

「私は蛮族と違って薄情ではないです。蛮族と違ってそう簡単に忘れる事はありません。貴方との出会いを忘れる事なんて無理です。よく分からないけど無理だと思います。過ごした時間が例え短いとしても、そんなの関係ないと思います」

彼女は彼女なりに俺に何かを伝えたいようだが、それが何なのかが分からないような感じだった。
俺はフィオと同じ視線になる為膝をついて言った。

「俺は忘れないさ。お前もニュングさんやシンシアさんも。家族の事を忘れる程、俺も薄情な男じゃないからな」

「当たり前です。一生覚えておきなさい。私も永遠に覚えておいてあげます」


その感情が彼女にはまだ分からなかった。
ただ、何も言わずに別れるのが嫌だった。

「ああ、覚えといてやるさ。有難く思え」

彼は根無し一行を見て、微笑みながら言った。

「このルーンを見たら貴方達を思い出せます。ありがとう」

「ああ、元気でな。未来がどうなってるかは知らんが」

「私たちも貴方のことは忘れないわ。人とエルフが分かり合える時代・・・そんな時代なら見てみたいけどね」

「俺もです」

そう言って彼は消えていった。
人が目の前で消えると言う驚くべき現象だったが、それを突っ込むものなど誰もいなかった。

「さて・・・別れもすんだところで寝ようぜ。未来が健やかになる事を願ってよ」

「ニュング」

フィオがニュングを呼ぶ。

「なんだよ?」

「私にルーンを刻んでください。使い魔のルーンを。私たちだけのルーンを」

「は?」

「ブリミルの形式でやる使い魔のルーンなんて私は要りません。あのルーンが私たちの絆を表すなら、私はそれをその身に刻みたい」

フィオは右手をニュングに差し出して言った。

「私は永遠に彼を忘れない為に、この身に刻む事を決めました。私たちの短くも深い絆を」

その夜、幼女の苦悶の声が響く事になった。
その日から名実共にフィオはニュングの使い魔として生きる事となる。
全ては幻だったのだろうか?否、違う。彼の存在は根無し一行の4人目の家族として彼らの心に刻まれているのだ。


※『根無し放浪記』16巻第7章『4人目』より。








意識が戻ると何故かまだ夜だった。
俺は頭を押さえながら起き上がる。

「あ、起きた」

ルイズがホッとしたような様子で俺を見ていた。

「アンタ丸二日ぐっすり寝てたのよ?ドンだけ疲労してたのよ?」

「丸二日だと!?」

その瞬間、物凄い空腹感に襲われる。

「ああ・・・情けない音出して・・・待ってなさいな。もうすぐ夕食の時間だから・・・」

「わーい、嬉しいなー」

「精進料理だけどね」

「肉を寄越せ!?」

ルイズは泣きそうな俺を見て笑いながら部屋を後にする。
ルイズが出て行ったのを見て俺は左手のルーンを見た。
その瞬間、ルーンが黄色に輝いた気がした。






とある屋敷の地下深くにある場所。
そこには一つの墓石があった。
墓標にはこう刻まれていた。

『根無しとその妻、此処に眠る』

その墓の周りには色とりどり、様々な種類の花々が咲いていた。
墓石の前に何者かが立っていた。
その者は墓石に花を添えて呟くように言った。

「おはよう、ニュング、お姉さま。久しぶりですね。5000年経ったわ・・・」

墓石の前に立つのは修道服を着た女性だった。
女性は長い白髪だったがその顔は若々しい。
赤い眼と長い耳が人間離れした神秘的な魅力を放っていた。

その右手には達也と同じルーンが躍っていた。




(続く)

・109話目だからと言って何が進展する訳でもなくw



[18858] 第110話 屋敷地下の出会い
Name: しゃき◆d1ebbc20 ID:1ddacfd7
Date: 2010/06/02 16:13
教皇ヴィットーリオは礼拝堂で一人祈りを捧げていた。祈りの時間が彼の自由時間だった。
多忙を極める教皇にとって、唯一安らげる時間と言える、長い祈りの時間である。
祈る内容は日によって違う。例えばブリミル教の信者の幸福やら世界が平穏である事やら、休みが欲しいやら今日の夕餉はビーフシチューがいいやら様々である。
良いではないか。祈る内容は自由だ。自由時間なんだから。
今日、彼が祈っているのは孤児たちの幸せである。
子どもは世界の未来であると考えるヴィットーリオにとって、孤児が溢れる現状は嘆かわしい事なのだ。
うん、嘆く気持ちがあるのはいいのだが、飴玉を舐めながら祈るのはどうかと思います。
そんな状態で祈っていたのが神様はご不満なようであるようだ。礼拝堂の扉が開き、ヴィットーリオは思わず飴玉を飲み込み咽そうになった。
彼が振り向くと、聖堂騎士の案内でアニエスと頭が神々しい輝きを放つ中年男性がやって来た。

「アニエス殿ではありませんか。いかがなされましたゴホゲホ!?」

爽やかに決めようとした若き教皇だったが、咳と共に口から飴玉が出てきた。
聖堂騎士達がヴィットーリオを咎めるように言った。

「聖下!また飴を持ち込んでいたのですか!?今度は一体何処に隠していたんですか!」

「違います。私は神の力で体内で飴玉を作れるのです」

などと言いながら落としそうになった飴玉を口の中に入れて噛み砕く若き教皇。おい。
どうやらこの程度の事は日常茶飯事のようである。
いきなりトリステインに来た事といいこの教皇は破天荒な人物である。

「飴玉を舐めると集中力が増すとジュリオが言っていました。私はより良い祈りをする為に仕方なく舐めているのです」

「無理に舐めなくても良いではありませんか」

「より良い祈りの為ですから仕方がないのです」

日々の祈りは教皇の大事な仕事でもあるからして、その祈りに集中する事は確かに大事なのだ。
だからって飴玉を持ち込むのはどうかと思います教皇様。

「気を取り直しまして、アニエス殿、如何なされました?」

アニエスはハッとした表情になった。

「聖下に、お尋ねしたい義が御座います」

「ふむ、なにやら込み入った話の様子ですね。さてそちらの方も・・・」

神々しい光を頭部から放つ男、コルベールは神妙な顔で口を開いた。

「聖下に、お返しせねばいけないものが御座います」

「ほう。これはどちらも大事のようですね。ここではなんですから、執務室にどうぞ」


執務室にやってきたヴィットーリオは、椅子に腰掛けると二人を促した。

「まずは、おくつろぎ下さい。大事な話ほど楽な状態でするべきです」

コルベールは腰掛けたが、アニエスは腰掛けず、本題を切り出した。

「聖下、失礼の段、平にお赦し下さい。聖下は『ヴィットーリア』という女性をご存知ですか?二十年前、ダンデルグールの新教徒たちの村に逃げ込んだ女性の事を・・・」

ヴィットーリオは懐かしそうにそして悲しそうに言った。

「ええ、知っています。我が母です」

アニエスの顔が歪む。彼女の瞳には涙が浮かび、そのまま片膝をついた。
一方、コルベールは顔を俯かせた。

「聖下を一目見たその時から気になっていたのです。そのお顔立ちはあまりにもかのヴィットーリアさまに瓜二つ・・・」

「女性のような顔立ちだと子ども達によく言われますよ」

「聖下、母君の変わりにわたくしの感謝をお受け取り下さいませ。わたくしは貴方の御母君に、この命を救われたのです。卑劣な輩の陰謀で、わたくしの村が焼き払われた際・・・、ヴィットーリアさまはわたくしをお庇いになり、お命を失われたのです」

「・・・そうですか。子ども好きのあの人らしい最期だったようですね・・・」

続いて膝をついたのはコルベールだった。

「・・・聖下。貴方の御母君を炎で焼いたのは、他ならぬわたくしで御座います。わたくしの右手が杖を振り、この口が呪文を唱え、貴方の御母君のお命を焼いたので御座います・・・当時のわたくしは軍人でしたが、今でもその時の罪を背負い、今日まで生きてまいりました。隣のアニエス殿と同じく、聖下にはわたくしの命を自由にする権利があると考えます」

コルベールはなおも言葉を続ける。
アニエスは黙ったまま俯いていた。

「此処に、御母君の指輪が御座います。これをお受け取りになり、わたくしの処遇をお決め下さい」

ヴィットーリオはコルベールからルビーの指輪を受け取った。
その指輪を指に嵌めてから、穏やかな表情に戻った。

「・・・わたくしの指に、この『火のルビー』が戻るのは二十一年ぶりです。お礼を言わねばなりませんね。我々はこのルビーを捜しておりました。それがこのようにして指に戻りました。今日はよき日ではありませんか。本当に・・・」

「では聖下、わたくしの処遇を」

ヴィットーリオは首を横に振った。

「貴方は命令に従ったまで。責められるべきはそのような命令を下した者達です。そしてそのような命令を下した者達は既に罰を受けていると記憶しています」

ヴィットーリオは膝をついて、コルベールと同じ視線になった。

「ですが聖下・・・わたくしは・・・」

「もしわたくしがもう少し幼く、加えてこのような地位でなければ貴方に対して憤りの感情を覚えたはずでしょう。ですが・・・そのような事が理解できる地位に今のわたくしは就いています。貴方が責められるべきではないという事はわたくしは知っているのです。ですから貴方を裁くつもりなど、わたくしにはありません」

ヴィットーリオはコルベールに言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

「ミスタ・コルベール。現在の貴方は教師です。ならば貴方の贖罪はより良い未来を作るような若者をこの世界に輩出することだとわたくしは思います。これからのあなたに神と始祖の祝福があらん事を」

立場は人間を変えると言う。
ヴィットーリオは軍人が上官の命令に従わなければならないという常識は理解していた。
おそらく目の前のコルベールという男は優秀な軍人だったのだろう。
ただ、あの時の悲劇で戦いから身を引くほど人間的でもあったのだろう。
贖罪する気があるのならば死なせてはならない。


アニエスとコルベールが退室した執務室で、ヴィットーリオは火のルビーを見つめていた。
・・・母の形見のようなものになってしまったこの指輪を見て若き教皇は思い出したように執務室の机の引き出しを開け、その中に入っていた小箱を取り出した。
この小箱の中には固定化の魔法がかけられた羊皮紙が入っていた。
それはヴィットーリオに宛てられた母の最後の手紙であった。

「母上・・・やはり運命は私の手元に収まってしまったようです。結果的に貴女の行為は無駄というわけでしたね」

運命。
母はこの力を持ってしまった自分の運命を嘆いていた。
その運命から自分を救うつもりだったのだろうか。ある時彼女は火のルビーを持って逃げ出した。自分を置いて。
そんな母親を『異端』として時の教皇は異教徒狩りと称し、彼女を探す為だけに凄惨な殺戮の命令を出した。
母が逃げ出したせいで自分は余計な十字架を背負う事になった。
このままでは自分への風当たりが強くなると感じ、自分は人の何倍も努力したと胸を張って言える。
保身の為にこの地位まで上り詰める直前、自分は書庫の整理中、この手紙を見つけた。

『運命だと諦める事は簡単です。ですが愛する息子よ、私は貴方をそのような運命へ送り込む事はできません。馬鹿な母をお恨みください』

簡潔にただそれだけ書かれた手紙だった。
母は結局死んで、二十一年の時を経て、結局指輪は自分の手に収まった。
母の想い等、運命の前には儚いものでしかなかったという事である。
結局努力の結果自分が教皇にまで上り詰めたのも、指輪が戻ってきたのも全て運命なのだ。
教皇になって、自分はこの世界が辿らんとする運命を知った。
諦めれば確かに楽かもしれない。だが、納得は出来ない運命に対して抗う事は生物として間違ってはいない筈だ。
母は力が足りなかったから運命を変えれなかった。
だが、自分はどうだろう?力は集まってきている。自分も力を持っている。
未来の為、子ども達のため・・・この先待っている運命を黙って受け入れるつもりは自分にはなかった。
力があれば運命は変えられる。ならば変えてみせる。
それが教皇である自分の使命なのだから。




教皇即位記念式典は明後日である。
水精霊騎士隊は大聖堂の中庭で調練の最中だった。
表向きは式典に出席するアンリエッタの護衛なのだが、実際はアンリエッタと教皇の敵を捕まえる為に呼ばれたのだと知り、大張り切りなのだ。

「陛下は栄えある任務に我らをお選びになられた!教皇の御身を狙う悪辣なガリアの異端どもの陰謀を食い止めろ!」

マリコルヌが叫ぶと、一斉におおおおおおお!!!と地鳴りのような掛け声が飛ぶ。
虚無の説明を除いた計画をアンリエッタが説明したのだが、その虚無が大事だろうよ常識的に考えて。
この件で手柄を手柄をあげれば、故郷に凱旋できるので騎士隊の士気は物凄く高かった。
敵は大きなゴーレムを使うというので現在騎士隊はギーシュが作った巨大ワルキューレ相手に魔法をぶつけていた。

「ぎゃあああああ!?ギーシュ、もっと手加減してくれーー!!」

「何こいつ!?でかいのに速いー!?」

俊敏な動きで騎士隊を翻弄する巨大な戦乙女に騎士隊は大苦戦というか崩壊の危機である。
これではミョズニトニルン相手にはどうしようもないだろう。

「僕のワルキューレ相手にこれではね・・・」

「まあ、足止めにすらならんな。まあ、そこら辺は各自の創意工夫に期待しよう。俺も楽したいしな」

「やれやれ・・・創意工夫ね・・・。僕も出来る限りの事はするけど・・・ま、死なないように頑張ろうじゃないか」

ギーシュは溜息をついて、ワルキューレ相手に逃げ回る騎士隊を見つめた。



ルイズは教皇の執務室の前まで来ると、扉を叩いた。
話があると呼ばれて来たのだが一体なんだろう?どうせ碌なものではないとは思うのだが。
「どうぞ」と教皇の声がする。扉を開けると、椅子に腰掛けたヴィットーリオとジュリオ、そしてアンリエッタとティファニアの姿があった。

「お待ちしておりました」

教皇の指に光る指輪を見てルイズは目を見開く。

「聖下、それは・・・」

「ええ。先日、わたくしの指に戻ったばかりの『四の指輪』の一つ、火のルビーです」

「それでわたくしに用事とは・・・?」

「始祖の祈祷書を拝見させていただきたいのです。始祖の秘宝は、新たな呪文を目覚めさせる事が出来ます。わたくしはかつてこのロマリアに伝わる火のルビーと秘宝を用いて、呪文に目覚めたのです」

「どのような呪文ですか?」

「いやぁ・・・戦いに使用できるような呪文では御座いません。遠見の呪文に似た呪文ですよ。遠見ならば偵察にも役立つのでしょうが・・・それが映し出すのはハルケギニアの光景ではないのですよ」

ルイズのあからさまにがっかりした様子にヴィットーリオは苦笑する。

「虚無にもおおまかな系統があるのです。どうやらわたくしは移動系のようだ。使い魔も呪文もね」

「ではティファニアは?ガリアの担い手は?」

「それをこれから占うのです。さて、ではアンリエッタ女王陛下。風のルビーを彼女に」

アンリエッタは風のルビーをティファニアに差し出した。

「お受け取り下さいまし。この指輪は貴女の指におさまるのが道理。アルビオン王家の血筋を継ぐ担い手の貴女が・・・」

ティファニアはされるがままに、風のルビーを嵌める。
ルイズはヴィットーリオの指示に従い、始祖の祈祷書をティファニアに渡す。
だが、どういうわけか彼女に始祖の祈祷書は答えてくれなかった。
必要があれば読める筈なのだが、彼女に虚無の呪文は必要がないというのだろうか?

「・・・どうやらまだその時期ではないようだ。では、次はわたくしの番です」

若き教皇が祈祷書を受け取り、何のためらいも見せずに開く。
すると、祈祷書のページが光り輝く。
ルイズたちは思わずその光景に見入った。

「中級の中の上。世界扉・・・」

ヴィットーリオはそう言うと呪文の詠唱を始める。
ルイズはその様子を呆然と見守る。
世界の扉?ハルケギニアとは違う世界の光景が見えると彼は言った。
それってもしかしたら・・・もしかしたら・・・

教皇は途中で詠唱を打ち切り、程よい所で杖を振り下ろす。
虚無の威力は詠唱の時間に比例するから、ぶっ倒れるまで詠唱する訳にはいかなかったのだろう。
初めに見えたのは、豆粒ほどの点だった。徐々にその点は大きくなり、手鏡ほどの大きさになる。
鏡の中に映っているのは見たことも無い光景だった。高い塔がいくつも立ち並ぶ異国の風景だ。

「これは一体・・・この光景は・・・?」

「そうです。これこそ別の世界です。あなたたちの飛行機械や、我々の前に幾度となく現れた場違いな工芸品の故郷です」

この世界が・・・達也と真琴がいるべき世界だというのか・・・?
多くの塔が立ち並ぶ都市。その全てがハルケギニアとは比較にならない程の洗練された技術を感じる。

「わたくしが以前使えた呪文は、ただこの世界を映し出すものにすぎませんでした。だが、今度の呪文の世界扉は実際に向こうの世界に穴を開けることができるのです」

思いもよらないところで達也達を元の世界に戻す方法が見つかった。
ルイズはいてもたってもいられず、駆け出した。
その背をジュリオが呼び止める。

「おいおい、何処へ行くんだい?」

「決まっているじゃないの!タツヤに教えてあげんのよ。帰る方法が見つかったって」

散々帰りたいとぼやいていたアイツならば大層喜ぶことだろうと、ルイズは思っていた。

「そんなことされたら困るんだけどね。ぼくは彼に『聖地に向かえば帰る方法が見つかるかも』って言ったんだ。この魔法を見せたら彼が聖地に行く理由がなくなるじゃないか」

「元々タツヤにとっては聖地なんて関係ないでしょう!」

「もう一つ問題があります。今、ためしに小さな扉を開いてみましたが・・・倒れそうです。彼一人くぐれるほどの大きさを作ろうとしたら、わたくしは精神力を使い果たすと思われます。わたくしの虚無はハルケギニアの未来の為に使わねばなりません。彼を帰すだけに呪文を使う訳にはいかないのです」

「それにさ、ルイズ。彼が帰ってしまって本当にいいのかい?」

「それが私とアイツの約束なの。約束も守れない女にはなりたくないのよ」

とは言うものの、達也を素直に返す事に恐怖もあった。
これまでの日々を続ける事が出来るのか?またつまらない毎日が戻るだけではないのか?
そんな状態に今の自分は耐えられるのか?
でもそんな弱音を吐けば絶対アイツは笑って言うのだ。

『お前は一人じゃないだろう』

約束は守りたい。
これ以上自分達の世界のいざこざにアイツを巻き込む訳にはいかない。
彼はガンダールヴじゃないし、帰しても全然問題ないだろう。
アンリエッタはルイズに言う。

「タツヤ殿を帰さねばならないという考えも立派ですが、彼を帰さない事で救われる命もあると思います。帰してしまえばその命は救われないという事です」

「人生は選択肢の連続です。貴女が彼を帰すというのも正解、彼を残すと言うのもまた正解なのです。わたくし達の理想には出来れば彼の力も欲しいのです。それはつまり、彼の力を得ればハルケギニアは救われるやも知れないという事なのです」

「ルイズ、貴女は慎重に決めなければなりません」

ルイズは唇を噛んだ。
過大評価な気もしたが、達也はこれほどまでに必要とされている。
だが、達也にとっての正解なんてルイズには痛いほど分かっていた。
彼には愛する人が元の世界で待っているのだ。
達也にも真琴にも元の世界での未来があるのだ。
この世界の事を自分達の力だけで何とかしようと思わないのか?
全員が見つめる中、ルイズは悔しそうに俯くのだった。




一方その頃のド・オルエニール。
ルイズたちがいないのに学院にいるわけにはいかなかったシエスタと真琴はこの地にいた。
シエスタは屋敷の掃除に忙しく、真琴は暇で仕方なかった。
孤児院の皆は何か遠足に行っているらしく留守だった。
エレオノールも仕事で屋敷にいない。
好奇心旺盛な真琴は、屋敷の中を歩き回り、面白そうなものがないか見て回っていた。
やがて鍵の束を見つけ、何処の鍵かと探し回った。

「うわ~・・・真っ暗だぁ・・・」

やがて真琴は地下に繋がる階段を見つけ、ワクワクしながら降りていった。
この妹は兄なんぞより数倍好奇心が強い為、鍵が開いている扉より鍵が閉まっている扉の先の方を優先して調べようとする。
兄が王女と探索した場所を鍵を持って行けるところまで進んでいく。
戻る時の事など微塵も考えていないその足取りは軽く、やがて真琴は地下3階の小さな食堂がある扉を開けた。

「ほえ?」

「ん?」

食堂には先客がいた。
身体のラインがはっきり認識できる修道服に身を包み、その先客はパンを齧っていた。
赤い眼と白く長い髪が印象的だ。
背丈はマチルダと同じかやや低めであったが、身体のラインから出るところは出ているようだった。

「お姉ちゃん誰?」

「ほほう、可愛い来客ですね。それにしてもお姉さんとは・・・私もまだ捨てたものじゃないようですね」

嬉しそうに言う修道女。

「久しぶりに起きて出会った人間が幼女とは・・・ああ、すみませんねぇ。私はフィオ。この建物の大家さんみたいな凄い存在です」

「大家さん?」

「そうですよ~?」

「でもこのお屋敷、お兄ちゃんのお屋敷って皆が言ってたよ?」

「ふむ・・・私が寝ている間に当主が交代したようですね。あのヒヒ野郎に妹はいなかったはず・・・そもそも熟女好きだったし・・・そうですか、貴女のお兄様が今の当主というわけですね?ところでお嬢さん、貴女の名前を聞いていませんでしたね」

真琴は元気良く答えた。

「はい!因幡真琴です!こっちではマコト・イナバだって、お兄ちゃんが言っていました!」

「ほう・・・?イナバ?そうですか・・・」

フィオは心底愉快そうな表情になった。

「ではマコト。大家として私は貴女のお兄様に挨拶をしなければなりません」

「んとね。お兄ちゃんは今、ろまりあっていうところにおでかけしてるの!」

「ロマリア・・・ですか」

フィオは神妙な表情で考え込む。
やがてにんまりと笑い、真琴に礼を言った。

「マコト、有難う御座います。久々に遠出をする理由が出来たようです」

「はにゃ?どういたしまして」

真琴の頭を撫でるフィオ。くすぐったそうにする真琴を見て、更にフィオは微笑むのだった。








(続く)


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
5.2121629715