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[18737] 戦え!戦闘員160号! 第07話:『黒星からの使者! わがまま皇女様のご指名!?』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/06/02 16:16
 目覚めは、お世辞にも良好とは言い難かった。
 ぼんやりとした視界に貫くような眩しさを感じて、思わず声をあげる。

「うっ……」
「――おや。気付いたか」

 呻きは無意識の内から漏れた言葉だったが、それを拾う別の声が、第二の刺激として確かに体に届いた。

「……ここ、は……?」
「まだプログラムは完了していない。今はまだ何も考えるな」

 視覚はただ一点の光を、聴覚はその自分以外の声を感じ取るが、それ以外の知覚がどうにも曖昧で自分でも掴みきれない。
 自分は今立っているのか座っているのか。
 起きているのか寝ているのか。
 何か触っているのか何も持っていないのか。
 全てが曖昧で、不明瞭で、不適切だ。
 だから分かるのは、今自分が「眩しい」と感じていることと。
 聞こえてくる声が、少女のような声色であるということだけだった。
 逆をいえば、それだけが今の自分を確立している全てと言える。

「しかし一時的とはいえ脳が覚醒するとは……やはり再生に無理があったのか?」

 少女の声は、ぶつぶつと何やら独り言を呟いているようだった。こちらにはもう、まったく関心がないというように、完全に一人だけの世界を展開してしまっている。
 しかし今の自分がすがれるものが光と声しかない以上、それは非常に困る。
 何もないと、不安でしょうがない。

「……ぁ、ぅく」

 だからなんとか声を出そうとしたのだが、それは不完全に終わってしまった。
 しかし声の主の興味を引く役割は果たせたようだった。

「なんだ、まだ起きていたのか。その状態でタフな奴だな。……やれやれ」

 このまま覚醒状態が続くと痛覚が解放された時ショック死しかねんぞ、とかなんとか声がして、次の瞬間、体に新たな刺激が走った。
 それは痛みだ。
 体のどこかにちくりとした衝撃が伝わり、しかしそれはまどろみのように自然に薄らいでいく。
 そしてそのゆりかごのような優しさに引っ張られるように、意識もまた、ゆっくりと、自分の手から離れていくのがなんとなく実感できた。
 落ちる、と思ったときにはもう無かった。全て。





「――う」

 目覚めは、お世辞にも良好とは言い難かった。
 ぼんやりとした視界に貫くような眩しさを感じて、思わず腕を動かして目をこする。

「……なんか、前にも似たようなことがあったような……」

 だが今は、以前とは違い、全ての感覚が手元にあった。
 腕だって動くし、手も指も動かせる。
 視界だって慣れれば、それが馬鹿でかい照明であることが理解できた。
 その光を掴むように、右手を掲げ、数回ぐーぱーの体勢を繰り返してみる。
 ……うん、動く。何もかも。

「起き立てだというのに活発だな。健康そうで何よりだ」

 声は、頭のすぐ横で響いた。そうして今更ながら、自分が仰向けに寝そべっているのだと実感する。ほとんど反射的に首だけ声のほうに振り向いてみれば、そこには二つのおさげを垂らした、緑髪の少女がいた。黒いワンピースのような服の上に大きな白衣を着込んでいる。
 少女はシニカルに口元を吊り上げると、「起き上がれるか?」と訊ねてきた。

「よっと」

 予備動作と腹筋だけで上半身を起こす。そうして改めて少女のほうに視線を向けると、彼女は想像以上に小さかった。多分自分が立てば、お腹の位置あたりに少女の頭がくるような伸長差だ。
 続いてきょろきょろと周囲を見渡してみる。自分が今まで体を預けていたのは診察台のような無骨な長方形のベッド(らしき物)で、シーツも何も掛けられていない。その周囲には見たこともない機械がベッドを囲むように設置されていて、備え付けの台には、赤黒く変色したメスのような物も数本見える。
 部屋はこのベッドを中心にそれほど広くはなく、黒いコンクリートのようなもので覆われていた。上を見上げればかつて視界を焼いた照明と、その端には数本、虫の脚のように組み重なっている鉄製のアームがある。伸びれば蜘蛛のようにこちらに脚が下りてくるに違いない。

「……色々と不自然なところはあるけど、とりあえずここ、病院ってことでいいのかな」
「間違いではないな」

 もっとも正解でもないが、と少女は喉の奥で笑いを上げる。見た目は可憐な少女なのに、その表情には長年を生きた不思議な齢のようなものが見受けられた。
 少女は目を細め、愉しむようにこちらを凝視する。

「時に、お前。自分が何故今ここでこうしているのか、心当たりはあるのか?」

 少女は幼い声で、しかしやはり成熟した言葉と顔で問いかけてくる。そのアンバランスさに戸惑いながらも何とか言葉を見つけようとし――そして絶句した。
 記憶を掘り起こそうとする。自分が何故ここにいるのか。直前に何があったのか。なんでもいい、小さな断片でも見逃すまいと必死に意識を集中させ、そして気付いたのだ。

「……え? あれ……?」

 思い出せないのだ。ここで目覚める以前の最後の記憶が何なのか。
 ではそれより以前の記憶はどうだ?
 それも分からない。
 ではそれよりもっと前は? その前は? その昔は?
 なんでもいい、自分の思い出を何か思い浮かべろ。
 何かあるだろう。趣味、家庭環境、名前、生まれ、家族構成、経歴、恋人、友人、知人、なにか――なにか、ないのか――!?

「やはり、記憶がないか」

 少女は、あまり驚きもせず、あたかも当然のようにその事実を口にした。

「……やはり? 俺は、記憶喪失で、ここに運ばれてきた、のか?」

 記憶喪失。漫画やドラマではお馴染みのフレーズだが、そんなものはそうそう現実でお目にかかれるものじゃない。あんな都合よく忘れることなんて、不可能に近いとも言われているはずだ。
 しかし自分の異常を振り返れば、それしか考えられない。
 記憶喪失……俺が……?
 しかしその言葉も、少女は否定した。

「順序がまるで逆だ。……まあ、記憶がなければ無理もない。一から説明してやろう」
「……頼む」

 少女のほうに体ごと向き直り、真摯な表情で頷く。
 今はもう、自分の中に何一つ手がかりがない状態なのだ。その真実を知るのは、他人であるこの少女しかいない。
 一体自分の身に何が起きたのか。
 その言葉一遍すら逃すものかと、全神経を少女の来るべき言葉に集中させる。
 しかしそんな努力をするまでもなく、少女は間をおかず、回りくどいことは面倒だとでも言うかのように、しごく簡潔に答えを述べた。

「お前は最初から死んでいた。それを我ら《ノワール》が拾い、改造して戦闘員に作り変えたのだ」






「……は?」

 一瞬我が耳を疑った。
 数秒間をおき、彼女が言った言葉を何度も頭の中で復唱し、そして出た言葉が、それだった。
 いや……。
 ……なんだって?

「すまない。もう一度言ってくれないか」

 きっと記憶喪失で混乱していた頭が錯覚して、全然関係のないキーワードを封印された記憶から拾ってきてしまったのだろう。
 無理もない。突然の事態に困惑することは決して恥ではない。
 受け入れることが大事なのだ。
 現実を認めろ俺。
 もう一度彼女の口から真実を聞き出すんだ。

「お前は最初から死んでいた。それを我ら《ノワール》が拾い、改造して戦闘員に作り変えたのだ」
「ふざけてるのか!」

 思わず激昂する。記憶のない自分をからかっているのかと本気で怒り、思わず少女に掴みかかろうとする……が、その表情は真剣そのもので、何より彼女の強い視線に睨まれ、俺は蛙のように身を固めてしまった。
 その瞳は、絶対強者だ。少なくとも、自分より数段格上の存在であると脳が警告を鳴らしている。

「ほう……。まだ戦闘プログラムも組み込んでいないCクラスの素体にしては見事な反応だ。運がよかったな、戦闘員160号。掴みかかっていたら私にいらん仕事を増やすところだったぞ」
「ひゃく……なんだって?」
「今の、お前の名前だよ。お前は《ノワール》のために戦い、《ノワール》のために死ぬ。そのために生まれた存在だ。名前など、認識できればそれで十分だろう」

 少女は明らかに挑発していた。にやにやと口元に嫌な笑みを浮かべ、それこそ蛇のような狡猾さで、こちらの反応を窺っている。
 その小さな肢体に……なんという存在感だろうか。彼女の見た目は明らかにこちらが乱暴すればすぐに折れてしまいそうなほどに華奢なのに、その魔性の瞳が、それを許さない。
 いや、彼女そのものに阻まれているといってもいい。
 ……何をしても、迎える結末は一つだけだろう。

「……いや、すまない。色々と混乱してて……頭が変になってた」

 頭を振り、なんとか心を落ち着かせる。
 ベッドに深く腰をあずけ、そのまま息を吐き出すと共に、上半身から全ての力を抜く。
 脱力、といってもいい。
 ……心を落ち着かせ、ね。なんとも滑稽な気分だ。
 そんなものが、今の自分にあるのかどうかすら怪しい。

「疑うなら心電図を見せてやってもいいぞ。血脈のかわりに導線が、心臓のかわりに内臓炉が、複雑にびっしりと絡み合い埋められた『設計図』だ。今のお前の体に、人間の肉体と同じ物など一つたりとて存在していない」

 脳以外はな、と自分の頭を指差しながら笑う少女に、言葉も出なかった。
 その虚実でさえどうでもいい。
 ただひどく、打ちのめされた気分だった。
 頭を垂れ、今更ながら自分の服装に意識をやっていなかったことに気付く。
 全裸だった。

「うぇえっ!?」
「ん? おお、気が利かずすまないな。ほれ、改造台の横にタオルがかけられているぞ」

 慌ててひったくるようにタオルを手に取り、とりあえずは最優先として腰に巻く。
 ……とりあえず、自分が男であることは疑いようもない事実であると言うことだけは視覚で確認できた。

「……見た目は、全然普通の人間じゃないか……」
「別に手八本脚六本の怪物にしてやってもよかったんだが、脳がその動きを理解できまい。生前の体に造るのが一番理想的なのだ。ああ、だが顔だけは許してくれ。お前の死体は特に頭の形状が酷くてな。生前を復元するのが不可能だったので、この星の模範的な成人男性の顔立ちに作り変えさせてもらった」
「……はぁ」

 そんなことを言われても、記憶も鏡もないこの場所では想像することすらできない。
 とりあえず……うん、髪の毛はあるようだけど。

「脳も破片から完全に再現するのに苦労したぞ。私がヴェスタ・ノワールでなければ不可能だったろうな」

 うんうんと満足げに頷く少女にジト目で返す。

「とりあえず、何にせよ今置かれてる状況が全部俺の理解の外だってことは理解したよ」
「話が早くて助かるぞ。ここをクリアできない改造体は、洗脳して使うしかないからな。自己を持たない戦闘員は著しく戦闘力が下がる。とりあえずは私も将軍に怒鳴られずにすむというものだ」

 白衣のポケットに手をつっこみ、さっきまで向けていた威圧の視線はどこへやら、少女は親しみやすそうな柔らかな視線をこちらに向け、にっこりと微笑んだ。

「場所を移そう。そこでこれからのお前の境遇を説明する」
「聞きたくないなあ」
「嫌でも聞きたくなるさ。お前が生きる場所は、今この瞬間にここしか無くなったのだから」

 くるりと背を向け歩き出す少女の背中(白衣の裾が完全に地面についている。格好悪い)を見つめ、どうしたものかと思案するが、すぐにそれが無意味なことであることに気付き、ゆっくりとベッドから降りて床に足をつける。
 ……確かに、この瞬間から、俺の第二の人生とも呼ぶべき時間が始まったのだろう。


 今ここに、戦闘員160号が誕生した。






[18737] 第01話:『超展開!? 地球に降りた二つの宇宙人!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/10 19:18
 遠い銀河の果て。
 数千年前から争いを続ける、二つの星があった。
 そこに意味はなく、そこに始まりも終わりもない。
 二つはそういう運命で宿命付けられ銀河に産み落とされたのだから。
 片方は黒き星《ノワール》。また片方は白き星《ルピナス》。
 彼らは互いに戦争の目的も望みもなく、それが当たり前であるかのように争い続けていた。そのために幾つもの星を支配下に置き、幾つもの星を滅ぼしあった。
 彼らは“戦いを終わらせる”ために戦うのではなく。
 より長く“戦い続ける”ために、互いに発展していったのだ。
 そうしてその時もいつもと同じように、二つの星は自身が持つ戦争の駒を使い、とある古代惑星で未知の『超エネルギー体』を奪い合っていた。
 それを奪えば戦力は大きく充実する。どちらがとっても片方は劣勢を強いられ、それを克服するために新たな力に手を伸ばすだろう。それをまた奪い合う。その繰り返しだった。
 だが肝心のお目当てが存在すると特定された遺跡で、一つのトラブルがあった。
 二者の巨大な力に『超エネルギー体』が反応、あやまって分散されてしまい、それが遺跡にあった転移装置で銀河の各地に散らばってしまったのだ。
 二つの星は焦った。
 これでは均衡が破られない。戦い続けるためには、どちらが「勝っている」状態を維持しなければならないのだ。
 黒き星と白き星は独自の技術力で『超エネルギー体』の行方を追った。そこて一つの、不可解な事実が明らかになったのだ。





「……不可解な事実?」

 ホワイトボードにびっしりと書かれた『二つの星の歴史講座』に、半ばうんざりとしながらもとりあえずは生徒役に徹する。
 目の前には何故かビン底メガネをかけた白衣の少女ヴェスタ・ノワールがおり、片手にペン、片手に教鞭(正式名称は知らないが、先生がよく持ってる伸び縮みするアレ)といった完全な教師スタイルで講義を進めていた。
 そして俺も何故か黒学ランに学帽までかぶせられて、書生みたいな格好をさせられている。

「幾つもの固体に分散されてしまった『超エネルギー体』だが、しかしこの広い銀河宇宙のどこに散らばっていようとも、最終的には必ずある一箇所の座標に集中することが分かったのだ」
「それって、そのエネルギーが自分でそこに行くって事?」
「あるいは、その座標にある何かに吸い寄せられているのか、だろうな。ここの詳しい詳細は未だ解明されていない。『超エネルギー体』も全て回収できていないし」
「……んで、その不可解かつ都合がいい座標ってのが……」

 俺の言葉に続くように、少女は満足げに一つ頷き、答える。

「――此処。我らが軍を派遣し秘密裏に拠点をはった、『地球』の御門市というわけだ」
「……とんでもねー超展開だな……。俺が作家でももう少しまともなシナリオ作るぞ」
「事実だからしょうがあるまい。我らとて、誰が好き好んでこんな文明初期段階の超辺境惑星に居を構えたりするものか。エテルも存在しない不便極まりない惑星など、私も『超エネルギー体』を追跡しなければ知りえなかったぞ」

 宇宙の神秘だな、と何やら感慨深げに唸っているところ悪いが、また一つ知らない単語が出てきた。

「そのエテルってのはなんだよ」
「宇宙に当たり前に存在する粒子の一種だ。我らはそれを利用し、時には物理法則を超えた力を生み出す。この世界の単語で言うなら――『魔法』や『超能力』といったところか」
「SFなのかファンタジーなのかはっきりしろよ」
「れっきとした『常識』だ。宇宙文明を築く惑星なら誰もが使用している技術の一つでしかない。……ここは宇宙の中心から離れすぎて、その粒子すら届いていないようだが」
「悪かったな、田舎惑星で」

 俺が不貞腐れると、それをなだめるためなのか、ヴェスタはにやにやと笑いながら、

「そのおかげでこの星が創生以来、どの惑星からも侵略対象になっていないようではないか。平和でよかったな」

 なんてことを言ってきやがった。
 戦い続けることが生きがいとか言ってる星の住人に言われたくないっての。

「まあここまで離れているところから推測するに、他の惑星はこの星の存在すら知らないのだろう。明らかに何もないと分かっている場所まで観測隊を送り込みはしないだろうしな。こういう『漏れ』があっても不思議ではない」
「てめー、絶対喧嘩売ってるだろ」
「おやおやか弱い科学者になんという暴言を。自己防衛で思わず改造してしまいそうだぞ」

 くそ、なんというか、数時間喋っただけで、こいつの本質を理解しつつあるぞ俺。

「――講義を続けよう。そうして互いに到着の差はあれど、私達とルピナスの派遣した隊は無事この星を発見、互いに支部基地を設立した。それから『超エネルギー体』の破片を回収する戦いが始まり、はや1年になる」
「……戦果は?」
「残念だがこちらが劣勢だな。回収率はおおよそ3:7にまで落ち込んでいる」

 教卓の鞭をぱちんと戻し、何故つけていたのか結局謎のままだった眼鏡をはずして、ヴェスタはやや真剣な表情を作った。

「当初は先に到着していたのが我が軍ということもあって、圧倒的有利を保っていたのだが……」
「向こう側に、戦力的な強化があったんだな」
「そう。この星には存在しないはずのエテルを使う戦士が現れた」
「……エテル……例のびっくり粒子か。本星から持ち込んだんじゃないのか?」
「エテルの特性上それは不可能だ。元々空気中に存在しない以上、粒子はそのカタチを保てない」
「じゃあどうやって……」

 俺が眉間に皺を寄せると、少女はいやらしく得意そうなしたり顔を作ってきた。

「だがこの天才ヴェスタ・ノワール様は、その脅威のメカニズムを解明してみせたのだ。すごいだろう?」
「はいはいすごいすごっ」

 ばしんと教鞭(仮)で頭を叩かれた。しかし痛みはない。

「痛くない……」
「痛覚を残して欲しかったのか? とんだマゾだな」

 ……ああそうか。俺って改造人間らしいもんなあ。
 全然実感沸かないけど、こういう体験をするとちょっとずつ信憑性が帯びてくるな。

「んで? どうやってこの星に存在しないエテルを使ってたんだ?」
「正確には、擬似的にエテルと同質の能力を限定的に展開・使用していたのだ。この星の人間を使ってな」
「……え? お前らの勝手にやってる回収戦争に、地球人が絡んでくるのか?」
「この星の人間の生命力をエテルとして変換する道具を開発したらしい。星に存在しなければ、存在する物をエテルとしてあてがえばいいという考え方のようだな。そして一番近かったのが、おそらく知的生命体の活力なのだろう。この地球限定ではあるが、奴らは『ガーディアン・プリンセス』の複製に成功した」
「……なんかまたこっ恥ずかしい名前が出てきたぞ」

 思わず頭を抱える。
 戦闘員だの銀河宇宙だので頭がいっぱいだってのに、この上まだ新要素がでてくるのかよ。

「白き星《ルピナス》が有する恐るべき兵士。女王の加護を受け、自在にエテルを変換・圧縮して高威力のエネルギーを発生させる。……本星でも猛威を振るっている、我らの天敵だ」

 苦々しい表情で唇を噛むヴェスタに、俺は当然の疑問を向ける。

「ならこっちだってそうすればいいじゃないか。“そうやって”お前らは戦い続けていたんだろ?」
「むぅ」

 途端、ヴェスタはあからさまに視線をそらして呻いた。
 そのまま、しばらくの時間が経過する。

「…………」
「…………」
「……おいまさか、技術主任としてこのクソ辺境惑星に派遣されたヴェスタ・ノワール博士ともあろうものが」
「むぅ」
「《ノワール》バージョンの、そのエテル変換装置が、まだできてないと……?」
「むう?」
「だから仕方なくとりあえず地球人の死体を漁って色々と改造してはみるものの」
「むぅん」
「いまだ成果が出ず、とりあえず再利用的なカタチで戦闘員として雇っている、と」
「……おお、さすが我が息子。飲み込みが早いのは間違いなく母親譲りだな」

 ぺしんと少女の頭をはたく。

「いたいっ! 手をあげたなっ! 虫に改造するぞっ!」
「どやかましいわ! んなんで勝手に再生されて手下にされてる身にもなってみろ! あと誰が息子だ!」

 頭をさすりながら、涙目でうー、とこちらを睨んでくる少女。
 ……さっきの脅威はどこへいったんだ。
 まあお遊びに乗ってやってる、って感じなんだろうけど。

「……だいたい事情は把握した。そんで、今ウチが超ピンチに陥ってるからとりあえず質より量作戦で戦闘員を増やしていた、という話につながるわけだな」
「うむ。お前は栄えある160番目の地球生産戦闘員だ。励めば素体のランク強化や戦闘術の埋め込みプログラムも実施される。そして給料も上がるぞ」
「……へ? これ、金がでるのか?」

 急に現実的な話になって、思わず目を丸くする。

「それで戦闘員をやっている人間も少なくない。とにかく今欲しいサンプルは『地球人』だからな。それでなくては、地球型のガーディアン・プリンセスには対抗し得ないだろう」

 と。
 突如部屋中に、けたましくアラームが鳴り響いた。
 部屋中の照明が赤と黒に彩られ、どう考えても穏やかな事態ではない。

「な、なにがっ!?」
「お前は本当に運がいいな、160号」
「は?」

 ヴェスタは相変わらず、悪戯っ子のようににやりと笑い、そして静かに指をさした。
 ホワイトボードの一角。
 そこには彼女のミミズがはったような字で、こう書かれている。
 『ガーディアン・プリンセス』

「何はともあれ、実際に体験するのが早かろう。――この地球に舞い降りた、宇宙の姫騎士の実力を」








※おゆるり馬鹿SF特撮ファンタジー魔法少女ラブコメ風味です。
 基本難しい単語を使わず、気軽に読める感じがコンセプトです。
 また作品が拙く読みづらい点も多々あるでしょうが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。



 次回、魔法少女降臨



[18737] 第02話:『対決! 魔法少女プリンセス・フリージア!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/11 18:38
『戦闘員は全員オペレーションルームに集合せよ! 繰り返す、戦闘員は全員――』

 建物中に響き渡るアナウンスに急かされながら、いまだ慣れていない通路をとりあえず指示のとおりに駆け抜けていく。

「えーっとこっちが右で、さっき左を曲がったから……あとはまっすぐ、か?」

 ヴェスタに渡された簡易地図を頼りに、複雑に枝分かれする基地の中心へと向かう。はっきり言って何一つ要領を得ていないが、それでも行かなければならないのだろう。
 何故なら俺は既に、ここの戦闘員なのだから。

「ここか!」

 ようやくついたその場所は、さっきまでの細い道から一転、いきなり大きく開かれた場所だった。ホール……というよりかは、周囲を見るに、学校の体育館といったほうが納得行くかもしれない。

「うへぇ」

 そこには数十人の黒い集団が、敷き詰められるように集まっていた。
 皆同じ格好をし、同じ姿勢――つまりは直立不動のまま、こちらからは背を向けて、正面先の壇上へと一点に意識を集中させている。
 いや……その統率がとれすぎた集団の中にも、わずかに揺らぎは存在していた。まるで間違い探しのように、列の中に紛れて、個々の行動をとっている黒ずくめがいる。
 その数はあまり多くないが、つまりは彼らが――

(……俺と同じ。自我を持つ戦闘員ってわけか)

 ヴェスタによって死体から蘇生させられたのか、あるいは志願して自分からこの場所にいるのか。
 何にせよまっとうな立場ではあるまい。こんな冗談じみた空間で正気を保っているんだから。

「よう!」

 なんて考えていたら、横から急に声を掛けられ、思わずびくりと体を震わせてしまった。
 誰かに声をかけられるなど、まるで想定の範囲外だったからだ。

「お前が新入りだろ? ようこそ、悪の秘密結社へ……ってな」

 馴れ馴れしくこちらの肩を叩きながら朗らかに笑うその男は、俺より明らかに一回りは大きな巨体を持っていた。その格好は、やはり周囲と同様に全身黒のスーツに、上半身は薄手の黒い鎧のようなものを身にまとっている。
 つまりはこれが、ここの戦闘員の戦闘服というわけだ。
 当然俺も、ヴェスタに着せられて同じ服装をしている。

「全身黒タイツじゃなくて安心しただろ? 俺も最初の感想はそれだったぜ」

 ともあれ、こんな気色悪い場所で、話し相手がいるのは正直ありがたかった。
 男に苦笑を返し、肩をすくめる。

「ああ……アンタも、生き返ったクチか?」
「いや、俺は金目当てさ。馬鹿みてぇな借金があってよ。内臓売っても足りない程度だ」
「……ここ、本当に金なんて支給されるのか? どうやって調達してんだ」
「さあな。だが実際大金は渡される。こんなうまい仕事は他じゃねえよ」

 うまい仕事、ね。狂気の沙汰としか思えんが。

「それよりお前、仮面はもう支給されてるか? 大将が出てくる前に正装は整えといたほうがいいぜ」

 男は手に持っていた白いお面のようなものをこちらに掲げてくる。
 ……正直、それを装着することだけは俺に残っていた最後の羞恥心が許していなかったのだが。

「やっぱり、つけないと駄目か……?」
「色々と便利だぜ。お前だって街中で顔を晒しながらこんなことしたくねーだろ」

 ごもっともな意見だった。
 ヴェスタに渡された白い仮面を持ち、途方にくれる。
 いやだなぁ。

「見てろよ。こうやって装着するんだ」

 男は自分の顔に、静かに仮面を貼り付けた。
 するとカチリと小さな音が聞こえ、次の瞬間にはどういう原理か仮面がゴムのように伸び、頭全体に巻きつくように広がっていく。
 あっという間に男の頭は、フルフェイスの仮面で完全に包まれていた。
 仮面の絵柄(表情とでもいうのだろうか)はどう見てもドクロのそれで、遠くから見れば顔が骸骨に見えないこともない。

「キー! キキー!」

 男は仮面の下から、どこかお馴染みのフレーズを甲高い声で叫ぶ。……雰囲気に飲まれて日本語を忘れたのだろうか?

「キー! キーキー!」

 こちらの仮面を指差し、続いて顔を指差す。さっさとつけろということらしい。

「うう……人としての最低限の尊厳が失われる……」
「キー!」
「うるせえ! 分かったっつうの!」

 ええい、ままよ!
 勢いにまかせて顔に仮面を貼り付ける。
 すぐに仮面が広がり、顔全体を白い骸骨が覆う。

「どうだ? 意外と着心地は悪くねーだろ」

 仮面を通して聞こえる男の声は、理解のできる言語だった。

「相手に会話内容が割れないよう、こうやってカモフラージュする機能なんだとさ。仮面をつけてれば、普段どおりに聞こえる」
「……そりゃ分かるが、なんでその誤魔化す用の言葉がよりにもよってキーなんだよ」
『ひとえに私の地球学習成果だ。地球人に馴染みやすいスタイルのほうが受け入れられると思ってな』
「ヴェスタ?」

 仮面から聞こえる声は、今は周囲にいない少女のものだった。傍にいる男の声とは違い、どこか機械を通したようなくぐもった音声で聞こえてくる。

『このスカルマスクには通信機能もついている。私の自慢の発明品だ』
「うるせー。こんなもん作ってる暇があったらとっととエテル変換機発明しろ」

 耳に垂れ流される罵詈雑言はスルーし、男に向き直る。

「んで、ここで集まったのはいいけど。これからどうするんだ?」
「うちの大将が状況を説明する。そっから先はなるようになれだ」
「大将?」
「指揮官様だとさ。……ほれ、おいでなすったぜ」

 男は壇上に顔を向ける。俺もまたそれに習うように視線を返せば、さっきまで誰もいなかった壇上の中心に、いつのまにか一人の女性が立っていた。
 グリーンを基調としたビキニアーマー風のハイレグ仕様に、黒のオーバーニーソックス。腰に携えたベルトには一振りの剣が備わっており、手足はガントレット・グリーブで完全に固められている。
 美しいブロンドの髪は肩より下まで伸びており、その凛々しい顔立ちはまさしく美人と形容するに相応しい。

「すげえ……」

 ハイセンスすぎる……。

「いつ見てもたまらねえな」

 なにやら腕を組んで何度も頷いている隣の男は無視し、俺は思わずため息をつかずにはいられなかった。
 まともじゃねえことは百も承知だけど、もう少しまともであれよ頼むから。

『ディアナ・ノワール殿だ。この地球支部の司令官にして、お前たちの上司にあたる』
「――我が《ノワール》の精鋭達よ。早速だが状況を説明する」

 姿から想像していた通りの凛とした声がホール中に響き渡る。
 説明は簡素なものだった。御門市の臨海公園にて目標エネルギー反応アリ。既に第一部隊を派遣しているが、先刻ルピナスのガーディアン・プリンセスが到着。第一部隊を殲滅し、目標と交戦を開始した――

「……目標と交戦?」

 話では、ただ固体化したエネルギーを回収するという話だったはずだが。

『超エネルギー体は、地球上の生命体に憑依することで存在を維持する。回収するには、その憑依体を殺すことなくエネルギーと生物に分離させる必要があるのだ』
「おい聞いてねえぞ」
『言っていないからな。今言ったぞ』

 あっけらかんとした少女の物言いに、ため息が増す。
 その間に指揮官の説明も終わったようだった。

「ガーディアン・プリンセスに直接戦闘を仕掛ける必要はない。我らの目的はあくまで『超エネルギー体』の回収だ。奴がエネルギーと本体を分離させた隙を突いて、必ずエネルギーを確保しろ!」
「キー!!」

 場の戦闘員が、一同に敬礼の姿勢をとる。数秒遅れてそれを真似る俺。

「ま、気楽にいこうぜ。俺たちゃ腕がとれようと足がもげようと死にはしない。脳さえ無事ならな」

 とんとんと軽く肩を叩き、男が気楽そうに言う。
 なるほど、このマスクは一応それを保護するためのものでもあるわけだ。

「……初陣か。はっきりいって、まったく実感沸かないな」

 心中は、自分でも驚くほどにひどく落ち着いている。
 いまだ現実に脳が追いついていないだけなのかもしれない。
 それもまた、無理ない話だと思う。いきなり死んでいただの改造しただのの話を聞いて、間髪いれずに実戦だ。理解できるほうがおかしい。

『あまり派手に壊すなよ。お前は改造したてなんだからな』

 耳元に届くエールともつかない声に適当に返し、俺はただ、嘆息をつくしか自分にできる術を思いつかなかった。





 時に、現実がひどく空虚に思えたことはないだろうか。
 誰だってそんな体験を、一度や二度、しているはずだ。
 極端な境遇に立つまでもなく、ふとした日常の間で、「これは本当に現実なんだろうか?」と思うこと。それは宝くじが当たったり、野球でまさかの逆転ホームランが飛び出したり、あるいはテレビの運勢占いで1位になった瞬間でもいい。
 大小、人によって様々な違いはあれど、そんな自己と現実とのギャップに戸惑うような場面が人生を歩いている限り何度かあったはずだ。
 しかし今、俺の目の前で繰り広げられている光景は、そのとびっきりであると自負できる。
 海に面した公園で、ばかでかい魚が尾を振り回して暴れ回り、それを器用にかわしながら、確実に魚に致命傷を負わせているコスプレ少女――
 これが非現実と言わずしてなんだというのだろうか?
 テレビカメラを探したほうが現実との溝を埋める一番の手がかりになるのだろうが、生憎そんなものは周囲のどこにも存在していなかった(一応探した)。

「フレイム・シューター!!」

 大きく跳躍した少女がひらひらのスカートを風になびかせながら、持っているワンドを振りかざす。杖の先に埋め込まれた赤い宝石が眩い光を放ち、それが形を成したかのように一瞬後には杖の先から炎の玉が生み出され、魚にむかって恐るべきスピードで飛来していく。
 魚の化け物はもろにその玉を食らい、たまらないとでもいうかのように大きくのけぞった。
 その一瞬の隙を、少女は見逃さなかった。
 着地した瞬間、何やら印を刻むように空中で杖を振りかざし、その軌道をなぞるように光が追随し、空中に紋章が刻まれる。

「――我、焔の主が命ず。汝在るべき姿に還れ」

 詠唱により一際大きな光を放った紋章が、少女の気迫の声と共に、一気に魚の巨体へと打ち込まれた。

封印シール !!」

 グオォォォォォォッ、と魚が咆哮し、全身から強烈な光を発する。
 マスク越しでなければその光に目を焼かれていたかもしれない。強い輝きの中で、魚がみるみるうちに小さくなっていくのが分かった。
 そして、次の瞬間には。
 地面をぴちぴちと跳ねる普通サイズの魚と。
 その上でゆっくりとした動きで回転する、宙に浮いたカードだけが残された。

『いまだ! 全員突入!!』

 それを見計らったかのようなタイミングでマスクから司令官の怒声が響き、今まで周囲に身を隠し事の成り行きを見守っていた黒ずくめの集団が、いっせいにそのカードへと飛び掛る。
 ……が、刹那。
 カードに誰かがたどり着く、そのなにより先に、少女から発せられた強い熱波が、衝撃波として戦闘員たちを吹き飛ばした。

「……あら、ようやく到着? それとも最後だけ美味しくかっさらおうっていう、みみっちい考え方かしら」

 その声は、風に流れるように静かに聞こえてきた。
 腰に手をあて、やれやれと馬鹿にするように肩を竦め、少女はふん、と勝気に鼻を鳴らした。

「何度来ようと同じことよ、悪の惑星ノワールの手先たち! この私、プリンセス・フリージアがいる限り、地球を好きにはさせないわ!」

 びしっ!と少女の白い手袋に包まれた指が、一点を指す。まあ周囲にはたくさんの戦闘員が転がっているから、別に誰かを指差したわけではないのだろう。
 全体的に上半身白いスーツの中に、赤い装飾が肩やスーツのラインに走っていて、下は膝まで白いソックスで覆われており、極端に短い赤のスカートをはいている。燃えるような赤い髪を腰までなびかせ、強い意志を瞳に宿したその少女は、威風堂々、数では圧倒的に劣勢であるにも関わらず、自信たっぷりに力強く叫んだ。

「さあ、どこからでもかかってらっしゃい!」

 少女がだっとカードに向かって駆けていく。それを阻止するかのように、戦闘員たちが次々と行く手を防ぐが、

「とうっ! はっ! てりゃーっ!」

 ある者は回し蹴りで地面に叩きつけられ、またある者は軽くいなされ、そしてまたある者は持っている杖で殴りかかられ倒されていく。
 その動きは実に洗練されていて、見事なものだというしかなかった。
 こうして木陰で観察している内にも、黒い男たちが寄ってたかって少女を中心に取り囲んでいるのだが、次々とその壁が切り崩されていく。
 それは戦いというよりも組み手の相手……いやもっといえば、一方的な虐殺だった。

「……すごいなぁ」
『何を感心している。お前も行かんか』

 もはや現実感のないその光景に見惚れるしかない俺に、耳元でヴェスタの呆れたような声が届く。

「いやそうは言うがな博士。カードの周辺見てみろよ。明らかにやばげなサークルで囲まれちゃってるじゃねえかよ」

 ぴちぴち跳ねてる魚の周辺は、赤い光が円になって取り囲んでいる。
 おそらくさっきから1度も魔法(としか表現できないので、そう呼称する)を使っていないのも、アレを発生させているからに違いない。

「誰かが彼女に魔法を使わせてあのサークルを消してくれれば、俺だって行くけどさぁ」

 どう考えたって無謀としかいいようがない。現に目の前では、そのサークルに突貫していった巨体が、赤い光に冗談みたいに2メートルくらい吹っ飛ばされているところだった。
 何もかも規格外だ。
 目の前で華麗に戦う少女に、俺が持てる感想は一つだけだった。

「魔法少女かよ……」

 しかも肉弾戦もこなせる魔法少女ときては、俺の地球知識も役に立たないというものだ。
 そうこうしている間に何十人といたはずの同士たちは次々と倒れ、ついに最後に残った戦闘員も、少女の肘鉄に昏倒し、その場に倒れ伏せた。

「もう終わり? まったく、雑魚のくせに数だけ多いんだから」

 ふう、と少女は息を整える。あれだけの数がいても、少女の呼吸を乱すことすらできなかったようだ。

「さってと、あとはカードを回収すれば終わりね」

 先程までの敵意のこもった表情とは違い、魅力的な笑顔でカードに歩み寄っていく少女に、さてどうしたものかと思案する。
 まあ、行かなきゃいけないんだろうなぁ。
 ああでもケガするの嫌だし、博士にだってあんまり壊すなって言われてるし、なんとかこう、ビギナーってことで今回だけ見逃してもらうわけにはいかないんだろうか。
 そうだよ、だいたい戦闘員とか言っても戦闘の訓練だってまだ何も受けてないじゃないか。今回は運が悪かったということで、また次回頑張るから、今日はもう退散しよう。うんそうしよう。
 決断した俺は、その場から立ち去ろうと一歩を踏み出す。
 ポキッ
 小気味よい音が、不自然なまでに公園に響いた。
 足元を見ると、ものの見事に小枝を踏んでしまっている。

「まだいたの!」

 すばやく表情を切り替えた少女の強い視線が、こちらを射抜く。
 うわあ、気付かれた!
 慌てて茂みから飛び出し、なんとか説明しようと身振り手振り交えて少女を説得する。

「落ち着け! 俺はついさっきまで君と同じ善良なる一般市民であってだな……」
「せやあっ!」
「うわあ!」

 正面から突っ込んできた少女の拳を間一髪で交わす。少女は少しだけ驚いたように顔をしかめたが、すぐに二撃目を繰り出した。今度は右足からのハイキック。
 それもギリギリで腰をかがめて交わし、バックステップで少女との距離をとる。が、すぐにその差は詰められてしまった。

「いや話し合おう! 俺達は分かり合えるはずだ!」
「このっ、このっ、ちょこまかとムカツクわね!」
「まずはその無粋な拳をしまえ! 俺達は言語を持った文明人だぞ! そーいう直接的な交渉は同じ霊長類として感心できないな!」
「キーキーうるさいわよっ!」

 ああっ、そうだった!この仮面をつけてたら相手にはキーとしか聞こえないんだった!
 くそっ、ヴェスタのやつ、仮面の本来の用途は密告を防ぐためだな! あのやろう、帰ったら髪型をツインテールにしてやる!

「もおおっ、あったまきた! ――深紅なる炎の源よ、我が意思、我が望みと共に敵を討てっ!」
「……っ!?」

 近距離で少女が振りかぶった杖から、強烈な光が集まっていく。
 それは熱となり、荒れ狂う炎となって、周囲の酸素を吸って一瞬にして肥大化した。
 それを目にした瞬間、本能的に理解する。……シャレじゃすまねぇ!
 理解できれば、あとは動くだけだ。
 脳が指令を出すまでもない、それはほとんど反射的な行動だった。

「必殺! バーニング・パニッ――きゃあっ!?」

 俺は膝に力をこめ、体勢も考えず無理やり少女に飛びついた。
 突っ込んでくることは予想外だったのだろう――俺の体に押され、少女が後ろに倒れる。

「やばっ! 制御が……!」

 その反動で、今まさに振り下ろさんとしていた杖は本来の軌道から外れ、そこから放たれた高エネルギーの光熱波が、俺の真横を貫通した。
 爆発と、光が辺りを埋め尽くす。
 赤い閃光が大きく膨れ上がり、そして鳴動して音を響かせる。
 砂けむりがあがり……その時点になって、とりあえず助かったことだけを実感した。

「ったく、とんでもねーな……」

 光が辿った道を視線で辿ると、まず自分の右腕が肘からごっそりなくなってることに気付く。そして後方では、地面をえぐる破壊の跡が容赦なく刻まれていた。

「これがエテルの力か……そりゃ、俺らが劣勢になるわけだ」

 こんなもんにまともにぶつかってかなうわけがない。
 ……ヴェスタのやつ、早急にエテル変換装置を開発してくれなきゃ、近いうちにマジで全滅するぞ俺ら。

「しかし派手にやられたもんだ。ま、痛覚が残ってないのが幸いだけど……指とか動かせるかな?」

 失った右手からは何の感触もなかった。そのかわり、ついでのように左手の指を動かしてみれば、何やら柔らかなものが指と指のあいだにはさまる感触がある。

「ん?」

 そこで俺は――ようやく、というべきか、自分がどういう姿勢になっているのかを認識した。
 魔法少女の上に馬乗りになって、左手でおもいっきりおっぱいを揉んでいた。

「………………」
「………………」

 視線をあげる。顔を真っ赤にした少女が、こちらも自分がどうなっているのか完全に把握できていないのだろう、口をぱくぱくさせながら俺の顔を見つめている。
 しばらく、そうして見つめあう――互いに、次の言葉も、行動も、とりあぐねていた。
 俺も体を動かせず、仕方なく少女の乳房を掴んだまま、そのままの姿勢でいるしかない。
 やがて、ぴくぴくと眉をひそめていた少女が、ゆっくりとその可憐に整ったピンク色の唇を動かす。、

「し、し、」
「し?」
「死ねぇーーーーっ!!!」

 その後めちゃくちゃボコられた。








※初回から沢山の感想ありがとうございます。
今回読んでいただければ分かるように、作者は戦闘描写がまったく書けません。
皆さんに呆れられないようがんばる所存ですが、その辺は生温かい目で見守っていただければ幸いです。



次回、組織の日常



[18737] 第03話:『新たなる決意! 戦闘員としての一歩!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/14 12:31
 実を言えば、その時その瞬間まで、俺は今日起きたありとあらゆる全ての出来事は夢なのではないかと思っていた。疑っていた、というよりも、確信を持って夢だと信じ込んでいた。
 この馬鹿げた話は、明確な自分の意識が保てる夢――確か明晰夢――とか言うやつで起きている事件であり、俺がどんなに春眠暁を覚えない野郎だとしてもいつかは目を覚まして、次の瞬間には考えるのも億劫な夢も希望もない現実に引き戻してくれる、と。
 そう夢や希望を抱いていたのだ。
 だってそうだろ? 目が覚めたら自分が改造人間で人知れず戦う宿命になっていて、敵はステッキ振り回してせっせと環境破壊にいそしむ魔法少女ときたもんだ。
 誰だって正気を疑う。
 誰だって夢だと思い込む。
 俺はヴェスタの話を聞いている最中も男に仮面のつけかたを習うときも魔法少女のスカートの中に目がいっている時でさえも、その懸念を忘れたことはなかった。
 いつこんな面白愉快な夢から目が覚めるのだろう。ああせめてあの中が見えるまでは夢でいてくれー、などと楽観的に願っていたほどだ。
 そう、俺は、あの瞬間まで、確かに「現実に居なかった」のだ。
 ……けどそれが夢でなかったとき、全ての常識は覆される。
 全ての願いが破壊される。
 それは、俺の右腕に確かなアギトとして、明確たる証拠を残していったのだ。
 自分の腕が冗談みたいに一瞬で吹っ飛ばされて、夢を見続けられる奴なんていない。





「……起きろ。治療は終わりだ」

 ごつんという衝撃的な破壊音と頭部に伝わる揺れで、強制的にまどろみから帰還させられる。しばしまばたきを繰り返した後、俺は自分の境遇を一瞬で思い返した。
 はっと気付き、すぐに視線を右腕へと走らせる。

「おお、本当に直ってる。便利だなぁ」
「バカモノ。完成した初日で『修理』ではなく『再生』を施した戦闘員は、お前が初めてだぞ」

 これはお前の給料から差っ引くからな、となにやらブツブツ言っている小柄の少女。白衣を引きずって歩くその姿からは想像できないほど、彼女は真に「化け物」なのだと、俺は改めて思い知らされた。
 いや、何から何まで、今はじめて認め始めているのだ、俺は。
 この空間が、俺を取り巻く現実であるという事実に。

「神経伝達に支障はないな? 軽く動かしてみろ」
「大丈夫みたいだ。さっきまで『無かった』のが嘘みたいにぴんぴんしてる」

 ぐるんぐるんと右腕を振り回して見せる俺に、「それはなにより」とつまらなそうに呟くヴェスタ。彼女にとってそれは当たり前なのだろう。
 壊れた戦闘員を、自分が直す。見慣れた光景、不変の現実。

「……それにしても、またここか。戻ってきちゃったなぁ」

 周囲を見渡せば、そこは俺が初めて目覚めた場所である改造室だった。
 まさか一日に二度もお世話になることになるとは。

「どうせまた何度も来ることになる。新鮮なのは今だけだぞ」

 改造台横に設置されてある機械のコンソールを叩く片手間に、ヴェスタが呟く。
 それを聞きながら……いや、聞き流しながら、俺は静かにヴェスタに問いかけた。

「なあ、ヴェスタ」
「なんだ」
「俺って変なのか?」
「ああ」

 即答された。あまりによどみない流れだったので何かを突っ込む暇もなく、思わず肩がくだけてしまう。

「お前なー」
「……なんだ、自分で聞いてきたんだろう。私は自分の意見を述べたまでだ、が……」

 リズミカルにタッチパネルを叩いていた指を止め、ヴェスタが視線をこちらに向けてくる。

「何か気になることがあるようだな」
「ああ」
「私は心療は管轄外だが、せっかく今日仲間になった同胞のためだ。話くらい聞いてやろう」
「ありがとう」

 どういたしまして、と肩を竦めるヴェスタが、視線で「で?」と続きを促してくる。
 さて、どう言えばいいのか。
 いざ形にするとなると、この違和感を言葉にするのは難しかった。
 仕方なく、まわりくどいようだが、最初から話すことにする。

「今日の戦闘……酷かっただろ? 俺なんてボコボコにのされちまってさ。気絶しちまって、気がついたら彼女もカードもなかった」
「まあお前がボコられたのは主に戦闘終了後だがな」
「で気がついたとき、周りを見渡してみたわけよ」

 なにやら不愉快な視線を感じるが、きっぱりと無視する。

「そりゃーもうすげえもんだった。死屍累々ってやつ? 公園のいたるところに大小黒服の男たちがぶっ倒れててさ。地獄絵図といってもいい」
「想像するに余りあるな」

 今でも瞼に焼き付いている。ここは戦時中かよと思うほどの数の人間が、狭い中に折り重なって倒れ付しているのだ。常識ある一般人なら吐き気を催す光景だろう。

「これを、たった一人の女の子がやったんだって思うと……正直怖かった。魔法とかそういう非現実的な要素を抜きにしても、それは俺にとっちゃ少なからずショックだったんだ」
「……それで?」
「けど、しだいに次々と起き上がっていった、他の連中は違った」

 奴らはよろよろと立ち上がり、そして――笑いあったのだ。
 ……いやー派手にやられたよな、とか。
 ……俺なんてみろよこれ、首完全に折れちまってるぜ、とか。
 ……あー撤収撤収。引き上げようぜー、なんて。
 彼らはさも自分たちのノルマはこれで終わりだといわんばかりに、意気揚々と基地への転送ポットに向かっていったのだ。
 それを呆然と見送り……そして自分の右腕を見て、そのあまりの空虚さに気付いたんだ。
 痛みのない負傷。
 絶対に死なない現実感のない戦い。
 それはまるで、ゲームのようだと。

「奴らは感覚が完全に麻痺してる。これが『戦闘員』にロールプレイして遊んでいる、超リアルなゲームだとでも思ってるんだ。現実味の無い世界、二次元要素の敵、そしてその後自分たちの元に転がり込んでくる大金……正気を保てるハズなんてなかった」

 何故多額の金が振り込まれるのか。
 何故戦闘員たちは、あれほど未知の存在と戦うのに一切の恐怖を抱かないのか。
 それは、一種の洗脳といってもいい。
 戦うために、戦わせるために、彼らの人としての部分を可能な限り削ぎ落とす。
 彼らは本当に脳が破壊されて死ぬ瞬間まで、刺激という名の愉悦と共にあるのだろう。
 それはとても幸福なことだと思う。

「……それを知ってどうする? 戦闘員160号。お前も漫画やゲームの主人公のように、その行為は悪だと我らに反旗を翻してみるか?」

 彼女の言葉は静かで揺らぎがない。波紋すら呼ばないそれは、とても人とは思えないような声で……だから俺は、けろりと答えた。

「いや、その逆だよ。ヴェスタ」
「なに?」
「それじゃあ彼女には絶対に勝てない。それが言いたかっただけなんだ。だいたい俺自身、この件が引っかかる、って程度で、具体的に悪いとか良いとかはよくわかんねーんだよ」
「……なんだそれは」

 おもいきり脱力したように、ヴェスタが辟易とした顔を見せる。

「お前、この話の展開でそれはないだろう! ついに我が軍初の反逆者かとわくわくしていた私の気持ちはどうなる!」
「だから言ったろー? ちょっと気になっただけなんだ。第一記憶のない俺に、ここ以上の居場所なんてあるかよ。そのことで、俺はようやく、自分の立場を知ったってことさ」

 今まで見ないフリをしていたものが見えたから、それなら積極的にそいつに関わってやろうと思っただけだ。
 これが壊れてるなんてハナから承知だ。
 この世界が全部妄想の産物で本当の俺は隔離病院に寝ている哀れな病人だったとしても、最後までこの現実という名の夢に付き合ってやる。
 そう覚悟しただけだ。
 この空想の戦闘員として……最後まで、あがいてやる。

「で、そのためにはまず、なんとかしなきゃいけない奴がいる」

 意気込んで言う俺とは対照的に、冷めた視線で返す少女。

「ふん。易く言うがな、敵は難攻不落の要塞だぞ。戦闘員程度のお前に何ができるというのだ。お前の言ったとおり、現状は使いやすい地球人の駒で時間稼ぎしているに過ぎん。我らの『ジュエル』が完成すれば、一気に反攻の手に回れるのだ。我が頭脳を信じろ」
「信じちゃいるけどな。このまま手をこまねいてお前の発明成果を待っているわけにもいかないだろ」

 たまたま手頃な位置にあったので、ぐりぐりとやや乱暴に少女の頭を撫でてやる。

「な、なにをする! ハゲるやめろ!」
「そりゃ迷信だ」

 さて、しかし難攻不落の要塞、ねぇ。
 俺は今日あった、彼女との戦いを思い出す。彼女の言動、彼女の戦闘スタイル、そして圧倒的なエテルの威力。
 全てが驚異的で、全てがこちらを上回っている。
 直接的な戦闘で挑めば、勝利はまず絶望的だろう。
 ただ、まぁ――

「―――崩せない壁じゃないな」





「ぎゃあああ!」

 慌てて後退する……しかしそれは、実際胸をそらした程度でしかなかっただろう。
 一瞬後こちらの鼻先を、何か鋭く鋭利なものがかすめていった。
 それはすぐに軌道を翻し、横薙ぎとなってこちらの顔を両断しにかかる。

「わあああああ!」
「やかましいぞ! それでも誇り高きノワールの戦闘員か!!」
「いやちょ、タン、タンマっす! タンマ願いますディアナ総司令!」
「せやぁッ!」
「ぐぅっ……!?」

 裂帛の気合いと共に放たれた蹴撃が情け容赦なく腹部を貫く。冗談じゃなく、確かに痛みが背中まで貫通した。

「ギブ! ギブです将軍! 白旗はげてる兵士を襲うとか武士道あるまじきでしょ!」
「問題ない。これは訓練だ。訓練で情けない声をあげる兵士など、私は兵として認めん」
「鬼~っ!!」

 どうしてこんなことになったんだろう。
 何故俺はこんな円状の狭い空間に閉じ込められ、美人鬼軍曹のしごきを受けているのだろう。
 あとなんで捨てたはずの痛みとかがするんだろう。
 もう帰りたい。戦闘員やめたい。ナマ言ってすいませんでした。戦うのやめます。

「さあ、次はこの特殊演習場内に擬似的なエテル効果を発生させる。お前は使えないので、私の操るエテルを避けるだけでいい」

 ハイレグアーマーのブロンド美人が腰の鞘に剣を納めながら、あれだけ暴れまわったというのに息一つ乱さず平然とそんなことを言う。

「あの、それ当たったら……」
「死ぬ」
「だしてー! ここからだしてー!!」

 ダッシュして後方の壁をどんどん叩く。背中を向けてるうちに入り口はいつの間にか消え、もはや光も届かぬデスコロシアムと化したその空間で俺は涙ながらに訴えた。
 後ろで、美人の艶やかなため息が漏れる。

「ドクター、はじめてください」
『了解したぞ将軍』

 上のほうでスピーカー越しに声が聞こえたかと思うと、暗闇の空間の中にぽつんぽつんと小さな灯りが次々と点滅していく。それは星の瞬きのようでとても幻想的ではあったが、話の流れからしてどう見ても俺を死へと誘う鬼火にしか見えない。

「ヴェスタてめー! 嘘つきー! 何が痛覚はないだよ! きちんと残してんじゃねーか!」

 やけくそになって天へと吼えると、俺を嘲笑うかのような高笑いが響き、

『おや心外だな戦闘員160号。私は嘘など言っていないぞ。普段は痛覚にあたる信号を脳に届かないよう遮断しているにすぎない。だが私のスイッチ一つでいかようにも脳へと痛みを送ることができるのだ! はーっはっはっはっ! お前昨日言ってただろっ、“痛みがないと現実感がない”とな! そこで将軍と相談した結果、戦闘訓練は脳に直接プログラムするのではなく、このように実施にて文字通り“痛みで”覚えさせたほうが効率的なのではないかという一つの仮説に思い当たったのだ。で、今初期戦闘プログラムが入っていないのはお前だけだから、お前で試しているというとてもシンプルな状況ではないか。何が疑問かね?』
「てめえの悪質な嫌がらせ全てにだよ!」
『準備ができたようだな将軍。でははじめよう』
「うむ」
「いやあぁぁぁあぁぁぁあぁぁっ!」

 問答無用の閃光が鼓膜を揺さぶった。






『これで実施プログラム・午前の部は終了と。……どうかなディアナ将軍。手ごたえとしては』
「話になりません。使えるのに150年は費やすでしょう」
『くくくっ、それはそれは』
「……ドクター。貴女は早くジュエルの完成を急いでください。アレは私が預かりますので」
『ふふふ。了解した。せいぜい壊さないように頼むよ、ディアナ・ノワール総司令殿』

 ……そんな言葉を、薄れゆく意識の中で聞いていた。
 あのやろう……ぜったい……ツインテールにして……やる……。





 次回、少女の運命の出会い




[18737] 第04話:『運命の出会い? もうひとりの魔法少女!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/18 17:01
 俺が戦闘員になってから、はやいもので一週間の時が流れた。
 その間何があったというわけでもなく、例の『超エネルギー体』も出現しなかったので、俺は自分の常識をアップデートすることに多大な労力を費やし、ようやくこの戦闘員暮らしに慣れというものを感じ始めていた。
 そこで遅ればせながらではあるが、ここの生活というものを少しだけ紹介しようと思う。
 そもそも俺たちが根城としている組織、『ノワール地球支部』が何処にあるのかというと、端的にいえばそれは地下である。といっても穴を掘って地底人よろしく生活しているわけではなく、脅威の宇宙パワーで地下に多元空間を開き、そこに巨大な地下施設を設けているのだ。
 理論上、そのスペースは無限。広げようと思えば際限なく広がるため、組織の人間が何人増えようとも安心設計というわけだ。

 この地球支部に存在する住人のタイプは、大きく分けて3タイプある。
 そのうちの2タイプは本星から派遣されてきた宇宙人、『将軍』と『博士』――すなわちディアナ様とヴェスタのことだ。そして残る1タイプが、俺達『戦闘員』ということになる。
 戦闘員にも3種類の人種がいて、一番多いのが洗脳を施された戦闘員。人間の脳による学習能力と判断思考を利用されているだけの、自我を持たない人形兵だ。命令には忠実なものの、人間特有の柔軟性が欠けており、戦闘力は他の戦闘員より著しく劣るという。これはAタイプと呼ばれている。
 次に多いのが生きていながらヴェスタの改造手術を受けた狂気の者。通称Bタイプ。その理由は様々だが、彼らは主に提供される大金のために戦っていることが多い。ヴェスタの暗示やこの漫画じみた環境によって戦闘における嫌悪感や恐怖を『ゲーム感覚』で無くしている者が大半で、ディアナ様にしてみれば一番使い易い、死をも恐れぬ兵士ということになる。
 そして最後がCタイプ。死者から蘇生し、かつ洗脳を受けずに自分の意思で戦っている戦闘員。本当なら戦う理由がまったくないので、これに該当するタイプは組織の中でもほとんどいない。
 死に未練があるものが、なんでもいいから生にすがりつく――そんな理由が多いらしい。
 俺のようになんとなく戦っている奴なんて、俺くらいのもんなんだとか。余計なお世話だ。

 ……それはさておき、そんな個性豊かなノワール地球支部の構成員は、戦闘員Bタイプ以外は基本的にこの地下施設から出ることを許されていない。
 何故ならAもCも死体から再起しているため、街に繰り出せばそれはもう問題になるからだ。《ノワール》はこの辺、潔癖なまでに地球への配慮を怠らない。
 そのことを以前ヴェスタに訊ねたら、彼女は真顔でこんなことを言っていた。

「我らは侵略目的でこの星にいるのではない。こんな利用価値のない未開惑星で下手に問題が発生し、それが『銀河特警パトロール』に知られでもしたら割に合わんからな。……もっとも、この星域は奴らにとっても管轄外だから気付かれることはまずないと思うが」
「ぱとろーる? また新たな宇宙用語か?」
「この銀河の抑止力だ。奴らは戦争行為には介入しないが、惑星間の問題事になら強制的に割り込める権限を持っている。……ただでさえ『我ら』は奴らに睨まれている。ことを大きくしたくないのは、ルピナスとて同様だろう」

 そのため二つの星共に、パトロールに気付かれないよう可能な限りの少人数だけをこちらに送り込んだのだという。
 ……成程、いくらなんでも幹部が二人というのはどういう理由かと思えば、そういう事情だったらしい。宇宙にも色々と面倒なことがあるようだ。
 ということで俺もこの一週間、その規律を守って地下施設にこもり、将軍にボコられたり将軍に叩きのめされたり将軍に足蹴にされながら日々を満喫していたのだが、ふとした瞬間、驚愕の事実に気付いてしまったのだった。





「外出許可を貰いたい? 別に構わん。好きにしろ」

 2秒だった。
 あーあー暇だなー外の空気吸いたいなーはやく憑依獣でてこないかなーとか色々と鬱憤を溜めていた過去の俺はどうしたらいいのだろう。

「ただし作戦開始時にはいかなる理由があってもこちらを優先しろ。いいな」
「はい」
「では、下がれ」
「はっ」

 ディアナ将軍に一礼し、作戦室を後にする。
 ここら辺の礼儀も、手馴れたものだ。俺もすっかり戦闘員に馴染んでしまったようだ。

「しかし盲点だった……俺の顔、そういや生前と違うんだった」

 俺はヴェスタによって死体から蘇生したものの、顔は整形されているので、外を歩いても生前の知り合いが気付くわけもない。そんな当たり前のことに気づかずに今まで時間を無駄にしていたとは、一生の不覚だった。
 しかしこれで、晴れて外の世界を見て回れるというもの。
 前回は作戦行動中で景色なんて見てる余裕もなかったし、今日はこの御門市という町を探索するのも悪くない。土地勘を得ることは、戦いにおいても役に立つはずだ。
 そんなわけで鼻歌も交えつつ浮き足立って廊下を歩いていると、前から小柄の白衣少女が歩いてくる。彼女はこちらを見るなり気持ち悪そうに顔をしかめた。

「なにやら浮かれているようだな、戦闘員160号。度重なる訓練でついに神経が破綻したか」
「出会い頭から失礼な奴だな。ディアナ様から外出許可を貰ったんだ。それで今日は街に繰り出そうと思ってな」
「なに? お前、今までインドア派だったから外に出てなかったのではないのか。いつも私とゲームばかりしているから、太陽を長時間浴びると死んでしまう体質なのかと思っていたぞ」
「…………」

 目を丸くしてとても驚かれた。
 真相は死んでも言うまい。絶対バカにされる。

「まあお前なら心配いらないとは思うが、地球人には無駄に接触するなよ」
「問題起こすなってんだろ。分かってるって」

 ひらひらと手を振ってヴェスタと別れ、施設にある転送ポットから地上に向かう。
 この転送ポットは地上の各地に繋がっており、場所を指定することで瞬時にそこに移動できる優れものだ。もっとも街の人に出てくるところや消えていくところを見つかるとまずいので、地上の転送ポットは廃屋やら森の中やら人が通らない場所に設置されている。
 地球人の科学力ではまず解析できない仕様らしい。
 とりあえず御門市の住宅街からやや離れた場所にある、今は使われない廃ビルに転送先を定め、そこに飛ぶことにした。
 ああ一応、服装は先程支給された、ごく普通のパーカーにジーンズである。念のため。





 御門市は歩いてみた感じ、温暖な気候の、風光明媚な観光地といった印象だった。
 海と山に囲まれ、自然も多く残されている。都会のように極端なビル街もなく、常にのんびりとした空気の漂う、言ってみれば田舎町と呼んでも差し支えない場所のようだ。
 適当に歩いていると商店街についたので、そこのコンビニで複数の新聞紙とフランクフルトを購入し、口にくわえながら新聞に目を通す。
 改造人間である今の俺には、食事は必要ない。しかし味覚は繋がっているらしく、食べてみれば確かにソーセージの味がした。なんだかひどく懐かしい、奇妙な感触だった。
 ……ところで疑問なのだが、食事が必要ないということは当然排泄も無用のものだ。そうなると、この食べたフランクフルトはどこにいくのだろう?
 いや、やめよう。考えるとすげえ怖い。
 宇宙脅威のテクノロジーということで自分を納得させ、新聞をナナメ読みでペラペラとめくる。

「ふうん……やっぱり載ってないな」

 記憶の無い自分には、総理大臣がどうとかスポーツで誰々がどうとかアイドルの何々ちゃんが破局とかいうのはまったくちんぷんかんぷんで興味すら抱けない内容である。なので自分の知りたい記事だけを探していたのだが、やはり予想通りというか、『ガーディアン・プリンセス』のことはどの新聞でも一切記されていなかった。
 もっとも、これらは全国発行の新聞紙なので、ローカル新聞はまた違うのかもしれないが、とにかく俺達が御門市でやっている小競り合いは、全国的に認知あるものではないらしい。

「報道規制……ルピナス側で地球と組んでるのか?」

 あちらの情報は、何一つ掴めていない。
 どうも《ノワール》の人間には、《ルピナス》のことを調べるという概念がないらしく、敵組織の情報なのに何も知らないの一点張りだった。あちらも似た様子なら、お互い「調べる価値などない」と思っているのかもしれない。
 まあ、数百年の単位で争い続けている星だ。俺たちの常識など通用しないだろう。
 だからいつも下っ端が苦労させられるわけだ、と。

「こちらから派遣されてきたのは二人。あっちは最低一人はいるだろうな。地球人を勧誘してお姫様にした奴がいるってことは」

 向こうの戦力はまだまだ計り知れない。対するこっちの戦力は明らかな不足かつ劣勢だ。
 あっちは重火器を保持しているのに、こっちはまだ竹槍でつついているに等しい。
 この圧倒的なパワーバランスを早々に修正しないことには、こちらに勝ち目はない。現状こっちが勝ちにもっていけるパターンは、ルピナス側より先に憑依獣を発見し、あちらが姫様を送りつけてくる前に回収、帰還することだけだ。
 そういう意味では、数で勝っている我々が有利ではある。もっとも前回のように、あっちが駒を投入してきた時点で終わってしまうのだが。

「やっぱりヴェスタの完成を待つか、あるいは……って感じだな」

 なんにせよ、憑依獣が出てきてくれないことには試せるものも試せない。
 結局は待ちの姿勢でしかないのだ。どちらの勢力も。

「……はぁ。ま、知りたいことは知れたしな。街もある程度見てまわれたし、そろそろ帰還するか」

 空を見れば、もう夕焼けが茜色に青を塗り替え始めている。
 別に門限などはないが、これ以上この街に用もない。
 一番近くの転送ポットから、基地に戻るとしよう。

「えーっと、ここから一番近いのは……丘の上公園ってのがあるな」

 さっき本屋でヴェスタに頼まれていた漫画本と一緒に購入したマップで、場所を確認する。どうやら御門市を一望できる、街でも有数の観光ポイントのようだ。そのわりには人気も少なく、なんだか穴場みたいな位置づけになっているらしい。

「……本当に流行ってんのか?」

 さりとて、この商店街からそう遠くない。俺は地図をまるめてポケットにしまうと、そちらの方向に向かって歩き出した。





 地図に従って馬鹿みたいに長い坂を上っていくと、やがて開けた場所についた。
 ここが丘の上公園のようだ。
 小高い丘の上に、綺麗に整備された土地が広がっている――が、遊具はおろか建物のようなものもなく、中心に噴水が置かれている以外は、丘の先が囲いで覆われ、その内側に申し訳程度にベンチがいくつか置いてあるくらいの、見るからにしょぼい場所だった。
 成程これなら観光者は物珍しさに一度は足を運ぶだろうが、現地の人間は用事がない限り近寄りはしないだろう。
 実際辺りを見渡してみれば、そこには人の姿なんか――

「おや」

 と、思ったが。この入り口から少し離れた場所に、男女数人の姿があった。
 というよりも私服の男が三人で、一人の制服姿の女の子をかこんで何やら言い合っているようだ。

「ねね、君現地の人でしょ? 俺達遊びに来たんだけどさ、ちょっと案内してくんない?」
「な、いいじゃん? どうせ君以外誰もいないんだしさ」
「俺達奢っちゃうよ?」
「……あの……その……」

 あまり楽しそうな雰囲気とは言いがたい。
 女の子はショートカットに前髪で目元が隠れているという、見るからに内気で物静かそうな娘で、あまりこういったナンパには慣れているようには見えない。
 男たちの言葉にも不安そうにきょろきょろしながら、俯きがちで言葉少なに拒否反応を示すだけだ。それが強引にもっていけると男たちを確信させたのか、しまいには少女の腕をとって連れて行こうとしている。

(……あー。どうしようか)

 俺は正義の味方でもましてや正義感のかけらもない、ただの下っ端戦闘員だ。揉め事に突っ込む義理はなく、とどめに上司からは地球人とトラブル起こすなと釘まで刺されている。
 さてさてどうしたものかと呑気に立ち尽くしていると、男たちが少女の手をとってこちらに向かってきてしまった。そりゃそうだ、公園の出入り口はここしかない。
 ……あっちから来ちゃったんだから、まあ俺のせいじゃないよな。
 入り口の真ん中に突っ立って男たちをじっと凝視していると、先頭で歩いていた男が鬱陶しそうにこちらを睨んできた。

「なに? アンタ」
「コイツ超ガンくれてんだけど」
「俺ら急いでるからさ、どいてくんない?」

 男の一人が右に避けようとしたので、とりあえずそっちに移動してみる。
 は?と更に表情が曇る男。

「いやマジなんなの? うぜぇんだけど」
「何か言えよオイ」

 次第に男たちから苛立ちが募り始める。対してこっちは何も言わず、ただ木偶の坊みたいに突っ立って視線を男に向けるだけだ。……うん、我ながらなんというウザさだ。
 短気な奴なら我慢できないだろう。

「ウザ! おいマジどけっての! 喧嘩売ってんなら買ってやんぞおらぁ!」

 ほらね。血管ぶっちんいっちゃった男の一人が、こっちの顔面めがけて殴りかかってきた。
 パンチは見事、俺の左頬に突き刺さる。

「……っ!?」

 しかし驚いているのは男たちのほうだった。
 それもそうだろう。拳は完全に顔に入っているのに微動だにせず、表情すら変えず自分を見つめてくる奴がいたら、誰だってそんな反応をする。

「……んだよてめぇ……」

 右手を引き、不気味そうに後ずさる男に、俺は初めて声をかけた。

「その子、離してくんない?」

 首をかしげ、にっこりと笑ってみせる。
 場に不釣合いな明るさで、場に不自然な陽気な声で。
 我ながら思ったね。
 こんな奴とぜってー関わりたくないって。

「……おい、行こうぜ……何かキモいよコイツ」
「ああ……」

 ちらちらとこちらを見ながら気持ち悪そうに公園を後にする三人組を見送り、ふう、とため息をつく。
 やれやれ、これなら文句ないだろう? ヴェスタ。

「……ぁの」

 おそるおそる、といった感じで申し訳なさそうに囁く声が背後で響いた。俺の聴覚でなかったら聞こえなかったかもしれない。
 ああ、すっかり忘れていた。俺はその子に向き直る。
 彼女は相変わらず俯きがちで、表情は前髪に隠れてしまってよく見えない。
 まあこの子も気持ち悪かったろうな、さっきの。いらんPTSDを植えつけてしまったかもしれない。そう思い、素直に頭を下げて謝った。

「ごめんね、大丈夫だった?」
「ぁ、その……あの、た、助けてくれて! あ、ぁりがとう……ございました……」

 助けてくれて、だけは勇気を振り絞ったものの、その後どんどん言葉が尻つぼみになっていくのがなんだか面白い。相当人見知りのようだ。

「俺は何もしてないよ」

 これがまた本当に何もしていないのだから格好がつかない。

「あんまり人がいない場所に一人で来ないほうがいいよ」

 とりあえず年長者(?)としてアドバイスすると、少女は困ったように唇を曲げてみせた。胸元で右手をぎゅっと握り締めながら、なにやらぼそぼそと口にする。
 でも、この場所が好きだから。
 彼女の唇はそう動いていた。俺は発達した視覚と聴覚でそれを読み取り、

「そっか。それなら仕方ない。でも次からは誰かと一緒に来たほうがいいね」
「……っ!?」

 少女はびっくりしたように顔を上げてよろめいた。ああ、また驚かせてしまった。いかんいかん。
 後ろ頭をかき、もう一度「ごめんね」と声をかける。

「とにかく、今日はもう遅いから帰ったらどうかな?」

 俺の提案に、しばし返事がなかったが、やがて小さくこくりと頷いたようだった。
 送ってあげようか――と言おうとして、さすがに思いとどまる。これじゃあさっきの男たちと一緒だ。自分の思いがけない一面に苦笑して、「じゃあね」と少女に手を振る。
 彼女は何度も振り返ってはこちらにぺこぺこと深く頭を下げながら、ゆっくりと坂を下っていった。
 その姿が完全に見えなくなるまで見届けてから、再度嘆息をつく。

「……なんか変なことになってたなぁ」

 “生まれて”初めての女の子……に対する反応だ。初々しくなるのは許して欲しい。
 周囲に博士やら将軍やら魔法少女やら頭のおかしい奴らしかいなかったから、ああいう普通の女の子と会話するのは実に貴重な体験だった。
 これが今日の散策一番の収穫といってもいいな。
 他は全部これを盛り上げるための前座だったといってもいいくらいだ。

「うん、これでこの後の潤いのない人生にも耐えられそうだ」

 よし、俺も帰ろう。
 確かここの公衆トイレに、転送ポットが――
 そんなことを感じながら公園を横切っていたそのとき、胸ポケットに締まっていた携帯電話からけたましくメロディが鳴り響いた。
 ヴェスタに持たされた、非常用緊急連絡道具。
 それが意味することは、一つだけだ。
 ついに来たかという緊張で胸を高鳴らせながら、急いで電話をとる。

『戦闘員160号! 目標エネルギー反応が確認された!』

 ディアナ将軍の声に、すぐさま踵を返し、公園を出ようと駆ける。

「場所は!?」
『お前の頭上だ!』
「ずじょ――えぇっ!?」

 思わず立ち止まって携帯をまじまじと見てしまう。
 そこに、ふっと。
 予兆もなく、唐突に周囲が暗くなった。
 空を、何かが遮ったのだ。それは巨大な影となって俺を覆い尽くしている。
 ……嘘だろ?
 ゆっくり、ゆっくりと、信じたくないといった面持ちで空を見上げる。

「キシャアアアアアアァァツ!!!」

 馬鹿でかい凶鳥が、こちらに爪を掲げて急降下していた。

「嘘だろおおおおおおっ!?」

 ほとんど無意識に地面を蹴り、その場に勢いよく倒れ伏せる。
 俺の背中ギリギリを爪が通り、巨鳥はすさまじい羽音を起こしながら再び上空へと舞い戻る。
 慌てて起き上がり、なんとか携帯電話を耳に当てて作戦を乞う。

「いやどーすんすかアレ! 肉体言語でどうにかできる相手じゃないでしょう!」
『応援を待て! その場で囮に徹しろ! 絶対に逃がすなよ!』

 そこで通信は途絶えたようだった。ツーツーとお馴染みの電子音を繰り返すそのガラクタを思わず放り投げる。

「無茶苦茶すぎるぞ指令系統!」

 半ばやけになって叫ぶ。その声に反応するかのように空で翻った巨鳥が、再びこちらに襲い掛かってきた。
 いや落ち着け! こういう場面でこそ、訓練を活かすときだ!
 周囲を見渡す。
 身を隠す場所は――ないっ!
 敵に対抗できる武器は――当然落ちてない!
 転送ポットは――こっから100メートルほど先!

「ムリゲー!」

 しゃがみこむが、次も上手く避けられる自信はなかった。
 もはや敵の脅威に食い散らかされるのを黙ってみているしかないのかと俺が覚悟を決めた、その時である。

「――ウインド・シューター!」

 後方から撃ち込まれた緑の光が、巨鳥の顔面に直撃した。
 轟音のような鳴き声を上げてその場に羽を散らす巨鳥と、しゃがみこんだまま涙目な俺の間に、上空から勢いよく何者かが飛び込んでくる。

「ガーディアンが一人、プリンセス・サイネリア参上! これ以上私の思い出の場所で、好き勝手暴れさせません!」

 それは華麗に地面に着地し、こちらに背を向けて現れた。
 ……あ、白。

「早く逃げてください!」

 少女が顔だけこちらを振り向いて、力強く叫ぶ。
 透き通るような、綺麗な瞳だった。
 紫色のショートヘアが風に揺れ、彼女の前髪をなびかせる。以前見た戦闘服姿とは色違いである翠の装飾が走ったその麗しき姿は、見間違うはずもない、俺たちの宿敵にして天敵、ガーディアン・プリンセスそのものだった。

「もうひとり……だと!?」

 だがそれは、前回対峙した赤の少女ではなかったのだ。

「シャアアアアァァァァアアッ!!」

 倒れていた巨鳥が、再び羽を豪快に動かしながら空へとあがる。
 鋭い風が巻き起こり、少女の前方から吹き荒れた。
 少女はそれによろめきながらも、なんとかこちらをガードするかのように一歩も引かない。
 ついでにスカートはバサバサと揺れまくっていた。

「……ウインドスタッフ・ガンナーフォルム」

 少女の持っていたワンドに埋め込まれた緑色の宝玉から光が溢れ、その光に包み込まれた杖の形状が、細長いものから、大きな長弓へと姿を変えていく。
 自身の身長ほどあるその弓をつがえ、少女は巨鳥へとターゲットを向けた。
 上空で旋回する巨鳥に狙いを定めた弓は、方向を固定するとぴたりと停止する。
 こちらの動きを翻弄するように回る鳥の動作を追うでもなく、その弓は一点だけを目指していた。

「セット」

 少女の小さな呟きに、弓が応える。緑色の矢状の光が弓に装填され、それは瞬く間に上空に射出された。
 会の姿勢などなく、あっけなく放たれた光矢は、吸い込まれるように飛び込んできた巨鳥に命中し爆散する。……そうとしか見えなかった。縦横無尽に駆けていた鳥は、自分から矢が飛んだ方向に当たりに行ったのだ。
 空への優勢を奪われ地面へと落ちていく巨鳥に、弓から杖へと姿を戻した少女が、上空に向かって印を刻んでいく。

「――我、風の主が命ず。汝在るべき姿に還れ」

 完成した紋章は、少女の掛け声と共に巨鳥へと撃ち込まれた。

封印シール !」

 一瞬の眩い閃光。
 刹那には場にカードが残され、傍にいた鳩がぱたぱたと空を横切っていく。
 戦いの終幕であった。

「……ふぅ」

 宙に浮かぶカードを手に取り、少女は胸元に手をあてて、小さく息を整える。
 そうして、いまだしゃがみこんでいる俺ににっこりと微笑すると、次の瞬間には大きく跳躍した。彼女はタンタンっと勢いよく地面を蹴りながら、その場を後にしていく――

「…………」

 ……何もしないまま終わってしまった……。
 呆気にとられていたというか、驚いてるうちに全部終わっていた。
 とりあえず立ち上がり、頭をかく。

「いやー……何もできなかったな」

 ていうかガーディアン・プリンセス、もう一人いたのかよ。全然聞いてねえぞ。
 後でヴェスタにじっくり聞いておかないとな。
 しかし……あの、もうひとり。
 俺はその姿を思い出す。先程俺にくれた笑顔、片目だけ見えたそのあどけない表情、そして胸元で手を握るその仕草――

「……プリンセス・サイネリア。一体何者なんだ……」

 新たなる強敵の登場に、俺は顎下に伝わる汗(実際には流れていないのでポーズ)を拭うことしかできなかった……。




 その後、ディアナ様にめちゃくちゃ怒られた。
 理不尽すぎる。






※対の魔法少女登場の巻き。
最初に言っておきますが、このまま魔法少女が増え続けて少女戦隊!という話にはなりませんので念のため。
しかし戦闘描写は相変わらず空気。


次回、白星。



[18737] 第05話:『奇策! 160号の罠!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/22 19:45
 資料室、という大仰な名前がついているわりには、その部屋はこの地下施設の中でも一際小さい。もっともそれは此処の需要をそのまま表しており、つまりは俺が踏み込むまで、この部屋は「とりあえず作ってはみたけど誰も入ったことはない」という開かずの部屋状態だった。
 部屋はワンルームほどで、そこには一人かけ用の小さな椅子と、その前にコンソールとテレビモニターが設置されているだけ。
 資料室という名前なのに紙の匂いが一切しないという斬新な場所だった。

「本当に調べるってことを知らないんだな、宇宙人どもは……」

 俺はその部屋の存在をヴェスタに訊ねてから三日間、ほぼ篭りっきりでそこに記録されている映像をチェックしていた。今の俺の体に三大欲求など存在せず、不眠不休でも何ら問題ないので、思ったよりは早く全ての映像を見終わることができた。
 もう少し編集されていれば時間も短縮できたのだろうが、仕方ない。何せここにある記録は、ディアナ様が基地で作戦指揮を執る際に映していた外の映像を、機械的に全部撮っていただけの代物なのだから。
 欲しい情報はそこに全てあるのだが、何せ一年分である。中には『ガーディアン・プリンセス』が登場していない日もあって、一応それらも全て確認しなければいけないのだから、流石に骨の折れる作業だった。

 だが、それも終わりだ。
 最後の映像――俺の初戦の恥ずかしい記録を見終えて、俺はコンソールを操作して映像を停止させる。それから、ふむ、と顎に手をあて静かに思い耽った。
 この三日間で得た情報を頭の中で整理し、考察し、組み立てる。
 けどまあ、おのずと出た答えは資料を見る前と同一だった。

「……プリンセス・フリージア」

 俺が調べたかったのは、彼女の今までの戦闘履歴だった。
 一年前の記録から彼女が初登場する回を洗い出し、そこから前回に至るまでの全ての行動を視聴させてもらった。
 フリージアが始めて我らの軍に立ちふさがったのが、今から約半年ほど前。
 戦闘経験は全部で9回。そのうちの7回、『超エネルギー体』の奪取に成功している。
 戦闘傾向は極めて単純。常に真正面から突っ込み、派手な魔法と格闘術で殲滅する。エテルを使用した「魔法」にもその性格ぶりが現れており、とにかく火力を持った放射系の魔法を好む。
 清清しいまでに正々堂々としており、9回中実に9回とも、我らに向かって名乗り上げを怠らなかった。そのうち3回は高い場所からのご登場という徹底振りである。
 しかし実力は確かで、彼女が現れてからの我らの勝率はまさにボロボロ。
 出てくれば必ず負ける、といっていいくらいに気持ちよく短時間で蹴散らされていた。
 無敵の無双状態である。

 ……ちなみに先日俺が遭遇した二人目の魔法少女、プリンセス・サイネリアは戦場にほとんど確認されておらず、出てきても必ずフリージアとのペアで、しかも彼女は後方に下がってほぼ“見ているだけ”に等しかった。
 一人で出てきたのは、なんとあれが初めてだったらしい。運がいいのか悪いのか。
 そのためノワールとしても、彼女のことは『スペア』という通称で呼び、あくまでフリージアの補欠要因……という考え方のようだ。俺が知らなかったのもそのせいだったらしい。
 こちらとは正反対に、戦力が極端に限られているルピナス。
 戦いは数だよとは言ったもんだが、彼女達もそれを補うため色々と工夫しているらしい。二人しかいないのでは、最悪の場合共倒れの可能性すらある。それだけでルピナスは全戦力を一瞬にして失うことになるのだから。

「しかしあの引きこもりのスペアをわずか二戦目で引っ張り出してくるとは……さすが私の息子、最高に運が悪いな」
「お前、それ遠まわしに自分も卑下してるぞ……」

 なんていうヴェスタとの会話もあったとかなかったとか。
 まあ、サイネリアに関してはあまりに情報が不足している。今回の考察からは除外するしかないだろう。こちらの作戦としてもそれが大きな穴になってしまうのだが、ほとんど出てこない、という一点に賭けるしかない。
 ――そう。次の戦いで、フリージア以外が出てきてしまっては困るのだ。

「とはいっても憑依獣の出現地とかにもよるしなあ……その辺が運任せ、ってのがどうにも気に入らないんだけど」

 まあ、なるようになるだろう。
 気楽に考え、俺は椅子から腰を上げ大きく伸びをする。この辛気臭い部屋ともしばらくはオサラバだ。精神的負担からくる肩こり(理論上発生しえないので、これは脳が記録してる前回の名残、といったところか)をほぐしつつ部屋を後にした。





「何をしている! こんな攻撃も避けきれんのか、この無能どもが!」

 演習場を覗くと、ディアナ将軍が大勢の戦闘員と集団組み手をやられている最中だった。手に持った鞭がしなり、足元に跪く戦闘員に容赦なく飛ぶ。

「この駄犬が! 靴に舌を這いずらせる暇があるならいますぐ立ちあがる気概を見せろ! それとも立てないと言うのか? 自分は犬にも劣る畜生だと惨めに認めて死の淵をもう一度漂いたいのか! さあ立て! 立って無様に襲い掛かって来い! 腕が吹き飛ぼうと半身が失せようと、壁になり骸になってあの忌々しい戦乙女どもを一歩でもおののかされるだけがお前たちの存在価値なのだから! ヒューズがぶっ飛ぶまで這い上がって来い! さあ、立て、立て、立て、立て、立て!!」

 ……あーあー完全にスイッチはいっちゃってるよ将軍。
 ディアナ様は本星でも名家の生まれとかで、幼少の頃から指揮官になるべく育てられた生粋の軍人なのだそうだ。『総帥』のお気に入りでもあり、そのためこの絶対少数を余儀なくされた作戦に、実戦経験がないにも関わらず司令官として抜擢された、とヴェスタは言っていたが――

(……ようするに左遷にしか見えないんだけどな)

 それは半分ディアナ様自身も感じていることだろう。
 この作戦に自身の今後が左右するのは間違いない。だからヴェスタに、言葉少なではあるが露骨にエテル変換機の開発を急がせている節がある。
 そうでなくては絶対に勝てないと。
 生まれながらにエテルを知っているからこそ、当たり前に存在していたエテルを持つ者に、エテルを使わず戦う方法、というのが頭の中で組み立てられないんだろう。
 まあ、戦車が跋扈する現在の戦場で、竹槍だけ使って勝てと言われているようなものだ。その心労は察するに余りある。ぶっちゃけ無茶振りに近い。
 少しでも、その気苦労を減らしてあげられればいいんだが――というのは、安い思い上がりか。
 俺は何の力もない、ただの戦闘員だ。

「……160号か。どうした、お前も混じりたいのか?」
「いえー、遠慮しときます」

 予定時間が終了し、ぞろぞろと戦闘員たちが演習場を出て行くのを見計らって、入れ替わりに中へと入っていく。彼女は頬をつたわる一滴の汗をぬぐい、艶やかなブロンド髪を自然な動作でかきあげた。
 ……宇宙人とはいえ、彼女は俺とは違って生身だ。そこには、生命だけが宿せる独特の美しさがあった。
 芸術家が、自身の命を賭して絵に情熱を燃やすのも分かる。
 彼らの才能が神の領域に達していたとしても、この美しさは絶対に無機物では描けない。

「どうした、私の顔に何かついているか」
「いえ、お麗しい顔立ち以外は何も」

 俺の反応があまりに予想外だったのか、ディアナ様は不可解そうに眉をひそめ、腕を組んでこちらを見つめてみた。理解できないと言わんばかりに。

「……奇妙な男だ。世辞を言いに来たわけではあるまい。どうだ、何か収穫はあったか」
「と、いいますと」
「とぼけずともよい。この数日、何やら篭って熱心に研究していただろう」

 おや、流石はお見通しか。
 別に隠す必要もないので、肩を竦め、適当に相槌して返す。

「それがこの私の前に来たということは、何か報告があるのだろう? 160号。奴らに勝てる算段でもついたか?」
「まさか。プリンセスの戦闘能力は歴然です。こちらは一撃でも食らえば使い物にならなくなる。戦って勝てる相手じゃありません」

 あっさり言うと、ディアナ様の表情レベルがまた一段階下がった。

「……そんな分かりきったことを調べるために時間を費やしたのか、貴様は」

 彼女の表情にやや失望の陰が差す。もともとそれほど期待もしてなかったろうけど。

「それが分かっただけでも収穫ですよ。……で、将軍。実は一つ、お願いがあるのですが」
「言ってみろ」

 つまらなそうに瞳を閉じた将軍に、俺は言った。
 先程とまったく変わらない、気負わない声で。

「――次の作戦、戦闘員は俺一人で出撃させてください」

 流石に、ディアナ様の動きが止まった。
 ゆっくりと瞼を開くと、蔑むような目でこちらを見下ろしてくる。
 強烈なプレッシャーが俺の全身を貫いた。

「今、自分が何を言ったのか分かっているのか?」
「ええ」
「勝算はあるんだろうな」
「損はさせませんよ」

 彼女の氷点下の視線に、俺も逸らすことなくまっすぐとぶつけあう。
 その目は凶器ですらある。俺が多分普通の人間なら、目をあわすどころか彼女が背負っている苛立ちを感じ取っただけで失禁しそうになるに違いない。
 ただまあ、幸か不幸か俺は改造人間。んな繊細なハートは死体と一緒に置いてきちまったようだ。
 ……やがて、緊張で研ぎ澄まされた場に、深いため息が漏れる。 
折れたのは、ディアナ様だった。

「……好きにしろ。ただし、お前の気まぐれに付き合うのは今回限りだ。次はない」
「ありがとうございます」

 頭を下げると、ディアナ様はなにやら苦笑を漏らしているようだった。右手で左腕の肘を胸元で支え、その左指が彼女のルージュを引いた唇に添えられる。

「ドクターは貴様の、その飄々とした奇抜ぶりに何やら期待なされているようだが……私は実績しか求めていない。この私を落胆させるなよ、戦闘員160号」
「はっ。それでつきましては、貸して欲しいものがあるのですが……」
「好きに使うといい。次の作戦はお前に一任する」

 いやあ、そうですか。それは助かります。
 俺はにやりと笑うと、ディアナ様にもう一度一礼した。





 そして数日後、ついにその時はやってきた。

『――160号。目標エネルギー反応だ。場所は座標を指定してある。既にプリンセス・フリージアの姿も確認されている。約束どおり、こちらからの指示はない。存分に勝手してこい』

 通信機からその情報を聞くや否や、俺は急いで黒の戦闘服に着替え、仮面を持って一直線にヴェスタの研究室に向かった。

「ヴェスタ!」
「来たか、酔狂者が。お前に頼まれた物は既に完成しているぞ」

 ヴェスタは俺を見た瞬間にやにやと下卑た笑いを浮かべながら、こちらに小さな機械を放り投げてくる。それは小型のトランシーバーのような形をしていた。

「携帯版の転送ポットだ。使えば既に機械に組み込まれている座標……すなわちこの支部基地に、瞬時に転移することができる。が、エネルギー容量から考えて使えるのは1度だけだぞ」
「ああ、助かる」
「くっくっくっ。そんな玩具一つで死地に向かうつもりなのか? 最初に話を聞いたときは面食らったぞ、160号。さ、遺言はないか? それとも最後に母の抱擁が必要か? 好きなのを選ばせてやるぞ」

 明らかに愉しんでいる口ぶりの幼女に、俺は悲痛な表情でかぶりを振った。

「いや……十分さ。天才ドクター・ヴェスタの発明品があるというだけで、何倍にも心強い」
「……いつになく殊勝だな、160号。貴様、まさか本当に諦めて自爆でもするつもりか?」

 俺の態度を不自然に思ってか、ヴェスタは眉尻を下げ、困ったように顔をしかめた。

「今からでも私の作った武器をいくつか持っていくか? エテルには抵抗できんが、足止めくらいにはなるぞ」
「大丈夫だって。俺を信じろヴェスタ」
「いやしかしだな……」
「ああでもそんなに気遣ってくれるならお言葉に甘えようかな」
「うむ、私の頭脳で役に立つなら――」
「いや頭脳といわず、その魅力的な肢体まるごと貸してくれ」
「は?」

 ぽかんと口をあけるヴェスタに、俺はにっこりと満面の笑みで微笑み、即座に彼女の頭を鷲掴みにした。





 夜の闇を、不自然な輝きが照らしてた。
 誰も通っていない深夜の交差点。そこで、一つの決着がつこうとしている。

「――我、焔の主が命ず。汝在るべき姿に還れ」

 爆発的に膨れ上がった赤い光が、紋章と共に獣の体に撃ち込まれた。

封印シール !!」

 一瞬の閃光。
 すぐに光は収まり、巨大な獣は姿を潜め、そこには宙をまわるカードと子犬だけが残された。

「よしよし、怖かったねー。もう大丈夫よ」

 街には決して馴染みようもないコスプレ姿の少女は、しゃがみこんで足元の犬の頭を撫でる。子犬はくーんと小さく鳴くと、今までの暴挙が嘘のように、元気にコンクリートを駆けて行った。
 それを笑顔で見送り、少女はふぅ~、と仕事を終えた達成感と共に言葉を吐き出す。

「まったく、時間場所問わず、ってのも考えものよねぇ。……あふ。こっちの身にもなって欲しいもんだわ。寝不足はお肌の天敵、って言葉知らないのかしら。ま、今回はあのうざったい戦闘員たちが来る前に叩けたから、そんなに苦労しなかったけど……」

 フリージアは宙に舞うカードを手に取る。全てを終え、彼女の気が緩んだその瞬間。
 俺は身を隠していた曲がり角から、ゆっくりと姿を現した。

「……誰!?」

 彼女との距離は50メートルほどはある。月の出ていない夜の闇に、頭上の蛍光灯だけが、俺の姿を照らし出していた。
 彼女はこちらの姿を見ると、緊張はおろか、心底うんざりしたような表情で肩を落とした。

「なんだ、たった一人で今更ご到着? 残念ね、もうカードはこっちの手の中よ。それとも――奪い取ってみるかしら?」

 彼女は挑戦的に、手に持っているカードを掲げて鼻で笑った。それは奪われるはずが無いという絶対の自負と共に見せる、完全な勝者の余裕であった。
 だから俺も。
 曲がり角に伸ばしたままで、彼女からは完全に死角になっていた、こちらの右腕を引っ張り寄せた。

「……っ!? なっ……!」

 フリージアが――絶対の火力と勝利を約束された戦士が、初めて表情を歪ませる。
 俺の右腕には、可憐な少女が抱えられていた。緑色の髪をツインテールにし、フリフリの白いワンピースを着た未だあどけなさが残るその少女は、フリージアに後ろを向いて……つまりは俺の胸に顔をうずめている形で、身動き一つしない。
 フリージアが表情を固めてよろめいたところで、俺はゆっくりと左手を差し出した。
 その意味が、分からない戦士ではないだろう。
 俺たちは滅ぼしあうために戦っているのではない。互いの目的は一つなのだから。

「ひ、卑怯な……!」

 歯軋りし、少女の憎しみのこもった敵意の視線がこちらを射抜く。
 はじめて見せた、彼女の憎悪。純粋な悪を見た、純然な正義の反応――
 俺は、一歩フリージアに向かって歩み寄る。
 彼女は後ずさりし……しかしすぐに留まった。
 そう、彼女は絶対に逃げられない。
 自身が正義の戦士だと自負している限り、絶対に。
 ……さて、しかしここで一つ後押ししておくか。
 俺は右腕にこめている力を若干強めた。それは先程決めた合図である。
 「むぎゅ」と呻いた胸元の少女が、忌々しげにこちらを見上げてくる。が、無視。
 しばし涙目でこっちを睨んできていたが、観念したのか、打ち合わせどおりの台詞を発した。

「た、たすけてぇえー」
「…………」

 超棒読みだった。
 ぱちんと左手で少女の頭をはたく。

「暴力はよしなさい!」

 まあ結果的に煽ることには成功したので、よしとしよう。
 進む俺と立ち止まるフリージアの距離は次第に埋められていき……やがては彼女の間合いに入った。
 知らず、脳が興奮しているのが自分でも理解できる。
 今、すぐ目の前にいる少女は、その気になれば一瞬でこちらの首を刎ねることも容易な戦闘力を持っている。力の差は歴然。こちらが弱者、あちらは強者だ。
 その構図は今も崩れていない。
 彼女は強者だからこそ立ちすくみ、弱者に膝をつかなければならないのだ。
 それは恐怖なのか、あるいは快楽なのか――今の俺は不思議と脳の高ぶりを実感しつつも、酷く冷静に事を運んでいた。
 失敗すれば即死……それすらも愉悦。
 伸ばした左手に、フリージアの視線が絡む。
 こちらの足は止まった。それ以降、互いに動きを見せず、奇妙な膠着が続く。
 催促はしない。
 あちらも何も言わない。
 ほぼ――予測どおりだった。
 やがて唇を噛み締めていた少女が、ゆったりとした動きで、こちらの左手に、カードを……渡した。

「……その子を離しなさい」

 殺すような視線でこちらを見据えるフリージアに、俺は数歩下がったあと、ゆっくりと少女の拘束を解いた。
 それからあからさまにじっくりと時間をかけて小型のトランシーバーを取り出し、彼女の前で、それを発動させる。
 小さな光の粒子が俺の体を包み込む。
 消える最後の瞬間まで、彼女はこちらを睨んでいた。悔しそうに――歯噛みしながら。





「このバカ! いやバカなどぬるいわ、このドアホめ! 死ぬかと思ったぞ!!」

 基地に帰った後、作戦室でディアナ様に事の報告をしていると、数十分後、ドタドタと騒がしくヴェスタが帰還してきた。

「おかえり、ヴェスタ。名演技だったな」
「うるさいわドアホ! 何ゆえ私がこんな心臓ばくんばくん言わせながら最前線に立つ兵士と騙しあいしなければならんのだ! ただでさえ科学者は対人能力が欠けているんだぞ! バレたらどうしようとか気が気でなかったわ!!」
「殺されないって。事前に何度も説明したじゃねえか」
「死ね! 腹を切って詫びろこの親不孝者が!!」

 当分怒りは収まりそうに無い。
 食って掛かる彼女のツインテールを掴んで操縦バーのようにして遊んでいると、ディアナ様が嘆息交じりに言葉を挟んできた。

「……何にせよ、よくやった戦闘員160号。お手柄だ。いささか私の美学に反する戦法ではあったが、な」
「許してくださいよ。今回しか通用しない手なんで」
「む? 何故だ、160号。貴様の卑劣で外道かつ厚顔無恥なあの人質作戦は今後も展開していけばよかろう」
「何言ってんだ、ヴェスタ。お前が言ったんだぞ」
「なに?」

 不思議そうにこっちを見上げるヴェスタに、俺は応える。

「ノワールもルピナスも、意図的には地球人を巻き込まない――パトロールだっけ? あれに対策してるのは、うちらもあっちも同じなんだろ? 地球の人間を使った人質作戦なんて、本来絶対不可能なんだよ、俺たちは」

 そう、今回の作戦は、まず第一歩のところで本来なら破綻しているのだ。
 でなければもっと早くこんな単純な手段を打っただろう。

「そういえば……そうだな。我らとしては当たり前すぎて、思考にも至らない。しかし何故、フリージアはそれに気付かなかったんだ?」
「気付いていたかどうかは知りませんし問題じゃありません。今回の要は、プリンセス・フリージアの性質にありました」

 彼女のこれまでの戦いぶりから、俺にはほぼ確信に至る、一つの可能性を見出していた。

「フリージアは、ほぼ間違いなく我らの戦闘員と同じ――『正義の味方』という肩書きをロールしているプレイヤーです。その立場に成りきり、その立場での行動を最優先する」

 無意味な名乗り。必ず真正面から立ち向かう、後ろからは襲わない、戦闘員が出ればカードが存在していても必ず全員相手にする――それは、ルピナスの戦士としては、本来無用のものだ。
 俺たちの目的は『超エネルギー体』のカードの回収にある。それを優先するのが普通だ。

「今回も色々仕込んでみて確信しました。あの子は絶対に卑怯な手は使わない。今日だってやろうと思えばできたんですよ。俺からヴェスタを強引に救う方法もあったし、カードを先に渡す必要もなかった。人質を解放した後また奪ってもいい――けど、彼女はしなかった」

 何故か?
 それは彼女が正義の味方だからである。
 汚い手は使わない、交渉は守る、人質に危害が出そうなことは可能性がある限り絶対に踏み込めない――

「それとやっぱり、ルピナス側で、俺達ノワールに対する説明が完全じゃないようですね。俺たちを『悪の手先』と呼んだり、地球人を人質にとれないことを知らなかったり……ルピナス側が、彼女の『正義の味方』を阻害する情報を与えていない可能性があります」
「……貴様まさか、それを調べるために今回のことを仕組んだのか?」

 ディアナ様の驚いた表情に、なんだか鼻をあかした気分で誇らしくなる。

「ま、これを知ってれば、今後色々と役に立ちそうですし。でも流石に人質作戦は何回も通用しないでしょう。今回の失敗で、ルピナスも情報を明かすはずです」

 だが、収穫としては十分だ。
 カードも手に入れたし、フリージアの弱点も知ることができたのだから。

「これで次からは、なんとか『戦い』らしいものが展開できそうですね、ディアナ様。プリンセス・フリージア……意外と容易ちょろいもんなんですよ、頭でっかちを出し抜くのなんてね」

 そう、それは。
 俺の脳が直接語りかけているような、言うまでもない、歴然とした一つの事実だった。






※げ、外道~!
Q:何が奇策だったんですか?
A:王道過ぎて一周回って誰も思いつかない的なアレ


次回、160号の進化



[18737] 第06話:『嵐の予兆!? 束の間の非日常!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/27 21:19
 パープルアイランド。それはやや都市部から離れた市町村にはもはやつきものともいえる、超ローカルな行楽施設――すなわち遊園地だった。
 敷地は大した大きさではなく、半日もあれば全ての乗り物に乗れてしまうだろう。
 唯一の目玉とも言える巨大ジェットコースターはコース上に1回転する箇所すらなく、ただ急速落下と上昇を楽しむという、お年寄りにも配慮した素敵な設計になっている。
 こんなのでも、ここパープルアイランドは御門市を代表する立派なテーマパークの一つだった……数年前、観光地になる前は。
 今では世界メジャー級の遊園地が小規模ながらちゃんとオープンされており、瞬く間にパープルアイランドは廃れ、閉園――今ではまるでゴーストタウンのような扱いで放置されている。
 もう何年も誰も足を踏み入れていなかったこの地は、しかし今、かつての盛況を取り戻すかのように大勢の人たちで賑わっていた。
 いや、正確に言うのなら。

「キュウウウウウウウウウウウッ!!!」

 巨大なネズミと怪しげな大勢の黒服集団のみで盛り上がっていた。

「どんな皮肉だよこれ……」

 愛くるしさは欠片もない、獰猛な瞳をギラギラに血走らせながら、手当たり次第に施設を破壊している巨大ネズミを見上げながら、俺はただため息をつくしかなかった。
 子供泣くぞこれ。
 向こうでは瓦礫の崩れる音と、巨大な生物が歩く足音だけが不気味に地面に響き渡っている。今回の憑依獣は何が気に食わないのかとにかく遊園地の乗り物を破壊して回っているので、馬鹿正直に足元にむらがるわけにもいかず、こうして俺を含む一部の戦闘員は本体から距離をとって、事の成り行きを見守っていた。

「せんぱーい、あっち準備できたそうっすよ~」

 戦闘服を着た仮面の一人が、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
 俺はソイツに一つ頷くと、「じゃあぱっぱと終わらせちまおう」と答え、仮面についてる通信機でこちらからはやや離れた位置にいる、B班に指示を飛ばした。
 彼らはホラーハウスの屋根に上り、ネズミの中腹あたりとほぼ平行線上にいる。

「ブランクカード、射出」

 耳元に手を当て俺が指示を出すと同時、ホラーハウスから一条の光がまっすぐ憑依獣に向かって伸びた。それは障害物に当たることなくネズミの腹部に命中し――瞬間、真白の閃光が破裂する。
 それは一瞬で遊園地内を強烈な光で染め上げた。
 ネズミの甲高い叫び声が場に響き、……やがて光が収まる頃には、巨大な生物はその姿を消していた。

「成功っすか?」
「だな。……位置的には俺らが一番カードに近い。回収に向かうぞ」
「らじゃっす」

 へこへここちらの傍を走るソイツと、他のA班の戦闘員を引き連れ、最後にネズミがいたポイントに急ぐ。
 さて、しかしまあ、ここらが登場する絶好のチャンスだろう。

「そろそろかな」
「へー?」
「――そこまでよ!」

 カードまであと数百メートル……といったところで、ふいに遊園地にこだまする一つの声があった。
 それは不思議とその場にいた全員に透き通るような声で、しかし周囲を見渡しても、声の主らしき人物はどこにも見当たらない。
 けど、俺には予想がついていた。
 彼女が、どこにいるのか。
 だから茶番に付き合ってやる義理はない。俺はすぐに、確信を持って真正面の上空を見上げた。

「……上だ!」

 俺の叫びに、全員が従うようにして天を仰ぐ。
 そしてそこには、予想通り――お約束どおり、ジェットコースターのコース上てっぺんに、ふんぞり返る一人の美少女の姿があったのだった。

「星の純潔を汚そうとする、悪の組織ノワールの手先たち! これ以上の破壊活動は許さないわっ! この白き惑星の守護者、プリンセス・フリージアがいる限り、地球を好きにはさせやしない! ――とうっ!!」

 完璧な名乗り口上を決め、彼女はその場から助走もなく飛び降りた。
 当然彼女の膝上しかないミニスカートは、慣性にしたがって天を向く。

「あ、青っすね」
「……下がるぞ、戦闘員173号」
「ほーい」

 ちょうどこちらとカードの中間あたりに彼女が着地すると同時、俺達二人の間を縫って、A班の戦闘員たちが前面に躍り出る。
 位置から考えればカードに逆走すれば、それだけでフリージアの勝利なのだが……

「行くわよ!」

 毅然とこちらに走る彼女に、そんな理屈は通用しまい。
 瞬く間に戦闘員たちと取っ組み合いを始めるフリージア。しかしこちらも戦力は、先程の憑依獣と戦うために分散してしまっている。そう長い時間は持たないだろう。

「最後の奴が倒れたと同時、俺がフリージアの視界を遮るように飛び出る。そこを抜けろ。あとは作戦通りだ」
「りょーかいっす」

 俺より一回り小柄なその戦闘員は、戦闘中だというのに足を伸ばしながら軽くストレッチをしていた。その妙な“人間臭さ”に、思わず苦笑してしまう。

「――出るぞ」

 だがこちらもそんな余裕はない。あっという間に倒された最後の戦闘員と入れ替わるように、一瞬にして距離を詰める。
 とはいっても、こちらは彼女の攻撃どれか一撃でも受ければその瞬間にアウトだ。改造人間とはいえ、彼女たちの攻撃はその全てが『星の加護』を受けた特殊なもの。一発でも食らえば脳に至るダメージが凄まじく、一瞬で緊急装置が稼動して「気絶状態」に陥ってしまう。
 だからフリージアの懐に飛び込んだとはいえ、俺がすることは避けるだけである。
 しかし一撃目を避けた瞬間、目に見えてフリージアの表情が変化した。呆気にとられたかと思うとすぐに額に皺を寄せ、引きつった笑みを浮かべてきたのだ。

「……っ! この動き……! アンタ、あの時の変態ねっ!?」
「誤解を招くようなこと言うな! あれは事故だろうが!」
「どうせあの卑怯な手を使ったのもアンタなんでしょっ! アンタだけは、ぜっったいこの手で始末してやるわ!!」

 何故か不当な怒りにあてられ、彼女の攻撃が過激化する。まったく理不尽な話だ。
 ……なんて、余裕ぶっこいてる場合じゃねえな!

「もらった!」
「……ぐっ!?」

 少女のローからミドルへの流れるような蹴りが、俺の右腕に炸裂する。
 完膚なきまでの直撃だった。
 フリージアは歓喜に表情をほころばせ――その姿勢のまま、突如俺の右腕から爆発的に膨れ上がった光を無防備に浴びせられた。

「きゃあっ!?」

 まったくもって予想外だったのだろう。避ける素振りすら見せず、顔を背けてたじろく魔法少女を尻目に、仮面の効果で眩い閃光の中でも視界を保てていた俺は、すぐさま左手で待機させていた携帯ポットを起動させる。

「っ! ま、まちな――!」

 彼女の言葉を最後まで聞き終えるまでもなく、小さな粒子は俺を包み、即座に戦闘から離脱させたのだった。





「ヴェスター、右手吹っ飛んだー。直してくれー」
「……貴様という奴は、組織の費用というものを考えて自分を運用しているのか? 何度くっつけては壊すつもりだ。エアマゾか。痛みはなくともマゾの気概は忘れないという精神か」

 戦闘終了後、ヴェスタの改造室に直行すると、彼女はうんざりしたような目でこちらを見るや否や、露骨にため息をついてきた。
 そんな態度は無視し、部屋の中心に設置されているベッドに腰掛け、ヴェスタに話しかける。

「一応勝てたんだから十分だろ? 今ナミ子がディアナ様にカード渡しに行ってるよ」
「……まったく。あの小娘とつるみ始めてから、貴様の消費は激しくなる一方だな。だから女の戦闘員は嫌だったんだ。特にこの星の女は戦闘に拒否反応を起こしやすい上、異性というだけで組織に不和を生む」

 ブツクサ言いながらベッド傍の機械と繋がっているコンソールを力任せに叩く幼女に、俺は小さく肩を竦めた。ヴェスタからこの手の愚痴を聞くのは、もう何度目になることやら。

「でもナミ子は戦ってくれるんだからいーじゃねえか。お前に無理やり言ってアイツを連れてきたのは悪かったと思ってるって」
「あの女は特別だ。戦う理由も、ここにいる理由も、全てお前のみに依存している。貴様が死ねと言わないかぎり絶対に死ぬものか」
「戦士として十分じゃないか?」
「……フン。お前が、生きているかぎりはな。何度も言ったがな、160号。アレを拾ってきたのはお前なんだ。飼い主が最後まで面倒を見ろよ」

 こちらには視線をよこさず、それだけをぶっきらぼうに言うヴェスタ。
 俺は苦笑混じりに嘆息し、「分かったよ」とだけ答えておいた。

「どこまで分かっているやら……。で、どうなのだ? 貴様の要望どおり、右腕に炸裂閃光弾を仕込んでやったが」
「まあ一回限りのハッタリって感じだな。こっちも永久につけようとは思ってねえよ」

 不発したら超不便だし。
 自分の欠損した右腕に視線を落とし、その肩をさする。何度見ても、慣れたくない姿だ。

「要領はそれで十分だ。先の戦利で戦闘素体Bランクに上がったお前は、これからは自分の身体にそのような『仕掛け』をつけることが許されている。当然経費も他の戦闘員より上がるので私としては何体も作りたくない、上位の戦闘素体だ。戦ってみてどうだった?」
「まあ確かに、反応速度っていうか、前よりは避けやすくなった気はするな」
「後で指定のレポートに体感を提出しろ。今後私にどんなびっくり改造されたいかもな」

 作業をしながら視線だけをこちらに向け、にやりとほくそ笑むヴェスタ。
 ……こえー。科学者こえー。

「でも、あんま『キワモノ』な改造はできないんだろ?」
「人間の脳が仕様を理解できんからな。例えば私は超天才科学者だから、貴様に翼をつけてやることなど造作もないが、しかしその動かし方を脳が知らないのでは、翼もただの飾りに成り下がる。人間は自分の想像外の物は、理解できても把握することはできないようになっているんだ。鳥の真似をしても人は空を飛べない――絶対にな」

 そう、だからこそ、人は人の形で空を飛べるようにしたのだから。
 とはいっても、人間が理解できる範囲内で体内にびっくり装置を仕掛けたところで、あのエテルに対抗できるとはとても思えない。
 あんな騙し騙しの戦法でそう何度も勝ちを譲ってくれるほど、相手も易しくはないのだ。
 Bランクに上がったとは聞こえはいいが、ようするにちょっと金をかけてもらえるようになっただけ。あと現場指揮をたまに任されるようになったくらいだ。後者は憂鬱な対象でしかない。

「……うーん。なんとか上手くいかないもんかねぇ」
「そう容易くいけば、我らもこんな長期戦を呈していないだろうよ」

 淡々と応えるヴェスタに、再度ため息。
 この先の暗澹とした未来に視線を向けたくなくて、俺はごろんとベッドに寝転がった。

「まだしばらくは、こちら不利のまま膠着状態が続きそうだな……」






 (幕間)

 ノワール地球支部、作戦室。
 広々とした部屋のその最奥で、ディアナ・ノワールは片膝を床につき、地面に向かって深く頭を垂れていた。
 彼女は生粋の軍人である。気安く頭を下げるなど持ってのほか、膝を床につけるなど彼女にしてみれば屈辱の極みであろう。しかし同時に、軍人だからこそ、上の人間は絶対であるという考え方が骨まで染み付いているタイプの人間だった。
 彼女が頭を下げている先には、文字通り壁しかない。壁にはノワールを示す巨大な紋章が掲げられており、普段はオブジェと化しているそれが、しかし今は不気味な赤い光を煌々と放っていた。

『――守備はどうです? ディアナ・ノワール将軍』

 ふいに、作戦室に声が響いた。
 それはまったくの突然であり、ディアナも一瞬びくりと身を震わすが、すぐに姿勢を崩さぬまま、言葉を続ける。

「……はっ。恐れながら、未だ回収作業が続いております」
『――貴女とドクター・ヴェスタをそちらに回してから、もう随分と月日が経つのですね』
「……申し訳ございません。現在、大至急で進めているのですが、いかんせん『超エネルギー体』が出現するのを待つだけでは……」
『――責めているわけではないのですよ、将軍。ただわたくしとしても、辺境の星故にそちらの状況を完全に読みきれず、苦心しているのです。たった二人での派遣……貴女に無理ばかりさせていないかと』
「勿体なきお言葉でございます、アテナ総帥閣下」
『――そこで一人、わたくしのほうから極秘にそちらに向かわせておきました』
「そ、総帥自らの御指令で? い、一体どなたを……」
『――我が愛する腹心の一人。血の四天騎士、アルシャムスを』
「こっ、」

 それは、よほど彼女の想像を超えていたのだろう。
 思わず顔を上げ、ディアナは驚愕しきった表情で顔を引きつらせた。

「皇女殿下を!?」
『――直にそちらに到着するでしょう。彼女の目はわたくしの目であり、彼女の言葉はわたくしの言葉であると思っていただいてかまいません。そちらの戦況、彼女が見届けましょう。良い報告が戻ってくるのを期待していますよ、ディアナ将軍』







※なんかそれっぽい描写を書きたかっただけという。

次回、宇宙からの来訪者



[18737] 第07話:『黒星からの使者! わがまま皇女様のご指名!?』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/06/02 16:16
「……なんの開店前準備だ、こりゃ」

 その場に立たされてから数十分、いよいよ飽きてきたこの光景に、俺はため息をつかずにはいられなかった。
 周囲を見渡せば、決して広いとは言えないこの基地の通路端に、ずらりと整列している黒だかり。俺たちは道の真ん中を空けるようにして、左右の壁を生めるようにずらりと並ばされていた。
 さながらデパートの開店前、お客様をお迎えする従業員の列……といったところだろうか。
 そしてその感想は、実際間違ってはいなかった。
 この地球支部に、遠い銀河から本星ノワールの使者がやって来るというのだ。
 おかげでディアナ様は朝から落ち着かずにイライラしているし、ヴェスタはヴェスタで研究室に引き篭もって俺たちに顔すら見せないしで、基地が色々とざわついていることは確かだった。

「なんかすっごいお偉いさんが来るみたいっすね~」

 俺の真横に並んでいた少女が、同じく周囲に視線を泳がせながら感嘆するような声を出す。その他の戦闘員達と同じ、黒の戦闘服に身を包んだその姿は、どこかアンバランスな雰囲気を醸し出していた。この場に似つかわしくない――言ってしまえば、その一言に尽きる。
 仮面をつけていないのでこの場に並んでいる戦闘員達の顔は一目瞭然なのだが、皆揃いも揃ってがたいの良い、恰幅あるムサ男どもばかりだ。それは決してヴェスタの死体選びの趣味が反映されているのではなく、単純にそうでないと「彼女」との戦いに生き残れないからである。脳死してしまえば、いかに戦闘員と言えども廃棄扱いになる。

 そんな中で一際小柄なこの少女は、スレンダーな細身の中に歳相応の丸みを帯びていて、女性と呼ぶよりも少女と呼んだほうがしっくりくるような、そんなどこか愛くるしい外見をしていた。今は黒髪を左側にまとめて結う、いわゆるサイドテールの出来損ないのような髪型をしている。改造人間になってからいったん髪を切ったので、下ろしてもショートとセミロングの中間ほどの長さしかなく、その「尻尾」の長さは実に中途半端だ。
 生前は……それこそ、目を奪われるような艶やかな長髪だったのが、今でも記憶に残っている。その彼女との会話は実に数分足らずの時間でしかなかったが、そのどうしようもない儚さ、いまにも消え入りそうな生気は、インパクトを残すに十分な印象だった。

「やー、緊張するっすねせんぱい。ナミ子新入りだし、クレームつけられないよう気をつけないと」
「…………」

 今ではのほほんと能天気に笑っているので、その面影もないのだが。
 それは、彼女にとっての救いなのだと思いたい。そこにどんな偽善と欺瞞が込められていようとも、それを認めたうえで、俺は自殺する彼女に手を伸ばしたのだから。
 俺が殺し、俺が生き返らせた少女――かつての名を捨て、今の肩書きは戦闘員173号。
 生前と同じ顔、生前の記憶を持ち、洗脳処置なく戦う、戦闘員Cタイプである。
 彼女との馴れ初めは……いずれ、思い返すときもくるだろう。
 その時は隣に本人も交えて、それが笑い話になればいいと思う。

「……ナミ子、とりあえず大人しくしてろお前は」
「はーい」

 列を乱してきょろきょろと歩き回っていた173号もとい、愛称ナミ子の首根っこを掴んでもとの位置に戻す。彼女は猫のように大人しく掴まれ、俺の隣に帰ってきた。

「……しかし、解せないな」

 そうして改めて列を作り、いつまで経っても現れない「客人」を暇を持て余しながらお待ちしつつ、俺は素直な心情を吐露した。
 ナミ子が不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんすか? せんぱい」
「考えてもみろよ。お前は知らんかもしれんが、この戦いってもう1年以上もずっと続いているんだぜ? その間、本星はここが超ド田舎だからってずっと傍観してたんだ。……なのに、今になって急に使者を送りつけると言って来たんだ。戦いが佳境に入っているわけでもない、この時期にだぞ? おかしいと思うのが普通だろう」
「そういうもんっすかね? たまたま、ようやく重い腰を上げたのが今ってだけじゃないんですか?」

 そう、なのだろうか。
 確かにそう考えてもいいし、ヴェスタも似たようなことを言っていた。
 しかしどうにも俺には引っかかるのだ。今まで興味がないとばかりに無視していたこの地球事情を、今になって内部を探ってまで知りたいと思う理由が。
 何かの意図がある気がしてならない。

「でもせんぱい、仮にそこに上司の思惑があったにしても、うちら下っ端には何も関係ないんじゃないですかね?」
「ナミ子は頭いいなぁ。でもどうせそのとばっちりが来るのはいつも俺なんだよ、……何故か」

 がっくしと肩を落として、深いため息をつく。
 ……と、場の空気がにわかに騒ぎ出していることに気付いた。

「お? よーやくお出ましっすか」
「いかんいかん、敬礼の姿勢だナミ子」
「らじゃっす」

 慌ててびしっと背筋を伸ばし、胸に片手を置いてお出迎えの姿勢をとる。周囲の戦闘員も全員狂いなく同じポーズをとっているので、なんだか妙にサマになっていた。
 とはいってもこの通路は長い。端からやって来るにしても、俺たちの場所を通り過ぎるにはかなりの距離があいていた。当然、

「……せんぱい、もう飽きたっす~」

 堪え性のない元女子高生は早くもへたり顔で根を上げていた。

「我慢しろ」
「いいや限界っす、動き回りたいっす~」

 あまり生前のことは知らないが、ナミ子はいかにも体育会系の活発型少女なので、こうしてじっとしていることはどうやら耐えがたい苦痛らしい。

「心を無にしろ。心中滅却すれば暇また涼しだ」
「暇が涼しいってどういう意味っすかー。ああもうダメッス駆け回る寸前ッス!」
「……分かった分かった! 大人しくしてたら後で訓練付き合ってやるから!」
「ビシッ」

 敬礼して微動だにしなくなった。
 ……まあ、いいけど。
 そうこうしているうちにゆっくりと足音と気配が近づいてきて、通路の先から、徐々にではあるがその姿が見えてきた。
 ディアナ様の後ろを一歩離れた位置に、一人。あれが本星からの使者だろうか。
 ……って。

(子供……!?)

 近づいてくるその姿は、どう見ても長身なディアナ様の身長半分くらいしかない、子供の背丈だった。いや、その外見も、傍から見れば子供そのものだ。
 腰まで届くウェーブのかかった栗色の長髪、どこか悪戯っ子を思わせる目つき、口元に常に浮かぶ微笑……遠くから見れば、街のどこにでもいそうな、そんな少女だった。


 ――その瞳に爛々と宿る、赤い狂気を除けば。


「…………ッ!」

 少女の顔がはっきりと見えた瞬間、思わず心臓を鷲掴みされたかのような錯覚に陥った。彼女の目はこちらを向いていないというのに、その紅き瞳は、一瞬でこちらを捕らえたのだ。脳だけが記憶する、今では味わうはずのない冷や汗や鳥肌の感触が、全身に浮かび上がるのが感じ取れる。
 戦闘員になってから、どの戦いでも味わったことのなかった焦燥感、恐怖、絶対に対抗できないという“諦め”――彼女は意識すら向けていないというのに、歩くだけでその全てをこちらに押し付けてきたのだ。
 俺のような存在が、敵う相手ではない。器も中身も違う。
 それは正しく、王の威厳と呼ぶに相応しい貫禄だった。
 少女は豪華そうな意匠が全体に及ぶ、絢爛なマントを羽織っていた。そのためか足取りもゆっくりで、まるで自身の存在を見せ付けるかのように俺達の列を歩んでいく。
 正直、俺は早く通り過ぎ去ってくれないかと心中で願っていた。
 こんな心臓に悪い時間を、ずっと体感していたくはない。
 そう願って数分、あるいは数時間経ったろうか。
 彼女はようやく、俺の真正面を通り過ぎる位置まで来た。
 永らく願った瞬間だが、所詮すれ違うは一瞬だけだ。

「……?」

 だがその刹那で、わずかな逢瀬があった。
 ……今、彼女……。

(――俺に、視線を向けたか?)

 気のせいかもしれない。だが確かに、俺の目にはずっと正面を捉えて離さなかった彼女の瞳が、俺の前を通り過ぎたその瞬間だけ、こちらに視線をやったように見えたのだ。

「……いや、流石に……」

 気のせい、だよな。
 こんな道端の石ころに、王が気をかけるはずがない。
 きっと俺ばかり意識するあまり、彼女の狂気がこちらに向いたと錯覚してしまったのだろう。

「どーしたんすか? せんぱい」

 完全に少女の後姿が見えなくなってから、ナミ子が小首をかしげて訊ねてくる。
 俺はさっきの現象の真偽をナミ子からの意見も踏まえて検証しようと思ったが、すぐに思い直した。そんなことをしても、何も意味はないだろう。
 俺は小さくかぶりを振り、

「いや、なんでもない」

 肩を竦めるに留めるのだった。





「せんぱい、約束っすよー。ささ、訓練訓練っ」

 楽しそうに腕にまとわりついてくるナミ子を引きずりながら、俺はヴェスタの研究室へと向かっていた。先程のお出迎えから、既に数時間が経過している。

「分かってるっつの。まずはコイツをヴェスタに渡してからな」
「なんすかソレ?」

 俺の手に収まるバインダーを指差しながら、ナミ子が聞いてくる。
 この中には、俺のアイディアを成功させるための大量の資料と、そのための細かい指示が書かれた企画書が入っている。

「ま、今後勝つための準備……ってやつかな。せっかくBランクの戦闘素体になったんだ。どうせなら組織の金、フル活用してやろうと思ってな」
「ふーん。前から思ってたんですけど、せんぱいってかなり『コレ』に意気込んでますよね」
「この資料のことか?」
「や、この戦いそのものにっす。あたしらは別に、戦う意味なんてないのに。せんぱいはまるで、何かと競うように無我夢中で戦ってるように見えるっすよ」
「……へえ」

 そう評されたのは初めてだった。まあ、周囲にそんなことを言う話し相手がいなかっただけなのかもしれないが。自身を客観的な意見で指差され、思わず自分で感心してしまった。

「なんかあの子に、因縁でもあるんすか?」
「ま、因縁ちゃ因縁だろ。俺とガーディアン・プリンセスは、敵同士で、悪と正義の味方だ」

 コレ以上ないくらい分かりやすい構図だ。
 俺は彼女と対抗する力を得るため、ずっと思考を巡らせ、身体を鍛え、そして今新たなる力を手に入れようとしている。
 彼女と拮抗し……いや、ひいては『超エネルギー体』を回収するために、だ。

「カードのため――っすか。……そんな風には見えませんけど」
「ん、何か言ったか?」

 最後のほうは歯切れが悪くてよく聞き取れなかった。
 ナミ子のほうを見ると、彼女はいつものような人懐っこい笑顔を浮かべ、俺の腕にぶら下がってきた。

「なんでもねーっす。とっとと行って、訓練っすよせんぱい~」
「分かってるからそう引っ張るなって!」

 なんてじゃれあいながら、ヴェスタの研究室の前まで来る。
 勝手知ったるなんとやらである。俺は研究室の扉をノックもせずに開け放った。

「ヴェスタ、入ったぞー」
「ば、バカモノ!」

 するといつもは何も言わないくせに、今日に限って着替えを覗かれた生娘みたいな声をあげ、慌ててこちらに駆け寄ってくるヴェスタ。
 なんだよヴェスタ俺とお前の仲だろげっへっへ――などと言おうとして、思わず思考が停止した。
 部屋には、先客がいたのだ。

「……フム。お主、博士とはだいぶ懇意にしとるようじゃの」

 栗色の髪をかきあげながら、紅い瞳が楽しげに弓をつくる。研究室のディスクに座り、頬杖をついてこちらをのぞきこんでくるのは、つい先程すれ違ったばかりの少女だった。

「申し訳ございません、皇女殿下。所詮は野蛮星の田舎猿ですので、未だ躾がなっておらず……」
「よい。博士の良き話し相手ならば、我にとっても同じようなものじゃ。それに、現地の人間の話を聞くのも悪くはなかろう」
「殿下がそうっしゃるなら。……貴様もいつまでも木偶の坊みたいに突っ立っとらんで頭くらい下げんか無礼者が!」
「お、おお?」

 いや、この場に彼女がいることもびっくりしたが。
 それより何より、こんな態度をとるヴェスタの姿のほうに面食らってしまい、しばらく動けなかった。慌てて頭を下げつつ、横に立つヴェスタをまじまじと見つめる。

「いやお前、そんな言葉遣いもできたんだなー。驚いたよ」
「あ、頭を撫でるな! 殿下の御前だぞ!」

 ぐりぐりとヴェスタの頭をかき回すと、それを見た少女が腹を抱えて笑い出す。

「わはははっ! お主ら、よっぽど好きおうているのじゃな! かのヴェスタ・ノワールの新たな一面を拝ませてもらった気分じゃ! うひひひし、しかし、あのヴェスタがのう……ぷくく!」
「し、失礼しました……!」

 なんだか顔を真っ赤にして黙りこくってしまうヴェスタ。
 ……おお、照れてやがるのかコイツ? なんつう斬新なシーンだ。一生もんだぞ。
 どうせならもっと遊んでみるか。俺はいつもやっているように、ヴェスタの三つ編みを掴んでパイロットごっこしてみたり、頭に結んでやったりしてみると、その度に少女は声高に笑い転げ、ついには文字通り席から転げ落ちてしまった。
 しばらく笑い転げていた少女は、涙を拭いながら紅潮した頬で立ち上がると、こちらを見上げて楽しそうな表情で頷いた。

「たまらんわ! 主よ、我はお主を気に入ったぞ! 博士、案内役はこやつにする!」
「し、しかしコイツは……い、いえ。殿下がそうおっしゃるのなら……」
「うむ!」

 満足げに数回頷くと席に戻り、「くくく、何度思い返しても涙がとまらんわ……」と思い出し笑いに夢中になっている少女のことはとりあえずおいておき、改めて赤面中のヴェスタに視線を戻す。

「……とりあえず、資料もって来たぞ。おやお邪魔だったかな席はずそうか?」
「何もかも遅すぎるわ阿呆が!」

 叫び、またこちらをニヤニヤと見つめている少女の視線に気付くと、ごほんと咳払いを一つ。ヴェスタはいつもの調子を取り戻そうといったん間をおいて仕切りなおした。

「……資料は預かる。『ファントム・メダル』のシステムは既に完成している。あとはこの情報を詰め込み、それをお前の身体に反映させるだけだ」
「で、結局起動してからどれくらい活動できる?」
「貴様の脳への負担を考えても、10分……いや、最初は5分に設定しておく」
「そんなに短いのかよ!」
「馬鹿を言うな、本来なら1分でも脳が悲鳴をあげるぞ。どのみちその素体では長時間戦えまい。一瞬で決着をつけることを常に念頭においておけ。最初に言ったとおり、強制排出の安全装置は絶対に取り付ける。……貴様を殺すには、まだ惜しいからな」

 こちらを一瞥し、強引にバインダーをひったくるヴェスタ。
 ま、俺ほど気軽に動かせる研究被験者もそうないからな。重宝するのも分かるが、それで勝てないんじゃあ意味はないんだが……まあ、慣れるまでは仕方ないか。
 とりあえずこの件はこれで仕舞いにしておき、次の話題に移る。

「……で、彼女の紹介が欲しいんだが」
「アルシャムス皇女殿下だ。我らが黒き星ノワールを統治する四大国家、その一国の姫君であり、此度総帥の命を受けて地球視察に参られた使者でもあらせられる」
「はあ……」

 なんと言ってよいやら分からず生返事を返す俺の脛に、ヴェスタの蹴りが直撃する。無論痛みはないが、敬えということだろう。

「よろしくお願いします、皇女殿下」
「うむ」
「……で、えーと、さっき案内役がどうたら言ってた件は?」
「殿下は今回の戦いの舞台である御門市を直接その目でご視察なさりたいと仰っていてな。丁度さっきまで、その護衛役を誰にするか話していたところだったのだ」

 で、それが俺、と?

「えー、駄目っすよせんぱい! せんぱいはこれからナミ子と訓練するって約束だったじゃないっすかー!」

 すると今まで黙っていた隣のナミ子が、猛然と抗議の声をあげる。
 ……お姫様の直接の願いだっていうのに、どんだけ度胸あるんだこいつ。

「バカモノ、小娘は黙ってろ! 殿下自らのご指名なのだぞ!」
「やだやだやだっす~! それならナミ子も一緒に行くっす~! どうせせんぱいなんて街のこと全然知らないし女の子が行きそうなところなんて思いつきもしない素人童貞なんすからー!」

 俺の右腕にぶらさがり、駄々っ子のように首を左右に振って揺れるナミ子。いやあの、どさくさにまぎれてすごいこと言ってませんかナミ子さん?

「ふむ。確かに男だけでは街案内に不便かもしれんのう。一人くらい従者がついても我は構わんぞ」
「やったー!」

 あっさり承諾する殿下に、目が点になるヴェスタ。いやそれよりさっきの発言が気になるんですけど。

「で、殿下!? しかしこの娘は死体から造っているので、あまり外には……」
「変装させれば文句あるまい。戦いにでるわけではないし、他人の空似などどこにでもおる。……特にその娘の場合、“問題はなかろう”。のう? ナミ子とやら」
「そうっすよせんぱい。どうせあたし昔から存在感なくていてもいなくてもどうでもいい存在だったし、気にする人なんていないっすよ」
「そういう問題じゃねえだろ、バカたれ」

 ぐりぐりとナミ子の頭を撫でる。くすぐったそうに目を細めるナミ子を見やり、殿下に視線を戻した。

「……じゃ、俺らじゃ不足かもしれませんが。殿下がよろしいのなら、ご案内しますよ」
「うむ、実に楽しみじゃのう」
「……不安しかないんですが……」

 三者三様の表情を浮かべる。なし崩し的に、皇女様に街案内することが決まってしまった。






※ロリババア書きたかっただけという。
あれ、しかしおデートまでいきませんでしたね。いっそ次は全部デート茶番編にしようかな。その次が戦闘回だし。
たまにはラブコメ分いれたほうがいいでしょう。ラブコメ謳ってる以上。

というわけで次回、全編茶番。
その次で殿下退場します。


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