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[6318] 異界の扉は⇒一方通行 (ゼロの使い魔×とある魔術の禁書目録)
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/05/22 17:21
『注意』

・ルイズの性格が変わってます。だいぶ変わってます。
・設定の改変、独自の設定があります。
・ゼロ戦が活躍の場を失ったようです。
・原作(ゼロの使い魔)の通りには進みません。
・とある魔術の禁書目録からは二人来てます。

追記。

・夏まで更新遅くなります。
・月に二回から三回は更新できると思います。



頑張ります。



[6318] 01
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/03/02 16:17





『手前ぇは何でそんな簡単に人を殺せるんだ!』


未だに耳に残るその台詞。
そんなのは簡単な事だ。答えなんかとっくの昔に出ている。
だから、こう答えた。


『あァ? 殺される為に生まれてきてンだから殺すのは当然だろうがよォ』


それは本心だっただろうか。偽りだったろうか。
だがすでに一万三十一人のサツジンを犯しているこの身としては今更手を引けるような状況じゃなかったのは確かだ。
───だからかもしれない。


『ふざけんじゃあねぇ!! そんな幻想、───俺がぶっ潰す!!』


あのクソ忌々しいガキがそう言ったのに対して自分は救われるかもしれない、なんて淡い希望を抱いてしまった。
その右腕で、何事にも侵されることの無かった神域を壊してみせろ。そう、思った。

決して、断じて、負け惜しみではないがヤツを殺す方法はその場で考えただけで八十四通りほど浮かんでいた。
それをしなかったのは単なる気まぐれで、自分では殺すしかなかった『妹達』をそいつなら救えるかも知れないと思ったから。
あのガキは救ってみせるとほざいた。それならそれでいい。

所詮この身は『一方通行』。救いの手を差し伸べられてもそれを跳ね除け直進するしかない。それしか出来ない。





01/『異界の扉は一方通行』





もぞり、と薄いシーツに包まった物体がうごめいた。
学生寮の一室。ベットの上。特に珍しい光景でもない。今は早朝で、カーテンの隙間から覗く太陽の光に当てられて睡眠からの覚醒が始まったのだろう。

なんら珍しい光景でもない。だが、その部屋が異常ではあった。

住人は物欲に乏しいのか、基本的に物が少ない。しかしこの部屋からはどうにもごちゃごちゃとした印象を受けてしまう。
その原因たる物ははっきりとしていて、ただ部屋そのものが崩れかけているだけだ。
主が寝ている寝具は無事なようだが、その傍にあるか壁には大穴が数多く開いていた。何をどうしたらそのような惨状になるのか疑問ではあるが、穴は開いているのである。さらには寝具以外で唯一の家具であろうソファーも中から弾けたようにスプリングがいたるところから飛び出している。
そのような破壊の痕はいたるところに及んでおり、まるで何かの武装組織に襲われたといったような有様だ。


「うぉあっ」


その馬鹿部屋の住人、一方通行は突然はねる様に飛び起きた。
ぜっぜ、と荒い呼吸を落ちつけるように顔に手をやる。びっしょりと濡れる感覚。かなりの量の汗が彼の顔には張り付いていた。


(……気持ちわりィ。悪夢で飛び起きるなンて柄じゃねェだろォが)


その事実を無きものにするように、汗を吸った拳を握りこみ壁に叩きつける。
ゴギャ、という音を立てて見事に拳が壁にめり込んだ。
一方通行は穴だらけの壁を一瞥すると舌打ちをひとつ。とりあえずこの不快な汗をどうにかするべくバスルームへ向かった。





最後に食事を取ったのはいつだったろうか。
少なくとも『アイツ』にぼこぼこに殴り倒されてからは一度も食事をしていない。もともと食が細いせいもあるのか、この二日は水分しかとっていなかったがそろそろ限界のようだ。

一方通行は『反射』で身体にまとわりついた水分を残らず弾き飛ばすとバスルームから這い出た。

正しく這い出た。

肉体を動かす為の養分が足りていない。
一方通行のベクトル操作は脳内で演算した『答え』を現実に送り出す能力だ。身体をまとう『反射』はすでに癖のようになっているが、あの時の戦闘で使った、空気中のベクトルを操り竜巻を起こすような現象は疲れる。頭の中で演算する計算量が半端な数ではない。そしてさらに、脳を働かせるという行為は人間の行うどのような行動よりもカロリーを消費する。要するに、

ぎゅるる。腹の虫が鳴いた。


(人間は一週間なら水と塩だけで過ごせるンじゃねェのかよ……)


よたよたと思い通りに動かない身体に喝をいれ、財布だけを尻のポケットに突っ込んだ。

この家には食料は無い。あるのは気に入って馬鹿買いしたがすぐに飽きてしまった無糖缶コーヒーの山だけ。糖分が無いのなら当然カロリーは少ない。いくら飲んだ所で今の状態を維持するのが精一杯だ。
食料が必要だ。なるべく甘く、糖分がたっぷりと入って、さらには空腹を埋める物が良い。

意を決して一方通行は食い物へと続く扉を開けた。
瞬間、ギラリと照りつく太陽。どうにも今日は真夏日の様だった。

もう条件反射、または癖のようになっている『反射』を使用。
一方通行は色素欠乏症だ。燦燦と降ってきている紫外線には弱い。すぐに肌は赤くなり、アレルギーではないかと思うほどに水ぶくれが出来てしまう。その為の防衛手段だったのだが、それがさらに体中のエネルギーを奪っていく。


「───っぐ……学園最強の能力者が餓死じゃ洒落になンねェぞ」


一方通行は皮肉げに唇をゆがめながら、こんな事になった原因であるとある幻想殺しを脳内で二百二十三回は殺しながら食糧確保に向かうのだ。





やけに学生が多い。
いや、ここは学園都市だ。学生はもちろん多いはずなのだが、今日は休日ではないはず。
今は午前十一時を少し回ったところで、このような時間は普通の学生なら学校で授業を受けている時間なのではないだろうか。


(まァ俺には関係ねェか)


厳密には一方通行も学生ではある。
しかし彼のカリキュラムは通常の物とは違い『絶対能力進化《レベル6シフト》』に重きを置いたものであり、所謂学校には通っていない。だがそれも上条当麻によって打ち崩された。これでもう一方通行はサツジンを犯さずにすむ。


(ハッ、犯さずにすむ、ねェ……)


一方通行はくだらない思考をカット。学園都市ではそれなりの人気を誇る喫茶店へ。
二十四時間営業であり、一方通行も何度か利用した事がある喫茶店。静かでそれなりに気に入っていた店だ。いつもは夜、それも深夜にしか来ないのだが、今日はいつもと雰囲気が違っていた。とにかく、混んでいる。
この店にここまで客が入っているのを見たのは初めてかも知れない、と内心の驚きを顔に出さないようにしながら店員が近づいてくるのを待った。


「申し訳御座いませんお客様。ただいま店内混みあっておりまして。お待ちになるか、または合い席という事になりますがよろしいでしょうか?」


辺りを見回してみれば、確かに席は空いてないようだ。ただでさえそれほど広くない店内。見れば軽いすし詰め状態。
合い席というのは気に入らないが仕方が無いだろう。現状を鑑みるに、これは死活問題だ。真剣に餓死が迫っている。

しかし、合い席といっても空いている所はあるのだろうか。一方通行は外にあるベンチにも数人、席が空くのを待っていた者がいるのを思い出した。
もしかしたら何処も空いてはいないのではなかろうか。


「合い席ってェことは空いてるトコがあンだよなァ?」

「はい、あちらの席になるのですが……」


店員は手のひらを上に向けて店内の角席を指した。
学生が二人。こちらに背を向けているので顔はわからないが、あの制服はこの学園都市内でも有名なお嬢様学校、常盤台中学の制服であった。


「なにぶん有名なもので、他のお客様も敬遠なさるようで」

「……かまわねェ」


一瞬、一方通行もやめようかと思ったのだが、なにぶん相手は人間の三大欲求のひとつである食欲だ。しかもそいつはさっさと食い物をよこさねぇと殺す、と切実に訴えかけてきている。早めに何か腹に入れなければ本当に死ぬのだ。

一方通行の葛藤を何か別の物と勘違いしたのか、店員はにやりといやらしい笑みを浮かべ、


「では、こちらへどうぞ」





。。。。。





その日、白井黒子は心底上機嫌だった。

その理由は簡単で、彼女がお姉さまと慕う御坂美琴の機嫌が良いからである。
ここ最近、何かに悩むようにして伏せっていた憧れのお姉さまの機嫌が良くなったのだ。二日前から。

いつもはスタンガン程度に威力を抑えた電撃が来るであろう『瞬間移動抱擁《テレポーテーションハグ》』をしても“もう、仕方ないわね”で終わった。
ついに自分の愛が届いたのだと思い、物理的に合体を果たすべく急いで服を脱いでいたら電撃が来たのだが。
何にせよ、彼女の機嫌が良いのはとてもとても良い事である。

そして今、黒子は美琴と共に食事に来ている。
大覇星際準備期間という事で授業は午後から。“それならあそこでお昼を食べていきましょう”という美琴の誘いに黒子は喜んで食らいついたのだ。
店内は随分と混んでおり始めは合い席になるかも知れない、と美琴とのデート(だと黒子は思っている)を邪魔される危惧が浮かんだのだがそんなことも無く平穏無事に。
“合い席になるかもしれませんから”と、自然に美琴の隣に座り、偶然を装いすでに七回は太ももを撫で回している。いつもなら三回目あたりでビリビリが来るのだが今日は何度やってもこない。来る気配も無い。

先ほどから美琴の話の話題が上条当麻という人物一色なのは気に入らなかったが、それでも黒子にとって彼女の隣に居られて太ももの感触を堪能できる今は至福の時間だった。
だったのだが、


「失礼します。合い席のお客様をご案内してよろしいでしょうか?」


その一言で至福の時間は終わってしまった。


(まったくよろしくないです! わたくしとお姉さまの至福の時間を邪魔しないでくれませんこと!?)


黒子はギラリと店員をにらみつけた後“断ってください!”と視線に言霊をのせ美琴を振り向いた。
きっと美琴なら自分の思いを汲み取ってくれて、丁重にお断りするはずだ。


「うん、いいんじゃない」

(ああん、おねえさまぁ!)


軽い調子で美琴はうなずいた。


「では、ご案内させていただきます」


黒子の意に反して颯爽と踵を返す店員を視線だけで殺せそうな目でにらみつけながら、いったいどんなやつが来るんだコンチクショウ、とこちらに重い足取りで歩いてくる人物を視界に入れた。


(お姉さま級の美人じゃないと、ゆる、さ、な……)


そこに見えた人物。


「───いいっ!?」


黒子は思わず口から漏れてしまった声を手でふさぐ様にして一気に目をそらし、乗り出すようにしていた身体を全力で引っ込めた。
背後からこちらに近づいてくる足音に絶望を覚える。


「ちょ、どうしたのよ?」


美琴は余りに挙動不審な態度を諌める様に眉根を顰めたが、黒子はそれどころでは無かった。
別にかくれんぼをしているわけではないのに呼吸を浅く保ち、気配を殺してしまう。

黒子の要望どおり、歩いてくる人物は確かに美人だったのだ。
ちらりと視界に入った白髪は、何処のビジュアル系気取りが来やがったかと思ったがよく似合っていた。肌は雪のように白く、瞳は血の色。男なのか女なのかよく分からない風貌。肩幅は狭いが男性っぽくはある。腰は女性的に少しふっくらとしているような気もするが、気のせいだろうか。決め手はその顔のパーツ。若干切れ長の目に、すらりと顔の中央を走る鼻梁。少し薄くはあるが綺麗な赤色をした唇。
確かに、美人なのだ。

だが、それは外見だけの判断。

その人物はこちらの面子をちらりと見るとはぁ、と大きくため息をつき気だるそうに腰を下す。
同時にバクバクと黒子の心臓が高鳴りだした。
黒子は己の『瞬間移動能力者』としての力を思う存分に発揮する為に、生徒による学園都市学園自治組織『風紀委員《ジャッジメント》』に所属している。
そこではこう教わるのだ。

ヤツには手を出すな。手を出せば殺される。
ヤツには近づくな。近づけば壊される。
ヤツの能力の前には等しく何もかもが無意味。戦略兵器を人間一人で相手にすることはできない。

そう、教わる。


「よぉ、合い席オジャマシマス」


その人物、『風紀委員』の仲間を何人も再起不能にしたレベル5能力者はそういって黒子と美琴にぺこりと頭を下げた。


「あ、ああ、あく、せられ……た……?」


ようやく思考の海からの帰還を果たし、黒子は聞いた。
いや、聞かずとも分かっているのだが聞かずにはいられなかった。他人の空似であることを祈りながら。
もちろんその願いは、


「ハイ、『一方通行《アクセラレータ》』デス。ひゃひは」


一方通行の邪悪な笑いの前に一蹴された。

そう、今日この日、白井黒子は上機嫌『だった』のだ。





「なんのつもり?」


自分の声に自分で驚愕した。
まさか自身の口からこのようなドス黒い声が出るとは思わなかったのだ。
見れば黒子も美琴の発した声に驚いているようでちらちらと横目で盗み見してくる。

目の前に居る人物。美琴の『妹達』を一万人以上殺した者。

割り切ったつもりではいた。あれは美琴自身の弱さも原因だ。一方通行だけを糾弾しても何の解決にもならない。
美琴はふぅぅ、と自信を落ち着ける為に長い息を吐き、ごめん今のナシと手を振った。


「ふぅ。……で、何しに来たのよ」

「あァ? 飯食いに来たに決まってンだろォが」


美琴の問いに一方通行はやや気まずそうに答えた。
一方通行としても今会いたくない人物ナンバーワンの美琴に会ったというのはやや堪えるのか、面倒くさそうに髪の毛をかき上げながらメニューを開く。

その答えが、その様が美琴には気に入らない。
自身が殺した人物の親族、もとい同一人物ともいえる者がいるのにどうしてそう平然としていられるのか。


「あら、学園都市最強の能力者でもお腹が空くのね」


美琴としては出来るだけ皮肉っぽく言ってやったつもりだったのだが、当然失敗。対面に居る一方通行からの“何言ってんだこいつ当たり前じゃねェか”という視線が若干耐えられない。さらには隣に居る黒子もオロオロしながら成行きを見ている物だからなんともいえない気分になりながら、やっぱ今の無しと再度手を振った。

ピンポーン。

頼むメニューを決めたのか一方通行が従業員呼び出しのベルを鳴らす。
そんな一方通行の一挙手一投足にぴくっぴくっと反応を見せる黒子をやや不憫に思いながら、この殺伐とした雰囲気をどうにかできないものか、と。


「……何頼んだのよ?」

「何だっていいだろォが」

「……」

「……」


気まずい。この気まずさは尋常ではない。
はぁ、と美琴は何度目かになるため息をついて、もう帰るべきだろうかと隣で小さくなり若干涙目になっている黒子を見ながら思った。


「お待たせしました~。ご注文を御聞きします」

「ジャンボストロベリーミックスパフェ。あと無糖のコーヒー」

「はい、少々お待ち下さい」


店員が静々と厨房に入って行くのを目で追いながら美琴は何とか笑いを収めようとする。
驚愕した。これは一方通行と鉢合わせた以上の驚愕だった。


(一方通行がパフェ……ぷふっ)


思いは黒子も同じだったようでぽかんとした顔を一方通行に向けている。

学園都市最強の超能力者。
近寄ると殺されるとさえ噂がたつ人物。
絶対能力者にまでなれるといわれた『一方通行』が、そんな一方通行が、


「ぷ、ふふ……くく、ぱ、ぱふ……くくく、パフェて……一方通行がパフェて!」

「わ、笑っては、いけませんわ、お姉様、ぷ、くくくっ」

「ンだよ、マズイのかこれ?」

「キャラ考えろって言ってんのよ。ぷっ」


未だに何で笑われているか分かっていない一方通行を見て美琴は初めて同じ人間なんだという確信を持ったのだ。





甘いものが苦手な上に、思いのほか大量だったパフェを悪戦苦闘しながらも平らげ、やけに目を輝かせながら色々と質問してくる黒子を適当にあしらう。非常に面倒くさい女である。一瞬だが、その生体電流を乱して昏倒させてしまおうかとも考えた。
そしてその隣。


(謝るっつーのはなンか違ェか)


そう、御坂美琴だ。
彼女の妹達を殺したのは間違いなくで一方通行である。一万三十一人。それだけの数の人間を殺した。
心中は察しきれないが正直、よくも仇である自身を前にして笑っていられる物だと一方通行は思ったものだ。

自分には家族というものが存在しないので当て嵌まらないが、大切な物を傷つけられるのは非常に腹が立つだろう。もし一方通行が何かしらの大切な物が出来、それを破壊されたのならばその者には殺してくださいと言われるまで痛めつけてもまだ足りないに違いない。

であるからして『超電磁砲《レールガン》』である御坂美琴に鉢合わせた時はまぁ一発くらいなら食らってやってもいいとまで思っていたものだが、


(なンか違ェ)


そもそも謝ったくらいで許されるような罪ではないのだ。それほど一万三十一人の妹達と、それより以前に行われていた実験で殺してきた人物たちの命は軽くない。
さてどうした物かと糖分を過剰に摂取して軽くなった頭で考える。

すると美琴がすい、と優雅に席を立った。


「そろそろ行くわよ黒子」

「え、あ、はい」

「っ!」


瞬間、一方通行の体は意に反して動いてた。


「ちょ、ちょっ……なによ?」


なんだろうか。
一方通行自身も分からなかった。気がついたら美琴の腕を掴んでいたのだ。
身体が意識に反する反応をしたことに自身で驚きながらも気を落ち着けるようにゆっくり息を吐き、


「俺の話を聞いていけ」


予想だにしない言葉に本日三度目になる驚愕をし、美琴はなるべく平静を装って黒子に顔を向けた。


「……いいわ。黒子、先に行ってて。すぐに追いつくから」

「ですが……」


黒子は一方通行の方を一瞥し不安げな顔つきになる。
美琴はそんな黒子の心中を察し、


「それなら店の外で待ってて。私が襲われそうになったらすぐに飛んでくるのよ」


少し冗談まじりに言った。





。。。。。





結局。


(そりゃそォだ。ンなもんうまくいくわきゃねェンだよな)


結局対談は失敗に終わった。
話を聞けといったにも拘らず一方通行は何を話していいか分からなかったのだ。
その聡明な頭をフル回転して、悩んで、悩んで、口から出て行った言葉は、


「───俺は、謝らねェぞ」


どこのガキ大将かと。

予想通り、美坂美琴は、そう、と短く頷き颯爽と去っていった。
去っていく時に一度も目が合わなかったことを考えると、怒らせたか。

まぁ、


(関係ねェか)


恐らくもう会うことはあるまい。
コレだけ大々的に実験失敗をかましてしまった。これから俺はどうなるのか。そればかりが一方通行の頭を駆けた。硬く握った手のひらがじっとりと濡れている事に気付き、さらに自己嫌悪。


「柄じゃねェ……ッてンだよ!」


っち、と舌打ちを吐き捨て雑に一歩を踏み出そうとした時、それは起こった。


「……何が?」


くい、と袖を引く感覚。


「───っ!」


別に一方通行は格闘の達人ではない。最強ではあるが。よって、誰かの気配を読む、感じる、などのニュータイプ補正も無い。最強ではあるのだが。
しかしここまで、袖を引かれるまで接近されて気が付かないなど愚の極みだ。自分の命を狙っているやつなどそれこそ五万といる。
0.1秒の思考。
ちり、と首筋が燃える感覚。

瞬間、一方通行は瞬時に演算。背を向けたまま袖を掴んでいた手を反射ではじき返した。


「きゃあ~」


なんともやる気のない悲鳴。
生体電流の一つでもぐちゃぐちゃに乱してやろうかと考えていたのだが、どうにも敵意は無い様子。
肩透かしを食らったように一方通行は振り向いた。

そして、本日何度目かのため息。
ここ(学園都市)に奇人変人が多いのは認めるが、


「……」

「……」

「……」

「……今の。なに?」


巫女は、初めてだ。





「だから。募金」

「ンなモンは善人に頼め」


一体何度この問答を繰り返したか。

名も知らぬ巫女。どうもこの女は募金をしろといってきているらしい。よくよく見れば足元にあるダンボールにはちょこちょこと小銭が散らばっている。何とあつかましい事か。
しかし銀行の前で座り込み、募金を寄越せという根性にはさしもの一方通行であろうと驚嘆したものだ。


「……悪人?」


会話のペースがつかめない巫女は一方通行を指差し言った。


「っハ、真っ向から堂々と悪人だぜ。俺を捕まえて善人といえる奴ァそうそういねェ!」


俺を善人と呼ぶ奴がいたら褒めてやってもいい、と一方通行は続けた。
自覚しているのだ。100%悪人。悪党。悪者。一万人以上を、自らの手で殺している人間は悪党だろう。それに今更善人になりたいとも思わない。
……また、気分が悪くなってきた。

もうコレでいいだろう。そろそろ帰りたい。

だがこの巫女、諦めない。


「じゃあ。募金……して」


一方通行はもともと気が長いほうではない。いや、短い。
流石にこの女を殺したくなってきた。話が通じていないはずはないのだ。それをしつこく食い下がってくる。


(……もういい)


気絶でもさせて帰るか、と生体電流を乱すべく右手を伸ばした時、


「ワルモノはお金持ってたら。悪いことに使うから……募金。して」


っハ、言いえて妙だな、そりゃアよ。





「……」


柄にもない。
こちらもため息と数えて本日何度目だろうか。

結局、募金してしまった。百万ほど。人を殺してもらった金。実験協力代。あの巫女はそれを知らずに使うのだろう。所詮この世はそんなものだ。

がさり、と右手に持ったやけに大きなビニール袋が鳴った。中には白い部分と赤い部分がまちまちの、塗装が随分とへたくそな羽がぎっしりと入っている。
コレはなんだと聞いたところ、募金してくれたからやると言うのだ。
当然、一方通行は断った。のだが、ここでも暖簾に腕押し。こちらの話を聞いているのか聞いていないのか。募金に続き、結局押しに負けてしまった。正直な所かなりいらない。


(捨てるか)


そう思い、その思いのままにビニールを放り投げようとした時、


「っ!!」


突如として眼前に赤い鏡(?)のようなものが出現したのだ。
当然の如く一方通行は一歩のけぞった。そしてこの攻撃を仕掛けてきたものを探るようにあたりを見渡す。


「っく、くく、どこのどいつだァ、この俺に攻撃を仕掛けてくるたァよォ。プチっと蛙みてェに潰しちゃうぞォ」


咽喉からでたのは引きつったような笑い声。
ああそうだ。やはり、『こっち』の方がいい。『こっち』の方が、自分に合っている。今日は自分にしてはおかしな行動が目立った。合い席をしたのもそう。黒子の質問にいちいち答えていたのもそう。美琴の手を引いたのもそう。さらには募金など、それは目も当てられない行為だ。

俺は何だ? 一方通行だ。学園都市で『最強』の能力者だ。悪党だ。


「殺してやンよ。ひゃひっ」


つかつかと足音高く、左手を前に突き出し妙な鏡に向かって歩く。
ちゃちゃっと壊して実力の差を教えてやるのがいいだろう。

身体の『反射』は万全。
目の前の鏡からマシンガンが出てきて掃射されても欠伸をしながら迎え撃つことが出来る。

だが、


「───あァン?」


壊すつもりで触れた鏡に手が埋まった。
とぷん、とまるで水面に小石を落としたときのような波紋が広がり、


「おろ?」


ぱくり、と一方通行を引き込んでしまった。





その日、学園最強の能力者は消えた。
学園が誇る屈指の衛星を使っても探し出せないどこかに。

おろ? という、おおよそ『最強』には似つかわしくない言葉を残して。







[6318] 02
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 16:20




「どうかしたんですの、お姉さま?」

「ん~?」

「先ほどからニコニコ……いえ、ニヤニヤ、でもないですわね。何か、ふわふわしてますわ。一方通行となにか?」


一方通行と鉢合わせた喫茶店を出て程なく黒子から指摘され、そこまで酷いかと美琴は口元を指先で揉んだ。

本日は真夏日。快晴。ギラギラ照りつく太陽は女の子の肌には敵にしかならない。一歩でも移動すれば汗は引っ切り無しに毛穴を通過。日焼け止めは流れ落ち、メラニン色素が黒く変色してしまう。はっきり言って、不快だ。不快晴とでも言えばいいのか。
そんな中、美琴は口元をやや歪めながらボンヤリと口を開く。


「ん~、別に何かあったって訳じゃないけど……」

「ないけど?」


この学園都市で『最強』の超能力者、『一方通行《アクセラレータ》』。
その人物に遭遇した今日、驚きの連続で既にまともな思考は出来ていない。
合い席になったのもそう、パフェを頼んだのもそう、そして、

『俺の話しを聞いていけ』

羨ましくなるほどの白い肌。すらりと長く、細い指。いつの間にかつかまれていた腕。それらは美琴に衝撃を与えるには十分な威力を発揮した。
瞬間、感じたものは『死』だったのだ。まずいと思うよりも早く、条件反射で額に電撃が集まったのを覚えている。
しかし、しかし振り向いた先にあるその赤い瞳。真摯な光を湛えるその瞳には、嘘はなかった。


「お姉さま?」

「あ、ゴメンゴメン。まあ結局、私とあいつは……同じくらいに悪いヤツって事よ」

「そ、そんなことありませんわ! どうしたんですのお姉さま、一方通行に何かされまして?」

「そんなじゃないわよ。ホントにちょっと、ほんの少~しあいつの事が分かったかな、ってね」

「……わたくしには、全然分かりません」


それはそうだろう、と美琴は心中ため息をついた。
『妹達《シスターズ》』の実験を知っているのはほんの一部の人間だけだ。
しかし、それはこれから明るみに出るのではないだろうか。数多くの美琴クローンが存在する以上、それは仕方のないことであろう。それに美琴自身もそれでいいと考えている。

世間はなんと言うだろうか。さも自分が被害者のように扱ってくれるだろう。涙の一つでも流せと『どこか』から命令が下るかもしれない。が、美琴にはするつもりなど、同情を引くつもりなど一切ない。

一方通行は言った。『謝らない』と。

喫茶店の、冷房が過剰に効いたその一角。そこで、額に汗をかいていた。それほどまでに悩んで、その末に自分にそれを言いたかったのか、と若干一方通行が間抜けに見えたのは内緒だ。

だって、そんなことは分かっている。当たり前の事だ。
謝られて美琴にどうしろというのか。

一方通行は『妹達』を一万人以上殺した。確かに殺している。
そして美琴は『妹達』を一万人以上、見殺した。
その殺される様を見て、実験施設の機材を破壊するなどの行動を起こすまでに、既に何人殺されていただろうか。

なぜ最初からアクションを起こさなかったか。理由は簡単で、ただ、怖かっただけ。
学園都市で三位という地位。
常盤台中学での生活。
その他もろもろの保身。それを優先した。

そして何人も、何人も何人も殺されていくうちに、美琴は夢を見るようになる。
なぜ助けてくれなかったの? と血みどろの自分が映し出される。程なく睡眠が恐ろしくなり、寝不足が限界を超え始めたところで行動を起こした。

結局、そういうことなのだ。
一番大切なのは自分。何処かのとある無能力者のように、人のために命を投げ出せないでいた。

だから、当たり前のように一方通行を責める事はできない。
一方通行は悪い。美琴は悪い。黙って殺され続ける『妹達』は悪い。実験を提唱した科学者は悪い。許可する『学長』は悪い。
誰が一番悪いなど、そんなもの分からない。
ただ一つ分かること。それはあの実験での善人は、関係など一欠片もないのに強引にキャストに入り込んできた上条当麻、ただ一人。

それを分かった上で、一方通行は『謝らない』。
だから“そう”と軽く返事を返し店を出たのだ。


「んぅ~っ……!」


美琴は考え込みすぎて硬くなり始めている肩を、伸びをするようにしてほぐした。
らしくないな、と自身を否定。もっと動こう。もっともっと、頭より先に身体を動かすのが自分の性分のはず。

起きたことには後悔しか出来ない。けどこれから起こることには今のところ後悔はないだろう。是非とも喜びを選び取りたい。
だから、


「黒子」

「はい、なんでしょう?」

「言ってなかったけど……私ね、妹がいるの」

「それはそれは、さぞかしお姉さまに似て可愛らしいのでしょうね」

「ん~、可愛いかどうかは分からないけど……うん、すごく似てるわよ」


そこで黒子はふと疑問を表情に出す。


「双子ですか?」

「違う……けど惜しい」

「そういえばお姉さまにはお姉さまがいらっしゃると……。妹さんはお一人なんですの?」

「んふ」


そして美琴は若干気味が悪い笑みを浮かべる。


「10000人よっ!!」


不思議な顔で、黒子の時は止まった。
言った本人、美琴も。





02/『マホーツカイ』





どんっ! と耳を劈く爆音。煙幕のように広がる土煙。
辺りが見えないその中で一方通行が感じたものは『移動』だった。確かに自分はアスファルトの上に立っていた。それが今踏みしめているのは土。目の前の赤い鏡(?)のようなものを触って、飲み込まれて、初めて感じたものだった。

己の『反射』が通用しなかったことに、既に動揺はない。
それは既に経験済みの事態だった。その聡明な頭脳で思考。学園都市に一人いたのだ。どこかに『最弱』と似たような存在がいたとして、何を驚こうか。

上条当麻との戦闘経験は一方通行にとって、確かにプラスに働いていた。
全力。全ての力。己の限界。未知の領域。その果て。そして『絶対能力《レベル6》』。
一方通行は確信している。己以外に『6』の領域に届く存在いないと。自分自身が最強で、それ以外は弱者。

1。『最弱』となんら変わりない、蟻と同義の存在。
2。蛙と同じ。アスファルトにへばり付いてカリカリになっているのを想像。
3。一万人と死合っても傷一つつかない。
4。右手一つで了。
5。自分と『それ以外』。
6。己が未来。

くく、と咽喉がなった。
口角はつり上がり、その唇を邪悪に歪める。

ああ、


「───ブチ、殺しちゃうぞ。あひゃ」


ああ殺す。全部殺す。脳みそを欠片も残さずザクロのように弾き飛ばす。四肢をへし折り犯し抜く。血液を逆流させ身体中の毛穴から噴水のように血を抜く。殺す。皮膚をはがし何割で死ぬか観察する。一枚一枚爪をはがしその悲鳴で息をつく。目玉をくりだし咥えさせる。殺す。地上高くに吹き飛ばし落ちてくる様を哂う。殺す。腹を裂いて腸を引きずり出す。体中の関節を外す。生きたまま埋める。殺す。横隔膜の動きを止める。沈める。食わせる。殺す。殺す。摘み取る。殺しましたさようなら。

戦闘思考。

毎日が殺し合いだった。
いや、一方通行にとっては既に殺し『合い』ではなかった。ただ、殺していただけ。虫の羽をもぎ取るように、蟻の巣に水を流し込むように。

しかし、此度の敵は『最弱』を思わせる相手のようだった。
少なくとも『反射』を無視し、ココまで移動させたのは間違いない。

殺し合い。素敵。


「い、ひ。ひィひっひゃはははァぎゃひゃははぁははははっ!!」


その声は高らかに、一方通行は何かを崇めるように両腕を伸ばした。体表に感じるベクトルを操作。周囲の空気に流れを作り爆煙を弾き飛ばす。落としたビニールからは紅白まだら模様の羽が舞い散り、一方通行の表情にマッチング。堕ちて来た神の使いと言って、信じない者はいるだろうか。

予想以上に濃い爆煙を残らず弾き飛ばし、


「はじめまして、ってかァ?」


今回の敵を視認した。

おおよそ日本人らしくないその顔立ち。他人の事は余り言えないとはいえ、何処の馬鹿かと問いかけたくなる髪の毛。その色。一昔、二昔前に流行ったマホーツカイが着ているようなローブ。

いい。
疑問を感じるのは後でいい。

一方通行の中ではもう始まっているのだ。
だから目の前で“アンタ誰?”と疑問を投げかけている少女の頭に、優しく優しく手を置いた。
指先に柔らかな髪の毛の感触が広がり、


「な、ななな何よいきなりっ!」


もはや問答無用。
若干の肩透かし感にため息をつきながら一方通行は能力を発揮した。
『反射』ではなく『操作』。体内の生体電流を知覚。


「死ね」

「は?」


そして生体電流を、身体の動きをつかさどる電気の流れをズタズタに乱れさせる。
健常者に電気ショックをするようなその行為に、彼女はぎゃんっ、と犬のように鳴きその場にぱたりと倒れ伏した。


「……はぁ」


一方通行は大きくため息をつく。
今度こそ本物の肩透かしを食らった。何の茶番だ、と辺りを見渡すと同じような格好をした少年少女。
何かの宗教か、犯罪組織か。
学園都市の財産といえるほどの超能力者、『一方通行《アクセラレータ》』を呼び出した。それが、この程度であっていいはずがないのだ。


「見ろ! ゼロのルイズが自分の呼び出した使い魔にやられたぞ!」


少女と同じような格好をした少年が言った。
続く笑い声。

ゼロのルイズ。
この女のことか、と一方通行は適当に一瞥。興味なさげに足元に倒れている少女を跨いだ。実際に、興味はない。今気になっていることは聴きなれない言葉。使い魔。
大してやった事はないが、ゲームや、『その類』の小説などに出てくる言葉。

脳内でありとあらゆる可能性を算出。ありえる出来事、ありえない出来事。
この場合、もちろん在り得ないと断言できるが、現に今ここは? 催眠誘導あたりの能力者でもいるか。これが幻覚で、かってに自分自身がキマっている状態なのだろうか。

もちろん、否定。

一方通行自身に起きている事だ、幻覚か否かの区別はつく。
何よりも『反射』。自身を丸ごと移動させることは出来ても、その体内に影響を及ぼすことが出来るとは思えない。

一方通行は自身の体内ベクトル、その全てを認識している。何処がどうなっている、ではなく、それは既に『感覚』。
物心つく頃には既に自分の一部である『反射』。それから時を待たずして扱えるようになった『操作』。
たとえ半身不随になろうが、腕の一本、足の一本吹き飛ぼうが、何の制限なく生活できる。まさしく『第六感』、『第七感』なのだ。
極端な話、一方通行は心臓が止まっても生きていける。血液の流れを操作し、脳に酸素を送り、『思考』『計算』『発現』。この三つさえ出来れば、脳髄だけになっても人を殺すことが出来るはずだ。

故に一方通行の体内に影響を与えるのは、自分自身。それ以外にはありえない。

結果、面白い状況になっている。確信した。
それもすごく。


「一瞬ツマンネェなンて思っちまったなァ。いや、おもしれェ……」


内心を表情に思うまま出しながら、その顔に笑顔を貼り付けながら、足を向けるのは先ほどの少年の集団。げらげらと笑い声を上げる集団を視界に納める。


「ひゃは、あンまり笑わせンなよ、楽しくなってきちゃうゾォ」


呟くように言った。
視界の先、そこには一方通行のおおよそ平凡とは言いがたい人生の中でも見たことのない生物のオンパレード。


(目玉に羽が生えたまりも。尻尾に火がついてるトカゲ。でかいモグラ。……何だありゃ、あれか、ドラゴンってヤツかァ?)


一方通行が近付いてくるのに気が付いたのか、率先して笑っていた少年が口を開いた。
当然その顔は醜悪。一方通行とタメを張っている。


「ああ君、なかなか面白いものを見せてもらったよ。ふむ、見たところ平民のようだが何処の出身かな?」

「ヘーミン? ……あァ、平民って事か?」


少年の眉がピクリと動いた。


「……君、口の聞き方には気を付けた方がいいな。僕はルイズのように無能な貴族ではない。簡単には気絶してやらないよ?」


さも、自分のほうが上位存在だといわんばかりの物言い。鼻を膨らませ、胸を張る。体形が丸々としているのでまるで達磨のような印象。
そして、何と言っただろうか。

気絶?

笑いが口から滑り出るのを押さえられはしなかった。


「ぎゃはっ、気絶!? 気絶でございマスですかァ!」


心底馬鹿にするようにして一方通行は笑った。事実、馬鹿にしている。
それは仕方がないことだった。

馬鹿にもするさ。余りに能天気。レベル5の能力を何の防御もせずにして、そして気絶とは。
止まらない。止められるはずがない。面白い。


「く、くくく、ひゃひはははっ!! 脳ミソ腐ってンじゃねェンですか御貴族様ァ!」

「き、貴様、無礼だぞ! 僕を誰だと───」

「───死ンでんよ」


言葉にかぶせる。


「っ……、は、あぁ?」

「死ンだぜアイツ。俺が殺した。体内の生体電流を乱してやった。もう心臓も止まってンな、多分よォ」

「?」

「ルイズっつうのか『アレ』?」


振り向きもせず、肩越しに親指でさした。
一方通行は自身の背後がにわかに騒がしくなるのを感じる。ヴァリエール、ミス・ヴァリエール、と恐らく名前を呼んでいるのであろうその声は焦燥に駆られていた。

少年の顔が見る見るうちに青ざめていく。取り巻きも同様に。
その様が一方通行をさらに興奮へと導いた。


「死ん、だ?」

「ああ、死ンだなァ」

「え、なんで……死ぬなんて、平民が貴族を……え?」


耐えられ、ない。


「っっっぐはばァ! っぎゃアっひゃひゃひゃひぎぃいひひひゃあああッハア!! 最高だぜその表情ォ! 理解しろよ、死ンだんだよ、イっちまってンだよ! わからねェわきゃネェだろォがッ!
テメエみてェの相手にすンのは久しぶりだよ、何も知らねェで突っかかってきて、果ては命乞いだァ! ええおい、オメーはどうすンだ? 言ってみろ!」

「い、いやだ……」

「わからねェよ」


一歩だけ下がった少年を、その腕を取ることで阻止。
同時に、

ゴクンッ。

嫌な音が響く。
見れば少年の肩は不自然に盛り上がっていた。
脱臼。肩の骨が一方通行の『操作』によって軽々と外されたのだ。


「かっ、ああっあああ!」

「くかっ! ほらほらァ、言って下さいマセ御貴族様ァ! 意外と難しいンだぜこれよォ!!」

「いやだあ! 死にたくないっ!」

「上ッ等ォ! この俺を呼んだンだ、死ぬに決まってンだろォ!!」


ぎゅ、と掴んでいる腕にさらに力を込めた。
その力は、手首を掴むそのベクトルは方向を変化。対象の肘関節部を目指す。軟骨繊維の一本一本を丁寧に破壊。剥離作業に掛かり、その筋、腱を破壊するまでもなく、コクンッと小気味良い音が響いた。


「ほら二つ目ェ!」

「うわっ、うわぁああ、なんでああぁっ! ああ!」

「ひゃはっ、痛くねェよなあ! 関節『だけ』綺麗に剥がしてやってンだ、グニャグニャの軟体動物見てェにしてやンよ!」


げらげら笑う一方通行は気付いていない。もともと注意すらしていない。絶対の自信がその身には存在している。
だからその背後にやや頭のさもしい人物が近付いていることには、気が付かなかったのだ。


「───止めたまえ」

「あァン?」


静かに肩越しから突きつけられた小枝程度の棒。
それは抑止のつもりか。この木の棒に、何の意味があるというのか。

一方通行は鼻で笑いながら握っていた手首を離した。転がるようにして、叫びを上げながら逃げていく少年を見てさらに哂う。
別にこの男に脅威を感じたわけではない。そもそも一方通行に脅威など存在しない。しかし、この男の瞳に興味はある。マトモなふりをしている様だが、見覚えのあり過ぎる暗い光り。
それは毎日のように、鏡の中で見ていた。


「居るじゃねェか、楽しそうなのがよォ」


人殺しの色。
同族にしか分からないそんなニオイ。

一方通行は確かに感じた。
殺した者には何かテレパスのような感覚がある気がすると以前から思っていた。何となく、分かってしまうのだ。似ているから。

しかし男は答えない。
義務のように口にするのは質問の答ではなかった。


「君の主は息を吹き返したよ」

「それはそれは的確な処置ゴクローさン」


主という言葉にひっかかるものの、なんにせよルイズという女は助かったらしい。
そのことに関しては何の感慨も浮かばない。死のうが、助かろうが、別にどちらでも良い。ひらひらと手を振り、ご苦労と告げる。
今の興味は、この男だ。


「君は自分が何をしたのか理解しているのかね?」

「あァ? 醜い嫉妬してンじゃねェよ。俺とヤりあいたいンだろ? いいから来いよ」

「……余りに危険すぎる。その思考も言動も、存在そのものが」

「ひひっ、よくお分かりで」


一方通行の引きつったような笑いを見て、男の瞳が鋭く光った。
恐らく禿頭の男も理解しているのだろう。その存在が、自分に近しいものがあることに。

そして一方通行はその男を見、ふと疑問符を掲げる。


「なンだァ、震えてンぞテメエ?」

「───っ」


小枝の先が、恐らく武器であるのだろうそれが細かく揺れていた。上下左右。いうことを聞いていないのが一目で分かる。


「まさかテメエ……っち、拍子抜けだ」


かくん、と一方通行の肩が落ちた。
それはそれは、心の底から残念そうに。
そしてまるで侮蔑するかのように男を見る。心底、蔑む。一瞬でも似ていると思った自分自身を殺してやりたくなるほどに怒りがわいた。
そう、あろう事にこの男は、


「っけ、日和やがったなテメエ。ガキ一人助けて今更善人にでも成るつもりか? 成れると思ってンのか? 戻れねェよ、この悪党が。
 テメエまさか、善行を重ねれば罪が軽くなるなンて夢見てンじゃねェよなァ。あァおい、人殺しがよォ。そうだろ、テメエは殺してんだろうがよォ。キタネェんだよ。悪党なら気取ってンなよ。自分以下を犯せ、侵せ。ソレでこそ『存在』の意味だろォが」

「黙れ」


男の視線に篭る光り。暗い色のソレは、確かな殺意だった。どうやら期待を捨てるのは早かった様子。
次第に止まっていく震えを見ながら一方通行は実に愉快そうに表情を歪めた。
まだまだ、もっともっと、と続ける。


「くくっ、そうだよ、そのイロだァ……その向き《ベクトル》で合ってンだよ。
 なァ、わからねェか? お前はもう無理なンだよ、光を見るなンざ、到底出来はしねェンだよ。俺『達』みたいなのはよォ、死ぬまでとは言わねェ、死ンでからもずっとだ、ず~っっっっっと! 救いなんざ、無ェンだよ!」

「黙れと言っている!」

「殺した殺した殺した殺したァ! 人殺しの鬼畜ヤロウ! 気持ちよかったかァ!? なぁそうだよなァ、っくく、ひぃ、『発射』しちまいそうだったろおおおおおおお!!」

「黙、れええっ!!」


禿頭の男。振り上げた杖の先には炎が宿っていた。





。。。。。





熱い。眠い。重い。
体中が倦怠感に苛まれている。一体何が、と己に起きている事に確信が持てなく、仕方無しにルイズは目を開いた。


「……んあ?」

「あら、目が覚めたみたいね」


視界いっぱいに乳が広がった。非常に見覚えのある乳。顔をあわせる度に強調し、さらに自慢してくるのだから嫌でも覚えてしまう。
ルイズ自身のコンプレックスをそのまま映し出したようなその胸の持ち主、名をキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーという。
燃えるような赤い髪の毛。赤い瞳。褐色の肌。そして抜群のプロポーション。抱きかかえられている今、妖しげで艶やかな香りが鼻腔を通った。


「あれぇ、なん、でぇ……?」


口を開くのすら億劫そうにルイズは言った。

正直、仲がよくないのだ、彼女とは。
宿舎の部屋が隣同士のため口を聞く回数は他の学園生よりも多いだろうが、それでも悪態をつき合い、果ては杖を取り出す。
そのような仲の人物に抱きかかえられているのだ。驚くなと言うのが無理だろう。


「……ん、まぁ隣部屋のよしみってやつよ。アンタも寝たまま死ぬなんて冗談じゃないでしょう?」

「ん~……死ぬぅ?」

「あ、こら、ちょっと!」


覚醒しきれない頭で、そのふくよかな胸の感触に姉の姿を思い出しながら、甘えたような声を出した。同時に肉に顔を埋める。
そして何があったんだっけ? と考えを巡らせた。

思い起こせば、確か使い魔召喚の儀式だった。
爆発を起こした。何度も何度も起こした。召喚に応えてくれる使い魔は毛ほども居らず、教員、コルベールがため息を吐きつつ次が最後だと言った。


(……うん、憶えてる)


それで、爆発。
破れかぶれの様にして杖を振ったのだった。
それは既に何かの境地だったような気がする。そう、ルイズは口汚く罵り声を出しながら『出てこいやコラァ!』杖を振ったのだった。

そして、


「ひゃあはひゃハハハッ!!」


笑い声を聞いた。
脳に酸素が十分に行き渡った。眠気からの覚醒が促され、良い匂いがするソコから顔面を引っこ抜く。


「あんっ」


やや艶かしい声が聞こえたがルイズには意識している暇などなかった。
聞きたいことが山ほどあり、何から聞いていいかも分からずにとりあえず口から出ていたのは、


「───私の使い魔は!?」


答えも聞かずに笑い声を探す。が、身体は自分の物ではないかのように言うことを聞かず、さらに人だかりが周囲にずらりと並んでいた。
皆一様に広場のほうに目を向けている。


「わた、私の使い魔、どうなったの!?」

「……ちょっとすごいわよ、あなたの使い魔」


キュルケが非常に微妙な表情をしながら答えた。
身体を支えられている腕が若干震えているのも感じ、何がそうさせるのか疑問を感じるよりも早くその声が聞こえる。


「『発火能力《パイロキネシス》』のつもりかァ!? 貧弱脆弱ッ、最弱だア!」


上空に向かって炎が奔る。
人だかりの中、誰かが言った。

エルフ。

ルイズは瞬時に自身の使い魔の事を言っているのだと気が付いた。
ぱいろきねしす、と聞きなれない言葉。姿は見えないが、恐らくコルベールが放ったのであろう炎は大きく、力強かった。それを貧弱と言い切る胆力。何よりもルイズ自身が感じた『得体の知れない力』。スパークを起こしたように次々と記憶が繋がっていく。

『死ね』

そこまで。そこまでで途切れている記憶。
ルイズは怒りを感じる機能が壊れているのではないだろうかと思うほどに何も感じなかった。

風に舞い踊る羽根。
優しく撫で付けられた頭。
体中を走った衝撃。


「……行かなきゃ」


思ったことはそれだけだった。

ルイズには自身の精神状態がわからない。いや、自身の事を完全に理解できる人間などこの世には居ないのかもしれない。だからこその言葉。行かなければならない。何故。行かなければならないから。その程度の問答だった。


「本気で言ってるんだったら心底馬鹿にしてあげる。また死ぬわよ?」


また、ということは自分は一回死んだのだろう。
感覚的なものではあるが、何となく理解できた。力の入らない身体がそれを教えてくれた。


「うん。ありがとう」


意外なほどに素直に出てきた礼をキュルケに向けた。
身体を支える腕をやんわりと払い、震える膝に力を込める。よたよたとたよりない足取りで人垣に向かった。

その様を見たキュルケがうそでしょぉ、と情けない声を出しながら諦めたようにため息をつく。


「ああもうっ調子狂うわね。ほらほら、道を開けなさい! アレのご主人様が通るわよ!」


モーゼ、とまではいかないまでもルイズの存在を確認した者は全て道を開けた。

そしてルイズは初めてその闘いを目撃する。
白髪の男は笑みを浮かべていた。対して禿頭の中年は無表情。
禿頭の男、コルベールが放つ炎は全て、その全てが上空へと奔って消えた。ルイズ自身が呼び出した白髪の使い魔に当たるとなぜかその『向き』を変えてしまうのだ。

しかしコルベールは何の落胆も感じさせず無表情のまま攻撃を続けた。いつもの人の良い笑顔からは考えられないほどに、見たものの心臓を鷲づかみにするような暗い瞳。


「はい四発めェ。さっきのはなかなかのモンだ、人間一人位消し炭にできらァな。
 ……けど、違うよなァ? まだまだこンなもンじゃねェ。この程度だったら3~4辺りの奴らで十分なンだよ」


一方通行の言葉にコルベールは答えなかった。
ただ静かに杖を掲げる。その先に宿るのは蒼い炎。不要なものをそぎ落とした純炎。

それを見た一方通行は満足そうに頷く。


「そうだよ、そういうのだよ。そういうのを待ってンだ、俺は」


朗々と続ける。


「考えてたンだ。同じような相手を同じように殺して、それを一万、二万と続けようが本当に意味はあったのかってよォ。ダセェ『作業』だぜ、ありゃあよ。
 くく、笑っちまうぜ。俺に気付かせたのは『レベル5』でも『一万三十一人』でも『樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》』でもねェ。たった一つの経験だ。たった一つの『不可思議な存在』が俺に力の使い方の、その先を教えてくれた」


ルイズには一方通行が何を言っているかなど欠片ほどもわからない。
コルベールの炎が密度を高くし、逆巻くようにして大きくなる。
熱い。
離れた場所にいるにも拘らず熱が襲ってきた。

しかし一方通行はどこ吹く風、にやにや口元を崩したまま。


「確信したぜ。お前らアレだろ? 所謂よォ……くかっ、き、ひひひ、まほ、っぶふ、っマホーツカイってヤツだろォ! 理解できねェよテメエらの存在! けどわからねェって事はその先にあるんだよなァ、アイツと戦った時みてェな『発展』がよォ!!」

「……私も確信したよ。資格は無いが言わせてもらおう。……君は、生きていてはいけない存在だ」

「ぎゃは! そのとぉぉぉおおおっっり!!」


一方通行は笑う。

同時、コルベールが杖を振り下ろした。

瞬間、一方通行が両腕を突き出す。

そしてルイズは駆け出した。


「───っ!」


背後でキュルケが息を呑んだのが分かった。

力の入らない両足で、その身体で、使い魔を目指す。
炎が迫っているのに気がつかない筈が無い。熱を感じている。

にやにやと笑う使い魔を見て、


「だめぇぇええええええええ!!!」


なにに対してなのかは未だに分からない。







[6318] 03
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 16:24



炎が迫る。純炎。蒼い色。
灼熱といっても過言ではなく、ひとたび触れれば焼け焦げる。広がり、燃えて、待つのは死。
それはもちろんただの人間だった場合。

『反射』。

敵意を向けられたのなら『反射』する。敵意をそのまま返す。
悪意を向けられたのなら『反射』する。悪意をそのまま返す。

では、善意はどうすればいいのか。そのまま返していいのだろうか。

優しさを、ぬくもりを感じてしまった場合、一方通行はもちろん『反射』する。必要の無いものはいらない。
悪を超える。超悪者。ぬくもりよりも冷たさを求め、優しさよりも冷たさを求め、血液の代わりに悪意が血管を通っている。

反射する。全て。

しかしそれはどこへだろうか。
マイナスを貰えばそのまま反射してやるのが良い。相手がのた打ち回る様を見て大いに喜ぼう。
だが、プラスは、何処へ反射するのが良いだろうか。

そもそも笑顔を受けたことがあるだろうか。遠い遠い昔になら、あるだろうか。

理解不能。
そのような状況が無い。経験でしか物を語れない人間だとは思っていないが、それでもこれは脳をいくら働かせても答えは出そうに無い。

聞こえる“だめ”と叫び声。

そして目の前に見えたのは背中だった。そう、背中が見えたのだ。

『最強』であるこの身。それを守る。

冗談ではなかった。そして現実、蒼い炎が今まさに、目の前に見える背中を燃やし尽くそうとしている。一度殺して蘇った女。ルイズ。そう呼ばれていたことを記憶している。

馬鹿め。一方通行はそう思った。
拾った命をまたも投げ出すか。あまりに無能。あの炎は中々の威力を誇るように見える。人間一人を摘み取るのは至極簡単なのではないだろうか。
それを、それなのに自分から死に突入してくる。

理解できなかった。
自分から死に向かう最弱を。
死ぬと分かっているのに向かってくる一万人を。
何よりも自分の死が一番に理解不能。

一方通行は死に鈍感だった。殺しすぎたし、強すぎた。幼い頃から自己完結している、死ぬということ。終わるということ。

人間じゃないと誰かに言われた。
当たり前だ。人間以上。

化け物だと誰かに言われた。
ふざけるな。化け物以上。

神の様だと誰かに言われた。
一緒にするな。俺は誰も救わない。

0.3秒間思考に費やした。

炎が迫る。
伸ばした両腕が行き場を無くし、だらんと垂れた。

向かってくるのなら撥ね返そう。
そこに居るのなら弾き飛ばそう。
しかし、背に守られれば、どうすればいい?


「っだらね」


ため息をつき目を閉じた。

一方通行。直進する。加速する。誰も救わないし、誰も助けない。
踵を返したその瞬間、背後で炎が逆巻いた。己の『反射』は万全。また一人、自分以外が死ぬだけ。どうでもいいこと。さようなら。





03/『ちがう世界』





「……?」


目を覚ませばそこには白い天井が広がっていた。
人間は寝ている間に記憶の整理をすると聞いた事があるが、まったく出来ていないのではないだろうか。全然覚醒が始まらない。脳内はぼんやりと寝ぼけているし、開いた瞼も今にも閉じそう。

だって、天井が白いのだ。

ここは自分の部屋ではなくて、どこか知らない場所で、だからこれは夢なんじゃないかと。
思えば激動に飲み込まれすぎだろう。


(召喚で、そう、召喚して……)


二度目のスパークが脳を刺激した。
ビクリと身体が反応し、大事な事が次々と、その情景まではっきりと思い出す。

今はベッドの住人であるルイズは、召喚の儀を確かに成功に修めた。
しかし現れたのは、白い悪魔。


「……何処まで不幸なのかしら、私」


ポツリと言葉を吐き出した。


「さぁ? けど、まな板に赤くてすっぱいあんちくしょうが二つ乗ってるような胸は確かに不幸ね」


返ってくる言葉に最早言い返す力もなくて、ただただため息が漏れた。
動かすとやけに痛い身体に難儀しながら首だけを向けると、当然のようにキュルケがベッドの脇に座っていた。読んでいた本をぱたりと閉じ、赤い瞳でルイズを覗き込んでくる(胸を強調しながら)。
そして艶やかな唇を開いたかと思えば、


「死んだと思ったわ」


ルイズは“私もよ”と返してやろうかと思ったが、ツェルプストーに本音を語るのはいけない。それ即ち『何となく負け』なのである。
先刻(実際にはどの程度時間が経っているのか分からないが)はパニックの最中、悔しい事に素直に礼など言ってしまったが、今回はそうは行かない。
だからルイズも、もちろん憎まれ口を返す。


「何であんたが私の看病なんかしてんのよ」

「頼まれたんだから仕方ないじゃない。学院長じきじきによ? 断ってもよかったんだけど、まぁ、他の授業どころじゃないのは確かだし、皆と居てもあんたの使い魔の話でもちきりなのは目に見えてるし。それなら静かにここで本でも読んで適当に看病してるほうが楽かなって思ったの」

「もぎ取れろ、乳女」

「残念ね。張りと弾力と柔らかさ、さらには完璧なサイズを兼ね備えた私の胸はそう簡単にもぎ取れやしないわ」


相変わらずの会話だが、ルイズは確かに感謝しているし、キュルケも割と重傷を負った人物を前にして適当にとはいかない。
両者とも口を開けば自然にこうなってしまうのだ。

もう一度だけため息をついてルイズは静かに目を瞑った。


「それで、私の使い魔は?」

「さっき見に行ったけど、まだ学院長室でお話の最中みたい」

「……そう、そうよね……あんな馬鹿みたいなことやっといて……」

「でも強いわ、彼。……彼よね?」

「男でも女でもどっちでも良いわよ。それよりなんだって私の使い魔があんななの?」

「本人に聞いてみなさい。何とかしないと契約する前にまた殺されちゃうわよ?」

「冗談じゃないわよ、二度も三度も殺されてたまるもんですか。大体よ、ご主人様を見捨てる使い魔なんてありえていいわけ?」

「ま、頑張んなさい。今度寝込んでも看病はしないからね」


言い残しキュルケは席を立つ。
ルイズは閉じた瞼をもう一度だけ開き、


「ツェルプストー」

「なぁに?」

「あれよ、ほら、遺憾ながら私はあんたに看病されたわけで、まぁ、それに付いては感謝しないでもないわ」

「あら、一度目のありがとうの方が心地よかったけど?」

「ぐぬ……っだ、だから、感謝してるって言ってるの!」

「はいはい。あんまり大きな声出してると障るわよ」


クスクス笑いながら今度こそキュルケは扉を開き、手をひらひら。
最後に髪の毛切っといてあげたから、と訳の分からぬ事を言い残し去って行った。


「髪の毛……?」


痛む身体をゆっくりと起こし、その時になって気がついた。
頭が軽い。髪の毛が短くなっている。それもかなりばっさりと。


「……」


なぜ? という疑問は出なくて、そう言えば燃えてたな、と。
耳元でちりちりいいながら髪の毛が焼け焦げていく臭い。蒼い炎が眼前いっぱいに広がって、広がって、自分は見事なまでに燃えたのだった。
学園側もまさかラ・ヴァリエール家の息女を授業で死なせるわけにも行くまいて、迅速な対応と破格の治療薬を用意して何とか一命は取り留めている。あろう事かルイズは一日に二回死ぬことになったのだ。

髪の毛を触っていた指先から体温が消えたような気がした。よく生きていたものだと自分自身そう思う。


「……ていうか助けなさいよね、あの馬鹿使い魔……!」


拳骨を握って己の使い魔の事を思うのであった。





。。。。。





「では君は何者で、何処から来たのかね?」


ルイズの消火がなされた後、そこに現れたのは長い髭を蓄えた老人だった。
戦いの熱が完全に霧散してしまい、ぼんやりとしていた一方通行は一応大人しく学院長室に同行。用意された椅子(もちろん椅子を寄越せと要求)にどかりと座り、その両足は老人の机に乗っていた。


「あァ? この俺を知らねェってか」


くっく、と咽喉を震わせ一方通行は不気味に笑った。同時にそれはそうだと自分に言い聞かせる。
それはルイズの消火と治療を見ている時だった。
何となしに息をつきながら空を見上げたのである。そこで目撃した物は一方通行を驚愕させた。ちょっとやそっとのことでは驚かない自信はあるし、そんなに可愛い性格でもない。
しかしその空に在る物、白昼の残月は一方通行を大いに驚かせたのである。

魔法使いは良い。居ることを許容してやってもいい。
ほんの二十年ほど前は超能力だって存在しないはずの物だったのだ。それが時間の経過と、少し度を越えた科学力で生まれた。それだけの事。
だから魔法使いも、まぁ、居ても良い。一方通行は学習した。『有り得ない』は無い。

そして、月は二つあるのだ。
思わず鼻で笑ってしまったのを咎める者は居まい。

寒いとは感じていた。それは移動したからだと思い、恐らく異国のどこかだろうと、学園都市を出る事を許されていない一方通行からすればむしろ感謝したいほどだった。
しかしあの鏡(?)、移動などと生ぬるいものではなかったのである。


「一方通行《アクセラレータ》。名前はこれだな。どこから来たかっつーとだ、テメーらの知らない遠い遠いどっか、ってトコか」

「……真面目に答えたまえ。我々は君を牢に繋ぐ事さえ出来る」

「これこれ、いかんぞコルベール君」


背後から聞こえる声。先ほどまで死闘を繰り広げていたコルベールである。

火の扱いに長けた彼は炎がルイズに当たった瞬間その威力を弱め、そして的確な指示で火傷を治した。彼が居なければ恐らくルイズは黒焦げの焼死体であっただろう。


「言わせて下さいオールド・オスマン。彼は何も分かっていない」

「ッハ、テメーは燃やした女の事でも心配してろよハゲ」

「っ! ……自分のした事の咎は受ける。しかしその前に君を消す。私は君の存在を認めはしない」

「ちっ、随分硬ェ頭してンなァおい。理解できねェか? テメェじゃ俺には勝てねェンだよ」

「……やってみらねば、わからない事もある。私には君を殺す術がある」

「面白ェこと吠えるじゃねェか、『最強』の俺に向かってよォ」


じわり、と空気が歪んだ。
殺気とでも言うのか。一瞬にして学院長室は弱者が住めぬ空間に成り果て、一触即発。どちらかが動けば即ち殺し合いの始まりである。

しかしその中にあっても柳のようにつかみ所の無い一声。


「あーこれこれこれ、イカンぞ。ほっほ、君もまだまだ若いの、コルベール君。それとアクセラレータ君……だったかね? 君もあまり彼を挑発せんでくれ。心労が祟ってこれ以上頭がさみしくなったら可哀想じゃろ?」

「オ、オールド・オスマン! 彼はっ!」

「コルベール君、まずは話し合うんじゃ。わしは誰も見捨てたりせん。人殺しだろうが何だろうがの。……そうじゃろ? わし最高」


ぱちりと随分下手糞なウィンクを老人は放った。


「……はい。申し訳ありません」


室内に充満していた空気の無産と共に、取り出していた杖をコルベールは懐に収める。

まるで演劇のような『クサさ』を感じながら一方通行はため息をついた。


「だりィ」

「おお、すまんの。なかなか血気盛んな若者のようじゃな、君は」

「そういう熱血ものは他でやってくンねェか? 気持ちわりィンだよ、テメェら」

「ほっほ、そう言わんでくれ。じじぃになると若いモンが羨ましくなるんじゃよ」


途端に気分が悪くなってきた。
一方通行は他人の心の機微に疎いところがある。読もうとした事は数少なく、友人など、そう呼べる人物など一人もいない。これまでの人生で全て反射してきた。
そんな一方通行からすれば目の前で行われる茶番。前記の通り演劇にしか見えない。

老人の笑顔はうそ臭く見える。
禿頭が収めた杖はすぐさま取り出せそう。

違和感。いや、異物感か。
最強のこの身は常に頂点にある。隣になど誰も立っては居ない。シンパシーを感じる相手といえば人殺し位なもの。


「……学校なンだろ、ここ」

「そうじゃな。ここはトリステイン魔法学院。貴族の子を預かる所じゃ」

「図書室は?」

「もちろんあるぞい。何とその蔵書数はっ」

「どうでも良い、ンな事は。案内しろ」

「……なんじゃ、いじけるぞ? じじぃがいじけた姿はそりゃ見れたモンじゃないぞ?」

「死にてェンだったら今すぐ送ってやンぞ」

「おお怖。ホレ、学園の見取り図。行きたきゃ勝手に行けい。終わったらちゃんと説明を頼むぞい。人間が召喚されるなんて初めてなんじゃ」


鼻を鳴らし、一方通行は奪い取るように見取り図を受け取った。

話なんて必要ない。
異世界である事はすでに理解した。必要な情報は適当に探る。まずは情報から。行動した後に考えるのも嫌いではないが、今は違うだろうと判断。
何とかして帰る術を見つけ出し、そして、そして?

はた、と気がついた。
帰る手段を見つけ出して、それで自分は一体どうしたいのか。
もし帰ったとして一方通行に未来はあるのか。

大々的な実験失敗。付きまとう一万人の処遇。
幸せになりたいだとか、そんなことを思った事は一度も無いが、帰ったとしてどうなる。


「どうかしたかね?」

「……なンでもねェ」


少しだけ。ほんの少しだけ考え込みながら部屋を出た。





。。。。。





雪色の肌は今日も健在である。
ちんまい身体を椅子の上に、黙々と読書中。

ただ静かに本を読みたいだけ。
それだけなのに周りの喧騒は聞こえてくる。

誰もが噂した。

ゼロのルイズ。
使い魔。
エルフ。

やかましいだけだった。
興味が無いわけではないが、むしろ少なからずある好奇心を刺激してくれたが、それはそれ。関係ないと割り切れば、本に集中するだけ。
授業どころではないのは目に見えていた。だから自室で本を読んでいたら、今度は妖艶な赤色が進入してくる。
やはり授業に出ると嘯き、そしてたどり着いたのが図書室だった。

ここは良い。ほっと一息。
もぐもぐとおやつを頬張っていた司書には嫌な顔をされたが、この静寂は落ち着かせてくれる。

雪色の少女、タバサは積上げた本を見つめ、一度本棚に返そうと杖を握り魔法を使った。
ふわりと浮かぶ十冊ほどの本の束。明らかに自分の身長よりも高い場所にある棚の一段目、そこに本を差し込んでいく。

そしてそこで一人の人物と目があった。


「あ」


タバサの肌は雪のようだ、と友人は言った。
それはちょっとした自慢だった。誰にしてもそうであるように、やはり容姿を褒められたのは嬉しかった。

そして目があった人物、その人は赤い瞳に、雪のように白い肌と髪の毛をしていた。
何となく同族意識を駆り立てられ、感情の篭らない瞳で見つめてしまうその先は、先ほどゼロと呼ばれる人物が召喚した使い魔。


「……」

「……ンだァ?」

「……本」

「あァ?」

「……本が」


使い魔は本に座っていた。
七冊積上げた本に腰を下ろし、その彼の周りにはいかにも適当に放り出した本。今読んでいる本にも、なにやら落書きしている様子。
本が、タバサの好きな本が、汚れていく。


「っち」


使い魔は舌打ち一つ。
無視を決め込んだようで、またも本に向かって落書きを開始した。

許されざる行為ではないだろうか。
ここは図書室で、その本は今までにタバサが六回借りて、そしてとても楽しかったと、読了後に充足感を与えてくれるものであったはずなのに、まだ読んでいない人が居るのは当たり前で、それはタバサのお勧めブックだったのだ。
読書など気が向いた時にしかしないという赤い友人、キュルケに勧めて、そして楽しいと言ってもらった本なのだ。
瞬時に杖を向けて使い魔が持っている本を宙に浮かし、そして一言。


「ダメ」

「はぁ……おいガキ、今すぐそれを返すなら許してやンぞ」

「……」

「……おい、聞こえてンのか? ソレを返せっつってンだがよ」

「……」

「はいはい出ました、ここでも話が通じねェってか。俺ァあンまり気は長くねェぞ?」


使い魔、一方通行は立ち上がりぷらぷらと手首を振った。

何をするつもりなのかと疑問を感じながらも、タバサは別に戦うつもりなどなく、落書きを止めてもらえればそれで良い。あと本の上に座らないで欲しい。

一方通行の振る舞いは、少なからず実戦を経験しているタバサにとっては隙だらけだった。瞬間に『戦う者』ではないと判断。
ちらりと見たが、脅威なのは魔法を跳ね返すあの技と、ルイズがやられた右手だけのようだ。

口を開き、もう一度本に落書きをしては駄目だと言おうとしたとき、タン!と一方通行が足踏みを。
ついピクリと反応してしまい、ただの足踏みだと理解するまでもなく、足元に散乱している本がタバサに襲い掛かってきた。


「っ!?」


身を翻してソレを避け、まん丸に開いた瞳で一方通行を見た。
面倒くさそうに頭を掻きながら、今度は本棚をコン、コン、コン。


「おら、さっさと返しやがれ。やっと文字が理解できそうなンだよ」


タバサから向いて左の本棚から一冊づつ、当たったら痛いだろうなぁ、程度の速度で本が飛び出してくる。
いったいどんな魔法を使っているのか、容赦なく飛んでくるソレは全て顔面を狙ってくる。メガネをかけているタバサにとっては正直かなり喰らいたくない部類の攻撃である。

何より飛んでくる本達が全て読んだことのある本で、全部雑に扱って欲しくないものばかり。密かに自分のお勧めを一つの棚に集めていたのが仇となった。

避けるよりもキャッチ。
飛んでくる本を受け止め、次が飛んで来る前に足元に積上げていった。

雪崩のように降り続く本は勢いを止めず、本棚の中身を全部足元に積上げた時にはすでに逃げ場はなかった。自ら逃げ場を塞ぎこんでしまった。
積上げた本達を張り倒すわけにもいかず、つかつかと近づいてくる一方通行は欠伸をしていた。


「くぁ、ああクソッタレ、眠ィ。余計な手間取らせやがって」

「……ダメ」


手を伸ばしてきた一方通行に取られぬ様、持っていた本を背に隠す。
行き場を失ったその手。それはそのままタバサの頭の上に置かれた。一方通行はわざとらしくため息をつきながら、


「5」

「……?」

「4」

「……ダメ」

「3」

「落書きは……」

「2」

「ダメ……」

「1」

「だ、だめ……」

「はいゼロォ」


プツリと目の前が暗くなった。





変わらぬ姿、変わらぬ格好のまま彫像のように一方通行は本を読み漁った。隣で倒れている子供はそのままに。


「ろめ、ろうめ、ろまれ、ろまれあ……ろまりあ、ああ、ロマリア、ロマリアか……地名だったな」


そして手に持っていた本をポイと放り投げ、子供が積み上げた中の一冊を取る。

図書室に来てどれくらいの時間が経っただろうか。
学院長と名乗る老人から見取り図を奪い、そしてまずその見取り図が読めないという事態。すごすごと引き返し教えてくれと頼むのは一方通行の美学に反する。
迷いながらも何とかたどり着き、たどり着いたはいいが今度は本のタイトルが読めない。
一方通行としては歴史書や地図が欲しかったが、手にするタイトルはどうにもファンタジー世界のファンタジー物語だったようで、半分ほど読んだところで気がつきそれを投げ捨てる。何度か繰り返したところで文字の規則性などを発見し、その聡明な頭で理解していく。
するとなぜか随分小さな子供が現れ、本を奪われる。その際魔法を使われたようだった。物体を移動させる魔法。随分便利なものだ。


「べりぃみゃ……? べりぃみぁれ、べぇる、違う、ぶ、ぶりぃみぁ……クソが」


どうにもこの世界は人名や地名などが随分読みにくい。
英語とドイツ語を掛け合わせ、フランス文法で読み取り口に出す時はそのどれでもない音として出てくるような、一方通行の頭脳でも多少手間取るものだった。
文章はそれなりに読める。だが、人名や地名が出てくると途端にあやふや。文法そのものが変わったような、顔の向いてる方向が先になるヒュポノグリフのような……。


「ぶりみぃれ、ぶりみぃれが世界の左腕……左手をぐん、がん……がんどらろべ? に、し、し……意味がわからねェ」


またもポイと投げ捨てる。
読んだ感じだと『世界』やら『救う』等の言葉が出てきている。恐らくファンタジー小説。
先ほどから取り出す本取り出す本全てがこの類のものばかりだった。読みたい本にまったく当たらない。第一に、文系は嫌いなのだ。

唾でも吐きかけてやろうかと一度立ち上がり、固まった背中を伸ばした時、もぞりと視界の隅で動く小さな物体。


「っち、起きやがった……」

「……何処?」

「あァ?」

「ここは?」

「……さァな」


面倒くさそうなので一方通行は知らん振りを決め込んだ。
気絶させるとその前後の記憶はあやふやになる様で、もちろん記憶を失わない奴もいるのだが、この子供はどうにも状況が分かっていない様子。


「私は……本を読みに来て……?」


関わると思い出されるかもしれない。
そうなるとそれはそれは面倒くさい。また“本が……”とわからない事を口走りながら読書の邪魔をされる。ここに来る前に会った巫女と同じくらいに厄介だ。

一方通行は思う。

恐らくこの子供やあの巫女は『足りていない』のだ、と。
何がとは言わないが、恐らく足りていないのだ。流石の一方通行もそういう人物に対しては多少寛容にもなろう。もちろん殺しはしない。今のテンションは先ほど(コルベールとの戦闘)とは違う。


「おいチビガキ、テメーが散らかしたンだからちゃンと片付けとけよ」

「……わかった」

「あとよ、歴史書と地図は何処にあるか分かるか?」

「あっち」


足りていない子供は一方通行の事など見ず、本を浮かせながら指した。
最初から言うつもりも無いが、礼など言っても恐らく分からないだろうと判断し、子供が指した本棚を漁る。

何となく読む限りでは『世界地図』のタイトルを取り、そして表紙をめくった。


「……く、くく……流石、ファンタジーってヤツだ」


わかっていた事だった。ここが異世界であると。
しかし本を開いての一ページ目、見開きである世界地図は確かな現実感をもって一方通行に襲い掛かる。
当たり前のように形の違う大陸。読めない文字。


「いよいよもって面白ェことになってンぞ、こりゃァよ」


窓のほうを向けばもう外は薄暗かった。
二つの月が照らすのは、何も無い平原。

吸い込まれそうだと思った。
恐らくもう少し時間が経ち、太陽がその姿を消してしまったのなら完全な暗闇が訪れるのであろう。
学園都市ではあり得ない。どこかに必ず人工光があり、何も見えないことなど、それこそ目を瞑った時だけ。
しかしここでは違う。夜が来れば暗くなり、光は魔法か炎、そして上空の双月だけ。

この世界で、何をしようか。

目的など何も無い。
手を伸ばせば、違う世界に届いてしまった。ここでする事など何もない。日本は無い。学園都市は無い。図らずも一万人の殺人から逃れ、さぁ、一方通行はここで何をするのか。


「……」


一方通行が『最強』であるのは間違いない。
まだ『無敵』ではないが、恐らくこの世界でもランクをつけるのならレベル5である。
6の領域に行くのは一方通行しか居ないとはいえ、ここでそれが叶うのかと言えば疑問が浮かぶ。

この世界には科学が無い。見れば分かる。空気はまったく汚れていない。
科学の無い世界で、脳を弄繰り回すような実験も出来るわけもなく、上空には人工衛星の一つも飛んでいない。100%の天気予報など期待できるわけもなく、雨を感じればそれから準備しなければならないのだろう。


「俺は何をする、ここで」


誰かに言ったわけではない。だが、


「使い魔」

「……ガキは寝ろ」


いつの間にか子供が隣に立っていた。
身長が低く、パーツも一つ一つがいちいち小さい。一方通行は子供が苦手なのである。つもりも無いが、触ればすぐに崩れてしまうに違いないのだ。


「あなたは使い魔」

「冗談じゃねェな。誰かに使われるなンざ……」


御免だ、と言おうとした時、ふと思ってしまった。

今まではどうだったのだろうか。
6に成るために科学者を利用してきた。それが一番の近道だった事は間違いなく、一応力の使い道なども発展を見せた。
もちろん利用されてたのは知っている。一方通行の実験データは何処かの誰かに適応されているはずだ。“誰かの為なンざクソ喰らえ”とは思いつつも、6というニンジンを吊り下げられて一万人を殺し、データを提供。そして、


(……結局が誰かの犬ってか)


笑ってしまう。
学園都市に居た時は学者と学長の、そして異世界に来れば今度は使い魔と来た。


「……どうしたの?」

「あァ、誰かに使われるなンざ、そう、御免だッてンだよ、クソッタレが」


瞬間、やりたい事が出来た。

自分勝手に生きる。それだけの事。

ここで『無敵』になり、そして帰る。
科学者どもの鼻を明かしてやる。無敵の一方通行を見せ付けて、学長を殺そう。学園都市というシステムを完膚なきまでに破壊して、旅に出よう。そう、向こうでマホーツカイを見つけ出すのも良いかもしれない。
愛着など何も無い。縛るものは何も無い。一万人の殺人も関係無い。最弱に、リベンジだ。


「タバサ」

「あァ?」

「名前。私はタバサ。あなたは?」

「……くく、乳臭ェガキに名乗るような名前は持ってねェンだよ」

「あなたに興味がある。あの魔法は何? 杖が無くても?」

「さァな。お子さまにゃわからねェこった」


一度も目を合わせずに会話を打ち切り、そして踵を返した。
やりたい事が出来たのなら行動しようと、そう思った。

一万人で足りないのならもっと血を浴びる。
一方通行の能力はつまるところ認識力と計算能力に依存する。経験はそのまま力になる。新しいものを見、理解し、そして反射すればその分強くなる。

超能力者を一万人ほど殺したが、それはほとんど効果はなかった。
だったら、と。


「……行くぜ……」


己に言い聞かせたに過ぎないのだが、それに返事が返ってきた。


「何処へ?」

「……、……。何処……? ……っは、ははは、くく、スゲェ、ガキみてェだ!」


己も馬鹿さ加減に思わず笑いが出てしまった。
そう、何処へ、だ。
何処へ行けば良いかなどまるで知らない。文字もあやふや。世界の常識すらも。
そんな状態で、やりたい事が見つかったからと足を踏み出すとは、自分自身が信じられなかった。


「くは、っははははは!!」

「……?」


タバサと名乗った子供の不信気な表情がさらに笑いを呼び、その後も決して短くない時間一方通行は背中を丸めて笑い続けた。







[6318] 04
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 16:35



「はてさて、どういう人物じゃと思う、アクセラレータ君は?」


その老人の問いはコルベールには大変答えにくい物であった。
何と答えるのが良いか。“自分と同じ人殺し”とでも答えればいいのか。


「……わかりかねます。ただ、私は出来ることならもう彼と戦いたくない。関わりたくも無い」

「ふむ、君にそこまで言わせるか。やはり、エルフじゃと?」

「申し訳ありませんオールド・オスマン、私はエルフと戦った経験はありませんので何とも。しかし話に聞く限りではエルフ達はその土地と契約して力を発揮すると。恐らく彼は違うでしょう」


自分なりの見解だが、恐らく彼は人間だ。
土地の精霊との契約が簡単に行えるはずもなく、エルフの身体的特徴である耳も尖ってはいなかった。


「そうじゃな、彼はエルフではない……しかしあの『反射』は……」

「そう、問題はそこなのです」


そもそも根本的な問題として、一方通行と名乗る彼が使った力、あれは魔法なのだろうか。
杖を付き合わせた(一方通行は持っていないが)からこそ感じる違和感。人殺しのシンパシー。その両方が彼とは関わるなと言っている。連想させる物は全て死に直結していた。


「おかしな話ですが、彼は恐らく我々の想像を超えた存在だと、私はそう感じました」

「……皮肉な物じゃな」

「はて?」

「ヴァリエールの娘……何といったかの?」

「ルイズ・フランソワーズです」

「そう、そのミスじゃよ。彼女は何とも、なんと言うかの……」


ごにょごにょと尻すぼみになっていくオスマンに変わりコルベールはハッキリと言う。


「魔法の才がありません」


ゼロのルイズ。
ルイズのあだ名は彼女の魔法の才能ゼロからくる。
貴族連中が嫌いそうな身体を使う授業や所謂『お勉強』である座学などは学院でもトップクラスの成績だがいかんせん、いざ実践となると途端に爆発を起こすボム女なのだ。

召喚の儀でもそうだった。
一度杖を振れば爆発が起こり、二度目も起こり、三度目も起こり、そして貴族の娘が吐いてはいけない言葉を口にしながら振った最後の魔法は、あれは一応成功なのだろう。


「才が無いのにあれを召喚するんじゃからなぁ……ふん、何とものぅ」

「彼女はこれからどうするのでしょうか。とても言うことを聞くような人物ではありませんよ、彼は」

「……留年か。ここに残るかヴァリエールに帰るか……どっちにしろ幸せとは程遠いじゃろうな」

「……」

「まぁ、期待はしとるがの、ほっほっほ」


オスマンの笑声を聞き、コルベールは重い息をついた。
この老人の考えている事は自分には分からない。とんでもない慧眼を見せたかと思えば、その目は秘書の下着に移る。
本当の年齢すら分からない老人は、実はとんでもない楽天家かそれとも、と。

どちらにせよ、使い魔を了承させねばルイズに先は無い。
オールド・オスマンに期待されるほどの腕はまったくもって無い筈なのに、不思議と自分も焦ってはいない。
あの肉体派のヴァリエール三女が今度は何を起こしてくれるのか、正直楽しみだ。

コルベールは薄い頭を撫でながら、


「頑張りたまえ。未来を開くのは自分自身だ」





04/『筋肉少女ルイズ』





院長室で話題にあがったルイズ。

結局キュルケが帰った後すぐに寝てしまった彼女は、朝になってようやく医務室のベッドから降りた。
もともと薄かった股間の毛がさっぱり燃え失せている事にちょっとしたショックを受けながらも、用意されていた制服(キュルケの仕業)に着替え、しかし下着が無い(キュルケの仕業)のでそこらの包帯を捲きつけこそこそと自室に戻ったのだった。

自室に戻りまず下着をはき、姿見で自分の姿を確認する。

治療をする際に気を利かせてくれたのだろう。肌が見える部分には傷一つ無い、いつもどおりの自分が映っていた。
しかし、じくじくと疼くような痛みは背中から。服をめくり、包帯を外し見てみれば、思わず目を背けたくなるような火傷が広がっていた。


「うげっ」


乙女の柔肌がこんなにも。
瞬間に怒りが湧き上がったが、それを何処に向ければいいのか。

テンパって自ら炎の中に突っ込み火傷した。

ルイズがやった事はこれだけ。
誰に責任があるかといえば自分自身。むしろこの程度で済んでいることに感謝しなければならないのだ。


「消えるかなぁ、これ……」


もとより至近で毎度爆発を起こしているのだ。よくよく見れば手や腕、スカートから露出している足にも細かな傷はある。まるで下町のおてんば娘のようなあり様だった。

さらに今回何が悲しいかと言うと、一番が頭の軽さに要因する。
頭に捲かれていた包帯を外すと、分かってはいたが、髪がばっっっさりと切られていた。

下の姉、ちぃ姉さまに憧れて伸ばしていた髪の毛。腰の辺りまで伸ばしていたそれはよく燃えたのであろう。肩に届かないほどまでで切りそろえられ、前髪に至っては眉毛を露出させるまでに。柔らかなクセ毛と少しだけ吊った瞳は上等なネコを連想させ、コンプレックスである体形と相まって余計に子供っぽく見えてしまう。

そして何が悔しいって、似合ってしまっているのだ、その髪型が。


「き、切りすぎ、よね……? きゅ、きゅるきゅる、キュルケあんチクショォオアア!!」


隣の部屋から高笑いが聞こえてくる気がした。

ベッドの上で鼻息荒く抱き枕(中に砂が入っている。人の形)を殴り飛ばし、ストレスを解消。
ルイズはもうパンクしそうだった。
爆発して召喚して目の前が真っ暗になって目を覚まして燃えて髪を切られる。
きっと人生の半分くらいの不運を昨日の一時間にも満たない間で昇華してしまったのだ。
そうでも思わなければ、本当にパンクしてしまう。


「うぅ、ぉおおおお!!」


ヒトガタ枕を抱え込み、そしてそのまま変形エメラルドフロウジョンを枕相手に決めた。人間で言うならば頭部が下になり、そのまま叩き落す技である。
確かな手ごたえ。たちまちテンションが上がってくる。
素早い動きでポジションを変え、ラ・マヒストラルへ。そのまま押さえ込むのかと思われたが、あえてルイズはカウント2,5で枕を解き放つ。


「どうだツェルプストー! ふ、ふふはははー、シャイシャイシャイ!!」


パチンパチンと両手を鳴らし、誰もいない所へ指差しながら“行くぞ!”と声をかけた。
抱き枕を握る。掴む。今、ルイズの心は最強だった。
ゼロ、ゼロと蔑まれるのもこの枕が居たから乗り越えられた。
しかしもう必要ない。もうゼロではない。召喚したのだ、使い魔を。

色々とたまっていた物が爽快感と共に昇華され、だがまだ終わりではないのだ。

今度は枕の腕にあたる部分を逆に固め、背筋を使い大きく持ち上げた。
すぅ、と息を吸い込み、渾身の力でソレを、


「んぉおんどりゃぁぁあああ!!」


タイガー・ドライバー‘91。

叩き付けた。相手が人間であったなら後頭部をしたたかに打ちつけ、死に至ってもなんら不思議ではない技。
ずしん。砂の入った(あくまでルイズは抱き枕と言い張る)それはついに破れ、ベッドの上を盛大に汚した。これは実家から持ってきた物で、まぁ割とお高いベッドなのだがそんなことすらも頭からは抜けている。

ふしゅぅうと熱い息をつき、うふふふふ、と気持ちの悪い声が響いた。同時にバタバタと暴れだし、どこかの精神病棟から抜け出でもしたような。
汚れようが何だろうが背中の火傷すら忘れてはしゃぎまわった。あはは、うふふと大きな声で笑い出し、平手でベッドを叩く。


「っ召喚、成功したんだぁ!」


随分遅れてやってきた達成感。

今までゼロだったが、これからはイチだ。努力は実を結ぶのである。
入学してから一日だって授業をサボタージュする事はなく、筆記の試験だって上位に立つ。勉強だったら誰にも負けない。毎日毎日本と睨みあって、寝る前は精神力を鍛える為に瞑想を欠かさない(効果があるかどうかは不明)。
それでも出来なかった魔法が昨日、遂に。

気分が良かった。
使い魔は主の為に目となり耳となり、様々な効果があるが、同じ人間だとどうなるのだろうか。そもそも人間なのか。
聞きたい事が沢山ある。文句の一つも言いたい。自分が燃えているのに何で助けないんだ。
だが、今なら許せてしまう。殺されたのに。確かに一度、やられてしまったのに。

しかしルイズはこう言いたい。

『召喚に応えてくれてありがとう』

名前も知らないけれど、白い人。
殺されたけれど、強い人。
助けてくれなかったけれど、美しい人。

問題はある。むしろまだ契約すらしてない。そして、シロは契約を絶対に拒む。


「……負けない。私はルイズよ。行くわよルイズ、やるのよルイズ。シロを手に入れて、メイジになるのよっ!」


両の頬を気合一発、割と力を込めて叩いた。

彼女はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
得意なものは勉強全般。趣味は自分でも上手くはないと思っているが、編み物。
ヴァリエールの資産狙いで告白してきた数多の男や自分をゼロと蔑む者達を、その拳と小さな身体から繰り出される数多の技で地に沈めて来た女である。





。。。。。





一方通行が目覚めた場所は本の上であった。

昨夜図書室である程度の読み書きを記憶した彼はそのまま学院から出て行こうかとも考えていたのだが、あまりにも土地勘が無さすぎると断念。
ちらりと見渡しただけで分かる低文化。18世紀にも届いてはいないだろう。何となくヨーロッパのような、知識でしか知らない異文化が一方通行を笑わせる。


「……あァ……そういやそうだったか」


寝起きでハッキリしない頭をボリボリかきながら立ち上がる。その際にベキリと何かを踏み潰したような音がしたが一切気にせず、足元に転がっているもう一人の人物に目を配った。
学園都市でも見かけた事があったが、そんなヤツは完全に頭がおかしい、と一方通行が思っている青い髪の毛。まだまだ子供らしく、乳臭い未成熟っぷり。自分の部屋であるはずなのにベッドも使わずに床に寝ている。


(哀れなもンだな、足りねェっつーのも)


鼻で笑いながらその娘を無視し、部屋から出た。ぽけぽけと眠そうな顔をしながら水場を求めて廊下を歩く。
洗顔がしたかった。余裕があるなら熱めの風呂にも入りたい。

そもそも睡眠時間はどのくらいだったろうか。少しだけ覚醒が遅い頭は後ろから近付いてくる足音にまったく気がつかなかった。


「ハァイ、おはよう。昨日はタバサのところに泊まったの?」


ここでやりたい事は決まった。
見たことが無いものを見て、知らない物を見て、その悉くを反射する。
魔法がある。それだけで一方通行には来た価値があるのではないだろうか。一方通行は学園都市で一番強い。一番強いということは一方通行に反射できない物が学園都市には無いということだ。もちろん戦った事の無い相手もそこらじゅうに居たし、全て理論の中の話なのだから現実にはどうか分からない。しかし第一位を冠していた一方通行は、それは当たり前に最強だった。


「ね、ねぇちょっと……!」


馴れ合うということを知らない一方通行なので、自分以下の能力者の全てを知っているわけではない。
しかし、『存在しない物質』を操る能力者がいたのは知っている。さて、そいつは学園都市で何位だったろうか。反射は出来たのだろうか。その力を理解する事は出来たのだろうか。

身体が疼くのを感じた。

三位など微妙な位置ではなく、やるのなら二位のクローンでも作っていればよかったのだ。いや、それだけではない。二万の軍勢を倒させるつもりなら、最初から揃えて来いと言う。
仕方がないとはいえ、長いスパンで物事を考える科学者たちは嫌いだった。彼らは慎重に慎重を重ね続け、そして三位を選んだのだろうが、一方通行は馬鹿にされていたと考える。


(……考えりゃ、腹が立つ話だ)


そう、科学者どもは、樹形図の設計者は一方通行が負けると思っていたのではないだろうか。いくら最強でも二万は倒しきれないと、そう思っていたのではないだろうか。


「ちょっと! 私を無視するなんてこの学院じゃそう居ないわよ、使い魔君!」


無視されていると気がついているのなら黙って消えていろという。

舌打ちを一つ、一方通行はゆぅっくり振り返り、先ほどからちょろちょろと視界に入ってくる人物を視界に入れた。

赤い。

一方通行が感じた印象はそれだけ。
もう馬鹿とかアホとか、そういう物さえ鬱陶しい。赤い。いいじゃないか、それだけで。


「あら、ようやく気が付いてくれたのかしら?」

「……水場は何処だ」

「私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ」


長ったらしい名前だと思うが、どうしようもなく優秀な頭脳は勝手に記憶してしまう。


「顔を洗いてェンだ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーさんよォ?」

「二つ名は『微熱』っていうの。
ねぇ貴方、昨日は凄かったわ。私ね、疼いちゃってるのよ。貴方に微熱を感じているの。一緒に燃え上がらない?」


そういうと彼女は腕を組み、そのたっぷりとした乳を強調する。

これには最早ため息すら出なかった。一瞬だけだが、こちらの言葉が通じていないのかもしれないと思ったほどであった。
こっちの世界の人間が人の話を聞かないのはデフォルトなのだろうか。何故、水場に行きたいと言っているのに乳が目の前にあるのか。


「俺は水場に行きてェンだ」

「私は貴方とお話したいわ」


話にならない。しかし水場は分からない。
恐らく外にあるのだろうが、この学院は割と広いのである。昨日さんざ迷ってよく分かっている。

もう一度ため息をつきそうになり、そしてふと思い立った。
学院内の見取り図。尻のポケットに入れっぱなしだったのだ。

ある。ここから外に出れば、すぐに水場がある。昨夜女子寮に入るときは暗くて何も見えなかったが、そこには水場がある。
となればキュルケになぞ用はなく、一方通行は踵を返した。


「あ、ちょっと待ってよ」


着ているTシャツの端をつかまれ、ああ、昨日もこんな事があったな、と何となくデジャヴを見たような感覚に陥った。
さっさと『反射』して消えればいいのだろうが、キュルケがあの時の巫女のように『足りていない』女なら面倒くさい事になる。物事に流されるのは好きじゃない。自分より身長の高い女も好きじゃない。

だから一方通行は物事をきちっと終わらせる。


「っち。おら満足か、あァ?」


たぷたぷたぷと三回。
先ほどから強調してくる乳を下から三回持ち上げてやった。

あまりにもキョトンとした顔のままキュルケが口を開き、


「は、あ……うそぉ?」


その様は少しだけ笑えたが、いちいち構ってやるほどお人よしでもないし暇でもない。


「馬鹿女が。消えろ」

「……」


乳がデカイと馬鹿と言うのは割と当たっているのかもしれない。
特に何の感慨もなくキュルケの乳を最後にぴしゃりと叩いた一方通行は、今度こそ立ち止まる事無く水場へと向かった。





「じょ、情熱的……」


腰が砕けたように廊下に座り込んでいたキュルケが一つ呟いた。
おませさんだが、処女である。





。。。。。





「がらがらがら~……ぉうぇえ! ……かぁー、ぺっ!」


そしてルイズの歯磨きは終わった。
朝日が昇るか昇らないかのこの時間。未だ誰も起床しておらず、ルイズはいつも通りに水を汲みに来ていた。
使用人を学院へ連れて来ている者ならそのような事するでもなく任せるのだろうが、ルイズは実家から殆んど勘当のような形でこの学院に来ているので使用人を連れてこれるはずもなく、身辺の事は全て自分でするはめに。

この学院に来て一年。いい事など一つもなかったが、この朝の時間は好きだった。
太陽が昇り始め、双月は薄くなってゆく。少しだけ露の乗った芝に触れると冷たくて、


「……ん~、幸せな時間って、ホントこれだけ~……」


ごろんとうつ伏せに寝転がり、突如としてプッシュアップを始めた。
ふしっ、ふしっ!と規則的に口から吐く息はやけにこなれた空気をかもし出す。

ルイズには魔法の才能がない。
もちろん嘆いた。何故だと両親を恨んだこともあった。
しかしそこで最後まで落ち込んでしまうほどルイズは愚か者ではなかったのである。
魔法が使えないのなら使えないなりに努力を最大限続け、馬鹿にされるのが悔しくて身体を鍛え続けた。

一度しか使えた事がないので実感は薄いが、魔法には精神力を使うという。
そして両親の話では肉体と精神は密接に関係しており、モヤシが使う魔法は所詮モヤシだと。

だからルイズは身体を鍛える。
昨日、遂に魔法が使えた。それに奢ってはいけない。よい精神はよい肉体から。

入学当初は10回が限界だったこの腕立て伏せももう40回を超えて、あとちょっとでワンセットめの回数をこなす。
あぃっし!!とプルプルしながら50回目を向かえ、今日は少しだけテンションも高いのであと200回ほどいこうかしら? と、一旦立ち上がり首をぽきぽきと鳴らす。

その後、腹筋、背筋、スクワットをテンションに身を任せいつも以上に気合を入れてこなした後、


「やっぱこれが無いと一日が始まらないのよね~」


ごそごそと馬小屋の裏から持って来たのはまたも枕だった。
今回のその枕は牛の皮を幾重も縫い重ね、その中に砂を詰め込んだもの。人の形はしておらず、頭からは鎖が生えている。
馬を一匹小屋から連れ出し、そのサンドピローをずるずる引きずり、近くの木に引っ掛けた。


「……よしっ! ありがと、もう戻っていいわよ」


馬の顔をゴシゴシと撫でつけ戻れと促すがその馬はそこに跪いた。まるでルイズを見守るように長いまつげの奥の瞳を柔らかく輝かせる。

いつもこうだ。
この馬は誰か貴族のものではなく、学院のもの。
黒の毛並みが美しく、ルイズは何となくクロと呼んでいる。トレーニングの際にいつも手伝ってもらっていたのだった。
頭の良い牝馬で、以前ルイズがサンドピローに押しつぶされたことがあって以来ずっと見守るようになった。

ふ、とルイズは微笑み返し、しかしサンドピローを前にした瞬間にはその目に笑みはなかった。
そして、


「あぃっし!! しゃらァっし!!」


掛け声と共に蹴りを放つ。
布団でも叩いているような、ぱぁん! パァン! と。

この音を出せるようになったのは割と最近になって。
本を読んで始めたトレーニングであったが、生まれつきの骨格の小ささから筋肉は付き難く、筋肉がつかないのならやはり弱々しい蹴りしか放てなかった。
ストレッチを念入りにし、関節の可動域を広げスピードアップも図ったりしたが、やはりそれだけではこの音は出なかった。


「ぅあいっし!! んあぃっし!!」


日ごろの努力は無駄にはならない。
続けに続けた筋力トレーニング。身体を柔らかくする為のストレッチ。
小さなルイズがこれほどの蹴りを放っている。
無駄ではない。
無駄では、なかった!


「ンッん、だらッしゃァアアア!!」


最後に後ろ回し蹴りを放ち、サンドピローは苦しげに縦揺れした。
ぎし、ぎし、と木が傷んでいく音。
悪いとは思いつつも毎日ここに引っ掛けて練習している。


「んはぁっ! ……はぁ、ああ、きたきたきたぁ……」


ぴくんぴくんと痙攣している下半身。二の腕も腕立てのせいで熱を持っている。
腹筋なんて、


「うふ。どう、クロ。この私の腹筋は」


着ているシャツをペロンとめくり、馬に己の腹筋を誇示する。
トレーニングの直後なので今は筋肉が張り、うすく割れていた。いつもだったら触ると凹凸が分かる程度だが、今の腹筋はしっかりと割れているのである。

ルイズは思う。
魔法だって、魔法だってこうだったらいいのに、と。
練習すれば誰でも使えるような、簡単なものであればいいのに。筋トレを重ねれば誰だって筋肉はつく。個人差はあれど、それは間違いない。
しかし魔法はそうはいかない。なによりも大切なものが『才能』という、ルイズからしてみればふざけるなと言いたくなるような物。いつもゼロ、ゼロ、と蔑まれた。

やかましいのである。んなもん分かっているのである。我輩はゼロである。

だから努力している。
誰にも負けないよう、沢山沢山。
ただそれが未だ実を結ばないだけで……。


「……ああ、やだやだ、ダメだわこんな考え。そう、ちょっと爆発しちゃうだけよ。昨日はちゃんと召喚できたんだから、頑張れば……うん、頑張ればきっと……」


少しだけ考えながら片付けを。
その際にクロが頬を舐めてくれたのになんだか癒されてしまった。

私の味方はあなただけね、とやや自虐的なことを考えながら後片付けを完了し、クロを小屋に戻したあとに水場へと向かった。
ちょうど皆が起き始める時間で、この時間になると使用人どもが主の為に水を汲みに来るのだ。

その中に毎日顔をあわせる彼女。


「シエスタ、おはよ」

「あ、おはようございます、ミス・ヴァリエール」

「持って来てくれた?」

「はい、いつものですね」

「ん」


使用人シエスタ。メイドである。

珍しい黒髪に黒い瞳。
身長も胸もルイズより大きい。胸なんて得に大きい。
しかしキュルケと違いこちらは使用人なのだ。ことさら強調して挑発してくるような事が無いだけましか。

そしてそんな彼女に毎日用意してもらっている物、それが手渡されたドリンクである。
マルトーという、学院生たちの健康管理を一任されている人物に作ってもらっているもので、簡単に言うと筋肉にいい物である。

ルイズは鼻をつまみ、それを一気に飲み下した。
筋肉にいいものなので飲むのは大賛成なのだが、不味い。とてもじゃないが美味しいとは言えない代物である。
以前、味の改善は出来ないかと頼んだ所“これ以上は無理”とハッキリと言われた。そこまで言うのならばこれが限界なのであろうが、それでもいつまで経ってもなれないものである。原材料など聞きたくも無い。


「おえっ、まず~」

「毎朝お疲れ様です。昨日はお怪我をされたと聞きしたので心配しました」

「そうそう、そうなのよ。なんかちょっと燃えちゃってさ~、髪の毛なんてこんなんなっちゃった」


毛先をつまみ上げ、少しだけおどけた調子でルイズが言うとシエスタはクスクス笑い“よくお似合いです”と。

彼女たちの関係は主従ではなく、所謂友人同士である。
ルイズは貴族で、シエスタは平民。
しかしルイズは魔法が使えないのだ。この学院にも捨てられたような形で入学したような物。なのでその辺りは割り切って、入学して月が一回りした頃に宣言した。


『私は魔法が使えない。それがどうした!』


貴族たちからは笑いを呼び、使用人たちからも笑いを呼んだが、唯一笑わなかったのがシエスタである。
毎朝顔はあわせつつも挨拶程度だった関係が変わったのもその辺りから。
シエスタは“ご立派です”と静かに頭を下げながら言い、料理長マルトーを説得し、そして筋肉にいい飲み物を作ってくれるようになった。


「でも、魔法が成功されたと。もう誰もミスをゼロとはお呼び出来ませんね」

「んふふ~、ありがと」

「それで、どのような使い魔を?」

「あ~、ん~、何て言ったらいいかしら……え~と……白い悪魔、みたいな?」

「まぁ、悪魔とは随分強そうですね。きっとミスのような立派な貴族様には強い使い魔でないとつり合わないのでしょう」

「で、でもでもアイツったら私の事みるなり殺しにかかったのよ! っていうか一回くらい死んじゃってるのよ、私!」

「それはそれは……いきなり大勢の前に呼び出されてビックリしたのでしょう。ミスはしっかり御生還なされていますし、それは何らかの試練だったと考えればよろしいかと」

「違うのよ! そのあと私が燃えてるときにぽけっと空なんか見てたんだから!」

「燃えている最中なのにしっかりとご自分の使い魔がお見えになられたのですね。普通の貴族様にはとてもできない事です」

「……え、えへへ、そ、そうかな?」

「ええ、そうです」


いつもどおりシエスタの話術にはまりながら気分をよくしたルイズは顔面をばしゃばしゃと無造作に洗い、タオルで拭き拭き。さあ今日もやるぞと気合を入れたところでその声が聞こえた。


「邪魔だ。どいてろ」

「ひょっ!?」


ビクリと肩を震わせ、忘れるはずが無いその声。恐る恐る振り向けばそこには白い人。眠そうに欠伸を噛み殺しながら頭をかいていた。
昨日ルイズが召喚したその人である。

しっかりと目を合わせたのは深い眠りに着かされる前と、そして今回が始めてである。
初めての印象と同じ、随分と綺麗な人物であった。
どうあっても目を引く純白の頭髪。雪色の肌。切れ長の瞼の内にある鮮やかすぎる赤色の瞳。中央にすらりと高い鼻梁が伸び、その下にはやや薄いながらも綺麗な唇。シャープな印象だが、見るだけには女性らしい丸みがあるような気がする。
酷く中性的な、本当に、何か呼んではいけない者を呼んでしまったか。


「あァ? テメェ……」


自分をアレに喩えるのは凄く嫌だが、蛇に睨まれたナントカとはこのことか。

ルイズは一方通行の瞳に睨まれると身体が動かなくなってしまった。緊張よりも恐怖、畏怖。恐ろしい。
あんたのご主人様よ、と声を大にして言いたいのだが、


「わ、わ、わたし」

「……?」

「わたわた、わたしはっ」

「こっちの奴ァ言語中枢に問題でもあンのか? オメェあれだろ、昨日一発目にやった奴だ」

「そ、そう! 昨日貴方を召喚したの!」

「くはっ、やっぱりお前の仕業だったわけか。そりゃそりゃまた、何だ、誰か殺してェ奴でもいンのか?」

「違うわよ! そうじゃなくて、その、あなたはね、わたしの、私の使い魔なの! 私はあなたのご主人様なの!!」


ルイズは目を瞑って一息にそこまで言った。
伝えたいのだ、召喚に応えてくれて、


「だ、だから、ありが」

「っひ、くはは……」

「あ、あのね?」

「ははは!! ご主人様ときたかァ! どうぞどうぞ卑しい私めにご命令をってかァ!!」


一度目に聞いた狂笑とは違い、本当に、実に愉快そうに一方通行は笑っていた。
おもしれェ、おもしれェと呟きながらばしゃばしゃ水を弾く。

その様はルイズにとっては一応僥倖なのか、曖昧に笑みを浮かべながらシエスタと目配せをしていた。

何一つ分からないのだ、この使い魔の事が。
昨日なぞ一瞬でトばされて、燃え上がっている。話す時間などなく、これがファーストコンタクトといってもいいような、そんな関係。
ルイズとしてはさっさと契約して進級を決め込みたいのだが、どうなるか。


「それでね、使い魔になってくれる……わよね?」


本来なら聞く必要すらないのだが、それでも相手は一応人間だ。話が出来るのなら一応聞いたほうがよかろう。
ルイズにとっては当たり前の事。話せば当たり前に契約できるものだと思っていたのだが、相手が分かっていなかった。相手は何を隠そう、いやまったく隠すところもなく、最強なのだ。


「ンなわきゃねェだろ。死にてェのか」


へ、と耳をほじりながら一方通行が言った。


「んな、何でよ!? こう言っちゃなんだけど私って結構良心的な貴族よ!?」

「僭越ながら、まさしくその通りかと。おはようございます使い魔さん、私はシエスタと申します。メイドです。そして、このメイドの私とお友達になりましょうと仰る彼女がヴァリエール様。立派な貴族様です。そうそういらっしゃいませんよ?」


ナイスフォロー、と内心ガッツポーズを決め込むルイズを余所に、一方通行は顔を洗いながら瞳すら寄越さずに聞いてくる。


「……お前、何が出来ンだ?」

「え~と……」


とても、とてもとても難しい質問である。
魔法は使えませんなどと言うものなら、今まさに、ここでそのまま何処かへ行ってしまいそうだ。困るのである。大変困ってしまう。実家になんぞ絶対帰りたくないし、留年もしたくない。
とは言うものの、嘘はつきたくない。嘘をついて契約しても絶対に出て行くに決まっている。末代までの笑いものではないか。

むぅ、とルイズが言葉に詰まっていると代わりにシエスタが口を開いた。


「先ほど申し上げたとおり、彼女はヴァリエール様。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様です。音に聞こえるラ・ヴァリール公爵家の三女様で、それだけでも使い魔としては誉れであるどころか、彼女は私たち平民に対し威光を振りかざすことなく自分の立場を落としてまでも話をしてくださる立派な貴族様です。私はこの学院付きの使用人なので叶いませんが、使い魔になれるのなら飛びつきますよ」

「っくく、褒めちぎるじゃねェか」

「まだまだありますが……」

「あァ、そういうのはもういい。お前ェの言うとおりなら大層立派な奴みてェだがよ、ええおい、どうなんだ?」

「……まぁ、嘘は無いわよ、嘘はね」

「嘘は、ねェ。肝心な事言ってねェだろうが」


ああきた。


「どの程度使えンだ、マホーはよ」

「……ええと」

「使い魔さん、それはとても難しい問題でして、魔法を使える方が立派な貴族かといいますと、それはまた違いまして、魔法なぞ、その人間を測るにはあまりにも小さな小さな、まるでミジンコかダニのような存在で、私はそのような能力、毛ほども必要ないかと」


二回目のナイスフォローとはとても言えないが、それでもシエスタの気遣いは嬉しかった。
同時に平民であるシエスタにこんな心配をさせている貴族、自分に対して腹が立つ。

何故当たり前の事が出来ないのか。
ここで自分はスクウェアのメイジだと胸を張って言えたのならどれほど嬉しいだろうか。いや、スクウェアでなくったっていい。トライアングルだって、ラインだって、ドットだって、なんでもいい。
魔法を使えるという当たり前を取り上げられたルイズは、ゼロなのだ。平民となんら変わりない、ゼロ。


「わ、私は……」

「あァ?」

「わ、わ私はっ」

「……」

「私はっ、私はゼロ! そうよ、ゼロのルイズよ! この学院で最弱の魔法使いなの!!」


構うもんか。そう思った。
嘘はつきたくない。自分を偽るくらいなら、使い魔なんていらない。本当は欲しいけれど、これ以上ルイズは自分を嫌いになりたくなかった。
魔法を使えない自分が嫌い。その穴を埋めるように筋トレに励んでいる自分も嫌いだし、プライドなんか無いんだよ、というポーズを取るのも最低だ。
本当は使いたいさ。しかし一年が経って、思い知っている。あ、無理なんだな、と本当の本当は心の奥底で諦めがじわじわ湧き出てきている。


(……もうホント、死にたい……)


と思うほどに魔法が使えないのは、貴族にとって最悪な事なのだ。

しかし、ここで少しだけ予想だにしない事が起こった。
一方通行が立ち上がり、ルイズの前に。一瞬ドキリとしたルイズだが、これはまさかオーケーか?と期待も。


「……やれ」

「へ?」

「使ってみろ、マホー」

「あの、聞いてた? 私は使えないの、魔法」

「俺を呼ンだのは魔法じゃねェのか?」

「……一応、そうね。まぁ、魔法……かな」

「お前ェが使えないっつーと、だ」

「う、うん……」


マズイ気がした。何か地雷でも踏んだか。
先ほどまでなかった空気。肌を刺す眼差しだ。

そっと伸びてきた右腕。
一方通行のソレは、一度目と同じようにルイズの頭の上に優しく置かれた。

今度は違う意味で心臓が高鳴った。
これはまさか、死んでしまうのではなかろうか。


「俺は、どうやって帰ればいいと思う?」

「……あ、歩いて……な~んちゃっ、ッンぎゃん!!!」


そして目の前は真っ暗になった。







[6318] 05
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 16:36



最低だ。

最低その1。帰還のことが頭からすっぽ抜けていた自分。
最低その2。帰還の魔法が頭に存在しないマホーツカイ。
最低その3。死なないと言ってるのに喧しく喚くメイド。


「最低です! ミスに呼び出された使い魔なのに、それなのにご主人様に手を上げるなんて! 最低です!!」


二回言うなとよほど言ってやろうかと思ったが、それではまた喧しくなるだけだろうと一方通行の聡明な頭脳は判断した。
ルイズを医務室に運ぶ際に、無視してそのまま何処かへ行こうかとしていた一方通行はメイドに捕まってしまったのだ。
やけに強気なその女はシエスタであり、メイドなのだ。

叫び倒れたルイズを見るなり一方通行に掴みかかり、もう何を言っているのか分からないくらいの声量で捲くし立てた。
ギリギリで可聴領域の声だけを判断するなら、『ルイズ様に何かあったらあなたを殺して私はヴァリエールに頼み込み無罪放免』のような事を言っていた。

何となく逆らいがたい物を感じ、何となく手伝ってしまい、何となく医務室に残っている。


「最低ですっ!」

「あァそうかい」

「またそんな態度! あなたは自分のした事がまったく分かっていません!!」

「ちょっと生体電流乱してイかせてやっただけだろが」

「い、イかせ……最低です!!」


ため息をつきながら反射を行使。鼓膜の振動をゼロにした。喧しいのが相手の時にはいいものである。音は消え、目を瞑れば一切の闇。ああ、世界は今日も狂とて平和ではない。

そして尻のポケットから見取り図を取り出し、また開く。
毎度毎度迷いでもしていたらたまった物ではない。きちんと憶えるつもりで、しっかりと脳内に刻んでいく。
目の前で大口開けて叫んでいるメイドは無視。

数分が経ったか、ベッドの上の住人がもぞりと蠢いた。


「ん~、うるちゃ~い……」


一方通行には聞こえなかったが、わずらわしそうな顔からするに、何か文句の一つでも言っているのであろう。
反射を切り、一方通行にとっては大問題である帰還の件に聞こうと口を開く。


「お」

「ああ、ミス・ヴァリエール、申し訳ありません私が間違ってました! この使い魔は悪魔です! 外道畜生の類の魔物です! 即刻解雇するべきです!!」

「ん~、シエスタ、何言って……」

「ミスの使い魔は本物の悪魔だと申し上げております! 人ではありません! あのような所業、トロル鬼でも可愛らしく見えてしまいます!」

「んあ? ……ってそうよ! またやったわねアンタァ!!」


やかましい。
起きて早々に元気のよい事である。

ルイズの健康状態もメイドの興奮状態にもまったく興味が無い一方通行は今度こそ口を開き、問う。


「俺は帰れねェのか?」

「何処によ?」

「……俺が居た場所にだ」

「へ、へん! 知らないわよそんなの! そ、ん、ぐずっ、そんな、に帰りたいんだったら、帰れば、っいいじゃない! もう知らない!」


涙を瞳いっぱいに溜めながらルイズは言った。

帰ればいいじゃない。
分かっていない。召喚主は自分が召喚した者の事を一切わかっていなかった。

一方通行も帰る事が出来るのなら、それは嬉々として帰ろう。帰る手段があるのなら当たり前のように帰るさ。
しかし今、目の前の小さな女が帰還の手段なのだ。
呼び出しておいて、帰れない。


「っは、まさしく一方通行ってか。冗談にしちゃ随分ツマンネェな……」

「……何よぉ、まだ何かあんの?」

「っち……」


くそったれ。
そう呟きながら一方通行は説明した。

己が呼び出された場所。なにやら不可思議な鏡。月は一つが常識で、魔法などあるわけが無い。
一つ一つを丁寧に、どのような馬鹿でも分かるように説明していった。

家族も恋人も友達も居ないが、見返したい連中が居る。殺してやりたい奴が居る。そしてあの『最弱』に、無敵になった姿を見せるのだ。指先一つで昏倒させ、その様を存分に哂ってやるのだ。

やりたい事がある。もちろんこの世界でも。
しかし帰れなければ意味がない。魅せ付けてやる、『無敵』の一方通行が『最弱』の上条当麻に勝つ様を、全ての人に。


「俺は帰るぞ。それこそどんな手段を使おうが」

「ま、待って待って、そんな急に世界が違うとか、そんな、本気で言ってるわけ?」

「お前ェらと違ってこっちの頭はしっかりしてンだ」

「信じられるわけ無いじゃない、そんなの。何か証拠は無いの?」


そう言われて身体を探るが、もともと昼食を食べに行っただけなのだ。出てきたのは財布だけ。
一応カードキーと電子マネーIDも出てくるが、それが証拠になるかといわれるとそうではないだろう。携帯なんぞ最初から持ち歩こうとすら思わなかった。

一方通行は自嘲気味に笑いながら財布を放った。

『一方通行』。
学園都市だったら知らぬものは居まい。それほどの有名人なのだ、彼は。テレビの中のアイドルよりも何よりも。

何不自由無い生活が送れる金を貰い、実験に協力した。もとより学園都市から出る事の叶わぬ身。不自由の中の自由を求め、突き抜けて、最強になり、6の可能性を知り、負けて、鏡に喰われた。

超超わがままに生きてきた。ウルトラマイペースなのだ、一方通行は。


「く、くく、成る程な。有名なのも面倒クセェが、ここまで『俺』を知らねェか。まァ、当たり前っちゃ当たり前だ、クソッタレが」


そんな彼は言い、踵を返す。

すぐに帰るというわけではない。科学者どもの頭の中身は分からないが、実感としてあと一万人を殺しても6に成れるとは思わなかった。だからこっちで成る。魔法という摩訶不思議なモノがあるこっちで。
なので今すぐにどうこうしろという訳ではないが、それでも何の保険も無いままに行動しようとはさしもの一方通行であろうと思わなかった。


「ちょ、待ちなさい、何処行くのよ!?」

「お前ェにゃ関係ねェな」

「んな訳ないでしょう! こら、ちょっと!」


制止も聞かずにズンズンと歩を進め、廊下に出、そして目指すは学院長室。学院長と呼ばれる老人なら何か知っているかもしれないと思ったのだ。
脳内で何処をどう行けば最短ルートか瞬時に算出。
勝手に足が動いていますというほどにルイズを無視し続けた。

足元がややおぼつかないルイズがふら付きながら、言う事を聞かない太腿を叩きつけ追って来る。シエスタが心配そうに肩を貸そうとするのを断り、その足で。


「何処に行こうっていうのよ! あんたホントに帰っちゃう気!?」

「……」


花札の鹿の絵。モミジと共に鹿の写っている花札。
それを語源にした任侠用語、それが『シカト』である。

一方通行はまさしくシカトした。むしろ何も聞こえていなかった。


「このっ、人の話くらい……っ聞けぇ!」


ちらりと振り向けば拳を振り上げながらルイズが猛然と駆けてきている。
呼吸をするよりも自然に反射。一方通行に触れたルイズの拳はそのベクトルの一部を返された。
ごち、と嫌な音が響く。


「いっ! か、硬っ! なん、あ、あんた一体何で出来てんのよ!?」

「ああ、いけません。すぐに治療をっ」


当然硬い。今の一方通行は鉄よりも。
力を反射するとはそういうことだ。例えば其処にある壁だって殴れば当然痛かろうが、それでも力のいくつかは伝わり、逃がしてくれる。
しかし一方通行の場合はそうは行かない。殴ればベクトルは返ってくるのだ。当然、硬すぎるほど硬いし、殴った拳が壊れなかっただけ僥倖なのだ。

『殴られる』という作業の中で脳裏に映るのは別の『最弱』。


「……最弱でも、その中でも弱ェ部類だぜ、テメェ」


拳に息を吹きかけているルイズにしっかりと捨て台詞を残して一方通行は蔑むように鼻で笑い、またも歩を進めた。
確信する。二度も三度も殺されかけて、それでこの身に潜む脅威に気がつかないのはただの馬鹿。相手にする時間すらもったいない。
一方通行からするならば目を瞑っても勝てる相手(どんな相手でもだが)。帰還の方法も知らないならば意を向けるだけ無駄な存在だ。


「消えてろ」


感情を感じさせない声色。
ほとほと興味が失せたといった表情をしていた。

しかし、である。

ゼロ、ゼロと入学当初から毎日言われ続けているルイズが、毎日を筋トレと枕殴りで過ごしてきたルイズが、消えろと言われて素直に引くか?
当たり前だが、この程度で諦めるはずもなかった。


「ふぇっ、うえ、あんたなんか、あんたなんかぁ! ふっとべぇええ!!」


ルイズが腰の裏に差し込んでいた杖、それを振った瞬間、一方通行の歩く先で爆発が起こった。

吹き飛べといいながら何処を狙っているのだろうか。
しかもつまらない爆発。この程度の規模の爆発ならばレベル1でも起こせる。
触るのすら気を使いそうなほどに可愛らしい。


「あ、あれ? この、えいっ!!」


杖を振ったのだろう。またも一方通行の先で爆発。
狙いすらも定まらないらしい。
この辺りがゼロと云われる所以か、と可愛らしい風を感じながら思考。

思考。


「もう、何で当たんないのよっ! でぇい!!」


爆発。廊下自体が揺れるような。
爆風。一方通行の前髪をなびかせる。
思考。風を感じた。

瞬間、口角が吊りあがった。
考えてみれば当然か。そう、一方通行の後ろで可愛らしい爆発を起こしている少女は一方通行を召喚した。あの鏡の元凶なのだ。


「……あァ、そういう事か」


爆発で風を感じた。あろう事かゼロと呼ばれる女の魔法が反射を抜いてきているのだ。
つくづく因縁めいたものを感じる。よほど『最弱』との相性が悪いらしい。いや、寧ろ良いのか。

くっく、と咽喉を鳴らしながら振り向いた。
その際にビクリと跳ね上がるルイズの肩。余りにも可愛らしすぎる。本当に、触れば壊れてしまいそうな。


「……なァ」

「っうぅ」

「ルイズさんに触らないで!」


またも頭の上に手を置いた。

ルイズの瞳いっぱいに溜まっていた涙がはらはらと流れ落ち始めた。
メイドが先ほどから脛をげしげしと蹴りこんでくる。

何もかもが気にならなかった。


「腹ァ減ったな、おい」


6。随分早く道が見つかった。かも知れない。




05/『虚無』





ちょうどよく朝食の時間だった。運がいいのか悪いのかは分からないが。
ただ間違いなく言えるのは、


「く、くくく……」


気持ち悪い。
自分で呼び出しておいてなんだが、とても気持ちが悪い。
突然腹が減ったといい、突然従順になり、突然咽喉を鳴らし始めるのだ。
いくらなんでも恐ろしすぎるだろう。


「ちょ、ちょっとシロ、あんた前歩きなさいよ。いきなり殺されそうでたまったもんじゃないわ」

「仰せのままに、ゴシュジンサマ」

「何なのよ行き成り……」


先ほどまで居たシエスタが居ない事に不安を感じる。
彼女はメイドだ。当然朝食の準備になると忙しくなる。流石に学院付きの使用人を拘束する事も出来ず、かなり名残惜しかったのだが仕事に戻ってもらった。

結局名前の交換すらすんでいない使い魔はシロと呼んでいる。失礼かとも思ったが、どうやら名前に何か思うところも無い様で、このまま固定でもいいかも知れない。


「ああ、何か首筋がぞわぞわする」


呟きながら先を歩く使い魔を見る。
大股でコツコツと足音高く歩ていくその姿は確かに男らしいのだが、やはり何ともいえない中性さ。
身長も高くは無い。流石にルイズよりは高いが、それでも男性にしては少し低いくらいではないだろうか。体格だってよくない。ひょろひょろのモヤシ体形。一見すると美しいその顔だって、あの狂笑を聞き、見た後では逆に恐ろしいだけ。


「……はぁ、何だってあんたみたいなのが召喚されちゃったんだろ。ねぇ、ちょっと聞いてる? 私はありがとうって言いたかったのに、そんな気持ちどっかに飛んで行っちゃったじゃない」

「礼は必要ねェ。その内言えなくなる」

「何よそれ……はぁ、もうホントに“はぁ”よ」

「く、くく、それも必要ねェ。その内でなくならァな」

「……」


ああ、やっぱり殺されてしまうのかもしれない。
契約だってまだしていないのに、この緊張感は一体なんなのだろうか。ご主人様と使い魔の立場が逆ではないか。
使い魔に捨てられるかもしれないご主人様など御免だ。

大体にして、


「何であんたが私の前を歩いてるのよ。ご主人様は私なんだからね!」

「死ぬか、お前ェ」


一応従順なふりをしているだけであろう一方通行をからかいながら、ルイズは重たい食堂の扉を開いた。
今日は余計な気絶をした分いつもより遅かったようで、すでに配膳されており皆も席に着いている。

ルイズは少しだけ早歩きになりながら一方通行を手招いた。


「こっちこっち」

「……随分とまァ、朝からよくこンなもン喰えるな」


嫌そうな顔をしながら、コツコツと一方通行が歩く音。
そして周囲がざわついた。

ルイズとしては嬉しいのと面倒くさいのが半々くらい。
間違いなく質問が飛んでくるのだろう。

ルイズ自身も書物で読んだくらいでよくは知らないのだが、あの『反射』。アレはエルフと呼ばれる種族が使うものによく似ている。と、思う。見た事が無いのだ、仕方ないじゃないか。
しかし現実としてエルフは魔法を反射し、倒すには十倍の戦力があってもまだ足りないと言われる。
先住魔法を使う彼等は、友好関係には無い。

周囲の視線から感じる畏怖。
ルイズは少しだけ小さくなりながら席に着いた。対して一方通行は気に留めた様子も無くルイズの隣にどかりと座り込み、そして不遜に腕を組む。
当然だが、使い魔に貴族と同じ朝食など用意されているわけも無いのだが、


「あ、あの、そこはね」

「あァ?」

「……なんでもない」


ルイズは日和った。


「君、そこは僕の席なんだ、が……」

「あァ?」

「……いや、失礼。勘違いのようだ」


貴族も日和った。

結局席を取られた貴族も寝坊のために時間に間に合わなかった人物の席に座り万事解決。
ルイズは心の中で謝りながらその貴族に目配せすると“気にするな”とのジェスチャーが返ってきた。あまり見た事の無い顔だが、隣の席はあんな奴だったろうか。割といい奴もいるものだな、と一年間気がつかなかった自分の事は棚に上げ、少しだけ気分をよくしながら始祖にお祈りを捧げた。朝食開始である。

隣を見れば、食材に若干の困惑を見せながらも己の使い魔がきちんと口をつけていた。


(……いつもこんな顔してれば可愛いのにね)


眉間にしわを寄せながら食べているのだが、口に食べ物を入れたときにソレがふわりと薄くなる。正直、少し萌えた。
さらにスープを口に運ぶ一方通行は中々に様になっており、貴族と言われれば信じてしまうかもしれない。そう思うほどであった。
口調などは下品なくせに、ふと見れば何となく気風を感じてしまう。


「ちょっと、口の端ソース付いてんじゃない」

「……」


ハンカチでふき取ってやると赤い瞳を少しだけ薄め、黙って動かないのも中々可愛いものだ。
憮然とした表情でそのまま食事に移ったのも、もしかして照れているのかもしれないし、


(う、うん。ホントはそんなに怖くないのかも……お腹すいてたのかな?)


人間誰だって腹が減れば機嫌が悪くなる。
さらに隣の使い魔からするなら別の世界に行き成り飛ばされて周りは敵だらけと勘違いし、さらには教員と戦闘も行っているのだ。ストレス度数は計り知れないものがあったのかもしれない。


「ねぇ、あなたの世界の朝ごはんはどんなだったの?」

「シリアル。コーヒー。ビタミンE。カロリーメイト(プレーン)」

「分からないものばかりだわ。昼食は?」

「コーヒー。カロリーメイト(ブルーベリー)」

「朝と同じものを食べるのね。夜は?」

「ウィダー。カロリーメイト(チーズ)」

「かろりぃめいとばっかりじゃない。この鶏肉のソテーみたいなのは食べなかったの?」

「っは、食っときゃ良かったな」

「そんなんじゃ筋肉付かないわよ。もっとお肉食べなきゃ。男は筋肉よ、筋肉付けなさい」

「気持ちわりィンだよ」


小さくだが、適当に会話をしてみればそれなりに弾む。
ご飯が好きなのか、それとも本当に機嫌が悪かっただけなのか。少しだけ悩むが、まぁ恐らく答えはどちらでもなく、どれもが彼の本当の姿なのだろう。何か間違えれば今チキンを握っている右手はすぐに自分の頭の上に乗るに決まっている。

契約できるかどうか、それが勝負だ。

何のメリットも無く使い魔になってくれるはずは無いし、まず、彼が何をしたいのかを聞き出そう。帰りたいといわれるのは目に見えているが、それ以外で、何とか留まってくれるように。

考え込みながらもパクパクと箸は進む(もちろんナイフとフォークであるが)。ルイズは出されたものはしっかりと食べ尽くす派なのだ。
しかし問題は隣の一方通行。徐々に動作が鈍くなり、遅くなり、ついには止まってしまった。


「……喰えねェ。多すぎだ」

「はぁ? 何言ってるのよ、半分も食べてないじゃない」

「入らねェもンは入らねェ」

「っもう! ほら、寄越しなさいよ」


そしてルイズが筋肉のために一方通行が残した半分も何とか胃に収め、少しだけ食べ過ぎたかと脂汗をふき取っている頃、待っていましたといわんばかりにその人物は動いた。

口の周りをソースでしっかりと汚し、丸々としたお腹をコレでもかと張らした彼、マリコルヌ君。
彼は食事とルイズを馬鹿にする事に人生の半分くらいを掛けているらしく、しっかりと食事を取り終わった後にケンカを吹っかけるのである。


「ソイツはエルフだ! 悪魔だぞ!」


噂の広がりきっていない上級生側の席が大きくざわついた。
対して下級生側はマリコルヌに若干の同情の目。昨日やられているのに大した胆力だと拍手を送るものまで居た。


「何故僕たちと同じ席について朝食をとっている! 信じられない、僕はゼロのルイズが召喚した使い魔と同じ席に座っているんだ!」


大仰なジェスチャーを加える彼はさながら舞台俳優のようで、しかしそれは貴族の役柄ではないだろう。

最早いつもの事か、とルイズはため息をつき、その際に可愛らしいげっぷをかました。


「けぷ。ん、こほん。無視しなさい、いつもの事よ」


これで少しでもご主人様を庇う様を見せればもっと可愛くなるのだが、


「くく、無能の使い魔だとよ、この俺が」


ルイズの予想通り、その顔はしっかりと笑顔を作っていた。
笑顔というのはもともとリラックスからくるのもだが、この使い魔は恐らくソレから程遠いものから来ている。間違いなくリラックスなんてものじゃないのだ。

嬉しいのか? 楽しいのか? 気持ちいいのか?

わからない。が、確実なのは一方通行の邪悪な笑顔が時間に比例し深く刻まれ、ルイズの額には嫌な汗が出て来ていることくらい。


「む、無能とは言ってないわよ!」

「変わらねェな。ゼロ、無能、最弱」

「あんたねぇ、一体どっちの味方よ?」

「味方ァ? くはッ、笑わせンなよ……」


そういうと一方通行は右手を高々と持ち上げ、


「俺は、俺だけの味方だッ!」


どごん!
食卓に腕を、それはもう渾身の力だろうといわんばかりの威力で叩き付けた。
ルイズの肩は跳ね上がり、ざわついていた食堂は一気に静まる。喚いていたマリコルヌもビクリと一瞬身をすくめたが何も起きない所を見てははは、と乾いた笑いを上げた。


「は、はは、何だ、今回は何もなしか? そうだろう、僕は風上の―――」


彼が風上の何かは分からない。
そこまでしか言えなかったのだ。

指先一つ。
静まり返った食堂で、一方通行が指先で軽く用意されていたグラスを弾いた。
チィ、ン……と静かな音色。
しかしソレは美しいだけではなく、スタートの合図だったのだ。


「っ!?」


ルイズには分からない。分からないが、恐ろしい速度で飛んでいく食器たち。食卓を飾っていた皿は、ナイフは、フォークは、全てがすっ飛んでいった。驚愕のあまり思わず“はおっ!?”と、はしたない声まで上げてしまったのだが、誰にも聞こえてはいないだろう。
食器はそこに食い物が乗っていようが乗っていまいがお構いなしに加速。全てマリコルヌに飛ぶソレは彼の服を、顔面を、肌を、その全てを汚しつくし、


「あぶぶぶっ!! 肉が、肉が飛んで来るだと!?」


肉たちの圧に負け、すってんころりんと転んだ先には椅子の角が。
ごっ、と鈍い音を響かせ、彼は肉まみれになりながら、しかし幾分幸せそうな顔で意識を失った。


「……な、何よあれ……肉たちの復讐? 魔法なの?」

「さァな、言った所で理解できねェよ」


相変わらずの態度。くっくと咽喉を鳴らしている様はとんでもなく気持ち悪いが、それでもルイズは少しだけスッキリした様子で息をつき、呆れたような笑顔を作ってこう言った。


「あなた、なかなかいい子かもね」

「あァ? 何だァそりゃ?」


今回間違いなく言える事は、一方通行の聡明な頭にはマリコルヌの名前が『風上のあぶぶぶ』と記憶された事。それだけの朝食だった。





。。。。。





「いい? まず魔法には二種類あるの。系統魔法って云われる魔法語の魔法と、コモンマジックって云われる口語の魔法ね」

「あァ」


何を考えたか、何故かメガネをかけたルイズに何か授業のような感覚で魔法の事を教わっている一方通行。

魔法の事は知っていて問題ない。むしろ知らなければならないことだ。
知らずとも反射はできるだろうが、それでも知っているのと知らないのでは計算量がまったく違う。『分からない物』よりも『こういう風な物』の方が感覚的に捕らえやすいのは当たり前で、6に成るための努力は一切惜しむ気は無い。


「系統魔法っていうのは土・水・火・風の四つの系統。メイジの強さは大体この系統をいくつ足し合わせる事が出来るかによるの。一つだったらドット。二つだったらライン。三つだったらトライアングルで、四つならスクウェアって名乗れるわ」

「あァ」

「でも純粋な戦闘力って訳じゃなくて、トライアングルがスクウェアに勝ったりも出来るし、ドットでも強い人は沢山いる。ようは使いようよね」

「あァ」

「……で、でね、魔法を使うには精神力が必要で、肉体的な疲労じゃなくて、まぁ、精神的にも疲労を感じるって人は少ないみたいだけど、とにかく精神力が必要なの。どんなに凄い魔法使いでも大きな魔法使っちゃったら休まなくちゃいけないし、中には一月くらい魔法が使えなくなっちゃう人もいるんだって」

「あァ」

「……」

「……」


一方通行は本来書きながらモノを憶える性質ではない。
文字を覚えるときは流石に筆を執ったが、人の話の丸暗記くらいお手の物だ。開発が進んだ脳はスーパーコンピュータに匹敵するとも言われていた。
だからルイズの話も頬杖をつきながらノートを取るでもなく適当に聞いていたのだ。勝手に脳内で答えは見つかる。一方通行にとっては当たり前の事だったのだが、どうにもルイズはそれが御気に召さない様子。


「続けろ」

「あ、あんたねぇ……あぁ、あぁってホントに分かってんの!? 熟年夫婦か!!」

「冴えてンじゃねェか。なかなか愉快だな、お前」

「後で質問してきても答えてやんないからね!!」

「お前ェの講義に漏れがなけりゃな」

「馬鹿にして!」

「続けろ」


その後もぷりぷりしながらルイズは説明を続ける。何とか見返してやろうという気持ちがあったのだろう、その説明、口上は異常に長く、教科書を丸々語りつくした。
だが、結局のところ一方通行の出来のよさが際立っただけで、ルイズはしくしくと涙を流す嵌めになるのである。

当然、一方通行は全て憶えている。
ルイズが咳払いした回数も思い出そうとすれば可能だし、何度“えーと”と言ったかも憶えているが、そこはもう意識的に削除。その脳内は魔法の事でいっぱいになっていく。


「……そういうこと、か」


一方通行の考えでは、『魔法、恐るるに足らず』である。もともと恐れるものなどありはしないのだが。
特に攻撃に役に立つと思われる系統魔法。ソレが四大元素を基に発動するというならば完全反射可能。すでに科学で証明されているものを操っているに過ぎない。
しかし面白いのはここから。超能力と対して変わらないな、と若干の落胆を見せたときに出てきた『虚無』である。


「おい」

「なによぅ……」

「最も小さき粒ってなァ、結局なンなンだ?」

「最も小さき粒は最も小さき粒よ……何言ってんの?」

「……いや、いい。認めたくはねェが、聞いた俺が馬鹿だったみてェだ」

「な、何よ、なんなのよ!? 今馬鹿にした? したわよね!?」


正直、ここの魔法使い達が学園都市に雪崩れ込んだのなら、学園都市は潰れる。間違いなく負けるであろう。一方通行と、数人程度生き残るか。
もちろん魔法使いが自分のやっている事を科学的に理解できればの話ではあるが。

何を隠そう、魔法使いは核爆発を連発で放てるのである。えい、と杖を振れば、核。ふふん、と優雅に降っても、核。おんどりゃあと気合を込めても、核。まぁ間違いなく撃った本人は死ぬだろうが。

そしてまたしてもとんでもないのが『虚無』。

さしもの一方通行もまさかとは思う。まさか、そんな馬鹿な事は無いはずだと思うが、話を聞く限り、『虚無』とは『不確定純物質』を操っているのではないだろうか。
素粒子、量子、そして学園都市にもいたが、『存在しない物質』を自在に操れる存在が居るとするのなら、ソレは人ではない。一方通行自身も自分は人間の領域から外れていると思っているが、ソレを超えて、それはすでに、喩えるなら神で、世界でも作る気かと。

もしかしたら時間を飛ぶなどお手の物ではないだろうか。
身体を自在に作り変え、好きな時間に起きて、あ、ちょっと太陽熱いなと思ったら壊しにかかれるのではないだろうか。そして壊して寒くなったら創るのではないか?
宇宙空間に酸素を撒き散らし、マントルの中に生身で散歩して、マグマの湯に浸かり酒を一杯。もちろんコレは、完璧に、自在に操れてではあるが、可能なのではないか?

そして、である。

目の前の女。
髪の毛は最初見たときよりも随分短くなっており、今もいじけながらぐだぐだとうるさい女。

ゼロのルイズ。
随分としゃれた名前をつけたものだ。本当は分かって付けていたのではと疑うほどに。


「はっ」


思えば、最弱如きに呼べるはずも無い。この身を、一方通行を。


「な、何よ気持ち悪いわね。なまじ頭いいんだから馬鹿なことしてると余計に気持ち悪いんだけど?」

「なァおい」

「だから何よ」

「貴族ってェのは、絶対魔法が使えンだろ?」

「……普通はね」

「くく……」

「あんたケンカ売ってんの!? 絶対買わないわよ!!」


若干弱気なこの女、作りやがったのだ。
『存在しない物質』。一方通行の理解の範疇外にある物質を。反射を抜けたのだ。それしか考えられない。


「喜べよ。お前ェはゼロだ」

「んなこたぁ分かってんのよぉお! 喜ぶ要素が何処にあるってのよコンチクショウ!!」

「今日からは、虚無のルイズに格上げだなァ」

「……あぁ? あんた頭大丈夫?」

「世界くらい軽く超えて見せますってかァ!? ふざけんじゃねェぞ!! この俺が帰れねェ訳ねェよなァ!」

「なななんなのよ、怒ってんの? そ、それとも喜んでんの?」

「いやなに、ちょこっと殺したくなっちゃったなァ。表出ろよ」

「い、嫌よ。だ、だだ大体あんたから魔法の事教えてって言ったのに、教えたのに何で殺されなきゃなんないのよ!!」

「はっはァ……いいから出ろっつってンだよ、ダークマター」

「いやぁ、なんでよぉ……何で、やだぁ……ふぇ、シエスタぁ!」


そしてグズグズ泣き始めたルイズの首根っこを引っつかみ、一方通行は屋外へ。

帰還も6も、全てこの女が握っている。そんな気がする。
運命など信じた事は無い。しかし、今なら少しだけ、ほんの少しだけ信じてやってもいい。

住まう世界すら違うこの女は、俺のために生まれてきた。







[6318] 06
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 16:33





爆発音が聞こえる。次いで、少しだけの振動も。
恐らく一番多くこの爆発を聞いた事がある、さらに喰らった事があるキュルケはすぐに気が付いた。


(何してるのかしら。ついに蹴りで爆発でも起こした?)


ルイズ自身は知らないが、キュルケや他の貴族、その他使用人にいたってもルイズには感謝しているのである。

だって、あれほどに便利な目覚まし時計は無い。

気合を込めた声と、何かを破裂させたような音。
始めの内は不思議で堪らなかったが、アレはルイズがトレーニングしている時の音だったのである。今日はなかったが、いつもはアレにプラスして魔法の失敗爆発まで付いてくるのだから起きないわけにはいくまいて。
彼女のおかげで遅刻者の数はグッと減ったと上級生が言っていたのを聞いた事がある。

ゼロのおかげで感謝される彼女は、それはそれは不名誉だと喚き立てるだろうが、しかし一片でも感謝の気持ちを持っているのだ。その点に関しては素直にありがとう、である。
まぁ、キュルケはルイズ本人を目の前にして言う気は皆無だが。

そしてまた爆音。


(……あの馬鹿。授業にも出ないで何やってんのよ……本気で留年するつもり?)


決して心配したわけではないが、授業が始まる前に聞いてみた。ルイズは留年なのかと。ちょうど使い魔召喚の儀で監督を務めていたコルベールの授業だったし、あくまでもついでなのだ。

キュルケから見て、少しだけ目つきが悪くなったかな、と思うコルベールは、さらに顔を歪ませながら言った。


『保留だね。一応使い魔自体は召喚できているし、学院長も鬼ではない。慈悲を願うばかりだ』


再度爆音。埃が天井から降ってきた。

さて、どうなるのだろうか。
決して心配なわけではないが、自分が好きな火の授業をこれ以上爆音で邪魔されるのも腹が立つ。ここは一つ、手を貸してやってもいいかも知れない。ヴァリエールに貸しを作るのは大変有意義な事だ。

笑い声と噂話で若干うるさくなり始める中、キュルケは立ち上がり挙手をしながらコルベールへと声をかけた。


「ミスタ」

「……うむ、分かっている」

「あら、何をご存知なのかしら?」

「君等は友人なのだろう。心配なのが分かっているのさ」


柔らかく笑いながら言うコルベールにはぜひとも反論をしたいのだが、ここで時間が潰れてしまうのも馬鹿みたいなものだ。だからキュルケは大して否定もせず“ご冗談を”とだけ言い、続ける。


「行っても?」

「ああ。……ただ、あの使い魔には気をつけたまえよ。学院長が“視て”おられるが、何かあったらすぐに助けを呼びなさい」

「まぁ、物騒な事ね。彼、とても情熱的でしてよ?」


妖艶な笑みを浮かべながらキュルケが言うと、コルベールは嫌そうな顔を隠しもしないで、


「破滅的の間違いだろう、それは」





06/『反射の一方通行』





流れ出そうになる涙を根性で塞き止め杖を振る。
振るのだが、もちろんそれは爆発を起こすだけ。しかも何度振っても狙い通りのところには行かず、自分を狙って撃てと言う一方通行の機嫌が悪くなっていく。加速度的に悪くなっていく。それが手に取るように分かってしまうのだから余計に怖いのだ。


「え、えいっ!」


爆発が起こった。
一方通行のだいぶん後ろで。

冷ややかな目と、腕を組んで立つその佇まいがまたルイズの恐怖心を煽るのである。


「……」

「な、何か言いなさいよ」

「無能」

「ぐぅ……!」


一応まだぐうの音は出た。

一方通行はルイズの事を虚無だといった。虚無のルイズと。
はっきり言って、昨日今日魔法に触った人間が何言ってんだか、といった程度。

ありえるわけが無い。
始祖が使った伝説の系統と呼ばれ、未だかつて存在が確認されたのは物語の中くらいだ。
そんな伝説がこの身に宿っているなど夢のまた夢。第一に伝説の系統だと言うなら、何故魔法が使えないのだ。使えてもいいじゃないか。空くらい飛ばせろと言う。


「続けろ」


少しだけ考え込んでいたルイズに一方通行から声がかかった。

未だに一度も当たらない、魔法でもないただの爆発。
それを自分に当てろと言われたときは真性のマゾヒストなのかと疑ったが、そんなわけが無い。一方通行がマゾな訳が無い、と思った後でそういえば謎の反射があるのだったと気が付いたのだ。それほどまでに一方通行はルイズに対して攻撃的だった。
ご主人様と使い魔の立場が完全に逆転し、もうむしろコレでいいかもとルイズも思い始めている。


「おい、聞ィてンのか?」

「ん……あの、さ」

「あ?」

「休憩しない? 私、疲れちゃったんだけど……」

「寝ぼけてンのか? 一回も当てずにやめる気かよ……あァ、ゼロっつーのはそういうことか?」

「……へ、へへ」


乾いた笑いしか出なかった。
まさしくその通りだから。

恥ずかしいのだ、自分が魔法を使うという行動そのものが。むしろ魔法にすらなっていないのだが、恥ずかしい。
もちろん魔法は使いたいけれど、その思いは誰よりも強い自信はあるが、ルイズは自然と自分から魔法を遠ざけようとしていたのかもしれない。


「シロにはわかんないのよ、魔法を使えないというこの気持ちが……いくら努力しても届かないっていう虚しさが……」

「こっちも流石に太陽は一つか」

「っ慰めなさいよ!!」


大体ね、と鼻息荒くルイズは続ける。


「私は怪我も治ってないの! 背中に火傷しちゃってるの!! んなこたぁ言いたかないけどねっ、私はっ、ヴァリエールの三女なのよ!? 世界の違うアンタにはわかんないかも知んないけどねぇ、私ってそこそこ、なかなか、まぁまぁの貴族様なの! お家柄だけならこの学校じゃ割と偉いのよ!? それをアンタ、こんな辱めに……っ! ゼロで悪いか! 無能がどうした! ……ふぅえ、うえっ、うわぁあんっ!!」


今度こそ、涙腺崩壊である。
まだ会って一日だが一方通行には泣かされっぱなしだ。これが嬉し涙であるなら大したジゴロだと褒めてやるが、全部が全部恐怖か悲しみである。
ルイズは思った。己が呼び出した使い魔は余りにも人の事を軽く見ている。自分本位なのだ。ルイズは割と『俺様』は好きだが、コレは余りにも度が過ぎるだろう。男たるもの我が道を行けとも言うが、その道の隣すら歩けないではないか。
そして、


「終わりか? さっさと使えよ、マホー」


これである。


「ふぇっ!? 鬼かアンタ!」

「鬼程度じゃ及ばねェな、俺の足元にも」

「悪魔! 吸血鬼!!」

「雑魚ばかりじゃねェか」

「こ、このっ、魔王! アンタなんか魔王よ!!」

「悲しいなァ、俺の評価はその程度か?」


心底心外だという調子で口を開く一方通行は自信に満ちている。
本当に、微塵たりとも思っていないのだ。鬼にも悪魔にも吸血鬼にも魔王にも、微塵たりとも負けるとは思っていない。

本当に、冗談ではなくだばだばと滝のように涙が出てきた。

腹が立つと同時に羨ましいとも思ってしまっている。
何故そこまで自分に自信がもてるのか分からない。立ち居振る舞い、先日見せた戦闘、それを見れば確かに強いのは分かるが、その心が一体何で出来ているのか不思議だった。プレッシャーは無いのだろうか。自分自身に潰されそうになった事は?

ルイズは毎日感じている。
魔法が使えぬままに今ではもう16歳。
始めは温かく“いつかきっと”と言ってくれていた家族すらもため息を付く始末。果ては学院に押し込められた。

使えるようになるとでも思ったのか?

今まで使えなかったものが学院に放り込まれただけで使えるようになれば誰も苦労はせんのじゃクソジジイ!

昨年の年の瀬。
実家にも帰らず学院の寮に残ったルイズに一通の手紙が届き、その手紙の返信にこう書いてあげました。
下の姉から届いた手紙によると大変ショックを受けていたそうな。

ルイズは手紙一通にもビクビクしなければいけないのに、なのに一方通行は。

輝いて見えた。
これで使い魔が適当な平民だったのならそれはそれで諦めが付いたかもしれないのに、出てきたのはとんでもない魔王然としたこの男。

元来、努力と反骨心だけは誰にも負けない自身を持っている。
だから、


「ぅ、ぐす……だ、だったら教えなさいよ、アンタの事。ご主人様であるこの私が直々に評価を下してあげるから……」


珍しい服の袖を引きながら言うと、一方通行は舌打ちをしながらもその場に座り込んだ。





一方通行が語った内容は信じられないものばかりだった。

化学や科学が進歩し、人間は『超能力』という人を超えた能力を手にしたと言う。その能力は様々あり、デンジハの波を読み取り電撃を放つ者や瞬間移動するものまでいるらしい。
学園都市と言う囲われた空間で一番強かったのが何と自分が呼び出した『一方通行《アクセラレータ》』なのだ。


「それでそれで、そのウチュウって何処にあるの? ジンコウエイセイって落ちてこないの?」

「あーウルセェウルセェ」

「あなたの能力は何なの? やっぱりあの魔法を跳ね返したり、バチってくるやつ? 電気で動いてるの? 科学なの?」

「っち、ガキかテメェ……」


一方通行がため息と共に吐き出したとき、


「あら、私も興味あるわ」


その声は二人の後ろから。

ルイズ自身はよく聞いた事のある声で、毎日のように嫌味を言ってくるその口を物理的に縫い付けたくなるようなそれ。
振り向きもせずに“うげ”と呻き、首だけを向ければやはり見知った顔。


「何の用事よ、ツェルプストー。あんた今授業中でしょう?」

「それは貴女もじゃない。ああ、そういえば留年保留ですって」

「やたっ! ラッキー!!」

「それで、異世界から来た貴方はどんな事が出来るの?」

「めんどくせェのが増えやがった……」


そのときの一方通行の言い草、態度。
何となくではあるが、


「……んん?」


何となくである。女の勘ともいうか。
何となくピンと来たのだが、二人は知り合いなのだろうか。

ルイズにとっては面白くない状況である。

何故ツェルプストーなんかと知り合いなんだ。いや、誰と知り合おうが特に支障は無いけども、だがしかし、ツェルプストーはダメだろう。これは個人ではなく、小さな頃から聞かされ続けた『クソッタレのツェルプストー家秘話』による、いわば刷り込みのようなものだが、それでも嫌なものは嫌なのだ。

ちらりと視線をキュルケに移せば、なにかルイズの視線に感じ入るものがあったのだろう、ワザとらしく一方通行の肩にしな垂れ掛かり、その胸を、ルイズよりもたっぷり大きな胸を腕に押し付け始めた。


「ねぇダーリン、朝みたいにはしてくれないの?」

「あァ?」

「ちょ、まっ、何、あんた昨日はツェルプストーのトコに居たの!?」

「うるさいわよ、ヴァリエールの小胸娘(しょうきょうにゃん)。私はダーリンと話してるの」

「やかましいのはそっちよ! って、んな事はどうでもいいの! シロ、あんたホントに」

「そうよぉ? 今朝は三回もおっぱい持ち上げられちゃった」

「な、何よその持ち上げられたって……!」


まさかルイズには持ち上げるほど乳が無いとでも言うのかまさにその通りだが。句読点すら挟まずにその通りだが。

ギロリと一方通行を睨めば我関せずといった調子に欠伸をしている。
次いでキュルケを睨めばふふん、と鼻で笑っていた。

信じられなかった。
まさか一夜にしてツェルプストーに奪い取られるなぞ思いもしなかったのである。その尻の軽さは話に聞いた以上じゃないか。

自然と、怒りに震えるルイズの手は腰の後ろに挿していた杖に伸びた。
それを見た一方通行がニタリと笑うのにも再度腹が立つ。


「ハ、今度は当たンのかよ、それ?」


プチ、と。


「あ、あああ当ててやるわよコンチクショオ!!!」


振った杖の先から一瞬の閃光が奔り、爆発。

後にルイズが“これまでで一番だった”と語った爆発は、地面を少しだけ焦がし、もうもうと爆煙を立ち上らせた。
ゆっくりと風に乗って煙が晴れて行き、その爆心地にはもちろん三人。

ルイズは黒く焦げながらケホと咳をし、キュルケはとっさに盾にした一方通行をそっと見やり、直撃を食らったはずの一方通行はぴかぴかの無傷だった。


「……とんでもねェ女だ」


ポツリ一方通行が何か呟いたようだったが、ルイズには聞こえない。爆音で鼓膜がちょっとおかしいのだ。
爆発を放った自分がボロボロになり、一方通行は無傷。理不尽じゃないか、そんなの。

ルイズは怒りに震えながら、頭に上った血はそのまま下に降りる事はなく、


「キュルケッ!」

「何よ?」

「風呂に行くわよ!!」

「……はいはい。じゃあまたね、ダーリン」


一方通行に投げキスをするキュルケを小突きながら浴場へと向かうのであった。





。。。。。





「……ッハ、何が魔王だ。爆弾が裸で歩いてるようなもンの癖してよく言うぜ」


一方通行は自身の腕をさすりながら言った。

反射で感じた『訳の分からないもの』。
朝方の爆風に乗ってきた物と同一のものだったからよかった。ギリギリで『訳の分からないもの』として『反射』が間に合った。理解には至らなかったが、反射するだけなら。
そして反射が出来ると言う事は一方通行にとってそれほどの脅威が無いというわけだが、彼の表情は硬い。

理由はもちろんルイズの放った爆発にあった。

傍目で見れば一発の小規模爆破だが、その実態はまるで違う。
小さな小さな破裂が重なり、幾重にも、さらに、もっともっと、とその存在を大きくしていくのだ。ルイズの爆発は多重のものである。

一方通行が先ほどの爆発で反射した『訳の分からないもの』の総数は8万飛んで3つ。
恐ろしい事にその『訳の分からないもの』の種類が71種類カウントされているのだからたまった物ではない。そう、『反射』の『一方通行』が、小さな小さな爆発に、なんと71回も抜かれたのだ。

『最弱』に負けて以来、一方通行は自分の能力を『膜』と考えている。
そこには膜があり、当たったものを跳ね返す。
だが、相手によっては跳ね返らないものもあるのだ。『最弱』の右手を筆頭に、この『虚無』もそう。
ただの『訳の分からないもの』ならいくらでも跳ね返す事が出来る。前記の通り、『訳の分からないもの』として処理してしまえばいいだけの事。
しかし、『訳の分からないもの1』×1000発。『訳の分からないもの2』×1000発。『訳の分からないもの3』×1000発……。このように、一方通行を倒す為だけにあるような、『穴』を付いてくる『訳の分からないもの』。

種類が違う。いや、そもそも『種類』という言葉にくくれるものではなかったのではないだろうか。
スパコンにも勝るその頭脳で一方通行は8万3個の計算の答えを瞬時にたたき出したわけだが、一瞬だけ計算が間に合わないかもしれない状況が脳裏を掠めたほどであった。

実際のところ、威力としては先ほどのルイズを見れば分かるように少しこげる程度。
だが、もしアレを完全に使いこなせるようになれば、とゾッとするような想像が沸き立つ。


「っくく、面白くなってきやがったァ……」


理解してみせる。
誰となしに誓った。

あの『訳の分からないもの』≒『最も小さき粒』≒『存在しない物質』を『理解』してしまえばどうなるのだろうか。
『反射』ばかりに目が行きがちだが、一方通行の本質はあくまでベクトル操作。計算能力にこそその威力は在る。

この肌に触れた最も小さき粒はどういう反応を見せるのだろうか。
そのとき自分は何を感じ何を見るのだろうか。
頂点から外れた『無敵』とは。


「俺を導くか……いや、違ェな……」


道は一本しかない。
先にしか進めない、細い一本道。
先頭を歩いているのはもちろん一方通行。だがそこには道が在る。


「俺は進む。来たきゃ勝手に来いッてかァ? ひ、ひゃはは、マジで、面白く、なってきやがったァ……!」


笑う一方通行。
魔王と呼ばれても何らおかしくない邪悪な顔をしていた。





。。。。。





「何なのよアイツはホントに! ホントにっ! 何なのよぉお!!」

「あーもぉうるさいわねぇ。ちょっとはじっとしてなさいよ」

「もともとアンタのせいなんだから! って言うかアイツ! いい訳くらいしろってのよ!」


わしゃわしゃとキュルケに頭を洗われながら怒りをあらわに。

昨夜はキュルケのところではなくタバサのところに止まったらしい一方通行。
確かにキュルケよりはマシだ。マシだが、自分が殺しかけた人物が床に伏せているのに様子くらい見に来たらどうなんだ、と今まで湧かなかった憤りがふつふつと湧いてくるのである。

そう、よく考えたら(よく考えなくてもだが)ルイズは一方通行に殺されかけているのだ。
背中のやけどだって治っていないのに、今まで一回もサボった事の無い授業にも出してもらえず、そして言う事が“今度は当たるのか?”である。


「力いっぱい蹴りを見舞ってやりたいわ……!」

「はぁ、あなたもよほど体育会系ね」

「……どう、この腹筋?」

「はいはい、細くて羨ましいわね」

「ウエストじゃなくて筋肉の事聞いてるのよ!」

「ん、んー……まぁ、それなり?」

「ち、ちくしょー……」


背中の火傷に泡が落ちないように気を使って洗ってくれているのか、キュルケの洗髪はやけにゆっくりで気持ちがよかった。

はぁ、と一つため息。
馬鹿な事を話しているが、もちろん頭は一方通行の事でいっぱいである。良くも悪くも。

別の世界から来たらしい彼は超能力者だった。
一番強くて、魔王で、反射する。
恐らく彼の能力と言うのはあの反射なのであろう。本当にエルフのような能力だ。

世界の事は話してくれたが、自分の事は一切教えてくれなかった。
もちろん会って一日で信頼しろとは言わないが、少しくらい話してくれても良いだろうに。


「あぁ、よく考えたら私もそんなに話してないか」

「何を?」

「……自分の事」


魔法が使えなくて、劣等生。家から追い出されるような形で入学して、未だゼロ。
キュルケの指が気持ちよくて、なんだかいらない事まで考えてしまう。

愛想を付かされてしまうだろうか。
自問。

恐らく無いだろう。そもそも彼は自分に愛着なんて無いはずだ。
自答。

ルイズは堪らなく欲しかった使い魔。
召喚に応えてくれた時はハグしてキスの雨でも降られてやってもいい気分だったのに、一方通行は違ったのだ。
訳も分からず召喚されて、でも自分の意志で戦って、それで、それで。


「……あいつ、何で私に付き合ってくれてるんだろ?」

「衣・食・住の確保とか?」

「そんなに可愛い性格じゃないと思うけど……」

「あんなに可愛い顔してるのにね」

「……顔はね。顔だけはね」


可愛いと言うよりも、美人だろう。羨ましくなるような綺麗な肌をしていた。
こっちは生傷だらけだと言うのに、使い魔は傷一つ無い。
別に卑屈になる事は無いのだが、ここでも一方通行のほうがご主人様のようだ。


「流すわよ~?」

「うん」

「もうちょっと頭下げて。背中にかかっちゃうわよ」

「うん」


言われて、キュルケの太腿に頭を落とした。
むっちりとした感触と妖艶な褐色の肌に、自分には無い『女』を感じてしまってさらに別の劣等感。腹が立つのである。


「……がぶッ!」

「痛っ! 何すんのよ!?」

「寄越せ! この肉を寄越せー!」

「いたたたたっ、ちょっと、コラ!!」

「怨めしい! 憎らしい!」


その後、ぎゃーぎゃー騒ぎながら全身を洗い終え(全部キュルケが洗った)、湯船には浸からずに足だけを浸からす。ちょっとした足湯である。


「……で、ホントにどうするのよ。あの使い魔君」


ぷかぷかと湯に浮いている乳に腹が立つも、今はちょっと真面目に聞いてきているらしい。
こちらも真面目に返答してやる義理は無いが、ちょっとだけ、ほんの少しだけは感謝しているのでまぁ答えなくもないか。


「……契約するわ」

「まぁそうなんでしょうけど、どうやって説得するのよ?」

「説得も何も、私はもともとご主人様よ……なんて言っちゃうとバチっとくるのよ、きっと」


おどけた調子でルイズが言うとキュルケはクスクス笑いながら“でしょうね”と。

ルイズは正直、今のままで使い魔として認められるのならそれでいい。契約にそれほどの拘りは無い。言う事を聞こうが聞くまいが、自分の世界に帰ろうがこっちにに残ろうがそれは一方通行の自由だ。

だがしかし、本当に面倒な事に己の留年がかかっている。

留年は本当にまずい。
魔法の成績がまったくよくないルイズが留年などすれば、ルイズの両親は間違いなく辞めろと言ってくる。実家には帰りたくない。姉達には会いたいけど、両親に会いたくない。嫌いではないが好きでもない。まったく好きではない。嫌いの一歩手前である。

留年自体は保留の状態だが、この話が両親に伝わる前に何とかしたい。
そのためには使い魔召喚の儀と、呼び出した使い魔との契約が必要で、その契約がなされていない以上するしかないのだが、相手が悪い。すっごく悪いのである。


「……命令はしないとか、自由にしていいとか、そんな事で契約に応じてくれるわけ無いのよね」

「言うだけ言ってみたら? ルーンを刻めなきゃどうしようもないじゃない」

「そうだけど……あんたはあのビリってくるのを食らってないからそんな事言えるのよ。ホントに、なんていったらいいのかしら、ふわふわ~っと魂抜けてるって言うか……“あ、死んじゃったかも”って、現実にそう思えちゃうのよ?」

「……想像できないわ、少なくとも私には」


でしょうよ、とため息をつきながらルイズは考えに耽ったが、結局いい案は出てきそうにはない。


(……はぁ。ま、ツェルプストーの言うとおり、聞いてみるだけならタダか)


己の近い未来に不安を感じながら湯に浮いている乳を蹴った。





。。。。。





「契約してくれない?」


広場で考え込んでいた一方通行は風呂から上がったルイズに部屋へと連れ込まれ、そして開口一番こう言われた。
何の契約かが分からない以上“ハイいいですよ”と言うはずがないのだが、なにやらルイズは妙にギクシャクしている。
恐らく一方通行にとって不利に働くような『契約』を持ち出そうとしているのだろうという空気を感じた。

一方通行はやけに豪奢なベッドや物珍しい暖炉などに目をやりながら適当に口を開く。


「契約……?」

「つ、使い魔の契約の事よ」

「わからねェな。俺はテメェに呼び出されてンだ、そりゃ使い魔じゃねェのか?」

「そうなんだけど……まだルーンは刻んでないの」

「ルーン?」

「そう、使い魔のルーン」


ルイズは続けた。
呼び出しただけでは本当の使い魔ではなく、『使い魔になる生物』に過ぎないのだと。契約を交わして初めて本物の使い魔と言える。
当たり前だが一方通行は契約は行っていない。よって厳密には一方通行は使い魔ではないのだ。
一応その契約とやらの内容をルイズに聞くが、それがまた何ともいえない。

主の目となり耳となり、その身を守る。

ざっくりと言うとこの程度。
薬草を見つけて来いといわれても一方通行には不可能。感覚を共有する事が出来るらしいが、それが人間に通用するのか分からない。そもそも人間を使い魔にすると言う事自体があり得ない。

出来る事といえば主の身を守る事だけだが、一方通行にその気がまったく無い。
死んだら“もったいない”とは思う。聞くところによると『虚無』は伝説らしいのでまた探すのも面倒臭そうなのも確か。だが、それでも一方通行の手は、足は、その肌に触れるベクトルは何かを守るようには出来ていないのだ。

いや、守る気が無いというよりも、不可能。
恐らくそっちの方が近いな、と脳内にとある幻想殺しを映し出しながら思った。
守って欲しいのなら、助けて欲しいのならそれに相応しい奴を呼べばよかったのだ。


(俺は、)


そう、彼は一方通行なのだ、何処までも。
何度でも言おう。彼は助けない。彼は救わない。ただ進むだけ。迷いがあろうが無かろうが、そこは先に進む道しか用意されていないのだ。


「えと、もちろん衣食住は保証するわ。それに他の使い魔みたく何か見つけて来いなんてのも言わないし……ダメ?」


可愛らしく小首を傾げながらルイズは言うが、


「ダメだな。契約っつーのはな、互いにメリットがあって成立すンだ。俺は獣じゃねェ。喰いモン程度でこの俺を動かす気かよ」

「で、でもっ、この契約にはあなたの生活がかかってるわ! こっちの世界の事何にも分からないんじゃ生きていけないじゃない」

「分かってねェな。この俺を動かすのに『生存』程度かってンだよ」

「わ、わ、わっわわ私のファーストキスがつい」

「ガキに興味はねェ」

「せめて最後まで言わせなさいよっ!! 大体私の何が不満なのよ。条件なんて、ただダラダラしてるだけでも生きていけるのよ?」

「不満もクソもねェ。俺の生き方はもう決まってンだ。契約とか意味のわからねェ横槍はいらねェンだよ」


6に成るまでだ。
ルイズの魔法が必要なのは一方通行が無敵になり、元の世界に帰るまでだけなのだ。
いや、もしかしたら『魔法』というものを『理解』してしまえばその必要すらも無くなるかもしれない。
そんな一方通行に契約は必要ない。したくもない。

不満気な顔を隠しもしないルイズを鼻で笑いながらベッドに腰掛け横になるが、何故かやけに砂が乗ってじゃりじゃりとしていたので一度シーツをめくりソレを全て床に叩き落とした。
女臭さに一瞬顔をしかめたものの、よほどいいベッドなのだろう。文明は一方通行がいた時代と比べて大分遅れているはずなのだが、それはそれは『良い物』だと感じてしまった。一方通行が使っていた、眠れればいいだけのものとは違う。


「……それ、分かってるとは思うけど、私のベッドよね?」

「そうか」


再度ベッドに横になる。
ふかふかとしたマットレス。程よく身体は沈み込み、腰が痛くなる心配なんてなさそうだ。


「つ、使い魔が、ご主人様のベッドに、ね、ねね寝るかしら……?」

「テメェの目の前にある現実はどうだ?」


目も合わさずに一方通行は枕を手繰り寄せ頭を落としたが一瞬後にまたも顔をしかめ、くれてやるとばかりにルイズに放り投げた。ルイズの足元に落ちた枕はぽとり、と虚しい音を。
そして、


「俺は寝る」

「……信じらんない……信じらんない!」


鼓膜の振動を反射設定。
目を閉じる寸前まで騒いでいるルイズが見えるが、閉じてしまえばもう何もない。
音は無い。静寂とはまた違う、本物の無音。

疲れているようだ。すぐに睡魔が襲ってきた。
今日は計算を沢山した。反射を沢山した。脳が休みたがっている。

そして一方通行は眠りに落ちる。
己の反射に絶対の自信があるから。先ほどの『訳の分からないもの』も反射設定にしているから。

目を覚ますときに何があるかなんて、それは誰にも分からない。ことも無い。かもしれない。





。。。。。





寝た。
ぐっすりと眠っている。まつげをちょいちょいと触っても起きなかった。
ベッドから叩き落そうと殴ったら自分の拳から嫌な音がしたのだが。


「ヤっちゃおうかしら……」


ぶるぶると拳を震わせながら、ポツリと呟いた。

寝ているところを無理やり、というのはルイズも躊躇した。葛藤の最中である。
だが、この使い魔の態度は駄目だ。本当の本当に駄目なのだ。
何に腹が立つのか分かっているくせに、そこを的確についてくるのだ、一方通行は。ようは舐められているのである。己の使い魔に。

確かにご主人様らしいことはしていない。していないが、それでもルイズはご主人様なのだ。

ぺろり、と舌先で唇を湿らせた。


「そう、そうよね、私、ご主人様だし……何かやらせるわけでもないし、自由にしていいよって言えば流石に殺されたりは……」


ルイズにいつもの判断力があれば間違いなく愚考だと自分に言い聞かせる所だったろう。それは馬鹿な行いだと。一度殺されかけたのを忘れているのかと。
しかし今の彼女は怒り心頭で、悩み抜いている頭は重たくなっているし、目の前に使い魔になってくれる生物はすっかり眠ってしまっているのだ。
気分は『待て』と命じられた犬である。食べちゃいたいのである。

そこまで考えて、もう自分は止まれない所まで来ている事を知った。

はぁ、と今度は熱い吐息を。
心臓が高鳴っている。耳元で大きく、どくどくどく……。

欲が湧いてしまっている。
あれほど憧れて、追いかけ続けた『メイジ』になれる。形だけでもメイジになれるのだ。

使い魔が欲しい。


「……お願い……お願い……」


起きないで、と願った。
成功して、と祈った。

唇を舐める。

ゆぅっくりと呪文を紡いだ。呟きながら、一方通行の綺麗な寝顔へと近付いていく。
ルイズの唇と一方通行のそれは次第に距離を短く、短く。吐息の触れる距離。僅かに開いている一方通行の赤い唇からは規則正しい息遣いと、のぞく舌。

目を瞑った。


(使い魔……。使い魔を、私も……)


もう、触れてしまいそうだった。

使い魔。

出来る。

寝てる。

メイジに、なれ……る。

そしてルイズは、


「~~~っ!! やっぱダメぇぇえええ!!!」


ごちっ!
ベッドの縁にしこたま頭突きをかました。ごつ、ごつ、と鈍い音。額は痛いがこれは自分への戒めである。


(馬鹿か! 馬鹿か! 私は変態かっ!!)


ぴゅっと一吹き血が出たところでそれをやめ、身を投げ出すようにベッドに寝転んだ。
純白のシーツで適当に額の止血をし、隣の一方通行の方を体ごと振り向き、その頬をつつく。


「寝顔に騙されるとこだったわ。そうよ、コイツは危険な奴なの。知らないうちに使い魔なんて、ホントに殺されちゃう!」


ああ恐ろしい、と身震いしながら、そして笑った。
どうやら自分は魔法の才の変わりに貴族の誇りが存分に詰まっているようだ。卑怯な手は使わず正々堂々と行こう。どんなに時間がかかってもいい。もう留年だっていいじゃないか。一方通行を説得する時間だと考えよう。親が帰って来いと言ったら一方通行を差し向けてやる。


「あ~もう恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だわ。な~にが使い魔と成せ、よ……」


ふにふにとキメが細やかで柔らかい頬と突付く。
むづがる一方通行がちょっと可愛い。


「殴ったら硬いくせに、触ると柔らかいのね」


ルイズは一方通行の能力を完全には理解していない。一方通行が一定以上の力だけ反射設定している事を知らないのだ。
初めてまともに触れる一方通行は、その寝顔は起きている時とは一転して、まさに天の使いのよう。
もしかしたら見納めかもしれないと思いながら一度だけため息をつき、それに色んなものを込めて吐き出した。


(これから頑張ればいいじゃない。そう、これまでだってゼロって言われ続けてきたんだから、召喚が出来ただけでも大きな一歩よ)


ルイズは少しだけ自嘲気味に笑み、後、不意に一方通行が寝返りを打った。


「は、むっう……?」


視界に一方通行が広がって、至近で頬をつついていたルイズの小さな身体は見事に巻き込まれ、


「ん、ん~?」


理解が追いつかないうちに唇は重なっていた。
気付き、ぞわりと背筋が熱くなる感覚。

私、死んだ。

憶えのある感覚だったのだ。一度だけ、ごく最近に。
一方通行を召喚した時にもこの感覚はあった。魔法の成功感。先ほどの使い魔契約の魔法。呟いた呪文。その効力が切れていなかった。
中断の方法など知らない。と言うよりも多分存在しない。

重なり合う唇から魔力(?)とでも呼べばいいのか、何らかの力が一方通行のほうへ流れ込んでいくのが分かり、


(やば、いっ!)


急いで離れようとする前に、


「おん?」


そのこと如くが自分に返ってきた。そんな気がした。


「はぁ……?」


帰ってきたのだ、確かに。

考えてみれば一方通行の能力は『反射』だ。教員コルベールの魔法も跳ね返していた。ルイズ程度の魔法じゃ寝ていても反射できる。そういうことだろう。
腹立たしいのとほっとするのが同時にやってきて、何ともいえない気分。
これは要するに、一方通行を使い魔にするには説得しか道が無いというわけだ。いや、そうするつもりだったが、この事故で使い魔になっててもそれはそれでラッキーだったのかもしれない。


「いや、いやいや、何考えてるのよ。正々堂々。さっき誓ったばっかりじゃなっ熱、あちちち!! なんじゃあ!?」


突如として襲ってきた左手の熱。燃えているかと思うほどに熱かった。
燃えるのは若干のトラウマになっているので勘弁してもらいたいルイズだが、左手の熱は炎ではない。何か光っている。ああ、まさか、そんなバカな話があるものか。

ゆっくりと、徐々に収まっていく熱と光。
ふぅふぅと息を吹きかけながらのぞくと、そこにはしっかりとルーンが刻まれていた。

使い魔のルーン。


「……どこまで不幸……っ、なんっで、なのよぉお!! ふえ、ぅえっ、誰か助けてぇぇえええ!! しえすた! しえすたぁ!!」


恥も外聞もなく、この日ルイズは全力で啼いた。







[6318] 07
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 16:58




はてさて何故だか自分に使い魔のルーンが刻まれてしまったルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだが、どんなに叩こうがどんなに騒ごうがどんなに泣こうが一向に起きる気配すら見せない一方通行に怒りを通り越して、最早その寝顔に何かの神々しさすら感じ始めているのである。


「すごい……すごいわ。ゼロが使い魔なんて、タイトル変わっちゃうじゃない。うふふ……」


常人には見えないお花畑を眺めながらルイズは静かに呟いた。
使い魔のルーンが出てしまったのだ。自分に。間違いなく、この左手の甲に。
あひぃ、と何か分からないため息をつき、どうしたものかと思案するも、どう考えても自分でどうこう出来る問題ではない。素直に頭を下げて誰かに相談するしかないのだが、一体誰がこの解決法を知っているだろうか。
断言できる。使い魔のルーンを自身に刻む事の出来た魔法使いは有史以来、己だけだ。


(……ていうか、んな無駄な事誰もしないっての……)


取り合えず落ち着くために腕立て伏せをはじめ、カウント50までいった所で汗を拭いた。
どうしようかとまたも頭を悩ませ、そこで部屋の扉がノックノック。


「……はぁい?」

「あの、シエスタです」

「!」


主人の車の音が聞こえた犬のよう。
ルイズはピクンと反応し、狭い部屋を走って扉に近づくと、全力をもって開け放った。
ごつ、とか、がち、とかなにやら硬い音がしたがまったくもって気にしない。
額を押さえたシエスタは少し涙目になりながらもしっかりと微笑んでそこにいてくれた。
視界に入れた瞬間に今までのほの暗かった気持ちは吹き飛んで行き、そこには本物のお花畑が見えたようで、そしてシエスタが天使に見えた。己の召喚した凶悪な奴じゃなくて、絶対に慈愛とか、癒しとか、何かその辺の。


「しえ、しぇ……っ!」

「はい」

「っしぇすッたぁ!!」

「シエスタですよ、ルイズさん」


平民に抱きつき、涙と鼻水を存分に擦り付けるルイズは一応貴族である。
二人きりの時だけ“ルイズさん”と呼んでくれる彼女には、この時ばかりは本当に下の姉を超えるほどに癒された。ぐずぐずと涙を流す細い身体を抱きしめられ、ぽんぽんとあやすように背中を叩かれる。


「もう、もう訳わかんないよぉ……」

「大丈夫。大丈夫ですよ、ルイズさん」


これがシエスタの魔法であった。
何故か落ち着いてしまうその言葉。大丈夫、と言い方を変えればただ無責任なだけとも思える言葉だが、シエスタが言うとそれは魔法に変わる。
ルイズは何度となくこの言葉に救われてきた。ルイズに嫌なことがあると何故かそれを敏感に察知する彼女。シエスタの“大丈夫”を聞くのは何度目だろうか。


「さぁ、ルイズさん。ルイズさんは立派な貴族様なんですから、ゆっくり涙を拭きましょう。ゆっくりゆっくり、一歩一歩、今までそうやって努力されて、遂には魔法に成功されたではないですか。これからだって何も変わりません。分からない事だって、ゆっくり解決していきましょう」

「……うん……うんっ」


鼻をすすりながら、そこから十分ほど抱きついたままで。





07/『パニック・グラモン』





「あン?」

「だから私が使い魔になっちゃったの!」

「あァ、それがどうかしたのか?」

「どうもこうもないわっ! 使い魔のあんたにルーン刻もうとしたら跳ね返ってきたのよ! どうなってんのよあんた!」


その前に寝ている間に使い魔のルーンとやらを刻もうとしたお前の頭はどうなっている、と問いたい一方通行であるが、非常にやかましいルイズの後ろからとんでもなく剣呑な眼差しをしているメイドがいるのだ。

正直に言おう。苦手なタイプだ。
恐らくあのメイドは命を掛ける。今、一方通行が手を伸ばしルイズを黙らせようものなら、ルイズを助けるためなら、その命を掛ける事が出来る人種だ。
『最弱』を筆頭に、一方通行はその手のタイプの人間が苦手だった。嫌いと言い換えてもいい。なぜならそういった存在は理解の範疇に無いから。
明らかな居心地の悪さを感じ、騒ぐルイズを前にしてため息をつく。


「自業自得って言葉……知ってるか?」

「知ってるし今まさに体感してるわ! その通りよ、自業自得よ! でもねぇ、それだけじゃ納得できないトコまで来てんの!」

(……開き直りやがった……)


とてもじゃないがお話にならない。すごいとさえ思ってしまった。最強の一方通行ですらこうは生きられない。珍しい事に一方通行がきょとん、と目を丸くしてしまうほどである。学園都市の誰かが見たらそれだけで大事件なのではないだろうか。


「な、なによ、そんな可愛い顔しても許してやらなっ……じゃない! 違う違う、うん。許す許さないじゃないわ。これは自業自得なの。そう、悪いのは私だから、だから謝るわ、ごめんなさい。
 ……で・も! きっとあんたも、シロも悪いわ! 『反射』の事、もっとちゃんと説明しててくれたらあんな邪な思いを抱きはしなかったのよ! 反則にも程がある、あんなの!」


確かに説明は不十分だったかもしれない。
しかし、体表に感じるベクトルをあーだこーだと説明した所で理解は出来ないだろうと思い(あとかなりの面倒くささがあったので)説明しなかっただけだ。
善意(?)で説明を省いたのに、それでここまで言われるのはとてもとてもオンコーな一方通行も腹が立ってくる。
自分では自業自得と言っているが、本当はそう思っていないのではないだろうか。
恐らく何らかの正当性のようなものが欲しくて口にしているだけで、その本心は分からない。


「ちょっと、聞いて───」


振動反射。音は消えた。

『無敵』に成るまでの付き合いだが、もつかどうかが真剣に危うくなってきた。もしかしたら我慢できないかもしれない。もしかしたら人殺しの血が騒いでしまうかもしれない。
気に入らないと思って、殺す事が出来るだろうか。今まで殺してきた人間たちは、それは気に入らなかったから殺したのだったか。
違う。目的があり、その無敵にたどり着くには殺すのが一番だったから。存在自体は気に入るとか、気に入らないとかそういうものですらなかった。

ふと、思った。
そういえば気に入らないと思って殺しをやったのはいつだろう。
思えば随分と昔の話のような、まだ力の制御も上手くない、随分と子供の時以来か。
殺そうと思って殺してきたのだから殺人には違いないが、もっと、わがままに殺したのはいつだったろうか。

目の前で身振り手振りを加えて、そして大声で話しているであろうルイズ。
殺したいかと問われれば、それには否と答える。
殺したい殺したくないではなく、これは、


(どうでもいい)


かち、と何かがはまったような感覚。答えはこれか、と。

絶対能力を手にするまでは一緒に居よう。『虚無』という魔法特性が伝説と言われるほどに少ないのなら、ここで手放すのはもったいない。帰還の事もある。
しかしそこから先はどうでもいい。
何処で死のうが、どうやって死のうが、誰かに殺されようが、自殺しようが、それは自分に関係の無い事だ。
一方通行にとってルイズの価値は6と帰還にだけある。

うん、と自分自身納得。
そしてもう一度ルイズに目を向け音を復活させた。


「───なのっ! 分かった!?」

「おい」

「なにっ!?」

「風呂に入りてェ」

「舐めとんのか!」


くっく、と咽喉を震わせる一方通行は変わらず冷めた目をしていた。





。。。。。





そしてルイズはほかほかと湯気の立つ一方通行をつれて学院長室を訪れた。
正直、もうどうしようもない。ルーンの事などさっぱり分からないし、反射された事例も一度だった聞いた事が無い。
しかし、ここの学院長ならどうだろうか。もしかしたら何か解決法を知っているかもしれない。百とか二百とか適当な歳のとり方をしている老人だ。
もしかしたら、とルイズは藁をも掴む思いで学院長室の扉をノックしようとし、すると一方通行は無言のままノックも無いまま扉を開けて
、まるで自分の部屋のような気軽さで侵入。


「ちょ!」


ルイズは余りの事に咎める事すら忘れて右手を伸ばしただけに終わった。
室内にいる秘書と思しき人物が非難の目を浴びせてくるが一方通行はなんのその。つかつかと足音高く学院長の机の前に椅子を移動させると、どかりと座り込み足を上げ机の上へと。面白そうに目を細めるオスマンの気が知れない。

頭には退学の二文字が。
厳密には違うのだが、己の使い魔が学院長に対しまさか、こんな態度をとろうとは。いや、多少の失礼は覚悟の内だったが、まさかここまでとは思わなかった。
言い訳も思いつかず、あ、う、と謎の言葉を話してしまうわけだが、とにかく謝らなければなるまい。そうだ、どう考えても。


「……ミス・ヴァリエール」


心臓が掴まれた思いだった。
声の主は学院長、ではなく秘書。


「は、はひぃ……」

「貴女は、使い魔をここまで自由に?」

「いえ、あの、こ、この使い魔は、すこし特殊でして、人間でして……」

「特殊なのも人間なのも見れば分かります。私が言っているのは───」

「ほっほ、よいよい。この若人はアクセラレータ君と言っての、わしの友人なんじゃ」


流石にそれは苦しいぞ、と突っ込みかけたのを何とかこらえ、そして一方通行を見ればだらりとこれでもかと言うほどにだらけていた。


「わし等は少し話がある。ミス、少しだけ散歩でもしてきてくれんかの?」

「……はい」


オスマンに言われ、秘書はその鋭い目でルイズをまじまじと眺めながらも部屋外へ。
扉が閉まる音と離れていく足音に安心を感じ、ゆっくりと息をついた。

ミス・ロングビル。物凄い秘書だ。
雰囲気が語っているが、怒った彼女はなんだか堅気の人間が出せないものを放っている気がする。
美人という言葉がぴたりと当てはまる彼女は、無表情で居るとやや目つきが鋭い。眼鏡の奥にあるその目で睨まれるとどうしても捕食される側になってしまうのである。
ルイズはその目をさらりと流してしまう一方通行を改めて人外だと思い、助けてくれたオスマンに深い感謝を。


「申し訳ありません、学院長」

「良い。それに実はわしにも謝る事があっての」

「はい?」

「覗いておったのじゃ、主らの事を」

「それは、その……シロ、じゃなくて、アクセラレータを?」

「……悪いとは思ったんじゃが、まぁ仕方のない事だろうて。大暴れじゃったからなぁ、のう?」

「っハ、あの程度でかァ?」


けらけらと笑いあう二人。
オスマンはさほどでもないが、一方通行は明らかにその腹を探っているような眼差しだった。

はらはら、どきどき。ルイズの心臓はもうもたない所まで来ている。
余りにも礼儀知らず過ぎる。いくら別の世界から来ていても、年上でしかも学院長だと教えたのだ。それにも拘らず一方通行は敬語どころか、その態度はついさっきまでルイズと話していた時と何ら変わる事なく、まさしくフリーダム。世間知らずな若者を気取っているのではなく、自由人。


「自由か!」

「?」

「ミス・ヴァリエール、確かに彼の自由は約束しておるが……?」

「あ、いえ、違うんです。えと、それで……」

「おお、そうじゃ、謝ろう。ミス・ヴァリエール、君等を覗いておった事は真に申し訳ない」

「いえ、アクセラレータが暴れたのは知っているので、それは当然の事かと思います」

「ん。ミスの寛大な心に感謝を。
 ……それでの、ちょっと言わせて貰えば、いくら乳やら太腿やらに噛み付こうが、己のは育たん。よぉく憶えておくといい」


入・浴!


「……」

「じじいの道楽じゃよ?」

「……は、い。ええ、そうですね。そう……いくら、噛み付いても、自分のものには、なりません……っ」


いけない。決して怒ってはいけない。
犬にかまれたと思えばいい。豚に裸を見られたと思えばいい。何年生きているかも分からないような老人だ。彼の言うとおり、本当に道楽のようなものにちょこっとだけ巻き込まれたと思えば、大丈夫、我慢できる。

ルイズは震える咽喉と手を根性で押さえ、随分と遠回りをしたが、何とか平常心を保ったまま本題へと入った。


「オールド・オスマン、私、自分に使い魔のルーンが出てしまったのですが……」

「ふむ」

「アクセラレータの『反射』に跳ね返されちゃって……」

「うむ」

「解除の方法、あります?」

「……」

「学院長?」

「……見慣れぬルーンじゃの……」


ルイズの質問には答えず、その左手を見ながら呟くようにオスマンは口を動かした。思案をめぐらせているその表情は迂闊に話しかけるのも躊躇うほど。

ルイズはルーンのスケッチを始めたオスマンをただ待ち、暇をしている一方通行はすこしだけニヤついている。
彼がなにを考えているのかは分からないが、どうせ碌な事はしないに決まっている。だって、一方通行が召喚されてからというもの、ルイズには不幸しか訪れていない。
また何かやらかす気か、と少しだけ緊張感を高めたルイズだが、止める間もなく一方通行は加速。


「こいつ、『虚無』だぜ」

「……はぁ、何言ってんのよ。いいの、そういうのは。部屋に帰ったらちゃんと聞いてあげるから」


思わずため息が出てしまった。
なにを言うのかと思えば、まさかここで虚無の話とは思わなかったのだ。
ルイズは思う。一方通行の言うとおり、もし自分が伝説の虚無であったなら、まさか使い魔との契約に失敗する筈が無いであろうと。

この馬鹿の言う事は信じないで下さいね、と口に出すのは怖いので視線に乗せてオスマンへ。


「……なるほどのう」

「納得!? え、納得!?」

「なんで二回言うんじゃ」

「あ、いえ、まさか学院長がこんな話し信じるなんて思わず、その、すみません」

「メイジは己の力量に合った使い魔を召喚するもんじゃ。ミスが虚無だとするなら、まぁ分からんでもない」


オスマンがにやにやしながら一方通行に視線を送った。
使い魔を見よ、との格言通り使い魔のレベルを見れば自ずとその主人の実力も分かるもの。
一方通行を召喚して見せたルイズがただの無能者のはずが無いのだ。


「ンなモンただの消去法だろうが。コイツに聞きゃ、貴族ってのはレベルの違いがあろうと誰だって使えンだろ。そンで失敗で爆発起こすような例も自分だけっつってたな。系統ってのが5種類あるとして、土・水・火・風の四大元素以外の『最も小さき粒』を操るってのは『虚無』以外ありえねェだろうが。ちったァその足りねェ頭働かせて考えてみろ。そこらのガキにも分かるような簡単な問題だ。この世界で生きてきたテメェ等が何でその答えに気が付かねェのか不思議でならねェよ」


そこまで言うと一方通行は足を組み替え、両手を組んだ。態度と視線に心底馬鹿にしています、と出ている。

己の使い魔の言い分は、まぁ分らないでもないが、違う。ルイズ達はこの世界で生きてきたからこそその事に気付かなかったのだ。
例えばルイズが“私は虚無だ”と誰かに言ったところで、それは笑われるだけに終わる。思う存分馬鹿にされて、そこまでで終る。現実に魔法は使えないし、虚無を感じた事も無い。
説明はちゃんと聞いてたんだな、とその事をきちんと憶えている一方通行に舌を捲きながらも、やはり自分が虚無だと言う事は信じられない。


「ゼロか」

「学院長……?」

「ミス、君は随分と洒落た二つ名を付けられたもんじゃな」

「ほ、本当に信じてるんですか? こいつはこの世界に来てほんの一日しか経っていないんですよ?」

「この世界、かね?」

「そうです! このアクセラレータは違う世界から来たんですもの! こいつの本当の世界はチキューって言うところで、ウチュウって言うところに浮いてる星で、そこにはジンコーエイセーって言う、天気や時間を百発百中で当てる物まであるそうです!」

「……と、ミスは言っておられるが?」

「まァ、だいたい当たってらァ。くく、証拠が何一つねェのが悔やまれる、ってな」

「ふむ。参考までに聞くが、そこに住む者は皆『反射』が使えるのかね?」

「さァな。似たような事出来るヤツはいるだろうが、俺の『反射』を真似できるやつは中々いねェだろ」


クローンでも作ってなけりゃな、と一方通行は皮肉気に笑った。
ルイズは一瞬、ほんの一瞬だが一方通行に陰りが見えたような気がした。
傲岸不遜を絵にかいた様な人物だが、元の世界の事は(特に自分の事)は語りたがらない。何か自慢の一つでもしてくると思っていたのだが、そこに見えたのはなんだったろうか。
悲しみではない。
怒りでもない。
喜びでもない。
絶対に見た事のある感情のはずだが、あの目の色はなんだったろうか。


「ミス・ヴァリエール」

「あ、はい」

「まだわしも確信があるわけではない。虚無の事は伏せておきたまえ」

「ええまぁ、私自身信じていませんので」

「それとルーンの事じゃが、これはわし等で調べてみる。解除の方法も一緒にの」

「……ありがとうございます」


とは言うものの、やはり自分の左手に刻まれたルーンを現時点で消す方法は無いようである。若干の気落ちをしながら小さくため息をついた。


「それとの」

「はい……?」

「進級、おめでとう」

「お? ……い、いいんですか? 使い魔じゃなくて、私に出てますけど、ルーン!」

「よい。言い換えれば、彼の能力が無ければきちんと刻む事が出来とったということじゃ。それに、ミスは貴族の誇りを存分にもっておるようじゃ。あの時引き返す事が出来た。己の利己心だけに囚われず、相手を慮る事が出来、最近の貴族が忘れがちな事をミスはしっかりと分っておる」

「……やっっったぁああ!!」


この喜びはどう表現したものだろうか。
一旦落とされてからのこの喜び。学院長も人が悪いなぁ、とルイズはオスマンの髭を撫で撫で。
ふぉっふぉと笑うオスマンと変わらずダルそうな一方通行を置いて部屋を飛び出ていった。後ろ手に扉を閉め、走りながら失礼します、と大声で。
進級確定である。授業にだって出ていい。誰かに自慢せねばなるまい。誰がいいだろうか。といってもルイズの話を聞いてくれる人物など決まっていて、


「しっえっすったぁあああああ!!!」


ルイズは廊下をブーンしながら走り去っていった。





「……随分甘ェンだな」

「良心的じゃろう?」

「ッハ、言ってろよ」

「それで、ものは相談なんじゃが……」





。。。。。





バキリ。
明らかに何かを踏み潰した感触だった。
そういえば朝方にもこんな事があった。あの時はなにを潰したのだろうか。

舌打ち一つ。
潰したものは足元を確かめるまでも無くその正体がわかった。香水だ。強烈に香るそれは少量ならいい香りなのだろう。一方通行の好きなブランドのものと少しだけ似た匂い。しかし、瓶一本を丸々と潰してしまっているのだ。割と高額だったジーンズにもかかったようで、


「……クセェ!」


砕けた瓶を廊下の隅に荒々しく蹴飛ばした。
今は若干腹が立っているのである。
短気は損気と言うが、それはまさか運自体が悪くなるのか、と馬鹿な事を考えながらルイズを探す。

先ほどオスマンが相談といってもちかけてきたのは、一言で言えば『ルイズを守れ』である。
当然、“その気はねェ”と突っぱねたのだが、老人はその代わりに帰還の方法を探すと言う。一方通行としては帰還の方法はルイズが握っているものだと考えているので当然断った。
だが、虚無と言うのは一方通行が考えていたものより厄介らしい。今、この世界の情勢は危うい均衡の上に立っており、虚無の存在が見つかれば戦争に繋がるものであるらしい。当然、虚無の担い手であるルイズもそれに参戦するだろうと。

それがどうした。

よほどそう言ってやりたかったのだが、『理解』も『帰還』も何もないうちに死なれるのは流石に困る。


『そうなったら困るじゃろ? 困るじゃろ? じゃから守ってやってくれぃ。なぁに、君がその背中に彼女を置いておけば死にはせんじゃろ? あ、なんじゃその目は。この世界にはわし位の地位が無いと入る事が出来ん場所が沢山あるんじゃがのう。そこにはもしかしたら違う世界の事や虚無の魔法の事が沢山あるかも知れんのじゃが、ここでわしが死んだら大変じゃな。もうお主はもと居った世界に帰る事は出来んのう。ん、ん? そうじゃろ? そうじゃよ』


思い出しただけでムカムカしてくる。
何よりこっちの事を知っていますといったあの態度が腹立たしい。
老人は生体電流を軽く乱しただけでもポックリ逝く可能性があるので伸ばした右手は行き場をなくし、机を強かに殴りつけただけに終わった(その後羽ペンが老人の眉間に刺さった)。

ルイズを探さなければならない。
彼女が死んでいいのは、最低でも一方通行を元の世界に帰してからだ。脅しすかし、これでもかと言うほどに虚無の事を口止めしよう。まぁ、一応オスマンにも口止めはされている。しかもルイズ自身が虚無である事を信じていないのでそれほど急ぐ必要も無いが、やはり最善は尽くすものだろう。

そして一方通行は廊下を早足に歩くのだが、そのときの周囲の視線がまた彼を苛立たせる。
もう授業は終わったのか、それとも休み時間というやつか。進む先進む先に貴族達は居る。視線自体は学園都市に居た時からなので慣れたものだが、その中身が違う。
学園都市に居た時は畏怖がその殆んどだった。皆一方通行を恐れ、そして馬鹿なやつは尊敬した。
しかしここでの視線の意味は違い、それは嘲笑なのだ。
未だに一方通行の危険性に気が付いていない貴族は大勢いる。当然、一方通行の戦闘を見たのは一つのクラスだけであるし、殆んどは『ゼロの使い魔』としての認識。

ゼロに召喚された無能のエルフ。
これが実しやかに流れる噂である。
他人からどう思われようと余り気にしない一方通行だが、流石に八つ当たりしてしまいそうだ。

イライラが頂点に達そうとしているのを、何故気付かない?
最も強いのがこの俺だと、どうして分からない?

足元からは強烈に芳醇な匂いが漂ってくる。
人を小ばかにした態度の老人からは無理難題を突きつけられる。
そしてルイズを探せば何処に居るのか見当も付かない(自室にも居なかった)。

そして、


「何故君がその香水をつけている! それは僕がモンモランシーから貰った―――」


付けた訳ではなく踏み潰したのであってモンモランシーと言う人物も見当に無いほか今話しかけてきている金髪にも興味は無い。
どう考えても、一方通行の歩みを止めるには不十分だった。


「邪魔だ」


出来るだけ普通に返した。
恨みがあるわけでもない。殺したいわけでもない。ストレスは溜まっているが、それをそのまま破壊に費やすほど一方通行は子供ではない。と、自分では思っている。


「貴族に向かって……! 君はエルフじゃない、そうじゃないのかね?」

「あァそーだな」

「やっぱり! どんな手品を使ったのか知らないが、僕の魔法はコルベール先生のようにはいかないぞ!!」

「そォかい」

「っ、平民め、僕は貴族だぞ!」

「そうでゴザイマスカ」


進む一方通行。後から付いてきてあーだこーだと文句を飛ばしてくる金髪の少年。

一方通行は知るよしもないが、金髪の少年、ギーシュは『青銅』の二つ名を持つメイジである。
プレイボーイを自称している彼としては、手をつけた女の匂いが自分とは別の男からするのはとても腹が立つことであり、尚且つそれが所謂『本命』であるから余計に。

さらに、先日の戦闘を見ていたギーシュには少しだけの余裕があった。
身体的な特徴からエルフではないと始めから思っていたが、それは的中。そして『反射』だが、ギーシュの得意としている魔法はゴーレムを操作する事。
『物体』を操作する以上、コルベールの炎のようにその操作権を奪われ、そのまま魔法を反射される事は考えられなかった。

だから彼は強気に出る。
本当は多少腰も引けているが、女の子に良いトコ見せたいのである。今まさに周囲の注目を浴びているが、チョーキモチーなのである。


「待て、止まれ! 侮辱罪で極刑にも出来るんだぞ!!」


それを聞いて一方通行の歩みは止まった。


「……極刑?」

「そ、そうだっ。平民は貴族を侮辱してはならない、敬わなければならないんだ!」

「俺を殺すってか?」

「そうさ! またルイズはゼロに逆もど───」


逆戻りだな。
恐らく彼はそこまで言おうとしたのだろう。
ちょうど、り、と口を動かそうとした所、不自然な形で、少しだけ歯を食いしばったような形で言葉を発しようとした時、その時三階にいたのだが、不幸な事に彼の横には窓があった。

ゴキッ!と一方通行は全て計算ずくでギーシュを殴った。
能力を使わず何かを殴るという行為に不思議な感覚を抱きながら、顎を狙ったその拳はややずれて頬の辺りに。
奇妙な顔のままよたついたギーシュは開け放たれている窓に近付いたが、もともと非力な一方通行の拳打ではその体を落とすことはできず、


「おらよ」


足を踏み鳴らせば石造りの建物のその壁、窓の枠ごとガポリ、と巨大な何かに食われたかのようにすっ飛んでいった。


「は、お……?」


身体を支えようとしたそこには何もなく、ギーシュはまるで出来の悪いコントでもやっているかのよう。すぅ、と音も無く落ちていくのである。
周囲の貴族連中もあまりの事に呆気に取られ、その中で唯一動いたのはもちろん一方通行だった。
自然に、まるで階段を一段降りていくように壊れた廊下から外へと飛び降りる。手をポケットに突っ込んだまま、ずしんと鈍い音を立てて着地。身体にかかるベクトルはもちろん反射。

ギーシュも何とか魔法を使って着地に成功したようで、落下による怪我は無いように見える。何か呆然とした顔で一方通行を眺め、パクパクと金魚のように口を動かしていた。
その表情は予想を超えて面白く、一方通行は自身の口角が自然と吊り上がるのを感じた。


「くく、言わねェのかよ、“親父にも殴られた事無いのに”ってよォ」

「こ、ここ、こっ!」

「鶏でもやってンのか? トサカ立てろよ、もうちょっとはマシにならァ」

「こっ、後悔させてやる!!」


瞬間、右手に持っていた杖(?)をギーシュは振った。妙な、不思議な形をした杖は先端に薔薇の意匠が施されており、その一枚散るようにその魔法は発現する。
花びらの一枚は地面に付くやその姿を変え、周りの土を取り込み青銅へ。姿かたちを変えるソレはやや女性らしいフォルムをした甲冑に成った。


「僕はギーシュ・ド・グラモン、『青銅』のギーシュだ! 貴族の顔を殴ったんだ、覚悟は出来ているんだろう!?」

「ワリィ。生まれてこのかた一度たりともした事ねェンだ、カクゴ」

「こ、のっ! そうやって死ぬか、平民っ!!」


裂帛の気合と共に、青銅の戦乙女は駆け出した。武装は何もしていない。素手、と言うのもおかしな話だが、その手はただ拳を握っているだけである。

そしてこの戦乙女だが、一方通行にとってはただの石を投げられたのと同じ事である。一定以上の速度と力を持った物体は、最早無意識下で張っている『反射』に妨げられる。
当然それはいくら魔法の力で動こうが、それが青銅(笑)で出来ていようがまったくもって関係なかった。

がっちゃがっちゃと関節を鳴らして迫る戦乙女に対し一方通行はハンドポケットのまま。迎え撃つだけ馬鹿だ。
ふぁ、と欠伸を噛み殺した時、その拳は確かな速度と力をもって一方通行の顔面に吸い込まれた。

木の幹を叩き折った様な、嫌な音。
勿論、戦乙女の腕から。


「……せめて鉄くらい作れねェのか、『青銅』のギーシュさんよォ?」


ぐしゃぐしゃに潰れ果てた戦乙女の腕を毟り取り、まじまじと観察。
確か、『練成』とか『錬金』とか云われる魔法だと確認した。
甲冑の中身は空で、空洞が広がっているのみ。しかしその甲冑は精巧に作られており、人間が着たのならそこそこ出来のよさそうなものだ。
ただ突っ込ませるだけなら何もこんなに複雑な構造のものを作らずとも、適当な形でいいだろうに。
一方通行は退屈そうに解体を続け、その顔面にあたる部分を片手でいとも簡単に潰した。


「……あれ?」

「よォ、御貴族様。聞きてェンだが、まさかこの程度で俺に喧嘩売ったわけじゃねェよな?」

「えと……は、反射って……え?」

「あァ、テメェ俺の反射が『物体』には通じねェとでも思ったわけか? 魔法だけを弾くって」


呆れた様に一方通行は息をつき、


「死ぬのか?」

「っ、あ、そのっ」


底冷えするような声だった。思わず耳を塞ぎたくなるような。その視線だけで人が殺せる。睨まれれば絶対に普通ではいられなくなる。
そう思わせるだけの雰囲気が、一方通行からは出ている。

ここまで馬鹿だとは思わなかったのだ。
余りにもお気楽すぎやしないか。

一方通行を殺すとまで言ったのだ。『反射』の一方通行に。
許されざる事だ。
だって、マイナスを貰ったら跳ね返すしかないじゃないか。今までそうして生きてきて、今更どうやって生き方を変えられる?
ヒントはこれまでに沢山あったろうに。
反射するのだ、一方通行は。殴られれば反射する。害意を貰えば反射する。敵意を向けられれば反射する。
勿論、殺すと威を向けられれば、


「───殺すぞッ、クソガキがァ!!」


一歩、大きく歩を進めた。本当に殺すつもりで一方通行は前に出た。

一方通行が冗談では無く殺すつもりで来ていると分ったのだろう。ぎゃあ、と叫びギーシュは杖を振った。
漸くになって分ったのだ、一方通行の危険性が。彼は『反射』した。馬鹿丁寧に反射したのだ。『反射』は彼の能力ではない。彼の生き方そのものだ。

それは本能的なものだった。ギーシュは本当に『死ぬ気』で魔法を行使。生まれて初めて精神力の減衰というものを感じるほどに、花びらは全て散り練成。
今、最も信頼している魔法を、そのレベルを限界まで上げて、計二十体の戦乙女を作り上げた。それぞれに武装を施し、剣も盾も持っている。
だが、それでも一片たりとも消える事の無い絶望感。
まさかこんなところで本物の『死闘』というものを感じるとは思ってもみなかった。

『命を惜しむな、名を惜しめ』。

グラモン家に伝わる格言だが、馬鹿な、そんなの、死んだらオシマイじゃないか!


「う、ッわぁあああ! 行ってくれ、ワルキューレェエエ!!」

「ハッハァ! 面白くもねェ人形劇だァ!」


迫る戦乙女達に、一方通行は無造作に腕を振っただけだった。
虫を払う時によくやるあの動作。そのゆったりとした腕が触れただけで、全力で迫り、そしてその手に剣を持った甲冑はぶっ飛んでいく。
それも当然で、それなりの速度で走ってきている甲冑は、やはりそれなりの運動エネルギーを持っているのだ。単純にそれを反射するだけでポンポンと玩具のように飛んでいく。

掌で触れただけでその足は爆発した。剣で叩かれれば折れたその刀身が何故か戦乙女に突き刺さる。足を踏みならすと上空にすっ飛んで行き、落ちた衝撃で潰れる。
その様を見、聞き、感じて一方通行はきゃははと実に愉快そうに笑った。


「何だ何だ何ですかァこのザマはァ!! この俺に向かって殺すとほざきやがったテメェはッ、殺されたって文句ねェよなァ!?」


錬金の魔法。
一方通行自身はとても便利なものだと思う。
この世界に科学が発展し、魔法使いが自分のやっている事に気付きさえすれば、錬金は間違いなく凶悪なモノになる。いや、魔法というものそのものが凶悪だ。
自分の持っている力すら知らず、その発展性にも気が付かず、先を見ようとしない。
6という頂を目指し続ける一方通行からすると存在自体が鬱陶しい。魔法使いという存在自体が。


「ひゃはっ! 面白ェもン見せてやンぞ」

「っ何を……?」


戦乙女の数が半分程度に減った所で一方通行は歩みを止めた。
そしてその場に立ち尽くし、両腕を広げる。感じるベクトルを計算、演算。自身の反射の計算は勿論万全。

結局これを完成させる事は無かった。
『最弱』にちょこぉぉぉおおっとだけ追い詰められて、その時に、負けてやってもいいと思った時に考え付いた技。

世界は、風に満ちている。


「いま自分の住んでる所が球体の上だってのは理解してるか? 惑星っつーモンなンだが、何とコイツは回ってやがるんだ。重力、引力、斥力、科学の発展してねェここじゃ何言ってるかさっぱりだよなァ? ベクトルっつー言葉すら伝わらねェ。だがな、確かにここには『力』があンだ。その力を知覚し、操作するのが俺の能力……」

「な、何を言っている!」

「割と最近になって考え付いた新技なンだぜ。これ見て死ねるンなら、本望ってヤツだろ?」


瞬間、ギーシュは熱を感じた。
熱い。とても熱かった。何かが焼きついたような臭いが鼻につき、周囲の温度がさらにさらに上がっている。熱い。肌が焼けていくようだった。
崇める様に上空を見上げる一方通行に釣られ、見上げてしまえば、そこにはもう一つの太陽があった。


「……はぁ?」


そんなことがあるわけが無い。
そう思うも現実に熱く、真夏を越えて熱く、肌が焼けて痛くなってきた。


「高電離気体(プラズマ)ってンだが、知ってるか? 空気ってのは圧縮すると熱を持つ。風を操ればこういうモンが作れんだ。まァ、大体一万度ってトコか。生き残ってたら褒めてやンよ」

「冗談じゃ、ない……」

「あァ、冗談じゃねェな」

「まだ死にたくないんだっ、僕は!」

「この俺に殺すとまで吠えやがったんだ。そりゃしょうがねェよ」

「いや、だ……!」


そして、ギーシュが涙を湛えてそこまで言ったとき、漸く彼女が動き出す。


「ギーシュゥウ!!」


ギーシュには背中が見えた。
小さな小さな、しかしとんでもなく力を溜め込んでいるであろう背中。そして短くなっているが、見覚えのある桃色の髪の毛。


「私の使い魔にッ、ん何してんのよぉおおッ!!!」


めしゃっ!! と、何かが潰れた様な音がし、ギーシュの鼻っ柱には後ろ回し蹴りは叩き込まれた。
筋肉が好きな少女の登場である。







[6318] 08
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 17:03




こんこん。

無視である。

こんこん!

無視である。

こんこんこ……がちゃ。

魔法で鍵を開けられた。


「タバサ、また本読んでたの?」

「そう」


侵入者は勿論赤い友人キュルケである。彼女は何の躊躇もせずにこの部屋に侵入してくる。
別に咎めるつもりは無いがタバサも一応女の子なのだ。人には見られたくない行いやら営みやらをしていたらどうするつもりなのだろうか。
少しだけじっとりとした視線をタバサが向けると、そんな事は知らんといった調子でキュルケはけらけらと笑い始めた。
心当たりはある。恐らく、


「何その眼鏡。あまり可愛くないわよ?」

「起きたら割れていた。スペアがこれしかない」


視力自体はさほど悪くも無いがやはり眼鏡が無いと落ち着かないのだ。
今朝方起きてみると自分は床の上で寝ていて、しかも眼鏡がしっかりと割れていた。フレームはグニャグニャに歪み、レンズは粉々に砕け、小さな小さな螺子類はどこかへと消えている。流石に修理のしようもなく、仕方なしにスペアをかけているのだ。

勿論犯人は分っている。一方通行だ。
昨夜、読み書きを教えている時に恐らく自分は寝てしまったのだろう。交換条件として能力の事を聞こうとしたのに寝てしまったのだ。そして起きればしっかりとメガネが踏み潰されていた。
ふつふつと決して小さくない怒りが湧き上がるが、あの反射は厄介だ。コルベールほどの実力者が手も足も出なかったのだ、流石に力技でどうこうするには無理がある。

そう、彼女は本を読んでいる振りをして何とか報復してやろうと考えていたのだった。


「そういえばルイズの使い魔、アクセラレータ……っだったかな? あの子ね、別の世界から来たらしいわよ」

「意味が分らない」

「ん、だからこの世界の人じゃないの。なんて言ってたかしら……チキューって所から来たとか何とか……」

「東方?」

「そんなんじゃなくて、まったく別の場所から来たんですって。彼も大変ね。いきなり召喚されたんでしょうし、まぁ大暴れの理由も分からなくは無いわ」


しかし別の世界から来た事とタバサの眼鏡を潰してごめんの一言も無いのは関係が無い。
それに大暴れは何とか理由が付くが、それでも自分の主を殺そうとするのは良くない。魔法使い側からしても、もしかしたら一生連れ添うかもしれない生物を召喚しようとしているのだ。それに殺されかけるなど、余りにも先が心配になりすぎる。

タバサの召喚した竜も変わり者だが、流石にルイズには負けた。だって、ルイズの召喚した人間は、恐らくこの学院の中で一番強い。周囲の貴族達は笑うが、あれは間違いなく今年最強の使い魔だ。

そして窓の外を見れば、


「無茶苦茶」

「……そうね、無茶苦茶」

「太陽?」

「随分低い所にあるけどね……」


二つ目の太陽が輝いている。
魔法ではない。あんなものはタバサの知識の中には存在しない。魔法ではない不思議な力を使う存在はこの学院には今のところ一人しかいないわけで、その答えはすぐに見つかる。

タバサは自分には関係の無い事だと割り切り、


「今度の虚無の曜日、眼鏡を買いに行く」

「そ、じゃあ私も付いて行くわ。ちょっと欲しい服があってね、きっとタバサに似合うわ」

「私に?」

「タバサに。ドラゴンを召喚したんですもの、そのプレゼントよ」

「そう」


ならばキュルケには何をプレゼントしようか、とその脳は働く。
外の事など、そう、どうでもいい。





08/『私の可愛いウサギちゃん』





こぱぁ!と言いながらギーシュは飛んでいった。
キラキラと鼻血の放物線を描き、こぱぁ!と言いながら飛んでいったのだ。


「うしっ!」


ぐっとガッツポーズを決め込んだわけだが、まずは言い訳をさせて欲しい。
何もギーシュが憎くて飛び蹴りを放ったわけではないのだ。ギーシュの事は正直好きじゃないが、それでも行き成り蹴りを放つほど嫌っているわけでもない。
ただ、彼を助けるためにはああするしかなかった訳で、今までゼロと言われ続けた分も大いに含んで蹴ったが、それでも下から突き上げるように蹴り穿ったのは唯一の正解だと信じている。

その証拠に、二つ目の太陽は徐々にその姿を薄くしていき、今消えた。


「さ、あなたにケンカ売った馬鹿は仕留めたわよ。私たちもっと分かり合うべきだと思うの。ちょっと部屋でお話しましょう?」


ルイズは額にかいた汗を無造作にふき取りながらさわやかに言った。
こうでもしないと、本当に本当に一方通行はギーシュを殺してしまっていたのではないだろうか。
ギーシュが死ぬのはいいが、いや、あんまり良くも無いが、それでも己の使い魔が貴族殺しになるほうがもっと良くない。そんな事になったらルイズ自身の命まで危うくなってしまうし、家族たちにも迷惑がかかる。

ギーシュだって鼻骨と命なら、鼻骨が折れるほうがマシだったろう。気絶はしていないと思うがピクリとも動かない所を見ると死んだ振りをしているらしい。顔面からだくだくと赤い水が出ているが、必至に痛みをこらえて死んだ振りしているのだろう。
空気を読まずにここで起きて来るよりも、それは随分いい判断だと言わざるを得ない。


「ほら、行くわよ?」


ルイズが再度促すと一方通行は咽喉を鳴らし、


「頭は悪くねェらしいな、あァ?」

「な、何がよ」

「オマエはこう考えた訳だ。『一方通行なら気絶した相手には興味を失い、矛を収めるだろう』ってよォ」


ドキーン! である。
まさしくその通りに考えギーシュを仕留めただけに、少しだけ焦ってしまい、


「ぎょ、ばっ! べ、べべ別にそんなあざとい考えしてないわっ!」

「癪だがその通りだなァ、よく分ってンよオマエ。確かに気絶してりゃ、面白くとも何ともねェ。……気絶、してりゃァな?」

「してるわよ! 間違いなく気絶してる! 私はこれまで50人もの屈強な男たちを沈めてきた肉体派なんだから!」


本当は18人だし、皆貴族様らしくモヤシだったが。


「肉体派、ねェ……」

「そ、そうよ。肉体派よ」

「気絶したソイツの魔法が未だ消えずにそこらじゅうに残ってるのは?」

「え、えと……そう! 固定化っていうね、物体の劣化を防ぐ魔法も一緒にかけてるのよ、ギーシュは!」

「……まァ、ギリギリで合格って所か」


ルイズはほっと一息。
ギーシュが空気を読まずに魔法を解除してしまうのがとても心配だったが、いくらおつむの足りない彼も自分の命がかかっている時は本気が出るらしい。
もしかしたら本当に気絶していて本当に固定化をかけているのかもしれないが、戦乙女たちは数体残っているし剣やら盾やら、ギーシュが作り出した魔法は姿を消していない。


「だがなァ、おい」

「え?」

「俺の中に溜まってるフラストレーションは一体何処に向くンだろォなァ?」


にやにやと趣味の悪い笑みを貼り付けながら一方通行が足をならす。
たん、と小気味良い音の後に動き出したのは一振りの剣だった。地面に突き刺さっていたそれは空中で弧を描き、ルイズの目の前へと落ちてくる。
足元でからんと鳴り、その意味を判断するより早く、


「来てみろ、肉体派。あァ、勿論マホー使ってもいいンだぜ、『最弱』?」


きっとルイズの前世はたった一人でとんでもないほどに殺人でも犯したとある悪党か、神様の加護なんかも全部打ち消すようなとある馬鹿に違いないのだ。


「な、何で、ちょっと待って、違うわ、それなんか間違ってる……だって、そ、そ、それって、不幸すぎる、私!」


ルイズが己の不幸を大きく叫ぶと一方通行は少しだけ考え込み、


「……探せば居ねェ。なのに呼ばれもしねェ所で出てきやがる。馬鹿にしてンのかテメェ?」

「た、ただ暴れたい理由を人のせいにしてんじゃないわよ!」

「ハッハァ! よく分ってンじゃねぇか!! 相手しろよ、ストレスで死んじまったらどォすんだ! 俺のハートはガラス製なんだぜェ!?」

「見た目が似てるからってウサギみたいな事言ってんじゃない! 何でもかんでも跳ね返すガラスがよく言うわよ!」


実力は伴わないが、口喧嘩はお手の物だ。毎日毎日隣の部屋の住人と顔をあわせて、そして鍛えてあるのだから。

口上は終わりとばかりに一方通行が右手を上げた。赤い瞳の中には実に愉快そうな色が映っている。
最初の目的である“とりあえずギーシュを殺させない”は達成したが今度はこっちが危ないと来た。いや、楽しそうな表情から察するに殺されはしないかもしれないが、絶対にやられるのだ、アレがくる。バチっとくるヤツが。
痛いわけでもないし、何か後遺症があるわけでもないのだが、アレは駄目だ。本当に駄目だ。アレは続けて食らうと絶対何らかの障害が出る。何か悪い事が起きるに決まっている。

一方通行が一歩進むと、それにあわせてルイズは一歩下がった。
足元に転がっている剣など無視である。ルイズは剣を振った事は無いし、見るからに重そうなそれは逃げるのに絶対邪魔になる。

爪先に力をいれ、逃げる為に走り出そうとしたその時、一方通行が立っていた地面が爆発したように弾け、その一方通行は物凄い勢いで加速してくる。


「っ!」


何をどうしたのかは分らないが、きっと彼の能力のはず。と判断する前にルイズの反骨心と毎日サンドピローへと向かう身体が反応してしまった。
逃げる為に準備していた爪先は地面を離れ、その上体は一方通行の明らかに顔面を狙ってきていますという、素人然とした右腕を避けるために斜め後ろへと倒れる。そして溜めた力を解放するように、向かってくる一方通行の顔面に上段蹴りを放った。


「っしゃらぁ!!」


パァン! といつもの練習どおりの音が響いた。
毎日の反復練習とは恐ろしいもので、心より先に身体が反応したのだ。火に油どころかガソリンを撒き散らす行為だが、誰もルイズを責める事は出来まい。
だって、蹴った本人のルイズのほうが痛いのだ。
今履いている、ひよこのプリントされた下着(シエスタから貰った)を晒してまで放った上段蹴りは、いつぞや一方通行を殴った時のように、


「っ硬いぃ……っ!」

「肉体派ってのに嘘はねェらしい。折れちゃいねェだろ、くく」


そこまで言うと一方通行は反射を行使したのだろう。ルイズの足は弾かれた。
よたよたとバランスを崩し、足の痛みに耐えかねて跪くとそこには一振りの剣。

一方通行の笑い声が聞こえ、はてさてどうしたもんかとルイズは考える。

恐らく一方通行は遊びたいだけなのだ。ムカつく事に、一方通行は自分で遊びたいだけなのだ。弄び、ボロボロになったらその遊びは終わり。猛獣が狩りを学ぶ為に残虐な行為をするように、ただ遊びたいだけ。

これはなんだろうか。ふつふつとわきあがるこの感情は。


(冗談じゃないってのよ。私……)


きっと一方通行は分かっていない。他人にどう接したらいいか。
彼の能力は『反射』だ。他にも色々とあるだろうが、一番はやっぱり反射だ。生き方が反射している。威を向ければ返される。だったらまともに相手をするのはただの馬鹿。ただの馬鹿なのだが、


(……こいつに、同情してる……?)


怒りのほかに湧き上がる感情。
自分の使い魔というのを抜きにして、一人の人間として同情してしまった。

だってそうだろう。とても口には出来ないが、コイツは、


「あんたぁ……っ!」


口にしてしまっているが、一方通行は、


「絶っ対友達いないでしょ!?」


間違いない。
人との接し方。その距離がまったく分っていない。
人の事は言えず、自分にも友達が多いとは言えないが、それでも人との接し方くらい知っている。心を見せないとその人だって信用してくれるはずが無い。
それなのに、一方通行はきっとそういうのも反射してきたのだ。きっと全部。一体何年生きているのかは知らないが、そういう機会が今まで一度も無いはずがないのだ。彼が自分で作らなかっただけに決まってる。
元の世界で頂点に立ってるからって、能力が反射だからって、だからって友達くらい作ってもいいだろうに。


「あァ? 何だァそりゃ?」


一方通行は心底不思議そうな顔をしていたが、本当に分かっていないのだろうか。それとも本当に友達なんていらないと思っているのだろうか。
ルイズの心は決まっていて、どっちにしろ、


(……ムカつくのよ、そういうの!)


以前の自分がそうだったから。
魔法を使えなくて、ずっと孤独だったから。独りで、本当に分かり合える人なんかいなくて、友達なんか要らないというポーズを取っていた。そんな自分が、ルイズは堪らなく嫌いだったのだ。

ふぅ、と一つだけ息をつき、何となしに目の前にある剣を握って立ち上がった。

瞬間、身体が軽くなるのを感じるが、しかしルイズの心はまたも最強になってしまったのだ。
一方通行を召喚して、ベッドの上ではしゃいでいた時と同じ最強に。自分の左手が輝いている事にはまったく気が付かなかった。

剣は左手に、何故か使い方が理解できてしまうものだから不思議だ。
それを肩に担ぎ、半身になって右手を伸ばした。

くいくい、と指先だけで手招きし、


「……遊んであげるわよ、私の可愛いウサギちゃん!」


もちろん、殺されはしないだろうという確信、いや、確信には届かないまでも、多分殺されはしないだろうと思うからこそいえる言葉。
召喚した時の、あの時の一方通行にはとてもいえない言葉だった。


「ぎゃはッ! 面白ェ事言ってんじゃねェか、女ァ!!」


実に愉快そうに、本当の本当に愉快そうに笑い一方通行は両腕を振った。

瞬間に巻き上がる風。身体を支えきれないほどの暴風にルイズは襲われた。浮き上がり、吹き飛ばされる。
風に吹き飛ばされるという冗談のような状況の中、ギーシュが顔面を真っ赤に染めながら転がり騒いでいた。

ルイズは吹き飛んでいく地面に剣を突き立て、右手で腰の後ろから杖を引き抜く。
なんだか分らないが、こうすると良いと思った。脳内がやけにクリアで、何もかもが透けて見えるような全能感。失敗するはずが無いとの確信と、一方通行の反射も考えて杖を振った。

当然、爆発。
それは二箇所で起こる。


「きゃっ!」


狙いは違わず一方通行へと。さらに反射で返ってきた爆発は自分自身も焦がす。が、確かに成功した。自分にも結構なダメージが返ってきたが、一方通行から湧き上がる暴風を止める事にはしっかり成功したのだ。


「ハッハァ! またまた11種類も超えてきやがったァ! テメェは一体どの次元で生きてやがんだろォなァ!? もっとだもっと、もっと感じさせてみせろ!」

「言われなくてもっ!」


足を踏み鳴らした一方通行に危険を感じ、隙を見せずに駆け出した。景色がすっ飛んでいくようなスピードが出ているが、これは一体何が起こっているのだろうか。

ちらりと目を向ければ先ほどまで自分がいた場所にギーシュが作り上げた甲冑やら盾やらが馬鹿みたいな速度で突っ込んでいる。うげ、と心中呻き、上空を見上げてみれば、同じくギーシュが作り上げた剣が矛先をこちらに向けて降り注いできているではないか。
冗談じゃない! 叫びながらさらに速度は上がった。
剣を肩に担ぎ、上体を限界まで倒して走るその姿はさながら猫化の猛獣のようで、明らかに人間の出せる速度の限界値を超えているように見える。
地面を蹴る足には力を感じ、左手に持つ剣はしっかりと使い方が分かる。
疑問は無い。感じている暇も無い。ただ今は一方通行とのじゃれあいを優先。ザクッ。ザクッ。ザクッ。と徐々に近付いてくる降剣の音が堪らなく恐ろしい。

視線を向ければリズムを取るように足を慣らしている一方通行の表情はやや硬く、何かを考えるように鼻の頭をかいていた。
その脇を走りぬけるのは、今のルイズにとっては余りに簡単な作業。足は地面を潰すほどに力が入る。それを蹴ってしまえば小さな身体は弾丸となり、そして一方通行の背後を取った。


「ッでぇい!!」


振り返るのと同じ動作で、まさしく竜巻のように横に薙いだ。
当然ルイズは一方通行に剣如きが通じるとも思っていなかったが、しかし余りに簡単にそれが折れてしまうのはどうだろうか。
ルイズとしては劇でよくある様に、キン、と硬質な音を立てて終わりかと思っていたのだが、まさか折れるか。


「んなっ、何よこのボロ剣! もっとまともなモン作りなさいよね!」

「……お前ェは一体全体どういう身体構造してやがンだァ?」

「普通の女の子っ!」

「っは、言いやがる!」


変わらず不思議そうな顔で手を伸ばしてくる一方通行のそれを背後に飛んで回避。地面に突き立っていた剣を手に取った。
そしてまた湧き上がる力。流れ込んでくる情報。輝く左手を目撃し、瞬間、理解した。

ダンッ! と音が鳴るほどに地面を蹴りつけ、今度は一方通行を中心に大きく円を描くように駆け出した。
そのスピードは今までよりもさらに速く、疾く。びゅうびゅうと風を切る音は自身のスピードを語る。

武器だ。剣を持つ事で身体能力が限界を超えて強化されている。一方通行がスローモーションに見える。

一方通行は何と言っていただろうか。『反射』すると言っていた。それは、何処で? 何を?
彼は何でも反射できるはずである。何と言ってもルーンが跳ね返ってきたのだ。
そしてそれは何処で反射するのか。身体? 触れたもの? 肌? 何か、膜?

戦える。一方通行は、触れたものの力を操作している。
ルイズはバチっとくるものの正体を知った。アレは身体の何かを乱しているのだ。痺れがくるような感覚から、恐らく電気。
納得し、さっきの竜巻のような暴風の正体も。身体に感じる空気に反射で流れを作ったのだ。風とは大気の流れ。一方通行がどの程度の風を操れるかにもよるが、一応自分の魔法で邪魔する事が出来る。

結果、


(触れる事さえ出来ない速度で戦う事が出来れば……?)


一応、一方通行の敵になれる資格を持っている。
頂点に立っている一方通行の隣に立てる。ルイズはその可能性を持っている、この学院にただ一人の存在のはずだ。


「……あはっ」


おかしな事に、ルイズの心は喜びに支配された。単純に嬉しかったのだ。
同時に左手の光は輝きを増し、もっと速く、もっと速く。それ自体が力だというように速度は上がってゆく。

走りながらスペアとしてもう一本の剣を手に取り、右手に持った。
魔法は簡単に反射されるので使うのは危険。勝てないまでも一方通行と遊ぶには速度が重要だ。

一方通行と並び立つのは、ご主人様であるルイズ以外に許されない。というよりもルイズが許さない。
もっと知りたい。違う世界の事を。学園都市というところの事を。ウチュウの正体も知りたいし、ジンコウエイセーは何なのか非常に興味がある。
そして何より、一方通行の事が知りたい。使い魔の事が一番知りたい。語りたがらないが、きっと友達の一人もいない生活を送って来たに決まっているのだ。
こんな死闘のような事以外にも楽しいものは沢山有る事を教えてやりたい。一人で反射する人生以外を知って欲しい。
なぜなら使い魔なのだから。ルイズの使い魔だから。シロはルイズのものだから。
使い魔は『最強』で、ルイズにも借り物のような力だけど、今は左手に力がある。

だから、


「私はルイズ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! 私はこの学校でゼロのルイズって呼ばれてるわ! なぜなら魔法の成功率0%の劣等生だから!」


走りながら声を張り上げた。
怪訝な表情で鼻の頭を擦っていた一方通行はふと顔を挙げ、人間外の速度で走るルイズを見る。


「五人家族でねっ! でもその中で魔法が使えないのは私だけなの! お父様もお母様も諦めちゃった! ぶっ殺してやろうかと思ったわ! でもお姉様が居てね、二人が一生懸命励ましてくれたの! 上のエレオノール姉さまは厳しくて怖いけど一生懸命教えてくれた! 下のカトレア姉さまはいつかきっとって、いつも励ましてくれた! そのお陰かどうかは分らないけど、ホントに、十六年目にしてやっと成功したわ! 召喚できたの!」

「っは、俺がのこのこ現れたってかァ!?」


そしてルイズは速度を落とす事無く一方通行に斬りかかった。
一瞬の交差。一方通行から突き出された腕をギリギリのラインで避け、袈裟に斬り付ける。当然、剣はポキリと半ほどで折れ、刀身はくるくる回りながら宙を舞う。

それを見、一方通行は何か思いついたのか。
スペアを拾い上げ、そして爆速で走り去るルイズを尻目にテクテクと歩き始めた。


「それでね、召喚は出来たけどすごいのが現れちゃってね! アンタの事よ! シロ! アクセラレータ! 最初に会ったときは“アンタ誰”ってかわいくない事言ったけど、ホントはすっごい嬉しかったのよ! それなのにアンタ行き成り私の事殺しにかかるし! でもいいの! それはどうでもいいわ! とにかく召喚に応えてくれてありがとうっ!!」


一方通行の歩みは止まらない。
もと居た広場を越えて、学院をぐるりと囲むように建つ塀まで来た。

何をするつもりか知らないが、今のルイズは最強に近付いているのである。何がきても対処できると自信に満ちていた。
だから続ける。聞いて欲しい。きっと聞いてるだろうという願いを込めて。


「でねっ! アンタも知ってると思うけど私その後燃えちゃって! だって助けてくんないんだもん! 熱かったわよ! 改めてコルベール先生の魔法のすごさを体験しちゃったわ! 髪の毛なんかこんなに短くなっちゃうし、アソコの毛なんてつるつるてんよ! 赤ちゃんみたいじゃない! ただでさえ薄いのにどうしてくれんのよ! キュルケとお風呂に入った時すごく恥ずかしかったわ!」


もう一度一方通行に斬りかかる。
刀身は宙でくるくる回る。
スペアを握りまた加速。

その時目があった一方通行は趣味の悪い笑みが復活していた。きっと碌な事は考えていまい。
ルイズはちょっとした焦りを感じるが、一方通行はそ知らぬ顔でその手を塀へと。レンガ作りのそれは当然巨大で、学院を囲んでいるのだから長い。


「そのキュルケってのはねっ! 顔あわせたら嫌味ばっか言って来るけど、ホントのホントはっ、ちょっとは、少し、ほんの少しは感謝してるの! まともに話しかけてくれるのなんてシエスタ以外じゃあいつ一人で! 憎らしいけどなかなかいいおっぱいしてるわ! 先っちょがね、肌の色より薄いのがセクシーなの! アイツとシエスタが居なかったら学院辞めてたかもしれない!!」


そして塀のレンガの一つが飛んできた。
ルイズに分るのは何か力を操作してそれを飛ばしているのだろうという事のみ。
今の自分の速度なら防御するよりも回避の方が得策と割り切り、渾身の力で地面を踏みしめグルンと縦に一回転しながらそれを避けた。

けたけたと笑う一方通行の声が聞こえ、


「ちゃんと聞いてよ! それでね、シエスタっていうのはね! この学院のメイドでっ! すごく可愛くて、優しくて、珍しい髪の色してる! 一緒にお風呂に入った時はちょっとエッチだったし、ドキドキしちゃったわ!
 この学院には馬鹿貴族が大勢居るけど、平民にも良い子は沢山いるのよ! 貴族の皆は誰がご飯作ってるか知らないの! こんな世界だけどね、嬉しい事も楽しい事も悲しい事も当たり前に存在してるわ! あなたの世界は!? シロの世界はどうなのよ! 教えてよ! 私は言ったわよ、恥ずかしい事も、嬉しい事も全部!! あなたの事を教えてよ!!」


そして塀が飛んできた。
そう、塀が、その全部が飛んできたのだ。それはさながら雪崩のようだった。
何でレンガなんかで作ってるんだ、と訳の分らない文句を言いながら、点ではなく面で押し寄せるように向かってくるそれらに対し、ついにルイズは足を止めて、そして剣を構えた。

斬る。

覚悟を決めた。
ギーシュが作った剣なので強度に不安が残るが、こうでもしなければレンガの雪崩に押し潰されてしまうだろう。
結局一方通行の方が一枚上手だったわけだ。
涙が出そうになるのを根性でこらえ、


「ここはハルケギニアでね! トリステイン魔法学院! 歴史ある魔法学院よ! あなたの世界みたいに科学は無いけど魔法があるわ! 知りたいの! シロの事が、っ知りっ、たいっ、っのぉぉおおお!!」


ぬおぉぉおお! と乙女には似合わない声を上げてルイズは剣を振う。その速度と動き。まるで舞っているかのようで、美しい。
一流と呼ばれる剣士は、相手に悟られる前に絶命させると噂を聞いた事があるが、今のルイズはまさにそれでは無いだろうか。
一方通行の隣に立てる可能性で心は喜びに震え、ちっとも話を聞いてくれない一方通行に怒りを感じ、友達のいない一方通行には悲しみを感じている。
心の震えが力になり、そのまま肉体は強化され、剣を振る速度が上がってゆく。

ごつん、と斬り損ねたレンガが一枚顔面に。鼻血が噴出すが関係ない。
今は一方通行へと。先へ進めと身体が吠えていた。熱を持ったように熱くなるルーンは力をくれる。
音が鳴るほどに歯を食いしばり、そしてルイズはまたも走った。


「こっんのぉおおおああッ!!」


不思議な事に痛みは感じなかった。
降り注ぐレンガを斬り、勿論のこと全部を切れるはずもなく、ごん、ごん、と中々にいい音をさせて体中にヒット。しかし痛みは感じないのだ。
感じるべき機能が麻痺しているのはあんまりいい事じゃないなぁ、と不思議な事を思いながらも足は休ませる事無く進め、そしてついに雪崩を抜けた。

だりゃあ! と気合一発抜け出た先に居るのは勿論、


「……っくく、とんでもねェ女だ」


二度目になる一方通行のその言葉はまたも聞こえなかったが、その表情はちょっと、ほんの少し、ほんのちょびっとだけ、素直に笑っているようだった。
ルイズは身体の色々な所から流血し、特に顔面は鼻血で酷い事になりながら、そして刃毀れでもう使い物にはならないであろう剣を一方通行へと突きつけた。


「わたしの、勝ち、でしょ……?」

「ッハ、『最強』としちゃ、ソレばっかりは譲れねェなァ」


言うと一方通行は青銅で出来た剣を、その刃の部分を素手で握りつぶした。
同時にルイズのルーンは輝きを失い、体中に、今まで眠っていた痛みが湧き出てくる。


「なひゃっ、くっ、~~~っ!!!」


声にならないとはこの事だ。今までに受けてきた分のダメージが一気にやってきた。
ぺたりと地面に座り込み、バシバシと地面を叩きながら何とか気を紛らわそうにもこの痛みは余りに巨大。
ズキズキする所の話ではない。痛みが衝撃としてやってきたような感覚だった。それは波のようにルイズの体中をうねり、そして津波を起こす勢いで痛覚を刺激してくるのだ。


(あっ、あぁ、うそぉっ……)


お腹に力が入らない。
分かって欲しい。お腹に、下っ腹に力が入らないのだ。力を入れる事が出来ないのだ。


「やっぱりか。武器を持つと反応するたァ、これまた王道。随分ファンタジーじゃねェか」

「……」


一方通行は興味深そうにルイズの左手を取り、そして愉快そうに足を鳴らした。近場に落ちていた剣を呼び寄せ、それをルイズに握らせればルーンは輝く。
光は先ほどよりも弱いが、ルイズは身体の痛みが引いていくのを感じた。
しかし、もう遅いのだ。今更痛みが引いても遅いのだ。


「こりゃ剣だけにしか反応しねェのか?」

「……」

「……おい、死んでンのか?」

「……まだ生きてるわよ、ふ、ふふ……」

「あァ?」

「でもね……私、女としは死んじゃったかもしれない……」

「……」

「いやよ、そんな目で見ないで!」

「……おい、……おいおいおいおいっ……くく、冗談デスよねェ貴族様ァ! っく、くははは!! テメェまさか───」

「いぃぃやぁぁああああああああ!! 言わないで言わないで! 言 わ な い でぇぇええええ!!!」


一方通行が召喚されて何度目かの絶叫をルイズは放った。





。。。。。





「って事が昨日あった訳よ」

「馬鹿ね、あなたって」

「っ、ま、まぁ、その時はちょこっと気分が上がってたの。だからしょうがないの」

「医務室が好きなの?」

「はぁ……誰が好き好んでこんなとこに来なきゃなんないのよ」


ため息をつきたいのはこっちだ、とキュルケは窓辺から空を仰いだ。貴重な時間がまたもルイズの看病で失われていく。
せっかくのいい天気なのに、とぽかぽかの太陽光は柔らかく、キュルケは大きな欠伸まで。


「はしたない。大口開けて欠伸なんかするんじゃないわよ、淑女なら隠しなさい」

「あらごめんなさい。でも淑女は人前でおしっこ漏らしたりしないものよ?」

「っシ、シロしか見てなかった!」

「あのメイド、クスクス笑いながらアンタのパンツ洗ってたわよ」

「だ、だってシエスタにはオネショしちゃったって言っちゃったんだもん……」


まぁ、恐らく理由は心配を掛けたくないからなのだろうが、しかしどう考えてもバレているだろう。血みどろで“オネショしちゃったからパンツ洗って”と言われたメイドも相当なショックを受けたのではないだろうか。
お勉強には頭が回るくせに変な所でヌけているもんだから始末に終えないのだ、この女は。
代々からライバル関係にあるわけだが、恐らくここで終わってしまう気がする。自分ではライバルになりきれないのだ。
端的に言おう。ルイズは天然だ。キュルケはそう思う。


「……ホントに手のかかる子ね、アンタ」

「子って言うな、子って!」

「はいはい。あぁそれとね、ギーシュがアンタのこと女神とか言ってたわよ」

「うげぇ、何それ気持ち悪い」

「こほん、ん、ん……『ああ、僕は全部見ていた! 女神と悪魔が戦う所を! 彼女は僕の顔に救いの蹴りを入れ、そしてこの僕が作り上げた剣で戦ったんだ! 僕はもう彼女をただのゼロとは呼びはしない。彼女は戦いの女神……魔法が使えないなんて彼女にとっては些細な事だったんだ! 敬意を込めてこう呼ぼう、戦女神・ゼロと!』だって。すごく気持ち悪かったわ」

「それ敬意は込められてるわけ? ゼロって言ってんじゃない。気持ち悪いわね」

「さあ? でも取り合えず気持ちが悪かったわ」


アレはとんでもなかった、とキュルケはもう一度だけ言い、少しだけの沈黙。
大して仲が言い訳でもなく、共通の話題と言うものが乏しいので何となく会話が途切れてしまった。

程なくして、


「ツェルプストー」

「ん、なによ?」

「……キュルケ」

「だからなに?」


頭でも打って悪くしたのか、と少しだけ失礼な事を考え、ルイズの顔が赤いのに気が付いた。
思い浮かんだのは発熱。怪我の一つ一つは大した事無かったが、体中に数多くの傷があった。何処からか雑菌でも入ったのかもしれない。


「あら大変っ」


少しだけ焦りながら薬品棚に行こうとした瞬間、はしとルイズに腕を掴まれた。包帯の捲かれているその腕は小さく、同じく熱を持っている。
まずい。水の教員を呼んできたほうがいいのかもしれない。


「気分悪い? 吐き気は?」

「キュルケ」

「なにか欲しい? 怪我人なんだからちょっとは優しくしてやるわ」


いかにキュルケであろうと流石に寝ているところを鞭打ったりはしない。
ちょっとは優しくしてやらねば、と思った時ルイズは布団で口元を隠しごにょごにょと呟いた。


「私、これからはキュルケって呼ぶわ」

「……はぁ?」


これまでも入り混じって何度かキュルケと呼んでいるだろうに。今更なにを言っているのだろうか、この女は。
そこまで考えて、ふと思った。
まさか、


「何あなた、もしかして照れてるの?」

「う、うるさい……とにかくそういう事にしたの! もう寝る! 寝る寝るっ!!」


布団を完全に頭までかぶり、見えるのは短くなった桃色の髪の毛だけ。
小さくだが、キュルケは自然に笑みがこぼれ、


「そうね、おやすみなさい……ルイズ」

「……うん」


これは存外照れるものだと思い、シルフィードの上には三人乗れるのかな、と次の虚無の曜日の事に考えは及んでいくのである。







[6318] 08/後、風呂
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/05/22 17:20

「あの、先輩っ!」

「あ?」


時。  午前の授業が終わり、ようやくになって中休憩に入ったばかり。
場所。 昼飯をかっ食らうための広場。椅子の上。
手。  チキン。


「す、す、好きですっ、付き合ってください!!」


ルイズは生まれて初めて愛の告白を受けた。
マントの色で学年は一つ下と知り、自分を先輩と呼ぶのだから歳も下なのだろう。
真っ赤に顔を染めるその様子は、うん、可愛いといってもいい。確かに可愛い顔をしている。身長は高いがやや童顔気味で、なるほどモテそうな感じ。勇気を振り絞って、余り貴族らしいやり方ではないが、それでも真正面から堂々と告白してくる度胸も気に入った。
しかし、確かに気に入ったがそれは駄目だ。それだけは聞けない願いなのである。


「……ごめんなさい」


大口を開けて、片手にチキンを掴みながらルイズは告白を断った。
もしゃもしゃと肉を頬張るルイズに、それこそ涙を流す勢いで下級生は詰め寄ってくる。


「どうしてですか!? 行けない所は直します、もっともっと魔法の腕だって磨いて、『戦女神』の隣に立つ資格だって手に入れて見せますから!!」


バキッ! とルイズは骨を噛み砕いた。
かるしうむかるしうむ、と謎の言葉を発するその様は絶対にモテる様には見え無いが、しかし現に告白を受けているのである。


「お願いします!」

「無理よ」

「理由を教えてください!」

「り、理由ってあなた……」


何故分かってくれないのだろうか。黙って昼食を食べたいのに。
理由もクソも無いだろう。そんなに可愛い顔をしているのだから何も自分でなくていいじゃないか。
ルイズはしっかりと自分の事をわかっているのだ。
モテる様な性格ではないし、容姿だって、まぁ顔には少しだけ自信があるが、それでも脂肪よりも筋肉が好きなのでグラマラスよりスレンダーな体形をしている。スレンダーだ。誰が何と言おうとスレンダーなだけである。
さらに言うならばルイズの股間にはナニは無い。だってルイズは女の子なのだ。だからあえて理由を言うとすれば、


「……あなた、女の子じゃない」

「小さな事です! 私は超えて見せます、性別の壁を!」

「あの、だからね、そういうのを否定するわけじゃないの。アリだと思うわ、私も。でもね、私は『そう』じゃないの。分かってくれるわよね?」

「私のテクニックにかかればきっと先輩も『そう』なります! 」

「人が物を食べている時にそういうの、よくないわ」

「ああ失礼しましたっ、ですが、そう、何と言えば分かってもらえますか!? こう、えぇと……」

「とにかく駄目なものは駄目。ごめんなさいね、あなたの新しい恋が見つかるのを応援してるわ」


そしてルイズは優雅にチキンを食らい尽くした。骨すら残さずにすべて。ヴァリヴァリ。
椅子を引き、立ち上がり、上級生らしく、大人らしくその場から颯爽と踵を返す。


「ま、待って下さい! 一度、一度だけ触らせてもらえ―――」

「っちぇす!!」


彼我距離1.2メイル。
ルイズにするならば、そこは射程圏内。
全てを言わせる前にルイズは下級生に拳を叩き込み地に沈めるのであった。

骨まで食べるヴァリヴァリエールだが、テンパっていたのを分かってあげて欲しい。
最近、一年生や同性からの視線が気になるのだ。なんだか熱いものを感じるのである。注目されるのはもう慣れたものだが、なんだかこれは違うだろう。

私はレズじゃない、と小さくため息をつきながら。





08/後、風呂=『ただのERO話』





「ちゃんと聞いてる!?」

「はいはい」

「一回で結構!」

「は~い」

「あんたはどう思うか聞かせて御覧なさいツェルっ……きゅ、キュルケ……」

「照れないでよっ、こっちまで恥ずかしくなるじゃない!」

「にゃっ!」


ばしゃりと顔面に湯を引っ掛けられた。

所変わって、風呂である。昼時の事を誰かに言いたくて言いたくて堪らなかったのだ。
公衆の面前での愛の告白。頭がメルヘンな女の子なら一度は夢想することだろうが、それをまさか同姓から受けるとは思いもよらなかった。さらに触らせろと喚いてくるのも予想を大きく上回る。
ギーシュを潰して以来、『ゼロ』に加えて変な渾名を付けられたのがよくなかった。

そう、下級生たちはルイズのゼロっぷりを余り知らなかったのである。入学してまだ一月もたっていないので仕方がないといえばそうなのだが、多少なりとも分かっていてくれれば『戦女神』が広まる事もなかったろうに。

もともと一方通行がギーシュを殴り飛ばしたのはよく下級生の授業がある場所で、そこから見える広場、ルイズと一方通行が暴れまわったあの場所も一年生がよく使用する所。ルイズはものの見事に全てを目撃されていたわけだ。
もともと暇を持て余しているような貴族が集まる学院。教室からあの戦闘が見えたら誰だって興味を持つことだろう。

女を物色しにそこに赴いたギーシュに軽い殺意を覚える。いや、殺すのは駄目だが、女癖を矯正させる為にもチョン切ってやるのが一番いいのではないだろうか。勿論何をとは言わないが。ナニをとは。

口元まで湯船につけて大きくルイズはため息。ぶくぶくと空気を吐き出しながら、出来るだけ視界に乳を入れずにキュルケへと。


「キュルケはどうなのよ、その辺」

「どの辺よ?」

「だからその辺よ、その辺」

「『戦女神』?」

「それはもう諦めたわ。言いたいのはアレよアレ」

「ギーシュ? 死んでもいいとは思ってるけど……」

「別に殺すつもりは無いわよっ! だから、その、そういうナニについてよ」


ルイズの顔が赤いのは長湯だけのせいではないだろう。
年頃の女の子なのである。自分の体のことも気にかかる年頃だし、そういった話が出るとやっぱり気になってしまうものなのだ。


「ああ、ヤらせてくれれば分かるってやつね」

「ちょっと、乙女を前にしてヤるだのヤらないだの言わないでくれない?」

「おぼこ気取ってんじゃないわよ」

「おぼ……こ、古風なのねあなたって」


おぼこて。
正直吹き出しそうになったのは秘密である。

ん?


「っていうか、私はまだよ。気取ってんじゃなくてホントにおぼこなの」

「はぁ? あんた使い魔君と一緒に寝てるんでしょ?」

「……」

「……手、出してくれないのね」

「……」

「ごめんなさい、もう聞かないわ」

「わ、私の事はもういいわ。それよりどうなのよ、恋多き女なんでしょ、あなた?」


ルイズが質問を投げかけるとキュルケは非常にいやらしい笑みを浮かべた。
別にそういうのが羨ましいわけではないが、経験豊富なんだろうなぁ、と。ルイズには出せない色気、艶、そういうもの全てが詰まった、非常にキュルケらしい笑み。

聞きたいか聞きたくないかで言えば、正直聞きたい。
トリステインの貴族達は基本的に結婚を迎えるまで処女だ。しかしゲルマニアでは少し違っていて、結構そういうところにアバウトな面があるらしい。誰でも彼でも股を開くわけでもあるまいが、トリステインよりは開放的なんだとか。
そういうところで育ってきたキュルケだからこそルイズは異常なほどに色気を感じているのだろうし、自分に無いものはもしかしたら其処にあるのかもしれない。
だって、今まさに自分の胸に湯をかけているキュルケは非常にいやらしい肉体をしている。


(……肉感的って、きっとこういう事言うのね)


ルイズがしげしげとキュルケの肉を見ていると、彼女はクスリと一つ笑い、


「んふ、あなたもそういうのに興味あるのね」

「おぼ、っぷ……おぼこ、ですもの……くくっ」

「なに笑ってるのよ?」

「ん、んーん、何でも」

「でもよかったわ、脳みそまで筋肉で出来てるのかと思ってた。ちゃんと女の子してるじゃない」

「筋肉が男のものだと思ったら大間違いよ?」

「はいはい」

「一回で結構」

「は~い」


キュルケが右手を上げていったのを聞き、さて本題である。


「……それで、どうなのよ?」

「それはどの辺りの事を聞きたいのかしら」

「しょ、初級者編……くらい?」

「×××××とか?」

「いっ、行き過ぎ行き過ぎ! もっとそういうのが始まる前といいますか……」

「×××××?」

「だからそれ始まっちゃってんでしょうが!」

「まだ始まってないわよ! なにが聞きたいってのよ!?」

「だっ、だから……きす、とか……」

「あ、あー……そこからなのね、あなたって……」


そしてキュルケは湯船から一度立ち上がり縁へと腰掛けた。肌の色のせいで少し分かり難いがのぼせ気味なのであろう。二人して随分長い事入っている。
ふむ、と考えるそぶりを見せるキュルケは、うん、美しい。ルイズから見ても十分に美しい。
褐色の肌と、真っ赤な髪の毛。そして肉。言えばエロい身体をしている。

少しだけ不安になりルイズは鼻の下に手を持って行った。
大丈夫である。流石に鼻血は出ていなかった。


「キスねぇ……」


ルイズは知らないが、キュルケだっておぼこである。
ただルイズよりも経験豊富なおぼこであるだけで、そういった事になりそうになったのは何度だってあるし、実際に結構やりてなのだが本番はまだ。なんだか最後まで行く前に冷めてしまうのだ。キュルケの微熱は熱しやすく冷めやすい。
流石に一方通行がしたように初対面で乳を持ち上げられたのは初めてだったが。

さて、恋愛の酸いも甘いも知っているキュルケは何を語るのだろうか、とルイズ誤解をしたまま鼻をフンフン鳴らしながら期待の眼差しを送るのである。


「もったいぶってんじゃないわよ」

「別にもったいぶってるわけじゃないんだけど……」

「……し、舌とか入れられたことある?」

「ええ、まぁそのくらいは」

「ど、どどどうなのよ、その辺!」

「何興奮してんのよ?」

「いいから!」


ルイズはばしゃばしゃと水面を叩いた。


「……私は普通のやつの方が好きよ、キス」

「へぁ、何で?」

「だってがっついてくるんだもの。男なんて皆心に野獣飼ってんのよ? それをきちんと躾けてる人ならいいんだけど、そうそう居ないもんなのよ、これが」

「ど、どういう意味よ?」

「唇の奥をゆるすとね、私達くらいの年頃の男はヤらせてもらえるって思うわけ。たまんないわよ、そういう空気を読んでくれない人って」


そして今度はキュルケがため息をついた。
あふれ出る色気にルイズは圧倒されながら、空気を読まないことには定評のある一方通行を思う。
彼はまったくこちらの心を慮ってはくれない。読めてないのだ、空気。今王都で流行っている言葉で言うならばKYである。
空気が読めていないからがっつくかといえば、しかし彼はまったくそういう雰囲気を出さない。


(ヤるヤらないって言うか、殺る殺らないって感じ)


別に一方通行とキスしたいわけでもないが、相手は覚えていないとは言え一応唇を重ね合わせた仲なのに、まったくもってルイズに対してそういう感情をもってくれていないように感じるのだ。というか絶対にそうに決まっている。
同じベッドで寝ているのに、と悔しさに似た何かが。


「悔しいですッ!」

「何馬鹿やってるの。ほら、体洗うわよ?」

「へ、変な事しないでよね」

「私はノーマルよ」


そしてルイズは湯船から立ち上がった。
その際にキュルケの視線が己の股間に向き、ふ、と鼻で笑われるわけだが、何とか我慢。思わず拳を握ったが、ギリギリのラインで我慢しきれた。
ルイズだってきっとそんなヤツを見てしまったら笑ってしまいそうになる。

ルイズはキュルケの前にぺたりと腰を下ろしタオルに石鹸をこすり付けわしゃわしゃと泡立て始めた。
現在体中が傷だらけなのでそのまま洗ってしまうと流石に痛い。泡だけをタオルから絞るようにとって、それを腕や足に擦り付ける。


「はひっ」


ぴりぴりと傷口にしみるが貴族としては、さらに寝る時にすぐ傍に人がいるために『洗わない』という選択肢は浮かんでこなかった。
背中の火傷も少し高かった水の治療薬のお陰で大分治ってきている。背中には手が届かないので、


「あ、後は任せたー」

「もう、別に洗わなくたっていいじゃない」

「いいから一思いにっ!」

「……えい」

「っ! ぐ、にぅ」

「変な悲鳴ね」

「おぉうっおぉう」


背中を這い回るキュルケの手自体は気持ち良いのだが、やはりしみる。
ルイズはひぃひぃ言いながらキュルケに身体を洗ってもらい、結局頭もまかせっきりに。
先日一緒に風呂に入った時も洗ってもらったのだが、キュルケはこういうのが上手い。洗ってあげたりとか、してやったりとか。どこでこんなスキルを磨くのかはとても謎なのだが、気持ちいいのはいい事だ。とてもいい事だ。
なんだか終わってしまう嫌で随分長いことルイズは頭を洗われ、そしてキュルケが疲れたように声を上げる。


「まだぁ?」

「もうちょっとほ~」


悦。

今回もキュルケの太腿に頭を落としての洗髪である。
太腿はしっとりと濡れていて、肌はルイズと違って傷も無い。すべすべつやつや。どんなお手入れをしているのだろうか。
そして目線をちょっと変えれば、


「あんたってこっちも赤いのね」

「……何にも無いあなたには羨ましいものでしょ?」

「いつもの私だったらぶっこ抜いてるところだけど、あんたの洗髪技術に免じて許してあげるわ」

「あら、有り難い限りね」


笑うキュルケに泡を流され、後、交代してルイズがキュルケを。
痛い痛いとキュルケは喚いたが、ルイズはいつもの通り洗っただけだった。別に痛くしてやろうなどとは微塵も考えていなかったのだが、やはりこの辺りにお肌の差などが出てしまうのであろう。

まぁ何というか、まったりとしたお風呂の時間だったわけである。







[6318] 09
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 17:15



本日も晴天。春に相応しいぽかぽか陽気だ。
いつも早起きをしているだけに、まさか自分が太陽に起こされようとは、とルイズは眠い目を擦る。
今日も今日とて体の節々が痛むが一方通行を召喚してから数日、もうそれは毎日の事なので慣れ始めている自分が怖い。

上半身だけをベッドから起こし、隣に眠る一方通行を欠伸を噛み殺しながら見た。


「ふにぃ、ん~……っはぁ! あぁまったく……眠ってれば可愛いのにねぇ」


天使の寝顔とはまさにこのことだろう。
肌の色が白く、ともすれば死人にも見えてしまいそうだが、しかし一方通行は美しかった。

寝床を同じにするのはこれで何度目だろうか。
絶対に嫌がると思っていたのだが特に何か考えた調子もなく“かまわねェ”と。
やけに素直なものだなとも思ったが、しかし一方通行は一方通行だった。

彼はいつもの調子でベッドに横になる。真ん中に横になる。そこでルイズが叫ぼうが暴力を振おうがまったく聞かないし効かない。自分の体を痛めつけるだけと諦め、ベッドの隅のほうに小さくなりながら眠るしかないのだ。
いくら春といっても、布団も取られてしまえばやはり寒い。そして恥ずかしい事に、眠っている自分は暖かい所を求めて一方通行へと擦り寄ってしまうのだ。だから朝起きるといつも一方通行は傍にいる。たまに抱きついている時もある。

勿論ルイズは男の心に潜むという野獣を呼び起こしてしまう可能性も考えたが、一方通行はまるでルイズに興味を持たなかった。色気の無い身体をしているのは自覚しているが、しかしここまで無視されると逆に悲しくなってくる。
初めて一緒に寝る時なんかルイズはドキドキしっぱなしで一睡も出来なかったのだ。いつ野獣になるのか心配で心配で眠れなかったのに、それなのに一方通行はまったく、どういうことかまったく素直にすやすや眠っていた。
こんな時だけ素直になるんじゃない!と怒りを感じたのは女として当然だと思う。


(私って割と美少女だと思うんだけどなぁ。筋肉付いてるけど)


釈然としないものを感じながらルイズは眠っている一方通行の頬をぷにぷに突付く。
可愛い事に寝ているときの一方通行は子供のような反応をするのだ。む、ん、と何事か呟き、そして逃げるように背を向けてしまう。


「寝ぼけシロたん萌え~」


なんて事は決して起きているときには言えない。
一方通行は寝ているからこそその美人度を発揮できている。起きてしまえば最後、それは冷たい何かに変わって、その性格も相まってとんでもないものの出来上がりである。

昨夜遅くまで何かしていたのでまだ起きないだろうが、だからこそ『反射』されないこの一瞬の時間はルイズにとってとても大切なものになっていた。

相変わらず何もかも反射してしまう彼はまだ心の一部すら見せてくれない。元の世界でなにをしていたかを詳しく教えてくれない。
信用が無いとかそんなものではなく誰にだってそうやって生きてきたのだろうが、しかしルイズはご主人様なのだ。
いつかきっと、という思いを、めげてしまわない様にこの時間で補給する。

そしてそこから数分一方通行を眺めていた時、不意に扉をノックする音。
こんこん、と。


「……? はい?」


せっかくの虚無の曜日なのに一体誰だろうか。
わざわざ休日を自分に会うために潰す馬鹿など今のところシエスタしか知らないのだが、と失礼な事を考えながらもベッドから降り、扉を開いた。


「やぁルイズ、今日もいい天気だね。暖かな太陽はまさ───」

「お呼びじゃないわ」


そしてぱたりと扉を閉めた。

ベッドの上に戻り、己の召喚した可愛い可愛い使い魔で補給開始。
そこから数分一方通行を眺めていた時、またも部屋の扉が鳴った。
こんこん、と。


「……? はい?」


せっかくの虚無の曜日なのに、一体誰だろうか。
わざわざ休日を自分に会うために潰す馬鹿など今の───。


「おはようルイズ。今日は虚無の曜───」

「チェンジ」


そしてぱたりと扉を閉めた。

ベッドの上に戻り、またも一方通行の寝顔を見ようと身体を乗り出す。しかしその瞬間、示し合わせたようにパチ、と何か機械の様に一方通行の目が開かれた。
ビクッ、と肩を震わせながらルイズは一応、


「お、おはよ」

「……何やってンだ、お前ェ……?」

「べ、べべ別に何も! それより眠たそうね、昨日は晩くまで何やってたの?」

「……あァ、何だろォな……頭が働かねェ」


頭痛でもするのだろうか。一方通行はこめかみを押さえながら身体を起こす。
酷く疲れたような顔で、召喚して以来始めての表情だった。

何かあったのだろうか、と流石に心配になり、ルイズは一方通行の額にゆっくりと手を当てた。


「熱はないみたいね」

「俺ァ風邪はひかねェ……ふぁ、ねみィ……」


本当にただ眠いだけなのだろう。
今日は虚無の曜日で、どうせなら一方通行を連れて何処かへお出かけしようと思っていたので少しだけ落胆。
休日を寝て過ごすのは行動派であり部屋の中より外が好きなルイズとしてはとても許されない。今日は一人で限界腕立て(何もかもが嫌になるまで腕立て伏せ)かぁ、と小さくため息をつきながら一方通行の隣にぺたんと落ち着いた。

そしてまた、こんこん。


「あぁもうっ、しつこいわねぇ……!」

「……ん、誰だァ?」

「きもちわるい男よ」


一方通行が目を擦る様は非常に可愛いのに、しかしとんでもなく邪魔な存在が。
鼻息荒くルイズは立ち上がり、そして扉を開けた。


「ルイズ、ルイズ! 今日は一緒にお出かけしようじゃないかルイズ!!」


先ほどからしつこくルイズへアプローチしてくる男は勿論の事ギーシュである。
顔だけは美形と言って差し支えないのだが、おつむの足りない彼は今までマリコルヌと共にルイズをこれでもかと言うほどにこき下ろしてきた人物の一人だ。
それが先日の一件以来、人が変わったように殊勝になり、そしてルイズを女神と呼び始めた。
とても相手をしていられない。気持ちが悪いのだ。学校の制服ではなく私服を着て授業を受けるのも気持ちが悪いし、いつも第三ボタンまで空けて貧相な胸筋を見せてくるのも気持ち悪い。


「街まで出よう! 君にお似合いの剣を見繕ってあげるよ!」


堪らなくイラッとくるのは自分だけではないはずだ。
ルイズは一度だけ嫌だと言い、


「そんなこと言って本当は期待しているはずさ。僕には君の心が手に取るように分かるんだ! まるで子猫のようだよルイズ!」

「ギーシュ、もう一度言ってあげる。私は、貴方と、街へは、行かない! お分かり? あんだすたん?」

「照れているのかい? そんな君もプリティーだ!」

「きもちわるい!」


そしてルイズは硬く拳を握りこみ素早くファイティングポーズを取った。


「ま、待ってくれルイ───」

「やかましっ!」


まずは左のジャブで牽制。たたんっと二発、小突くようにして額を打った。
そしてくあ、と間の抜けた声をあげ頤を晒したギーシュに、その顎をめがけて右ストレート。ゴキ! と右手に確かな手ごたえを感じた。
身長差の為、顎を下から打ち抜く形になったそれはギーシュの脳を揺さぶりたたらを踏ませる。
よたよたとたよりない足つきで、しかしギーシュもまだ諦めてはいなかった。自由にならない両手を伸ばして何と抱きついてこようとするのだ。
ここまでアグレッシブな男だったか、とルイズは更なる嫌悪感を感じる。


「るいるい、るいひゅ……っ」

「きもちわるいっ!」


叫びながら向こう脛を強かに爪先で蹴りつけた。
ああっ! と気持ち悪い悲鳴の後にしゃがみ込んだギーシュを尻目にルイズは背を向け部屋の中へ入ろうと───、


「き、君の愛情表現は過激だね、ルイズっ」


なんと言う男だろうか。
今までの男たちはここまですれば全員引いていったと言うのに、ギーシュは脛をさすりながら微笑んで見せた。
ルイズはもう意識を刈り取るしか他に方法が無い事を悟った。気持ち悪い男の意識を刈り取るしか、この一週間に一回しかない休みを謳歌する事が出来ないのだ。

ふしゅぅぅぅうううと息を吐き、助走を取る為に部屋の中へと。


「っくく、何やってンだアイツ?」

「きもちわるい事してるのよ」


初速を最大限上げる為に身体を前傾、そして床がきしむほどにダッシュ。
ギーシュは涙目ながらも微笑んでいた。しかし跪いた彼の顔面は、身長の低いルイズにとってとても良い位置にあり、そして両足のしっかりと揃ったドロップキックが吸い込まれるように、


「だりゃぁぁああ!」

「こぷぶぅッ!」


決まった。

廊下を一回転二回転しながらギーシュは転がり、ルイズはすぱぁん、と両手で受身を取る。
息が若干乱れたルイズはこれでどうだ、と睨みつけるようにギーシュを。
しかし、ルイズの目に映るのは、またも予想に反して大の字に伸びたギーシュではなかった。


「ぐ、ぐぅ……ま、またも救いの蹴りを貰うとは、ははは、嬉しい、限りだッ! ……不思議かい、ルイズ? 僕がここまでされて起き上がれる理由が。これはねルイズ……これは愛だッ!!」

「愛!?」

「そう! 僕の胸のうちにある想い。……熱く、火竜のブレスにだって匹敵する想い、受け取ってくれ! 愛しているぞ、ルイズゥゥウウウ!!」

「このッ、歪んでるのよ、アンタァ!!」


でかい口を叩きつつも、もう動けないギーシュはそこに留まるばかり。
ルイズはもう一度駆け出し、今度は己の跳躍力に任せ飛び膝蹴りを叩き込んだ。顔面へと叩き込んだ。メメタァ、と自身の膝に水っぽい感触。ギーシュは鼻血を噴出すも、それでもにやにやとした笑みを崩す事は無い。
ルイズの背中にゾッとしたものが走り、それはそのまま嫌悪感へと様変わり。さっさと仕留めようと素早く背中へと取り付き、ギーシュを羽交い絞めにした。


「るいず! るいず!」


とてもきもちわるい事にギーシュは元気を取り戻すようにジタバタと暴れ始めるが、もう遅い。
この体勢に入ってしまえば最後。ギーシュは後頭部の心配しか出来ないのだ。
ルイズはギーシュの膝裏に蹴りを入れ、身長差による技の誤爆を防ぐと同時に背筋へと力を込める。

そして、


「んぉぉおおッ! ッドラゴォン!!」


ゴチャッ!!
羽交い絞めにしたまま、そのままの体勢でのスープレックスを決めた。
ギーシュは強かに後頭部を打ちつけ、そしてやっと静かに。それほどルイズの繰り出したドラゴンスープレックスは強力だったのだ。
とんでもない男だった、とブリッジのままため息をつき、そしてちらりと部屋の中に視線を送れば一方通行がけらけらと笑っていた。
途中から悪乗りして笑いを取りにいっていたために少しだけ嬉しくなり、ギーシュを物の様にポイして部屋へともどる。


「えへへ、面白かった?」

「わからねェ感性だ、貴族ってのは全員アレなのか?」

「気持ち悪いでしょう、アイツ。こないだシロと暴れて以来ああなのよ。変な事したんじゃないの?」

「俺ァ殴っただけだぜ? テメエの蹴りのせいだろ」

「そうかしら」


何かツボにでもはいったのだろう。未だに肩をプルプルと震わせる一方通行を見、こんな顔をして笑うんだなと再確認。
知らない事が多すぎる同棲相手は、どんなに怖かろうがやっぱり人間なのだ。
ルイズは少しだけ勇気を出し、


「き、今日ね、学院はお休みだから……だから、王都に買い物に行かない?」

「王都?」

「うん」

「何買いに行くンだ?」

「ほら、貴方の着替えとか色々よ、色々」

「……」

「……ダメ?」


きゃるるん♪ と小首をかしげ可愛いオーラを全開に。
予想に反し一方通行はすごく嫌そうな顔をした。正直ショックだった。シエスタにだったらビチョビチョの下着を洗ってもらえる程度には効くのに。


「……テメェは武器でも買ってろ」


それだけ言い残し、一方通行は一人でさっさと部屋を出ようと。
やっぱり一緒には行ってくれないのか、と肩を落としかけた時、


「何やってンだ。買いに行くンだろォが、服」

「へぁ、う、うんっ!」


ルイズはもしかしたら、とその考えに至った。
一方通行はもしかしたら服が好きなのかもしれない。本人は決して見せないように、悟られないようにしているのだろうが、それにしたって雰囲気がわくわくしている。アレは絶対にわくわくしている。
いつも大股で歩く一方通行だが、その歩幅がいつもより広くは無いだろうか。

じぃ……と目玉をくりくりさせながら観察。
両手を頭の後ろに組みながら歩く一方通行は今にも口笛でも吹きそう。とんでもなく機嫌がいい事に気付く。
もう疑う事は出来ない。ルイズの疑念は確信へと変わった。

一方通行は買い物orファッションが好きだ。絶対好きだ。間違いなく好きだ。そういえば一方通行は潰したモンモランシーの香水を気に入っていたようだった。
これからは何かをさせたい時にファッションを餌にしよう。


「服、好きなのね」

「別に好きでも嫌いでもねェ。着れりゃ何でもいいだろが」

「何よ、素直じゃないわね。好きなものくらい好きって言ったらどうなの?」

「あァ? 何様だお前ェ」

「ご主人様よ」

「……」

「あんまり上手い事言われたから反論の仕様が無いのね?」


ふふ、とルイズは一つ笑い可愛い所あるじゃない、と続けようとした。
したのだが、一方通行の右手が伸びて、


「っなんちゃって! そうねごめんなさい使い魔のルーンが自分に出てるご主人様なんていないわよねっ!!」

「……っち」


そして一方通行は歩いて行く。
ルイズの疑念は変らず、絶対にわくわくしながら。
ぼそりと、


「……わくわくシロたん萌え~」

「あン?」

「な、なんでもないっ!!」


殺されるのを何とか回避したルイズであった。





09/『わくわくシロたん』





馬。馬である。予想よりも、実際に見ると随分大きい。
当然だが一方通行は馬には乗った事は無い。乗馬なんていう優雅な趣味は持ち合わせてないし、見る機会もテレビでやっている競馬くらいしかなかった。


「ほら、早く乗りなさいよ」

「……」


乗れない、と泣くのは一方通行の美学に反する。反するが、実際に乗れないのだ。
まさか馬で移動だとは思わなかった。いや、当然この世界の文化レベルを考えれば自動車などあるはずもなく、納得は出来るのだが。
しかし納得できるからといっても、とてもじゃないが乗りたいとは思わない。


(コイツはどうやって『運転』すンだ……?)


車の運転ならお手の物だ。バイクだって簡単に乗り回してやろう。求められれば戦闘機だってショベルカーだって動かしてみせる。しかし、馬だ。目の前の乗り物は機械ではなく生物。言ってしまえば乗り物ではなく、生き物なのだ。

黒色の毛並みの良い馬に乗っているルイズは早く乗れと急かしてくるが、


(ンな目で見るンじゃねェ)


一方通行にあてがわれた馬はまるで見透かすように一方通行の瞳をじっと覗き込んでくる。
大人気なくも睨み返すと馬は興味なさげに顔をそらした。そしてテクテクと歩いて何処かへ行ってしまう。追う気にもなれずそのまま何処かへ行く馬を何となく見ていると、馬上のルイズがクスクスと笑っている事に気が付いた。


「ンだァ?」

「ふ、ふふ、シロ、もしかして乗馬出来ないの?」

「生憎『向こう』じゃ馬なンかで移動してる奴ァはごく一部でな。生で見るのも初めてなンだよ」

「何よそれ。長距離はどうやって?」

「馬なんかより随分速ェ乗りモンだ」

「グリフォンとか?」

「……俺ァ何でテメエ等が生き物に乗りたがるのか理解できねェよ」


そもそも一方通行には乗り物は要らない。
どこか遠い場所に移動しようというなら取って置きの方法がある。もといた世界では使った事すらないが、理論上は可能なはず。文化レベルの低いこっちならではの移動法になるかもしれない。

ルイズは馬で二時間くらいかかると言っていた。馬で二時間。距離にするとどのくらいだろうか。70km位だろうか? 馬がどの程度のスピードでどの程度の持久力を誇っているのか知らないが、絶対に一方通行の方が速い。

一方通行は一度だけ目を閉じ、


「ほらほら、おいで。私の後ろに乗りなさいよ」


方目を開けて腹の立つ笑い方をするルイズを視認。
馬鹿にしている。ルイズは間違いなく馬鹿にしている。
度肝を抜いてやるから少し黙っていろ。

ムカつく顔をもう一度闇の中へ投じ、反射設定のパターンを構築していく。
自身の肌に感じる力を。
生まれた時から当たり前に存在するものの為、設定が少しだけ面倒くさい。当たり前は当たり前ではなく、自分にとっての現実は、全てのベクトルを操る一方通行にとっての現実は、『それ』もまた一つの力。
地球に生まれれば当たり前。ハルケギニアに生まれても当たり前。

人は、星に引かれる。
中心へと向かっていて、常に『ここ』あり続けるベクトル。引力。


「……捕らえた。先に行ってるぜ、お馬さんに乗ってゆっくり来な」

「へ?」


瞬間、一方通行は空へ落ちる。
いや、落ちるのではなく、それは押し出される。無重力ではなく斥力。引かれる力は押される力に変換され、一方通行は空へとすっ飛んでいった。
ドンドン小さくなっていくルイズはポカンと口をあけている。面白い事に、馬鹿みたいな速度で高まる高度。隣を見れば、


「───へぁ? ダーリン何やっ、て、ぇ……」


最後まで聞こえなかったが、何と竜が居た。その背中に二人の人間を乗せて飛ぶ姿はそれなりに美しい。青い翼を広げ旋回している。なるほど、あの二人はルイズを拾う気なのだろう。
さすが、本物のファンタジーは一味違う。


(小せェな、ドラゴンさんよォ)


大の字になりながらまだまだ上昇。
薄い雲をつきぬける前に遠くに城らしきものを見つけた。王都。あそこへ向えばいいのか、と確認。
雲の中は湿っぽく、これが雨を降らせるものなのか、と当たり前の事を当たり前に考え、そこを抜けてしまえば、太陽はかなり近付いたが気温は低い。咽喉を通る空気に冷たさを感じ、年甲斐もなく、恥ずかしい事にわくわくしてしまった。

そこは空だった。

一面は蒼く、何にも邪魔される事の無い太陽はぎらぎらと輝き、下を見れば白い絨毯が。
一方通行は今まで景色に関心を寄せた事は無い。生まれてから一度も。
春の桜は花びらを除去する掃除ロボットを哀れに思い、夏の太陽はいつもより強い紫外線の反射が面倒で、秋の紅葉は視界に入れても心は動かず、冬に雪が降ればただ寒いだけ。

しかし今居る場所。
何にも邪魔される事無く、たった一人の、しかし広大な空間。地上から35000フィートの、一方通行だけの場所。対流圏を超えて成層圏の目前まで。地球だとジャンボジェットが隣を飛んでいてもおかしくない高度だ。地上の百倍近い宇宙線が降り注いでいるが、一体一方通行に何の関係があるというのか。そんなものは無意識レベルで反射している。
ッハ、と思わず笑いが漏れ、


「……悪かねェ。悪かねェな、ここは」


もう一度だけ目を閉じて反射設定をリライト。
急上昇を続けていた身体は頂点で一度だけ止まり、そして降下を始めた。
ここで真っ直ぐ落ちてはただの馬鹿なので、勿論身体にかかる風、空気の流れを『操作』。両腕を広げ、感じる大気に循環を発生させ揚力を生み出す。
ジェット気流の流れるこの高度は、風さえ掴めば面白いように一方通行の身体を運んでくれるのだ。さらに正面から受ける風は具合よろしく後方へとベクトルを。それだけで一方通行の身体は滑空を始めた。

ばたばたばたばた! と服がうるさくはしゃぐがまったく気にならない。
スカイダイビングをしたがる奴の気持ちが分る。空との一体感。自身が風になった気分だ。
以前一方通行は世界中の風を手中に収めようと考えた事があったが、その時になったらスカイダイビングをする奴の邪魔はしてやるまい。やっててもいい。これは、いいものだ。

たったの一分考え事をしていただけで王都が近付いてくる。

星の力を知った気分。
一方通行は『力』を操る能力を持っている。ただそれだけの人間。一方通行がレベル6になろうが、最強で無敵でどんな人間だろうが星にとっては『事も無し』。

そして風を受け、引力に引かれ、斥力を感じ、一方通行の現実はゆっくりと広がっていく。


(……星、か)


そこまで考えて、勿論何度か上昇と滑空を繰り返し、そして王都から約500mくらい離れた所に着地した。
身体にかかるベクトルを全て地面に弾き返すとそこには隕石でも振ってきたかのような穴があいてしまい、ちょうどその時運悪く通行人に目撃されぎゃああ! とでかい声で喚かれる。
一方通行はさりげない調子で近くに立っている木の幹へ背中を預け、そして座り込んだ。
もう一度だけ目を瞑る。

今感じている力。ベクトル。当たり前に存在しているもの。
巨大すぎて扱えないだろうか。研究員たちが大好きな言葉、『理論上』ではいける筈だが。

もったいない事をしてきた、と一方通行は感じた。
頭が良すぎるのも困りものだ。いや、当然頭が良くないと計算を立ち上げられない為、馬鹿でも困るが。

一方通行は子供の頃から宇宙を知っていた。恐らく誰だって知っているように、無重力、真空。だから頭の中に正解があって、それ以上を求めようとはしていなかった。自分だけの現実の中で正解を作り上げて、事実それは正解だろうが、まだ新しい発見もあったかもしれないのに。
一方通行最大のミスは研究員たちに捕まった事だ。
幼い頃から周囲は大人たちに囲まれ、大人たちの固まった脳みそで自身の能力を伸ばそうとする。それでは駄目だったのだ。
一方通行の能力は認識力と計算能力に依存する。
計算能力の『開発』には感謝してやっても良いが、しかし認識力は凝り固まったままだ。

極論、今の一方通行は『当たり前』を『当たり前』と捉えてはいけない。
風が吹いているのは大気の流れと捉えるし、人間は電気信号で動いていると捉える。
しかしそれだけではまったくもって足りないのだ。

もっと子供の頃、見るもの聞くものに疑問を感じれる子供の頃に知りたかった。きっと疑問を感じれば見に行ったろう。
宇宙とは何なんだろうと考えればそこに行く方法を考え、引力を知り、斥力を知り、そして宙へ。宇宙を感じ、血液が沸騰してしまわないようにするにはどうするか考え、重力圏から離れる前に帰還を願ったろう。
そしてその体験は『自分だけの現実』になり、そういうものなんだと捉えるようになったはずだ。

風は風だ。
一方通行の『自分だけの現実』中では空気の流れだが、そうではなくて、風は風だろう。
頭が固まった今、一方通行は風⇒空気の流れ⇒操作可能の考えをしているが、『体験』を『経験』していれば違ったのかもしれない。風を風として捉えたままでの操作だって、空気そのものだと捉えたって、ワンクッションおくこと無く操作可能だったかもしれない。

ベクトル⇒何でも出来る。

こういう考えが、レベル6なのではないだろうか?
一方通行の馬鹿なところはレベル6になる為に計算能力を重視しすぎた事。大切なものは、認識力と『自分だけの現実』。

とはいえ、


(今更バカになれっかァ?)


ふん、と自嘲にも似た笑みを吐き捨て、


「……俺ァ今の俺のままで無敵になる」


瞳を閉じたまま地面に手を付き、星を知覚する。
触れたもののベクトルを操作する。空気だって、何だって。この肌に触れてさえしまえばその操作権は一方通行にある。

知覚。脳内で演算。深く、もっと深く。奥まで覗いて、触れて、ベクトルを感じて。
気付いていなかったが、このとき一方通行は自身の反射が曖昧になるほどの計算量の演算をしていた。
額に汗をたらし、そして、


「……こう、か?」


一方通行が呟いた瞬間、先ほど自身であけた大穴が盛り上がり、地面が競り上がって来た。
地震のような響きを鳴らし、土や石を巻き込みそれはどんどん高く。
馬鹿のような泥山は止まる事を知らず高く高く、漸くになって動きを止めたかと思うと、それはすでに周りの景色を楽しむ事の出来ない高さ50mほどのとても邪魔くさい遮蔽物へと成り果てていた。


「……ッハ、なンだそりゃ」


一応、穴を埋めるつもりだったのだ。
『星』の運動ベクトルを操り、内部に流れる地脈を感じ、そしてやってみれば計算が間に合わない。
くそったれと唾を吐き捨て、近々ここでは小規模な地盤沈下か地震が起こるだろうなァととんでもない事を呟いた。

思ったよりも疲れる作業だ。
当然だが、ベクトル操作にも『慣れ』がある。毎日毎日同じような事をしていればいずれ上手に扱えるようになろう。『星』を操る事が出来れば、風を操るよりももっととんでもない事が出来る。
しかし、


「ままならねェな、実際」


ため息をつきつつ空を仰ぎ、そして青い竜が目に入った。
思ったよりも長い事考え事をしていたようで、たったあれだけの事を起こすのに時間も忘れて操作しなければならない。素敵な素敵な殺し合いではとても使えるものではあるまい。

竜の背中には三人乗っているようで、突如として出来た山に驚いているのだろう。何を喋っているのかは聞こえないが、こっちを指差したりあっちを指差したり。実にわずらわしい。
ゆっくりと一方通行に向って降下してくる蒼い竜はきゅい、と一声ないた。


「ちょ、ちょっとシロ、あれ何!? こないだ街に来た時は無かったんだけど!」

「あァ? 知るかよンなモン。誰かがスコップ持って童心に還ったンだろうよ」

「んなわけ無いじゃない!」


耳をほじりながら適当に。
まさか自分がやったとは思うまい。

一方通行が適当にスゲースゲーとアホの子みたいに興奮するルイズの相手をしていると、くいくいと袖を引く感覚が。
袖を引かれる事に良い思い出が無いのでどうせ今度も碌な事ではないのだろうな、と諦め半分で振り向けば、いつぞやの馬鹿な色の髪の毛をした足りない子供だった。


「ンだァ?」

「……眼鏡」

「あン?」

「眼鏡」

「……俺ァお前ェの言ってる事が何一つ理解できねェンだが、脳ミソは起動してンのか、おい」

「ふふ、眼鏡を壊したのはシロ君だから弁償して欲しい、ですって」

「……、……あァ、あの時……ありゃ眼鏡か」


聡明な一方通行は憶えていた。
そう、香水を踏み潰す前に潰していたのは眼鏡だったのだ。恐らく部屋から出る前だ。確かに踏み潰した感覚がある。

キュルケはクスクス笑いながら、


「ルイズに出させなさいよ。あの子はシロ君のご主人様なんだから」

「子っていうな!」

「眼鏡」

「それよりシロ君はどうやってここまで来たのかしら。空飛んでたみたいだけど?」

「だいたい何でキュルケがシロの事シロって呼んでるのよ! シロって呼んで良いのは私だけなの!」

「眼鏡」

「あら嫉妬? なかなか可愛いトコあるのね」

「っはん、私から可愛い抜いたら筋肉しか残らないじゃない。人間一つや二つ取り得があるものよ」

「眼鏡」

「気持ち悪いわねぇ。筋肉も程々にしておかないとおっぱい大きくならないわよ?」

「いいの。良くないけどいいの。私、大胸筋を育てるわ」

「眼鏡」

「そんなかっちかちのおっぱい触って嬉しいのかしらね、男は」

「……筋肉ごと愛してくれる人のところに嫁ぐわ、私」

「眼鏡っ!」


女が三つで姦しいだが、本当にその通りだ。
しかもこの中の一人が一方通行ですら理解できていない物質を操っているのだから驚きである。
一度だけため息をつき、辟易した顔で静かに呟いた。


「……たまらねェ」


来なければよかった、とひそかに後悔しているのかもしれない。







[6318] 10
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/02 17:27




武器といえば何だろうか。
やはり剣か。銃は何となく違う気がするので、うむ、やはり剣だろう。
ルイズは少しだけ考え込みながらタバサの手を引いてその店へ向う。タバサはなんだか不思議な少女だ。目を離すとどこかへ消えていってしまいそうな気がするので仕方なく。
というか、事実目を話すとタバサは消える。さっきまで隣に居たと思ったらいつの間にか消えていて、探せば本屋の前でつっ立っていた。隣に居るものだと思い込んでいたので普通に話しかけていたのがすごく恥ずかしい。
眼鏡を買うのに付き合ってやったというのに、しかも金はルイズが出したのに、それなのにこっちの買い物には付き合えないというのか。


「……あ、武器屋じゃない、アレ?」

「そう」

「やっと見つけた。こんな路地裏みたいな所に作って……よほど人気が無いのね、武器って」

「平民が買うには高すぎる」


そう、武器が必要なのは平民だ。
貴族は魔法を放っていればいいが、しかし平民は領地内で戦争があれば軍に吸い上げられる。一部の貴族と平民で軍隊が編成されるわけだ。一応支給品なんかもあるだろうが、もともと武器を使わない貴族が用意するものなど高が知れていて、ボロか役に立たないものばっかり。そんなもので戦えといわれる平民や傭兵は死にたくなければ自分たちで新調するしかないのだ。だから武器を売りたければ戦争があっているところにいくといい。

とはいえ、しかしここは王都なのだ。よほどの馬鹿で無い限り攻め込んでくる事は無い。よって武器屋は寂れる。平民自体は潤っている。


「可哀想なものね、武器屋も。傲慢かしら」


ここはいっちょ入学して最低限以外一度も使った事のなかったラ・ヴァリエール家の金を撒き散らしてやるか。
鼻息荒くルイズは扉を開いた。


「たのもー」

「へいへ~って、ちょ、何ぇう、……貴族様がこんなしがない道具屋に何のようで?」

「冷やかしに来たわけじゃないわ。ちゃんと買いに来たんだから」

「は、はぁ、最近は貴族様も武器を振うわけですか?」

「どうにも魔法よりこっちの方が性に合ってるみたいなの。魔法学院知ってるわよね? 私、そこで『戦女神』って呼ばれてるわ。何の冗談って感じでしょ?」

「戦女神たぁまた随分な二つ名ですねえ……」

「違うわ。それは渾名みたいなもんで、ホントの二つ名は『ゼロ』っていうの。戦女神ゼロよ。強いのか弱いのかよくわかんないでしょ?」

「ゼロですか」

「ゼロよ。魔法が一切使えないの、私。成功したのは最近二つだけ」

「貴族様ですか?」

「貴族様ですよ?」


訝る様な店主の視線にルイズは笑いながら言った。
どのくらいからだろうか、ゼロと呼ばれても大して腹が立たなくなったのは。ムカつく事はムカつくが、それでも以前のように食って掛かるような事はなくなった。相手は平民。魔法の事が理解できていない平民なのだ。こちらの心情を分かっていないわけで、それは単純な疑問だったのだろう。

ルイズがお勧めを持って来てと言うと不思議な顔で店主は店の奥に引っ込んだ。


「タバサ、暇してない?」

「……楽しい」

「そう?」

「そう」


壁にかかっている剣や甲冑などを見ながらタバサは店内をあっちにウロウロこっちにウロウロ。
どう見たって楽しそうには見えないが、まぁ本人がいいのならいいのだろう。
ルイズもタバサを見習い、そして壁にかけてある一振りの剣を手に取った。


「あ~、きたきたきたぁ……!」


麻薬中毒者のような声を出しながら、そして左手は輝く。
流れ込んでくる情報。体の動かし方や剣の振り方。おおよそ戦いに必要なものは全て左手から流れ込んでくる。
なぜ使い魔のルーンにこんな力があるのかは疑問だが、せっかく『返って』きた力だ。存分に使わせてもらおう。
そして同時に思うのは、


(……シロに刻まなくてよかった。ホントよかった。ファインプレーよシロ、そして私)


ちょっといやらしい言い方だが、寝込みを襲ってよかった。
下手に説得してあの使い魔がこの力を得てしまったらそれこそ最強ではないか。ただでさえ凶悪なのにこれ以上の力をもってもらっては困る。
それにルイズはこの力があるからこそ一方通行と付き合ってられるのだ。これがあるからこそ一方通行と『遊んで』いられる。
半信半疑だが、一方通行の言う『訳の分らないもの』を操っているという爆発も今考えてみれば可愛いものだ。あんなに嫌いだったのに、たった一人の存在がルイズの幻想を根底からぶち壊した。


(ぷふっ、『幻想壊し《イマジンクラッシャー》』……なんちって)


身体強化と共に脳内の分泌物がいい感じにどぱどぱと。妙なアヘ顔で笑うルイズはとても危険な人物のようだった。
証拠に色んな刃物をもってきた店主は帰ってくれといわんばかりの顔をしている。
少しの気まずさを残しながらルイズは一度咳払いし、持っていた剣を壁にかけた。


「ごめんなさい、ちょっとお花畑が見えていたの」

「そ、そうですか……貴族様も大変なんですねえ。あっしはこの辺でお花畑は見た事ねえですが……」

「咲かせてみる? きっと気持ちいいわ」


グッと拳を握るルイズに何かを感じ取ったのか、店主はその話は終わり、と持っていた刃物をカウンターの上に並べた。
がらがらがら、と音が鳴るほどに置かれた刀剣類は基本的に小さいものが多い。ナイフや短剣が大部分を占めていた。

お勧めを用意しろといってこれだ。一瞬馬鹿にされているのかと思ったルイズだが、店主はそういった瞳をしていない。本当にお勧めを持って来たのだ。小さなルイズが振れて、最も効率よく人を殺せるであろう武器を。
よく考えて編成された武器類は店主の優しさに溢れていた。それに触れたルイズは、実力は伴わないが誇りだけはしっかりと存在するルイズはそれだけで大変嬉しくなり、


「……オヤジ」

「へ、へい、なんざんしょ」

「『買い』よ」

「ま、まさか、冗談はいけねえ貴族様……いや、失礼承知でお嬢さんと呼ばせてもらおう」

「度胸があるのね。気に入ったわ」


笑みを浮かべながらルイズが言うと、店主の顔つき不機嫌そうに変わる。


「有り難いですがねお嬢さん、……刃物、いやさ武器を舐めるのはいけねえ。ナイフ一つ扱うのだって熟練を目指すにゃ膨大な時間がかかるもんだ。
 俺ぁこんなしがない道具屋で大した武器も扱ってねえが、それでも仕事には矜持をもってんだ。望まねえ戦争に駆り出される兵隊さん達を帰還させるためにもいい武器を。そんな思いをもって毎日毎日刀身を磨く。お嬢さんみたいな衝動での武器買いは許せはしねえ……!」

「い、いいわオヤジ! あなたいい!! マルトーと同じ匂いがする……そう、職人ね! あなた職人だわ!」

「マ、マルトー? 何でお嬢さんが……いや、そんな事はどうだっていい! とにかくあんたにゃ売れねえな!」


憤慨したように腕を組み、ついに店主は出て行ってくれと声を張り上げた。

こういった所謂『変態』が好きなルイズとしてはたまらない。
笑みをさらに深く刻み、そして担いでいたサックをカウンターにどんっ!と。随分重そうな音がした。
紐を解き、そして中身を見せ付けるように、


「……二千五百エキューあるわ。勿論現ナマ」

「っ! ガキがふざっけんじゃあね―――」

「私の親はね! ……私の親はね、手紙の代わりに金を送るのよ。手紙は今までで、一年間でたったの一回。死ねばいいのにって返信してやったわ。だって、こんな沢山のお金どうやって使えばいいのよ? きっとお父様もお母様もちょっと頭おかしいんだわ。少し早いけど痴呆が始まってるのかもしれない」

「……それがどうしたんでえ」

「最低限以外使わないつもりだった。学院を卒業してつき返してやるつもりだったの。ま、あってもなくても同じ金って所よ」

「はんっ! 傲慢な貴族様だ!」

「でもお金はお金。使ってやるわ、今、ここで!」

「仕事人のプライドを金で買おうってか! いくら出されようが売る気はねえ!」


頑固オヤジとはこの事だ。
いいじゃないか。気に入った。
貴族然り、当たり前だが平民にも矜持はある。ただ、平民は力のなさから矜持を売って生活するしかないのだ。
だが、勿論それを売らない者もいる。一部にだが、確かに存在するのだ。売らない一握りの人間。こういった変態がルイズは大好きなのである。

ルイズははっはっはと大口を開けて笑い、


「私を見なさいっオヤジィ!」


そしてカウンターの上にあるナイフを掴んだ。
瞬間に湧き上がる力と情報。
本来は相手を刺し殺すものだが、それは勿論投げても使えるわけで。脳内を武器の情報が駆け回っている今のルイズは千の武器を扱える女だ。


「っふ!」


小さく息を吐き出しながら下手投げで投擲。カウンターを越えて店主の背後に突き刺さった。
たんっ、と音を立てて突き立ったそれは、勿論それだけで終わるはずもない。


「ちぇいさー!」


ルイズはカウンターに並べられた刀剣を全て掴み上げ、そして投げる。
たんっ! たんっ、たんったんたんたんたたたたたたた!! 壁に突き立っていく刀剣たちは所狭しと身を寄せ合っていた。
オーバースロー。サイドスロー。アンダースロー。ルイズはどの状態だって、どんな体勢だって投げて見せる。
身体強化は伊達ではない。

すたぁんっ! と最後の一本、総数四十本の全てを投げ終え、店主の唖然とした顔を見ながら笑みを深めた。
ゆっくりと針山のようになっている壁を指差し、


「これが私の、最近になって成功した一つの魔法よ。それが武器なら、きっと何でも使ってみせる」

「……冗談だろ」


店主は呆れたように両手を挙げた。
それを見てルイズは少々挑発的に笑み、


「二千五百エキューある訳だけども、どうしましょうかしらね?」

「……負けたぜ。この店で最高級のものを最大限ご用意いたしましょう、貴族様」

「んふ、よしなに」


ルイズは優雅に手をひらひら。店主は苦笑しながらもう一度店の奥に引っ込んだ。
そして、


「おでれーた。もしかして使い手じゃね?」

「ん?」


何処からか店主以外の声が聞こえてくるわけだが、探しても誰もいない。
店内にはルイズとタバサしかいないのだ。


「ここだここ。ああ反対、そうそう、そのまま真っ直ぐ」


誘導されつつ声の発信源を目指すが、タバサの方が一足早かった。
彼女は無表情のまま、そしてなにやらルイズをじろじろと見ながら剣郡に手を突っ込む。
そして取り出したるは、


「インテリジェンスソード」

「応ともさ。インテリジェンスソード、デルフリンガー様でえ」

「へぇ、これが……」


喋る時に鍔の部分がかちゃかちゃとなるその剣。
タバサから受け取り、その視線に何か嫌なものを感じながら、そして左手は輝く。


「……ただの剣……よね?」


流れてくる情報ではそう。
この剣はただの剣だ。確かに頑丈そうな素材で出来ているようだが、他のと比べて少し重い。さらにでかい。ルイズの身長よりも大きいのだ。
流石に自分よりも大きな得物を振るのはかっこ悪いような気もするし、もしかしたら振り回されてしまうかもしれない。身体強化は確かにありがたいが、それは絶対ではない。


「ただの剣とは言ってくれるじゃねえか娘っ子。こちとら伝説とまで謳われるモノホンの魔剣だぜ?」

「ボロ剣じゃない。これならギーシュが作った剣(笑)の方がマシよ」

「おいおい嬢ちゃん、魔剣と剣(笑)を比べるなよ。流石に傷つくね」

「そ。んじゃお戻り、元いた場所に」


言い終えルイズは剣郡の中にデルフリンガーを突っ込んだ。
刃も錆びてたし、多分インテリジェンスソードだからこその珍しさを買われてあそこにいるのだろう。


「ちょ、おま! 待て待て待て待てっ、買ってくれ! 絶対損はさせねえ!」

「買う時点で五サント損するわ」

「流石にもうちょっと高えよ! お箸じゃねえんだぞ!」

「……何よあなた、中々良い合いの手入れるじゃない」

「ツッコミには定評があるんでな。……じゃなくてっ!」


インテリジェンスというには愉快すぎるその剣は、しかしルイズのお眼鏡には叶わなかった。
武器を持つと身体能力が上がる。これは確かな事だ。厨房でシエスタやマルトー等の使用人たちに囲まれて包丁を握った時はそういうのがなかったため、『刃物』ではなく『武器』に限定されている事が分かる。
そしてその線引きはどこで行われるかと言うと、それはルイズの脳内。確かに包丁を持ったときはルーンの反応は見れず、シエスタにも自慢する事は出来なかったが、そこでシエスタが言った一言。

『ルイズさんはミスタ・グラモンに見初められたようですね』

その一言は手に持っていた包丁を確かに武器に変えた。
何故かは分らない。もしかしたらルイズはギーシュを殺したいと思ってしまっているのかもしれない。それほどギーシュは面倒くさく、ウザく(くるくる回って蹴りを放つ彼ではない。KMFを華麗に操る彼ではないのだ)、気持ち悪いのだ。
閑話休題とにかく、『武器』の認識は脳内で行われているらしい。
折れた剣はルイズにとって武器ではなく、ムカつく顔を思い出しながらでの包丁は武器になる。

そんなルイズからすると、かちゃかちゃとやかましい剣は余りに錆びすぎているし、ボロ過ぎる。
先ほどは一応ルーンが反応したが、これから先もそうなのかは分らない。もし全然切れなかったらこれは『武器』じゃないと思ってしまうかもしれない。

ルイズのお買い物は高くつく。『武器』を持つと身体能力が上がるという特性上、質より量ではなく量より質でもない、その両方を選択しなければならないのだから。


「お待たせしました、貴族様」

「ん、別にお嬢ちゃんでも構わないけど?」

「いやいや、お嬢ちゃんは本物の貴族様だ。一応敬意は払わねえとな、一応」

「ふふ、安い敬意だったわね」

「硬い事言いっこ無しですぜ。こっちだって店が傾くほどのモンもってきてんでさぁ」


店主は又も大量に武器を抱え、


「おいオヤジ! この娘っこに俺の有用性を語ってみな!」


そしてため息をつく。


「まぁたお前かデル公! 失礼なこと言ったんじゃねえだろうな!?」

「俺はそこの娘っこに買われてえんだ!」

「ああ? 珍しいじゃねえか、お前がそんなこと言うなんて」

「そうさ、こりゃとんでもない事なんだぜ娘っこ! 俺が買われたいなんて早々言う事じゃねえんだ!」

「あぁもうやかましいわねぇ……」

「買え! 買うんだ! 俺を買ってくれ! 絶対損はさせねえ! なぁそうだろ! お前ぇさんガンダールヴなんだろ!?」

「……なんですって?」


がんだぁるぶ? とルイズが効きなれない言葉に首を捻っていると、隣からくいくいと袖を引く感覚。
可愛らしいそれはタバサである。


「始祖の使い魔」

「へ?」

「ガンダールヴはブリミルの使い魔」

「……あん?」


なんだか、一気に色々なものが繋がった気がした。
始祖。描くのも恐れ多いそれはなんだかよく分らない神様だ。伝説といわれる『虚無』の使い手だったという。そしてその使い魔はガンダールヴ。
ルイズの使い魔は一方通行。
使い魔はなんと言っていただろうか。

『お前ェ、虚無だぜ』

ちょっとだけ、信じてしまった。
もしかしたら自分は、そう、『虚無』なんじゃないかと。
心に喜びが浮かび上がり、


「やっば……」


一気に冷めていった。
ルイズは約束を交わしたのだ、一方通行と。先日の『お遊び』のあと、ビチョビチョの下着に涙を流しながら。
一方通行はルイズの頭を右手で掴みながらこう言っていた。

『お前ェが虚無っつーのは誰にも言うなよ? ン? 分かってンのか? 分かってンだったら頷けよ、なァおい』

泣き続けるルイズの頭を掴んで笑いながらそう言った。愉快そうに一方通行は言っていたのだ。
正直お股の事情のせいで全然聞いてなかったのだが今になって思い出した。
とても危険な状態である。
泣く子を黙らせる事なくさらに泣かしながら約束を紡ぐ一方通行。彼とのそれを破ってしまえば、ルイズはどうなってしまうだろうか。
殺される? いや、愛想をつかされてしまうのだ、きっと。
それは非常に困る。せっかく己の使い魔が可愛く見えてきたところなのだ。やっと一方通行の心の反射に一歩だけ踏み出したのだ。ここでそれは困ってしまう。


「おい娘っこ、そうなんだろ? ガンダー───」

「分かった! 分かったから! それ以上言ってみなさい、鍛冶場にもっていってドロドロにするわよ!?」

「お? 買ってくれんのか!?」

「たったの五サントくらい安いものね!」

「俺は箸じゃねえ!」

「タダでいいぜ、嬢ちゃん」

「箸よりもっ!?」


そしてルイズはデルフリンガーと出会った。





10/『もう一人』





ルイズがタバサに連れられ眼鏡屋へと向うと、キュルケは物珍しそうにあちこち覗きながら歩いている一方通行の腕を取った。
勿論自分の自慢の一つ、胸を押し付けながら。
一方通行の表情は変わらない。相変わらず商店を覗き込みながら、時折コクコクと頷いたりしている。
自分では分かっていないかもしれないが、随分と可愛い。
年下(おそらく)には今まで興味は無かったが、なるほどこういうことか。身長もキュルケより少しだけ低く、なんと言えば良いだろうか、すっぽりと収まってしまいそうな気さえする。『萌え』の意味を知った。


「ねぇシロ君、あなたの世界にはどんなものがあるの?」

「科学」

「それはどんな事が出来るの?」

「金さえかけりゃ何でも出来らァ」


胸を押し付けようが耳元で囁こうがまったくの無意味。
多少自信は失われていくが、一緒に寝ていて手さえ握ってもらえないルイズに比べればマシだな、と自分自身を納得させた。

ここ数日付き合ってわかった事だが、一方通行はがっついていないのだ。
キュルケたちの年頃なら所謂『ヤりたい盛り』だろうに、今までの恋人たちと比べてもそういう空気を全くといっていいほどに出さない。
一瞬、同性愛者なのかと疑ったが誰を見るときも同じ目をしている。単純に興味が無いんだろうな、と。色恋が大好きな自分では考えられない事だった。

キュルケはさらに胸を押し付け、一方通行の手を握った。


「元の世界に帰りたい?」

「あァ。ちょっとやりてェ事があンだ」

「……怖い顔してるわ」

「つーか離れろ、歩きづれェ」


一方通行が煩わしそうに口を開くとキュルケは何か不思議なものに弾かれた。
バチ、と何か叩かれたような衝撃。
なるほどこれがルイズの言っていたものかと理解し、さらに一方通行に興味が湧いてくる。
キュルケの傍に居なかった人種だ。身体で攻めても何の反応も返ってくることはなく弾かれるとは。ホイホイ付いて来る貴族なんかよりよっぽど紳士的ではないか。
キュルケは下っ腹がじんわり疼くのを感じ、己の微熱が燃え上がっているのに気が付いた。


「……んふ」

「あ?」

「美味しそうね、あなた」

「はァ?」


心底分かりませんといった表情の一方通行。
キュルケもそれはそうだろうな、と。
そして、


「私、こう見えても処女だから」

「……」

「未使用なのよ?」

「……」

「ねぇ」

「っハ、残念ながらガキに興味はねェ」

「私は十七よ? 絶対あなたより年上だわ。それにルイズよりマシでしょ?」

「……こっちにゃ馬鹿か変態しかいねェのか?」


熱っぽい視線を送るキュルケを置いて一方通行はさっさと歩を進めて行ってしまう。
相変わらず覗く店は、服、靴、アクセサリー。
ファッションに興味があるのだろうか、と少しだけ意外な驚きをキュルケは感じ、そして一方通行はいつもキュルケが寄る服屋へと入っていった。何となく趣味が合ったような気がしてほんの少しだけ嬉しい。

店内の一方通行は興味深げにブーツを手に取っていた。


(あら、良いセンスしてるのね)


お勧めの、前列に陳列されているものではなく、その奥から見つけ出したものの様だった。
新しい物好きのキュルケは見向きもしなかったものだが、シックな色合いのそれは一方通行に良く似合いそう。
彼は今穿いているジーンズとの色合いを確かめ、そして棚の奥に戻した。よく似合っているように感じたが、何か不満だったのだろうか。


「……買わないの?」

「金がねェからな。ウィンドウショッピングってヤツだ」

「王都に来るのにルイズからは1サントも貰ってないわけ?」

「何で俺がアイツから金を貰うンだ?」


俺はアイツを殺しかけただけだぞ、と一方通行が続け、キュルケはまたも一方通行の意外な一面を知った。
彼は、何というか、ルイズから無理やりにでも金を取ってきてそうだったのだ。雰囲気がそう語っているではないか。誤解していたキュルケを責める事は誰にも出来まい。

しかし一方通行の考えでは、今、衣食住があれば死ぬことはあるまいと考えている。もともと金に執着心があった訳でもないのでそれはどうでも良い事だったのだ。

そしてさっさと店から出て行ってしまう一方通行を追ってキュルケも外へ。
ウィンドウショッピングと彼が言ったとおり、本当に見て回るだけだった。


「いいの? さっきのブーツ、すごく似合ってたわよ」

「良いも悪いもねェだろが。万引きでもしてこいってかァ?」

「そういうわけじゃないけど……買ってあげましょうか?」

「いらねェ。借りを作るのは趣味じゃねェ」


一方通行はひらひらと手を振り今度はアクセサリーショップへ。
そこでも趣味のいい指輪やブレスレットなどを見て回るも、結局何も買わずに外へ。金が無いので買わないのは当たり前だが、欲しくは無いのだろうか。
キュルケだったら仕送りを送れと両親に連絡している所かもしれない。

その後も一方通行は入る店入る店で中々のファッションセンスを見せ、しかし何も買わないで去っていく。店員の白い目が怖くないのだろうか。貴族はその辺りも覚悟して、店に入ったら絶対一つは買わなければいけないのに。プライドの生き物なのだ、貴族は。

キュルケは流石に一方通行が不憫になってきた。


「ね、ねぇ、買ってあげるわよ、そんなに遠慮しなくて良いのよ?」

「だからいらねェっつってンだろ」

「でもあの服もすごく似合ってたのに、もったいないわ。あなた綺麗なんだからもっとお洒落なさいよ」

「ウルセェな、洒落たモン着て何しろってンだ?」

「私の隣を歩いてくれるだけで良いわ」

「何だそりゃ?」

「いいからホラ、来て来て! あっちの方にすごくいいお店あるんだから。タバサとルイズの分も一緒に買うわよ! あなたきっとレディースの方が似合うからちょうど良いじゃない!」


そしてキュルケは一方通行の腕を取りズンズンと大またで歩き始めた。
抵抗するかと思われた一方通行は一応大人しく付いてきている。またも反射されたらと思うと心理的なショックが大きい為に大変重畳である。
自然と笑みが浮かび一方通行には何を見繕ってやるか、と服の事について考えた時だった。


「あいたっ!」


バチ、と再度反射。
腕と胸が少しだけ痛かったものの、一方通行のその表情を見れば声は出せなかった。


「……っ」

「シロ君?」


一方通行が驚いているのだ。目を見開き、信じられないものを見ているかのような、


「おいオマエ! 止まれっ……オイ!!」


一方通行の視線の先、一体誰の事を言っているのか分らない。
狭い道と、喧騒に満ちた周囲。余りにも人が多すぎる。虚無の曜日の今日、それは仕方のない事だ。


「───っオイ!!」


一方通行は先に進もうとしているのだろうが、それは人の波が許さなかった。
道幅5メイルほどの大通りにはこれでもかと言うほどに出店と人間たち。
キュルケは一応一方通行の力を知っているので、なぜそれを使わないのか非常に疑問を感じるところである。


(……焦ってる?)


キュルケの考えは概ね正解だった。
表情からも読み取れてしまうほどに一方通行は焦っていたのだ。いつもニヒルな笑みを絶やさない彼がこうまで。

結局喧騒の中に飲み込まれ、一方通行はその姿を見失ったのだろう。伸ばしていた手がゆっくりと下りてきた。


「……大丈夫、シロ君?」

「……ウルセェ」

「顔色が悪いわ。今日はもう帰る?」

「ウルセェ!」

「な、何よ、どうしちゃったの?」

「……何でアイツが、ここに居やがる……っ」


そして一方通行は小さく小さく何事かを呟いた。
きちんと聞こえなかったが、こうまでショックを与える人物とは一体誰なのだろうか。


(……ああ、そっか)


そしてキュルケはソコへ思い至るのだ。
きっとその人物も元の世界から召喚されたのだろうな、と。





。。。。。





そして無事に買い物を済ませたルイズたちだが、帰りの竜の上、ぴりぴりと肌を刺す感覚。無言の圧力。それは勿論一方通行から放たれていた。
非常に居たたまれない。何か理由を知らないか、とキュルケに視線を送っても彼女は肩をすくめるだけに終わった。
はぁ、とルイズはため息をつき、一方通行を見るが彼は変わらず無言で方膝を立てるだけ。目つきが一層キツクなり、ここ最近やっとの事で解かりかけた一方通行はまた何処かへ行ってしまった。
内緒で買った服なんかを是非見てほしいのだが、そんな雰囲気を今出そうものなら竜の背中から叩き落されてしまうだろう。


(なんなのよぉ……)


ルイズに限らずきっと全員が思っていることだろう。
タバサは無表情で読めないが、ルイズが握っている手は少しだけ震えていた。
これでは駄目だ。また最初に戻ってしまうだけになる。
よし、と自分に喝をいれルイズは一方通行へと。


「……シロ、何かあった?」

「黙ってろ」

「でも、何だかあなた……」


消えてしまいそうな顔をしている。結局ルイズは最後まで言えず口を閉ざしてしまった。

こういったときが一番腹立たしい、ちっとも自分の事を教えてくれない一方通行は。教えてくれなければ何を言って欲しいのかも分らないし、何をして欲しいのかも分らない。
ご主人様として何かしたいのに全然懐いてくれない。踏み込んでしまえば絶対に弾き返される。
とは言うものの、やはりルイズはルイズで、反射? やってみなきゃわかんないじゃない! と。


「あ、あのね、私、シロの言ったとおりたくさん武器買ってきたわ」

「……」

「そこの店主が結構いい人で、剣を一本サービスしてくれたのよ」

「……」

「デ、デルフリンガーって言ってね、インテリジェンスソードで……」

「……」


一方通行からは何も返ってこない。なんと『反射』さえしてくれない。
鼻の奥がつんとする感覚。じんわりと涙腺が弛みルイズの瞳に涙が溜まっていく。

だめだ。
使い魔を召喚して数日経つが、やっぱり自分は駄目なのかもしれない。
諦めたくないのに、それなのに、どうしたって一方通行の事が分らないのだ。一生懸命なのに、ルイズはいつも一生懸命なのに、一方通行は行ってしまう。手の届かない何処かへ。

鼻水を啜り上げ、まだ諦めるものか、と袖で涙を拭った。
しかしその時、


「ちょ、ちょっと、あれ何!?」


キュルケが指したのは地上。
すでに学院が見えており、そこには何かがいた。


「ゴーレム」


タバサは変わらず抑揚の無い声を上げる。

ギーシュとはレベルの違う、超がつくほど巨大なゴーレムだった。戦乙女のような無駄な意匠が無いそれは非常に実戦的であり、そして何より恐ろしい。がつんがつんと学院の壁を殴っているのだ。
あの辺りはルイズが毎朝筋トレと魔法の練習をしている場所で、その近くには馬小屋がある。脳裏に浮かぶのは黒い毛並みが美しく、ルイズが勝手にクロと呼んでいる牝馬。


「ちょっと、冗談じゃないわよ!」


激情に駆られ、タバサに降下してくれと大声で頼むが、それはゆっくりと首を振られる。


「なんでよ!?」

「危ない。きっと死ぬ」

「やってみなくちゃ分らないじゃない!」

「トライアングルかスクウェアクラスじゃないとあのレベルのゴーレムは作れない」

「それがどうだって言うの!?」

「勝ち目が無い」


静かにだが、しかしそれは現実だ。
いくら切れる剣をもっていようが、30メイルを超える土人形にどうやって対抗しようというのか。
タバサの言っている事が現実で、それは覆しようの無いもの。

だが、それでもあそこにはクロがいて、それを見捨てていい訳があってたまるもんか。
ルイズはシルフィードの背から身を乗り出して下を見た。何メイル程かは分らないが、目も眩むような高さ。ゴーレムよりも上空を飛んでいる。


(……ルーン全開でも、死ぬ……かな?)


心臓が高鳴り始めた。
キュルケが馬鹿な真似はやめろと諌めてくるが、聞こえない。
馬の為に命をかけるのは馬鹿か? そうだろう。きっとそうだ。
しかし一年間、毎朝毎朝傍にいてくれたのだ、クロは。他の貴族たちにとってはただの乗り物でも、ルイズにとっては、


「……友達なのよ」


そしてルイズがシースからナイフを取り出し、上手い事学院の屋上に飛び降りようとした時、


「……あれ?」


がっちりとキュルケから襟首を掴まれていた。


「ちょ、放して!」

「何考えてんのよあなた! 魔法も使えないのに飛び降りる気!?」

「そうに決まってんじゃない! 学院殴ってんのよ!? 傍にはクロが居んのよ!!」


ルイズがそれでも尚飛び降りようとすると、一方通行が一言。


「……殺す」


その表情は言葉に出来るものではなかった。

何の違和感もなく、それはそれは自然に一方通行はシルフィードの背から飛び降りていく。
ルイズは目を剥き、自分のために行動してくれる一方通行に驚きを隠せなかった。

落ちて行き、そして普通に地面に立っている一方通行はとても小さい。
その隣にゴーレムが居るのだから余計に。

そして、二つ目の太陽が輝いた。
当然のように猛威を振うそれは、余りにも凶悪。
ゴーレムの身体は直視できないほどに発光する太陽の威力を全身に浴び、赤く赤く。どろり、と一部解け始めた。



「……く、くひ、ひゃはは……ッぎゃあひゃはぁっはひゃはははは!! 殺す殺す殺す殺すっ、ブチッ殺ォす!! ひゃあっははは!! 聞いてっか最弱! 俺は何だァ!? 一方通行だろォがッ! 何やってんだ『最強』がよォ!! 笑っちまうよなァ、笑っちまえよ!! 教えてやンぜクソッタレが!! く、くくひひゃひゃははは、俺はァ、俺はなァ、」


狂笑の一方通行は、


「俺は人殺しなンだよォォおお!! 愉快痛快たまンねェじゃねェかァ、なァそうだろッ!? ひひゃ、あはっくひひゃはははははははははは!!!」


決して自分のために降りたのではないんだな、とルイズは確信を持った。
むしろ、悲痛な叫びに聞こえる笑声を聞きながら。







[6318] 11
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/03/02 17:33




一人殺せば殺人犯、十人殺せば軍人で、百人殺せば貴族入り、千人殺せば英雄だ。

だったら、一万人は?
たった一人で一万人を殺した人はどうなるの?

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。回る。廻る。

そんなの関係ないと言えなかった。ルイズにはどう声をかけていいか分からなかった。始めは冗談だと思って、一方通行の瞳を見て、それから初めて本当の事だと知った。
ルイズの可愛い使い魔は、悪党で、最強で、稀代の殺人鬼だったのだ。

一万人って、どんな数?

まずはここからではないだろうか。
それはもう軍隊だ。しかも一方通行の話では全てが何らかの能力をもっていて、『向こう』に存在する非常に高性能な武器まで装備していたという。もうそれはルイズの理解の範疇にある事ではない。ビルからよく狙撃されていたと聞いて、ビルってなんだろう。
ルイズに分かる事は一つ。一方通行は一万人を殺した。それだけである。

彼はどういう思いで今までルイズと付き合ってきたのだろうか。
殺されそうになったのは幾度となくある。しかし今を何とか生きているルイズは幸運だっただけなのか、と問われればそれだけでは決して無いと言いたい。言ってみせる。

ルイズからの一方通行ではあるが、其処には何かある。きっと一方通行も何か感じ取ってくれているはず。
虚無に興味がある。それだけだっていい。そこには触れ合いが絶対に存在する。そこから始めればいい。

一方通行は、そもそも少しくらいルイズを好いていてくれているのだろうか。
その自信さえもてれば、きっと、


「……ルイズさん」


大体にして、重すぎるのだ。
一方通行はその事をなんとも思っていないように話していたが、そんな事は無い。あるはずが無い。自分のエゴで一万人を殺しておいてまともでいられる訳が無い。
どこか何か足りないように感じた一方通行は、きっとそういうことだったのだ。嫌な言い方をするならば、オカシクなってしまっている。

ルイズは『反射』の内側に入り込もうとしていた自分を改めて恐ろしく感じ、そして一方通行の事をまともに見れなくなっていた。
だってそうだろう。就寝時に隣で寝ていた彼は、自分の手で一万人を殺しているのだ。
言えば軍人だって人殺しだが、それとこれとはまた違っていて、命令ではなく自分の我を通して殺したと言っていた。


「……ルイズさん?」


無敵。
彼が唯一固執するもの。
ルイズから見るならば一方通行はすでに無敵だ。しかし彼はその先を目指しているのである。わき目も振らずに、ルイズに注意を払わないで。

良くも悪くもルイズの心の中には一方通行がいっぱいである。恋とか愛とかそういうのではない。ただの印象値の問題として、いつも一方通行の事を考えている。
ルイズは一方通行の事が嫌いではない。嫌いになりたくない。
初めて成功した魔法で初めて呼び出した使い魔を嫌いになんかなりたくは無いのに、しかし彼は一万人を殺しているという。
もう、どうしていいのか分らない。
好きになってくれ、私の事を。最初は『死ね』から始まったけれど―――、


「ルイズさんっ……!」

「へあっ!? あ、ゴメン!」


ビクリと肩を跳ね上げて考えに沈んでいた頭を浮上させる。
隣を見ればシエスタが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「大丈夫ですか?」

「う、うん」

「……今日はもう寝ましょう。盗賊さんも襲ってきましたし、明日の授業はきっとお休みですよ」

「あは、そうかもね」


今はどんな顔をして一方通行と話していいか分らない。だから今はシエスタの部屋に避難中。

宝物庫を狙っていたあのゴーレムは最近巷を騒がせている盗賊、『土くれ』のフーケだったのだ。
学院長たちが駆けつけた時にはすでに煮えたぎった、本物の土くれになってしまっていたゴーレム。余りにあっけないそれは改めて一方通行の危険さを示した。
彼はけらけらと笑いながらゴーレムを破壊したのだ。“殺す”と何度も口にしながら。

終わった時、彼の表情からは何もかもが消えていた。
学院長からの感謝の言葉も一方通行には何ら興味を引くものではなかったらしく、全てを無視しながら普通に歩いて、普通に自室に戻って、そしてあたかも当然のように口を開いた。

『一万人を殺した』。

彼はまた遠い所に行こうとしている。





11/『行通方一×一方通行』





宝物が盗み出される事はなかった。
コルベールが大嫌いで、視界にすら入れたくない使い魔の少年がゴーレムを潰してくれたお陰で。
別に個人的な感情だけで生きているわけではない。勿論礼も言おう。しかし、人間としては最も付き合いたくない人種。同族嫌悪。どうしたってその瞳の中に自分自身を幻視してしまう。

そして、学院長室の机に一枚の紙切れ。


「……オールド・オスマン」

「わかっとる」


『明日もう一度盗みにきます。よろしくお願いします』。

綺麗な字で書かれたそれはもちろん予告状であった。誰が送ったかなど当然で、土くれ以外にあり得ない。
よろしくお願いしますなど、非常に馬鹿にしたそれはどうやってこの部屋に入ったのか、どうやって盗むつもりなのか、なぜ自分の不利になるような手紙を残すのか、勿論疑問は腐るほど出てくる。
しかし考える時間すら与えてくれない制限時間。
すでに丸一日を切っている予告時間。
クソが、と口の中だけで小さくコルベールは呟いた。


「王室に報告しますか?」

「ふむ、援軍を送ってくれると思うかね?」

「無理でしょうな」


一度は撃退した相手に何を言っている。そう返事が来るのは間違いないであろう。
貴族はプライドの生き物だ。ここの教員たちが“自分たちで撃退してやる”と在りもしない実力を振りかざすのが目に見えている。そもそも使い魔に出来て私たちに出来ないはずがあるものかと。『土くれ』も大した事が無いなと笑っていたのをついさっき聞いたばかりだ。

コルベールは元軍人だ。人も殺してきた。だから分かる、あのゴーレムの危険性が。
『土くれ』のフーケは間違いなく上位レベルのメイジだ。
無駄な意匠を省き、どこまでも堅実かつ実践的に立ち上がる土人形。30メイルというのはその質量が武器になる。その足が自分の頭上から降ってきてみろ。ここにいる教員がどんな魔法を使おうとプチと蛙のように潰れるのは当然じゃないか。

殺した事も無いたかだか『教員』が、実戦を知っているものに敵うと思っている。
相変わらず平和ボケをしているものだな、とため息をついた。


「して、生徒たちには何と?」

「知らせん訳にはいくまいて。どこぞの馬鹿が前に出てくるのは見えておろうがの、それでも情報を一切与えんのは教師としてどうかとも思う。ここは軍隊ではないからの」

「……慧眼、御見それします」

「やってられんわい、まったく。アクセラレータ君がもいっちょぶっ潰してくれりゃ楽なんじゃがのう……」

「彼に命令できるはずが無い。絶対に」

「……てこずるわい」

「やってられませんな」

「じゃろ? やってられんわ」


そしてコルベールは杖を抜いた。
戦うしかないのだろう。嫌だとごねている場合ではない。
それに、


「これ、ちょっと怖い顔をしておるぞ、コルベール君」

「……失礼しました」


体が疼くのを感じる。
どうしようもない愚か者だ、とコルベールは口元を揉んだ。妙に力の入っているそれを揉みほぐす。


(……人殺しが、抜けていないな)


そしてコルベールは学院長室を後にした。
恐れ入る慧眼はこちらの事情など何でもお見通しのはずなのだ。一緒に居るのはやや気まずい。

コルベールがコツコツと廊下を歩くその姿は、まさしく軍人のようだった。





。。。。。





そして朝、シエスタの胸に顔面を埋めたまま目を覚ましたルイズはいつもの様にトレーニングへと。
昨日のゴーレムの残骸が残っており、それで一方通行を思い出す。
取り合えず一晩が経ったがそれで何か解決するわけでもなく鬱々とした気持ちで蹴るサンドピローはいつものような音はたてない。


(なによ……一万人って何よ……んなもん、分らないっての!)


ルイズは鋭く蹴りを放つがそれもベチ、と。気持ちの乗らないトレーニングはまったくもって身にならない。
ため息をつきつつ、もう終わろう、とクロに乗ってサンドピローを木から外した。

俺は誰も助けない。誰も救わない。そこにいたら弾く。殺す。それしか出来ない。

先日の一方通行の言葉である。
なんと言うか、納得。確かに彼はそういう風な生き方をしているのだろうと容易に想像が出来る。ルイズは一方通行の事を知りたかった。知りたかったが、いくらなんでもこれは無いだろう。

毛並みの美しい馬を撫でながら、


「昨日は危なかったね、クロ」


頬を舐めてくるクロは非常に愛らしい。
パニック状態にあった馬の中で一頭だけ何時もの佇まいで凛とした姿勢をとっていた。相も変わらず頭がいい馬だな、とゴシゴシと身体をさする。


「それじゃあね、また明日」


そしてサンドピローを馬小屋の裏に隠し、もう朝食の時間だ。馬もルイズも。
気分は晴れないまま、水場へ向かい、起きていたシエスタと一言二言言葉を交わし、食堂へと向かった。





「昨日フーケから今日もまた来ると予告嬢が届いておる。よって本日の授業は全て休み。生徒は寮から出る事を禁じる」


オスマンの一声。馬鹿な貴族達はもちろん喜んだ。

シエスタの言ったとおり、本当に学校は休みになってしまった。
ぼんやりと考えながら、最早一方通行の指定席となった隣を見るも、そこには誰もいない。並べられた朝食は誰にも相手されることなくそのままの姿を晒している。
そこまで空腹なわけではないが、これをそのままゴミ箱に行かせるには心苦しい。
ルイズは隣にあるスープと肉たちをもくもくと食べつくし、そしてどうしたもんかと考えるのだ。

一方通行が朝食に来ていたら来ていたでそれなりに気まずかったであろうが、それでも会わないよりはいいはずなのだ。
何かきっかけが欲しい。初めの一歩を進めるきっかけが。
それがあれば、よく回る口だ、きっとお話も出来るはず。そんなの関係ないんだよって、もしかしたら言えるかもしれないのに、しかし一方通行に会いに行くのがどうしても怖い。
だって、用意していった言葉を並べたってきっと見破られるし、本心で付き合いたいのだルイズは。一方通行とは、初めての魔法で召喚した使い魔とは心で繋がりたい。
それが出来ないから鬱々してるし、イライラしてる。初めて心を見せてくれた一方通行は重すぎる。


「……自室から出ちゃ駄目なのよね、皆」


重いため息。
キュルケの部屋にでも逃げ込もうかと本気で思ってしまった。
これをきっかけと思って一気に勝負に出てみるかと言われればまたそれは怖くて、怖くて。

結局いい策は見つからずにルイズは食堂を後にした。
寮を目指し、そして重くなる足取り。

遠目から見ても自分の部屋から負のオーラが出ている気がする。勿論気がするだけだが。
そして部屋の前に来てついに重い足は動かなくなってしまった。ついついノックなぞしようとして、ああ、ここは自分の部屋だと妙な確認まで。

すぅはぁすぅはぁ。
目を瞑って深呼吸。顔をあわせて、まずは何を言おうか。元気? とでも声をかけて大丈夫だろうか。無視されないだろうか。こっちに反応はしてくれるだろうか。そして何より、自分自身がまともでいられるだろうか。
どくんどくんとやけにやかましい鼓動。耳の横に心臓でもついているのかと疑うほどにそれは響いた。

緊張でがちがちに固まってしまっている右手を上げて、ドアノブを掴もうと―――、


「ルイズ!」

「~~~っ!」


ぎゃああああああああああああ!!! と、声にならない悲鳴を口の中だけで止め、そして声の主は、


「ああルイズ、君に一目でもあえてよかったよ。この緊張状態で僕達の」

「ぎ、ぎ、ギー、あんたっ何!?」

「いや、今回は君に用があるわけじゃないんだ。だからその固めた拳を仕舞っておくれ、僕の可愛いルイズ」


勿論仕舞うことなく殴ったわけだが、それにしても女子寮に何のようなのだろうか。
一応、誰も守っていないが一応、女子寮には男子の出入りを虚無の曜日以外禁じる規則がある。それをこうも堂々と破ってきているのだからそれなりに大事なことなのだろうな、と鼻血を吹き出しているギーシュを踏みつけながらギロリと睨みを利かせた。


「あ……ああっ!」


恍惚とした表情の彼は非常に気味が悪い。


「で、何の用なわけ?」

「いや、だから今回は君に用があるわけじゃなくてだね……」

「またシロにケンカでも売ろうっての? アイツ今機嫌悪いからよした方がいいわ、今度は助けらんないかもしれないから」

「僕もそこまで愚かではないよ」

「じゃあ何しに来たのよ?」


ルイズが再度疑問を投げると、ギーシュは足をやんわりと払いながら立ち上がった。
特に何かを決意した、などの特別な感じでもなく完全に普通に言ってのけるのだ。


「ちょっと、彼にお礼を言いにね」

「……あぁん?」


完全にたちの悪い任侠屋さんのそれ。下から睨みつけるようにルイズは視線を送る。

お礼。
ありがとうとか、その辺りであろうか。
完全に意味が分らない。ギーシュが一方通行に礼を言う意味が分らない。まさかこれはお礼とは隠語で、お礼参りとでも言っているのだろうか。


「そう睨まないでおくれ。当然の事だろう?」

「……いえ、全然当然じゃないわね、うん。あなたがシロにお礼を言うことなんて何にも無いはずよ」

「それはグラモンを馬鹿にしているのかい?」

「どうやったらそういう解釈が出来るわけ? シロがあなたに何したって言うのよ?」

「助けてもらったじゃないか」

「はぁ? 何時? 何処で? 誰を!?」


そしてルイズは馬鹿にするのも大概にしろ、と拳を繰り出そうと。
だってそうだろう、一方通行は一万人を殺しているのだ。助けるなんてこととは、それこそ真逆。

しかしギーシュが続ける言葉、それには、


「―――昨日、此処で、学院生全員をさ!」


ルイズの考えを全てひっくり返す力を持っていた。





。。。。。





その部屋に閉じこもったまま天井のシミの数を数えて、一体どのくらいだろうか。
王都で見知った顔を見て以来、それこそ何も考えられなくなっている。


「……クソッタレが」


一方通行は吐き捨てる様に呟き、そして立ち上がった。

妙にちらつく顔。
さらに一万人ほどぶっ殺した話をしたときの、一方通行を召喚したゴシュジンサマ。
全てが一方通行にストレスを与えている。
聡明な頭脳は簡単にイライラの基を思い出すことが出来てしまい、それは忘れる事が出来ない戒めに。
一方通行をして『とんでもない』と言わしめた最弱は、今回ばかりはショックだった様だ。

っは、と一度だけ乾いた笑いを。


(……一万人ってなァ、流石にねェよな)


自身も感じていることである。よくもまぁ一万人も殺したものだと。
数の問題ではないものの、それでも一万人だ。10000人なのだ。想像がつかないであろう。一万人はそれほどの数だ。
殺した本人が思うのもなんだが、お悔やみ申し上げます、と。

罪に問われない一方通行は幸運なのだろうか?
死ねば許されるか?

今更である。
それは全部『あっち』に置いてきた事だった。それゆえにストレスを感じているのだ。

そして少しだけの空腹を感じ、食堂にでも行くかと部屋を出ようとした時にちょうどよくノックが。


「あァ?」

「……失礼」

「こりゃまた珍しい客じゃねェか。俺の部屋じゃねェが、その辺の椅子は空いてンぜ」

「ここは元々来客用の部屋だ。君が使っても問題はない」


現れたのは禿頭の男、コルベールだった。
一方通行は自身でも気がつかなかったが、コルベールが現れたときに感じたものは『安心』だったのではないだろうか。
いつもの一方通行であったのなら部屋に入れる前に扉を閉めているはずである。それなのに椅子まで勧めてやる始末。人殺しのシンパシーに縋ったのだ、彼は。
だって当たり前であろう。15、6年しか生きていない。もしかしたらルイズよりも年下かもしれない。一方通行だって、子供なのだ。ガキなのだ。いくら頭が良かろうが、その事実は絶対にそう。
学園都市の連中が聞くならば耳を疑ったことだろう。
今の一方通行がオカシイのか、それとも普段の一方通行がオカシイのか。その判断はどうやってもつける事は出来ないが、王都での出会いとルイズの表情がちらつくのはまぎれも無い事実。


「で、何の用なンだ?」

「……打ち明けたらしいじゃないか。ミス・ツェルプストーから聞いてね」

「ッハ、人殺しだってかァ? ちょろっと一万人ほどぶっ殺しただけの話だ。事実だろォが」

「実に彼女らしく、随分遠まわしな相談を持って来てくれたよ。まぁ、たまたま最初に会った『大人』が私だからかもしれないがね」

「く、くくっ、『友達の使い魔が人殺しなんですけどどうしたらいいですか』ってかァ? 笑えンじゃねェか、お前ェに答が出せるわけねェよなァ、人殺し」

「よくないな、そういう態度は。一万人を殺した時もそうだったのかね? 頑張ったものじゃないか、殺人鬼」


コルベールの瞳に暗い色が映りこむ。
一方通行はこれだ、と思った。きっと自分もこういう瞳の色をしている。今まさに。
鏡が見たくてしょうがなかった。人殺しという事実から逃げたがっている自分を殺してやりたい。一方通行は一方通行を殺してやりたい。世の中から人殺しを全員殺してやりたい。瞳の色の、赤色の奥に映る闇を、何もかも。

一方通行はひく、と口角が釣り上がるのを感じた。
それを感じて、そしてやっと自分が笑っている事に気がついたのだ。


「……それは一体どういう表情かね」

「テメェをプチっと殺したくてたまンねェ微笑だ。美しいもンだろう、天使の微笑ってヤツだ」

「随分愉快な事を言うな、君は」

「あァ?」


今度はコルベールが笑みを浮かべた。
普通の人間が見ればそれは普通の笑みだが、一方通行が見れば少し違っていて、それは嘲笑に似た何か。同情の隣に居るどれか。
瞬間、腸が煮えくり返り、もう殺そうと思った。
殺してしまえと誰かが叫んだ。

勿論一方通行は何の疑問も感じずにその声を受け入れる。過去に一万回以上も繰り返している。今更耳を塞ぐなんて出来やしない。
ゆっくりと右腕を伸ばし、コルベールに触れようかという時、


「泣かないのかね」

「……はァ?」

「そんな顔をしているよ、君は。微笑とは大分遠い所に居る」

「っく、くく……」

「可笑しいかね?」

「ぎゃはッ、これが可笑しくねェってかァ!? まさかここで最大級のジョークとは流石の一方通行さんでも予想だにしませンでしたよォ!!」


けらけらと一方通行は笑う。
まさか、まさか泣けといわれるとは思わなかった。
一方通行が感じているのはそういうのではない。求めているものもそういうのではない。
脳内のムカつきを止める方法を提示してくれ。そうしてくれれば殺さないでおこう。目玉をくりぬくかもしれないが、それだって生きていけるだろう?
違うんだ、そうじゃない。
一方通行は『そう』じゃない。涙を流すという行為が、朝起きて欠伸をしたとき以外に流れた事が無い一方通行は『そう』じゃないのだ。

げらげら笑いながら見てみれば、コルベールの瞳には暗いものが浮かんだままだ。

こっち側の人間のくせに、なぜそれが分らない?


「あァ、あァ、ひィ……、まさか俺を笑い死にさせて『最強』になろうってンじゃないだろうなァ?」


腹を抱える一方通行に、再度コルベールは口を開く。


「……私の瞳には、何が映っているかね」


余りに簡単な問題。


「流麗で美しく甘美な艶やかさを兼ね揃えた実にドス黒い輝きが宿ってらァ。同じ目ェしたヤツが舐めた事ほざいてンじゃねェぞ」

「……同じ、か。そうなのだろうね。きっとそうだ。人殺しの色で、殺人鬼の色で、私の右手は人を燃やす事を躊躇いはしなかった。今も求めていると感じるときもある。夢を見るんだ。炎の匂い。空気を焼き滅ぼし、そして自身の体が熱く滾る、そんな夢を」

「よく分かってンじゃねェか。よかったぜ」


興味なさげに一方通行は手を振った。
しかし、


「だがね、これはそれだけじゃ無い。この瞳の色がそれだけじゃ、余りに悲しいじゃないか」

「……何が言いてェンだ」

「これはね……、この瞳の色は―――」


そして学院全体が揺れるような衝撃が響いた。




。。。。。





「朝っぱらから随分まじめな盗賊ね」


外を見ながら思わずため息をついた。またもゴーレムが現れたのだ。
昨日と同じ場所、同じ土人形。馬たちはすでに非難済みなので別に何ら問題は無い。

特に注意を払う事無く、窓から身を乗り出していた身体を引っ込めた。ルイズにはやる事があるのだ。『土くれ』は消えていてくれていい。
一方通行を探す。それだけだ。
今胸のうちにある熱が冷め切らないうちに会いたい。今なら言える。一方通行を嫌いにならないですむ。

一方通行は助けた。確かに助けたのだ。
一万人を殺したと告白した時に、自分は一方通行だから誰も助けることが出来ないなんて言っていたけれど、そんなことは無い。しっかりと助けているじゃないか。それが結果論に過ぎないんだってのは分かっている。それでも、彼は誰かを救うことが出来るのだ。

何で自分はこんなに簡単な事に気が付かなかったのだろうか。
ルイズは自分自身を抹殺してやりたい気持ちでいっぱいになった。ヒントはいくらでもあったはずなのに、今日の朝だって、クロに会って、それでその無事を喜んだくせに。

ぎり、と唇をかみ締める。
仕方がないとは言えないが、しかしルイズはあの時の一方通行を見ているのだ。
殺す、死ね、そして笑い声。見てしまっていたからこそ気がつかなかった。


「……ああもうっ、考えるのヤメ! 動きなさいルイズ! 私はご主人様なんだから、だから動くのよ!」


短くなってしまった髪の毛を手でクシャクシャに乱しながら叫んだ。

考えが詰まったら行動。
考えが詰まる前に行動。
考える前に行動。

効果があるかどうか分らない瞑想なんてものを一年間も続けてきた。
貴族なのに身体を鍛えることばかりが好きだった。
魔法のことが嫌いだった。


「変わるわよ!」


頬をぴしゃりと打ちつけ、乱雑に置かれている刀剣類を掴み上げる。
しっかりと体が軽くなるのを感じ一つだけ頷いた。

まずは着ている服を全て放り捨てる。さっさと全裸になり取り出したるは先日買った黒のインナー。ぴったりと肌に張り付くような素材で出来たそれは割と高額だったものである。少しだけ余った袖はたくし上げ邪魔にならないように。
下に穿くものも同じようなもので、ぴったりとルイズの、やや肉の足りない尻のラインを浮かせる。
次いで取り出したるは甲冑である。といっても重装甲のそれではなく、買ったのはパーツだけ。
胸当てを被り、左側の肩当ては外した。脚甲を取り付け、そして、


「めんどくさいわね、どうなってんのよコレ……」


ルイズが取り出したもの、皮で出来たそれは一見すると縄梯子のような形をしていた。
二、三度考え込み、取り付けに失敗して、そして正解にたどり着いた時にそれの全体像が見える。
シースだ。鞘である。ぐるりと腰に巻かれた連結型のシース、一回りで十五本ずつ、上下三十本のナイフを収納可能なそれはあたかもスカートのようで、ルイズはこれからスカートと呼ぼう、と脳裏でどうでもいい事を考えた。


「おーおー、なかなか様になってるじゃねえか娘っこ」

「黙ってなさい、連れてってやんないわよ?」

「冗談はよせよ。やる気なんだろ、メイジと」

「そうよ、こうも喧しくっちゃ人探しも出来ないわ。サクッと倒してシロに伝える事があるの」

「言うねえ。頼もしいこった」


カチャカチャと鍔を鳴らすデルフリンガーを抜き身のまま背中に担ぎ、そして窓から身を乗り出した。
戦っている。馬鹿でかいゴーレムと、余りに小さな人間。一様に魔法を使っているがゴーレムはそんなの関係ないとばかりに足を踏み鳴らし、そして宝物庫の壁を殴りつけている。
そして目を凝らしてみれば、肩に誰かが乗っているのだ。フードを被ったその人物の顔は見えないものの、あれがフーケだろうと。

打倒すべき敵。そう認識した瞬間に体が熱くなるのを感じた。


「いくわよ、ボロ剣。あんたは背中で見てなさい、私の戦いっぷりを」

「おいおい、使わねえ気かよ?」


ルイズは返事も返さずその窓から身を投げ出、すのは怖かったのでしっかりと階段を使って寮から出た。





。。。。。





『―――この瞳の色はね、後悔の色(思い)さ』


それだけ言うと、教員コルベールは消えた。地震の様な振動が起きている事から、恐らくまたあのゴーレムというのが出たのだろう。一方通行にはまったく関係の無いことだ。

自身しかいない部屋でポツリと呟いた。


「……それだけか?」


お笑い種である。よりにもよって、後悔?
っは、と。鼻息だけで飛んでいってしまいそうなものだ、それは。

一方通行は部屋の隅にある化粧台の前に座り鏡を、己の瞳を覗き込んだ。
どんよりと暗い輝きのある瞳。一方通行の瞳。コルベールも似たような輝きがある。
後悔などとんでもない。これはそういうのではない。これは、ただ人を殺した証であるはずだ。

その瞳を覗き込み、鏡の中の人物は人殺しで、ずき、と『脳』に痛みが響いた気がした。そう、『脳』が。


「いっ、てェ……」


一方通行は痛みと無縁にある生活をしているだけに耐性が無い。頭痛というのは非常に厄介な敵になりえる。心臓の鼓動と共にずくん、ずくんと痛む頭は、これは、一体なんだろうか、不思議な、感覚を、彼は感じる。


「ぐッ……あ、ァ……? ンだァ、クソッタレ……」


なんだろうか、と考える前にすでにコルベールが己の前に立っていた。
驚きを表す前にそれは口を開く。


『君は気付いているだろう、その答えに』

「あァ? 殺すぞテメエ……!」


映るコルベールに向けて右手を伸ばした。
聡明な一方通行すら分らないこのムカつきを、この痛みを、コルベールはすでに体験しているとでもいうのか? なぜ分かる? コルベールは答を出しているのか?

そんな馬鹿な事は無いはずだ。

だって、一方通行の方がたくさん殺している。
だって、一方通行の方が頭がいい。
一方通行の方が、一方通行の方が……。

ヂリヂリと脳が焼き切れてしまいそうだった。眩暈を感じ、気分が悪い。嘔吐感がこみ上げてきて思わず口を押さえて、瞳を瞑った時に聞こえてくる声は自分自身のもの。


「後悔?」


駄目だ。それは駄目だ。


「後悔だァ? ンな事が、ありえねェン、だよっ」

『何故でしょうか、と■■■は疑問を投げかけます』


出やがった、と一方通行は口だけを動かす。目の前の人物は誰だ? 殺した女だ。一万人殺した女だ。
気分が悪い。


「後悔ってなァ、悔やんでンだよ! 殺した事を! ッハ、ハハ、何だそりゃ? 後悔していいはずがねェだろォが!」

『なんでよ?』


笑いが出てくる。オリジナルが、出て、きやがった。
吐きそうだ。もう、口元を押さえている右腕は先にある顔面を鷲掴みにしてしまいたい。ころ、ころ、―――、。


「何故ェ? 何故だとテメェ! 俺ァ手前ェのエゴで殺してンだよ、わがままで殺してンだよ!」

『何でだよ?』


ころしたい。殺してしまいたい。目の前の『最弱』を。名前はなんて言った? 調べて、調べたら、かみかみ上・条当麻っ・!
眩暈が、とんでもない。現実が歪んでいく。一方通行の、スーパーコンピューター・の『脳』が、何かを見せている。理解している。これは、現実じゃない。当たり前、そんなもの、現実のはずが無い。自分自身の脳味噌のくせにこの俺様に疑問を投げかけてくるとはいい度胸をしてやがるなテメエころ、す、と、口は、何で、その先の答を。


「『絶対』に成る為だ! 俺がこそが『無敵』でッ、他は全部クズ・ゴミ・ムシケラ! ひゃは、そォだ! 一万三十一人の命を奪った俺が後悔していい訳がねェ!! だって、だって、後悔なンてしちまったら、一万三十一人が、……?」

『……それが、どうしたッてンだァ?』


赤い瞳がこちらをのぞきこんでいた。
グラグラと地面が揺れている。


「一万三十一人が、無駄になっちまう……? そう、おれが、ころした、いちまん、さんじゅう、いちにん、が、……?」


脳が・すぱぁくを、起こし始めた。
ジレンマが、トラウマが、
今までに記憶されている一万三十一人の死に様と、そのレポートが、
意識的に奥の方へ奥の方へ追いやっていた記憶が、その記録が、

殺した。
 殺して。
殺し、
=殺しました・

思い出すのは、ここ最近、自分に近しい人物を見た時の言葉で、とんでもなく腹が立ったのだった。
だってそうだろう?
同じくせに、俺と、同じくせに、

『っけ、日和やがったなテメエ。ガキ一人助けて今更善人にでも成るつもりか? 成れると思ってンのか? 戻れねェよ、この悪党が』
これは一体誰に向けた言葉だったのだろうか。

『テメエまさか、善行を重ねれば罪が軽くなるなンて夢見てンじゃねェよなァ。あァおい、人殺しがよォ。そうだろ、テメエは殺してんだろうがよォ』
これは一体誰の夢だったのだろうか。

『キタネェんだよ。悪党なら気取ってンなよ。自分以下を犯せ、侵せ。ソレでこそ『存在』の意味だろォが』
これは一体誰の意地だったのだろうか。

『なァ、わからねェか? お前はもう無理なンだよ、光を見るなンざ、到底出来はしねェンだよ』
これは一体願いだったのだろうか。

『俺『達』みたいなのはよォ、死ぬまでとは言わねェ、死ンでからもずっとだ、ず~っっっっっと! 救いなんざ、無ェンだよ!』
これは一体誰の───、ブツン、と。

痛い、痛い痛い。
脳が引きちぎれてまいそうだ。
どうにかしようと思うも、この現象が何なのかさっぱり見当がつかない。そんなことは無い。分かっているはずなのである。ただ気が付かない振りをしてきただけで。うるせぇ殺すぞ。凄んでみてもその先には何もなく、そもそもそれは誰に向けた言葉なのかすら分らない。


「っひぎ、いてェえへ、ひひゃあ、ッガ、は、ァ亜あァあ?亞ア/アア亜a,#$%&='&|&%あlalaaAAア!!!!」


力いっぱい叫んでみれば、目の前にいるのはこの身を召喚した彼女。


『あんたは一体『どう』なりたいのよ?』


そんなものは千切れ気味の脳内でもしっかり検索可能。

『手前ぇは何でそんな簡単に人を殺せるんだ!』

そういったアイツが羨ましくて、殺してやりたいほど羨ましくて、だから負けてやったんじゃないか。
残したミサカが、ミサカに、ミサカを、ミサカの夢を見る。
一方通行はユメを見る。
毎日毎日おなじ夢を見る。
まだミサカを殺す夢を見る。
9745号の首をブチ折った。
2952号の足をねじり切った。
10019号の咽喉をぶち抜いた。

他にもたくさんたくさんたくさんたくさん。殺して殺して殺して殺しまくった。
楽しかった。能力を使う事は、それが日常になって、ミサカを殺しているのに同じ顔のミサカが湧いて出て、ミサカを殺してまた殺してミサかはいったいいいいつになったら いなくなるのでしょうか? 実験は中止に・中止に・中止になったけどミサカはいるまだいるたくさんいる、ころさなければならないと、考えはじめたのはいつでしょうかわかりませんぅ・6があってだからそこをめざしていたら~っ軍事りよー計画の『いもうとたち』がでてきたんだから、ホントはい、い、い、一方通行ぅは240ねん生きて能力開花のはずだったのに、ひとっ殺しなんてほんとのほんとのホントは■■だったのにィ・かがくしゃが変態びゃっかで学長はへんたいでじゅけいずの設計者が変態でアイツは人工えいせ、いなのにろくな事しないのになのになのに・なのに向かってくるからハンシャしてころして。ミサカはミサかはミサカミサかミサカをころしたから無敵になれるはずだったのに無敵になりたくって#なりたくって”なりたくって・・ころ、ころころ、コロシタのだろうけどだってなんでそれだって―――、


「ウルセェ黙ってろ! 認識してンじゃねェぞ!」


言葉とは裏腹に、考えは深く。


(……だからって、俺は、殺した……?)


憶えていない?
そんなはずが無い。見ようとしていないだけだ、『裏側』を。
記憶の底を広げろ。
忘れているはずが無いのだ、一方通行が。スーパーコンピューターに匹敵するその脳内は、忘れる事を許さない。


「やめ、ろ、考えるな、考えるな!」


行通方一がいる。いるいるここにいる。
『ひとごろしが大好きナんダ』こっちは? 。 成長の中で作り上げた自分。きっとこっちが『表側』。
もう一人だって、ちゃんといる。どこかに、居る。

だって、小さなころ、ヒーローに憧れたのは一方通行だって同じ。
人には無い力を持っていたわけだし、自分はヒーローになれる存在だったんだ。

歪む。
少しだけ時間が経って、クソッタレの■■から捨てられて、けど力は強くなった。
その頃だってまだ信じてた。きっと、人を助ける事が出来るんだって。

歪む。
ちょっとだけ時間が経って、研究員がたくさん居た。この頃は何だか自分の力の事に没頭してて、あんまり思い出がない。
ヒーロー? ちょっと忘れてた。

歪む。
いつもいつもケンカ売ってきやがる。皆死にてェのか?
正義の味方気取りか? 俺ァ何もやってねェよ、向ってくるからだろ。

歪む。
『最強』。皆ゴミ見てェなモンだ。これで───、
ヒーロー? っは、夢見てんじゃねェよ。

歪む。
オカシイな。俺ァ『最強』の筈なのに、なのになんで向ってくるんだ? 俺は別に戦いた───、
正義の味方が居るのなら───、

歪む。
そォか、足りねェってか。『最強』じゃ足りねェってンなら、だったら仕方ねぇよなァ?
っくく、『誰』か『俺』を止めてみろォ!

捻じれて捻じれて、しかし一方通行は千切れてしまうにしては強すぎた。


「俺は、一方通行だろォがっ! こんなモンは必要ねェ! 俺は殺して───」

(―――だからッ、殺した事を受け止めろ!)


不自然な実験の中止、突然の異世界、王都での出会い、ルイズ、使い魔。


(殺したからって、それがどうしたってンだ!)


正義の味方だって人を殺す。
向こうの『最弱』はきっと気がついていない。自分がやった事を。

いったい何人の研究員が路頭に迷う? その家族は?
『誰か』が暴走しないと言い切れる? ミサカが巻き込まれる可能性は?

誰かが死んでいる。『最弱《ヒーロー》』が起こした事で、きっと誰かが死んでいる。
全部救うなんて、ッハ、やって見せろよクソッタレ。

殺し殺されその先にあるのは無だなんてよく聞く話。
何で分かる? 惑星の全生命体でも殺してみせたかよ?
やって見せろ。やってから言ってみせろ。

『一方通行』は誰も救わない。誰も助けな───。

自分で、脳の中の現実だ、それは。
認めよう。最弱に殴られて、よほど痛感した。
きっとあの時から、幻想殺しの上条当麻に『一方通行』という幻想を殺されて、一方通行は『一方通行』ではなくなったのだ。

もう後悔しない。十分した。
わがまま? その通りである。いつか記したとおり、ウルトラマイペースなのだ、一方通行は。
だから、


「ッ! ……ア、があァ亜墓あかくきかいききききっきひひひゃはああああっっっは、っはははははひぃっひゃはははははははははははははははははあああああああああああああァァ!!」


叫びながら、中途半端に伸びた右手を伸ばしきれば、それはいつの間にか自分の頭に。

【───一方通行は自身の体内ベクトル、その全てを認識している。何処がどうなっている、ではなく、それは既に『感覚』。
物心つく頃には既に自分の一部である『反射』。それから時を待たずして扱えるようになった『操作』。
たとえ半身不随になろうが、腕の一本、足の一本吹き飛ぼうが、何の制限なく生活できる。まさしく『第六感』、『第七感』なのだ。
極端な話、一方通行は心臓が止まっても生きていける。血液の流れを操作し、脳に酸素を送り、『思考』『計算』『発現』。この三つさえ出来れば、脳髄だけになっても人を殺すことが出来るはずだ───】

感覚とは何だ。無意識だ。
意識しての行いではなく、それは『第六感』『第七感』。

一方通行は勝手に、そう、勝手に自分にベクトル操作を施していた。
『そういう風な考え』を持たないようにベクトル操作を。脳の電気信号を操り、見たくない記憶を奥の方に奥の方に奥の方に。
脳が作り上げた自分自身に酔っ払って、人殺しをたくさん楽しんだ。そうしなければオカシクなってしまうから。
自分の脳味噌のくせにまったくもって舐めたものである。最強である一方通行は、やはり最強である一方通行に阻害されていた。

認めてしまえ。

俺は誰だ。

最強。

無敵。

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ! と一方通行の口から凡そ人間の出す音ではない声が響いた。
自身の額を掴む右手は暴れだす。
脳が、一方通行のスーパーコンピュータに匹敵する脳が、電気信号を、一方通行の望むべき姿を。

本来なら、自然に分かっていく事だった。
『誰か』との出会いを重ねて、その出会いの中で、自然と分かっていくものだったはず。
『表』と『裏』の余りにかけ離れた距離はきっとその誰かが埋めてくれるものだったのだ。

でもここはどこ?
『一方通行《アクセラレータ》』を知っているやつなど、今のところ王都で見かけたただ一人。

そう、彼は自分で気付くしかなかった。
願いを、思いを。本当の『■■ ■■■』という人物を。
だから、ベクトルを操作。
無意識が勝手に『そういう風』に向けていた考えを、元に戻す。

そしてガリガリと何かを引っかいていた声はぴたりと止まり、


「あァ、そォか」


やけに明瞭な声。
両方の瞳からは一つずつ水がこぼれた。


「……一万人を殺したからって───」


漸くになって、その事を知ったのだ。







[6318] 12
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/02 16:51


三十メイル。
聳え立つそれは近くで見るとこれまたでかい。常識では考えられないくらいにでかいのだ。
考えてもみて欲しい。三十メイルなのだ。それは正確にではないがおおよそ人間の形をしていて、地面を揺らしながら暴れまわっている。最早兵器では無いだろうか。『魔法』で作ったからどうだのという前に、三十メイルもの巨人を生み出す『土』。その質量は武器だ。踏まれてしまえば簡単にあの世に行って始祖ブリミルとご対面である。


「……早まった、とか思ってんじゃねえだろうな嬢ちゃん」

「あ、あんたバカァ? 何よあんなもん、ただの泥人形じゃない」

「へっ、言うねえ。今代のガンダールヴは実に豪気で痛快だ。俺もやる気が出るってもんよ!」

「使う気はないわ。あんたは大人しく私の戦いぶりを見てなさい」

「ちょ、マジで使わねー気かよ……」


寮の玄関口で外を覗きながらルイズは抜き身の長剣を握った。
とたんに軽くなる身体。最後まで消しきれなかった恐怖心が消えて、そしてそれは絶対の自信になる。

メイジとの戦い。
仮に魔法の使えないルイズを平民とするのならこれ以上馬鹿なことは無い。
平民 < 貴族。
この構図はどうあっても取り外すことが出来ない絶対的なものである。実際、貴族と平民が戦闘になっても十中八九貴族が勝つであろう。
それほどまでに魔法の力は強く、便利で、どうしようもないほどの壁を作ってしまうものなのだ。

しかし、ルイズの左手に輝く印。それは魔法が使えない平民とほぼ同じ存在のルイズを『最強』の隣へと押し上げた。
もちろんその剣は『最強』に届かなかったが、心はいつでも最強無敵。
そうなのだ。彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、


(私が勝てないはずが───ない!)


絶対の自信を持って地面を蹴りつけた。
風を切り裂き、長剣を肩に担いだまま向かう先はゴーレムの足元。

目立ちたかったのであろうか、それとも使い魔に負けた『土くれ』などには負けはしないと高を括ったか、その教員は前に出すぎていて、たった今にも土につぶされてしまいそうだった。
さすがに顔見知りがひしゃげた死体になるのは許せない。

ルイズは狩りをする猫科の猛獣のようにそこにたどり着き、ギージュ曰く『救いの蹴り』を教員の顔面へと埋め込んだ。


「ごッ!」


苦悶の声。教員は数メイル飛び、瞬間にゴーレムの足が降ってきた。
ち、と舌打ちをし横っ飛びになりながらそれを回避。
ずしぃん! と思わず耳を塞ぎたくなる様な轟音。地面を見れば見事に陥没してしまっている。
鼻血を出しながら地面に転がっている教員はギリギリのところで圧殺を免れたようだった。何事もなかったかのように立ち上がり、目の奥にぎらぎらとした光を宿しルイズに詰め寄る彼は、


「き、貴様、私を蹴ったな!?」

「雑魚は引っ込んでなさいよ。私が居なきゃあなた死んでた」

「あの程度のゴーレムに敗れるものかっ、私は『風』だぞ! 避けて見せるさ、あの程度!」

「そう? それはごめんなさいね、謝るわ」


ルイズの目はすでにその教員のことを捉えてはいない。

ゴーレムは相変わらず暴れているだけだ。周囲に展開している教員連中の魔法はその身体の一部を小さく小さく削っているに過ぎない。
術者はゴーレムの肩に立っているのだ。幾らゴーレムを削ろうがその瞬間に地面から土を吸い上げている。術者本人を狙わなければ意味が無いのだ。
しかし、言えば三十メイル上にある的に石を当てろといっているようなもので、魔法で狙うのは中々難しかろう。

ぺろ、とルイズは唇を舐めた。
欲情にも似た火照りは体の奥から。お腹の奥から。そして、左手から。

自信がつくと思った。もっともっと、今よりもずっとたくさん。
メイジを倒すことが出来れば、嫌いな自分に自信がつく。可愛い使い魔に言ってやることが出来る。

『一万人を殺したからなんだ。そんなもん私は知らん!』

言ってやりたい。是非言いたい。
これからだって強くなる。もっとずっと強くなる。誰にも負けない『最強』にだって、一方通行が目指す『無敵』にだって、何にだって成ってみせる。
だから隣を歩いていいのはルイズだけで、この世界で一人だけ。

ぞろり、と背筋に走ったそれは快感だった。左手が今まで以上に熱くなって、熱くなって、気持ち、いい。


「……おいおい、冗談だろ」


背中に挿した剣から聞こえた声は脳で理解することが出来なかった。

心が震えている。
絶対に届かないと思っていたメイジを倒せる。この場でそれを成せるのはルイズで、ただ一人で、なんだって出来そうな、そんな気がする。


「……きもちぃ。すごい気持ちいい……」


とろとろに溶けた瞳で見るのはもちろんゴーレムと、それを操作しているであろうメイジ。
どぱどぱと。じゃぶじゃぶと。
普段感じることの出来ない何かがルイズの脳から分泌されている。

勝てないはずが無い。

さっき感じたとおり、それは確信に変わって、


「んはぁ、行っくわよぉ?」


瞬間、彼女は駆け出した。
酔っ払いのような言動からは考えられない速度。空気を裂き、地面を沈める。

三十メイルを支えるものはもちろん足だ。どれほどの重量があるかは分からないが、おそらく簡単に数えることの出来るものではなかろう。だからこそその足は太くて、大木と称する木々を三つも四つもまとめたようなそれ。
それは当然剣の一振りで切れるようなものではない。頭が気持ちよくなってしまっているルイズにもそれは分かる。


「お、んっどりゃぁぁああ!!」


だが、だからこそルイズは剣を振りかぶりその足を斬りつけた。どちらかというと斬るよりも削るに近いそれは、もちろんたったの一回で終わるはずも無い。終始笑顔で、あは、あは、と危ない笑声を上げながら削り取る。最早木を斧で切り倒すような作業。

気持ちいい頭で考えたのだ。肩に乗っている術者にはどうやって斬りかかればよいか。
単純。ゴーレムの足を切り落として転ばせてしまえばいい。

高みでこちらを虫けらのように見ていることだろう。笑いが止まらないのではなかろうか。見下されるのには慣れている。笑え笑え。その腹に、顔面に、鍛えぬいた拳と蹴りを叩き込んでやる、と。
上にいるのなら引き摺り下ろす。それがダメなら自分が登る。いまのルイズは最強で、


「───私が勝てないはずが、無ぁい!」


しっかりと口にし、どぱぁん! とゴーレムを支える土を吹き飛ばす。
削れど削れど一向に減らないそれは、しかしルイズの心を折るに値しない。一つ一つ、一歩一歩、小さく小さく。毎日毎日筋トレに励み、毎日毎日瞑想して、毎日毎日魔法を失敗するルイズにとっては最早ご褒美。
言えばルイズはマゾヒストなのだ。こういったイライラしそうな作業は嫌いではない。

きゃっきゃと笑いながら削り続け、そして『土くれ』も危機感を抱いたのか、今度は拳が振ってくる。それはそれは巨大で、当たればひしゃげたカエル間違いなしであろう。

その時、ルイズの心に浮かんだのは危機感ではなく喜び。自分を、『ゼロ』を敵としてみてくれた。メイジの敵になれている。
その事実だけで十分。もっともっと気持ちよくなって、もっともっと速くなって、もっともっと強くなる。


「あったらな~い! こっちこっち、何処狙ってるの!」


上空から降ってくる必殺をルイズは避けてみせる。避けながら更に攻撃を加える。
土を吹き飛ばし、猛獣のように機敏な動き。自信にわいた表情。
まるで踊っているかのようだった。巨人と少女のダンス。それはその場に居る全ての者の目に焼き付けられる。

誰かが言った。


「戦女神……」


ルイズには聞こえない声。だが、本人の了承がどうあれ、それは決まった。
この日、『ゼロ』のルイズは『戦女神』ルイズに成ったのだ。





12/『悪党の美学』





「うわ、あの子頭おかしいんじゃないかしら?」


寮の窓から身を乗り出せばルイズが戦っていた。戦っているのだ、今まで『ゼロ』と呼ばれ、それは魔法の才能もそうで、成功率もそう。とにかくその『ゼロ』のルイズが戦っていたのだ。
しかもそこは『必殺』の間合い。足を狙えばいいと分かっている教員ですら近づけない領域。そこにルイズは居る。

キュルケの心中に何かが渦巻く。

つい先日まで悪態を付き合う仲で、それは今でもあまり変わってないが、それでも名前で呼び合うようになった。
正直に言うが、キュルケはルイズのことを友達だと思っている。今に始まったことではなく以前から。向こうがどう思っていたのかは知らないがキュルケはそう思っていた。

その友達が今、死ねる領域で剣を振っている。
どこか抜けている友達。ゴーレムの攻撃が徐々に速くなっていることに気がついているだろうか。気が付いているのならいいが、それでなかったら、死。

どき、と。
あまりにもリアルに想像できるそれはキュルケの胸を打った。
一度考えてしまえば止まる事無く溢れてくる。つぶされて死ぬ。それ以外はありえなくて、何が何でも潰されて死んでしまう。


「……冗談じゃないわよ」


それは誰に向けた言葉であろうか。
まさかあの、戦場といってもいい場所に赴こうというのか。ルイズが死ぬのは嫌なのか。ああ、嫌だ。嫌に決まっている。
だからといって、あそこに行くか、キュルケ、と自分自身に。


「……無理に決まってるじゃない……無理に……決まって、るんだけど……、……ああもうっ!」


紅蓮の髪の毛をくしゃくしゃにかき乱し、


「やったろうじゃないの。『微熱』が燃え上がるところを見せてやるんだからっ!」


自分の杖を腰に挿し込み、バタン、と音が鳴るほど乱暴に部屋の扉を開けた。
そして視界に飛び込んでくるのは廊下ではなく、タバサだったのだ。キュルケの妹分で、いつも本を読んでいるイメージのある彼女は興味なさげにキュルケに視線を送り、


「やっと出てきた」

「……ちょっとあの子に見せ場をあげただけよ」

「もう十分」

「そうね。だから行くのよ、私が」


珍しいことにタバサがくすりと一笑いし、それを見たキュルケは何か良いことのある前兆なのかもしれない、と。





。。。。。





一本目の剣が折れてしまった。
瞬時に腰に差している中剣を取り、


「まだまだまだまだぁあ!」


そして土を弾く。

いったい何度繰り返しただろうか。
十の攻撃を与えて、八ほど回復されて、また十の攻撃を与える。実質的にルイズは一回の攻撃で二のダメージしか与えていないのだ。
積み重ねて、攻撃を避けて、攻撃を与えて、剣が一本使い物にならなくなってもゴーレムの足はまだまだ太い。

疲れは無い。とルイズはそう思っている。
動きの鈍重なゴーレムの攻撃は簡単に避けることが出来るし、今の自分の速度さえあればそれほど脅威ではない。
だが、


「おい娘っ子!!」

「あはぁ?」


その声が聞こえた時、ついに自分の疲労を感じたのだ。
まだ剣を振れると、そう信じて疑わなかった腕が青く鬱血しているのに気が付いた。いつもの如く痛みは感じなくて、別にどうとでもなるだろうと判断。が、上空から『必殺』の拳が降って来て、当然簡単避けることが出来るはずのそれは、なぜだか中々動こうとしない体に妨げられる。


「あれぇ?」

「ラリッてんじゃねえ!!」


俺を使えと叫ぶ剣に返事を返そうにも必殺が降ってきて、なんだか妙にスローモーションに見える。
自分の死は、当たり前だが微塵も考えてはいない。だが如何せん、降ってくる拳は必殺。


(んー?)


よく働かない脳は考えることを放棄。視線だけは拳を見つめ、瞬間、潰れようとするルイズの足元で爆発が起きた。足元で爆発が起きたのだ。

予想以上に強力なそれはルイズの小さな体を吹き飛ばし、『必殺』の拳は地面を潰すに終わった。
己の目の前を土で出来た馬鹿でかい拳が通過。同時に現実感が、


「馬鹿ルイズ! 呆けてるんじゃないわよ!」

「キュルケ」

「もう動けないなら下がってなさい!」

「キュルケ」

「……な、何よ」

「えへ、キュルケー」


ルイズを吹き飛ばしたのはキュルケの魔法だったのだ。
大分気持ちよくなってしまっている頭でもそれが分かった。
ルイズは生まれたての動物のように膝をけたけた笑わせながらも何とか立ち上がり、そして剣を構える。


「下がってなさい、もう無理よ」

「気持ちぃの」

「あん?」


またも拳が降ってくるが、キュルケを突き飛ばし今度は何とか回避。
よた付く体でまたも駆け出した。


「気持ちいいの、私! 凄く気持ちいい! だって、『ゼロ』の私がこんなに戦えてる! 皆の役に立ててる!」


何処にそんな力が残っているのだろうか、ルイズの振るう剣は変わらずゴーレムの足を、その土を弾き飛ばす。が、徐々にその力すらも弱って、衰退していって、


「人はねっ、変われるのよ!」


ぺたり、と尻餅をつきながらルイズは叫んだ。

伝えたい思いがある。たくさんある。
それを伝えるべき相手は今ここにいなくて、それだけで涙が出そうになるが、その心の震えはルイズに力を与えるのだ。


「『ゼロ』だろうが───」


その時ゴーレムの挙動が一瞬だけ止まり、その両腕をまっすぐに伸ばした。地面に向けて、指先を向けているのだ。
何をしてこようと避けてみせる。自信はあるが、はたして体がついてくるだろうか。

当たり前だがガンダールヴにも限界はあった。特に今回のように、初めから麻薬中毒者のようにハイになっているとそれは近い。
いくら限界を超えた動きが出来るといってもそれは人間なのだ。いくら強化されようと、それは結局人間の体なのだ。当然腕を伸ばすことなど出来やしないし、血中に酸素が足りなくなれば苦しくもなる。限界を超えた動きの代償は、当たり前に存在するのだ。


「『人殺し』だろうが───」


えふ、と咳が。口の中に鉄の味が広がり非常に気持ちが悪い。
しかし、それが一体なんだと言うのか。まったく関係ないことである。
吐血がどうした。
腕が動かないからどうした。
足が動かないからどうした。
それが、


「───それがぁ、どうしたぁぁああああ!!!」


天へ届け、と。アイツへ届け、と。

そしてゴーレムの伸ばした指先から何かが打ち出された。十の指から吐き出された土に似たそれは、どちらかと言うと岩のような。

誰よりも早く反応したのはキュルケ、タバサ、コルベールの三人。
ルイズの近くに居たキュルケは杖を飛んでくる岩に向けて炎弾を放った。一発、二発、三発。
狙いたがわずそれぞれに命中する。だが、三つが今のキュルケに出来る限界だった。

上空から使い魔の背中に乗り、術者本体を狙っていたタバサはルイズの叫びを聞き視線をそちらに向け、そして彼女の危険を察知。
口の中だけで呪文を高速展開。風は意思を持って放たれた岩を破壊する。一発、二発、三発。
実戦を経験しているタバサにはそこまで難しい状況で無いのは確かだが、それでも一度に十の弾岩を捌けというのは無理があった。

そしてコルベール。今回一番不幸であったのは彼かもしれない。
彼は元々軍人で、その力を十二分に発揮できればゴーレムを破壊することなどそう難しいことではないのだ。その肩に乗る術者に魔法を当てるのは難しいと判断した彼はもちろんルイズと同じように足を破壊しようと考えた。
しかし、そこでルイズの登場である。彼女はちょろちょろとゴーレムの足元で動き回り、コルベールが魔法を使うのを躊躇わせた。
なんといっても一度燃やしているのである、コルベールはルイズを。あのような所業をもう一度繰り返してしまうかもしれない。そう思ってしまったが最後、彼には魔法を放つ勇気は出なかった。
そして十の弾岩がルイズの体を貫こうとしているのを見、一瞬だけ生まれた迷い、ワンテンポ遅れての魔法の発動は一発、二発、三発。そこまでしか破壊しきれなかった。

三人の心臓が一度だけ飛び跳ねる。あと一つだけ、ルイズに向かっている弾岩は、


「誰かっ! やだぁ!!」


キュルケの叫びが聞こえて、





「まさかまさかの展開だよなァ? この俺にやられてまた向かってくるかよ、泥人形」





右手をかざせばそれは逆様に再生した映像のように、綺麗な綺麗な軌道でゴーレムの指先に戻って行き、そして爆散した。
ぎゅ、と硬く目を瞑っていたルイズが恐る恐る目を開けば、


「……シ、ロ?」

「あン?」

「シ、シロ、私ね、私ね、あなたに伝えたいことがたくさんあるの! いっぱいいっぱいあるの!」

「ッハ、聞ィてたっつーの」


一度もルイズと視線を合わせる事無く、そして一方通行はゴーレムを見上げた。
顔と思しき部分には適当に穴が開いているだけで、もちろん意思疎通など出来るはずも無いそれに向けて口を開く。


「くく、見下してンじゃねェぞテメェ。この俺を誰だと思ってやがンだ?」


やけにすっきりとした気分だった。
今までそこにあった足かせが外れたような、雁字搦めになっていた縄が解けたような。

そう、一方通行は見つけたのだ、答えを。己が望んでいた、本当のものを。


「あなたはシロよ。私の使い魔、シロ」


く、と咽喉を鳴らし、


「いいや違うなァ、俺は一方通行(アクセラレータ)だ」

「一方通行……?」

「そう、一方通行。学園都市で『最強』だった一方通行。誰も助けねェ一方通行。誰も救わねェ一方通行。そこに居れば弾く。向かってくるなら反射する。敵を見つければ殺す。人殺しの一方通行」

「そ、そんなことない! あなたは変われる!」


地面に尻をつけ、お気に入りのジーンズを掴みながら必死に詰め寄ってくるルイズが妙に滑稽でついつい笑いをこらえることが出来なくなってしまった。
けらけらと笑う一方通行はゴーレムを見上げていた視線を、初めてルイズへと向ける。

その時ゴーレムが『必殺』を振り下ろしてくるが、それは『最強』にとってなんら脅威になるものではなかった。
右手をかざしただけで、『必殺』をそのまま反射。力の方向を逆転したそれはゴーレムの腕を軽々とぶち折ったのだ。


「変われるの、絶対に変われる! だってあなた助けたわ、いろんな人を!」


『そういうの』に鈍感な一方通行にも流石にルイズの言いたい事はわかる。
結果論に過ぎないんだって、どう言われようが確かに一方通行は誰かを救った。それに間違いは無い。
しかし、そこには一方通行の意思は存在していないのだ。
ただイラついていて、ただ破壊がしたくて、その時たまたま見つけた泥人形。ストレスが向いただけに過ぎない。それは救ったといえるのだろうか。助けたといえるだろうか。


(よォ、『俺』。お前はどうなりたかったンだろォなァ……)


思う。特に何かが変わったとも思えないが、それでも何かが変わっていた。
あなたは変われる、と叫ぶゴシュジンサマは非常に必死の表情で、その鼻から血が垂れてきている事に気がついているのだろうか。それとも笑いを誘おうと、そこまで体を張ったギャグでも?


「あなたは私の使い魔なの! あなたは誰かを助けていいの! あなたは今! 私を助けているの!!」


その言葉に一方通行は、





「───違ェなァ……違ェよ、それは」





呟き、そしてもう一度ゴーレムに視線を。

確かに自分の願いは見つけた。
ヒーローになりたかった。誰かを助けて、誰かを救って、光のあるところでありがとうと言ってくる少年たちに“当然のことだ”と言ってやるのが一方通行の幼い頃の夢だった。

だが、今はどうだろうか。

ゆっくりと右腕を上げて。
この右腕は、いったい何人の人間を殺しただろうか。

ゆっくりと左腕を上げて。
この左腕は、いったい何人の人間を殺しただろうか。

ざっくりと数えて、一万人である。
確かに答えは見つかった。ヒーローになりたかったのだ、一方通行は。
しかしすでに一万人を殺しているこの両腕は、誰かを救うためには機能しない。させない。そんなのは虫が良すぎる。

一方通行は静かに静かに目を瞑った。体表に感じるベクトルを、その力を、今まで『一方通行』に圧迫されていた脳は非常に働きがよく、開放された今、一方通行の演算能力はもう一段階先に行った。


「……ルイズ」

「ぅえ、あ、うん」

「俺ァ悪党だ」

「……変われる。だって、あなたを召喚して私は変わったもの。あなたもきっと変われる。あなたは誰かを助けていいし、救っていい。英雄にだってなれるんだから!」


その言葉をしっかりと胸に刻み、しかし一方通行はどこまでも一方通行だった。

喜べよ『俺』、と。
焦がれた存在はこんなにも近くに居た。
変わる。それは一方通行がもっとも欲しかった現実。変化が欲しくて、現状が嫌で、だから6を目指して、だけど、しかし───


「───だがなァ、悪党には悪党の美学ってモンがあンだ」

「え?」


ルイズの顔は見ない。真っ直ぐに見ていては、余りに眩しすぎる。
落とした瞼を開けばゴーレムが無駄な攻撃を続けている。『反射』。『反射』。『反射』。
そう、全てを反射してきた一方通行に、今さら変わる権利は無い。悪党には善人になる資格は無い。人殺しはいつまでたっても人殺し。その事実は間違いなくそうで、そこから逃げることは一方通行自身が許さない。

一方通行。直進し、加速する。誰も救わないし、誰も助けない。


「だからテメェらはよォ───」


表側では体表に風を感じて。

裏側では『星』の動きを感じていた。

演算は滞りなく、完了。


「───勝手に助かってろォ!!」


震脚。それが始まりの合図だった。
ダン! と力強く踏み込まれたそれは、数えるのですら億劫なほどの重量を持つゴーレムを宙へとぶっ飛ばしたのだ。
『自分だけの現実』から、この世の理、その中にある99%の不可能から1%の可能を選び出し、現実へと送り出す。

一方通行以外、そこに居る誰もが目を疑った。
だってそれはありえない現象ではなかろうか。どうやったら足踏み一つであの巨体を上空へと持ち上げることが出来ようか。
理解が出来ないその他大勢を置き去りにして、一方通行は愉快そうに笑う。

星の自転。そう、星は回っているのだ。
その自転ベクトルをちょいと間借りすれば巨体だろうが巨人だろうがビルだろうが城だろうがなんだって破壊できる。それほどに膨大な力なのだ。


「安心して落ちてきな泥人形ォお!! そのまま地面に落とすなんてこたァしてやらねェ!!」


そして二つ目の太陽は輝くのである。これまでよりも大きく、高く。
高電離気体(プラズマ)。
体を焼くような熱はもちろん反射。この身は『最強』で、一万人を殺した現実の上に立っている一方通行は、誰よりも強くなくてはならないのだ。


「くはっ、ハハ……!」


上空でぐずぐずとその体を分解させていくゴーレムと、その術者は確かに燃え尽きようとしている。
一万度の灼熱の中で、一方通行の言葉の通りに。


「殺す、殺す殺す殺ォす! そォだ、俺は先に進むだけだ! そォだろ『俺』、そォだろ最弱! 俺は、一方通行だぁぁあああああああああっひゃははははははははは!!!!」


彼が得た答えはそれ。
誰よりも、誰よりも悲しい道。

『光を見るなんざ、出来はしねェ』

だったら、と。


(だったら俺は、誰よりも素敵な悪党になってやンよ)


殺すと決めたのなら殺す。殺さないと決めたのなら殺さない。進む。先へと。
誰かを助ける?
そのようなこと、まったくもって知ったことではない。道を塞がなければ慈悲を見せよう。向かってこなければ存在を許そう。
だがもちろん、善人でないこの身に向かってくるのなら迷わず『反射』。敵意を向けるのなら当然『操作』。後悔を感じるまもなく三途を渡らせる。

ヒーローになれないのなら、その先にあるものを目指し続けるだけだ。レベル6を見つけ出す。
そのための一万人で、そのための殺人で、そのための『一方通行』だった。

全てを肯定して、後悔して、そしてまた一歩だけ暗い場所へと歩を進めた彼は誰よりも、そう、誰よりも一方通行だったのだ。







[6318] 13/一部終了
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/03/02 17:58


視線の先、己の作り出したゴーレムがただの土くれに変わっていく様を見、彼女、『土くれ』のフーケは大きくため息を吐き出した。
学院に五つある塔の屋上。彼女はそこに居るのだ。
当然、ゴーレムの肩に乗っていたのは土で作ったダミー。服を着せフードを深く被らせれば、三十メイルもの距離、遠目には中々判断がつくまい。
『物を操る』という魔法特性を持つ彼女はその姿を戦闘領域に出すというような馬鹿な真似はしない。こうやって視界にさえ戦場が見えていればしっかりと戦えるのだ。
であるから、『青銅』のギーシュと名乗る生徒が真正面からあの使い魔と戦っていると聞いた時は馬鹿な真似をするやつも居るものだ、との感想しか浮かんでこなかった。


「やれやれ、こりゃ信じないわけにはいかないねぇ」


眼鏡を外し、鋭い目つきで睨む先には一方通行。
別の世界から来たという異常性をフーケは信じていなかった。『反射』という反則も、一万人という殺人記録も。
しかし二度だ。二度も敗れた。これでは信じないわけにはいくまい。
そして、





「───ふむ、何を信じるのかね?」





心臓が口から飛び出すほどの驚きが。
いつの間にかその老人はフーケの隣に立ち、一緒になって眼下を覗いているのだ。


「……学、院長」

「うん? 何かあったかね、ミス・ロングビル」


にこやかな笑みを絶やさないその老人にフーケは無駄を悟った。


「……下手な芝居はよしとくれ。知っているんだろう?」

「それは何をかね。君が『土くれ』であることか? それとも君の下着が紫色であることか?」

「ふんっ、とぼけた爺さんだよ、まったく……」


自身の髭を撫でつけながら老人は、


「ま、誰も死にはせんかったしの、まだ引き返すことも出来ると思うが……どうするかね、ん?」

「ごめんだよ。アンタの秘書は下着にすら気を遣わなきゃなんないじゃないか」

「ふむ、残念じゃの」


そしていつの間にか杖を抜いていた老人がいつの間にか完成させていた魔法を使い、そしてフーケは魔法を使われたと感知する前に、既に両手が拘束状態。
全てが一瞬の出来事だった。フーケが一息つく暇もなくそれは完成されていた。あまりの速度に逃げ出そうと考える、という脳の反応すら起こる間もなく既に拘束『されていた』のだ。

それがフーケの感じた老人の実力。
それがフーケの感じた学院長の本気。
いつもいつも下着を覗いてくるスケベジジイは、やはり国の学院を任されるだけの実力を持っていたのだ。


「はっ、はっはは! なんだいこりゃ、バケモンかアンタ?」

「んにゃ。人間自分の年すら忘れるほどに生きておるとな、意外と出来るモンなんじゃよこれが」

「大したくそじじいだよ」

「じゃろ?」


ぱちり、と下手糞なウインクはその老人に、それはそれは実に似合っていた。





13/『戦女神の不幸』





そして医務室。
ここ最近医務室の番人と化しているルイズにとっては非常に心地よくなってきた空間である。
担当の水の教員すらルイズに全てを任せて、自分は欠伸をしながら空いたベッドに眠るのだ。

『ん、このくらいなら問題ないね。慣れたもんでしょ?』

本当は医務室の担当教員ではなくきちんと授業を教えたかった、という彼の言である。
しかし、それでもクビにされないのは彼の実力が伴っているからであり、やはりそれなりにメイジをやっているのだ。

ルイズは勝手に薬品棚に近づき、そして液体状の『水』の薬を飲んだ。
鎮痛効果のあるそれはそれなりにお高い薬なのだが、うむ、ここは自分の部屋のようなものなので良いだろうと判断。
そしてもう一度怪我をしているところの包帯を替えようかな、といったときにそいつ等は現れたのだ。


「ハロー、ちゃんと寝てる?」

「げ、何しに来たのよあんた……」

「お見舞いよお見舞い。あの騒動で怪我したのあなただけだもんね」

「やかましゃ! 帰れ! 帰れ!」


と、ルイズがつばをも散らす勢いで叫べば、


「あぅ、やっぱりお邪魔でしたでしょうか……?」

「いやぁん、シエスタはいいのシエスタはぁ。ほらほら入って、私のじゃないけど美味しいお茶があるの」


キュルケの後ろからシエスタが不安げに顔を出してきた。
ルイズがシエスタを不当に扱うはずもなく、そしてまたその後ろからタバサが静々と現れるのだ。

四人でのお茶会。
ルイズには入学以来一度もなかったイベントである。
自然と口元はむずむず。微笑みの形をとろうとするそれを手で押さえつける。何となく寂しいやつだと思われそうで悔しかったのだ。
三人にお茶を入れてやろうと立ち上がったところでシエスタに制され、それは自分の仕事だと言う彼女に任せる。


「でね、この子ったらキュルケ~キュルケ~ってもうとろっとろの目で言ってきてさ、いやぁ、あの時はちょっと心臓に悪かったわね」

「そ、そんなことっ……い、言ったかもしんないけど、別にそんな他意はないわよ! あと子っていうな、子って!」

「あらあらまぁまぁ、そんな事があったのですね」

「そもそもあんなに大きなゴーレムに剣もって突っかかる馬鹿がいるかしら。寮から覗いたとき頭おかしいんじゃないかって思ったんだけど……まさかその通りになってるなんて思いもよらなかったわ」

「アレはっ、その、何か剣握ったら気分よくなってきちゃって……」

「気持ちぃの~……ですって」

「変態」

「ちょっと! 私はノーマルよ!」

「あらあらまぁまぁ」


ぐびぐびと一気に紅茶を飲み下し、そしてシエスタから御代わりを注がれ、そしてルイズが鼻息荒く続けた。


「大体何よ、私聞いてたんだからね!」

「……何をよ?」

「誰か~、いやぁ~……だって。何よあんた、私のことがそんなに心配だったのー?」


身振り手振りを加えながらいささか大仰にその場面を彼女は再現。

にたにたと非常にいやらしい笑みを浮かべるルイズにはむかっ腹が立つが、それでもキュルケの言は詰まる。
そもそも、キュルケにとってあれは本当に衝動で出た言葉であって、それこそそんな他意はないのだ。
あのときルイズの使い魔である彼が来てくれていなかったら間違いなく大怪我では済まされないダメージがルイズを襲っていたはずだ。
実際に心配していたし、怪我が酷いものではなくてよかったとも思っている。


「アレは……アレよ、アレ」

「どれよ」


はぁ、とキュルケは一度だけため息をつき、


「……心配だったのよ、あなたが。よかったわ、そんなに酷い怪我じゃなくて」

「お、ほぉ?」

「なによその顔」

「……あ、あんたがモテる理由が分かった気がする。何かずるい」

「あらあらまぁまぁ」


そしてシエスタはキュルケのカップに紅茶を注いだ。
キュルケとルイズ、この二人はちょっと見ない間に随分と仲が良くなったみたいだ。
それはシエスタ自身非常に嬉しいことで、これからも友達が出来るのは大歓迎。定期的にこういったお茶会のような場を開いてくれるのなら是非誘って欲しいものである。

しかし、嬉しいのと同時に少しだけの喪失感。寂しさや侘しさのような物が胸中に残った。

ルイズに友達が出来た。それ自体はとても良いこと。
だが、そうなると彼女はこれまでの様に自分ひとりに頼ってくるようなことは無くなるのだろうな、と。
シエスタにとってルイズは尊敬できる貴族様で、とてもがんばっている友達で、少しだけ手のかかる妹のような存在だった。
ちょっとだけキュルケに嫉妬のような、曖昧な感覚。


「あ、シエスタ」

「はい、どうされました?」

「ちょっとこっち座って。……あ、もうちょっとこっち」

「はい」


ルイズの言うとおりにベッドの上に腰を下ろし、


「えへ、特等席~」


そしてルイズが膝の上にちょこんと座った。


「あの……?」

「シエスタのおっぱいには癒しの効果があるのよー」


ぐいぐいと後頭部をシエスタの胸にあてがうルイズ。
もともと少しだけ幼い顔立ちに、そして髪の毛を切ってからはそれが際立っている。やはりどうあっても『妹』の印象は消せそうになかったし、同時に可愛いな、と。
ふ、とシエスタから自然に笑みが零れ落ちた。


「ミス、これからもたくさんお話しましょうね」

「当たり前じゃない。私を癒してくれるのはシエスタとクロとサンドピローなんだから」

「あら、私は癒しの中には入ってないのかしら?」

「はぁ? あんたは『癒し』じゃなくて『いやらし』でしょ。何よそのおっぱいは。えろいのも大概になさい?」

「セクシーの何がいけないってのよ!」

「フェロモン出すぎなのよ! 谷間こすったらグレープの匂いでもすんじゃないの!?」

「なによそれ! ソースは何処よソースは!」


ルイズはおっぱいおっぱいと叫び、キュルケはセクシーさを見せつけ、シエスタがそれを見てくすくすと笑っているとき、





「グレープの匂い……しない」





ごしごしと胸をこすり、タバサはポツリと呟いた。





。。。。。





少しだけ軽くなった(と思う)頭。
自身の中で決着をつけた後悔。
分裂しかけていた自分。

その時、一方通行の機嫌は良かった。
医務室へ運ばれるルイズを無視し、しかし置いていった剣を拾い上げて部屋に戻るくらいには。


「ったく、後悔ね……『最強』が情けねェ」


言葉とは裏腹にその顔はすっきりしているし、機嫌も良いのだ。
自身の中だけの決着だが確かに一方通行は開放された。己を戒めていた『一方通行』を解き放ったのだ。
くっくと咽喉を鳴らし、剣を暖炉の前に放る。
そして一方通行は倒れるようにベッドに横になった。今日は非常に快適な眠りにつけそう。

しかし、


「おい坊主」

「あァン!?」

「あ、いやすみませんニィさん」

「……ンだァ?」


眠りへの旅を邪魔する一声。男性のものであるそれは暖炉のあたりから聞こえるようだった。
一方通行はきょろ、と辺りを見回し、どう考えてもこの部屋には自分以外の人間がいないことを確認。
だとするならばそれはいったい何処からだろうか。

一方通行はまさかと思いつつも先ほど放った剣に視線を送り、


「おう、デルフリンガーだ」

「……おいおい喋るンじゃねェよ、何の冗談だこりゃ」


剣が喋っているのだ、剣が。
鍔のあたりをかちゃかちゃと鳴らす様はまさしく人の口のようで。


「冗談じゃねえよ。俺はインテリジェンスソード。ま、簡単に言や喋る剣だな」

「……いくらなんでもファンタジーしすぎだろ、クソッタレ」

「何言ってやがんでい、俺にとっちゃお前さんこそファンタジーだ」

「黙ってろテメェ。分解して構造解析すンぞ」

「ひぃ!」


一方通行は無視を決め込んだ。ルイズの匂いが残っている枕に顔を埋め、そして顔をしかめながらもなお無視を決め込んだ。
だって、あまりに分からなさすぎる、デルフリンガーの存在が。こちらの世界に科学が発展していない以上、対話機能のあるCPUやその他機械が入っているわけではないのだ。それは剣。『剣』が喋っているのである。
驚きではなかろうか。驚くしかないのではなかろうか。一方通行の世界で言うならば、その時履いた靴が喋っているようなもので、いや、何か混乱があるが、とにかく一方通行は驚いたのだ。


「……いや、この程度でどうこう言ってたら続かねェな」

「お、話聞いてくれんのか?」


ため息をつきながら一方通行は顔を上げ、言ってみろ、と不遜に。
そう。一方通行はこの程度で驚いてはいけない。これから先、どんな『常識』が出てくるのか分からないのだ。そのたびに一々乱れていては心がもたなくなってしまう。


「んでよ、あの娘っ子のことなんだが……」

「あァ?」

「アイツ、やべぇぞ」

「何がだ」

「頭だ」

「……、……」


何か言おうかと思って、そして口を噤んでしまった。
まさかルイズも自分が買った剣から“頭がやべぇ”と言われているとは思うまい。
一方通行もルイズの頭は大分おかしいと思っているが、とんでもない女だとは思っているが、しかし剣ごときに“頭がやべぇ”とは。さすがの一方通行も多少の同情を感じてしまった。


「……いや、頭がおかしいとかそういう事言ってんじゃねーぞ?」

「あン? だったら何だってンだ」

「お前さん知ってるか? 人間ってのはな、頭の中で麻薬を作れるんだぜ?」

「……エンドルフィンのこと言ってンのか?」

「えんどる……? いや、そんなのは知らねえがとにかく『ハイ』になる物質を出すことが出来んだよ」

「そりゃどっちかってェとドーパミンだな」

「どーぱみん? ……何だ、お前さん知ってんのか? だったら話は早ぇや。いいか、お前さんの使い魔はな───」


一方通行を御主人様だと思っているデルフリンガーの勘違いはさておき。

ガンダールヴ。始祖の使い魔である。
そのガンダールヴには特殊な能力があり、それは一方通行も知っての通り武器を操る能力があることや常識を超えた身体強化にある。
ひとたびその能力を開放すればそうそう負けることはなかろう。それほどの能力なのだ。

しかし、もちろん先日のように限界もあればある種の弊害もある。
それがデルフリンガーの言っている、所謂『脳内麻薬』と呼ばれる物質である。
ギャンブルをやめる事が出来ない。そういう話を耳にしたことがあるものは大勢居ようが、それは何故だろうか。
実はここでも脳内麻薬で、『当たった!』と思った瞬間に人間は快楽物質を分泌しているのだ。それはもちろん依存につながり、酷い時には滅ぼすまでになる。
当然だが脳の『開発』を日常的にうけていた一方通行は知っていること。それがどうしたと言ったところである。


「いや、話の肝はこっからでよ、ガンダールヴってのはそういうモンも『強化』しちまうわけだ。いい気持ちで戦えるってのは正直スゲーと思うぜ。
 だがよ、そりゃあもちろん『いい気分』の時だけさ。心の震えを力にするガンダールブにはちっと厄介なモンになっちまう。戦闘依存。……まぁそこまではいかなくても『日常』に何かしらの不満を持っちまうのは間違いねえだろうな。もともとあの娘っ子、思い込みが激しそうだし『突っ走る』タイプじゃね?」

「知らねェな。その辺には一切興味ねェ」

「そうかい? 俺はそうだと思うね。あの娘っ子はアホだ。友達でいるのは楽しいが、良い男にゃことごとくフラれるタイプの女だと見た。ありゃ絶対B型だぜ」

「だからよォ、それが何だってンだ? 思い込みが激しくて突っ走ってB型の女はガンダールヴになるとどうにかなっちまうってかァ? 気持ち良くなって戦いが恋しいんなら戦争にでも行きゃいいじゃねェか」

「冷たいねえ。俺にとっちゃ久々の使い手だ。大事にしてほしいもんなのよ」

「ッハ、それこそまさか。アイツが何処でどう戦おうが俺には……、……どう戦おうが……?」

「気付いたか?」

「……」


一方通行は指先を口元にそえ、そして少しだけ目を細めた。

ルイズが『ハイ』になるのは別に関係がない。結局のところ一方通行の脅威にはなり切れはしないのだ。それはそれで良い。
『ハイ』な気持ちになるのは脳内物質のドーパミンが分泌されているときである。気持ちが高ぶるし、アドレナリン系の分泌と似たようなところがある。
しかしこれはどちらかというと自身に『危機』が訪れたときに出るもので、先刻の対ゴーレム戦、ルイズの状態はエンドルフィンが出ていると考えたほうが良くないだろうか。

ドーパミンには毒素があり、それを中和するためにエンドルフィンは分泌される。

一方通行の考えでは、おそらくルイズは武器を握った瞬間にドーパミンが出ているのだろう。『ハイ』になり、戦闘行動への意欲が燃えるはずである。
そして過剰に分泌されたそれを抑えるためにエンドルフィンが。もちろんそちらも過剰に出ることだろう。
それはそれは気持ちの良いことではないだろうか。モルヒネの六倍以上の鎮痛効果を持つそれは攻撃に当たっても大した事がないと考えさせ、精神的なストレスを軽減し、α派が出ているのだから集中力も持続させやすいのだ。

『最初からランナーズ・ハイ』。

一方通行との馬鹿な『お遊び』やゴーレムとの戦闘。そのときのルイズを端的にあらわすならこれである。
これだけならとても良い。
戦闘への依存はいずれ出るだろうがそれは一方通行に関係のないことだし、戦いを恐れないというのはそれだけで多少の役に立つものだ。

しかし、


「……面倒くせェ」

「そういうこった。迷惑極まりねえだろ?」


過剰なストレス状況に置かれたとき、人間はストレスを終わらせるための脳内ホルモンを分泌する。ノルアドレナリン。それは『闘争』か『逃避』の行動を選ばせるわけである。
例えばルイズが殺されそうになった時に剣を握ってしまえばどうなるだろうか。
デルフリンガーの話を聞く限りでは、『ガンダールヴ』はノルアドレナリンの分泌ですら『強化』してしまうはずである。
攻撃ホルモンであるアドレナリンがじゃぶじゃぶ脳内に補給。ついでにノルアドレナリンには恐怖感や強迫観念を生み出す作用がある。

暴走。

言葉にするとあまりにチンケなそれは簡単に想像が出来た。
お笑い種である。なんとルイズは暴走してしまう可能性を他の人間よりも大いに持っているのだ。

一方通行は知るよしもないが、ルイズは脳内麻薬といわれる分泌物を放出しやすい環境にある。
毎朝“がんばろう!”と思って自己鍛錬。このときルイズの脳内にはドーパミンが出ている。
高カロリーの『筋肉にいい物』や、これまた高カロリーな貴族の朝食を残さず食べるお口と胃。一方通行がいつも顔をしかめるアロマ。好きなことや楽しいことを考えるポジティブ感。そして口先の魔術師シエスタに褒められて、それらはエンドルフィンを。
嫌だ、面倒くさい、ちくしょう、最悪、爆発、爆発、爆発。小さな頃から続いたそれはノルアドレナリンを。
毎日のストレッチや、寝る前にやっている瞑想。暇があれば太陽の下に出るアウトドア。それらはセロトニンを。

脳にも慣れはある。毎日続いた刺激はそれだけで分泌しやすい脳内環境を作ってしまったのだ。
ルイズのお脳様は非常に優秀で非常に健康体。しかしそれが今回の仇となった。


「あんなにラリッてる使い手は初めてだ。暴走まで強化されたらたまったモンじゃねえぜ?」


デルフリンガーがそういうと一方通行は少しだけ不思議そうな顔を作った。
確かにたまったものではないだろう。暴走して、錯乱して、暴力的になっているガンダールヴはそれだけで洒落にならないものになる。
しかし、その脅威はまた一方通行には届かない。おそらく自動的に『反射』してしまうに決まっているのだ。


「どうするんでい。なるべく戦わせないのがベターだと俺は思うがね。剣なのに戦えないってのも変な話だが……まぁ、仕方ねえか」

「くく、余計な心配してンじゃねェよ。安心していいぜ? 誰もお前の存在意義を否定したりはしねェ」

「お、何だ、何か名案でもあんのか? 暴走は厄介だと思うぜ? 特に味方に剣を向けたりしちまったら……」

「そんときゃもう俺が殺してンだろ。どうだ、なかなかの名案じゃねェか?」





。。。。。





「……なんかぞくっと来たわ、今」

「あら、それはいけません。そろそろお休みになられてはどうでしょうか?」


シエスタが心配そうに顔を覗き込んでくるのに対しルイズは笑顔を作った。
別に体の調子がどうこうというよりも、何となく『虫の知らせ』的なものだ。ルイズは七歳のときから一度も風邪をひいたことがないのが自慢の一つ。何が何でも風邪ではないのだ。


「だいじょぶだいじょぶ、私風邪ひかないから!」

「あら、確か馬鹿は風邪ひかないって言うわよね?」

「うるっ、うるさい!」

「違う。馬鹿は風邪をひかないのではなく風邪をひいたことに気が付いていないだけ」

「そのくらい気付くもん! 私馬鹿じゃないもん!」


ルイズは若干涙ぐみながら叫んだ。
今日はじめて気が付いたのだが、タバサはその小さな口からは想像も出来ないほど大きな毒を吐く。
私よりもおっぱい小さいくせに! と心中言ってやりたい思いでいっぱいだが、タバサには将来性という、ルイズにとっての強敵が居るので何とか飲み込むことに成功。両手で自分の胸を揉みながらため息をついた。


「……何やってるのよあなた」

「やっぱ諦めきれないわ、巨乳」

「そんな……ミスは今のままでも十分魅力的です。綺麗な足をしていらっしゃいますし、体型だって嘆くようなことはないと思いますが……」

「でもシロったらキュルケのおっぱいは持ち上げても私のおっぱいは見もしないわ。……視界に映らないほどひ、ひひ貧乳とでも言うのかしら!」


ルイズはシエスタの膝から立ち上がりこのおっぱいが、このおっぱいが! とキュルケの胸をばしばし叩いた。
そもそもあの使い魔は異性に興味がないのだろうか。夜一緒に寝ているのに手も握ってくれない。布団は取られる。寒い。心も体も。

しかし、そう言えば、あれは嬉しかったのだが、


「……キュルケってさ、いつもシロから何て呼ばれてる?」

「ん? ん~、おいとか馬鹿女……あとは乳女とか?」

「シ、シエスタは?」

「メイドと呼ばれています。おいメイド、とかですね」

「タバサ?」

「チビ。ガキ。チビガキ。青髪。お子様。メガネ」

「ふ、ふ~ん」

「何なのよ一体」

「いえいえ、なんでもございませんよー」


勝った。そんな気がする。
そう、あの傲岸不遜で唯我独尊な一方通行はルイズをルイズと呼んだのだ。
あの綺麗な唇を動かして、綺麗な舌を動かして、そして咽喉を震わせ『ル』『イ』『ズ』。幻聴が聞こえてしまう。一方通行からもう一度呼ばれたい。

ルイズは顔を少しだけ赤くしながら目じり眉じりをたれ下げた。
たった一回だが、もしかしたらこれからもそう呼んでくれるのだろうか。何となく、一度千切れかけた絆が深まったような気がするのは、これは錯覚だろうか。
いつの間にかキュルケの胸を揉んでいた右手は動きを止め、


「ま、まぁ許してあげるわ、このおっぱい」

「私のおっぱいは私のものなんだけどね」


そしてキュルケがずれた下着を服の上から直しているとき、


「入るぞい。……ふむ、一応生徒は寮から出ることを禁じておるのだがの」


長い髭を蓄えた老人、オスマンが現れた。
彼はぐーすか寝こける養護教員をちらりと見、仕方ないのう、と柔らかく笑いながら呟く。


「が、学院長……」

「何と言ったらよいかの。君ら三人は非常に……ううむ、まぁあのゴーレムの前に立ったことは非常に賞賛するべきことだとわしは思っとるよ」

「はい」

「ミス・ヴァリエール。お主は困難に立ち向かう度胸を持っておる。頭も悪くない。ゴーレムの足元であれだけ動けたのは賞賛するべきことじゃ」

「ありがとうございます」


ルイズはぺこりと。


「ミス・ツェルプストー。お主の気転でミス・ヴァリエールは死なずにすんだと言っても良い。魔法の技術、その精度、共に学生とは思えぬほどのものじゃ」

「あ、ありがとうございます」


キュルケが今さらあわてた様に椅子から立ち上がり一礼。
あまりに突然な登場のために放心していたのだろう。


「そしてミス・タバサ。主はシュヴァリエじゃからあの程度は当然……とは思わん。二名同様ようやったとしか言えんが、わしの気持ちは伝わるかね?」

「はい」

「うむ。……さて、三名には何か褒美を取らせようと思っておる」


どきり、とルイズの心臓が一つだけ跳ねた。
この学院に入り一年、誰からも褒められる事無くがんばり続けてきた。厳密に言えばメイジから、だ。シエスタという甘甘な友人がいるのでそれは褒められたが、しかしそこにある貴族と平民の差。それは埋まることはないだろう。だって、シエスタがルイズに友達言葉で“やったじゃん! これからだって頑張れるよ!”なんていうのはあまりに想像が付かない。
そういう意味で、人からまともに褒められるのは初めてなのである。
こういうことを期待していたわけではないが、自分自身で勝ち取ったものなのだ。それは両親が送りつけてくる金のように与えられたものではなく、自分の力で得たもの。
内心、なかなか分かっているじゃないかひげじいさん! といったところである。


「お主ら三人……」


ついつい生唾を飲み込み、


「停学ね。一週間くらい」

「……は、はぁ?」


停学。学校に来てはいけないこと。間違いなくご褒美ではないもの。
そのくらい知っている、と自分の脳に突っ込みを入れて、さて、停学である。

ルイズには何故だと疑問がわく前に考えたことがあった。
停学と言うのは、それはまさか実家に帰らなければならないのではないだろうか。手紙をよこさず金を送ってくる両親のもとに行かねばならないのだろうか。やだ。それだけは、絶ッ対に嫌なのだ。
顔すら見たくない。まだギリギリで嫌いではないだろうが、それでも顔をつき合わせてまた失望の瞳が飛んでくるかと思うととてもではないが耐えられそうにない。嫌いになってしまう。


「そんなのってないわ。私たち、一応活躍したもの」


キュルケのその言葉にまさしくその通りだと頷いてしまう。


「うん。じゃから停学は体裁的なモンで、ほら、アレじゃろ? 一応わしの言うこと聞かなかった訳じゃし。まぁ単なるお休みじゃととってくれてよい。授業に出ても良いし、街に遊びに行くのは……まぁ、変装は忘れんようにな?」

「な、何だ……ああ良かった。学院長も人が悪いです。一瞬お父様とお母様の顔が浮かんじゃった……」

「ああいや、ミス、お主には実家に帰ってもらうぞい」

「なしてか!?」

「お、おお、中々聞かん訛りじゃな?」

「そ、そうじゃなくて、何で私だけ!」

「……お主の親御さんが五月蝿いんじゃよね。何で娘じゃのうてわしに手紙送ってくるの? 毎月毎月お主の近況報告書くのがいい加減面倒臭いんじゃけど……」

「知らん知らん! 私はそんなの知らない! 帰りたくない!」

「いやいや、そこを何とか。命令しちゃうぞい? トリステインにこの人ありと言われとるオールド・オスマンが命令するぞ?」

「いや……いやぁ、そんなの、そんなの……」


そしてルイズは肺にいっぱいの空気を溜め込んで、


「不幸よおおおぉぉおおおぉぉぉおお!!!」



















ルイズ停学END。さて、これにて一部おしまいです。
しかし、いくらクロスオーバーさせたとは言え、一巻相当を書くのに13話とか……もっとぴゃぴゃっと書く技術が欲しいです。何かいらない事を書いているのでしょうね。というかギャグをなくせば良いんですが、しかし私は根っからのギャグ体質。書かずにはいられない、と。
次からは話が大きくなって、さらにワルドとか出てきますね。なんかもうかませ犬にも成りきれない臭いがぷんぷんしますが。

そしてついにルイズのガンダールヴに制約が付きました。前々から言っていましたが、虚無にガンダールヴに一方通行は強すぎるだろということです。
作者自身には脳みそから出るホルモンとか授業で習った程度でしか知らないので、間違ったこと書いてたらすみません。随時修正していきますのでおかしい所があれば教えてくれると嬉しいです。

独自設定とか、改変とか色々あると思います。
分かるかとも思いますが、ゼロ戦にルイズは乗れません。ゼロ戦の活躍を待っている方がいれば申し訳ない限りです。

長くなりました。ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。



[6318] 01
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/05/07 18:43



憂鬱である。とても憂鬱である。
今まさに、この目の前にある現実を破壊して、素っ裸になって、何もかもから開放されたい。走り出したい。馬を盗んで十五ではなく十六だが、その十六の夜を演出してもいい。


「盗んだお馬で走り出すー……」

「あン?」

「ん、んーん、何でも」


いまルイズと一方通行の前にはとても大きく、豪奢で、隅々にまで金がかけられているであろう屋敷が立っているのだ。
そう、ここはルイズの実家、ラ・ヴァリエール公爵家である。

ため息をついたルイズは門扉を睨みつけ、睨みつけ、睨みつけ……。足が動かない。
一年前から何処も変わらずに存在している。従者が手入れしているのであろう庭も綺麗で、ちょっと寄って来た池(一方通行は湖の間違いじゃねェのか、と疑問をあらわに)にも小船があったし、ルイズが学院に放り出されたときから全然変わらないヴァリエール。

ルイズはこの家が嫌いである。両親は嫌いではないが苦手。姉は二人とも好きだ。
出来ることなら帰って来たくはなかった。が、停学と、オールド・オスマンから見せてもらった両親の手紙。文面は堅苦しく、いかにも『貴族』な手紙だったが、その内容はいつもルイズのことを教えろといった物だった。
見せてもらったときは我が目を疑ったものだが、それはルイズを心配している手紙だったのだ。
両親のランクが嫌いの一歩手前から苦手に変わったのもそのせい。なんだ、意外と親なんだな、と当たり前のことを当たり前に思った。


「だがしかし……」

「いい加減入らねェか」

「ちょ、ちょっと待って! 心の準備が必要なの。言ったわよね、私は親が嫌いではないけど苦手なの。出来ることなら顔を見ずに停学を終わらせようと画策しているの。ちい姉さまの部屋にいれば安全とかそういう問題ではないわ。そう、もう何て言ったらいいかしら……、ヴァリエールの空気が私には合わないのよ。窒息してしまいそうなの。魚が陸に上がったら息は出来ないでしょう? 同じなの。ゼロはヴァリエールに入ったら呼吸が───」


一方通行が門に触れようとし、それを何とか阻止するためにくどくどと口上を垂れていたのだが、もちろん一方通行には効かなかった。
ルイズの心情など知ったことかと言わんばかりに彼は玄関の大扉に触れ、何故かそれはとんでもない勢いで開かれるのだ。ばたぁん! とそのものを破壊するように。
そして開いた先にいた人物は、


「……随分長いこと考え込んでいましたね」

「おほっ、お」

「少しは変わったかと思っていましたが……」

「おか、おかかっ」

「相変わらずよく分からないことを言うわ、ルイズ」

「お母様! ああ嫌だわ、どうしましょう! よりにもよってお母様が一番だなんて、どうしましょう!」

「まるで会いたくなかったかのような言い草ですね」

「はい!」

「……」

「ああ、どうしましょう、どうしましょう……」


その場をぐるぐると回り始めるルイズは滑稽で、非常に微妙な顔をしたルイズの母は哀れで、そして一方通行が小さく呟いた。


「頭がヤベェ、か……」





01/~ラ・ヴァリール~





母と思しき人物に連れて行かれるルイズをさくっと見捨てた一方通行は特にすることもなく、しかし屋敷の散策をするほどに好奇心もなく、結局屋敷の外に出て、そして先ほど少しだけ立ち寄った池へと。
どう考えても、これはもはや湖だと思うのだが、しかし庭の中にあり、ルイズが池だと言うのなら池なのだろう。周りには春らしく綺麗な花々が咲き乱れている。
一方通行の心はぴくりとも反応しなかったが、しかし他の人間なら綺麗だと思うのだろうな、と。今さら風景を見て綺麗だと思うことは難しい。一方通行の目は常に暗闇を向いている。光は似合わない。

とはいえ、この暖かい太陽光と春色の風は一方通行の眠気を誘うのに十分な威力を発揮。
ふぁ、と大口を開けて欠伸をし、どこか寝る場所はないかときょろきょろ。


「あら?」

「……」

「あらあら?」

「……」


聞こえてくる声に無視を決め込み、そして一艘の小船を見つけた。
ちょうど良く人間一人が横になれるサイズで、ゆらゆらと風に揺れている様は更に眠気を誘ってくる。
いよいよもって眠くなってきた一方通行は片足を船に乗せ、


「うおっ!」


ぐらり、と船は揺れた。
船に乗るのは初めてで、特にこんなに小さなボートなど乗ったことはない。存外難しいものだな、と。

ちらりと視線を送れば、


「横からじゃなくて前から乗るとバランスがとりやすいわ」

「……」


女が一人、くすくすと笑いながら一方通行を見ていた。

助言の通りに船の横は避け、前から乗れば、うん、その通り。船は一方通行を乗せ、そして優しく揺れ動いた。
一方通行は『ハンモック』を経験したことはないが、おそらくこういう物ではないだろうか。ゆらゆら、ふわふわ。ぐらぐらではない。ゆらゆらなのだ。
同年代の子供と比べると『経験』が少ない一方通行はこの世界の何もかもが珍しい。もちろんもとの世界でもそうだ。学園都市に居れば間違いなくボートに乗る経験は無かったはずだ。
こういったものまで『力』になるとは思わないが、しかし経験しておくことは無駄では無かろう。一方通行はそう自己完結して(決して眠気に負けたわけではないのだ!)、そして眠ろうかという時。


「私もご一緒していいかしら?」

「沈む」

「そ、そんなに重くないわ」

「どォだか」


少なくともアイツよりは重そうだ、と片目をあけて一方通行は続けた。
にこにこと柔らかそうな雰囲気を放つその人物は、ルイズによく似た女性であった。似たような髪の毛の色に顔立ち、体型はまぁ、うん、あまり似ていないのだが、それでもあのやかましいゴシュジンサマを女らしく成長させたのならこうなるのだろうな、という完成形のような印象があった。

余りにぶっきらぼうな一方通行の態度はその女性にすると珍しいのであろう。綺麗な瞳をまん丸に開き、そして何処までも柔らかそうに笑う。


「面白いかた。お父様に用事が?」

「ここには何の用事も無ェ。ただアイツが学院に居ねェと俺の飯が出ねェからな。たまにゃ言うこと聞くのも悪かねェだろ?」

「あら、もしかしてルイズのお友達かしら。あの子もう帰ってきているの?」

「鼻水垂らしながら母親に連れてかれたぜ」

「ふふ、停学ですって。何かしたの、あの子?」

「……なンつったか、『土くれ』の何とか……ソイツのゴーレム? に突っかかって、ンで死にかけてたな」

「まぁ、怪我はしていないかしら?」

「少なくとも死ンじゃ居ねェよ」


毎日毎日ルイズを物理的にぶっ飛ばしている一方通行にはなかなかキツイ質問である。
いつもの一方通行なら気にもしないのだが、何となくこの女には泣いて欲しくないなと思った。
一方通行をしてそう思わせるのはひとえにこの女が放つ雰囲気。柔らかくて、そういうのが似合わない一方通行にすらも安らぎを与えるような、そういったモノ。
学園都市にはまず居ない人種。少なくとも一方通行は会ったことがない人種である。
科学者どもは毎日毎日研究ばっかりで、レベル6シフトの研究員はちっとも優しくない。というより、皆自分のことで精一杯なのだ。他人に構う暇など『現代』で見つけるのは難しい。わが身を犠牲にしなければそういった時間は取れないから。


(あァ、そういや居たな、一人だけ……)


ふと思い浮かべるのは最弱。あの男は、敵対していなければこういったモノを持っていたのかもしれない。
包み込まれるような包容力というか、何といったらいいだろうか、母性? そういったもの。

馬鹿なことを考えてるな、と自身そう思い思考をカット。
いよいよ目を瞑ってしまおうという時。


「……私もご一緒していいかしら?」

「沈む」

「そんなに重くないわ」

「……勝手にしろよ」


一方通行はため息をつきながら身を起こした。

何かが変わっていた。何か、どれかよく分からないが、絶対に何かが変わっていたのだ。





。。。。。





「言いたい事と聞きたい事が山ほどありますが、さて、どちらからいきましょう」


どちらとも飲み込んで私を学院に帰してくれ。
もちろんそれは声になることは無く、口から出て行くのはあ、う、と意味をなさない音ばかり。

幼い頃からのお勉強部屋。そこにルイズは連れられた。
何度ここから逃げ出したことだろうか。窓を開けて飛び降り、少しだけ高い場所にあるのでいつも足がしびれていた。そこからは植え込みに身を隠して、そして猫のようにこそこそといつもの池に行くのだ。いつもの小船に乗り込んで、ゆらゆらと揺れるそこで毎回泣いていたのを覚えている。

ちら、と窓のほうに目を向けると、


「無駄です」


母から送られる冷たい視線。
今まで何度逃げ出したのか分からないが、しっかりと対策は練られていたようだった。
鍵が三つもついている。一つ開けるのに半呼吸。三つ開けて、窓に足をかけ、そして飛び出す。ああ、その間に首根っこを捕まえられること間違いなしである。
ランブル・フィッシュのように目を泳がせながらルイズは汗をたらした。


「ルイズ……」

「は、はい」

「私に言いたいことがあるように、あなたにもあるでしょう。これまでの手紙は読ませてもらいました」

「て、手紙? 送った覚えは……」

「カトレアに送られてきた手紙は私も読ませてもらいました」

「ひょッ!」

「考えなかった、と? ええそうでしょう、あなたは私達が嫌いなのでしょう。そうね、あなたの前でため息を漏らした事もあります。あなたをたくさん傷つけた事でしょう。そのことは謝ります。私の配慮が足りませんでした」


だが、と母は、カリーヌは続ける。


「……ですが、だけどねぇっ、親の! 親の痴呆を心配するとは何事ですか!! 父親に向かって! 母親に向かって! 死ねばいいのにとはどういう事ですか!!」

「あ、あれはそのっ」

「正座なさい!」

「はいっ!」


カリーヌの眼光に貫かれルイズは足を折りたたんだ。床の上に直に座りこみ、そして思わずため息。とほほ、といった調子である。
考えてみれば、両親に一通の手紙も送らず姉にばかり送っていれば、それは親として気になるところだろう。
最初は渋ったのだろうが、それでも親が子供を心配している様を見て無視できるほど心無い女ではないのだ、姉は。


「お説教です!」


子供の頃から何度も聞いたその言葉。
小さな頃は体が震えるほど怖くて、今も大して変わってはいないが、しかしルイズだってちょっとは成長しているのだ。
一年前とは違い魔法が一度だけ成功して、そして今の自分には使い魔も居るではないか。
ルイズは大きく息を吸い込み、


「ど、どんとこい!」





。。。。。





小船で向かい合い、一方通行は視線を合わせずに水面を見つめる。
気を許してしまうと吸い込まれてしまいそうな印象があるのだ。


「それでね、ルイズはお母様のお説教のときにいつも逃げ出してこの小船で泣いていたわ」

「そォかい」

「だから今日は先回り。きっと今頃お説教されてるもの」

「ッハ、そりゃ停学だからな。怒られンのも仕事のうちだろ」

「そうなの。あの子、昔から無茶するところがあったから。皆がどれだけ心配してるのかきちんと分かってもらわなくちゃ」


カトレアと名乗った女はふわふわと笑った。そしてう、と何気に一方通行は引いてしまうのだ。

なんと言えばいいだろうか、非常に居心地の悪い空間である。
そもそも何で自分は律儀に話を聞いてやっているのか。一方通行にはそれが分からなかった。眠ろうと思って船に近づいて、バランスを崩して、そして何故か一緒にゆらゆらと風に揺れている。
いつもの一方通行ならば無視するところだったろう。しかし、何となく、本当に何となくなのだ。何となく話をしてもいい気分になった。
何か魔法による攻撃かと考え、自身の反射設定を見直したがそんなことも無く、これはカトレアの人間性がそうさせるのだろうな、と。

はぁ、とため息をつきカトレアに視線を送れば、ん? と小首をかしげてまた微笑む。
一方通行は薄ら寒いものを感じながら、そして考えるのをやめた。駄目だ。とても理解の範疇にあるような女ではない。


「眠たそうな顔ね」

「誰かさンのおかげでな」

「はい、いいわよ」


ぽんぽん、とカトレアが自身の膝を叩いた。


「何だそりゃ?」

「頭。膝枕。おいで」

「……あン?」

「ルイズは好きなのよ、膝枕。嫌い?」

「いや、好きとか嫌いとか……、そういうモンか?」

「そういうものよ、きっと」


どちらにしても遠慮しておく、と一方通行は首を振った。
『最強』が膝枕など、今この瞬間も大分おかしな状況なのに、それこそ目も当てられなくなってしまう。

一方通行はぼりぼりと頭をかきながら片手を水面につけた。話をしている間に風に運ばれ、池の中ほどまで移動していたのだ。


「漕ぐときはこれを使うのよ」


『ふわふわ』が手にしたのは小さなオール。まるでおもちゃのようなそれは、一方通行には必要のないものである。
水流操作系の能力者に倣って、そこに動きがあるのなら一方通行はなんだって操ってみせる。
風と同様、全てを操ることは出来ないが流れを作るくらいなら、この小さな船を動かすくらいならお手の物である。

一方通行は静かに目を瞑り、改めて自分の眠気を感じ、そしてベクトル操作。一つの波を掴み取り、もう一つ掴み取り、それは風の方向を無視して二人を運ぶ。静かに揺れる小船はゆっくりともとあった場所に進んだ。


「あら? あらあら?」

「……っは、何かおかしいかよ?」

「ええ、何だか変な感じ。水が意思を持って私達を運んでくれているみたい」

「それはそれは。どうにも美しい表現ありがとさン」

「まぁ、お上手ね」


皮肉すら効かない。
一方通行は顔をしかめながらさっさと陸地に上がった。


「行ってしまうの?」

「寝ンだよっ」

「そうね、今日は太陽が気持ちいいわ。私もルイズが来るまでそうしてようかしら」


適当な場所で横になった一方通行は頭の後ろで腕を組み、そして目を瞑った。
……瞑ったのだが、またもカトレアが傍に来るのだ。
パーソナルスペースにたやすく入ってくる彼女は、しかし一方通行にストレスを与えることなく、ただそこに居る。一方通行の隣に座りこみ、ぽんぽん、ぽんぽん、と自身の膝を叩き、またもふわふわと微笑んで。

くそったれ、と口の中だけで呟き、


「俺ァ枕は低い方が好みなンだよ」

「大丈夫。私の足、そんなに太くないわ」

「……、たまンねェ……」


諦めた。何かを途中で投げ出すのは余り好きではないが、これはいよいよもって諦めた。

大きく大きくため息をつきながら一度だけ体を起こし、そして頭をカトレアの膝の上に落とした。
香る香水は一方通行の好みに似ていて、どういうことか眠気は強くなるばかり。


「どう?」

「ん、あァ、なンつーか……ねみィ、な……」

「うん、おやすみなさい」


怖いマホーツカイも居たもんだ、と何かよく分からないことを考えながら一方通行の意識は沈んでいった。





そしてカトレアは一方通行の額にかかる髪の毛をさらりと流す。本当に寝てしまったようで、瞼は静かに閉ざされていた。
カトレアは自身、結構勘のいい女だと思っている。身体は生まれつき良くなかったが、その代わりに勘が良かった。
何となくピンと来る事が小さな頃から良くあった。ああ、この人はもうすぐ……、そう思えばそうなった事も何度となくあったし、少しだけ薄ら寒いものすら感じるが、事実として勘がいいのだ。
春色の風を身体に感じながら大きく息を吸い込んだ。
同時に思うのは一方通行のことで、何となく、そう、何となくなのだが、異質な感じがする人物だ。なんだか今まで知らないところで育ってきたような、それともちょっと違っていて、本当に『違う存在』、そんな気が。

一目見たときからカトレアは痩せっぽちなこの少年の事が気になって気になって仕方がなかった。
瞳の色は今まで見た誰とも違っていて、放つ雰囲気は鋭いくせに、ともすればぽきりと折れてしまうような危うさも残している気がする。
思う、気がする等の何の根拠も無い話だが、カトレアは自分の感覚をなるべく信じるようにしているのだ。
この少年は目を離してはいけない。そう思わせる何かが彼からは出ていた。


「……一目ぼれかしら?」


くすくすと笑いながら。

さらさらの髪の毛。長いまつげ。形の整った眉。
どれもこれもが純白で、新雪にも勝るそれは美しかった。非常に珍しい毛色で、冬に父が獲って来るウサギに似ていた。


「それにしても……」


カトレアは少しだけのんびりした口調で、


「今日は粘るわね、ルイズ」





。。。。。





足が痺れてきた。なかなか高レベルの痺れである。今まで経験した中で一番の痺れかもしれない。
限界が近い。その事を母に伝えようとするも母の眼光は鋭く、ルイズの発言は未だ許されていないようだった。


「いいですか? あの人はあなた達に甘いですからそう強くは言わないでしょうが、これでも私達はあなたを心配して───」


聞いたよ聞いた、それはさっきも聞いた。なんというエンドレスリピート。
ルイズの思考がちょっとずつアレになっていっているのは、もちろん下半身の痺れが原因である。
もう脂汗が出てきているのである。お説教を聞いてやろうと思ったのはいいが、まさか身体的な限界が先に来るとは思っていなかった。
心臓の鼓動は速くなっているし、指先で足を触れば感覚なんてない。
はぁ、はぁ、とルイズは呼吸すら満足にできず、そしてついに、


「お母様! その話はもう四回目です!」

「そうですか。あと六回は聞かせましょう」

「たまらん! もう無理です!」

「そんな事はありません。無理無理と言っていたあなたはちゃんと魔法を成功させたのでしょう? オスマン老からの手紙に書いてありましたよ」

「無理の種類が違います! 例えるなら私の無理はみかんでお母様の無理はリンゴだわ!」

「またよく分からない事を言うのですね。それより、魔法に成功したというのは本当のことなのですか?」

「う……ま、まぁ……、成功と呼べるのかどうかは分かりませんが、一応使い魔は召喚できました」


とんでもない者をだが、一応召喚は成功している。コントラクト・サーヴァントはしっかり返ってきたが。


「ふむ、そうですか。一目見たいものですね。何を召か───」

「人間です! しかも異世界から来た人間です! 魔法なんか全然効きません! ぜ~んぶ跳ね返ってきます!」

「ルイズ」

「本当です! 私は嘘もつくし約束を破る時だってあるけど、今この瞬間には絶対無いと、始祖ブリミルに誓います!」

「……はぁ、分かりました。ではその者を連れて来なさい」

「は、はいー!」


ようやく開放された、とルイズは立ち上がった。
だが足の痺れでよろけ、


「ありゃりゃ、っとと」


ついつい母に手を伸ばした。

その手を母は当然のようにとり、そしてルイズは抱きしめられたのだ。

へ? と間の抜けた声を出してしまって、ちょっとだけ恥ずかしかった。
いつ以来だろう、母に抱きしめられるのは。その最後の思い出は随分と昔のもので、おそらく小さな小さな子供の頃以来だったろう。まだ無邪気に魔法の力を信じていた時から、そして自分にはその才能が無いと知ったときからルイズは両親に甘える事を一切しなかった。
こうやって抱きしめてくれるのは魔法が成功したからだろうか、と無粋な事を考えるも脳内ではしっかりと答えが出ていて、自分がこうやって甘えたかったように、母もそのタイミングを今か今かと待っていたのではないだろうか。顔を合わせて話し、ようやくになってその事が分かった。
心臓は跳ねて、懐かしい母の匂い。鼻の奥がつん、と痛くて、母の優しい手の平にルイズの頭は一度だけ撫で付けられた。
じわりと涙腺が緩んでしまって、


「よく帰って来ました、ルイズ」


その言葉で涙が流れ落ちた。


「心配していました。勝手な事を言っているのでしょう、私は。だけど……本当に心配していたのよ、私のルイズ」

「……ん……今までごめん、なさい……」


母の服に鼻水をつけるのは申し訳なかったが、これは我慢できそうにはなかった。
わんわんと大声を出して泣き、母の手は誰よりも暖かくて、ようやくルイズはお母さんのことが分かったのだった。







[6318] 02
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/05/07 18:44




「ルイズ……」

「はい」

「本当に“コレ”を召喚したというの?」

「コレ? コレときやがったか、おい」

「……ルイズ」

「は、はい」

「平民……、でしょう?」

「ンだテメェ……、反射すっぞこら」

「ル、ルイズ……」

「はい……」

「ルイズっ」

「は、はい、なんでしょうか?」

「ルイズ!!」

「あだっ、あだだだだ!!」

「な、何ですかこの無礼者は!!」

「おかっ、お母様、ギブ、ギブッ!!」


カリーヌのチキンウィング・フェイスロックがルイズの肩と首の両方を極めた。





02/~恋とか愛とか主従とか~





異世界。私の使い魔はそこから来ました、とルイズはカリーヌに懇切丁寧説明した。
カリーヌは一方通行の態度にこれでもかというほど腹を立てており、ルイズの言葉が届いていたかは定かではない。というより、信じているかどうかが分からない。
ルイズは一方通行の事を信じている。異世界から来たという事も信じているし、一方通行が『最強』なのも信じている。が、この不遜な態度とにやついた表情は慣れないとなかなか腹が立つものである。初対面の人間には間違いなくマイナスイメージをもたれる人間だろう、一方通行は。……もたれるはずなのだ。マイナスイメージをもたれる筈なのに、


「それでね、ルイズったらなかなかオネショなおらなくて……」

「そォか。……あァ、そォいや学院でも───」

「ストォォオオオップ!! そういうこと言うのは感心しないなぁご主人様は! まったく感心しない!」


一方通行が姉にとんでもない事を暴露しようとし、ルイズは寸での所でそれを止めた。
何故だろうか。何故一方通行と姉はあんなに仲良しなのか。
一方通行は今までに見たことも無いような表情を、いや、雰囲気をしていた。変わらずにやついた表情なのだがいつものぴりぴりとした緊張感は無い。
なんだかずるい。ルイズはそう思った。

ちょうど昼時なので母に紹介するついでに食卓に着いたのだが、カリーヌの隣にルイズ、その対面に一方通行、その隣にカトレアである。
違うのではないか? この席順というか、組み合わせはなんだか違くないだろうか?


「ちい姉さま、何で一方通行とそんなに仲良しなの?」

「あら、アクセラレータって言うの、あなた」

「一方通行《アクセラレータ》だ」

「一方通行ね、わかった」

「だ、だから何でそんなに……」

「だってルイズったらなかなか池に来ないんだもの。たくさんお話して一緒にお昼寝していたわ」


誰にでもそうあるように、またもカトレアはふわふわと微笑んだ。
何かよく分からない感情がルイズの心中に渦巻き、う~~っとルイズは唸る。
ずるい。ずいるいずるい。『一方通行《アクセラレータ》』を教えてもらったのはルイズだって最近になってからなのだ。それなのに姉は初めて会ったその日に教えてもらって、そして一方通行の隣でご飯を食べている。
腑に落ちないものを感じながらモソモソと食事を口に運び、


「一方通行といいましたね」

「あン?」


ひく、と母の口角が動いたのをルイズは見逃さなかった。


「あ、貴方は使い魔として召喚されたのでしょう? ルイズがどうしてもと言うので許しましたが……、本来なら貴族と平民が共に食卓に着くなどありえない事なのです。それを理解していますか?」

「これはこれは、御高説クソ賜りました。わたくしのようなクソ下賎なものと一緒にクソ高貴なメシを食ってもらえるとはクソ感激至極。クソ嬉しくて嬉しくてたまンねェよクソッタレ」

「───ッ、ルイズ、ルイズ……!」


食卓の下でルイズはカリーヌに手を取られた。
片手で軽々とルイズの手首は極められ、みりみりと関節が死んでいく音が。


「くぉっ! お、お母様、どうか、どうかっ! あの者の無礼は今に始まった事ではなく───」

「私は、平民に、使い魔に、クソッタレとっ、言われたかしら?」

「違います、違うんですお母様! と、異世界では褒め言葉なのかもっ……い、いた、いたっ」


ふーっ、ふーっ、と自身を無理やりに落ち着ける母は今までに無いほど怒りを蓄えているようだった。
どちらかというといつも冷静で静かに怒る母なのでその姿には驚きを隠せない。そしてここまで怒らせるという使い魔にも驚きを隠せない。

一方通行の心臓はいったい何でできているのだろうか。緊張とか、身体が硬くなったりとか、そういうのは無いのだろうか。
ルイズの召喚した使い魔は頭がいい。それはこれまでの生活でよく分かっている。だからいくら違う世界から来たといっても、貴族と平民の間にある決して越えられない壁も理解しているはずなのだ。

しかし彼はそれを軽々と乗り越える。というよりもぶち壊す。理解しているのならちょっとはその通りに動いてみろと言いたい。なんだってわざわざ挑発するような事をするのだろうか。

手首がちょっと変な方向を向き始めたところでルイズは笑顔を作り、


「あ、一方通行? さっきのはちょこぉっと失礼ではなくて?」

「……」

「あ、あ、一方通行? ちょっと御免なさいしてくれると、私の手首は、元の位置に戻れるのだけれどっ!」

「……」

「ちょ、ホントに、ねぇ!」

「……このスープ……なかなか美味ェな」

「シカトかコラっ!!」


いつもはそんな事しないのに一方通行はわざとらしくずずずずっ! ととんでもない音を立ててスープを飲み干し、かちゃん、ではなくがちゃん! と手に持っていたナイフとフォークを食卓に放った。

同時にルイズの手首が、ぽくんっ。

ひょ! と縦に開いたルイズの口は塞がらず額から脂汗が垂れる。
変な音がした。人間の身体から聞こえてくるのはおかしい音がした。ルイズ自身の手首から聞こえてきたのだが、それはそれはおかしな音が響いたのだ。
そっと食卓の下を覗けば母に捕まれていた左の手首はぷらぷらしていて、その視線をゆっくり上げると満面の笑みをたたえた母カリーヌが。


「ルイズ、ちょっと、あなたの使い魔と、食後の運動をっ、したいと! 考えていますが!!」

「お、おおおお勧めはできませんが私の制止などお母様は聞かないでしょうし私がどう言った所でそうしてしまうつもりなのは分かっています!!」

「つ、ついて来なさい。貴族がどういうものか、しっかりと───」

「口上述べなきゃ喧嘩もできねェってか? 立派なもンだな、貴族ってのは」

「……ふぅ。……」


ぼそりと呟いてカリーヌは背中を向けた。
殺します。と呟いていたように聞こえたのはおそらくルイズの幻聴に違いないのだ。





水の秘薬を飲みながら、そして手首に塗りこみながらルイズは一方通行の耳元で。


「ちょっと、ちゃんと手加減してよね」

「はァ? 何言ってんだテメェ。俺は反射するだけだ。手加減の仕方なンざ知らねェよ」

「だ、駄目よそんなの」

「……分かってらァ。ちょっと『風』ってのを受けたらすぐ終わらせてやる」


そう、一方通行はそのために挑発していたのだった。
ルイズは毎朝毎朝特訓していて、それに一方通行も参加する。毎日爆発を身に受けて、それで演算。反射設定を超えてくる得体の知れないものを理解するために。
それはルイズも聞いていて、すると一方通行は違う魔法使いでも試したい事があると言い始めた。『火』はキュルケで、『土』はギーシュで、そしてルイズの知り合いで一番『風』を上手く使えるのはタバサである。
一方通行の言うとおりタバサも特訓に参加させようと部屋をノックするのだが、しかし彼女は出てこなかった。とにもかくにも出てこなかった。

そこで思い出したのが母の事で、そういえば母も『風』だったなと思った。停学の三日目。色々と準備をしていざヴァリエールへというときに思い出したのだった。
そして一方通行にその事を伝えて、彼はいつもの通りにニヤつくだけだった。

はぁ、とルイズはため息をつく。
まさか喧嘩を吹っかけるとは思わなかった。素直に頼めば母も断らなかったとは言わないが、何故わざわざ挑発するような真似をするのか。そのせいで手首が。私の手首がっ!


「……あなたってホント負けず嫌いよね」

「あァ?」

「ま、その辺も可愛いけど」

「何言ってンだオマエ?」


一方通行が嫌そうな顔をしてそう言った時に、前を歩いていたカリーヌの足が止まった。
庭の、池の畔。


「ここらでいいでしょう」


ルイズとしては幼少の頃の思い出がいっぱい詰まった場所なので破壊して欲しくないのだが、どうだろうか、なんと言っても母と一方通行がちょいと戦ってやろうというのだ。脳内には焦土に成り果てた池しか思い浮かばない。


「ルイズ、下がっていなさい。怪我をしますよ」


すでに手首がぷらぷらしているところです。
ルイズは頷きながら久々に小船に乗った。懐かしい感じ。以前よりも狭く感じるのはルイズの成長の証だろう。


「では始めます。ええ始めます。準備は終わっているでしょう?」

「あァ」


短く答えた一方通行は珍しく真剣な顔をしていて、いつでもそういう顔をしていれば大層モテるであろうに。両方から。いや、どちらかというと男性を魅了するような顔つきをしている。
以前からそう思っていて、ルイズは不安になって夜、一方通行が寝ているときに色々と確かめた事があるのだ。

まぁ、結論から言うと、男の子だった。いや、あの感じだと『男』だろうか。


「……えへ、えへへ……」


ルイズは二人の様子など一切見らずにだらしなく口を開け、


「ん。ごくろォさン」


一方通行の声が聞こえた。
いけないいけない、と首を振りながら視線を母に持っていき、瞬間、ルイズの乗っていた小船が浮き上がった。

ん? と小首をかしげ、

ドッパァアン!! と轟音と共に夥しい数の水の雫が見えて、それはまぁるくまぁるくなりながらルイズの周囲を舞う。
いつの間にかルイズは小船と共に空を飛んでいた。
風が吹いていた。人間を軽々と持ち上げて吹き飛ばすほどの風が。暴力的なそれは、そのまま暴風で、狂ったように威力を発揮するそれは狂風で、凶風だ。
発生源は目視が難しいが、一方通行に違いあるまい。

上下が逆転した視界の中、わたわたと必死に小船に捕まって、そして母が水切りをしながら池の真ん中までぽーんぽーんと飛んでいっているのが見えた。人間が水面を跳ねている。


「あらぁ?」


ここらでルイズにようやく現実感が戻ってきて、


「───ぎゃぁぁあああ!! お母様ぁあああああああああああ!!!」


言い終えるのと同時に着水。
それなりに水深があって助かったと思えるほどの高度から落下したので全身を打つような痛みに襲われたが、それよりも母が心配だった。
まるで何か、いや、例えるものが無いほどにシュールな絵面だった。
人間だ。人間が回転しながら水切りしていたのだ。最早驚愕を超えた何かがルイズを襲う。


「お母様、お母様! 大丈夫ですかお母様!!」


水を跳ね上げながら進んだ先にいる母は、


「……ふ、ふふ」


まずい、と思った。
多分どこか悪いところでも打ったに違いない、と。


「……何か失礼な事を考えていますね?」

「ほあっ!?」


そしてカリーヌは楽しそうに笑いながら、


「私の四肢は千切れていませんか?」

「……いえ、ちゃんと付いています」

「頭が朦朧とします。身体が痺れて感覚がありません」

「ご、御免なさい、私の使い魔が」

「いえ……、そうですね、使い魔でしたね」

「お母様?」

「ルイズ、あなたに魔法の力が無いのは、もしかしたらあの者を召喚するためだったのかもしれませんね」

「……、そんな、私にはただ才能が……」

「異世界ですか……、面白い」

「……?」

「いつか行ってみたいものですね、ルイズ」

「……はい」


柔らかい表情のままカリーヌは続け、ルイズはそんな母の様子に可愛いところもあるのだなと思った。
そしてちゃぷちゃぷと風でできた波に揺られていたのだが、何故だかそれがちょっとずつちょっとずつ方向を変えている。

今度はなんだと呆れた調子で陸地にいる一方通行を見れば、彼は地面に座り池の水に手をつけていた。
ルイズは一方通行の能力の全容を知らない。知らないが、どうせ何か禄でもない事をやるのだろうという予想は、それはそれは簡単に立ったのだった。


「ああ、お母様」

「本当に面白い使い魔を召喚したわね、ルイズ」


母が愉快そうに笑うその様子はまるで子供のようだった。
その視線の先には大きな大きな波ができていて、飲み込まれてしまうかと思えば何故か二人の身体はその波に乗り、まるでサーフィンでもしているかのように畔へ向かう。

そして、


「どォだ、ヘーミン様の実力の程は」


いつも通りの態度、表情の一方通行の前まで運ばれた。


「馬鹿シロ! 殺す気!?」

「いえ、いいのですルイズ。一瞬ですが、とても楽しい時間でした。幼い頃に戻ったよう」

「こう言ってンぜ?」

「ぐ、ぐぬぬぬ……! そ、それで、試したい事って何だったのよ!」


ルイズが鼻息荒くそう言うと、一方通行は目を瞑り指を一本だけ立てた。


「……?」


難しい顔をしながら、そしてその指は左側に倒れ、ルイズはつられてそちらを向いてしまう。


「こうだ」

「ぶごっ!!」


ばご! と、直撃。
目に見えない何かがルイズの顔面を直撃した。たたらを踏みながら鼻血を噴出し、いったい何が、と。
風の魔法使いに比べれば威力は弱まるが、エアハンマーを受けたような衝撃だった。

ルイズの目の前をちかちかした光が通り過ぎ、一方通行の笑い声が聞こえる。


「テメェらがどォいう風にして魔法を使ってンのか気になってな。俺ァ今までデカイ風ばかりだったからよ。圧縮じゃなくて、まとめンだよ、束みてェに。考えてみりゃこンな使い方すらしてなかったンだな、俺は。
 『火』は加速。『風』は流れ。『水』は結合。『土』は……、こればっかりは操作しかねェか? ……ふん、簡単なことじゃねェか。必要かどうかは分からねェが……知っておくのはマイナスにはならねェ」

「ひ、一人で納得するのはいいからっ、乙女の鼻血を見て、何か思わないの!?」

「汚ねェ」

「おか、お母様! こいつやっつけて! こいつやっつけて!!」


ルイズの願いは結局聞き入れられず、カリーヌはけらけらと笑っていた。





。。。。。





一方通行はカリーヌに大層気に入られた様子で、夕食のときは一方通行の右隣に母カリーヌ。左にはカトレア。そして一方通行の対面にルイズ。
納得いかない、納得いかない、と計三人前ほどの食料を食べ終えたルイズは母と一方通行を置き、先に風呂へと向かった姉を追う。
脱衣所でむくれ面のまま服を脱ぎ捨て、


「ちい姉さまー!」


扉を開けた先、ごしごしと身体を擦っていた姉にダイブした。


「ちい姉さまちい姉さまちい姉さま!!」


ふんがふんがと鼻先を姉に擦りつけ精一杯甘える。
一年分の『甘え』をこのときでしっかり補給しようと思った。
姉と一方通行が異様に仲良しなのはあんまり気に入らないが、それは多分一方通行が姉の雰囲気に中てられただけなのだ。目を離すとすぐにどこかから動物を拾ってくる姉は、なんだかそういう雰囲気を放っている。


「あらあら、甘えんぼさんね、ルイズ」

「えへー」

「一方通行は?」

「お母様に魔法の事色々聞いてた。私より実際に使える人のほうが良いんだって」


失礼しちゃうわとルイズは続け、カトレアが微笑みながらルイズの身体に泡を塗りたくる。
ルイズは姉に身体を預けされるがままに。わき腹にタオルが伸びてうひひと笑った。


「あの子のこと、ちゃんと見てなきゃ駄目よ?」

「ん?」

「あなたもそうだけど、一方通行も何だか危なっかしい感じ」

「んー? 確かにアイツは危険人物だけど……」

「そういうんじゃなくて……、何だかあの子、寂しそうな目をしてる」


その言葉を聴いてルイズははっとなった。
寂しそう、とは思わなかったが、何かをマイナスを背負っているとは思った。
先日の一件から随分と穏やか(?)というか、少しだけ棘が取れたような印象だったので見逃していたが、一万人を殺しておいてそれをすぐに忘れるなど出来るはずもない。
ルイズは『それがどうした』と言ったが、もちろん現実は分かっているつもり。
それをしっかりと理解した上でルイズは首を縦に振った。


「うん、ちゃんと見とく」


カトレアがそうなさい、と優しくルイズの髪の毛を洗い始めた。
気持ちよくて、ゆっくりと目を瞑った闇の中、ちょっとした不安に襲われる。
何だか、初対面なのに気にしすぎというか、何だか、何だか、……そうなのだろうか、と。もしかしてカトレアはそうなのではないだろうかと。


「……ち、ちい姉さま、一方通行の事好きなの?」

「あらやだこの子ったら。今日会ったばかりよ?」

「い、いいからっ、す、好き? 嫌い?」

「好きよ。あなたのお友達ですもの。でもあなたが心配してるのとは違うみたい」

「そ、そっかぁ……」

「ルイズは?」

「ほぁ?」

「ルイズは好き? 一方通行の事」

「ん、んー……、好きとか嫌いとか、何だかそういうのじゃないけど……、でも大事にしたいとは思ってる。初めて成功した魔法で、初めて召喚した使い魔だもん」

「そう。……好きになりそう?」

「分かんない。っていうか、そういうのは意味ないって思ってるから」


一方通行と仲良く手を繋いでラグドリアンの湖畔でも歩くか?
無理である。まったく持って想像がつかない。
ルイズが一方通行を好きになる。それはありえるかもしれない。一方通行は強いし、先日だってルイズを守ってくれた。今だって、姉に一方通行を取られるかもしれないと考えて不安になった。もしかしたら『そういうの』の前兆かもしれないし、うん、ありえてもおかしくない出来事である。

だがしかし、とルイズは考える。
一方通行がルイズを好きになる。それはありえない。断言できる。ありえない。何が何でもありえない。

だから『意味がない』、だ。
何となく感じる分で、一方通行との関係は『恋人』には成り得ないだろうな、と思った。
ものすごく頑張って、頑張って、普通の人だったら結婚して子供が生まれましたと言える所まで頑張って、ようやくそこで友達になれるような。何となくだがそう思った。


「アイツって多分“そういう”感情、無さそうな気がする。凄いストイックで……、んー、冷血?」

「だったら頑張らなきゃね、ルイズ」

「私、叶わない恋はしたくないわ」

「でも、惹かれているんでしょう?」

「多分そういうのとは違うと思う」

「そうなの? あなた、一方通行と一緒に居ると凄く安心した表情してるわよ?」


それはさすがに姉の見間違いだと言いたいが、しかしカトレアの目はそういうのを見抜く。
カトレアがそういうのならそういう顔をしているのだろう、ルイズは。

はぁ、と諦めたようにルイズはため息をつき、


「ちい姉さま、私ね、こう思うの」

「うん?」

「男女の関係って恋だけかな。その間に愛があったら皆恋人になっちゃうのかな?」

「どうかしら……、わからないわ」

「愛とか恋とか、きっと素敵なんだわ。狂っちゃうくらい凄いものだって話も聞くし。……でも、でもね」

「うん」

「主従がそれに劣るなんて、私はそうは思わない」

「……」

「ご主人様と使い魔の関係が恋人に劣るなんて、そんなことない。恋とか愛に勝つ主従があっても良いと思うの」


どっちがご主人様か分からないけどねー、とルイズはへらへら笑った。
カトレアは嬉しいような悲しいような、どちらとも取れない表情をし、


「びっくりしちゃった。随分大人になって帰ってきたのね、ルイズ」

「……ど、どの辺り?」


ルイズは自身の胸を揉み、一年前からちっとも育ってないのを確認。次いで太ももを触る。こちらも筋肉はついたが女らしいとは言えないだろう。尻を撫ぜて、うむ、こちらも変わらず。
ルイズは姉の顔を覗きながらはて? と不思議な表情を晒した。


「ふふ……」

「ど、どうかな? お尻かな?」

「いいえ、ココかしらね」


ぽん、とカトレアはルイズの胸に手を置き、


「……大胸筋のおかげかしら……?」


ルイズは再度胸を揉んだ。







[6318] 03
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/05/22 17:19



ゆさゆさと身体を揺さぶられる感覚。
いつも以上にふかふかのベッドで、いつも以上に寝付くのも遅かった。普段だったら簡単に開くはずの瞼はやけに重い。
昨夜は……、そう、魔法の講釈をされていたのだった。
目指す先は『絶対能力』。そこまで一直線に進んで、とにかく魔法というものを理解する事から初めて、それで、虚無っていう、なにかを考えて……、眠い。


「シロ、シロ」


声が聞こえる。。


「シ、シロちゃーん……?」


聞き、脳の方に酸素を行き渡らせて、重い瞼を気合で開けた。少しだけぼやけた視界の中で己の召喚主を確認し、至近でこちらの瞳を覗きこんでくる様は寝ぼけた頭で考えても子供のようだった。


「……、……、う、ン……?」

「おはよ」


顔面の三センチ前でゴシュジンサマは言った。


「……」

「帰る準備しなきゃ。ちょっと早めに出るわよ」

「……ねみぃ。ちけぇ」


一方通行はルイズの顔面を引っつかみ無造作に引き離す。欠伸をしながら身体を起こし一度だけ目を擦った。
頭が働いていないのが実感できた。体感としては一時間も眠っていないのではないかというほどに。カリーヌの話す『風』の魔法の話に少しだけ真剣になりすぎたか。

一方通行はもっと力の事が知りたかった。
以前にも考えた事がある。世界中の風を意のままに操る事ができれば『絶対能力』などいらないと。考えてみればおかしな話で、世界中の風を操る演算能力を手中にした時点で『絶対能力』ではなかろうか。
指先を曲げただけで任意の場所に竜巻を起こし、史上最大級の台風を発生させ、高電離気体で焼き滅ぼす。世界の風を操れば簡単にできるのだろう。そのためにはもっと知らなくてはならない。
正直に言うとカリーヌの話はあまり役に立つものとは言えなかったが、風を考え、大気を意識する事は無駄にはならないだろう。

ゆっくりと二、三度瞬きをし、一方通行はふぅと息をついた。


「もういい?」

「……あァ」

「ご飯食べて、お風呂入ったら学院に帰るわよ」

「いらねェ」

「お腹すいてないの?」

「寝起きじゃテメェらの飯は食えねェよ」


ゴテ。である。擬音にするならゴテゴテとかモリモリとかそのへん。
貴族の食事というのは高カロリーで、更に量が多い気がする。
一方通行は基本的に小食なのであまり食べなくていいし、あまりに脂っこいものも好まない。あんなものを毎回二人ないし三人前は食べているルイズの基礎代謝が気になるところである。いったい一日に何キロカロリーを消費しているのだろうか。


「それならまだ寝てる? それともお風呂入る?」

「ん……風呂入る」


未だに覚醒し切れていない脳はぼんやりと返事を返し、ルイズの瞳がキラキラと輝きを増した。


「お、お風呂入るの?」

「ん」

「じゃ、じゃあ準備しなきゃね」

「そォだな」

「……も、もう一回“ん”って言って」

「あン?」

「もう一回“ん”って言って」

「……」


一方通行は訝るような表情のまま、ちょっとだけ鼻息が荒いルイズを無視し立ち上がった。
ルイズは時々、一方通行には理解できない言動を発する事がある。そのたびに喋る剣が言っていた“頭がヤベェ”が思い出されるのだ。
いくらなんでもまだ依存性はない筈なのだが、それは一方通行の常識で、実はもう頭のほうに害が出てきているのかもしれない。魔法のことを完全に理解していないだけに、一方通行には判断がつかないのだ。

未だに瞳をキラキラさせながら迫ってくるルイズをかわし、一方通行は部屋の扉を開けた。


「何よ、言ってくれてもいいじゃない……」


聞こえなかったふりをしてきょろ、と見回す。


「風呂は?」

「ここの廊下まっすぐ行って、そしたら階段があるから下りて。そこから右に曲がってまたまっすぐ。突き当たって左手側にあるわ」

「無駄に広ェンだな。家なンざ食って寝れりゃ何だっていいんじゃねェか?」

「言ったでしょ、貴族も大変なの。こういう大きな家がないと平民との差を見せ付けられないじゃない。貴族はプライドと魔法にしがみ付いてなきゃ生きてけないの。こういうところで無駄にお金を使ってヒーヒー言ってる人も居るんだからね」

「……本末転倒。くだらねェな」

「そのくだらない物が大切なのよ、私達には」

「そォかい」


鼻で笑いながら肩をすくめ、一方通行は風呂へと向かった。
家が広すぎるのは気に食わないが、風呂が広いのはなかなかに気持ちがいい。
一方通行は学院でも堂々と貴族用の風呂を使っている。昼に入っているので誰かと一緒になったことがなく、広々とした風呂はそこそこに綺麗だとも思った。
本来一方通行には風呂は必要ないものである。身体を汚すものは徹底的に反射している。風呂に入るのは本当に気分転換のようなもので、身体を洗うのが目的ではないのだ。

ルイズに言われたとおりに階段を下りて廊下を右に曲がる。まっすぐ行った先に風呂があった。
無造作に扉を開き、脱衣場へ。学園都市から着ている長袖のTシャツにデニム、下着を脱ぎ捨てさっさと向かった。
白い湯気が立つそこは公爵家といわれるだけはある。豪奢な風呂場であった。大理石のようなもので浴槽は囲われており、湯は乳白色。鼻を鳴らせば香水のような、少しだけ甘い匂いがした。おそらく湯に混ぜているのだろうと考え、お湯をすくう。柔らかい。軟水である。滑らかに肌をすべり、この白いのは何であろうか。乳液?


「……贅沢してやがる」


椅子と思しき物に腰を下ろし反射設定を変更。頭から少しだけぬるくした湯を被った。
石鹸を手に取り頭に塗り身体に塗り適当にわしゃわしゃと。必要がないものだが気分的に。後は反射。一方通行の身体についていたものは残らず弾かれる。


「……」


そして張られた湯に足をつけるのだが、


「……っ」


熱い。
一方通行はこれまでの人生で『痛い』を経験した事があまりない。一方通行の触覚、痛点は幼いのだ。あの戦闘で上条当麻に殴られたのはとても痛かった。小さな刺激でも、常人だったら何でもないただのお湯でもぴりぴりとした刺激が襲ってくる。反射をしてしまうと風呂に入るという行為そのものの意味がなくなってしまうために我慢しながらそぉっとそぉっと湯につかった。


「はぁ……、極楽とは、言えねェな……」


ため息をつきながら、しかし気持ちよさそうに入浴していたときだった。
がらり、と脱衣所へと続く扉が開けられ誰かが入ってくる。
一方通行は別に気にした様子もなくお湯をブクブクしたりしていたのだが、


「誰だ貴様」

「あン?」

「……使用人の風呂は別にある。ここは家の者の風呂だ」


と言う事はこの男はヴァリエールの家の者で、おそらくだがルイズの父親なのだろう。
白が混じり始めている金髪に、堂々たる威厳を持っていて、一方通行がこっちの世界に来て初めて『貴族』と思えるような人物だった。


「いや……、アンタの娘にここを使えって言われてンだが……」

「……カトレアか?」

「その下だな」

「ルイズか!?」


一方通行はその大声に嫌そうな顔をしながらうんうんと頷いた。


「ルイズが……ルイズが帰ってきているのか? いやそもそも貴様ルイズの何だ? ……いやいい、やはりいい、何も言うな、いや、だが……だが、えぇい……!」


めんどくせェ。一方通行は小さく呟き浴槽から立ち上がった。
ルイズも面倒臭いが、この親父も面倒臭いに違いない。何だか良く似ているような気がする。


「お先」


男の隣を抜けようとしたその時、


「やはり待て!」


はぁ、と一方通行は大きくため息をついた。





。。。。。





「───むごっ、んふっ、んー! んー!」

「あらあら、急ぎすぎよ」


カトレアから差し出された水をルイズは受け取り、口の中と咽喉につっかえている物を一気に飲み下した。ゴキリ、とかなりいやな音が咽喉からしたが大丈夫だろうか。


「あー、あー、危なかったぁ……、食べ物咽喉に詰まらせて死んじゃうところだった……」

「そんなに急いで食べるからです」


母の苦言などものともしない。
ルイズは死に掛けてもなおむしゃむしゃばくばくと朝食を皿の上から消していく。出されたものはしっかりと食べつくす。ルイズがシエスタと出会ってからの習慣。誰が作ろうと何が使われていようと、食べ物に罪はない。食べずに捨てるなんてただの傲慢である。

とても貴族らしい食事の仕方ではないのだがその食べっぷりに給仕の女は微笑み、調理師であろう青年も笑みを浮かべていた。どうにもルイズは貴族よりも平民に好かれる性質らしい。
最後の一口を大口開けて頬張り、


「ごひほ……んぐ、ご馳走様! 美味しかったわ!」

「光栄でございます」

「ムニエルがとても美味しかった! あとこの木の実が入ったパンと、この鶏肉が入ったスープも! でもこの海老のソテーはちょっと味が濃かったかも。お父様もお母様もそろそろお歳だから塩加減考えてね」

「はい。確と承りました」


それじゃ! とルイズはすばやく右手を上げて椅子の下に隠していた洗面用具を取り出す。
もちろん目的は風呂である。おそらく食事にはそれほどの時間はとられていない。今風呂に行けば一方通行がいるはずなのだ。ここ最近は穏やかに過ごしているのでご褒美として背中の一つでも流してやろう。そう考えた。決して一方通行の裸を見たいとかそういうのではない。
意味深なよだれを垂らしたルイズはじゅるりとそれを啜り脱兎のごとく風呂場へと走る。こら、と後ろから母の声がするが、ルイズにはまったく聞こえてはいなかった。

廊下を駆け、そして風呂場の扉を開けようと手を伸ばしたその時、


「ありゃ?」

「……ンだよ」


内側から開いてしまった。一方通行が出てきてしまった。
ほかほかと湯気を立ち上らせるその姿はルイズの心臓を跳ねさせ、やや高潮した頬といつもより赤くなっている唇がやけに印象的。
う、と訳もなくルイズは唸ってしまい、改めて自分が呼び出した使い魔の美しさを確認した。


「も、もう上がっちゃったの?」

「あァ」

「むぅ。一緒に入ろうと思って死ぬ思いしながらご飯食べたのに」

「そりゃ残念だ」


とは欠片ほども思っていない調子で一方通行は肩をすくめ鼻を鳴らした。帰る頃になったら起こせと残し、テクテクと廊下を歩いていってしまう。また眠るつもりなのだろう。昨日は随分晩くまで母と話しこんでいたようだから仕方がないか。

ちぇ、ちぇ、と唇を尖らせながら服を脱ぎ捨て、浴室の扉を開けた。
朝方なので気温が低く、立つ湯気で視界が奪われる。とはいえ生まれてから十年以上暮らしてきた家である。感覚を頼りに動けば転んでしまうような事はない。
手近な椅子を引き寄せ腰を下ろし、持ってきたタオルに石鹸を擦りつけ泡立てる。身体の怪我はもうほとんど治ってしまっているのでしみるような事はもうない。傷跡はそこらじゅうにあるが、そのものはようやくになって治ったのだった。


「ふんふんふ~ん♪」


鼻歌交じりに身体を洗って、


「そぉいっ、そぉいっ、そ───げふっ、ごほっ、ごほ!」


顔面を、顔のほうを動かしながら洗い、気合を込めながら洗い流す。口の中に泡が入る。苦い。


「あ~らよっとぉ!」


立ち上がりスパーン! とお馴染みのアレ。
そして浴槽に向かって一歩、二歩、さん、グニ、と。


「……?」


何かを踏んだ。間違いない。何かを踏んでいる。薄ぼんやりとだがそれは見えていた。
誰かというのは湯気のせいではっきりとは見えないのだが、ここはヴァリエールの実家で、母と姉には食卓で会っており、一方通行にもすでに会っている。
消去法として、ここの風呂を使うものはもう一人の姉と、後は、父。

ルイズはもう一度だけ足の感覚を確かめた。

ぐにゃり。

……。

とたんに背筋に走る怖気。確かめたくない。
ルイズはあわあわ言いながらそぉっと足を上げ、ゆっくりゆっくり視線を下に。


「だ、だ、だれか……、だれかぁ……」


見えた。


「誰か来てぇぇええええ!! おと、お、おおおお父様が! お父様がっ、おちん♂んモロ出しで倒れてるっ! おちん♂んモロ出しでっ! たおれてるぅぅぅううう!! わぁぁあああ! うわぁぁあああああ!!」


顔面を赤く染めながらルイズは絶叫した。





03/~お姫さま~





はぁ。
何度目のため息であろうか。数えはしていないが、先ほどから何度となく自分がため息を零しているのには、もちろん気が付いている。
望みもしない婚姻。政治を絡ませた結婚。
たまらない。女としての幸せが、これで全部飛んでいってしまう。


「……つまらない人生だったわね」


誰に言うでもなくアンリエッタは呟いた。だったわねと呟いた。
終わりだと思っているのだ。これで全てが。
結婚して、アレが見つかって、同盟が破棄されて、不穏な動きをしているアルビオンに攻め込まれ、ゲルマニアからも攻め込まれ、ガリアは果たしてどうだろうか。どちらにせよ、どうなろうがトリステインに未来はない様に思えた。

自分のせいで国が滅ぶ。その可能性がある。
未だに実感はわかないが、これは所謂一大事なのだ。

何とかせねばならない。そう考えてはいるが、いったい何をどうすればいいのか。
アレは、ウェールズに送った手紙は、どうやっても取り返さねばならないものである。ゲルマニアとの同盟はそれで決まってしまう。
今からゲルマニアと結婚しようとしている女が、ウェールズすきすき愛してるなんて書いてある手紙が、アルビオンに見つかってしまえば大惨事。同盟破棄。勃発ではないか、戦争が。

はぁ。

またも大きなため息。
好きな男に好きと告げただけなのに、それが国の命運を左右している。


「こういう時、何て言うんだったかしら……」


思い出したのは幼い頃に遊んだ友人。
活発で、いつも笑顔を絶やさない彼女は、高貴な身にしては少し口が悪かった。

ラ・ヴァリエール。
ちょうど先ほどその領地を遠目に確認できたところである。ゲルマニアと隣り合うヴァリエール。幼い頃の記憶を刺激するにはちょうどよい材料となった。


「えぇと、そう……、マジ───」


アンリエッタが鬱気に独り言を呟くと、





「やっべぇぇぇええ!!」





そうだ、マジやばいだ。

何処からともなくとても大きな声。
周囲を囲む護衛隊が何事かと騒ぐのが何となく滑稽だった。


「見ちゃったじゃない見ちゃったじゃない! 踏んじゃったじゃない!!」


懐かしい声。
片時も忘れる事のなかった声。

思わずアンリエッタはレースで仕切られた窓から身を乗り出した。
周囲に展開している魔法英士隊が警戒し杖を突き出しているのが見える。その先には桃色がかったブロンドの髪の毛の持ち主。幼い頃からあまり変わっていない容姿に体型。髪の毛は短くなっていたが見間違えるはずがない。一目見ただけで上等だと分かる馬に乗っていた。

英士隊の一人が馬から降り、やや混乱気味の彼女に向けて杖を向けた。


「お待ちなさい、よいのです!」

「ひ、姫様……、しかし……」

「そなたの忠義、感謝します」

「……は、失礼いたしました」


ユニコーンに引かせている馬車を止めさせたアンリエッタは扉を開いた。
地に足をつけ、久しぶりに見せる笑顔で。


「ルイズ? ルイズ・フランソワーズではなくて?」

「ひ、姫?」





懐かしいわねとアンリエッタは口を開いた。
ああ懐かしい。確かに懐かしい。懐かしいが、もうちょっと空気読めと思ったルイズに間違いはないだろう。
ルイズはアンリエッタに連れられて馬車の中へと。お姫様の馬車の中にいるのだ。
レースのカーテンを引いているので外からは見えないだろうが、なんとも視線を感じてしまうのである。何だアイツ。何者だアイツ。視線というか、意思というか。
そんなものを感じながらだと話に花を咲かせることもできない。ルイズはアンリエッタの話す事に曖昧に頷くだけ。


「……ごめんなさいね、呼び止めて」

「あ、いえ、良いんです。久しぶりに姫様の顔も見れましたし、……その」


何となく距離感がつかめず、なかなか出てこない言葉にルイズが難儀していると、アンリエッタは非常に儚げな笑みを浮かべた。


「私ね、結婚するのよ」

「……おめでとう、でよろしいですか?」

「そうね……。どう思う、あなたは」


間違いなく政略結婚なのだろう。
タイミングを考えるとそうとしか考えられない。最近はアルビオンの方に不穏な空気が流れているというし、ゲルマニアとの同盟が欲しいのだ、トリステインは。


「立派だと、そう思います」

「……立派、ね」

「私に政は分かりませんが、姫様の結婚の意味くらい理解しています。だから、立派だと」

「ありがとう、ルイズ」


数分の沈黙。
ルイズは俯き加減で何か声をかけたほうがよいのか、と。どう考えても元気には見えないアンリエッタ。なにか自分にできることがあればしてあげたいと思った。
そして顔を上げ、いざ口を開こうとしたとき、ちょうど同じタイミングでアンリエッタが顔を上げた。
その瞳の奥には何か決意したような輝きが宿っており、


「ルイズ、学院に着いたらお話があります。聞いてくれますか?」


厄介ごとだ。間違いなくそうだ。
だが、目の前にいるのは一国のお姫様。お願いと言われたら断れるはずがない。断るつもりもない。幼馴染が困っているのならば、それを助けるのは当たり前。見て見ぬふりは誇りが汚れる。

ルイズはちょっとだけ微笑みながらサムズアップ。


「もちろんさぁ」

「ふふ、ありがとう」





。。。。。





停学期間中、タバサを連れて遊びに出かけ、酒を飲み、男を堕として、時には魔法を使って乱闘騒ぎ。キュルケの一週間は実に有意義なものだった。
今日で停学期間は終了。また明日から退屈な授業を受ける毎日が始まる。考えれば考えるほど憂鬱で、キュルケは夏休みの終わりが近づくと何処かに行方をくらませるタイプの人間だった。


「あ~あ、お休みも今日でおしまいね」


ね、と隣でこくりこくり舟をこいでいるタバサに向ける。
今は昼だが、つい先刻まで夜通しでワインの飲み比べをしていたところだった。魔法を使ってこっそりと食堂から持ち出したアルビオン製のものがキュルケのお気に入り。そこまで高い物ではないが、好みの風味。

タバサにもやや無理やり飲ませたが、いくら飲もうがちっとも印象が変わらない。ただしきりに眠い、眠い、と呟くだけである。


「お休みなんてあっという間。さっさと夏期休暇がこないかしら」

「眠い」

「そしたらシロ君とゲルマニアに旅行に来なさいな。案内してあげる」

「……ねむい」

「ゲルマニアは良い所よ。皆自信に満ち溢れてる。トリステインみたいに暗い連中ばかりじゃないし」

「ね……むい」

「そうね、ルイズのバカも連れて行ってもいいかも。あの子ってどっちかっていうとゲルマニア向きじゃないかしら」

「……」

「タバサ? なぁによ、眠っちゃったの? た~ば~さ~?」


キュルケは微笑みながらタバサをベッドへと運んだ。
フレイムがきゅるきゅると鳴いたのを、人差し指を立てて黙らせる。

口数の少ない少女。そう、少女だ。タバサはまだ幼い。どんな理由があって『タバサ』なのか。この幼さであの魔法の腕はどうなっているのか。聞きたいことは沢山あるが、キュルケはそれを無理に聞こうとはしない。だからこそ今の関係が成り立っている。
ルイズ達と馬鹿をやっているときには気がつかないが、キュルケは仲間内では一番お姉さんで、一番大人なのだ。それはよく育っている身体だけではなく内面的なものもそう。皆と騒いでいるときもいつだって気を配っている。

タバサの青くさらさらの髪の毛を二、三度なでつけ、太陽光が入り込む窓際に腰掛けた。暖かな日差しは酔いを醒ましてくれることはないが、それでも気持ちがいいものである。


「ま、何があるのかは知らないけど……」


ちゃんと味方でいてあげるから。
呟いたのと同時、それは流星のごとく堕ちてきた。

ずしんっ! と学院を一度だけ揺らした物は上空から降ってきた人で、砂煙の舞う中から白い頭髪が。


「……無茶苦茶よね、ほんと」


ケラケラと笑いながらキュルケは魔法を行使。窓から飛び降りて地面にふわりと着地した。
驚いた様子もない一方通行に向かって右手をふりふり。


「はぁい、久しぶりじゃない」

「たったの数日だろ」

「それでも私は久しぶりだって思ったの」


いつものように腕をつかみ取り自慢の胸を押し付ける。


「あの子は? 置いてきちゃったの?」

「……」

「シロ君?」

「……クセェ」

「え、うそ?」


思わずキュルケは掴んでいた腕を放し、そして自分の髪の毛を一房だけ鼻へと持っていった。これがルイズだったら外聞なく脇の下を嗅いでいるところである。
いや、確かに先日は風呂に入っていないが、というかずっと酒を飲んでいたので気がつかなかったが、しかしそれでもまだ臭ってはいないだろう。
女の子は自分のにおいには気を遣う生き物なのだ。まだ大丈夫なはず。うん。


「く、くさいかしら?」

「あァ、酒クセェ」

「あ、そっち?」

「どっちがあンだ?」


キュルケはほっと一息つき、


「えぇと、それでルイズは?」

「まだお馬さんにでも乗ってンじゃねェか?」

「置いてきたの?」

「あァ」


キュルケが口を開くたびに一方通行のほうから優しい風が吹いてくる。一方通行が風を操れる事を知っているだけにショックが大きいが、まだ体臭ではなく酒臭いと思われているだけマシか。

というか、そんなに臭いだろうか。多少(?)アルコールのにおいがするだけだろうに、何もそこまで避けなくてもいいのではないか。
キュルケは少しだけ考え、


「ワイン、飲む?」

「……いらねェ」

「美味しいわよ?」

「いらねェ」

「あれはいいものよ~? ちょうど今の感じの、ほろ酔い気分。最高。いつもより貴方が綺麗に見えるわ」

「いらねェって言ってンだろ」


そして一方通行は背中を向けて歩き出した。

キュルケは確信すると同時ににやけた笑みを貼り付ける。
なんだ、顔以外にも随分と可愛いところがあるではないか。

テクテクと歩く一方通行の背中に向けて人差し指を伸ばし、


「あなた、お酒飲んだことないんでしょ?」


ぴたり、と一方通行の歩みは止まった。





。。。。。





学院によっていくとアンリエッタは言った。
へぇそう。それだけでは済まないのが貴族である。お姫様が寄って帰るというのだ。歓迎せねばなるまい。
しかしアンリエッタに聞けば学院にはまだ知らせていないと言うし、さぁ大変。

すぐさまルイズはアンリエッタの馬車を降り、学院への帰路を進んだ。
ルイズが乗る馬、クロは疲れなど知りませんがなにか? と言った調子で進めや進め。景色が流れるスピードは一向に変わる事無くルイズを学院まで運んだ。
馬小屋でクロに三回キスをして、


「ありがと。また明日ね」


少しだけ痛い尻をさすりながら今度は学院長室に猛ダッシュ。
ノックをし、返事が帰ってくる前にドアを開いた。

来る来る来ちゃう姫様来ちゃう。

まじかやばくね?

そして学院の全授業は中断された。


「あ~疲れた……。そして絶対また疲れる」


厄介事としか思えない姫様のお話。
一体全体どんな『お願い』なのか。昔からそうだが、アンリエッタはたまに無茶をやらかすときがある。替え玉を頼まれたときは死ぬ気で寝たふりをしたものだ。
今度は楽な仕事がいいのだが、はぁ、ありえない。しかし力にはなってあげたい。姫様だし、友達だし。

ルイズは重い足取りで寮の階段を登り、自室のドアノブを捻る。先に帰ってきているであろう一方通行に向かって、


「ただいまぁ……」


間違えたキュルケ居た裸で居た。


「……ん、ごめん」


ぱたん。


「……?」


ここがルイズの部屋なのは、間違いないのだが、はて?

ルイズは首を傾げながら、今度はそっと部屋の中を覗き込んだ。
キュルケがいる。裸で。布団は被っているようだが、そこから出ている肩と足。両方とも生で、寝てるようである。ベッドの脇に転がるワインの瓶はいち、に、さん、し、ご……。アホかアイツ。
おそらく飲みすぎて自分の部屋と間違えてしまったのだろう。勝手に人の部屋で酒盛りか。いい度胸である。


「くぉらぁあ!」


ばたーん! とルイズは扉を破壊する勢いで開放。何の反応も見せずにすやすや寝こけるキュルケに向かって唾をも散らす勢いで文句を垂れた。


「勝手に人の部屋で酒盛りとはいい度胸じゃないマジぶっ殺すわよアンタホント何でこんな事になってんのよ信じらんない信じらんない! そもそもこのワイン何処から持ってきたのよ! 今日姫様来るのよ! こんな酒臭い部屋に入れろっての!? ふざけんな!」


はぁ、はぁ、と息継ぎ。
一向に起きる気配のないキュルケは幸せそうに笑顔のまま夢の中。


「こ、この……!!」


ぶるぶると拳を握り、いや、さすがに女の顔面を殴るのはどうかと思い直し、そして布団を剥ぎ取った。
これで起きなかったら裸のまま廊下に転がしておこうと思っていて、そしてルイズの視界には人間が二人映ったのだ。

まずルイズは目の病気だと思い、五回瞬きをした後に両手で目を擦った。
未だに映りこんでくる幻はもしかしたら現実かもしれないと思い、キュルケは一方通行に背中から抱きついていた。裸で。
キュルケよりも身長が低く、キュルケよりも細い一方通行はさぞ抱き心地がよかろう。キュルケの幸せそうな寝顔の訳を知った。


「……」


ルイズは布団をそっと元に戻し(キュルケの色んな所が色々見えるので色々困った)、布団の上からキュルケの拘束を解いていく。一方通行にからんでいた足と手を外し、まぁ仕方がないのでベッドの端っこで寝かせた。意識のない人間の肉体は思いのほか重く、特に肉感的なキュルケの身体は触っていて腹が立つのである。


「……」


そしてルイズは何も言わずにそっとキュルケと一方通行の間に挟まった。
顔をにやつかせ、そぉっとそぉっと一方通行に足を伸ばし、手を伸ばし、先ほどキュルケがやっていたように拘束する。あまり男らしくない背中が眼前いっぱいに広がり、何となく匂いを嗅いでしまった。


「ま、まぁ貴方の勇気に免じて許してやるわ、キュルケ。さすがのあたしもここまでは出来なかったわ。だってアレじゃない、起きそうじゃない。起きたら何されるか分からないじゃない? でもさすがねキュルケ。恋多き女って、ちょっと尊敬してやるわ。こ、こ、こんな、こんな事しちゃうのね、恋多き女って。抱きついたりするのは分かるわ。私も布団とられたりしたらたまにそんな事になってる時もあるし、で、でも、足とか、手とか、こんなえっちに絡ませたりするのね恋多き女って。凄いわキュルケ。アンタの乳にはきっと何か凄いのが詰まってるのね? えっちなのね? だからそんなに大きいんだわ。間違いないわ。こんな、手とか、足とか、て、てて手とか、足とかっ、絡んじゃってるじゃない、どうしよう、絡んでるわ。き、きっとこういう事して男を落すのね、キュルケ。そうなんでしょう? あなたえっちよ。も、もうちょっとこのままでも罰は当たらないと思うの。当たらないわよね? そ、そうよ、一緒に寝てて手も繋いでくれないならこのくらいしょうがないのよ。か、か、絡んじゃったりとか、しても、おかしくないわ。ちょっとしたお昼寝で、たまにこんな事があっても全然おかしくないし、これって何だか自然な事だわ。やばい。気持ちいいじゃない。とんでもない事するのねキュルケ。こ、こんな事裸でしちゃうなんて、とんでもない事するのねあなたって。で、でもそっちのほうが気持ちいいのよね。別になんでもないわ。ただちょっと熱くて、汗かいてきたから服を脱ぐんであって、そういう意図は無いの。私って今までクロに乗ってきたし、ちょっと汗かいてるじゃない? だ、だだだだから服を脱ぐんであってそういうことしようとかちっとも思ってないんだけど、で、でもそういうことになったらそれはそういうことになっちゃっただけで仕方がないことだとも思うわ、私。違うのよ? 最初っからそんな事しようとか思ってるわけじゃないの。ああ、大変だわ、いつの間にか脱げちゃったじゃない。脱げちゃったじゃない。やばいわ。何この密着感。ああ、どうしよう。こ、こ、これ、いけないわ。いけないことだわ。こんないけないことしてたのねキュルケ。あなたえっちよ。大変だわ。キュルケえっちよ。た、ちょ、ほんと、え、いいのこれ? いいのこれ? 大変なところに当たっちゃわないかしら? ねぇ、ちょっと、ホントに、キュルケ、これ、シロの腰の、ほ、ほ、骨のトコが、大変なトコに当たっちゃわないかしら? これ大変よ、ホント大変だわ。全然違うわ。はは裸で、こんなことしちゃってるなんて、キュルケ変態よあなた。変態のHでエッチってよく言ったモノだわ。あなた本物の変態だったのねキュルケ最低よキュルケ凄いわキュルケ。あ、ちょ、あ、……、これ、ホントに、ひ、姫さま来ちゃうのに、裸で、何やってんのよ私っ。だ、大体なんで起きないのよシロっ。やめるタイミング失っちゃったじゃない。ホントに大変な事になっちゃうわよ馬鹿。起きなさいよ、いやよ、起きちゃ駄目だわ。アンタも脱ぐべきなのよ。女が二人もベッドで、裸で寝てて、何で自分だけ服着てるのよ。ずるいわ。そ、それって何だかおかしいことだわ。寝るときにそんな服着てるなんておかしいわ。脱ぐべきなのよ。間違いないわ。だって私ご、ごごご主人様だし? 使い魔の世話をするのもご、ご主人様の勤めっていうか、何かそんな感じ? ほ、ホントなら着替えくらい自分でしなさいって言うとこだけど、アナタ最近穏やかに過ごしてるし、ホンのちょっとだけ優しくなった気もしないでもないし、以前みたいに私のことブッ飛ばさなくなったし、そこそこに可愛げも出てきたからしてやってあげてもいいって思ってるだけでべべべ別に大した意味は無くて、一緒にお風呂にも入れなかったし、あ、あっ、ちょ、動いちゃ駄目よ、大変な事になっちゃうじゃないっ、う、っとにもう、あ、ああアンタがいたから一回もしてないってのに、ちょっと、もうっ、早く脱がしたいのよ、じっとしててよ。アンタいっつも同じ服着てるのに何でこんないい匂いするのよ、たまんないわ。たまんない。新しいの買ってあげるからこれ私に寄越しなさいよ。ホントに、もう、な、ん、で、脱げないのよ、何か脱げないような服でも向こうの世界には売ってあるっての? ずるいわそんなの。脱げなさいよ。私は脱いでるのに、キュルケも脱いでるのに、何でアンタだけ服着てるのよ。違うでしょそういうの。もっと空気読むべきだわ。きゅる、キュルケが脱いでてあうっ、ちょと、ホント、うごいちゃだめだってばぁ、う、うぅっ!」


一度だけルイズが跳ねて、





「……えと……、終わった?」





背中から聞こえてくる声は、もちろんの事キュルケである。


「……、……、いや、違うの、これ、違うの」

「え、ええ、そうよね、違うわよね」

「ちょ、ほんとに違うのっ、ま、ちょ、ちょっとまって、いま言い訳考えてるからっ」

「そうよねっ、い、言い訳はしっかり考えなきゃ駄目よね」

「そうなの! あは、はは、ははは……」

「……」

「……」

「あのね……、なんて言えばいいかしら、その、そういうことって、やっぱり一人のときが良いと思うわ、私」

「お願いします誰にも言わないでください」


ルイズはベッドの上で深々と土下座した。







[6318] 04
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/02 17:15



04/~赤色アルビオン・急~





とても自然な事だった。それはそれは自然で、何の違和感も無く、むしろそれは当然の事だったのかもしれない。

姫から受けたお願いは、ウェールズ皇太子から手紙を返却してもらう事。
正直な話、戦時中のアルビオンに行くなどたまった物ではない。実際に戦争に行くよりも危険は少ないだろうが、しかし戦場へと赴くのである。
行ってくれますかとアンリエッタに聞かれたとき、ルイズはそれこそ知恵熱が出るほどに悩んだ。悩んで、悩んで、結局もう一度サムズアップ。もちろんさぁ、と返してしまったのだ。
アンリエッタは安心したように微笑むとウェールズへの手紙をルイズに渡し、水のルビーという王家に伝わる指輪までも。
フードをもう一度深く被った彼女は深々と頭を下げて酒臭いルイズの部屋から出て行った。


「ありがとうルイズ。やっぱり貴女は一番の友達だわ」


後悔はない。姫の役に立てるのは嬉しい。怖いけど、それだってルイズには特別な使い魔が居て───、


「あァ? テメエが勝手に受けたンだろォが。一人で行けよ、馬鹿くせェ」


とても自然な事だった。それはそれは自然で、何の違和感も無く、むしろそれは当然の事だったのかもしれない。


「な、何言ってんのアンタ」

「俺が行く道理が何処にあンだ?」

「使い魔でしょうがっ、私の!」

「何とか隊の隊長サンが護衛してくれンだろ? だったら俺が行こうが行くまいが関係ねェな」

「ちょ、待って、何でいきなりそんな……」


ああそうだ。そういえばこんなヤツだった。
ルイズは一方通行を再確認し、しかし最近はそこそこ仲が良かったのに、何でいきなり不機嫌になっているのだろうか。
そう、一方通行は見るだけで分かるように不機嫌なのだ。眉根を顰め、組んだ腕の先、人差し指は不規則に不気味なリズムをとる。久々に見た冷たい瞳。奥の光は暗く。
少なくとも、こっちの世界で一番一緒に過ごしてきた期間が長いルイズだからこそ言えるのだが、一方通行は人に理不尽に怒るような人間ではない。と、思う。八つ当たりはあるだろうが、それだって何らかの怒りの原因がある。はずである。

今回、ルイズにはそれが分からなかった。何に対して怒っているのかさっぱり分からない。


「どうしちゃったの? 頭痛い?」


これでハイそうですと言われるはずがないのだが、お酒を多少なりとも飲んでいるので二日酔いが原因ではないかと考えた。


「……オマエ……、……、いや、いい」

「駄目よ、ちゃんと言って。そんなんじゃ分からないわ」


自嘲気味に笑う一方通行には哀れみの色が現れていた。
同情しているわけではなく、ただ単に可哀想なものを見るような瞳。ルイズが始めてみるような瞳であった。
そんな感情もあったんだな、と何となしに得をした気分になってルイズはクスクスと笑う。


「ハッ、何か面白ェかよ」

「だって何だか、あなた面白い」

「あァ?」

「始めて見た、そんな顔」

「随分とめでたい頭してンのな。お話にならねェよ」


一方通行は話は終わりとばかりに手を振って、そして部屋から出て行く。
ルイズは一応、まぁどうあっても聞かないだろうが一応、


「来なさいよ。ね?」


その背中は扉が閉まる音と共に見えなくなり、とたんに、なんだか悲しくなった。





。。。。。





かつん、かつん。

ただ廊下を歩く音だけが響いた。
好奇の視線にさらされて、しかし一方通行からは簡単に話しかけられないような雰囲気が出ている。
全授業が中断されたので歩く先にはもちろん貴族。だが、いつかと違ってその視線の内容は変わっていたようだった。

好奇嫉妬羨望尊敬様々様々。
こんなところは学園都市とかわらないな、と一方通行は心中ため息をつく。


「ちっ」


唾でも吐きかけてやりたい気分である。
たった一言。たった一言の言葉が引っかかっていた。

『貴女は一番の友達だわ』

苛立つ。
一方通行も一応アンリエッタの話は聞いていた。
どうにも国の一大事のようで、その手紙を取り返さないと今居るトリステインが無くなってしまうかもしてない。一方通行からしてみればそこまで大事ではないのだが、ルイズにとっては大変な事態だろう。
だからこそルイズはそのお願いを受けた。ヒト化の心に疎い一方通行にもそのくらいのことは分かる。

姫様だし、友達だし。
ガンダールヴのルーンを手に入れて、ルイズは人の役に立つ事の快感を知ったのだろう。今までのルイズの話を聞けば、まぁ、それも分からなくはない。恐らくありがとうと言われる事が気持ち良いのだ。
少しいやらしい話だが、快感を求める事は人間として当然のことで、それは善とか悪とかで片付けられる話ではない。

一方通行の苛立ちは前記の通り、たった一言にあった。


(友達……?)


だったら、

だったら何で友達を戦場へと送るような事をするのだろうか。それが分からない。
一国のお姫様というのならそこまで浅慮ではないだろう。分からないはずがないのだ。戦場というのは人を殺すところであって、人を殺すという事は、それは悪だ。悪党だ。
一人殺そうが一万人殺そうが、そういうのは人数の問題ではない。人間が人間を殺すというのは、何がどうあっても良い事ではない。

足音高く、進む先はもう少し。

あの時、フーケを撃退したあの時、ルイズは眩しかった。直視できないほどに眩しくて、だから一方通行はずっとそこに居て欲しいと思った。
ヒーローを望んでいた一方通行の、その願いがそのまま形になったような、そんな思いすら抱いた。
そんな彼女に、簡単に人が人を殺しているようなところに行って欲しいという『お友達』。
一方通行が羨んだほどの光を簡単に捨て去る場所へと、簡単に赴こうとする彼女。

もちろん、自分のエゴだと理解している。
ルイズにはルイズの人生があって、一方通行には一方通行の進むべき道がある。
彼女の価値を、元の世界への帰還と絶対能力に進化する事以外にないと考えている者の言う事ではない。分かっている。守るつもりもない人間に、誰かを助けることを止めろなど言えるはずもなくて、だけど、その前に、

ばがぁ! とその扉は前蹴りの一発で粉々に吹き飛んだ。
いつもの通りの一方通行がいて、彼はハンドポケットのまま扉を吹き飛ばした。目的の人物を見つけて口角がつりあがる。


「よォ、ちょこォっとお邪魔するけど構わねェよなァ?」

「……来る頃じゃと思うとったよ」


ぎらぎらと光る瞳で睨みつけるのは学院長、オールド・オスマンと呼ばれる老人。
老人は何時だか言ったのだった。ルイズを守れと。
虚無は戦争に繋がるような膨大な力を持っており、一国が所有しているなら他の国へと戦争を吹っかけてもおかしくないものだと。

一国のお姫様が、盗賊を捕まえるのに活躍したからといって、それでただの友人を戦場へ送り込もうなどと考えるだろうか。
よほどの馬鹿か、阿呆か、○○○イくらいしか思い浮かぶはずがないと一方通行は思っている。

そしてアンリエッタがルイズの部屋に来、戦場へ行けと言って、一番最初に思い浮かんだ顔が目の前の老人。
オスマンにルイズが虚無である事を気付かせたのは一方通行だが、その時はまさか戦争に連れて行かされるほどのものだとは思ってもみなかった。
一方通行も迂闊といえば迂闊だが、それでもこの老人を許せるほどに一方通行は心身ともに大人ではない。


「ハッ、アイツを守れか。こりゃまた随分と上手いこと言ったもンだな、あァ? テメェあの女に漏らしやがったな?」


だからこそアンリエッタはつい先日まで『ゼロ』と蔑まれていたルイズを頼ろうと思ったのではないだろうか。

老人は静かに目を瞑っているだけだった。
一方通行の腹の中で育っている苛立ちは更に募る。


「殺されてェのか、テメエ……」


ポケットから手を抜き、ゆっくりと右手を伸ばした。
一歩二歩と老人に近づき、その額を掴み取ろうというとき、


「取って置きの話があるんじゃがの。聞くかね?」


考え、一方通行は顎をしゃくって言ってみろ、と。


「君達がヴァリエールに行っておるときにの、手紙が届いた。いや、届いたというのもおかしな話じゃな。ココにあった、のほうが正確じゃ。わしには分からん文字で書いてあるのでな、すぐに王立の図書館に向かった。そこの図書館に行くには、まぁある程度の地位と、姫か、もしくは王妃に許可を貰う必要があっての。わしは姫に許可を貰いに行った。暗い顔をしておったよ。アルビオンとの結婚……。重く、辛いものだと……」

「興味ねェ」

「……薄情じゃな」

「無情の間違いだろ。それで、結局言いてェのは口滑らせた事に対する言い訳かよ、それとも手紙の内容か?」


オスマンはため息をつきながら両方だ、と小さく呟いた。


「半端な優しさは……いかんな。ヴァリエールの娘の話をすると喜んでなぁ。虚無という事は伏せておいたんじゃが、まぁ、彼女のやった大立ち回りは報告させてもらったわい。その結果がこれ。いくら歳をとっても人の心など読めはせん。
 ……ほれ、手紙。わしにはなんて書いてあるか結局分からんかった。お主の方でしたい様にすればよい」


事実かどうかは分からないが、虚無の事は言っていない様子。また簡単に信じるのもどうかと思うが、心底疲れきったといった表情の老人は見ていると笑ってしまいそうになって、実に愉快だった。
この辺が普通の人間とは違う感性なのだろうな、と自身思うが、もうこれはどうしようもない事だ。他人が見たら悲しいものが、一方通行が見れば愉快に映ってしまう。ただそれだけのこと。

この国の、名目上のトップはあまりに頭が悪い、ただのゴミだ。苛立つ。消えていい。
姫がゴミなら、貴族だって、ゴミみたいなものだろう。

変なツボにはいって、くつくつと咽喉を震わせながら『一方通行へ』とこちらの世界特有の文字で書いてある手紙を開いた。


「───あン?」





。。。。。





「言いなさいよ」

「無理よそんなの」

「言いふらすわよ」

「駄目よそんなの」

「じゃあ言いなさいよ」

「無理よそんなの」

「じゃあ言いふらすわ」

「駄目よそんなの」

「それなら早く言って楽になりなさいよ、おなルイズ」

「おなルイズって言うな!!」


このおなルイズが何かを隠しているのは間違いない。そんな事、余裕綽々で分かってしまう観察眼にキュルケはちょっと酔っていた。
なんと言っても部屋からお姫様が出てきたのだ。何かあるに違いない。観察眼もクソもない話だが、そこには絶対に何かがある。
ルイズとお姫様が知り合いなのも驚いたが、ここまで隠し事が下手糞なことにも驚きである。

アンリエッタがルイズの部屋から出て行って、さてどうしたものかと考えて、一方通行が出て行って、一人のうちに話を聞こうと思ったらルイズはくすくす笑いながら涙を流し、そわそわと挙動不審に剣を鞘に入れたり出したりしていた。
これは恐らく頭によく効く水の秘薬が必要だろうな、と思ったところでルイズと目が合い、彼女は何とキュルケに抱きついてきたのであった。

わかんないわかんないアイツのことがわかんない、とキュルケの服に鼻水をつけながらギャンギャン喚いた。
とりあえず話を聞こうと思って、何でそんな事になったのかと聞いたところでだんまりである。


「だから、話してもらわなきゃ私だってわかんないわよ」

「だから、話していい事かどうか私にもわかんないのよ」

「……姫様関係?」

「うぉっ、な、何でアンタが姫様の事知ってるのよ」

「あんなフード被っただけで正体隠せてると思うわけ? 騙せるやつなんて殆どいないわよ」


言うとルイズは言に詰まり、う、む、と何となく気まずそうに唸った。
キュルケは思わずため息をつきたい衝動に駆られ、その衝動のままに重く長く酒臭いため息をついた。
アホ。そんな言葉がぴったりで、しかし今言ってしまえば止めを刺してしまいそう。キュルケは俯いてもじもじしているルイズにどうやって話させようかと考えていると、


「いいんじゃねえの、娘っ子。言っちまってもさ」

「ボロ剣……」

「……俺の名前覚えてる? デルフですよ、デルフリンガー」

「あら、あのとき買ったインテリジェンスソードね。あなたもお話聞いてたの?」

「ま、ね」

「教えて。ルイズったらちっとも話してくれないし」

「んー、まぁ俺はかまわねえんだが……、どうするよ娘っ子。俺はこの姉ちゃん気に入ったね。こいつぁ真剣に聞いてくれる耳を持ってるぜ」

「で、でも……キュルケはゲルマニア人なのよ? これはトリステインの問題で……」


ルイズが横目でキュルケを覗きながら言うが、そんな事知ったことではないとばかりにキュルケは攻める。


「今さらそういうの、無しにしましょう。私、あなたとは友達になれたと思ってたんだけど?」

「……え、へへ、ほほ、んふ、ふ……」

「ほら、いいから言いなさいよ」


そこからルイズはぽつりぽつりと語りだした。顔をにやつかせながら。こういうところはキュルケも素直に可愛いやつだなと思う。
語る内容は、姫様のお願いよりも一方通行の話のほうがちょっとだけ多めで、ルイズの今の心情を表しているんだなぁ、と端的に思った。
やれ一方通行は冷たいだとか、やれちょっとだけ仲良くなったと思ったのに、だとか。なんというか、惚気話を聞かされているような、そんな気分。

一通りの話を聞いて、キュルケには何となく分かる。いや、予想する事ができる。一方通行の気持ちを。

まぁ、お姫様には悪いがちょっと無茶がすぎると思う。
これでルイズがとんでもないほどの優等生で、この学園で一番魔法の扱いに長ける人物だったのならまだ話は別だが、ここのルイズは『ゼロ』のルイズにちょっとだけ毛が生えたようなものなのだ。実際にゴーレム戦では一方通行が来てくれなかったら死んでいる。

思い出し、ぞっとしながら姫様の世間知らずぶりにちょっとだけ腹が立った。


「んー……、シロ君も、まぁ、何考えてるかは分からないけど……、んー……」

「私はね、シロに付いてきてもらいたかったの。強いからとか、そういうんじゃなくて……、いや、そういう思いもあったけど、けどね、アルビオンに行って欲しいって言われたときね、私はシロだったらなんて言うだろうって思ったの。空に浮いてる島をみてなんて言うだろうって。水が空中で雲になっていってるのを見て、なんて言うだろうって。こっちの世界の事、沢山知ってもらいたくって、私のことも、皆の事も」

「あなたの言う事も分からなくはないけど……、やっぱり心情的にはシロ君に一票かしら」

「どうして?」


すがるような瞳。
迷子になって、親を探している子供のようだと思った。


「一万人殺して、それがどうしたって、あなた言ったじゃない。あれってさ、何だかんだ言っても結構嬉しかったと思うわよ、あの子。でもあの子もあの子で頑固だし、聞いた感じじゃ忘れるなんてありえないし。その一万人の殺人を許す? 包む? 気にしない? ……まぁ、とにかく何でもないように付き合ってくれてるあなたが戦場に行くのよ? もしかしたらだけど、人を殺すかもしれないのよ? そりゃ、見たくないわよね。行きたくは……ないでしょうね」


まぁ、あくまでも予想だけど、と付け加えキュルケは口を閉じる。
しかし、恐らくはそういうことではないだろうか。一方通行は見たくないとか、本当に自分のわがままで行きたくないと言っている様に思えた。恐らくそこにはルイズがどうなるかとか、そういうのは無くて、ただ単に見たくない。それだけ。
マイペースな子供だな、とキュルケは一方通行の事を少しだけ可愛らしく思い、ついつい含み笑いを。
あれだけの力を持っていて、嘘か真か分からないが、一万人も殺しておいて、随分と可愛らしい。

結局、ルイズが自分の為に人の役に立ちたいように、一方通行は一方通行のためだけに生きているという事なのだろう。
ちょっとだけ、二人とも危ない感性をしていると思うが、人の為に生きるのはとても良い事だと思うし、自分のために生きるのは当たり前だ。
キュルケは人の生き方までどうこう言うような女ではない。ただ友人が困ったときに、力になってあげる事ができればそれでいい。
暑苦しい訳ではなく、ただドライに冷たい訳でもない。
ちょっとだけ暖かい『微熱』がキュルケなのだ。


「……おでれーた。姉ちゃん、見る目あるぜ」


キュルケは抜き身の剣に一度だけ笑いかけ、そしてルイズの頭を撫ぜた。
俯き加減で、膝を涙で濡らしている。
小さな身体に、小さな胸に、けれどもいつでも元気いっぱいで、泣いているところを見たのは、そういえば今日が初めてではなかろうか。
泣き顔を見られてもいいと思われるほどに友達だと思われているのだろうか。

キュルケ自身が切った髪の毛。タバサとは違い、ふわふわの猫毛。柔らかくて、子供のように細い。
たまにタバサにしてやるように、キュルケはルイズを抱きしめた。己の自慢の胸にルイズを導く。


「出発は?」

「……明日の、朝」

「ん。許可がないだろうからこっそり着いていくわ。ほら、何泣いてんのよ。そんな顔じゃシロ君に嫌われるわよ」

「……うん。ありがと」





。。。。。





一夜明け、朝もやの立つ中ルイズは一人学院の正門で佇んでいた。
背中にデルフリンガーを背負い、軽甲冑で上半身だけを覆った。下は『スカート』。ナイフを計三十本装着済みである。
その表情は、あんまり人には見せられないような、そんな顔。目は腫れているし隈ができている。一日中泣いていましたと言わんばかりである。


「ぅおーい娘っ子、起きてる?」

「やかましいわね、起きてるわよ。立ったまま寝るはずないでしょ」

「いや、おめーさんならやりかねんと思ってね。ホントは出来んだろ?」

「出来るわよ。それがどうかした?」

「……人間やめちまいな」

「夢の中でヌーにでもなるわ」

「もういやだ何この子どきどきしちゃう」


言うとおり、本当にうつらうつらと眠くなってきてしまった。
本当に、昨夜は本当に眠れなかったのだ。一方通行は何時まで経っても帰ってこないし、不安になって探しに行けば何処にもいない。
どうにもやきもきして、結局一人では眠れなくてシエスタの部屋にお邪魔したのだった。
シエスタはルイズの話を嫌がる事無くはい、はい、と聞いてくれて、日ごろの愚痴とか、一方通行の生態とか、何だか話していたら止まらなくなってしまった。

ルイズの頭がいよいよ舟をこぎ始めて、


「ルイズ!」


ビクッ、と一瞬だけ硬直。


「やあ、おはようルイズ。覚えているかい?」

「ワルド! 覚えているわワルド!」


実は先日、姫を護衛していた部隊の中にもワルドは居た。
知った顔を見つけたルイズは声をかけようとしたが、ワルドはまるで知らん顔で、覚えているかい? はどちらかというとルイズの台詞だ。


「ひどいわ、手を振ったのに無視するんですもの」

「いや、さすがに姫様の御前で昔を懐かしむ訳にもいかなくてね」

「姫様はそんなの気にしないわよ」

「部下に格好がつかないだろう。何のためにこんな髭を生やしてると思っているんだい?」

「ん、んー……、おしゃれ髭?」

「……相変わらずだな、ルイズ。一応威厳が欲しくてね。若くして隊長なんかやっているものだから風当たりも強い」


そういってワルドは髭を撫で付けた。
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。『閃光』の二つ名を持つ風のスクウェアメイジである。
本人の言うとおり、若くして魔法英士隊の一つ、グリフォン隊の隊長をやっている。もちろん実力はそんじょそこらのメイジじゃ歯が立たないほど。努力の末に隊長の座を獲得した男である。

アンリエッタが力強い護衛を派遣すると行っていたが、それはワルドの事だったのだなとルイズは得心。
幼い頃からの憧れであったワルドが一緒なら、妙な緊張感もなく旅が出来そうだ。


「でもよかった、一緒に行ってくれるのが貴方で。私これでも緊張してたのよ、変なやつが来たらどうしようって」

「その割には随分と可愛い寝顔を見せていたよ」

「う、えと……、昨日ちょっと、使い魔と喧嘩しちゃって……、それであんまり眠れなかったの」

「喧嘩? 使い魔とかい?」

「ええ。私ね、人間を召喚しちゃったの」

「それはまた、随分面白いことをしたじゃないか」


腹を押さえて笑うワルドに、ルイズはむっとした顔つきになった。


「貴方まで私を馬鹿にするの?」

「そうじゃない。そうじゃないが、君は、くく、昔から変わらないね、本当に。羨ましい」

「まぁ、魔法英士隊が一つ、グリフォン隊の隊長様に羨ましいだなんて! 私も出世したものね!」


ルイズはそういうとつん、と顔をそらし、そしてワルドが乗ってきたグリフォンへと深々とお辞儀した。


「今日はよろしく。私はルイズ。馬だとあなたの速度には追いつけないわね。ワルドと一緒に乗せてくれる?」


じ、と試されているような視線がルイズを貫いた。グリフォンの視線が圧力を持って。
グリフォンは気位が高い動物だと聞いたことがある。決して人間を恐れている訳ではなく、あくまで対等。もしくは自分達のほうが上だと思っているのだとか。
そんなグリフォンを操るには相応の実力を示すか、もしくはお願いする事。馬にも似たようなところがあって、目を逸らしてしまうとたまに舐められる事がある。

明らかに知性を持っているような、ただ言葉が話せないだけで、絶対に頭がいいと感じさせるグリフォンの瞳。鳥の、鷲の上半身に獅子の下半身。受ける威圧感は半端なものではない。ルイズはちょっとだけドキドキしながら、しかし決して目は逸らさなかった。


「乗せて」


一言呟くとグリフォンはゆっくりと足を折りたたみ、ルイズに背中をさらす。
ワルドがルイズの後ろで“おいおい”と静かに、信じられないものを見たように呟いていたのがルイズには気持ちがよかった。
ふふん、と高飛車に笑いながらルイズはグリフォンの背に乗り、ワルドを見て、


「行くわよ、隊長殿」

「……了解だ、レィディ」


ワルドを後ろに乗せて、ルイズは馬と同じようにグリフォンのお腹を軽く蹴った。馬とは全然違う加速。景色がすっ飛んでいき、ルイズは楽しそうに笑う。
そして小さく小さく呟いた。

行ってきます。

もちろん、あいつに向けて。





。。。。。






痛む頭を、こめかみを押さえつけながらコルベールは学院長室へと足を運んだ。
急に姫は来るし、その歓迎会の準備に追われて、ようやく一段落かと思ったらまた要らない情報が舞い降りてくる。気の休まる暇がない。

薄くなった頭をぽりぽりと掻き、少しだけ速度を上げた。早く学院長に報告したほうがよかろう。
なんと牢獄に捕らえていたはずのフーケが逃げ出したというのだ。
杖は取り上げており、魔法は使えるはずがない。なんと言っても牢獄なのだ。当然囚人の自由などないし、あるのは暗闇と死なない程度の食事だけ。排泄なども勝手にやっていろといったところ。

だがフーケは脱走した。
看守は何者かに気絶させられており、目を覚ましたときにはフーケの姿は、あった。もちろん監獄の中にあった。看守も安心したろう。誰も逃げ出していない事にほっと一息つき、だから報告を怠った。誰かに気絶させられましたなど、言えるはずもなかった。
だからそのフーケが偽者だと気づくのが遅れたのだ。

土の魔法で精巧に作られたダミー。一日一食の食事を与えようかと思った看守がようやくになって気がついたとき、全ては遅くて、まぁ、まんまと出し抜かれた訳である。


「はぁ……質が落ちたものだ。逃げられるくらいならさっさと……」


つい呟こうとした言葉を意識して飲み込む。どうにも先日の戦闘以来考え方が昔に戻っているような気がした。
いけないな、と首を振り、口角を揉み、にっこりと笑顔を作った。
学院ではコルベール先生で居たい。

視界に学院長室を捕らえ、


「オールド・オスマン……?」


扉が粉々になってしまっているのは、いったい何事だろうか。
そして部屋に入って、更に驚く事がもう一つ。


「あ、あー、オールド・オスマン、フーケが逃げ出したそうですが……」

「ああ、知っちょる知っちょる。ちょっと前じゃろ、それ」

「ええ、一昨日に食事を渡そうとしたときに気がついたそうですから、少なくとも三日、四日前には逃げていたのでしょうな」

「ん」

「気付いていたと?」

「いんや。ただ手紙がきとったからの。わしには分からん言葉で書かれておったが、表に書いてある『一方通行へ』で気がついた。わしの秘書じゃったし、筆跡くらい見れば、まぁそのくらい気がつくもんじゃ」


一方通行、の単語にコルベールはぴくりと反応し非常に嫌な顔をさらした。


「……手紙」

「うん、手紙。言ったとおり、わしには読めんかったがね」

「渡したのですか?」

「当たり前じゃろ。人の手紙をわしが貰ってどうすんじゃい」


中身を読もうとしたくせに。
コルベールはその事にはあえて触れずに、視線を扉のほうへ送った。
粉々になっているそれは、一方通行がやったのだろう。コルベールはため息吐いた。


「それで、彼は?」

「行ったよ」

「何処へ?」

「さて?」

「野放しにするのはいささか危険ではありませんか?」

「内におっても危険じゃろ。言う事を聞くはずがないと言っておったのは君じゃなかったかね?」

「……ですな」


頬をかきながら、コルベールは外を見る。
窓からではない。そこには窓はなかった。というか、壁がなかった。
まずこの部屋に入って、壁がないことに驚いたのだが、また学院長のお茶目だろうと判断。判断したが、これは一方通行の仕業だったのだ。
扉を破壊して進入し、壁を破壊して出て行く。
どこの破壊神だと心の中だけで突っ込みをいれ、


「とりあえず、直しましょうか」

「ああ、さぶさぶ! そうしてくれい!」


何処に行ったのかなど知ったことではないが、取り敢えず面倒ごとだけはやめてくれ。
コルベールは杖を振りながら、そう願わずにはいられなかった。







[6318] 05
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/02 17:15



05/~赤色アルビオン・転~





彼らは傭兵だった。
雇われて、お金を貰うから戦う。もともと農夫だったものも居るし、それが戦争に行って、価値観が変わってしまって、入ってくるお金も違っていて、だから傭兵になった。
人を殺してお金を貰う。それで残してきた家族にお金を送る。

すぐに慣れた。

剣の一振りで簡単に人間が死ぬことを知った。剣じゃなくったって、石ころ一つでだって人間が死ぬのを知っていた。
ぼろぼろになった甲冑を着込み、少しだけ錆びてきている剣を振って、王様のため、王様から貰ったお金の分だけ戦った。愛国心なんてものは最初から存在しない。どころか、もともとアルビオンの人間ではない者だって沢山居る。だって傭兵だから。戦場が職場なのだ。彼らは戦ってなんぼの存在で、戦争に負けるような惰弱な王様には興味なかった。

戦況をギリギリまで見極め、金を貰うだけ貰って、そして逃げ出した。
なかなかに羽振りのいい王様で、まぁ、負けるのが分かっていたからだろうが、それでも傭兵にしてみればお目にかかれないだけの額を貰った。装備を一新して、久しぶりにきちんと『斬れる』剣でも買おうかと思っていた。
仲間達と酒を飲み交わし、戦場でいかに勇敢だったかを自慢げに話す。

俺は七人殺した。

俺だって五人も殺した。

俺はメイジもやった。

はっはっは、たいしたもんだ。

酒場は賑やかで、初めて会った人とだってすぐに仲良くなれる。
次は何処の戦場へ行くのかと論じ、だったら俺達は敵同士になるかもしれないな、と。
だけど今は一緒に生き残っている事を喜ぼう。戦争から逃げてきた身だが、それがどうした。雇われてなんぼの傭兵が、金を払えなくなってしまう依頼人のために戦うなんて、そんな事はありえない。

ただお金。
名誉なんてものは期待していない。彼らは自分達が汚れた存在だと理解していた。
仲間内には死体にしか興奮できないなんて危ない性癖を持つものが居る事だって、人を殺すときの、完全に興奮しきっている自分にだって、エキサイトして何が悪い。戦争をしているお前らのために戦っているんだ。このくらいの個人的な趣味は許して欲しい。

がちん! と杯を鳴らし、ごっくんごっくん酒を飲む。彼らは傭兵で、まだまだイケルと息巻いていたが十分に酔っ払っていた。

ぎぃこ。

はね扉が軋んだ。
またまたアルビオンのお仲間か、と傭兵達は視線を向けて、それが女だという事に気がついた。
フードをすっぽりと被っていて顔までは見えないが、入り口の近くに居た男が一人、すげぇいい匂い! と酔った勢いのままハッピー・タイムに突入していた。
傭兵達は各々顔を見合わせ、いやらしい笑みを浮かべる。
さて、どうやって手をつけようかと女の肩に手を置いて、その女は瞬時に杖を向けてきた。


「やぁやぁ臆病兵隊の諸君。酒は美味いかい? 私の話をちょっと聞けば、ゆっくり杖をおろしてあげるよ」


女はメイジだった。
貴族ではないが、メイジだといった。

何をしにきた、とちょっとの緊張感を持ちながら誰かが言った。


「雇いに来たのさ」


女が座るカウンター席に料理が運び込まれ、美味しそうに女は食べる。
久しぶりにまともなものを食ったと嬉しそうだった。

仕事の内容を聞けば、それはそれは簡単な事。
危険も少ないし、払いもいい。傭兵達はもう一度顔を見合わせ、仕事を受けた。愉快そうに笑いながら、酒をいっぱいいっぱい飲んだ。





思えば、そんな簡単な仕事で、そんなに羽振りのいい話があるものか。





雇われた傭兵は七人で行動していた。もっと人数を増やせばいいのにと言われたが、今の仲間が一番安心できた。
三つ前の戦争で仲間になった二人以外、幼い頃から知っている気のいい連中だった。
まず二人が死んだ。三つ前の戦争で知り合った二人が死んだ。
何をされたのかは分からなかったが、ただ、全身の穴という穴から血をだくだくと流しながら死んだ。

もちろん残りの五人は逃げ出そうとした。
だが、進む先の地面が盛り上がってきて簡単には飛び越えられない壁になってしまう。
絶望が男達を襲うが、相手は一つ提案を出してきた。

質問する。答えろ。それなら……、と。

まず一人がこう聞かれた。物盗りか、それとも雇われ者かと。


「はっ、知らないね! 俺達は───」


その先を言おうとしたやつの首がくるん、と一回転した。横に一回転した。
ただ単に、ちょこんと頬を触れられただけでそうなった。その傭兵は鼻と口からぶくぶくと血を吐き出しながら死んだ。

再度その人物は口を開いた。物盗りか、雇われ者か。


「い、いやだ、助け」


命乞いをした一人は上半身と下半身が反対の方向を向いた。ぴくりぴくりと二、三度震えて死んだ。

その人物は長くため息をついてもう一度。物盗りか、雇われ者か。


「う、あぁぁあああ!!」


傭兵の二人が剣を持って駆けた。
黙って殺されるくらいなら殺す。傭兵達は当然そのような考え方を持っていて、闘争か逃走の本能が、逃走が出来ないのなら、闘争を選んだ。
二人は昔馴染みだったし、息も合っていた。もしかしたら、二人でかかればメイジだって倒せるかもな、と酒を飲みながらそんな話をしていたのを思い出す。

傭兵の一人が剣を振った。薄く笑うその人物に向けて剣を振った。
肩口に当たった瞬間、殺したと思った瞬間、ぽきりと剣が折れた。
折れた先がもう一人の傭兵の首に突き刺さった。死んだ。


「えぁ」


困惑しながらの声が最後の言葉だった。斬りかかった傭兵は自分の胸にぽっかりと穴が開いていることに気がついた。
なんだかよく分からないけれど、とにかく死んだ。

さて、とその人物は面倒臭そうに前髪を持ち上げた。ただ単純に、話せと言った。

最後の一人の傭兵は全部話した。全てを話した。
メイジで、女で、切れ長の瞳に高い鼻。美人で、沢山金を持っていた。そう、土を操っていた事も話した。変な仮面をつけた男がやってきたのも話したし、最後の傭兵が持てる全ての情報を渡した。

ただ助かりたかった。
こんなときに限って、思い起こす事は先日飲んだ酒の種類ばかりだったが、それでも助かりたかった。
せっかく稼いだ金の使い道を、故郷に残した弟夫婦。彼自身は結婚していなかったが、甥っ子がとても可愛かった。彼にもよく懐いてくれた。弟夫婦は一緒に葡萄畑をやらないかと誘ってくれたが、それでも稼ぎがいい傭兵の道を選んだ。
だって、葡萄の栽培を始めるにはお金がいるし、これだけの金があればそれだって夢じゃなかった。幼い頃から可愛がっていた弟と、その妻。子供。傭兵という、ちょっとだけ汚い仕事をしている彼を、家族だといってくれた。


「これだけだ! 俺が知っているのはっ、これだけなんだ! 金で雇われたんだ、知らないんだ! 助けてくれ! いやだ、こんな死にかたはいやだ!!」


恥も外聞もなく彼は命乞いをした。唾を飛ばしながら死にたくないと願った。

呆れたように口を開いた人物はもういいといった。
どっちにも取れるその言い方に、ゆっくりと伸びてくる右手に、彼の心臓はもっともっと早く、動悸を起こし始めた。


「いやだ、助けてくれるって、話せば助けてくれるって!」

「ワリ。俺ってさァ、意外と嘘吐きなンだわ」


ぷつ、と最後の一人の命が消えた。





。。。。。





学院を出て半日ほど。
慣れないグリフォンの背中に、ついにルイズの尻は悲鳴を上げ始めた。


「ぅあ、お、お尻が、お尻が」

「どうかしたのかい?」

「お尻が痛いわ」

「乗馬は得意だったと思ったが……、あぁ、今日はいつもよりも身体が重いからか」

「お、重くないわよ! 例え重くてもそれは筋肉よ!」

「いや、僕はその剣とナイフの束のことを言っているんだが……」


ワルドは手綱を引きながら、少しだけグリフォンの速度を落とした。
ルイズは尻を浮かすのを止め、ワルドの目の前でふりふりしていたそれをグリフォンの背中に戻す。
ワルドの言うとおり、今日のルイズは重いのだ。ナイフは三十。何となく選んだデルフリンガーはルイズの身長を超える。これだけあれば馬に鍛えられている尻も痛くなろう。
ゆっくりと進むグリフォンにルイズはごめんね、と声をかけた。


「ところで、聞こう聞こうと思っていたんだが……、君は剣が使えるのかい?」

「うん」

「ふむ。どの程度?」

「んー……」


少しだけ考えて、そういえばルイズは自分がどの程度強いのかよく分からない事に気がついた。
一方通行との戦闘では負けたし、先日のフーケとの戦いも一方通行がいなかったら死んでいる。うむむ、と顎に手をやり考えて、


「……たぶん、相当な化け物でもない限りは負けないと思うんだけど……」

「それはいざという時、戦力になると考えてもいいのかな?」

「ん、それは任せて。ただの人間にならきっと負けない」


実際のところルイズの実力はそれなりに高い位置にある。
武器を使って、一対一での戦闘。それならば恐らく誰にも負けない程度の実力はある。しかしメイジの魔法のことを考えるとあやふやになって、そもそも一方通行が近くに居るのが悪い。一方通行は最強で、ルイズもその事を知っているものだから、強いといえば一方通行になってしまうのだ。
メイジの実力にしたって、仲がいいのはキュルケとタバサ。おまけでギーシュくらいか。
キュルケは強いし、タバサだって。ギーシュは置いといて、ルイズの母親など、とんでもないほどの実力を持っている。ルイズの周りには優秀な人間が多すぎた。だから自分になかなか自信がもてなくて塞ぎこんでいた訳だ。

しかし左手にあるルーン。今は籠手のせいで見えないが、これさえあればきっとという思いはある。
最強にだってもしかしたら届くかもしれないし、一方通行が言っていたように、本当に虚無の魔法使いなら伝説である。
むふふ、とルイズは笑いながら尻をさすった。


「ほら、あまりはしたない真似をするんじゃない。せっかく可愛く生んでもらっているんだ」

「だ、だって私のお尻は痛がってるのよ」

「貴族なら、屁をこくときも美しく、だろ?」

「あら、なかなか良い事言うじゃないワルド」

「光栄だよ、まったく」


くっくと笑うワルドは、ルイズにとって兄のような存在だった。
母の説教から逃げ出した先の小船。そこで泣いているところを見つけられて、いつもワルドは母と父に“もうその辺で”と口を利いてくれた。
ルイズが小さな頃は、ワルドだってお調子者で、ルイズと一緒に悪さばかりしていたのに、いつの間にか髭なんか生やして、いつの間にかグリフォン隊の隊長である。
離れたところに行ってしまったんだな、と思っていたところに“屁をこくときも~”。何だか昔を思い出して、ルイズはちょっとだけ嬉しくなった。


「久しぶりに見ると……、貴方けっこういい男ね。いい筋肉してるわ」

「今さら気がついたのかい? これでも交際の申し出が後を絶たないんだがね」

「な、何人くらい手篭めにした?」

「……今のところ……、二十二、いや、二十三かな……?」

「きゃー! いやらしいいやらしい! 降りなさいよ! えろ菌がうつる!」

「君が聞いたんじゃないか! あぁ、君は変わってしまったんだね、ルイズ。僕のルイズ。昔は僕の後をずっと着いてきて、ワルド様と結婚するって言っていたのに」

「貴方と結婚なんかしちゃったら二十三人の女達から謀殺されちゃうわ」

「最近は僕が殺されそうだよ。女は怖いね」


笑いながらワルドは髭をさする。
反省などしておりません。後悔もしておりません。しっかりと態度に出ていた。

ルイズもワルドのそんな態度に笑い、そこで視界の先の異変に気がついた。
ルイズたちが進んでいる道は一本道である。このあたりに分かれ道はない。しかし視線の先、一本道は何か妙なものに塞がれている。壁といえばいいのだろうか。それとも山か。
ただ土が盛り上がっていて、なかなか簡単には超えられそうにない高さまで。三方を囲うようになっていて、袋小路を思わせた。


「んー? 何あれ……」


じっと目を凝らし、


「───ぅあ、え、あ、あれって……?」

「……見ないほうがいい。目を瞑って、僕に捕まって」


闇に慣れた目が捕らえたのは奇妙なオブジェだった。死体だった。
いくら目を瞑ろうが強烈な印象を残したそれは簡単に忘れる事など出来ない。上半身と下半身が逆転している男が居た様に見えた。闇のせいでよくは見えなかったが、胸に大穴が開いている男だって、首に何か突き刺さっている男だって。

とたんに湧き上がる吐き気。
咽喉を這い上がってきたものを、ルイズは無理やり飲み下した。

ワルドが察してルイズの背中をさする。


「盗賊か何かだったんだろう。土のメイジに返り討ちにあったのか?」


ワルドはそういったが、ルイズはこの地面が盛り上がったような山を何処かで見たような気がした。
何時だったろう。何処だったろう。剣が折れている。身体が、反対を向いている。
もしかして、とルイズは思った。

ルイズが学院を出る頃、確かに彼は居なかったが、もしかして。
どくん、と心臓が一つだ跳ねて、


「キュルケぇ!」


ルイズが叫ぶと上空からばさりばさりと羽音が聞こえてきた。


「はいはい、どうしたのよ。って、うげぇ、何よこれぇ」


シルフィードに乗り、空から降りてきたのはキュルケとタバサ。
タバサはキュルケに巻き込まれたのだろうが、何も言わずに付いて来るあたり彼女らしい。

ルイズはグリフォンから飛び降りて、掴みかからんばかりの勢いでキュルケへと迫った。


「シ、シロ、上からシロ見えなかった!?」

「こんなに暗いのにそんな遠くまで見えないわよ」

「タバサは!?」


聞けばゆっくりと首を振る。

信じたくはないが、信じるなんて出来ないが、これが一方通行のやったことだとするといったいルイズはどうするのだろうか。彼女は自分自身、それがよく分からなかった。
すでに一万人殺していると聞いたが、それを超えて迫り来る現実。死体。ちょっとだけ一方通行のことが分かって、これを、あと、一万人殺している。

そんなはずがない。これは一方通行じゃない。ルイズはぶんぶんと首を振る。


「ルイズ、紹介してくれるかい?」

「あ、ああ、ごめんなさい。私の……、と、友達なの」

「一応、秘密の任務だと聞いているが……」

「うん。だから内容は教えてないわ」


嘘である。


「あんまりしつこく迫ってくるから、勝手になさいって言っただけ」

「ん、そうか……。ふむ、まぁ、いいか。お嬢さん方、名前を聞いても?」

「こんな奇妙なオブジェのあるところで乙女に名乗らせる気? あなた、顔だけ良くても駄目よ?」

「これは失礼を。……埋葬している時間はないか」

「貴族が平民を?」


キュルケは少しだけ意外そうに。


「貴族も平民も関係ない。人間なんて、死んだらただの肉の塊さ」


そのときのワルドの顔は暗がりでよく見えなかったが、少し怖いなとルイズは思った。

遠くのほうに明かりが見える。人の営みの明かり。町はすぐそこだった。
すぐ近くにある死体は何だか現実感が伴っていないように感じて、だからこそリアル。
ルイズは思わずキュルケとタバサの間に入り込み手を握った。

なんだか、空に浮かぶ双月は重なりかけていて、人が大きく口を開けているような、なにかの穴のような。
食べられちゃいそう。ルイズはそう思った。





港町ラ・ロシェール。
港町とはいうものの、近くに海があるわけではない。渓谷の山道、その間に作られた小さな町である。
なんと言っても、アルビオンは空を飛んでいる。ここでいう船は空を飛ぶものなのだ。

向こうの世界の常識は知らないが、船が空を飛ぶというのは聞いたことがない。一方通行にも見せてやりたかった、とルイズは小さく口を開いた。

一行はラ・ロシェールで一番上等な宿に泊まることにし、その一階、酒場になっているフロアでゆっくりと息をつく。
一日の大半を生き物の背中の上で過ごしたのだ。ルイズは疲れているという自覚はなかったが、自覚はなくともじわじわと出てくるのが疲労である。ワルドに休んでいたほうがいいと言われ、外に出て行こうとしたのを止められた。
そわそわと落ち着きなくあっちをきょろきょろこっちをうろうろ。相変わらずの挙動不審ぶり。


「何やってるのよ」

「いや、その……」

「シロ君?」

「う、うん」


ルイズは一方通行を探していたのだ。ラ・ロシェールに一歩入るなり道行く人波をじろじろと見、凝視して、観察して、そして目的の人影を捉えることができなくて落胆とも安心とも取れるため息をこぼす。
そんなルイズの様子を見、タバサがいつもの通りの表情で、


「見つからない。人が多すぎる」

「……うん」


何故かなど分かりきっているが、この街には人が多すぎる。
もともとがアルビオンとの中継点だし、更に今は戦時中ということで何処を見ても傭兵だらけだった。嫌でも耳に入ってくる戦争の会話。王様は終わっただとか、アルビオンは潰れるだとか。
ただでさえ心配事があるのにこれ以上余計な心労を増やさないでくれ。ルイズは心底祈った。

どうにも戦況はあまり良いとは言えないらしい。
アルビオンは王党派と貴族派に分かれて戦争をしている。ルイズが会いたいのは王党派のトップツー、ウェールズ皇太子である。このままだと、このラ・ロシェールの状況を見るに、多分数日中に王党派は潰れる。ウェールズは死ぬだろう。だからその前に姫の手紙を届け、以前の手紙を回収せねばならない。

自分の近い将来に不安を抱き、ルイズは深々とため息をついた。
いや、後悔はないのだ。軽々しく請け負った事に反省はしているが、後悔はない。

けどそのせいで自身の使い魔と喧嘩になってしまった。
しかもなんか人死んでるし。
さらに一方通行怪しいし。


「たまんないわ。ホント馬鹿、私……」


ご主人様の私よりも、キュルケのほうが一方通行の事を分かってるではないか。


「うかない顔だね。そんなに使い魔君のことが気になるかい?」

「そうね、気になるわ」

「正直者だ。……しかし人間を使い魔に、か」

「もういいでしょ。そんなにおかしい?」

「違うよ、馬鹿にしているわけじゃない。ただ、以前調べ物があって王立の図書館に行った事がある。そのときに興味深い文献を見つけてね」

「うん」

「なんとなんと、始祖ブリミルの使い魔も人間だったという。君と使い魔君はその再来かもしれないな」


はいはい出ました。
正直に言うとこの程度の反応である。もうその話は何度聞いたであろうか。虚無虚無虚無って、だったら早く魔法を使わせろ。
確かに使い魔は人間で、その使い魔もルイズのことを虚無だと言うが、ルイズは未だにそれを信じ切れてはいなかった。
最近はまったく信じていない訳ではなくて、そうだったら良いなとは思ってきているが、それでも自分が虚無だという話を信じるくらいなら一方通行が実は女だと言う話のほうが信じられると言うものだ。

とにかくそのくらい信じていない。
だって、期待しすぎると外れたときにつらいし。あんまり保険をかけるようなことは好きじゃないけれど、こればっかりは仕様のないことである。
一方通行からも言われているし。虚無は秘密に。二人だけの秘密である。ちょっと何だかむずむず。
だからルイズはわざとらしく気のない返事を。


「へぇー」

「……なんか反応薄いな。もっと喜んだらどうだい?」

「ん、まぁそんなモンなんじゃない?」

「……ほう?」

「ル───、っ」


ルーンなら私に出てるわよー、なんて言おうとした時だった。タバサが机の下で左足のつま先を杖でぐりぐり。ルイズはびくりと反応。


「な、なによ」

「カエルがいた」


凍りついた。


「潰した」


ざぶいぼが立った。


「あなたの足に臓物をぶちまけながらくっついてる」


ちょっとだけおしっこ漏らした。


「あ、蛆」

「ぎゃふーんっ!!」


失神した。





。。。。。





ワルドは紳士的で、食事中でも時折ジョークを混ぜ込む。
それが面白くて、あまり表情の変わらないタバサも何度か吹き出しそうになったのは秘密である。

失神したルイズはワルドに軽々と抱き上げられ、


「ちょっと狭いかもしれないけど、そっちの部屋に三人でも構わないかな?」


紳士である。
タバサはキュルケと顔を見合わせて一つ頷くと、ワルドはルイズをベッドの上へと。お休み、と背を向けるワルドにはいと答えた。
ルイズは寝ている。グーグー寝ている。
顔をつつきながらタバサは部屋の鍵がかかっている事を確認。


「それで?」


キュルケが口を開いた。少しだけにやついた表情は、わかっているのよとでも言いたそう。
タバサは頷き、部屋にディティクトマジックをかけた。探知の魔法。覗かれていたり、聞かれていたり、そういうのは困る。
別段何の魔法干渉もないことを確認したタバサは静かに口を開いた。


「あのとき目が怖かった」


ルイズが口を滑らせてルーンがどうとか言おうとしたときである。そのときのワルドの目は笑っていたが、その奥の光に嫌な感覚を覚えた。瞳の奥は決して笑ってはいなかった。
タバサには少しだけ特殊な事情があって、そういう汚いものを見てきたという自負がある。その直感が伝えた。紳士だけど、何かがある。面白い人だとは思うけれど、何処かが違う。
自分の気のせいならそれでいい。事実、彼がルイズを見るときの瞳は慈愛に満ちている。ような気もする。優しいし、風のスクウェアと言うのなら相当な努力もしてきたのだろう。グリフォン隊の隊長などなろうと思って簡単になれるものではない。地位があり、名誉も持っている。タバサは誰かのおかげで髭が嫌いなのであまり好きではないが、確かに美男子。

そんなワルドが、ルイズの言葉を聞きそうになったときの、あの瞳。


「注意が必要……だと思う」

「ん、了解」


タバサの煮え切らないその言い方が意外だったのか、キュルケは笑った。
ちょっとだけ不安になって、


「本当に?」

「ん?」

「わかってる?」

「分かってるわよ。あのね、私キュルケよ? あなたより男を見る目は、そりゃもう磨いてるんだから」


これにはタバサも素直に感心したものだった。
ちょっとだけむずむずする口元を笑みの形にしながらすごい、と呟いた。
事実、タバサはその一瞬しかワルドにおかしいところはないと思っていたのだ。しかしキュルケは見抜いていたという。タバサとは違って実践の経験などほとんどないキュルケが。嫉妬なんか感じなくて、だから素直に凄いと賞賛した。


「すごい。私は少ししかわからなかった」

「ふふん、見直したでしょ」

「どこで気付いた?」

「学院を出るときからず~っと!」

「すごい」

「でしょでしょ~?」

「なんで、どうして気付いた?」


若干興奮気味にタバサが言うと、


「だってルイズをあんな目で見てるのよ? あんなねっとりじっくり優しげに! あんなのロリコンよロリコン。ロリコン以外何だってのよ。嫌よねロリコンは。ロリコンは困るわよねタバサは。でも大丈夫。あんなね、この私のこと眼中にありませんみたいなロリコンはね、何かしでかしたときしっかりと燃やしてあげるの。この、おっぱいの大きな、このキュルケが!
 あのロリコン、こんなにいい女がいるのにルイズルイズって……、真性よ、あれ絶対にマジのロリコンだわ。もったいないわね、あんな美男子に限ってゲイとかロリコンとか。あなた見た? あの男カップ持つとき小指立ってたわよ? 信じられないわ。ゲイかロリコンで確定じゃない。
 まぁいいんだけどね。私ね、最近のマイブームはすっぽり収まる系なの。こう、何て言ったらいいから、ぎゅってして、すぽっと。そうね、あなたとかルイズはすっぽり収まる系女子よね。私はむっちり包む系女子かしら?」

「……」

「やっぱりいいわよね。おっぱいにね、顔をぐにっとされるとね、気持ちいいの。包んであげたくなっちゃうの」

「……包む?」

「そう。守ってあげたくなっちゃうわけ」

「守る」

「うん。だからね、あなたもルイズも、ま、このフォン・ツェルプストーに任せときなさい」


分かっているのかいないのか。キュルケはけらけらといつもの通りに笑いながら、タバサはその胸に包み込まれた。
やっぱいいわぁ、とキュルケが酒も入っていないのに酔ったように言うと、そのままベッドにダイヴする。タバサもそのまま引きずられて、ぐえ、とルイズの声が聞こえたが、キュルケに抱かれるのが気持ちよくて気にしていられなかった。

言いたい事は、何となくだが伝わっているようないないような。
タバサがキュルケを慕う理由。何だかこのあたりが大人なのだ、彼女は。物事をはぐらかすのは上手いし、怒るときは怒るし、たまに作ってくれる料理は美味しいし。
言えばお母さんみたいで、そういうのが足りていないタバサからするならば、もう大好き。


「頼りにしてる」

「まっかせなさい」







[6318] 06
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/02 17:16



06/~赤色アルビオン・裂~





ルイズ達一行がラ・ロシェールに着く少し前、すでに街に到着していた一方通行は、とりあえずスタジオ・ジヴリが大喜びだなと思った。
なんとなんと、空を飛ぶ島とな。笑うぜ畜生くそったれ。呟きながら、面倒臭そうに狭い道を歩き三件目の酒場に入る。
とたんに耳を劈く喧騒。うるさいとは思いつつも、いま音を反射してしまうわけにも行かなかった。一方通行は人を探しているのだ。
手紙に書かれていた内容。いや、内容よりも驚いたのが、日本語である。表に書かれた『一方通行へ』以外は、全て日本語で書かれていた。

『わたしはあなたをしっています しりたかったらら・ろしぇーる さんのきかだるていえきて』

下手糞な字を、文章を見て、恐らくハルケギニアの人間が書いているのだろうとは思ったが、しかし日本語がある。
日本語があるということは、少なくとも一方通行以外の日本人がこの世界に迷い込んでいる事を指す。最初に思い浮かんだのは王都で見かけたやつだったが、あいつならばここまで汚い文字は書くまいし、さて。

オスマンの部屋で手紙を読み、一方通行はラ・ロシェールに向かって飛んだ。
上昇と滑空。繰り返せば割と早く着く。町が見えたところで、以前のように騒がれては面倒だと思い山道に降り立つと賊が襲ってきた訳だが。
当然だが、殺す気でかかってくる人間は反射。別に特に何かを考えた訳ではなく当たり前のように反射した。


「ごちゃごちゃしやがって。何処に居ンだァ?」


岩を切り崩されて出来た町並みは物珍しかったが、もう飽きた。
酒場のカウンターに近づいて、まずは探し人の片方。一方通行を襲うように指示したと思われる女を捜す。もう片方は勝手に向こうが接触をはかってくるだろうと高を括った。目立つ風貌をしているのは自覚している。
人ごみを掻き分けてカウンターへと。


「あァ、なンつーかな、探してる人間が二人いンだが、まずは女だな。切れ長の目に、高い鼻。メイジで、土を使ったって言ってたな。美人だそォだ。メイジだが貴族じゃねェとよ。心当たりは?」

「ここは酒を飲む場所なんだけどな?」

「……これで足りる分だけもってこい」


そういって一方通行は金貨を三枚放った。盗賊が持っていたもので、なにかの役に立つかと思って一応盗ってきたのだ。
カウンター主人はわお、と口笛を吹き一方通行の前に一杯のミルクを置いた。


「その女なら上に居るよ。部屋を取ってたから、そこだろうね」


一口だけミルクを飲み、馬鹿にされているのはもちろんわかっているが、一方通行の口角はつりあがる。
さてどうしてくれようか。人に命を狙われる覚えはそれはそれは沢山あるが、しかしこちらの世界ではあまりないはずである。大人しく、静かに、まるで子猫のように過ごしてきた一方通行を殺すように指示する女とは、とても興味深い。


(……うン?)


興味深くて、考えてみれば、そうである。

わざわざ人を雇ってまで襲われる理由はないのではないだろうか。確かに多少暴れはしたが、それだってとても小さな事である。多少学院の生徒を殺しかけて、二人目を殺しかけて、学院を囲っている塀を半壊させ、土人形をぶっ壊し、それだけである。
たったのそれだけで、まさか殺そうとする人間はいるだろうか。
学院の関係者だとするならば随分と短気なヤツだな、と自分のことを棚にあげて一方通行は呟いた。
呟いて、勢いのまま行動をしている自分に気がついて、そこで己の馬鹿さ加減にうんざりした。


「……アホか俺ァ。あァくそ、手紙のせいで気が回ってねェ。ありえねェ」


同一人物に決まっているではないか。
そうだ、手紙を寄越したやつと盗賊を寄越したやつは同一人物だ。
そもそも一方通行がラ・ロシェールに来る事を知っているのはオスマンと、手紙を寄越した人物だけだ。そして待ち伏せをしたようなタイミングで現れた賊。
もしかしたらオスマンが一方通行を殺そうとしているのかもしれないが、それならそれで、なかなか面白そうである。
しかし恐らくそれはないし、そうなると間違いなく手紙の主しかいなくて、


「信じらンねェ……。アイツのアホが伝染ってンじゃねェだろォな」


ルイズのアホを思い出しながら薄ら寒いものを感じ、一方通行は腕をさすった。あのアホには伝染する可能性があるのかと真剣に考えてみて、ンな訳あるかと唾を吐く。

ただ、本当のところはただ一方通行は頭が一杯だっただけだ。こっちで見かけたあの子の事で。一方通行との関係が深い、あいつの事で。
いったん働き始めた脳は次々に可能性を見出していく。このままならあいつにたどり着くのも遠くはないと一方通行は思った。
当然である。ここまであからさまに日本語を使われて。ここまで誘われていて。

はっ、と自嘲気味に息を吐き、いったんはね扉を開いて外へと出た。
そこでもう一度手紙を開き、読んで、日本語の難しさを再確認。

『わたしはあなたをしっています しりたかったらら・ろしぇーる さんのきかだるていえきて』

手紙をぐちゃぐちゃに潰して、酒樽の形をした看板を見て、


「“き”んの“さ”かだるていだろォが」


正直に『さんのきかだるてい』を探していた自分がアホのようだった。

はぁ。

深々とため息をついて二階へと上がる。階段を上りながら自分の心臓の具合を確かめ、神経伝達物質も正常で、何か特別な思い入れもないようである。だから緊張はなくて、一方通行は店主から聞いたとおり、角部屋から三つ目の部屋をノックノック。
中からはぁい、と若い女の声が聞こえた。
頭をぼりぼり掻きながら、なんと言えば良いだろうかと考えていると扉が開く。あの賊の言うとおり、目は鋭く、鼻は高くて、美人という言葉がぴったりの女性が出てきた。
何処かで見たことのある顔をしている人物で、ああ、そういえば学院でみたような。


「おや、えらく早いね」


学院で会ったときとは随分違う印象。人違いかもしれない。


「あァ……アレ、足止め?」

「まぁそういう意味合いもあったけど……、どうだった?」

「くはっ、全部死ンじまったよ。意外と親切すンのなオマエ」


きゃはきゃはと一方通行は笑って、女も笑った。
一方通行と一緒になって、女も笑ったのだ。

背中を冷たくて黒いものが走った。
女と一度だけ目が合う。

空気が凍りつき、

瞬間、一方通行は笑う女の髪の毛をつかみ取り、強引に部屋へと入り込んだ。


「なァに笑ってンだテメエ!」


面白いことをしてくれたものだ。無駄に人殺させてンじゃねェよ、と。能力は使わずに腕力だけで頭を揺さぶりどォしてくれるンですかァ?
まさか笑うか。自分のせいで、人間が七人死んでいて笑う。たまらない、こいつはイイ悪党ではないか。自分以外でこんなに頭がイっちまってるヤツは久しぶり。

一方通行は笑顔のままに女をベッドへと叩きつけた。きゃ、と小さな悲鳴が。
それでも女はにやにやとした笑みを貼り付けたままだった。頤をさらしながらもその眼光は鋭く。
楽しい。そう思った。炭酸の抜けたような人殺しをやった後だからだろうか。こいつは面白いと思った。


「……っ! は、いけない坊やだ。欲情でも、しちまったかい?」

「あァたまンねェ、たまンねェよ。ゆっくりシてやるからさァ、ちょっと話してみろ、お前が知ってる事をよォ」


演算という意識はしなくとも、その計算に沿うイメージを持てば、一方通行の脳は勝手に能力を行使する。
何がいいか。面白いことをしよう。自分に殺された七人の痛みをちょっとでも思い知るといい。それはとても理不尽で、とてもとてもいいことではないだろうか。

一方通行は女に馬乗りになり、顔面を引っつかむと掌に力を込めてベクトル操作。
女の右腕はちょうど肘の辺りで逆を向いた。ぼき。女の肘は山折になってしまったのだ。


「……え?」

「あァ? 話してみろって言ってンだけど?」


そこまでやって、初めて女の顔に腹の立つ笑み以外が生まれた。
困惑。女は困惑しているようだった。己の身体に何が起こっているのか分かっていないよう。


「───あっ、ぐ、ぁあ!」


苦痛の声が聞こえるが、それでも女の瞳には諦めが映っていない。絶望のようなものは全然見えない。
さっき殺した盗賊さんは簡単に見せてくれたのに、この女は見せないのだ。
さすが親玉。一方通行は笑いながら、女がのた打ち回るベッドに立ち上がり、足で目いっぱい肘を踏みつけた。


「んっ、ぅ、ぐっ!」

「……話せって言ってンだけど……理解してマスかァ?」


一方通行は踏みつけながら。
しかし女の表情は笑みに変わる。


「く、ふ、っふふ、話してくださいだろう、坊やッ」

「……どの辺からその余裕は出てくンだろォな。オマエ、もしかして自分が死なないとでも思ってンのか?」

「その通りだよッ、アンタにゃ私は殺せないね……!」

「だっせェ。違ェよなァ、そうじゃねェよなァ? お前が出来ることってさァ、そうじゃねェンだよ」

「いいや、これが正解だよ、クソガキ」

「面白ェこと言ってンじゃねェかよ」


美しい笑顔のままで一方通行は能力を行使。蹴り付けた腕から更に力の向きを変更。女の顔面向けて流した力は、その口を広々と広げた。
ぱかり、と間抜けな顔をさらす女は、まだまだ挑発的に笑う。

ああ、とても楽しくなってきた。冗談ではない。とても面白くなってきた。
筋繊維の一本を破壊するくらい、指先一つの力で十分。ぴり、と女の口の端が繊維単位で裂けて、血の珠を浮き上がらせて、それは口の中に零れていった。


「ふぅ! ん、んッ!」


女は気丈にも涙を流さない。だがその様が一方通行を興奮させるのだ。
一方通行は咽喉を震わせた。たまらない。


「く、くひ、……、だ、だから、話せって、あいつのこと」


ついつい一方通行は力を入れすぎてしまった。ちょっと楽しくなりすぎた。
そう、決してわざとではないのだ。人間誰しもそういうことはあるだろうし、だからこれは故意ではなくて、過失なのである。

がこッ! と変な音。


「あゃぁ! はぁっ、あぁ!!」

「ぎゃはッ! だからさァ!」


けれども口が開くのは止まらなかった。
みりみりみり、と肉の裂ける音を小さく響かせながら、口の端からそれは頬へと進んでいく。
ついに女の瞳に涙が浮かぶが、残念ながら一方通行に女の涙は効果なし。
ちょっと、頭が気持ちよくなってきているのだ。こんなところで涙なんか見せられたら、なんだか殺したくなってきてしまうではないか。大変である。そうなったらあいつの話が聞けなくなるし、ああでも、もうそれならそれでもいいのかも知れない。過去は全部過去。過ぎ去った事を一方通行の脳みそは許さないけれど、わざわざ未来に繋げる話でもないのかも。

冷たい光が瞳に宿る。
それを見た女は、いよいよ暴れ始めて、それを感じた一方通行の背筋に愉悦による快感が。


「ひ! は! はぁ!」

「……あン?」

「ひぃ! はぁ! はぁ!」


大きく“開きすぎた”口の中で、舌だけが何かを伝えようと必死に動いていた。
赤く湿っていて、赤く濡れていて、やけに扇情的に動くそれをえっちだなぁと思い、一方通行は頭を掴んでいる反対の手で舌を摘んだ。
この器官で人間は味を知る。いま、真っ赤に染まっているこの女の味覚は何を伝えているのだろうかと思い、それは当然ながら血の味に決まっているかと自己完結。
人間の血なんて、美味しいものでもなんでもない。というか、多分人間は全体的に美味しくない。指を食べた一方通行が言うのだ。間違いない。
その情景を思い出しながら、そういえば何だか味のないガムを噛んでいるような、そんな感触だったのを覚えている。焼いて食えばもう少しマシだったのか等と楽しい思い出に耽り、指先で舌を弄びながら、呟くように言った。


「……人間の舌って、美味ェのかな……」


ただ単純に気になった。


「んぅ! はぁッ、ッん」

「わっかンね」

「んー!」

「あァいや、お前の言いたいことは分かってンだよ。けどさ、それを聞いて俺はどォすンだろォなって。なンつーか、俺って結構ガキみてェだ。意外と物事考えてねェの。わりとあンだよな、あの時こうしときゃよかったって。でもそれって今さらっつーか、今が楽しければそれでいいみてェな、そォいうトコあンだよ」


一方通行は一度だけ目を瞑った。
さぁどうしようかと自分に問いかける。わざわざ空を飛んでここまで出向いたのだ。何の情報も無くさようなら、ではちょっと遊びがすぎるであろうか。
だが、組み敷いたこの女が余りに愉快なのも事実。思わず殺したくなるほどにイイ女だ。

話を聞きたい。

殺したい。

女は暴れながら何か言っていて、ぐらりと揺れた一方通行のポケットでちゃり、とコインが鳴った。


「……」


決めた。

コインを一枚ポケットから取り出して、一方通行は女には何も言わずに、視線すら合わせる事無くそれを放った。
女の目は見開かれ、何がどうなればどうするのか分からないのに、ただその視線はコインを追う。

くるくる回って、ぺたりとベッドの上に。


「オマエ、最ッ高に運いいじゃねェか」


一方通行は子供のように笑いながら。
取り敢えず女の、フーケの命は助かったらしい。





とんだ○○○○ヤローだよ、とフーケが言った。
現在日本では口にしてはいけない言葉だったのだが、ここはハルケギニアだし、それは自分を表すには非常にぴったりの言葉だと一方通行は思った。
フーケは化粧水を浸すように水の秘薬を肘と頬にぺたぺたしていて、怪我自体は見る見るうちに治っていくが、頬には傷跡が残ったようだ。
一方通行はにやつきながらそれを見、更にフーケが口に含んだ秘薬が頬から噴水のように吹き出るともう抱腹絶倒。どうにも傷が塞がりきれていなかったらしい。


「ちっ、クソガキ」

「年増が妬いてンじゃねェよ」

「アタシはまだお姉さんだよ!」

「はいはいそォかいお姉さん」


一通りの話を聞き終えた一方通行はテーブルに置いてある水を一口飲み込んだ。
フーケはレコン・キスタという組織に所属しているらしい。何でも聖地(笑っちまう)を奪還するのが目的なんだとか。
その聖地とやらには何があるのかと聞いても、さぁ? としか返ってこなかった。正直に話しているのかどうかは分からないが、もし本当だとして、何があるのかもわからないのに随分とまぁ。そう思った一方通行を責める者は居まい。

次いで俺を襲ってきたやつは何だ、である。
そんなの指示されたから送っただけだよ。事も無げに言うフーケは悪びれた様子もなく、中々どうして、いい悪党ではないか。
実力を調査せよ。もしくは殺せ。そう言われただけで、特に生きようが死のうがどっちでもよかったとフーケは言った。

そして、


「ンで、あの手紙だがよォ」

「ん、まぁ気付いてるとは思うけど。聞いた話じゃ随分と頭が良いそうじゃないか」

「……」

「どうしたらいいか分からないって、あの子は……ミサカは言ってたよ」


一方通行はピクリと反応した。


「今までさ、殺す事だけを考えてきたって。強敵を倒すのにどうすればいいか、姉妹達と一緒に考えて、考えて……、そしたら急にやることが無くなったって。殺す事だけを考えてきたミサカは殺す以外のことを考えなければならなくて、だけどどうしていいか分からない。だから姉に、妹に聞こうと思ってお話しようと思ったら、いつの間にかこっちの世界に来ていました。……だとさ」


フーケが言うと、一方通行は静かに瞳を閉じた。
ミサカ。一方通行が今までに一万三十一人殺した女。指があまり美味しくなかった女。
一方通行が王都で見かけた人物はミサカだったのだ。遠目からだったが、絶対に見まがう事はない。何せ沢山見てきた。毎日見てきた。
今さら彼女をどうこうしよう等という気はないが、それでも会ってみようかなとは思った。ミサカオリジナルに会って、結局何もいえなかった一方通行だが、それでも会ってみようかと思ったのだ。

一方通行は俯き加減のまま足を組み替えた。
一息ついて、


「あいつは何処にいる」

「教えると思ってるのかい? あの子の姉妹を殺したんだろうが、あんた」

「あいつは、今、何処にいるッ」

「……初めは妄言の類かと思って相手にもしてなかったんだけどね。でも、私のゴーレムを簡単に壊すくらいだ。あれだけのことが出来るなら一万人くらいサクっと殺せるね」


嘲笑うようにフーケは続けた。


「そもそも会ってどうしようって? 謝る? 殺す? ……とてもじゃないけど、会わせる訳にはいかない」

「だったら……、だったら何でアイツは王都に居た。お前が呼んだんじゃねェのかよ」


見なければこんな思いはしなかったのに。口にはしなかったが、一方通行はそういう思いでいっぱいだった。
素敵で無敵な悪党になろうと思っているのだ、一方通行は。
悪党には悪党の美学がある。そう言ったのはつい最近である。決して忘れてはいない。どんなに暗かろうが、どんなに汚かろうが、それでも一方通行は前に一歩踏み出したのだ。
それなのに、後ろから袖を引く存在が。断ち切ろうと思っても、会わせてもらえない。今度は自分ではなく他人が絡みついてくる。


「ちっ。じゃあなにか? 俺をここまで呼んどいて、たったこれだけかよ? さすがに殺すぞ」

「やかましいね、吠えるんじゃないよ」

「テメエ……」


フーケを睨みつけ、


「ほら。これは学院に置いてくる訳にもいかなかったから。あんたに宛てた手紙。あの子から」


一方通行の足は前にいく事無く、その場に止まった。


「読むだろう?」


返事をする時間すら惜しい。そう言わんばかりに手紙をフーケから引ったくり、封を無造作に破り取った。
几帳面そうな文面。綺麗な日本語で書かれたそれに一瞬だけ懐かしさを感じる。


『一方通行へ。

お元気でしょうか。私は最近死に掛けましたが、どうにか生き残っています。手紙を書くというのは何だか気恥ずかしいですね。
マチルダ姉さんからあなたの事を手紙で知らせてもらい、私はすぐに学院の近くまで行きました。会っては駄目だと姉さんから言われたので遠くからこっそりと。変わらず不健康そうで何より。胸の大きな女の人と腕を組んでいましたね。恋人でしょうか? 私には恋がどういうものか分からないので羨ましいです。

絶対能力。あの実験が終わり、私はすぐにこちらに来てしまいました。恐らく、あなたよりも早く召喚されたのでしょう。始めは戸惑う事ばかりで、姉妹達とのリンクも切れ、最終調整すら済んでいない身。死に掛けました。
魔法の力は凄いですね。能力者では太刀打ちできないのかもしれません。ですがあなたのことです、きっとわがままに過ごしていることでしょう。あまり召喚主に迷惑をかけないよう気をつけてください。

私はいつもあなたの事を考えています。目を瞑ればあなたのことを考えます。あなたは今、何をしているのだろうと。
人生の七十パーセントはあなたのことを考えています。当たり前ですね。あなたとの決められた戦闘の中で、何処まで生き残れるかが私の命題でした。常に一方通行のことを考えて、常に自身の戦闘スキルを照らし合わせます。今までずっとそうでした。
ですが、最近は少しだけ違っていて、一方通行という人間が気になってきています。これが恋の前兆だろうと予想していますが、どう思いますか?

私の脳内の半分以上を占めているあなたは今、何をしてるでしょうか。
私は最近『生』の意味が見え始めて、人生というものをそれなりに楽しんでいます。決して殺されるためにあなたに挑むような、過去の私ではありません。

ネットワークを通して聞いた、わざとこちらを挑発するような物言い。自身が危険な存在だと思わせる振る舞い。戦闘中の無駄口。考えれば、あなたのような聡明な人物がするには余りに不相応な行動でしたね。
あの時の言葉は、あれがどういう意図から生まれたものなのか、いつかあなた自身から聞きたいと思っています。
いつか私を殺しに来るのなら、もちろん受けて立ちましょう。ですが私は、あの時と同じ、優しいあなたを想像しています。
ミサカ一一〇七二号より。

追伸。私のシリアルナンバーでいやらしい想像をしないように、とミサカは筆に力を込めながら念を押します』


「……?」


どう反応したらいいものか。それが分からなくて一方通行は静かに手紙を閉じた。
これを本気で、真剣に書いたというのならまだいいが、そこはかとなく馬鹿にされているような、なんだかよく分からない気分に陥ってしまった。
もともとが本気か冗談か分からない存在なので頭の出来はよくないだろうとは思っていたが、これを真面目に書いたのなら本物の馬鹿だ。

一方通行の言葉に意味はない。
実験中に言ったことなんて、覚えてはいるが、意味なんて無い。ただそう思ったから口にした言葉。そう感じたから口にした言葉。

と、あのときは本当にそう思っていた。

今になって思い返せば、あれはSOSだったのだろう。一方通行から、何処かの誰かへ。
向かってくるなと強がって、反射するぞと威嚇して、なのに逃げない『妹達』。当たり前だ、そういう風に創られている。それを前にして騒ぐ一方通行は確かに子供だったのだ。
ネットワークから切り離されたミサカはそれに気が付いたというのだろうか。気が付いたのなら、ありったけの罵倒でも書いてくれればいいものを、優しいあなたを想像していますとは。馬鹿だ。馬鹿すぎて話にならない。

一方通行は右手で顔を覆ってくつくつと咽喉を振るわせた。馬鹿だ、馬鹿だと笑う。
みんな馬鹿だ。俺も、ミサカも。もしかしたら誰も傷つかないエンディングを選ぶ事だって出来たのかもしれないのに───カット。もうこれはいい。もう終わった。後悔はもう沢山したはず。選ぶのはその先だ。


「なんて書いてあった? カンジ……だっけ? それは私には読めないしね。あんた等のお国の言葉は随分と難しい」

「……俺に惚れてンだとよ」

「何だって?」

「とンでもねェ馬鹿だぜ、ったくよォ。笑わせてもらった」

「……はぁ。まぁいいよ、アンタが暴れだしやしないかとこっちはヒヤヒヤでね」

「暴れるなんて、まさかまさか。こいつに言わせると優しいンだぜ、俺は」

「その手の冗談はもういいよ」


フーケは右手をふりふり。そして、


「んで、まぁ本題っちゃ何だが……アンタ、レコン・キスタに入る気は?」

「あン?」

「だから、私達と手を組まないかって事」

「戦争なんざ興味ねェよ。勝手にやってろ」

「はぁ……だろうねぇ。でもこっちもはいそうですかと帰す訳にも行かなくてね」

「やろうってかァ?」

「いやいや、もう十分。生き残ったのならこちらに取り込め。それしか言われてない。この傷見せれば納得してくれるだろうよ」

「……」

「まぁ、身体を使ってやってもいいけど……、その辺はどうだい? 結構だらしないタイプ?」

「……」

「アンタ整った顔してるし、モテるだろ。こっちになびくってんならしてもいいよ」

「ありえねェ」

「だろうねぇ」


一方通行が笑いながら手を振るとフーケはあーあ、と少しだけ残念そうにベッドに横になった。
誘ってんじゃねェよ。一方通行は呆れたように口を開き、ミサカのことを考え、フーケのことを考え、マチルダのことを考えた。

ミサカがマチルダ姉さんと書いているのは間違いなくフーケの事であろう。ルイズと同じように人間を、ミサカを召喚しているという事は、もしかしたら虚無。もしくはミサカを召喚した人物は別にいて、それに従っているか。
所属している組織に虚無がいるのかもしれないが、一方通行はそういう戦争とか、貴族とか王様とか、そういうものに興味がもてない。そんな事をしている暇があるのなら、レベル6を見つけ出すほうが先である。

しかし、もしマチルダが虚無だとするならば間違いなくルイズよりも優秀な使い手である。なんと言ってもあれだけの土人形を動かして、更に一方通行には理解できない物まで操るのだ。
戦争にはまったく興味はないが、保険はいる。ルイズは阿呆だから何時死ぬか分からないし。


「レコン・キスタ、ねェ……」

「えろガキ」

「あァ?」

「興味無い振りして、実はドキドキ?」

「何言ってンだオマエ」

「したくなったんだろう?」


方眉を上げて、にやけながら口を開くフーケに一方通行は黙ってろと視線に乗せた。


「つーか、そもそもアイツは今何やってンだ。その組織に入ってンのか?」

「だったら、入る?」

「……さァな」

「臆病者。ホントはあの子に会うの、怖いんじゃないかい?」

「言ってろ」


関係ないことだ。ミサカが何処で何をしようが、一方通行に止めろとは言えない。
自分がわがままだと自覚している部分がある。だから他人のわがままには口出しする権利なんてないはずなのに、だけど、気になるのだ。
もしミサカが、ルイズが死んでしまったら、いったいどうなってしまうのだろうか。自分自身にもわからない。
ただ言えるのは、ミサカやルイズが自分以外に傷付けられるのは、何だかいやだ。

一方通行は何となく思い、それこそわがままか、と自分の考えを鼻で笑った。
フーケが不思議そうな顔でこちらを見、


「そう言えばあのお嬢ちゃん、虚無だろ。いいのかい、あんなに簡単に置いてきちまって」

「そりゃそっちだってそォだろ。あいつを連れてきてねェ」

「まぁね」

「……」

「よしなよ、私は何にも喋らない。今疑ったろ、私が虚無かどうか」

「わかってンなら言えよ。あいつを召喚したのは誰だ? オマエじゃねェのかよ」

「さぁ?」

「ッテメ……」


一方通行はテーブルを蹴りつけ、


「まぁ、私が言えるのは一つ。……狙われてるよ、アンタのご主人様」

「……」


結局数分間、一方通行はそこから動くことが出来なかった。





。。。。。





思案顔で一方通行が出て行くまでベッドの上でごろごろとしていたマチルダは、彼が出て行くと一気にワインをあおった。
ごくっ、ごくっ、と音が鳴るほどに飲み下し、ぷはぁ! と息継ぎ。テーブルの上に荒々しく瓶を叩きつけ、


「……死ぬかと思ったぁ!」


必死に必死に作っていた仮面がぼろぼろと崩れ落ちる。ついでに涙もぼろぼろ零れ落ちていく。


「何だってんだいアレ! 無茶苦茶!」


ミサカを知っている。
マチルダのアドバンテージはそれだけだ。それだけで一方通行と敵対した。よく生き残ったものだと自分自身を褒めてやりたい気分である。
可愛い妹分の妹分の頼みなので手紙を届けたが、こんな事なら手紙だけにするんだった。あの時の恐怖がよみがえって来る。死んでもおかしくなかったというよりも、死んでなくてはおかしい状況だった。
レコン・キスタの命令と一緒にしたのが悪かった。いくらなんでも平民の傭兵をあそこまで簡単に殺してくるとは思いもよらなかった。女の顔にでかでかと傷を残して去っていくところなど、まさしく外道。本当に、死ぬかと思った。

マチルダはぐずぐずと鼻水をふき取り、


「どこが優しいんだい。まったく、これっぽっちも優しくないよ」


妹分の妹分に恨み言をぶつける。
一方通行は意外と優しいと思うので素直に受け取ってくれると思います、とミサカは静かに手紙を差し出します。はいはい冗談ではありません。死に掛けましたよ、と。
恐らくマチルダはもう一度ミサカは何処だと尋問されていたのなら、笑いながら“孤児と一緒に養ってまーす!”とでも言ったであろう。そのくらいの緊張感の上に立っていたという自信がある。
意外と話の分かる男で助かったものだ。

対面しての感想だが、一方通行は極端だった。とにかく極端だった。
子供のくせにすでに自分の生き方を持っていて、ミサカの為だけにマチルダは生き残った。
白か黒かで決める訳ではなく、白かろうが黒かろうが自分の生き方で決める人間である。昨日まで大切だったものが、ふとした事でゴミに変わってしまう人間。そんな印象を受けた。とにかく無茶苦茶だったのだ。なんだアレほんとに。

必死に必死に強がって、何とかお姉さんを演じていたが、さて、アレは効果があったのだろうか。

マチルダは金の払いがいいからレコン・キスタに所属しているのだ。
そうでなかったらこんな所、すぐにでも出て行っていい。ただ金がないと妹分やミサカを養えない。どうにもミサカは隠れてこそこそと盗賊の真似事をやっているようで、これは言わなくてよかった。一方通行に知られたら、監督不行届きとか、そんな冗談のようなことで殺されていたかもしれない。
あんなのと敵対していたら命がいくつあっても足りはしない。アレだけミサカを前面に出して、レコン・キスタの目的を教えて、ご主人様の危機を教えて。いつか戦場であったとき、手加減、してくれればいいなぁ……、なんて。


「……」


ため息をつきながらフーケは下着を取り替えた。
別に何かあったわけでは断じて無いが、ただ下着を取り替えただけである。断じてそうである。

ぽい、とゴミ箱に放り、


「あたしゃ今日ほど上手い酒は知らないよ……ったく」


もう一口ワインを飲み込んだ。





。。。。。





『ぎゃふーんっ!』


何処かから聞こえた悲鳴は、何となく聞いたことのある声だったような。

一方通行は眠たそうに目を擦りながら街を歩く。狭い道。多すぎる人間。
マチルダの話を聞き、レコン・キスタの目的が虚無である事を知った。随分と親切に口を開いたものだが、まぁ所詮は雇われ者だという事だろう。
ルイズのことを心配するなど、そんな愚かなことはしない。なんと言っても戦場である。殺し殺され、そんなところに自分で行くといったのだ。いくら危険が少なかろうが、自分で決めて自分で行った。心配などする必要はない。

ルイズ達もこの街を通ったのだろうな、と一方通行は町並みを眺める。
一方通行が学院を出て、すでに一日以上が過ぎている。大至急手紙を取り返してこいというのなら、恐らくはもうアルビオンに飛んだ後だろう。


「……帰るか」


帰ると言うのも不思議な話で、一方通行のあるべき場所は学園都市。帰る場所はトリステイン学院ではない。
胸中にもやもやした物が溜まっていく。自分がどうしたいのかさっぱり分からなかった。
ルイズに人を殺させたくない。
これは間違いない事である。でもこれは一方通行の押し付け。
ルイズをレコン・キスタに持っていかれるのも困る。
これも当然。帰る手段が無くなるのは駄目だ。だけど、今日、たった今別の虚無の可能性を見つけた。ルイズは代わりが利く存在である。

ふむ、と右手で顎をさすった。

アイツだったらこんな時どうする。
一方通行を殴り倒したあの人物なら。


「……」


少しも頭が働かない。
何を考えてもイライラする。ミサカだと知ってちょっとホッとしたのに、ルイズのことを考えるとイライラする。
ち、と舌打ち一つ。狭い街道、肩がぶつかった傭兵が喧嘩を売ってきて、一方通行の瞳を見るだけでごめんなさいしてきた。


「わっかンねェなァ。全ッ然わかンねェ」


イライラとした調子で一方通行は頭をかいた。
何が分からないのか分からないし、分からない事を分からないままにするのは嫌いなのに、とにかく一方通行には分からなかった。
俺はどうする?
そればっかりが頭の中をぐるぐる。

一方通行は手近な宿を視界にいれ、さっさと寝てしまおうとポケットに入った金貨をカウンターに放った。



















・もうやだ一方通行ぶれる…。
・修正とか色々しまくっててどんな内容にしたいかがわかんなくなった。とにかくもう一人はミサカってのを分かってくれたらそれでいい感じです。
・一方通行をらしく書けて、話の内容も変える必要のない展開を思いついたら、がらっと修正する可能性があります。話を先に進めるためにとにかく投稿する事を優先しました。
・一方通行がもうやだこいつ。好きだちくしょう。
・あと、プレビュー機能が使えないのは何故なのでしょうか。知ってる方、教えてくださるとありがたいです。


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