家庭を体験した事がない人を見たことがない人へそれを説明する事の難しさ
歯がゆい思いをしながら記事を書いている。結婚生活が初めての家庭生活だったとか、いろいろ表現を工夫するもののうまく説明出来ているとは言いがたい。施設だけで育った結果、無愛着成人になっているけれど、どう自分の言葉で語れば通じるか、あまり自信がない。
家庭で育てられた人が「虐待のあるなしに対しては想像すること」が可能でも、全く家庭を体験したことがないという話には反応のしようがないと悩む姿を見て来たので、わたしもこの世は家庭を体験したことがない人を見たことがない人たちが多いのだと知る事ができた。
たしかに施設側がよく「施設は大きな家族」などと云うものだから家庭を知らない子がいるとは、なかなか誰も思わないだろう。自分自身でさえも家庭を知らないとは知らなかったくらいなのだ。このような施設の考えの為に親のない児童不在の「声」ばかり伝えられていく現実を知った。
家庭を知らない子たちばかりじゃない養護施設の中で、職員の赤ん坊を見てこれが家庭(醍醐味というのか)だと思えるのは家庭という下地がすでにある子たちだと思う。わたしがいた施設にも職員一家が住み込んでいたけれど、あの頃、本当に施設内の職員の家族を「家庭」と認識していたかどうかは実際あやしい。
ただ「知った気」になっていただけなのじゃないかと最近は思う。職員が家庭を持ち、施設で家族ごと住む事の是非はこの記事では端折るけれど、ともかく、職員の一家を見ていたからといって施設児童が家庭を体験する事にはならないし、普段は職員の家族が住む場所は施設児童は立ち入り厳禁なのだから、かえって家庭空間は施設の子は立ち入り禁止領域とスリコミされてしまう。
しかし同時に、職員の子どもだけは施設の中では施設児童とは立場が全く違うので、彼らの子どもだけは職員を「お父さん」「パパ」と呼んで(当たり前か)いた。もちろん職員の奥さんもいるので「お母さん」「ママ」とも呼んでいた。わたしはあの頃その子が職員をそう呼ぶのを不思議だなと思っていた。普通の子どもと同じように「園長先生」と呼ばないのに怒られないのだから。
自分達はあの頃、養護施設という同じ空間にいても、掃除をしない事も集団の規則に縛られない事も、責める材料にはならなかった。元々違う世界に住む子なのだ。
施設の児童は職員の取り合いをすると書いてある本もあるけれど、わたし個人はとても取り合う気にならないのは、わたしが出た施設の場合は争っても仕方ない本物の子 どもがいたからではないかとも思う。でも、それとは別に養護施設の児童が常に無愛着地獄であるのは確かだけれど・・・。
今、書いていて気付いたけれど、保母を求めたA子は厳しく叱責されて職員の子は父母と共にごく普通に住んでいた事を改めて認識。あまりに当たり前すぎて不平等さには気付かなかった。完璧にカテゴリが別だったのだ。
養護施設だけで育つ問題の中でも最も深刻な問題は、結婚して家庭を作らないと、子どもが出来ないとこの問題が表面化しないという点だ。家庭を知らない子ども達が家庭を作らなくちゃいけない。無から有を作らなくちゃいけない。という問題を児童養護施設だけで育った者たちはたった一人で背負わされている。親だけでなく親戚縁者もなく里親もいない、姑に甘えられる人ならいいけれど無愛着な出身者ではそれも難しい、何より姑は甘くない。
相談する体制についても、施設で育った事がどういう事かの知識を持った人でなければ、結局説教おばさんになってしまう。施設出身者が怠けているように見えてしまう。又それ以前に施設育ちは相談する発想がない。これも重要。
これらの事を踏まえて考えていかないと子どもを作ることがそのまま機能不全家庭へ至るハイリスクファミリーを作る事に繋がと感じている。
| 養護施設を出てからの問題 | 20時51分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑