読書感想文「児童養護施設と被虐待児」施設内心理療法家からの提言
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本文から引用
児童養護施設には被虐待の子どもだけではなく、その他の家庭崩壊に至った子ども達が共に生活している。子ども達のトラウマは児童養護施設に入所すること自体もすでにトラウマティックな体験であり、虐待の事実が記録として書かれていなくとも虐待が原因で入所した子どもと同じようにトラウマ、ストレスを抱えている事が考えられる。
中略
児童養護施設施設の生活環境は家庭の環境と違い、心理療法的アプローチも一般の家庭から来る子どもたちの心理療法とは違った特性を持っている。
- 養育者は家族ではなく、職員である。
- 生活環境は、家族だけではなく多くの同年代の子どもたちとの共同生活である。
- 子供達は施設生活以外に生活の場が存在している。
- それぞれの子どもたちは違った生活環境の中で、その幼少期を送り、何らかのストレスフルな体験を持っている。
- 生活はプライベートなものとなりにくい。
- 施設によって様々であるが、衣、食、住に自由な部分が少なく、世話をする大人を中心としてまわることが多い。
- ホーム内でトラブルが発生したときに、子どもを移動させたり、養育者を変えたりすることが可能である。
- 子どもの生活の場は、個人的というよりは社会的な場である。
これらの生活環境の違いから子どもたちの心理療法の際に見られる一般との違いとしては
- 明確な主訴と呼ばれるものがあまり見られない。あるいは、集団生活の中での協調性のなさが主訴になることが多い。
- 終結と呼べるような生活環境、人格の変容はあまり期待できない。
- 生活環境が他の子どもとの共同生活であるために、対象となった子どもの生活環境を調整することは難しい。
- 生活環境が普遍的でなく、頻繁に変化する可能性がある。
- 他児との関係の中で、心理療法の内容が子どもの口を通して他児に伝達される。
- 子ども本人の意思ではなく、他児の妨害によってセラピーにこられなくなることがある。
読後感、ざっと受けた印象による感想文
題名のスタンスが、被虐待児に重点を置いているので家庭から措置された虐待児の起す様々な行動による現れ方について重点的に述べられている。その上で改めて、養護施設は生活の場であるべきとの意見を念押ししている。施設には被虐待児だけじゃなく、要養護の児童も住んでいる事を述べている。
まず、児童養護施設という場所を著者の立場から大きな家庭であると表現している部分はどこにもない。あえて言うならば家庭で虐待を受けた児童にとっては、養護施設は臨時的に身を寄せる場所として位置づけられており、施設職員は代替的な父や母と位置づけるも、心に虐待をする親とはいえ親のイメージを固定化しているので職員と愛着を作る事を優先せず、結果として施設での人間関係は淡白なものになっているという表現に留まっている。
その一方で児童は常に他の児童との間で職員の愛情を争奪している状態である事をも述べている。しかし児童養護施設では親を固定化できない要養護児童に対し、同じ職員が愛着を継続して与える事ができない場所である事を、1読者であるわたしは彼よりも更に強く言いたい(ぶつぶつ)
反対に、乳児院から来た子どもは実親の内的イメージを持っていないので親との問題ではなく乳児院で関わった職員、施設へ措置された後の職員を内的に持っていて、セラピストに対しても職員の態度、声音を再現していると語られている。
その上、家庭がプライベートな私的な空間であるのと対比して、児童養護施設は社会的な場所であり、人の侵入があり人間関係は流動的であり、血縁によらない子ども集団の複雑な人間関係の為にストレスに晒され、常に緊張を強いられるお互いであると書いている。
施設という場所が社会的な場所であり、規則に縛られて生活せざるを得ない為、被虐待児は最初は追従的ではあるものの、長い時間を掛けて鬱積がたまり、思春期の頃には「支配された」事に対する怒りを向け、激しい衝動を見せるようである。
この本では家庭ではない空間である児童養護施設としての独特性が、かなり具体的に説明されている。養護施設という場所は、養護施設に集結する人間がそれぞれに育った家庭の文化が対立する場所でもあり、とくに子どもをケアする立場の職員同士の養育の姿勢を、同じ理念の元、揃える必要性も説いている。
少し違和感を感じた部分もあるけど・・・
この本は被虐待児を中心に考察されていると考えればそんなに困惑することはないが、施設が一般社会とのズレが少なく、規範も一般社会のそれと隔たる事がないかのように記されているのが気になった。
しかし著しく一般の社会の平均的な家庭とは隔たった生活をしてきた被虐待児にとっては、養護施設の生活のルールは社会的な生活を根気よく教える場になる。そうでない要養護児童にとっては施設生活のルールだけで生活する事で負うリスクが当然高くなる事を念頭に読んだ。
又、乳児院から措置されてきた子どもの抱える問題を、被虐待児の抱える問題と同じ位の重要度として扱っているものの、里親委託の必要性については特に強くは述べられていない。あくまで児童養護施設における療法家としての意見として視点を集中させている。
これら本に書かれている事はあくまで「虐待されたけれどいつか共に住める親を内面に持つ児童の立場に立って書かれている」ので、そのつもりで読む必要を感じた。
養護施設の生活そのものが愛着の固定を阻害している事は筆者も分かっていると思うが、家庭でネグレクト虐待を受けた子どもにその無愛着な症状が顕著であると述べられているに留まり、施設でその無愛着を助長させられているとははっきり断言しづらい印象を受けた。
そして養護施設で被虐待児からもたらされる普通の児童への暴力などについても軽く触れられているが本の中心ではない。とはいえ触れられている事自体、画期的と感じられた。
又、心理職員と直接処遇職員の間で起こる潜在的、表面的な対立にも触れられていて、心理職員を直接処遇職員と混同しているケースまであるとの事。あくまで被虐待児に対する予算として心理士の配置を計上されているので、互いに協働することの必要性を説いている。
・・・非常に長くなるので、この辺で。
最後にMaria、貸してくれてどうもありがとう。
自分で紹介しといて自分で買わなくてごめんなさい。
| └ 読書中 → 完読 | 23時21分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑
今度会ったら返すね
本の値段もけっこうするから借りちゃって申し訳ないくらいです。ほんとうにどうもありがとう。Mariaの切れ味抜群な感想文を気長に待ってるね
| レイ | 2007/06/18 08:35 | URL | ≫ EDIT