オープン型SNSの公開レベル設定に一時間近く悩んだ無愛着女
もしかしたら、このブログを読む人に「無愛着な人は人間関係が一切築けない」と思わせていないだろうか。ひきこもりがちの人と無愛着の人を混同させていないだろうかと不安になったので記事を書く。
前回の質問に、無愛着なのに結婚したり、別れていないことを謎だと感じる人がいたのはその為かもしれない。
しかし、
無愛着だからといって他人との交流を持てないわけじゃない、結婚するし、仕事もするし、ごく普通に生活している。むしろ性格はぶっ飛んでて明るすぎるくらいかも。
ただ、大人になっても人との適切な距離が設定できないのが無愛着人間なのだ。会社勤めなら仕事さえできればいいが、結婚後家庭を作る、子どもを育てるなら無愛着な妻・母親では困る事の方が多いので、この問題を発信している。
頭では、この人はご近所、この人は夫、この人は・・・と人間関係のレベルを設定しようとするのだが、どうも馴染まない。特別な人との密接な関係を過去に一度も築けなかったので、誰に対しても同じ距離で接するので、周囲の人がわたしに怒りを持つのだ。
それが集団生活のなごりだとしても、ずいぶん様々な場面で(わたしが周囲の人から怒られるので)大変困る事になる。「わたしにとっては特別な関係性にある人たち」から怒られているとだんだん、やさぐれてくる。
わたしは実はオープン型のSNSに登録してみたことがある。しかし、日記の公開レベルを、人の関係性に応じて設定する項目があり、いきなりつまづいた。この設定項目のところで完全なパブリックか、完全なクローズドかで悩み抜き、その間の中間の設定を選ぶ発想がなかったので、いろいろ考えてるうちに面倒になった。確か一時間くらい考え込んだ覚えがある。
見せないなら見せない、見せるなら見せる。グラデーションを設定することが難しい。グラデーションを設定しないのなら普通の自力設置型ブログに.htaccsessでも仕掛ければ充分と思った。
人間関係の距離に応じた断りの設定
「あの方とは人間関係が出来てないのよ」という表現はMariaがわたしをたしなめる時に発する言葉。わたしは頭で分かるのだが、感覚的にはピンとこない。ピンとこないので断るという発想へ至れない。
そして「あの方は侵入的」とMariaが表現する時もそれがどういう感じかよくわからない。
それついては昔、
夫が「家に知らない人が侵入してきたら普通は怒るよね?」と言った時にも感じた。
わたしはその時「それは怒ること?」と聞き返してしまった。
少なくとも養護施設は見学者がよくくる。家に知らない人がくるなんていう発想もなかった。受け入れざるを得ない条件しか持たなかったので断るというレベル設定も難しい。相手の要求にはどうやって答えようかと考えるとしても、断るべきか受け入れるべきかというフィルター作業を知らなかった。
そういう基準値を定義中でもあるこのブログ。自分の価値基準を育てながら、施設での養育の問題を発信している同時進行。人間関係とその距離に応じた設定が弱い管理人の行動の為、困惑する人が出てくると思う。
閲覧して下さる方々には大変ご迷惑を掛けてます。
| └ コラム | 06時25分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑
確かに何でしょう
ちょっと調べてみました。
やさぐれる
http://gogen-allguide.com/ya/yasagureru.html
やさぐれるとは、すねる。投げやりになる。
やさぐれるの語源・由来
やさぐれるは、不良の間で使われていた隠語「やさぐれ」が転じた言葉である。
「やさ」は「鞘(さや)」の反転で「家」を意味し、「ぐれ」は外れることで、家出することや家出人を「やさぐれ」と言った。
この「やさぐれ」が動詞化され「やさぐれる」となったが、「ぐれる」との混同や誤用などにより、現在の意味になった。
というのがやさぐれの意味なのですね。
いつの間にか元の意味も考えずに語感で使っててたけど、反対語を考えたことがなかった。そうじゃない感覚って何なのでしょう。
わたしは不良ではないんだけどな・・・。家出したんじゃなくて、家が元々なかったんだけどな・・・。
ところでブログ面白いという感想は初めてで新鮮です。
| レイ | 2007/06/15 03:12 | URL | ≫ EDIT