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水底からじゃなく堂々と 「犬や猫じゃない」

里親さん応援サイト・別


引用元&題名 犬や猫じゃない 

山陽新聞 

 駆け出し時代に知己を得た倉敷市児島の横田茂さん(80)は今、財団法人・岡山県里親会の理事長だ。社へ訪ねて来られたその手には、二月二十一日付本紙夕刊が携えられていた。一つの記事を指さした。三段見出しは、こうだった。

 <足縛られた猫保護 津山 たこ糸?里親を探す>
  
 「『おれたちは、犬や猫じゃない』。記事を見て、里子になっている中学生がそう言ったんです。もうショックで」

 言葉の世界に暮らす者は、その使い方に気配り・配慮が人一倍求められる。けれど、いくら注意してもし切れない部分は、残念ながら存在する。今回も「里親」をこのように受け止める人がいるなどとはまず予測できなかっただろう。では仕方なかったで済まされるかというと、そうではなく、重い教訓としなければならない。

 虐待に養育放棄…児童養護施設は満杯状態なのに、里親制度は伸び悩んでいる。昨年度末現在、岡山県内で里親希望の登録者は百十五人に対し、実際には二十六家族が三十三人を受け入れているだけだ。養子縁組に押されたり、親権者が家庭養育を望まなかったり、理由はさまざまながら、昭和三十年代には同県内で里子が百五十人を超えていたというから、背景には時代的要素が多分に絡んでいるのだろう。

 いつしか社会の片隅に追いやられた感が強いが、だからといって施設養育と役割を分かつ家庭養育の意義が薄れているわけではなかろう。

 「犬や猫じゃない」。それは制度の存在をもっと知ってくれという水底からの訴えにも聞こえる。

 (解説委員室・横田賢一)(2007年5月25日掲載)


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コメント

 あれ?横田茂氏ってどこかで聞いたような・・・。気のせいかな。さてさて。水底からの訴えとはすごい表現だなと思いつつも実際、そういう観があるのは事実。でも堂々と、もっと強く「犬・猫じゃない」と訴えたい。

 問題の記事を動画ニュースで見つけたけれど里親募集というフレーズは聞けなかった、でも津山の地域ニュースでは何度か取り上げられているだろう事は想像できる。動画/音量注意 「二月二十一日付本紙夕刊」を検索できなかった。

 しかし、里子当人が声をあげ、そしてその声を拾い上げて記事になるという時代が来たんだなという事で、まずは第一歩を刻んだうれしい記事と捉えた。わたしも猫・犬・鳥・花・建造物などいいものは良いと思うし、好きなものは好きだ。

 でもわたしが結婚する時、お姑さんが言った一言が今回の記事に妙に重なる。彼女は言った。

 「犬猫の仔をもらうわけじゃないのよ」と。
 
 人として充分生きている人でも、施設で育っているなら尚更時々自分が人である事を確認しながら生きている。里親独占名称への思いも当然な思いだと訴えたい。
 
 勇気ある里子さんの意見もあるように、施設出身者としても言っておこう。

 はっきり言って、引き取り手のなかった元施設の児童としては、養護施設と保健所の印象がカブる。児童養護施設は収容所じゃない、児童養護施設は更正施設じゃないと怒る職員は「児童養護施設は犬猫の保健所じゃない」と言わないのだろうか。 
 

|  里親さん応援サイト・別館 | 03時24分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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