不都合な断片的記憶
偽記憶にしておきたい断片的記憶
記憶が無い期間はおよそ【生まれてから一度目の施設(施設は断片記憶あり)】【小学生3年くらいから、高校の途中まで】その他、記憶があっても断片的すぎて、その意味が理解できない。
これが過去に関する率直な印象。
でも、その断片的記憶には「不都合な記憶」があり、あまりそういう記憶を持っている事を信じたくない。でも記憶はそれだけなのでとても悔しい気持ちをも同時に持っている。意味不明の理解しがたい変な体験だ。
この断片的な記憶を、できれば偽記憶というフォルダに収納したい。又、もしかしたらこの断片的記憶こそ、どこかで誰かから冗談で聞かされ、自分の体験のように覚えてしまったんじゃないかと思ったりする。でも、確かに自分の体験だという動かしがたい事実なので・・・それも無理か。
妄想の元データはどこから
人は妄想を抱いたりする事はあるが、妄想だって、自分から心理的なアクションを起こしてはじめて妄想できるのであって、受動的で一方的な思い出しとはジャンルが違うと思う。
ただ、妄想も、妄想するには元データが必要だと思うので、その元データが人類としてデフォルトで携えているものなのか、その解釈に対して苦戦している。
夢は記憶の一部なのか
そして、夢についても困っている。荒唐無稽すぎる。夫の見る夢と比較した事がある。でも彼の夢は学校に遅れるとか、みんなでスイカを食べたなど日常を過ごしている夢が多い。わたしはどちらかというと、まるで黙示録のようになっていて、普通に過ごしている夢を見た事がない。そして登場人物には、長い間いつも顔がなかった。
記憶がないという事、あっても断片。長い間の自分の不在。それなのに後継ぎを作らなければいけない事とのせめぎあい。養護施設の養育環境の影響が、過去そのものに対しても無愛着となって現れているのだろうか。
・・・とつらつら。
| └ コラム | 23時43分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑
実感と気持ちと気配とか
妄想よりも想像よりも、勝手に侵入してくる夢がいちばん、自分の気持ちに沿う内容が多いけれど、夢のシーンが意味不明だったり、明らかに体験していないだろうと思われる時に、心情だけがリアルであるのが、どうも自分の中では齟齬があった。
| レイ | 2007/05/23 08:10 | URL | ≫ EDIT