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支局長からの手紙:病院に「見捨てられて」 /高知

 昨年4月末、57歳だった高知市の会社員、橋田曉(とし)さんは高知医療センターで胃がんの手術を受けました。胃をすべて摘出する予定でした。手術途中、妻の智子(さとこ)さん(57)は手術室に一人で呼ばれ、ピクピクする心臓が目に入る夫のお腹の中を見せられました。がんは腹膜に播種(はしゅ)(転移)する末期がんでしたが、素人が見てもわかりません。数日後、胃を摘出しなかったことに気づきます。外科医は余命について「わかりません」と説明しました。

 抗がん剤による化学療法に移り、智子さんはさらにショックを受けます。以下はその証言です。

 「余命3カ月、抗がん剤治療をしても9~11カ月。治りません」。最初に受診した昨年5月14日、橋田さん夫婦は担当医から伝えられます。「脳天を打ちのめされた」と智子さん。死に至るまでの病状の変化も詳細に聞かされました。「子どもに言い聞かせるような口調」でした。橋田さんが事前に病状の説明をどこまで求めていたのかわかりませんが、化学療法に望みをつないでいただけに、本人も相当なショックを受けました。

 2回目の受診時に抗がん剤の説明を受け、入院予約をしました。多くの種類が専門用語や略語で説明され、途方に暮れます。国が承認した抗がん剤を使う「標準治療」。承認前の抗がん剤を使って、その効果や副作用などを調べる「臨床試験」「治験」。次回までに選んでくるよう指示されました。

 3日後。看護師に「標準治療を選ぶ」と答えて受診したところ、担当医は「かかりつけ医を探してほしい」。理由を聞くと、「(標準治療は)ここでなくてもできるから、もっと近い、待ち時間の短いところがいい」。智子さんが「ここで」と懇願しますが、すでに「入院予約をキャンセルした」。智子さんは見捨てられたと思いました。

 「患者の悲しいさが。下手(したて)に出なくてはいけない」。結局、転院せざるを得ませんでした。その後、医学知識を蓄えた智子さんは「末期がん患者は治験じゃないと受け入れないのでは」。医療センターへの不信感は募るばかりです。

 取材に対し、担当医は個人情報のため個別事案には答えられないとしながらも、次のように回答しました。「頻回通院が困難な場合などには、ご相談の上、地域の連携先病院に紹介させていただき、両病院併診の形で複数主治医として治療を行っております。特に、入院を希望される場合などは、それが可能な連携先施設を積極的にご紹介させていただいております」と説明し、余命告知については「希望されない場合は、説明を行うことは決してありません」。

 娘が胃がんと闘った経験から高知がん患者会「一喜会」を創設した安岡佑莉子会長(61)は「がん患者とその家族は精神的に参っている。普通の言葉を言っても傷つく。医師の言葉や仕草には配慮が必要。頑張っていこうという心の免疫力がつぶされると、命を縮めてしまう」と指摘します。

 橋田さんは大の高校野球ファンで、昨春のセンバツ大会開会式をはじめ、甲子園球場によく通う仲良し夫婦でした。昨年、球場改装に伴って企画された「レンガメッセージ」に応募し、外周の床面に敷き詰められた約1万7000枚のレンガの一つとして、夫婦のローマ字名が刻まれています。

 橋田さんは腹水がたまって今年に入り、口から食べられなくなり、2月17日に旅立ちました。享年58。がんと診断される約1カ月前、昨春のセンバツ観戦後の球場で智子さんが写した「最後の笑顔」を残して。【高知支局長・大澤重人】

毎日新聞 2010年5月31日 地方版

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