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漢字文化圏は「challenged」に通じる言葉を昔から持っていた
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【2009/12/19 14:00】 パブコメ
「「改定常用漢字表」に関する試案」に対する意見募集の実施について(文化庁)
パブリックコメントの締め切りが近いこともあり、改めて「碍」について考察する。本BLOGにおける、過去の関連エントリは以下の通りである。
「障がい」を使わない理由 常用漢字表改訂に関するパブコメ・その後 昨日の漢字小委員会 情報弱者と糾弾される前に 「碍」と「害」の意味は「ほとんど同じ」ではない 限り無く暴論に近い結論 常用漢字表なんかいらない
7月の時点では圧倒的多数の委員が強硬に反対し、向こう30年は常用漢字表に追加される可能性がほぼ消滅したかに思われた「碍」であるが、11月のパブコメ再募集直前になり風向きが変わって来たらしく、現時点では「判断保留」とされている。市井では今月3日の朝日新聞夕刊1面に掲載されたニッポン人脈記『「障碍」の文字 社会変える』が決定打になったと見え、3月にパブコメが実施された際よりも関心が高まっていることは間違い無いだろう。
そんな折、9月に発足した新政権下で内閣府に設置されていた障害者施策推進本部の後継組織として「障がい者制度改革推進本部」が設置されたのであるが、一部全国紙ではあたかも法律の条文を全て交ぜ書き化することを前提にしたかのように報じられている。もっとも、別の記事によれば鳩山首相は「challenged」に共感を覚える、とも述べているそうで、今回の交ぜ書き採用は政府の方針として交ぜ書きの採用を最終確定させることを意味するものではなく、ひとまず「害」を避ける以上の意味を持つものではないのではないか、と解釈した方が自然であろうと思われる。その証拠に、と言っては何だが内閣府のページも従来の「障害」と交ぜ書きの「障がい」が混在していて、一部地方自治体(ex.神奈川県箱根町)に見られるような「障がい者のための障害者手帳」に代表される奇怪なパッチワーク状態になってしまっている。
2000年に東京都多摩市が交ぜ書きを採用して以降、そもそも当用漢字表が「碍」を排斥したのがおかしいと言う意見はずっと出され続けていたもののその大半が「『害』は戦後の当て字」とするものであった為に(ex.「障害」は「障碍」(「障礙」)と表記すべきである、障害 伝統的には「障礙」「障碍」と書くのが正しい)あたかも「碍」の追加要望自体が不当なものであるかのように誹謗中傷を繰り返す動きに義憤を感じ、場外乱闘を繰り広げたのが今年の5月から6月。今のところ、自分の中では以下のように整理している。「障碍(礙)」は元々、仏教用語で「悟りを開く為に乗り越えなければならない試練」を意味する熟語である。日本では遅くとも江戸時代までには知られていた。
対して「障害」は明治期に英語の「disorder」の訳語として創出された医学用語である。しかし、英語では状態の軽重により「illness」や「disease」など複数のニュアンスが異なる単語が存在するにも関わらず日本ではそうしたニュアンスの違いを無視してことごとく「障害」と訳すブラックボックス状態になっている。
1919年12月に文部省が公表した「漢字整理案」以降、政府は一貫して「碍」を排斥し「障害」への一本化を提案し続けて来た。ポリティカル・コレクトネスと言う概念は存在しない時代であるが、現在の人権感覚から見れば政府の人権意識欠如は甚だしいものがあると言わざるを得ない。
その間も1929年制定の救護法(1946年廃止)第1条では「四 不具廃疾、疾病、傷痍其ノ他精神又ハ身体ノ障碍ニ因リ労務ヲ行フニ故障アル者」との表現が用いられ、現在も有効な法律では1932年制定の手形法第54条や翌1933年制定の小切手法第47条で「障碍(国ノ法令ニ依ル禁制其ノ他ノ不可抗力)」との表現が見られる。1946年の当用漢字表制定に際して従来の法令についても一斉に書き換えを実施した訳ではないため、このような事例は他にも多く存在する。従って「障碍」は法律用語として現在も生きているのである。
1942年に公表された「標準漢字表」案では「常用漢字」「準常用漢字」「特別漢字」の3種類に漢字を分類し「碍」は準常用漢字に分類されていた。これは1919年の「漢字整理案」と違って「碍」が公的に生き残る可能性を残すものであったが、皇室に関わる文字(「朕」「璽」など。現在は常用漢字に含まれている)を「特別漢字」とすることに反発が生じたことからこの案は幻となり、終戦を迎える。GHQの教育政策には漢字・仮名の全廃に伴う日本語のローマ字表記化なども含まれており、また国語審議会では山本有三が「将来の漢字全廃への布石」として当用漢字表を制定すると共に、振り仮名の使用に猛反対して交ぜ書きを推進したことで「けん銃」「閉そく」「覚せい剤」のような交ぜ書きが公文書に頻出するようになった。しかし、交ぜ書きに対しては当初から批判も強かったことから国語審議会は1956年に報告書「同音の漢字による書きかえ」を公表。ここで「障碍」は完全に否定され「障害」への書き換えを強制されることになった。結局、当用漢字表を「将来の漢字全廃への布石」とした山本有三の目論見は1981年制定の常用漢字表で強制力が正式に否定されたことから幻に終わった訳であるが、今なお公文書は「常用漢字」の呪縛に苛まれ続けており、その中で従来は全く想定されていなかった「人権・福祉に関わる理由での交ぜ書き」である「障がい」が発生し、現在も拡大を続けている。
翻って、日本以外で漢字を使用している中国・台湾・韓国に目を向けてみると中国では全くと言って良いほど、台湾や韓国では「日本から輸入された差別語・罵倒語」としてしか「障害」は使われていない。日本の法文における「障害者」は中国では「残疾人」、台湾では「障礙人」、韓国では「障碍人」である。そもそも中国語でも韓国語でも「碍(礙)」と「害」は発音が違うので書き換えの対象にはならない。「碍」(呉音「ゲ」・漢音「ガイ」。「外」と同じ)と「害」(呉音「ガイ」・漢音「カイ」。「街」と同じ)の発音が混同されたのは明治後期の学生を中心に漢音読みが好まれた中で、それまで「しょうげ」と読まれていた「障碍」が漢音で「しょうがい」と読まれるようになり、対して医学用語であった「障害」は漢音「しょうかい」でなく呉音のまま「しょうがい」と読まれ続けた為に大正期には両者の混同が相当程度まで進み、それが「漢字整理案」での「碍」排斥に繋がったと言うのが真相と考えられる。近年の関係団体における国際交流で日本でも「障碍人」を目にする機会が増えていることを考えれば、日本でしか通用しない「障害」や「障がい」ではなく、65年前まで日本でも使われていた「障碍」を採ることは至って現実的かつ理に適った判断ではないだろうか。 最後に付け加えると、鳩山首相が障がい者制度改革推進本部の設置に際して共感を覚えると述べた英語の「challenged」は「神に試練を与えられた人」を由来とする。そう、仏教用語で「悟りを開く為に乗り越えなければならない試練」を意味する「障碍」と相通じる理念なのである。もう、答えは見えていると信じたい。
テーマ:ことば - ジャンル:学問・文化・芸術
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