池田信夫 blog

Part 2

2010年05月30日 21:43
法/政治

正義とコミュニティ

孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生「アゴラ」で紹介したサンデルの『これからの「正義」の話をしよう』はアマゾンでベストセラーの第1位になり、品切れになった。それほどとっつきやすいとはいえない法哲学の本がこれほど売れるのはNHKの番組のおかげだろうが、これをきっかけに日本でも下らない「格差社会」論や「市場原理主義」批判が終息して、自由や平等についてのこれまでの成果を踏まえた論争が行なわれることを期待したい。
鳩山政権のバラマキ福祉路線は、80年代にリバタリアンから攻撃されて姿を消したアメリカの民主党の「大きな政府」の焼き直しである。政府がアドホックに福祉支出を増やした結果、財政赤字とインフレでアメリカ経済はボロボロになった。政府に「平等」や「正義」の基準を決める権限はなく、その役割は「最小国家」に限られるべきだというノージックの主張は、レーガン政権以降の小さな政府の理論的基礎になった。

しかし90年代以降、アメリカ経済の復調とともに所得格差が拡大し、コミュニティの崩壊が問題になった。そういう状況を踏まえてリバタリアンに対するコミュニタリアンの反論――その骨格はサンデルがやさしく説明している――が出てきた。それに実証的基礎を与えたのがソーシャル・キャピタルの研究であり、本書はその代表作である。原著が出たのは2000年だが、コミュニティの崩壊は日本の「イマココ」の問題だ。

イタリアの政治についての詳細な研究で著者が明らかにしたのは、ソーシャル・キャピタルが「均衡選択」の役割を果たしてコミュニティの規範を支えているということだったが、本書ではさらに詳細な実証研究にもとづいて、アメリカの社会でソーシャル・キャピタルが失われつつあることを明らかにしている。かつて町内で開かれていたボウリング大会がなくなり、PTAやボランティア団体が衰退して、個人が家庭に閉じこもる傾向が強まった。それとアメリカ社会の荒廃は軌を一にしている。

しかし著者は「グローバリズムが古きよき共同体を破壊した」といった図式的な結論は出さず、膨大な社会調査によってその原因をさぐる。経済的な要因はそれほど大きくなく、最大の要因は世代の変化である。コミュニティに愛着をもつ市民意識の強い世代が、テレビやインターネットによってつながる子や孫の世代に交代することによって、ローカルな人間関係が希薄になった。アメリカ人は、トクヴィルの見た孤独な個人に回帰しているようだ。

サンデルやパトナムの問題は、これからの日本の問題である。「無縁社会」の中で人々は「おひとり様」になり、衰退してゆく経済の中で否応なくGDPに代わる幸福の尺度を考えざるをえない。擬似コミュニティとして機能していた会社が弱体化し、財政にも余裕のなくなった状況では、「地方切り捨て」や「福祉切り捨て」は避けられない。すべての人に幸福を約束した民主党政権が破綻した今では、何を捨てて何を守るかを真剣に考えなければならないのだ。そのとき大事なのは、サンデルもいうように単純化された(大衆受けする)「正義」を振り回さず、問題を多面的に考えることである。

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コメント一覧

  1. 1.
    • ikuside5
    • 2010年05月31日 01:46

    私は自分の田舎に関して、むしろもっと早く、思い切って切り捨ててもらいたいたかったと思っているくらいですね。わけのわからない公共事業が多すぎましたね。

    たとえば、山間部の集落へ向かう道路を拡張して2車線化をしたのですが、工事が完了したとたん、そこに元々走っていたバスの路線は廃線になりましたし。採算を考えない裁量的な公共事業に付随するのは、そういう意味不明でミスマッチな帳尻あわせばっかりですね。誰が考えてもバス路線を細々と残す方向の方がよかったはず。それを実際にはバス路線の拡張みたいなことを当初は言ったりして計画を進めるわけですから悪質です。地元のお年寄りからすると、なんのために山林を道路用地に供出したのかわからないですね。

    結局、山間部に住み続けていたお年寄りは生活の足を失い、都市域の子供等の住居に移住するか不便な山の中に取り残されてしまうことになりましたし。道路だけは立派なのですが、人の気配はなくなり、先祖代々自給自足で耕してきた畑も手を入れる人たちがいなくなると、5年もあれば竹やぶになって、いまや足を踏み入れることもできないジャングルになってますね。私が子供の頃は確かに、そこで栗などを拾って遊んでいたのですが。

  2. 2.
    • todoshima
    • 2010年05月31日 12:12

    田舎に住んでますが、まさしく山間部への道路の拡張は行われてます
    1日に200台通らない場所にトンネルを造り道路拡張するそうです。
    そんなお金があるのなら、住民を街の中心部へ移転させた方が遙かに安いと言う声も多い
    それなのにこの国は、長期わたって続いた与党の利権で行政も議員も業者も全て食い物にしている。
    先ずは、道州制にして地方の分離と独立採算に切り替えていくべきじゃないでしょうかね。
    自分の所は自分たちで考え、自分たちの税金で行う事だろう。

    都市部に今の仕事捨てて移住するなんて言う事が出来ないし、リスクだけが大きい日本では、段階的に計画的な集約を行うべきだろう
    これが、資本主義であろうが社会主義であろうが効率的あるのは間違いないのじゃないかな。

    追伸
    こんな時代でも、都市部から田舎への引退した人の移住は多いが、財政の厳しい田舎には来ないで欲しい
    年寄りだけでも都市部に移住させてしまって欲しい物だ 何故なら年寄りが今に権利をもつ老害だからだ

  3. 3.
    • sm2482
    • 2010年06月01日 14:52

    時々拝見させて頂きます.いつも琴線に触れる興味深い内容です.
    サンデル教授のハーバード白熱教室は大変面白く,放映された総てを見ています.アゴラで,白熱教室にあった「救命ボートで飢えて死にそうな3人が1人の肉を食べたことは有罪か」といった裁判についてコメントされていますが,こういう状態では人間は動物に還ります.マルローの人間要求5段階のさらに下の段階ですね.このような状態で人間はどうあるべきかを考えるには生物学的な視点と人間としての理性を併せて考えることが必要です.もちろん,こういった状態を議論することには意味があります.
    日本では,柳田國男の短編小説があり,それについて小林秀雄がコメントしています.当時の事実を未来へと書き残すために文学にしたような作品で,そのすごさは生物学者にしか分からないと私には思えました.生物学を全く知らないこの二人の慧眼に,私は驚いたことがあります.日本では,この西洋の事例とは全く違った形で終わっています.
    いずれにせよ,人間をこのような窮地,動物に還るような窮地に追い込むこと,追い込むような社会システムは,大きな頭脳をもって生まれた人間の進む道ではないように思います.

  4. 4.
    • poopiang
    • 2010年06月01日 16:25

    1人当たりのGDPが低ければ家族は集まって生活せざるを得ず、生活が豊かになれば個人に散らばっていく。そして少子化になりネガティブループに陥るのは、どの先進国も経験してきたこと。少子化を解消するにはバラマキをおこなうよりも、年金破綻させて親が子供に養ってもらう必要を感じさせた方が実効性が高いだろうが、そんな選択は誰も望まない。
    また、個人の時代では利己的な選択をする者が多くなり、囚人のジレンマが発生して徐々に住みにくい世の中に移行していく。

    この問題は「正義」あるいは電子的なコミュニティなどで解決できるのでしょうか。
    個人的には、「欲」の問題にも思うのですが。

  5. 5.
    • takanoyasunali
    • 2010年06月01日 21:55

    道路は永久資産じゃないからね。
    アスファルトの道路は10年減価償却されるからね……。

    道路を作るのは結構なのだけど、その維持費用を利用者が負担できないとなると、道路が使用できない道路になるのは時間の問題となる。


    地方に金を回せとかいう意見は、こういうのを考えていない。基本的に便益だけで物を語っていられる時代じゃない。

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