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養護施設の子に対する学校でのイジメ


参照元:中日新聞(CHUNICHI WEB)

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 記事の引用

第5部「加害者」たちの歳月 (1)後悔…22年前 

2007年4月28日
激しい自責の念 会って謝りたい

削りカスを頭からかけたこともあった(写真はイメージ)

 昨年十一月初め。三重県の女性会社員(34)は思わず、近くにあったチラシの裏に、思いを書きつけ始めていた。「ごめんなさい、本当にごめんなさい」…。自然に涙がこぼれてきた。

 岐阜県瑞浪市の女子中学生のいじめ自殺をはじめ、ちょうど連日のように、いじめ問題が大きく報じられていたころ。「嫌な記憶を思い出し、つらかった。誰かに打ち明けたかった」。家族にすら口にしたことがなかった、いじめ加害の告白。チラシはそのまま、ファクスで、中日新聞あてに送信された。

 今とは別の県で暮らしていた小学校六年生のときだから、もう二十二年も前になる。五人の仲良しグループで同じクラスの一人の女の子をいじめていた。女性はリーダー。いじめの中心にいた。

 相手は、両親の事情で、児童養護施設で暮らしていた少女。おとなしくて、まじめ。これといって、いじめるきっかけがあったわけではない。

 あえて言うなら、一学期の始業式の日、にこりと笑いかけられたこと。仲間に入りたそうなそぶり、に見えた。それが「うざかった」。

 きれいなレースの襟付きブラウスが「かわいい女の子」の象徴のひとつだったあのころ。少女の服はいつも地味。とりわけ成績が良いわけでも、スポーツが得意なわけでもなかった。

 明るくて、クラスでも目立つ存在だった、という女性にとっては、その少女は、仲間に入れたら「グループのレベルが下がる」存在に思えた。


 放課後、みんなで少女を取り囲み、頭の上で鉛筆を削って、削りカスの“雨”を降らせた。トイレ掃除のときには、汚物入れの中のものを投げつけた。自分の妹をけしかけ、木の棒につけた犬のふんを少女に突きつけ「食べろ」と迫らせたことも…。

 いじめられるとその子は、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。鼻水をすする音に「きったなぁーい」と笑った。

 いつからだろうか。しばしば、あの泣き顔をはっきりと思い出すようになった。大抵は夜。いじめに関するニュースを見聞きした日なんかは決まって。子どものころそのままの大粒の涙。今は、笑えない。

 「もし、私だったら『死にたい』と思ったかもしれない」。四半世紀近くがすぎた今、女性はそう振り返る。「私はあの子の人生をめちゃくちゃにしてしまったんじゃないか…」。激しい後悔と贖罪(しょくざい)の念にかられ、涙があふれる。

 せめて投書が新聞に載れば、「この苦しさから逃れられるかも」。そう思ってファクス番号をダイヤルした。

 そして「できることなら、会って謝りたい」と。


コメント

 養護施設の子への学校のイジメが取り上げられる事は少ない。何故なら養護施設の子は自殺しないから施設の子へのイジメが表面化する事がない。又、養護施設では不登校になる事もひきこもりになる事もできないので、表面上何事もなく過ぎてゆく。

 親記事の人は、人の心を構築できたから共感が伴い涙を流せるようになったのだろうか。「養護施設の子だからって学校で苛められる事があるの?」と、わたしがかつて学校のイジメを書いた事に対して「本当にそんな事があるの?」と疑いの発言をしていた人がいた。

 偏見や差別やイジメに対して、辛いと言える立場じゃない施設の子は何も言えないだけ。養護施設の子は自殺もひきこもりも不登校もしない、だから目立たないだけ。苛められてないわけじゃない。ただ毎日を必死に生き延びようとしているだけ。

 「もし、私だったら『死にたい』と思ったかもしれない」。四半世紀近くがすぎた今、女性はそう振り返る。


 自責の念にかられ、加害体験を語るこの女性には申し訳ないが、学校のイジメで『死にたい』と思えなかった自分には、家庭の子がこのくらいの段階で死にたいと思えるという事実を垣間見た。わたしは雑草だったわけだと妙に納得。

 でも、施設の子にとっては学校だけが集団生活の場じゃないから、学校のイジメのような些細な出来事にいちいち自殺していたら命がいくつあっても足らない。施設の子は学校から施設へ戻れば、今度は施設の集団世界が待っている。施設の子には逃げる場所がどこにもない、1人になって守られる場所がないのだから、生き延びる道を選ぶしかない。


 といっても、よく加害体験を発表したものだと思う。「グループの平均が下がる」という感覚を持たれていた事なぜか懐かしい。この女性は本当にその子をよく苛めてたんだなあと実感が伴う告白である。苛められてた子は苛める子の心理をぶつけられるから、不思議と苛める子の気持ちが丸見えになる事がある・・・。

 この女性の他にも日本中には養護施設の子を苛めた加害体験を持つ人がいると思うが、探し当てて謝罪を願う人は特にいないだろう。

 まずは、児童養護施設の子も学校で苛められているという現実を語ってくれた人がいるので、数年前、施設の子だからと言って苛められるだろうか?と疑いの目を向けた人に対する複雑な気持ちについて、少しだけ溜飲が下がった。 

 でも、今、地域の中で生きていて欲求がつのる。

 養護施設を出た事を周囲に言ってしまおうか。わたしは間違った事をしていないんだ。だから堂々と世間に言って良いだろう。

 でもカミングアウトして、もし将来子どもが生まれて成長したとき、子どもをイジメから守れるだろうか・・・。養護施設を出たという事はそういう事なんだと思った。

|  養護施設にいる間の問題 | 08時40分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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