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施設出身者が自分の育った環境を否定すること

 わたしはついこの前まで「施設で育てられたおかげでこうして生きていられる」と思い生きてきた。ほんの数年前まで・・・。たしかに「生きていられる」のは、養護施設という保護先があったからであり、その事実までは否定しない。

 養護施設の最低基準も知らない。第三者評価基準も知らない、ただ、養護施設にいなければ自分は死んでいただろうし、養護施設以外に行くところもない人間にとってそれが全てだと思っていた。

 そして結婚後も、なんだかどうもうまく家庭を作れないという理由が、どうやら家庭生活そのものを知らないのではないか?という事に気づくまで更に時間が掛かった。もともと会社で働いていた頃から「不思議な人」「変わった人」と言われていたので、ごくごく個人的な素養の問題の為、家庭生活を作れないんだと思った。

 だからこうして自分が養護施設で育てられた事を通して問題を書いている事が今も信じられない。

 現在は愛着障害の観点などから自己分析も加えソウルメイトに助けられ整理を続けているが、整理を続けていけばいくほど家庭生活がとんでもなく遠いものだという事を自覚せざるを得なくなった。少しでも家庭的な観念を学ぶべく勉強をしているが、そもそも大人になってからあわてて勉強するようなタイプのものではないという事も知った。

 観念的なものは、途中から大きく変えること、しかも大人になってから変える事は今までの育ちを否定して、新しい観念を作り上げないとできない事だと知った。
 
 施設生活を通して身に付いた「誰にも頼らず一人で生きる事」は一般家庭の人から見れば「ただの無愛着な人間」だ。子どもが出来てもこの感覚がある限り、いざとなれば子どもを施設に入れてしまえばいいと思う施設育ちの感覚。
 
 施設で生きてきた事、とくに育ちの部分を肯定し続けている限り、1人で生きるしかない。せっかく出会いがあっても家庭は重いし、人間関係は濃いし、同じ人とずっと付き合わねばならないし、浅く広く大多数の中で好きに生きてきた人間が、家庭的概念を知らずに生きた結果を背負うのは全て自分なのだ。施設を家庭と定義したら、施設的な家庭しか作れない。

 養護施設の無愛着環境を否定しなくては、固定&愛着環境である家庭生活の概念は理解できない。

 わたしが絆作りが大変なのは、わたしの中にまだまだ施設で育った自分を否定しきれないものがあるからと考えている。時々、わたしの発信は他の施設出身者から否定される。「施設育ちを愚弄している」という人まで現れたりすると、わたしの中にもわたしを批判するわたしがいるのでびっくりする事がある。
 
 わたしも、ほんの数年前までは「家庭生活」など本気で悩んだ事もなかったので、その人がわたしの発信に何を感じているか実は何となく分かる。共通概念を持っているのだろう。でもわたしは施設的概念を捨てる事で、里親家庭を応援する道を選んだ。

 「厳しい学園生活だったけれど、あの学園生活を乗り越えてこられたから今の自分がある」と意気込んでも家庭の概念から遠いままで近づくことすら叶わない。とくに男子じゃなく女子はその家庭で、子育ての中心となる確立が高いのだから孤独に生きろと子どもに諭してはいけない。

 すくなくとも家庭はそうじゃないらしい。一人で何かに立ち向かわれても他の家族にとっては迷惑な話だそうだ。施設では当たり前なのに(少なくともわたしは)家庭では当たり前が当たり前にならない。もちろん機能不全家庭はこの限りではないけれど。 

 施設出身者には、施設でがんばって生きてきた事を支えとするようなところがある。そのため、思考が凝り固まりやすい。絆づくりも、家庭生活も、自分を堂々と甘やかすことも、自分が楽しむことも、全て、集団の気配を背に感じるような心の癖がある。自分もそれらを自覚した上で発信しなくてはと思う。

| └ コラム | 00時07分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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