口蹄疫で見た情けない危機管理
2010/05/27 07:31更新
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記事本文
【正論】
口蹄(こうてい)疫の蔓延(まんえん)が日本の畜産業に重大な危機を及ぼし、普天間問題についで鳩山由紀夫総理の国家危機管理の能力が問われている。
なかでも、4月20日の宮崎県における口蹄疫発生の事実を知りながら、大型連休に中南米諸国歴訪の外遊に出かけ、帰国後も現地入りが遅れた赤松広隆農林水産大臣の政治責任は重く、大きい。
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記事本文の続き ≪職責の自覚を欠く記者会見≫
素直に謝ればよいのに、記者会見で「批判があるなら、野党(自民党)は議会に不信任案を出せ」「私がやったことについては全く反省するところ、お詫(わ)びをするようなことはないと思っている」と開き直った。
「防」という字が頭につく国家危機管理行政には4つの範疇(はんちゅう)がある。「防衛」「防災」「防犯」「防疫」だが、筆者は、この大枠で、21世紀型危機管理の対象として、アルファベット表記で「W(戦争)」と「R(革命)」、さらに「ABCD」(核・バイオ・化学・天災地変)に分けて考える。口蹄疫は、鶏インフルエンザ、新型インフルエンザ、狂牛病などに続く「B(バイオ)」の危機である。
それへの対処は「防疫」の責任閣僚、つまり長妻昭厚生労働大臣と赤松農水大臣である。前出の記者会見は、その職責の自覚が欠けていることを如実に物語る無責任なものであり、速やかに撤回・取り消しをし、国民とくに畜産関係者に謝るべきものだった。
4月20日には農水省に口蹄疫対策本部を設置し、赤松大臣はその本部長だった。同27日には、東国原英夫・宮崎県知事らが政府応援を求めて上京し、自民党の口蹄疫対策本部が共同対処を申し入れているのに、これを断り、外遊に旅立った。出発した後に発生したのではない。明らかに農水大臣としての危機管理上の義務を副大臣らに任せ、閣僚としての特権である華やかで楽しい9日間の中南米諸国歴訪の外遊を優先したのだ。
≪人は楽しいことに釣られる≫
人間は誰でも、楽しいことを優先し勝ちなものだ。キューバのカストロ議長、コロンビアのウリベ大統領らと会見し、儀仗(ぎじょう)隊の栄誉礼をうけることの方が、罹患(りかん)した牛や豚をみるより楽しいに決まっている。だが、国家危機管理の責任者は、国民の命と財産を守ることを、連休を返上してでも優先させるのが「ノーブレス・オブリージ(権力者の義務)」である。
口蹄疫がどんなに恐ろしい「B」の危機であるか、農水大臣は当然認識しているべきだ。「知りません」「わかりません」でなんでも許されると思っている鳩山総理、小沢一郎民主党幹事長に次いで、赤松農水大臣の「KY(空気の読めない)鈍感力」は、驚くべきものだ。
中国や韓国では、今世紀初頭から口蹄疫への対応策に苦しみ、欧州、とくに英国は羊を中心に650万頭の殺処分を行っている。
筆者も、文化大革命に伴う紅衛兵暴動で政情不安に陥っていた香港で、口蹄疫騒ぎがあったときの人々の恐慌ぶりを今でも覚えている。日本は草食・魚系の食事が主流だからまだいいのだが、肉食系の民族にとっては、それは食糧難につながりかねない重大な国家危機なのだ。「B」の危機管理は国の仕事である。県や市町村で対応できる問題ではないのだ。
今回、敏速に対応し、不眠不休の危機管理に従事した東国原知事の無念さは察するに余りある。記者会見で知事は珍しく激高し、涙をにじませたが、その心の奥には現場で苦悩する畜産業者への感情移入があったのだろう。動物好きな筆者には、丹精込め、愛情を注ぎ込んで牛や豚を育てた畜産家たちの気持ちがよくわかる。
≪連休には対応が遅れがちだ≫
半径10キロ内の牛豚を全頭殺処分にすることを決め、その補償については言を左右する赤松農水大臣をトップとする農水省の対応への、現地の関係者たちの怒りは烈(はげ)しい。どうも今回の被害拡大は、「鬼手仏心」の精神で行うべき危機管理の初動措置の失敗による人災のように思えてならない。
韓国の農林水産食品相は4月上旬、江華島で再発した口蹄疫対策として4万9800頭を殺処分したとき、会見で「心が痛むだろうが、畜産業を守るために協力を」と呼びかけている。一方、「ちまちましたことをやっても仕方ない。全頭殺処分だ」と記者会見し、5月25日にようやく謝罪の言葉を口にした赤松大臣の心に仏はなく、目に涙はなかった。
外遊中のゴルフプレーは誤報だったようだが、そんなおまけがつくにつけ、水産高校の練習船と米原潜の衝突事故の際にゴルフをしていた森喜朗総理への強烈なバッシングが思いだされる。確かあの事件も連休中のことだった。
年末年始、5月の連休、夏休みは危機管理の責任者の“魔の時間”だ。気のゆるみから緊急対応が抜け落ちることがある。いま危機の時代と言ってもいいが、今年の連休には11人もの閣僚が不要不急の「外遊」をしたという。閣僚諸公にはくれぐれも危機管理の責任者としての猛省を促したい。(初代内閣安全保障室長・佐々淳行)
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