施設内抗争を生き抜いた結果、手加減を知らない人間となる
- 一般家庭=機能不全ではない家庭
- 機能不全家庭=虐待家庭
養護施設ではすごいコトバ(世間の人でそう感じる人がいる事に気づきつつある)が行きかう。グレてもいないのに、小さな女の子が実習生のお兄さんに「遊んでやってもいいよ」なんていう。施設には虞犯の年上少年も多いので、育つうちに身に付いてしまう感覚だ。実習生のお兄さんは固まってしまうか、誘われたと思うかもしれない。
もし、施設で幼児の男の子に「シネ」と言われてもコトバ通りに受け取らない方がいいと思う。本人も言ってる意味が理解できていない。いつもそのような言語が行きかう場所では、シネ=こんにちわ のつもりだったりする。きちんとお辞儀と会釈と笑顔は出来るのに、口をきくと、ニコニコしながら『うぜえ』 という。
わたしは、夫がトイレに立つとき『気をつけて行ってきて』という。自分の感覚ではごく普通。だけど夫は「トイレに行くのに大げさだ」という。その場にそぐわないコトバもどうやら身に付くようだ。
もし、そういう口のきき方をする子を迎えたら里親家庭の里親は、ほとんどの人がびっくりしてしまうだろう。深い意味もなく使う割には、相手を縮み上がらせる場合があるようなので、わたしは極力「事務職系の言葉遣い」をするように心がけている。
時として他の施設出身者から、その態度を色々揶揄される事はあるが、この事務職系言葉遣いをしなければ、わたしは間違いなく不良少年上がりと思われてしまう。
そんな施設内抗争を生き抜いた施設出身者が、今度はネットで他の施設を出た施設出身者を見つけたらどうなるか、衝動的な闘争心が出てくるんじゃないだろうか。
でも自分が出た施設に帰属意識はないので、単なる「闘争に関する衝動」だ。施設育ちがこうもネット上で他の施設出身者に攻撃性を持ったり、協調姿勢を要求する背後に、どんな理由が隠されているだろう。無自覚に施設間抗争の意識が働いてないだろうか。
わたしもこんな風に書いているが、他人事ではない。
わたしは数年前、ヤフーで大失敗した。養護施設で引き取られて保護されて、あなたは幸せじゃないの?と言われ続けてた頃があり、いちいち反応するのが面倒で、施設から高校へ行けた事もあり「わたしは養護施設出身者の勝ち組」と言ってしまった。今はもちろん大反省中。
あなたは幸せだといわれ続けているうちに、自分も過去が分からない事もあり、反論したり言い訳したりするのが面倒になり、誤解されるに任せて今がある。それはMariaからも言われ続けている事柄で、中学を出てがんばっている彼女をも傷つける事だったのだ。
でも、わたしは自分が傷つくようなタマじゃないと知っている為か、容赦ないコトバを相手に浴びせてしまうようだ。ネットではわたしはさすがに営業トークだが、そのあたり、カンがするどい他の施設出身者もいて、彼らもわたしに負けず劣らずキツイ反応をする。
こうなると施設内抗争を生き抜いた者たちの繰り広げる施設間抗争の様相を呈する。女同士だから優しい関係を築けるなんて夢の又夢。施設育ちはネットの世界においても他の施設を出た施設育ちに関心が強く、そして、自分の施設の理屈を他の施設を出た人に押し付けるきらいがある。
手加減を知らない。どこまで言ったら(やったら)相手が潰れるか分からないから、潰れているのを見てはじめて潰してしまったという認識に立とうとする。だから相手を潰さないと確認できない。
でも潰される側も自分が潰れている状況が分からないから、相手がどこまでやってきても手ぬるいと感じる。手ぬるいと感じてはいるのに痛いとは感じないので、潰れたことに気付けない。
こうしてやめられない攻撃者は内部崩壊していく。そして受け手の方も納得がいかず相手を挑発し続けいつか本当に命を落とすかもしれない。挑発するにも手加減を知らない。これでは両方止まらない。
わたしがともかく驚いているのは、一般家庭の人は手加減というものを知っている事実だった。これは風聞だけど、養護施設出身者の、とくに捨てられた子は組の鉄砲玉にうってつけらしい。
ある保母は「○○クンは、いつまで経っても鉄砲玉なのよ、昇進できないのかしら?」と笑っていた。手加減を知らない、手加減を求めない、どこまでも追求せねば気がすまない施設育ち。だから○○クンは、鉄砲玉という道しか進めない。
・・・というか、そんな職業を選んでる事そのものを心配してあげた方がいいみたいよ、○○保母さん。
こういう事からも、養護施設出身者はすでに世間からかなりズレた感性を施設という世界で身に付けてしまうのだ。だからこれは自戒を込めて書いておこうと思った。
親から遺棄・放棄された子どもたちを施設内抗争から救い出してほしい。その為にも里親家庭へ早いうちに委託が進みますように。と願う。
#Aさん、以前のわたしの発言で傷つけてしまった事、反省しています。
| 養護施設を出てからの問題 | 09時13分 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑
納得したいのかもしれない
施設育ち同士のぶつかり合い、互いに納得しないものを抱えすぎていて、整理しきれなくて、しかも独特の世界観の中で生きてきたから、機能不全家庭の人に向けても仕方ないとも感じていて、
それがやはりターゲットとして施設育ちへ向かう事になる可能性はあります。
>Leiちゃんも、怒ったとき、すごく怖かったわよ。あたし、死ぬ気で向き合わなきゃ、Leiちゃんにやられると思ったもの。まあ、たったの二回しか無かったけど。覚えてないでしょ?
うん、覚えてない。でもやりかねない・・・何かしら。だから否定できない・・・むぅ。
| レイ@Maria | 2007/03/10 08:43 | URL | ≫ EDIT