発表会はパナソニックセンターで行なわれた |
スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが参加したほか、BD版の映像を手掛けたジブリ映像部の奥井敦技術部長と、エンコードを担当したパナソニック ハリウッド研究所の柏木吉一郎所次長も登壇。映像面での詳細も語られた。
さらに、マスコミ向けの完成映像試写も実施された。
■ 「僕らが作ったナウシカとはどういう映像だったのか、観たくなった」
鈴木敏夫プロデューサー |
「“ナウシカ”と言った理由は後から結びつければありますが、簡単に言えばインスピレーションです(笑)。丁度その頃、新作の『借りぐらしのアリエッティ』を作っていたのですが、アリエッティは人間の家の下で小人が生き抜くサバイバルのお話。ナウシカは傷ついた地球を一人で救う話。対極にありそうだけれど、“時代が必要とするキャラクターは1人なんじゃないか”と考えた」と言う。
鈴木氏と言えば、コメントにあった「ナウシカはまだ終わっていない」という言葉が印象に残る。「なぜそう言ったのか、実はあまり覚えていないんです」と笑いながらも、鈴木氏は「大きな理由としては、ナウシカの頃は映画を上映する時に、マスターネガから100本以上のフィルムを焼いていたんです。そうするとネガが痛み、最初と100本目ではだいぶ色合いが変わり、傷もついてしまう。そういう状況の中で、公開時の最初に焼いたプリントはどういう色で、どの傷があって、どの傷が無かったのか、それを再現したいと思うようになりました。単純に鮮やかな色にするというわけではなく、『公開時に僕らが作ったナウシカとは、どういう映像だったのか』を観たくなったんです」と、心境を語った。
会場には、この発表会のために作られたというメーヴェが登場 |
「ナウシカでもたとえば、セルの色を塗り忘れている部分がある。今の技術だとすぐに埋められるんですが、これどうするかという問題がある。背景があって、その上にセルを何枚も重ねて、その上にガラスを重ねて上から撮影するんですが、ガラスの押え方が悪くて(画面の)片方がボケた部分もある。今の技術だとそれも全部修正できます。しかし、それも含めて元のまま、公開当時のものが再現できないかと考えたのが今回のBDです」と、あくまで公開当時の映像にこだわった、BD制作姿勢を説明した。
メーヴェは細部まで作り込まれていた |
なお、宮崎監督に関しては、「映画は映画館で楽しめばいい」という信条で、DVDなどのパッケージをあまり重要視していないという話がある。これを想起させるエピソードとして、鈴木氏は、ナウシカが封切られてから少し後に、宮崎監督と大揉めしたという話を披露。
「公開から1カ月か2カ月たった頃、宮さん(宮崎監督)が、『今のネガを捨てよう』って言い出したんです。耳を疑いました。理由を聞くと『そろそろ映画(の上映)終わりでしょ、皆に観てもらったんだからもういいよ』と言うんです(笑)。僕は『冗談じゃない、二度と見たくないから捨てたいのかもしれないけど』と、大揉めに揉めました。それで、捨てられないように隠しておきました(笑)。隠して守ってるもの、ずいぶんあるんですよ。そのおかげで(世の中に)出せたものがいろいろある」という。
さらに鈴木氏は、「実は宮崎駿はBDをよく知らないんですよ」と苦笑いする。「VHSやβの時代はよくわかっていたんですが、LDのあたりからちょっと怪しいんです(笑)。以前、ピクサーの親分であるジョン・ラセターと一緒に、皆でご飯を食べた事があるのですが、その中でラセターが『そろそろジブリ作品もDVD化される時代だと思うけど、その時は特典としてストーリーボード(絵コンテ)をDVDの中に入れて欲しい』という話をしたんです。そんな話を1時間くらい喋ったあとで、宮さんが僕に『鈴木さん、DVDって何?』って聞くんですよ(笑)。だからDVDあたりから世の中の動向についていっていない、DVDがわからないからBDはまったくわからないと思います」と、意外な秘話を明らかにした。
MCは坂上みきさんが担当。鈴木プロデューサーから爆笑トークを引き出した |
なお、鈴木氏や宮崎監督は、自分達が生み出した作品をあまり見返したくないと折に触れて語っている。その理由を鈴木氏は、「例えば、最初にナウシカがメーヴェに乗ったシーン。そのシーンを描いたアニメーターが、出来上がったものを持って宮さんのところに行ったら、宮さんが何も言わなかったんです。そしたらその夜、アニメーターが僕の所に来て『やめます』と言うんですよ。『良いか、悪いか何も言われなかった。必要とされていないのではないか?』って……。それで宮さんに『あのシーンどうだったの?』と聞くと、『良かったよ』と言うんですよ(笑)。なんでその時言ってくれなかったんだという話なんですが、あの人褒めるの下手なんですよ。……まあ、そういう当時あった事を、シーンごとに思い出してしまうんですね。でも、今回2人で見返して、『こんなんだっけ』って宮さん言ってました。覚えてないんですよ(笑)。映画はやっぱり、完成したらお客さんのものですよ」
■ BDのパッケージデザインがシンプルな理由
今回のBD版には、パッケージにも特徴がある。メーヴェに乗ったナウシカのシルエットのみを使った、シンプルなデザインを採用している。かなり思い切ったデザインに感じられるが、これにも狙いがあると鈴木氏は言う。
ナウシカBDのパッケージ。シンプルなデザインが特徴だ | 封入特典として、'84年に作られた「『風の谷のナウシカ』GUIDE BOOK」の復刻保存版ミニ本(9×6.5cm/縦×横)も同梱する |
「ディズニーさんの方から(今のとは違う)イメージが来たんですが、それが酷かったんですよ(笑)。BDの中身は当時を再現したとはいえ、気分は一新して、新鮮に見せたかった。そこで、よく知ってる小松くんという人に頼んで、新しくデザインしてもらったのですが、完成したものを見てド肝を抜かれました(笑)。(これで行くかどうか)本当のことを言うと迷った。でも、僕にとって重要なのは、“そのパッケージを見た時に、宮さんが喜ぶかどうかを考える事”なので、それで判断しました」という。ただ、これは鈴木氏が考える“宮崎監督の反応”のようで、実はこのパッケージをまだ監督自身には見せていないという。鈴木氏は「出来上がった時に何言われるかわかんないですよ」と笑う。
庵野監督との思い出を語る鈴木プロデューサー |
庵野氏との交流について鈴木氏は、「彼がボストンバック1つで上京した頃からの知り合いで、今でもたまに話します。それで、このあいだラジオ番組の中で喋った時のが面白かったので、(BDに)収録してみようかなという話になりました」と説明。
なお、ラジオ収録の際は庵野監督の代表作である「エヴァンゲリオン」をちゃんと観た事がなかったと言う鈴木氏。しかし、ラジオ収録後にエヴァを鑑賞し、“あること”に気付いたという。「それは“エヴァンゲリオンは巨神兵なんだ”という事です。『なんだ、お前、巨神兵でエヴァンゲリオン作ってるじゃん』と今度会ったら言おうと思います(笑)。最初にやった仕事から随分経って、今彼は50歳になりましたが、まだ巨神兵に取り憑かれているという事がわかりました。その時(ナウシカで巨神兵を描いた時)は軽い気持ちでやるけど、それが一生支配する。人間て恐ろしいですね。死んだ時はお墓の裏に巨神兵って書きますよ(笑)」と鈴木氏ならではのユーモアを交えて庵野氏を分析した。
最後に坂上さんが慌てて「借りぐらしのアリエッティ」を「借りエッティ」と略し、場内は爆笑。鈴木プロデューサーも「いいですねその略し方」と盛り上がった |
■ 当時の色を再現する
映像面の技術的な話については、ジブリ映像部の奥井敦技術部長と、エンコードを担当したパナソニック ハリウッド研究所(PHL)の柏木吉一郎所次長に、MCとして本誌AVTrendsでもお馴染み、AV評論家の本田雅一氏が加わり、3者が解説した。
ジブリ映像部の奥井敦技術部長 |
こうして作られたデジタルデータ上で、大きな傷などを修復していったわけだが、一番問題になったのが“当時の色を再現する事”だったという。「宮崎監督と鈴木プロデューサー、2人の頭の中に残っている色は2人とも違うと思うので、正解の色を見つけるためには、それを擦り合わせる必要もあります。しかし、最初に“どういう色だったのか?”を聞いてしまうと、逆にそれに縛られてしまう恐れがあったので、とにかく最初はフィルム上にある情報を忠実にデジタルデータ化する事に努めました。そして一回プレビューして、意見を聞くという形にしました」(奥井氏)
AV評論家の本田雅一氏 |
なお、「ポニョ」のBD版の際は、デジタルアニメの映像の硬さを“柔らかく見せつつ、甘くしない”、“甘くせずに柔らかく”という、相反するような要素を両立させるため、PHL内部で“ポニョフィルタ”と呼ばれる独自の処理を柏木氏が作成したというエピソードは、以前本田氏のコラムで紹介した通り。奥井氏によれば「ナウシカはフィルムの作品ですので、もともと柔らかさがあるんですよね。なので、それをそのまま忠実にやれば良いと考え、作業しました」という。
パナソニック ハリウッド研究所の柏木吉一郎所次長 |
フィルムの作品では、グレイン(フィルムの粒状感)も気になるところ。本田氏はナウシカのグレインについて「グレインの雰囲気が、フィルムを上映した時のような質感で残っているんです。普通、フィルムスキャンをすると、ここまで柔らかな雰囲気にならないと思うのですが、どうやったのですか?」と2人に質問する。
柏木氏によれば、スキャンした元データは完成映像よりもはるかにグレインがキツく、「粒子感と言うより、もうノイズ」と言うレベルだという。それでもフィルムで上映すると柔らかくなり、気にならなくなるとのことだが、BD化にあたっては“フィルムを上映した時のグレイン”を映像としてBDに収録する必要があり、そこが難しいポイントだったという。
実際の映像を観ながら解説 |
最後に本田氏はDVDと比べ、BDで解像度が向上する事の意義について「解像度が上がると何が違うのかとよく聞かれるんですが、硬いものと柔らかいものが描き分けられるようになるんですね。DVDでは、パキッとした映像と、ぼけた映像のどちらかしかできない。BDでは表現の幅が広くなるんです」と解説。
奥井氏は「フィルムの情報量は多すぎて、DVDには収められないんです。その情報量をクリアな状態でお届けするのは難しい事。やはり、BDというメディアで初めて実現できた事だと思います」と、完成したBD版のクオリティへの自信を滲ませた。
大のジブリファンだという柏木氏は、「原画を見ると鼻血が出そうでした」と、作業当時の感激を表現。「これを全部BDに押しこみたいなと思いました。そのためにはいくら時間がかかっても足りないと思うほどでした」と、ファンならではの溢れる熱意で作業に没頭した事を振り返った。
画面がパッケージデザインと同じ、青い表示になっているが、これがBD版のポップアップメニュー。通常映画のポップアップは本編映像に重なるように下から出てくるものが多いが、「本編映像に何かをかぶせたくない」というこだわりから、トップメニューのように全画面を覆うポップアップメニューとなっている。右はその中でチャプタを表示したところ |
完成した映像について、鈴木氏は「素晴らしい出来で、公開当時を再現するという話でしたが、公開当時のものよりちょっと良いかなと(笑)。色パカ(セルの色の塗り忘れ、塗り間違いなど)も結構あって、最初はもうそのままにしようと話していんたのですが、やっぱり少しぐらい埋めようよと、埋めたところもあります(笑)」と、笑いながら告白。
BDのターゲット層については、「まったく考えていない。どういう人が反応してくれるのか、それが楽しみです」とコメント。最後に、「公開当時、いろんな方に“鮮烈で、新鮮な映画だ”と指摘されて嬉しかった。今回観て思ったのは、それが“古びていない”という事。この映画は全編にアクションが多いのですが、真ん中だけ静かだったりと、宮さんはなんでこんな事を考えたのかな? という作りになっています。映画を作りたいと思う人に対しても、改めて参考になる作品なんじゃないかなと思います」と語り、若きクリエイター達に向けたBDである事も強調した。
なお、気になるのは「ナウシカの次のBD」だが、鈴木氏は「山田君からデジタルで作っているので、それ以降のものは比較的BD化はやりやすいと思います。アナログからBDに置き換えるのは難しいので……。難しいのをやったら、次は楽な方がいいかな? 今、奥井と相談中です(笑)。ラピュタも少し大変だと思いますが、奥井がどうしてもやりたいと言うなら、それで行こうかなとも思いますが……」とバトンタッチ。奥井氏は「発売時期と相談したいですね」と苦笑いをしていた。
■ 試写会の映像をインプレッション
最後に試写会で上映された完成映像を簡単に紹介したい。
比較はDVD版の映像となるが、まず冒頭から異なるのが単色部分のノイズ。DVDでは砂嵐の描写とは違うざわついたノイズが、ユパのマントやナウシカの顔など、単色の部分に散見されるが、BD版ではそれらが消え、非常に安定した映像になっている。
当時の映像を再現する事が念頭に置かれているため、時折現れる画面の揺れなどはそのまま残っているほか、画面の端に光が漏れているような部分も幾つか確認できた。しかし、傷やゴミはかなり減っていると感じられ、いずれも鑑賞に支障をきたす要素ではない。グレインも適度であり、クリアになったものの、ナウシカ独特の荒廃した世界の静かなトーンが良く伝わってくる。
青空や白い雲、そしてメーヴェの白いボディの発色が非常に美しく、今までのDVDやテレビ放送では観た事のないクリアさで感動的。暗部の情報量が増えたことで、腐海の奥行きが広く感じられ、ナウシカがオームの抜け殻を見つける冒頭部分でも、立体感が増したように感じる。降り積もる雪のような胞子もディティールが細かく、より幻想的だ。
腐海の描写は深海をイメージし、青い色調で統一されている。DVD版ではナウシカの青い服の輪郭に擬似輪郭やモスキートノイズが散見されたがBDでは当然皆無。腐海の黒っぽい青と、ナウシカの服の青、オームの抜け殻の透明感のある青、様々な青が的確に発色されていると感じた。
また、ナウシカの回想シーンや、バカガラス(トルメキアの巨大輸送機)のボディなどは筆やペンのタッチを活かした表現になっているが、BD版ではその線の1本1本が細かく描写されるため、輸送機の質感や重さなどがより強く伝わってくる。これはオームの固い表皮の描写でも同様だ。オームのワキワキと動く足や、後半の巨神兵など、映像的見所はまだまだ多い。発売が非常に楽しみなクオリティに仕上がっていると感じた。