一人のアナウンサーがプロレス班を離れます。
そのアナウンサーは、とにかく不器用な男でした。
普通の人が10回でできることを、
100回しなければできないぐらいの不器用でした。
ただ、その男は100回練習できる男でもありました。
怒られても、怒られても「プロレス実況」に果敢に立ち向かい、
そして、何度も強烈なKO負けを繰り返してきました。
でも、その男は不死鳥のように立ち上がり、汗をかき、手を動かし、
自分の実況ノートに注意書きを書き込んでいきました。
実況用のヘッドセットが大量の汗で、びしょ濡れになるなか、
ただひたすら、男の持てる力を結集し、
「プロレス実況」に挑んでいました。
10回実況して、10回KO負けを喫っすることもありました。
ただ、男は不屈の闘志で立ち上がり、勇気を振り絞り、
11回目の実況に猛然と挑んでいきました。
男は3歩進んで2.9歩下がることを愚直に繰り返しながら前進してきました。
プロレスラーに水を掛けられ、ボコボコに殴られたこともありました。
でも男は、マイクを離しませんでした。
不器用ですが、決して後ろを見せて逃げるようなことはしませんでした。
数え切れないほどの失敗と成長を繰り返し、
男は確かな前進を果たしました。
ある時から男の実況には「心」が通うようになりました。
小手先の技術はありませんが、
心の芯が太くなっていることは間違いありませんでした。
そして、ついに、プロレス班から
「あいつの実況、最近良くなってきたよね。」
この言葉を引き出せるようになりました。
男は気が付けば、プロレス班に
「なくてはならない存在」になっていました。
「中村昭治アナウンサー」にとって、旅立ち実況となる、
「7月6日後楽園ホール」
最後の実況ではありません。
あくまで旅立ち実況です。
当日は、私も耳と心を澄まして
セルリアンブルーのリングサイドで
「中村昭治アナウンサー」の旅立ち実況を聞きたいと思います。
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