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iPadで一挙に衝撃が広がりそうな電子書籍 - 大西宏

iPadを取り上げるテレビ番組が後を断ちません。その広告効果ははかりしれません。iPadの認知も理解も一気に広がり、買いたいという衝動を駆り立てているかのようです。

さらに、ソフトバンクの価格戦略が、iPadの普及を加速することは間違いありません。「革命的で魔法のようなデバイス、しかも、信じられない価格で」とソフトバンクがうたっているように、データ定額プランの基本使用料が月々2,910円とウェブ基本使用料の315円ですから、足しても月々3,225円で使い放題という料金の魅力が効いてきます。iPadそのものも支払利息がゼロ円で、3G+Wi-Fiの16GBタイプなら、月額2,430円の24回払いでiPadが手には入ります。







さて、このiPadは、デバイスとしてみれば、さすがにアップルだと言う工夫はあるとしても、かならずしも画期的とはいえません。ほとんど知られている機能をや部品をアップル流にデザインし集積させたものです。
しかしそれでも画期的なのは、デザインのよさや、体験の面白さもあるでしょうが、もっと大きいのは、インターネット利用やコンピューティングのハードルを一挙に押し下げてしまったことです。

そして、iPadのキラーコンテンツは人によっては違いますが、最大のものは電子書籍です。iPadの魅力について報道が行ったさまざまなアンケートを見ていると、やはり電子書籍に関心がもっとも高くなっています。このところ、インターネットにさほど関心がない、パソコンは苦手という、思わない人からも、電子書籍について、どうなのかという質問を受けることが増えてきました。あきらかにiPad効果です。

このiPadフィーバーとも言える人気で、これまで腰の重かった出版業界も、今年は、電子書籍の元年だと、電子書籍をめぐっての動きが急になってきました。国内の主な出版社31社でつくる日本電子書籍出版社協会も、この秋から、電子書籍約1万点を、iPadで販売するそうです。

リスクを負うのは苦手、最初の一歩は踏み出さない、しかしビジネスチャンスが見えると、そこに殺到する日本のビジネスの風土を考えると、それが、予想以上の大きな流れを生み出してくることもありえるし、また期待したいところです。

iPad向けに出版しようという動きだけでなく、ソニーやKDDI、凸版、朝日新聞などが共同で電子書籍出版のプラットフォームをつくろうという動きもでてきました。
「電子書籍のオープンプラットフォーム構築へ」 ソニー、KDDI、凸版、朝日新聞が新会社 iPad、Kindle対応の可能性も


いったん日本からは撤退し、米国だけで電子書籍リーダーを展開しているSONYが日本市場でも売り出す動きの一貫でしょうし、さらにグーグルのアンドロイドOS搭載”iPad”,タブレット型パソコンがおそらくそう遠くない時期に日本にも姿を現してきます。そういった競争が始まれば、さらに市場は勢いがつきます。

おそらく、ソフトバンクの思い切った価格戦略は、もちろん孫社長の情報通信革命への熱い想いもあるとしても、そういった競争を見越して、一挙にiPadの普及を進め、ブランドとして揺ぎ無い地位を確立しておこうというマーケティングの意図もあるものと思います。ハードルを最初から取り除き、一挙に普及させようとするソフトバンクの戦略はマーケティングとしては理にかなっています。

さて電子書籍は、iPad向けのアプリケーションで新しいビジネスチャンスが広がるのとは違い、これまでの書籍を取り巻くビジネスを大きく塗り替えてしまいます。だから、その衝撃も大きいことは言うまでもありません。電子書籍は、紙や印刷がなくなり、これまでの紙と印刷による書籍を流通させるしくみが、インターネットに変わってしまうわけですから。

そして、電子書籍が増えてくると、電子書籍を売るストアの魅力もあがります。例えば、アップルストアが扱う書籍のタイトル数が増えれば、魅力もあがり、売上げも上がります。
売れる実績がでれば、さらにそこにコンテンツが殺到し、また売れるようになり、iPadのようなリーダーもさらに売れます。こちらは善循環のメカニズムが働き始めます。

しかし電子書籍が売れれば売れるほど、これまでの紙と印刷と書籍店のビジネスの売上げは当然、徐々にであれ減ってきます。売上げが減少するだけでなく、ただでさえ、紙と印刷の出版のビジネスは、返本のロスを新刊の売上げでカバーするという、きわどい自転車操業状態であり、ビジネス規模が縮小すると、それが成り立たなくなるという地獄のような悪循環が待っています。

だから、ビジネスモデルの塗り替えをめぐって、より有利な条件をアップルやアマゾンという電子書籍の流通のプラットフォームを持つところと、出版社、また作者の間のせめぎあいも起こってきます。

さて、ほんとうに電子書籍は伸びるのでしょうか。読書の好きな人の中には、紙やインクの匂い、表紙の手触り、ページをめくっていくなかで得られる作品の世界との一体感に価値があるので、電子書籍には、そういった価値がなく、受付けられないという人も多いことは事実ですが、きっとそういう人もやがて電子書籍を読むことになじむ時代がやってくると思っています。

いくつかの理由があります。もっとも重要なことは、書籍と言っても、装丁も含めた本そのものに値打ちのあるもの、手触りを楽しみ、蔵書として、所有することにも価値のある書籍と、一度読めればいいというもの、消費する価値のほうが高い書籍、また資料として残しておきたいけれど、とくに手触りはいらない、便利に利用できればいいという書籍、つまり資料価値のある書籍など購入する目的によって違います。
しかも、現在、書籍で流通しているのは、消費価値、資料価値はあるけれど、所有すること、手触り感に価値があるものは少ないというのが現実です。だから書籍を購入しても、すぐに古本として売ってしまうということも一般的になってきました。そういった書籍は、読みたいときにすぐに安く手に入り、あとは便利に読めればいいということになってきます。価格や利便性ではこれまでの書籍は、電子書籍にはかないません。極端にいえば、紙と印刷の書籍が生き残る分野は、所有と手触りのある書籍だけでしょう。

第二は、高齢化社会が恐ろしい速度でさらに進みます。高齢化すると、視力が落ち、しだいに新聞も書籍も見えづらくなってきます。自在に拡大できる電子書籍は高齢者にとって欠かせないものになってくることは間違いありません。だからいかにデバイスを意識しないで簡単、便利に使えるか、そういった高齢者が抵抗なく利用できるユーザーインターフェイスに仕上げることができるかが重要であることはいうまでもありません。

そして、高齢者の人たちがiPadなりアンドロイドのデバイス、あるいはキンドルやソニーの書籍リーダーを持つようになると、その余波として、新聞社のビジネスも崩れます。なぜなら、今、新聞ビジネスを支えているのは圧倒的に50代以上の世代だからです。
その世代が、ニュースを読むのに、わざわざ高い料金を支払って宅配してもらわなくとも、なんら困らないことに気がつくと一気に現在の新聞のビジネスは壊れます。

第三は、書籍コンテンツがリッチ化し、また誰もが出版できるようになることで、コンテンツの充実度も、種類も幅も広がり、選択肢が増えてきます。それに新聞や雑誌も加わってきます。

ほんのパンフレット程度のものでしかないものでも、電子出版してしまうことが可能になります。素人でも、デジカメで撮った写真や、ビデオで撮った動画を挿入した書籍を出版できるようになります。きっと多くは無料に近いものになるでしょうが。
しかし、それはこれまでの紙と印刷の書籍では、出版できなかったコンテンツが生まれ、流通し、需要を掘り起こします。自費出版のみならず、旅行案内などのさまざまな案内書、料理や趣味の本、ハウツー本、いやもっと多くのジャンルの出版が広がってくるでしょう。
そうなると、電子書籍でしか読めないもの、電子書籍のなかのほうが、読みたい本があるということも起こってきます。とくにビジネス書のヘビーユーザーとしては、電子書籍のほうがはるかに使い勝手がよく、この革命は大歓迎したいところです。そして、閉塞感のある時代の空気に新しい風が吹いてくることを期待したいと思います。

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