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[19183] 【習作】最強かつ異世界っぽいもの
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:fedcd036
Date: 2010/05/30 05:54
 3月の寒空のもと男は珈琲を片手に新聞を広げニュースに目を落とす。震災に対する政府対応の悪さを批判する文面が踊っている。二ヶ月前の阪神淡路大震災。その復興は順調とは言い難いようだと、男は皮肉げな表情を浮かべる。

 新聞を読みながら珈琲を口にする男はこのカフェテラスで一種の異様さを孕んでいた。

 歩行者天国に接する街路地のテラスに座る黒のスーツに灰色のコートを羽織った大男。一人奇妙な雰囲気を纏うこの男に雑多な街並みを歩く若者たちは視線を幾度も向け、やがてそそくさと男に気づかれまいと歩いていく。

 新聞を男はテーブルの上に置くと、男は珈琲を飲み干す。中身がなくなった白と灰色のマグカップを皿の上に置くと空を見上げる。


「違うとわかっていても――懐かしいものだな」


 多彩な足音に掻き消されながら男は呟いた。

 この国を訪れる度に郷愁に襲われる。今更だなと、盟友に言われてもそれは変わらない。男の故郷に限りなく近く、限りなく遠いこの国では皮肉な笑みを浮かべざるを得ない。特に、近年それが激しくなって来た。特にこの新聞に載るようなニュースは感傷を煽り立てる。

 このニュースのような批判を男は覚えていた。当時幼く体験したという実感は殆どなく伝聞だが、それでも知っている事柄だ。

 この国は日に日に故郷に似かよっていく。まるで、男の思い出をなぞるようだ。

 だがしかしと、アルカイックスマイルを顔に張り付ける。

 一方で全く違う場所でもある。

 例えばと、男は若者たちが闊歩する歩行者天国を視界に写す。雑踏を歩く若者たちに紛れ、周囲を警戒する武装警察官。物々しい姿の彼らは若者たちを取り締まるためにこうして紛れ込んでいるわけではない。何より、人を取締るにはその武装は物騒すぎる。いつでも戦場に出られる格好だ。

 そんな彼らを街行く人々は気にもとめない。日常風景なのだ。

 このような光景、男の思い出にはありえない。このような格好をしている者たちがいれば、マスコミに批判されるのが関の山だ。だが、ここではそのよなことは馬鹿がすることとなる。

 それにしてもと、男は武装警察達を観察する。普段に比べ、筋肉が明らかに緊張している。暴漢どころか餓鬼程度の化生ならばあっさりと殺して見せる彼らが緊張しているというのはにわかに信じがたい。何かあるのだろう。

 男は手持ち無沙汰になった指で何かを操作するように空中で動かす。


「これは――なるほどな」


 何かを確認すると手を動かすのを止め、空を見上げた。

 ――そして警報音が鳴り響く。

 この平和な歩行者天国には似合わない音色だ。しかし、人々は誰一人驚かない。ああ、またかと避難を始める。中には武装警察にお疲れ様です声を掛け避難するものもいる始末。手馴れた行動に歩行者天国だけではなく男の居座るテラスからも人々が去り、地下のシェルターに避難する。

 この――魔都東京にはお似合いの光景だった。

 男の見上げていた方向からやって来たのは歪な存在だった。

 奇天烈な化物だ。産業革命により加速したオートマタ技術に悪魔召喚などの魔道の知識を足したようなその存在は、魔都東京そのものと言っても異言はないだろう。機械の腕に悪魔の翼。捻れ狂ったパイプでつながれた機関銃。こぼれ落ちるのは血とオイル。

 男はふんと、嘆息する。これが遠い昔の記憶にある故郷ならば物語に出てくる化物に過ぎない。しかし、この場ではよくある事象の一つだ。

 怪物の漆黒の翼に装着されている錆びた円筒状のジェットエンジンを点火させている。小さく音を鳴らしながらハイブリットのクリチャーはそのモノアイで周囲を確認する。歩行者天国にはもう人はあまり残っていない。

 男が化物から視線を外し周囲を見わたせば視界に入るのは逃げもしない野次馬が殆どだ。カメラを構えたバカどもや、ポケットベルで笑いながら連絡をとるアホウども。そして、例外はこの事態に駆けつけてきた武装警察と民間の処理屋。

 男が見たところ武装警察の出動状況が良くない。加えて対化生のハンターの数も少ない。武装警察の反応を考えると東京中で何かが起こっているのかもしれない。実に魔都東京らしい。倫敦に並ぶ魔都は伊達ではないということだろう。

 さてと、呟き男は何も無い空間で手を動かす。


「確かめるか」


 興味の失せた悪魔から視線を外し、東京を俯瞰する。

 衛生を使わずとも、高層ビルに登らずと、ヘリを飛ばすこともせず男は見事に東京を見渡した。


「これは、面白いことになっているな。ああ、たしか今年は1995年か。そういえば――地震だけではなかったか」


 思い浮かべる1995年。まだ幼かったが話を聞くだけでもインパクトが強かった年代。地震に地下鉄。世紀末に相応しい年だった。


「起こることは起こるか、か。この世紀末――ずいぶんと荒れそうだな」


 機械化されたガーゴイルというべき化物が男にそのカメラの瞳を合わせた。周囲を囲む武装警察や悪魔掃除屋を威嚇するように頭から飛び出たパイプから蒸気を吐き出すと、ジェットエンジンをフルスロットル。黒翼を羽ばたかせ、煙を吐き出しながら男に向かって音の壁を超え直進を開始した。

 東京の状況の確認を終えた男は己に向かって一直線に突撃を敢行するガーゴイルに一瞥を与えただけで、テラスから去ることを決め立ち上がり歩き出す。テーブルの上に珈琲代を置いておくことも忘れない。このガーゴイルの行動で店があれることも考え色もつけておく。

 路上に出た男に対して、音速を超え、人間の感覚における一瞬で男の目前に現れたはずの機械仕掛けの悪魔は男に触れる前に歩道に見えない何かによって叩きつけられた。

 飛び散るオイルと火花。黒き血は飛び散り、パイプはプレスされて鉄板のようだ。何よりこの化物を中心に巨大な拳に殴られたような跡が歩道には残っていた。その場を見ることもせず男は歩き去っていく。途中思い出したように右の手のひらを広げる。

 飛び散る火花はオイルに引火し、悪魔の血液は毒の霧として街に広がろうし――男が手に平を閉じるとともにその空間がえぐり取られた。

 何かが潰れ、消滅する音が何処か別の次元で鳴り響く。

 そして、抉られた空間に粉々にすりつぶされた鉄と肉片がこぼれ落ちた。

 街中を走り回る武装警察達を尻目に男はコートを揺らし歩いていく。今回現れた悪魔はあの一体だけではない。男は面倒事に関わる気はなかった。





     東京1995(1)






「ああ……――ッ」


 八咫高校の紺のブレザーを着た男子生徒が泣き崩れる。

 わかってはいた。工学博士の父に魔道に傾倒した優秀な弟。二人が常に亡くなった母に対して罪悪感を抱き、何か含もことがあることは知っていた。そして、自分がそのことに何の役にも立たない平凡な高校生であることも理解していた。

 だからこそ、テレビのニュースで普段通りに放送される都内の事件によって泣いてしまった。

 山本直樹が父の書斎で発見した機械人形の設計図と弟が忘れていった召喚の儀式の資料。その二つは三二インチのブラウン管に映る怪物と明瞭に繋がるものだった。

 魔都と評される東京ではよくある魔道絡みの事件。この資料はそれに家族が関わっていることを明確に表わす十分な証拠でしかない。

 ニュースが容赦なく事件について語っている。東京の各所にあらわれた化物はとある宗教団体が関わっているのではないかと推定されていると大学の魔道学科の教授が喋っている。なんでも、二ヶ月ほど目にも似たモンスターは確認されたという話だ。

 宗教団体という言葉に、正樹の顔が更に歪む。思い当たる節がった。母を失ってから弟が魔道にのめり込みだし、父が黙ってそれを許容した時のことだ。魔道を学ぶために弟がとった手段は宗教だった。

 それも新興宗教。名は確か――アペルフ。正樹も一度その教徒と思わしき人物にあったことがある。霧が掛かったように思い出せないが、黒い男だった。

 父と弟はきっと彼と共にいるのだろうという奇妙な確信が正樹の胸の中に沸き上がる。理由はない。ただ、そんな気がするのだ。そして、どうしてその場に己が居ないのかという疑念が溢れかえってきた。

 自分たちは家族ではなかったのか。母を失ってから三人で生きてきたのではないのか。何でもこなす優秀な弟や、専門家の父のように知識を持たないから家族と離れることになったのか。どうして、どうしてだ。

 そんな家族に対する思いが心で踊っているが、脳は冷静に違うことを指摘する。父と弟は馬鹿だ。こんな大それた事をやらかせば警察どころか名高きハンターやスイーパーに、やがては陰陽寮の連中まで動き出す。そうなってしまえば勝てるわけがない。

 ましてや、どうして普通に生きている人たちを害せねばならないのか。モラルや倫理はどうしたのだ。

 東京は魔都だ。しかし、だからといって最低限のルールはある。日本という国の都道府県の一つである以上法律だって適用される。なのにどうしてこんなことを。母さんだって人に迷惑を掛けるなと口を酸っぱくして言っていたじゃないか。

 家族としての想いと、人としてのモラルが正樹の中でぐちゃぐちゃに混ざり合いどうすればいいのかわからなくなる。


「どうしてだよ、畜生っ。何が、なんだよ! わかんねぇよ。なんだよ。俺はそんなに役立たずかよ。くそッ。こんなことしたって、何にもなんねぇだろッ!」


 手近に在ったリモコンをテレビに投げつける。ディスプレイは割れ、歪になった画面でニュースは続いていた。


「本当に――なんだよ。わかんねぇよ。どうしてだよ、父さん、直茂。なに……してんだよ……。意味わかんねぇよ」


 現実が理解できない。現実を理解したくない。もうどうにもならない何かが正樹の中でとぐろを巻いて渦巻いている。

 憎たらしいニュースは止めどなく流れ、殺したくなるくらい冷静なコメンテーターの言葉。やがて、普段どおりの東京として扱われるこの物騒なニュース。物騒なのは世界中どこにいってもそうかと思わず泣きながら笑いそうになる。だが、そんな事の加害者や被害者になるのは本当に世界から見たら一部に過ぎない。

 それに自分が関わっているというのはひどく滑稽だ。

 くだらないことを考え、一瞬現実を忘れるも、直ぐに現実居引き戻される。

 現実に引き戻したのは電話だった。

 取る気にならない。ジリリと鳴り続ける電話。やがて、留守番電話に切り替わる。


『正樹。今の私はかろうじて正気だ。直茂はもうだめだろう。もしかしたら、私も駄目なのかもしれない。しかし、正気だと信じて一つ話す。手紙をサイドボードの上に置いておいた。それを読んで欲しい』
 父の声だ。駄目とは、なんだ?

『……いや、まて。だが、しかし。直茂と私は、求めるものにあと一歩でたどり着く。では、正樹はどうなる? ああいや。そんな。わからない。これは保険なのだ』


 父、直樹の調子が明らかにおかしい。言葉が支離滅裂になっている。


「とう、さん?」

『ははは。私の作品はすばらしい! 間違いない! 私の技術は群を抜いている! あの人もそう言っていた! 幸恵! 待っていてくれ――』

『電話かい、父さん? 相手は――兄さんか。まったく、父さんは仕方がないな。ん? これ留守電か。なら僕からも兄さんに向けて一言。母さんは帰って来るよ。僕たちは忙しいからね。ああ、そうだ決行日は3月20日だよ。覚えておいてね。じゃあ、兄さん。その日に家族で会おう』


 ガチャリと途切れる留守番電話。父が狂ったように喋りだしてから途中、弟直茂に相手が変わった。


「何だよ。いったい、なんなんだよ。母さんが帰ってくるって、なんなんだよ」


 死者蘇生の呪法は話に聞くことがある。ほとんど与太話だ。それは人が死んだ直後であり、肉体と霊魂に欠損がない場合のみあまりに高額な金額ですることができるものだ。それに、死者蘇生は禁術だとも聞く。

 だが、とにかく正樹にはすることが見つかった。手紙を読まなければならない。



▲▼▲▼▲▼▲▼



 簡素な事務所の一室で、仮面の道化師がティーポットで紅茶を注ぐ。道化師は二人分の紅茶を入れると満足し、一杯の紅茶をコートの偉丈夫の前に差し出した。

 道化師は自ら入れた紅茶の香りを楽しむと仮面で隠されていない口を開く。


「ミスタ・カズヤ。ご機嫌はいかがでしょうか」

「貴様にその名で呼ばれる謂れはないぞ、道化」

「ああ、気に入りませんか? いやはや、久しぶりに会いにやってきた同士に対して手厳しいですな、ミスタ・ザラスシュトラ」

「ふん、俺は貴様に同士と呼ばれると虫酸が走る」

「嫌われたものだ。私は閣下を敬愛しているのですが」

「ハ、黙れよ――N。貴様は全てを嘲笑っているだけだろう」


 灰色のコートの男ザラスシュトラ、いや、中川一哉は目前で紅茶を啜る道化師を心底消滅ささてやろうかと思案するが、直ぐその考えを放棄する。それは無意味だ。道化師Nは無限の顔を持つ。その一つを排除したところで何も変わらない。それどころか、酷くなるだろう。

 この道化師の仮面は少なくとも今は協力的だ。他の顔が協力的とは限らないのだ。


「さて、副首領閣下」


 道化が紅茶を置き言葉を転がした。


「我らの首領閣下が最終段階に入りすでに五年と八ヶ月。貴方残りの四年と四ヶ月をどう過ごすおつもりで?」

「どう、だと?」

「待ちどうしいのでしょう? 故にこの国に居られる」

「貴様の知ったことか。俺は俺が思ったとおりに動くのみだ。あの日より長きにわたってそうしてきた」


 道化師はその白い手袋をつけた手で拍手を捧げる。


「いやはや、正しくその通り。他の者共は悩んでばかりだが貴方は違う。天界の門が開くときもそのままなのでしょうな」

「当然だ。千年も前から確定していたことだ。貴様こそどうするのだ、道化」


 おや、と仮面の下の顔を真実驚いたように道化師は動かした。全てを嘲笑う道化師が本当に驚いたのは、道化師がこの世界に切り離されて以来初めてと言ってもいい。


「まさかまさか、閣下からそのような言葉が飛び出すとは。まさしく世も末ですな」

「はン、切り離された貴様が今一度繋がるとは思えなくてな。まして、それが原因で俺の邪魔をされてはかなわん」

「くはは。そのようなご心配をしているとは。何、こちらとしては私に喧嘩を売るのも一興と思っているのですがね」


 自らと戦うなど最高ではありませんかと、ほざく道化師の言葉に対し、道化師が注いだ紅茶を口にした。冷めかかった紅茶は美味しくはない。

 一哉にとって瞬きをするようにやってくるのであろう四年と四ヶ月後。己の本会を果たしたときにどうなるかを想像しようとし、くだらなさ過ぎて辞める。それは郷愁でもなく、ただの妄想だ。面白くもない。

 そんな一哉を見、満足した道化は話題を変える。


「なかなか面白い会話も出来たことですし、今について話をしましょうか」

「今、か」

「はい。実際のところ、どうするのです? あの試作機を破壊したのは閣下でありますからね。こちらの者共は血眼になって貴方を探しているようですが」

「貴様が関わっているのか、あのハイブリットに」

「はい。ダークワンと共に手を貸おります」


 スタンスはいつだって変わらない。そんな事、言わずとも分かっているだろうと一哉は道化師を見下した。

 道化師は口元に嘲笑を貼りつけると、いやはやと手で顎を撫でる。


「貴方様が関わるということは、ああ――これは困った、台無しだ! 大惨事になりかねない。いやはや、弱った弱った」


 全く困っていない口調で道化は囀った。


「ふん、貴様が関わったことで大惨事にならなかったことがあるのか?」

「それは――そうですな」


 道化は己を嘲笑する。全くもってその通り。

 はて、と道化は今度は己ではない目前の男を嘲笑う。


「くふ。して、本当にいつも通りなのでしょうか、ミスタ一哉。閣下、貴方はこの国を重ねてしまうのでしょう?」


 本当に消滅させたくなる道化師だ。このトリックスターはこの世の全てを嘲笑っている。

 言いたいことを言ったのであろう道化師は、冷たくなった残りの紅茶を飲み干すと、ソファーから立ち上がった。ステッキを袖から出現させる、一哉に向け一礼をする。


「では、ミスタ・ザラスシュトラ。地下にはお気をつけて」


 そう言ってその場から消失した。

 一哉は消え去った道化を追うこともせず、目を瞑る。遠い昔を思い出す。そのころは今と違いまだ、記憶の保持などは意識的にできていなかった。だからこそ思い出すという行為をしなくてはならない。

 1995年。あの年は世紀末に相応しい年だった。地震が起こり、テロが起こった。地震はすでに起こっている。ならば、次に起こるのはテロだ。

 もっとも、同じような歴史を辿ろうとも、同じように起きることはない。それは実感を持って知っている。二ヶ月前の地震もそうだ。世間一般にはただの震災として伝えてあるが、あれは人災だ。警察のデータベースにはそのことが克明に記されている。侵入し覗きみたわけではないため、完全に知っているわけではない。配下に調べさせた限りでは儀式だった報告されている。

 だからこそ実感する。

 ――ここは限りなく近く、限りなく遠い世界なのだ。

 一哉――ザラスシュトラはシニカルな笑みを浮かべた。とはいえ、己がかつて居た場所でもそうではないという保証はどこにもない。ただ、少なくともこの世界のように混沌とはしていなかった。



▲▼▲▼▲▼▲▼



 正樹は手紙を熟読し、その手紙に書かれた連絡先にアポをとった。その相手は父の研究のパトロンの会社らしい。外資の商社がどうして、ロボット工学の博士である父に資金を提供していたのかは正樹にはわからなかった。

 とはいえ、手紙にはそこの支社長を頼れと記されていた。正直、頼れと言われても連絡すら届くか怪しいと思いながらの電話だった。

 現実を忘れるような正樹の熱意が伝わったのかどうか怪しいところだが、拍子抜けするほどあっさりとアポイントメントはとれた。

 あってもらえる日は次の日と言われ、正樹は一晩、眠れぬ夜を過ごしこうして朝日を拝んでいる。心の折り合いはまったくつかない。家族に役立たずと捨てられたのか考えれば、弟の優秀さにコンプレックスが刺激され、馬鹿な事をと思えば家族が心配になる。

 心中はどこまでもはちゃめちゃだ。

 だが、そのままではいられない。会ってもらえるというのに失礼な服装はできないと、朝日が出て直ぐにシャワーを浴び、高校のブレザーに着替えた。

 そして、そのまま落ち着くことも出来ず、支持された場所に向かい――すでに二時間。

 馬鹿だなと自嘲する。いくらじっとしていることが出来ないとはいえ二時間も早く待ち合わせに来る馬鹿がどこにいるのだろうか。まるで、デートの待ち合わせを気にしすぎた中学生だ。

 一通りの中一人待つ正樹に近づいてくる、外人に気づく。


「貴方が、山本正樹様ですね」

「あなたが、その?」

「はい、マスターより貴方を迎えに行くように命じられたクリスと申します」


 日本語が妙にうまい作り物じみた女性だった。父が作った機械人形を連想させる。パンツスーツに身を包んだクリスという女性は美しいが、生物的なものを感じないように正樹には映る。その美貌も人形のようだ。彼女は人形です、と紹介されても正樹は信じてしまうだろう。

 失礼だなとは思うもどうにもその認識が外せない。


「では、ついて来てください」

「あ、はい」


 正樹の了解をとるとクリスは正樹を連れ、歩き出す。

 歩きながら正樹は思考する。父について。弟に付いて。家族に付いて。自分について。いったいどうすればいいのか。いったい、今から会う人物になんと説明をすればいいのか。一先ず、手紙を渡せばいいだろう。だが、それからどうするのか。

 仮に、渡した相手が警察に話をつけるといえば一体俺はどうしたらいいのか。

 わからない。どうしたらいい。

 思考が迷宮に迷い込む。出口の光が見当たらない。いったい、どこに向かえばいいというのか。

 そうこうしている内に気がつけば、エレベーターの中に正樹は居た。クリスは正樹に対し、特に注意を払うことはない。

 エレベーターが止まる音とともに体が一瞬宙に浮く感覚に包まれる。そして、ドアが開き、クリスが歩き出すと正樹も続いた。

 大きめの一室の前でクリスが止まると、それに合わせ止まる。ここがアポをとった人物がいる場所なのだろうと、正樹は服装を一度正す。相手に与える印象は良い方が良い。これから助けを求める相手だ。失礼に当たることは出来ない。

 クリスが扉を二度叩くと声を掛ける。


「マスター、お連れいたしました」

「入れ」


 入れという声が正樹にはどこから聞こえてきたのかわからなかった。

 入った部屋にいたのは黒の高そうなスーツに身を包まれた男だ。スーツに派手さはない。ただ、高いだろうなとは容易に予想がつくシロモノだ。そして、それを着る男は日本人なのか判断に悩む。黒髪にブラウンの瞳、それに一般的な日本人に比べ彫りの深い顔立ち。だが、けして、日本人らしくないというものではない。

 この男が日本と紹介されれば、そうだろうと頷き、外人と紹介されればその背丈の大きさからも、同じように頷くだろう。


「お前が、山本直樹の息子だな?」

「は、はい」

「ふむ、まあ、座れ。珈琲と紅茶どちらがいい?」

「珈琲でお願いします」


 正樹は言われるままに座り、質問に答えてしまう。尊大さと威圧感を持つ男だ。こんな人物に正樹は初めてお目にかかった。支社長と呼ばれる人物だなとワケの分からない感想をいだいてしまう。

 クリスは珈琲を準備している。


「さて、小僧。山本博士がどうしたか、知っているな?」

「こ、これを」


 威圧感のためかどうにも上手く喋れず、懐から手紙を差し出す。気まずく視線をさまよわせると視界に入ってきたネームプレートには中川一哉と記されており日本人のようだ。

 男、一哉は手紙に視線を向け、一度頷くと手紙を正樹に返した。


「なるほど、3月20日か。まったく、どうにもこのイベントは俺を巻き込みたいらしいな。馬鹿め」


 え? と正樹は一哉の顔を見る。手紙には3月20日など記されていなかったはずだ。どうしてと思い、一哉に視線を投げかけると、ニヤリと笑われる。


「ん? ああ、3月20日がどころからでてきたのかと、聞きたいのか?」

「あ、いや、その」


 心でも読まれたのかと驚く。今の正樹の反応に日にちのことは一切なかった。


「そのことならば、気にするな。思い出の中から思い出しただけだ。存外にああも昔の事を覚えているものだな。まあ、小僧には関係ない」


 関係ないと言われ、押し黙る。


「それでだ、貴様はどうしたいのだ? 俺に何を求める? 保護して欲しいのか、ことが終わるまで。それとも、別の何かか? ちょうど、珈琲の準備も終わった。さあ、全部話してみるがいい」


 差し出された珈琲を一口飲むと、正樹は堰が壊れたように話しだした。一哉を信頼したわけではない。ただ、この超然とした男に思考の迷路の出口を求めた。



▲▼▲▼▲▼▲▼



 一哉――ザラスシュトラは少年を見つめた。昔を思い出させる少年だ。止めどない言葉で、支離滅裂になりながらも話すこの正樹という少年に、一哉はかつてを重ねてしまった。

 これはまさしく、感傷だ。この日本に滞在している事自体が感傷だというのに、優秀な弟にコンプレックスを抱いた高校生を見るハメになるとは思いもよらなかった。

 いやだからこそか、と口元に笑みを浮かべる。こんな時にこんな場所にいるのだ。そのくらいのことがあっても驚くに足りない。実際、境遇という面では一哉とは似ても似つかない。だが、弟に対する思いのみは、嫌になるほど一致していた。

 どのような人物がやって来ようとも力自体は貸して構わないと考えていただけに、この一致は笑い話だった。

 これは、郷愁そのものだ。なんとも情けない話だ。その内心は一切表に出ることはない。


「で、だ。どうしたい?」


 どうにも、この正樹という小僧は答えを持ち合わせていなようだった。故に問いただす。

 どうしたいのか。何を求めるのか。力を借り何をするのか。

 貸すことは何も問題はない。一哉は今まで様々なことに力を貸しこの日まで生きてきた。他に目立ってすることがないのだ。求められれば、結末を見届けることを対価に力を貸してきた。人種も、年齢も、人格も、性別も、人かどうかさえ問題ではなかった。多少の好みは存在はしているが力を貸してきた。

 正樹という少年は好みという意味では悪くない。弟に対するコンプレックスがどのような結末をもたらすのか興味がそそられる。

 しかし、力を貸すにしても問題がある。何をするかである。


「俺は、どうすればいい? 力を貸してくれと頼まれ、何をすればいいのだ? お前の話にはそれが抜けてる。助ければいいのか? 殺せばいいのか? 逃がせばいいのか? 俺は確かに力を貸そう。だがしかし、俺は力を貸すだけだぞ? 貸す以上のことはしない。結論はお前のものだ。俺のものではない。求めるのはお前だぞ?」


 求める答えに誘導などいうことはしない。ただ、考え、どのような行動をするかが重要なのだ。

 お前の考えを披露しろ。何を求め、どうするのかを教えてみせろ。


「俺は――おれは……」


 考えるように正樹はつぶやく。一哉に話すことによって落ち着いたのだろう。この部屋に入ってきときに比べ落ち着いていた。

 目をつぶり考えている姿を見、一哉は遠い昔を思い出す。


「俺は――止めたい。止めたいんだ、家族として」

「それが、お前の求めるものか? いいだろう、力を貸してやる。だが、俺が貸すのは力のみ。結末は自分で見つけろ。それが、俺に払うべき代価となる」


 一哉は悪魔のように笑った。






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最強ものかつ異(並行)世界召喚です。主人公は召喚されてます。迷い込みでもいいですが。
一応、主人公は一哉くんです。
書く時間がなく小説書いてなかったら書けなくなっていたのでリハビリの作品です。
合計四話の予定です。いつ完結するかわかりませんが。
ダンジョン、探索しよう! が安定して書く時間が取れるようになるのは9月以降になると思います。下手したら来年になる可能性もありますが多分9月以降です。
こんなリハビリ書いてる暇があったら書けよとか言われそうですが申し訳ない。
本当に小説の文が書けなくなっていたもので。書いてないと劣化するもんですね。


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