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[18728] 題名未定(srwα3→エヴァ)多分ネタ。
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:a627ce2f
Date: 2010/05/13 20:29
・色々やりながら4時間ほどで適当に書いた駄文です。実質2時間半くらい。
・続くかどうかすらも未定。
・国語力が低い上に初ssなのでお見苦しい点が多々あるとは思いますがご容赦ください。
・感想は何でもいいからくれるとうれしいです。酷評でもバッチコイです。
・というか酷評以外貰えると思っていません。
・αシリーズ(特に1作目)の記憶がうろ覚えもいいところなので矛盾など多々あると思いますが大宇宙のように広い心でそっと指摘してくださると助かります。
指摘された箇所は可能な限り逐次修正し、無理なところはどうにかして理屈をこじつけます。

・5/13 プロローグを改訂版に差し替え。



[18728] プロローグ〔改訂版〕
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:a627ce2f
Date: 2010/05/13 20:27
 銀河消滅の危機を回避し、まつろわぬ霊の王、霊帝ケイサル・エフェスとの決戦を制したαナンバーズ。

 その一員、エヴァンゲリオン初号機専属パイロット、碇シンジは眩い光の奔流に目を閉じ――



 目を開けると、そこはすでに初号機のコクピットではなく、それどころかラー・カイラムですらなかった。しかし全く知らない場所という訳でもなく、ところどころ記憶との差異があるもののそこは、



「……僕の、『勉強部屋』だ……」


 バルマー戦役や一年近いイカロス基地への出向、そして銀河消滅を防ぐ為のあの戦いと、あまりにも濃い体験の連続でかなり記憶からは薄れていたが、そこは確かに第2新東京市に来る以前、預けられていた叔父が与えた勉強部屋という名の離れだった。自分の姿を改めて見るとプラグスーツではなく、艦の個室内の普段着として着ていた「平常心」とプリントされたタンクトップとハーフパンツという出で立ちだった。


「使徒の精神攻撃…じゃないよな。とにかく、何か手がかりを……」


 伊達にαナンバーズで鍛えられた訳ではない。すぐに気を取り直したシンジは周囲のリアリティなどの確認、自分の精神状態のチェックを簡単に済ませ、ついでに自分の頬をつねり(思いっきり力を入れてしまい、かなり痛かった)、精神攻撃の類や夢オチという可能性を切り捨て、何故自分がここにいるのか、それがわかるものが無いだろうかと探り始め、そして何気なく見たカレンダーに絶句した。


「西暦……2014年!? 新西暦じゃない!? しかもこの暑いのに3月って!? いったい、何がどうなっているんだ……!?」


 カレンダーの示した暦が自分の知るそれと違うことに気付き、しかもその日付を裏切るような熱気に訳が分からずシンジは混乱した。


 しかしいつまでも混乱したままではいられない。シンジは時間を掛けて気持ちを落ち着かせると更に詳しく情報を集めるべく外へでた。




 「ウソだろ……」


 とりあえず色々と知ることは出来たが、それらはシンジにとって到底信じられないものだった。

 まず結論としてこの世界はシンジのいた世界でもなければ過去でもない。所謂平行世界、パラレルワールドだということ。その根拠は上げればキリが無い。

 連邦政府が無い。それぞれの国とそれらをまとめる国連という組織があるだけだ。
 コロニーが無い。宇宙開発など前世紀以来ろくに行われていない。
 外宇宙や人類以外の知生体からの侵略がない。少なくとも表向きはそうなっている。

 そう、表向きは、だ。何故それをシンジが知ること出来たのか。


「セカンド、インパクト……?」


 セカンドインパクトと言う名前自体は初めて聞いたが、よく似た言葉をシンジは知っていた。元の世界のそれはダブル・インパクトと呼ばれる隕石の落下だったが。また、後に南アタリア島に落ちた隕石――その正体は隕石などではなく異星人――ゼントラーディの戦艦であり、後にマクロスと呼ばれる機動要塞なのだが、この世界には無いようだ。
 話が逸れたが、シンジはこれが、元の世界との接点ではないかと考えていた。ただし、どちらの世界においても未曾有の大災害と呼ばれたそれはその規模、被害ともにシンジの知るそれとは桁が違いすぎたが。


「地軸がズレて南極の氷が融けた上に日本が常夏化、しかも人類の半分が死滅って……連邦政府や軍は何を……って無かったんだっけ」


 ここまで来ると笑い話としか思えないが生憎、当事者であるシンジには笑うだけの精神的余裕が無かった。


 だが。ある記録がシンジの懸念を現実にしてしまった。

 それは、セカンドインパクト後、南極へと派遣された救助隊の記録映像の中にあった紅く染まった海。その光景はシンジの記憶の中のイメージをいやが上にも思い起こさせた。
 LCL。原始地球の海水成分に酷似した、生命のスープ。ATフィールドを失い、そこに溶けていく人々。
 それはまだ、癒えない傷としてシンジの中に存在していたが、この世界における使徒の存在を証明するものでもあった。

「セカンドインパクトでこんなことが起こったってことは少なくとも使徒もいる、ってことは確定した」

 そしておそらくそれに対抗する特務機関、ネルフもある。

 最悪、ゼ・バルマリィ帝国の存在も考慮に入れたが人類が外宇宙への進出を果たしていないこの世界でその可能性は低いだろうと考えることにした。何より彼らが関わっているのであれば何がしかのアクションが起こっていなければおかしいと踏んだのだ。しかし今の世界情勢は表向き概ね平穏と言えた。


「僕は……」


 そしてシンジ自身のこと。

 この世界において碇シンジは来月から中学生になる。元の世界で言えばαナンバーズ(最初期はSDFという名称だった)に参加する一年前だ。もし使徒襲来の時期が元の世界と変わらないなら一年後、またエヴァに乗って使徒と戦うことになる。父の、そしてゼーレの思惑ともだ。

 頼りになる仲間たちはいない。連邦軍が無い以上、そこに属していた上官や兄姉のように思っていた少年少女たちも見つけようが無かった。浅間山に早乙女研究所は無く、富士の裾野の光子力研究所も、科学要塞研究所もムトロポリスも元からこの世界には無いようだった。

 同じくエヴァを駆る少女たち、姉代わりの作戦部長、その親友の怜悧な女科学者。そして第5の適格者にして最後のシ者たる少年。

 彼女たちもこの世界に来ているのだろうか。考えてもわからないし、この状況で連絡をとる手段が無い。取れたところで自分の知る彼女たちでなかった場合、誤魔化し切れる自信が無い。


「僕は……僕は、どうすればいい?」


 声に出して、呟く。脳裏には一人の男の姿があった。

 正直、苦手な部類の人物。しかし、朧気ながらも自分の父の想いを、行いを知り、果たしてこの部隊に自分は相応しいのかと悩んだとき、相談を持ちかけた人物。

 常に己が信念を貫き、ゆるぎない意思を持つ男。あの部隊にはそんな人間が何人も居たが、その中でも一線を隔す存在。

 悪を断つ剣―――ゼンガー・ゾンボルト。

 相談の末に何かを言われたわけでも、説教を食らったわけでもない。ぶちまけるように全てを話した自分に「そうか」と言い、そこから何故か剣を交えることになった。だが、その中で何かが伝わってきた。それ以来、あの最後の戦いまで何度か剣の稽古をつけてもらっただけ。だが、その姿が、その生き様がシンジの中に鮮明に焼きついた。


「僕は……」


 呟く。だがしかし、心はすでに決まっていた。
 鉄の城も、偉大な勇者も、超獣機神も、勇者の王も、イデの巨神も、そしてあの男も――ここには居ない。
 しかしそれでも、いや、だからこそ――

「僕は、悪を断つ剣になる!」


 それが、神話の始まり。
 




(あとがき)
 はい。そんなわけで改訂版です。
最初は感想掲示板で指摘された箇所を直すだけのつもりだったのですが、確認のためにちょっと調べてみたらさらに大きなミスが!
なんと、α世界にはセカンドインパクトがなかったのです!
しかも年表にはネルフの前身組織、ゲヒルンの設立が唐突に書かれていた為、シンジが使徒の存在に気付いた理由を自前で用意しなければならない状況に(泣)。
そんな訳でかなり苦しいこじつけになってしまいましたが、広い心で楽しんでいただければ幸いです。

……因みにこじつけの第2案が、
「バニシング・エンジン=S2機関」という荒唐無稽すぎる説だったりするのはここだけの話です。
……笑ってやってください(泣)



[18728] 0,5話 The Blank of a year ~シンちゃんのくろれきし~
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:5e8baee5
Date: 2010/05/12 00:02

 まずはお詫びを。感想掲示板の方で重大なミスを指摘され、修正しようと色々試行錯誤した結果、プロローグを改訂することにしました。大きな流れ自体は変えませんが、もう修正とは言えないと思うので一応。
 改定が終了次第、次の話もそれに即した形に直して投稿します。

 それまでの場繋ぎという訳でもありませんが、最初に〈プロローグ2〉として書いていたものの、感想掲示板の反応を見て「あの引きでこれ出したらヤバイだろう」と思い直し、没にしたものをちょっと直し、外伝的なものとして投稿します。
 かなり頭の悪い文なので、タイトルにあるように黒歴史として認識しつつ、作者がどれだけ可哀相な頭の持ち主か察して頂けると幸いです。

 冒頭からの長文、大変失礼しました。以下本文をどうぞ。







 決意の後、まずは身体作りと基礎トレーニングを開始し、中学に入ると同時にシンジは剣道部に入

部した。

 入ってすぐに後悔した。

 
 常夏の環境+汗だくの剣道部員たち+微妙に手入れの行き届いていない防具=壮絶な悪臭


 同じクラスの生徒に「どの部活に入るのか」と聞かれて答えた時のあの何とも言えない顔はこれの

所為か、とシンジは自分の迂闊さをかなり本気で呪った。実際、剣道部員の人数は十名弱とかなり少

ない。


「これなら空手部とかの方がよかったかも……」


 しかし自分は悪を断つ剣になると誓った身、これ位の事で意志を曲げてはならないと思い直し、練

習に打ち込んだ。

 明日からは消臭剤と芳香剤を常備しておこうと言う決意を胸に刻んで。

 因みに、シンジのそんなマメな性格が災いし、一月もしないうちに半ばマネージャーのような雑務

まで引き受ける羽目になるのは甚だ余談である。


 また、情報収集の手段として叔父にパソコンを買ってもらった。とはいえ、養育費は父が出してい

るのだからと遠慮なく最新型のものと周辺機器をごっそり買ったが。

 ここら辺、シンジの神経が図太くなっていることが如実に現れているといえよう。
 尤も、それぐらいαナンバーズに影響を受けているということかもしれない。

 とはいえ、この手のことに明るくないシンジにできたのは国連関係のホームページに申し訳程度に

記載されているネルフの名前を見つけることと、元の世界の仲間や、それに関連する組織を検索して

やはりこの世界に彼らは居ないと再確認する程度のことだけだった。


 春(あくまでも暦の上で)。

 シンジは自分の失敗を痛感していた。戦いの勘を少しでも鈍らせないためにと剣道部に入ったはい

いが、今までの相手がゼンガーや夕月京四郎といった屈指の達人ばかりだったため、中学生の剣など

見切るのは造作もなかった。自分の身体ができていないからこそ傍目にはどうにか避けている様に見

えているだろうが本人としては思い通りに動かない身体に忸怩たる思いをするばかり。
 結果として暫くは部活は注意されない程度にサボり、その分を自主トレに充てる事にした。


 夏(碇シンジの雑記より抜粋)。


 7月某日 晴れ
 うだるような暑さは変わらないが、体力がついてきたせいか或いは単に慣れただけかさほど気にな

らなくなった。軽い運動程度なら汗も出ない。夏休みに前後して自分を取り巻く環境に妙な気配を感

じるようになった。武術の達人でもなければ額に閃光が奔って相手を感じ取れる人種でもないのでは

っきりとはしないけれどネルフかチルドレンを選出する機関の人間だと思う。名前は確か……


「思い出せないからゼーレでいいや。直接は関係ないし」


 ある意味大正解。


 8月某日 晴れのち雷雨
 剣道部の合宿に参加した。何故か顧問に絶対参加するようにと仰せつかったのだが、どうやら洗濯

や食事の用意などをさせるのが目的だったらしい。
 最終日の打ち上げで酒を持ち込んだ先輩にしこたま飲まされてテンションがおかしくなり、「僕の

歌を聞けぇぇぇぇぇ!!」と音楽室から持ち出したチェロで突撃ラブハートの弾き語りをしたら何故

か皆にドン引きされた。


「声の質的にMY FRIENDSの方が良かったかな……?」


 そういう問題じゃない。


 秋。

 シンジはひとつのコペルニクス的転回(少なくとも彼自身はそう感じた)に至った。即ち、

「僕自身が強くなるより、エヴァのパワーアップをしたほうが手っ取り早いんじゃね?」

 ここに来て丸投げかよ! という声が聞こえてきそうだが、生憎それをツッコむ者は居なかった。

「マゴロクやF型装備は当然として、ゴルディオンハンマー……は駄目か。エネルギー源が全然違う

しね、アレ。せめて頭や腹辺りからビームのひとつでも出ればちょっとは違うんだろうけど、リュウ

セイ少尉も言っていたけど『スーパーロボットの癖に必殺技の無い』エヴァじゃなぁ……あ、でもエ

ヴァって確か人造人間だからしょうがないのかな? ……ふぅ、やれやれ」

 お前はエヴァをどうしたいんだ、と言う声が(以下略)


 冬。
 常夏の環境で冬というのもおかしいな、とシンジは思ったが今までの感覚で言うとこの時期は冬と

しか言いようが無いな、と思いなおした。
 そして今日もトレーニングに励む。以前のエヴァ強化案はとりあえず先送りにして、今出来る事を

やろうと言うのが結論だった。


 そうして時は流れ、二年生に進級したシンジの元に一通の手紙が届く。

 差出人は父。

 やや感慨深げに封筒を眺めながら、シンジはポツリと呟いた。

「……遂に来た。始まるんだ。僕の戦いが」

 面を上げ、遠くを見据えたシンジの表情は幾多の戦いを潜り抜けた戦士のそれだった。



[18728] 一話 シンジと髭と時々エヴァ(前) 
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:5e8baee5
Date: 2010/05/16 15:49
 進級し、中学二年生になったシンジの元に来た父からの手紙には「来い」とだけ書いてあった。

 第三新東京市という地名に首を傾げたが記憶の中の元の世界の地図と照らし合わせると元の世界の第2新東京市と一致した。リニアの路線も途中の駅の名称などに違いはあるもののほぼ同じだった。

 その日は早めに寝ることにしたが、気が昂ぶって寝付けず、なんだか遠足前の子供みたいだと苦笑した。
 シンジがこの世界に来て一年が過ぎたが色々と決めかねることも多かった。
 使徒は倒す。これは最優先事項だ。
 だが、あの自分を友と呼んだ、最後のシ者たる銀髪の少年と相対したとき、もう一度彼を殺せるだろうか?

 サードインパクト。
 回避せねばならないもの。
 それに関するゼーレの思惑も断ち切らねばならない。
 しかし、ここにもひとつ、迷いがあった。
 それは、父のことだ。
 この世界は自分が元々居た世界とは違う。
 この世界の父がサードインパクトを推し進める理由が元の世界の父のそれと違わないと誰が言えるだろう?

 そして、最大の不安。 

 この世界に仲間だった者たちは居ない。しかし、だからといって敵対した連中も居ないとは限らないのだ。世界のどこかの島には今も主の居ない機械獣の群れが眠りに着いているかもしれない。こうして寝そべっている床の下、更にその下、地の底の奥深くにはかつて地上を追われたハチュウ人類が蠢いているかもしれない。そして見上げる天井の遥か上、宇宙の彼方からこの星を目指して進む侵略者たちが居ないとも限らないのだ。

 そんなことを考えるうちにいつしか、シンジの意識は闇に呑まれていった。




 ほぼ同時刻、ネルフ本部技術部・部長執務室にて。
 二人の女性がそこにいた。

「この子が明日来るサードチルドレン……碇シンジ君ね」

 シンジのプロフィールが記された書類に目を走らせつつ、紫がかって見える黒髪の女性――作戦部長・葛城ミサトが口を開いた。


「ええ。碇司令の息子でもあるわ」


 エスコートの際は精々機嫌を損ねさせないことね、と冗談交じりに紫煙を燻らせつつ、白衣をまとった金髪――眉が黒いことからおそらく、染髪か脱色――の女性、この部屋の主でもある赤木リツコは、ミサトが目を通している書類と同じ内容――ミサトの手元にある書類はこれをプリントしたものだろう――の表示されたモニターを眺めつつ言った。


「わーかってるわよン。ってリツコォ、どったの? あんたが人のプロフィール気にするなんて」


 大学時代から続く腐れ縁から、気安い口調で問いかけるミサト。


「別に。大事なパイロットを気に掛ける位するわよ。いずれエヴァを預けるんだから」


「ふぅん……?」

 どこか納得していない表情のミサトに、いずれどころか明日にも乗せるという上の思惑を知っていながらもそのことはおくびにも出さず、そっけない風を装いリツコは答える。その視線の先、モニターは表示が切り替えられ、別のデータが表示されていた。
 それはミサトには渡していない、サードチルドレン・碇シンジに関するマルドゥック機関からの調査報告書だった。


 【碇シンジ。
 2001年6月6日生、満14歳。】

 家族構成、身辺を取り巻く環境などをはじめとした簡潔なプロフィールが記されていたが、ある時期からの報告にリツコの目は引かれた。



 【学校の成績はまずまず。中学入学に前後して自発的なトレーニングを始め、入学直後から剣道部に入部。それまであった人の目を気にするような素振りが消え、時折起こす奇行が目立つようになる。】

 その下にはその『奇行』の一部が表示されている。


 曰く、女子更衣室の覗きを扇動し、自分は何食わぬ顔で授業の準備をしていた。
 曰く、合宿の折、奇声を上げながらチェロで弾き語りをした。
 曰く、竹刀に限らず長物を持たせると性格が攻撃的になる。
 曰く、寝ぼけて居眠りを注意した教師に関節技を仕掛けた。
 曰く……。


 大小挙げればキリが無いほどだが、注目すべきはただ一点。


 中学入学を境に、碇シンジの性格が一変している

 この一言に尽きる。


 エヴァのパイロットとして、また『計画』の鍵として神の子の役割を振られた生贄の少年の変化が何を意味するのか。目の前の友人に聞けば「中学デビューに失敗したんじゃない?」と実も蓋も無い返答が帰ってくるだろう。荒事が絡まないときの彼女のがさつさとその性格によって引き起こされたあれやこれやを思い出し、リツコはこめかみを押さえた。
 しかし、いくら考えようと神ならぬ身のリツコにわかる筈もなく、諦めた様に紫煙とともに長い吐息を吐き出した。





 翌日。


「参ったな……」

 第三新東京市の中心部まであと数駅というところでリニアが停止し、非常事態宣言によって連絡を取ることもできず、シンジは悩んでいた。

「前は確か逃げ回っていたらミサトさんと合流できたんだけど、今回もそうとは言い切れないし、下手にに動いて時間をロスするのも得策じゃない……ん?」

 空を見上げてぶつぶつと呟いていると、不意に視界の端に何かを見つけた。国連軍の戦闘機だ。
 何かを投下している。ここからは細部までは見えないが、十中八九、爆弾の類だろう。

「って、のんびり観察している場合じゃないよ!」

 慌ててその場からダッシュで逃げ出すが、所詮は人間の足。あっという間もなく、着弾、爆発による衝撃波に追いつかれ、「プラトーン」のポーズで吹っ飛んだ。割と余裕があるのかもしれない。
 起き上がったシンジの視線の先では、晴れていく黒煙の中、瓦礫の中心で、全くダメージを受けた様子のない使徒がいた。

「サキエル…」

 見覚えのあるそいつの名を、我知らずシンジは呟く。だが、次の瞬間に起こったことは、シンジの理解を超えていた。

 「しょ…初号機!?」

 そう、かつての、そしてこれからの愛機(予定)の初号機が使徒と格闘戦を始めていたのだ。
 元の世界において、シンジが出撃するまで使徒と戦っていたのは綾波レイの零号機とSDFのメンバーたち、ついでに衝撃のアルベルトとかいうおっさん(しかも生身)だった。この世界に彼らがいない以上、未改修の零号機と綾波で抑えていてもらわなければならないと思っていただけに、この展開は予想外だった。

 呆然としているシンジの前に青いルノーの車体が滑り込んできた。

「碇シンジ君ね。説明はあと。乗って!」





 ルノーの車内は、重い沈黙に支配されていた。

「………」

「…………」

「……………」

「……じょ、状況の割には落ち着いてんのね。普通ならパニックのひとつでも起こしそうなものだけど」

 雰囲気に耐え切れず、ミサトが口を開く。

「はぁ。そうですか」

 対して気の抜けたような返事を返すシンジ。

「あれはね…使徒と呼ばれる人類の敵よ」

 ミサトが何か言っているようだが、シンジはそれどころではなかった。

 何故初号機が出撃しているのか、その理由を推測することで頭が一杯だった。

 色々な仮説を立てては否定してを繰り返し、3つにまで絞り込んだ。

1、初号機に乗っているのは綾波。
2、実はダミープラグが完成している。
3、実はこの世界の碇シンジはフォースチルドレンで、あの初号機にはこの世界のサードチルドレンが乗っている。もしくはその逆で、フォースチルドレン、或いは自分の知らない人間が乗っている。

 正解は1で、冷静に考えれば突っ込み所が幾らでも出て来そうなものだが、生憎シンジはテンパっていたため気付かなかった。具体的には、

(3はいやだ…。3はダメだ…。だって、僕がフォースってことは3号機に乗るわけで乗ったらバルディエルに侵食されて綾波とアスカとこの世界のサードに撃破されて、真ゲッターもないから僕オワタで………嫌だ! イヤ過ぎるよこんな未来! 折角戦う決意もして、そのための準備だってしてきたのに! あんまりだ!)

 上記の思考を延々ループしていた。


(初めてこんな目にあったとはいえ、こんな子がエヴァのパイロットとしてやっていけるのかしら)

 心ここにあらずなシンジの様子にミサトは小さくため息をつき、携帯を取り出してサードチルドレンを確保した旨を本部に伝えた。

 シンジがようやく現実に戻ってきたのは、その後、N2の衝撃で車がひっくり返ったときだった。



 カートレインでジオフロントにおりたシンジたちは見事に迷っていた。


「ごめんね、まだ慣れてなくて…確か、この辺りだったんだけど…」 

 そんなことをのたまうミサトに、シンジはやや呆れた口調で返す。

「さっき通りましたよ、ここ」

「うっ…」

 気まずげに呻くミサト。そこに、シンジのものともミサトのものとも違う、第三者の声が響いた。

「…あきれた。また迷ったのね。私達は人手もなければ、時間もないのよ」

 水着の上に直接白衣を羽織った、金髪の女性。赤木リツコだ。

「ご、ゴミン」

 冷ややかなまなざしを受けたミサトは小さくなって謝った。
 そこでリツコの視線はシンジに移る。値踏みされる……というよりモルモットを観察するような視線だったが、殺気が篭められている訳でもないので、不快ではあったが特に気にしないことにした。
 リツコは視線をミサトに戻し、確認するように問うた。

「…例の男の子ね?」

 ミサトは頷く。

「そうよ。マルドゥック機関の報告書によるサードチルドレン」

 それを聞いたシンジは可能性3が消えたことに、内心でガッツポーズをとった。
 そんなシンジの内心をよそに、リツコは再度シンジに向き直り、名乗った。

「私はE計画担当博士、赤木リツコ。よろしくね」


 リツコの案内で着いた場所は、真っ暗な空間だった。
 しかしシンジはそこが初号機のケイジであることを知っていたため、不意にライトアップされた初号機の顔を見ても驚かなかった。しかし、思うところはあったようで、

(こうしてみると……やっぱり、悪趣味だよな。デザインも、色も)

 何考えてんだお前。

 とはいえ、今でこそそうでもないが、それはSDFに参加した当初のシンジのコンプレックスのひとつでもあった。
 使徒に視覚的な威嚇が効果的とは思えないし、仮にも人類を守るものの外見がこれというのはないだろう。面構えだけなら機械獣の中に紛れていても違和感がないんじゃないだろうかとは、誰の言った言葉だったか。
 そして色。
 紫って。もっとこう、ヒーローっぽい色でも罰は当たらないだろうに。

(あとでリツコさんに強化案と一緒に出してみるか)

 そんなことを考えていたため、隣でリツコが、

「人の造りだした究極の汎用人型決戦兵器…人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。我々人類最後の切り札よ」

 とか誇らしげに言っていたのも全然聞いちゃいなかった。

 そこに、上から声が降ってくる。

「久しぶりだな、シンジ」

 仰ぎ見ると、そこには人相の悪い髭がいた。

「父さん……」

 ガラス越しとはいえ、久方ぶりに肉眼で捉えた父の姿は、元の世界で見たそれより威圧感に欠けて見えた。より正しい表現をするならば威圧的に見せようとしているように見えた、というべきだろうか。
 何故だろう、とシンジは考えた。やはり、同一人物とはいえ、別の世界の人間だからだろうか。

 いや違う。
 今まで、正確にはこの世界に来る直前まで遥かに強大な敵たちと相対してきたのだ。
 ケイサル・エフェスをはじめとして、地獄大元帥、ズ・ザンバジルなどに比べて、父はどうだ。
 常人の数倍の巨体を誇るわけでもなければ角も無い、強念動力者(サイコドライバー)のような特殊能力持ちでもない。そう、あれは――ただの、髭だ。

 いや、とシンジは再度己の考えを打ち消した。
 ただの髭などと言ってはゼンガーも認めたかの武人、バラン・ドバンに失礼だろう。目の前の髭はもっと、何と言うか、脆弱で、惰弱だ。
 つまり、まるで惰弱な髭のおっさん――略してマダオだ。
 もしくは、(M)まったくもって、(A)愛想が尽きるほどに、(D)ダメで、(A)阿呆な髭の(O)親父――略してMADAOだ。
 シンジは、何でこんなのが自分の父親なのだろうと泣きたくなった。


「……ンジ、聞いているのかシンジ!」

 自分の名を呼ぶ声に、思考の海に沈んでいたシンジの意識は現実に引き戻された。

「あ、ゴメン聞いてなかった。何? マダオ」

 シンジの態度と、聞きなれない単語にゲンドウの眉がピクリと動く。

「(マダ……何だ? まあいい)……出撃」

「それは、アレに乗って上で暴れている奴と戦えってこと?」

 シンジは確認するようにゲンドウに問いかける。

「そうだ」

「そんな! 綾波レイでさえ、シンクロには7ヶ月かかったのに! 今日来たばかりの子には無理よ」

「座っていればいいわ。それ以上は望みません」

 横ではミサトがリツコとどこかで聞いたようなやり取りをしていた。
 それを無視してゲンドウは冷たく言い放つ。 

「乗るなら早くしろ。でなけ「いいよ」……なに?」

「だから、アレに乗ればいいんでしょ? リ…赤木さん? 案内をお願いします」

「え、ええ……じゃあ、簡単なレクチャーをするからこっちに来て頂戴」



 初号機のエントリープラグ内。
 シンジは講習時にリツコから受け取ったヘッドセットを装着し、シートに体を預けていた。
 そこに通信が入った。ミサトからだ。

『ねえシンジ君? どうしてすんなりエヴァに乗ってくれたの?』

 ミサトは幾分訊きづらそうに、しかしはっきりとした声音で問うた。
 シンジはそれに、不思議そうに首を傾げた。

「ひょっとして僕、乗らないほうが良かったですか?」

 慌てた様にミサトは返す。

「そんなこと無いわ。乗ってくれたことはすごく感謝してる。ただ、こんな状況なら普通嫌がるものじゃない? だから思うのよ、どうして? って」

「僕が乗らなきゃみんな死ぬ。でも僕が乗ればほんのちょっとでも助かる可能性があるんでしょう? ならその可能性に賭けるしかないでしょう」

 シンジは穏やかな空気を纏い、ごく自然体で微笑みすら浮かべていた。それはシンジが全く気負っていない証拠でもあった。

「……それに」

 顔を伏せ、誰にも、通信機すらも拾えないほどの小声で小さく呟く。同時にシンジの浮かべていた笑みの質が変わった。しかしそれに気付く者はいない。

「……分の悪い賭けは嫌いじゃない。慣れているしね」

 猛禽のように獰猛な笑みで呟いたその言葉は、シンジにとって純然たる事実であった。
 バルマー戦役から銀河大戦まで、「地球人類に逃げ場なし」という、修羅場という言葉すら生ぬるく感じるほどの絶望的な状況の中を戦い抜いてきたのだ。
 最前線で圧倒的戦力差に苦しんだ。
 作戦成功確率が1割にも満たない作戦もあった。
 敗北は決して許されず、「安全策」と言う選択肢が最初から存在しない戦いを何度も潜り抜けた結果、碇シンジはここにいるのだ。それに比べれば相手が使徒とはいえ1対1のタイマンなど、何を恐れる必要があるのか。


『エントリープラグ挿入。第一次接続開始』

『エントリープラグ固定終了。注水開始』


 起動シークエンスが開始され、黄色いLCLがエントリープラグ内に満たされていく。

 それを見て眉をひそめたシンジに気付いたリツコが口を開いた。

『大丈夫よ。それはLCLと言って、肺まで満たすことで酸素を取り入れてくれるから、溺れる心配は無いわ』

「それはいいんですけどこの色どうにかなりません? あとできれば匂いも」

『匂いはわからないでもないけど色? どういうことかしら』

 以前レイが「血の臭いがする」と言っていたのを思いだしながらリツコが尋ねる。

「だってこの黄ばみ具合と言い、何かアレみたいじゃないですか。おしっk『我慢しなさい! 男の子でしょう!? あと黄ばみとか言うな!!』……うぅ、男女差別はんたーい」

 シンジの訴えは最後まで言い切ることなくミサトに切り捨てられた。
 全くこんなときに何を言っているのかと憤慨するミサトとリツコから隠れ、オペレーター三人組が端末経由で会話していた。

『何か一気にシリアスな空気がなくなったな』

 と、ロン毛。

『全くだな。ちょっと前まで年下のクセにカッコいいとか思った自分が恥ずかしい』

 これはメガネの言。

『緊迫感ぶち壊しですよね……』

 最後は紅一点、ショートの黒髪と童顔の、高校生でも通用しそうだがその実力は折り紙つき、赤木リツコの右腕、伊吹マヤのものだ。

 ほかの二人の扱いがぞんざいに感じるのは気のせいです。異論は認めない。

 こんな遣り取りをしながらも自分の仕事をきっちりこなしている辺りは流石としか言い様がない。
 そんな三人の端末が同時にメッセージを受信した。

「「「?」」」

 不審に思いながらもメッセージを開く。そして三人は同時に驚愕した。そこには、

『聞こえていますよ? ――SHINJI.I』

 がばっ! と音がしそうな勢いでモニターに目を移す。その中で、件の少年がにっこりと微笑みながら、ひらひらと手を振っていた。

「「「……!!」」」

 その笑みを見た瞬間、三人の背筋を言い知れない悪寒が駆け抜けた。


「じゃあ神経接続を…どうしたの? マヤ」

「いっいえ! なんでもありません! 神経接続シークエンス、開始します!」



『A10神経接続開始』

『初期コンタクト、問題なし』

『起動境界線突破。シンクロ率……48%!? …50、53…55%で安定』

『ハーモニクス、全て正常』

 リツコが感嘆の声を上げる。

「信じられないわ……初めてのシンクロでここまでの数値を叩き出すなんて」

 ミサトも歓喜と興奮を隠さず、意気揚々と指示を飛ばす。

「これならいけるわ! 発進準備!」

 発令所の熱狂とは対照的に、シンジは冷静だった。
 予想していたよりもシンクロ率が上昇しなかったが、起動は出来た訳だし、最初の出撃時よりは高い数値だったので、妥当な数値だと思うことにした。

 ひとまずの結論を出したところで、瞼を閉じ、薄く開く。
 自分の中のどこかでスイッチが切り替わり、時間の流れが緩慢になる。
 戦うことに特化して「碇シンジ」が再構築されていくような――そんな感覚。
 もちろんそれはシンジの主観であり、こうしている間も地球は変わらぬ速さで回っているし、シンジに著しい変化が起こっているわけでもない。
 およそ一年ぶりに感じるこの感覚を、心地好いと思っている自分を発見し、シンジは顔には出さず苦笑した。

 否。――この気持ちはそう、懐かしい、だ。


「かまいませんね」

「もちろんだ。使徒を倒さなければ我々に未来はない」

 ミサトさんが父と何かを話している。
 もどかしい。早く上に出してくれ。

 およそ一年ぶりのシンクロは、元通りとは言えないものの、「失った半身を取り戻した」という表現がしっくりくるもので、シンジのテンションを上げていた。
 

「エヴァンゲリオン初号機、発進!!」


 戦いが、始まる。



(あとがき)
 やっとサキエル戦終わったと思ったら、容量がプロローグの7倍弱になってて吹いた。オマエ馬鹿じゃねぇの!?
 あんまりにも長いので分割して投稿。もう眠いので続きは明日投稿します。
おやすみなさい。ぐう。



[18728] 一話 シンジと髭と時々エヴァ(後) 
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:5e8baee5
Date: 2010/05/16 23:13
※今回は、前回以上に(作者が)悪ノリしています。シリアスを期待している方、こんなのサルファシンジじゃないやい! という方は、読まないことをお勧めします。









 地上に射出された初号機=シンジは、眼前のサキエルを見据える。
 ロックを解除され、リフト・オフすると、リツコが通信を入れてきた。

「シンジ君、今は歩くことだけを考えて」

 萎えた。ぽっきり戦意をへし折られたような気分だった。

(歩けるかどうかもわからない奴を、敵の目の前に出すなよ……!)

 無論、シンジは初号機の暴走を視野に入れてのことだろうと思っていたが、それにしても前と違い、後ろにアーガマが控えているわけでもないのに作戦上不適切だろうと内心憤っていた。
 何より、自分はそのシナリオに乗る訳にはいかない。その為にも、この敵は自分の手で倒さなければならないのだ。

 とはいえ、止まったままではただの的だ。一歩、踏み出す。
 発令所には誰からともなく感嘆の声が漏れ、リツコが静かな興奮を口調に滲ませ、呟く。

「歩いたわ」

 シンジはそのまま二歩、三歩と歩く。加速をつけ、十歩目には疾走と呼べるスピードに乗っていた。

「う、お、お、おぉお、おぉぉぉぉぉぉぉぉおおぁああっ!!」

「シンジ君!? 何やってるの!?」

 ミサトが制止を呼びかけるが無視して突っ込む。
 サキエルの目(?)が瞬くように光り、光線が放たれる。シンジはそれを身をひねりながらかわしつつ、舌打ちをした。

(――っ、反応が鈍い!)

 最初はシンクロ率が低い所為かと思ったが、それを考慮に入れても遅すぎる。
 とはいえ、じっくり考えている暇はない。理由は後回しにして、シンジはサキエルに殴りかかった。
 使徒の中心部、コアに向かって吸い込まれるように放たれたその攻撃は、突如発生した紅く光る障壁――ATフィールドによって阻まれた。

「――くっ!」

 反撃に伸ばされた腕を後方に飛び退ってかわし、追撃に放たれた光線を兵装ビルの陰に入ってやり過ごした。


(――前より、堅い、か?)

 様子見とはいえ、それなりに本気の一撃を阻んだATフィールドは、以前に相対した使徒のそれよりも強固なように感じられた。なるほど、これなら碌な機動兵器の存在しないこの世界では、通用する通常兵器などN2くらいしかないだろう。それすらも足止め程度だが。
 だが、エヴァなら話は別だ。こちらのATフィールドで相手のフィールドを中和すれば多少なりとも効果はあるし、フィールド出力を上げて侵食するところまでもっていければ、こちらが圧倒的に優位に立てる。それに、攻撃力自体は以前と大差なさそうだ。

「……ん?」

 そこまで考えたところで、とある事にシンジは気付いた。

 発令所で、素人の、しかも今日始めてシンクロした少年の戦いを唖然として見ていた大人たちは、不意に初号機とシンジが不審な動きをするのを見てようやく我に返った。
 とりあえず、ミサトが声をかけた。基本的に作戦中、パイロットに声を掛けることができるのは作戦部長である彼女と技術部長であるリツコだけだからだ。

「シンジ君? どうしたの?」

 シンジはどこか固い声で、先程の突撃が何かの間違いだったのではないかと思ってしまうほどに不安そうな声音で答えた。

「あの……武器が無いみたいなんですけど。何かの間違いですよね?」

 そう。前なら武器の選択ウインドウがあったはずなのだが、それが見当らないのだ。

「あるわよ」

 失礼ね、と言わんばかりに不機嫌そうな声で答えたのはリツコだ。あからさまにほっとした様子のシンジに彼女は、更に言う。

「肩のラックに、ナイフが」

 シンジの表情が一時停止をかけたように固まった。

「そ……それだけ?」

「ええ」

「いや、ええ。じゃなくて! 他の中~遠距離戦の武器とかないんですか!? 具体的には銃とかライフルとか、飛び道具系のヤツで!!」

「無いわ」

「使えねぇ!!」

 シンジは叫んだ。思わず普段の口調も忘れて叫んだ。流石にこれは予想外だったらしい。
 しかしリツコは構わず言う。

「失礼ね。銃自体は完成しているのよ? ただ、どこかの作戦部長さんがもっと威力の高い弾を作れって言うから開発中なのよ」

「あっても使えなきゃ同じでしょうが!」

 汎用の名が泣きますよ、と半眼で返すシンジ。その言葉で発令所の人間の冷たい視線がミサトに突き刺さるが、シンジにとってそんなことはどうでもいいことだった。その程度で、人は死なないのだから。
 はあ、とため息をつき(実際はLCLの中なので出ていないのだが)、やや皮肉気にシンジは問う。

「つまり、こちらは相手と同じ土俵にも上がれないこの状況で、あの光線と手から出る光の杭だか槍だかみたいなのをなんとかして接近戦に持ち込み、勝利しろと。素人に望むことじゃないですね」

「座っていればいい。それ以上は望まん」

 先程リツコが言ったセリフを言うゲンドウ。

「座っているだけでみんなが助かるなら、父さんが座れよ、この髭! マダオ!」

(マダオってなんだー!?)

 その時、発令所の人間の心はミサトも含めてひとつになった。

「やってやる……やってやるよ!! 後で話があるからな髭!」

 そう叫んでシンジの駆る初号機は使徒に突撃をかける。
 自棄を起こしたのかと発令所にざわめきが走る中、マヤが驚きの声を発した。

「しょ……初号機からATフィールドを確認!」

「!」

「なんですって!?」

 モニターにはサキエルから放たれた光線を弾きながら、更に加速する初号機の姿があった。
 敵の眼前に距離を詰め、迎撃の腕を自らの左腕で防ぎながらナイフをコアに突き立て……る直前、腕に鋭い痛みが走る。激痛で狙いが外れ、ナイフはコアを僅かに逸れ、黒っぽい体表に突き立った。

「ぐああああアァぁぁぁぁぁッ!?」

 予想よりもひどいダメージにシンジの口から意思に反して絶叫がこぼれる。見れば、受け止めた左腕は光のパイルに貫かれ、きれいな穴が開いていた。

「エヴァ初号機、左腕損傷、回路断線!」

「シンジ君!? 落ち着いて! それはあなたの腕じゃないのよ!」

 初号機の状態をモニターしていたマヤが叫ぶように報告し、ミサトがアドバイス……というより気休めにもならない指示を出す。当然だ。エヴァに乗ったことのないミサトには作戦は指示できても、「エヴァの戦い方」について言えることは何もない。それを言えるのは同じパイロットだけだ。

 そしてシンジは冷静だった。予想外のダメージに動揺したがすぐに持ち直し、原因を探る。

(どういうことだ……? シンクロ率が上がっていないからフィールドを侵食できないのはわかるとして、ここまでのダメージを初号機が受けるはずが……いや、待てよ?)

 そしてシンジは己が重大な勘違いをしていたことに気付いた。

(そうか……そういうことか!!)

 シンジの勘違い、それはエヴァのスペック自体に関するものだった。シンジが想定していたエヴァの装甲強度は前の世界における最終決戦時のものだったのだ(無論、フル改造済み)。無論、この初号機にS2機関が無いことは承知していたが、逆に言えばその事や戦い方に気をとられて、その他のことをすっかり忘れていたのだ。

 ちなみに話が少しずれるが、「スーパーロボット大戦α」の初号機の装甲値は1100と、スーパー系ユニットの中では低い部類に入る。。ATフィールドのおかげでさほど苦戦はしないものの、純粋な数値で言えば一部のMSよりも下と、「それってスーパーロボットとしてどうなの?」と言うレベルだ。

 そして、こう言えばあまりスパロボになじみのない読者(…いるのか?)にもわかっていただけるだろう。同作品内におけるボスボロットの装甲値は1200。つまりたった100とはいえ、初号機の装甲はボスボロットよりも脆いのだ(ちなみにサルファでは初号機1400、ボスボロット1100と、スーパー系ユニットらしい装甲を手に入れている。その代わり、運動性も35下がってスーパーロボットらしくなってしまったが)。

 更に関係ない話をすると、同じ装甲値1200の弐号機はアスカのセリフによると一万二千枚の特殊装甲が使用されているらしい。対してボスボロットはボスの設計を元に光子力研究所の三博士(もりもり、のっそり、せわしの三人。敬称略)によって建造された。ちなみに材料はスクラップ。
 しかし光子力研究所で作られたのなら超合金Z、或いはそれに準ずる金属がちょっとくらい使用されているのかと思えば、ほぼ全てただの鉄で出来ていると言うから驚きだ。リサイクルなんてレベルじゃない。

 ただの鉄(しかもスクラップ)からそこまでの装甲を持つボスボロットを作った三博士(とボス)が凄いのか、材質不明とはいえ特殊装甲を一万二千枚も使ってやっとボスボロット並というネルフの技術力がしょぼ過ぎるのか、真相はどこまでも謎だが、話を戻すとようするに、


 初 号 機 の 装 甲 は ボ ロ ッ ト 以 下 。


 しかもこの世界の技術レベルは元の世界よりも低い。EOTなど、技術の発展する要素が幾つも欠けているのだから仕方ないが、最悪、元の世界の初号機よりも装甲が薄いかもしれない。もしそうならまさに紙装甲だ。

 いきなりこの世界に飛ばされて、一年。それなりに辛い事もあったし、理不尽なこの状況を恨んだりもした。しかしそれでも弱音を吐かず、前を向いて、懸命に頑張って来たのだ。

 なのに、この状況。
 武器がない。
 装甲が紙レベル。
 今この状況で碇シンジの最大の敵は、味方であるはずのネルフだった。

 まさに理不尽ここに極まれり、だ。そりゃ弱音を吐きたくもなる。

 流石にこれはシンジもキレた。もはやパニック寸前の体でみっともなく叫ぶ。


「何だよこの装甲!? 紙でできてるんじゃないのか!? 残念兵器にも程がある!! ボロット以下とか何の冗談、とか言ってる場合じゃない! 助けてぇぇ、アストナージさあぁぁぁん!!」

 碇シンジ。この世界に来て初の弱音だった。とはいえ、しっかり使徒の光線を避け続けているのだから流石としか言いようがないが。


 それを聞いていた発令所の反応。

「……誰よ、アストナージって」

「知らないわよ……」

 自慢の技術の結晶を割とボロクソに貶され、不機嫌メーターが右肩上がりに上昇中のリツコと、武器の件で負い目があるのか、幾分肩身が狭そうなミサトがそんな遣り取りを交わし、オペレーター三人組は触らぬ神に祟りなし、と静観を決め込み、この組織のトップたる髭はと言えば。

「おい碇……本当に大丈夫か?」

「問題ない」

 と、隣に立つ老人とお決まりの会話をしていた。お前ら平和だなぁ!


 閑話休題。

 弱音を吐いたシンジは深呼吸をするように胸を上下させる。それだけで気持ちを切り替え、再度サキエルに立ち向かう。その精神力は驚嘆に値するが、それが身につくまで潜り抜けた修羅場の数を考えると、まったくもって羨ましくない。

「くそっ、やってやる! これが終わったら全員土下座+説教してとりあえず髭は殴る! ロン毛と眼鏡も殴る! マヤさん? だっけ? は泣くまでくすぐるのを止めない! 残り三人には何か精神的にキツいお仕置きをかます! やあぁってやるぜえぇぇぇぇぇ!!!」


「何で私だけそんなのなの――――――!!??」


 マヤ、絶叫。 他の連中も顔を引きつらせている。

 そこにシンジが通信を入れてきた。相変わらず使徒の攻撃をかわしながらだというのに余裕だ。

『じゃあ、泣いてもくすぐるのを止めない、にする』

「酷くなってる!?」

「あの……シンジ君? 何でそんなことするの?」

 恐る恐る、と言った感じでミサトが尋ねる。

『聞きたいですか? ていうか言わなきゃわかりませんか?』

 答えるシンジはものごっつい笑顔だ。笑顔だが、目が笑ってない。気のせいかモニターに映る使徒ですら気圧されて一歩引いたように見えた。


 滅茶苦茶怒っていらっしゃる………!!


 発令所の全員が戦慄と同時に悟った。
 やる、と。
 あのシンジは絶対に、やる気だ……!!

 いつしか戦闘の主導権は初号機に移り、距離を詰めての格闘戦に移行していた。サキエルも自分の優位な射程、即ち相手が手も足も出ず、こちらのみが攻撃を行える中距離戦に持っていこうとしているのだが、光線を放とうとする度に絶妙な攻撃が入り、中々距離を開けられずにいた。

 しかし攻めあぐねているのはシンジも同様だった。初号機の手の中にナイフはない。刃が潰れ、使い物にならなくなったので捨てたのだ。超振動で対象を切り刻むプログナイフでも、刀身の半分以上が潰されては使えない。シンジは格闘に切り替え、両手両足どころか体全体のあらゆる場所で攻撃をしていたため、手数の上で優位に立っていたが、決め手に欠け、膠着状態に陥っていた。

 この状態を打開する策は2つ。

1、わざとピンチに陥り、意図的に暴走を引き起こす。
2、一旦距離をとり、一撃必殺の大技に賭ける。

 どちらにせよ1は使えない。この戦闘は碇シンジが勝利してこそ意味があるのだ。初号機の暴走を許しては、父やゼーレの思惑に乗る事になる。それでは敗北と同じだ。どちらのシナリオも、修正不可能なまでに破壊する。そうしなければ、人類は赤い海に消えてしまうのだから。

 となれば2だ。しかし、こちらにも問題がある。徒手空拳のこの状態で初号機にそんな大技があるはずもない。だから――借り物の技を使う。
 脳裏に浮かぶのは、赤いエヴァを駆る少女がコアに眠る母の魂と邂逅して会得した技。

 前の世界で充分とはいかずとも練習して、まったく出来なかった。それを今ここで一発勝負で決める。
 自分に、できるだろうか?

 その一瞬の迷いが、致命的な隙を作った。

 頭部に衝撃。

 後方に吹っ飛ばされながらも何とか体勢を整えると、その正体を見据えた。

 サキエルの腕部、そこから伸びる光のパイルが倍の長さになっていた。

「そういえば学習、進化するんだっけ」

 時間をかけすぎたことで学習させてしまったようだ。忌々しく思いながらやっぱり自分は優柔不断だなと自嘲する。
 紙装甲は伊達ではないらしく、たったの一撃で大ダメージだ。頭は痛いし吐き気もする。
 いや、威力自体も上がっているのか。

 シンジの意識が薄れ――初号機が、覚醒した。

「頭部破損、損害不明!」

 ロン毛が叫ぶ。

「状況はっ!?」

「シンクログラフ反転、パルスが逆流しています!」

「回路遮断、せき止めて!」

「駄目です! 信号拒絶、受信しません!」

「シンジ君はっ!?」

「モニター反応なし、生死不明!」

「初号機、完全に沈黙!」

「ミサト!」

 あまりにも唐突な展開に発令所はめまぐるしく動いた。しかしこれ以上はどうしようもないとエヴァ開発者としてリツコは判断し、作戦部長に決断を迫った。

「ここまでね…作戦中止! パイロットの保護を最優先に! プラグを強制射出!」

 使徒への復讐を胸に誓っているミサトとしては折角いい所まで追い込めたのに、と言う悔しさで一杯だったが、ここでエヴァを破壊されるよりはと苦渋の決断を下した。

 しかし、その決断は意味を成さなかった。

「駄目です! 完全に制御不能です!!」

「何ですってぇ!?」

 Wooooooooooooooh!!!!!

 初号機の顔、口にあたる部分のパーツがバキンと音を断て拘束具を破壊し、大きく開く。咆哮とともに初号機の目に光が宿る。

「顎部拘束具破損! 初号機、再起動!」

「そんな…動けるはずありません!」

「まさか…! 暴走!?」

 驚愕はまだ続く。初号機が左腕に力を込めたかと思うと、次の瞬間には穴どころか装甲の凹みや傷まで完全に消えていたのだ。

「勝ったな」

「ああ」

 この中でまったく動じていない冬月の言葉に同じく動じていないゲンドウが短く答える。

「左腕復元!」

「初号機がATフィールドを再展開。位相空間を中和しています!」

「いえ、侵食している…」

 エヴァの潜在能力に発令所は息を呑んだ。 


 闇の中、シンジは沈んでいく自分を感じていた。何も出来ず、ただ沈んでいくだけだった。
 不意に、自分が沈んでいく先――下のほうから何かが浮上してくるのを感じた。
 「それ」は自分とすれ違い様、何かを告げてきた。
 内容はわからない。ただ、そのニュアンスに自分は激しい反発を覚え、気がつけば「それ」を捕まえ、逆に沈めていた。

 ふざけるな。
 これは僕の戦いだ。
 後からしゃしゃり出てきて得意顔でいいとこ取りなんて――
 許されるわけ無いだろこの野郎ッ!!


 唐突に初号機がぴたりと動きを止めた。そのまま小刻みに震えながら徐々に顔を上に向け、また止まる。

 1秒。

 2秒。

 たっぷり3秒が経過したとき、それは起こった。


『ぅうおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおぉぁああアッッッ!!!!!』


 再びの咆哮。

 しかしそれは先の獣じみたものでなく、ヒトの――碇シンジの、存在と、その闘志を全てに知らしめるかのような、産声のような叫びであった。

「シンクログラフが……正常に戻っています! シンクロ率…80%を突破!? 88,4%で安定しました!」

「何!?」

「馬鹿な…」

 ゲンドウと冬月も流石にこれには驚愕を隠せずに叫ぶ。シナリオを外れつつあるというのもあるが、暴走状態から復帰すると言うのは到底信じられることではなかった。



 エントリープラグ内で、意識と初号機の制御を取り戻したシンジは先程の咆哮がウソだったかのように穏やかな顔をしていた。
 目と意識は変わらずにサキエルへ、しかし心は己と向き合っていた。

 ――怖い? もちろん。

 ――失敗? するかもしれない。

 ――でもさ。 うん、そうだよね。

 己の意識の更に底のもう一人のシンジ。彼の問いは自分の迷いであり、己の答えは彼の確信でもあった。
 そして二人のシンジは同じ言葉をつむぎだす。

「『この程度、今までに比べたらなんでもない』」


「――ふ」

 現実のシンジの口から呼気が漏れる。

「ふ、ふふ、ふっふっふっふふふふふふふふふふふふふふふうっふふふふふうふうはあはっはっはあはっはっははははははははははははははははははははははははあっはあっはははっははははははあはははあっははっははははははははは―――――――ッ!!!!!!」

 呼気が連なり、音となり、それはやがて笑いとなる。

 そうだ。
 忘れていた。
 この程度のピンチならそれこそ数え切れないくらい経験してきた。
 もちろん、それらを切り抜けられたのは仲間たちがいたから、いてくれたからだ。
 自分の力なんて、それこそちっぽけで、大したものじゃない。
 それでも、護りたい世界(もの)が、譲れない意地(ねがい)があるから、最後まで戦い続ける事ができた。そして僕はあの時、誓ったんじゃないか!

 ――僕は、悪を断つ剣になる!

 今の自分にはまだそれを名乗る資格がない、あまりにも、未熟すぎて。

 それでも、たったそれだけのことで。
 世界が拡張されていく。知覚が、身体が周囲と混じり合い、世界(ぼく)が僕(せかい)になる!

 そうして改めて思う。やはり彼女は天才だと。自分は以前誰かに「エヴァに乗るために生まれてきた子」といわれたが、ならば彼女は「エヴァで戦うために生まれてきた子」だ。

 確かにシンクロ率は自分のほうが高く、上下の幅も少ない。しかし彼女はたった一度のコアに封じられた魂との邂逅でATフィールドを自在に操ってみせたではないか。

 ある程度の操作ならば自分も出来るが、攻撃転化はサードインパクトの依りしろとさせられたことでATフィールドを多少(全てを理解できるものではない)理解しても出来なかったものだ。正直、今の自分でも成功率は1割程度、いや、それ以下だろう。
 それでも、今までやってきたものに比べれば遥かに高い。

 イメージは、2つ。

 自分はATフィールドをそのまま攻撃に使うことができない。ならばどうするか。ATフィールドで武器を創ればいい。そしてシンジの場合そのイメージは「剣」だった。
 ATフィールドはヒトのこころのカタチそのもの。ただ剣をイメージするのではなく、心を剣にするイメージ、シンジ自身が剣になるイメージだ。

 そして補助的なイメージとして想いを乗せる。自分には超能力も念動力もないけれど、それでも、想いが力になることを、本当の無限力たる、心の力を知っているから。

 脳裏に浮かぶのは、元の世界、屈指のサイコドライバー。


 ――破を念じて…刃となれ!!


 心を刀身に、想いを刃に変え、果たしてそこに、初号機の手の中に薄紅に輝く光の剣があった。ディテールなど存在しないに等しいそれは剣というよりも、細く、薄い板のように見えるが、その剣はシンジ自身でもあるのだ。ならばそれは碇シンジが未だ極限まで鍛え、高められた「真打」と呼ばれる一振りに達していないということだろう。


 改めてサキエルと対峙する。

 こちらのATフィールドは剣につぎ込んでしまっている。

 装甲は紙のように脆く、あと一度でも喰らえばお終いだ。

 故に、先手必勝。最速の一撃でヤツを倒す!


 初号機が先手を仕掛ける。一気に距離を詰め、間合いに入る。

 サキエルの光のパイルが右から、一拍おいて左からも繰り出される。
 初撃を横にずれてかわし、襲い来る二撃目を上体を沈めて回避。僅かに当たり、頭部の装甲が削れたが問題はない。
 溜めた力を解き放つように、上体を起こしざま、逆袈裟に…斬りつける!


 きいいぃぃぃぃぃぃ………ん


 高く澄んだ、涼やかなその音色がいったい何の音なのか。
 それが、初号機の持っていた剣が使徒を切り裂いた音だと皆が気付いたのは、両断された使徒が光の十字架となって消滅した後のことだった。


「……パターン青、消失…しました」

 誰もが呆然としている中、何とか報告をしたロン毛。

 やがて、誰からともなく歓声が上がり、発令所が熱狂の渦に飲み込まれる中、ゲンドウ、冬月、リツコの三人は息をする事も忘れたかのようにモニターに映る初号機を見つめ続けていた。




 そしてこの時、世界は碇シンジという人類を護る一振りの剣の存在を、そしてその神話の始まりを知った。








(あとがき)
 まずは一言。すんませんでしたーっ!
 寝坊に始まり、リアル用事、山のように発見された誤字脱字の修正と自業自得な理由から、気がつけばこんな時間にorz

 そして今回一番の見せ場といえば、そう!

「助けて、アストナージさん!!」

 これがやりたかった!! ……え? ええ。はい。バカですね。
 元々、プロローグを書いた後の感想掲示板の反応を見て続きを書こうと思ったときから初号機の装甲云々のネタがありまして、そこからこのせりふを言わせようと思ったわけです。……しかしバトルって難しい。次はもうちょっとそれらしく書きたいですね。
 さて次回ですが、ぶっちゃけまだなにも考えていません。と言うのも、決まっていないことが多すぎて書きようがないのが現状です。具体的には、
・シンジの同居人
・シャムシエル戦(ルートによっては存在しない敵なので、そのまま戦わせるか、未知の使徒としてぶつけるか)
・綾波の扱い(シンジの同類にするか否か、など。そのせいでサキエル戦出番なし…不憫な子!)

 ここからは思いつき次第のんびりやっていこうかと思います。それでは。



[18728] 二話 第3使徒戦顛末記 ~あるいは罰ゲーム執行記録~
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:5e8baee5
Date: 2010/05/22 15:50
 使徒を倒し、回収されたエヴァ初号機とシンジ。エヴァは総点検に入り、シンジは回収された時こそ意識を失っていたものの、職員がLCLを吐かせる際に意識を取り戻すや否や、駆け出した。
 その報告は、初めての使徒との戦いに勝利し、どこか浮ついた空気の発令所にも届いた。

「まさか……精神汚染!?」

 リツコが科学者らしく、冷静に状況を推測する。発令所の空気は一転して重くなり、一部の者は14歳の少年に重責を押し付けた事も忘れて喜んだ自分を恥じ、自己嫌悪に陥った。
 しかし流石に、というべきか上の方の者は事態を冷静に受け止め、対処すべく動いた。

「保安部を回して捕らえろ。必要なら痛めつけても構わん」

「医療班に連絡して。麻酔薬、精神安定剤を多めに用意するよう伝えて」

 ゲンドウ、リツコはいっそ冷徹とも取れるほどに命令を下す。それに反発したのはミサトだった。

「司令!? リツコまで……いったい何を!?」


「あなたも知らないわけじゃないでしょう。エヴァによって精神汚染を受けた人間は最悪、その場で自分の命を絶つ危険性があるのよ。データが少ない以上、何とも言えないけれど、やりすぎだと感じる位で丁度いいわ」

「それは……でも!」

 なおも言い募ろうとするミサトの声をロン毛の報告が遮った。

「か…確保に向かった保安部が……ぜ、全滅しました!」

 手元のデータを見ながら冬月が唸る。

「バカな……12人もいたんだぞ!? それが3分もかからずに全滅…碇の息子は化け物か!?」

 その化け物呼ばわりした人物の父親が真横で睨んでいたが冬月は気づいていなかった。

「サードの侵攻方向を予測……予想目的地、発令所…ここです!」

「なんですってぇ!?」

「サードチルドレン、発令所直通の昇降機に移動………来ます!」

 直後、昇降機の小さな駆動音とともに、シンジは現れた。
 その表情は予想されていた狂人じみたそれではなく、いっそ爽やかささえ伺えたが、発令所の人間にはそれすらも恐ろしく思えた。
 シンジはぐるりと辺りを見回し――ゲンドウに向かって駆け出した。

 息子が飛び掛らんばかりの勢いで迫ってきているというのに、ゲンドウは冷静だった。
 伊達に学生時代、喧嘩(大抵の場合、その目つきと人相の悪さで絡まれ、性格と口の悪さで殴り合いに発展する。ほぼ完全に自業自得)慣れしていた(その結果、警察の厄介になり、現在隣に立つ老人が身元引受人として引き取りに来る羽目になったのだが)わけではない。
 大きく踏み込んだ一歩を攻撃の前兆と判断し、こちらは逆に一歩引く。あとは相手の攻撃が大きく外れ、体勢を崩したところを取り押さえればいい。

 完璧だ。

 ゲンドウはいかつい無表情の下で息子を取り押さえ、発令所の人間から尊敬の眼差しを浴びる自分を想像し、その光景に酔っていた。

 だからこそ、気付かない。シンジの目に、あきらかな理性の光と、それを塗りつぶさんばかりの怒りの色があったことに。

 そう、シンジは冷静だった。だからこそ大きく踏み出した足で床を蹴り、次の足を一歩引いただけでまだ残っていたゲンドウの膝に乗せ、勢いのままに立てた膝を髭面に向けて――叩き込む!


「しゃ…シャイニング・ウィザード……」


 呟いた言葉は誰のものであったか。そう、それはもう芸術的なまでに見事に決まったシャイニング・ウィザードがゲンドウの顔面をサングラスごと打ち砕いていた。

 そもそも考えてもみてほしい。元の世界において、民間からの協力者も多く、かなり大らかな所だったとはいえ、αナンバーズはれっきとした軍の一部隊であり、そこに所属するシンジもまたかなり特殊な扱いではあるが軍属なのだ。格闘をはじめとした体術の訓練は一通り受けているし、エヴァの操縦の特性もあって訓練の内容もかなり厳しいものになっている。しかも、死ぬ事はない&手加減されているとはいえ、武道の達人、本職の軍人、自称戦闘のプロ、元テロリスト、遺伝子操作されたコーディネイター(しかも最高クラス+種持ち)、サイボーグ、そこから更にパワーアップしたエヴォリュダーなんていうのを相手にしている時点で昔ちょっとばかりやんちゃしていた中年のおっさんに負ける要素がどこにあるだろうか。

 無論、当時に比べて身体機能は低下している。しかし、自分の体の動かし方を熟知しているという点においてシンジは一般的な中学生を凌駕しており、タイミングの難しい高威力の攻撃を放つことを可能にしていた。

 シンジはそのままゲンドウを2,3発軽く殴り、屍よろしく打ち捨てると、顔をほかの連中に向けた。

 ビクゥ!! と全員が揃って一歩後ずさるが、リツコがシンジの理性的な表情に気付き、毅然と問いかけた。

「シンジ君……あなた精神汚染されていないわね?」

 問いかけられたシンジは一瞬キョトンとした顔を見せたが、すぐに不敵な表情で笑う。

「精神汚染? なんですかそれ? 少なくとも僕はおかしくなった自覚はないですよ」

「じゃあ何で司令を…自分のお父さんにあんな事をしたのよ!!」

 状況を理解できないミサトが喚くように言う。シンジはそれにさも心外そうな表情で返した。

「何でって…さっき言ったでしょう? 殴る、って」

 にこやかに言うシンジを見て、その瞬間、意識を失っているゲンドウ以外の全員が理解した。


『くそっ、やってやる! これが終わったら全員土下座+説教してとりあえず髭は殴る! ロン毛と眼鏡も殴る! マヤさん? だっけ? は泣くまでくすぐるのを止めない! 残り三人には何か精神的にキツいお仕置きをかます! やあぁってやるぜえぇぇぇぇぇ!!!』


 先の戦いで発した、あの言葉。シンジはあれを宣言通りに実行する気なのだと。

 ロン毛と眼鏡はたった今、目の前でまざまざと見せ付けられた己の未来図に戦慄し、マヤは「ひぅっ」と小さく息を呑んで身を竦ませ、リツコ、ミサト、冬月の三人は具体的に何をされるのかが分からず、打ち消しては浮かんでくる想像に身を震わせていた。

「あ」

 不意にシンジが上げた声にすら過剰な反応をしてしまう発令所の面々(-ゲンドウ)。

 しかしシンジはそれに気付く様子も泣く、難しい顔をして唸りだした。

「しまったな……土下座と説教が先だったの、忘れてたよ……まあ、後でいいか。さて、マヤさん?」


「は、ははははいいぃぃっ!?」

 シンジの呼びかけに可哀想なくらい怯えた様子で返事をするマヤ。すでにその目尻にはうっすらと涙がたまっている。

「約束通り、くすぐりますからね。大丈夫です。痛くしませんし、恥ずかしくないようにほかの部屋で、二人きりでやりますから」

「ふえぇぇぇえぇぇぇっ!?」

 にっこりと、はちきれんばかりの笑顔で告げるシンジ。対してマヤは赤くなったり青くなったりと顔色を変えながら泣き出しそうになっている。
 そこに、空気を読まない発言をする者がいた。ミサトだ。

「あらぁ~? シンジ君、ひょっとしてマヤちゃんみたいなのがタイプ?」

 キジも鳴かずば撃たれまい。よせばいいのにそんな事を言うものだから、案の定、シンジの冷たい視線がミサトを射抜く。
 ついで、両手を肩の高さで天に向け、その肩をすくめながら首を横に振り、鼻で笑う。

 いわゆる、欧米式の『はっ、コイツ何も分かっちゃいねえよ』的なポーズに、ミサトはカチンと来た。

「なによ! そのムカつくジェスチャーは!!」

 シンジはわざとらしくため息をつき、まっすぐにミサトを見据えて口を開く。

「あなたは何も分かっちゃいない。……赤木さん?」

「え? 何かしら、シンジ君。あと私のことはリツコでいいわ」

「わかりました、リツコさん。…猫はお好きですか?」

「好きよ(0.1秒)」

 これ以上ないほどの即答を返すリツコに、若干引きながらも満足そうに頷くシンジ。

「では、想像してください。……あなたは今、とても気が立っています。無能な上司、喚くしか脳がない同僚、使えない部下、紙装甲しか開発できない自分自身。理由は何でもいいです。とにかくあなたは気が立っていて、暴れたいくらいに鬱憤がたまっている。……大丈夫ですか?」

 シンジの言葉に心当たりのある者がピクリと身じろぎする。リツコ本人も額に青筋が浮かんでいた。

 「そんなあなたの前に一匹のかわいらしい子猫がいます。こちらにお腹を見せて、遊んで欲しそうに鳴いています。手には猫じゃらし。さあこの状況で鬱憤を解消し、癒しを得るためにあなたが取る行動は?」

 リツコの顔に理解の色が浮かぶ。しかしここで再び空気を読まない発言が飛び出した。発言者は…言うまでもあるまい。

「わかった! 猫を殴る!!」

 今度はシンジとリツコ、2人から冷たい視線が突き刺さった。そのほかの連中も『うわぁ…』という顔をしている。

「バカですか?」

「ミサト……貴女、死にたいようね……」

 心底呆れた顔のシンジと、どよどよと暗いオーラを纏い、心臓の弱い人なら発作を起こしかねないほど恐ろしい形相のリツコが口々に言う。

 ミサトはこの友人が重度の猫好きだった事を今更ながらに思い出し、慌てて取り繕った。

「や、やぁ~ねぇ、冗談よ、ジョーダン」

 リツコは気をとり直したように平素の表情に戻ると、再度シンジに向き直る。

「……要するに、ささくれ立った神経を鎮める為にマヤで癒されたい。そう言う訳ね?」

「そうです」

「な、何で私なの!?」

 リツコの問いに即答するシンジに、マヤが恐る恐る問いかけた。ちなみに、「マヤに」ではなく「マヤで」という所に突っ込む者は誰もいなかった。

「ん~~、雰囲気?」

「酷い!?」

 半疑問系で答えるシンジだが、これは経験から来るれっきとした事実でもあった。
 以前所属していた部隊は個性的な面々が揃っていたが、一応常識的な人物もいた。しかし、あの面子の中では常識人や生真面目な人間など弄り倒されるか、周囲に埋没して空気になってしまうのが関の山だったが。具体的には幼少時のあだ名が「火星人」の、傍から見ていても危機感を覚える生え際の某ダイヤモンドフォース2代目隊長とか。あと自分。
 そして、目の前のマヤからもそんな彼ら彼女らに通じる雰囲気を感じ取っていたのだ。

 即ち、埋没しがちだった自分でも、この人ならば弄れる! と。

「……それに、くすぐられて悶える男なんて、見ても癒されるわけないでしょう?」

 例えばそこで伸びている髭とか、というシンジの言に、一同は悶える髭親父を想像してしまい、一斉に顔を青くした。ただ一人、顔を赤らめた科学者がいたが、蓼食う虫も好き好き、何事にも例外があるということだろう。


 わたわたしているマヤの手を引き、半ば引きずるように発令所をあとにしようとするシンジ。
 マヤは一縷の望みに縋り、全幅の信頼を置く上司に助けを求めた。

「せ、先輩っ、たすけ――」

 だが、現実は無情である。
 リツコは一瞬口を開きかけ、止まり、再度口を開く。その表情は何故かにこやかだ。

「パイロットの精神のケアは我々大人の最優先任務でもあるわ。使徒に勝利した英雄なら尚更ね。マヤ、がんばってね」


 発令所の勘のいい者たちはすぐに気が付いた。

 ―――こいつ、部下を売りやがった!?

 しかしそれを告発するものはいなかった。それによって発生するメリットに気が付いたからだ。

 もしこのままマヤが犠牲になれば、満足したシンジが制裁を行う事はないのではないか。そうでなくとも、後日に持ち越しとなり、そのままうやむやに出来る可能性もある。

 一人の犠牲(しかもくすぐり)で皆が助かるのなら、マヤには悪いが涙を飲んで諦めて貰おう――それが皆の総意だった。

 真っ先に犠牲になったゲンドウの存在が皆の記憶から抹消されているのはもはや言うまでもない。



「先輩ッ!? え、ちょ、そんな、せんぱ――」

 どこからかドナドナが聞こえてきそうな光景の中、発令所を出る前にシンジが振り返り、告げる。

「流石に見るのはマヤさんの名誉のためにやめて欲しいんですけど、聞く位ならいいですよ」

 変な事をするつもりはありませんけど、そのほうが皆さんも安心でしょう? そう言われ、リツコがどうにか返事を返す。

「え、ええ、わかったわ」

 そうして今度こそシンジ(とマヤ)は発令所を後にした。




 ――数分後。


「…サードと伊吹二尉が部屋に入りました」


 発令所には、すっかり出歯亀集団となった連中がいた。
 こんなのが人類最後の砦たる組織の構成員、しかもエヴァンゲリオン運用に関する中核を成しているというのだから情けない。

 無駄に緊張感に包まれた発令所は、痛いほどの静寂に満ちていた。誰かがぐびり、と生唾を飲み込む音が、妙に大きく聞こえる。


『あ、あの……』

『大丈夫ですよ、くすぐるだけですから』

『………』

『……………』

『………………え、と。あのっ!』

『はい?』

『…や、やさしく、して、ね……?』


 直後。

 「うおおおおおおおおおお!!」とか、「マヤたんキタコレ!」などという男どもの声が発令所のみならず、各所で発生した。女性職員はといえばそんな彼らを冷ややかに見下すものがいる一方で、「私が代わりになりたい……」と呟くものもちらほらといた。どちらと代わりたいのかは突っ込むと怖い事になりそうなのでやめておこう。


 そして、かすかな身じろぎの音の後に、それは来た。

『んっ……』

『あっ…やぁっ、そんな、とこ………』

『やあっ、そこ、弱ぁっ、ひゃぁんっ!』


 鼻息を荒くする男ども(+ミサト)。中には若干、前屈みになっている者もいる。ただくすぐられているだけとわかっている以上、思春期の中学生でももうちょっとドライな反応をしそうなものだが、生憎そんな冷静な突込みが出来そうなのはリツコしかおらず、彼女は呆れて声も出ないといった風情でそんな彼らを見ていた。

『んっ…んん…だ、だめぇ、も、もうがまんできな、ゆっ、許して……』

『も、もう、こっ、れいじょう、されたら、おかヒく、おかひくふぅっ、なっひゃうからぁっ』

『やっ、もうやらぁ、らめ、らめにゃのぉ……っ、あっ、あ、ああっ』


 数瞬の静寂。のち、堰を切ったように溢れる―――



 爆笑。




 詳細は伊吹マヤ嬢の名誉のため伏せるが、最大音量の笑い声が轟き、響く。息が切れ、喘ぐような呼吸がだんだんと落ち着いてきたところで、またシンジが責めを再開したのだろう。再び笑い声が響く。

 そんな絶妙な責めがどれだけ続いたのだろうか。息も絶え絶えに笑うマヤの声が唐突に途切れたかと思うと、こんどは狼狽した声が発せられた。

『え!? ちょ、シ、シンジ君!? 何を―――』


 これは発令所の連中も焦った。まさかあのガキ、興奮を抑えきれず青い情動を暴走させたのではないか!?

 しかし予想に反してその後、何も聞こえてこず、更に数秒後。

『あのー、聞こえてたら誰か迎えに来てくれませんか?』

 困惑したマヤの声に一同は顔を見合わせ、ミサト、リツコ、念のために保安部の黒服2名がシンジたちの入った部屋へと向かう。

 意を決して部屋に踏み込んだ彼女たちが見たものは――




 若干衣服の乱れたマヤと、その膝を枕にして平和そうな顔で眠りこけているシンジだった。


「そういえば、回収されたときは意識を失っていたわね……」

「つまり、マヤちゃん弄り倒して、気が緩んだところで疲労やその他が一気にきてバタンキュー、ってこと?」

「そういうことでしょうね」

 先程まで使徒とぎりぎりの命のやりとりを行い、発令所を恐怖に陥れた少年と同一人物とは思えないほど、あどけない寝顔を無防備にさらすシンジに、リツコとミサトは苦笑した。

 その後、シンジは検査のため病院へ。マヤは後日簡単な報告書を作成、提出する事で今日の業務を休む事を許可された。とはいえ、あと数時間で「今日」が終わるため、明日という事になるのだが。



 後に、伊吹マヤ二尉はこのように述解する。


『あぶなかったです。もうちょっとで許しそうに……ナンデモナイデス。』


 果たして、「ナニを」許しそうになったのか。それは本人のみぞ知る事である。








 ちなみに。
 後日ほとんどの記憶がとんでいるシンジによって髭をはじめとした男連中に鉄拳が突き刺さったのは…まあ、どうでもいい話である。

 なお、精神的にきついお仕置きの内容は、反省文原稿用紙30枚以上(ただし全てひらがな&手書き。誤字脱字があった場合、最初から全てやり直し。代筆防止のためMAGIによる筆跡鑑定実施)、もしくは正座して水を満たしたバケツの水面を見ながら自分のダメなところを1日中挙げ続ける、という、地味にきついものであった。









(あとがき)
 勢いで前回を書き上げた自分を呪いたい気持ちで一杯です。凰雅です。
 くすぐりシーンが気恥ずかしくて書けず、「何でこんなこと書く羽目になったんだ!!」と叫べばそれはもう間違いなく自分のせいなわけで。
 何回も書き直し、「もうこれでいいや」と眠いときのテンションに身を任せて書いた今回は、おそらく誤字脱字を指摘されても直しません。素の状態でこれ読んだらたぶん私は衝動的に空を飛びたくなるor首を吊りたくなるので。
 次回はおそらく綾波との対面になるかと思います。バカ話を挟む可能性もありますが、いい加減出さないと反応が怖いので。
 流石に自己嫌悪がひどいのでこのまま不貞寝します。感想は何言われても文句など言えませんが、お手柔らかに…。
 それでは。



[18728] 三話 不条理な奴はいざ自分が不条理な状況におかれると意外と何も出来ないという話
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:5e8baee5
Date: 2010/05/23 06:45
 ※今回も悪ノリ満載な上に、すこしオリ設定が入っています。たぶんこの話を飛ばして次回以降を読んでもさほど困らないので、そういうのが嫌いor苦手な方は読まないほうがいいかと思います。











 碇シンジには師と仰ぐ人物がいる。

 悪を断つ剣――ゼンガー・ゾンボルト――ではない。

 あの男は、目指すべき目標であり、憧れだ。しかし、弟子にしてくれと言った訳でもなく、仮に言った所で断られるだろう。自分はそれほどに未熟――いや、未熟という言葉すらおこがましい。

 しかし、シンジが師と仰ぐその男は違う。

 彼はシンジが長年かかっても為し得なかった偉業を、いともあっさりとやってのけた。
 シンジはその技量に感服し、すぐさま彼に弟子入りを志願したのだ。

 結果は、諾。

 戦時中ということもあり、中々にして教えを請う事は出来なかったが、それでも、その技術の一端はシンジの中に息づいている。

 シンジにとって悪を断つ剣と同等の目標であり、師として敬愛する男。

 その名は―――。















 目が覚めると、知らないような、知ってるような天井が視界に入った。

「知らない天井だ…って、言っておいた方がいいのかな」

 そういって、むくりと体を起こす。カーテンは開け放たれ、窓の外は日が傾きかけていた。どうやら、半日以上寝ていたらしい。

 点滴など、身動きが取れない状態でもないので、尿意の解消がてら、病院内を散策する。

 その途中で、一台のストレッチャーが看護師たちによって運ばれてくる。

 その上に横たわり、運ばれていく少女。

 かつての、そしてこれからの戦友――綾波、レイ。

 彼女が自分と「同じ」なのか確かめたい気持ちはある。昨日だってその欲求はあったが、彼女が怪我をしていた可能性が大きかったので、あえてエヴァに乗る事を即決したのだ。入院患者用の寝巻きを着ている彼女はやはり大怪我を負っているらしく、ところどころに痛々しく包帯が巻かれてこそいるが、前回よりも幾らかマシなようだ。

 ――そんなことを考えていると、ストレッチャー上の彼女とほんの一瞬、目が合った。

 その目は、自分の知る「綾波レイ」と同じなのか。判断は付かなかった。
 声をかけることも出来ぬまま、ストレッチャーは過ぎてゆく。

「――――――~~~っ、ふうぅっ」

 ストレッチャーが角に消え、自分が呼吸を忘れるほどに緊張していた事に気づいたシンジは、苦笑混じりに大きく息を吐き、吸った。


「~~~~~~~っ!? えほっ、けほっ」

 むせた。



 翌日。
 昨日目覚めたばかりと言うこともあり、午前中の簡単な検査だけでその日の予定がなくなってしまったシンジは、レイのお見舞いに行ってみることにした。
 売店で林檎と果物ナイフを買い、病室を目指す。

 目的地たる病室の前で、奇怪な人物に出くわした。黒い服で首にはギプス、顔中に包帯が巻かれている。

 目(?)が合った。

 「……何故お前がここにいる。お前の来るところではない。帰れ!」

 初対面の奴(しかも怪人)にそこまで言われる筋合いはない。
 そう思ったシンジはとりあえずそいつのみぞおちに正拳突きを入れた。

 勘のいい人ならお分かりだろう、実はこの怪人、一昨日シンジの攻撃を喰らい、サングラスの破片で顔中に切り傷を作り、首を痛めた碇ゲンドウである。

 しかしシンジにはその記憶がなく、声も包帯のせいで若干くぐもって聞こえたため、判別できなかったのだ。

 うずくまって悶絶する怪人(シンジ主観)に、「挨拶はきちんとしたほうがいいですよ」と告げ、シンジは病室に入った。



「お邪魔、しまーす……」

 病室の、中。

 薄手のカーテン越しの光に照らされ、彼女――綾波レイは一枚の肖像画のように存在していた。
 目が合う。が、言葉が出ない。

「あ…えっと、僕は……」

「碇シンジ」

「え?」

「サードチルドレン、碇シンジ。エヴァンゲリオン初号機専属パイロット」

 ただ羅列するように、淡々と告げられる「碇シンジ」の情報。

 やはり彼女も自分の知る――自分を知る彼女ではなかった。
 寂しさは、ある。しかし、自分はそれでも戦う事を選んだはずだ。だからこそ目の前の少女を「計画」などに利用はさせない。3人目の彼女など登場させない。

「あ、うん……そう、僕は」

 乱れそうになる心を押し殺し、何とか返事を返そうとするが、うまく言葉にならない。

 その、言葉を聞くまでは。








「最終所属――αナンバーズ」



「え……」

 この1年余り、自分の口以外から聞く事のなかった懐かしい部隊名を聞いた瞬間、言葉などどこかに消えてしまった。代わりに、熱いものが胸のうちと、目からこみ上げてくる。


「あや、なみ……。君は、僕が知っている『綾波レイ』なの、か……?」

「碇君……」

 震える声で、つっかえながら問うシンジ。レイはそれにわずかに微笑み――




















「焼きそばパンと牛乳、買ってきて。5分以内に、ダッシュで。お肉入ってない奴ね」


「パシリ!? 君にいったい何があったんだよ綾波ィ!!」

 目から熱いものが零れた。しかし、零れた理由は全然違うものだった。





 ――5分後。
 焼きそばパンを頬張る(結局買ってきた)レイに、これまでのあらましを説明するシンジ。

 説明の終了とほぼ同時に、レイは焼きそばパンの最後の一欠片を「んっくん」と牛乳で流し込み、口を開いた。

「…あんまり、おいしくなかった」

「僕の話聞いてた!? ねぇ!?」

「聞いているわ。次は、私の番」

 レイの話を聞いたシンジは信じられない気持ちで一杯だった。
 αナンバーズはあのあと、無事に地球圏に帰りついたこと。
 レイがこの世界に来たのは昨日――目覚めたら重傷で、ベッドの上にいたこと。
 だから自分は、何も知らないのだということ。

「そんな……でもあの戦いの影響じゃなければ、綾波はどうやってこの世界に?」

 シンジのその問いに、レイはわずかに神妙な顔で、語りだす。

「それは…あの戦いのあと、私は第三新東京市の高校に編入したわ。ある日、寝坊した私は『いっけなーい、遅刻遅刻』とトーストをくわえて走っていたの。そうしたら曲がり角で誰かにぶつかって…気が付いたら、この世界に」

「なんだそれ!? ていうか何その状況!?」

 そこまで叫んで、ふと、とある事に気づいた。

「ねえ……綾波。元の世界の僕は、一体、どうなったんだ?」

「………あの戦いのあと、初号機だけがラー・カイラムに戻らなかったわ。通信にも応答なし…私たちが引っ張って、格納庫でエントリープラグを開けると……」

「……あ、開けると……?」

「…うつろな表情で『あれ? 小さな光が現れたり消えたりしてる…。はは、綺麗だな……、彗星かな? いや違う、違うな……。彗星はもっと、バァーッて動くもんな。おーい、ここから出してくださいよぉー! ねぇー……』と言っていたわ。アムロ大尉やカミーユさんは『ケイサル・エフェスによって心を彼岸の彼方に連れ去られた』と言っていたけれど…ごめんなさい、よく、わからないわ」

「な、何それ……冗談だよね?」

 恐る恐る聞くシンジ。レイはそれに――

「ええ。冗談よ……全部ね」

 と、あっさり答えた。

「ぜ……ぜんぶ!? ちょ、じゃあ本当はどうなの!? ねぇ!? 教えてよ!」

 パニクるシンジにも、

「ふふふ。さーてね」

 と無表情+棒読みで答えるレイ。鬼だ。

「そ、そんな…」

「ごめんなさい、こんなときどういう顔すればいいのか、わからないの」

「笑うなよ! 少なくとも笑うところじゃないからね!? ここ!」





 数分後。
 どうにか落ち着いたシンジに、レイが唐突に切り出した。

「碇君」

「……何?」

 若干不機嫌なシンジ。仕方あるまい。一年ぶりに再会した戦友がこんな妙な性格に変わり果てていたのだ。

 …と、シンジは自分のことを棚に上げて思った。
 きっと彼の愛読書は島本和彦だろう。

「碇君……私と一緒に住みなさい」

「ええっ!? ていうか命令形!? なんで!?」

 頬を染め、目をそらすレイの仕種にドキリとするが、次の、

「あなたが……あの人の、弟子だから」

 この言葉に、ああ、そういうことか……とシンジは思った。



 碇シンジには師と仰ぐ人物がいる。

 悪を断つ剣――ゼンガー・ゾンボルト――ではない。

 あの男は、目指すべき目標であり、憧れだ。しかし、弟子にしてくれと言った訳でもなく、仮に言った所で断られるだろう。自分はそれほどに未熟――いや、未熟という言葉すらおこがましい。

 しかし、シンジが師と仰ぐその男は違う。

 彼はシンジが長年かかっても為し得なかった偉業を、いともあっさりとやってのけた。
 シンジはその技量に感服し、すぐさま彼に弟子入りを志願したのだ。

 結果は、諾。

 戦時中ということもあり、中々にして教えを請う事は出来なかったが、それでも、その技術の一端はシンジの中に息づいている。

 シンジにとって悪を断つ剣と同等の目標であり、師として敬愛する男。

 その名は―――レーツェル・ファインシュメッカー。

 直訳すると『謎の食通』という奇天烈な名前――勿論偽名で、本名はエルザム・V・ブランシュタインというブラコン兄貴なのだが、詳細は割愛するとして。

 彼の成し遂げた『偉業』、それは「綾波レイの肉嫌いを克服させる」というものだった。
 バルマー戦役中からイカロス基地時代、そしてあの戦いまで、シンジを含め、誰もなしえなかった偉業を目にしたとき、シンジは頭を垂れ、教えを請うた。
 その結果、彼には及ばないものの、シンジもまた、一流と呼べるだけの料理スキルを手に入れていたのだ。だからこそ、彼やレーツェルの料理ならレイも肉を食べられるのだ。

 第三新東京市に来る以前、ご近所では彼の部屋から夕食時に漂ってくる匂いだけで丼飯3杯いけるという評判が立っていたほどだ。しかもシンジは無自覚かつ悪質なことに、その匂いを換気扇で飛ばしていた。母屋に住んでいる叔父夫婦はこの時ほど、ゲンドウに不干渉を命じられた事を悔やんだ事はないと後悔していたとか。



 閑話休題。

「…いや、多分無理だろ。髭…父さんは綾波に執着してるだろうし」

 落ち着いて考えてみれば、目の前の彼女と暮らすのは無理があるように感じられた。

「そう。どこまでも邪魔な髭ね」

 怖えェ!!

 そう思ったが口には出さずに済んだ。そしてふと思い出す。

「こっちで暮らすのならトロンベも持って来たいな…」

 そう呟いたのが聞こえたのか、レイが聞き返す。

「トロンベ?」

 シンジはレイの勘違いに気付き、説明する。

「ああ、一応言っておくとアウゼンでもヒュッケでもないよ。僕の愛用の調理器具」

 黒いからその名をつけたんだ。と言えば、レイは、

「……そう」とだけ返した。

 そろそろ夕食の時間が迫っている。病院の夕食は早すぎて夜中にお腹が空くな、と思いながらレイの部屋を後にし、自分の病室へと戻る。

 意外と疲れていたのか、夕食後は消灯時間が来る前にシンジは睡魔に屈し、夢の世界へと旅立ってしまった。


 碇シンジ。
 この世界に来て割とやりたい放題(無自覚)していた彼に天敵(抑止力とも言う)が出来た日だった。











(あとがき)
 おはようございます。凰雅です。また勢いでバカな小話を書いてしまいました。すいません。今回、綾波があんなことになりましたが、次回以降は若干おとなしくなる予定です。まあ次回綾波でないんですけど。
 ちなみに前書きで書いていたオリ設定は「レイはレーツェルorシンジの料理なら肉を食べられる」というものでした。まあそれいったらゼンガーが目標とかも似たようなものなんですが、シンジ以外にオリ設定つけるの初めてなので一応。
 今回は元々一本の話(というかひとつのファイルに書いていた)だったのですが、前半と後半でかなり毛色の違う話になってしまったので、2つに分けて投稿します。後半はまだ完成していないので今日中は…無理、かな。
 まあ来週中、ということで。それでは。




[18728] 四話 戦いは誰のために
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:5e8baee5
Date: 2010/05/30 06:26

 レイとの(ある意味衝撃的な)再会の翌日。
 日中の殆どを検査に費やし、日暮れも近くなってきた頃、お見舞いと称してやってきたミサトに明日には退院できる事、今後の住居についての事を聞かされ、シンジは首をかしげた。

「今後って…使徒は倒したでしょう? 僕は帰りますよ」

 これにはミサトも焦った。現時点でATフィールドを展開、操作できる最強のパイロットがもう帰ると言い出したのだ。綾波レイは重症、セカンドの少女は海の向こうのドイツ支部だ。今シンジにこの街を去られたら人類の明日はどうなってしまうのか。
 使途があれ一体ではないこと、現在エヴァを動かせるのがシンジしかいないことを説明したが、シンジは「断る」の一点張りだった。

 もちろん、シンジは使徒が今後も現れ続ける事を知っている。しかし、いや、だからこそエヴァに乗るための条件を提示しなければならないのだ。――使徒に、勝つために。

 結局その日は面会時間ギリギリまで話し合い(とはいえ、一方的にミサトがまくし立てただけだったが)、「明日、本部で話す」というシンジの言葉を受け入れる形でミサトが引き下がった。


 翌日。
 ネルフに出頭したシンジはミサト、リツコ、冬月の3人に囲まれる形で話をする事になった。場所は発令所なので、オペレーター3人組が聞き耳を立てながら仕事をしているが、それを咎める者はいなかった。

「…それで、シンジ君? 何故、エヴァに乗る事を拒むのかしら?」

 リツコが、探りを入れるように問う。シンジはそれに笑って答える。

「わかりませんか? 死にたくないからですよ」

「でも、あなたは勝ったわ!」

「一度勝ったからなんだっていうんです? こちらは素人。熟練者がいるのならばそちらに任せたほうが無難でしょう」

 食いつくように反論するミサトにも、シンジは冷たく対応する。そこに、リツコが言葉を挟んだ。

「それは無理よ。ファーストチルドレン、綾波レイは重傷。セカンドチルドレンは現在ドイツ支部にいるわ。今あなたがいなくなるのは痛いのよ」

「ならば、そのセカンドさんとやらを呼び寄せればいいでしょう。解決じゃないですか」

「それは無理だ。……我々ネルフは支部同士の連携が……あまり良好とはいえない状態でね。今から呼び寄せても数ヶ月かかるだろう。それに、弐号機…彼女の専用機はまだ完成していないのだよ」

 無論、完成次第、こちらに配備されるだろうが、という冬月の言葉にシンジは眉根を寄せた。

「人類の危機に仲違い……やる気あるのかって突っ込まれても文句言えませんね」

 言いながら、シンジは内心で自嘲する。世界が変わっても、危機下でも起こる利権の絡んだ人間同士の争いは変わらないらしい。そんな事に厭世的な気分になる。それが元で無用な争いを幾つも経験してきたシンジには到底認められる事ではなかった。

 だが。

 争いのない世界は尊い。しかし、ゼーレや父の推し進める補完計画は争いから生まれる理解を、更なる可能性を求めず、進化という綺麗事で取り繕った、ただの逃避、閉塞でしかない。

 そして、かつての仲間、幾多の次元において進化の光――ゲッター線に選ばれ、共に在った青年は、言っていた。

 ――ゲッターは、ただ共に在るだけ。進化を掴み取るのはあくまでも自分たちの意思なのだと。

 この世界にゲッター線はない。まだ発見されていないだけかもしれないが、それでも進化は自らの手で勝ちとるべきものだ。一部の者の押し付けによって成されるそれに、何の価値があるというのか。

 だからこそ、まやかしの進化など、認めはしない。
 そのためにも、この「交渉」に勝たねばならないのだ。……その結果、目の前の人たちから嫌われようと。例えネルフに、いや、世界中から忌み嫌われる存在と成り果てたとしても。

 それでも、僕は人類を護る。

 ――ヒトが、ヒトとして存在(あ)るために。この地球(ほし)の礎になっても構いはしない。


 それが、長い戦いの中でヤマアラシのジレンマを克服し、己が傷ついても他者を護る事を選んだ碇シンジの結論だった。


「――わかりました。そこまで言うのなら、乗ってもいいですよ」

 シンジのその言葉に3人の顔が緩む。

「ただし! こちらの言う条件を全てクリアしたら、ですが」

 その言葉に態度を硬化させ、ミサトが噛み付く。

「あんたはさっきからこっちが下手に出てりゃあ言いたい放題言って! いったい何が望みなのよ!!」

 その叫びにも、シンジは動じない。動じるわけには、いかない。
 絞られるように痛む胸を無視して、シンジは尊大な態度をとり続ける。

「エヴァの改良ですよ。反応が鈍すぎる、装甲が紙レベル、ろくな武器がない。一回乗って分かりましたが、アレは欠陥だらけで、とてもじゃないけれど人類最後の希望とはいえないですね」

「エヴァには世界最高の技術が盛り込まれているわ。改良なんてそうそう――これは?」

 リツコの言葉を遮るようにシンジが紙束を突きつける。リツコは怪訝そうな顔をしながらも、それを受け取り、目を通した。


 そこに、書かれていたものは。
 「エヴァンゲリオン強化改修案(仮)」と書かれた一枚目を皮切りに、いくつかの概案が書かれていた。

 ・装甲強度の強化、及び増加装甲案。
 ・武器類のバリエーション。
 ・内部電源での稼働時間延長のためのエネルギーパック案。
 ・空間戦闘を想定したフライトユニット案。

 などなど。それらが必要な理由やエヴァの問題点を書き出してあったのだ。特に、装甲の強化には先の使徒戦で思うところがあったのだろう、やたらと強調され、赤ペン(ここだけ手書きだった)で、『必須』と大きく書かれていた。

 リツコは中学生が書いたとは思えないほど報告書の形式をきっちりと踏まえたその書類を読み進め――





 最後の一枚で固まった。






 そこには「エヴァンゲリオン初号機(改)全体図」とあり、エヴァであろうと思われる全体図が描かれていた。

 何故、『あろうと』『思われる』なのか。
 決して下手というわけではない。患者に解放されている病院の端末を使ったのだろう。丁寧かつ綺麗なCGで描かれていた。
 しかし、それは一見してエヴァだとは思うまい。

 まず、顔。
 鬼を連想させる凶悪な面構えではなく、人っぽい、鼻(らしき突起)と口がある。

 身体。
 全体的にボリュームが増えている。装甲が厚いのもあるが、但し書きを見ると、「パワーを上げたい」と書いてあるところから、素体自体のボリュームを増加させたいらしい。

 武器。
 両腕に格闘戦用のクローと牽制用だろう。射撃武器が取り付けられている。しかし、両肩の加粒子砲(ゼネラルブラスターと書かれている)と、身の丈ほどもある巨大な剣(こちらには斬艦刀と書かれている)は何なのだろう。

 そして、全体図。
 どこから見てもそれは――鎧武者を思わせるデザインになっていた。頭部のアンテナ(?)は兜飾りの前立や鍬形を連想させる変則的なV字(としか言いようがない)になっており、全体の装甲もそれらしく統一されている。更に色が、紫から暗い鋼色に変更されていた。

 見る者が見れば、こう言っただろう。「これ、何処の武神装攻?」と。

「…………これは?」

 何と言っていいものやら。そんな表情でリツコが再度、質問する。

「自分なりに考えた、初号機の改修案、ですかね」

 外見は自分の趣味ですが、と平然と答えるシンジにますます頭痛がする思いで、リツコが尋ねる。

「本気……いえ、正気?」

「勿論。伊達や酔狂で、こんな企画書めいたものまで作りませんよ」

 無論、シンジとて、これがすべて実現されるとは思っていない。そもそもシンジはこの手の機械関係にはあまり強くない。元の世界こそ技術が格段に進んでいたが、あくまでもシンジは使う側の人間であり、造る側の者ではなかった。元の仲間の中にはパイロットでありながら新型の設計、開発に携わったものや、自分より年下でありながら多くの発明品を作り出した者もいたが、あいにくシンジの能力はさほど高くない。精々が可能不可能を後回しにして元の世界の技術を元に装備案を出す程度だ。しかし、連邦政府もなく、世界が一枚岩でない、技術力が元の世界を下回るこの状況では、装甲の改修強化でも出来れば御の字だろう。だからこそ、無茶を吹っかけたのだ。
 どう考えても無理な機能を追加するよりは、装甲の強化は現実的で比較的実現しやすい。そう考えてのシンジの未来を見据えた戦略、その「策」のひとつだった。

 ……斬艦刀は、かなり本気だったが。

「そんなことをしなくてもエヴァにはATフィールドがあるわ!」

 リツコの手元から覗き込むようにして改修案を見ていたミサトが反論する。
 だが、シンジはそれに冷めた口調で答える。

「それは向こうも持ってますよ。こちらのフィールド出力が上回っている場合はいいでしょう。でも、中和状態や、相手の出力が上だった場合、装甲だけで持ちこたえなきゃならないんです。シンクロという操縦方法の特性上、どうしても反応にタイムラグがある以上、これは必然ですよ」

 そこでリツコは気付いた。シンジの目に強い意志が宿っていることに。
 目の前の少年は、本気で、使徒と戦い、勝利するためにこれらの装備――少なくとも装甲の強化が必要だと考え、ここまで手の込んだものを用意してきたのだ。

 人類と――己の、生存のために。

 あっさりと貫通した初号機の左腕、覚えているでしょう? とまで言われてしまい、もはやぐうの音もでない。何しろ世界でただ一人エヴァによる戦闘を経験し、勝利した人間の言葉だ。まさに金言である。

「わかったわ。検討してみます」

 とりあえずこの場を収めようとリツコがまとめに入る。しかし、シンジはそれを許さなかった。

「『検討』じゃ困るんですよ。実際に乗って戦うのが僕である以上、やってもらわなきゃ困る。なんせ命と人類の未来がかかっているんですから」

 勿論、改修前後の比較データもくださいね、とまで言われれば、人類守護を目的とする組織の人間としては否という事もできず、エヴァの強化を確約させられるのであった。



 余談ではあるが。
 その後、改修案を見たレイに、

「………………パクリ?」

 と言われ、

「違うよ! インスパイアだよ!! リスペクトだよ!!」

 と、必死に弁明するシンジの姿があったとか。



 閑話休題。

「じゃあ、住む所なんだけど……希望、あるかしら?」

 シンジのパイロット就任問題に一時的ではあるものの決着がついたことにより、次の問題である住居の話へと話題が移った。リツコの質問にシンジは、

「父さんと住みます」

 とだけ答えた。しかしそれに対する反応は、

「「「「「「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」」」」」」

 聞き耳を立てていた連中も含め、皆が驚いた。
 シンジはそれに、不思議そうな顔をする。

「…? 驚くような事ですか?」

 それに対し、皆は何とも言えないような表情をした後、ミサトが冬月を見、冬月がメガネを見、メガネが…と視線のたらい回しが続き、マヤがリツコを見た。

 リツコはそっぽを向いていた。

 慌ててほかの人に視線を移すが、皆、一様に目を合わせようとしない。
 目に涙を溜め、オロオロとしていたマヤだったが、意を決してシンジに問うた。

「し、シンジ君って、司令の事、嫌いじゃなかったの?」

「いいえ?」

「「「「「「ええぇっ!!??」」」」」」

 再びの驚愕の後、今度はミサトが尋ねた。

「で、でもアレは嫌いじゃない人に対する態度じゃないでしょ!?」

 それに対するシンジは苦笑だ。

「や、でも本当に嫌いではないんですよ。……ただ、どう接したらいいか分からない、っていうのはありますけど」

 それはシンジの本音でもあった。元の世界で、父の本音を知っているシンジにとって、「碇ゲンドウ」はただ、自分の感情を、他者への愛情を表現することが不得手なだけの人間であり、それについてどうこうと言う気もなかった。何より、父の奥底にある愛情は、確かに自分へと伝わったのだから。

 しかし、この世界の父の真意と役割が分からない以上、無条件に父を信頼する事ができないのもまた、事実であった。間違っていたとはいえ、元の世界の父は確かに母と、自分への愛ゆえに行動を起こし、結果として失敗した。しかし補完計画などに頼らずとも、自分と父は確かに分かり合うことが出来たのだ。しかし、この世界の父もそうだとは限らない。愛するものを喪った憎悪から人類全てを巻き込んだ自殺劇を企てている可能性だったあるのだ。

 それによって、父の立ち位置も変わってくるだろう。

 元の世界と同じく、自らのシナリオに沿って、補完計画を進めるのか、ゼーレの駒でしかないのか、それとも別の役割を演じるのか。

 この世界のゲンドウとの距離を、シンジは未だに測りかねていた。どう接するか、決めかねていると言ってもいい。

 αナンバーズの仲間たちとの交流の中で、シンジのコミュニケーション能力は格段に向上したが、それでもあのメンツの中ではやはり受け身に回る事が多く、積極的な人間関係の構築と言う点においてはやはりまだぎこちない部分もあった。尤も、流される事無く、自分の主張を貫き通せるだけの強さは備えているのだが。

 ましてや、相手は大事なことすらろくに言葉で表せないゲンドウだ。普通に言っても反応が返ってこない恐れすらある。よくそんな人と意思の疎通が取れたなと、あまり記憶に残っていない母を尊敬した。

 そしてシンジのとった方法が「とりあえず、ちょっかいを出して相手の出方を見る」と言うものだった。気になる相手に対する小学生の態度みたいだが、相手に話し合うという選択肢がない以上、対人関係において不器用(それでも濃い経験のおかげか父親よりは遥かにマシだが)な上、腹の探りあいなどやったことのないシンジに出来る最善の策であった。

 ――それに、言葉にしなければ伝わらないことは、存外に多いのだ。内心の真実がどうであろうと、それに行動が伴わなければ意味がない以上、自分には怒る権利があるとシンジは考えていた。世界が違うとはいえ、これはそんな父に対するささやかな意趣返しでもあった。


 ……初日から肉体言語を使うことになるとは流石に予想しなかっただろうが(しかも記憶にない)。


 まあ十年以上離れて暮らしてましたし、と言われれば大人たちは、そういうものか、と納得せざるを得ない。

 しかし、だからといって、シンジの意見が通るわけでもない。

「……残念だけど無理ね。司令は忙しい方だし、第三新東京を空けることも多いから保護者としては……」

「いや、保護者って言うか、親なんですけどね」

 ゲンドウとの同居に難を示すリツコに、言外に「親子が同じ街に住んでて別居はないだろう」とシンジがつげる。

「それでも、よ。司令は立場上、機密事項も多いわ。それこそ一パイロットが知ってはいけないようなこともね」

 幾ら実の息子でも難しいわ、と告げるリツコに、シンジは俯き、

「そう、ですか……」

 と、答えた。

 その様子に、ミサトやマヤをはじめとした職員が、痛ましそうな顔をしたが、彼らもネルフの一員である以上、機密事項に触れる可能性があるといわれれば異を唱える事もできず、歯がゆい思いをするばかりだった。

 しかし当のシンジはといえば、ゲンドウが何らかの暗躍をする(しかも計画が成就すればわかりあうことが出来ると考えている可能性が高い)以上、自分を住まわせる可能性は低いだろうと見積もっていたこともあり、ショックを受けてはいなかった。

 それどころか、

(そういえば昨日綾波に「一緒に暮らそう」とか言われたこと、言ったほうがいいのかな…でも、何でそういう話の流れになったのか聞かれると答えられないから、言わないほうがいいかな)

 とか考えていた。


 しかしそんなシンジの内面を彼らが知る由もなく、シンジに対する視線に、同情の色が濃くなっていった。もはやこの中に、シンジを只の小生意気な中学生と見る者はいなかった。

 そんな中、ひとつ声が上がる。ミサトのものだ。

「じゃあシンジ君、ウチに来る?」

 沈黙。
 沈黙。
 沈黙。
 沈黙。

「――――――はぃ?」

 数秒の痛いほどの静寂の後、どうにか搾り出したシンジの声を皮切りに発令所は絶叫と、混乱の坩堝に陥った。

「うええぇぇぇぇぇぇ!?」「俺の葛城さんがー!!」「不潔ですっ!」などなど。かなり突っ込み所の多いセリフもあったが、それはともかく。

「ミサト……貴女、本気で言っているの? 下手な同情はかえってシンジ君のためにならないわよ?」

 リツコが名状しがたい表情で問うのを、シンジはぼんやり見ていた。

「だって、どちらにしろ未成年の一人暮らしなんていろいろと難しいでしょう? 保護者がいたほうがチルドレンの安全も確保しやすいし」


「それは……」

 保安上のことまで含め、そう返されてしまえば同じように一人暮らしをしているレイのことを引き合いに出すわけにもいかず、リツコは口ごもる。

 未だ零号機を起動させられず、初号機の起動すらもギリギリだったレイと、初めてのシンクロで50%台を叩き出し、暴走からコントロールを取り戻すと言うイレギュラーを起こして使徒に勝利したシンジでは、現時点において対使徒戦に限定すればシンジの方が重要度は格段に上であった。「計画」のことを口にするわけにもいかず、不承不承ではあったが、許可する形となった。


「じゃ、とりあえず今日はここまでってことで。もういい時間だしね」

 行くわよシンジ君、という言葉に、ようやく我に返ったシンジが慌てふためくが、ミサトはそんなことはお構いなしとばかりにぐいぐいと引っ張っていく。

「―――え? ちょ、僕の意思とかは? 少なくとも一旦、元の家に帰りたいんですけど」

 持って来たい物もあるし、という言葉はものの見事に黙殺された。





(何だろう……このままではいけない、って感じる…身の危険っていうほどじゃないけど…この嫌な予感というかプレッシャー…一体、何なんだ!?)

 ジオフロントを出、生活用品や夕食の買い物の最中も、警鐘のように感じるその悪寒の正体を思い出せず、ただ首をひねるばかりだった。



 ある種の絶望とともにその正体に気が付いたのは、買い物を終え、着いたコンフォート17の一室、葛城邸の惨状を見た――見てしまった、ときだった。

 シンジは、元の世界のミサトの生活能力のなさを思い出すと同時に、『こんなところだけ同じじゃなくてもいいのに…』と膝から崩れ落ちた。











(あとがき)
 遅くなって申し訳ありません。今回はネタなしの状態から書いていたのでかなり毛色の違う話になりました。また、この世界に来て初めての戦闘を終えたシンジの意識や覚悟の変化をテーマにしているのも大きいかと思います。ただこれも今後を見据えるとやはり書いておいたほうがいいと思ったので。
 ロボット物にはつきものの唐突なパワーアップがほとんど見込めない(リツコは「こんなこともあろうかと~」とは言いたがるかもしれませんがいわなそうですし)以上、シンジが働きかけるしかないのですが、その辺の知識もあまりないので結果が出るのはかなり先になりそうです。かなり不利な状況ですね(誰のせいだ)。
 次回ですが、今回、若干短いですがきりのいい所で切ったため、今回の延長というか補足のような話になる予定です。学校、シャムシエル戦はその次でしょうか。
 次回も来週には更新できると……いいなぁ。



[18728] 五話 お弁当を、君に
Name: 凰雅◆e982ae54 ID:5e8baee5
Date: 2010/05/31 20:22
 今日は、ネルフでシンジの各種テストが行われる日だった。
 体力測定に始まり、格技訓練なども予定されている。

 先の使徒戦の後始末に並行してそれらのスケジュールを組むべくMAGIに接続した端末を操作していた伊吹マヤを尋ね、碇シンジが発令所に顔を出した。




「これを……私に?」

 手渡されたのは小さな包みが一つ。それはどう見ても、

「お弁当……よね?」

「はい。なんだかマヤさんにはとんでもない迷惑を掛けたような気がするんですよね……あまり、覚えてないんですけど、ぼんやりと」

 心当たりのあるマヤはあの時(2話参照)のことを思い出してしまい、赤面する。同時に、目の前の少年がそのことを覚えていないことに安堵と、一抹の残念な気持ちを覚えてしまい、慌ててその思いを打ち消すかのようにかぶりを振った。

「?」

 その動作に首をかしげるシンジ。それに気付いたマヤは「なんでもない」と取り繕った。

「あ、そうだ」

 これも、とシンジはその手に持っていた大きな包みを渡した。こちらは先程マヤに渡したものより大きく、角ばっている。どうやら箱のようだ。

「……これは?」

 やはり、マヤが問う。

「お茶請けです。皆さんで食べてください」

 久々に作ったのでお口に合うか自信ないですけど、という言葉にマヤをはじめとする発令所のメンバーは目を剥いた。

「嘘!? じゃあこのお弁当も?」

「そうですけど……?」


 絶句する大人達に不思議そうな顔をした後、時間が押しているので、とシンジは発令所を後にした。



 午前中は各種身体能力のテスト。

 内容も学校で行われる体力測定と変わらない。

 一年間鍛えていたとはいえ、やはり時間が足りず、総合的な結果は同年代の平均よりやや上という程度のものだった。




 昼休み。


 ネルフ食堂の一角は、一種異様な空気に包まれていた。その中心にはマヤ――正確には彼女の手元に収まった、お弁当の包みがあった。

 皆の視線を一身に受け、マヤが恐る恐る包みを開き、脱力した。

 出てきたお弁当箱のふたの面には、ドレス姿の二人の少女のアニメ絵が描かれていた。

 やたらと可愛らしさを強調したデザインで、『機動妖精 ラトゥーニ&シャイン』のロゴとともに描かれた、青のドレスを纏った明るめの紫髪のメガネっ娘と、赤のドレスを纏った金髪ロールのいかにもお姫様然とした少女のアニメ絵は、その場の全員に地雷臭を感じさせるのに充分過ぎるほどのインパクトと存在感を備えていた。

 もはやイジメじゃなかろうか。

 そんな事を考えながらマヤは半ば自棄になってお弁当の蓋を開け――驚愕した。

 それは、見目麗しい、まさにキングオブ・お弁当とでも言うべき存在だった。
 若干、子供が好きそうなメニューが多いのは、製作者が子供だからか、それとも自分が子供っぽく見えるからだろうか。

 複雑な心境のマヤだったが、お弁当の隅のほう、ウインナーで作られたタコ、カニ、ペンギンなどの動物たちに気付き、顔を緩ませてしまった。

 ……もしこの場の人間が彼女の心を読めたなら、間違いなく後者だと断言するだろう。

 しばらく感嘆の面持ちでお弁当を眺めていたマヤだったが、見た目が良くとも味が伴わなければ意味がないと思い直し、一口、口に運ぶ。

 その美味しさに驚愕し、次いで、敗北感に愕然とした。今まで、勉強や仕事にかまけてきたせいで、料理などはあまり得意ではない。自炊しても献立の殆どはレトルトだ。成人女性として、中学生男子に負けてしまったという事実から目を背けるように、これからの時代は~などと内心で誰にともなく言い訳をするが、それがどれだけ虚しいことか。知らず、マヤの目元から涙がこぼれた。

 ――お母さんに、ちゃんとあの時、教わっておけばよかった……!

 周囲の者たちは、涙を流して一心不乱にお弁当をもきゅもきゅ頬張るマヤの姿に引いていた。

 意を決して女性職員の一人が声をかける。

「ね、ねぇマヤ……美味しくないなら無理して食べなくても……」

 その声に反応して涙を目の幅一杯、だーっと流したマヤが首を振る。

「違うの……美味しすぎるのぉ……なんか、負けた気分…」

 それを聞いた女性職員数名がマヤに断りを入れ、お弁当を一口もらう。

 数分後、お弁当を完食したマヤを含めた女性職員たちが、皆一様にorzの体勢で屍と化していた。
 その光景は、昼休み終了まで続いたという。

 なお、この報告に対する某博士のコメント。

「無様ね」

 数時間後、シンジの差し入れたお茶請け(ちなみにチーズケーキだった)を食べて、彼女も同じ結末をたどるのは、また別の話。

 



 シンジはといえば、お詫びに差し入れたお弁当がマヤたちのプライドにとどめをさしていたことも知らず、彼女らと入れ違いに食堂に来ていた。

 午前のテストの項目が多かったため、かなり遅れての昼食となったのだ。


 セルフサービスの番茶をお供にお弁当を食べ始める。マヤのそれよりも少し大きめのお弁当箱に詰められたお弁当は、量以外はほぼまったく同じといってよかった。

 よく噛みつつも、結構な速さでお弁当を食べ進めていくシンジ。早食いは行儀がいいとは言えなかったが、戦いの日々の中で染み付いてしまったので、中々直らない。

 食べ終わり、午後の訓練(とはいえ、初回なので基礎だろうが)について考える。

 今の自分の強さは、どれくらいなのだろうか?

 この世界に来て、鍛えなおしたものの、それを試す事もできず、シンジは自分の現在の実力を測りかねていた。
 それがこのあと、少しでもわかるだろうか。







 午後。
 まあ予想通りというか、今回は基礎の基礎、即ち受け身と打撃技の基本のみで、組み手は一切行われなかった。

 やや落胆しながらも休憩を取っていると練武場内にミサトがやってきた。後ろに屈強な男たちを従えて来る様は、あまり係わり合いになりたくない職業の人や、元の世界で敵対した連中を思い起こさせる。
 ぼんやりとそんな事を考えていると、ミサトが声を掛けてきた。

「シンジ君、前のガッコで剣道、やってたんでしょう? ちょっと見せてよ」

 そういい、こちらに何かを投げてよこす。
 手にとってみると、それはウレタン樹脂の刀身を持つ、木刀だった。

「ウチの訓練では防具を使わないから上級者以外はそれを使うのよ」

 なるほど、確かにこれなら大怪我はすまい。

「わかりました。で、誰とやればいいんですか?」

 それにミサトはフフンと不敵に笑い、答える。

「とりあえず、こいつらと一本づつ、一通り仕合って頂戴」




 そんな訳で一人目。
 相手は男たちの中では中ほどの背丈に痩身の、20台半ばほどの人物だった。
 相手側から発せられる野次交じりの声援(?)によると、杉村という名前らしい。

 正式な剣道の試合ではないので、お互い立った状態での一礼から試合開始となる。

 先手はシンジが取った。というよりもこちらの実力を図るため、あえて先手を取らせたのだろう。
 ひたすらに打ち込んでみるが、筋力も速度も足りない剣筋は容易く見切られてしまう。
 いつしか形成は逆転し、攻守が入れ替わる。幾度か相手に刀が触れるが、有効打にはならない。

 それから長い攻防の末、わずかな隙に胴を抜かれ、シンジは負けた。

 二人目。大柄で筋肉質の大西という男だった。
 今度は先手を取られた。一撃こそ重いがさほど早くないのが幸いし、連撃をかわし、いなし、反撃を入れる。しかし、やはり有効打はとれず、敗北した。

 続けて三人目、四人目と休みなくシンジの仕合は続いていく。

 そんなシンジの戦いを険しい表情で見るものがいた。ミサトに率いられた男たちの中で一番、年嵩の男だ。その様子に気付いたミサトが声を掛けた。

「山ジィ、どうしたの? 私は剣道はよく知らないけれど、割とよくやっているほうだと思うんだけど」

 剣道暦一年チョイにしてはね、という言葉に山ジィと呼ばれた男――ネルフ保安部所属、山本ミツヨシは吐き捨てるように答えた。

「バカ言え。あんなん剣道じゃねぇよ。それらしく見せちゃいるが、ありゃあ紛れも無ぇ、剣術の動きだ」

 ミサトは耳を疑った。

「剣術ったって…彼は中学で剣道部に入るまで剣とは無縁だったのよ?」

 出鱈目に動いてるのがそう見えるってだけじゃないの、という言葉にも山本は答えない。
 彼はシンジの姿をまんじりと追いつつ、

「いや…あのガキの動きの中に僅かだが示現流の癖がある。……多分だが、ありゃ他にも幾つかの流派をかじってやがるぜ。しかも一年二年じゃねぇ、長いことやって身体に染み付いた動きだ」

 山本の言葉は正解であり間違いでもあった。シンジが剣を握ってから5年もたっていない。
 だが、シンジの剣は年月こそ短いが、達人たちとの密度の濃い訓練と、度重なる実戦の中で培われ、磨き上げられたものだ。それが、剣においてはほとんど訓練と試合のみの経験しか持たない山本に錯覚を齎したのだ。

「考えすぎよぉ。だって負け続けてるじゃない」

 ミサトの言葉に山本は苦い表情でふン、と荒い鼻息を出し、ぼそりと言った。

「突きだよ」

「え?」

「さっきからあの小僧が負けるとき、胴を抜かれる事が多い。それは、突きを放とうとして途中で固まったときに隙ができるからだ」

「えっと…なんで固まるの? やれば勝てるんじゃないの?」

「そもそも、中学生が突きを使う時点で異常なんだが…突きってのは相手の喉元を狙う以上、危険が伴う攻撃だ。防具ありの試合でも、実際に使うのは上級者でも難しい。相手のほうが未熟でも大事故に繋がりかねないからな。要するにあいつらは中学生のガキに気を遣われて、お情けで勝たせてもらってるようなもんだよ」

「……何それ」

 ようやく事態の異常さを悟ったミサトが呆然と呟く。そんな彼女に見向きもせず、山本は声に出さずひとりごちる。

(それに……もし真剣同士でやり合っていれば、勝つのは――いや、生き残っていたのはあのガキだろうぜ)

 シンジの攻撃は有効打こそ取れなかったが、真剣なら確実に大きな血管に損傷を与えるだろう。しかもシンジは最後以外は攻撃を受けず、捌き切っていた。真剣での勝負ならそこまで長引いた時点で失血死しているだろう。だからこそこれ以上は意味なしと踏んであえて一本をとられたのだ。

 そこまで考えて、山本は視線の先にいる少年の得体の知れなさにぶるりと震えた。

 いや、それは武者震いだったのかもしれない。宮本の表情は紛れもなく――肉食獣を思わせる、獰猛な笑みだったのだから。

 気が付けば試合は終わっていた。次は自分の番だ。年甲斐もない興奮を隠し切れず、獰猛な笑みのまま、樹脂製の刀を手に試合場へ向かう。
 だが、シンジの姿がなかった。先程まで相手をしていた男に問いただす。


「おい、あのガキ何処行きやがった?」

 問われた男は、ぽかんとした顔で言った。

「何言ってるんすか? 俺との試合の後あの子がバテたから今日はお開きってさっき葛城一尉が言ってたじゃないっすか」




















「な……なんじゃそりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 人のまばらになった練武場に、おっさんの叫びがこだました。





 その日の夜。

 リツコは自室(この場合、家ではなく技術部長室のこと)でモニターと紙媒体の資料、そして今日のシンジの体力測定の結果用紙を睨んでいた。

 思い浮かぶのは、先程ここに来た旧友の言葉。

 ――碇シンジは剣術の達人の可能性がある。

 これまでの報告からシンジが剣術を習ったというものはなかったし、剣道部の顧問も剣術とは無関係だった。
 念のためにとシンジの部活動の記録を洗いなおしてみると、前半でサボりがちだったためか初段すら取っておらず、大会などの公式戦はおろか、練習試合にも出てはいなかった。

 そして手元の資料――先日シンジに手渡された「初号機改修案(仮)」
 デザインはともかく各種装備は確かにあるに越したことはないだろう。少なくとも無駄なものはないと思えた。……可能不可能を別にすればの話だが。

 そして先の使徒戦で初号機が生み出した『剣』。
 碇シンジという少年は剣に何かしらの思い入れがあるということだろうか。


 分からない事は多い。ただ一つ、思う事は、

「……斬艦刀、作ったほうがいいのかしら?」

 知らず、思いが口からこぼれた。










 ※補足
 『機動妖精 ラトゥーニ&シャイン』【ぱわーどふぇありー らとぅーに あんど しゃいん】
 女児向けテレビアニメ。今作品は2作目に当たり、1作目のタイトルは『超機動少女 メカニカル☆ラトゥーニ』。1作目中盤から登場し、敵の洗脳によって悪の機動少女となってしまったシャインがレギュラー化したことにより、タイトルが変更された。
 物語は、異世界からの侵略者[シャドウミラー]と戦う少女たちの成長劇である。
 余談だが、大きなお友達層の支持がやたら強い。














 (あとがき)
 短いな……まあ繋ぎだからいいや。
 今回は(あまりできていませんが)大人たちから見たシンジの描写がメインなので、あまりシンジ自身には触れていません。
 また、今回オリキャラ(おっさん)が出ましたが、この後登場する予定もないので、スルーしてください。
 某アニメについては完全に出来心なので出来れば無視の方向で。
 次は学校です。たぶん。おそらく。


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