銀河消滅の危機を回避し、まつろわぬ霊の王、霊帝ケイサル・エフェスとの決戦を制したαナンバーズ。
その一員、エヴァンゲリオン初号機専属パイロット、碇シンジは眩い光の奔流に目を閉じ――
目を開けると、そこはすでに初号機のコクピットではなく、それどころかラー・カイラムですらなかった。しかし全く知らない場所という訳でもなく、ところどころ記憶との差異があるもののそこは、
「……僕の、『勉強部屋』だ……」
バルマー戦役や一年近いイカロス基地への出向、そして銀河消滅を防ぐ為のあの戦いと、あまりにも濃い体験の連続でかなり記憶からは薄れていたが、そこは確かに第2新東京市に来る以前、預けられていた叔父が与えた勉強部屋という名の離れだった。自分の姿を改めて見るとプラグスーツではなく、艦の個室内の普段着として着ていた「平常心」とプリントされたタンクトップとハーフパンツという出で立ちだった。
「使徒の精神攻撃…じゃないよな。とにかく、何か手がかりを……」
伊達にαナンバーズで鍛えられた訳ではない。すぐに気を取り直したシンジは周囲のリアリティなどの確認、自分の精神状態のチェックを簡単に済ませ、ついでに自分の頬をつねり(思いっきり力を入れてしまい、かなり痛かった)、精神攻撃の類や夢オチという可能性を切り捨て、何故自分がここにいるのか、それがわかるものが無いだろうかと探り始め、そして何気なく見たカレンダーに絶句した。
「西暦……2014年!? 新西暦じゃない!? しかもこの暑いのに3月って!? いったい、何がどうなっているんだ……!?」
カレンダーの示した暦が自分の知るそれと違うことに気付き、しかもその日付を裏切るような熱気に訳が分からずシンジは混乱した。
しかしいつまでも混乱したままではいられない。シンジは時間を掛けて気持ちを落ち着かせると更に詳しく情報を集めるべく外へでた。
「ウソだろ……」
とりあえず色々と知ることは出来たが、それらはシンジにとって到底信じられないものだった。
まず結論としてこの世界はシンジのいた世界でもなければ過去でもない。所謂平行世界、パラレルワールドだということ。その根拠は上げればキリが無い。
連邦政府が無い。それぞれの国とそれらをまとめる国連という組織があるだけだ。
コロニーが無い。宇宙開発など前世紀以来ろくに行われていない。
外宇宙や人類以外の知生体からの侵略がない。少なくとも表向きはそうなっている。
そう、表向きは、だ。何故それをシンジが知ること出来たのか。
「セカンド、インパクト……?」
セカンドインパクトと言う名前自体は初めて聞いたが、よく似た言葉をシンジは知っていた。元の世界のそれはダブル・インパクトと呼ばれる隕石の落下だったが。また、後に南アタリア島に落ちた隕石――その正体は隕石などではなく異星人――ゼントラーディの戦艦であり、後にマクロスと呼ばれる機動要塞なのだが、この世界には無いようだ。
話が逸れたが、シンジはこれが、元の世界との接点ではないかと考えていた。ただし、どちらの世界においても未曾有の大災害と呼ばれたそれはその規模、被害ともにシンジの知るそれとは桁が違いすぎたが。
「地軸がズレて南極の氷が融けた上に日本が常夏化、しかも人類の半分が死滅って……連邦政府や軍は何を……って無かったんだっけ」
ここまで来ると笑い話としか思えないが生憎、当事者であるシンジには笑うだけの精神的余裕が無かった。
だが。ある記録がシンジの懸念を現実にしてしまった。
それは、セカンドインパクト後、南極へと派遣された救助隊の記録映像の中にあった紅く染まった海。その光景はシンジの記憶の中のイメージをいやが上にも思い起こさせた。
LCL。原始地球の海水成分に酷似した、生命のスープ。ATフィールドを失い、そこに溶けていく人々。
それはまだ、癒えない傷としてシンジの中に存在していたが、この世界における使徒の存在を証明するものでもあった。
「セカンドインパクトでこんなことが起こったってことは少なくとも使徒もいる、ってことは確定した」
そしておそらくそれに対抗する特務機関、ネルフもある。
最悪、ゼ・バルマリィ帝国の存在も考慮に入れたが人類が外宇宙への進出を果たしていないこの世界でその可能性は低いだろうと考えることにした。何より彼らが関わっているのであれば何がしかのアクションが起こっていなければおかしいと踏んだのだ。しかし今の世界情勢は表向き概ね平穏と言えた。
「僕は……」
そしてシンジ自身のこと。
この世界において碇シンジは来月から中学生になる。元の世界で言えばαナンバーズ(最初期はSDFという名称だった)に参加する一年前だ。もし使徒襲来の時期が元の世界と変わらないなら一年後、またエヴァに乗って使徒と戦うことになる。父の、そしてゼーレの思惑ともだ。
頼りになる仲間たちはいない。連邦軍が無い以上、そこに属していた上官や兄姉のように思っていた少年少女たちも見つけようが無かった。浅間山に早乙女研究所は無く、富士の裾野の光子力研究所も、科学要塞研究所もムトロポリスも元からこの世界には無いようだった。
同じくエヴァを駆る少女たち、姉代わりの作戦部長、その親友の怜悧な女科学者。そして第5の適格者にして最後のシ者たる少年。
彼女たちもこの世界に来ているのだろうか。考えてもわからないし、この状況で連絡をとる手段が無い。取れたところで自分の知る彼女たちでなかった場合、誤魔化し切れる自信が無い。
「僕は……僕は、どうすればいい?」
声に出して、呟く。脳裏には一人の男の姿があった。
正直、苦手な部類の人物。しかし、朧気ながらも自分の父の想いを、行いを知り、果たしてこの部隊に自分は相応しいのかと悩んだとき、相談を持ちかけた人物。
常に己が信念を貫き、ゆるぎない意思を持つ男。あの部隊にはそんな人間が何人も居たが、その中でも一線を隔す存在。
悪を断つ剣―――ゼンガー・ゾンボルト。
相談の末に何かを言われたわけでも、説教を食らったわけでもない。ぶちまけるように全てを話した自分に「そうか」と言い、そこから何故か剣を交えることになった。だが、その中で何かが伝わってきた。それ以来、あの最後の戦いまで何度か剣の稽古をつけてもらっただけ。だが、その姿が、その生き様がシンジの中に鮮明に焼きついた。
「僕は……」
呟く。だがしかし、心はすでに決まっていた。
鉄の城も、偉大な勇者も、超獣機神も、勇者の王も、イデの巨神も、そしてあの男も――ここには居ない。
しかしそれでも、いや、だからこそ――
「僕は、悪を断つ剣になる!」
それが、神話の始まり。
(あとがき)
はい。そんなわけで改訂版です。
最初は感想掲示板で指摘された箇所を直すだけのつもりだったのですが、確認のためにちょっと調べてみたらさらに大きなミスが!
なんと、α世界にはセカンドインパクトがなかったのです!
しかも年表にはネルフの前身組織、ゲヒルンの設立が唐突に書かれていた為、シンジが使徒の存在に気付いた理由を自前で用意しなければならない状況に(泣)。
そんな訳でかなり苦しいこじつけになってしまいましたが、広い心で楽しんでいただければ幸いです。
……因みにこじつけの第2案が、
「バニシング・エンジン=S2機関」という荒唐無稽すぎる説だったりするのはここだけの話です。
……笑ってやってください(泣)