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[15234] 【習作】タイトル未定(東方 オリ主)
Name: 鈴木祐一◆1ad6ef74 ID:fad3c4fa
Date: 2010/01/02 00:56
―――序文。

この文を書き記すにあたり、万が一他人の目に触れる機会がいずれやってきた時のために、

序文という形でいくつかの言い訳を書いておこうと思う。

この書物とも呼べぬ御粗末な代物が何時、どのようにして人の手に渡るのかなど私には予想すらつかないが、

まずこの前書きに目を通してくれることを願うばかりである。



一つ、私は正規の物書きではない。

正規の物書き、という実に曖昧で抽象的な表現がどこからどこまでを示しているのかは置いておき、

私にとっての『正規』とは文章を生業とする人間であり、

つまり私は物書きを生きる糧としないただの素人だということだ。



文の構成や書き方を誰かに習ったわけでもない。

国語、及び現代文の成績が特段優れていたわけでもない。

娯楽で本を読み解き、趣味で拙い文を綴る、どこにでもいる一般人が私なのである。



そんな人間が、やはり道楽で書き上げた文章なのだから、

表現の間違いや誤字、意味の通じぬ慣用句が多くを占める駄文になっている。

文というよりは、文字の羅列といった方が正しいだろう。



技術も才能も本業には決して届かない。読み解いていくと、違和感ばかりが先立つ。

それが私の実力であり、限界であり、程度なのである。



そしてもう一つ。

これより綴られるのは、私の創作でもあれば自伝でもある、よくわからぬものである。

体験したことや感想などを私の視点から記しただけの、とても人には見せられぬ恥の結晶である。

正直に言えば、こんなものを他人の目に触れうる場所へ保管することに、

若干の不安と躊躇いを覚えずにはいられない。



―――それでも。

私にはこの物語に形をつける義務があった。

創造主として。日常を失った、哀れな人間として。



一区切りがついた今、主の目を避けつつ過去を想起して纏め上げ―――友人、パチュリー・ノーレッジに託し

彼の大図書館に眠る一冊として寄贈することとする。

せめて私が生きているうちは、誰にも読まれることがないようにと祈りつつ、

これを序文として書き記す次第である。





                                                          著者・鈴木祐一












あとがき


暇つぶしで書いた駄作です。
続くかもしれませんし、続かないかもしれません。
よろ。



[15234] 1
Name: 鈴木祐一◆1ad6ef74 ID:fad3c4fa
Date: 2010/01/02 01:00


―――高校を卒業して、もうじき一年になる。

私が進路として選んだのは、とあるIT企業への就職だった。

仕事がしたかったわけではない。大学へと進んで、友人らと自由を謳歌し遊ぶのも良かった。

けれど、我が家にはそれだけの金銭的余裕が無かった。

母と弟、自分だけの母子家族。パートで日々身体を酷使する母に、とても遊ぶため大学へ進みたいなどとは言えなかったのだ。



それでも、恵まれていたのだとは思う。

就職難が叫ばれている中、それなりに大きな会社に一度で採用されたのだし、給料とてそう悪くは無い。ボーナスも出る。

大学生となった友人らは自由を手に入れた。私は自由を失う代わりに、今までに無い桁の給金を得るようになったのだ。


「羨ましいよなぁ社会人。お金があって」


友人に会うと、決まってそう言われる。

しかし、私からしてみれば彼らの方が羨ましい。

金などは働けばどうとでもなる。時間はそうではない。無限にあるようでいて有限。

今過ごしているこの時間は、二度と戻ってこない一度限りのものなのだ。



互いが互いを羨んでいる。

隣の芝は青いとはよく言ったものだと思う。

IFを好む。自分の選ばなかった選択肢が、やけに魅力的に見える。

お金。時間。自由。何が一番大切で尊いものかなんて、人によって違うというのに。



―――そして私は、今日も揺られる。

電車を乗り継ぎ、混雑した車内に押し潰され、帰宅する。

会社には実家から通勤している。一人暮らしもいいが、手間と金がかかりすぎる。

加えて、自炊やら洗濯やらで殊の外大変だと、地方から出てきた同僚の苦労話を聞いて一人暮らしは諦めた。

自分しかいない空間。他人が苦手な私にとって、それは酷く魅力的ではあったのだけれど。


「……は、ぁ」


溜息を吐きながら布団に身体を投げ出す。

疲れた。仕事にでなく、この生活そのものに。

生きるという行為自体が大変なのだ。食べるために働く。働くために食べる。目的の見えぬ輪廻。

何のために生きているのか、何を成すために生きているのか、私は時々わからなくなる。



それでも生きているのが人間だ。

これもやはり惰性なのだ。死なないから生きている。理由などたったそれだけ。

明確な目的があれば別なのだろう。しかし、目的を持って生きている人間など、世の中にどれほどいるというのか。

少なくとも私には目的など無い。仕方なく、生きている。


「―――仕方ない」


そう、仕方がないのだ。

ゴールの見えぬレース。走る気力があるのは、到達点を自分で決められる者だけ。

私などには到底無理な話だ。ふわふわと流れていることしかできない。

つまらぬ。この世界が。そんな世界しか見えぬ私自身が。



私は、私という存在に何の魅力も感じない。

生涯を通して自分を上等な人間だと思ったことはないし、何か特別な才能があると勘違いしたこともない。

どこにでもいる、平凡で下等で雑多な人間の一人。

ぐるぐると同じ毎日を続けて、惰性と退屈で満たされながら生きていく凡人。

それが、紛うことなく私の正体なのである。


「…やめた」


考えれば考えるほど深みにはまっていく。

自分が、生きている意味のない人間だと思えてくる。

どっと徒労が増した。無駄。その言葉は私にとって、世界で一番悲痛な色をしている。

だから思考を切った。これ以上何も考えないよう、いつもの様に考えることを放棄する。


「そうだ、小説書かないと」


身を起こして、部屋の片隅にあるデスクトップパソコンへと向かう。

立ち上げ、HDDからテキストフォルダを開く。

そこには私の書いた文章がいくつか保存してある。

誰にも見せたことのない、恐らく生涯誰にも見せることのないだろう、私の創作物。



書いてあるのは下らぬものばかりだ。

趣味の範疇。思いついたものを書き連ねた、物語にもなり切れぬ小話。

形にして、自分だけが満足する想像の残骸。

だからどこかで公開することも無い。こんなものは、評価以前の妄想にしか過ぎないのだから。



私にできることは、想像に形を与えることだけだ。

自分だけにわかる、自分だけにしかわからない、奇形でもあれば無形でもある肉付けをする。

正しいとか、間違っているとかはどうでもよいのだ。

私にわかればいい。私以外に理解できずとも構わない。

この文章は私の内面を貼り付けたものであり、私の表層を削り取った根源であり、私だけに広がる世界なのだ。



―――舞台は幻想の郷。

失われた神々が、妖怪が、人間が暮らす存在しない世界。

あらゆる現象、事象が許容される、人々の幻想によって紡がれた理想郷。



この世界観は私から零れたアイデアではない。

正確に言うと、私自身どこで知ったかわからないのだ。



幼い頃に聞いた物語であるような気もすれば、どこかで読んだ文章である気もする。

いつの間にか私はこの世界を既知していて、登場する個性あるキャラクターも知っていた。

貧乏な巫女。黒白の魔法使い。人外の住まう館。境界を操る大妖怪。

突如として湧き出てきたものではない。ずっと前から、この物語は私の中にあった。



文章として書き出そうと思ったのも、つい最近のことである。

そうしなければならない。そうすることが、自分に課せられた責任である。

何故かは知れぬが、そんな焦燥感に駆られたのだ。



指を躍らせる。創作している間、私は時間を忘れることができる。

構想を練り、人物を載せて、結末へと動かす。

もしかすると、これが私の才能なのかもしれない。そんなふうに一度は考えたことがある。



しかし、文章を書くのは好きだが得意ではない。

読書をそこまでしない私自身、自分の書いた文に納得がいっていないのだ。

だから、こんなものは才能でもなんでもない、ただの好みなのだ。



好きだということこそが才能だと、人は言う。

だけど私はそうは思っていない。好きであっても、そこに実力が伴わなければ、才能足り得ない。

卑屈な考えであるが、それが現実なのだと、私は思う。


「…ああ、疲れた」


背筋を伸ばす。時計に目をやると、二時間ほど経過していた。

もうじき夕食の時間である。その後風呂に入って、読みかけの本を読んで、眠ってしまえばもう明日だ。

サイクルは変わらない。きっと死ぬまで同じなのだろう。

抜け出したい。けれど、抜け出せない。私は私の作った檻の中で、何も見えぬまま朽ちていく。



「それだって、仕方がないんだ。
 そういう世の中なんだから。諦めるのは、得意だから」


そんな呟きも、誰にも届きはしない。

わかっている。しかし胸中を占める虚しさだけは、どうしても消えてはくれない。



目を瞑る。今日は特に、ひどく疲れた。

このまま眠ってしまおう。そう腹も空いていない。一食ぐらい抜いたところで、どうということもない。

ゆっくりと意識が白んでいく。抗いようの無い脱力感で、脳髄が満たされる。



そして私は。

―――ひっそりと、この世界から乖離した。







[15234]
Name: 鈴木祐一◆1ad6ef74 ID:fad3c4fa
Date: 2010/01/05 05:58


微睡から覚醒する。

深い世界から、ゆっくりと引き上げられる。

意識が覚め、五感がようやくそれぞれの機能を取り戻して、私は目を開いた。


―――硬い。まず初めにそう思った。

どうやら地面に伏せているらしい。身体を起こそうと手をつくと、無機質な痛々しさが伝わってくる。

石畳だ。床か布団でなく、どこともしれぬ石の上で眠っていた。

そんな記憶は無い。確か、パソコンの前へ向かっているうちに眠くなって、そのまま意識を失ってしまったはず。


「―――っ」


全身が痛い。長いこと硬い地面で眠っていたせいかもしれない。

立ち上がる。日が照っている。太陽はてっぺんに上っていて、随分と暑い。


「ここ、は」


どこだろう。外であることは容易に窺い知れる。

視界に映るのは、生い茂った木々と鳥居。その奥にあるのは拝殿か、木造りの大きな賽銭箱も見える。

ならばここはどこぞの神社なのだろう。ただ、どこの神社なのかは見当もつかない。

元来信仰心の薄い性格である。初詣にすら面倒臭がって行かないのだから、見た目や名前だけで場所がわかるはずもない。


―――しかし。

見覚えがある。いや、それは少し正確ではない。

私は恐らく、この神社を知っている。訪れたことも聞き及んだこともないのに、わかっている。


形の定まった情報ではない。私の中にあるのは、もっと曖昧で不定形な―――イメージ図のようなもの。

ふわふわとした抽象が、実際目にしたことによって強く形づけられ、このような既視感を生んでいる。

その源となった情報は、確か―――。


「―――博麗神社」


―――そうだ。この風景、この景観と私のイメージする博麗神社が重なっているのだ。

偶然だろう。博麗神社が実在しているはずはない。ただ、そうであるという直感だけは確かだ。


頭の奥が痺れている。

投影している映像が疑わしく、虚像と実像の見分けさえつかない。

目に見えるものが真実だとすれば。この嘘のような光景も、やはり真実なのだろう。


けれど、もしも自分以外の全てが―――いや。

自分を含めた全てが虚構の中にあるのだとすれば―――。




「―――あなた」




声がする。高い、女性の声。

呼びかけられた。だから、振り返らねばならない。

やけに心臓の音が大きく聞こえる。何でもない動作なのに、緊張している自分がいる。



悪い予感。決定的で、致命的な予測。

声のした方へ向き直る。

そこに彼女が。







「参拝客、ってわけじゃないわよね。うちの神社に、何か御用かしら」





―――博麗霊夢がいた。




「なん、で」


そんなはずはない。

彼女は、私の創作世界にのみ存在するキャラクターであり、こうして私の前に現れるはずがないのだ。

次元が違う。世界が違う。そんな事象は有り得ず、そして許されるべきではない。

なのに。どうして。博麗神社がここにあって、博麗霊夢が実在していて、―――ならば私は、どこに―――。


「大丈夫? ふらふらしてるけど、気分でも悪いんじゃないの?」


「……大丈夫、です」


頭を押さえる。何もわからなくなっていく。

まさか、私は―――私自身の構築した世界に閉じ込められたとでもいうのだろうか。

あり得ない。そんな非常識が、あり得て良いはずがない。


眩暈がする。

天地の区別がつかなくなって、上手に立つことができない。

揺れて、揺れて、私の存在ごと揺さぶられて。

身体が傾いでいく。重力にすら対応できなくなって、倒れてく。



「―――っと。やっぱりちっとも大丈夫じゃないじゃない。
 強がるのはいいけど、倒れるなら私の目の届かない場所にしてよね」


肩を抱きとめられた。

情けない。何もできないだけじゃなくて、そこにいることすらできないなんて。


「すいま、せん」


「謝るくらいなら、そうならないようしっかりしなさい。
 休める所まで連れて行くから。このままでも歩ける?」


「はい、大丈夫です」


「貴方の大丈夫は大丈夫じゃないから、不安なんだけどね」


身体を支えられたまま、神社の裏手へと回る。

縁側で靴を脱いで畳敷きの部屋へ入った。どうやらここが彼女の生活スペースらしい。

部屋の雰囲気そのものが何だか懐かしい。田舎にある祖母の家を思い出す。

時間がゆっくりと流れていくような感覚。自然に包まれて、気分が落ち着く。


「ここで横になってて。萃香、いないのー?」


「ん? どうした霊夢」


ぱたぱたと足音が聞こえて、少女が近くまでやってきた。

萃香。―――伊吹萃香。

彼女のことも博麗霊夢同様、よく知っている。


「この人見てて。気分が悪いみたいだから。
 私はちょっと行って水を持ってくるわ」


「わかった。見てればいいんだな」


萃香が頷くのを確認してから、霊夢は部屋を出て行く。

私は、身動きが取れないまま仰向けに寝そべって、天井を眺めていることしかできない。

前後不覚に陥っている。色々なことがわからなくなり、自分自身すら疑ってしまった。

そうなればおしまいだ。懊悩の泥沼なのだ。まともな思考など、働くはずがない。


一旦考えることを放棄する。

恐らく、私一人で思案しても答えなど出ないだろう。

ならば答えなど出なくともよい。わからないままでも、事態はそうであるように進行していく。

今は―――彼女たちに迷惑をかけないよう振舞うことが、何よりも先決である。


「じー」


己の情けなさを痛感していると、そんな自分をじっと見つめる―――わざわざ声に出してまで凝視している、萃香と目があった。

すぐそばにぺたりと座り込み、他の物など何も見えないといった風に、こちらの顔を覗き込んでいる。


「え、と。何を?」


「見てるんだ。霊夢が見ろって言ったからな」


それは恐らく、『看る』という意味合いで言った言葉だと思うのだけど。

教えても意味はないだろう。伊吹萃香はそういう性格だと、私は知っている。


「そう、ですか」


一応納得の返事だけ声に出して、視線を外す。

近いのだ。吐息がかかりそうな距離に、彼女の顔がある。

緊張こそしないが、気恥ずかしい。異性にこれだけ接近されたことは、短い人生の中で数えてもそう多くはない。

……嘘だ。一回も無い。


「んー、やっぱり見たことの無い顔だな。
 ここに参拝でもしに来たのか?」


「いや、参拝というわけじゃなくてですね。
 気づいたらここにいたというか、何故ここにいるのか俺もわからないというか」


「なんだそれ?」


首を傾げる。聞き返されてもわかるはずがない。

自分の創作した世界に引き込まれた。そんな事象、私の常識内にはないのだから。

…それよりも。


「あの、もうちょっと離れて頂けると助かるんですけど」


「ん、なんでだ?」


「いや、あんまり近いと…ほら、話し辛いでしょう?」


なんだか言い訳じみていると思った。

それでも、納得はしてもらえたらしい。萃香は「確かにそうだな、話し辛い」と言ってから顔を離した。

ふぅ、と私は安堵の息を吐く。


じゃらり、と鉄の擦れる音がする。

それは鎖だ。彼女の両手に嵌められた二本の鉄鎖。


その先端にはそれぞれ異なる飾りがついている。

三角錐。球体。立法。

各々が『調和』『無』『不変』を表す、彼女特有の装飾具。


「これ、気になるか?」


私の視線に気づいたのだろう。

腕を軽く上げて、萃香は飾りを私に見せるようにした。


「いえ、そうでもありません」


「そうか。説明するのも面倒だから、その方が助かる」


だろうと思った。

だから口にも出さず、興味の無い風を装ったのだ。

それに―――知っているから。私がこのことを知っていてはいけないことを知っているから、黙っていた。


「あのさ、お前何か無理してないか?
 不自然というか、違和感というか、よくわかんないけど何かおかしいぞ」


「人見知りをする性格で。
 初対面の相手だと、どうしてもぎこちなくなるんです」


「人見知り? そんなもんするな。しゃべり方だってもっと楽にしろ。
 堅苦しいのとか大嫌いなんだ、私は」


命令形でそう言われる。

しかし、楽に出来るものなら初めからそうしている。

出来ぬから、人見知りなのだ。これが私の性格なのだ。

不自然だ、堅苦しいと今更言われたってすぐさま直せるものでもない。


「そうだ。それにそもそも、まだお前の名前だって私は知らないじゃないか。
 ―――伊吹萃香だ。名乗れ」


はぁ、と気の抜けた声を上げてから、鈴木祐一です、よろしくお願いします、と月並みに答えた。

何がよろしくなのかは私自身わからない。社会人として一年間生きてきた、副産物みたいなものだろう。

余計な癖がついてしまったものだ。私は先程とは違った、溜息じみた声を漏らした。

―――気分の悪さは、いつの間にか直っていた。






[15234]
Name: 鈴木祐一◆94579708 ID:fad3c4fa
Date: 2010/05/31 20:13
「水、持ってきたわよ」


霊夢から盆に載った水を受け取り、一気に呷る。

冷たい。井戸水を汲み上げているものだからだろう。

向こうで日常的に飲んでいた水道水とは違う。ただの水なのに、おいしいと感じる。


「どう、少しは落ち着いた?」


「はい、どうにか。ありがとうございます」


簡単な礼を言うと、霊夢は「別にいいわよ」とぞんざいに返して、卓袱台をはさんだ対面に座り込んだ。


「なぁ霊夢。こいつ、相当おかしな奴だぞ」


「そうかもね。そう言う萃香は随分と楽しそうだけど」


「当然だ。こんなおかしな人間に会うのは、久方ぶりだからな」


そりゃ楽しむさ、と言って萃香は屈託の無い笑みを浮かべる。

そんな居候の楽しげな表情を見て取り、霊夢は溜息を吐いた。


「まったく、アンタが楽しそうだと、碌なことにならない気がするわ」


ぽつりと呟くと、こちらを見る。

まっすぐな視線。逸らさず、合わせる。


「ここがどこだかわかる?」


「いいえ、わかりません。ここがどこなのかも、どうしてここにいるのかも」


誠実に見せかけて答えた言葉は、少しだけ嘘が混じっていた。

ここがどこなのかは知っている。

幻想郷。中でもここは、実体と幻想を分ける大結界の基点となっている、博麗神社。


しかし、どうしてここにいるのかはわからない。

そもそも何故幻想郷が実在しているのかすらわかっていないのだ。

空想が具現化した。私の妄想が形を持ったとでも言うのか。―――有り得るはずが、ない。


「そう。…一から説明するのも、面倒ね。あなたに認識しておいてもらいたいのは、二つ。
 ここは幻想郷という名の土地であるということ。
 そして、幻想郷はあなたの居た世界とは異なる、また別の世界だということ」


「別の世界」


「ええ。順応しろとは言わない。ただ、その事実だけを頭に叩き込んでおきなさい」


それだけならば、何とかできる。


「どうしてここにいるか、わからないのよね?」


「はい」


「じゃあ、やっぱりあなたは幻想入りしたのよ。所謂、外来人ね」


「幻想入り…?」


思わず聞き返す。幻想入り。その言葉を耳にするのは、これが初めてだった。


「そう。外界から、何かの拍子で幻想郷に来てしまうことを、そう呼んでいるのよ。
 向こうじゃ神隠し、とでも言うのかしら?」


“神隠し”ならば聞いたことはある。

しかし、やはり幻想入りというワードを私は知らない。

おかしい。もしもこの世界―――幻想郷が、私自身の創り出した虚構の世界であるのなら、
私が既知しない事象や名称があってはならないはずだ。


ならば、ここは私の知らない別の幻想郷なのだろうか。

未来は無限に分離し、数多に連なる空間はあらゆる可能性を内包しているという。

その中に、私の想像した幻想郷と似ている世界があり、ここがまさしくその世界である。

そう考えることも出来るが、あまり自然な解釈とは思えない。

ひとまず、そのことを考えるのはやめた。


「まぁ、犯人は知れているし、幻想入り自体はそう珍しいものでもないんだけど。
 運が悪ければ妖怪たちの餌になっていただろうから、そういう意味では目覚めたのがここで幸いだったわね。
 そこいらの妖怪なんて目じゃない鬼が一人、そこにいるけど」


「食わないぞ、私は」


不機嫌そうに萃香は頬を膨らませる。

人を喰らう妖怪。そんなものがここには平然と存在していて、それがこの世界の常識である。

むしろ異端は私の方だ。私と彼女たちとでは根幹にあるものが違う。

そのことを忘れていた。いや、実感がなかった。


博麗霊夢の言った通り、もしも妖怪の住まう山や森で目を覚ましていれば、

抗う術を持たない私は簡単に彼らの食事になっていただろう。

そういう世界を私は描写していた。想像し、創造する。それだけならば誰にだって出来る。

空想に血は混じらず、架空はあくまでも架空として扱われる。


それはひどく当たり前のことだ。現実でなく、個人が脳内でのみ投影した産物に過ぎないのだから、
そこには匂いも無ければ何の手触りも無い。


―――だから。

言葉を耳にし、姿を目にしてようやく気づいた。

この世界において、生きる力を持たない自分などは―――芥子屑同然なのだと。


「大丈夫? また顔色が悪いけど」


「…大丈夫です。続きを、お願いします」


「わかったわ。とは言っても、後は単純にあなた次第なんだけど」


「私次第?」


ええ、と呟き霊夢は頷く。


「帰るか、もしくは留まるか。
 幸いにもここはその境界。あなたさえ望むのなら、すぐにでも元いた世界へ戻れる」


―――それは、つまり。


「望みさえすれば、ここに居続けることも出来ると?」


「うちでは世話をみれないけどね。
 まぁ、人里にでも下りればどうにかなるでしょう」


「なんでだ霊夢。こいつがいたら、きっと楽しいぞ」


「楽しいのはアンタだけよ。それに、うちにはそんな余裕ないわ」

 
「えー」


「えー、じゃない」


むくれる萃香と、それを宥める霊夢。

そのやり取りはとても自然で。これが夢だとも、自分が生み出した妄想だとも思えなくて。

だから余計に、混乱してしまう。


「…少し、休ませてください。色々とありすぎて、今は何かを考える余裕がありません」


時間が欲しい。

頭の中を整理をするのと、これからを考えるための時間が。


「でしょうね。いいわ。
 三日はここに居てもいいから、ゆっくりと考えなさい」


「ありがとう、ございます」


「休むなら向こうの部屋ね。押入れの中に来客用の布団が入っているから、それを勝手に敷いて使って」


立ち上がり、霊夢の指差した方へ歩を進める。

すると霊夢は、最後に「それから」と言葉を付け足して。


「―――萃香。アンタは、ここにいなさい」


私の後を静かについてきた萃香に、そう言い放ったのだった。






[15234]
Name: 鈴木祐一◆94579708 ID:fad3c4fa
Date: 2010/05/30 07:01
三時間ほど仮眠を取った。あまりよく眠れはしなかったが、一人でいられる時間を得て、

いくらか冷静に考えを巡らせることができるようになった。

この世界は夢か現か。その答えを知ったところで、大した違いは無い。


第一、その二つを分かつ明確な差を、私は知ってはいないのだ。

どちらかが夢なのか。それとも、どちらも夢なのか。

いずれにせよ、ここにいる私は確かに私。

差し迫った選択を決めなければ、何も進みやしない。そう、割り切った。


―――三日。それが期限だと霊夢は言った。

ここに残り、生きるための道を探すか。
元いた世界へ戻って、今まで通りの生活をするか。
決めるのは誰でもなく、自分自身。選択は自由。

だからこそ、熟慮して判断を下さねばならない。


「―――違う」


答えなどとうに出ている。

帰る。帰らねばならない。元いた世界へ。元あった日常へ。

人は色々なものに縛られている。例えば、血の繋がり。

残してきたもの、守らなければならないもののために、帰還する。

それが私の責任であり、背負った義務なのだから。


だから、今こうして悩んでいることさえも、逃げでしかない。

本来ならばすぐにでも帰らねばならない。

ここと外とで時の流れが同一とは限らないのだ。家族を真に思うのなら、一秒だって無駄には出来ない。

出来ないはず、なのに。


「また、逃げてる」


自分が強い人間でないことは、誰よりも自分自身がよく知っている。

肉体も、精神も。辛いことから逃げ、楽な方へと進んできた卑怯者。


そんな人間の前に、自分の描いた理想の世界が広がっているのだ。

ここにも辛さはあるだろう。苦しいことだってあるだろう。

それでも、退屈な日々を過ごして来た私にとって、
この世界はあまりにも魅力的だ。


留まりたい。長く居れば居るほど、強くそう思うようになる。

このままでは、責任から目を逸らし私が私でなくなるのも、時間の問題だ。

そうなってしまう前に。

一刻も早く、私は――――――。


「帰ってしまったら、後悔することになるわよ?」


投げかけられたのは、思いもよらぬ第三者の声。

この部屋には誰もいなかったはず。そう思い、声のした方へと視線を向ける。

そこにいたのは―――八雲紫。


「―――後悔とは、どういう意味でしょう」


「あら、存外驚いていないのね」


「貴方が、そういう存在であるということは、知っていたので」


「そう。残念」


そう言って、紫はくすくすと笑う。

ここへはスキマでも空けて入ってきたのだろう。

まったく気配がなかった。いや、元々私に気配など察知できはしないが。


「それで、先の発言の意図は」


「そのままよ。このまま幻想郷を去れば、きっとあなたは大きな悔いを残す。
 私は善良な妖怪だから。知っている以上、伝えずにはいられなかったのよ」


善良な妖怪とは、よく言えたものだ。

私の知る八雲紫はそういう言葉とは程遠い。良心より、興味や愉快を優先する。

永い時を生きてきた存在。そういうものを殺すのは、物理や概念でなく退屈だという。


「その悔いの理由は、教えてもらえないのでしょうか」


「ごめんなさいね。私も、そこまでは知らないのよ」


やはり、そう言うと思った。

恐らくこれは虚言だ。知っていて、話そうとはしない。

彼女は親切心だけで動くような性格ではない。何かしらの楽しみを見出さなければ、私になど干渉しなかっただろう。

もしくは―――彼女が干渉しなければならない何かが、そこにあるか。


それでも、後悔するだろうという助言そのものはきっと正しい。

何故かはわからない。自分でも、どうしてそう判断できたのか説明できない。

ただ、何となく。彼女は信じれると、そう思っている自分がいる。


「そうですか。助言、ありがとうございます」


素直に礼を言って、頭を下げる。

紫は何が面白いのか、くすくすと笑っている。


「…本当に、おかしいわね。私のことを知っていて、純粋に礼を言う人間なんて初めて」


「なら、もっと打算抜きで人と接してみたらどうですか?」


「無理よ。これが、私の性格ですもの」


そうだろう。その雰囲気、『胡散臭さ』は彼女のアイデンティティだ。

無くなったら、むしろそちらの方が怖い。


「でも、私の前ではしないのね」


「何がですか?」


「何も知らない、外来人のフリ」


…見ていたのか。


「しませんよ。正直なところ、あなたにだけは隠し事を出来る気がしません」


「そう。なら、その勘はとても正しいわ」


昼間のやり取りも彼女は見ていた。

八雲紫。賢者と称えられ、境界を操る程度の能力を持つ、大妖怪。

私程度が何を隠したところで、造作もなく暴かれるに決まっている。


「…一つ、お聞きしたいことがあるのですが」


「あら、何かしら」


「あなたは―――私のことを知っているのですか?」


「さぁ? どうでしょうね」


笑う。何も読み取れぬ、虚偽の塊のような笑み。

応か否か。私には到底、窺い知ることが出来ない。


「もう行くわ。下手をすると、戻れなくなってしまうかもしれないし。
 いずれまた、会うこともあるでしょう」


スキマを開き、紫はそこへ身体を滑り込ませた。

また会うだろう。これもまた根拠のない予測だが、確信がある。

そのせいだろうか。何故か、別れの言葉をいう気になれなかった。


「あ、そうそう。最後に、一つだけ言っておくことがあったわ」


そう言って、八雲紫は振り返る。

―――不吉な予感が、した。





「―――“夢”と“現”を操る程度の能力。
 それが、あなたの持つ力よ」





言い残し、スキマごと消えた。
静けさを取り戻した部屋。私は、元の世界に戻れぬと知った。



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