006: 空
焦がれ求めた先で手にしたのは、殺意。
最近親しくなった中忍の女と街を散策しているナルトの前方にどこから現れたのか、何の変哲もない小径の古い塀にもたれかかり空を見あげている彼がいた。風景にとけこむ黒装束のシルエット。それがありえないような魔力で人目を惹きよせる。こいつは気配を消すとなれば完璧なのにこうして所在なくぼんやりしていると、意味もなく、悪目立ちするのだ。
見慣れるということがない。
何年を傍で過ごそうとも鮮烈にナルトの視線を奪って心をざわめかせてくれる。
「ナルトくん。どうしたの?」
女に腕を引かれておのれが硬直していたのを知る。
ああ、またこいつに遭遇したせいでだめになるのだと悟った。
わずか上向いて無防備に晒されている首すじ。春風に煽られている長めの黒髪。それを鬱陶しげに掻きあげる指と、刹那、上忍服の袖からのぞいたまっしろな手首。すべてが計算されつくしているようでもあり何も謀ってなどいないようでもあった。サスケは俄かに空を観察することの退屈さに気づいてしまったとでも云いだしそうな風情でまなざしを伏せ、それから、黒い眸をすいっとこちらへと流し、微笑を孕んだ一瞥をよこした。
「よぉ」
「……何やってんだおまえ、こんなとこで」
「個人的な話がある。ついて来い」
ふざけんな俺は新しい彼女候補の子とデートのまっさいちゅうなんだぞ。
と、突っぱねるべきだ。よりにもよって「個人的な話」とのたまうのが最悪である。ナルトの隣で今の状況に置いてけぼりをくらっている女性へサスケは少しだけ詫びるように会釈し、表情を曇らせた。
「悪いが…こいつを貰っていく」
借りていく、ではなく 貰っていく。
その真意を彼女は推し量れただろうか。
木ノ葉の女でサスケに声をかけられてのぼせない者はいないのだろうとナルトは思う。否、里の女にかぎらない現象かもしれない。この玲瓏たる美貌はたいへん女受けがよい。へたをすると男受けもよい。過去の罪はすでに清算されてサスケを責める者は誰もいない。修羅の戦場を駆ける鬼神のごとき上忍、おそろしくも冴々と輝く彼の忍としての力を尊敬しているくのいちであればなおさら、その本人が目の前で悪いと告げてくるのにナルトを引きとめられはしまい。
接点もなく憧れるばかりだった人物が実際に自分と同じ空間へ舞いおりてきた、そこで息をして自然に動いて形のよい唇をひらいて喋りかけてよこすという、衝撃。
それがどれほどの陶酔をもたらすのかナルトにも覚えがある。アカデミーの演習でたまたま彼とのツーマンセルを割り振られた幼い日、一度も喋ったことなんてなかったのにあたりまえのごとく名前を呼んでくれた。
ナルト…と。
それっぽっちのことが今でもまだ忘れられない。
きっと自分は死ぬまであのときのサスケの声を抱えてゆく。
ナルトを好いている女でも恋心とはまた別の部分でサスケに対しては胸がときめくものらしかった。サスケほどの美貌を妬み憎むのは自分をみじめにするだけ、それに美しいイキモノを愛でたがるのは男の専売特許じゃないのよと教えてくれた女もいる。これまでにつきあいかけてだめになったどの女たちも、デートの最中にたびたびサスケが現れたり人伝の呼び出しをかけたりしてナルトを取りあげてしまうにもかかわらず不思議とサスケ本人への心象は悪くせず、ナルトを怨んだ。デートを中断させるサスケへと怒りの矛先を定めるのではなく、なぜか、ナルトをなじってくるのだから理不尽である。どうしていつもあのひとのほうを選ぶの。あのひとと私とどっちの優先順位が上なの?
(そんなの俺にどう答えられる)
本当のことなど、口にできはしないのに。
サスケはこちらを確認することなく背中を向けて歩き始めている。ナルトがついてくると信じているのか、あるいは、ついてこなくてもかまわないのか。たぶん前者だろう。どうせこいつには彼自身がナルトの最大の弱みであり、ゆえにナルトに彼を無視できるはずがないということも見透かされているのだ。
中忍の彼女がサスケの後ろ姿を見送りながら頬を染めている。行ってあげて、と許可をくれたのにホッとしてしまう自分を嫌悪しつつも結局はナルトは曲がり角を折れてゆく上忍ベストの背を追った。
彼女もあと何回の邪魔を笑って許してくれるだろうか。
角を折れたところでサスケは螺子が停止してどう動けばいいかわからなくなったカラクリ人形のように立ちつくしていた。その手首を掴むと一瞬ビクンとおののいて反射的に手をひっこめるが、離してやらずに手を取ったまま前へと歩きだす。行き先は決まっている。
「お邪魔虫のサスケちゃん」
「……」
「おまえよく毎回、俺のデートを嗅ぎつけてくるよな?」
「………あの女とつきあうのか?」
「個人的な話ってそれ?」
「……」
「つきあいたかったよ」
でも、どうせおまえがぶち壊してくれるんだろ。
黒絹めいてさらりと頬にかかる髪。深い闇をも喰らって妖艶な力を増すような魔性の黒眸、しかし瞳にひらめく魔と正反対でユニセックスな白肌はあどけないくらい穢れがない。涼しげな鼻梁から続いているどこかしら甘さを匂わせる口、唇のライン。男女の性差も言い訳にはならない。自分よりも格段に美しいこういう人間に何度も何度もデートの相手を奪われて、平然と「仲がいいのね」なんて歓迎していられる女がいるものか。もしもそんな女がいるならばと手当たりしだい探しているのもモトをただすなら全部こいつが悪いというのに、そのナルトの努力さえも逐一デートへ介入することで台無しにしてくれて、何が気にいらないのか知らない。
ナルトはアパートの自室まで帰って鍵をあけた。
こうなるのは初めてでもないくせに室内へあがろうとしないサスケのためらいに苛つき、施錠しなおした玄関のドア、その内側へダンッと彼の背を叩きつけた。拒絶の声をこぼしかけたのかもしれないわずかにひらいた口をキスで塞いでしまい、そこへ舌をねじりこんで奥に侵入し、逃げるのを許さずに舌先を擦りあわせる。
「ん…、っ!」
顎を引こうとするから片方のてのひらをサスケの頬に添え、もう一方の手の親指でクイと顎を掬ってさらに濃厚なキスを受けさせるべく上向かせる。嫌がって暴れるのを正面に覆いかぶさった体で封じてしばらく咥内の熱を味わっていると、観念したみたいにサスケがおとなしくなった。積極的に応えるわけではないが舌同士を絡みつけて吸いあげるとおずおずとしゃぶりかえしてくる稚拙な応酬がいとしい。頬に添えていた手をさげて黒装束の中へもぐりこませ、サスケの胸の尖りを摘む。
ひとつの突起は直截に指でいたぶる。小粒のふくらみを転がしたり練りこんだり抓んだりする。余っているほうの突起は、上忍ベストの前を開け、キスを終えたばかりの唇で黒いアンダーシャツの上から歯に挟んで甘噛みする。彼はここを弄られるのが好きなのだ。絶対に認めようとはしないけれどいつも気持ちよさそうにしている。コチコチに乳首が勃ってくるまで丹念に可愛がってやって相手がもどかしそうに腰をくねらせたのを見逃さず、ベルトを抜く。
「……ナルト、玄関……?」
「ああ。玄関だ」
「こんな場所で盛るな」
「だってサスケってばもうベッドまで歩けねーじゃん?」
「歩け……、っ、んぁッ」
下肢のつけねをズボン越しに握ってやると腰が砕けたらしい。こちらの肩へ黒髪を押しつけてしなだれかかってくる。ナルトは「ちゃんと立てよ」と意地悪く囁いてサスケをドアへと押し戻し、左脚だけ衣類を脱がせて後孔をほぐした。
(何が気にいらないのか知らねーけど)
おまえとはつきあえない、と、言って。
ヒトの決死の覚悟の告白を拒んでおきながら。
友人のデートを妨害しているという後ろめたさは彼にもあるらしくナルトと女性との恋路を邪魔した日には必ずこのナルトの家までついてきて、抱かせてくれる。どちらから言い出したでもなく不文律のそういうルールになっている。おかげでサスケは箱入りの処女から淫売に脱皮でもしたみたいに今ではかなり挿入されて感じられる体質になった。
まるで安いセックスフレンドのような。
せめてもの詫びのつもりだろうか。
躰を与えるのが。
「声出すなってばよ? うちの前を通るひとに聞かれたくないなら、な」
声を出してはならないと戒めれば戒めるほど、サスケの体内に燻る快楽のうねりは出口を求めてせつなげに荒れるはずだ。そのためだけに釘を刺せば相手はまんまと罠にかかってキリと唇を結び、ナルトの肩に押しあててきた。それがゴーサインになった。ズボンもパンツも剥いてしまっている左脚のほうを高く掲げ、腰を少し浮かせるように命じて下から突きあげるみたいに孔をひろげてゆく。落ちてくる体重に助けを借りてズ、ズ、と隘路へ割りいる。完全に嵌めおえて合体するやたちまち背筋を官能の稲妻が走り、ナルトは律動を開始した。
細い腰を揺すってねじりあげ、貫き、挿して、サスケが息も絶え絶えになるほどの突きを送ってやる。唇をふるえさせながらも歯を立てて声を殺している彼の表情は最高にそそる。もっといじめてみたくなり左足首を掴んでいっそう深みを抉るべく持ちあげる。サスケの背中をドアに押しつけたまま下半身をぶつけあうと前立腺とは別の秘処、今まで届かなかった奥まりの快感ポイントを肉棒で掻いてやることができるようになる。白い脚がびくびくと痙攣する。目の前で黒アンダーシャツを盛りあげている乳首をまた吸ってやれば、ナルトを銜えこんでいる内襞がきつく締まるのがたまらなく心地よかった。
片足立ちにさせられて不安定に責めたてられるスピードにあわせ、サスケは声にならない吐息で乱れていった。玄関のドアがガタガタガタガタと怪しい騒音を響かせている。
「は…、ぁ…っ、………あ、あッ……んっ、…ぁ!」
「声、出すなって。俺は聞かれたってかまわねーけどサスケは恥ずかしいよなぁ? 男に酷いことされてアンアン啼いちゃうの?」
「…………ん、はッ……ぅ、う、んッ」
サスケがヒク、と顎をあげて咽喉をこちらへ晒すのでおのずと彼の後頭部がドアへすりよせられる。お世辞にも豪華とは形容できない住み慣れたナルトのアパート。その玄関先。扉一枚を隔てて通路を誰かが歩いてきたなら簡単にいかがわしい情事の気配を嗅ぎとられてしまう。飛びかけのギリギリの理性で消そうとして消しきれていない喘ぎ。ドア板との摩擦をおこして黒髪が散らばり、一束は、唾液で濡れひかっている唇まで辿りついて薄赤い口の中に含まれている。
こんな場所で性欲処理みたいにしてサスケを抱いているのだという悲しみにも等しい感慨でナルトは欲望を噴射した。
「サスケ…ェ!」
「…ん……!!」
「綺麗、だぜ」
「う、ぁ…んん! んッ」
「おまえってやっぱ、すげえ、綺麗だ…っ」
「ァ…ッ、は、ぁ、はぁ、ふ、ぁ」
奥の奥へと精液を注入されている間、サスケは、奔流してくる欲汁の熱さにどうしようもなくなったように腸壁をぬらぬらと波打たせていた。そんなふうにされると肉体のみでも今は確かに彼と自分とがひとつに繋がっているのを実感できる。それが善くて嵌めたものを内部に置いたまま、彼の屹立を揉みしだく。
ぎゅうと目を閉じて耐えていたサスケは執拗に追いあげられるにつれ朦朧たる艶を抑えきれなくなり、ついには後孔を窄め、こちらの息が詰まるほど扇情的な吸いつきで内部にいるナルトをおいしそうに味わいながらあえかに啼いて、吐精した。
一番は絶対にむりだと魂の深いところでうんざりするくらい自覚していても、もしかすれば二番目にはたいせつにできるかもしれないからと、秋波を送ってくる女性たちをナルトのほうから進んでデートに誘うようになった。次期火影候補のうずまきナルトは次々と相手を替えて女遊びをしている。噂が広まるや否や、あんたいつから無類の女好きになったのよ、自来也さまに乗りうつられたんじゃないの、と若干の暴言まじりに蔑みの目で怒りをぶつけてきたのはサクラだった。
見損なったわ。あんたにはちゃんと特別って感情がわかると思ってた。
春のおぼろな空気が人心をぬるませる先日のことだ。
飛んできた拳を片手に包んで止めてしまい、ナルトは彼女にただ笑いかけた。
いつから、なんて、そんなの。
考えるまでもなかった。呑みすぎた酒の勢いでとうとう恋情を抑えきれなくなり、困惑している白い手をひいて連れこんだ宿でサスケを犯して以来である。あれはまだ寒い冬の夜。窓の外には粉雪がちらついていた。
『やめ…ろっ……、何…!』
『ごめんってば!! じっとしててくれよ!!』
『……ッ…、こ、の、酔っぱらいがッ、いいかげんに……ぁ…っ』
男である彼を自分の猛りで女のように貫きたいなどと、許されない。だから。
一生だ。俺が一生守ってやるから。
雪に閉じこめられて音もない世界にひとつきりの眩しいもの、シーツの上でもがいて淡く微光を発していた裸の肩。撫であげた腰のなめらかさ。快楽にふるえて背に縋ってきた指。その泣きたくなるくらいの清い色香。悪酔いした酒を醒ましたいから休んでいこうと提案したナルトの嘘を、サスケは信じて、導かれるままに卑猥な宿の中までついてきた。そういうところが昔と変わらない彼の甘さだった。気分がすぐれないふうを装えば『自分の酒量ぐらいわきまえろ』と憎たらしい口を叩きながらも脇を支えてベッドへと運んでくれる。そこを押し倒した。強引に抱こうとするとずいぶん抵抗されたが、昔はいざ知らずとっくに力の強さも体格も勝っている。嫌がるのを宥めて行為を進めてしまえば最後には身体をひらいてナルトを受け入れてくれた。
ともに濡れて交ざりあって眠った翌朝、薄汚れた宿の一室には不釣合いなほどの神聖な心でナルトは彼に好きだと告げたのだ。
『ご、ごめん。痛かった…?』
『ヤることはさんざんヤッたくせにまだ謝んのかよ。殺すぞ』
『おま……口悪ぃよな。うん、でもサスケなら俺を殺せるかも』
緊張で死ねそうだった。好き。たったの二音がこんなにも重い。俺はずっとおまえが大大大好きで、だから、お願いします俺とつきあってください。脳も心臓も破裂しそうな命がけの告白をしたナルトの腕の囲いの中でサスケは苦しげに面をそむけて、それはできないと答えた。
『おまえとはつきあえない。俺とおまえの好きは、違うんだ』
決然と否まれた、のに。
今は、はぁはぁと耳もとへ噴きかかる熱い息衝き。
この関係は歪んでいる。
性器を抜けばたぶんサスケは支えを失ってクタリと倒れてしまうし残滓がこぼれてしまうから、いずれは抜かなければならないのにあとちょっと、あと少しと先送りにして後ろへナルトの男根を銜えさせた状態で休ませている。栓の代わりだった。ただ入れているだけでもサスケの腰が無意識にゆらめいて彼の好きなところへ熱塊を導きあてようとしており、こころよい。充分に煽られる。なんだこいつ、自分がこんなにもエロ可愛く媚びているのは本人気づいちゃいないのだろうけど、と苦笑して白いうなじを引き寄せて再度の口づけを交わす。
臆して泳ぐ舌を引きずりだし、くちゅんと音を鳴らして戯れる。
唾液をたっぷりまじえあって唇は離れた。
「ナ…ルト」
体内で大きく硬くなった男の復活を感知したらしいサスケは双眼へほんのり発情の色を浮かべたが、すぐにきまりわるそうに視線を逸らした。どこかしら不貞腐れた様子で肩を押してくる。俺から出ていけと言いたいのかもしれない。
(このまま抜かれたらおまえん中、サビシクて困んじゃねーの?)
彼をそういう体へと作り変えた暗い愉悦にほほえんでナルトが無言で腰を一突きしてみればサスケはグ、と呼吸を止めて眉根を絞り、やがて非難めいたまなざしを向けてきた。
「さっきの…女。何がよくてつきあいたかったんだ」
「あ〜あの子? あっそう。サスケさんのお気には召しませんでしたか」
冷たくあしらえば白皙の顔が翳っていく。何を考えているのか、今度は指を伸ばしてきて、俺にそんな口を叩くとは生意気なんだと叱るようにナルトの頬を軽くつねった。その手を捕まえてやり指先にもキスを捧げる。
「むね」
「むねぇ? あ。胸か。つまんない? いじってほしいの?」
「………あの女、胸無かったぜ」
「………おまえナニゲに最低な。どこチェックしてんだっつの」
「男だからな。普通に目が行くだろうが」
「そりゃまあ…行くけど…。おまえさ、意外と巨乳好きですか。大事なのはボリュームじゃねえだろ。俺にチンコ嵌められてる体勢でそういう男くさいこと言っちまえんの、さすが、うちはサスケだよな。で? 何が気にいらねーの。誰となら俺がデートしても邪魔しないでくれるわけ」
「………サクラなら」
「サクラちゃんはだめ。つか、無理。相手にしてもらえねえ」
「なら……容姿も教養も家柄も人格も俺が認められるくらいの、女にしろ。そうだな…。それで、なおかつ、おまえの足手まといにはならねぇ優秀なくのいちであれば……祝福してやれる」
「へえ。祝福か」
ナルトは嘲りをこめてその単語を唱え、途中までたくしあげてあった眼前の黒いアンダーシャツを歯を使いながらさらに上までめくった。だったらおまえが女になれよと言ってやりたい。彼の認める基準というのがおそらくは無自覚にサスケ自身と照らしあわせて定められているので、この火の国一の麗人を超えるのは不可能だとしても並ぶくらいの女というのであれば、それでも、厳しすぎる。あらわにした二つの桜桃色の乳輪をかわるがわる舌で愛撫する。前歯のすきまに突起を挟んで、舌先でつついたり顎にやわく力をかけて噛んだりする。サスケの体の奥が物欲しがるみたいに蠕動してまた言葉もなくナルトをねだった。
ますますドアへ磔にして至近距離から見つめると相手のかすかな期待と恐怖が読みとれてしまう。劣情を刺激されてどうにもならない。腰を打ちこむ。怯えながらもまといついてくる内側の、慣れたようで未だ極限では初々しさを捨てきれていない狭壁を穿ち、あたたかな粘膜を掻きまわして揺する。
ぴくん、ぴく、ぴくん…、…ぴくん…、電流が廻っているようにまっしろな肢体をあられのない媚態で悶えさせてサスケは体温を昇らせていった。尻の穴を嬲られてよろこべる体になるなんて最初に襲ったときには想像もできなかった。しかし初回からそうだったけれど、いつもナルトが突っこんで動きはじめてしまえば途端に諦めモードへと移行するのだろうか、すべてを委ねてくる。まったくもって性悪な魔物だ。
サスケとこうして性交しているのを彼に付着している他人の残り香で察したというキバが、以前にナルトの肩を抱いてからかってきたことがある。
『ほっほう、おめでとうナルトくん。いやぁ…あのサスケがねぇ。おまえに許すとはなぁ』
こんにゃろう根性で初恋を成就させやがったな、と屈託なく続けられ、自分の恋心が下忍時代から誰よりも近くにいたサクラ一人にとどまらずもっと広範な周囲へ気取られていたのを初めて知った。同期連中はみんな承知だろ、バレバレだろおまえの惚れっぷりは、とキバには呆れられた。
『サスケってAB型だよな? めでたくおつきあいしてもらってるとはいえ、おまえ苦労してんじゃねえ? ABの奴ってストイックっつーか、交尾に生理的な嫌悪感があるとかでヤリたがらねえって雑誌に書いてあったからよ。あいつ、そんな感じするぜ。だがナルト! 俺がアドバイスをくれてやる!! その雑誌にはAB型を落とすには“ここまでされたら交尾しても自分のせいじゃない”と責任転嫁できるくらいの強引な戦法がオススメ、すなわち一回レイプするつもりで力任せに足首を掴んで逆らえなくして嵌めちまえば、次からは案外すんなりヤラせてくれるようになるっつー分析もされてたぜ。一度犯された相手には“どうせ抵抗しても挿れられる”ってな、自分への言い訳みてぇなのが立つんだと。ただしサスケが本当にそうなのかはわかんねーけどよ』
つきあってもらえているわけじゃない、との訂正はしなかった。
血液型の診断などあてにはならない。が、キバの持ちだしてきた説には納得できる節もあった。本気で抵抗されたのは初回だけ、それも半ば力ずくで挿入してしまったら意地を張るのをやめて従順に喘ぐようになった。以来、みずから抱かれたがるわけではないのにナルトの求めは退けたことがない。ズルズルと関係を重ねている。幾晩も幾月も可愛がって抱いているうちに感度も鋭くなっていやらしい腰つきに変わった。ナルトの突きあげを受けて素直に官能へと呑まれていく彼を、崇拝にも似た思いでうつくしいと眺めている。
「サスケ…、俺に抱かれんの、うれしい?」
「……や…っ……ばか、…ぁ、あ、あ…っ」
「うれしいよな。感じてるもんな」
「ふ…、ぅ、ン、んぁ!」
子どものころ。
憧れて憧れて、憧れていたから、サスケがナルトの起こすアクションに何かを返してくれるたびにとびきり興奮した。呼びかけたら返事をしてくれる。喧嘩をふっかけたら即買いしてくれる。転んだら腕を取って立たせてくれる。触りたい気持ちをごまかして髪をひっぱったら拳骨をお見舞いしてくれる。そんな、小さな反応のいちいちに胸を躍らせていた相手と今はこれ以上の先など果てるしかないくらいの距離でダイレクトにまざりあっている。
ナルトが揺さぶれば彼の内へとひびいて感じきった声をあげてくれる。
なんて甘美なんだろう。このまま、
このまま殺してしまえたら、
「ナル、ト。……あんな…、胸の無い女と寝ようってんなら、俺でいいだろ…?」
ふたりで駆けあがった絶頂の尾を引いてどこか呆然としながら、彼が、無垢な毒をしかけてくる。ナルトはほのじろい首に手をかけてわずかに絞めるふりをした。強く狂おしく焦がれている肌の白さがじりじりと網膜に焼きつく。欲情と殺意はかけはなれているようで表裏一体の執着なのかもしれない。実際にはほっそりした首へ回した指に力をこめられるはずもなく、ナルトはそっと顎裏を持ちあげて人目につかないそこへキスマークを刻んだ。
「お邪魔虫のおかげでまだ寝るとこまでも進展してなかったってばよ。それに胸無いっつーかおまえのはペチャンコ。それと比べちゃあの子に失礼だぞ」
「あの女とは……つきあうな」
「はいはい」
俺でいいだろ、などと。
いつだって世界中の誰とも天秤にかけられない錘みたいに、おまえが、いい。
サスケ。
もう俺とつきあってよ。
想いを受けとめてほしいと懇願すると今日も苦しげにかぶりを振って断られた。
(このままコイツ俺の手にかかって息絶えてくんねーかな)
彼なら、交情した男にくびられて酸素を欠乏してゆく姿ですら壮絶に艶かしいだろう。
(恋しさに蝕まれて……、殺したくなる)
翌日ナルトは火影邸へ綱手を訪ね、容姿も教養も家柄も人格もすばらしくて、なおかつ、優秀なくのいちとの交際をお膳立てしてくれないかと頼んだ。折よく木ノ葉との末永い友好を希求する他国から該当しそうな縁談の申しこみが来ているという。その話ぜひ俺にまわして、とデスクへ身を乗り出して食いつくナルトを、室内に居合わせたサクラが咎めるようなグラスグリーンの瞳で冷視していた。
ひえびえと怒りを沸かせている弟子が切れる前にと、雑務を言いつけてサクラを退室させたあとで綱手が両のてのひらを組んでナルトにまっこうから問いただしてくる。
「さて…何を企んでいる?」
この女傑の飾らない姉御肌がありがたかった。彼女の目には何歳になってもきっと自分は悪ガキに映っているのだとナルトはこそばゆい思いで頬を掻いた。
「えっと…ごめん、ばあちゃん。やっぱ縁談の話は、なし」
「ふうん? サクラ怒ってたぞ?」
「うん。俺もさぁ……そろそろ限界だし…。すげえ勝手だけどサクラちゃんに助けてもらいたい。けど、そんなの口に出しちまったらあいつのこと別格に大事にしてるサクラちゃんが協力してくれるわけねーじゃんか。だから、サクラちゃんにも、騙されてもらった。俺を軽蔑してるくらいじゃねえとサクラちゃんは絶対にサスケを苦しめないから」
「おまえなりに切実な事情があるようだな。まぁいい。縁談はもともと嫁不足の油女一族あたりに押しつけてやるかと目星をつけていたところだ。サクラには頃合を見計らってあまり激昂しないよう諭しておこう」
「サンキュ。でも俺、サクラちゃんにぶっとばされる覚悟はあるんだ」
長年チームで共に闘ってきて異性の親友になったおんなのこを利用し、彼女にも自分にもたいせつなひとを苦しめるのに一役買わせてしまうからには拳の四、五発は受ける心積もりでいる。
ナルトが縁談に乗り気なふうを装ったのはサクラに聞かせるためだった。
サクラ経由で彼の耳へと情報を入れるため。
( おまえなんか)
苦しめ。
苦しんでくれ。サスケ。
予想どおりサクラはサスケへ忠告したらしい。
ナルトに絆されたらだめよ、サスケくん。何があっても何を言われても同情したらだめ。お願い、もしもいつかナルトに何かされそうになったらあいつを殺してでも逃げてね。あんなやつ最低のろくでなしよ。今は女なら誰でもかまわないみたい。あいつには生涯変わらないもっともっと特別なひとがいるって信じてたのに。
サクラの声が、思考が、ナルトには易々とイメージできる。
彼女はこの恋情には気づいているが、キバのような嗅覚は持たないのですでにナルトがサスケへ“何か”をしたのは気づいていない。
耳を貸す価値もない軽薄な噂ではなく、信頼している女性から直接に情報をもたらされたサスケには真偽を疑う余地さえなかっただろう。数日後、ふらりと往来で出会ったとき無視されそうになりナルトが慌てて手首を引くと、覇気のない表情で俯き、おまえ見合いすんのか、とだけ尋ねてきた。
伏せられているサスケの瞼が貧血めいてまっしろに透けていた。同じく透明な頬も常になく色みのない唇も何もかもがやつれた病人の妖しさだと見惚れながら、ナルトは頷いた。
「おまえを女にしたみてぇな、容姿も教養も家柄も人格もよくて、優秀なくのいちとな」
「幸せになれよ」
縁談がまとまったと答えたでもないのにサスケは呟いて、おのれの手首を取り返した。
任務でヘマをした。
…のは下忍だったがその子どもを背に庇ったサスケは敵の刀を避けきれず、胸に傷を負った。敵が用いた刃には毒薬が塗られていたようで痺れが全身へひろがる前の一瞬で敵忍は片づけ、自動的に任務も達成したものの、そこから今へと継続される記憶がない。たぶん今回の任務でフォーマンセルを組んでいた同期のひとりが巨獣とも讃えるべき愛犬にこの身を担がせて病院まで運んでくれたのだ。あきらかに庇ったとわかる方法でしか子どもの盾になれなかったことも、負傷したことも、全部おのれが至らなかった結果だとサスケは悔いた。
怪我自体は医療忍術でたやすく癒えている。しかし痺れは残留しているので、先刻目覚めたとき近くにいた看護師から「いつ退院しても支障はないけれど睡眠と栄養の管理はきちんとしなさい。ベッドに空きがあるから当分ここで眠っていってもいいのよ」と最近の不眠不食を看破されているみたいな顔で心配されてしまったみじめさを恥じがてら、病室のベッドでうつらうつらまどろませてもらっている。夜に眠れず、食事も咽喉を通らなくなった。馬鹿だ。本当に、馬鹿だ。
おまえ何かあったのか、と下忍を二人連れて任務先へと馳せる道中、キバにも指摘されていた。
『しばらく見ねぇうちにまた色が白くなっちまって、痩せたみてえだしよ。どうした。ナルトの野郎と喧嘩でもしたか?』
『……なんでここでナルトの名が出てくる』
『へ? なんでっておまえそりゃ……っと、な、な、なんとなく…、だ』
『ナルトと言や、キバ』
『あん…?』
『知ってるか。あいつ見合いするんだとよ』
よかったよな、幸せになりゃいいな、と。
祝福のセリフを紡いで口もとを綻ばせたサスケをあの忍犬遣いの同期はふいに厳しい目つきで眺めてきた。プライドで塗りかためた魂の欺瞞までも透視して本音を嗅ぎとられていくような。耐えきれずサスケはそこで跳躍のスピードを速め、キバとの会話を打ち止めにした。
バタバタバタと足音を消しもしないで騒々しく病室へ迫ってくる気配がある。
男が一人……二人と、大型犬が一匹か。
「とにかく来い。ジタバタすんな! 何やってんだおまえ、見合いするとか!? 詳しい事情なんざ俺には関係ねーがおまえのせいなんだろ。あいつがあんななのは見てらんねえよ。どうにかしてやれよアレ!!」
「おッ、俺だってまさか怪我しちまうほど効果あるとは思ってなかったってば!」
個室であるのが幸いだった。大部屋であればこのやかましさ、同室者に迷惑をかけるところだ。浅い眠りの水面をただよっていたサスケは億劫で体を起こせないまま、瞼のみを持ちあげた。ドアを蹴破るようにして飛びこんできたキバ。赤丸に上忍ベストを噛まれて引きずられてきたナルト。闖入者どもを気だるく横目にとらえれば意識があることにホッとしたのか、キバが「よ!」と明るく挨拶をよこした。
「目ぇ覚めたんだな。おまえよ、苦しそうに胸押さえてまっさおになって倒れちまって、さしもの俺も肝が潰れかけたぜ。あんま驚かせてくれんな」
そうだそうだ、と同調するように赤丸が寝台に投げだされているサスケの腕に鼻を押しつけてくる。忍服は治療の際に脱がされたらしく、どのみち血が染みて着られたものではなかったと思うが、上半身は裸にされているから布団に隠れていない胸に巻かれた包帯が大げさな重症患者じみていてみっともなかった。サスケは手を伸ばして白い犬のぽわぽわしている毛並を撫でた。子犬のころを髣髴とさせる甘え声で赤丸はクゥンと鳴いた。
ナルトはサスケの胸の包帯をじっと見ていた。
キバは、そんな彼の襟首を掴んでベッドの枕元へひったてるや、突き飛ばした。バランスを崩したナルトが覆いかぶさってくる寸でのところでサスケの顔の両脇にてのひらをついて踏みこたえ、彼とサスケはつかのま呼吸さえも忘れて上下で視線を交わしあった。
「差しいれ。んじゃ俺は帰るわ。また一緒に任務やろうな、サスケ」
ヘマをする野郎となど組みたくないと見放されてもやむをえなかった。なのに、部屋を出る直前「また」の誘いをかけてこちらの気持ちをさらっと軽くしてくれるのがキバという男の優しさだ。なぜナルトを差しいれされたのかはやはりよくわからない。しかし久しぶりにこの蒼のまなざしをまっすぐ見あげて心がよろこんでいるのは確かだった。萎れていた草が水と太陽光をもらって回復するように、無条件に。
キバと赤丸がいなくなった病室でサスケから離れたナルトは酷く静かな声で、帰れるかと訊いてきた。まだ痺れは抜けきっていなくても動けないほどではない。ゆっくり身を起こしてみる。サスケが「帰れる」と答えるとナルトは自分の黒アンダーシャツを脱いで差しだしてくる。着ろということらしい。そうしておいてナルトみずからはこんがり小麦色をしている素肌に上忍ベストをそのまま羽織った。
「おま……それ、ダセェ」
サスケがつい減らず口を叩けばナルトもようやく普段の調子を戻したのだろう。
「木ノ葉流最新クールビズだぜぇ? 今日は暑ちィからちょうどいいって」
威張る要素もなかろうにヘヘンと得意げな笑みを浮かべてこちらの肩を抱く。今日だけはと、負傷で貧血なのと体が痺れるのとを自分自身への言い訳にしてサスケはナルトに支えられながら退院手続きを済ませ、岐路についた。
ほどなくして道がおかしいことに気がついたが足を止めかけると脇に回されているナルトの手にグッと力がこもる。
「寄っていけよ」
囁かれ、先へと歩むよう促されて断れなかったときにはすでにナルトの意図を薄々とは感じとっていたのかもしれない。通い慣れたアパートへ到着するなりベッドに沈められ衣類を剥かれても、怪我人相手にヤるのかと呆れはしたけれど、サスケは嫌ではなかった。嫌ではなかったのに挿入される瞬間になって急に冷水を浴びせられたみたく全身が竦んで拒んだのはナルトが見合いをするという女性の存在が脳裏をよぎったから、だ。
「……い、や…」
「何言ってんの今さら。そのつもりでついてきたんだろ?」
「気が、変わった…! もうおまえとはヤラねえ。嫌だ。どけ」
「ほら。ちゃんと足ひらいて」
「どけよナルト! 嫌だっつって………ッ…ん、んんんぅ!!」
快楽と。毒の痺れと。殺しても殺しても溢れるいとおしさと。
ヒトの体の自由が利かないのをよいことにナルトはサスケの太腿を双肩へひっかけて身勝手に下肢を繋げてくる。
ナルトに触れられるといつだってどこもかしこも熱がともる。雲の海に溺れているかのごときふんわりとした夢心地になり、流されてしまう。俺は嫌だと告げた。やめなかったのはこいつだ。だからこの行為はこいつの責任だと卑怯な逃げかたで自己防衛をしてサスケは体内に送りこまれてくる情熱的な突きあげに吐息を乱した。
「おまえさぁ……、なに、怪我なんかしてんの」
「ひ、ぁ、……あっ……あっ」
「こんなになっちまって」
包帯だらけの胸に金髪がうずめられる。ナルトの舌が包帯越しに探りあてた尖りを舐めてイタズラしている。サスケははしたない熱を帯びてふるえている指を金髪に忍ばせた。俄然、激しくなる男の腰のリズムにおのれの内側がさざなみだって善がるのを自覚している。居たたまれなくなってナルトの頭皮をまさぐり太陽の光色の髪をぐしゃぐしゃにした。
(なあナルト。おまえの好きと俺の好きは違うんだ)
サスケにとってコレは空のような男だ。
晴れわたる青空の日にはこちらも清明な気分で過ごせる。曇り空の日にはサスケの世界も薄暗くよどんでいる。雨空の日には傘を持たない身ではただ空が泣くにまかせて濡れている。おまえは俺がこんなにも無力におまえを想っていると、知っているか。
「ふ、ぅ、く」
欲しい部分を微妙にズラされているのが段々つらくなってきて自分からナルトの逞しい背中を引き寄せてそこへ届くようにした。もっと。もっとだナルト。固く瞑っていた瞼を薄くあけてサスケがねだると、ナルトは人悪そうな満足の眼でほほえんで今度はその敏感なポイントばかりを一点集中で責めてくる。
彼が、サスケにも認められるくらいの最高の女性と結ばれてくれるなら。
それでよかった。
見合いをするのだとサクラから聞かされて心底、ああ、それでいいと幸を願ったのに、今のこのありさまが自分で自分を裏切っているようで笑えてくる。眠れなくなった。食事を摂ろうとしても胃がつかえて受けつけない。つきあってほしいと望まれる真摯な声を退けつづけたのは自分、けれども、こうして誰にもやりたくないと縋りついているのもサスケ自身の脆弱な本音だ。
「手に……入れたら…、……失う…って……」
「賢いのに……バカだな、サスケは」
「……ぁ……ぁ、…ィ…ぁ…ッ」
脳がスパークしそうな一点を的確に狙われている。
連続的に襲ってくる射精の欲求はいっそ凶悪なほどだった。
嵐に呑まれるみたいにサスケは肢体を引き攣らせ、ナルトを道連れにして極まった。
ナルト。俺は。
家族を失い、復讐を遂げたのちに積年の憎しみの理由を失い、里へ帰還してみれば友をも失うのだろうか。おまえの求めの声に応えたとして たいせつなものを手に入れたなら、喪失を恐れる日々が始まるだけではないのか。いずれかならず別れの日はやってくる。
(手に入れたらあとは、失うしかないんだ)
ズルリとナルトの性器が後孔から抜けていく。それがまた何かの終わりの寂しさを募らせていき、なんてふしだらなんだろうとサスケは舌を噛んで死にたくなった。
見合いなんかやめろ。
言えるはずもない言葉を咽喉の奥に封じて両手をあげる。てのひらで自分の双眸を塞ぐ。交淫のなごりで立てられている両膝を伸ばすこともできないでハァハァと呼吸を整える。ふと、無骨な指で前髪を梳かれた。隣へ移動して横たわったナルトが子どもにするみたいに髪を撫でているのだ。これはどうも怪我人を抱いてしまった反省まじりにサスケを労わっているつもりだろうと状況を理解した。
「サスケ……俺たちそろそろ、ちゃんとしねえ?」
もう俺とつきあって。
聞き飽きた要請をナルトが持ちだしてよこす。
「……できない」
「なんで。できるって。手に入れなくても失うもんはある。それに早く気づけ」
目に当てているサスケの手をどかせて彼は啄ばむようなキスを降らせてくる。額へ。瞼へ。頬へ。くすぐったさに瞼を開けてナルトの顔を押しやろうとすれば、その手をシーツへ縫いつけられて唇へも熱いキスをされた。
ナルトは正しい。
他の誰かと幸せになれ、と。
そんなのは嘘だ。手に入れなくても永遠に失わずにいられるはずがない。
命ある者を。
ちゅくちゅくとサスケの口を犯しながら胸の包帯へ指を這わせていたナルトは、よく動く舌でこちらの口腔のすべてを貪ってからやっと分離した。あれだけ遠慮なく体を割りひらいて奥まで突きあげておいて今さらな気遣いだったが、サスケの身に負担がかからないようそろっと左隣から腕を回されて抱きしめられる。頬と頬がくっついた。
「サスケ。約束する。おまえが失うのはやだって言うなら俺は絶対に心変わりしねえし、つか、どう頑張ったって俺にそんなの出来るわけねえんだけど、…えと…他にもまだ何かあるかな。ああ…、そうか。俺、根性も生命力もあるから死なねえし。最悪でもおまえよか先には」
ああ…、そうか。ってなんだよ。さすが元ドベだ。締まらねぇやつ。
顎先にあたる柔らかな金毛の感触がこそばゆくてサスケはふたたびそこへ指を忍ばせた。毛房を絡めとって遊ぶ。こんな大型犬がいればいい。こいつが犬だったら毎日でも大空の下へ散歩に連れだして可愛がってやるのにと、くだらないことを考えてみる。
「おまえよか先には死なない。一分でも一秒でも長生きしておまえの最後は俺が見取るってばよ。うん絶対。誓うけど…だけどもしも…、もしもさぁ、俺がどうにもならなくて先に死んじまうときには……ホントはさ、こんなのすげぇ嫌なんだ。だめって、何があってもだめって誓約書にサインさせて厳重保管しときてーくれえなんだけど……おまえ置いて逝くのかわいそうだしさ…、サスケ」
言い渋るナルトの真剣な声音にサスケは緊張で身じろぎを止めている。
鼓動が高鳴る。ドクンドクンと盛大にうるさくてなぜだか視界も揺れて、まさかと瞬けばその揺れが大きくなる。目じりに早とちりな涙が溜まっているのだった。
「俺が死んだら……後追いしていいから。一緒に連れてってやるな」
ナルトがそう耳打ちしてきた。
誰も許してくれなかった。
父も母も、兄も。
それをおまえは許してくれるのか。
置きざりにされた世界、おまえのいない、空のない地上で生き永らえなくても済むと、
「……あい…してんだ」
「独りは、やだもんな。わかってる」
「……愛してるんだ、ナルト」
頬を伝うものがある。輪郭を滑って流れ、ナルトの髪へも吸いこまれていく。声もなく泣き出したサスケを慰めるしぐさでナルトは抱きしめている腕をキュ、と強くした。あくまでも傷には障らない程度に。
ありがとう。
誰も、この世界から一緒に消えてもいいと許してくれるひとはいなかった。
必死で抱き寄せるとあたたかな手が背をさすりあげてくる。サスケはナルトの首にかじりつくようにして泣いた。失えないもの。恋しい青空の。これで安心してこの男と生きてゆける。いつか、空が落ちる日まで。
[2009.5.11]
僕が空なら、君は星。
三千世界の中でこの胸に抱いているただひとつの、
ましろきひかり。