【予定】
※国民社会主義勉強会について
「国民社会主義の勉強会を開いてほしい」という要望が複数ありますが、なかなか実施できていません。
近々、事前承認の少人数制で実施したいと考えています。
ゼミ形式で行い、議題については私が設定します。
※「国民社会主義」以外にも「国家社会主義」という慣例的翻訳を使用している方も参加可能。ただし「共産系の国家社会主義」は別物なので除外する。※何回か実施する内に歴史見直し論も視野に入れる。
といった形で実施したいと考えています。(場所は神奈川県内)
ということで、まだ日時も決まっていませんが、御意見、質問、参加希望等、メール(非公開のため、メールアドレスを知っている人のみ)かコメント欄に「非公開」で御記入していただければ幸いです。
【活動報告】
5月30日 「純日本人会」・「せと弘幸ブログ『日本よ何処へ』」共同勉強会 お手伝い完了純日本人会の栗原茂男氏(
http://www16.ocn.ne.jp/~koumura/)、せと弘幸ブログ『日本よ何処へ』」の瀬戸弘幸氏(
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/)月刊誌『労働レーダー』発行人の薩川隆一氏、歴史研究家の慶暉正倭氏による勉強会のお手伝いを行いました。
今回は「ユダヤ問題に詳しい」という事で手伝いの依頼を受けて、参加しましが
司会というのは難しい。正直言って赤点でした。講義などとは違い、司会をするというのは、なぜか周りの事が気になって焦ってしまいます。(司会に関しては、とりあえず、これで最後にしたいと思います。)
一応、手伝いといっても、これと言ってする事は無かったのですが、
・ユダヤ人とは、ユダヤ教徒の事ではない。人種、あるいは血統的民族であり、一般に「ユダヤ人」というのはアシュケナジー(白人系)である。
・ユダヤ人に関しては混血種という誤解があるが、混血種ではなく、もともと白人種である。
・ユダヤ人に関しては「遊牧民ではないか?」という誤解があるが、ユダヤ人は古くから西欧を遊牧していたのではない。東欧の少数民族である。
・ユダヤ人が金融業を牛耳った背景にはキリスト教倫理観との矛盾があった。
という点に関しては補足説明を行いました。
「ユダヤ問題に詳しい」と言っていただけるのは嬉しい限りですが、私が若干ながらも知識があるのは「左翼思想とユダヤ人の関係」という思想的問題と「左翼運動とユダヤ人の関係」という政治的問題が主であり、ボリシェビズム論に関しては一定の知識というよりは理論を持っているつもりですが、今回の「ユダヤ人の陰謀的商行為」、「時事的問題」に関しては正直言って詳しくありませんが一応一般論として上記の点は共通する問題でありますので補足説明を行わせていただきました。
なお、国民社会主義としては、実のところ「ユダヤ問題は特定結社、あるいは宗教の問題ではなく、民族間問題である」としており、今回の様な題材に関してはあまり関連のない分野でありますが、いずれにせよ、民族間抗争に関連したものが話題になる事は好ましい事だと思います。(ユダヤ人はユダヤ人に対する非難に対し「ユダヤ教は悪くない」とか、「私はユダヤ人だがフリーメーゾンに加入している訳でもない」とか、「ユダヤ人という民族に問題がある」といっているのに、宗教対立や特殊な組織だけが悪いようにいうか、またはキレる。
http://www.obasan.de/2003.11.17/2003,11,17,5.htm)まるで、「朝鮮人は加害民族」といっているのに「私は北朝鮮人ではなく韓国人だ、総連には反対だ」などといって問題点を逸らそうとする朝鮮人の様だ。
<「マルクス主義」に言及している随筆>
「中学生からの国民主義講座】国家と経済」<「ユダヤ主義」に言及している随筆>
【中学生からの国民主義講座】街頭活動の意義<「レーニン主義」に言及している随筆>
【中学生からの国民主義講座】「健全な国民社会こそ国家更生への道」<「ユダヤ陰謀論」に言及している随筆>
瀬戸弘幸氏、反日勢力の欺瞞工作をブログで分析【民主党-輿水正】<同盟に関して「ユダヤ人問題」を絡めて解説したブログ記事>
5月(2)排外主義思想の意義を認めるべき時<「共産主義」に言及したブログ記事>
ヒトラーのテーゼ<「レーニンの国際主義」に言及したブログ記事>
4月(その3)<「ネオ・ボリシェビキ」に言及したブログ記事>
4月 − 15月26日 神奈川合同街頭活動は雨のため短時間でしたが無事完了しました。
5月24日 外人生活保護向け公金支出行政訴訟(於:横浜地方裁判所)【活動報告】http://datastock.web.fc2.com/syuchou/houkoku20100524.htm※詳細は
「国民社会資料室【特集】外人生活保護問題」を御参照願います。
この活動はあくまで金子議員が主体となって行っている活動ですが、国民社会主義反植民地化運動として、全面的に支援しているものです。日本を自国の過剰人口を養うための植民地貴族保養所にしてはならないと考えます。自国民の扶養は自国が責任を持って行うべきものであります。したがって私達はこの半植民地的闇制度の全廃に向けた独立運動を行う必要があると考えており、日本国家は日本人の為の国家でなければならず、入植する食い詰めた外人を養う為の国家ではない。一つの民族に与えられた、一つの民族国家であるのが本来の姿のはずです。
今のところ特別な懸念はないが、今後、私達の活動に対して相当な妨害が予想されるので念のため、5月20日には警察署を訪問し一層の治安強化を要望しました。
【30日講演会に向けた問題提起】 30日の講演会はユダヤ問題に言及するという意欲的な試みです。この問題は、はっきり言って「玉石混交」であり、多くの妄言妄想が乱れ飛んでいるのも事実です。
しかしながら、私は、この問題に関心を持たざるを得ないと結論します。
私はユダヤ人などまったく関心がなかった訳ですが、「左翼思想とは何か?」、「共産主義とは何か?」という考察の結果として
「世界の二者独裁体制論」を持論として展開してきました。
「『ユダヤ主義』と単に一括りに言ってもその流れは大きく分けて二つある」というのが持論では有りましたが、大同小異ながら、このサイト(
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb200.html#04)によると「三つの流れ」とするのが正しいようです。ただし、私の「ユダヤ主義問題論」は「ユダヤ問題」を軸にしているのではなく、「共産主義や左翼思想による世界的扇動」に重点を置いたものであるため、「二つの流れ」としても差し支えないと考えます。ですから今後は「二つの流れ」を「問題の軸」とし、「三つの流れ」を「ユダヤ問題に関する考察の支持するべき説(問題であるか否かは問わず)」としたいと思います。
なぜ、左翼・共産主義陣営による世界的扇動の考察に於いて「ユダヤ主義」に言及する必要があるのか?という問題に解答するには話が長くなりますが、簡単に予備知識として大まかな流れを説明します。
まず、西洋世界のキリスト教社会の特性として、この社会では「金貸し」が違法で有ったという認識が必要です。これは今日の日本に於けるパチンコ換金問題と同様の問題です。後者は法的に問題があり、慣習的に行われてしまっているものであるのに対し、前者は法的な規定はなくキリスト教倫理として慣習的に通用していたキリスト教徒のみに適用される慣習法であったという差異はありますが、よく似た形での特異点を共有しています。
西洋社会に於いて「金貸しは」キリスト教倫理的にみれば、犯罪であった訳ですが、「金貸し」が存在しなかった訳では有りません。むしろ、商業主義・資本主義の蔓延に対応し「金貸し」の社会的影響は巨大化の一途を辿りました。「金貸し」の力は年々巨大化する訳ですが、これは一定の金貸し国家や、金貸し集団の巨大化には繋がりません。なぜなら、「金貸し」は非キリスト教徒であり、西欧に於いては専ら「ユダヤ教徒」であった訳ですが、その人達は国家や社会的纏まりを持たず、キリスト教諸国に寄生する形で基盤を形成していた為です。彼らの権力増大は支配階級との結びつきを強化し「宮廷ユダヤ人」という言葉まで登場します。(
http://r25.yahoo.co.jp/keyword/detail/?kw=%E5%AE%AE%E5%BB%B7%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA)
こうして、ユダヤ人達が権力を獲得する過程で、キリスト教社会との摩擦が生じます。すなわち、ユダヤ人達がより一層の権力拡大と、市民権の獲得、キリスト教徒の支配を実現する為に、キリスト教的、民族主義的倫理観を打破する必要が出てくる訳です。そこで目を付けたのが「自由主義」思想でした。本来自由主義は支配階級と被支配階級の乖離が「異民族」と言い得る水準まで高まった欧州に於ける異民族支配からの開放運動と言える側面を持っていましたが、自由主義は典型的左翼運動であり、長く続いた異民族支配化で形成された王政や伝統、文化の破壊に立脚したこの自由主義運動はユダヤ人の権益拡大のために格好の材料であった訳です。
しかしながら、この自由主義運動がユダヤ人達によって「拝金主義による非ユダヤ人支配」の材料となった事を問題視する勢力の出現もまた必然でありました。その一つがキリスト教社会主義としての反ユダヤ主義であり、もう一つが民族社会主義(単に「民族主義」というのが本来であるが自由主義との対比において「民族社会主義」と表記する)としての反ユダヤ主義です。キリスト教社会主義は、ロシアでのポグロム(教会の土地をユダヤ人が抵当に取った事を発端として、片っ端からユダヤ人を川に投げ込んだ大衆運動)などを経て、オーストリアでは政治運動として発現しオーストリアのウィーン市長の座を押さえるなどの成果を上げ、民族社会主義運動もまたオーストリアでの議席確保を成功します。
19世紀の欧州では反自由主義・反ユダヤ主義が強力に発展し、この軸は「反自由主義」であり、あくまで反ユダヤ主義は付随するのものでありますが、これらの反自由主義運動は「極右」と呼ばれる事になります。なぜなら、「右翼」の反自由主義運動は、あくまでキリスト教教会か、王政・帝国の維持を前提とするものですが、「極右」はキリスト教系に関してはバチカンの妥協的反ユダヤ主義に反対してルター教会に多くが改宗し、民族主義系はハプスブルグ家の多民族国家化(これはどちらかというとユダヤ人問題というよりチェコ人問題)に反対して、ハプスブルグ家の支持から、ホーエンツォレルン家のドイツ帝国支持に移った事が「極右」の所以と言えます。すなわち「極右」は「右翼」に比べて「教会より教義」、「国家より民族」という思想的発展があった訳です。
この両者に於いて、比較的順調に進展したのがキリスト教社会主義であり、この運動はユダヤ人問題を「宗教問題」であるという観点で見ていたために、ユダヤ人達も、毎度の事である「改宗運動の一環」としてしか見ておらず、当然ながら大きな抵抗は行わず、運動はすこぶる順調に進みました。しかしながら、この運動は将にその観点、すなわち「宗教問題」であるという観点自体が、誤った世界観であったという欠点を含んでいました。すなわち、運動は順調に進むものの、なんら成果を挙げる事は出来なかった。
それに比べて、民族社会主義運動は大衆運動としての初期から大規模な戦闘の勃発、軍隊による暴動鎮圧など全面的な対立と混乱を伴って始まった運動にも関わらず、着実に勢力を拡大し、オーストリア・ハンガリー帝国とドイツ帝国という分断国家に於いて急速にドイツ民族主義の発展とドイツ帝国の支持拡大に繋がりました。
そして、この運動に脅威を感じたのが他ならぬ、ユダヤ人達であった、その当時、左翼自由主義対右派民族主義の対立軸にもう一つの対立軸が加わる、それが共産主義であった。共産主義は反自由主義運動であるとされ、右派との共通点が強調されるが、その本質は左派は反民族的自由主義であるのに対し、右派は民族的反自由主義、共産主義は名目上、反民族的反自由主義であるという事になり、反自由主義運動としての右翼運動と共産主義の共通性が強調され、右翼運動側からも「近縁ではないか」という錯覚に陥る。特にドイツでは、社会民主主党が共産主義の思想をほぼそのまま真似た形で成立し、一次大戦後の政権を獲得する事になった。
しかしながら、共産主義は右翼運動の近縁ではない。共産主義は自由主義の系統に属するものでありユダヤ的なものである。共産主義の特徴は「反自由主義」という軸に於いて右翼運動と近縁なのではなく、「反民族主義」という軸に於いて、自由主義と同根なのである。
事実、ロシア革命には右派民族主義者も参加していた事は間違いない。そうでなければ革命直後のグルジア問題に関して党内の民族主義者とユダヤ国際主義者の軋轢が生じた事実と矛盾する。
しかしながら、一次大戦後の欧州極右も反応は遅かった、ロシア革命をへての一次大戦終結後もしばらくは欧州の極右は共産主義に対してあまり有効な反論が出来ていない。唯一まともな批判は「ボリシェビキ(共産党)のユダヤ人による独裁に反対する」というものであっただろう。
第一次世界大戦は、その発端は偶発的で有ったかも知れないが、その戦争はドイツと英仏、ゲルマンとスラブの対立よりもむしろ、国際自由主義を操るユダヤ人達と、その別働隊としてのボリシェビキの為にこそ有益な戦争であった。
自由主義を騙るユダヤ人達は、英仏では反ドイツ感情を利用し、戦争を煽り、ドイツ帝国の共産主義者達は、社会主義者を騙りドイツ帝国の戦争はホーエンツォレルン家の為の戦争であり、労働者の為の戦争ではないとして、自らの国家を解体、敗戦に導くべく労働者を扇動した。ドイツ帝国の崩壊は将に敗戦革命であったのであり、敗戦革命は民族労働者の為の革命ではなく、階級分断によって国家を分断し、戦争によって崩壊させることを目的とした極めて国際的目的の強いものであった。ドイツ革命はドイツ帝国という民族主義国家を分断・対立され絶滅させる為のユダヤ人自由主義者達の陰謀であった。
そして、1939年の戦争は、自由主義という既に変質し「ユダヤ主義化」した陣営と、共産主義という「ユダヤ主義」勢力の結託したのもであり、ユダヤ的自由主義者達は、貨幣とマスコミを駆使し「軍国主義国家ドイツ・日本の解体」に向けた扇動を行い。ボリシェビキも既に「帝国主義論」の前書きで明かされた「世界の覇権国家」すなわち、英国・米国・日本の崩壊を実現する為の砕氷船理論を着々と進めて来いたのだが、最大の関心事は、日本とドイツとなりつつあった。
すなわち、自由主義という理念を自由自在に駆使し貨幣と、扇動によって異民族を支配する術を獲得し、またプロレタリア独裁という手段によって異民族を力づくで支配する権力を得たユダヤ主義者達にとって、この両者の対立関係を演ずる猿芝居に専念すれば、ユダヤ主義者達の支配は安泰であるのに、日本とドイツという国民社会主義国家の存在は、どうしても支配下に於けない存在であるばかりか、放置すればいずれはユダヤ主義的二者独裁体制の一角である、ソ連を滅ぼしてしまうかも知れない危険な存在であり、また、国民社会主義思想は唯一ユダヤ主義の扇動から民衆を解放する力を持つ思想であった訳で、ユダヤ主義者達は何としても力ずくで日本とドイツ絶滅させないとならない事をよく理解していた。
いわうる、保守派の方々は先の大戦に関して「大東亜戦争」と表記する事をお訴えになる方が多い、確かに公式にはそういう表記が正しいのであるが、1939年からの世界戦争は本質的には「反ユダヤ主義国家絶滅戦争」であった。そしてユダヤ主義者達は、自らが行った3000万人の異民族虐殺行為を正当化する為に戦争をドイツの反ユダヤ主義問題に矮小化し、ユダヤ人虐殺などという事件を捏造したのであろう。
いずれにせよ、自由主義と共産主義に分かれて対立を演ずる二者独裁体制は上手く行ったとしか言いようがない。ソ連が解体したのち、また、この方策は形を変えて実施されるだろう。手頃な敵と対立の茶番劇をを行う形で、例えば中共などは最適な搾取的異民族のパートナーとなりうるのではなかろうか、そうだとしたら、西側の世論を煽り中国脅威論を宣伝し、適度な対立関係を演出するだろう。
少なくとも「中共が脅威ではない」とはいえない。だから搾取的異民族も私達を扇動する上で有益な材料になるのであろう。中共の脅威が宣伝されている間は搾取的異民族に非難がむかう事はなく、安泰であり、中共もいずれ、もしくは既に、西側を牛耳る搾取的異民族達が中共という敵を求めている事を覚り茶番劇の役者として搾取の仲間に入るに違いない。
その可能性について、30日の勉強会では質問などしたいと考えている。
【話題】 ブログ『新・極右評論』で「在日特権を許さない市民の会」(略称:在特会)を非難する人達の事が取り上げられている。
(※参照:
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51523671.html)
在特会に対する批判は既存の良識的と言われる人達からも聞く事があり、「下品である」とか「粗暴である」というような非難が多いようだ。私は逆にそういった自称良識派の方々に対し「期待外れ」の印象を持ちます。なぜなら運動とは大勢に媚びる事ではなく、大衆を刺激し正しい観点の確立を促す事が目的で無ければならない。したがって運動は大衆的と成らざるを得ず、時に「粗暴」や「下品」と見られる事を恐れてはならない。
特に保守運動では既存保守への働きかけを訴える方が多いが、それらは結局、良識派内での支持者の奪い合いに他ならず、社会全体の改革に繋がらない。社会全体を良い方向に向ける為には、既に良識的であるものより、そうでない者に働きかける必要があり、本当に社会改革を目指す者は必然的に大衆的となるのである。
余談ならが、保守が纏まらない理由について簡潔に説明したい。保守派の人間に多いのは「同じ考えなのだから結束して行動しよう。ただし、私の案で・・・」とおっしゃる方が多い。しかしながら、こういった発言は明らかに矛盾している。「同じ考え」だと考えるならば、変に複数の団体や理念を混血させて雑種化するよりも、まずはそう思う本人が自分達の団体を解散しそれぞれ「同じ考え」の人の支持者となれば簡単に結束できるのにしない。こうは言いたくはないのだが、結局は「何か腹があるのである」。無論協力する事は大切です。利害が一致するならばまったく異なる理念の方とも協力するだろう。しかしながら、違うものは違うのです。保守が結束しない最大の理由は違う事を認めない事。そして運動として失敗しているのが、同じような保守派で同じような分野の活動を行っている団体への働きかけが間違っている。
同じような分野で同じような活動を行っている方々に対しては、いわうる既存保守は「にこにこして、共通点を挙げて」仲良くしようとする。大同小異ならば妥協して一致点を見出そうとする。これは大きな間違いである。大同小異であっても違いは妥協出来る物ではない。それは崩壊を意味するし、それが崩壊を意味しない運動は初めから憂さ晴らしか、別な意図を持った運動でしかない。例えば「地球は回っている」と言う説と「地球は制止している」と言う説は「真実を知る」という目的では一致していても、妥協は有り得ない。「地球は回っているが、静止している」などという一致点を見出す事は欺瞞である。だから、同じような運動に対しては結集の方法は一つしかない。理念で相手を完全に敗北させて他の理念を崩壊させる「淘汰」によらねばならない。したがって、私達は同じような目的の方々には徹底的に争う構えで向き合う必要がある。(ただし在特会のような「特権排除」を目的とする運動と「正しい世界観、正しい国民社会の樹立」を目的とする国民社会主義運動は矛盾というよりは異なる分野であるので、その必要はない。私もその分野に関しては、在特会に参加したいとも思うが、今のところ、お手伝い出来る事も思いつかないので、桜井氏や八木氏などの方々の支持に留まっている。)
逆に、私達が融和的でなければならないのは大衆なのであり、主導権争いではなく社会改革を目指す私達は大衆に対して働きかける必要がある。この分野では正しい世界観の確立を促すために一見「妥協的」と見られる態度も必要であろう。肝心なのは運動の骨幹をなす部分で妥協する事は致命的だが、その他の部分にこだわり過ぎない事が肝要となるだろう。
それにしても『新・極右評論』で批判されている人達は、まったく持って観点がずれているようだ。大人や高校生を対象とする事はまだいいが、子供を対象とする事は良くないというのは、少なくとも、その人達が「子供に対して行う事が悪である行いを大人に大しては肯定している」というのは、こっけいな理論だろう。(『新・極右評論』の内容からであり、実際に書いたものを読んでいる訳ではないが)
カルデンロン事件にしろ、朝鮮学校の違法行為非難にしろ、社会的に見て「正しい」と思って大人でも子供でも「悪」に該当するよりは「社会的秩序の面から善である」という行動であり、彼らにはそれが理解出来ないのだろうか?彼らは運動自体をなんだと思っているのか。
【話題:民主党】●「鄭進団長をはじめ民団の皆さまには昨年、特にお世話になった。投票はしてもらえないが全国各地でいろんな形でご支援いただき、」(赤松広隆農水相:22年1月12日:
産経ニュース)
●「民団・婦人会・青年会 総出で ミニ集会 ポスター貼り 出陣式参加」(21年8月26日:
民団ニュース)
●「出席者からは、昨年の衆院選で、民主党が在日本大韓民国民団(民団)から選挙運動の支援を受けていたとの指摘が出され」(自民党:平成22年1月20日:
産経ニュース)
●「総選挙、みなさま(民団)のお蔭で、私自身も当選させていただく事が出来ましたし」(熊田篤嗣議員(民主所属):2010年新年会:
動画サイト)
それで、
これか、
「韓国軍と物品役務を相互提供 首相、李大統領に提案へ」http://www.47news.jp/CN/201005/CN2010052701000920.html犯罪、だろ。
竹島、朝鮮南派邦人3,929名拉致、44名虐殺、戦後の日本人ホロコースト推定20,000名殺害の責任はどうなるんだ!
あくまで朝鮮南北の完全な武装解除を日本を含む多国籍軍の派兵で行うのがすじだろう!
もう、話にならん、南朝鮮は明らかな敵、共産圏と戦う真似をして後方の国家から吸い上げるだけ利権を吸い上げる犯罪者だ。私は南北朝鮮に対する根絶戦争こそ望む。北でも南でも朝鮮に味方する者は全て国賊だ。【主張】 朝鮮人平壌政府は「
これは米国および韓国、日本がわが国を孤立させるために仕組んだ謀略である」と非難した。」と伝えられる。<出典:Searchina>
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0526&f=politics_0526_001.shtml この指摘は、ある意味当たっている部分もあるだろう。南派武装船の挑発的といえる接近は事実であり原因は何にしろ「北派による攻撃で沈んだ」と信じている人は少なくない。
ただし、国民社会主義的見地から断定出来る事は「朝鮮人内乱における国際的情報戦は日本も標的としている」という事です。彼らは自分達の体制維持のため戦争を利用しようとしています。
私は多くの方から、「朝鮮人嫌い」という誤解を受けいますが、これは間違いです。私は「異民族の入植・介入を嫌っている」のであって、朝鮮人を嫌っているのではありません。あくまで私の国民社会主義は「民族自決」を良しとするものであります。
今、鮮人の内乱が活発化し、日本もそれに加担するならば、朝鮮人のみならず、日本人にとっても好ましくない結果が訪れる事になります。
これは、既に南北朝鮮人による対日工作の下ごしらえが成功してしまっている事から、避ける事の出来ない苦痛でありますが、私達はより被害の少ない道を選択しなければなりません。
最も最悪の可能性は「南北に分かれた内戦が再燃し、世界的扇動に日本も組み込まれ日本までテロの対象となる事です」特に、南北に分かれた内戦となった場合、ロシア、中共は北派を支援せざる得ず、日米は南派を支援する可能性が高い。中露北鮮と日米南鮮の対立はいわうるタカ派の方の中には「望むところだ!」という方もいるかも知れませんが、その様な戦争は日本人の利益にならないどころか、不利益となる可能性もあります。つまり、大きな背景を得た両陣営の戦いは長期化し、多くの朝鮮人が死ぬだけではなく、背景が有る以上、朝鮮人は遠慮なく日本への戦略的攻撃を行ってくる事になります。なぜなら米軍の拠点は日本にあり、日本にいる南派朝鮮人も大きな支援勢力となる為です。
ですから、日本的国民社会主義は、世界の諸民族が鮮人内乱の国際的扇動に巻き込まれる前に、日米露などを中心とした多国籍軍による先制的軍事行動によって、
南北朝鮮の完全な武装解除と国際社会監視下での民主的政権樹立を行う事を提案します。北派、あるいは南派の一方に加担するのではなく、国際協調によって両陣営の武装解除と民主化が第一でなければなりません。また朝鮮に平和的かつ民主的な政府が成立すれば、在日朝鮮人問題も解決に近付きます。彼らは、内心、平和的・民主的国家で暮らしたいのが実情でしょうから、朝鮮に平和的かつ民主的な国家が成立すれば、朝鮮に帰国する事になんら異論はないはずです。
異論のある方は、良く考えて欲しい。結局とのところ、日本国内で民族自決権を巡って朝鮮人と最も対立している私達国民主義者陣営の主張が、最も朝鮮人の流血を避けようと考えている事を。
「日本には派兵する兵力が少ない」という方も居るとは思うが、これだけの失業者が居るのだから民間人を活用した国民武装義勇兵団を組織したり、この際「堅気化プロジェクト」などと称して暴力団を義勇兵団化するなどの方法も有り得ると思う。国民社会主義は、民族主義なのであり、思想や職業によって蔑んだりする事を好まない。ニート、フリーター、失業者、ホームレスはもとより、暴力団、過激派なども民族同胞である限りに於いて国民社会の構成員として相応しい秩序化と社会参画を求めるものである。利己主義化した戦後社会は、失業者やヤクザ者を非難する事は非難したが、それだけでなんら国民社会構成員として再生する受け皿を提案しなかった。本来、「間違っている」と思うなら説得して、正しい国民社会への参画を促すのが、道理であるのに、非難して孤立化させるばかりであった。これでは悪戯に争いを好む本能に任せるばかりで、なんら解決にはならない。新しく若い運動である国民社会主義運動は全ての民族同胞の扶助と、社会参画としての民族全体への奉仕を求めて行かなければならない。
南北朝鮮の武装解除の為に、多国籍軍による早期の軍事行動実現を!【持論:鮮人内紛2】 朝鮮内戦活発化に備えて民間人が注意すべき事は民族組織テロリストとの戦いだろう。
特に1960年ごろの
新潟日赤センター爆破未遂事件(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%BD%9F%E6%97%A5%E8%B5%A4%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E7%88%86%E7%A0%B4%E6%9C%AA%E9%81%82%E4%BA%8B%E4%BB%B6)などは教訓にすべきものだと思われる。国際化が進んだ現在、韓国と民団によるテロ計画が進行したならば、より深刻な事態が予想される。隠密行動による都市ゲリラ戦を展開された場合は、自衛隊・警察の兵力による調査も追いつかない可能性があり、外人犯罪追放運動などの民間運動や、民間武装戦闘組織の編成などによる警備強化が必要であると思われる。
【持論:鮮人内紛】 朝鮮半島問題に関して、私の持論は変らない。日本は朝鮮人の一部を支援すべきではない。日本国が行わなければならない事は「日本人の為の戦争」なのであって、「北あるいは南派朝鮮人いずれかの為の戦争」に日本人の労力を投入すべきではない。もし朝鮮での内戦が再活発化したならば、日本が取るべき道は決まっている。すなわち、南派の支援でも、北派の支援でもない。日本が行うべき事は「戦乱に乗じて竹島を奪還し、平壌の北派幹部を逮捕し、対日工作の責任を取らせる事と、南北朝鮮人に戦後不当利得の全額返還を約束させる事」である。
少なくとも鮮人内乱は朝鮮人の民族的問題であり、朝鮮人は日本に対し犯罪的行為を重ねている事から、南北朝鮮人の即時全面的武装解除と日本に対する全面的謝罪行動を強制すべきである。内乱の常として、一定勢力に力を与えるのではなく、両陣営の武装解除と多国籍軍による治安維持活動が先決であり、国際的な管理下に南北朝鮮を於くべきである。特に利害関係国であるアメリカ、日本、ロシア、アセアンによる治安維持軍の派兵によって南北朝鮮の武装解除を行い非武装地帯化する事と、日本も含めた査察団を派遣し核開発・対日工作活動の調査を行う事が最も望ましい。
それにしても、民主党の選挙対策は「戦争」なのだろうか、それも日本人の為の戦争ではなく、対日加害民族である朝鮮人を支援する為の戦争とは、愚かとしか言い様がない。いま必要なのは戦後の不当利得回収、竹島奪還、北派犯罪者摘発の為の「日本人の為の戦争」が必要とされているのだ。私達が必要としているのは、民族の生存を確保するという目的の国民主義的戦争である。外人の為に危険を覚悟する事ではなく、民族の生存の為に命を捨てて民族への奉仕者となろうとする者達の戦争こそが正義だ。
私は右派思想や左派思想、保守思想や革新思想の為にこのブログを読む同胞に奉仕を訴えているのではない。人為的な理想や、形式、それ以外にも伝統や文化、国土などは大切な財産ではあるものの、これらは護らないければならない第一のものではない。確かに伝統を絶やす事は耐え難い、文化が絶える事も耐え難いものである。しかしながら、私達がまず第一に考えなければならない事は
「血を絶やしてはならない」という事である。自己犠牲の高尚な精神は、この時良く発揮されるのであり、形式の為に自己の生存を放棄する事は容易ではないが、民族として生きる為に自己の生存を放棄する事は自然の摂理である。子のために命を賭けて戦えない親が居ようはずがないのと同じ事である。
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- 2010/05/21(金) 01:01:52|
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