ヒノキなどの日本の木材を、中国人が各地で大量に買い付けようとしている。国産木材の需要が落ち込むなか、朗報のようにも聞こえる。しかし実際には、木材の伐採や運搬などの作業に、人件費の安い中国人労働者を多数導入することが必要となる。いまのところ、世界的不況もあって、実際に商談が成立したケースはないとみられるが、実現すれば日本の林業の現場を激変させかねないだけに、事は単純ではない。【宍戸護、水脇友輔】
07年7月、長野県南木曽町の木材業者(50)を、名古屋港近くに事務所を構える在日華僑の木材商社社長(51)が訪れた。「ヒノキの丸太を年10万立方メートル売ってほしい」。社長はそう切り出した。この年の国内丸太総輸出量の5倍。「とても集められない」。驚く業者に、社長は「伐採する労働者は中国で集めてもいい」と提案した。
社長は88年に上海から名古屋に留学し、木材商社に就職。独立後、高級床板材を扱う。目をつけたのが江戸時代から続くブランド木材の木曽ヒノキ。中国の商社幹部に資金を相談すると、幹部は「モノがよければ上限はない」と応じたという。
社長は切り出した丸太を中国・大連で床板に加工し、日本に逆輸入する構想を立てた。床板にならない質の悪い木材も、商売仲間が中国内外で売りさばく計画だった。「くい、柵、垂木。中国なら使い道はいくらでもある」。しかし、08年秋のリーマン・ショックで国内外の木材需要が落ち込み、商談は立ち消えになった。
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現在のヒノキの卸売価格は、長さ約4メートル(1立方メートル)のもの1本で約2万円。ピーク時の4分の1程度だ。その半額が人件費、作業機械費、運送費で消える。だが社長は「月6万円ならば中国人労働者は集まる」と話す。日本人の人件費の4~5分の1。中国人労働者なら、現在の木材価格でも大幅な利益が見込める計算だ。
これに対し、ある森林組合の幹部は「購買力があるお客さんが国内にいないので、価格さえ合えば、どんどん買ってもらいたいのが本音だ」としながらも、「中国人労働者を入れればビジネスとして成り立つかもしれないが、日本の多くの林業従事者は失業し、結局、木材資源だけを持って行かれる」と懸念する。
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中国政府は98年の長江大洪水をきっかけに国内の森林の造成・保護を推進する一方、木材輸入を促進し、ロシア、北米など世界中から木材を集めている。
シンクタンクの東京財団が今年1月に出した報告書によると、中国人や代理人と見られる関係者が05~08年、木材や山林の購入を打診した事例が三重、埼玉、山梨、長野、岡山の各県で確認されている。山梨県では08年5月、初老の男性が森林組合事務所を訪れ「山の立ち木を売ってくれ」と持ち掛けた。理由を尋ねると「中国に持っていくため、全国を渡り歩いている」と話した。リーマン・ショック後も、愛媛県でこうした情報が寄せられているという。報告書をまとめた同財団研究員で、森林総合研究所理事の平野秀樹氏は「表に出てくるのは氷山の一角だ」と指摘する。
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華僑の社長が借りている名古屋港近くの倉庫には、世界各地で集められ、中国で加工された床板材が並ぶ。商品にはカラマツやカエデを意味する中国語が書かれている。ヒノキを意味する文字はまだない。
「機会があればヒノキを扱いたい」と社長。景気が上向くのを静かに待つという。
■自由化、収支悪化で朽ちる間伐材
林野庁などによると、日本の国土約3800万ヘクタールのうち、約7割の2500万ヘクタールが森林。森林面積の内訳は1000万ヘクタールが人工林、残りが天然林など。林業の対象となる人工林はスギ、ヒノキ、マツが多く、木材に適した樹齢50年以上は06年で35%、10年後には6割に達する。これに対し木材自給率は約2割、林業従事者は約5万人で全人口の0.05%に過ぎない。
山主は戦前、ナラやクヌギをまきや炭にして生計を立てた。燃料が石油に代わった1950~60年代、国の植林政策に合わせてスギやヒノキを植えた。1ヘクタールに3000本を植え、15年ごとに2回、間引きにあたる間伐をして1900本程度に減らすという。しかし64年の木材自由化を背景に、市場価格は80年をピークに下がり、収支が合わないために多くの山林で間伐が遅れている。
山から木を運び出す作業路整備も、林業従事者の費用負担が重く、なかなか進んでいない。ある森林組合職員は「将来、価格が上がっても木材をすぐ運び出せない」と話す。
林野庁によると、08年度に間伐された民有林43万4000ヘクタールのうち、間伐材に利用されているのは3割程度(368万立方メートル)。残りは山林に放置され朽ちている。
毎日新聞 2010年5月30日 東京朝刊