《人生は果てしなく面倒くさいことの繰り返しだ》
佐藤幸太はそう思いながら、目の前に並んでいる書類の整理を続ける。
異世界――ファルネリアに、突然、普通の世界から飛ばされてから三年。
家族や友達と一生会えないことに、涙を流し、夜に枕を濡らしたことも何度もあった。
それでも人は――生きていかなくてはならない。
そう思い、必死の思いでついた職業が、この――王都の端っこにある貧乏宿屋の事務の仕事だった。
王都は綺麗で豪華であり、地方の人たちには憧れで、一生に一度は来てみたいと思う人が殆どだ。
しかし、王都の普通の宿屋は高い。最高級の装飾品や学の高い従業員達による完璧な対応によって値段は、地方の宿屋の数十倍はする。
だからこそ、こんな王都の端っこのボロ宿屋に、客入りが減らないわけでもある。
「いらっしゃいませ」
帳簿をついている途中、宿屋のドアが開き、2人連れのお客さんが入ってくる。
つばの深い帽子に全身を隠すような大きなローブ。
明らかに胡散臭いお客だが、こんな宿屋にはこういう胡散臭い客が来るのも珍しくない。
ハァ、と溜息を一度ついて幸太は2人のお客さんに声をかける。
「お客さん、お2人連れですか?」
「ああ、……今晩だけ借りたい。二つ部屋は空いているか?」
「二つですか?」
こんな貧乏なボロ宿屋を二つ借りたいなんていう客は珍しい。大抵は同室だったりするからだ。
(珍しい客だな…って、ゲッ!)
ふと視線を小柄な客の一人へと移した瞬間、そのローブの端から、少し覗く金属製の先端を見て、幸太は、うめき声を漏らそうとした。
金属製の杖は、老人達が使う歩行用の杖とは意味合いが違う。ドワーフの金属加工技術とエルフ達の紋章刻印技術によって作られた《偉大なる杖》――すわなち《魔法使いの杖》だ。
魔法使いは《気》を扱う戦士や剣士とは違い、特別な勉強やら学習を経てなるエリートであり、王都でも魔法使い育成にはかなりの高額の学習金やら、学院に入学が必要だった。
それがなんでボロ宿屋に?
いやな予感がビンビンとしてきた。
そんな幸太の心情を察したのか、大きな方の人柄が懐から、5枚の金貨をテーブルの上に置く。
「何も詮索はするな。これは、その口止め料だ」
金貨は町で流行しているソルトア(本来は塩と両替する紙切れが徐々に価値を持ち、今では基本通貨となっている)の約100000倍近い価値を持つ。
王都の普通の人の一年間の年収が約金貨一枚になるかならないかという金額だ。
この宿屋代が1000ソルトアと考えると破格も良い所……だが、俺は口元に微笑みながら頷く。
「わかりました。私は検索も貴方がたが何者かも何も聞きません。貴方たちはこの宿屋のお客様、それでよろしいですか?」
「うむ、それでいい」
若干、長身のお客の方が俺に対して愚物か、とも言いそうな顔付きになったが、俺は笑ってスルーする。
この2人の宿屋代は自分が出して、この金貨は全部俺が貰う、という悪巧みに内心ホクホクになっていたからだ。
「では宿屋の奥の一番目、二番目をお使いください。一応大したものはありませんが朝食が出ますけど、どうしますか?」
「………もらう。飯は直接、お前が部屋にもってこい」
「わかりました。ではごゆっくり」
俺は深々と頭を下げて、笑い声を必死に抑えようとした。