ラッシャーさんから学んだこと

May 28, 2010

 ラッシャーさんが亡くなった。またプロレス界が、寂しくなった。

 今週月曜日の5月24日、プロレスリング・ノアのラッシャー木村さんが亡くなりました。68歳でした。6年前に脳内出血で倒れ、入院生活が続いていたラッシャーさん。2004年7月10日のノア東京ドーム大会では、ビデオメッセージにより引退を発表されていました。その後、元気な姿にお目にかかれぬまま、お別れとなってしまいました。今週は、各局の報道番組や情報番組で、ラッシャーさんを追悼するニュースが流れました。かつて金網デスマッチで活躍し「金網の鬼」と恐れられたラッシャーさん。IWA世界ヘビー級の王座にも輝いたり、数多くの団体で激闘を繰り広げてきた経歴を振り返ると、改めてその偉大さを感じます。

 私が、日本テレビ・アナウンス部・プロレス班に配属になったのは、1996年でした。この時は既に、ラッシャーさんは全盛期を過ぎ、前座の試合で新たな魅力を発揮されていました。ジャイアント馬場さん、百田光雄さんと共に『ファミリー軍団』を結成し、永源遥さん、マイティ井上さん、渕正信さんらの『悪役商会』と、コミカルな要素を含んだ抗争を続けていました。この両軍団の戦い『ファミリー軍団VS悪役商会』は、通称『ファミ悪』と呼ばれ、『休憩前のもう一つのメインイベント』として人気を博しました。ですから、私にとってのラッシャーさんと言えば、こうしたユーモラスな姿が思い浮かびます。

 ラッシャーさんの思い出といえば、やはり試合後の『マイクパフォーマンス』です。会場に来たファンにとっては、楽しみの一つでした。実は、そのラッシャーさんのマイクパフォーマンスから、私は多くのことを学びました。
 まず、ラッシャーさんはマイクパフォーマンスにおいて、絶対に噛むことはありませんでした。試合直後で息も上がっていたでしょうし、喋りは本業ではないにも関わらず、言い間違えたり、言いよどむことは無かったのです。大きな会場でのマイク使用というのは、自分の声が予想外の反響を起こしてしまうため、我々アナウンサーにとっても非常に難しいものです。ラッシャーさんのマイクパフォーマンスを聞く度に、自分への戒めとしてきました。
 また、ラッシャーさんの語り口は、実に優しいものでした。プロレスラーのマイクアピールというと、早口で怒鳴るものが多いのです。その為、実際にプロレス会場でマイクアピールを聞いていても、内容が良く聞き取れないことがあります。しかし、ラッシャーさんは違いました。ゆっくりと、穏やかに語りかけるものでした。一方的に言い放つのではなく、聞く側の人間のことを意識したラッシャーさんの喋りは、我々アナウンサーにとっては、正に『教科書』でした。
 さらに、ラッシャーさんのマイクパフォーマンスには、季節や地域の話題が豊富に含まれていました。例えば、春には桜を話題にし、夏は「熱中症に気をつけましょう」と呼びかけました。秋にはマツタケの話を持ち出し、冬にはサンタクロースのネタで笑いを誘いました。また、全国各地の会場では、必ず『ご当地ネタ』を披露。ジンギスカンや、味噌カツ、お好み焼きといった各地の味覚に触れたり、広瀬川、桂浜、桜島などの地名を組み込んでいました。『どんな話をすれば、その地域のファンが喜ぶか』を意識されていたのでしょう。一年中いつでも、全国どこでも使えるような同一文面のマニュアル的な話よりも、その季節限定、その地域限定の話のほうが、人間味がありますよね。私も、ラッシャーさんに習い、プロレス実況の中には、『季節と地域』の話題を入れるようにしました。

 こうして、アナウンサーである私は、プロレスラーであるラッシャーさんから、喋りの基本を教えて頂きました。そんなラッシャーさんの現役最後の試合は、2003年3月1日の日本武道館大会でした。2003年3月1日の武道館といえば、プロレスファンなら誰でも知っている『伝説の三沢・小橋戦』がメインイベントで行なわれた、あの3・1武道館です。その日、ラッシャーさんは第一試合に出場し、試合後いつものようにマイクを持ちました。その日、ラッシャーさんは、こう語り掛けました。

皆さん、こんばんは。
ご機嫌如何ですか。
今日から3月ですね。
でも、まだ寒いです。
早く、桜が咲くと良いですね。
本日は、お忙しい中、また雨の中、多数ご来場いただきまして、
本当に、本当に、ありがとうございました。


結果的に、これが最後のマイクとなってしまいました。ラッシャー木村さん、今までお疲れ様でした。
ラッシャーさんから学んだことは、忘れません。安らかにお眠り下さい。

コメントはこちらから
ニックネーム
コメント
下記の投稿に関する注意事項をお読みになり、ご了承の上、投稿してください。
<注意事項>
  • ●下記に該当する投稿は禁止します
  • ・個人、団体などへの誹謗・中傷、わいせつな内容など、公序良俗に反する投稿
  • ・著作権その他の知的財産権、プライバシー権、肖像権などの他人の権利を侵害する投稿
  • ・個人情報、メールアドレスなどを含む投稿
  • ・その他不適切と思われる内容を含む投稿
  • ●投稿の内容が上記に該当するか否かの判断及び投稿の採否は、当社の裁量によるものとします。
  • ●投稿は当サイトのほか、放送、携帯サイト、DVD、出版など他の媒体で、そのままもしくは編集や表現の一部改変等をして掲載する可能性があり、いずれの場合も無償かつペンネーム表示で使用させていただきます。
  • ●投稿の内容は、すべて投稿者の責任であり、第三者からの権利の主張、異議、苦情、損害賠償請求には、日本テレビは一切責任を負いません。