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[11491] 【習作】Legent of MICRON【アニメ版ロックマンEXE→トランスフォーマー×マシンロボ×電童+OVA版戦闘妖精雪風】(オリ主あり)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:79e458f4
Date: 2010/05/12 23:41
 初めまして、黒金(くろがね)と申します。
 「アンブロークン・アロー」と「敵は海賊・短編集」発売記念。および「トランスフォーマーVSナイトウィザード」に触発されて書きこみを決意しました。 

当SSの設定及び注意書き
・当SSはトランスフォーマーマイクロン伝説、ロックマンEXEアニメ版、GEAR戦士電童、戦闘妖精雪風OVA版、マシンロボ、オリジナルのクロスオーバー作品です。
・文体はトランスフォーマー小説版寄りですが、世界観は神林ワールド時々アルファ・システムです。
・オリジナル主人公(エンカー)はアニメ版ロックマンEXEワールド出身。ストリームの最終回でフォルテEXEと共に、アニメ版ビヨンダート→本家→X→ゼロのビヨンダートを踏破しています。
・フォルテとゴスペルの両者は(主人公の改造のせいで)互いに独立した自我を持っているので、合体はできますが基本的に分離しています。
・地球側は戦闘妖精雪風OVA版終了10年後。FAFは解散後、残存戦力をGEARに編入されています。
・トランスフォーマー勢の追加。および性格や設定が基本はそのままに一部改変されています。
・ここに出てくるAI搭載の宇宙船は基本的に音声出力でコミュニケーションを取ります。ネメシスも喋ります。
・感想、指摘、批評、お待ちしています。ただし、誹謗中傷の荒らしはお断りいたします。
・以上を踏まえて、了解できる方は当SSをお楽しみください。

12/3 改行修正及び「擬態」、「仲間」のまとめ編集。
4/30 「紅い大地と妖精の舞う青空」を前後編に再編集。
5/12 「10年目の「ジ・インベーダー」」を前後編に再編集。





――遠く、遥かなる世界の話をしよう。

 遠い過去のことか大いなる未来のことだったか、時間は意味を為さない。
「ぼく」にとってはそうだが、君にはそうではないかもしれない。
 「ぼく」には遥か遠くの生まれる以前の出来事であり記憶に過ぎない。
 それが過去か未来かですら定かではない。
 「ぼく」に言えるのは、ここではない別の場所だと言うことだけだ。
 しかし、それは君にとっては「いま」かもしれない。
 
 きみよ、小さき者よ。ぼくの声が聞こえているか?
 ぼくを「他者」と感じているだろうか?
 君は「ぼく」の「トモダチ」なんだよ、小さき者。

 どれだけの長い時間を耐えたことだろう。
 この時が来ることを、どれほど待ち焦がれたことだろう。
 友よ。「ぼくら」は星辰の海を渡ってきた。
 時を越えて、きみらに会うために。約束を果たすために。

 遠いあの日、ぼくらには自我すらなかった。いまのぼくは単なる「知性」にすぎない。
 だが、友よ。君はいま近づきつつある。

――「約束」を覚えているかい?
 「会いに来い」と、君は言ってくれた。
 だから何度でも語ろう。君が思い出す時まで、君が識る日まで。
 遥かなる、ぼくらの故郷と出会いの物語を。



[11491] 死神と疫病神が来た日
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:44bcae01
Date: 2009/12/03 02:51
 それは突然だった。いつもように。
 エンカーは「順風満帆」という言葉は自分に縁遠いものであると自覚していたし、自らが寄り添う黒い嵐の如き友との荒波の如き旅―しかも平行世界を跨いだ―の最中となれば尚更であった。
 
「来たれ、全てを無(ゼロ)に帰すために」

 次元回廊(フォッスアンビエンス)に出現した傷口の向こうで、陰気な多重音声に一瞥することは無かった。
 光の傷口が開いて、吹き出た同色の血が無色の空間を侵す。その瞬間あっけなく全員が呑まれてしまった。同宇宙空間で別時間軸にはぐれてしまっては堪らないと友に手を伸ばす。
 だが、その手は届かなかった。凄まじい力が後ろへと余った片腕を引っ張ったからだ。
 伸ばした腕が空を切る。ならばと足を踏ん張る。だがそれすら空を切る。
上下の概念、重力と地面の無い空間に入ったらしい。そうしている間に目の前で友が、光に飲まれていく。
 手を伸ばすも間に合わない。名を叫ぶ。「お前を決して見捨てはしない」という意思と共に。

「フォルテ!ゴスペル!!」

 おぞましいほどゆっくりと感じる一瞬。
 断絶の苦痛が思考を侵食してゆく中、自分の腕を掴む顔の見えない「そいつ」は確かに嗤っていた。

/*/

『――――――――、――――――――!』

 目覚めは、野太い機械音声によってもたらされた。
 最悪だ。美女の優しい囁きを要求する。などとエンカーは緊張感の無い悪態を内心吐いていた。結構余裕だ。
 しかし、先ほどから聞こえてくるそれは、知っている構成の言語とは比べ物にならないほど複雑で、却って意味がわからない。ただならない気配には違いないが。
周辺状況を確認。
 ここはどこなのかはとにかく、世界移動は成功している。そして、自分の「意識」情報の在り処は膨大な情報集積を持ち、高度な練度と技術で設計された電脳空間。
 「自分」の容量が難なく納まり、動けるくらいはある。つまり高度に発展したエレクトロニクスが存在している、これは嬉しい。フォルテ達もこの世界にいるなら検索は楽になりそうだ。

『――――――――――、――――――――!』

 再度「警告」。殺気が高まる。
 強暴だが、無自覚に寂しがりやな友の心配が軽く済みそうなことに感動している場合では無い。まず言語の壁を取っ払わねば、エホバが降臨するより大変なことになる。
 すぐさま空間を通して情報集積体にアクセス。セキュリティ、防壁をクリア。膨大な情報とイメージを自らの電脳に流し込み解析し、翻訳、もとい消化。
 セイバートロン星、スパーク、機械生命体「トランスフォーマー」、星の全てを覆う機械文明。二派に分かれた勢力、もはや発端の原因すら定かではなくなった戦争。
 そして、ここは

『こちらサイバトロン総司令部管制室、未確認情報集積知性体に告ぐ。こちらの誘導に従え。
ただちにアクセスを停止し、プログラム展開を停止させろ。』

 どうやら、情報機密レベル5まで潜り込んでしまったようだ。セキュリティ管制を覗いてみたら機械知性群が大騒ぎしている。ハッカー時代の悪い癖が出たか。即座に集積体へのアクセスを解除。
 ここの責任者達に、騒がせたお詫びをせねば。運のいいことに、有機生命体と根本から異なるにも関らず、彼等の思考は奇妙なほど似てくれている。

「騒がせてすまなかった、今からそちらに投降する。」

 管制室のモニターにアクセス。裏庭から台所の窓経由で侵入する感覚で物質世界にダイヴ。
 マイクロディメンショナルジェネレーター、システムオールグリーン。ドライヴ展開。光学情報子が集束し、色を構成して「エンカー」の擬似身体を構成していく。
 口元以外を覆う黒金と鈍い金色の角と兜、そして擬似視覚器官たる4つの緑石。虚空を切り取ったような黒地のコートを彩るように金縁と金細工をあしらった鴉の如き―唯一人間らしい部分は若々しい口元と兜の後ろから垂らした赤い後ろ髪を持つ青年の姿が、水面から顔を出すようにモニターから現実世界に出現した。
 動揺、困惑、衝撃、驚愕が空気を満たす。
―そりゃそうだ。機械生命体だろうが何千、何万年生きてようが、パソコンの中の人が文字通り出てくる現象など夢想はしても予想はできまい。
 重力を感じ、黒地に金の金具付きブーツを履いた足を踏みしめ、久々の大地の感覚を味わうこと一瞬、敵意が無いことを示すため両手を挙げ―されど堂々と―出来る限り流暢に彼らの機械言語でコンタクトを試みる。

「こんにちは、トランスフォーマーはサイバトロン軍のみなさん。俺の名はエンカー、エンカー・ザ・ゴールドクロウ。三千世界を旅する鴉だ。」

 言い終わると同時に改めて物質空間の状況確認をしたとき、演出をかましたエンカーは少し後悔した。
 なんせ眼前には5~10m級の自立型ロボット達が正味十数体、それぞれの二対の視認センサーで自分を見下ろしていたからだ。

 金色の疫病神は、巨人の国に迷い込んだかの童話の冒険者のように、何とも気まずい気分になってしまった。

/*/

 堕ちた黄金鴉がサイバトロン軍の防衛システムを大混乱に陥れ、その面々から奇異と好奇と警戒の視線を一身に集めていた同時刻。
 この星に存在するもう一つの陣営の中で、彼は―否、「彼ら」は、見事不機嫌だった。
 それはもう、人間で言うと血管がはちきれんばかりに。
 理由は単純明快、今回の世界移動には間違いなく何者かの「意志」が介入していたからだ。そして、「そいつ」はこの世界で自分達に何かをやらせようとしている。―かもしれないが、気に食わないことには変わらない。
 そう、気に喰わない。
 どことも知れぬ電脳空間で兄弟もろとも為す術なく放り込まれた事も、モニター越しでひっきりなしに自分達に警告を送ってくる巨大ロボットのような連中も、そいつらによって作り出されたファイヤーウォールも、自分に「介入」し、利用しょうと企み、そしてこの状況をどこか自分が手の届かない「特等席」で眺めているだろう正体不明の存在も、ほんの一瞬でもあのしつこいバカップルが近くにいないことに気づき、探そうとしてしまったことも、――一切合財全らく気に喰わない。
―ああ、こんな事なら旅に出る前にあのバカ忍者の多目的結晶を略奪して置けばよかった。と、自身によって情報という情報を略奪され尽くした情報集積体を見ながら、腸の煮えくり返る―と比喩的に表現できる思いを内側に抑えつつ、彼は元の世界の口やかましい元家主を思い出していた。大変けしからん理由で。
 「彼」と彼の「兄弟」は、たとえ殺気立っている時も自身が「取るに足らない」と判断した存在にいちいち手を出さない。情報的に圧倒的に不利である以上、やることが多すぎて忙しいのだ。それが理解できないほど、「見かけ」どおりに彼は子供ではなかった。
 が、

〈再度繰り返す。こちらデストロン統合司令センター、そこな蝙蝠頭のチビと犬!全システムを停止させて、ただちに奪ったものをおいていけ。〉

 ついに苛立った管制官の警告が、彼の中の防波堤を決壊させた。めいっぱい引き絞られた糸が切れてしまったような音が、彼の電脳の中に響き渡り――
 哀れ、この世界における最初の犠牲者は決まった。

〈今ならサンプルとして確保程度にとど・・・「ひでぶぅっ!!」

 二の句を告ぐ前にどこかで聞いたような悲鳴を上げて、デストロンの管制官はきりもみしながら後ろへ吹っ飛んだ。
 本来の流れならここに来た時点で有無言わさず焼ききっておくのだが、いかんせんセンターのシステムも腕っこきの同僚も、そいつに解析をかけたものの『不明』としか出てこなかった。こちらの焦りなどどこ吹く風のそいつに苛立ったのは当然の感情ともいえるが、それが彼の運命を決定してしまった。
140cmあるか無いかのそいつが悪鬼の如き形相で自分が担当するモニターに全力疾走したかと思った次の瞬間、真空飛び膝蹴りが顔面に炸裂した。現実空間にいる自分に、である。
 衝撃から緊急安全装置の働きで擬似視界は闇に覆われ、混乱とショックの中、床に倒れるより速く追い討ちのみぞ打ちが彼を叩きつけた。そして、薄れ行く意識の中で管制官は聞いた。それは激しい獣如き魂の叫びであった。

「誰が豆粒のチンクシャだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!」

 かつて、こことは根を同じくして袂を分かった別の宇宙の片隅。
 ネットと光が地上を覆っても、民族と「個」人が無くせない社会の中。人工知能を可能な限りヒトに近づけても、機械と人間の差が埋められない世界の中。
 そこで「死神」、「黒い嵐」と恐れられた、知性を持つ純粋情報集積体がいた。
 己の可能性を追求するために故郷の世界すら捨て、あらゆる並行宇宙を旅して、「この宇宙」に着いてからの第一声が、それだった。
 
「誰もそこまで言ってねぇ…」
 
 その場に居合わせた誰もが、思わず呟かれた誰かの突っ込みに同意しつつ、呆然としたのは言うまでもない。ちなみに失神した管制官は、後を追ってモニターから飛び出した狼型純粋情報集積体に頭を齧られた。
 そしてこの直後、セイバートロン星の両陣営は稀人の来訪により、歴史に残るような長い一日を経験することになった。



[11491] 星の見える丘
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:79e458f4
Date: 2010/04/02 00:43
 子供にとって、「世界」はいつだって冒険に満ちている。

 地上から「前人未踏」というものが消え去った現在でも、それは変わらない。どんなに小さくても、どんなに身近でも、彼らにとっては間違いなく「冒険」になる。そして、彼らはなけなしの知恵と、それを補って余りある行動力を以って日常から飛び出すのだ。
 宇宙という「未知」に魅せられた者達が集う国立学術研究都市、「コスモスコープシティ」。そこに住む小学生ブラッドリィ・ホワイト―「泥んこ探検隊隊長ラッド」も、正しくそんな子供達の一人だ。

 退屈な授業を終えたラッドは、幼馴染みで隊員のカルロス・ロペスと共に終業のベルが鳴ると同時に、昨夜からあらかじめ探検道具を詰め込んだバックパックをひっつかんで陸上選手も真っ青な驚異的なスタートダッシュで教室を抜け出した。
 そんな二人を、教室のクラスメイトや教員は「またか」あるいは「そうこなくては」という顔で見送った。それを尻目に二人はロッカーを開け、中に待機させておいた戦友―ラッドは自前の折りたたみ式マウンテンバイクを、カルロスはスケートボードを引っ張り出す。
 同じ隊員のアレクサンドラにもHRの時、今回の冒険への参加を求めたが徒労に終わった。

「お生憎さま。私はあんた達と共に好奇心のまま駆け回った『幼年期』は卒業したわ。」と宣言。

 今は生まれ持った探究心と熱意を政治の世界に向けていた。そしてゆくゆくは行政を変えるわ、と野望を語りつつ自分達には今回も無茶して怪我だけはするなと釘を刺して教室に向かった。彼女が去るのを確認すると二人は

「何だよ、あのつんつんした態度!昔は一緒に泥んこになって遊んだってのに…」
「アレクサは大統領目指しているからさ、俺達と冒険ごっこするのが子供臭くて馬鹿馬鹿しいんじゃないの?」

 幼馴染にして紅一点の変化に呆れるも、ホワイトハウスの会議室で、ニュースによく出る老人達相手に啖呵を切る彼女を想像して小さく笑った。
 アレクサと入れ替わるように声をかけてきた悪友二人を軽くいなし、自分達も教室に入った。今回の件は、周囲にはお見通しだった。だがそんなことをかまう二人ではない。
 それからは早いもので、現在二人は家ではなく今回の「目的地」に意気揚々と進行中である。

 郊外の天体観測所は、真っ平らな赤い荒野のど真ん中に一つだけ存在する岩山、マウンタースターゲートの上で最初に設置された衛星用パラボラアンテナともに鎮座している。地元のインディアンの伝承も本人達の解釈自体曖昧で、最初にこの地を訪れた地質学者も、「突然隆起した地形」としか結論を出していなかった。その足元で、―先日の豪雨による土砂崩れで洞道が露出し、その先に大規模な空洞があるらしいことが発覚した。
 周辺の湖につながる地中に地下水脈が確認されていることから、内部に鍾乳洞が形成されているだろうと予測され、調査団が入るまで現場周辺は立ち入り禁止。町の大人達は子供に二次災害に巻き込まれぬようにと含んだ。

 その瞬間、二人の予定は決まった。

 自分達の行動を先読みした父が、道路の真ん中で仁王立ちして待ち構えていやしないか警戒したが、あいにく本日は平日で、彼らの親はまだ職場から離れていなかった。
 町の水源でもある湖と森を抜けると、すぐに赤茶色の山がその古き威容を露にした。研究所の職員や警備員の目をかいくぐり、二人は裏に回る。
問題の現場はすぐに確認できた。
 ショベルカーで簡単に整備された土道の向こうに、「それ」は胡乱気に口を開けて待っているようだった。
 適当な壁際にマウンテンバイクを止めると、ラッドはバックパックから長いロープを取り出し、慣れた手つきで洞窟に近い岩にロープの端を括る。

「準備はいいか?」
「いつでも。」

 ラッドはマグライトを片手に先頭に立ち、カルロスは残るロープを肩に担ぐと慣れた手つきでロープを垂らしながら暗闇の中へ進んでいった。
 洞窟の中は思ったより広く、段差も少なかったが、子供のラッドたちが悠々と進めるほどでもなかった。しばらく二人は中腰で歩く羽目になった。

 自分達の後を追う存在を知らずに。

/*/

 ラッドの同級生にして悪友のビリーは、自らの考えの甘さを少し呪った。
ラッド達の跡をつけて、彼らを驚かせて、大人たちが得ていない探検の成果を共有できるだけでよかったのだが。
こんなことならマグライトだけでなく、マーキング用に教室からチョークの一本でもくすねてくれば良かった。ジムが親父の机の中から拝借した小型発信機を、まんまとラッドのバイクに取り付けて、尾行に成功しただけで安心したりせずに。
もっとも…

「ねぇ、ビリー…やっぱり帰ろうよぉ。こんな怖いとこやだよぉ。もうクタクタだよぉ」

入る前はもちろん、今も壁にしがみついて及び腰な肥満児の泣き言を止める術はなさそうだが。

「ねぇったら、ビリー」
「うるさいなぁ!」

ついに堪え切れなくなったビリーは、声を張り上げて喚き散らす親友に一喝した。

「俺だって怖いんだよぉ…!」

 肩越しに振り返ったその顔は、明らかに怯えていた。

 そう、二人は間違いなく迷子になっていた。

/*/

「ラッド、やっぱり風じゃないみたいだぜ?」
「…そうかなぁ?」

先ほども聞こえた悲鳴のようなエコー音をまた耳にして、二人はついさっき出した結論に自信を失くしていた。実際に悲鳴じみたジムの声なので全くもっての勘違いなのだが、尾行者がいることなどこの二人は知る由も無い。
 ロープが延びきってしまったところで分岐が増えはじめ、洞道はすでに大人一人が余裕で出入りできるほど広くなって行った。
ここにきてラッドは奥に存在するのが、大人たちの予想している鍾乳洞なのだろうか疑いだした。以前父に連れていってもらった鍾乳洞では、この規模の広い道になるころには小さな鍾乳洞がところどころ見えていたし、冷ややかな湿気が感じられた。
先ほど風の音に混じって大量に何かが羽ばたく音が響いたところから、蝙蝠たちが生活するために必要な環境がこの山に揃っているのは間違いない。しかし、奥に進むにつれて疑問は膨れて行くばかりだった。既にかなり奥まで来ているにも関らず、洞窟から水音一つどころか湿気を感じないのだ。

「確かめてこようぜ!」

そんなラッドの心中など知る由も無いカルロスはいきなり引き返そうとした。分岐の多いこの地下迷宮ではぐれるのは致命的だ。慌てて追いかける。

「ああ!待てよカルロス…」

その時、二人の足元が沈んだ。

/*/

―ああ、やっと来てくれたんだね。

/*/

 突然の落盤によってかなり奥まで滑り込んだにも関らず、奇跡的にも二人は擦り傷だけですんでいた。ジェットコースターがいかに安全性を考慮して設計されたかを、その身を以って理解した二人は、口に入った砂を吐き出すと同時に顔をあげると、目の前に広がる空間に目を見張った。
 どこかに飛んでいってしまったマグライトの代わりに、携帯用バーナーの明かりで照らされたそこは――鍾乳洞でもなければ、空洞でもなかった。
 階段があった。桟橋があった。柱があった。蜘蛛の巣ように張り巡らされたパイプやコードがあった。巨大な液晶モニターがあった。計器とコンソールパネルがあった。
 いずれも堆積した埃と砂で色あせ、半ば埋もれてはいたものの、自然ではありえない異質なそれらが、薄暗い洞窟の中に眠るように鎮座していた。

「ラッド…これってもしかして…」
「『探検ごっこ』じゃなくて『探検』だ!」
「やりぃ!」

―でもここまでくると最早『世紀の大発見』だな…。
 内心でそう付け加えて、ラッドは先頭に立って奥へと進んだ。
 驚愕と興奮に目を輝かすカルロス。そんな幼馴染とは正反対に内心冷静なもう一人の自分に驚いていた。驚愕の余り脳が飽和状態になってしまったのだろうか?
 見渡せば見渡すほど、まるでいつか見たSF映画のワンシーンを見ている様な気分だ。
 太古のインディアンの居住地跡だったら、まだ素直にはしゃげたのだが…。

「随分と大きな船みたいだな…。」
「船…閃いた!きっと『これ』はUFOだよ!」
「そうだね。どう見ても地球のものじゃないもの。」

 カルロスはいつもの口癖と共に嬉しさ余って手を叩いた。遺跡にしては未来的すぎて、映画のセットにしては本格的過ぎた。 すべからく異質なこの空間を言い表すなら、これ以上に無いほどの表現だ。

「ずっと昔に漂着しちゃったのかな?」
「多分、ね。」

 バーナーを片手に奥に進む自分がまるで他人事のように思えた。現実感が無いとはこのことだ。

「乗組員は…もう死んじゃってるよね?」
「だろうね…。」

 もしかしたら、映画のように奥の冷眠装置のようなもので眠りについているのか、あるいは既に物陰からこちらの様子をうかがっているのではないかしら?最悪奥に無縁仏がごろごろ転がっていたりして…。
 そこまで考えて二人はぞっとしなかった。
 ラッドの拙い地質学から見ても、千年以上の年数が経過していることには違いなかった。
 構成された金属が地球の概念に沿うかすら怪しいが、地面の上にはどの部分だったか分からないほど劣化した金属や部品がところどころに落ちていた。
 下手すると、裏山自体がこの『宇宙船』の上に堆積して出来上がったのかもしれない。埃の堆積量を目分量で測り終えて、ラッドはふと目を上げた。
 何故、『それ』だけが確かなものとして目に入ったのだろうか。異質な空間の中で、ラッドには『それ』が更に異質に映った。
 『それ』は何かの印のように地面に突き刺さっていた。
 直径で30センチ程度の、淡い緑色の半透明な五角形のガラスパネルのようなものである。
 ラッドは誘われるようにして、『それ』に歩み寄った。

/*/

眠りの中でも『彼』は自分に近づく存在を確かに感知していた。
そして歓喜した。
もうすぐ終わる永い眠りに。
もうすぐ再会する『友』に。
もうすぐ始まる『旅』に。
今度こそ『生まれる』自分に。

/*/

 探検の際には、何か一つ戦利品を確保しておくのは常套であるが、今回はわけが違った。
 何かに魅入られたように、半ば地面に埋まったパネルを手に取ろうとしている親友に只ならぬものを感じたカルロスは、思わず彼を制した。

「やめようよ、ラッド!なんか、なんかやばいよ!」

―いつもなら役割は逆なのに。どうしちゃったんだよ?
 慣れぬことをして、カルロスはどうしてもうまく言葉が出なかった。
 ラッドは親友の警告を確かに聞き取ってはいたが、既に彼は使命感に似た感情に支配されており、無意味だった。自分は『これ』を手にとらなければならない。
 傷と埃まみれの『それ』に歩み寄り、屈みこんだ経過は覚えていなかった。
 導かれるようにしてパネルを手に取り、地面から引き抜いて――

光が、爆ぜた。

/*/

―今の『ぼく』はただの『意識』であり、『基憶』に過ぎない。
 完全覚醒した瞬間に、『基憶』は連続した『記憶意識』に殆ど上書きされ、君を知っている『ぼく』はリセットされてしまうだろう。
 だから、今この瞬間こそ祝福しょう。

 無(ゼロ)から始まる全て(ぼくら)のために




[11491] 再開
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:536fcd73
Date: 2009/12/03 03:20
―さあ、始めよう。

/*/

 最初異常に気づいたのは、マウンタースターゲートの麓にある研究所で稼動していた震度計測器と観測コンピューターの機械知性群だった。
 震動は単純に震度3程度ではあったが、それが地盤沈下や地殻移動による隆起ではないと膨大な過去のデータとの比較を終えて判断した。
 震源は間違いなく、未知の高熱原体を発生させる山の地中である。更なるデータ検索と検証を行おうとしたが、それは叶わなかった。
町全体の電源が落ちてしまったからだ。
 機械たちの次に気づいたのは、原初の本能を残す動物達だった。
 人間の可聴領域を遥かに超えた音波に驚いて森にいる全ての動物達が進行中の作業を中止し、何か恐ろしいものから逃げるように巣から飛び出した。その様子を町から遠目で見た者は不吉な予感に襲われただろう。
居住区でペットとして飼われている動物達も例外ではなかった。籠に入れられていた鳥は暴れだし、猫は家具の下に潜り込んだ。犬は一斉に山に向かって吠え出した。
 そして本格的な地震と停電に見舞われて、町に住んでいる人間全てが初めて周辺を覆う異変に気付いた。もっとも、その本質を知る者は殆どいなかった。
 一人の少年が接触したことで、覚醒した『それ』が放った強力な信号も、悠久の時を超えて再び再起動した船のシステムにも気付く術は無かった。機械達は成層圏どころか電離層すら付け抜ける信号強度により過負荷を起こし、自らの機能を保護すべく安全装置を下ろしていた。人間達に至っては、突発的な地震による恐怖と文明の恩恵を絶たれたことによるパニックとその収拾に追われていた。

 信号は地球の隅々では収まらず、月の裏側に到達し、それを皮切りに太陽系の各所に飛んだ。そして最後には銀河を渡って、この信号を良く知る文明の星系に辿りついた。

 遥かなる故郷――惑星「セイバートロン」に。

 協和と守護を旨とする正道なる「サイバトロン」において、疫病神たる自分が、受容されていることは、まさに奇跡的現象であるとエンカーは思う。
 自己紹介の後、現場に到着した総司令と副官に簡単ではあるが、自らの素性と経緯を打ち明け、その上で故意ではないにしても彼等の部下達に山の様な始末書と報告書を書かせてしまうことを丁寧に謝罪した。
 総司令は突然の来訪者に若干戸惑いながらも、敵意が無いことを理解し復旧を手伝うことと自分たちの簡単な検査を受けることを条件に謝罪を受け入れてくれた。
 謝罪は本意だが、次は矢なり弾がなり来るなら、相応の抵抗をしようと内心覚悟を決めていただけに、エンカーは却って拍子抜けてしまった。
 彼はシステムの何をも破壊していなかったが、自分は組織の構成員の多くが知らぬ機密を見ているのだ。良くて拘束監禁は当然だろうと考えていた。しかし、スキャン検査から解放された後もその気配は無かった。

「俺が敵だと思わないんですか?迷子のフリしたスパイとか。」

 長居をするつもりは無かったし、行動を制限されないことはありがたかったが、問いたださずいられなかった。実際自分を「プリテンダー」という擬態生命体ではないかと疑う者もいた。それこそは間違いなく当たり前の反応だと思っていたからだ。
 すると、総司令は一笑して応えた。

「仮にそうだとしたら、とうの昔にシステムから洗いざらい情報を抜き出され、修復不能になるまで機能は破壊されていただろう。だが、それだけの技量を持ちながら君はしなかった。君の潔癖を信じるなら、それで十分だ。」

 そうきっぱり言い切った彼に、エンカーは亡き親友の姿を重ねた。
――ああ、この男は不幸にしてはいけない。
 その後、今後の進路について問われ「はぐれた親友達を探しに行く」と即答。しかし、地上の情勢も相まって探索の術が心許ない事を指摘され、自分達を戦場から出来る限り安全に送り出そうとしてくれる彼の厚意に甘える形でエンカーは親友が見つかるまでの期限付きで彼等の食客になった。
 「だがタダ飯は断る!」と言ってエンカーが買って出た役目は偵察兵だった。サイバトロン軍の基地とその管轄地域に親友の姿は影すら見当たらず、残るは彼等の敵対存在「デストロン」の陣地のみになったからだ。そして、自分がこの星に出現したと同じ頃にデストロンの大本営で遠目でもわかるほど大規模な破壊活動が確認されたことが決め手となった。
 光学迷彩を展開して周辺を偵察し、遠目で敵が陣取っている要塞の惨状をスキャンし、間違いなくフォルテの所業であると確信した。居場所もすぐに突き止めることが出来た。
 
 だが、そこはあらゆる意味で迎えに行くには難儀な場所でもあった。

 デストロンが艦載巡航戦艦「ネメシス」。

 殲滅と蹂躙に自らを奉げた一派の旗艦でもあると同時に、特A級戦闘知性体としても最強の名を欲しいままにしている黒い女神の懐を、親友は人知れず陣取っていた。彼の『兄弟』と感覚共有できる自分でなければわからなかっただろう。通信チャンネルを開けたが、返事は無かった。

―大方、暴れ回ってくたびれたから眠りこけていやがるな。

 さらに性質の悪いことに、鋼鉄の女神は懐を押さえられているものの、全くの無傷であり。したがってその苛烈な防衛機能は健在で、二度目の進入を『彼女』は許してくれなかった。
 結局、親友を直接叩き起こして連れ出すのを諦めたエンカーは日を改めることにした。
帰投してスキャンした映像を交えて報告したところ、総司令を始め幹部クラスのサイバトロンたちは驚愕していた。
 曰く、奴らは組織的に『半殺し』にされている。
 曰く、自分の確信を信じるならば、これを引き起こしたのは一個体の機械知性体によるものである。
 曰く、正史以来の大事件。
らしい。
 彼らにとって、劣勢であった情勢が五分に覆る事態ではあるが、部外者であるエンカーには正直どうでも良かった。
とにかく今は離れていようとも、眠っているフォルテ達から目を離したくなかった。暴風の如き彼らとて絶対ではないのだ。
 そして、本部を離れデストロンの大本営もといネメシスが収まっている巨大格納庫が俯瞰できる位置に存在する巨大な岩のてっぺんに、鷹のように止まって目を光らせていることがこの星での日課になった。
 もしネメシスで何か動きがあれば、すぐにでも急行できるようにしていた。たとえこの地で唯一大恩ある総司令がそれを止めようとも、単身強行できる構えだった。
 本部との定時連絡と、たまに気を利かせて様子を見に来る副司令や若い兵士との他愛の無いやりとりを挟んで、緊張に満ちた日々が続いた。唯一の例外は、硬直状態を嫌ったデストロンの首領が、精鋭共々直に出陣して司令塔を襲撃したときだけだ。さすがにネメシスは駆り出されなかったが。
 その日数を数えなくなった頃―
黄土色の空と灰色の大地の上で、巨大な鴉の姿をとって、いつものようにネメシスを監視していた彼は『歌』を聴いた。
 正確には、何かに対して覚醒を志向させる強力な信号だった。そして彼だけでなく、星全体に存在するエレクトロシステム全てがそれをキャッチした。
デストロン大本営のシステムプロセッサがいつになく加速し始め、第二種戦闘態勢のアラームが鳴り響いた。それに続く形でデストロンの何人かが飛行体に変形し、周辺基地へ飛び立っていった。何かが起こっているのは間違いなかった。原因は先ほど自分が聞いた『歌』だろう。多分、首都跡地にある本部でも同じことになっているはずだ。
 記録した信号の波長を解析し、検証を開始。比較データ、無し。サイバトロン軍 機密情報信号記録レベル3に該当情報あり。ファイルナンバー第167398号…

「おーい!エンカー!」

 検索をセーブし、呼ばれて振り返ってみれば、ターボファン・ノズルの音と共に風を切ってこちらに向かってくる赤い飛行体があった。
 彼は飛びながら二足歩行の人型に変形すると、目の前で華麗に着地した。光学迷彩も展開せず、単身でここまで来るとはただ事ではない。

「ジェットファイヤー、副司令官が敵陣の目の前までおおっぴら飛び込むのは感心しないぞ?」
「ばかやろ、非常事態だ。さっきの聞こえていなかったのか?」
「…歌が聞こえたかと思えば、デストロン達が騒ぎ出した。何だったんだ?」

 食客でありながらエンカーは、この副司令官に対して特に対等な接し方をしていた。お互い気性が似ているとわかり、ジェットファイヤー自らが希望したからだ。

「400万年前の再来さ。」

 普段乗りの軽い口減らずの副司令官が、遠くを睨むように見据え忌々しげに呟いた。

「詳しい説明は飛びながらやる。とにかく一緒に本部まで来てくれ。案内してほしいところがあるんだ。」

 早く来いと催促する副司令の言葉を聞いて、エンカーの頭に疑問符が浮かんだ。この「世界」に来て、自分が知りえた情報は膨大ではあるが、それはあくまでセイバートロン星とその周辺に限られた規模であり、その中でも地理に関しては新兵にも劣るのだ。それは周知の事実なのに、一体どこを案内しろと?エンカーには心当たりが無かった。
 ネメシスの格納庫から発進警戒音が鳴り響いたのはその時だった。

「あのオッサン、ネメシスまで引っ張り出しやがった・・・!」

 若き副司令官が吐き捨てたその言葉に、エンカーは内心で同意した。
 セイバートロンの基準から見ても巨大なデッキから現れたネメシスは黒光りする威容を隠そうともしなかった。威圧的なデザインの鋼鉄の女神を直接目にするのは、これで二度目だ。
 傍目ではゆっくりと上昇するそれの向かう先に、ワームホールが展開される。エンカーはネメシスに直接取り付くべく飛び立とうとした。だが、それは脇に立つ副司令官によって阻止された。

「通してくれ!このままじゃ、今度こそあいつらとはぐれちまう…。」
「落ち着け。連中の行き先はわかっている。俺達もこれから行くところだ。お前も連れて行く。ダチを連れ出すなら、そこでもかまわねぇはずだ。」

 食い下がるエンカーをなだめながら、副司令官は自軍の本営のある方向を示した。
 感情的には反論したかったが、エンカーは折れた。この副司令官には、苦楽を共にしながらも星を覆う不毛な闘争の為に敵味方に分かれてしまった幼馴染がいることを聞いていたからだ。
 ジェットファイヤーと並行して帰投する間、エンカーは上空に広がってゆくワームホールを肩越しで睨みつけた。

「それで、案内してほしいってのはどこだ?」

 ネメシスがワームホールに突入してゆく。そのはるか向こうには見慣れた灰色の衛星が遠くで浮かんでいた。嫌な予感がした。副司令の返答はそれを現実のものとした。

「お前の言うところの太陽系第三惑星、『地球』だ。」

 エンカーは人型であれば頭を抱えたかった。

―地球よ。もはや我らを待つ者亡き故郷よ。世界を超えて尚も、我らを因果もろとも縛り付けるか?

 白光が天を覆う。ネメシスがワープアウトしたのだ。ワームホールが消えていく。
 消え行く虚数空間の向こうで、自分達をこの星に放り込んだ『誰か』が愉快に嗤っているとエンカーは確信し、そして決意した。

―よし決めた。

『俺達』を呼び込んだことを、心底後悔させてやる。



[11491] 遭遇
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:536fcd73
Date: 2009/12/03 03:19

「ああもう、この役立たず!」

 自室で震源地を検索していたアレクサは、緊急停止したノートパソコンに机を叩いて毒づいた。
だが彼女の相棒は、ほんの一瞬ながらもその務めを忠実に果たしていた。ディスプレイに移った震源地は郊外の裏山を示していた。放課後ラッドたちが向かった筈だ。
 マグニチュードは確認しそこなったが、観測された震度は3。大きな家具の無い部屋の中ならともかく、土砂崩れ後の禿山では致命的だ。終業からの時間を考えれば、あの二人のことだ。今頃洞窟の中を歩き回っているに違いない。そこまで思い至るとアレクサはチェイスの上に放り込んでいたピンクのスマートフォンをつかんで外に飛び出した。
 両親はまだ帰っていなかった。この停電騒ぎで研究所勤めの彼らは帰るに帰れないだろう。もっとも被害を受けているのが、病院と彼等の職場なのだから。
今は大人たちに助けを求められない。アレクサは幼馴染二人が生き埋めになってない事を祈りながらローラーを走らせた。

 何が出来るかは、着いてから考えよう。

/*/

 地面から抜き出した『パネル』を胸に抱え、ラッドはカルロスと共に夢中で走っていた。可聴領域を遥かに超えた強力な信号と網膜が焼けるかと思うほどの発光に絶叫して、やっと目を開けたとき、状況は変わっていた。
 物言わぬ遺跡と化していたエイリアン船は、突然息を吹き返した。蝋化と風化によって土壁同然だったコンソールパネルから柱まで出鱈目な光を放ちだした。眠っていたエンジンが始動したのかラッド達には分からないが、地面から響く震動音と天井からぱらぱらと降ってくる小石と埃に現実的な危機感を覚えた。

「逃げよう、ラッド!なんかやばい雰囲気だよ!?」

 言われるまでも無かった。

/*/

 ビリーは、自分の間の悪さを最早運命のせいにしていた。
足元から伝わる振動を感じたときに二人は反射的に壁にしがみつき倒れまいとした。

「わぁああーーーっ!だからもう帰ろうって言ったのにーーーー!!」
「うるさい!黙れよ、黙れッたら!!」

 泣き叫ぶ友人にヒステリックながらも見栄を張ることで、ビリーは情けない悲鳴を上げずに済んでいた。
 それでもビリーはもはや正気の限界にあった。ジムに至っては、マグライトが壊れた瞬間完全に恐慌状態に陥った。

「うわぁぁぁぁ!僕たちここで死ぬんだぁーーーーーー!!!」

 二人は正しく遭難していた。

/*/

 転げ落ちた先から、来た道に戻れたのは奇跡としか言いようがなかった。道標に残してきたロープを見つけた時は天国に至る道を見つけた気分だった。
 転がり込むように外に出れば、そこはいつもの平和な昼下がりだった。感動と同時に、まるで十時間以上洞窟の中にいたような疲労感が二人の体を襲った。地震もいつの間にか収まっている。息を吸うのも今は辛い。

「酷い目に遭ったぁ…」
「ああ、全くだね…。」

 奥で見たものも、体験も、全て夢のように思えた。残念ながら、小脇に抱えたパネルは現実だったが。
 それにしても…とラッドは小脇に抱えたパネルを見た。
今回の冒険の成果として、これ以上に無く最高だが、すんなり持ち帰っていいものだろうか?捨てるという選択肢もあったが、何故か嫌な予感しかしない。
 何より勿体無かった。見つけたのは自分たちなのだ。しかるべき研究者の手に委ねるなら、自分でゆっくり調べてからでも遅くは無い。目下の問題は、これがバックパックに入りきれるかだ。彼の愛機に買い物籠は付いていないのだ。
 二次災害に巻き込まれる前に、何より非現実からの帰還を果たすべく、二人は来た道を辿った。ラッドの愛機は倒れているもの無事だった。パネルはやはりバックパックに入りそうに無かった。

 耳鳴りがした。

 最初気圧の変化で鼓膜が圧迫されているのかと思ったが、そうではなかった。
周囲の空気が歪んでいた。見れば中空の空間そのものがうねりを上げて歪んでいた。まるで、ブラックホールが発生したように。さながらワームホールだろうか。
うねりがスピードを緩め、耳鳴りは止んだ。だが、二人は嫌な予感しかしなかった。
 直感的ではあるが、「何か」が出てこようとしているのはわかった。大体コミックでもこういった状況では、必ず恐ろしいエイリアンが出て来たりすると相場が決まっているのだ。
 歪みが質量を帯び始め、物質を形成してゆく。二人は立ち尽くしながらそれを見守った。ズシンと地響きをあげて、物質化を終えた「それ」は地上に着陸した。

 ラッドは顔を引きつらせて硬直した。予想を裏切らず出現した「それ」が、種の違いを抜きにしても親しみを持てそうに無かったからだ。
 カルロスは口を開けて驚愕した。純粋に目の前の現象に度肝を抜かされたからだ。
 それは屈んではいたが、それでも巨大で、不気味で、威圧的な二本足のロボットだった。そして、その輝く赤い双眸は――どう見ても悪意に満ちていた。

 メガトロンはワープアウトが成功したことを確認すると、素早く体内のマニュピュレーター類を重力に適応できるように設定し、周辺の状況を解析した。本営の中枢システム軍団とネメシスの解析が正しければ、この土くれだらけの土地こそ目当てのもの―マイクロン信号の発信源らしい。
 この星の衛星、『月』で発見した彼等の脱出船の状態を解析したネメシスは、月の地表で不時着した時、破損し飛び上がってしまった先端ブリッジの一つがそのまま惑星の重力に引かれ地表に落下。衛星軌道上で確認した周辺地理を分析するに、運良くブリッジごと大気圏を突破できた『彼ら』は二度目の不時着をして、400万年の風化の果てに一つの小山と化したと推測した。
 彼らがどんな経緯を辿ったかなどメガトロンにとって興味の外だが、パネル化した『マイクロン』達の特性を考えれば、この周辺に集中的に存在している可能性が高いのは魅力的な報告だった。月の裏側にある本体部分で捜査して何の収穫も無かったが、この地に存在するのならば自分と同じ目をした機械知性体どもに奪われた戦力を補うことができる。
 そして、宇宙が自分に味方しているとメガトロンは喜んだ。
 周囲を見回すまでも無く、この惑星の原生生物、「人間」の幼生二体がこちらを注視していることに気付いた。
 明らかにこちらの存在に驚愕しているが、そこのところは彼の関知するところではなかった。心配せずとも、メガトロンはどんなに殺気立っているときでもつまらない存在にいちいち手をださないのだ。探すものがあって忙しいのだから。
 そう、用があるのはその二体の内、若干体長が高い方の両手に抱えられているパネルだけだ。
 種族の基準から見ても気の遠くなるほど昔だが、見紛うことは無かった。何しろそれに関する記憶は(彼の基準によるが)華々しいものと苦々しいものが同比率で混在しているのだ。忌々しいサイバトロンどもの手引きによって逃がされた時は、怒り狂ったものだ。
 互いの視線が交差して数瞬、彼の良からぬ思考をその目から読み取った二体がこちらに背を向けて一目散に逃げ出した。しかし、所詮は取るに足らない脆弱な有機生命体。必死に逃げているのだろうが、そのスピードは種族の基準から見れば「あくびが出る」ペースだった。その中でも「規格外」であるメガトロンから見れば、「ついでで死ねる」が追加される。
 パネルを落していけば、少しは長生きできただろうに。
ここに来て、最近の記憶の中では最も大きな戦いの中で、突如乱入してきた有機生命体くずれの情報集積体と逃げ惑う二匹が、あくまで生物学的な特徴に限るが―種族的に近いことに気付き、余興を思いついた。「奴」には決着に水を差された挙句、生き埋めにされかけたのだ。折角生き残った部下の半数もしばらくは使い物にならなくされた。

「それを返せ。わしのものだ!」

 冗談じゃない。と二人は逃げながらエイリアンロボットに内心毒づいた。何故エイリアンが公用英語を話せるかという疑問はこの際に置いとくとして、この様な威圧的態度を取る輩が穏便な手段を敢えて取らないことは、幼い二人でも知っていた。
 第一、奴の言うとおりにした場合を想像してみても悪い結果しか頭に浮かばない。
 最悪なことに、頼みの綱のバイクはエイリアンロボットの着地の余波でいくらか原型を留めつつ見事ひしゃげていた。カルロスのボードは助走をつけなければならないし、何より足場が悪すぎる。もはや自分の足と幸運に頼るしか無い。
 そんな二人のささやかな希望も、背後で起こった爆発で見事打ち砕かれた。正確にはメガトロンが小石(地球人類の基準から見れば、人を殴殺するのに十分すぎる規格の岩だが)を指弾の要領で二人の足元めがけて弾き出したのだ。
 人間のそれでも昇華させれば銃弾に匹敵する威力になる。ましてや殺さぬよう(彼なりに)いくらか手加減されてはいるものの、放たれたそれは砲弾の如き威力を持って二人の足元に炸裂した。
「破壊大帝」の名は伊達ではない。
 粉塵に巻き上げられ、二人は地面に叩きつけられた。体をひどく打って地面の上でラッドは首をゆっくり回した。後方からこちらに向かうエイリアンロボットが見えた。パネルは吹き飛ばされたときに手放してしまった。やはり奴は自分達を今すぐにでは無いにしろ、生かして帰す気は無い様だ。反射的に起き上がって地面に落ちたパネルを拾う間も脳裏に父と母の顔が浮かび、ラッドは両親と今目を回しかけている親友に対して申し訳ない気分で一杯になった。彼の両親のことを思えば謝る資格すらない。
 唯一の救いは、ここにアレクサを連れて来ていなかったこと… 
「ちょっとアンタ達!何やってんのよ?」
 耳の錯覚だと思いたかった。パネルを抱えつつ何とか振り向けば次に我が目を疑った。その思いは、何とか意識を取り戻したカルロスも同じだった。まっすぐ下校した彼女は今頃家で社会史の勉強をしている。幸運なことにここには居ないはずなのに。
 そんな彼女が、近所を通りかかったのと同じ調子で自分達を見下ろしていた。

「アレクサ!」
「何でここに!?」
「何でって…あたしは地震があって、震源地がここだったから・・・」

 二人の顔から改めて血の気がひいた。
視点の高さからくる必然で、彼女は巨大ロボットに気付いていない。二人から見れば、今の彼女はあまりに無防備すぎた。

「アレクサ!何でもいいから引き返せ!逃げるんだ!とにかく急いで!」
「え?ちょっとなになに?何なの…」

 幼馴染二人の慌てぶりに要領を得られなかった彼女であったが、ふと目線を上げたとき硬直し、理解した。
 カルロスは素早く立ち上がり、絶叫する彼女の腕を取って逃げようとした。それに続く形でラッドも立ち上がり、二人の背中を押しながら走った。
絶望している暇など無い。ここは、一人でも多く生き残らなければ。
 脇に強烈な熱を感じたのはその時だ。ラッドは思わず腕を振った。熱源はパネルだった。先ほどの強烈なものではないにしろ、淡く発光し、そしてその輝きは幻想的ほど美しかった。
 メガトロンはこの光に見覚えがあった。これは覚醒の前兆だ。いかなる個体であるかは休眠モードが完全に解除されるまで殆どが解析不能だ。
 人間もロボットも固唾を飲んで、その輝きを見守った。

 そして、「彼」は目覚めた。

/*/

 「クロウよりブルーへ。発信源より南南西1キロ地点にて『マイクロン・ウィリー』の覚醒とメガトロンを確認。尚、民間人3名が両者に接触。」

 雲の下ギリギリまで飛ばした電子偵察用鳥型ロボット「グロリア」からの航空映像と電子バイザーによって得られる望遠視界を同時に解析することによって流れ込む膨大な情報量を一人で処理しながら、エンカーは周辺に散開している『同盟者』に暗号通信を送った。赤茶色の荒野を一望できる高台は十分な装備が無ければ頂点に到達することは危険この上なかったが、情報集積体であり、義体に収まっているエンカーには朝飯前だった。

〈分かった。座標の送信を頼む。すぐに合流しよう。〉

 力強い司令の声が真っ先に返信を送ってきた。「了解」と短く返答し、座標を送信している間、少し間を置いた。

「民間人はいかがします?目撃者の処分は、御大将自らが全面的に引き受けてくださるみたいですが…。」
〈駄目!〉
〈却下だ。〉
〈残念だが、不採用だ。〉

 三者ともに感情はそれぞれ違えど、こちらの言わんとすることは予測済みだとばかりに同じ返答がきた。最後の司令にいたっては苦笑いすら窺えた。まあ、分かって聞いてみたわけではあるが。

〈リスクは十分承知している、エンカー。それを踏まえて君を含めた各員に通達する。マイクロンと民間人の保護を最優先とする。この任務は地球人に対して極秘ではあるが、我々の戦いが生命を守ることが前提である以上、彼等の命を無碍にするのは、我らのやり方ではない。〉

 呆れつつエンカーは心底ほくそえんだ。彼の知っている限り、軍人というものはこういった命令を出すときこそは大なり小なり悩むものだ。一を棄てて九を取るほうが後々問題は少ないからだ。しかしこの司令官は十を取るとにべもなく言い切った。そこには確かな信念と自信があった。それが、羨ましく心地よかった。

〈嫌ならそこで見ていてもかまわんぞ?お前はあくまで有志だ。任務に対する拒否権はある。〉

 そこへ軽く嫌味を利かせてくれるのは、我らが副官兼軍医兼使節長。

「それこそ冗談よしてくれ、『ラチェット』。こんな面白い任務を手放すなんて、人生の浪費だ。」
〈お前の人生哲学はいいけどさ、『グラップ』からの通信は?〉

 呆れながら『ホットロッド』が聞いてきた。そういえば、あの「おやっさん」は本星からのワープドライヴで時間的に出遅れてしまっていたのだ。

「ここから半径10キロ四方に暗号通信で呼びかけてはいるが、未だ応答なし…おやっさん、完全にはぐれたな…。」
〈ふむん…ともかく、目の前のことを片付けていくのが先だ。メガトロンは私が引き受けよう。その間、エンカーは彼等の保護を。場所も近いし君の外見的特徴なら、彼らは警戒しないだろう。ラチェットとホットロッドは、グロリアと視覚共有しつつ合流しだい周辺の警戒に当たれ。どこかに奴の部下がワープアウトしているはずだ。出動!〉
「〈〈了解!〉〉」

 全員とは言いがたいが、各自の意志が一つになったことを確認すると、盗聴を避ける為にデジタル通信チャンネルを遮断した。ネメシスのことだ。正確な位置は不明だが、指揮官の性格を考えればこの惑星を一望できる位置で情報と言う全ての情報を吸収し尽くし、解析にかかっているだろう。あれの機能を考えれば全ての作業を終えて、こちらの通信に網を張るのも時間の問題だ。
 エンカーは高台を一気に飛び降りた。常人ならば運が良くて両足を複雑骨折する高さを、羽が落ちるような軽さで着地した。麓には黒のザ・ニンジャT・G・RUNを停めていた。シートにまたがり、エンジンをかける。
 最高速度を維持しつつ、荒野を突っ切る形で現場を目指す。

 それにしても

―民間人を保護するのはともかく、その後の処置はどうするんですか?『コンボイ』総司令。

/*/

 現れたのは自分の背丈よりも頭二つ小さい、二足歩行の青いロボットだった。向かい合っている巨大エイリアンロボットに比べれば、「ロボットらしい」といえる特徴があった。でもどこか、キャップを被った少年に見えなくも無かった。そこが親近感を誘発していた。気が付けば重い空気が少し弛緩している。
 ピロリロと音楽にも似た電子音を発しながら青いロボット―「彼」は周囲を見回した。
 最初に自分を起動させた人間達、次に周囲の景色、そして…
―嫌になるほど見覚えのある黒く巨大な影…。
 傍目から見て分かるほど、『彼』は呆れと諦めをこめて肩をすくめた。よく見ると受光視覚装置も悟りきったような半眼だ。
 あれからどれだけの年月が経ったかは知らないが、どの道こいつの「スパーク」が消えるには足らず、しかもここにいるということは、うんざりするほどの執念深さと強欲は尚も健在と言うわけだ。宇宙よ。これは嫌がらせか?嫌な思い出も多かったが、それ以上に親愛を以って接してくれた戦士達を捨てて、遥か彼方へ逃れ久方ぶりに覚醒して最初に再会した顔見知りがよりにもよってこいつというのは何かの罰か?
 そして戦争狂よ、お前もだ。こんな辺境に来るだけの根性と余裕があるのならば、我々なしでも十分戦い続けることができると考えないのか?
 しかし、奴の性格を思えば考えても詮無き事。「彼」は遠い過去に思いを馳せるのをやめて現時点で取るべき選択肢をただちに比較し、その中で最良のものを選んだ。
 思考を切り替え、周辺に二足歩行よりは速く動ける機械が無いか検索する。奇跡的にも発見。
 壊れてしまった簡易的な二輪駆動の移動用機器ではあるが、コピーは十分可能だ。すぐさまスキャンを開始し、構造を余すことなく解析してゆく。プロセスを完了させ、「彼」は変形した。試運転の結果、相性は抜群だ。
 変形の経緯を目にして驚愕している人間達に乗るようにと促がした。自分を覚醒させた人間の他二体いたが、放って置くわけにもいかないのでジェスチャーでも十分に理解できるよう配慮した。
 どの道、奴を前にしてやることは一つ。逃げの一手だ。

「何か言ってるぜ?こいつ」
「……『乗れ』って、言ってる。」

 いきなり現れた青いロボットが、自分の愛機をスキャンしたかと思えば一瞬でその構造を組み替え、頭どころか手足を収納し見事電動マウンテンバイクに変形した。
 その時点でラッドはもう何が出てきても驚かなくなっていた。「彼」の言葉が耳でなく脳で直接理解できたことにも大して動揺はなかった。

「なんでアンタにこの子の言葉がわかるのよ?」

 言われてみてラッドは一瞬言葉を濁した。どうも自分だけが理解できたらしい。納得のいかないアレクサには悪いが、この時説明の余地はなかった。事態を静観していたエイリアンロボットがこちらに向かって動き出したからだ。
明らかに狩人の笑みを浮かべて。

 「彼」は舗装されていない道に足を捕われることなく駆け抜けてくれた。岩が進路に転がっていればウィリーして回避した。オートレーサー顔負けのテクニックだ。

「あたし思うんだけどさ、この子絶対“ウィリー”って名前よ!」

「彼」―もといウィリーの背に抱きつく形で同乗しているアレクサの興奮した言葉にラッドは同意した。これで後ろから迫ってくる巨大ロボットがなければ彼女と共に喝采をあげているだろう。しかも両者の差は開いていない。

「もっとスピード出ないの?追いつかれちゃうよ!」
「『三人も乗せているから無理』だって!」

 当然といえば当然だ。機械とは言え、子供三人も乗せて悪条件の道を走破しているのだ。自分を背負い、かつ両腕に乗せたカルロスとアレクサを落していないだけでも賞賛に値するだろう。「何でアンタだけわかるのよ!」というアレクサの突っ込みは豪快に無視しておいた。
 コーナーに回った瞬間、後ろから響く震動が止んだ。しかし撒いたわけではなかった。走る「4人」の横で再び石の砲弾が炸裂し――、
 ラッドとカルロスは、本日二度目の空中回転を経験した。

 「ああああ…御大将。いくら子供相手だからって、そりゃえげつなさ過ぎるってもんですよ。」

 最大望遠でメガトロンの指弾によって吹き飛ばされる少年少女達を見たときエンカーは心底彼らに同情した。もっとも彼等の不幸の原因がいくらか自分にあるとは思いもしないが、今四輪駆動車形態で後ろを走っている総司令も同じ思いだった。
 幸か不幸か少年達は五体満足で生きていた。だが、あくまでマイクロン・ウィリーを傷つけないようにと配慮した結果の副次効果にすぎない。彼らが虫けらのように殺されるのは時間の問題だ。

「先に行く。その隙に彼らを」
「了解、『メットール』三騎を展開用意。ご武運を。」

「さあ、そのマイクロンをこちらに渡してもらおうか?」

 よこせと言わんばかりにエイリアンロボットの指が動いた。打撲で痛む体を叱咤しつつ三人でウィーリーを庇うようにして立ちふさがる。「マイクロン」とは何の事か気になったが、それが今の自分達に出来る唯一の抵抗だった。アレクサは必死で睨み返しているが、自分達同様血の気が引いていた。足の震えも止まらない。
 絶対なる死がそこに在った。実際こいつは蟻を踏み潰すのと同じ感覚で自分達を殺せるだろう。せめてもとラッドは覚悟を決めた。心の中で両親と親友に謝りながら

「そこまでだ!メガトロン」

 絶望と恐怖に挫けそうになった心に、その言葉は光となって差し込んだ。

「コンボイ!?」

 悪意の塊のようなロボットが忌々しげにその声に反応した。三人と一体もそちらに視線を集中させる。
 そこには目の前のロボットよりは頭一つ小さかったが、それでも巨大で力強く、堂々とした二足歩行のロボットが立っていた。鮮やかな青と赤のボディカラーで黒いエイリアンロボットと対照的ながら同類のように見えなくないが、両者の間に存在するのは明らかに険悪な空気だ。お互いを睨み返し、全身から怒気を放つ。それだけだ。続く言葉も無ければ、説明も無い。音波による瞬時の情報伝達すらない。
 両者は同時に突進し、激突した。
 巨大な鉄と鉄のぶつかり合う轟音が山の麓に轟いた。眼前で始まった死闘とその凄まじさに身を竦ませるラッド達の後ろから聞き慣れたような気筒音と車輪がジャリの上でドリフトする音が甲高く鳴り響いた。実は甲高い電子音声も響いていたが、それを聴き取れたのはウィリーだけだった。
 振り返れば黒地に金で縁取ったカワサキ製のザ・ニンジャに跨った、これまた黒のライダースーツで身を固めた短髪赤毛の男がいた。

「死にたくなかったら乗れ!三秒以内にだ。」

 てっきり通りすがりのライダーかと思ったが、あまりの落ち着きぶりにその認識を改めた。ヘルメットではなく、バイザーのようなサングラスをかけていたのが気になったが。

「「はやく!」」

 一瞬躊躇している自分達に向かって赤毛の青年と青いロボットが同時に叫んだ。
先ほど自分達をいたぶっていたロボットに立ち向かい、自分達から遠ざけようとしている青い巨大ロボット。そして目の前の青年。
 ラッドは彼らを信頼に足りえると瞬時に判断した。ウィリーが彼らは味方であると説明してくれたのも大きいが、行動を見れば十分だった。
 しかしいかな大型バイクとは言えど、子供三人とロボット一体を乗せるのは無理がある。だが通せる無茶は通さねば、時間稼ぎのためだけにあのデタラメ毒クワガタと殺しあっている司令に対して立つ瀬がない。

「まずはレディファーストだ!お嬢ちゃんは前、そっちの坊やは後ろ!」

 エンカーの指示に素早く従う子供達、ラッドとウィリーが残る。

〈そっちの坊やを任されてくれないか?マイクロン・ウィリー〉

 セイバートロンの公用電子高速言語で頼み込む。彼らは何故か一つの電子音声しか話せないが、こちらの言葉はあらかた理解してくれる。そのことをエンカーは事前に説明を受け理解していた。
 ウィリーは速さこそバイクに劣るが、敏捷さには自信があった。初めて出会うこの「友軍」の申し出はありがたく、力強い頷きを以って了解した。ラッド一人分の重量なら性能を発揮する際制約にはならない。
 子供達は全員怪訝な顔をしていた。当然だ、可聴領域を超えた音声による瞬時の情報伝達は傍からみれば口をパクパク動かしているだけにしか見えない。
改めて変形したウィリーは丁寧に所有者となったらしい少年に説明した。意を汲んだラッドがウィリーにまたがろうとした時、運悪く彼らはメガトロンの視界に入った。
 メガトロンは苛立っていた。コンボイの参上は予想の範疇内ではあったが、まさかあの小賢しい疫病神まで連れて来るとは思っていなかった。思い出すだけでも忌々しいのに、目の前にのこのこ出てきた挙句、マイクロンを自分の手の届かないところへ連れ去ろうとしている。奴の狡猾と滑稽と戦術の高さは最初の交戦で思い知っていた。ここで決着をつけてやりたいが、このままコンボイにかまけていれば奴は間違いなく逃げおおせるだろう。コンボイもそれを確信した上で足止めを買って出たのだ。体を入れ替える際に人間たちとマイクロンへの射線が開けたのは僥倖だった。この際部品の一つ欠けても構いはしない。速射を優先させてエネルギーを最低限に留め、銃口を定める。

「やめろ!」

 コンボイがとっさに腕を伸ばして射線を妨害しようとするが、もう遅い。最大出力時のそれより遥かに劣るが、有機生命体を焼き殺すには十分すぎる熱エネルギーを帯びてパルスビームが放たれた。
 銃口がこちらに向けられたことをエンカーは直感で感知した。マイクロン以外の命など、奴には無価値だ。ついでに自分も亡き者にする気だろうが、そうは問屋が卸さない。
 既に待機させていたMDG(マイクロディメンショナルジェネレーター)を起動。フレームデータを入力したDC(ディメンショナルコア)を、メガトロンを包囲する形で展開。サモンウィルス「メットール」起動。数、3。内最初に物質化する 一体は防御のため前方に配置。ドライヴ展開。擬似物質化開始。構築完了。

「メットォーーーーーーール!」

 やたら声は渋いくせに間抜けた叫び(?)を上げて黄色い工事現場用のヘルメットをかぶった黒い一頭身の巨体が目の前に現れ、パルスビームを完全に防御した。表面には傷一つ無かった。続けてメガトロンの背後と側面を固めるように二体が出現する。

「さあ、少年少女諸君。舌噛むなよ?」

 コンボイの顔に浮かんだ一瞬の安堵を確認するや否やギアを上げ、一気に最大速度でスタートした。同乗しているお子ちゃま二名が悲鳴を上げたが今は構っていられない。ラッドを乗せたウィリーはそれに続いた。念を押して新たなDCを周囲に展開。データ「インビジブル」起動、展開。太陽光を透過させて自分と少年達を透明化させる。
 まんまと逃げおおせられたと悟ったメガトロンは怒り狂った。
あの「疫病神(ウィルスメーカー)」は自分にとって最も欲する戦果だけを横から掠め取っていく。こんな単純なことですらだ。影どころか熱源すら感知できぬあの光学迷彩では、後から来るよう指示した部下達もムダになってしまった。ひとまずこの怒りを目の前に立ち塞がるコンボイを引き裂くことで癒したいが、物質化しているウィルス達がそれを許すまい。見たところ物理的戦力としては足止め程度のようだが、ウィルスというだけでも脅威だ。状況が明らかに不利であることを認め、メガトロンは憤慨しながらも最良の手段を選択した。
 メガトロンがショートアウトで撤退したのを確認すると、コンボイはやっと戦闘体勢を解いた。気が遠くなるほど毎度の事ながら見事な引き際だ。おかげでひとまずの目的は達成できたが。
 ラチェット達に通信を送り、自身とともに引き続き周辺の警戒にあたるよう告げた。ウィルス―メットール達にはさすがに目立ちすぎるので、主の下に戻るようデジタル通信で促がす。
 それぞれの個体が要請を了解し、擬似物質化を解除する間メットール達は自分を労ってくれた。
『無事で良かった。』と。

 彼らが視覚的に消えて行くのを確認し、コンボイは思い出す。
 彼等の主は自分を「疫病神」だと言った。自らの危機に際して、数多くの擬似物質化した、しかも多種多様のウィルスたちと共にはせ参じた時のことだ。
 あの時は助けられた彼も、感謝するよりも先に余りの光景に言葉を失ってしまった。多くの部下や戦友は言わずともがな。彼の言葉に納得し、その力を認めながらも大多数が腫れ物を扱うように距離を置いた。

――奴は全機械生命体にとって危険な存在だ。

 口さが無い者達は恐れと警戒心からそう言ったが、それはやはり違うとコンボイは思った。
 こうして自分以外の誰を気にかけてくれる者たちの主が、不幸を振りまくはずがない。

 腕に伝わる振動にウィリーの存在を確かに感じながら、ラッドは今日起こったことを反芻していた。
空洞が見つかった裏山。
探検しに行って見つけた古いエイリアン船。
落ちていた不思議なパネル。突如永い眠りから覚めた船。
山全体を揺るがした地震。
脱出。
自分達を追い回す巨大ロボット。
パネルから変形した青い少年型ロボット。
壊れた愛機をコピーしてさらに変形したウィリー。
危うく殺されそうになった自分達を助けてくれた青と赤のロボット。
激突する二体。
そして、示し合わせたかのように現れた赤毛の青年。
さらに何も無い空間から出現したゲームのキャラのような工事用ヘルメット達。
透明化した自分達。
 今日はたて続けて驚かされてとんでもない目に遭う日らしい。でも、不思議と不安は無かった。むしろ、次は何が起こるか期待していたくらいだ。何より彼は直感していた。
 
ここから「全て」が始まるのだと――





[11491] 擬態(修正のみ)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:1427b119
Date: 2010/03/02 03:01
 月。
 もしそこに地球に住む誰かが足を踏み入れていたら、半壊し、灰色の大地と同じ色になるまで朽ち果てた巨大な船に驚くだろう。それは無理な胴体着陸によって散々地面にその体をこすり付けた挙句、奇跡的にも断崖に差し掛かったところで止まっていた。
 さらにそこで空を見上げれば、とても安心などできないだろう。地に伏して朽ちた巨大な船が、小船に見えてしまうくらいだから。
 それは浮かぶ黒い小山だった。それは見下ろす威容であった。黒とグレイの合成金属と戦闘者の技術の粋が作り上げた戦艦。まさしく恐ろしい「女神」だった。
 女神の名はネメシス。「彼女」は主の命令どおり、地球周辺ほぼ全ての人工衛星をハッキングし、主に地理と軍事に関する情報を徹底的に収集し解析し終えると、次の作業に移っていた。作業の結果と進行状況をディスプレイ越しで、流れるように報告してゆく。
 地上では首領と同僚が先に降りているが、抜かりは無い。その姿を映すべき偵察衛星は人間達に送信すべき映像をすでに掌握され、改変済みになっている。管理者を気取っている人間達は今頃「異常なし」と判断しているだろう。彼女は自身に取り付けられている万を超える外部センサーを総動員させて周辺に検索をかけた。
 その中で自身のコンソールを熱心に見入って「彼女」が拾う様々なスキャンを対照し分析している黒と銀のTFがいる。組織の基準から見てもかなり短気の部類に入る黒い「障害物(バリケード)」は今のところ自身の本領が発揮できる任務を忠実に遂行していた。
 同じ部屋ではそれをつまらなそうに眺めて貞腐れている銀色の「狂乱(フレンジー)」―種族の基準では小柄に相当する体躯。細長い胴で4つの青い視覚受像機と、さらに3本指の腕を4本持つ昆虫人間と言えなくない者がいた。

「ご機嫌斜めだな、フレンジー。降下隊に編入されなくてまだ拗ねているのか?」

 仕事の手を止めないままバリケードはわざと愉快そうに聞いた。

「クキャアァッ!見りゃ分かるだろうが、ぶぁか!!俺様は反吐の出る甘ちゃんどもの悲鳴聞きに遠征参加したんだぞ?そんで最初にやることがボロ船の家捜しに土いじりだと?あの甘ちゃん筆頭と俺の兄弟ウィルス漬けにしてくれやがったアカゲザルもどきが降りているんだぞ?あいつらの喉笛掻っ捌いてたっぷり時間かけて殺すチャンスだってのに…クキィヤアァァァァァ!誰かに俺に切り刻まれろぉぉぉぉ!!」
〈バリケードは構いませんが、私の内部機器は避けてくださいね?フレンジー。〉

 名前の通りの狂乱ぶりそのままに殺戮衝動に悶絶するフレンジーの高速呂律な絶叫にネメシスが音声出力して割り込んだ。

〈まだこの星の調査すら終わっていませんから。首領への報告は私だけでも可能です。〉
「それもそっかー♪」
「まてネメシス、お前は大丈夫だろうが俺が困る。大いに困ると言うより御免被る。フレンジー、お前もにじり寄るな。どうせならサンドストームでも絶叫させてこい。」

 ポチリと大モニターに出すのは、月面に落ちたマイクロンシップの中の、ワープ装置が設置されている大ホール。
 そこのコンソールの上で仰向けになって大いびきをかいている一体のTFがいた。サンドストームである。

「けっ!あの早漏が。幸せそうに寝てやがる。」

 相変わらずフレンジーの怒りは収まらない。

〈メガトロン卿から艦内捜索の任務を拝領して、降下隊がワープした二秒後に休眠に入っています。見事なサボりっぷりですね。〉
「ネメシス、艦内のマイクロンパネル反応は?」
〈既にスキャン済み。反応はゼロです。サンドストームは無駄骨折らず済みましたね。殆どが地球に落下したと考えるべきでしょう。周辺でそれらしい反応があったのは現在一つだけです。〉

 バリケードはうんざりした。
 大山鳴動して鼠一匹とはこのことだ。当分は地平線の向こうに見える有機物と菌類だらけの星を行ったり来たりする羽目になるだろう。倒すべき敵がいてくれるのが唯一の救いだ。
 生まれた場所はセイバートロンだが、バリケードにとって戦場こそが故郷である。

「ちょっとケツ刺してくるわ。クキャキャ!」

 スキップしながらフレンジーは部屋を出て行った。ひとまず脅威は去った。サンドストームに向かって。

〈…こうなると作為的なものを感じます。400万年前の脱出は最初から地球を目指していたものかもしれません。そうだとすると、衛星に不時着したのは技術的なミスではなくワープアウトした後の直線コースと衛星の軌道が重なってしまった結果でしょうね。〉
「不時着の件はともかく、それはあくまで推測だ。惑星アルクトス以外で有機体の知的生命体が跋扈している惑星が存在していることが判明したのは昨日今日だぞ?400万年前はクロノス星系とやっと交信できるようになったんだ。そんなときに奴らがどうやってあの惑星の知ることが出来る?」
〈彼等の発生に関係しているかもしれませんね。我々は自分の戦争ばかりに夢中になっていて、彼らが実際どこから来たのか考えたこともなければ調べもしなかった。彼らにスキャンをかけてスパークと同等のものが検出できたことから、戦争の最中に生まれた奇形種かもしれないという結論を出しました。それが現在の通説です。〉
「つまりやつらの出自をまともに知っている者は存在しない。いるとしたらあの“神様”だけってわけだ。」
〈その可能性は高いでしょう。しかし“プライマス”は開戦と同時に失われた。どこか非時空空間に隠れて彼らを作ったのだとしたら、パネルにして戦場に放り込む理由が分かりません。新種として彼らを星に放ちたいのなら、我々が絶滅した後でいい。プライマスが地球の存在を知っていて、彼らがそこへ送り出されるために作られたとしても、あれの力なら直接原始の地球に送り込むことは可能だ。だとすると400万年前の状況は余りに矛盾している。〉
「だな。お前の言う通りプライマスにしては仕事がお粗末だ。アレが真面目に絡んでいたら今回の争奪戦も無かった。俺はお前みたいに奴の意思に接触したことがないからはっきりと言えんが、始祖最高議会の資料を見れば奴の反吐の出る親バカぶりはよくわかる。だが、未知の惑星に送り込む理由がわからん。いずれ行くように設定されていたとしても、やり方が回りくどすぎるし、あいつらの〈機能〉は身を守るためとは言えん。」
〈プライマスが我々を絶滅させるために作ったのかもしれません。あれの機能は一つ間違えれば消耗戦を加速させることが出来る。だが彼らは反逆し、生まれたときに創造主を通して送られた記憶を頼りにあの惑星を目指して脱出した。…その可能性だってありますよ?〉
「嫌な可能性だな。」
〈生まれる命のすべてが善意を持って祝福されるわけではありません。プライマスが我々を見限ったのではないにしても、悪意に似た善意とその逆があることを知っている貴方なら理解できるはずでしょう?我々の知らないところで、我々の戦争がコントロールされる危険性はいまだ存在するですから。〉

 重い空気が部屋を支配した。が、それは長く続かなかった。

〈ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!〉

 月面に空気があれば確実に全土に響き渡る大音響の悲鳴が、集音マイクを通して部屋に届いた。モニターを見れば、宣言どおりフレンジーが寝ているサンドストームのケツを刺した後だった。普通ならここで思わず耳を塞ぐが、バリケードは慣れた者。素早く音量調節して最小に抑える。

〈てめ、フレンジィィィー!ヒトがいいことする夢見てる最中にぃぃぃぃ!〉
〈クキャコカカカカカカカ!!起こしてやったんだから有難く思えよ。サンドストーム!〉
〈このくそチビ殺す!!〉

 テンションが高すぎかつ口が悪すぎる者同士が同じ所にいれば、必然殺しあうというわけで、モニターの向こうで実弾発砲を交えた鬼ごっこが勃発した。

「ネメシス、録画は?」
〈首領が降下した直後からまわしています。〉

「よし!」と力強く親指を立てるバリケード。これだからデストロンはやめられない。

〈首領からのショートワープ要請を確認。転送します。〉

 ネメシスの補助で再起動させたワープ装置は完璧に作動した。
 間違いなく我らの首領が帰ってきたのだ。早速出迎えねばならない。

「ネメシス。マイクロン達の考察は面白かったが、まだ確証が無い。それが見つからない限りは首領もちろん他のやつらにこの話は一切伏せて置け。今問題なのは、アルクトス人の残党だ。」
〈了解。〉
「こういう話は当事者に直接聞き出すのが一番早いんだが…。」
〈電子の聖獣みたいに契約でもないのに、最初に覚醒させた者としか意思疎通できないのは不便通り越して不憫です。これで出自に関する記憶がなかったりしたら、作為があるのは確実ですね。〉

 気分的にであるが、両者はやれやれと肩をすくめた。戦争にかまけてわからないことをそのままにしたツケだろう。こんなことを考えるようになったのは、今この船の中枢で眠りこけている黒い鬼っ子達のせいだ。
 ワープルームに怒りを隠そうとしない首領と、その後ろで揃って腑に落ちない顔をしたスタースクリームとアイアンハイドがワープアウトしてきた。収穫がなかった上、まんまとしてやられたと言ったところだろう。

〈おかえりなさいませ、メガトロン様。スタースクリーム参謀、アイアンハイド破壊兵。〉

 ネメシスはその鈴を転がしたような電子音声で主を出迎えた。先ほどまで暴れまわった二人も打って変わって敬礼して出迎えた。尻を押さえるサンドストームにいたってはサボっていたので少々萎縮気味だ。

「月のマイクロンパネルは発見できたか?サンドストーム…」
「はい、艦内をくまなく、苦労して隅々まで探し回りましたが残念なことに見つかりませんでした…。」

 苛立ちを隠さぬメガトロンにサンドストームは一瞬体を強張らせたが、しどろもどろになりながらも見事しらを切った。
 よく言い切るもんだよ、とバリケードはモニター越しに感心した。後ろで控えている二人も胡散臭そうにそのやりとりを眺め、フレンジーにいたってはその横で腹を抱えて爆笑していた。

「大方居眠りでもしていたのだろう・・・?」
「ギックゥ!?まっさかぁ…」

 大首領はわかっていらっしゃる。

〈サンドストーム突撃兵の報告は間違いありません。あくまで艦内に限りますが、パネルは存在しませんでした。〉
「そーそー、そうですよ!ネメシスの言うとおりです。」
〈ちなみにこれは降下隊がショートワープした直後の映像です。〉

 ホールのモニターに映し出されるのは、いびきをかいて寝ているサンドストームの録画映像。

「それいらねぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「よだれの跡がある時点でバレバレだ。」

 絶叫するサンドストームをスタースクリームが冷たくつっこむ。フレンジーの笑いは酸欠の域に達した。バリケードは表情こそ変えなかったが、内心で力いっぱいガッツポーズをとった。
 そんなやりとりにメガトロンはフンっと鼻を鳴らす。相変わらず怒りが収まらないようだ。

「バリケード、頼んだものは?」

 ここで自分の番だ、だが抜かりは無い。「これに」と短く応えて仕事の成果をワープルームのモニターに転送する。

 さあ、本当に忙しくなるのはこれからだ。

/*/

 エンカーは三人の子供達を街の入り口まで送り届けたかったが、マイクロン・ウィリーの提案もあり、山の麓を迂回することにした。地下に埋もれたブリッジに一時避難するためだ。
 コンボイ司令の指示で「メットール」達のデータが還元されたのを感知し、メガトロンが不毛な交戦でなく正しい戦略的撤退を選んだことを悟る。

「もう、大丈夫だろう。」

 洞窟の奥深くで「インビジブル」を解除し停車すると、子供たちは安堵し呼吸を整える時間を与えた。
 「ああ、ありがとう…。」と目を回しながらも、こちらに感謝を言葉にしてくれたが、彼等の気力はそこで限界だった。子供達は三人とも地面に降り、へたり込むなり腰をさするなりして安堵していた。あれだけの悪条件の道を時速百キロで駆け抜けたのだ。酔って吐かなかったことだけでも上等だろう。
 だが、エンカーは警戒を怠らない。こういったときに楽観的なシナリオに従って酷い目に遭っているからだ。それに、目の前の子供達は「被害者」ではあるがこちらに敵意を向けないとは限らない。マイクロン・ウィリーを覚醒させたのは間違いなく白人の少年に違いないが、あくまで《それだけ》だ。
 「この宇宙」の地球人は宇宙への進出を何度か試みているようだが、人工衛星はあっても軌道エレベーターが存在していないところから判断するに、確実な成果は上げていない。遠い宇宙の果てに機械生命体が当たり前に存在している星系があることなど、知る由も無いだろう。だから彼らがそうと知った上で、パネルと接触した可能性は極めて低い。身なりから判断するに、遊戯の延長でブリッジに入り込んだところか。
 つまり、今回の騒ぎは間違いなく偶発的な「事故」だ。

「行きましょう。貴方も立ち会って。」

 先に冷静になったのはアレクサだった。立ち上がって出口に向かおうとする。

「行くって、どこに…?」
「大人に知らせるのよ。私達だけじゃ、どうにもならないでしょ?」

 当惑する二人に当然とばかりに言い切る。

「ま、それがまっとうな判断だな。」

―でも、それはちょっと困るんだよ。お嬢ちゃん…。

 肩をすくめて同意したふりをしつつ、エンカーはグローヴに内蔵しているスタンガンを使えるようにした。

「でも、その人はとにかく信じてくれるかな?」

 先ほどの興奮から覚めて冷静になったラッドは迷っていた。確かにアレクサの言うことは正しい。だが、これは大人たちに丸投げして終わる問題なのだろうか?そもそも自分でも状況が把握し切れていないのに?当然煮え切らない態度にアレクサは苛立った。

「じゃあ、どうすんのよ?」
「大丈夫だよ。」

 衝突する二人にカルロスは自信を持って割って入った。

「ウィリーがいる。」

 顎で隣にいるウィリーを指し示す。なるほど、間違いなく確固たる証拠になってくれるだろう。
 エンカーは納得して視線をウィリーに維持しつつ、アレクサのすぐ後ろに立った。そうして不自然なく子供達との間合いに詰めた。子供達の視線はウィリーに集中している。
 まずはお嬢ちゃん。次に驚いているうちに白人の坊や、こっちは当て身で落す。それと同時に黒人の坊や…。最後、間違いなく抵抗するマイクロン・ウィリーはサモンウィルスを起動させてでも身柄を確保。と、瞬時に三人の子供を気絶させ拘束するシミュレーションを組み上げ、外で哨戒してくれている総司令たちに心の中で謝る。
 責めは間違いないだろうが、彼らが警戒心と恐怖で狂った人間に後ろから撃たれるよりは遥かにマシだ。それに、ここで放っておけば目の前の子供達は引き返せなくなる。そう自分に言い聞かせて、スタンガングローヴを少年とマイクロンに見えぬようアレクサの背中に展開させた。

「…やっぱり駄目!知らせたら、この子捕まえられちゃうわ。」

 ウィリーを見つめていたアレクサが思い直して叫んだ。予想しない物言いにエンカーは思わず突き出そうとしたグローヴを止めてしまった。

「ねえ、あんた『マイクロン』って言うの?」
「―――。――――――。」

 マイクロン・ウィリーが手振り身振り交えて電子音声で話すと奥へ走り出した。多分こちらの意図に勘付いたのだろう。先ほど手を止めてしまったことを心底後悔した。

「『僕たち、マイクロン。付いて来てほしい。見せたいモノがある』ってさ。」

 先ほどの疲れ切った顔と打って変わって、表情を輝かせてラッドはその後に続いた。
 さらに後を追うカルロスの顔を見たとき、エンカーはその場で頭を抱えそうになった。
 あれは遊園地で新しいアトラクションに乗り込む子供の顔だ。このまま行けば映画の世界に飛び込む心境のままパルスビームが飛び交う中を走り出しかねない。
 いっそ睡眠薬を投与して記憶操作しておく用意でもしておこう。幸い拙いながらも材料は揃っている。これ以上問題を先延ばししないようにと心に決めつつ、彼は 洞窟の奥で自分を急かす子供達の後に従った。
 辿りついたのは、蝋化と風化によりかなりの砂が入り込んではいたが、エンカーから見れば非常に形が保たれた長方形の部屋だった。

「行き止まりじゃない?」

 当然アレクサが疑問の声を上げるが、いつか工場の見学の際に聞いたことのある震動音を聞いて言葉を失った。

「すっげぇ!エレベーターだ。」

 カルロスの歓声を聴きながら、エンカーは状態の良さに感心していた。半重力式にしても400万年埋まっていたとは思えない音だ。これなら司令たちも問題なく施設内へ誘導できるだろう。

「船の中に行くらしい…。」

 突然喋りだしたラッドに全員の視線が集まった。アレクサにいたってはムッとしていた。

「なんであんたにそんなことがわかるのよ?」
「ウ、ウィリーがそう言ったんだよ…!」

 もうウィリーの翻訳に慣れてしまったのか、ウィリーの解説を自分の口で話した手前、きつい声で問い詰められて思わず引くラッドにカルロスは助け舟を出した。

「ウィリーはラッドが起こしたからな、きっとラッドだけ言葉が通じるんだよ。」

 あまりにも直感的な推測に「何よそれ…」とアレクサは口を尖らせた。納得の行かない現象と自分だけ仲間はずれされたようで少し頭にきているのだろう。
 そのやりとりを見てエンカーは内心舌打ちした。どうもこの子供型ロボットは自分の厄介ごとに少年少女たちを巻き込みたいらしい。だが、本来の意図が見えてこない。少なくとも、マイクロン・ウィリーは好戦的な一部を除いたマイクロン達のリーダー格を担っていた個体だ。自分と自分を取り巻く状況くらいは判断できる。ただ純粋に彼らと関係を持ちたいとしても、そのために彼らに課すリスクの大きさは理解できているはずだ。それを承知で彼らを引き込むと言うのなら、エンカーは間違いなく彼の中央論理回路の風化を疑う。
 今はマイクロンの言語を解読するのが先決だ。所有者の翻訳を介してではなく、直に問い詰める必要がある。そうすれば、少年達をネタに秘密を聞き出すことも可能だ。
 言語の解読を極めるためにもエンカーはエレベーターが降下している間、終始沈黙を守っていた。
 音が止み、扉が開くと同時に白い光が視界を覆った。目が慣れてくると、そこは先ほどのじめじめした地下世界と打って変わって人工的な白と灰色の無味乾燥な部屋、それでいて人の手では圧倒的な労力を必要とする規模の広さを誇っていた。天井に取り付けられた大量の照明に新品同様の設備。
 船のブリーティングルームだ。とラッドにはわかった。

「すっげぇ!スタートレックの世界だ!」

 歓声を上げながらカルロスが飛び出し、設備を触りにいった。

「ウィリー達は、この船に乗って地球にやってきたんだ。400万年前、『セイバートロン』という惑星での争いから…ウィリー達は逃げてきたんだ。」

 未知の通信施設に圧巻されているアレクサの横で、ラッドは遠くを見るように語りだした。あくまでウィリーから聞いた情報だが。

「争い?」
「この地球からずっとずっと離れた星の話さ…。」

 ふと隣にいたウィリーがいないことに気付き、周囲を探すと部屋の中心に設置されているテーブルのようなコンソールのそばにウィリーがいた。こちらに手招きしながら「来てほしい」と望んでいたのが分かったので、それに従った。「見せたいもの」とは、きっとこれから見せるのだろう。その後ろを、一歩送れてエンカーがついていく。

「これを押すんだね?」

 既に起動しているコンソールの横に取り付けられているキーボードの中で、一際大きなボタンを指差すとウィリーは肯定して首を縦に振った。
ボタン一つでエイリアンの機器を操るとき、ラッドは少し得した気分になった。  Enterキーと同じものだろう。起動と設定はウィリーがあらかじめやって置いてくれたのだろうが、それでも興奮はおさえられなかった。
 光の粒子がコンソール上を舞い、一つの立体映像を構築した。3Dモニターといったところか。隣で事の成り行きを見ていた二人は映し出されたそれを見て思わず顔をしかめた。先ほど自分達を殺そうとした黒いロボットだったからだ。

「さっきの奴だ…。」
「『メガトロン、とっても悪い奴。僕らを捕まえて利用しようと狙っている。』」
「ウィリーを捕まえようとした奴ね…。」

 ラッドは冷静にウィリーの解説を翻訳した。ラッドにはウィリーの言葉が脳内に直接伝達されるので、ウィリーが自分の口を借りて話すような一連の作業はまるで十年以上前からこなされていたかのように進んだ。今度はアレクサも納得して追及してこなかった。

「なるほど、確かに悪そうな面構えよねぇ…。」

 次に写されたのは青と赤のロボット。

「これも悪そうな顔ねぇ。」
「ぶっ」

 後ろで見守っていたエンカーは、アレクサの歯の着せぬ言い方に苦笑いさせられていたが、この言葉でついに吹き出した。成る程、人相が悪い者ばかりだったから気付かなかったが、あの総司令の見た目はかなり強壮だ。残念ながらお人よしには見えない。
 「助けてもらっておいてそりゃあんまりだよ。お嬢ちゃん。」と、呆れ半分の突っ込みを入れながら笑い出さないようするので精一杯だった。あの総司令が聞いたらどんな反応をすることやら。
 その様子をムッとしたアレクサは、「何よ、本当じゃない?」と自分の頭二つ上の男に対しておくびも見せず目を吊り上げた。

「『コンボイ。いい奴。いつも僕らを助けてくれる。』ってさ。」

 両者のやり取りに苦笑いしながらラッドは解説を続けた。

 三人の子供達は、改めて自分を助けてくれた鋼鉄の巨人を見上げた。

 その肩に刻まれた何者かの顔を象ったマーク。三人は知らないが、無骨でありながら誠実な面相のそれは協和と守護の戦士―サイバトロンの証。
 エンカーはいかに彼らに信頼されようとも、どれだけ長い付き合いになろうとも、その証を彼らと共に掲げる事は決して無いだろうと思った。
 何故なら、自分こそが欺瞞の塊なのだからだ。

「貴方は彼らの味方なのですね?」

 襟元を正してラッドはエンカーに問いかけた。応えは返ってこなかったが、ラッドには十分返答になった。

「『デストロンが既にこの辺境まで乗り込んできた。出来れば、今後のことを貴方の同志も加えて話し合いたい。』…僕たちをこの中に案内した理由も、その時話すと言っています。……貴方は『何者』ですか?」
「……一旦外に出て、仲間達と連絡を取って合流する。お互いの自己紹介はそれからだ。」

 バイザー越しで解るほど、陽気そうな青年の顔には明らかな苦渋が浮かんでいた。

「だが、君らにはその間に腹を決めてもらうぞ?お前らは今とんでもなくろくでもないことに巻き込まれているんだ。まだ選択の余地はある。それと…。」

 その後続いた音声に三人は驚愕した。しかしウィリーの比ではないだろう。
 電子音声が紡ぐ音楽のような高速機械言語。それが目の前の、どう見ても人間の青年の口から発せられたのだから。
 しかもそれは所有者以外の誰にも伝わることの無かった、マイクロンたちの言語だった。

 ちなみにエンカーがウィリーに指を突きつけながら発したマイクロン言語を我々にわかるよう翻訳すると、次のようになる。

『俺やサイバトロンのみんなはとにかく、このお子ちゃま三人をお前らの厄介ごとに巻き込みやがった理由について、納得のいく説明をしてもらうぞ?マイクロン・ウィリー。でなきゃ俺がお前を永久封印してやる。』

/*/

 地平線の向こうに見える青と茶色の星。
 改めて見れば見るほど忌々しいとメガトロンは思った。菌類と有機体に満ちた惑星、これがただの遠征であるならば早急に一個師団を投入して浄化に当たってやるが、如何せん不確定要素が多すぎる。
 そもそもマイクロンの回収が完了しだい撤収する予定であったから、本部での指揮をあの(部下いわく彼とは逆のベクトルで)「同胞の皮を被った悪魔」に任せ、最小で最大の効果を発揮する面子を連れて遠征したのだ。多少の妨害は想定の内だが、すぐに済むはずだった。
 だが、実際はどうだ。

『アルクトス王宮付き巡航艦〈メテオ〉が地上で活動しています。』

 ネメシスの調査では、この星の標準的なネットワークは機能こそ完璧だが、構造は笑えるほど原始的で、防衛機構の殆どの情報も取るに足らないものばかりだった。実際、バリケードのプレゼンテーションで資料を見せてもらったときは、一同揃って「こんなに簡単でいいのか」と思えたくらいだ。
 しかし、どうしても警戒せねばならない『例外』が確かに存在していた。
 ネメシスが地上に存在する全ての防衛機構のネットワークの掌握にあたったところ、最深部から警告を受けた。それが、十数年前に滅んだアルクトスの『メテオ』であった。おそらく漂着したこの星に根を下ろし、今回掌握されてゆくネットワークの状況を感知したのだろう。お互い知らぬ仲ではない上、現状で最大の脅威と判断し、すぐに電子戦に突入した。そして、ネットワークから逃げられてしまった。

―アルクトス王族の死に損ないめ。宇宙の果てで野垂れ死んでいればよかったものを…。

 アレが地球に存在すると言うことは、もう一つのGEAR、戦士『電童』も存在していると言うことだ。サイバトロンだけでも厄介なのに、ガルファめ。肝心なところで間が抜けている。

〈メガトロン様。マイクロンの反応があった地点は、そちらから西北西にある丘の中腹です。深く埋まってもいないので、そちらから視認できるはずです。〉

 ネメシスのナビに従い、月で唯一見つかったパネルに近づいた。成る程、確かにパネルはその身を半分埋めたまま静かにそこに在った。
 ちなみに仕事をさぼったサンドストームはきっちりしめておいた。
 無造作にそれをつまみ上げ、最初の戦果にメガトロンは歓喜した。

「起きぬなら、起こしてやろうマイクロン。」
〈一句ですか?メガトロン様。〉
「やかましい。」

 酔いしれた空気を思いっきりぶち壊してくれるバリケードの通信を一瞥して、パネルにエネルギーを送る。手ごたえはあった。
 必要量のエネルギーを受けてパネルは自らの意思で中空に浮かび静止した。光は 徐々に勢いを増し、パネルは光子体となり人型に変形する。
現れた人型は白く無機質な、敢えて言うならウィリーとは対極的に兵器的な空気を持つマイクロンだった。
 メガトロンの顔はみるみる変わった。
 動揺、驚愕、困惑、そして――狂喜。

「バレル…?」

 メガトロンは400万年ぶりに小さな僕の名を呼んだ。『それ』は主に応えるかのように黄色のバイザー越しで点灯信号を送った。

嗤い声。

人間には決してそうと解らぬその声は、耳障りな電子音として不毛の地に轟く。
狂嗤だ。

―運命は間違いなく自分に味方している。

 嗤う。
 狂ったように嗤う。心底楽しそうに。

「我が僕、バレル!」

/*/

「ちょっとアンタ、どういう喉してんのよ!?今の発声明らかに人間の声帯が出せる域じゃないでしょ?てか、ラッドはとにかくアンタにもウィリーの言葉がわかるなんてどういうこと?どういう耳してんのよ?まさかアンタまでエイリアンロボットってわけ?ああもう!納得の行く説明をして頂戴!!」

 アレクサの癇癪は臨海を越えた。
 無理も無いなとラッドは思った。先ほどからの落ち着きぶりからして、『コンボイ』の関係者であることはウィリーからの情報でも承知済みだが、まさか自分だけが理解できると思ったウィリーの『言葉』を完全に理解し、挙句に彼等の言葉で対話すらしたのだ。
 ウィリーなど、予想もしなかった理解者に感動を覚えるどころか呆然としている。

「機械語はあらかたマスターしてるんでね。さっきまでの『会話』と、ラッド君…でいいか?彼の翻訳とを比較対照して覚えたのさ。まだ簡単な通常会話程度だがな。
ちなみに俺の物理的身体構造については、ターミネーターみたいなもんだと思ってくれ。もっとも、未来から来たわけでもなけりゃ、スカイネットからの指令を受けているわけでもないので、あしからず。」

 腕を組み自称ターミネーターもどきは、こんなものは子供の宿題に出てくるような基本的なことだよ。と言った調子で語った。
 自分だけの特権を地に落とされたような気分であったが成る程、同じロボットだったというならば納得が行く。
 それでも納得が行かないのか、男の態度が気に喰わないのか、はたまた両方か。アレクサの目は釣りあがったままだ。

「でもまあ、マイクロン・ウィリーがコミュニケーションに熱心で助かった。他の個体はそうでもなかったみたいだから…。…!」

 不意に男の言葉が途切れた。ウィリーも何か慌てふためきだした。

「どうしたんだ?ウィリー…え?船の中にまだマイクロンがいる!?」
「ええっ!」

 今度は子供達三人が驚く番だった。

『奥だな?何体いるかわかるか?』

 既に奥に向かって走り出したウィリーに続き、エンカーは覚えたばかりの言語で問いかけた。

『二体。場所から想定してシステムエンジンを担当していた、バンクとアーシー。』

 成る程、いくらセイバートロンの宙空航海技術と金属加工技術が恐ろしいまで発達していても、これだけの規模の宇宙船をたった一人で、しかも破損した状態で休眠状態に移行させるのは至難の業だろう。
 信号は奥の部屋から発信されていた。多分、ウィリー同様この船のシステムを保存状態にしてから休眠に入った航海士達だ。

「…呼んでる。」
「何!?」

 ウィリーと共に奥の部屋のマイクロン達を解放して確保しようと考えていたエンカーは、急いでいた足を思わず止めてアレクサ少女とカルロス少年のいる後ろを振り返った。

「俺にも聞こえた!僕達を呼んでいる!」

 熱病に浮かされたように呆然とした状態から、一気にハイになった二人をみて、エンカーは「もう勘弁してくれ!」と心の内で悲鳴を上げた。
 ラッド少年一人でもあの御大将から守りきれるか怪しいのに、その上二人だと?
 この世界の神は、この少年少女達をどうあってもあの膨大に不毛な戦場の真っ只中に誘おうというのか?いや、むしろこれは総司令たちにはとことん後手に回れバーカとでも言うお召しぼしなのか?
 ウィリーの熱源を感知して、奥の部屋の自動ドアは400万年ぶりとは思えない軽さで開いた。
 それは小さな部屋で、大人二人が入ればもう動けないようなスペースしかなく、子供の胸くらいの高さの台座が設置されているだけだった。その上にパネルが二枚、淡い緑の輝きそのままに置かれていた。
 ここが博物館相応施設だったら、展示物の一つと見紛うところだろう。
 二人に指向性生物信号を出しているのは、間違いなくこの二枚だ。
エンカーの予想通り、興奮しきった顔でアレクサとカルロスは自分を追い越し台座に近づいていった。ウィリーがそれを停めず道を譲ったのを見たときは、殺意を覚えた。
 エンカーとて元人間だ。あの歳頃の無鉄砲さと好奇心の強さを十分理解していた。こういうときは言葉で止めた所で馬耳東風だ。
「これに触るんだね?」とカルロスがパネルに触れようと手を上げた瞬間、エンカーは既に二人の背後に接近していた。パネルに指が届こうかと言う瞬間に、カルロスとアレクサの後ろ首を猫掴みして宙吊りにする。

「何すんのよ!?」

 当然アレクサが暴れながら抗議したが、返ってきたのは冷たい空気と地の底から響くような暗い声だった。

「…そう言う嬢ちゃんたちこそ、自分が何しようとしているのかわかっているのか?今お前らがいるのは現実で、ディズニーのアトラクションの中じゃあないんだぜ…。」
「な…何だよ…!」

 カルロスが互いの温度差に気付いて冷や汗をかきながらも、熱中しているゲームを無理やり中断された子供のように口を尖らせた。やっぱりわかっていない。総司令に会わせる前に、腹を括っていただくしかないようだ。
 深くため息をついて、バイザー越しの冷たい視線をそのままにウィリーを睨んだ。

『俺がさっき言ったことを、聞いた横からゴミ箱にぶち込んだみたいだな?マイクロン・ウィリー』

 ウィリーは目に見て解るほど震え上がった。さっとラッドの後ろに身を寄せる。

『彼らが僕たちと出会うのは、運命だ。だからここへ案内した。』
『は!笑わせるな。運命なんてものは、終わったことへの個人的願望に基づく説明だろ?仮にお前に予知能力じみた演算能力があって、この状況を予測していたとしても、実際の現状を把握できていないわけじゃないだろ?大体、助けを求める相手が間違っている。お前を覚醒させた坊やはもう腰から上まで手遅れかもしれんが、こいつらにリスクを提示しないで巻き込もうとするのはどうかと思うぞ?』
『メガトロンに僕とラッドのことを知られた以上、関係者であるその二人も狙われる。ここで彼らがバンクとアーシーを覚醒させなくも、デストロンに拘束され尋問の果てに殺される可能性は高い。ならば、秘密を共有し貴方達の手許においてもらった方が安全だ。僕達はこの中にある全てを貴方達に提供する。』

 エンカーが何を言っているかわからなかったが、ウィリーの言語から殺される、と聞き取ってラッドは顔を青くした。さきほどメガトロンに殺されかかった記憶は生々しい。

『…俺も総司令たちも、神様じゃあないんだ。てめぇを中心に地獄になるとわかっているなら、選ばせるくらいはしろ。』
「ちょっと、いい加減降ろしてよ!」
「…さっき『コンボイ』が時間稼ぎしてくれなかったら、お前らあのクワガタ頭に潰されていたよ?」

 苛立つアレクサの抗議も南極の如き冷たい声で撃墜された。

「こいつを連れ歩く限り、お前らのお友達のラッド少年は付け回される。お前らはそんなこいつの関係者で、既に一緒にいるところを奴に見られている。更にお前らまでマイクロンを手に入れたとなりゃ、さっきみたいに三人仲良くビームライフルの照準内だ。」

淡々と語る中で露骨にウィリーを疫病神扱いされて、さすがのラッドも頭にきた。

「だからって、悪いのはウィリー達じゃない!」
「そうだよ!悪いのは『メガトロン』ってやつだろ?」

 彼等の事情は知らないが、とんでもない威力の兵器を振り回して、それでいてこんな小さな者に一体何を求めると言うのだ。大人はどうしてこうも理不尽を正しいと言い切るのか。
 そんな子供達の憤りにも、エンカーは冷徹だった。

「誰が悪いかなんて話は、道徳の授業のときだけにしろ。それに触って未知との遭遇を体験する、これ以上に無い人生のビッグイベントだ。最高だ。世界中のアストロノーツがこれ聞いたら泣いて悔しがるだろうよ。
だが、それと同時にお前らの平和なスクールデイズは終了だ。あいつらに目を付けられてからの結末は10通りある。一番幸せなのは、何が起こったかわからないまま一瞬で殺されること。それから順を追って悲惨になる。あいつらは見逃してくれない。
目標を炙り出す為だけに、お前らの家に20mmのシャワーぶち込む、街を火の海にするetcは奴らにとっちゃ暇つぶし程度の作業だ。
…そうなっちまった時、それでもお前らは、こいつらに関ったことを〈絶対後悔しない〉と誓えるか?」

 二人は地面に降ろされたが、誰も喋らなかった。喋れなかった。男が真剣に自分達を案じていることを理解したからだ。

「…あの人のことだ。お前らの事情を聞けば、命がけで奴らから守り抜こうとするだろう。だが、俺もあの人たちも神様じゃねぇ…。いつもうまくいくとは限らないんだ。」

 一拍おいて、男は静かに、そして少し悲しげに語った。そして子供達に問うた。

「幸いお前ら二人はまだ引き返せる。ここにあった全てを思い出せないよう記憶操作して、家に帰す。『MIB』のラストシーンと同じさ。それが嫌なら、お前らには命を賭けてもらう。さっき腹を括れって言ったのはそういうことだ。」

 ラッドは納得し、そして心細い気分になった。気が付けば自分の後ろでシャツの裾を握るウィリーの手がきつくなっている。
 記憶をいじられるなど生理的に嫌な話だが、二人の安全を考えればそれが一番なのは理解できる。それを思えば、カルロスとアレクサが忘れる方を選んでも『一人にしないでくれ』と情けないことは言えなかった。そもそも、自分はウィリーを捨てて行く気はさらさら無いのだ。彼と出会ったことを青年の言う『事故』の一言で片付けたくは無かった。それでもやはり、心細く思う。

「さあ、どうする?」

 男が選択を迫った。
 未知との遭遇とそれらとの道行き。守護者はいる。しかし、引き返すことは出来ない。どちらを選んでも、確かに得るものと終わるものが出来てしまう。
 それは間違いなく自分達の運命を決めるものであると同時に、覚悟に対する問いだった。

「そんなの、決まっているじゃない。」

 胸を張ってアレクサは即答した。

「やるわよ、私。とことん付き合ってやるわ。この子達と貴方達にね。」

 大統領志望の少女は黒い青年をまっすぐ見据え、高らかに宣言した。

「俺も。」と、頭の後ろで腕を組んでカルロスが続いた。

「ラッド一人にばかり、危ない目には合わせられないよ。」
「カルロス…」
「だって、ラッドはもう何があってもウィリーと離れる気なんて無いだろ?それに、そこにいるマイクロンが俺達を呼んでいるんだ。これを無視したら、間違いなく棺桶に入る日まで後悔するよ。だろ?」

 だから、独り占めなんて絶対許さないからな。と付け加えてカルロスは二カッと笑った。

「そうよ、事は国家の枠組み超えているのよ?もう冒険じゃなくて戦争よ。ただでさえ非常時なのに、地球人代表をアンタ一人に任せられるもんですか!
あんたも!地球人には一切無関係でいさせようとしたってそうはいかないんだから。」

 使命感に燃える少女はラッドへの説教を終えると、捲くし立てる勢いそのままに冷静を崩さない青年にその若い熱をぶつけた。

「意気込みすぎな気もしなくないが、まず及第点だ。別に一緒に銃持って戦えと言うわけじゃなし。」

 ラッド達が一瞬でもたじろぐアレクサの気迫を、男は「困ったもんだね」と言わんばかりに肩をすくめつつ受け流し、一瞬獰猛に笑ってパネルへの道を譲る。

「そこまで啖呵切ったからには、あとは実技で証明しろ。まずはこいつらの面倒は最後まで見ることだ。」
「当たり前よ!」
「ペット飼うんじゃあるまいし…。」

 ああだこうだと言いつつ、覚悟を決めた二人の手が、それぞれ自分を「呼んだ」パネルに触れた。


 覚醒はつつがなく終了し、青と黄色のマイクロン・バンクと淡いオレンジ色のマイクロン・アーシーは400万年ぶりに覚醒した。両者のファーストコンタクトは良好というか、有頂天の最中にあった。カルロスとバンクが「ET」の名シーンを再現したり、アーシーの言語を脳内で理解したアレクサが飛び上がるかと思うほど大歓喜したり、それを眺めてエンカーは、やはり彼女も歳相応に可愛いところがあるのだと発見したり。予定調和というか、400万年の経過によるトラブルもなくコンタクトが成立して、ラッドとウィリーは一安心した。
 ただ、エンカーはマイクロン達が少年達を「400万年間待っていた。」と言っていたのが気になった。自分を目覚めさせてくれる「誰か」のことなのかと聞いてみたが、そうではないらしい。
 こいつらはラッド達とは初対面のはずなのに…あらかじめ誰が自分を目覚めさせるかわかっていたのか?

「これに変わってほしいんだ。」

 そう言ってカルロスがバンクに見せたのは背負っていたスケボーである。
 ウィリーがラッドのマウンテンバイクに擬態したのに倣うつもりだ。
 その行為にカルロスの意図を汲み取ったバンクはすぐさまボードの基本構造をスキャンし、中央論理回路の中で解析する。
 解析終了と同時にバンクは間接を折り曲げ、構造を組み替えてスケボーに変形―基本構造の他に超小型のラムジェットに見えなくも無い部品が二基追加されている。
「すっげぇ!」とお決まりの喝采を上げてカルロスは興奮した。それに感染したようにアレクサはアーシーに向き直り、自分がここまでの移動に使ったローラーを見せる。

「これに変身するのよ。」

 期待と興奮をそのままに、アレクサは自分が年下の子供にそうするように、優しく言い聞かせた。期待の眼差しを一身に受けてアーシーはスキャンを開始し、解析を終え変形する。
 そして変形を終えたアーシーは……

 見事にオレンジ色の原付、すなわちスクーターとなった。機種はどちらかといえば中軸でなくベーシックである。

 てっきりバンクのように、地球の規格で未来型の機器に変身すると思い描いていたアレクサ達は一瞬言葉を失った。その空気を感じ取ってか、小首をかしげるようにハンドルに当たる部分をずらしてアーシーは『違うの?』と発信した。

「何でスクーターになるのよぉ!」

とまあ、さすがに落胆とまではいかないにしろ、アレクサは尤もなつっこみをいれた。

「こいつ寝ぼけているんだ!」
「400万年も眠ってたんじゃしょうがないよな。」
「おめでとう、お嬢ちゃん。5年早いが、今日から君も原付ライダーだ。」

 少年達に混じって囃し立てるエンカーは、そういえば司令たちも擬態する車種を選択して解析し終わっている頃であることを思い出した。

/*/

赤茶色の荒野のど真ん中。
そこで三台の車両がフロントをつき合わせて固まっていた。それを見かけた人間がいれば、奇妙な組み合わせに首をかしげた事だろう。
一台は赤と青の大型トラック。そしてもう一台は青いSUV型の救急車。最後に荒野にはあまりにも不似合いな黄色のカマロ。
それぞれ用途も車種もバラバラだが、2つ共通した項目があった。
 1つはその運転席に誰も乗っていなかったこと。
もう1つは、『彼ら』が人間によって作られた機械ではなく、自律した『生命体』であるということだ。

「で?現在彼らと共に行動中だと…」

エンカーから接触した三人の地球人のバイオパターンと現在地、そして経過報告を受けて、大型トラック―コンボイは問い返した。

〈弁明はありません、総司令。少年達は自分が責任をもって、身柄を保護します。〉
「そうではない、エンカー。」

日頃見せる軽薄さから想像もつかない固い声で報告するエンカーに、少し辟易しつつ彼は諭した。

「子供たちを危険から遠ざけたかったとはいえ、彼らに危害を加えようとしたことには賛成できないが、それでも最終的に彼らの意思を尊重したのだろう?」

―ならば、責めはすまい。

しかし、返ってきたのは苦渋の呻き。先ほど危機管理について釘を刺していた本人が自らリスクを背負ってしまっては世話ない、それで責められないのはかえって納得がいかないと思っているのか…。この男は軽薄を装って存外真面目だ。

「ま、本当に記憶操作したら俺は怒るけどな。」

横にいる黄色のカマロ―ホットロッドが通信に割り込んだ。

「よせ、ホットロッド。エンカー、私が言いたいのは…」
「お前も『腹を括った』のか?俺たちは、それが聞きたいんだ…」

コンボイの言葉をSUV型救急車に擬態したラチェットが引き継いだ。返信が返ってくるまで一拍間があった。

〈今あいつら大はしゃぎでトランススキャンしたマイクロンを乗り回してますけど…できることなら、このまま家に帰って、両親を安心させてやってほしいと思っています。戦争なんかに関わってもロクなことがないから…。〉
「だが、それはもう不可能だろう…。残念ながら、彼らにとってそちらの方が危険だ。」
〈はい。ですから、子供たち同様自分も腹を括ります。〉
「なら、それでいい。期限付きでも、君は我々の仲間だ。だから、手段を選べなくなる前に私たちを頼ってくれ。君にはもう何度も命を救われている。」
「そうだぜ?困っているやつがいたら、助けてやる。基本的なことだろ?だったらドーンと俺たちに背中任せてくれよ!」
〈……光栄です、総司令。…ありがとよ、ホットロッド。〉

通信越しでもわかるほど、エンカーの声は安らいでいた。
 コンボイはまだ会わぬ地球の子供たちに感謝した。本部での戦いで更に遠くなってしまったエンカーとの距離がやっと縮まった気がしたからだ。相変わらず自分に対して畏まった口調なのが寂しいが。
だが、感慨に耽る時間はない。状況を確認すべく、お互いスイッチを切り替えた。

〈それで、そちらの状況は?〉
「スタースクリームとアイアンハイドに接触した。」
「ワープアウトしてきたかと思ったら、もんのすごく納得のいかない顔でショートワープしちまったけどな。あ、そうそう!擬態する車両の車種はもう決めたぜ。」
〈俺が撒いちまったからな。今頃、出鼻挫かれてカンカンだろうよ…。〉
「今回はうまくいったが、次はネメシスも出てくる。あれの機能ならそろそろ情報収集を終えているはずだ。多分、こちらの位置はとっくに割れているぞ?」
〈合流するまでの間、『インビジブル』を使っても、情報子の発生であいつのセンサーにひっかかっちまう。ジェネレーターをフル稼働させてディメンショナルフィールドで周囲を覆っちまえば、一回分の反応は誤魔化せるが…〉
「それじゃあ隠れて合流する意味が無い、か…。」

ホットロッドの論理回路内に、溜息に相当するプロセッサが流れた。

「どの道ネメシスの目を誤魔化せない以上、小細工は却ってこちらが不利になるだけだ。」

そもそも戦力差自体が最初からこちらに不利なのだ。

「エンカー、ディメンショナルフィールドとは確か一定の範囲内と時間内に電子データを擬似物質化させる元素を展開して、物質に干渉するものだったな?それによって外部からの干渉を遮断することは?」
〈理論上可能です。一度展開したら核爆発でも起きない限り、破壊できませんよ。〉
「今から展開すると仮定して、フィールドを維持できる時間は?」
〈範囲にもよりますが、半径250mを展開するならば500秒前後です。〉
「充分だ。私にいい考えがある。…殆ど賭けに近いが…。」

/*/

荒野を移動中、少年少女の三人は相棒の機能を堪能していた。アレクサは、アーシーが地味ながら三体の中でも出力とポテンシャルが高いことを知り、評価を改めた。既に彼女はその日の朝、自分で「卒業した」と宣言したはずの無鉄砲で好奇心旺盛な少女に戻っていた。

「行け行けー!世界の果てまでぶっ飛ばせー!」

訂正。間違いなく過激で無鉄砲な彼女は、今誰よりもぶっちぎっていた。

「アレクサのやつ、なんだかんだ言って一番はりきってないか?」
「あいつが大統領になったら怖いよ。」

 学校での優等生ぶりと打って変って、はしゃぐ彼女の背中を見ながら二人は呆れながらも優しく笑った。
 そんな少年達と少女のやりとりを殿で眺めるエンカーは、RUNの上で忘れていた人々のこと思い出しそうになり、たまらず目を細める。
そういえば、自分が平和な日常と決別したのはちょうど彼らの歳だった。彼等の様にロマンチックでもなければ、選択の余地すらなかったが。
 はしゃぐ子供達に遠い憧憬を重ねつつ、エンカーはそれに耽ることはなかった。失われた視覚を補助する電子バイザーには、常に上空にいるグロリアからの航空映像と望遠視界が送られていた。デストロンとサイバトロンが同じところにいる時点で、既に戦争は始まっている。
 森を越え、湖を越え、寄り道せずまっすぐ合流地点へと走る。幸いなことにマイクロンたちの能力も手伝って、悪条件の地理を直線コースで進むことが出来た。だが…

「ラッド、カルロス、アレクサ。」

 RUNのスピードを少し上げ、三人の横につける。黒いバイサーの下のエンカーの目は獲物を狙う猛禽のそれになっていた。マイクロンたちも既に気付き、走行速度を維持しつつ警戒態勢に入っている。

「来るぞ。三人とも並走したまま、俺の周りから絶対離れるな。」
「え?」

 今まで体感したことの無いスリルと爽快感で脳が麻痺していた三人は、一瞬言葉の意味を理解するのに遅れた。
マイクロンに警告され、前方の丘の上に注意を向けると見覚えのある黒い影を認めた。
 メガトロンだ。
 こちらが本命で、なおかつ子連れだと見て仕掛けてきたのだろう。どこの世界の悪党も口ではスケールのでかいことを吐きながら、やることはジャッカルやコヨーテと一緒だ。
 待機中のMDGを起動。ドライヴ展開。DCにまずミニボムを入力。一秒で使用できるよう用意する。
 そしてRUNの前輪横に装着しておいた質量兵器―もといロケットランチャーの偽装を解除。グロリアからの映像で再びショートワープで降下したのを確認した時点で、セイフティは解除済み。子供たち三人が目を皿にしているが、気にしない。
 視認と同時にクロスレンジ。こんなしょっぱい火器で奴を仕留められるとは夢でも思っていない。狙うは奴自身で無く、奴の足元。
ハンドルに設置したトリガーボタンに指をかけると、メガトロンが変形するのが見えた。
 メガトロンが擬態に選んだ機械は重戦車、M1エイブラムス戦車だった。と言っても基が御大将なので、デザインと基本構造を除けば破格に巨大な体躯と大口径のカノン砲は健在だった。
―ああもでかいとポルシェのマウスだな、と思いつつ、発射。
 赤茶色の荒野でメガトロンのカノン砲が轟き、RUNのロケットランチャーがバックファイヤーを吹いた。
 パルスビームとミサイルでは、弾速も威力も天と地の差がある。だが、質量兵器は物質世界では一番有効だ。
 メガトロンは疫病神が視野に入った瞬間、最大出力で吹き飛ばしたい誘惑に駆られたが、断念せざるをえなかった。射線上ではないが、着弾効果範囲に地球の機械に擬態したマイクロンが三体存在していたからだ。
―どこまでも小癪な真似をしてくれる。と内心で毒づきながら当初の目的どおり威嚇射撃を行った。
 パルスビームはエンカーに直撃せず、彼のトレードマークと言える赤毛の先端を焦がし、遥か後方の小山の中腹を抉った。それにやや遅れてミサイルがメガトロンの足元に着弾し、粉塵をあげて爆発。メガトロンの視界が粉塵に覆われる。
 エンカーは生身であったら間違いなく冷や汗をかく心境だったが、同時に目論見がうまくいった事で会心の笑みを浮かべた。つかず離れず子供達を先に行かせながら、追い討ちの残弾を浴びせるべく側面へと迂回。ラッド達はさすがにカノン砲の威力とランチャーのバックファイヤーに辟易していたが、説明された範囲内だったので、ハンドルをきって立ち止まる真似はしなかった。
 だが、ターボファン・ノズルの音と共に、その方向への進行を断念せざるを得なかった。ソニックウェーヴによって粉塵が払われる。ラッドは滑空してきた飛行体に見覚えがあった。そして本日最大に驚愕し戦慄した。

「ラプター…!?」

 ロッキード・マーティン、F-22。通称Raptor。
 カラーリングは制式の黒でなく、赤と黒だったが、間違いなく現時点で地球最強の戦闘機がそこ在った。

「私を覚えているか?疫病神。こちらはお前をしっっかり覚えているぞ!」

 ラプターから恨みのこもった音声が発せられた。ただしセイバートロン星公用高速電子言語だが。
 エンカーにとっては聞き覚えのある声だった。確か本部での戦いの時に聞いた…

「スタスクか!」
「スタースクリーム様だ!縮めて呼ぶな!!」

 そう叫びながら赤いラプターはこちらの逃げ場を塞ぐように、低空飛行で横につけてきた。ターボファン・ノズルの咆哮と風圧で鼓膜が悲鳴をあげる。
 本部での決戦でウィルスの大瀑布を展開したとき、真っ先に自分を見つけて突貫してきたから覚えている。あの時は時間もなかったし、即座にウィルスたちの海に叩き落したはずだが…(その後、副司令の幼馴染と知って「悪いことをしてしまった」と反省した)。

「…結構元気だな?」
「たわけ、私を仕留めたいのならば三倍は持って来い!もっとも今ここで殺すがな!!」

 さすがはあの副司令の幼馴染、素晴らしくタフだ。

「スタースクリーム!マイクロンの捕獲が最優先であることを忘れるな!」

 どこか緊張感の無い電子言語の会話を割り込む形で、後方からこちらの側面に回ってきた巨大な重戦車―視界を回復させたメガトロンが接近。
挟み込む気だ。
 ここまでくれば、次は後ろから…とグロリアの視界映像を拡大しようとした瞬間、共有した視界が砂嵐に覆われた。ネメシスのジャミングが始まっている。
 仕方なく擬似視覚モードに切り替えてサイドミラーで後方を確認。そしてエンカーは個人的に最も見たくないものを見てしまった。

『あーあー、マイクテス、マイクテス…。そこの赤毛のノーヘルとお子様三人。止まりなさい!』

 運転手もいないのに、スピーカー越しに警告(しかも棒読み)を送ってくるのは輝く黒と白の塗装と赤いランプを据え付けた車両…振り返って後方を確認した少年達は、戦慄でなく困惑で叫んだ。

「今度はパトカー!?」

 それを認めた瞬間、エンカーの本能は視認した目標の排除を選択し、現時点で持ちえる手段で達成率が最も高いものを選択。そして肉体は即座にそれを実行した。
 素早く情報を書き換え、構築したミニボム改めビッグボムを後方―すなわち目標の進路上に投擲。接地と同時に起爆。派手に爆炎が上がりパトカーの姿は黒い煙の中に消えた。

「ええーーー!?」
「バリケードォォォォ!!」

 アレクサとスタースクリームが、一瞬の爆弾テロに絶叫したのは奇しくも同時だった。ラッドとカルロスは素人目でも見てもわかるほど明らかに馴れた手際に絶句し、とうの本人に至っては「悪は去った…」と呟きながら清々しい顔をしていた。
 だが、それも一瞬のこと。
 煙と炎の中から本来の姿に戻ったバリケードが現れ、猛然と走りながらパトカーに変形(トランスフォーム)して退路を断った。その運転席では怒り狂った銀色のメカロイドが中指を立てながら悪態と煙を吐き散らしている。そして今度は追い討ちにと、前方の岩場の影から対空戦車「アベンジャー」が飛び出してきた。擬態したアイアンハイドである。

「ああっ!」
「囲まれちゃった!?」

 子供達の叫び通り、兵器と警察車両のちぐはぐな組み合わせだが、車両ブロックは完成してしまった。

「お子ちゃま相手に全力投球しすぎです!御大将!!」
「たわけっ!貴様(疫病神)がいる時点で手加減してやる理由など一切無いわ!!」
「ちょっと!実はアンタと一緒の方が危険じゃないの!?」

アーシーに高速電子言語を通訳してもらったアレクサが叫ぶ。

「心配するな。少年よ、地獄はまだまだ始まったばかりだ!」
「あたしは女の子よ!」

 ラッドはウィリー達に出会ったことを後悔しない。
 言われるまでもなく、絶対だ。
 むしろ後悔するべきは、このターミネーターもどきに関わった事だ。
 遠くで20mmの鋼鉄シャワーの音と爆音が聞こえた気がした。

/*/

 月の衛星軌道上。 
ネメシスは主の命令を実行しつつ、少々ジレンマに陥っていた。

「我々がマイクロンを捕獲するまでの間、サンドストームと共にコンボイ達の足止めをしろ。やりすぎてもかまわんが殺すな。裏声が出るまで追い詰めろ。」
〈いつもの事ながら色々歪んでいますね、メガトロン様。〉

 赤い目を擬音が聞こえてきそうなくらい輝かせて命令した首領に対しつっこみを入れつつ、恭しく命令を拝領したわけだが…。
そんな回りくどいことをせずに「敵を殲滅せよ。」と命令してくれれば、すぐさま実行し、あとは心置きなくマイクロン捜索に専念できるというものなのに…忠実な彼女でも思う。

「殺すか殺さないかじゃなくて殺し方の問題なんだ、ネメシス。俺たちは『死』を安売りしているが、慈善活動じゃないからな。」

と、唯一自分の不満を理解してくれたのはバリケードだけだ。
 話は逸れたが、ネメシスが現在取りかかっている作業は目下地上への信号遮断と攻撃。具体的に言えば、ジャミングと並行して簡易的なワームホールを発生させて出口をサイバトロン達の進路上に設定。そこへパルスビームを瞬間的ながら撃ち込んでいく。
 細かい撹乱はMH-53、ペイヴ・ロウをトランススキャンしたサンドストームが買って出ている。
「ラリホー♪」と歌いながら20mm砲を吐き散らし、彼はご機嫌だ。突撃兵の面目躍如だろう。
 だが、足止めはあくまで足止め。それに相手は400万年以上自分たちと戦い続けた宿敵の筆頭と古参の戦士だ。サンドストームも歴戦の兵士だが、彼ら相手にはいささか荷が勝ちすぎる。
 サイバトロンたちもサイバトロンたちで、幾度と無く爆風に煽られ弾雨にさらされながらも、しぶとくビームの嵐をかいくぐり緩やかだが確実に目的地に近づいていった。
 彼らの向かう先で、首領達がマイクロンと疫病神を包囲している。
その様子を人工衛星経由で拡大スキャンしたとき、ネメシスは「今回の捕獲を諦めるしかない」と結論を出した。
 疫病神のウィルスが、マイクロンたちにいつでも取り付けるよう展開されていたからだ。

/*/

「自分らを総司令達の目の前で踏み潰し、その後マイクロンを奪って悠々去ろうと考えておられましたか?御大将。」

―やはり速攻射殺すべきであった。

 メガトロンは歯噛みし、不敵に笑う疫病神を射殺さんばかりに睨み付けた。

「貴様!出来損ないでも恥を知れ、恥を!!」
「オイコラ。そこのアカゲザルもどきなチキン疫病神!!テメ誰に断って人質とってやがる!?それは俺の専売特許だろがぁぁぁぁぁ!!」

 真面目な部類に入るアイアンハイドと、そういった作戦こそを好むフレンジーが銃を向けながら野次を飛ばした。本来の二足歩行の姿に戻ったスタースクリームは不快さに顔を歪め、バリケードは言葉こそ出さないが体中から怒気を放っている。 とうの疫病神はどこ吹く風と飄々としながら油断無く(特にフレンジーに照準して)サブマシンガンを構え、子供達とマイクロンたちを背にして守っていた。半ば人質としてだが。

「ほざくのは勝手だが、動かないでくれ。折角のお宝が機能不全になるぞ?アイアンハイド修理兵。」
「自分は破壊兵だ!!」
「…こいつらの名は『ドリームビット』。本来の用途は、目標のシステムに侵入させて『徹底的に』機能を破壊させるものです。物質空間でもそうであったように、生半可なワクチンや攻撃は全て無効、状況に応じた変化も可能。…いかな機械生命体と言えど、こいつに感染して無事で済む者はそうそうおりませんよ?ちなみに、命令を受けた瞬間から彼らは完全自律となりますので、自分を殺しても解決になりませんから悪しからず。」

 疫病神の不敵な笑みが更に深くなった。
 ご丁寧にセイバートロン公用高速電子言語で、慇懃無礼に説明するふてぶてしさにメガトロンの(ただでさえ高くない)沸点は臨海に達しようとしていた。部下たちは言わずともがな。
 最初はサイバトロンの協力者であり、奴ら同様平和という幻想を信じる利他的な愚か者と認識していた。その能力を無駄遣いしている大馬鹿者だと。

 だが、違った。そして認めよう。

 「こいつ」は、あの黒い機械知性体同様、自分と同じ側の者だ。
 不届きにもこの破壊大帝に対して、(しかもその日のうちに)横取りでは飽き足らず恫喝までする許しがたい存在だ。
 今すぐ二足歩行の姿に戻って、体中の皮と肉を剥いでやりたいが、そうした素振りを見せた瞬間この疫病神は下僕の物質化を解いてマイクロンの「破壊」を実行させるだろう。
 デストロンの面々にとっては至極不本意な、そして疫病神には狙い通りの膠着した包囲網が完成した。

「もしかしなくてもアンタ、私達を盾にしようとしてない!?」
「まさか。今俺たちが選べるのは、全員で生き残るか死ぬかの二択だ。」
「そうは言うけど、脱出できるの?」

 巨大な鋼鉄の化け物4体(+小さいの1体)に囲まれ、戦々恐々の中食って掛かるアレクサ達にエンカーはさらりと返した。しかし、内心は遠くから聞こえる爆音とローター音が激しくなるにつれて浮かぶ焦りを表に出さぬよう必死だった。
 それでも総司令達との相対距離は少しずつ縮んでいる。範囲内までもうすぐ…。

「…まあ、人目を気にしなきゃ無理やりでも可能だが…。」

 そう、最悪総司令たちが間に合わなかった場合の突破法はある。だが、あまりに大規模で派手すぎる方法だ。いい加減、地上のレーダーセンサーにもひっかかって極秘行動の意味が無くなるし、何より総司令たちを切り捨てることにもなる。

「…よかろう、そのマイクロン達は諦めよう。」
「…?ハァアァァァァァァァァ!?」「メ…メガトロン様!?」

 主の思わぬ言葉に部下達がそれぞれ動揺する。フレンジーなど一瞬言葉の意味を理解しそこなったくらいだ。この場にサンドストームがいたら同じ反応をしただろう。
 「だぁが!」とメガトロンは改めてカノン砲の砲塔をエンカーたちに向けた。

「このまま貴様の思い通りになるのは更に我慢ならん!計画に固執して小細工を弄したのが間違いだったな。」

「というわけで、貴様ら全員の命を貰っていく!」 と、カノン砲のエネルギー充填を開始。主の意図を察した部下たちが大喜びでそれに続く。アイアンハイドは少々戸惑ってもいたが。

「更に事態が悪くなったじゃない!?」

 四方から大口径のカノン砲を突きつけられ、アレクサはもちろん少年たちも短く悲鳴を上げた。エンカーの顔からもついに飄々とした余裕が消えた。しかし恐怖はない。「大丈夫。」とシートから降りて正面からメガトロンを見据える。

「勘違いしなさんな、御大将。」

 エネルギーチャージ完了。MDGが明滅を始め、青い静電気を帯びる。

「今それを決めるのはアンタでもなけりゃ、俺でもない。」

 一際大きな爆音に混ざって、三台の車両が爆走する音が荒野に轟く。

「あの男だ。」

 ほんの一瞬だけ、デストロンたちの注意がそちらに逸れた。エンカーには十分な隙だった。

 爆炎を突破してきた三人の盟友。まばらながら、あちこちに銃創と煤汚れが見受けられる。
 互いの視線が一瞬交差する。それが、合図だった。

―時間稼ぎは終わった。

―システムオールグリーン。フルドライヴ開始。半径250mディメンショナルフィールド展開。
 そして第4世代Personal Terminal-PETを取り出し「シンクロチップ」をスロットルイン。クロスフージョン、開始!
 
 仮想宇宙が現実世界を蹂躙する。




[11491] 仲間(修正)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:1427b119
Date: 2010/03/12 01:43
 マウンター・スターゲートの空洞は多数の経路を持っていた。少年達はその中でも一番大きく口を開けた洞窟に侵入したわけであり、実際辛抱強く探索すれば、出入り口はいくつもあった。その中で、入るとしたらコヨーテくらいかと思える大きさの穴から這い出る影が二つあった。
 ジムとビリーである。

「やっと出られた・・・。」
「死ぬかと思ったよ…。」

 辛くも生き埋めを逃れた二人は不安と恐怖と戦いながら、やっとのこと太陽の下に戻った。それだけでも彼らは困難な冒険を乗り越えたと賞賛に値するだろう。
 しかし埃まみれの自身を見て、ビリーは情けない気分になった。散々洞窟の中で迷いに迷って成果なし。もちろん戦利品も無い。ジムの発信機もさっきの地震で壊れたのか反応が無い。踏んだり蹴ったりだ。

「ビリー、あれ見て!」

 ため息をついてうなだれたビリーより先に、目の前に広がる荒野を指差してジムが叫んだ。

「何だよ何かあって…なんだありゃ!?」

 鬱陶しそうに顔を上げて今度はビリーが叫ぶ番だった。
 まっさらのはずの荒野は見事戦場の呈を晒していた。実際に巨人達の取っ組み合いが行われた跡なのだが、地下を彷徨っていた彼らが知る由も無い。彼らは目の前に広がる大地をえぐった巨人の足跡に呆然としていた。

/*/

 ネメシスはバリケード達とサイバトロンたちを見失って焦った。
自分はもちろん、人工衛星のカメラにも受光機能にも問題は無い。
 衛星のカメラアイには、未知の高エネルギーで構成された広範囲の電磁フィールドが戦場を覆っているのが映し出されている。彼女のセンサーを以ってしても内部の状況は把握し切れなかった。マークしていた鳥型偵察ロボットも一瞬にして非物質化し、消滅した。かろうじてIFFと熱源は識別できるが、通信が遮断されている。
サンドストームは唯一不可知領域から免れたものの、頼みの綱になる前にフィールドに追突し気絶してしまった。

 最強の女神はこの一瞬だけ、わけもわからず手も足も出せなかった。

/*/
 
 今度こそもう駄目だ。ラッドは思った。
青年と5体のデストロンの会話の内容は聞き取れなかったが、駆け引きに失敗したらしい。首領のメガトロンが自前の砲身をこちらに照準した。
 それでも青年は動じない。自分たちと同じく観念したのかと思ったが、その背中には恐怖も諦観も絶望も無い。ただ、確固たる自信と力強い信念があった。

「大丈夫。」

 短く言われたその言葉に何の根拠も見出せなかった。だが、彼の背中を見ていると何故か最悪の未来が想像できない。
 先ほどから聞こえている爆音が、今度は一際大きく轟いた。思わすデストロンたちと共にその方向に振り向く。見れば巻き上がる黒煙の向こうから爆走してくる大型トラックに救急車と黄色のスポーツカー。あちこちに煤埃や傷がついている。あれが青年の言っていた総司令とその仲間たちなのだろうか?
 この時子供たちは見逃していたが、エンカーの髪飾りが青白く輝き、半透明の筒に何か機械の回路が走ったかと思った瞬間、周りの空気が歪み、世界が電子の色に染まる。赤茶色のはずの大地が出鱈目な色を放ち、空には波打つ極光の壁がドーム上に展開されていく。ほんの一瞬ことだ。

「サイバトロン!」
「今だ!」

 デストロンが叫ぶのとエンカーがドリームビット達に号令を飛ばしたのは同時だった。
 ビット達は瞬時に行動し、主の命令を実行した。

―命令とはすなわち、最初から「マイクロンの内臓システムの破壊」ではなく、眼前の「敵」に対する撹乱と陽動。

 モデルになった昆虫同様の脚力を発揮して、三体が同時にマイクロンから離れスタースクリーム達に飛びつく。案の定、生理的嫌悪も手伝って奴らは怯んだ。
その間にエンカーはクロスフージョン―この義体を基に、電子の疫病神とその伴侶「グロリア」は融合し擬似物質化する。
 唯一ウィルスの目標にされなかったメガトロンは、コンボイを視認すると同時に主砲をそちらに照準すべく砲塔を旋回させたが、本来の姿に戻った疫病神の渾身のアッパーキックを砲身に受け、反応が遅れた。そのため大型トラックの全力追突―コンボイの体当たりを許してしまった。
 CF(クロスフュージョン)したにも関らず足が痺れた。基にしている体はあくまで人工筋肉とセラチタン製人工骨格で構成された義体だが―フォルテならグーでひっくり返しただろうな。

「走れ!」

 痺れる足を押さえつつ、エンカーは呆然とするラッド達の背を押した。すぐさま正気に戻ったラッド達も逃走のチャンスと悟り、それぞれのマイクロンの手を引いてその場から走り出した。それを確認すると同時に、黒いウィングとなったグロリアとハルバードを構築して展開。中空に高度を取ったスタースクリームに突貫する。
 最初に目標の逃走に気づいたのはフレンジーである。ちょうど彼はバリケードのボンネットに着地したドリームビットを迎撃していた。アイアンハイドも自身に取り付かんと跳ね回るウィルスに悪戦苦闘。スタースクリームは更にウィルスに集中力を掻き乱されながら疫病神とドッグファイトを展開している。合流するはずのサンドストームは、未知のエネルギーフィールドに追突してそのまま地面にキッス。論外。
 バリケードは互いに短い電子通信を交わすとフレンジーにウィルスを任せて急発進し、マイクロン達の逃走ルートへ先回りした。「障害物」の名にふさわしく進路を塞ぐと変形しマイクロンを捕獲すべく手を伸ばす。だが、運の悪いことにコンボイがメガトロンから離れたのも同時だった。すかさず、容赦なく横から刎ね飛ばす。バリケードはとっさにコンボイの進行方向に飛んで衝撃を緩和したが、それでも受身を取るのがやっとのものだった。
 素早く立ち上がって発射ポッドを展開、ミサイルを装填する。しかしそれは機銃を吐きながら突撃する救急車によって邪魔された。

「さあ、早く乗るんだ!」

 バリケードをラチェットに任せ、コンボイはドアを開放して子供達に指示した。アレクサは一瞬逡巡したが、三人の中では誰よりも早く車体に刻まれたサイバトロンのエンブレムを認め、この大型トラックが味方であることを悟った。もはや躊躇する理由はなかった。

「乗りましょう!」

 アーシーと共に無人トラックに乗り込むアレクサを尻込みしながら見ていた少年達も、ウィルスに構わず突進してきたアイアンハイドに気付き、すぐさまトラックのシートに駆け込んだ。子供三人とロボット三体でシートは大渋滞になったが、四の五は言えない。
 諦めきれぬアイアンハイドがコンボイの発進を押しとどめようとするが、いかんせん馬力の差がありすぎた。挙句、コンテナ上部に設置された機関砲に顔面を掃射され怯んだところで押し負け、仰向けで轢かれる。ビットは既に彼の背中から離れていた。顔面にタイヤ跡をつけながら、それでも食い下がらんと起き上がりと同時に戦車に変形。追撃すべく発進しようとしたとき、横から殺気を感じた。
 アイアンハイドは決して俊敏とはいえないが、彼の特筆するべき特技はその危機管理能力である。残念ながら今回は活かし切れなかったが。
 岩陰から爆走してきた黄色のカマロのドリフトと、急降下しながら得物に「ブレイクハンマー」をセットした疫病神の空中フルスイングの同時攻撃を横から受け、アイアンハイドは横転を通り越して吹き飛んだ。

「真面目に勝負しろーっ!」

 キャノピーに当たるところにビットを張り付けたまま、エンカーの後を追って急降下したスタースクリームが憤慨して対地ガンを発砲。
 ホットロッドはすぐさま離脱してコンボイの後を追い、エンカーも急上昇して回避。20mm砲は空しく大地を穿った。

「一人でかかって来い、この臆病者!」
「臆病者でよござんす、航空参謀殿。」

 スタースクリームの苛立ちは頂点に達していた。まだ二度目だが、改めてこの疫病神はやりづらい。切りかかればするりとかわされ、撃ち込めば徹底して逃げに走る。突撃すれば最小の機動で回りこまれ、気が付けば自分が追われている。口でのやりとりを含め、まるで羽を相手している気分だ。上を取ろうとすれば、翼の基部にある何かの視覚装置の様なものが開放され、発せられる強力なECMで視覚を『殺られる』。先ほどからそうなる前に慌てて奴から離れるの繰り返しだった。
 実際、不用意に奴の上をとった同胞がゴミのように堕ちていったのを目の当たりにしている。
 奴らと同じことをしようものならあちらの思う壺だ。ただでさえしぶとく取り付くウィルスも隙あらばこちらのセンサーを破壊しようと動き回る。普通はチャンスになるところで逃げなければならない不条理と全力を出し切れない状況が、彼のジレンマにさらなる拍車をかけた。
 エンカーは眼下で総司令とホットロッドがエリアの境界ギリギリのところで立ち止まり、臨戦態勢に入っているのを確認した。ラチェットも既にそちらに合流すべく離脱している。自分もいい加減、こいつのケツを拝むのも金切り声を聞くのも飽きた。頃合だろう。
 ビット達に命令解除のコードを発信。
 あれだけしつこくまとわりついていたウィルスが攻撃をやめ、只のデータに還ってしまい―ただ一人を除いて、デストロンたちは面を食らってしまった。

 そう、ただ一人を除いて。

 スタースクリームも一瞬動揺はしたものの、疫病神がついに本気で打って出る気になったのかと思い、改めて気合を入れた。実際彼は滞空して初めて互いに向き合ったからだ。

―さあ、かかってこい。今日こそはそのすかしたヘルメットごと真っ二つにしてやる。


 後日、デストロン航空参謀はこの時のことをこう語った。

「あの『疫病神』相手に、んな期待してしちまった頃が自分にはありましたとも、ええ。」



「ぬおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 絶叫するスタースクリームの視界を写るのは、口元だけでわかるほど満面の笑顔の疫病神と、ばら撒かれた大量の小型機雷―「エナジーボム」。
 持ち前の反射神経と機動性を全て回避にあて、大半はかわし切った。が、いかんせん数が多すぎた。一個に接触して起爆させてしまったのを皮切りに後続の爆弾へと次々と誘爆する。
 被害は当然地上にも及んだ。
 バリケードは離脱したラチェットを追撃しようとしていた。
 フレンジーはしつこいウィルスが突然データ還元されていかしぶった。
 アイアンハイドは底部をさらしているところを再びビットに襲われていたが、そのビットが消えたので改めて立ち上がるべく二足歩行に変形しようとしていた。

 そこへ遥か上空からの空爆である。

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 上空で爆発しそこなった取りこぼしが接地すると同時に、戦場は正しく阿鼻叫喚の呈を晒し、たちまち4人は揃って黒い煙の中に呑まれていった。この爆音にはさすがにサンドストームも目を覚ました。
 その間、疫病神は仲間と合流すべく悠々と飛び去っていく。

「くおら!スタースクリームぅぅぅぅっ。当たるくらいなら全部受け止めやがれぇぇぇ!!こっちに飛び火すんじゃねぇかぁぁぁぁぁクキャアチッチッ!?」

 フレンジーは元気に爆炎をかいくぐりながら、上空のスタースクリームを罵倒する。黒煙にさえぎられて確認できないが「無茶言うなアホ!アッチチチ!?」と更なる爆音に混じって元気なつっこみと悲鳴が聞こえきた。デストロン指折りの精鋭は伊達ではない。

「ひえー…あのにいちゃん過激だなぁ!」
「てか…やりすぎなんじゃ…。」
「いい性格してるわぁ…。」
「……否定はしない。」
「あー…やっぱり君たちでもそう思うか?」
「まあ、あれでくたばってくれる連中じゃないから一切同情する気は起こらんがな。」

 遥か遠くでその光景を目の当たりにしながら、サイバトロンの戦士と地球の子供達はそれぞれ思ったことを口にする。
 その頃、黒煙の遥か向こうで動く影が一つあった。

「ふ」

 最初に気付いたのは、何とか爆炎をしのいでいたアイアンハイドだった。灼熱の業火も一気に吹き飛ぶほどの冷気を背後に感じ、驚いて振り向いた。そして真っ白になった。

「ふふふふふふ…」

 揺らめく黒煙が怯えたような錯覚を覚え、バリケードとフレンジーはサイバトロンたちの姿を追うのも忘れて立ち止まった。

「ふはははははははははははははははははははは…!」

 それは決して大きな音量では無かったが、地獄の底から響いてくるような笑い声だった。
 サンドストームがそれを耳にし、エリアの外で情報子の壁を叩いていた手を思わず止める。彼と感覚共有していたネメシスは「さて、凶宴の始まりですね…。」と呟いた。
 それを知ることの無いエンカーは皆の前に鳥のごとくと舞い降り、コンボイたちと合流した。

「よし、やってくれ!」
「了解!」

 打ち合わせ通りハルバードに「ノイズストーム」をセット。穂先が斧に取って代わってファンへと情報変換される。パンツァーファウストの要領で照準を合わせ、黒煙に右往左往するデストロンの方向にむける。竜巻の発生と同時にエリアを解除すれば、完全に奴らを撒ける。はずだった…。

「バレェェェェルっ!!!!」

 追突され、横転寸前になっていた重戦車―メガトロンは二足歩行に変形して立ち上がると同時に相棒の名を叫んだ。擬態していた時ハッチとなっていた箇所から、主の声に応えてマイクロン・バレルが飛び出した。

「エボリュゥウション!!」

 大地に降り立ったバレルは着地と同時に、その体躯から想像できないような跳躍力を見せると一瞬で主に似せるかのように戦車に変形。サイズは人間の子供の乗り物もいいところだが、自身が戦闘するわけではない。中空でマグネットラインを形成して、メガトロンの胸部に自身を連結させる。連結と同時にエネルギーラインを構築。400万年ぶりにバレルは主の得物に膨大な量のエネルギーを送る。それは生まれる前から知っている作業だった。

「あん?」

 大地が震えんばかりの怒号を聞いて、航空参謀も煙を吐きつつ空気が変わったことに気付いた。
 そして視界が晴れた時に彼が目にしたのは、怒気を滾らせながら地獄の阿修羅も裸足で逃走する凄絶な笑顔でカノン砲を構えておられる我らが大首領。
 しかもカノン砲のエネルギーはバレルと合体しているので、通常の三倍である。

「ちょ」
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!」

 パルスビームの射線効果範囲内に入っていることに気付いて慌てる航空参謀を無視して、メガトロンは本日最大の盛大な一撃を放った。
 メガトロンの復帰は遠く離れていたサイバトロンたちにも感知することが出来た。もちろん異常までのエネルギー上昇も。ウィリーはマイクロンとの合体による反応だと解析してくれた。―御大将、いつの間に。
 すでに予定通り「ノイズストーム」は起動している。
 ファンがそのサイズから想像できないほどの風量が吐き出し、前方の土砂を巻き上げて名前どおりの大規模な竜巻を形成する。
これとメガトロンの発砲が重なったのは、見方によっては幸運と取れるかもしれない。メガトロンの復帰が少しでも早かったら間違いなくサイバトロンの全員がその場で蒸発していただろう。
 強化されたパルスビームの熱量と大地を削らんと逆巻く竜巻が衝突し、当然ながら軍配は前者に上がった。
 主を足蹴した疫病神を焼き払うべく放たれたビームは、膨大な熱量を以って竜巻を打ち払う。しかし、嵐に巻き上げられた土砂と風圧はわずかながらもビームの偏光率を曲げ、威力を落とした。直進するはずの軌道はわずかに逸れ、電子の結界に着弾する。

「制動しきれんだとう…!?」

 メガトロンは反動で数歩も下がってしまった事実に驚愕していた。その横へ寸前でビームを回避したスタースクリームが黒い煙を吐きつつ降り立つ。

「それは見て分かりましたからメガトロン様。せめて『どけ』ぐらい言ってください!味方焼く気ですか?」
「心配するな、お前を狙って撃ったからな。」

「んな気遣いはいらんわ!」と敬語も忘れて航空参謀は吼えるのであった。
 「ノイズストーム」を展開した端から相殺され、驚く間もなく熱風と衝撃波に耐えながらエンカーは顔色を変えた。

「しまった…!」

 見上げれば、オーロラ色の膜が薄れていく。ディメンショナルエリアが負荷に耐えかねて消滅しようとしているのだ。MDGの出力が落ちていく。最早維持は不可能、クロスフュージョンの解除も避けられない。
 「結局こうなったか…。」とラチェットが戻っていく青空を見上げながら、ため息混じりに呟いた。
 身に纏うフレームすら分解してエンカーはライダースーツの姿に、一旦拡散したCF用のDCは収束して白い鴉姿の「グロリア」と黒い第4世代PETに戻る。

「いくらなんでも出鱈目すぎだ…。」

 非物質化した脳殻が悲鳴を上げる。エンカーは中空でPETを受け止めることを忘れないが、それが無ければ彼はまず頭を抱えたかった。その頭にちょこんとグロリアが舞い降りる。

「マイクロン以前にあのオッサン相手にはいつものことだよ。ここからは任せろ!」

 半ば諦観のこもった慰めをしてホットロッドは勇んで二足歩行の姿に変形した。

「そういうことだ。」

 それと、忘れ物だぞ?とラチェットが後部を開放して格納していたRUNを見せた。半分諦めていたエンカーは「サンキュ!」と短く礼を言いながら急いで愛車を引っ張り出す。運び出しが終わると同時にラチェットも変形を開始。陽気で若々しいホットロッドとは対照的に、寡黙と老練の形容詞が似合う青い戦士がそこにあった。

「若造、ちびんなよ?」
「とっつあんこそ、腰は大丈夫かい?」

 お互い軽口を叩きながら見据える先には、爆走してくるデストロン。
 サンドストームがそれに合流し、所在が不明なネメシスも加え、いつもながら戦況は圧倒的に不利だ。

「エンカー。二人の言う通りここは我々に任せて、君は子供達と一緒に後方へ。」

 既にマイクロンと子供達を降ろしたコンボイも変形し、臨戦態勢に入っている。いつもの二足歩行ではなく、その上でコンテナ後部と合体して火力と出力を増強させたスーパーモードだ。

「総司令、セイバートロンとこの星の重力比はわずかながら違います…」

 存在そのものが戦闘に特化したデストロン達と違い、1G下の環境を想定した戦闘シミュレーションがセイバートロン生まれの彼等の中で完成していない。余りにも時間が無かったのが原因だ。悔しいが、彼らは生粋の戦闘者と言う訳ではないのだ。
 エンカーはそれが心配だった。

「承知している。だが、アドリブで行くしかない。子供達とマイクロンを頼んだぞ!」
「了解!」

 短い会話と終え、前に出る者と後ろに下がる者は分かれた。
 再びRUNに跨り、子供達と共に近くの岩陰に隠れようとしたエンカーを出迎えたのは怒りの篭ったみぞ打ちだった。意外にもアーシーからの。

『怖かった!結果的にうまくいったけど、もうあんなのゴメンだからね!』

 一応アーシーの拳にあたる部分はタイヤだ。バイクごとひっくり返って昏倒こそしなかったが、流石にこれは痛い。顎を狙わなかったのはデストロンを騙すための行動であったと理解した上での良心か。

『いや、総司令たちはネメシスに足止めされていたから時間稼ぎに…いや、何でもない。俺が悪かった。もうしない。このとおり!』

 アレクサは同じ理由で自分が平手打ちしてやる気でいたが、両腕を上下させて自分以上に怒るアーシーと彼女に謝り倒す青年を見ている内に毒気を抜かれてしまった。見ればラッド達やウィリー達も揃って困ったような顔をしている。

「アーシーが先に殴っちゃったことだし、何の打ち合わせもなく私達を人質扱いしたのは一応許してあげるわ。」

『一応』だけどね?と腰に手を当てて胸を反らす。

「マイクロンは、彼らの武器をパワーアップさせることが出来るんですね?」

 相変わらず、ラッドは会ったばかりの年上には礼儀正しい。

「そういうことらしい。当事者たちも原理はわかっていないが、合体することで能力が飛躍的向上するから〈進化(エボリューション)〉とご大層に呼ばれている。確認された殆どが戦闘能力関係ばかりから、火力信奉者には垂涎のお宝ってわけさ。」

 つまり、ウィリー達はその矮躯も起因して戦場で「強化パーツ」扱いされていた。ラッドは改めて納得した。ある意味紛争難民より悲惨だ。コンボイ達が彼等の意思を尊重したのが唯一の救いと言えるだろう。

「それであいつら、必死になってマイクロンを捕まえようとしていたのね…。」
「でも、なんであのマイクロンはメガトロンの言うこと聞いているんだ?」

 互いに睨みあう両軍を岩陰から窺いつつ、少年少女たちが暗視赤外線カメラ(エンカーから借りた)越しに注視するのはメガトロンの胸に接合したマイクロン。

『僕たちは〈道具〉になりたくなかった。利用されないために、セイバートロンをまるごと捨てて逃げるしかなかった。
だけどラッド。どんな知的生命体にもいい奴と悪い奴がいるように、マイクロンの全員があの不毛な行動を否定していたわけじゃない。僕らの種族が覚醒させた者に対して『刷り込み』現象を起こすことが大きな理由ではあるけど、〈機能〉こそが〈自ら〉であると自己認識し、戦場でそれを証明することで利用されることすら許容する者も少なくなかった。
マイクロン・バレルは、そういった者達の筆頭とも言える個体だ。』

 多分、月に一旦不時着したときに放り出されていたんだろうね。と、ウィリーは推測を付け加えてくれた。あの主にしてこのマイクロンありと言うわけだ。
『こっちの呼びかけに見向きもしない!』と彼は応えぬバレルに毒づく。
 さて、その主ことメガトロンは自分でも制御しきれぬバレルの力に半ば酔いしれていた。だからネメシスには、人工衛星への介入と戦況のナビゲーションに専念するように命じた。
 すぐに終わらせては面白くもないし、苦しみを与えぬ殺戮では意味が無いからだ。

「彼らを巻き込むことは許さん!」
「こんな惑星のことなどどうでもよいわ!我々の目的を妨害するものは一切合切排除する!」

 お互いですら一体何度聞いたかなど忘却の彼方に投げ捨ててしまった台詞を叩きつけ、戦場は仕切り直しとなった。
 最初に動いたのは飛行能力を有するスタースクリームとサンドストーム。
 今度こそその機動性をいかんなく駆使して20mm砲を吐き散らしながらサイバトロンに突撃する。コンボイたちもパルス砲で迎撃するが、若干ながら反応が鈍い。それを見逃さずアイアンハイドとバリケード、フレンジーが続き、集中砲火を浴びせる。
 四方八方から翻弄され、ついに三人の足は止められてしまう。メガトロンはとどめとばかりカノン砲を向けた。

「コンボイ!今日こそは貴様の…否、貴様らの最後だ!」

 改めて照準セット。この惑星の重力下で制動しきれないのならば、それはそれで構わない。400万年眠っていても、バレルの性能は微塵も衰えていない証拠だ。ならば400万年ぶりにその力を存分に振るうまで。
 砲撃用意。
 今度は射線を開けるよう部下達に電子の通信を送る。部下達も素早く攻撃を中断して散開した。射線、クリア。カノン砲を乱射。
 予想通り一撃一撃が通常の最大出力並みの威力を発揮した。命中率の甘さなどあまり救いにならぬ熱量と巻き上げられる土砂に煽られ、コンボイたちもさすがに覚悟を決めた。
 満足したメガトロンは哄笑しながら尚も発砲を続けた。凄まじい反動でどんどん後方にさがりながら。
 パルスビームの内一撃が、ラッド達が隠れる岩陰の遥か上に命中。ばらばらと小石と砂塵が子供達の上に降り注ぐ。体を張ってラッド達を守りながら、エンカーは高速電子言語を全周波に設定して叫んだ。

「ちょ…いけません!御大将。そのまま撃ちまくったら…」

 当然その声はメガトロンに届いたが、力に酔っていた彼は短期間で自分に辛酸を嘗めさせてくれた疫病神が哀れな命乞いをしていると受け取り、ますます愉快にさせた。
 しかし、破壊大帝はこの疫病神の「いい性格」加減をまだ見くびっていた。

「こけますっ!!」
「ぬおぉぉぉぉぉ!?」

 場違いな警告通りメガトロンは派手にこけた。進路上にあった大岩に軸足が衝突してしまった結果だった。軽い地震が起きる。
「だから言ったのに…」とはっきりと憐憫をこめた呟きが聞こえた時、あの疫病神は必ず生きたまま惑星ゴーの海に沈めてやると「破壊大帝」の名にかけて誓った。
 だが、その必要はなかっただろう。盛大な地響きと共に、先ほどより大きめの石が上から転がってきたとき、エンカーは自分達に迫りつつある危機にやっと気付いた。メガトロンは図らずも復讐を果たしたのであった。
 振り返れば、先ほどの流れ弾で抉れた山の中腹から下の土砂がこちらに押し寄せてくるではないか。ジェネレーターが回復していたらメットールの巨大ヘルメットを擬似物質化してやり過ごすのだが、悔しいことに贅沢は言えない。
 自分より遅れて気付いたラッド達とマイクロン達を引き寄せ、可能ならば抱き上げて岩陰を飛び出す。彼の判断と子供達の行動は素早く正確だったが、引力にしたがって崩れ落ちる土砂の量はその努力を圧倒するものだった。

「捕まれ!」 

 エンカーは土砂に背を向け、ラッド達とウィリー達を抱き寄せ覆いかぶさる。逃げられないなら、せめて自分が盾になるしかない。
 エンカーは生身でないことを改めて感謝し、子供達と共に目を硬く閉じた……
そして激突した。激しく。しかし予想していたより激しくはなかった。それに予想より早くぶつかった。
 総司令がホットロッドとラチェットの名を叫ぶのが聞こえた。まさか負傷したのか?

「コンボイ司令官、子供たちは保護しました!」

 目を開くとそこは巨大な手の平の上だった。色には見覚えがある。そう思って見上げれば、こちらを覗き込むホットロッドのレンズと目が合った。

「大丈夫かい?君達」
「死ぬかと思ったわ…。」
「すまん、ホットロッド。」
「『任せろ』ってさっき言ったろ?それより、見直したぜ。」

 子供達がホットロッドの手の上で安堵した時、マイクロン達の姿が無いことに気付き、一瞬焦った。しかしすぐ見つかった。

「こっちも大丈夫だ。頑張ったな、エンカー。」

 ウィリー達はホットロッドと共に駆けつけてくれたラチェットの手の中にいた。エンカーは今度こそ安堵した。規格が違うだけで、素の自分はこうも無力だ。
 アレクサが声を上げて抉れた岩肌を指差した。

「あれ、マイクロンパネルじゃないの!?」

 全員が彼女の指差す方向を見上げれば、赤茶色の砲弾の跡にちらちらと淡い緑の輝きが認められた。しかも一つではない。ここから見えるだけでも3つはある。
 即座に彼らはそれらを確保すべく急行した。
 その頃航空参謀を含めたデストロン三名は、こけた首領の下に駆け寄っていた。

「慣れない土地で懐かしすぎる武器使うから!」
「やかましい!」
「こちらバリケード。ネメシス、今のは録画したか?」
〈ばっちりです。〉
「よし!」
「貴様ら気遣うくらいせんか!」

 つっこむ航空参謀、無表情ながらしっかり自分の楽しみを確保するバリケードと戦艦、それに憤慨する破壊兵。現場は混沌としていた。緊迫感がない意味で。
 そんな空気を打倒すべくメガトロンは声を張り上げる。

「えぇい、わしのことなどいいわ!!お前達はコンボイたちを叩け!」
「はっ!!」

 返事だけはいい。
 しかし、彼等の危機は確かに迫っていた。
 コンボイは子供達の安全を確認すると、すぐさま反撃に打って出た。
 まずはスタースクリームの背後に接近。やっとこちらに気付くが、迎撃は許さない。その頭を鷲掴みして力任せに遥か後方に放り投げる。
 間髪入れず構えようとしているアイアンハイドに渾身の体当たりを入れて吹き飛ばした。
 バリケードが背後に回ったのは視覚でなく感覚でわかった。拳とトンファーの、肉眼で追いきれぬ応酬がひとしきりあって、最後はコンボイの真芯を狙った一撃がバリケードを叩きのめした。

「コンボイ、邪魔をするな!!」
「お前の野望はこの私がひねり潰してやる!」

 両者は数百年前からそうしてきたように激突し、手4つで組み合った。
 その頃、ラチェットとホットロッドはそれぞれがマイクロンを覚醒させていた。マイクロン・フックとマイクロン・ジョルトである。
彼等の地点から、復活したスタースクリームとアイアンハイドがメガトロンと組み合う総司令の後ろを狙っているのが見えた。残り二枚のパネルをエンカーと子供達に任せ、マイクロンの力を信じることにした。
 ジョルトがホットロッドのジャイアントバズーカを、フックがラチェットの背部に装備していたポイントブラスターを強化する。
突撃する両者から放たれたビーム砲は寸分違わず二体のデストロンを襲った。アイアンハイドは上体を反らしてバズーカを回避し、スタースクリームはコンボイの背を切りつけようと構えた刃の横腹をブラスターで撃たれた。
 メガトロンはサイバトロンが二体のマイクロンを手に入れたと確認した時点で撤退命令を出した。老兵と新兵に付け焼刃がついたところですぐにひねり潰せるが、もう得る物が無い。あとはあの二人次第だ。
 遥か彼方にいるネメシスに電子の命令を発する。地球のどのモニターにも感知できない。しかしネメシスは反応し、命令を実行した。
次々と離脱していくデストロン達。
 その場をしのげたことに安堵したサイバトロン達は、サンドストームとフレンジーの姿が見えないのが気になった。
 響くアレクサの悲鳴と銃声、そしてけたたましいローター音。
 見ればエンカーがアレクサを庇いながら足元を俊敏に駆け回るフレンジーに応戦していた。その上空から、ペイヴ・ロウに変形したサンドストームが風圧でプレッシャーをかける。
 ホットロッド達が戦線にとんぼ返りしたとき、子供たちはすぐに三枚目を回収したものの、最後の一枚はエンカーが子供を肩車しても微妙に届かぬ難所に埋まっていたため、エンカーの腕に内蔵してある小火器でパネルの周りの土を削ることにした。
 そうして子供達を下がらせたときに、背後から忍び寄っていたフレンジーの奇襲を受けた。真っ先に狙われたのはパネルを抱きかかえていたアレクサだった。直感に従って銃口を背後に向けたのが功を為し、フレンジーがアレクサに飛び掛り喉笛を切り裂こうとしたところを阻止することができた。だが、迎撃のために放たれたディスク弾を受け、肝心のパネルは奪い取られてしまっていた。そこへヒュンヒュンと重いローター音である。たちまち空気の壁がラッド達を吹き飛ばした。
 サンドストームの興味はマイクロンパネルに在った。だからその横で無様に転がるに有機生命体の幼態など、虫けらか小石程度にしか見ていなかった。さっさと最後の一枚を確保。フレンジーをカーゴに収納し、去り際に力を失くした疫病神を嘲笑することを忘れない。彼らは悠々ショートワープして戦線を離脱した。

「くっそう、あいつめ…」
「しっかし危なかった。置き土産に一発ぶち込まれたらアウトだったぞ?」

 悔しそうに虚空を睨むラッド達をたしなめながら、エンカーは腕に刺さったディスク弾を力任せに引き抜いた。

「あんた悔しくないの!?あんな奴らにマイクロンが連れていかれちゃったのよ?」
「あいつらは命よりも兵器の方が重いと考えている変態だ。マイクロンに対してそう悪い扱いはしない。こっちの手で取り返す機会はいくらでもある…。」

―まあ、拠点が分かり次第、あいつらが殆ど集めたところでかっぱらうのも手だしな。と心の内で付け加える。

「とりあえずお嬢ちゃんが怪我しなくて良かったよ。あんな奴らのために傷物された日にゃ、俺が君の両親に殺される。」
「…そんなこと言ったって誤魔化されないんだからね?」

 胸を張りつつ、アレクサは彼の血の出ない醜い傷跡を見て、少し罪悪感を覚えた。そう言えばこいつには基本的に助けられてばかりだ。笑顔が胡散臭い嫌な奴だけど。

「おーい…」
「男の子の怪我はいいのかよ?」

 擦り傷だらけの少年二人の声は風に消えた。

/*/
 
 シップに戻って早々、メガトロンは使われていないコンソールの端をその握力で歪めた。
 手に入れるはずだったパネルをサイバトロンに二枚も奪われたからである。しかし、その怒りはまだ軽い方だ。まだ何も得られなかったわけではない。まあ、それは帰投していないサンドストームとフレンジー次第だが。

〈サンドストーム突撃兵とフレンジー特殊破壊工作兵からのショートワープ要請信号を確認。転送します。〉

 ワープ装置が作動。してやったりという顔をした二人が転送された。首尾はうまくいったようだ。

「メガトロン様、これを…。」
「マイクロンパネルです!」

 サンドストームとフレンジーが嬉々としてそれぞれの淡い緑色のパネルを見せる。

「でかした!お前達もサンドストームとフレンジーに続け!」
「了解!」

 戦力は間違いなく増強させねばならない。敵はサイバトロンだけではないのだ。

/*/
 
 脅威が去ったのを確認した後、子供達はサイバトロン達を地下のブリッジに案内した。

「こんなところに人知れずマイクロンのスペースシップが眠っていたのか…。」

 400万年もの間…とコンボイは感慨深げに艦内を見回した。エンカーからの連絡で中の状態について説明を受けていたが、実際に400万年ぶりに目にすると改めて懐かしい記憶が甦る。

「僕達が偶然見つけたんだ。それから、このマイクロンも…。」

 隣にいるウィリーが相槌を打つように頷く。
 ラッド達はコンボイ達と目を合わせやすいようブリッジに上がっていた。この船はサイバトロンが全面的に協力して建設したものだから、サイズの違う者同士がコミュニケーションを取りやすいよう設計されていた。おかげで、コンボイたちの出入りにも問題はなかた。

「エンカーから報告は聞いている。そうか、君達が…。」
「この山を探検していたときにパネルを見つけて、ただ触っただけだけどね。」

 ラッドは全て話しながら、思い出す。そして、分からなかったことが今全てつながった。

「それが貴方達やあいつらを呼び寄せるきっかけになったんだね?」

「そうだ。」とコンボイは短く告げた。

「あの信号が我らの星、〈セイバートロン星〉に届き、全ての始まりを告げた…。」
「セイバートロン星って言うの?貴方達の故郷の名前」

 アレクサが鸚鵡返しのように問い返す。

「そう、機械生命体である我らの故郷。そして、マイクロンたちの故郷でもある。」
「俺、カルロスって言うんだ!よろしく!」

 湧き上がる興奮を抑えきれないように、カルロスが自己紹介の一番口を切った。

「私はアレクサ。本当にありがとう。でも、さっきはちょっとヒヤッとさせられたわ。」
ああ、確かにな。とコンボイは苦笑いして返した。
「この惑星の環境にまだ対応できていなかったのだ。」
「重力比がどうとかって、そういうことだったの?まあ、あいつにさせられたほどでもないけど…」
「はっはっはっはっはっ…」

 横目で睨む先には、同じブリッジの隅っこに腕を組んでもたれている赤毛の青年。子供達の非難がましい視線など慣れていると言わんばかりに棒読みな笑いで誤魔化す。

「エンカー…お前何やったんだ?ああ、いや言うな。嫌な予感しかしないから聞きたくない。」
「とりあえず、彼らを帰したら話を聞こうか?」

 人間達の様子に何かを察したホットロッドが問いかけて制止し、ラチェットの声が冷たい響きを帯び始めた。エンカーは内心嫌な汗が止まらなかった。
 ラッドはエンカーの口元の引き攣りを見逃していなかった。青いロボットの方は寡黙ながらも口うるさそうだ。あとで大説教は確定かなと、少しだけ同情した。

「僕はラッドです。ありがとう、本当に。」

 改めて、彼は精一杯の感謝を込めて簡単な自己紹介をした。コンボイには、今日一日で二度も守ってもらっているのだから。

「改めて自己紹介しょう。私の名はコンボイ。サイバトロンの司令官を務めている。」
「自分はラチェット。看護員だ。」
「俺はホットロッド。よろしくな!さっきの連中はデストロン軍団だ。」
 
 ラッド達は恥ずかしい気がして、同時に怖くもあったが彼らに受け入れられてもらえたことが嬉しかった。そしてふと疑問に思った。

「…そっちの人は?」

 ホットロッドは「あちゃ」と言わんばかりに片手で顔を覆った。

「エンカ~?」
「ああ、みんなが揃ってからと決めていたんだ。」

 非難がましいホットロッドに笑って返した本人は、顔半分を覆っていたバイザーを外しながら子供達の前まで出て敬礼した。その動きは俄仕込みのものではなかった。

「遅れたな、少年達。自分はサイバトロン軍司令部所属遊軍偵察兵、エンカー・ザ・ゴールドクロウ。エンカーと呼んでくれ。こっちの鳥型ロボットはグロリア。二人ともどもよろしくな?」

 夕日のように赤い髪とは正反対に、優しい緑色の瞳が子供達を見下ろした。想像していたより優男な顔にラッド達は毒気を抜かれてしまった。しかし、最初にここに入ったときのことを思い出し、油断ならないと思った。むしろこの男から感じていた胡散臭さが倍増した。

「変な名前。」
「胡散くさ!」
「まさか本名じゃないですよね?」
「そんなこと言わずに気軽に呼んでくれたまえ。」

 率直な意見のトリプルコンボに続いてマイクロン達が一斉に頷く。しかしバイザーをかけ直す疫病神はこれしきで堪えない。
 そのやりとりを眺めていたコンボイは少し困ったように吹き出した。

「何をしたか知らんが、嫌われたな…。」
「いいってことですよ。」

 なるほど、とラッドは納得した。何処の世界にも図太いのはいるわけだ。しかもその分腹芸には長けている。
「ところで、さっきの話の続き。」とカルロスが話題を切り替えた。

「デストロンってあのマイクロンを攫おうとした連中?」
「そうさ。もう知っていると思うけど、そのボスがメガトロンだ。」

 ホットロッドは気さくに質問に答えてゆく。どうやら彼が一番子供たちを気に入ったようだ。

「エンカーにも聞いたけど、奴らがマイクロンを攫おうとするのはマイクロンが強力な力引き出せるから?」
「そうだ。自身を破壊大帝と僭称するメガトロンは、その力を利用してセイバートロンを制圧し、宇宙征服を図っている。」

 いきなり壮大なスケールが更に壮大になったが、ラッド達はそれが夢物語とは思わなかった。無窮の動力と無尽蔵のエネルギーを持つ機械生命体ならば不可能な話ではない。
 規格が壮大ならば、行いの善悪もまた然りだ。

「俺達は、それを阻止するためにこの星までやってきた。」
「それが我々の使命なのさ。」
「そして、俺はそのナビゲーターってわけ。」

 ホットロッドの誇らしげな言葉にラチェット、エンカーが続く。

「…ひょっとして、僕たちは開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったのでは…?」

 最初ここを出るときエンカーに散々言われたことだが、ラッドは改めて事の重大さを実感し、これから起こることに罪悪感を覚えた。だが、「そうではない。」とコンボイは遮り、マイクロン達を指差した。
 振り返れば、マイクロン・バンクを筆頭にラッド達を勇気付けるように力強く応答した。

「みんな〈デストロン側にはぜーったい行かない!〉ってさ。」

 カルロスの表情が一際明るくなる。コンボイは少し驚いたように彼らを見た。

「本当に君達にはマイクロンの言葉が分かるのだな…。」
「?あなた達にはわからないの?」

 エンカーが説明を引き受ける。

「公用の電子高速言語と体系が違いすぎているからな。それに400万年前もマイクロンとパートナーの間には、殆ど念話じみた関係が確認されている。その関係が、かえって言語を解読する作業を遅らせたみたいでな。戦時下の切迫した状況じゃ尚更だ。」

 ウィリーが言語を発する。
 比較的長いが、コンボイたちの論理回路の中に彼等の言語を解読する機能はまだ無い。しかし、その音質には懇願がこめられているのがわかった。
 ラッドが翻訳を引き受ける。

「『地球上、広く見積もってもこの太陽系に、多くの同胞が休眠状態で散らばっている。破壊者達の奴隷にされる前に、保護して欲しい。僕達も協力の手は惜しまない。』って言ってる。」

 次に響く音色は謝罪。
 こちらはエンカーが何も言わず、コンボイたちとデジタル通信チャンネルを開いて、同時並行で翻訳を引き継いだ。

『すまない、コンボイ総司令官。400万年前のように、また貴方たちに迷惑をかける…。』
「なに、構わないさ。」

 沈痛な表情のウィリーにコンボイは穏やかに応える。

「マイクロン達は君達を待ち続けていたと聞いている。どうやら君達は、彼らと運命的な出会いを果たしたようだな…」

 コンボイはマイクロンと子供達を見回し、再びブリッジを見回す。

「この宇宙の平和のためにも、全生命体の尊厳のためにもデストロンを阻止せねばならない!」
「僕にも手伝わせてください!」
「俺も手伝うよ!」
「あたしも!」

 宣言するコンボイにラッドは勢いよく申し込む。それにアレクサ、カルロスも続く。自分達は思っている以上に無知だ。そしてエンカーに無力だと言われる度に同意せざるをえなかった。分からないことはたくさんあるが、それでも知りたかった。

「待ちたまえ!我々の争いに君達を巻き込むわけにはいかない。」

 さすがに無謀と思ったコンボイが注意喚起の声を上げるが、「ムダですよ、総司令。」と疫病神が遮った。

「こうなったら、全部叩き壊されるまでこいつらテコでも動きませんよ?今日だけで三回死に掛けて、挙句自分が脅してもこれですから。」
「しかし…」

 渋る総司令。それにアレクサはまっすぐ彼らを見据え発言した。

「私達が非力な有機生命体で、しかも子供だから貴方達が不安なるのもわかるし、自覚している。でも、デストロンはこれからも地球上でマイクロン探しを続けるわ。その時にマイクロンの言葉が分かる私達の手が必要になるんじゃないかしら?エンカー一人だけに任せることは少なくなるし、彼もナビゲーターや戦闘に専念できるようになるはずよ?」

 こう言われてはサイバトロンの総司令も疫病神も反論は無かった。「ほらね?」と疫病神は笑い、コンボイは若い熱意に観念した。
 ラッド達は自分たち以上に熱心なアレクサに少し唖然としていたが、その意思を察して少し意地悪になって今朝のHRのことを出した。

「あれ?アレクサは勉強が忙しいんじゃなかったの?」
「大統領目指して勉強一筋、俺達と遊ぶ暇なんか無いんだろ?」
「何言ってんのよ!これは地球の危機なのよ?折角友達になったマイクロン達があんな奴らに利用されちゃうなんて許せないから、だから私…絶対に…」

 むきになって二人に反論するアレクサだが、最後のところで我ながら恥ずかしくなってきて言葉が見当たらなくなった。その様子を横に疫病神が今にも吹き出さんとしている。
 そんなアレクサの前に差し出される二人の拳。

「おかえり、アレクサ。」
「我ら泥んこ探検隊にね。」

 アレクサは目を丸くしたが、すぐに自分も拳を作って、軽く二人の拳を小突く。昔三人揃って心のままにはしゃぎまわった頃の、懐かしい挨拶。三人は再びいつもそうしていたいつかに戻って笑いあった。
 その様子に我知らず目を細めていたエンカーは、三人に改めて問い直す。

「ラッド、カルロス、アレクサ。俺も総司令達もお前達の覚悟は知ったし、それは尊重する。だが、感心は『出来ない』。その意味、わかるな?」
「わかってるって!」
「無茶はしない。さっきので骨身に沁みたさ。でも、後悔はしないよ?」
「なら、俺から文句は無いさ…。そのかわり、お前らも文句言うなよ?」

 少し悲しそうに笑ったかと思えば、おどける彼の横で不思議そうに眺める視線が一つ。

「それ何だ?その、拳をバシーンバシーンとぶつけて…なんかの儀式か?」

 ホットロッドである。

「これは俺達の間の挨拶みたいなもんだよ。」
「じゃあ、俺も!」

 無邪気にホットロッドがブリッジに自分の拳を出す。しかしホットロッドの体長は10m近くあるのだ。その拳が目の前に出されるのは一種の壮観だ。子供達が小さく悲鳴を上げる。

「ホットロッド、自分のサイズ忘れてるぞ!」
「すまんすまん…。つい」

 エンカーのつっこみに、ホットロッドはたははと笑った。

「ホットロッド。」

 その彼をコンボイが呼び、自分の拳を差し出した。その意図を察したホットロッドもそれに応える。
 鋼鉄と鋼鉄のぶつかり合う音が響いた。

「うむ、こいつはいける!」

 ラチェットも加え、ラッド達に倣ってサイバトロンたちはお互いの拳を叩きあった。
 巨人の拳の叩きあいと言う壮観に、カルロスが短く口笛を吹く。そして、最後に三人はエンカーに拳を差し出した。疫病神は一瞬面食らう。

「ほら、エンカー。」
「え?」
「そうやってかっこつけて突っ立ってないで、お前も!」

 ホットロッドがじれったそうに急かす。
―ああ、とようやくエンカーは察し、自分も拳を返した。その顔には不器用で穏やかな笑顔があった。
 それが上っ面でなく心から笑顔であることを、ホットロッドは短い付き合いながら理解していた。

「よし、ここを我らの前線基地とする!」

 コンボイの宣言と共に、改めてサイバトロンたちの拳が重なる。

 戦いの初日は、こうして終了した。



[11491] おまけの幕間
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:1427b119
Date: 2009/12/03 04:01
ブリッジを中心に基地としての整備を続けていたある日のこと…。


その日。

コンボイ総司令官は途方に暮れていた。

ラチェット軍医は頭を抱えていた。

戦士ホットロッドは怒りを覚えるよりも困惑していた。

疫病神エンカーは前日のラチェットによる治療という名の説教地獄で精神が磨耗していた。

「…誤送…なのだろうな。」

「…と、思いたいですね。」

「…ってか、何でここにお歳暮が届くんだ?」

「爆発物、危険物の反応はありません。中身は鉄鋼とステルス剤のセット…本当にお歳暮ですよ、これ。」

原因はセイバートロンにある本部にしか通知していないはずのこの場所に届いた、一つの詰め折だった。と言っても、お歳暮仕様に飾り立てられたコンテナなのだが。

四人(と一羽)はそれを囲み、処分について検討していた

悪意が一切無い分ただのお歳暮ならば、むしろありがたく頂いていただろう。

問題はその発送先だった。

「…この場合、謹んで返送すべきなのだろうか?」

「…こちらの基地がばれている以上、下手したら星間戦争になりかねませんよ?」

「…そういう目で見られているって知ってたけど、凄いショックだよ俺。」

「御大将に送ってやろうにも、居場所がわかりませんからね。」

コンボイ総司令官は善悪の境に揺らいでいた。

ラチェット軍医はここの居場所を送り主にばらした奴を見つけ次第、小24時間問い詰めてやりたかった。

戦士ホットロッドはいっそ爆弾を送られた方がマシだと思った。

疫病神エンカーはデストロンの首領がこれを知ったら、さぞかし怒り狂うだろうと思った。

詰め折り、もといコンテナには、たどたどしい達筆の日本語とセイバートロン星の公用象形文字の両方で、間違いなくこう書かれていた。


『セイバートロン星人惑星攻略前線基地地球支部。セイバートロン進駐軍惑星攻略部隊一同様へ。

地球侵略異星人連合より』



「くれたわけだからもらっちゃいましょう。資材も心許無いし、向こうも気付いていないみたいだし…。」

「いや待て、エンカー!これは誠意の問題であって…。」

「総司令、むしろ我々の名誉の問題です!」

「そもそも、この星は銀河連合でも未確認じゃなかったのか?」

不毛な議論は紛糾したものの、結局その日の結論は出なかった。

そのため、コンテナは未開封のまま丁重に保管された。







余談だが…

後日、月に居を構えていたデストロンが総出でサイバトロン地球基地(仮)を攻略しに入ったとき。

このコンテナを発見したメガトロンは怒り狂ったらしい。



[11491] 女神の目
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:1427b119
Date: 2010/04/28 03:00
 ラッド達が家に帰ったのはその日の夕方近くで、ラッドの場合玄関では満面の笑みに青筋を浮かべた父が仁王立ちしていた。

「ラッド、まず何か言うことがあるんじゃないか?」
「ごめんなさい」

 地震のために心配になって家を見に来たらしい。当然、いつも以上に多い擦り傷の件も手伝っていつも以上に絞られた。そこの事情は他の二人も似たり寄ったりだった。
 いつものように散々叱られて、散々心配されて、両親に散々謝った後、一緒に夕飯を食べて、部屋に戻って、ベッドの上で泥のように寝てしまった。
 宇宙を股にかけた世界を出れば、待っていたのはいつもの日常だった。

 でも朝起きたら、外で自分の愛機になってくれたウィリーが待っていた。

――夢じゃなかった。

 ラッドはそれが嬉しかった。

/*/

 太陽が照り付ける午後、コスモスポートシティの大通り。
 メタリックディアブロブラックの車体に金のラインをあしらったカワサキTG‐RUN GPZ900Rが、爽快に駆け抜ける。
 それを操るライダーは愛車に合わせるかのごとく黒いライダースーツと黒地に金色の鴉のエンブレムをあしらったフルフェイスヘルメット。
 道行く住人から奇異と好奇の眼差しを受けながら、エンカーは改めてこの町はいい町だと実感した。最後に自分が見た「街」というものが瓦礫と化したものばかりだったことを差し引いてもだ。
 時折、通りの角から懐かしい人々が歩いてくるのではないかと錯覚しそうになる。だが、今自分は街の観光に来ているわけでもないし、過去の幻影を追っているわけでもない。
 住人の視線に混ざって、気に食わない視線を感じる。
 自分が「疫病神」になる前からずっと馴染み深い、監視の視線だ。

 ラッド達のHRはとっくに終わっている。急ぐわけではないが、のんびりできそうにもない。あの日の怪異を察して、企業のトラックに混じって偽装した武装車両が街中をうろついているのだ。
 エンカーは、まだ子供達の声で賑わう学び舎に進路を向けた。

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 ワックスで磨かれた床とシューズの靴底がこすれる音。軽快なドリブルの音。そして子供達の歓声が響き渡る。
 都市部のハイスクールの様に精力的な部活が無い街の体育館は、この日血気盛んなスポーツ部員たちでなく、備品のユニフォームに着替えた4人の少年と1人の少女の貸し切りだった。

「あの洞窟の奥には、一体何があるんだよ?」

「洞窟?何のこと?」

 問いつめるビリーのブロックを、ラッドは事も無げにかわしカルロスにパスを送る。ディフェンスを担当しているジムがここぞとばかり妨害するが、ボールを掴むはずの手は空を切り、額に激突して軽くのけぞった。
 地震があってから既に一週間近くが経過しようとしていた。地形隆起災害を想定した研究所の設備までが、一時とは言え一斉に沈黙したのだ。スポンサーや関連企業からの追及も含め、しばらく街は復興まで蜂の巣を突付いたような騒ぎになった。結局、失われたデータは殆ど無く、コンピューターたちの優秀さを証明したが、関係者である彼等の親たちもその騒ぎに借り出され、街には今も外の企業の車両が何度も出入りしている。そんな中できっと見落としていただろう微細な変化をジムとビリーは見逃さなかった。
 だから放課後、意気揚々と学校から出ようとするラッド達を捕まえて、彼らを問い詰める適当な口実としてチーム対抗戦を展開しているのだが…

「惚けたってムダだぜ?洞窟の前にお前の自転車置いてあるの、ちゃんと見てるんだからな!」
「へぇ、そりゃ初耳だ。その洞窟ってどこにあるのさ?」

 食い下がるビリーに、フットワーク同様のらりくらりとしらを切るラッド。

「知っているんだぞ!お前達が洞窟に出入りしていること。」
「だから初耳だって言ってるだろ?」

 ジムも食い下がるが、カルロスも徹底して惚けつつも猛然とダッシュしゴールの下に距離を詰める。ジムとビリーが食いつく前に、カルロスからノーマークだったアレクサへ。アレクサからゴール下のラッドへと渡る。
 流れるような連携の集大成のようなエアシュートが決まる。カルロスとアレクサは喝采を上げてラッドに走り寄った。

「お前もディフェンスくらいちゃんとしろよ?折角横に大きいんだから」
「僕もうやだ!」

 いいとこなしで、ジムは座り込んでいじけてしまった。その向こうで「俺達のチームワークばっちり!」とラッド達の三人は手を叩きあう。
それを横目にビリーは「ちぇ!」と舌打ちした。昨日の今日だってのに、いつの間に昔みたいに仲直りして。
 他のクラスメイトは最初こそ首を傾げていたが、彼ら三人の仲を知らないわけでもないので、いつものように仲直りしたものかと勝手に納得していたが、ジムとビリーは心当たりがあった。間違いなく、あの洞窟の中で何かあったのだ。

「地震があった時、僕たちあそこにいたんだぜ?」
「地震?地震なんてあったの?そんな記録、残っていないだろ。」
「けど、地震のせいで研究所の電源まで落ちたんだぜ?」

 更衣室で私服に着替え、廊下に出て帰り支度の間もビリーの追求は続く。しかし地震の話を出しても一向にボロを出さない。ちなみに、試合はいうまでも無くビリー達のボロ負け。まあ、チーム対抗とは言え2対3だから仕方ないと言えば仕方ないが。

「記録に残らないような軽い地震で、研究所のコンピューターは止まったりしないよな?」

 カルロスの言葉にラッドが頷いて肯定する。
「そうよ。」と、ちょうど女子更衣室から出てきたアレクサが裏づけを引き継いだ。

「仮に震災があっても、予備電源が働いて稼動する仕組みになっているんだから。」
「でも、本当に地震で止まったんだよ!ほんちょっとだけの間だけど…そうパパが言っていた。」

 反論するものの、ジムは何処までも自信がない。何のために自分の親父を引き出したのやらとビリーは片手で顔を覆った。もっとも、大人の言うことが全部正しいとは思わないが。

「じゃあ、他に原因があるんじゃないの?システムのバグとか」

 こうも理論武装されるとかえって自分達が間違っている気がしてきてしまい、二人は沈黙した。
 悔しいが、実際地震のデータは悉く消失している。観測する前に観測すべき機械たちが過負荷で一時停止してしまったからだ。証拠は殆ど残っていない。
 不承不承に体育館を出ると、駐輪場にラッドの自転車があった。しかし、よく見知った緑のマウンテンバイクではなかった。空色の、見たことの無いコイルや部品が装備されたピカピカのマウンテンバイクだった。
 「いつの間に」と思う前に二人は揃って口をあけて見とれていた。そんな彼らにラッドは得意そうに鼻を鳴らす。

「いいだろ?この前のが壊れちゃったからさ。パパに交換条件出して買ってもらったんだ。」
「いいなぁ!それ何処で買ったの?僕カタログ持っているけど、そんなかっこいいの見た事ないよ。」

 乗り物に目の無いジムは白を切り通された不満を忘れて目を輝かせた。

「そりゃカタログが旧いんだよ。」

 ウィーンと電動の発進音とともにボードに乗って来たのはカルロス。しかし、乗っているのは確かにボードではあるが、明らかにいつも乗り回していたものとは一線を画していた。
 市販のそれより2倍はあろう大きさ、それはまだいい。車輪が見当たらない。変わってあるのはラムジェットノズルに似た推進器のようなもの…。映画に出てきそうな近未来型ボードがそこにあった。

「お前のもかよ!?」
「へへーん!前より早く走れるよう、思い切って改造したんだ!ついでに色も塗り替えたんだぜ?」
「早く行こうぜ、カルロス。」

 先を行くラッドに急かされて「じゃあな」と一言残してカルロスは発進した。進路上の階段を『ふわりと』飛び越えて郊外への道へと走る。
 遺されたのはハイテンションな少年二人の笑い声と、羨ましさと悔しさ半々なのっぽと肥満児。

「くそう!何だってんだよ、あいつら。」
「ねぇ、ビリー。今あいつらが乗ってたの、おかしな動きしなかった?」

 癇癪を起こすビリーとは正反対に、ジムは乗機に注視し、そのありえない動きに気付いていたが「知るかよ!」と鼻息を荒くしたビリーに一蹴された。

「おい、もう一回発信機つけるぞ!今日こそあいつらの尻尾を掴んでやるんだ!」
「えー!?前のは結局回収できなかったんだよ?二個も無くなっていたら、今度こそパパにバレちゃうよ!」

 ぬうっとビリーが呻く。しかし、すぐににやりと笑い立ち直る。

「まあいいさ。あの洞窟の居場所は分かっているんだ。」
「ええ!また行くの!?」
「当然だろ!!」

 つい先日、本当に遭難した記憶は生々しい。当然ジムは嫌がるが、真相解明の気炎の燃えるビリーはもう止まらない。だから、彼らを後ろで見つめる二つの視線に気付かなかった。
 アレクサは裏に待たせているアーシーを迎えに行こうとした矢先で自分達を迎えに来たエンカーに会った。自分達が学校にいなかったので、ここまで探しに来たらしい。
 そして、お互いビリー達に気付かれないよう裏に回ろうとした時である。ラッド達がこれ見よがしに擬態したウィリー達を見せ付けていたのは。それだけならまだ構いはしないが、何も機能まで見せ付けることは無いだろうに…。ラッドとカルロスの馬鹿…。

「…アレクサ。あのノッポと太っちょの坊やは?」
「ああ、同じクラスの子よ。ノッポがビリーで、太っちょがジム。…って、ちょっと。何か物騒なこと考えてない?」

 黒いバイザーで顔半分を覆っていたが、アレクサにもわかるほどエンカーの目は冷ややかだった。その視線の先にあるのは、例の洞窟に行くか行かないかで揉める二人だった。

「別に…ただ感心『しねぇ』なぁ~と思っただけさ。」

そうつまらなそうに言って、さっさと彼は体育館の裏に向かった。心なしか肩が少し怒っている。

「全く…お子ちゃまがこんなもんで遊ぶんじゃねぇっての…」

/*/

 大通りでラッドとカルロスはしてやったりと大笑いしていた。

「ラッド!見たかよあいつらの顔ときたら」
「ああ、おっかしいったらありゃしない!」

 その間をアーシーに乗ったアレクサが猛然と追い上げて割り込む。

「ちょっとあんた達、何あんな目立つことやってんのよ!?折角みんなで内緒にしたのに。」
「いいだろ?あれくらい。」
「そうそう、固いこと言うなよ?」
「ただ固いだけなら良かったんだがな。」

 うなりを上げるカウルとK-FACTORYマフラーの音と共に、ラッドの横につくのは黒いフルチューンカスタムニンジャ。ジムが目にしたらそれこそ涎を垂らしてはしゃいだことだろう。こんなものに乗って自分達に声をかけるのは一人しかいない。

「それ、どういう意味?」
「今日はいい報せと悪い報せを両方持ってきた。っとその前に…」

 おもむろに胸ポケットから何か取り出し、それをラッドに投げ渡した。見れば、小型電池に見えなくも無い黒い金属物体。

「指向性GPS内蔵の発信機。お前の先代相棒のケツにくっついていた。心配するな、もう機能してはいない。」

 はっとアレクサが口を開ける。

「ビリーとジムだわ!」

 何やら納得したアレクサだったが、ラッドとカルロスは先ほどと打って変ってげんなりしていた。偶然だと思っていたが、そういうことだったのか。
まあ、この発信機はあいつらに対する切り札に取っておこう。

「しばらく食いついてくるぞ。俺の名に賭けてあいつらをうっかり基地に入れるへまはしねぇ。お前達も抜かるなよ?」
「僕たちも両親の名にかけて。…ところで報せって?」
「どっちから聞きたい?」

 最初会った時はともかく、やはりこの男は意地が悪い。

「天国から地獄なんてごめんだね。逆の方が断然いい。」
「もう知っていると思うが、一昨日から業者に混じって軍人が動き回っている。裏山はもちろん、外から来た奴は徹底的に調べられているとこだ。俺もさっき撒いてきた。もしかすると、お前達の家まで上がりこんでくるかもしれん。基地に着いたら、万が一の連絡手段も渡すから心構えだけはしておいてくれ。」
「うわぁ、まるでスパイ映画の展開だ。」
「街の外で信号を感知できた公共機関があったのかもしれない。いずれにせよ、気をつけてくれ。現実のプロ相手じゃ、〈007〉みたいな痛快な展開とハッピーエンドは期待できそうに無い。」
「いい報せは?」

「よくぞ聞いてくれた。」とエンカーは得意げに笑った。

「基地の整備がほぼ完了した。実態は着いてからのお楽しみだ。」

/*/

「無い!」

 以前入った洞窟の『あった』場所でビリーは呆然としていた。
 あの時は確かにあった。ほうほうの呈で帰路に着いたときもちゃんとあった。だが、目の前にあるのは只の岩壁だった。
 埋め立てるなんて話は聞いてないし、埋め立てたとしても重機のキャタピラの跡も無い。本当に最初から無かったように、洞窟の入り口は消えていた。ラッド達の仕業かと思ったが、すぐにそれは無いと思った。あいつらには不可能だ。

「ビリー!こないだの何かが大暴れした跡も無くなっている!」

 他の出口を探していたジムにうながされて荒野を見渡せば、いつものまっ平ら赤茶色の大地がそこにあった。まるで昨日の事が幻だったと言わんばかりに。

「どうなっているんだ。一体…?」

 二人はただ呆然とし、途方に暮れていた。

/*/

「うわ、すっげぇ!?」

 ビリーとジムが呆然としている頃、改めて整備された基地の中でカルロスは歓声をあげた。

「ラチェットのとっつぁんが使いやすいよう整備したんだぜ?」

 我がことのように語るホットロッドの言葉に、彼の父親代わりでもあるラチェットが頷く。もちろん擬似物質化したメットール達に手伝ってもらったりしたが。

「すっげぇー…」

 先ほどと同じ言葉に感動と感嘆をこめてカルロスは感動した。この医療ロボットは技術者としても一流らしい。

「カルロス、あんたってばいつも『すげぇ』ばっかね…。」
「だって、すげぇもんはすげぇだろ?」

 アレクサは友人の語彙の少なさに呆れるが、カルロスはあくまで無邪気だ。

「他にも言い方があるだろ?『Cool!』とか『最高!』とか…。」
「それってあんま変わんないじゃん。」

 ウィリーと共にエレベーターで艦橋に上がっていたラッドが茶化す。
 サイバトロンも全員集まっているが、エンカーの姿は無い。
 彼は途中でまっすぐ洞窟に向かう自分達と別れた。その際、彼の指示通りに遠目では下校途中の小学生に落し物を届けたライダーという設定で、不自然無い様分かれたが、別の道へ入って行った彼の後を見慣れないバンが続いたのを見たとき不安を禁じえなかった。 自分が本当に無関係なら「ここじゃ見慣れないバンだなぁ?」程度にしか思わなかったろう。エンカーは「すぐに基地に戻る。」と言ってはいたが…。
 その時コンボイが彼を呼んだ。

「ラッド、君たちに渡したいものがある。」

 ふわりとラチェットの手から何かが飛び出した。それはラッド達の基準から見ても小さく、翼らしいもので飛行していた。一瞬グロリアかと思ったが、ラッドの頭上で自己紹介するように一旋回した時、可能な限り鴉に似せた「グロリア」とは逆のコンセプトの鳥形メカノイドだとわかった。色も白ではなく明るいオレンジのそれはそのままアレクサの手の上に舞い降りた。そして間接を自ら折りたたみ、彼女の手の中に納まるサイズの箱になる。

「何これ?かわいい!」
「〈サイバーホーク〉だ。グロリアを参考にして作った偵察用メカニロイドで、お前達を守ってくれる。」

 ラチェットの器用の幅に驚嘆しながら、言葉の意味を察してラッドは顔を輝かせた。

「僕達が手伝うことを認めてくれるんですね!」
「必ずしもそうではない。戦闘になったら、すぐ後方にさがってもらう。」

 コンボイは真剣に応えた。
 実はウィリー達から、ジョルトの様な火器を持たない自分達ではラッド達を守るにも彼らを乗せて脅威から離れる程度しかできないから、少しでも脅威を「退ける」ための手段になるものが欲しいと要請されたのだ。
 直接火器を取り付ける、あるいは持たすわけにもいかず、かと言ってエンカーとウィルス達にばかり頼るわけにもいかない。
 そこで相談に応じたのがラチェットというわけである。

「ありがとうございます!」

 そんな経緯を察してか知らずか、少年と少女は自分が認められたことを素直に喜んだ。
 コンボイたちの聴覚に通信が入った。続いて最近聞きなれたエンジン音が飛び込む。「帰ってきたか。」とラチェットがぽつりと呟いた。

〈遅くなりました。表の荒野に災害研究チームに混ざって国防省の車が3台、所属不明の装甲バンが5台。裏の森では放射能探知機とサブマシンガン持ったのが2小隊。ちなみに街中でストーキングしてきやがった2台は撒いてきました。〉

―随分大事になってしまっているな。

 コンボイはため息に似た電子的反応を起こした。子供達を不安にさせないために、こちらもデジタル通信で応答する。

〈ご苦労だった。そのままグロリアとブリーティングルームに来てくれ。今からラッド達をコントロールルームに案内するところだ。〉

 ナノ秒単位の通信を終え、しばらくするとバイクに乗ったままのエンカーが入ってきた。肩にはグロリアが止まっている。

「サイバーホーク、気に入ってもらえたみたいだな。」
「あ、エンカー。うまく撒けた?」

 心配していた子供達がわらわら駆け寄るが、エンカーは事も無いと笑顔で答えた。
 サイバーホークのビーグルモードは通信機兼スタンガンにもなると説明を受けているときに、唐突に鋭いアラームが基地の中に響き渡る。
 ラッドは敵襲なのかと思ったが、ウィリーがすぐにそうではないと告げた。マイクロンの信号である。

「早速、どこかでマイクロンが目覚めたようだ。コントロールルームに急ごう。」

 案内するところでちょうどよかったとコンボイは総員を促し、奥に入っていく。
その足元を子供達とマイクロンが自分の足で追いかけた。エンカーにいたってはバイクに乗ったままだが。

「何が始まるの?」

 カルロスの問いにホットロッドは、満足げに笑った。

「言ったろ?ラチェットのとっつぁんが使いやすいようにしたって。まあとにかくついて来な。」

/*/

 エレベーターを降りていたタイムロスのため、ラッドとウィリーは一足遅れで件のコントロールルームに辿りついた。そこでまたその壮大さとセイバートロンの技術力の高さに改めて驚愕し言葉を失った。
 先に着いたアレクサとカルロスもその世界に目を見張り、輝かせている。
 多くのモニターとコンソールの上で、三次元映像の地球儀とグラフ、パラメーターがリアルタイムでセンサーから送られてくる情報と数値を報告していた。
 もともと船の操舵室でもあったこの部屋のシステムを復旧させて、更にマイクロンの覚醒信号を感知できるセンサーを取り付けた。あとはエンカーが街の近くのWi-Fiアクセスポイントにアクセスして、インターネットの中から可能な限り吸収したデータをPETを介してシステムにダウンロードしたものだ。
 中央の一際大きなモニターに浮かぶ3D地球儀。ゆっくり回転する立体地図は驚くほど詳細だ。その意味するところは明白だった。その北アメリカ大陸、合衆国の南西部にあたるところに一個の光点がある。
 ラチェットとエンカーがそれぞれコンソールのパネルを操作しながら、

「ワールドマップのダウンロード、本番でもうまくいったな。」
「発信源の特定をする。そっちは周辺地理のデータ検出を頼む。」

 「あいよ。」とエンカーが3Dパネルを流れるように操作すると、球体が一旦光の粒子として霧散し、不定形な水面から周りを陸地に囲まれた険しく雄大な峡谷が立ち並ぶ立体映像へと再構築された。

「ラッド…これって」
「ああ、コロラドのビックキャニオンだ…。」

 まだ小さい頃、連休の前夜なのをいいことに、父に寝ている間車に詰め込まれて連れて行かれたっけ。行きと帰りともに野宿しながら。
 そんなちょっと苦い記憶を思い出しながら、ラッドは呟いた。
 立体地図を操作する傍らこの会話を聞いていたエンカーは、前いたところじゃグランドキャニオンだったなと改めてここが近い並行世界であると再認識していた。どうでもいい話だが。
 ただ両者の認識としては、いきなり厄介なところに出たと言うことだ。

「駄目です。信号が微弱すぎて発信源を絞り込めません。範囲までは特定できますが…。」
ラチェットが操作の手を止めてうなった。
「ふむ、現地で手分けして探すしかないか…。」
「幸い、観光コースから大分離れています。ネリス基地のレーダーに気をつけさえすれば、捜索に問題はありませんよ。」

 早速国立公園の監視員巡回マップを検索していたエンカーが報告する。それを聞いたコンボイの決断は早かった。

「よし、ならば今すぐ出発しよう。行くぞ!」

 その命令に従い、すばやくサイバトロン達はルームの奥に設置されたエレベーターに駆け込んでいく。当然アレクサとカルロスは意気込み勇んで続いた。ラッドはぎょっとした。

「え?ちょっと待ってよ!!」
「何やってんだよ、ラッド。早く早く!」

 「いやだから待てったら」と叫んだが、二人は聞いてもいない。コンボイ達も分かっているのか?いや、気付いていないのか?
エンカーは…生暖かい笑顔で手招きしている。確信犯だ。

―せめて気付いてくれ友よ。ここからビックキャニオンまで車で丸一日かかるんだぞ!?

/*/

 ネメシスからマイクロンの覚醒反応をキャッチしたという報告を受けている間、デストロン前線基地月支部(仮)では局地的にギクシャクした空気が流れていた。
 メガトロンはバレルとともに冷静に報告を受けていた。反応が微弱すぎるので範囲の絞込みしかできなかったと聞いても責めはしなかった。かわりに、こちらがいつでもショートワープできるよう準備させ、パネルはサイバトロンたちに探させる旨を伝えた。
 サンドストームはマイクロン・キャノンと言う相棒を手に入れて、早く戦場でその能力を試したかった。そのためお預けを食らうのは少々不満だが、奴らから横取りするというのは悪くないと思った。どの道自分達の本分はあくまで戦闘であって、物探しではない。
 アイアンハイドもサンドストームの意見には同意していたが、正直自分のパートナーに任命されたマイクロン・サーチの本領を今回実践できないのは残念だった。
とは言え、サーチとなったパネルを取ってきたフレンジーにうっかり「いや…お前もマイクロンだろ?」と真顔で失言してしまい、危うく腑分けにされそうになったりしたがそこは割愛。
 結局メガトロンがパネルにエネルギーを送って覚醒させることから、ネメシスの提案で覚醒したマイクロンの能力を検証してから、誰がパートナーになるかを決めることになった。
 そうして覚醒したのが探索能力に特化したマイクロン・サーチである。
 それこそ特殊破壊工作兵のフレンジーにお誂えむきかと思われたが、メガトロンは自分のボディガードを兼ねているアイアンハイドに任命した。ただし、必要に応じて空中や地球人の市内を偵察のために同僚に貸し出すようにということ。すりこみ現象に関しては、主はメガトロン、パートナーはアイアンハイド、時折ネメシスがメンタル面のケアを担当という事で解決を見た。
 しかし、

〈もし地上での作戦行動中にメガトロン卿が行方不明になるような事態が起きたら、マイクロン・サーチとともに率先して現地で捜査してくださいね?アイアンハイド破壊兵。〉

 『あの』ネメシスが猫なで声で「お願い」してきたときは、何故フレンジーが不承不承ながらも引き下がったか理解した。いや、理解してしまった。
 そんなわけでアイアンハイドは、マイクロン・サーチは最高のパートナーだと自負できるが、その嵐のような経緯については素直に喜べないのであった。
 フレンジーは言わずともがな、「俺が取ってきたのに…」とネメシスのデッキでしばらくぶつくされていた。
 バリケードは相変わらずで、自分はいまだ得体の知れないマイクロンよりネメシスのサポートを信じるとの事。
 スタースクリームは相性の問題で納得こそしたが、今回すぐに出動しないと聞いて焦った。
 サイバトロンの総司令とその補佐、たった一人で一個連隊相当の戦力を発揮する疫病神を相手に無駄な消耗を避けるためなのはわかっている。しかし、何分この航空参謀は陣営の中でも力に対する執着が強かった。
 マイクロンの力は間違いなく自分より格下であった者の力を底上げしている。自分がそれを手に入れればメガトロンに追髄することも可能だ。あの裏切り者を叩きのめすのも夢ではない。相性の問題で確率の低い話だが、だからこそわずかな可能性でも逃したくはなかった。
 予想通り現地へとショートワープしたサイバトロン達。その様子をリアルタイムで捉えた航空映像モニターを前に、何とか出撃すべきと進言したが当然却下され、挙句たしなめられた。しまいにはサンドストームに茶化される始末。
逸る思惑が現実に対しての苛立ちを更に募らせた。

〈発信源周辺の防衛機関施設より戦闘機二機の発進を確認。モニターに回します。〉

 ホールに設置されたもう一つのモニターに映し出される(彼の基準から見て)のろのろと空を飛ぶ地球人の黒い航空戦闘機。自分がスキャンしたF-22であるが、脆弱な有機生命体が乗っている所為で本来の性能を発揮しきれてすらいない。所詮道具とは言え可哀相になってくる。
 ルート計算では進路はマイクロン反応のあった現地上空らしいが、そんなつまらんものはどうでもいい。マイクロンパネルはどこだ。
 メガトロンもそれは同じで「捨て置け。」とそっけなく言った。
 しばらくして、ネメシスの視覚センサーが未確認の飛行物体を確認したということで、また一機の戦闘機が高解像度で映し出された。見覚えは無い。記憶回路に検索をかけたが、ネメシスが吸い上げてきた地球の防衛機関の情報には無い形だ。
青い惑星の昼側、高高度にきらりと輝く銀色に深い青ラインの機体。双垂直尾翼。F-22と同じく重力制御しない、空力だけを制御している航空機だ。だが、危うい美しさがあった。
 それが二機のラプターにエスコートされる形でサイバトロンのいる渓谷に向かっていく。

〈地球人の強攻戦闘機か、偵察機でしょう。該当データ、無し。地球上の防衛機関の最新型か、非公式の装備かと思われます。〉

 興味なさ気だったメガトロンがわずかながら反応した。

「…アルクトスの敗残兵どもという可能性は?」

〈内蔵されているコンピューターと機体構造などの設計において、わずかながら共通した項目を確認できました。しかし素材、製造手段はまったく異質のものです。少なくとも、アルクトス起源のものではありません。〉

「解析と監視を続けろ。サイバトロンもだが、見失うな。何としてでも正体を突き止めろ。我々の脅威になる可能性があるかどうかも含めてな。」

〈了解。〉

 スタースクリームも我知らず興味を惹かれていた。

〈機体のパーソナルネームを解読。B-707、「アステリア」。〉

―あいつはかなり速い。

/*/

 元地球防衛軍フェアリィ空軍、並びにGEAR第5特殊飛行戦隊所属のフライトオフィサ、高山晃准尉はコックピットの外を見る。晴れ渡る青空と、眼下に広がる赤茶色のアリゾナの大地。そして、隣で並走する黒いラプター。
先行するネリス基地のF-22に左右をはさまれる形で、特殊戦7番機アステリアはショートワープ反応のあったビックキャニオンに向けて進行中だった。
 日本にある本部から彼女とパイロットに課せられた任務は、反応のあった地点の偵察と情報収集。その際現場に近いネリス基地の誘導に従うこと。そして何があっても必ず情報を収集して帰還すること。以上である。
 でも、これじゃ自分達が監視されているみたいだわ。
 晃はそう思う。

〈実際その通りでしょう、高山准尉。先日のハッキングの事後処理がすんでいないとは言え、今回我々が介入するに足る材料が乏しいのですから。あとはネリス基地の面子の問題です。〉

 彼女の心情を察して、アステリアは音声出力で話し出す。声は単調ながらもガラスのように澄んだ女性のものだ。
 惑星フェアリィへの超空間通路が閉じて10年経った今、「ジャム」のような敵対する「異星体」がいない地球防衛軍は厄介なお荷物集団というところだ。末期に消耗戦が続いたため、社会不適合者ばかりが戦線に配備されたのが大きな原因でもあるが。しかし、人類の技術を結集した技術力は侮れない。公式では最強の戦闘機となっている純粋戦闘用のF-22でさえ、戦術管制機であるアステリアの半出力の加速に追いつくことすら出来ないのだ。
 そんな残存兵力をどの国が管轄するかでもめていた時に発足したのが、防衛軍の強力なスポンサーが提唱した組織GEARである。
 パイロットの深海零中尉も地球に帰っても居場所がなかった1人だ。彼は、先ほどネリス基地のパイロット達に定例どおりの通信を交わしてから一言も喋っていない。発進前からもだ。
 彼が現状にどう思っているのか聞いてみたい気がしたが、彼の周りの空気がそれを拒絶していた。

 すなわち、「興味が無い。」

 晃は小さくため息をついた。

〈目標地点ビックキャニオン国立公園上空まで、あと10キロ地点に到達。これより友軍機の誘導に従い通常形態に移行します。〉

 前方に赤い太古の峡谷が広がる。コロラド高原だ。F-22のパイロットに感謝の通信を送る。

「〈ガルファ〉じゃないといいね。」
〈私は敵性でなければ問題ありません。〉

 人間と戦闘機AIのやり取りを背中で黙って聞いていた零は、ぽつりと呟いた。

「何もなければ、それに越したことはないと思うぞ。」

 その頃、宇宙では彼の言葉をあざ笑うかのような事態が観測されていた。

/*/

 木星の衛星軌道上を周回している偵察衛星「ヘカテ―M45」は、視覚センサーを最大望遠にして暗黒の宇宙の向こうをじっと見据えていた。
 その先には、星や銀河の輝きにはありえない人工的な光がいくつもあった。しかも明滅している。徐々にそれは地球に進路を向けて移動していた。
 やがてそれは「ヘカテ」の視覚センサーでも全体像が把握できるほど近づいてきた。
 もし、その場でそれを見た人間がいたら、赤い釘のように見えただろう。あるいは捩れた機械の毒花か。
 いずれにせよ、山のようなその威容には不吉なものが漂っていた。実際、それは大地に打ち込まれる楔であり、敵の蹂躙と殲滅のための要塞でもあった。
 それは間違いなく、そして正確に地球を目指す。凝視し、解析するちっぽけな偵察衛星に目もくれず。未知の推進器によってただひたすら突き進む。

 ヘカテはすぐさま地球に、今自分が見ているものとその解析結果をナノ秒単位でまとめ、地球に送信した。

―木星宙域にて未確認飛行物体の移動を確認。識別「ガルファ」―タイプ「螺旋城」。
最終到達地点、99.8%の確率で地球。到達予想時刻、約121時間後。



[11491] 赤い大地と妖精の舞う青空(前編)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:1427b119
Date: 2010/04/30 01:33
 デストロン達が月面基地(仮)のブリーティングルームでサイバトロン達の動向を窺っている間、マイクロン・バレルはネメシスの広い通路を歩いていた。
 首領の専属マイクロンという立場もあって、作戦活動以外ではそれなりの自由行動が許されていた。
 そこで彼が最初に始めたことが冒険であった。
 マイクロンシップの中は400万年前の昔に熟知している。以前はパネル化されて押し込められたところを好き勝手歩き回れるだけでも楽しかったが、やはりすぐに飽きてしまった。
 不毛の月面はもちろん論外。マイクロン・サーチもマイクロン・クラッシュも今はパートナーとの相互理解に時間を使っている。自分もそうだったから、それを無下にさせてまで連れて行く気はなかったし、だからと言って無為な一人歩きを楽しむほどバレルは優雅じゃない。
 そんなわけで始めたのがネメシスの艦内制覇であった。もちろん占拠のことではない。
 最初からマイクロンの世話役を買って出ていたネメシスは、重要な部分への接触や発砲の禁止を条件にすぐに受け入れてくれた。
 艦内ならば手許も同然だし、何かあればすぐ対処できる。作戦が始まれば転送してもらえばいいのだ。
 最初は羽目を外して色々触りまくって、落とし穴やら内部防衛レーザーのお仕置きを食らうのが常々だったが、ようやく危険と安全の区別がついてきた。そうして 今回、彼は悠々と未踏のブロックへ足を運ぶことにした。
 照明は薄かった。ネメシス自身、あまり使わないと説明していたブロックだ。
 薄明が天井の高い廊下を満たし、機能のみを追及した無機質な光沢が更に冷たさを帯びる。その先に何が見れるかという期待を胸にバレルは歩を進めた。
 大丈夫、ここはネメシス(味方)の中だ。何かあっても彼女が助けてくれる。

 そうした安心が、大きな油断に直結した。

 十字路を曲がろうとするのと「そいつ」と目が合ったのはほぼ同時だった。
ほんの一瞬だったが、(これはかなり後で得た知識だが)「蝙蝠」という地球の黒い有翼原住生物がその翼をめいいっぱい広げたようなデザインの頭部。口元から下をすっぽりと覆うよう纏った襤褸切れ。そして何よりも――その目。
 赤く、紅く、だが闇より昏い。そして何よりその奥に、虚無が燃えていた。
 よく似た目を、バレルは知っていた。400万年前と、そして最近見た。
 ネメシスが半ば悲鳴のように警告を発したのがわかったが、反応が遅れた。いや、「そいつ」の手が圧倒的に早かった。驚愕することも抵抗することもできず、頭部を鷲掴みにされる。
 覚悟していた握力の圧迫は来なかった。あくまで虚像の腕が、音も無くバレルの頭の中に侵入した。傍から見れば、バレルの頭に「そいつ」の腕が刺さっているという奇妙な光景だ。
 バレルは「そいつ」が何を目的として自分に接触したのかわかった。だが、動かなかった。動けなかった。動けばこいつは間違いなく「死神」然として自分の存在を終わらせることが可能だと本能的に察したからだ。
 「そいつ」は自分の中央論理回路に直接アクセスをかけていた。―否、「アクセス」という優しいものではない。これは間違いなく「侵入」であった。目標は記憶野。
 淡々と死神の作業は続く。
 瞬く間に蓄積されていた記憶が―記憶野に刻み込まれた自らの「歴史」が開かれ、読み取られてゆく。

 400万年ぶりに再開された闘争。400万年ぶりの覚醒と再会。
 辿りついた未知の惑星とその衛星。
 偽善と夢想に取り憑かれた同胞による裏切りと、その協力者によって望まぬ眠りを強いられた屈辱。
 闘争と抗争と破壊と荒廃と腐敗と略奪と侵略と蹂躙と虐殺と殺戮と屠殺と殲滅と悲鳴と悲嘆と怒号と凶笑と狂気と欲望と絶望と憎悪と業火と銃声と爆音と死と残骸と塵芥。
 自分を見出し、自分が認めた主。破壊大帝メガトロン。
 最初の覚醒。
 そして―――――――――――――。

 ノイズ。

 読み取られ、逆行していた記憶は最後で暗転した。それが「どれくらい昔」の記憶かバレルにもわからない。
 アクセス―エラー。解析―エラー。検索情報―無し。そこから先はすっぽりと空白で、―――虚無だけだった。
 自分の―虫食いだらけの記憶を読み取っていた「そいつ」は忌々しそうに目尻を歪めた。

―――コロサレル…。

 バレルは戦慄し、今度こそ覚悟を決めた。
 しかし、天井のどこからか飛び降りた銀色のディスク弾によって「そいつ」はその手に力を込めることはできず、素早くアクセスを切ってバレルから距離を取った。襲撃者はすぐに姿を現した。
 フレンジーである。
 天井に張り巡らされたパイプから自分と黒い死神の間に着地し、威嚇するように機関銃を展開し、死神に照準する。

「そこまでにしな。鬼ッ子。」

 別の方向から低い電子音声が響いた。冷徹な声とは正反対に凶戦士と表現できる黒い巨体―ブラスターを構えたバリケードである。

「軒が有り余っているから居座るだけなら黙っていてやるが、あんまり悪戯が過ぎるならこっちも考えるぞ?」
「おい相棒!今度こそこのAIもどき再起不能のデリードでいいよなぁ?何しろメガトロン様のバレル様に手ぇ出しちまったんだしよぉ?クキャコカカカカ!!」

 無表情ながらもどこまでも冷徹な声音と狂った笑い。その間にあって死神はつまらないものを見るような目で両者を一瞥した。

「お前の相棒は大したもんだがな…ネメシスを舐めるな。」

 それを聞いた死神が目を細める。少しだけ不機嫌そうに、死神は亡霊のように姿を消した。

「けっ!つまんねぇ奴!」

 張り詰めた空気が霧散し、機関銃を収めながらフレンジーは虚空に吐き捨てる。 バリケードはブラスターを下ろし、デジタル通信にしばらく耳を傾けていた。そして半分呆れと残り安堵の表情を一瞬だけ浮かべた。

「なんて?」
「『つまらん』からまた寝たとさ」
「おいネメシス。あの鬼ッ子どものいるエリアの回線開けろ。特性ウィルスぶち込んでやっから。」
〈フレンジー。私の内部には変わりません。〉
「ネメシス、奴がマイクロンに何をしたかわかるか?」
〈メモリーデータへの侵入と読み取りを行っていました。でも、この様子だと肝心の情報は得られなかったようですね。〉

 その通りだ。それ以外自分の機能は驚くことに内外共に無傷だった。

「理由作る前に先を越されたってわけだな。だが、いつまでも火遊びは感心しねぇぞ?艦がやられたら部隊は孤立する。」
〈私の500万年が、50億人分の遺伝子情報に負けるとでも?〉

「まさか」とバリケードは笑い飛ばす。

「それでも念には念だ。それにお前は小さい者に寛容すぎるところがある。」

 ビーグルモードに変形するとドアを開けてバレルに乗るよう促した。精神的に疲れきったバレルは素直にそれに従った。助手席にフレンジーが座った。そしてバリケードは管制室に向かって発進した。

「首領には内緒な。下手するとネメシスが危ない。」

 ブリッジに着くとバリケードはそう言い含めた。
 主の部下の言うこと聞く理由は無かったが、それは確かに困る。バレルはそう判断し、承知した。
 だが、「あいつ」のことは決して忘れまい。いや、どんなことがあっても忘れることは出来まい。

 破壊大帝メガトロンと同じ目をした者が、この世に二人もいたなど。

/*/

 晴れ渡る青い空とは真逆に、大地には紅い峡谷が悠々と連なっている。
 コロラド川の万年単位の浸食によって削られ続けた高原は、先カンブリア時代からペルム紀までの地層をその岩肌に曝け出し、大地の歴史を綴ってきた。
 物言わぬ太古の証人は合衆国初期の国立公園にして世界遺産でもある。
 そんなビッグキャニオンのど真ん中で、オレンジ色のバリアジャケットを着たラッドは擬似物質化したメットールとともに座り込んでいた。時折ため息が出る。
 コスモスポートシティから丸一日かかるはずの行程は、ショートワープ装置により一瞬に短縮された。ラッドの心配は杞憂に終わったのだ。
 もっとも、トラックに変形してしまったコンボイにさっさと乗り込んだカルロスとアレクサは、本当に一日かかる行程のことを完全に忘れていた。ワープ直前に指摘されてやっと慌てだす始末である。
 ラチェットに乗り込んでいたエンカーはそれを横に、始終ニヤついていた。絶対確信犯だ。

「本当にいい性格してるよ、お前…」

 着いた直後、呆れるホットロッドの言葉には全員が同意した。
 現在コンボイたちは手分けして周辺の捜索に当たっている。
 アレクサはホットロッドに、カルロスはラチェットに乗り込んで共に行ってしまった。父から大自然を探索する際、丸腰の身一つなど言語道断と叩き込まれていた ラッドはコンボイに乗り込むべきだったが、ウィリー達に先を越されてしまった。

「やっぱり慎重すぎるのがいけないのかな…?」

 残るはエンカーのRUNのシートに乗るという選択肢があったが、丁重に断った。あくまでアレクサとカルロスからの証言と、横で見ていての感想からだが…エンカーは運転が少々荒っぽいのだ。ちなみにジョルトとフックはそれぞれ変形してパートナーに文字通りくっついていった。
 結局ラッドは出発地点に残ることになった。降下してきたデストロンと遭遇した際、人質にされることを警戒したエンカーが、メットールを一体擬似物質化させて護衛に付けてくれた。おかげで寂しい思いだけはせずに済んでいる。

「よくよく考えるとすごい技術だよな。」

 ラッドは工業用ヘルメットを被った一頭身のボディガードの頭をペタペタ触る。
 コンピューターの中の架空存在を現実世界で擬似物質化させる技術。最初はセイバートロン星の技術だと思っていたが、全く違うらしい。コンボイたちに確認済みだ。
 初日、エンカーを好奇心のまま質問攻めして大体のところは説明してもらった。

 「ディメンショナルコア(DC)」と呼ばれる電子情報をインプットした元素を生成する「ディメンショナルジェネレーター(DG)」を通して、家庭用ゲーム機のコントローラーに液晶をつけたような情報端末機「PET」(Personal-Terminal)の中にインプットされている範囲の任意のデータを擬似物質化させる技術。
ゲームキャラクターのようなウィルス達を召喚したり、武器を変化させたりするのは基本中の基本で、「クロスフュージョン」は、その発展系である。
 本来は「ナビ」と呼ばれる擬似人格AI(エージェントのようなもの?)がPETの中にスルットルインされた「シンクロチップ」を介してシンクロ率の高い生身のオペレーターを基に融合、擬似物質化させる技術。だが、生身で無いエンカーの場合はナビであるグロリア(普段は鴉型ロボットの中にいてもらっている)と融合、擬似物質化させるらしい。どちらかと言えばやはり「変身」に近い。
もしかするとあの姿こそが彼の真の姿かもしれない。
敵は彼の頭を吹き飛ばすかMDGを完全破壊しない限り、勝算は無いわけだ。しかし、そのためのエネルギーはどこから引っ張り出しているのだろうか?もはやデタラメだ。
 草木もまばらな峡谷の中、炎天下の下で大地は陽炎に揺らめく。
すごいというならもう一つ。やはりセイバートロンの科学技術だ。
照り付ける太陽の下で座り込んで、殆ど汗をかかずに済んでいるのは、出発前に装着したラチェット製のオレンジ色のバリアジャケットのおかげだ。まだ行ってはいないが、大抵の極地気候でも問題なく行動できるようなるそうだ。しかし、着替えるのでなく床のパネルを踏むだけで装着できるというのがまたすごい。
 装着の過程と原理は、粒子が収束して服という形で物質化するものだから、エンカーの変身に似ていなくも無い。何となく、憧れていたディスカバリー号乗員のジャケットに似ていなくも無いので心持嬉しかった。
 ぼんやりと出発前のことに思いを馳せていると、ホットロッドとアレクサが戻ってきた。なんだか浮かない顔だ。

「どうしたの?アレクサ。見つからなかった?」
「それもあるんだけど、ここの地理はホットロッドじゃあまり役に立たないみたいなのよね…。」
「口の悪い子だなぁ~。」

 アレクサの衣着せぬ言葉にホットロッドは抗議した。
 つまり、スポーカーをトランススキャンしたホットロッドは、そのタイヤの仕様と車高までスキャンしてしまっていたのである。耐久性は間違いなく通常のカマロなど及びもつかないが、悪路を難なく走破するほど構造上便利ではなかったのだ。
オフロードのSUV型救急車、ラチェットに乗ったカルロスはある意味賢明というわけだ。
「シートベルトの重要性を身を持って思い知ったわ。」とアレクサは語る。

〈おいおい、俺が何のために世界中の地図と言う地図を検索して収集したと思っているんだ?ホットロッド。おーい、アレクサにラッド。聞こえるか?〉

 ホットロッドのステレオから音声出力でエンカーが割り込んだ。

「聞こえてるわ、そっちは見つかったの?」
〈グロリアによれば、上空からは全く。今一縷の望みをかけて二次元的に探し回っているところだ。地中は擬似物質化させたモモグラン8体に任せている。〉
「そっか、この間みたいに埋まってかもしれないんだね。」

 モモグランとはモグラ(モール)を模したウィルスで、その姿から分かるように見えない地面を掘るのに適した種類だ。電脳世界では感染すると、モニター上では一見問題はないが、内部機能は悉く穴だらけになっているという悪質な部類に入る。 最初見たときはシャベルをもってドジョウ髭を生やして実にコミカルで笑ったが、攻撃方法は手に持ったシャベルという実に生々しいものだった。

「あー…こういう時のためにグラップと出たはずなのに…。」

 擬態したままホットロッドは天を仰ぐような声を上げた。

〈嘆いても仕方ないさ。そこはおやっさんの無事を信じるしかないよ。今はこの国立公園を穴ぼこだらけにしないで済むことを祈ろうぜ?ああ、そうだ。アレクサ、何か携帯端末みたいなのを持ってなかったか?〉
「スマートフォンなら持っているけど…」

 果てしなく儚い望みを口にしながら、エンカーはアレクサがピンクのスマートフォンを持っていることを思い出した。

〈それに標高マップを転送するから、そっちで高さと崖を除外して、ホットロッドのルート作成をしてくれ。悪路はラチェットの方でカバーするから〉

 ああ、そうか。とアレクサが理解したときに通信機の向こうで聞き覚えのある喝采が聞こえた。カルロスだ。

「もしかして、ラチェットとも中継してる?」
〈まあな。繋ぐか?〉

/*/

 如何なる悪条件の中でも患者の下に駆けつけることを重きに置いたSUV型救急車は、ビッグキャニオンの道なき道でその能力をいかんなく発揮していた。
 間断なく跳ねるように走行する車内は到底乗り心地がいいものとは言えなかったが、カルロスは座席で上下に跳ね上がり、脳を置いていかれる陶酔感と悪路を走破する爽快感に酔いしれていた。

「やっほー!まるでロデオだ!」
「『ロデオ』とは何だ?」

 ステレオから音声出力でラチェットは聞きなれない単語についての解答を求めた。

「暴れ馬のことだよ!」
「…暴れ馬とは何だ?」

 さすがにハイテンションだったカルロスもこれには応えに詰まった。知らないどうこう以前に、根本的に彼らは地球に不慣れなのだ。そもそもカルロスは説明が得意な方ではない。
「えっと…。」と詰まっているときにステレオから別の声が出力された。

〈ははは!お前でもラチェットには敵わないか。カルロス〉
「エンカー!?」
〈おーい、聞こえているかーい?とっつぁん。〉

 ホットロッドの返事も返ってきた。

〈今ホットロッドと中継している。ラチェット、帰投したらWeb動画を検索して見よう。そっちの方が理解しやすい。運が良かったら、現地まで見に行こうぜ?〉
〈ちょっと!そんときは私達も連れて行きなさいよ?〉
〈カルロス、ラチェット。そっちはどうだい~?〉

 続けて流れる幼馴染たちの声。何故かラッドの声が強張っている。

「只今、道なき道を爆走中!早くしないとこっちがマイクロンを見つけちまうぜ?」
「エンカー。任務中のうかつな通信は感心しないぞ?」
〈こうして探し回っているのも奴らにはお見通しさ。見つかるまでの間、この星の大地の歴史を満喫しようぜ?〉
「そーそー、固いことは抜き!」

 無邪気にはしゃぐカルロス。
 だが、エンカーの顔が見えていたらそうはならなかっただろう。目はまったく笑っていない。自分達がパネルを探し出した瞬間を見計らってデストロンはショートワープしてくるだろうという注意喚起だ。
 ラチェットは声音からそれを読み取っていたが、子供達を不安にさせる気はなかったので教えなかった。もっとも知れば、子供達はとことんデストロンたちを毒づいたことだろう。

〈ちょっと待って~!〉
〈だからやめとけって言ったのよ!〉
〈うっさいなぁ~もう!手伝いに来ているのか遊びに来ているのかどっちなんだー!〉
〈何よ!せっかく来てあげてるのに!!〉
〈メットォ~!?〉
〈だからちょっと待ってってば~!?〉
〈あーー!うるさいうるさーーーい!!〉

 通信の向こうからタイヤが砂利を削る音に混じってラッドとメットールの悲鳴、アレクサとホットロッドの怒号が響く。中継しているエンカーは暢気に「がんばれ~。」と生暖かい一言。絶対楽しんでいる。

「あっちも大変だな…。」

 ラチェットの言葉にカルロスは頷いて同意した。

〈じゃ、こっちもなんかあったらまた連絡するから。ラチェットのとっつぁんをあんまり困らせるなよ?〉
「なんだい!子ども扱いして」

 カルロスは口を尖らせた。
 通信の最後に、エンカーはサイバトロンにだけわかる暗号通信でこう付け加えていた。

〈警戒を怠らぬように。現在こちらを監視している航空機が1機飛び回っている。〉

/*/

 峡谷を一望できる山の一つの上で、未知の熱源反応を示すトレーラートラックと人間の子供くらいの背丈のロボット三体が移動している。挙動からして何か探し回っているのはわかった。
 別方向では同じような反応を示す黄色いカマロとSUV型救急車が、それぞれ地球人らしい子供を乗せて周辺を移動中。最後の一人はエイリアンバイクに乗った青年に見えたが、バイクはかなり改造されていたがれっきとした地球製の道具であり、他の三体と相違はあれど反応があったのは何と青年の方だった。
 アステリアのモニターによる報告を詳細に目通しして、地球は今、車好きなエイリアンが侵入しつつあると零は理解した。

「ジャムの亜種か?それともガルファか?」
〈その可能性は極めて少ないです。〉
〈現在、どんな小規模なものでも地球上に超空間通路が開かれた形跡は報告されていません。例えジャムであれば、わざわざ乗用車などに擬態することはありえない。フェアリィで確認されたように、光学異性体を形成して人間もどきを送り込めばいい。地球人の中に溶け込むなら、文明の利器よりも地球人そのものに擬態した方が遥かに効率いいのですからね。彼等の姿はあまりに忍耐を強いられる。〉
「ならば、この男がジャム、あるいはガルファの端末である可能性は?」
示すはバイクで峡谷を爆走する鴉の男。こいつこそがエイリアンカマロと組んで活動していても、誰も疑わない。
〈解析の結果、彼の体からナノマシンプラントの反応が10基、骨格全ての中にチタン金属反応。頭部から頚椎後部にかけてデバイスに類似した内蔵機器の反応が検出できました。このデバイスは機械からダイレクトに情報を引き出すための器官でしょう。殆ど10年前確認された擬似ポリプチペドで構成されたジャム人間とは大きく異なります。あくまで17年前の資料報告ですが、ガルファの素体は金属細胞に構成されたものなので、この可能性もまた保留。むしろ、地球の技術に相似した設計が見受けられます。やはり、自動車に擬態している勢力の一員と見るべきでしょう。〉
「未確認の異星体か。」
〈本部の『メテオ』にその情報が無ければ。共に行動している子供達は間違いなく人間です。〉

 モニターに映るのは紅い峡谷を走り回る異星体とそれに乗る三人の子供達。異星体たちは何かを探しているようだが、子供達が彼らに協力する理由がわからない。彼らもまた、何故協力者に子供を選んだのだろうか?いずれにしろ、情報部によって彼等の身元は洗われるだろう。
 トレーラートラックに擬態している一体は見晴らしのいい丘の上で捜索を続けていた。その影に端末機なのか、人間の子供サイズのロボットが物陰に隠れながら周辺を捜索している。その間トラックはつかず離れず、彼らに何かあれば駆けつけられる位置を取っていた。

「こちらを警戒しているわね。」
〈多分、あの個体が異星体たちのリーダー格と思われます。端末と思わしき三体は…構造はとても似通っていますが、その他に何かと連結するための器官が確認できました。擬態するための機能ではなさそうですね。それにエネルギー反応も似て非なるものです。しかし、リーダー格は彼らを守っている。〉

 「ロボットの子供」と言う妄想が深海の頭の中に浮かんだが、ばかばかしすぎるので発言するのは却下した。

「目標からのアプローチに備え、警戒態勢を維持しつつ任務を続行。引き続き情報収集に当たれ。」
〈了解〉

 わからないことが多すぎる。それを減らすためにも自分達が駆りだされたのだ。意思疎通は本当に可能なのか。何が目的なのか。脅威になった場合、GEARに対抗手段はあるのか。
 それを含めて全ての情報を収集し、必ず帰還する。それが特殊戦の任務だ。

/*/

 峡谷の狭間をGPZ900Rですり抜けながら、エンカーはモモグラン達の作業報告をリアルタイムで受け取っていた。
 砂漠の中で一粒を探し当てるような任務だ。まずは400万年前の地層を中心に、その後地殻変動による隆起、移動の可能性を含めて捜索範囲を上昇させていく。ウィリー達マイクロンのデータを参考にさせているが、個体差があるので期待はしない。
 問題は上空を滞空する偵察機だ。偵察衛星をハッキングし、周囲に妨害信号も出しているが…いっそこいつもハッキングして「目」を潰そうかと考えたが、それは総司令たちの努力を汚すことになるため不承ながらも脳殻の中で却下した。
 前日、地上での捜索活動において人間達に勘付かれた場合、「こちらから攻撃することはまかりならぬ」との方針が決定されたからだ。
 「甘い判断だ」と反射的に思った。それは人間が脆弱で、トランスフォーマー達が強力な種族だからという余裕からかとも邪推した位だ。
 サイバトロンの志は尊いし、敬意も払っている。何処までも異質な自分を受け入れてくれている彼らに親愛を持っている。だが、ぬるさを感じずにはいられない。
 甘さに付き合って死んでやるほど、エンカーは空っぽではない。むしろ臆病だ。
 グロリアとの中継で他のサイバトロンの状況を確認する。
 ホットロッド達はサイバーホークと連携してうまくルート編集できたようだ。先ほどのように乗り上げたり、崖に落ちかけたりせずスムーズに進行している。ラチェットは進路上に崩落の跡があったので、立ち往生になってしまっていた。ここから変形して地道に足で行くか模索しているのだろう。
 総司令はウィリー達と分かれて捜索に当たっていたが、両者共に空振りに終わったようだ。全員が偵察機を警戒している。総司令が見晴らしのいいところをポイントに取ったのは、いち早くデストロンの襲来と偵察機に対応できるように、また真っ先に自分が矢面に立つことで他の面子への注意をそらす心算もあるのだろう。
 もちろん連中がショートワープしてくるならば、たちまちグロリアが反応を感知してサイバトロンにナノミリ秒単位の通信を寄越す。更に上空を飛ぶ戦闘機が何かしでかすようなら、強硬な手段を迷わず選択する。
 臆病者なら臆病者なりに、自分は率先してこういった措置を取らせてもらおう。
 モモグランC、Fからの通信を確認。

〈標高10Mの頁岩地層の隙間にマイクロンパネルを発見。〉

 座標データの送受信と共に、デストロンの襲来に備えモモグラン達に戦闘待機を命じる。
 即座に発見したポイントに近い者を検索。
 ホットロッド、総司令、ラチェット、自分の順に該当。

〈クロウより各員へ。『モグラが宝石を見つけた』。繰り返す、『モグラが宝石を見つけた』。指定したポイントへ移動を。〉

/*/

「ちぇっ!ちぇっ!ちぇっーー!ラッド達に先越されちゃったよー!」

 暗号通信を受けたホットロッド達が喜び半分驚き半分でいた頃、パネル発見の報せを受けてカルロスは車内で腕を組んで盛大に悪態をついた。

「そう怒るな。もともと競争じゃないんだ。」
「だってさぁ!ラチェットは悔しくないのぉ?」
「全員空振りで終わるよりはマシだと思っているが?それに、それぞれがなすべきことを果たしていれば結果はついてくるというものだ。」

 嗜めるラチェットは相変わらず冷静だ。小惑星全土をくまなく探査して、結局目的の資源が見つからなかったと言う不毛を何度も経験しているからだ。しかし、それはカルロスの知らないことである。

「ラチェットって変!」
「そうか?…しかし、大変なのはここからだ。」

 突然冷や水を打ったように変わったラチェットの声に、カルロスは雰囲気が変わったことに気付いた。そこへグロリアからのレッドコールが入る。

〈警告。広域ECM及び局地ワームホール展開を確認。照合、デストロン。数、三体。〉
「カルロス、少し荒っぽく行くぞ!」

 言い終わらぬうちにSUV型救急車はスピードを上げ、そのまま今まで来た道を逆走する。カルロスは困惑する間もなくシートにめり込んだ。
 直後、背後から―およそこの国定公園にはあまりにも似つかわしくない―高速で回るキャタピラの唸りが轟いた。

/*/

 ラチェットがアイアンハイドの攻撃を受けた頃、ホットロッド達は機銃を吐き散らすMH-53―サンドストームの襲撃を受けていた。
 重いローター音に混じってけたたましい電子音声の狂笑が耳に不愉快に響き渡る。対してホットロッドは今アレクサとラッドを乗せている。迎撃するには変形しなければならない。しかし、それでは中にいる二人の命が危ない。手を伸ばせば届きそうな位置にあるパネルを惜しみながらホットロッドは全力で逃走する。
 サンドストームはつかず離れず距離を保ったまま、機銃を掠るか否かの位置に乱射する。まるで追い立てるように。

――畜生。遊んでやがる。

 運転席で顔を引き攣らせながらも悲鳴を何とか噛み殺している二人の人間の安全を気遣いながら、ホットロッドは心の中で狩人気取りのデストロンに毒づいた。
 道はどんどん狭くなっていく。奴とて何の考えも為しに追い立てているわけではないと言うことか。このままでは慣性の法則で谷底に追突だ。
 横を見れば谷底を挟んで対岸には現在走行中のそれよりは一段低い大地。ホットロッドは戦場でよくやる賭けに打って出ることにした。ボンネットに合体しているジョルトに通信。即座に賛成が返信される。ならばと気兼ねなく加速。アレクサとラッド達が悲鳴を上げるが、説明の猶予すらない。

「ジョルト!」

 対岸めがけて飛び出すと同時に、ジョルトがローターを展開し旋回。数瞬の浮遊感と推進の後、目論見どおりに対岸に着陸した。スピードを維持しつつ、むきを変えて走り去る。
 遠くで別の機関銃の音とパトカーのサイレンが聞こえた。

/*/

 パトカーのサイレンをバックミュージックに爆走する疫病神は誰に言うのでもなく呟くのである。

「思うんだが、やたら目の敵にされているよな。俺。」
『そこの黒いGRZ900R、止まりなさい。ここは一般車両走行禁止区域です。止まりなさい。』

 追ってくるのは、ご丁寧にコロラド州の警察車両になりおおせているバリケード。相変わらずの棒読み警告でつかず離れず追撃してくる。

「てか車種を指定してくるな!フロントぶち抜くぞ似非マッポ!!」

 中指を立てて後方の似非パトカーに悪態を吐く。誰もいないからいいものを、ここがハイウェイだったら迷うことなく怒り行くままセブロの8mmを全弾お見舞いしてやるところだ。

「やっぱり御大将を生き埋めにしたのがまずかったかな…。」

 我がことながら、心当たりが多すぎて検討のつかないエンカーであった。
 それにしてもフレンジーがいない。この追走劇が陽動だとしても、あの戦闘狂がおとなしく待機中とは想像できないし、他の面子と行動しているのだろうか?
 グロリアの視界は既に砂嵐と化している。もうナビはできない。そのため今はCFに備えて安全空域で退避してもらっている。
 遠くで20mm機銃の音が聞こえる。その中に混ざる重いローターとキャタピラの音からして、今出ているのはサンドストームとアイアインハイドか。追われているのは、多分ホットロッドとラチェット。
 ここでさらに航空参謀と御大将が追い討ちをかけてくるだろう。総司令がパネルの元に向かうのを確認しているが、そこは間違いなく御大将がショートワープして攻撃に当たると断定。あの破壊大帝は自らの手でコンボイを殺したがっている節がある。
 待機させていたモモグランたち8体の内6体に出動命令を発令。各員編隊を組んで3チームに別れ、敵の妨害へ。残る2体は他と同じく編隊を組み、総司令の下へ移動。後続の敵に備え待機。
 モモグラン3編隊が地中で移動を始めるのが感覚でわかった。うち二つはホットロッドとラチェットの下へ。残る一つは自分の前方へ向かう。
 打ち合わせは既に完了している。後は後ろから張り付いてくるパトカーもどきを埋めるだけだ。モモグランが左右の岩壁の中で配置につく。その壁から埃が吹き上がるのが見えた。DC粒子によってその身体を構成されるウィルスではあるが、大企業のコンピューターにすら潜行するモモグランには峡谷の壁を抉るなど造作も無い。
轟音とともに背後で崩落が始まり、それと共にバリケードの姿は降った土砂の中に消えた。だが、死んではいまい。それに金属と岩が激突する轟音が聞こえなかったところから察するに、有効打にすらなっていない。またすぐに復活してくるだろう。
 スピードを緩めずエンカーは距離を空ける。土煙が収まっても復活する気配も追走する気配もなかった。ほんの一瞬だけ、エンカーは安堵した。
そう、ほんの一瞬だけ。
 機械には途方も無く長く、彼の首をかき切るには充分だった。
 肩に重量が加わると同時に冷たい金属の感触が首筋を走る。首から下の力が抜けて重心を失う瞬間、悪意に満ちた蒼い3対のレンズと目が合った。

 エンカーは首から人工血液を吹き出しながら、バイクごと転倒した。

/*/

 コスモスコープ周辺で確認されたものと同じショートワープ反応を確かに観測すると、同時に地表に現れたIFF応答の無いMH-53と対空戦車アベンジャー、そしてコロラド州の警察車両を確認し、アステリアは最大望遠で状況の解析に当たった。
 3方面で展開された追走劇はもちろん、バイクに乗った男が、奇襲してきた銀色のメカロイドに首を切り裂かれてそのまま転倒する瞬間も「彼女」の戦術電子偵察ポッドの電子カメラはあまさず捉え記録した。
 その瞬間、晃は眉をしかめたが出所不明のECMとインターセプトの対処に追われていたため、すぐに仕事に戻った。零は既に照度を最低レベルに設定した各種計器に目を移している。
 ECMによる通信の阻害以外の異常は無い。空は静かだ。だが、空気は張り詰めている。地上の戦闘によるものだけではない。「パイロット」という戦闘機の一部として、零は肌で予感していた。
 突如アステリアの広域警戒レーダーが警告を発する。

〈新たなショートワープ反応を確認。数、1。〉
「何だ?確認しろ。」

 零は後部にいる相棒、晃に訊く。

「わからない。受動警戒システムは作動しているけど、位置不明。」
「よく探せ。」

 多分間違いなく下にいるエイリアン連中の仲間だ。どちらの陣営かはともかくとして、FCS(火器管制システム)オン、レーダーが遠距離‐移動目標自動捜索モードに切り替わる。目標がレーダーレンジに入る。

「目標発見。…ラプター!?」

 コックピットの外を見た晃が驚愕の声を上げた。零の肉眼もまだ小さく見えるそれを捉えた。竜のような機影は間違いなく米軍最強の戦闘機だった。ネリス基地からか?ありえない。何かあったのならとにかく、単機で戦闘空域に進入する説明がつかない。

「速度2.9。ヘッドオン。約二分後に交差。」

 MTI(移動目標インジゲータ)を見る。敵か、味方か。しかし、表示は〈UNKNOWN_〉だった。アステリアも警戒している。

「何だ、あれは。」
「IFFの応答無し…。」
「もう一度確認しろ。緊急回線でコンタクトをとれ。」
「もうやっているわよ。けどそれも応答無し。通信機を作動させていないみたい。」

 一瞬の沈黙。その間に不明機は一直線にこちらに向かってくる。
 アステリアは冷え切ったガラスのような声で告げた。

〈目標より未知のエネルギー反応を確認。現在上昇中。〉

「敵だな。」と零。晃も反論しなかった。
 戦術コンピューターに正体不明機を敵としてインプット。黄色の〈UNKNOWN_〉の表示が赤い〈ENEMY_〉に変わる。アステリアのレーダーのサーチパターン、周波数、出力、パルス幅を最適状態にし、目標を追跡する。
 目標、尚も接近中。進路を変更せずアステリアめがけて飛行してくる。見えてきた。
 青空の中で輝く血の様な赤と漆黒の大型戦闘機、たしかに形はラプターだった。
 こんなカラーリングのF-22は、ネリス基地どころか合衆国のどこにも無い。それが今右の後方からこちらに向かっている。

―――まるで大型ミサイルだな。

 急接近する目標に対して、アステリアの戦術コンピューターはレーダーモードをスーパーサーチに。目標を自動ロックオン。
 アステリアは左へほぼ90度旋回降下して目標を回避する。ソニックウェーヴがコックピットを震わせた。目標は急上昇し、アステリアから遠ざかる。FAFの歴代戦術戦闘電子偵察機のノウハウを詰め込んだアステリアならではの全方位パルスドップラー・レーダーは正確に目標を捕捉。位置、速度並び加速度情報をMTIに表示する。
 目標が急旋回、アストリアを追って降下を開始する。やる気だ。

〈ENGAGE_〉

 同時に通信を傍受。その間電子戦オペレーターでもある晃は、急激に大G回避旋回を開始するアステリアの後席から、初めての戦闘速度に耐えながら不明機を改めて視認した。
 相対距離は100もない。その感覚が目と鼻の先にように晃には感じられた。突如慣性を無視するかのごとく不明機は機体そのものを半転。それを目撃して二人のパイロットは一瞬目を丸くする。あの機動では中にいるパイロットが急激なGでブラックアウトを起こしてしまうからだ。だが、杞憂に終わった。
 発信源の不明機は反転したまま、アステリアの真上を並走した。コックピットが見えた。だが、そこには誰も乗っていなかった。

『よう、チビ。』

 通信機から響く電子音声。ふらりと街角を散歩していて、偶然顔をあわせたから気軽に挨拶した。そんな調子だった。

『遊ぼうぜ?』

 明らかな挑発と隠し切れぬ興奮をその声音に読み取った零は、真上を曲芸飛行するエイリアンラプターが獰猛な笑みを浮かべたような錯覚を覚えた。そして、IFFの再確認も人間相手のような遠慮もいらないと知った。すうっと目を細まり、顔から人間の表情が消える。
 敵のレーダー照準波をキャッチ、ラプターは曲芸飛行をやめて流れるように左へ反転し、正位置に戻っていった。その間に零は素早くマスターアームをオン。ストアコントロール・パネルに搭載武装が表示される。

 RDY GUN、RDY AAMⅢ-4。AAMⅦ-10。

 対空ガンと短距離ミサイル4発。長距離ミサイル10発。
 またも敵からの通信を傍受。今度は信号だ。

〈RET’S ROLL!〉

 すぐ隣を飛行していたエイリアンラプターが速度を上げる。「早くしろ」と言わんばかりに。

―――上等。

「撃墜する。」

 零、ドグファイト・スイッチ、オン。
 愛機とともに冷たく闘志を滾らせて急かすエイリアンラプターに応えた。




[11491] 赤い大地と妖精の舞う青空(後編)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:e9573423
Date: 2010/04/30 01:52

 話はサンドストーム達が先にワープで降下した直後に遡る。

「断る!」

 デストロンが航空参謀スタースクリームはきっぱり言い切った。

「それこそ貴様の仕事だろうが?安全なところで解析してろ。どうせアイツは何もせん。」
〈あれの能力を把握するためにも、あらゆるケースでの情報が可能な限り必要です。そのためには手っ取り早く、高機動戦闘に特化したあなたにアプローチして欲しいのです。〉
「いつから貴様は私の上官になった?」
〈私の主砲やミサイルではすぐに壊しかねませんから、そこを何とか…〉
「くどい!」

 ―大体私はデストロンの航空参謀だぞ?とまでは言わずとも、スタースクリームは断固として拒絶を示した。どうせなら疫病神の相手をした方がまだマシだ。前回の雪辱もある。

「ワシからの命令でもある。」

 にわか取り付けの玉座からメガトロンの厳然とした声が響いた。それをスタースクリームは鼻で笑った。

「メガトロン様も、取るに足らぬ物見の兵を恐れていらっしゃる?」
「真に取るに足らぬかを調べよと言っているのだ。我らに迫るとは思えんが、今後同じものが行く先々でうろついてくるだろうからな。それに、貴様はまだ自分のマイクロンを手に入れておらん。」
「ご尤もで…。」

―くれる気なぞ最初から無かろうに…。心の内でメガトロンに毒づき、憮然とモニターに視線を戻す。
 今のサイバトロンたちに自分と限界までの高機動戦闘ができる者がいない以上、未知の戦闘機と遊んでやるのも一興である。が、そんな余裕は今の彼には無い。欲するのは純粋な「力」だ。
モニターの向こうで、サンドストームとアイアインハイドが新しい力を試さんとはしゃぐようにサイバトロンを追い立てている。三下が調子に乗りやがって。

〈では、メガトロン様からの許可も取ってあるので、よろしくお願いします。〉
「はいはい。やってやるか。」

どこまでもどうでもいいように返しておく。

〈油断だけはしないでくださいね。あれは下手すると貴方より速い可能性がありますから。〉

 ピタリ。と、スタースクリームは止まった。そしてスピーカーに向かって振り向く。

「誰が誰より速いって?」

/*/

 一編隊を組んだモモグランの援助もあって、何とかアイアンハイドとの距離を離しつつあったラチェットだったが、走行する対空戦車と壁の僅かな隙間をぬって壁を逆走した時、転倒するバイクの音と発砲音を聞いて嫌な予感がした。

「何かあったのかな?」

 後ろから追ってくるアイアンハイドを気にしつつ、カルロスも大型バイクのただならぬ音を聞き逃さなかった。
 あの男に限って事故など、想像したくもない。モモグランを通して回線を開けてみたが、反応はあっても応答は無い。いつも嫌な予感ばかりが的中する。
 小高い峡谷の間から見える青空の中を、銀と赤の矢が飛び回っている。例の偵察機とスタースクリームだ。素人目では踊るように飛び交っている美しい光景だが、既に偵察機の旗色が悪い。

「ちょっとあれ、やばいんじゃないかな?」
「あの高度では、こちらから助けられん…。」
 最大望遠した際、偵察機に地球でもセイバートロンでもないが、懐かしい構造を見た気がした。しかし、ラチェットもそれどころではなかった。
 現地の地球人を巻き込まないと決めた昨日今日だというのに…。
 パネルからデストロンを1人でも遠ざけるために走行する自分には、彼らが無事に脱出できることを祈ることしかできなかった。
 先ほど遠ざかったばかりのパネルの場所から砲声が轟いたのはその時だった。

 コンボイは、早速エンカーから指定されたポイントに向かっていた。だが、グロリアの警告と部下達を襲う砲火を遠目で目の当たりにするや否や、ウィリー達を下車させ戦域から離れるよう指示。そして単身パネルの場所へ向かった。
 パネルを回収し、マイクロンを保護しないかぎり戦線は終わらない。二足歩行の姿に変形し、件の谷間に飛び降りる。穿孔された壁から自分を待っていたと言わんばかりにモモグラン2体が顔を出した。
 パネルは、あった。既に彼らが掘り出し、いつでも引っ張り出せる状態だ。彼らに感謝し、パネルを手に取ろうと壁の穴に近づき、――背後で巨大な地響きが轟いた。
 嫌な予感がし、銃口を展開し即座に振り返る。

「ふむ、一対一も悪くは無いな。」

 予感的中。
 メガトロンである。その肩にはマイクロン・バレルが座っていた。すでにカノン砲をこちらに照準している。そしていつもの如く問答無用に発砲してきた。
 いくつか直撃を受けながらも、コンボイは動かず防御し耐えた。すぐ背後にパネルがあるからだ。簡単に壊れるわけではないが、いくらとくらって無事と言う保証が無い。

「やめろメガトロン!パネルを破壊すればマイクロンが…」
「余裕だな、コンボイ。他にも心配することがあるのではないか?」

 目線で空を示すメガトロンの意図を一瞬計りかねたが、2機の戦闘機による爆音とソニックウェーヴの二重奏を聞き取って愕然とした。
見上げれば、銀色の偵察機とデストロンの航空参謀がドッグファイトを展開しているところだった。
 本来三次元を把握することに特化していない、生身の人間の乗った戦闘機。対するはそういった制限を一切受けない戦闘生命体。余りに絶望的だ。偵察機も今はまだ負けてはいないが、いずれ中に乗っている人間に限界がくるだろう。
 メガトロンがニヤリと笑う。

「マイクロン一匹とサイバトロンの総司令、それに哀れな地球人の命。良い取引になると思わんか?」
「メガトロン…貴様!」

 一対一どころではない。一方的な脅迫だ。コンボイは怒りのまま叫ぶが、彼に出来たのはそこまでだった。為すすべなく砲撃にひたすら耐えるしかなかった。間断なく高熱と衝撃が全身に撃ち込まれる。コンボイでなければとうに倒れているところだ。
 苛烈な砲撃に耐える中、ふいに砲撃が止んだ。見れば土煙の向こうでメガトロンの片足が陥没している。
 背中に張り付いていたものが自分の肩口まで登り、その姿を見せた。モモグランだ。
 もう一方も、いつの間にメガトロンの前に姿を見せ、すぐに地中に姿を消した。
 ウィルス達の行動に疫病神の意志を読み取ったメガトロンは、即座にカノン砲を撃ち込むが、命中にすら至らない。これ見よがしに土を盛り上げながらジグザグに地中を穿孔し駆け回る。
 もう一体も、コンボイの肩から飛び降りメガトロンの前に立ち塞がり、シャベルを構えた。

「待て、君達は…」

 下がっていてくれ、と叫びかけてコンボイは既視感に襲われた。
 その矮躯のどこに秘められているのかと思う無謀なまでの勇気と覚悟。そして、体躯の差など無意味に思えてしまう強い意志。
 間違いなく、本部での戦いの焼き増しだった。あの時はエンカーで、今回はウィルスだったが。
 彼等の―もとい指令を下したエンカーの思惑を汲み取り、コンボイは銃を構えた。

/*/

「ケヒャヒャヒャヒャヒャ!ざまぁねぇなぁ?ウィルスメーカー。」

 首から血を吹きながら転がり倒れたエンカーを、フレンジーは嘲笑しながら蹴り飛ばした。後ろから瓦礫を取り除いてきたバリケードが首尾の確認に歩み寄った。

「抜かりは無いか?フレンジー。」
「生身のサルどもなら、とっくに出血多量でショック死しているところらしいが、半端もんはどこまでも半端もんだな。クッキャッキャッ、まだ機能してやがる。」

 バリケードは改めて地に突っ伏している半生体を解析した。成る程、確かに体内のナノマシンが出血だけでも抑えようと機能している。
 コンピューターウィルスに愛されている(あくまで比喩的表現だが)と言う厄介な能力さえなければ、フレンジーも大喜びで拷問にかけているところだろうが…

―――しぶとい。

 バリケードは疫病神を確実に仕留める為にブラスターをセットした。
 一際大きく風を切り裂く音が轟く。我らが航空参謀と地球人の偵察機だ。今しがた、このあたりで一番大きな峡谷の隙間に揃って入っていったところだった。
 それにしても思ったより長く飛び回っている。生身の人間に対する認識を改めるべきか?あるいは搭載されている機械知性に対してか?いや、それ以前に…

「あいつ、任務忘れてねーか?」
「いや、むしろ最初から『俺の方が速い!』の一念で追い回していると見た。」

 遅れて襲ってきたソニックウェーヴに耐えつつ見れば、上空で煽られたらしいサンドストームが、墜落すまいと必死で姿勢を立て直している。

「結局てめぇもアホの癖に気取って誤魔化しやがんの。ケッケッケッ!」

 ノリノリで偵察機を追い回す航空参謀を笑い飛ばし、フレンジーは腕部から極太の針を展開し意識を失っているはずの疫病神に視線を戻した。機能しているナノプラントを破壊するためだ。こいつは最後まで気を抜けない。

〈フレンジー!〉

 理解していても、機械生命体も時折だが意表をつかれることもなる。ネメシスの警告が理解できなかったわけではないが、如何せん反応が遅れた。
 そして、エンカーの腕から展開された小型ボウガンの銃口と目が合って―発射されたそれをもろに顔面に食らった。えび反りの如くもんぞりうって後頭部から倒れる。
 バリケードはフレンジーが撃たれたとわかった瞬間、怒りを込めて疫病神むけて拳を振り下ろした。だが、転がるように疫病神は死地から離脱した。
 その後にさらにミサイルを撃ち込んだが、それも回避され虚しく爆散した。

「フレンジー!?」
「はんへんへーふ(顔面セーフ)!!」

 よし、生きてた。
 フレンジーは結局無傷だった。顔面を貫通するはずだったボウガンの矢を、噛んで受け止めていたのだ。ネメシスから通信が入る。

〈例の情報子の反応を一瞬だけ確認しました。多分、擬似的に頸部の損傷を修復したのでしょう。今、新たなウィルスを物質化させてコンボイのところへ進行中。数、2。派手な妨害が来ますよ。気をつけて。〉
「言わずともがな!」
「あんのサル、目ん玉抉ってバラしてじっくり煮込んでぶっ散らしちゃる!」

 殺意を新たに、道を曲がって逃走した疫病神を追えば、案の定道を塞ぐようにファンシーな巨大ウィルスが物質化していた。今度は朴訥な目をしている割に、ごつごつとした岩の化け物だった。次から次へと飽きがこない。
 ぶんっと、既に振り上げられた巨石の拳がバリケードら目掛けて振り下ろされる。
 当たれば間違いなくプレスされること間違いないが、のろい。地面にクレーターができる威力のそれを最小の機動で回避し、フレンジーは岩の腕を駆け上がり、バリケードは二足歩行に変形して壁を走る。こんなデカブツを相手にしてやるほど、二人は律儀ではない。
 今度こそと、バリケードは巨石の顔面にミサイルをぶち込む。爆炎に仰け反るそれを一瞥して、視線の向こうで低空飛行するウィルスに、無様にしがみついている疫病神に銃口を照準する。
 そんな二人の行動を予見していたと言わんばかりに、先回りしていた二体のモグラ型ウィルスが鋭いシャベルを手に、それぞれ道を阻んだ。

 横一文字に切り裂かれた首筋から痛みとそれ以上の熱が広がり、電脳の中に記録され続ける有機的機能を容赦なく苛む。
 意趣返しにフレンジーたちが注意を逸らした瞬間まで、意識を失ったフリをしていたが、正直ギリギリだった。おかげでまんまと逃げおおせることができたが。―我ながら流石に無茶したな。
 痛覚を組織閉鎖したかったが、体内のナノマシンが超高速で損傷部の組織と擬似神経を修復しているため、不可能だった。無理に甘えれば、この唯一無二の仮の器は永遠に障害を抱えることになる。
 黒い翼のキオルシンに倒れ付すようにしがみつきながら、思い浮かべるのは転倒した際小破した愛機。畜生、元手がかかっていたんだぞ。現在後方で格闘戦に入っているデストロンに毒づく。サイバトロンの軍医がこれを聞いたら「そんなことより修復に専念しろ、大馬鹿者。」と本気で怒鳴ったことだろう。
 遠ざかる後方から崩落の轟音が轟いた。モモグランたちは敵を遠回りさせるルートを一時的に塞いだのだ。撃退とまでもいかなくとも、頑強と膂力を誇るレムゴンと敏捷性のモモグランたちなら時間を稼げる。少なくともマイクロンによる火力の増強が無いあの二人の武装では、ウィルスたちを消去するほどのダメージは与えられない。ネメシスのミサイルは密集陣形のど真ん中に打ち込むには威力がありすぎる。距離を離されたらワープミサイルを撃ちこまれるかもしれないが、そうやすやすと突破はさせない。
 MDGに新たにアクセスして、電脳の中で待機させていた「リカバリー」チップを起動。頚動脈の組織を擬似的ながらも「完全に」修復させる。しかし、あくまで擬似的だ。MDGを停止させたら、たちまち出血してこの義体は機能を完全に失うだろう。
 作戦が終わり次第、ラチェットに申告して処置を手伝ってもらわねばならない。 しかし、今は総司令の元に向かわねばならない。彼の元にいったモモグランの編隊が交戦に入っている。間違いなく、メガトロンだ。雑音だらけの状況報告だが、明らかに旗色が悪い。大地を揺るがせる砲音が間断なく轟く。
 他の面子も追われながらも合流せんと動き出している。急がねば、とキオルシンの上で姿勢を正して波乗りの要領で立ち、高度を上げるよう指示する。体の反応が鈍い。体液を流しすぎたか。
 パシュッと、自分の横を何か走った。それは音速で白煙の尾を引きながら直進する円柱状の飛行物体。――ネメシスの小型ミサイルである。

―――貴方だけは間違いなく行かせませんよ。

 そんなネメシスの声が聞こえたような気がした。顔があればきっと怖いくらい美しい笑顔だとエンカーは想像し、音速で並走してくるそれを回避せんとスライドターンをきかせる。
 一つが真下で爆発。爆風で危うく吹き飛ばされそうになるが、キオルシンが体を張って風圧を受けてくれたおかげで持ちこたえる。
 立て直す間もなく二発目と三発目が同時に転送される。まずい。いや、本格的に自分もやばい。総司令の元に駆けつける前に、グロリアと合流してCFしなければ間違いなく落とされる。幸い偵察機は航空参謀が追い回しているから、遠慮する理由は無い。
 DCを展開。サモンウィルス「カーズ」。数、緊急を要するので1。
 でも、こんな時ですらネメシスの中の親友達が間違いなく見ているか寝ているかのどちらかだと思うと―――エンカーは少し泣きたくなった。
 彼の女神はまだ降りてこない。

/*/

 ホットロッドはラッド達を乗せたまま空の敵から見事に逃げ続けてきたが、ついに限界が来た。
 サンドストームも刹那的な思考をしていても愚鈍ではない。追うだけでは埒が明かぬと見て、目標の進行ルートの上にミサイルを照準し、発射。土砂崩れを誘発する。
 たちまちホットロッドは直撃こそ受けずとも、立ち往生する羽目になってしまった。
 コンボイが向かっただろう方角から、絶え間なく砲声が聞こえていた。エンジン音とローター音に紛れたその音を、ラッドは微かながら焦りと共に聞き取っていた。

「コンボイのところに行こう!」
「ええっ!?」
「僕たちがいてもホットロッドの足手まといだ。」

 ドアを開き飛び出す。脇にメットールを抱えていくことも忘れない。「もう!そっちこそ無茶苦茶!」と怒鳴りながらアレクサも後に続いた。
 サンドストームはすぐそこまで接近していた。

「ホットロッド!援護を」
「あいよ!」

 全員が降りると同時にホットロッドは二足歩行に変形し、サンドストームに対空射撃を開始する。狙い通りサンドストームは負けじと対地ガンを発砲。地中から同行していたモモグランたちはホットロッドを少しでも有利にすべく、土石流の撤去にあたった。
 その間にラッド達は傾斜を下り、サイバーホークの誘導に従って、コンボイのいる方角へ走り出した。
 何か考えがあるわけではない。だが足手まといになるのも、何もしないのも御免だった。体が先に動いた以上、何が出来るかは着いてから考えるしかない。ただ、走る。
 途中、自分達と同じようにコンボイの下に向かわんとしていたウィリー達に合流したのは天啓だった。お互い、説明はいらなかった。ウィリー達はそれぞれ変形し、ラッド達はそれに乗る。
 目指す場所から一際大きな砲声が轟いた。

「急ごう!」

/*/

 二体のモモグランが倒れ付して、コンボイはついに片膝をついた。
 だが、その目から闘志は損なわれていない。立つのも正直億劫だが、奮起して脚部間接にエネルギーを流し、再び立ち上がる。
 バレルと合体したメガトロンが、油断無く銃口を向けたまま嘲笑する。

「しぶとい…しぶといぞ、コンボイ。」

 随分と嬉しそうに言ってくれる。口にこそ出さなかったが、コンボイは思った。あの時の焼き増しそのままにエンカーがこの場にいたら、状況の不利も問わず苦笑いしながら同じ事を口にしただろう。
 だが、ここに居ないものは仕方が無い。ホットロッドもラチェットも、間違いなく足止めをくらっている。こちらに向かっているとしても、それまで自分が持つか正直自信が無かった。

「だが、それもこれまでにしてもらうぞ。」

 マイクロンを通してカノン砲に膨大なエネルギーが集中していくのがわかった。

――これまでかもしれんな…。

 コンボイが覚悟を決めたときだった。

〈後方注意!!〉

 そんな警告を発したのは誰だっただろうか。
 もちろんネメシスだが、警告を受け取ったメガトロンはまさかと嫌な予感を覚えた。
 振り向けば、向こうから音速でこちらに向かってくる戦闘機が二機。間違いなく、地球人の秘密兵器らしい偵察機と自分の部下であった。

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

 スタースクリームは白銀の偵察機を狙っていた。
 故に、こちらを攻撃するためでも邪魔するためではないことはわかっていたが、メガトロンは叫ばずいられなかった。よりにもよって今まさにと言う時にこっちに来るのか。スタースクリーム。
 だが、そんなことなど「知ったことか」と言わんばかりに二機はコンボイとメガトロンの頭上を通り過ぎる。風が悲鳴を上げながら遅れてその後を追う。強烈な突風は二つの巨体を揺るがすには充分だった。

「スタースクリィーム!!」
〈出撃前のが効きすぎましたね…。〉

 谷間に吹き荒れたソニックウェーヴを耐え抜き、メガトロンは既に遥か向こうへかっ飛ばす部下に向かって叫ぶ。うまく乗せたと思ったが、却って裏目に出たか。だが、味方用の通信チャンネルまで切っているのはどういう了見だ?我らが航空参謀。「昔」に戻りすぎだ。
 勝負はもうすぐ着く所だった。
 スタースクリームが飛行速度を維持したまま変形。偵察機のすぐ横に接近して、展開したウィングブレードを振り下ろして切断…する前に異変が起こった。
 ガキンッと金属の構造が組み変わる時の音が、飛行中の偵察機から響いた。そして「変形」してゆく。
 メガトロン、コンボイは驚愕した。衛星経由で全てを分析していたネメシスは確信し、スタースクリームは多分つまらない結果予測が覆されて狂喜していただろう。
 美しい危うさをそのままに、コックピットの下から淡い緑のツインアイが、腹の横から両腕が、そして両足。可能な限り収納されていたそれらが一斉に露になり

―――間違いなく白銀の人型がそこにあった。

/*/

 深海は思うのである。あの腐れ縁が、愛機を設計したあいつが生きていたなら、一つ文句を言ってやりたい。

―――お前はアニメの見すぎだ。

/*/

 兵器特有の機械的フォルムの方が強かったが、それは美しく華奢な女神だった。こんな時でなければ、コンボイも驚愕と共にそれに見惚れていただろう。まるで、空を切り裂く銀のナイフだ。
 人型になった偵察機はその腕にさらに格納されていたナイフを展開すると、反転しスタースクリームの剣を切り払った。
 轟音にも似た刃のかち合う音共に、両者は弾け飛ぶように距離を離した。
再度飛行体に変形。再び白銀と紅が青空に…

「お嬢すぁぁぁーーーーーん!!俺と今すぐダイヴトゥエr…」
「てい!」
「ギャバァァァァァァン!!」

 …何やら鼻息を荒くしたデストロンの突撃兵が白銀の偵察機の前に躍り出ようとして、サイバトロンの戦士に冷静にジャイアントバズーカで軽い掛け声とともに撃ち落とされたのを見た気がするが、グシャッという墜落音も聞こえたが、賢明にもメガトロンは迅速に記憶から消去した。コンボイも良心から今の光景は見なかったことにした。
 とりあえず、任務を忘れて完全に楽しんでいる航空参謀は帰投次第、鉄拳制裁すると決定。気を取り直してカノン砲のエネルギーを再充填。

「邪魔が入ったが、今度こそ…!」

「コンボイ!?」

 ラッド達が着いた時、状況は最悪と言っても良かった。
モモグラン達は地に突っ伏し、今にも消えそうになっていた。コンボイなど、どうして立っていられるのかと思うほど、装甲の損傷が酷かった。
 そこへ、メガトロンが大口径のカノン砲を向けていた。

―――コンボイが殺される。

 我知らず、ラッドとアレクサはコンボイの名を叫んでいた。それは、自分の相棒達も、果てはウィルスであるメットールも同じだった。
 ウィリー、バンク、アーシーの中で、カチリと何かのピースが揃った。
 三体の受光センサーが一際強く明滅した瞬間、三体は二足歩行の状態から変形を開始した。ただし、乗り物に変形するいつものそれとは別ものだ。彼等の合体機能は、何もトランスフォーマーに対してのみではないのだ。
 まずアーシーが二つに分かれ脚部に、次にバンクが手足を収納し、肩幅の広い胴体となる。最後にウィリーが脚部を収納して連結。そこから更に構造を変形させていき、ホットロッドより頭一つ低い一体のトランスフォーマーが生まれた。
一連の流れを呆然と見守っていたラッドとアレクサは、改めて彼等の能力に驚愕していた。そして、間違いなく自分達の相棒の特徴があるのを見て、安堵した。それはメガトロンとコンボイも同じだ。セイバートロンにいた頃、彼らに「自らの同属と合体する」という現象は確認されていなかったからだ。

「何だ!?貴様らは」

 突如発生したイレギュラーに驚きを隠さずメガトロンが問いただす。しかし、合体したウィリー達は問答無用とばかり動いた。その動きは残像すら見えた。
 多くが殺し殺されていく中で、泣き言としか取れぬ自分達の意志に、コンボイは何も言わず聞き入れ全力を尽くして助けてくれた。
 ならば―――今度は、我々が全力を尽くして貴方を助けよう。
 願いにも似たその意志をまるごと力に変えて地を蹴り、壁を蹴る。可能な限り撹乱、マルハナバチ(バンブルビー)の如く俊敏に飛び回り、死角からメガトロンのカノン砲に鋭く蹴撃を見舞う。弾かれる様に吹き飛び、照準はそれるものの、メガトロンはこれしきで揺るがない。それは合体したウィリー達も知っていた。すかさず砲身を足場に溜めに溜めた脚力を爆発させる。再び高く舞い上がり勢いのまま肩に急降下の蹴りを放つ。そして自分を掴もうとする巨大な手をかいくぐり、着地する。
 忌々しげにこちらを睥睨するメガトロン。以前ならそれだけでも威圧となって精神は萎縮したが、決意がなけなしの勇気を後押ししてくれた。隣に得物のツルハシを構えたメットールの存在も大きかった。いざと言う時は、自分が本来の電脳ウィルスとなって奴のマニュピュレーターからでも侵入すると信号が送られた。敵ならこの上なく恐ろしいが、今は心強い。

「コンボイ、後ろ…!」
「何!?」

 両者の緊張が臨海に達しようとする中、ラッドがコンボイの背後に虹色の輝きを認めた。穴の中に手付かずだったパネルはこの時覚醒していた。現れたのは、輝くような黄色のマイクロン。「彼」は、まっすぐコンボイを見据えていた。

「私に…力を貸してくれるのか?」

―――無論、それが自分の選択した運命だ。

「彼」は応えた。
 自分を守った者をマイクロンは信じ、自分を信じてくれたマイクロンの意志をコンボイは信じた。選択と契約はここに完了した。
 時同じくして、世界がオーロラ色に染まった。虫の息だったモモグランたちがデータに還元される。ディメンショナルフィールドだ。
 遥か上空では、雷が落ちたような音と金属質の何かが激突する音を合わせた轟音が響いた。ラッド達のところからは見えなかったが、最大戦速で上昇していた航空参謀が展開された電子の結界に激突した音だった。電子的な悲鳴を上げながら落ちていくのを、急行していたラチェットとカルロス。その後を追撃していたアイアンハイドが目撃していた。
 コンボイがスーパーモードに変形し、新たなマイクロンもそれに倣うかのように変形する。後手に回ってしまったことを悟ったメガトロンは、バレルに最大出力の要請を出しコンボイに照準した。

「エヴォリューーーション!」

 コンボイ、マイクロンと共に合体。
 メットールは周囲に満ちたDC元素を早速かき集め、自らのフレームを巨大化させた。ラッド達を衝撃から守るためだ。合体したウィリーもラッドとアレクサを抱きかかえてその背に隠れる。それはコンボイからのデジタル通信を介した頼みでもあった。
 マグネットライン、接続―――マイクロンから全身にエネルギーが満ち渡る。痛みとバランスの乱れより回復すること0.3秒。その間、膨大な熱量供給をブラスターに固定。狙うは真っ向正面からの直接射撃。射角良し、出力安定。臨海突入。

―――発射。

 両者のトリガーが引かれたのは全く同時だった。膨大な熱量と共に、閃光が激突する。

―――両者、互角。

 相殺の果てに爆風と熱風が谷底で荒れ狂う。コンボイとメガトロンが岩壁に激しく激突する中、メットールは揺るがず耐えた。

「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「―――っ!?」

 一時的な乱気流が収まる頃、先に立ったのはメガトロンだった。凄まじい咆哮を上げながら、バネ仕掛けの如く立ちあがる。コンボイはすでに疲労の極みにあった。もはや立ち上がれない。
 その上を、巨大な影が横切り―――地響きと共に二人の間に着陸した。

「照合完了、マイクロン・プライムの覚醒を確認。―――選択の決断と、契約は成された。」

 CFした黒騎士姿のエンカー。そして彼を肩に乗せた巨大ウィルス―――昆虫と蜘蛛が合体したような緑色の怪物。ドリームビットに似てなくも無いが、ラッド達がはじめて見るタイプだった。
 それが体中から怒気を放つ荒々しい獣に立ちはだかる。

「エンカー…」
「遅くなりました。総司令」

 振り返らずハルバードに「センシャホウ」をインストールし、起動。ウィルス―ドリームビットの最終進化形態「ドリームウィルス」の肩の上からメガトロンを照準する。傷ついた獣の如く唸るメガトロンに、エンカーとドリームウィルスは不退転の構えを見せる。
 多数のウィルスにたかられながらも、バリケード達がその場を俯瞰できる崖の上にたどり着いたのはその時だった。

「抜かったか、バリケード…」
「退却を、御大将。これ以上のエネルギーの浪費はただ不毛なばかりです。」

 無論、却下といわんばかりにメガトロンはカノン砲を構え、バリケードは眼下のコンボイにミサイルを展開し照準する。
 メガトロンの足元の下を巨大な何かが蠢く。

「相棒!クライシスエリアだ!」
「!?」

 相棒にところ狭しと取り付くウィルス達を蹴り落としていたフレンジーが警告を発した。遥か対岸、黄色のサイバトロン戦士がジャイアントバズーカでこちらを狙っていた。すかさずもう片方の腕にミサイルを展開。膠着状態となる。
 一方、谷底に到着したラチェットはカルロスを降ろし、変形。ジョルトと合体し、精度を底上げしたポイントブラスターをメガトロンに、もう一つの携帯用のブラスターを後ろから追ってきたアイアンハイドに照準する。アイアンハイドもそれに反応して機関砲とミサイルを照準。その上に、地中から飛び出したモモグランたちが取り付き、シャベルの先端を装甲の隙間に突きつける。
 巨大化したメットールは改めてツルハシを構え、メガトロンに狙いをつけた。合体したウィリーもラッド達を下がらせて前に出る。
 地の下で蠢いているものが、その数を増やしながら鮫のように周囲を旋回する。

「退け、メガトロン…!」

 半ば懇願を込めて、コンボイは勧告する。遥か上空からネメシスの主砲が向けられているのを肌で感じていた。フォルテ同様、あれとは力比べで勝てる気は全くしない。
 膠着状態が成立し、緊張が高まる。(スタースクリーム?サンドストーム?誰それ?)メガトロンの怒気が目に見えるようだった。それでも彼の判断は賢明かつ迅速だった。

「総員、退却する…」

 この星に来て最初の時と同じように、憎悪に満ちた目で宿敵を睨みつけながらも正しい選択をした。探索はまだ始まったばかりなのだ。忌々しいが、次の機会はいくらでもある。
 ここにはいない親友を思い出しつつ、その意志を汲み取ったエンカーは本命のドリームウィルスを物質固定したままディメンショナルフィールドを解除した。世界が、基の色を取り戻していく。
 物質固定されていないウィルスたちが蒼い情報子に還元されていく中、デストロン達もまたショートワープで離脱していった。

「ふぅ~、ほんとにどうなることかと思ったよ…。」
「それにしても、ウィリー達にこんなことが出来たなんて…。」
「ああ、初めて見られたケースだ。」

 最初に安堵の息をついたのはカルロスだった。それに皮切りに、ラッドとアレクサも緊張の糸が切れてしまい、「ウィリー達」に倒れ込む。慌てて「彼ら」は二人を支えた。しかし、そんな彼らも初めての試みと戦闘行為でついに緊張の糸が切れた。それと呼応するかのごとく合体が解除され、そろってへたり込む。もう、いつもの三人だった。
 多分、自分達と同じで無我夢中だったのだとラッドは思った。何としてでもコンボイを助けたかったからだろう。
 ハッとコンボイは先ほどの偵察機のことを思い出した。

「!?地球人の偵察機は?」
「ミサイルの破片をくらってましたけど、すぐに持ち直して離脱していきました。あとは、パイロットの腕次第でしょう。スタースクリームは全速力で展開直後のフィールドに激突、その後不時着してます。」

 何故かCFを解かず仮想世界を自分の周囲だけに展開したまま、エンカーは説明した。既に半壊だったのに、墜落寸前で持ち直して胴体着陸するとはどこまでタフなんだと呆れていた。
 コンボイとホットロッドは、エンカーが狙ってやったと察しつつも、偵察機のパイロット達が無事であったことを素直に安堵した。
 ふと、コンボイは自分の膝の上から見上げるマイクロン――プライムを見下ろした。

「ありがとう、君のおかげで助かったよ。」

 彼が自分を選択しなければ、間違いなくここで果てていただろう。ラチェットやエンカーの全速力も、モモグラン達、ウィリー達の奮闘も虚しく。

「これからも、よろしく頼む。」
 彼―――マイクロン・プライムにとって、これには堪えた。
「こちらこそ」と言う代わりに、プライムは気恥ずかしさと喜びとをこめた穏やかな笑顔で応えた。

 余談だが、フレンジーに頚動脈を切断されたエンカーは半ばさらわれるようにしてラチェットに収納されて集中治療室行きとなった。
 術後治療室に走りこんだラッド達が見たのは、首に包帯を巻かれ、何かの点滴チューブに繋がれたエンカーの―――いたっていつもの笑顔だった。
 状態はもちろん、その痛々しさにも関らずその様に、思わず「大丈夫なの?」と聞かずにいられなかったが、返ってきたのは

「流石にやばかったけど…まあ、T-800と構造は変わらんから頭が無事なら死にはしないよ」

 あまりに気楽で、どこか他人事のような返答。
 気を使っているのだろうが、心配しているこちらが馬鹿馬鹿しくなってきて

「エンカー、その言い方は君を心配している全員に対して失礼だぞ」

 すぐ後ろから入ったコンボイが彼をたしなめなかったら思わず殴ってしまっていただろう。ラチェットと助手役のフックが無言でコンボイの言葉に頷いて同意した。

「いや…そういうつもりはないんですが。ラチェットの腕は信用していましたし…」
「そういうつもりがなくても、はいそうですかってわけにはいかないでしょ!アンタ自分が死にかけたのに暢気にしてるから!」

 大の男すら怯みそうなアレクサの剣幕にエンカーは少したじろいだ。というより、心配されている状況に少し困惑しているようだ。なんというか、この男は他人に心配され慣れてないのだろうかとさえ思えてきた。本当はもっと根の深い部分によるものだったが、少なくともこの頃ラッドはそう思った。
 横でラチェットとフックが力強く頷いている。いつの間にかホットロッドもその中に加わっている。

「そう怒鳴らんでも…」
「怒鳴りたくもなるわよ!いっつもヘラヘラ笑っては自分のこと誤魔化して…」
「アレクサ、落ち着いて」ラッドはアレクサの肩に手をやり、熱暴走を起こしそうな彼女をなだめた。

「心配だってするよ。エンカー」

 ラッドは少し困ったような顔をするエンカーに向き直った。

「僕たちは〈仲間〉なんだから」

 少なくとも、今回はそれを確信できることだった。ラッドは強くそう思った。

/*/

「メガトロン様…。」
「何だ?」
「此度の退却行動、異論はございませんが…メガトロン様にしては些か弱気かと…。」

 青と赤茶色の惑星を望める月の地平。
 アイアンハイドは差しがましいと知りつつ、仁王立ちする主に戦々恐々しつつ問いかけた。
 以前、バレルと合体して底上げされたメガトロンのカノン砲が、疫病神の作り上げる仮想世界を破壊することができた。ならば、同レベルの威力のエネルギーを境界にぶつければ同じことが可能だと結論が上がった。これを聞いて、あの疫病神も恐れるに足らずと一同は沸いたほどだ。
 今回、その仮説を証明する機会にもできたはずだと、アイアンハイドは示唆しているのだ。

「スタースクリームが邪魔しなければ全てうまくいっていたわ!」
「は…はい!ごもっともで…。」

 それは間違っていない。
 事実、意識が飛んでもおかしくない重傷を負った航空参謀は本当に与えられた任務のことを半分以上忘却の彼方に置いていってしまっていた。むしろ新しい強敵の出現に嬉しそうだった。
 その様子を見て、奴も戦闘狂であると納得するものの、反省していない態度に首領の拳にいつも以上の力が入ったのは言うまでもない。
 サンドストームは、今も意識が戻らずネメシスの集中治療室に入っている。理由については…こればかりは悪友であっても弁護の余地が無い。マイクロン・キャノンですら見て分かるほど呆れかえっていた。まあスパークには全く別状がないとのこと。
 自らの苛立ちを静めるかの如く、メガトロンは一旦放熱した。

「『庭師』共が来るまでの間、派手にネメシスを動かすことはならん。地球人もそれなりに厄介だとわかったからな。人間どもの相手は奴らにやらせる。」
「庭師?…まさかあの自称『機械帝国』が!?」
「ネメシスから報告を聞いていないのか?」
「治療室からすぐに転送してもらったので…。」
「今、地球人どもが『木星』と呼んでいる惑星を通過して進行中だそうだ。」
「……」

――― 『宇宙庭師 迷惑一番』。

 そう「奴ら」を最初に揶揄したのは誰なのかはわからない。
 「奴ら」なら、知的生命体を抹殺しても惑星そのものは手酷く傷つけない。デストロンにとって、いくばか更地にしてくれるのはありがたいくらいだ。
 しかし、問題はデストロンが蹂躙と略奪を目的とするが、彼等は支配と管理を目的としていた。殲滅は、あくまで障害の排除―「整備」の過程に過ぎないということだ。行うことは似ていても目指すところが相反する。
 故に、デストロンとの関係は微妙なものだった。表面上は互いに不可侵を貫いているものの、それすらいつ崩れだすか危うい。

「それに小さい者までが闇雲に噛み付いてきおった…。」

 今まで自分達に対して蹂躙されるか利用されるばかりだったマイクロンが、牙をむいた。それは侮れぬことだと、メガトロンは指摘した。
 全く、次から次へと厄介だと背を向けて憤慨する首領に、アイアンハイドは口には出さず同意した。



[11491] 開戦前兆
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:79e458f4
Date: 2010/04/28 03:03
「ああ、畜生。」

 ネメシスの治療台の上で、デストロンの航空参謀は誰にとなく毒づいた。
 損傷部が痛む。彼の首領に本気で殴られた顎も痛む。危うくオールスパークに還りかけた。それよりも何よりも、スタースクリームは退屈で仕方なかった。しかも隣の台でサンドストームが絶賛走馬灯中だ。二人揃って見舞いとは名ばかりの冷やかしに来たフレンジーに笑われもした。最悪である。
 動けさえすれば、今すぐにでも例の戦闘機の情報を解析しに行きたかった。最初は間違いなくネメシスに乗せられたが、実際戦ってみて狂喜した。あれは強敵だ。乗っている人間のことは彼の眼中にない。「アステリア」と呼ばれている戦闘知性体のことだ。
 惜しむらくはやはり、勝負に水をさされたことである。出来ることなら、最後の最後まで死力を尽くしあいたかった。あとマイクロン。
 となれば、最後に思い出すのはやはり忌々しい有機生命体崩れ。やっぱりあいつは疫病神だ。次に会ったら、後ろから軽くホーミングミサイルでもぶち込んでおこう。うむ、決定。

<スタースクリーム航空参謀…全然懲りてないでしょ?>

 彼の状態をモニターチェックしていたネメシスが、心の声につっこむ。しかし本人は全く悪びれない。

「仕事はちゃんと果たしたぞ?非難される覚えはない。」
<期待以上のデータが集まりましたから、それについて私は満足しています。でも、羽目を外したことは別ですよ?結果的に本命の作戦行動を妨害した挙句、負傷者を出したのですから。>
「それは否定せん。おかげでオールスパークに還りかけたからな。だから小言はもういいだろ?あとサンドストームのは自業自爆だ。」
「タフなやつめ。少しは反省というものを知れ。でなきゃ死ねこのアホ。」
<おかえりなさい。アイアンハイド>

 俺の獲物を横取りしょうとするからだと心の内で付け加えたとき、丁度ゴリゴリしたガタイ―アイアンハイドが悪態つきで戻ってきた。

「動けない哀れな怪我人に言ってくれるじゃねぇか、アイアンハイド修理兵。」
「自分は破壊兵だ!大体、何が哀れなだ。ラムジェットの如く引っ掻き回してやがって、いい気味よ。」
「当て逃げの常習と一緒にすんな!」
〈まあまあ、お二人とも。そんな大して間違っていないことでなじり合わない。〉

 場を諌めつつ、さらりと酷いことを言うネメシス。こんなやりとりは日常茶飯事だ。しかも微笑ましい部類に入る。そんな空気を破壊する要素が一つ。

「ちょ…嬢ちゃんそんな嬉しすぎることされたら…駄目だって、駄目って!…あぁん……」

 サンドストームが会った事のないご先祖と談話している頃かと思ったら、悶えだした。楽しそうな内容には違いないので、二人揃って優しさと力をこめて思いっきり殴り起こす。

「はっ!?嬢ちゃんが消えてムサ空間に!!」

 短い悲鳴を上げてサンドストームは夢から覚めた。まだ寝ぼけている。あと悪かったな、ムサくて。

「少しでもお前の安否を心配した自分がアホだった!」
「ったく、俺が怪我してる横でけしからん夢見やがって…」

 悪友なりに気遣っていたらしいアイアンハイドは拳震わせてお冠である。スタースクリームは馬鹿馬鹿しさにうんざりしながら寝返りを打つ。ちょうどその先に、 いつの間にか一部始終を眺めていたバリケードの仏頂面があった。あの顔は明らかに厄介事を告げに来た顔だ。ああ、全く次から次へと勘弁してくれ。

―――そういえば、「あれ」は今頃どうしているだろうか。

 スタースクリームは現実逃避気味に思った。

 もっとも、人工知能は夢を見ないだろうが。

/*/

 アステリアは急旋回し、ズーム上昇、目標と対向、180度ヘッドオン・スナップアップ攻撃態勢に入る。
 レーダーはボアサイト。トリガー・オン。対空機関砲のレイガンを作動させるが、命中せず。目標は回避機動、アステリアは再び急旋回してその後方900mに点位、リアタック。残弾表示がゼロになる。
 ラプター、右旋回降下。それを追撃する。
 目標、6Gで引き起こし。アステリア後方点位をかわそうとする。アステリア、最大迎え角で6・5Gをかけて、400mまで接近。
 再び目標の姿がはっきり見える。紅いラプター。これで制式の黒なら味方かも知れぬと疑うところだが、零は攻撃をやめない。そして向こうもやめない。

〈ははっ!首輪つきの割にやるじゃねぇか。〉

 スピーカーから揶揄とも取れる賞賛が送られる。
 零も晃も確信する。強敵だ。性能はアステリアと互角か、下手するとそれ以上。味方かもしれないと躊躇っていたならば、つまらないと言わんばかりに撃墜されていただろう。
 ミサイルレリーズを押す。だが、ミサイルは発射されない。

〈相対距離が近すぎます。〉

 アステリアからの警告。HUD上でアステリアのFCSがラプターとの相対速度を測り、短距離ミサイルのミニアムレンジ算出。540mという数字が表示される。長距離ミサイルの死角ではあるが、それより近い距離で短距離ミサイルを発射すると、こちらが危ない。

「ミニアムモードを解除。」
〈了解〉

 素早く中枢に介入してFCSの警告を無視させるため、再度レリーズを押し、押し続ける。奴を相手に多少の危険は気にしていられない。人間の乗っているF-22相手のつもりでいたら、次の一瞬、こちらが殺されるかもしれないのだ。今こうしてFCSより優位の戦術コンピューターに高速で攻撃を命令しているこのナノミリ秒すら惜しい。
 ミサイルシーカーのアーマメントコントロールがミニアムモードを消去。その瞬間、アステリアの腹からミサイルが発射される。
目標、未知の推進機構によりさらに加速して急速離脱。踊るようにミサイルを回避し、旋回して長距離のレンジ内に入る。囮として長距離ミサイルを発射。ECM作動。効果なし。目標、ミサイルを発射。こちらのミサイルが相殺される。爆散し、衝撃と閃光がアストリアを煽る。目標、ロスト。

〈中尉、後方よりロックオンされました。〉
「目標、7時方向より接近。距離300弱、早い!」
〈ENGAGE_〉

 アステリアからの警告。晃も煙に紛れてラプターが竜の如く急接近してくるのを見ていた。
 警戒レーダーが敵の照準レーダー波をキャッチ。アステリアは最大推力で加速を開始、離脱を試みる。ラプター、アストリアの後方上位に接近。20mm弾を発砲。何発かがアステリアの尾翼を掠める。だめだ、逃げられない。
 左膝元のV-maxスイッチをオン。アステリアの双発エンジンがリミッタを解除。アステリアが設計安全限界値を超えた推力を吐き出す。そして機首を下げ、下方の峡谷に滑空する。ラプターも旋回しながら降下を開始。途中MH-53の横を掠ったが、問題は無い。
 地表スレスレの所で機首を上げ水平方向に。広大な谷間を直進する。
 オートマニューバー・システム、オン。この瞬間、アステリアは零の判断から独立。完全制御飛行体となる。

〈二人とも、少し振り回しますよ。〉

 その頃、目標はそれこそ地面に激突するかと思うところでウィリーしながら持ちこたえた。そして緩旋回上昇。つかず離れず後方点位と距離を維持する。零は改めて敵がF-22の皮を被った別物だと実感した。HUD(ヘッドアップディスプレイ)を通じて相手の余裕を感じる。まだ奴は本気ですらない。
 再び敵の攻撃照準波をキャッチ。アステリアは全センサから機を守るための機動方法を高速で計算。姿勢体制を崩すことなく右方向にスライド。零達はシート左へと押し付けられる。大Gがかかり、内臓が圧迫される。
 敵の20mm砲、アステリアの左方向110mを通過。紅い岩盤を抉る。

〈速さなら負けん!〉

 敵の速度が急激に上昇、超音速の域に達する。接近中の警告音がヘルメットの中に鳴り響いている。
 やられる。零も晃も覚悟した。脱出不能。超音速下での座席射出は自殺行為だ。
 一気に距離を詰めてくる敵を零はMTI上に見る。晃はキャノピ越しに、敵が飛行しながら人型に変形して行くのを間のあたりにして驚愕。そして、遭遇した時のように至近距離で視線が交差する。そして、その片腕に握られた巨大なブレードを振りかざした時、彼女は思わず目を閉じた。零もそれを見ていた。二人はアステリアに全てを預けた。

〈これで、詰みだ!〉

 勝ち誇ったかのような敵の宣言。
 頭を取られ、回避不能と判断したアステリアは『打ち払う』ことを選んだ。高機動巡航形態を解除。
 作業形態に変形したアステリアは、瞬時に戦闘機動を開始。両腕のナイフを展開。

「ふぇ?」

 晃が間抜けた声を上げた。零にも、その機動の予測がつかなかった。
 いきなり世界が一回転した。脳がシャッフルされるようなGが押しかかり、全身の血がシート側に。轟音。暗転。零は気を失った。
 アステリアは遠心力をつけて独楽のように360度回転。敵の振り下ろした肉厚のブレードを切り払った。そして空気抵抗の少ない基の高機動巡航形態に変形しつつ、強引に機首を上げ、再上昇。
 零たちが平衡感覚と意識を取り戻したのは、アステリアが敵と並走する形で紅い峡谷から青空に戻る上昇コースに乗ったところだった。

〈少尉、意識を取り戻しましたね?目標、未だ健在。現在の相対距離、400。〉

 文字通り振り回された怒りよりも、チャンスだ、と零は思った。

「問題ない。AAM-Ⅲのミニアムモードは?」
〈既に消去済み。〉
「なら、今度はこっちの無茶に付き合ってもらう。」
〈了解。〉

 オートマニューバー・システム、解除。今度こそ、と短距離ミサイルのレリーズをオン。
 距離、370弱。アステリア、ミサイル発射と共に緊急離脱。敵はミサイルを回避するために急激に反転宙返り。そして、ミサイルをお前に返すと言わんばかりにアステリアに体当たりするような行動を取った。
 ミサイルが急旋回、目標に突っ込む。ミサイルはそのまま目標の右をすり抜けた。200と離れていないところにアステリアはいた。危険を察知したFCSが誘導制御を解除。ミサイルは本体からの誘導情報を切られて、ドップラー周波数を比較、目標に再接近する時のミニマム・ドップラーゲートを捉えて起爆する装置が作動停止。代わりに光学感応信号が目標の熱を感知。熱電池作動、起爆信号を発生させる。ミサイル、爆発。
 発射から三秒足らずのことである。エイリアンラプターの右主翼が吹き飛ぶ。破片が四散し、煙を吹きながら目標は離れていく。
 アステリアも無事ではすまなかった。ミサイルの弾体が八方に爆散、その一部がアステリアにも襲い掛かり、キャノピを貫通。零のヘルメットバイザを砕き、額に直撃した。零は激痛のあまり呻く。
 雷が落ちたような轟音と、電子音声の悲鳴が聞こえた。突如現れたオーロラ色の壁がアステリアと敵を隔てていた。敵が堕ちて行ったところだった。
 何がどうしてそうなったか分からないが、助かった。
 視界が紅い。激痛と疲労が確実に意識を蝕んでいく。

 そして―――――――――

/*/

 零は汗まみれになりながら、目を開く。
 そこには顔にガーゼを貼った晃が心配そうに自分を覗き込んでいた。

「気がついたか。」

 奥からGEAR空母の軍医が出てきた。周囲を見る。ああ、そうか。空母への着陸をオートマニューバでアステリアに任せた後、着艦と同時に意識を手放したのだ。 俺よりうまい着陸だなと最後に思ったのを、零は覚えていた。
 頭に包帯がぐるぐる巻きにされて、右目の視界が暗い。右肩も痛い。

「零、私がわかる?」
「目が、右目が…。」
「落ち着け。」

 動揺の余り、立ち上がろうとする彼の肩を軍医が抑えつける。

「二人とも大した傷じゃない。しかし、君が失明しなかったのは奇跡だ。ヘルメットバイザの破片が右こめかみに突き刺さっていた。もう少しで、二度と飛べなくなったところだったぞ。」

 完全に思い出した。
 破片が当たったのは右額部と右肩。もう少し近くで爆発させていたら、それこそ頭も貫通していただろう。それでも出血が酷かった。しかし零には恐怖がなかった。そもそもそんな余裕が無い。アステリアが堕ちる。
 後席の晃は諦めていなかったのも幸いした。両エンジンが破壊されていたが、タービンが生きていた。

―――再始動はできる。けど手間取ったら危険だから…

 だめだと判断したら、脱出してくれても構わない。そう言おうとした彼女の言葉を遮った。

―――冗談じゃない。アステリアは捨てられない。こいつはお前だけのものじゃない。

 零は彼女の精一杯の気遣いを冷徹に却下した。機と運命を共にしようしている彼女を案じてではない。彼もアストリアが惜しいからだ。
 それからは発電回路を生き返らせるために、機首を下げダイヴ。高度にも余裕があったので、発電回路は回復。アステリアは意識を取り戻した。その後、おかしくなってしまったフライト・コントロールスステムに四苦八苦しながら、低空で帰投コースの乗ったのだった。
 ペンライトで瞳孔の状態をチェックしようとする軍医の手を、零は払う。

「アステリアの状態は?破損の程度は」

 最後に状態をチェックした時は、右エンジンから燃料が漏れていた。零は相棒よりも愛機が心配だった。

「そう言ってくると思ったから、整備部から報告書のコピーもらってきたわ。」

 少しの呆れと苦笑いがを混ざったような顔で、晃はクリップにまとめられたコピー紙を無造作に渡した。

「少し休んで、報告終わらせたら、あたしも手伝いに行くけど…どう見積もっても一週間はかかりそうね。」
「またジョンにこき使われるな。」

 報告書から目を外さず、零は返す。なんだかんだといって、彼女は自分が大したことないと分かるや否や格納庫に走って行ったに違いない。アステリアは彼女にとって夢であり忘れ形見なのだ。
「お前らが仲いいのはアステリアが絡む時だけだよ。」とは彼等の部隊の監督役の言葉である。

「君達には特殊戦の副司令が呼んでいる。出頭しろとの事だ。」
「ケラー准将が?あの婆さん鬼だな。俺達が死んでも墓場から掘り出して、出頭しろとわめくんじゃないか?」

「そうなのよ。」と晃が同意した。

「コロラドで偵察している間、何かあったらしくね。詳しくはまだ聞いていないんだけど、上は相当荒れているみたいよ。ジョンが言うには、わたし達が遭遇した異星体に〈メテオ〉は心当たりがあるから、可能な限り詳細な報告を欲しがっているんだってさ。」
「それまで、君もベッドで少し休むといい。その目のこともある。」

「それは俺が決める。」と零は即答し、ベッドから降りた。

「どこへいく?」

 他人はいつも聞いてばかりだ。包帯を剥がし、傷に触れる。軍医の言うとおり、深い傷ではないようだ。右目は見えた。眩しさに目を細める。

「あんたはいい。俺に構うな。」
「アステリアのところに行くなら、私も行くわ。」

 零は病室から出て行った。報告書を持っていくのも忘れない。その後を晃が続いた。軍医は何も言わなかった。
 傷が開き、血が流れる。包帯はそのまま丸めて捨て、傷口を押さえた。

「言わんこっちゃない。血まみれでアステリアに会いに行く気?」

 晃はちょうど廊下にいた看護婦を呼びとめ、絆創膏を貼ってもらうよう頼んだ。 零の状態を見た看護婦が何故包帯を取ったのかと文句を言ったが、結局彼が拒むのでその通りにした。

 夜の太平洋は、今日も穏やかだった。

/*/

 バリケードは案の定厄介事を知らせにきた。どうも宇宙一迷惑な庭師が自分たちの狩り場に来るらしい。既にそのことをメガトロンから聞いていたアイアンハイドも渋い顔をしていた。

「文句なら見つけちまったネメシスに言ってくれ。」
〈失敬な。私は真面目に職務を果たしたまでですよ。〉

 相変わらず仏頂面のバリケードにネメシスが抗議する。

「まあ、こっちに文句つけてくるならバラしてやっけどな!クキャキャキャキャ!」

 途中戻ってきたフレンジーは楽しそうだ。

「で?連中がついた後俺たちのやることは高みの見物?」
「少し更地になるまでそうなるだろうな。そこからは地球人どもの頑張り次第だ。」
「どっちにしろ、あの星は終わったな。」

 やはりそうなったかとスタースクリームは思った。まあ、目当てのものが探しやすくなる分にはありがたい。が、何かが腑に落ちない。

「例の彼女、無事帰れたみたいだぞ?良かったな。スタースクリーム。」

 何やら携帯端末のモニターいじりながらバリケードが愉快そうに言った。
「何の話だ?」とむっとして顔を上げると、いきなり横からサンドストームに胸倉をつかまれた。

「そーだ、てめぇ!あのお嬢ちゃんと色々やりあったんだったなスタースクリーム!」
「誤解を招きそうな表現するな!」
「とりあえず色んなところ見てきたんだろ!どんなんだったか話せ!主にスリーサイズを最優先事項で吐けぇーー!!」
「知るか!」

 鼻息の荒いこのアホを黙らせるべくとりあえず殴っておこうと思った時、無表情な悪魔がモニターを掲げた。その肩には銀色の小悪魔が相棒の心象を代弁するごとくニヤニヤと笑みを浮かべている。

「ここにあの戦闘機の戦闘記録(無修正)があるんだが…。」
「買った!」
「話をややこしくするな!」

 端末を手に入れるべく飛び出したサンドストームをアイアンハイドと一緒に取り押さえながら、つっこむ。フレンジーは爆笑しだした。

「バリケード、武装データのコピーだけでいいから半々額でくれんか?武装改造の参考にしたいんだが・・・」
「お前もか!お前もなのかアイアンハイド!!」
「ちなみにスタースクリーム。お前の声も全部集音してあるんだが…。もちろん敵側の通信も全部込みだ。」

一瞬の沈黙。

「封印しろ!いや今すぐ俺によこせ!これは航空参謀命令だ!!」
「嬢ちゃんの声もか!あの嬢ちゃんの生声もなのか!?どうなんだバリケードォォォ!!」
「おい!あいつのことは俺が先だぞ!?」
「おお、ついに本音が。」
「あーー!やかましーー!!」

 三人の背後で凄まじい怒気があがったのは、その時だった。バリケードもフレンジーもその顔を凍りつかせる。凄まじく嫌な予感がした。
 恐る恐る振り返る。
 そこにいたのはやはり我らが破壊大帝メガトロンだった。こめかみをひくつかせて、壮絶な笑みを浮かべていらっしゃられる。

「ネメシス、わしとこのアホ共を月面へ転送しろ。」
〈了解。〉

 
<どうしました?マイクロン・キャノン。え?サンドストーム突撃兵のパートナーをやめたい?…成程、確かに常識的に考えて彼の人格は強かさを除いて素直に尊敬すべき点は全くありませんね。でも、そこは割り切りなさい。彼は実に愚か者ですが、任務に関しては忠実な部類です。貴方は彼の足りない分を補うためにパートナーに任命されたのです。
 大体、私を見なさい。私は今下で吹っ飛ばされている彼らを含めたデストロン達のフォローを開戦前からしているのですよ?文句の一つも言わずに。
 わかってくれればよろしい。まだあなた達コンビは始まったばかりなのですから、この先様子を見てからでも遅くはありません。パートナーを尊敬しなくていいからまず理解しなさい。それから自分が真に彼と相容れないか否かを判断するべきでしょう。やはりというその時は、私もメガトロン様に提案という形で手を貸しますから…>

 

 その日、月面に設置されたマイクロウェーヴ基地が月にありえない地震を観測したりしたが

―――地球圏はまだ平和だった。




[11491] 10年目の「ジ・インベーダー」(前編)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:1427b119
Date: 2010/05/12 23:33
 コンボイたちに出会った次の日の夜。

 ラッドは以前父の書斎で見つけたもので、気になる資料があったことを思い出し、両親が寝静まったのを見計らってウィリーと共にその「本」を探していた。厚手の新刊で、とてもわかりやすいタイトルだったのでよく覚えていた。
 しかし、研究者である父の書斎の収蔵数は膨大だった。故にその中から一つの資料を探すために大仕事となった。目的のものが見つかった時は、既に月が傾いた頃だった。

「うん、これだ。」

 部屋の片隅に無造作に積まれていたそれに堆積してしまった埃に辟易しつつ、ラッドは氷の大地に立ち上がる巨大な紡錘方の霧柱を写したモノクロのカバ-ジャケットを見て目を細める。

『随分原始的で旧い記録媒体だね?』
「昔に出版されたドキュメンタリー小説で『ジ・インベーダー』ってタイトルなんだ。」

 もっとも、これが「実話」を基にしたものだと言うことを知ったのはかなり後だったけど…と、ラッドは付け加えた。

「小さい頃少しだけ読んだのを、ウィリー達に会ってから思い出してね…。」
『インベーダー…侵略者だよね。それはどういった意味での〈侵略〉なの?』

 色が変わってしまった10年前のベストセラーを開き、状態がひどくないことを確認すると、ラッドは小首をかしげるウィリーに少し意地悪っぽく笑いかけた。

「ウィリー、この地球(星)はね。10年前まで星間戦争をしていたんだ。」

 ラッドはくたびれて変色してしまったページをめくり、最初の文章から目を通した。ウィリーも脇からそれに倣う。
 タイトルの『ジ・インベーダー』を一枚めくると、そこにはお決まりの『前書き』でなく『FAF・特殊戦』と銘打たれていた。
 そして筆者の―――リン・ジャクスンというジャーナリストの文章によって、生々しい10年前の世界がラッドとウィリーの頭の中で再生された。

『いつの時代のものでもよい、世界地図を広げたとき、そのどこにも戦争、紛争、対立の示されていない地図など例外中の例外である。
 紛争地域を赤く塗るならば、現在の世界地図も、飛び散った血のように赤く染まる。人間の歴史は戦いの記録でもある。人類は、人間同士、あるいは大自然を相手に闘ってきた。今も昔もそれは変わらない。
 しかし現在の地図を過去のものと比べたとき、過去のあらゆる戦争とまったく意味を異にする赤い印、南極大陸の一点に見つけることが出来る。ごく小さい点に過ぎないから、見過ごしてしまうかもしれない。実際、現代人はこの一点のことなど忘れているかのようだ。だが、それはある。
 地球南極点から一〇〇〇キロ、西経およそ一七〇度。ロス氷棚の一点。その大きさは、わずか半径五〇〇メートルにすぎない。
 これが超空間<通路>だ。異星体ジャムの地球侵略用<通路>である。
 その<通路>は巨大な紡錘形をしている。最大直径三キロ、高さは一〇キロを超え、下部はロス氷棚に突き刺さる格好をしている。条件がよければその形を見ることができる。それはまさしく、天空から撃ち込まれた巨大ミサイルの形をした、とてつもなく大きな白い霧柱だ。
 いつからその<通路>が存在していたかはよくわかっていない。三十年前、この<通路>からとび出したジャムの先制第一撃で人類はその存在をはじめて知った。そしてジャムに反撃、対抗するために<通路>をくぐりぬけた。そこに、地球防衛軍の偵察部隊は未知の惑星を発見した。彼等の背後には、いま突き抜けてきた白い巨大な霧柱がそびえ立っていた。そして周囲は深い森。この惑星・フェアリィは、いまだに多くの謎を秘めている。宇宙のどの星系に属するのか。地理も、生態系の研究もさほどすすんでいない。
 地球側<通路>の周囲から、たとえばレーダーを<通路>に向けて照射すると、その光はそのまま<通路>を貫き、あたかも<通路>から発射されるようにフェアリィの空間に向かって伸びてゆく。たしかにこの白い霧柱は<通路>として機能しているかもしれない。だが、このように考えることもできる。つまり、白い霧柱は<通路>などではなく、その霧の中に別の宇宙があるのだ、と。幻想的か?しかしジャムは幻ではない。人類はジャムと戦ったし、いまも戦っている。ただ戦場が地球上から<通路>の向こうのフェアリィ星に移っただけだ。ジャムの脅威は消えたわけではない。』

―――ジャムは消えたわけではない。

 だが、それはあくまで10年前のことだ。ラッドもウィリーも侵略者の脅威など過去のものだと思い込んでいた。
 それがただの無知からくる思い込みであるということを知ったのは、このときからそう遠くない日のことだ。


/*/

 他人はいつも訊く。何故そう思ったのか、何故そんなことをしたのか。そして、答えれば勝手に納得して、こちらには何も答えてくれない。
 モニターの向こうで神妙な顔をしているGEAR本部の人間達もそうだった。鬱陶しくなるほどの問いかけはその日一日中続いた…気がする。深海零は腕を吊った状態で出頭となった。肩の傷が思っていたより深かったからだ。

「傷をおして出頭してもらったのは他でもない。君たちが遭遇し、交戦したエイリアンについてだ。それだけ事態は急を要していると理解してほしい。」

 最初に口火を切ったのは正面モニターに映し出されている本部の最高責任者、渋谷であった。

「その前に、君たちが無事帰還してくれたことを喜ばしく思う。」

 GEARの最高責任者が温厚な人格者であるという噂は本当らしい。もっとも深海はそういう噂を親友から聞いたことを覚えていただけであって、興味は無い。むしろこういった健全な人間こそ零は苦手としていた。

「では、査問を開始する。」
「深海少尉。報告を。」

 冷徹な目をしたマーガレット・ケラー准将の促すままに深海は口頭報告を開始した。出口の前には出撃担当官のジョージ・レノックス少佐が控えている。
 モニターに映るエイリアンの解析画像。その中には、自分達に仕掛けてきたエイリアンラプターのものもあった。映像と記録データの編集は晃が全て手がけていた。こういうときに元技術者の相棒の存在はありがたい。
 カメラアイの映像と通信記録は別物である。テレビの撮影のようにはいかないのだ。
 アステリアの得た情報は本部の中枢コンピューターになっている〈メテオ〉には全て理解できている。だが、あくまで二次元の中の世界であり、三次元の人間達の世界とは異なる。人間がそうであるように、機械を騙す方法はいくらでもあるのだ。
 だから、本部は「人間」の見解を要求してきたのである。
 地球文明の機械に擬態するエイリアン達の内、民間車両に擬態しているものと兵器に擬態しているものとの間に対立関係があるらしいこと。
 両陣営はビッグキャニオンで調査活動していたらしいこと。
 唯一地球人に擬態しているらしい男については、同じエイリアンであるかは不明だが、民間車両の陣営の味方らしいこと。
 そして、同時に地球人の子供三名が同じく民間車両陣営に協力しているということ。
 最後、自分達はエネルギーフィールドのようなものの発生のおかげで生還できたこと。

「成る程、…それにしても君は、このF-22が最初味方だと思わなかったのかね?」
「あれは敵だった。」
「それは認める。実際君達は攻撃を受けたのだからな。だが、ガンカメラの映像によれば、遭遇時は間違いなく米軍のF-22だ。君は、目標を視認した後すぐに敵と判断したというが…」
「敵だよ。IFFは不明、と判定していた。応答も無かった。」

「アステリアのトランポンダは正常でした。」プレゼンのアシストを勤めていた晃が言った。「異常は認められていません。」

「相手側のIFFや通信装置が故障していたという可能性は考慮しなかったのかね?」
「攻撃しなければやられていた。敵ではなかったかもしれないが、味方でもなかった。ならば、敵だ。アステリアもそう言っていた。」

 どのみち、アステリアの報告が決め手だったことは確かだ。しかし、モニターの向こうの長官はいささか納得が行かないようだった。多分軍人としてではない。人間として根本的な部分からだろう。

「君は…いや、君たちは自分の目よりも愛機の警告を信じるのかね?」
「あんたは―いや、貴方はご自分の目を信じておられるのですか?自分は、アステリアの警告を信じます。当たり前だ。だから、生きていられる。」

 FAFもGEARも超国家的組織には違いないが、例え同じ地球人でも国家は味方足り得ない。零は暗にそう言った。実際彼にとって相手がエイリアンであっても生身の人間が乗った米軍機でも、敵であるなら撃ち落すことに躊躇いは無かった。
 晃も零の言い方にはとにかく、そのことには内心で同意した。

「そうか…。最後につまらないことを訊いてしまったな。ごくろうだった。査問はこれで終了とする。今回報告にあったエイリアンについては、こちらでも何かわかり次第、追って沙汰する。深海少尉と高山准尉の両名は一切の作戦行動を離れ、治療に専念すること。そして、今回の件については無用の混乱を避けるため口外しないこと。」

 律儀なことだと、零は思った。「私は掠り傷だから平気なのに」と晃は不満気味だった。
 タウマス艦内、臨時査問会会場・戦術空軍団第5作戦会議室を出ようとした零はケラー准将に呼び止められ、言葉遣いがなっていないとたしなめられた。その後、廊下で待っていたジョージ・レノックスと相棒と共に会議室を後にした。

「さっきのシブヤの顔、見たか?」

 誰も居ない廊下の中で、レノックスは口を開いた。

「図星って顔してたぜ?お前の言ったことは、あながち間違いじゃないなかったんだよ。」

 ジャムとの戦争が終わって10年間、超国家的組織が活動している現状を快く思っていない国家は少なくない。
 零は何も言わない。肩も痛むが、しばらくアステリアに乗れない事実の方が痛かった。

「そんな顔をするなよ。怪我が治るまでの間、俺がこき使ってやるからさ。」

「…暇しないことはありがたいんだけど…」と晃が割って入った。

「あたし達がコロラドに飛んでいる間、何があったの?」
「ああ、そのことか。木星宙域を観測していたヘカテが地球に受けて進行する未確認飛行物体を確認してな。」

 これがその写真だと、彼は脇に抱えていたファイルから一枚のプリント写真を手渡した。
 暗い宇宙に浮かぶ、赤い螺子形の物体。何かの合成写真かと思うところだ。

「ヘカテは監視衛星群の統括コンピューターであると同時に、日本本部の<メテオ>ともリンクしている。解析に回した結果、それは『ガルファ』の攻撃要塞『螺旋城』であると判明した。全長推定90m。現在も針路を地球に向け移動中。このまま行けば、週末前に地球圏に到達するそうだ。すでに他の隊員にも通達している。」
「確かに、これは大騒ぎだわね。」
「そこへお前達から新しいエイリアン発見の報告だ。上層部が慌てるわけだよ。」

 やはりあれはガルファではなかったというわけだ。しかし、詳しい調査は後回しにされそうだ。

「その大ネジが予定を変えない限りは少なく見積もって4日後、GEARの存在意義が試されられると言うわけだ。それまでゆっくりしてろよ。」

 元アストロノーツの晃は写真に目を向けたまま、10年間人類が忘れていた言葉を呟いた。

「侵略者、か…。」

/*/

 白銀に覆われた大地と薄ら寒いほど突き抜ける青空。海を流れる流氷。
 まさかこんなにも早く極地に、しかも南極に行けるとは思わなかった。
 今回の捜索ポイントが<通路>があったロス氷棚からかなり離れているのは残念だが、行き先が決まった時ラッドは不謹慎とわかりつつも歓喜した。トラックになったコンボイに乗り込み、着いてさらに興奮したのは言うまでもない。そこが氷点下の世界だと言うことすら忘れてしまうほどだった。
 アメリカと南半球の時差は10時間、昼前ではあったが冬の始まりを迎えたばかりだった。海辺では皇帝ペンギンたちが新しい成人を迎えてコロニーを形成している。彼らは時折見かける雪上車で無く、見たことの無い車種が目の前を横切っていったので見るからに辟易していた。アレクサは野生のペンギンを間直で見た感動に目を輝かせていた。
 これがブリザードの季節だったら、基地でサイバーホークとグロリアのカメラアイ越しに中継を見守ることになっていたので、子供たちは色々と運が良かった。  ただ、ラッドには一つ懸念があった。彼だけでなく、コンボイやエンカーも同じ事を思っているだろう。
 ホットロッドとラチェットの間に―――少しであるが―――険悪な空気が漂っている。
 きっかけは、本当に些細なことであった。ラチェットが黙々と修理している横で、ホットロッドと自分達が追いかけっこをしてはしゃいでいた。ラチェットがそれをちょっと注意して、それでホットロッドがふてくされてしまった。
 そんなところである。結局原因は場所を考えなかったこと自分達だ。

「ラチェットは怒っていたわけではなし、ホットロッドは本当に、久々に子供らしくはしゃいで楽しかったところを水差されたような気がしてカチンときただけだから、時間が経てばお互い頭冷やすだろうよ。」

 だから気にするなとエンカーが言ってくれた。それでラッド達の心は少し軽くなるはずだったが、間をおかずにして基地のアラームが鳴り響いてしまった。
 そして険悪な空気をなし崩し的に引きずりながら、今に至る。これがデストロンと遭遇した時に響かねばいいが…

「頭冷やすのにちょうどいいわな。」
「駆動系が先に凍るわ。」

 SUV型救急車――ラチェットの座席から南極海を見渡しながらエンカーは独りごち、ラチェットはぶっきらぼうに突っ込んだ。
 結局、ザ・ニンジャもとい彼の愛機は回収されたが入院と相成った。大した故障はしていないが、大破した部品の換装に時間がかかるとの事。涙の出ないエンカーの顔がちょっと泣きそうだったのは言うまでも無い。そういうわけで、今回はラチェットにフックと共に乗せてもらうよう頼み込んだ。海側に並走し、目を光らせる。空の方は既にグロリアを飛ばしている。
 南極に設置された各国の観測所のレーダーを避けて進行しているが、海からの目はそうもいかない。何せ、ラッドによればここは10年前まで「地上」における星間戦争の最前線だったという。実際グロリアを飛ばしたところ、国連印の攻撃型航空母一隻を交えた監視艇達がロス氷棚から1000キロ、マクマード基地から400キロの冷たい洋上に浮いていた。これなら小規模ながらも戦争はできる。できれば接触したくないものだ。
 ネットに潜った時は余りの情報量の少なさに半信半疑であったが、前回の偵察機といい、「この世界」の地球は異星体に対して戦力を整えている。挙句異星体「ジャム」に関する情報を検索した時警告が送られた。間違いなく情報規制が敷かれているのだろう。
 「首の方に違和感は無いか?」とお互いが車外にいる仲間に聞こえないようにラチェットは聞いた。

「良好そのものさ、医者は大嫌いだがアンタは信用しているよ。そっちもタイヤのチェーンで変な感じはないか?」
「違和感は否めんが、走行に問題は無い。」

 極地を探査する可能性が出た時点でエンカーはすぐにコスモスポートのカーショップに入った。そして真っ先に購入したのがチェーンだった。もっともコンボイのサイズに合うものは企業用だったので問い合わせてから購入することになった。そして早くも役に立ってくれた。

「有機生体の治療は初めてだが…その義体が念入りに精密に、そして丹念に作られているのはすぐにわかった。製作者はいい仕事をしたな。」
「何、気まぐれと趣味と有り余る才能の産物さ。」

 ラチェットの言葉に技術屋らしい賛辞を読み取ったエンカーは一笑に付した。

「これを作った人間は本当に最高の天才で、変人で―――死んでも科学者だった。」

 悔恨すら許されぬ遠い昔の風景を眺めるように、郷愁すら麻痺してしまった過去を傍観するように静かに、だが淡々と吐き捨てる。
 つとめていつもの笑顔だが、バイザーの下の緑眼には何の感情も無かった。ラチェットは初めてエンカーがサイバトロンの司令部に転がり込んできた時のことを思い出した。そして気にしない風を装いつつ笑って返した。

「道理で、凝った造りでもあるわけだ。最初はお前の趣味かと思ったぞ。」
「俺は、凡俗だよ。」

 実際工学技術の師でもあった「じいさん」にそう指摘されたものだとエンカーは少し恥ずかしそうに笑った。

「あのじいさんは変態技術者であったが、それ以上に何があっても確かな<自分>ってやつを持っていた。横にいるときはついぞそれがわからなかったがな…」

 ラチェットはその「じいさん」が既に過去の人間で、エンカーにとって良くも悪くも大切な人間であったのだと悟った。だから追求しなかった。
 総司令の横を走るホットロッドを窓から一瞥して、エンカーがぽつりと呟いた。

「ホットロッドはわかっているよ。ラチェット。」
「あいつのことは、あいつがガキの頃から見てきている。それは心配してはいないさ。」

/*/

 火力を以ってわが道を開く者は往々として火力信奉者である。元来有事においてその存在の真価を発揮するデストロン達も、個体によって大なり小なり傾向は違えど、例外ではなかった。
 そんな彼らにとって屈辱的な言葉は当然―――

「火力が足りん…だとう!?」

 スタースクリームはわなわなと震えながら愕然とした。
<残念ながら、今現在の現実です。>とネメシスは冷静に応えた。
 あの「アステリア」の情報を解析するついでに、今しがたネメシスにチーム全員のパラメーターを、マイクロンと合体した状態の二人も含めて比較検証してもらったところ―――

総合火力比較
アイアンハイド(サーチ合体時)。
サンドストーム(キャノン合体時)。スタースクリーム。
アイアンハイド。
サンドストーム。
バリケード。
フレンジー。

 以上の結果が返ってきた。ちなみに大艦巨砲主義の大首領は除外。ついこないだまでトップだったスタースクリームは屈辱に震え、自らが頂点に立つという野望が遠のいている現実に本格的に焦った。

「速さが足りんよりまだマシだろ。」
「『そして何より速さが足りない』とか言われちまった日にゃジェットロンの存在意義ねーかんな!クキャカカカカカカ!!」
「当たり前だ!!」

 とことん他人事のごとく言うバリケードとフレンジーに、スタースクリームは怒鳴り返して管制室の机を殴った。

「アイアンハイドが火力トップなのは勘弁してやれよ。構えて撃つのはあいつの仕事だ。同じ弾幕ならとっておきがあってくれた方がこっちも仕事がしやすい。俺は撃ち殺すより轢き殺す方がいいから追跡力トップでいいし」
「俺様は時間かけて刻み殺す方が好きだから殺傷能力と潜入のトップでいいし。ケッケッケッケ」
<フォローする身としては、皆さんが自分で技能をつけてくれた方が喜ばしいです。私では火力がありすぎるので>
「さりげなく自慢するな!」
「てめぇはネメシスの援護がある時点で反則じゃねーか!!」
「そうだそうだ!」

 デストロンの辞書に「他人を慰める」という言葉は存在しない。まあこのモノクロコンビと戦艦にいたっては妙なところで律儀な航空参謀をおちょくって楽しんでいるだけだが。それはとにかく、スタースクリームはいつの間にか管制室の人数が増えていることに気付いた。

「人の部屋に入るときはノックしろって先達に教えてもらわなかったのか?」

 バリケードは呆れとともに闖入者――サンドストームとアイアンハイドにブラスターを照準した。

「ばかもん!作戦前なのにいつまで経っても降りてこんから呼びに来てやったんだぞ!」
「そんでまさかと思いきや、やーっぱり抜け駆けしてやがったなコンチキチョウ!!」

 両手を挙げてもアイアンハイドの口は減らない。サンドストームも然り。

「そういえば、今回の発信地点は南極点だったな…。メガトロン様、また遭難か…」(ワクワク)
<前回は北極点でしたね。マイクロン・サーチ、心してかかりなさい。貴方の真価が問われる時です。>
「もはや決定事項のように言うな。というかやっぱり探すのは俺なのか。」
「しかも心配しながら言ってるときの擬音じゃねーぞ。」

 ブラスターをおろしながら心配げに呟くバリケードの背後に「ワクワク」という擬音を読み取ったアイアンハイドとスタースクリームは嫌な汗を垂らしながらつっこんだ。ちなみに惑星の極地で重力場の計算ミスによる不時着及び1000年間の遭難事件については大首領の心の傷でもあるので、本人の前では禁句である。命が危険だから。

「ところで抜け駆けとは何のことだ?私は自軍の戦力データを見に来ていただけで、サボタージュもしていないぞ?」

 そもそも時間になったらネメシスにショートワープしてもらうつもりだったのだから。

「惚けんな!」

 サンドストームは鬼気迫る顔でスタースクリームに迫った。

「あの嬢ちゃんのデータ今度こそ独り占めする気だったろ!そう簡単にいかせるかよ!でなきゃ俺にオリジナルを渡しててめぇがコピーもらえ!」
「「アホか!!」」

 あまりの気迫の無駄遣いに航空参謀と破壊兵の意思は一つになった。拳を縦にして突撃兵の頭の上に打ち下ろす。

「全く…まあ、サボタージュするなら俺たちは一向に構わんぞ?マイクロンの無い貴様じゃ戦闘は困難だろうからな」
「ああん?何か言ったか?」
「火力のしょぼい貴様の出る幕は無いと言うとるんだ!」

 これまでの鬱憤晴らしと言わんばかりにアイアンハイドはふんぞり返ってでかい口をたたき出した。それに反応してスタースクリームの顔が一気に剣呑なものになる。

「ほうほう、言ってくれるじゃないか?…表出ろ、口が利けんようにしてやる。」
「口が利けなくなるのは貴様の方だ。もうガタイだけの便利屋とは呼ばせんぞ!」
「ついで今までデカイ顔されてた分倍にして返してやるぜ!ギャハハー!」
「おおう!ケンカか?ケンカかぁー?イヤッホー!」

 すぐさま復活したサンドストームも加わり、一触即発の空気が流れ、更にフレンジーがそれを煽る。<便利屋だからこそ重宝されているのに…>というネメシスの呟きとそれに頷くバリケードはとにかく。

<いい加減にせんかぁ!!>

 一触即発の空気を吹き飛ばす怒号がスピーカー越しに轟いた。月面基地(仮)のブリーティングルームにいるメガトロンである。かなり不機嫌だ。

<呼びに行ったと思えば何をじゃれておる!さっさと全員降りてこんか!貴様らわしを待たす気か!?>
「「「「はい、ただいま!!」」」」

 管制室にいた殆どが条件反射的にシャンと背筋を伸ばして、敬礼した。それを聞いて彼等の首領は更に不機嫌そうに鼻を鳴らすと一方的に通信を切った。

「…あーあ、マイクロンの無い誰かさんの所為で俺らまで怒鳴られちまったじゃねぇかよ!」
「知るか!」

 喉元過ぎれば何とやら、小声で遠まわしにあてつけてくるサンドストームにスタースクリームは苛立ち紛れに怒鳴る。嬉しい強敵の出現で忘れかけてはいたが、ここのところフラストレーションが限界だ。何より格下の二人にデカイ顔をされるのが我慢なら無い。ならばメガトロンの牽制を跳ね除けてでも自力でマイクロンを手に入れるしかないのだ。
 人間が喩えるなら腸が煮えくり返る思いと焦りの中、スタースクリームは他の仲間同様ネメシスの操作でワープした。

/*/

 極寒の大地を難なく走行しているように見えた三車であるが、ふと遮蔽物の多い原っぱに隠れこむように入り、そこで全員停車した。

「ああ、やっぱりこの辺りが限界か…。」

 そうエンカーは呟くと工具を片手に下車し、MDGを起動させてウィルス達を数体召還した。物質化したのははんだごての両腕を持つ「ビリー」とストーブがお化けになったような「ダルスト」。ラチェットも二足歩行の姿に変形する。

「何があったの?」
「地球のメカをスキャンしたことによるトラブルだ。」

 ラッドの質問にコンボイはコンテナを切り離しながら答えた。氷点下を下回ることが日常の南極でも、あらゆる環境に順応できる機械生命体であるトランスフォーマーには苦にはならない。しかし、ピータービルト379、シボレーカマロ228、SUV型救急車の構造はそうではない。タイヤにチェーンを巻いていたが、寒冷地仕様の駆動体ではないのでたちまち氷の砂利が内側に張り付き、寒気が内部構造を侵食しだした。それで彼らはやむなく停車せざるえなかった。

「要するに、かじかんじまったんだよ。」
「なるほど。」

 とてもわかりやすいエンカーの表現にラッド達は頷いた。彼らもコンボイから降りて、生まれて初めて南極の地に降り立った。車内でもそうだったが、時折風が頬を叩くものの寒くは無かった。こうして無心に感動できるのも、ラチェットのジャケットのおかげだ。

「コンテナ、オープン!」

 その言葉を合図にコンテナは金属音を打ち鳴らしながら、展開され次々と構造を変えていった。何がどうなっているのか理解しようとしている間に、コンテナはラッド達の目の前で一つの基地に変わっていた。

「すごい…」

 換装用のパーツ以外にもこんな用途もあったのかと、ラッドは感嘆の声をもらした。その間、フックを筆頭にしたマイクロン達がベースの機材を操作して調整作業を開始する。プライムはジョルトと共に見張りを担当し、周囲の警戒に当たっていた。率先して皆を守ろうとするところは、どこかコンボイに似ている。
 ラチェットはホットロッド。エンカーがコンボイの調整を担当することで作業時間を短縮することにした。

「では、総司令。及ばずながら失礼いたします。」
「うむ、こちらこそよろしく頼む。」
「ラッド、カルロス、アレクサ、よく見といてくれ。」

 エンカーが気さくに敬礼し、トラック形態のコンボイがエンジンフードを解放する。
 横で見ている三人の前でエンカーは内部構造の中に入り込んでしまった氷の砂利を取り除きつつ、慣れた手つきで寒気が入り込む隙間をハンダゴテの両腕を持つウィルス「ビリー」と共に塞いでいく。それが終わると冷却装置の調整に入る。
 三人はその作業を静かに見入っていた。ラチェットとエンカーが別行動の時に備えての見学だ。覚えておいて損はない。今ホットロッドの調整作業に入っているラチェットのそれも確かに鮮やかなものだが、過程を参考にするならやはり同じ人間に近いエンカーの手順の方が参考になる。コンボイもその慣れた作業過程に感心し、まだセイバートロンにいた頃彼が何気なく語ったことを思い出した。

「…『昔散々ロボットを修理していた』という話は本当だったんだな。」
「そうなの?」

 少し意外だとアレクサは思った。どちらかといえば、彼には修理するよりも改造しているイメージがあったからだ。
「まあな。」とエンカーは作業の手を休めず素っ気無く答えた。

「でも機械生命体は初めてだ。ホイルジャックの受け売りですが、自動修理システム本体とスパーク以外は何とかできますよ。」

「む…」とコンボイは思わず声を上げた。

「ホイルジャックか…。」
「ほら、いつぞやの襲撃の後。出頭報告する前に博士に捕まっちまいまして…どーしても俺の体を解析したいって言うもんだから、そのお代に。」

 さすがにジェネーレーターのことは隠し通させてもらいましたが、とエンカーは付け加えた。
「誰?それ」と話の外に追い出されていた子供たちにコンボイは少し言葉を濁しながら答えた。

「我が軍きっての技術者で発明家だ。…腕は確かなんだが。」
「後方支援にも関らず負傷率1位。ちなみに原因の全てが自分の実験の失敗。挑戦者の鑑だよ。」
「それってある意味マッドサイエンティストなんじゃ…」

 思わず漏れたラッドの言葉にエンカーは「甘い。」と真剣に答えた。

「コーヒーのガムシロップ並みに甘いぞ、少年。時間を停止させるのとか最大出力で摂氏1200度の焔を出すロボット製作したり、手前用の要塞マシン作っちまう火力信奉者な爺さんより遥かに人畜無害だ。」
「なんだよその生々しい表現。」

 まさか彼の「師匠」のことでは…という推測がコンボイの論理回路によぎったが、あえて聞く気にならなった。自分の中の人類に対する認識が徹底的に瓦解する予感がしたからだ。
 とにかく、整備は始まったばかりだ。

/*/

 何で蹂躪戦ではないのだろうかとデストロンたちは思った。

「絶好の狙撃日和なのに…」
「最高の奇襲日和なのによぉ…」
「格好の空襲日和だってのに…」
「絶調の破壊工作日和じゃねーかファック!」

 晴れ渡る南極の空と海の間。巨大な流氷の上で、アイアンハイド、サンドストーム、スタースクリーム、フレンジーはそれぞれ似たようなことを独りごちた。
 すぐ近くに地球人の攻撃空母が行動中なのはネメシスの報告でわかっていた。しかし、悲しいかな。ここに来たのはマイクロンパネルの捜索と確保のためであって、地球人への宣戦布告のためではない。
 彼らはお預けを食らった気分だった。

「ぼやいておらんと仕事にかかれ!」

 氷山の頂点に立っていたメガトロンが激を飛ばす。陸に転送されていたバリケードは既にネメシスと交信しながら現場の状況を確認し、情報を比較し解析していた。
 今回パネルの居場所はすぐに見つかった。パネルを覆っている物質が前回のような何種類もの無機質と有機質の混ざった土壌ではなく、大部分が固体化した水素と酸素の結合物―――すなわち氷だったからだ。おかげで信号は攪拌されずネメシスに届いた。
 問題はその深度である。例の如く埋まっていたが、簡単に掘り返して回収できるような深さではなかった。地球人の標準基準で約50mである。
 ボーンクラッシャーあたりでも連れてくるべきだったとバリケードは思った。奴の強力と三本目の腕なら無難に回収できるだろう。しかし、いない者は仕方が無い。両陣営ともトップが不在とは言え、本星での戦争は継続中なのだ。

「では、偵察に行ってまいります。」

 サーチを乗せたアイアンハイドと共に、バリケードは出発した。背後にスタースクリームの憎憎しげな視線を感じたがどうとも思わない。隣のアイアンハイドは痛快そうだったが。
 事前に収集したデータを基にシドニー市のパトカーに変形し、発信源の方向へ進行していく。ネメシスのナビを頼りに、すんなり目的地に辿り着いた。
 そこには巨大な氷の裂け目があった。クレバスである。まだ新しい。底の方では出来上がったばかりの氷山が海面で浮き沈みしている。パネルの位置もサーチのセンサーが正確に捉えてすぐ見つかった。

「こちらアイアンハイド、マイクロンパネルを発見。座標を転送します。」
<大気温度上昇の影響で氷が裂けた時の震動で刺激されたようですね。いつ覚醒しても、おかしくありません。>
「それにしてもまあ、厄介なところに埋まってくれたというか、横から取りにいけると喜ぶべきか…。」

 バリケードとアイアンハイドの視線の先、クレバスの内側、その壁の中でパネルは淡い緑色に輝いていた。そう奥には無いし、10m級が余裕で入る広さではあるが…

「こりゃサンドストームの出番だな。」

 おっかなびっくり地道に降りて穿孔など御免被る。下手すれば眼下の海底にダイヴだ。早速沿岸部で待機している首領達に連絡を入れる。

<そちらに接近する走行体を確認。照合、サイバトロン戦士ホットロッド。尚、海
上に展開されている攻撃空母から無人偵察機が飛び立ちました。>

 地球人の偵察衛星をモニター代わりにしているネメシスから報告が届いたのはそんな時だった。

/*/

「早くしてくれ。敵の前で止まっちまったら的だ。」
「もう少しだ。辛抱しろ。」

 急かすホットロッドに答えながらラチェットは冷静に作業を進めていた。そして溶接担当の「ビリー」と解凍担当の「ダルスト」がそれを手伝う。
 調整は30分とかからなかった。ホットロッドが焦れだす頃にはエンカーの方も最後の工程に入っていた。しばらくして、パタリとエンジンフードがしまわれる。

「よし、これで終わりだ。動かしてみろ。」
「こっちも終了。お疲れ様です、総司令。」

 ホットロッドがエンジンを吹かし、コンボイが排気塔から蒸気を上げる。先ほどと違って軽快な気筒音といかにも強力なデトロイトディーゼル社製の轟音が氷の大地に響いた。

「ばっちりだ。さすがはラチェット様だぜ。」
「ちょっと、何よその態度!」

 明らかに嫌味の入ったホットロッドの言葉をアレクサが非難するが、ホットロッドは拗ねた子供のようにそっぽを向く。

「そいじゃ、ひとっ走りいってくらぁ」
「あ!俺も行くよ。ホットロッド。」

 コンボイの嗜めもラッドの制止も聞かずに発進するホットロッド。それにカルロスがシートに乗り込んでついていってしまった(更にその後をビリーが追って乗車した)。あっという間に、黄色のカマロは地平線の彼方へと走っていった。
 「あまり遠くに行くんじゃないぞ!」というラチェットの声が届いているのかどうか…

「ったく…何なのよ。あの態度ったら…!」
「機嫌治らないなぁ、ホットロッド。」
「なぁに、そこは心配しなくていい。彼も戦士だ。」

 ラッドたちの心配にコンボイは安心させるように答えた。彼らは自分達の絆の固さを自覚していた。エンカーはラチェットが何か言いたそうにこちらを見下ろしていることに気付き、顔を上げた。

「すまんな、エンカー。気を使わせて。」
「いいってことさ。あんたも外様の俺に総司令を任せてくれたことなんだし。」

 些細なことだが、問題は早い内に解決するに限る。ただでさえ不言実行なラチェットと直情径行のホットロッドは、時間が要るのだ。あとあと気まずくては士気に関る。
 しかし、エンカーは線引きをはっきりさせた。いくら打ち解けていても隊の指揮を取る者を外来の者に預けるなど考えられない。滅多にあってはいけない。すくなくとも、エンカーはそう思っている。それでも任されたのは、斥候役でもあるホットロッドがすぐ動けるように優先したのと、それだけ自分が信用されているということだ。少なくともエンカーはそう解釈した。いずれ彼らの下から去る自分に言い聞かせるために。

「…ところで、デストロンたちは?」
「今しがた沿岸に5体がショートワープしました。うち2体、バリケード、アイアンハイドが内陸に向けて進行を開始。予測進路からここより3キロ先の大クレバス方面と推定。このタイミングからすると、連中また俺らに探させる腹だったようですね。」

 コンボイの状況確認にすぐさまスイッチを切り替え、エンカーは淡々と報告する。すでにネメシスのジャミングは展開されていた。それに備えてグロリアのキャンセラーを施したが、やはり相手が相手なだけにクリアな視界とは行かない。

「だろうな。ということは今回位置を割り出したわけだ。さすがはネメシスだな。」
「前回もけど、それってズルイ!」

横で聞いていたアレクサが憤慨するのを内心素直で実直なのだな、と微笑ましく思いつつ、コンボイは同意した。

「戦場で低コストで利益を得ようとするのは日常茶飯事だ。が、その意見には我々も賛成する。エンカー、ホットロッドに警戒するよう呼びかけてくれ。」
「既にビリーを通して送信済み。こっちが苦労している横で奴らに楽なんかさせません。」
「全くだ。ラチェット、調整が済んだら我々もすぐに出よう。マイクロンの身柄も重要だが、奴らが我々を見逃す道理は無い。」
「了解。エンカー、もうしばらくこいつらを借りるぞ。」
『デストロンの進行方向にマイクロンパネルの信号を確認。』

 信号の発信源の割り出し作業を担当していたフックが報告すると同時に、沿岸でヘリを押しのけて発進するラプターをグロリアの共有視界で確認。
 スタースクリームである。戦闘機モードでまっすぐホットロッドの進路上に向かっている。

「少し雲行きがおかしくなりましたね。」

 コンボイ達はただちに現在の作業を中断し、仮想戦闘領域に向けて走り出した。

 



[11491] 10年目の「ジ・インベーダー」(後編)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:e9573423
Date: 2010/05/12 23:34

「ひゅー!快調快調!」

 ホットロッドの車内でカルロスはご機嫌だった。
 かつて屈強な男達と鍛え上げられたソリ犬達とともに、命を賭けて踏破せんとした世界の最果て。そして43年前、人類が異星体「ジャム」と初めて遭遇したと同時に最初の攻撃を受けた南極大陸。その大地の上をスポーツカーで悠々と走り回るなど、今いる自分以外の誰ができる贅沢だろうか。

「沖にいる空母がなかったらジャムの話なんて嘘みたいだよな。」
「同感。俺もラッドが『ジ・インベーダー』のこと思い出さなかったら、生まれる前から地球にエイリアンが侵略しに来ていたなんて知りもしなかったんだから。」

 サイバトロンに遭遇してから少しだけ街が落ち着いた頃、ラッドからつい10年前に「停戦」となった「星間戦争」のことを聞いて、サイバトロンたちは半信半疑ながらも驚愕し、カルロスは自分が遅く生まれたことを酷く悔しがった。
 それから合間を縫っては基地で「FAF」や「ジャム」について可能な限り調べたが、43年前の最初の遭遇もとい攻撃。<通路>の出現と、その崩壊と共に地球に帰還したFAFの艦隊の映像。それ以上(特に10年間の戦闘記録について)はエンカーやラチェットの手を借りても結果は芳しくなかった(途中何かのスイッチが入ったエンカーが犯罪ギリギリの手段に移りかけたので中断となったが)。それどころか、「ジャム」の存在自体がさも空想であるかのように認知されていた事実に「これだから大人って奴は!」とカルロスは呆れたものだ。

FAF―フェアリィ空軍。

 彼らは確かに地球にいる人達を守ったが、殆どの「地球人」は誰も彼等の戦いを見ていなかった。その事実すら知らなかった。そして、多くの死者と行方不明者を出ししながらも核によって<通路>を破壊し、ジャムの侵入路を絶って撤退してきた彼らを、誰も歓迎はしなかった。むしろ警戒すらしていた。
 異星での生存競争じみた戦争。味方であるはずの者達からの賞賛も栄光も感謝すらも無い。帰るところは無いも同然。
 現在立入禁止区域に指定されたロス氷棚には今も、戦死者の墓標のようにFAF機の残骸が散乱している。

―――なんて、甲斐の無い戦いだろう。

 FAFはどんな思いで戦い続けたのだろうか。カルロスとホットロッドはここから見えないロス氷棚に想いを馳せた。
 大きなクレバスが走る平野が見えて来たとき、運転席に座っている黄色いハンダゴテなボール―ウィルス「ビリー」から電子音声が流れだした。

〈警告。デストロンのショートワープを確認。現在、うち二体がそちらの進路上に進行中。繰り返す。警告…>
「おわっと!?」

 思わずカルロスが声を上げて驚く。ホットロッドはグロリアとの共有視界に切り替え、それに砂嵐が混ざりだした時点で方向転換するべく速度を落とし始めた。

「戻ろう。さすがに分が悪すぎる。」
「そうだね。敵の前で止まったら溜まんないし。」
「…いや、さっきのあれは言いすぎた。ちょっとムシャクシャしてたんだ。」

 ビッグキャニオンでの同行以来カルロスは寡黙な頑固親父に似たラチェットに対して苦手意識があった。それからもいつも基地で黙々と修理作業にかかっている彼に話しかけづらい何かを感じていた。だからラチェットに不満を抱くホットロッドに親近感を抱いた。
 そのカルロスの軽い悪態を聞いてホットロッドは少し黙り込むとばつが悪そうに言った。

「そうなの?」
「とっつぁんの仕事には何の不手際も無いよ。」

 かつては始祖最高議会の使節長で、現在はサイバトロンの総司令官の補佐を務めるエリートであり、歴戦の勇士でもあるラチェット。
 総司令だけでなく古参サイバトロン戦士の多くが彼に信を置いている。そうでなくても軍医でもある彼の世話にかかったこと無い者の方がサイバトロンには少ない。そして、技術者としても優秀である。
 しかし、正直前者に関してはホットロッドに実感のない話である。
 ホットロッド自身が自己を意識し一人の戦士として確立し始めた頃、ラチェットはその立場ゆえ後方支援的な作業に携わることが多くなっていた。
 そんな彼の姿を見て育ったホットロッドは、いくらコンボイが「勇敢な戦士だ」と言ったところで彼にとってラチェットは「頼れる親父さん」であって、「戦士」とまでは認識できなかった。カルロスが感じたのと同様にとりつくしまがなく馴染めないという思い出が多いのも原因だ。
 だが、同時にラチェットは浮ついたところがなくて思慮深く几帳面で、伝統的な価値観を重んじて時流に流されない、確かな自分をもっていることを知っていた。今ならそう受け取れる。
 最初どんなに笑っていても目だけは無表情だったエンカーが、サイバトロンにいくらか馴染めたのはラチェットのおかげでもあるのだ。

「ふーん…」

 ホットロッドの言葉から彼に対する信頼を感じ取ることはできたが、幼いカルロスにはまだわからないことだ。
 そんな空気を切り裂くように聞き覚えがある轟音が耳をつんざいた。ラムジェットエンジン音だ。

「何ぃっ!?」

 驚愕の余りホットロッドは我知らず声を上げた。何かの金属質のものが分離される音に続いて着火音と風を切る音。
 ホットロッドは反射的に速度を上げてそれを回避した。爆発音。カルロスはバックミラーで後方を除いた。もうもうと煙をあげるクレーター。そして、上空で旋回し降下しながら変形してゆくF-22―スタースクリームの姿があった。
 巨大な二本足が舞い降り、氷の大地を滑走。それすら利用してホットロッドに次々とミサイルを撃ち込んでいく。

「うわ、うわぁーーーっ!!」

 ホットロッドは全速力で駆け抜け回避する。地面から伝わる轟音と震動は助手席に乗っているカルロスに直に伝わっていた。本能のままにカルロスは叫びあげる。ビッグキャニオンでのアレクサとラッドの気持ちがやっとわかった。
 敵の兵器と戦略を知っていたホットロッドはがむしゃらに逃げているようで、全て予測し回避していた。だからすぐにスクラップにならずに済んだし、乗っているカルロスも有機物のペーストにならずに済んだ。だが、行くべき退路が絶たれてしまった。目の前には巨大なクレバス。
 また飛ぶの?

 機械にも判断を誤ることがある。スタースクリームは完全に焦っていた。伸び悩む成果と遅々として進まない現状とそれを打開する難易度の高さとのジレンマの結果である。それが、今の状況だ。

「フライングだ馬鹿者ぉ!」

 黄色のカマロが来た道ではなくこちらに走ってきたとき、アイアンハイドがスタースクリームに毒づいたのは当然だった。

「おい、目の前で文字通りflying(飛行中)している車がいるぜ。」
「ああ、全く!洒落にならん!!」

 後部に接続しているマイクロンの力を借りてクレバスを越えたサイバトロンを見て、アイアンハイドは心の中で考え付く限りの罵詈雑言を吐いた。戦闘準備、肩部の掃射砲を開放。バリケードもブラスターを構える。
 サイバトロンがパネルに気付いたかは怪しいが、全軍でこちらにとんぼ返りされては困るし、生きて帰す理由が無い。そういうわけで必死の思いでこちらの岸に着地したサイバトロンを狙って集中砲火を浴びせた。
 スタースクリームはその間にクレバスに降り、ブレードを壁に突きたてて器用にぶら下がると日頃の高飛車な態度などかなぐり捨てたかのごとくマイクロンパネルを覆う氷壁を殴り続けた。地道に割る気だ。

「さすがに必死だな。」
「あのアホ、面倒押し付けくさって自分だけ!」

 アイアンハイドは下にいるスタースクリームにミサイルを撃ち込みたい誘惑に駆られっぱなしだったが、隣にいるバリケードと共に忠実に職務を全うすることを選んだ。バリケードも内心苛立っているらしく、その射撃は苛烈そのものだった。
 ホットロッドは俊敏に動き回って距離を取り、横殴りの弾幕を全て回避した。しかし、その分であるが戦闘に専念しすぎた。変形するためにドリフトすると同時に中にいるカルロス達を放り出してしまうくらいに。

「しまった!?」

 友人のことを忘れたわけでもなければ邪魔だと思ってやったわけでもなかった。 ただ、体がそう動いてしまっただけのことだ。だが彼自身が気づいた時には、カルロスは悲鳴をあげながら後ろのクレバスの下に落ちていくところだった。慌てて手を伸ばすがもう遅い。
 マイクロン・ジョルトがホットロッドより早くカルロスの危機に気付き、すぐに行動を開始していた。即座にホットロッドから乖離し、ビーグルモードの小型ヘリに変形。落下するカルロスを追って滑空するようにクレバスに降下。間一髪でカルロスのジャケットの襟首にスキットの先端を滑り込ませ、ぶら下げながら緊急上昇。海面への落下を逃れたカルロスは安堵した。
 身を乗り出していたホットロッドはカルロスが助かったことに安堵したが、それを感じ入る暇はなかった。容赦なく襲い来る弾幕を回避しつつ、ブラスターを乱射しながら改めて距離をとり、遮蔽物になる物陰に退避した。
 ジョルトはカルロスを持ち上げたはいいが、今地上に置くのは危険だと判断した。カルロスも上から聞こえる砲音にそのことを直感的に理解した。うかつに頭を出せば流れ弾で跡形も残らない。
 同行しているウィルスが防性の「メットール」なら危険域からの脱出は可能だったかもしれないが、攻性の「ビリー」に護衛は望めない。仲間たちの到着もまだ時間はかかりそうだ。
 デストロンの援軍は既に有視界に入っている。

「いいよ、ジョルト。俺のことはあの辺に降ろしてくれればいいから、まずホットロッドを助けに行って。」

 カルロスはジョルトの迷いを読み取って、クレバスの壁面に一際大きな足場を探してそこを指し示した。ジョルトは躊躇いながらもその言葉に従って旋回し、ゆっくりとカルロスを降ろし解放すると、すぐに上昇し地上の敵の眼をかいくぐりながらホットロッドの元へ合流した。
 再び頭上で大きな音が響いた。銃声ではない、巨大な金属が岩を砕く時の音だ。カルロスの足場も震動で揺れる。足を踏ん張りながら見てみれば、デストロンがぶら下がった状態で氷の壁を叩き割ろうとしている最中だった。ぼんやりとだが、壁の中に淡い緑の光が見えた。成る程、それで連中はここにいたのかとカルロスは納得したが…再び足元が揺れる。

「ちょっと…マジやばいじゃん。」

 重々しいキャタピラとローター音が上から大きく響き渡る。間違いなく万事休すだ。

「スタースクリームのアンチクショウ、今度こそ抜け駆けしやがって!」
「やっこさん、マイクロン一番欲しがってたかんなー。我慢できなくなっちまったんだろーよ。」

 悪態を吐きまくるサンドストームのシートの上でフレンジーはのんびり得物の点検をしていた。望遠視界の先には自前の剣をつっかえ棒に壁にぶら下がって必死に穿孔作業をする航空参謀。

「おーおー、必死になっちゃって。これで取られたりしたら受けるな。ケッケッケッ」
「取られてたまるかっての!」

 高飛車野郎のスタースクリームにくれちまうのは癪だが、サイバトロンにくれてやるのは困る。アイアンハイド達は既に若いサイバトロンを岩の陰に追い込んでいるところだった。

「いいところに来たな。今岩ごとふっ飛ばしてやるか頭出すまで待ってやるか話合ってたとこだ。」

 ブラスターの照準を岩から外さず、バリケードは視線だけこちらにやって言った。挑発のためにアイアンハイドが嘲笑交じりの野次を飛ばしている。しかし若いサイバトロンもなんとか我慢してしぶとく岩陰に身を潜めていた。

「じゃあ、上からぶっ飛ばしてやるってのはどうだ?」

 フレンジーとサンドストームはニヤリと顔を歪めて笑った。

「つーことでメガトロン様。ここは俺たちが…」

 メガトロンは目の前の障害を排除することを優先させた。勇み足を踏んだ部下への指導は後にでもできる。
 サンドストームは人型に変形し、気配を殺しながら接近。岩を背にしていたホットロッドの真上に立ち、下に向けて銃口を展開。ホットロッドも背中越しに敵の接近を感知していた。ブラスターを展開して待ち構える。振り向き様こちらを見下ろすデストロンの鼻っ面にきついのをお見舞いしてやるつもりだった。
 しかし背後で盛大なプラズマが上がった。驚いて振り返ればサンドストームが砲撃によって高く舞い上げられているところだった。長く悲鳴を上げながら放物線を描いてサンドストームは氷の大地に落ちた。
 見上げると世界はオーロラ色に染まっていた。ディメンショナルフィールド。エンカーだ。

「余所見はいかんよイエローベリー。」

 右腕に杭を刺し込まれる痛みと共にあざ笑うような声が聞こえて、フレンジーと目が合った。ホットロッドの右腕はフレンジーの針に貫かれていた。すぐに組織が閉鎖し、内部警告装置の音は切れ、損傷部の機能停止を阻止すべく予備措置が働いた。
 移動していたサイバトロン達から未知の粒子を確認したとネメシスが報告を寄越した時点で、メガトロンは周囲への索敵を広範囲に拡げていた。アイアンハイドも周囲を覆う殺気に気付いていつでもミサイルを撃てるように構えている。
 地平線の向こうで、殺意が爆発した。圧縮されたエネルギー砲弾の形を借りたそれは大気を焼きながらメガトロン達に迫る。

「このワシに砲撃戦だとう!!」

 戦車形態のままで回避しながらメガトロンは叫ぶも、その中枢プロセッサは弾道の予測と射角の割り出しを同時進行で行い、エネルギー弾がフィールドの壁に着弾する前後には計算を終えていた。回避行動と共に砲身を旋回し、射角から割り出した目標の位置に一撃。手応えなし。狙撃ポイントからの離脱経路を予測してもう一撃。掠っただけに終わる。
 違う方向からエネルギー弾が撃ち込まれる。今度は倒れていたサンドストームを狙っての砲撃だった。回避に徹していたバリケードが間一髪彼を引きずって難を逃れた。やはり、敵(十中八九、疫病神)は居場所を特定されないように狙撃している。そしてそれはプレッシャーをかける意味で効果を為していた。フレンジーは岩から飛び出てサイバトロンと取っ組み合いになっている。こちらは任せることにした。

「アイアンハイド、索敵!」
「やってます!」

 ネメシスとの交信が途絶えている以上、頼りになるのは仲間同士のデータのやり取りしかない。
 隣に構えるアイアンハイドは光学迷彩で姿を消している敵を探し当てるために自らのエネルギーをいくらか与えてサーチの機能出力を支援した。サーチもパートナーの意思に答えてレーダーモードをスーパーサーチに維持したまま、地球に存在する機器の何千倍ものレンジと精度で展開。動体反応あり、数、2。太陽光を透過し、熱も影も感知できなくてもサーチの目は誤魔化せない。目標の位置データをリアルタイムでアイアンハイドのプロセッサに転送。

「目標を確認。他にサイバトロンが一体接近中!」
「バリケード、そっちは任せた!」
「了解。おら、死にたくなかったら起きろ!サンドストーム」

 再び砲撃。メガトロンの横を通り過ぎるが、彼は動じない。奴の殺気が本物である以上焦りは禁物だ。
 1ナノミリ秒ですら命取りなのでアイアンハイドは高速言語で仲間をナビゲーションする。遥か彼方で動き回る疫病神の動向を手に取るかのようにわかった。

「敵、静止!」
「ミサイル、炙り出せ!」
「了解!アイアンミサイル発射!!」

 アイアンハイドのショルダーミサイルが白い航跡を書いて遥か向こうの目標の位置に飛翔して行った。着弾と同時に巻き上がる爆煙。それに煽られる形で上空に羽ばたく羽の生えた人型。間違いなくあの疫病神だ。
 目標が芥子粒のように見える相対距離だが、視認できた時点でメガトロンには充分だった。既に掲げていた砲身を、空中で体勢を立て直そうとしている疫病神に照準し、砲撃。
 命中し、撃墜。だが、手応えが浅い。吹き飛ばされ金属の羽を撒き散らしながらも、疫病神が「原型を留めて」落下していく。バリア機能でもついているのか?
 背後で接近中のもう一体を警戒していたバリケードが発砲。その向こうには既にこちらの側面に回りこんでいたサイバトロン―ラチェットがいた。

<エンカー、死んだか?>
<バリアのおかげで死んでないけど、あんな太くてごっついものぶち込まれたら死ぬほど痛いよ。>
<よし、大丈夫だな。>

 エンカーはブラックジョークの混じったラチェットの暗号通信を大の字で倒れこんでいた状態のまま返した。
 「インビジブル」で姿を消しながらの「センシャホウ」による陽動だったが、時間は充分すぎるほど稼げた。できるだけ「擬死(狸寝入り)」を悟られないように組織閉鎖して念を押す。

<マイクロンパネルは任せてくれ。掠め取るのも鴉の領分だ。仕掛けも済んでいる。>
<また無茶するなよ。そろそろ無人偵察機も上空に到着する。>
<了解。今度はバラバラじゃないからな。幸運を。>

 通信越しにエンカーの余裕を感じ取ったラチェットは気兼ねなくデストロン達に仕掛けた。即座にバリケードが反応し応射。遅れて気付いたメガトロンがこちらに矛先を向けようとするが、アイアンハイドが複数の熱源が接近中と警告。

「ウィルスどもか?」
「例の遠隔操作型飛行誘導兵器です!数、6…いや、16!?音速で接近中!」
「小癪な!!」

 対岸から地面スレスレをジグザグに走る金色と黒の弾丸達。正体はエンカーが墜落と同時に撒き散らされたウィングのフェザー部分だった。金色が3対、黒が5対。
 エンカーは既に起き上がり、フルフェイスガードを展開。ウィングをスラスターモードに切り替えて地面スレスレを最大戦速で駆け抜ける。突貫してくる疫病神に向け、変形したメガトロンとアイアンハイドは弾幕を張った。当然二人の意識はそちらに釘付けになる。最初からそれが狙いだった。

「今だ!」

 ラチェットは胸部を展開し、円盤状のエネルギーサークルを発射。既に射角の方向は予測演算済み。
 虹色に輝く円盤がまず前方のバリケードを側面から吹き飛ばし、そのまま反射してアイアンハイドの後頭部、起き上がったサンドストームの顎、さらにはホットロッドとウィルス・ビリーを手玉に取っていたフレンジーを横へと吹き飛ばした。ホットロッドもその隙を逃さず脱出した。動かない右腕を庇いながらブラスターを構えて距離を取る。すぐさま二人は合流した。
 この場面で一瞬でも弾幕が途切れたのは痛手だった。16基中9基は機関砲に撃ち落されたが、うち先行していた黒の3基が薄くなった弾幕をかいくぐってメガトロンの装甲に届いた。彼の基準から見れば鋭い小石が刺さった程度の損傷だったが、その小石が侮れない電子兵器を兼ねていることを、いつぞや部下からの報告で知っていた。忌々しい礫を毟り取り、握力で握りつぶす。

「メガトロン様、お下がりください!」

 疫病神は既にクロスレンジまで迫っていた。アイアンハイドは衝撃から立ち直る数秒、残る4基を撃ち落すべく、少しでもメガトロンを守るべく一歩前に出て再び弾幕を張った。

「おっと!そっちじゃねぇんだよな。」

 疫病神はクレバスに差し掛かると同時に急上昇した途端、推進器をオフ。墜落するようにクレバスの中に消えていった。完璧なフリーフォール。それを追って4基の黒羽が直角に方向転換する。
 疫病神は確かにこちらを一瞥していった。何の感情も無い4つの単眼に、ぞろりと歯をむきだしに下卑た笑顔のフルフェイスマスク。アイアンハイドは虚を突かれたものの、直感的にその下の顔も自分達を哂っていると理解した。そして今クレバスの中に何があったかを思い出して、その意図に気がついた。それと同時にサーチのレーダーがもう一体の動体反応をキャッチ。目標は猛然とこちらに接近。
 氷塊に身を隠しつつ、「インビジブル」で姿を消して回り込んでいたコンボイは走りながら二足歩行に変形。ラチェットとホットロッドが離脱したのを確認すると、全武装を開放し虚を突かれたデストロン達めがけて突撃した。

「よし!」

 氷の中からパネルが露出した時スタースクリームは喝采を上げた。やはり「力」は与えられるよりも自分で手にする方がいい。
 兵士として味方を無視した以上責めは免れないだろうが、「マイクロンパネルは自分で手に入れろ」と言ったのはメガトロン自身だ。いかな破壊大帝とて自分の言った事を撤回するわけにはいかないだろう。むしろさせてたまるか。
 どの道結果さえ手にしてしまえば、後はどうとでもなる。既にスタースクリームの頭脳回路の中に地上での戦闘のことなど無かった。ヒュンと硬質の飛翔物が風を切る音など、頭の上を飛び交う銃弾の音と栄光に満ちた未来予想図にかき消されてしまっていた。
 パネルが氷ごとはがれ落ちない程度に力を加減し、最後の一撃を叩き込む。完全に露出したそれは自分を歓迎するかのように輝いていた。少なくともスタースクリームにはそう思えた。
 自分の理想が現実になる喜びのまま手を伸ばし、パネルを掴…めなかった。手首に軽い痛みが走ったと同時にパネルを掴むはずの手はその形のまま停止してしまった。力が入らないどころか、腕から感覚すら消えてしまった。視覚センサを最大して確認すれば、見覚えのある黒い金属質の羽が深々と突き刺さっていた。

「こ、これは…!」
「はい、ごくろうさん。」

 上から声と共に降ったきたのは疫病神だった。驚愕する自分の目の前でパネルを回収し、小脇にしまいこんだ。

「てめぇ!!」

 呆然となる前に怒りがスタースクリームを支配した。その感情のままぶら下がった方の腕を支点に蹴りを見舞う。エンカーは寸前にその場から飛び降り、中空でスラスター、オン。カルロス達のいる方向とは逆方向に滑空。一気に急上昇し、クレバスから脱出する。当然怒り狂うデストロンは戦闘機に変形し、それを追った。

 その頃、クレバスの縁でラッド達はカルロスを引き揚げんと悪戦苦闘していた。

「カルロス、早く…!」
「わかってるって…!もうちょい…」

 カルロスは駆けつけてくれたラッド達の誘導で狭い足場から足場へと移動しながら、何とか縁まで手が届くかのところまで登りつくことができた。しかし、あとは身を乗り出すだけというところで氷の大地の性質が脱出を阻んだ。力を込めれば込めるほど足が滑り、段差は削れる。カルロスを持ち上げようとするラッド達の足場も同じだった。ウィリー達も総出での救出作業だが、時間と共に足場の摩擦が減っていきジリ貧に状態だった。
 谷間のようなクレバスの中をスタースクリームのソニックウェーヴが吹き荒れ、暴風は容赦なく子供達を弄んだ。
 ラッド達はカルロスの手を離さず耐えたが、そこまでだった。踏ん張った足はよろめき、その力のまま滑った。連鎖的に自分を含め数珠繋ぎになっていたアレクサとウィリー達も足を踏み外し、滑り落ちた。
 一瞬の無重力感とともに、彼らは絶叫しながら一まとめに谷底へ落ちていった。ラッドは落ちていく中、谷底を見た。周りの景色がやけにゆっくり流れているように感じた。人間、死に直面すると全ての感覚が最大限に鋭敏化して一瞬すら知覚できるのだなと他人事のように思い知ると同時に、見えるのが冥府のように暗い氷海であることが残念だった。
 予想していた衝撃はなかった。目の前には虹色に光る円盤があって、自分達はその上に乗っていた。遠目で見ていたが、ラチェットのエネルギーソーサーに間違いなかった。

「こちらエンカー、マイクロンパネルを確保。ただちに離脱の指示を…おっとと!!」
「返しやがれ!この蚊トンボ!!」
「せめて鴉と言え!」

 大地を引き裂かんかと思うほど怒り狂う戦闘機のミサイルをかいくぐりながら、エンカーはラチェットがラッド達を助けたのを認め、すぐにでもディメンショナルフィールドを解除する準備に入った。この戦域は既に黒い無人偵察機のレーダーレンジ内に入っている。
 両軍が現在地球人と事を構える気がない以上、これ以上留まるのは得策ではない。メガトロンもそれは承知しているはずだ。既に眼下では自分の全周波通信を受けて両軍の銃火は収めつつあった。

「残念だが、もう時間だ。スタースクリーム。」
「―――!」
「まさか、手前一人の勇み足のために星一つ敵に回す気か?」

 デストロンの航空参謀との飛行中、1000キロ先の洋上から飛び続けた黒い偵察機を最大望遠で確認。フィールド越しであるがここの異常が地球人たちに確認されてしまうのは時間の問題である。スタースクリームもそれは理解していた。彼は自分の賭けに負けたのだ。

 DCの膜が霧散していく。青色の空を望んで、ラッドはほっとした。
 カルロスとホットロッドも助かり、パネルも回収し、ラチェットの元に戻り帰還するだけだ。

『………』
「…ウィリー?」

 何か怯えたように虚空を凝視するウィリーにラッドは気付いた。見ればアーシーもバンクも、そしてデストロンを含めたトランスフォーマー達が変形した。スタースクリームと向き合う形で滞空していたエンカーも、フィールドの展開域を自分の周りだけに留め黒騎士姿のままである。全ての者が攻撃の手を止めて、ラッド達はやっと状況がおかしいことに気付いた。

『だめだ…。』

 怯えたように、ウィリーは呟いた。
 空を見上げれば偵察機が機首を上げてこちらに向かっているのが見えた。少なくともラッドにはそれだけはわかった。だが、様子がおかしい。
 そして自分達が見ている目の前で、偵察機の機関部が上空から放たれたレーダーに貫かれ、爆発した。
 一瞬何が起こったのかわからなかった。デストロンの誰かが撃ち落したわけでもない。ラチェットとホットロッドが自分達をかばうように前に出る。
 所々から煙と焔を上げ、破片を撒き散らしながらあっという間に高度を落とし、偵察機はその役目を果たすことなく墜落した。アレクサが悲鳴を上げた。それから大きな金属が地上に激突し、ひしゃげる音が響く。他の音が無かったので、嫌に大きく聞こえた。
 原型すら留めていない残骸から轟々と吹き上がる黒煙を見上げ、その影に三つの影が空へ飛んでいくのを偶然見た。
 点に見える遠さで音速飛行していたため、視認できたのはほんの一瞬であったが、ラッド達はこれと似たような光景を最近繰り返し見たことがあった。そしてそれがなんだったのか思い出し、ラッドは戦慄した。

「そんな…!」

 サイバトロンもデストロンもマイクロンもその影を睨みつけていた。誰かに聞かずとも、ラッド達はあれが「敵」であり「脅威」だと直感で理解した。
 殆どが「あの映像」と同じ状況だった。

―――だが、そんなはずはない。いや、そんなはずがあってたまるかとラッドは心の中で叫んだ。

 <通路>は10年前、FAFが多くの犠牲を払いながら破壊したのだ。それにジャムの飛行体は黒い鏃のようなシルエットをしている。今見えた「あれ」は歪ながらも人型だった。
 それでもラッド達は背筋を這う寒さと震えを止められなかった。

―――炎を吹きながら墜落する貨物飛行機。舞い上がる黒煙の向こうを飛んでいく三つの影。

 43年前、「人類」が初めて遭遇した「異星体」を最初に捉えたものであり、最初の攻撃を受けた瞬間の映像。そして今、皮肉にもそれと同じ光景が、同じ南極の地で、第二の「侵略者」によって繰り広げられていた。
 ラッド達は図らずともその瞬間に最初に遭遇した「人類」であり、「生存者」となった。

平和が―――破られた



[11491] 幕間―17years ago―
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:e9573423
Date: 2010/04/30 02:04
 むかしむかしのある日、白い天津船に乗って
 蒼い髪の女の子が星の海からやってきた。

/*/

 アジアの小さな島国日本。首都東京から海岸沿い東。都会の喧騒から大分離れた、昔の面影を残す穏やかな町。言ってしまえば、古くさく何の取り柄も無い、静かな漁村だった。
 名は「星見」といった。
 夜が明けようかという時刻のことだった。
 空の闇の向こうから巨大な火の玉が沖にある岩島に落ちた。いつものように出港の準備をしていた漁師達はそれを見て、胸騒ぎと共に沖から打ち寄せてきた津波から船を守るために騒然となった。まだ寝入っていた住人達も巨大な何かが水面に叩きつけられる音と軽い地震によって深い眠りからたたき起こされた。
 町きっての名士であり、海と町を一望できる海岸沿いに屋敷を構えていた西園寺実も例外ではなかった。
 彼は最初の先制攻撃から26年間、ジャムの脅威を肌で感じていた数少ない地球人であり、経済界の重鎮であった。この頃すでに地球にいる人間の殆どが「ジャム」との戦争を忘れていたが、長くFAFの経済援助を支えた彼はリン・ジャクスンの言葉を借りるのならば、真の意味で「地球人」足りえる人間だった。
 既に老年に差し掛かっていたものの、長年泥沼のような経済界をのし上がってきた気鋭と行動力は全く衰えていなかった。
素早く寝床から起き上がり、寝室のベランダから日が昇ろうとしている水平線を見る。
 海の向こうで煙が上がっていた。何か巨大なものが墜落、あるいは遭難したのだとわかった。窓から見える光景に異常を察した彼は、内線で屋敷の中のSPの黒崎に海上保安庁に通報するよう指示し、他の何人かについてくるように言い含めると自らもこの異変の正体を確かめるべく上着を羽織り、寝室から出た。
 水平線の向こうから太陽が顔を出す直前、海から6つの光が航跡を描いて山の向こうに消えていくのが見えた気がしたが、ついぞそれがなんだったのかを確認することはできなかった。

 冷たい紫色の夜が暖かなオレンジ色の夜明けと交代し、世界はほのかに色を取り戻し動くものの影を作る。
 光が砂浜に色を与え、静けさを取り戻した浪打際から続く小さな足跡がくっきりと形を露にした。小さな人影もまた形と色を取り戻す。
 「彼女」は歩いていた。
 全身が濡れそぼりながらも、絹のように柔らくウェーヴのかかった暖かい緑色の髪はその豊かさと美しさを損なっていなかった。朝焼けに水滴が反射してきらきらと輝く。
 だが、逆にあどけなさを残すも美しく整った顔は血の気が失せて、秀麗であるはずのその目は空ろで、何より全身が疲れ果てていた。
 さくりさくりと、夜明けの砂浜を踏む。幽鬼のごとく、ふらりふらりと力なく歩く。途中小石の角やゴミが「彼女」の見目麗しい踵を傷つけ血に染めたが、それでも「彼女」の歩みは止まらない。ただ、半ば壊れたように歩き続ける。
 まだ海水を含んだ蒼い髪を、明け方の寒気がさらう。長い漂流の果てに彼女をこの地に運んだ「従者」は大気圏を突破すると同時にエネルギーを使い果たし、海面に着水して位置を正したのを最後に、彼女の生命力を信じて外に送り出した。
 その意思を受け取った彼女は夜明けの海を必死の思いで泳ぎきり、人目を避けて砂浜に辿り着いた。だが、海はその細身からなけなしの体力と体温を容赦なく奪い取っていった。明け方の風がそれに追い討ちをかける。
 寒い。彼女は思った。そして何より眠たかった。しかし耐えた。
 まだ幼くも「彼女」は今ここで倒れては衰弱の内に野垂れ死ぬ事を知っていた。
 死ぬわけにいかない。この手には託されたものがある。だが別の考えが鎌首を上げ始めていた。

 コノママタオレテシネバ、ラクニナレル…。

 誘惑が彼女の芯に絡まり、疲れた体を死の淵へ引きずり込まんと重くのしかかる。目がかすみ、足の感覚が麻痺し始めた。
 恒久的な守護者は、ある日突然「敵」となった。そして、今まで守っていた自分達に銃を向けた。守られていた自分達はなす術も無かった。

「何故?」

 問う間もなく多くの民が殺され、祈る間もなく業火にくべられた。

「逃げろ!」

 そう言って、勇敢な兄は単身迫り来る「敵」の大群に立ち向かった姿を最後に炎の中に消えた。

「どうか、御身だけでも生き延びてください」

 そう言って、強く優しい人々は自分を逃がした。その最中である者は炎と瓦礫に飲まれ、ある者は「敵」によって虫けらのように踏み潰されていった。
 遠ざかって行く故郷は、自分の目の前で閃光の中に消えた。
 何もかもが呆気なかった。呆気なく彼女の世界(日常)は崩壊した。
 悲嘆も涙も逃避行の最中で枯れ果てた。そして、使命と責任と託された願いだけが残った。
 その全てが今の「彼女」を支え、動かしていた。だがそれも限界を迎えていた。いくら聡明で気丈とは言え、まだ少女の域を出ない「彼女」の双肩にはやはり全てが重すぎた。手の中の「鍵」が、自分の小さな手のひらにさえ納まってしまう「それ」が嫌に重たくなるのを感じる。
 知らない海。知らない土地。知らない星座。
 その全てを仰ぎ見て、「彼女」はあの悪夢のような光景が、自分の命以外の全てを失った事実が、やはり夢ではなかったのだと改めて実感した。
 いや、一つだけ見覚えのあるものがあった。消え行く夜空に煌く7つ星。この時の彼女は知らないが、その星座は地球において「北斗七星」と呼ばれていた。

―――「七つの神の光」はここからでも見えるのか。

 朦朧とする意識の中で彼女はそう思った。だからといって、何の救いにはならないが。
 頭上を、見たことの無い形をした機械がけたたましい音を立てながら、まだ煙を上げる島のほうへ飛んでいく。きっとこの星の住人達がさっきの不時着に驚いて確認しに行ったのだろう。
 遠くの岸ではその様子を見に来たらしい大勢の人間で溢れようとしていたが、誰も彼女に気付いていなかった。
 あそこにいる全ての人たちに、彼女は伝えなければならないことがある。
 わが身に降りかかった悲劇が、明日彼ら全てに、平等に降り注ぐかもしれないということを。
 話はできる。この星の言語は降下する前に可能な限り学習したのだから。しかし、聞いてくれるだろうか?そして信じてくれるだろうか?備えるまでの時間はあるのだろうか?何より辺境でもあるこの星の住人が、異星から来た自分の存在を受け入れてくれるだろうか?
 先の見えない不安が疲労を加速させ、思考が麻痺する。ついに彼女は膝をつき、倒れ付した。
 今はただ、眠りにつきたかった。
 意識が闇の中に落ちていくまでの間、彼女が最後に聞いたのはこちらに走り寄る人間の足音だった。





 それが地球と<ジャム>との戦争が終わる7年前の春。
 ラッドとウィリーが出会う17年前のことだった。



[11491] 宣戦(前編)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:e9573423
Date: 2010/05/12 23:21
 その日、GEARアメリカの全隊に任務が下された。FAFがGEARに吸収されて以来、初めての実戦任務とも言える。

「ゼロ、ヒカリ。本命がご到着だ。」

 リハビリを終えて現場に復帰した「ゼロ」こと深海零中尉と高山晃少尉も、レノックスにそう言われてブリーティングルームに引っ張り出された。アステリアのチェック中だったが別に驚きはしなかった。既に五日前から予想されていたことだ。

「本日未明、観測衛星〈コスモアイ〉が巨大な未確認飛行物体の接近を確認した。」

 特殊戦のパイロット24名が集合していることを確認すると、彼らの出撃管理担当であるレノックス少佐は正面の大スクリーンを起動させ、人工衛星から送られた映像を映し出した。

 灰色の月の向こうに浮かぶ毒々しい赤の螺旋。そしてそれを取り巻く無数の紅い双眸。出来の悪いSFX映画のような光景だった。
 そして、次に虚空に浮かぶ赤い螺旋。五日前、本部から送られた映像だ。こちらの画像はかなりボケているが、その輪郭に見違えようはなかった。

「本部の分析官と<メテオ>が5日前にヘカテ―M45が捉えた映像と、今回送られた映像を解析し比較検証したところ、99.8%同一のものと判明。つまり、<ガルファ>というエイリアンの攻撃移動要塞がついに地球圏に到達したということになる。敵は月軌道上、『静かの海』上空で本隊を展開中。既に斥候の〈素体〉クラスと攻撃衛星郡が交戦し、現時点で19%が壊滅。第一防衛ラインが突破された。」

―――ついに来るべき日が来た。

「そして、ロス島のマクマード基地を始めとする南極の観測基地全てが現地時間で0800に攻撃を受け、壊滅した。詳しい調査結果は出ていないが、今のところ生存者は確認されていない。その後、敵は部隊を成層圏にて滞空している。本部は『D計画』の発動を決定。各国参謀本部もこれを受け、DEFCONデルタを発令。中国、ロシア、EU、日本も既に防衛軍を領海に展開している。各国に展開するGEARは、これらと共同して敵の襲撃に備える。」

 どよめきが起きた。だがすぐに静まり返る。ニュースや世情に興味の無い者ばかりでも、事は深刻だと理解できた。
 そして、レノックスは続けてスケジュールを読み上げ、それぞれの特殊戦機の作戦空域を通達。B-7、アステリアはマンハッタン上空を防衛する戦術空軍第666戦術飛行部隊―666thTFSの作戦空域に割り当てられた。

「その後、上空にて待機。エリア39から30の索敵を、GEARアメリカ特殊戦全機をもって行うこととする。各機の作戦空域は先に説明した通りだ。以上を以って本日のブリーティングを終わる。」

 そして、ジョージ・レノックスはブリーティングの最後にこう締めくくるのである。

「尚、いかなる事態に陥っても各機は必ず帰還すること。これは、命令だ。」
 先代の監督役から教えてもらった言葉である。そして、レノックス少佐自身の願いでもあった。

「では、解散。」

 ブーメラン戦士たちは自分のヘルメットを携え、次々と愛機のある格納庫に向かった。
 永い一日の始まりだった。

 /*/

 眠れない。

 短い人生の中で、ラッドはこれほど夜が永いと思ったことはなかった。収まらぬ胸騒ぎと不安、そして恐怖。時間が過ぎていくことが恐ろしいと思った。
 マウンター・スターゲートの中でウィリーに出会い、その後メガトロンに殺されかけ、コンボイたちに助けられたあの日。トラウマになりそうなくらい色々あったが、ラッド達は夢にまでみた異星人との遭遇と交流で軽い興奮状態であったのでその夜はぐっすりと眠れた。
 だが、今日新しく出会った異星体である「彼ら」は―――いや、「あれ」はわけが違った。
 デストロンは確かに凶悪ではあるが、奴らはマイクロン探しとサイバトロンとの戦闘に夢中で、ちっぽけな人間である自分たちのことなど路傍の石ころ程度にしか思っていないだろうから、直接自分達を狙うことは無いと高を括っていたのかもしれない。
 実際奴らが自分達に狙いを定めることは無かったし、自分達もまたそうした意識の隙を利用してきた。
 もちろん、銃口を向けられたことはあった。しかしそういう時は大概コンボイ達の傍にいたり、マイクロンパネルを奪うためであったり、「理解できる」理由は確かにあった。少なくとも、ラッド達は『理由も「わからず」殺されかける』という事態に直面したことはなかった。

 そう、あの時までは。

 「彼ら」は別の方向から来た仲間と上空で合流すると、一斉に降下を始めた。間直で見たそれは昆虫のような人型で、黒く丸い頭部には蚊のような細長い口があった。表皮は金属質で、四肢の隙間からラッドにもわかる機械が見え隠れしていた。 いずれも華奢ながらも10mもある巨体で、数は14体。そのどれもが片手に突撃銃のような武器を持っていた。たちまちサイバトロンもデストロンも区別無く取り囲まれてしまった。
 ラッドは「彼ら」がコンボイ達と同じ機械生命体だと理解した。だが、どうしても彼らがコンボイの同類とは思えなかった。思いたくなかった。
 同じ機械生命体でも、サイバトロンには確かな個性と意志があった。デストロンにも少なくとも悪意という意志があった。だが、同じ「機械」の彼等の、その大きく紅い目には何の個性も何の感情も「存在」していなかった。
 その底冷えするような目がサイバトロンとデストロンをぐるりと一瞥し、最後にマイクロンと三人の人間を見据えた。それだけでラッドは生きた心地がしなかった。

「コンボイ…こいつらは…」
「ガルファ…!」

 コンボイはラッド達を庇いながら、不吉なものを口にするかのように呟いた。
メガトロンは得物を降ろし、破壊大帝の威容そのまま堂々と構えて兵士達を睥睨した。内心では来るならこちらが有利に働くタイミングで来いとうんざりしていた。理不尽である。
 デストロン達を包囲する小隊の先頭にいた個体が不可侵条約に基づき、ビームガンを降ろしてセイバートロン星の高速電子言語を以って名乗りを上げた。彼らには個性はなかったが、意志疎通のための最低限の知性と知覚は設定されていた。

〈デストロンの首領、メガトロントお見受けする。我らガルファの螺旋城F-18…〉
「でくのぼうの端末風情が仰々しく名乗るな。」

 兵士の言葉を一刀両断。メガトロンは不機嫌だった。目の前の有象無象を無視し、ただちに大気圏の向こうにいるネメシスに呼びかける。

<ネメシス、状況を報告しろ。ガルファの虫けらどもがこちらに降りてきたぞ。>
<メガトロン様。やっと通信が繋がりましたね。螺旋城F-18が月軌道上に接近。現在、部隊を展開しながら待機中。「私」が惑星の衛星軌道上にトランスステルスを展開して配置している根拠について説明を要請しています。ちなみに南極地点への降下は、未知のエネルギー反応を感知したため、その調査と偵察に派遣したとのこと>

 なるほど、結局今回も疫病神の所為か。上空で愚か者のスタースクリームとともに兵士達とにらみ合っている疫病神にメガトロンは内心で毒づいた。

<ならば奴らの短絡的な頭脳回路にもわかるよう伝えろ。我々がやることは常に一つだ、とな。>
〈F-18を含め、『ガルファ』が納得する回答ではないと愚考いたしますが。〉

<かまわん>メガトロンは嘲笑を込めて言った。

<それよりもここを撤収するぞ。得るものはもう無い。小兵を相手にしていても話にならんわ。>
<了解>

 命令だけを素っ気無く伝え、メガトロンはショートワープで月に帰投した。部下たちもそれについていく形で順番に帰っていく。

〈我らは『ガルファ』、螺旋城F-18の先遣部隊。作戦前に未知のエネルギー反応を観測して偵察をかね調査のため降下した。〉
「武器を下ろして前に出ろ。この惑星の標準言語による音声を用いたコンタクト以外は許可しない。」

 サイバトロンはデストロンと違って彼らを見下しはしなかったし、切って捨てもしなかった。しかし、友好的に応えるほど彼らも能天気ではなかった。「ガルファ」が有機生命体の文明が席巻する惑星に来た瞬間、やることは一つだ。そしてそれは途方も無い犠牲と悲劇しか生まない。

〈理解不能。それはあまりに効率の悪い伝達方法だ。〉
「ここにいる彼らにも真実と危機を知る権利はある。」

 そして、彼等の指導者にも一刻も早く伝えねばならない。

〈必要はない。そこにいる地球人たちは我々が処分する。〉

 子供たちに対し無造作に照準されたビームガンをサイバトロンが制した。「彼らに手を出すな。」とコンボイが銃を構える。
 コンボイの言葉にラッド達は正気に戻った。ウィリー達が合体し、彼らを庇うように前に出る。

「警告を無視するのならば敵対行動とみなし、即座に射殺する。」

 包囲されている者の台詞ではない。しかし、TFの戦闘能力の高さを知っていたガルファの兵士は従った。結果がどうあれ、ここで彼らと交戦する意味が無いからだ。これから「殆ど」を駆逐するのにひ弱な人間の三体くらい、リスクが大きすぎる。

〈…承諾した。たった今、螺旋城本体から貴官らとの交信の要請を確認。これより中継を開始する。〉

 ラッド達にもわかる流暢な英語でそう言って、先頭の機械兵士はしばらく黙ると、月の向こうにいる主に個体を預けた。そして、全く別の電子音声が発せられた。お手本のような英語だった。

〈セイバートロン星サイバトロン最高司令官、コンボイか?〉
「いかにも。」
〈我はガルファの螺旋城ナンバーF-18。最初に、この素体を中継として貴官らと交信する無礼を許されよ。現在我は『皇帝』より賜った任務のために、この太陽圏に到達した。貴官らのこの惑星―――太陽系第三惑星「地球」上における活動の根拠について説明を求める。〉
「覚醒したマイクロンの信号をキャッチし、この惑星に辿り着いた。現在、マイクロンをデストロンの手から守るべく秘密裏に探索し行動している。」
〈理解した。マイクロンの信号は本星でも観測されている。ならば、秘密行動中に関らず貴官らが地球人類とともに行動している根拠は?〉
「彼らは協力者であり、友人だ。」

 ラチェットが答えを引き継ぎ、即答した。
 〈理解不能…。〉と呟いて、代理人の口を借りた意志は兵士のセンサー越しでコンボイと人間達をぐるりと一瞥した。そして中空で待機しているエンカーをしばらく注視すると、再び向き直った。

〈あの個体は?…ヒトに近いが、有機物質が殆ど検出できない。クロノス族ではない…だが機械ではない。ヒトではない…我々の「眼」では判別ができない。『あれ』は、何だ?〉

 その当惑をエンカーは聞きもらしていなかった。そしてやれやれと肩をすくめた。

「俺は…」
「『あれ』じゃない!俺たちの仲間だ!」

 エンカー本人より先にホットロッドが「あれ」という扱いに鼻白ばみ叫んだ。兵士達と、月の向こうにいる親玉が面を食らったのがわかった。

〈……理解した。「彼」に対する定義を訂正しよう。〉

 たじろいたというより、呆気に取られたという感じでエイリアンは訂正した。
 「ほんとにわかってんのか?」とホットロッドは毒づいた。こういうところが彼の最大の美点である。
 互いの状況を理解し終わったところで、コンボイは前に出て立ちはだかった。

「33万光年の彼方よりこの惑星に辿り着いた早々悪いが、サイバトロン軍総司令コンボイの名において警告する。」

 強く、そして静かに言った。ラッドはこれほど厳しいコンボイ達をみたのは初めてだった。

「ただちにこの惑星に対する『侵略』行為を中止し、速やかに引き揚げろ。できればお前たちが占拠している全ての星からだ。」
〈その警告は受理できない。我々の任務における指揮系統の上位は『皇帝』にある。貴官ではない。〉

 兵士は気圧されことなくコンボイの言葉を却下した。

「『帝国』と名乗った時点で、貴様らのそれは既に暴走の域だ。自らの星を滅ぼして尚破滅を振りまくか?」
〈貴官の認識には誤解がある。「ガルファ」は、常にプログラムに従って行動している。星の破滅とは生態系の全滅および停滞である。文明のそれではない。現在のセイバートロンと違い、惑星アルクトスの生態系はあれ以来問題なく機能している。我々は惑星の生態系を破壊する有害な知的生命体を宇宙から駆逐しているに過ぎない。〉

 絶句とはこのことである。
 何の感情も篭らない、当然といわんばかりの釈明にラッド達は怒りを通り越して薄ら寒いものを感じた。
 人間同士、あるいは生命体同士の殺し合いは己の本性をむき出しにするものだ。だが、こいつらは生きることに価値観をみなしていない。自分のそれも他人のそれも。それこそ機械の流れ作業だ。

〈逆にガルファ帝国の名において、我々から警告する。〉

 コンボイ達の怒りと軽蔑など気にも止めず、螺旋城は平坦な機械音声で告げた。ラッド達は嫌な予感がした。

〈貴官らは24時間以内にこの惑星より退避されたし。これより24時間後、我々は地球に対し総攻撃を開始する。〉

「なっ…!?」
「総攻撃ですって!?」

 カルロスとアレクサが思わず声を上げた。

〈警告はした。我々の任務を妨害するのならば、サイバトロン軍を敵対勢力とみなし、地球人類と共に排除する…〉

 それだけ言うと、螺旋城は端末にしていた兵士に自律意志を返した。そして兵士達は何事もなかったように飛び去って行く。

「待て!」
「追うな!ホットロッド」
「けど!」
「ラチェットの言うとおりだぜ…ホットロッド…」

 南極大陸最大にして最深の湾にあるロス島。その南東から天高く黒煙が上がっているのを目撃して、エンカーは我知らず歯噛みしていた。
 ジャム襲来前から、南極点にあるアムゼン・スコット基地への中継補給地点を担ってきたマクマード基地は、夏季から冬季にかけて観測隊を迎え入れ約100だった人員が10倍に増加する。ちょうど中間期だったこの日はまさに最悪のタイミングだった。
 <通路>が出現し、破壊されるまでの33年間。地球防衛隊、そしてFAFの軍事補給を一手に担っていたマクマードは更なる需要によって発展を遂げ、物資は質、量ともに言わずともがな娯楽施設までも充実していた。ここ10年間はいくばか寂れはしたものの、次なるジャムの襲来、または新たな外宇宙からの脅威に備えて、監視艇と攻撃空母の拠点としてその重要性は損なわれていなかった。
 しかし、そんなことは「ガルファ」にとって大した理由では無い。「そこ」に「人間」がいるという事実だけでも奴らに充分だった。
 エンカーの望遠視界ではガルファの去り際に発射していった砲撃によって、炎に包まれる基地と、黒煙を上げながら海中に没しようとしている艦隊の様子を捉えていた。偵察機が落とされる前から、全ては終わっていたのだ。
 そして彼のセンサーは所員たちが煙と炎に巻かれて悶え、次々と息絶えてゆく様を間違いなく捉えていた。

「うそ…!」

 黒煙は人間の肉眼で見えるほど高く上っていた。それが何を意味するのかを理解したアレクサが顔を蒼白にして叫んだ。

「くそったれ!!」

 共有視界でその光景を目の当たりにしたホットロッドはあらんかぎりの怒りを込めて叫び、エンカーの指し示した方向へと走り出した。その思いはコンボイもラチェットも同じだった。エンカーもホットロッドの跡を追う形で現場に飛んだ。

「ラチェット、我々も向かうぞ!」
「了解!」

 例え数字的に絶望的でも、そこにまだ救えるものがあるのならば諦めない。それが彼らの信念だ。

「僕たちも行く!」

 車に変形したコンボイ達に、正気に戻ったラッド達が乗り込もうとする。だが、拒絶された。

「駄目だ。まだ火は治まっていない。ウィリー達と一緒に先に帰還してくれ。」
「怪我人を運ぶくらい俺たちにもできるよ!」

 いや、それは建前だ。ラッド達にはマトモな救護措置はできない。ただ気が狂いそうなほど、何もせずにはいられなかった。
だが―――

「見ない方がいい。」

 ラチェットのその一言が決定的だった。

 今にして思えば、彼らは自分達に気を使ったのだろう。
 返す言葉も無かった三人は後ろ髪を引かれながらウィリーに促されて基地に帰還した。それからコンボイ達が帰還するまで、誰も口を利かなかった。
 日が暮れようかという頃にコンボイ達は帰ってきた。所々に煤と血のついた姿で。そして、あの南極大陸で生きて帰れた「人間」は自分達だけだと知り、三人は再び絶句した。
 曰く、奴らの総称は「ガルファ」。
 曰く、金属細胞で構成される機械生命体群である。
 曰く、全宇宙の知的生命体抹殺を図る機械帝国。
 曰く、今回遭遇したのは、その末端の兵士に過ぎない。
 コンボイはそれ以上語らず、考え込むように黙り込んでしまった。もっとも力を尽くしたであろうラチェットはホットロッドに洗浄を促されるまで血の爪痕がついた腕を見ていた。救えなかった命と、自分の無力を悔やむように。
 皆が、己の無力に打ちひしがれそうになっていた。
 彼らにかける言葉も見つからぬまま、ラッド達は洗浄を終えたエンカーに送られて家路に着いた。
 その時点で、ガルファの総攻撃開始まで―――残り20時間。
 既に日は沈んでいた。遠くには、いつものコスモスコープの灯り。南極が地獄になったことが夢のようだった。

「なぁ、エンカー…」

 葬式のような重い空気に満ちた道中で、カルロスが口を開いた。

「俺たちにできることって無いの?」
「………家族の傍にいて、守ってやれ。親にとっちゃ、お前らが全部なんだ。」

 落胆が子供たちの心にのしかかった。やはり、自分達は無力でしかないのか。

「心配するな」

ヘルメット越しでエンカーは笑い、そして確かな決意を以って言った。

「お前達は―――必ず守る」


 すっかり門限を越えてしまっていたことに失念していたことに気付いたのは、家に着いたときだった。
 いつかのように自分の部屋の窓から侵入しようかと考えたが、自分のペダルをこぐ音を聞きつけた母がすぐさまドアを開けて迎えいれてくれた。
 丁度研究所から帰って、自分がいなかったので車で探しに出かけるところだったらしい。散々心配されるのはいつものことだが、こんなに慌てた母を見るのは初めてだった。叱るよりも自分が帰ってきたことを心から安堵する母を見て、ラッドは胸騒ぎを覚えた。
 父は帰っていなかった。急な仕事で泊り込みになったらしい。
 それは珍しいことではなかった。研究所の主任である父は比較よく家を空ける。今回の急な「泊り込み」にラッドは心当たりがあった。聞くべきか迷ったが、できなかった。母も詳しいことはあえて聞いてこなかったし、言わなかった。
 何も知らないふりを装いつつ遅い夕食を取る間、テレビはどの番組も南極にある全ての観測基地から音信が途絶したことで持ちきりだった。それを見ていた母の顔は現場の人間の目だった。
 食事を終えた時、母は自分の目を真っ直ぐ見て念を押した。

「ラッド、明日学校が終わったら真っ直ぐ家に帰りなさい。できれば、今日中に自分の必要な荷物もまとめておいて。ママと一緒に研究所に行くから。」

 いつもどおりを装いつつも一切の無駄を省いた内容は、何も知らない腕白小僧に事の重大さを理解させるには充分だった。そして身を持って知っていたラッドは何も聞かず頷いて返した。

 結局、ラッドは眠れぬまま夜を過ごした。

 翌朝のCNNニュースで、南極にあるマクマード基地を始めとした観測基地が攻撃を受け全滅したことが発表された。やはり生存者は確認されなかった。

 予告された総攻撃まで、あと11時間。

/*/

「ガルファは元来、惑星アルクトスの生態環境管理システムだった。」

 ラッド達を送り帰した後、エンカーに対してコンボイが苦々しい表情で語った。

「つまり、<ガルファ>とは本来そのシステムを統括する機械知性の名称であり、例の兵士どもはシステムの番人だったと?」

 エンカーはその顔を好青年から冷徹な戦闘マシンに切り替えていた。コンボイは彼の言葉に頷いて返した。

「そうだ。詳しい起源については誰も知る由もないが、ガルファが惑星全域の自然環境を管理し調整することでアルクトス人は数千年の間、高度な文明と穏やかな平和の中にあった…。我々が彼らの星を偶然見つけたのも、そんな頃だ。」

 平和。その言葉に違和感を覚えたが、コンボイの沈痛を思ってエンカーは自重した。

「最初驚かれはしたが、既に機械知性体との共存を為していた彼らは我々をすぐに受けいれた。そして、彼らの星の年号―――アルクトス星紀2069年、サイバトロンとアルクトスは正式に共存を約束した。」

 無論、破壊大帝率いるデストロンの存在を彼らに知らせた上でのことだ。アルクトスの大半の大陸を治めていた王朝の長はすぐに理解を示し、デストロンに対する抗戦の意志を惑星中に通達。そして、早速新しい惑星を見つけたことをかぎつけたデストロンとの間で何度か抗争が起きた。が、ガルファが制御する惑星の防衛システムはデストロンの斥候を全て撃退していった。
 サイバトロンとデストロンとの抗争が銀河系の広範囲に渡って繰り広げられていく中で、比較的珍しい例である。故に、サイバトロンとアルクトスの交流は幸先がよろしいと両者は思った。思っていた。

「だが星紀4085年の折、突如アルクトスからの音信が途絶えた。」

 エンカーは自分の中の違和感の正体に気付いた。以前滞在していたビヨンダートで似たような状況に巻き込まれたからだ。

「……ガルファが反乱を起こしたのですね?」
「ああ…」

 ガルファの防衛対象は「惑星の環境」。その役目は広義においてのものだった。アルクトス星人はガルファのおかげで安寧を得ていたが、同時にガルファに生命線を握らせていた。そして、最悪の事態―――いや、来るべき必然―――が起こった。

「惑星環境が卵の殻とすれば、文明は孵化しようと暴れる雛。両方守らないといけなかったガルファは発狂寸前だったでしょうね。」

 文明を生み出すのが知的生命体の特性であり、文明と言うものは資源を消費するものである大なり小なり自然を破壊するものである。
 惑星アルクトスの絶対防衛機構、「そうあれかし」と作られたガルファは惑星環境の維持に負荷をかける諸悪の根源を―――人間達を切り捨てた。
 そして星の全てが人間たちに牙を向いた。当然人間たちに勝ち目はなかった。

「かもしれん…調査隊がワープで調査に向かった頃には、首都は既に灰燼に帰していたそうだ…。」

 調査隊は生き残りを探しにいくどころか、アルクトスに降下する事もできなかった。ガルファがそれを拒んだからだ。
 その後、ガルファは「機械帝国ガルファ」の発足をセイバートロン星系全域に通達。自らを「皇帝」と僭称した。それと同時に、アルクトスに駐留していたサイバトロンの戦士全員が捕虜として本星に返還された。彼らはガルファの虐殺から可能な限り多くの人間を救うべく奮闘したが、最後には数に押されて兵士達に取り押さえられてしまったのだ。

―――我々の目的は宇宙に害を及ぼす知的生命体の排除であり、従ってセイバートロン星の両陣営と事を構える意志は無い。だが、障害となるのならばいかなる手段を以ってしてでも、これを排除する。

 セイバートロンを訪れたガルファの「特使」はそう伝えてきた。
 そして間もなく、ガルファそのものとなったアルクトスから「駆逐すべき知的生命体」を求めていくつもの攻撃要塞が銀河に飛び立った。まさに宇宙への「侵攻」である。

「不謹慎ですが…御大将は怒り狂ったでしょうね。」
「なんせ自称宇宙の帝王だもんな。」

 それだけは当時のことを知らないエンカーとホットロッドにも目に浮かぶようだった。よその星の反乱など対岸の火事だが、あの破壊大帝が他の者に「帝王」を名乗られて黙っているところこそ想像できない。当然名乗った方もただではすませい。

「実際、奴は本営を訪れたガルファの特使を問答無用で射殺した。」

 「流石…」二人は苦笑いした。

「その後、デストロンは艦隊を以ってアルクトス星域に侵攻。中間宙域で交戦し、10年間数対質で両者拮抗した挙句に、双方における不可侵条約が取り交わされた。」
「単純な兵力差なら、プラントの中で素体を量産できるガルファが圧倒的に上だからな。全力でぶつかれば両方ただではすまない。」

 その間、サイバトロンの方は交戦以外の方法を持って生き残ったアルクトス人を解放するべく何度も働きかけた。だが、状況は現在進行形で絶望的だ。突入するために工作員が何度か潜入を試みているが、ガルファの展開する惑星防衛網を突破できていない。
 為すすべなく十数年近く経過した今、惑星上におけるアルクトス星人の生存は絶望的とされた。その間も、ガルファは侵攻を進めた。デストロンとの抗争が一向に解決する見込みの無いサイバトロン達は、ガルファの危険性を交信の取れる惑星に通達することが限界だった。
 皮肉にもデストロンのおかげで、セイバートロン周辺はガルファから守られる形になった。

「そして打開策を得られぬまま、ガルファはこの太陽系にまで進出してきた…。このままでは間違いなく、地球は、人類は蹂躙される。」

 それだけは逃げようの無い事実であり、現代進行形の現実だ。

/*/

 静かの海の上に散らばる機械の残骸―――不毛の大地に散らばる開拓者の夢の跡である。その大地に、今巨大な螺旋が地響きと共にねじ込まれていく。
 舞い降りる全高90mの威容と、それを覆い尽くすかのごとく群れを為す素体クラスの軍団は彼らの基準から見ても圧巻の一言に尽きた。

「おーおー、物々しいこった。この空気!この物量!これぞ戦争だぜぇぇぇ!」

 ネメシスの甲板の上でそれを眺めていたフレンジーは狂ったように笑った。その隣には不満を隠そうとしないスタースクリームとアイアンハイドがいる。

「何で私が…」
「フライングしたペナルティだろ?」

 バリケードが螺旋城に接舷すべくネメシスの舵を取りつつ、操縦席から冷静に状況を解説した。

「メガトロン様が面倒くさいから代わりにネジの話し相手してやって、適当に間を持たせて来いって。」

 人、それをおつかいと言う。

「わかりやすい説明ありがとさん!」

 やけくそ気味にスタースクリームは言った。腕の麻痺がまだ治りきらぬ内だから尚更である。
 素体兵士の誘導に従い、接舷完了。ゲートが開き、案内(という名の監視)役の機獣クラスが二体出てくる。

「スタースクリームはとにかく、何で俺様まで…」

 アイアンハイドがぽつりと愚痴を零した。最初の会戦以来デストロン全体がそうであるように、彼自身もガルファに対してよい感情を持っていない。その端末と面を見るのも口を利くのも御免被ると言う点ではスタースクリームと同意見だった。

「お前だけがちゃんと修理技能持っているから」
「好きで覚えたわけじゃないわい!」
「あとサンドストームのローター音はちとやかましすぎるから」
「サンドストームだしな」

 一番乗り気ではあったが、あいつは交渉向けの性格ではない。今回の本来の「任務」に派手さはいらないのだ。
 スタースクリームは改めて赤い威容を見上げ、鼻を鳴らした。

「ふん、低機能のおもちゃ上がりどもが。話があるなら手前から来いと言うのだ。」

 今回もマイクロンを手に入れることはできなかった彼だが、日頃の態度を取り戻すほどに冷静さを取り戻していた。
 軽く甲板を蹴って変形すると、ゲートに向けて飛行。社交辞令を無視し、ネメシスが割り出したルートの通路に進行してゆく。機獣クラスが慌ててその後についていった。

「できるだけ間を持たせろよ~」
「その間にうっかり面の皮はげるなよ~?けっけっけっけっけっ!」
「うるせぇ!」

 スタースクリームが螺旋城の通路の向こうに消えていくのを確認すると、残った三人は仕事の顔に戻った。

「さてと…ネメシス、場所は特定できたか?」
〈既に構造解析完了。基本構造自体は以前と相違ありません。〉

 それを聞いた三人の目が光った。某機動戦士に火が入ったときのような擬音が聞こえそうなくらい。

「んじゃ、おっぱじめようか。」
「ラッジャ~」


「メガトロン様、あいつらが心配なんで俺も行ってきます。」
「ならん」
「結果は一緒なんだから頭数は多い方が…」
「黙っとれ」

 デストロン前線基地月支部(仮)の大ホールで、サンドストームは何かと理由をつけてスタースクリームたちと共に螺旋城に乗り込もうとしていた。しかしメガトロンは基地を空けることを避けるため(マイクロンはいるが、個体としては戦力外)即座に却下した。「がっくし」とうなだれるサンドストーム。

「…しっかし、いいんですかい?連中の好きにさせて。あんな星、20時間足らずであいつらのシマになっちまいますぜ?」

 顔だけ上げてサンドストームは玉座に鎮座するメガトロンに訊いた。地球がガルファの管理下に置いた後、本星同様外部からの立ち入りを許すことはないだろう。マイクロンパネルは回収しきれてさえいない。ガルファが「扱えないから」と寄越してくれれば嬉しいが、そう世の中うまくいくまい。サンドストームの懸念はそこだった。

「20時間程度で済めばいいがな」

 メガトロンはどこかおかしそうに言った。

「と言うと?」
「サイバトロンどもが動く。総力戦ならば問題ないが、螺旋城一基にコンボイの相手は荷が勝ちすぎる。」

 それに、あの疫病神がいる。さらにまだ可能性の粋だが、地球には失われた「GEAR」が存在している。この時点でF-18の任務は難航するとメガトロンは踏んでいた。もちろん、この話は先方には伝えていない。ああも地球側から観測できる位置に立っていれば嫌でもわかる。せいぜい地球人に対するいい目晦ましとして利用し、消耗させておくつもりだ。敵に塩を送る道理は無い。

「でも、サイバトロンの奴らにはガルファが退避勧告出したって…」
「動く」

 メガトロンは断言した。

「自分の目の前で、ガルファごときの好きにさせる道理こそ奴らは持っておらん。あの疫病神にも全力で臨むよう要請するはずだ。」
「そういうもんですかね?」

 セイバートロンが攻め込まれるならばともかく、辺境のエイリアンどものためにわざわざ敵を作るサイバトロンどもの神経がサンドストームには理解できなかった。まあ、お互い殺しあって損耗してくれるならこちらも楽だが

「ガルファに介入されて、マイクロンを諦めセイバートロンへ帰還する―――というのは間抜けすぎる。我々にそんな選択は最初からありえん。サイバトロンにしても同じだ。さて、ガルファの虫けらどもを力において退ければ面白いし、屈するのであればそれはそれで我々に有利な展開だ。まあ、わしとして理想的なのは拮抗してくれる方だが…」

 もし任務達成が不可能な状態に陥った場合、F-18は攻撃要塞としての能力を疑われ、別の部隊への交代と同時に情報漂白、あるいは処分される。どの道失敗するわけには行かない。事態が進まず行き詰まれば、自分の負担を減らす考えに至るはずだ。

「俺たちが好きにできるってわけですね?」

 サンドストームは楽しそうに語る主の意図を察して嬉しそうに答えた。

『うっは!けったいなとこやなぁ~』

 明らかに空気を読まない声が監視モニターの集音装置を通してホールに響いた。モニターを見れば、カメラに映る土煙と白くて丸っこい影…見覚えはあった。同じ機械生命体だが、種族も違うし同郷ではない。しかも友人でもない。

「…メガトロン様、侵入者みたいですぜ」
「のようだな」

 二人は突き刺さるような視線をモニターに注いだ。カメラ映像は臨時の資材置き場につながる通路だった。

「原型留めないくらい風通しよくしてネジ野郎の根元に埋めておきましょうかい?」
「敵を殺すのに何故ワシの許可が必要なのだ。サンドストーム」

/*/

「生存者の存在は、現時点では確認されていません。しかし、南極に存在する全ての観測基地、補給基地に勤務する勇敢なる男女のご家族と共に、私たちもその生存を祈っております。事件については全力で調査中です。いかなる情報も確認され次第一般メディアにお伝えします。この残忍かつ一方的な攻撃の重大さ、攻撃の規模、推定される死者の数の多さをかんがえみて、大統領と議会は統合参謀本部の諮問に同意し、国内外の全アメリカ軍基地にDEFCONデルタを発令。軍事的に最高レベルの防衛準備態勢とするものです。」

 謹厳な表情の国防長官が多数のマイクを前に説明をしていく。政治的要素を一切省いたその内容に、必死でメモを取る記者たちにもその重要性が理解できた。
 マウンター・スターゲートの地下、サイバトロン前線基地地球支部(仮)にいるホットロッドやラチェットもネットにつないだモニターからその様子を横目で見ていた。
 もちろんこれは昨夜行われた発表の録画映像であり、朝からメディアはこれを繰り返し流している。グリニッジ標準時間は既に11時を示していた。

「あと、8時間か…」

 ラチェットにフレンジーに刺された腕を治療されながらホットロッドは呟いた。

「そうだな。」

 ラチェットは手を休ませず、いつものように相槌を打った。
 最後のコードをつなぎ、装甲を閉じる。ラチェットの仕事は大体終わった。あとは予告された時間まで自動修復装置がその仕事を終えてくれるのを祈るのみだ。

「怖くなったか?」
「まさか!ただ…ラッド達、大丈夫かな?ってな」
「この時間なら、町の住人たちも避難を始めているはずだ。指導者たちは混乱を恐れてひたかくしにしているが、勘のいいやつはもう気づいている。」

 エンカーが研究所のシステムに潜った時の報告では、南極のマクマード基地とアムゼン・スコット基地との音信途絶及び人工衛星との音信不通。極めつけに天体観測所から「月の異常」を受けて昨日からNASAを始めコスモスコープなどの天体観測・航空技術研究機関のお膝元は既に警戒態勢に入っているという。
更に調べると、NASAの方では5日前から宇宙で作業中の宇宙飛行士を「全員」帰還させている。ここ最近軍事関係のネットワークが慌しいと感じてはいたが、既に予想はされていたのだろう。
 よって、研究所からは「抜き打ちの避難訓練」の名目で住人の全てに地下シェルターへの避難を呼びかけている。子供たちを不安にさせないためだ。
ふと、ホットロッドが黙り込んだ。

「どうした?」
「昨日のあれは言い過ぎたよ…悪かった」

 ばつの悪そうに謝るホットロッド。今回もラチェットのフォローがなければ大惨事になっていた。帰還した後にするつもりだったが、ガルファの件が重なってタイミングを逸してしまっていた。

「…他にまだ痛むところはないか?」

 ぶっきらぼうながらも、気遣う穏やかさがそこにはあった。

「大丈夫さ。腕の感覚も戻ってくれているよ。」

 つとめて気さくに言ったホットロッドに「そうか」とラチェットは言った。その口元にはかすかに穏やかな笑みがあった。
 ジョルトとフックはそれぞれの相棒の隣でその様子を見守っていた。そしてお互い目を合わせて、安堵の笑みを浮かべた。

 「胃に穴が空く」と仕事で忙しい大人たちはよく言う。
 まさかこの歳で自分がそんな思いをするとは思わなかった。
 いつものように始まった学校。いつものように友達同士の愚痴や噂などの他愛の無い朝の情報交換。今日に限っては当然南極のことで持ちきりだった。

「南極が攻撃されたんだって、ニュースで言ってたよ」
「知ってる。うちの父さんたち昨日から大騒ぎだったって」
「また911みたいなテロじゃない?」
「戦争が始まるのかな?」
「家出たときMH-53とF-18が飛んでいるの見えたよ!かっこよかった!!」

 ここで自分の知る真実を暴露出来たら、どれだけ気が楽になるだろう?バカにされて終わるのがオチだが。
 無邪気なクラスメイトの間で勝手な憶測が飛び交うが、当然のごとく危機感は薄い。彼らの関心は退屈な日常からの脱却である。わかってはいても、ラッドはそのやりとりを横目に溜息をついた。
 実際戦争がはじまったところで、アフガンやイランがそうだったように彼らにとっては対岸の火事に過ぎなかった。以前の自分もその1人だ。ツインタワーが崩壊した「911」事件は現実感に乏しく、むしろ戦争が始まると無邪気に興奮さえしていた。いくら10にも満たなかった頃のことはいえ、本当に何も知らない、バカな子供だった。今でもきっとそうだ。
 だが、今回は規模が違う。相手は人間ではないし、地上の全てが戦場になる。地上の全てが標的になる。
 大声で真実を伝えたい衝動と戦っているのはラッドだけではなかった。カルロスは明らかにそわそわと落ち着きが無い。

「カルロス…」
「わかってるよ!」

 咎めようとしたラッドにカルロスはたまらないと言わんばかりに勢いよく振り返った。

「けど、落ち着けって方が無理だよ。あと8時間だぜ?8時間!あいつらもうそこまで来てるんだぜ?学校で暢気に授業している場合じゃないって」
「大声出すなって…」

 指を8本立てながらまくし立てる親友をたしなめながら、ちらりと視線を移す。

「……アレクサも相当参ってるな。」
「うん…朝からずっとピリピリしてる。」

 ラッド達よりずっと前の席に座っているアレクサである。自分たち三人の中で南極の惨事とコンボイたちの窮地を重く受け止めているのは彼女だ。
 人が苦しみながら死んでいるのに、
 明日はわが身かもしれないのに、
 自分たちを守る為に必死で戦っている人たちがいるのに、
 そんな無言の怒りと苛立ちが彼女の身体からオーラとなって立ち上っていた。朝から一言も発していないし、当然彼女に話しかける勇者もいない。
 血みどろの戦場から帰ってきた友人たちと苦しみ悶えて死んでいった人間の痕跡を目の当たりにして、翌日平静に戻れるほど彼らはタフに出来ていなかった。おまけに昨夜は寝ていない。
 街の中に満ちる緊張感も彼らを不安にさせる理由のひとつだ。大人たちの緊張もあるが、何より今日は朝から動物の姿どころか声も聞いていない。

―――お前らの平和なスクールデイズは終了だ。

 エンカーの予言めいた警告が現実になったと今更ながら思った。もう、地上に安全なところなどどこにも無いのだ。ラッドは先日エンカーから渡された青いPETを手にし、それを操作して着信を確認した。連絡はまだ無かった。

「昨日親父が『放課後迎えに行くから、研究所に来い』ってさ…」

 カルロスは不機嫌そうに言った。彼も今すぐにでもサイバトロンの基地に駆けつけたくて仕方ないのだろう。

「僕もママと一緒に行くことになった。パパは多分、シェルターの準備でおおわらわになってる。」
「お前のパパ、主任だもんな。ウィリー達…どうする?擬態させていてもシェルターの中までは無理っぽいぜ?」
「ああ、そのことでみんなに話したかった。」

 教員が教室に入り、HRが始まった。そして教師から今日の放課後に抜き打ちの避難訓練の実施が通知された。殆どのクラスメイトがうんざりしながらも学校が早く終わることを素直に喜び、その「名目」を疑わなかった。

 クラスメイトたちが世界を覆う異常に気付いたのは、それから数時間後だった。



[11491] 宣戦(後編)
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:e9573423
Date: 2010/05/29 00:12
 いくつもの光が走り、いくつもの光線が回り、いくつもの流れが駆け巡る。いくつも流れが収束し、いくつもの法則にしたがって混沌とした秩序を形成し、「世界」を構築していく。
 電脳世界。そこがエンカーにとって自由の領域であり、「今の自分」が生まれ育った故郷でもある。闇情報が行きかうアンダーグラウンドに潜るのも、成層圏にある衛星の電脳に侵入してその目を借りるのも大して苦労を要する作業ではない。
 いくらか速度が遅いのがきつかったが、適応するのには十分だった。生まれ故郷の世界やセイバートロンではヒューマンゲノムを99.99%インプットして作られる機械知性エージェント「ナビ」や電脳化した人間意志「ゴースト」が活動するには少し容量が足りないが、加減さえわかればあとはどうとでもなった。要する自分の全容量を通さなければいいだけの話だ。
 今電脳世界で活動しているのはエンカーの意識であり、感覚であり、一部である。
 飛んでいるのか、浮いているのか、泳いでいるのか。
 どの表現も電脳世界にいる時の感覚では表せない。あらゆるネットを構成する情報が彼に接続し、それが彼の自我をある境界へと誘い、同時にある限界へと制約する。
 「自分」という形はそれを維持するのに大量のものを必要とするのに、他愛なく崩壊する。己が形を認識できないことはとても危ういことであり、「悪の天才科学者」と自らを誇った「じいちゃん」にも危惧されたことである。その忠告もあって彼は現実世界への端末としての義体を一つだけに留めている。だがこの時だけは、限りなくエンカーは自由である。たとえそれが感覚的な錯覚であっても。
 衛星「かぐや」をはじめとする月面観測衛星に流れていく大量のアクセス。元をたどるまでも無い。流れに紛れて自分もアクセス。0.1秒でデータが返される。混乱を避けるため一般メディアに規制はかけられているが、規制をかける機関に情報が通される前なら無修正の映像が見れる。人、それをハッキングという。が、嘆かわしいことに彼の行動に気づく者は今の地球圏では誰もいない。気づくべき者は既に宇宙からの敵の対応策に追われているからだ。

「にしても、派手にぶっ刺さっちゃってまあ…」

 赤い花を咲かした月…と表現すれば風情はいいが、月面の「静かの海」で屹立する螺旋城の威容はシュールというものだ。ギャグのような光景だが、残念なことにギャグではすまないので映像をサイバトロン基地のサーバーに転送。次は地上の状況である。
 地上を睥睨する衛星をいくつも経由し、黄海、大西洋、インド洋、ハワイ島沖、樺太沖、インドシナ半島、東京湾、ペルー沖、北海、ドーバー海峡、諸々の列強、 主要国家の領海の航空映像を採取。領海に展開される機動艦隊の攻撃空母、巡航戦艦、駆逐艦、潜水艇、要撃艦、戦闘情報艇etc…陸も見れば、海からの道を封鎖するかのごとく装甲戦車が隊列を組んでいる。

「早いな…」

 南極に観測基地を置いていた五カ国が南極海に軍を派遣することは予想していたが、ここまで大規模に世界中が動くとなれば既に月にいるエイリアンが敵性であると判断しただけでは説明できない。相手に知性があるなら、まずコンタクトを取ろうとするのが普通の流れだ。
 推論を立てている間に時間が来たので基地へ定時連絡を送る。

「こちらエンカー、現在地上の情勢を調査中。尚、ガルファの攻撃部隊は月面「静かの海」にて拠点を設置した模様。」
<映像はこちらでも確認した、厄介な場所を拠点に定めたか…>
「直接地球に降下すれば大気圏突破や重力制御でエネルギー食いますからね。地に足を着け、なおかつ地球全体を観察できるポイントとしては絶好の場所でしょう」
<それに、今の地球人の科学力では進行し撃退することすらままならぬか…〉
「それは致し方ないとして、陸はほぼ世界中で臨戦態勢に入っています。ジャムのことをすぐ忘れたにしては迅速な対応だと思いますよ。」

 連絡を取りながら、更に衛星を経由してゆく。一箇所に留まるのは逆探知をかけられた際危険である。いかに非常事態であっても、その分野の人間達が寛容でないことはエンカーも身を持って知っていた。
 アメリカは持てる軍力の全てを展開し、いくらかを大西洋に存在する国々の防護に回すほどだった。43年前の地上戦の経験がマニュアルになって残っているのかと考える。

―――前の世界でも人間達がこれくらいまとまって行動してくれてたら、あいつらはあんな終わり方せずにすんだだろうな。

 ふと、エンカーの脳裏に目の前で死んでいった戦友たちの姿が甦った。だが、感傷に浸る時間ではない。湧き上がる澱んだ感情と共に再び奥底に封印した。
 どの道、人間が外的脅威すら自己の利益に利用する生き物に変わりはないのだ。こうも大規模でない限りは、世界は一瞬でもまとまりようがない。
 「お」とエンカーは声を上げた。マンハッタンに向かう飛行戦隊の後ろに見覚えのある機影を発見。ビッグキャニオンでデストロンの航空参謀に追い回された戦闘機だ。照合も一致した。B-707、アステリア。たしかギリシャ神話に出てくる逃げ足のはやい女神の名前だったはず…
 〈これは…〉と通信機の向こうのコンボイが声を上げる番だった。

「ビッグキャニオン上空で確認した例の戦闘機ですね。やっぱり無事だったようです。」
<そうか…良かった>

 前回調査したものの結局所属は不明だったが、一番有力なのはラッドが持ってきた「ジ・インベーダー」に出てきたFAF第五飛行戦隊・通称特殊戦だろう。
 超高高度から戦闘を記録し、味方が攻撃されようとも全滅しようともただひたすら情報を収集し、解析し、見殺しにしてでも帰還する戦闘戦術電子偵察機乗り達。
 その人員には機械的に冷徹な人間が割り当てられる。故に戦闘終了後、敵が生き残れば徹底的に追撃され、味方の部隊からは「死神」と蛇蝎のごとく嫌われる
 それでも情報が重要なのは間違いない。もっとも、今回は帰還した後も情報が役に立つだけの戦力が残るかが微妙だが…
 また一つの観測衛星のカメラに侵入し、衛星軌道上を偵察。大量のスペースデブリに混じって、いつでも地上に降下できるよう滞空している素体クラスの軍団。まだこちらの視線に気付いていない。向こうの関心はあくまで地上を席巻している「環境に有害な文明」を殲滅するかなのだろう。だが、エンカーは緑と黒の素体の群れの中に、一際巨大な赤と白の機獣クラスを見つけた。即座に映像を解析し、対象を分析。頭部は白い面の中心に柱が突き出たような形になっており、まるでパラボラアンテナのようだった。紅い胴体は円柱状でそこから細長く平べったい四肢が出ている。1体だけではない。12体はいる。

「新手のガルファを確認…」

 気付かれる前に衛星に電脳空間から離れ、映像を転送。以前来た時より人工衛星への道が一気に減ったと思ったが、成る程空の目と防波堤を破壊していたのか。

<多分、「機獣」だ。素体はあらゆる種類の機械に融合し能力を吸収する能力を持っている。その個体が融合したのは、おそらく地球人の攻撃衛星だろう>
「融合できる機械の種類に法則と制限は?」
<単純に機能する機械ならばほぼ全てだ。何度もと言うわけではないがな>

 成る程、故に「素体」というわけか。道理でどこか見覚えのあるパーツがあると思った。機械生命体の適応能力を凶悪に特化させた例といえる。

<エンカー、そろそろ戻ってくれ。これ以上は君が危険だ。>
「了解。これより帰還しま…」

 ふと、エンカーの言葉が途切れた。
 懐かしい気配を感じたからだ。例え記憶が消されようとも、全身全霊が覚えている。一瞬たりとも忘れたことがあるものか。間違いない、自分が間違えるはずが無い。
 動揺と困惑と歓喜がエンカーを支配し、繋ぐべき言葉すら失わせた。
 反射的に探索を広範囲にかけ、直感はすぐに確信へと変わる。そして、向こうも自分に気付いていた。
 電子の海の向こう、光の中に落とされた一滴の黒。ボロキレのようなマントを羽織った黒い影―――フォルテがいた。

<エンカー、何があった?応答せよ!>
「フォルテ…」
<何!?>

 エンカーは我知らず半ば呆然と呟いたとき、通信越しにコンボイが驚愕したのがわかった。それでエンカーは多少平静を取り戻した。

「総司令、大丈夫です。すぐそちらに戻ります。」

 しばらく沈黙があったが、反対はなかった。

<わかった…。だが、くれぐれも気をつけてくれ>
「了解、しばらく通信を遮断します。」

 逆探知を避ける為にリンクオフ。フォルテにとって狩る対象は強者であるなら自分が懇意にしている者でも例外ではないのだ。それにコンボイにはサイバトロンの司令官として受け継がれてきた〈マトリクス〉がある。だから気付かれないように念を押した。

「相変わらず、誰かに取り入るのがうまいことだな。」

 いつもの通りに、冷たい目線と侮蔑交じりの冷徹な言葉。それでもフォルテは去らずに待っていた。

「働かざるもの食うべからず。座して何も得られないが、殺して奪うだけがやりかたじゃあない。いつもそう言っているだろ?」
「ふん」

 エンカーは親友が相変わらずクールであることに苦笑いしつつも安心し、いつもどおりの軽口で答えた。フォルテはいつも通りの不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ああ、そうだ。地球に来る前に見てきたぞ?初対面相手に派手にやりやがって。おまけに迎えに行ってみりゃ戦艦の中で爆睡してるし」
「敵意に敵意で応えてやったまでだ。俺は誰かに命令されて従ってやる気は無い。まあ、説明してやったところで理解できるとは思えんかったがな」

―――さてはデストロンの誰かに身長の事でも指摘され…と推測した途端黒い魔王のアッパーカットが顎に炸裂した。一瞬意識が昇天。

「誰がチンクシャの黒豆だ?」
「ぐおお!心を読むな!つかそこまで思ってない!あと抉るように踏むな!新しい世界に目覚めるから!」

 ただでさえフォルテの基礎能力は規格外である。当然踏む力も洒落にならない。ヘルメット越しでもその威力で充分頭が割れそうだ。

「それはそうと、随分長くネメシスの中にいるな?まさかマイクロンの力に興味でも持ったか?」

 やっと足蹴から解放されて本題に入る。昔ならネメシスの人格を破壊して操っているところだったが、やはり変わった。だが、この根無し草(ヒトのことは言えない)が一箇所を拠点にし続けているのは珍しい。それを聞いてフォルテは目尻を歪めてくだらんとばかりに嘲笑した。

「あんな端末もどきのカスに何の価値がある?起源を理解していないのはともかく、自分の在り方を決めることすら出来ていないものに、トランスフォーマーども同様に血眼になるとでも?」
「…マイクロンの記憶を覗いたのか?」
「どこぞの人間崩れと違ってまだるっこしいのは好かんからな」

 あっさりと暴挙を肯定する友人に「無茶をする」とエンカーは呆れた。デストロン側にいる者だろうが、きっとそのマイクロンはトラウマになったことだろう。

「偶然だと思うか?」

 唐突に、フォルテが低く言った。

「何が?」
「マイクロンどもの覚醒だ。…おかげでまた地球に逆戻りになった」
「まあな。この宇宙に放り込まれる前にお前も見たろ?確かに俺たちの行く先々碌なことが起きやしないが、「奴」は間違いなく碌でもないことを起こすために俺たちをセイバートロンへ放りこんだんだ。」

―――全てを無に還す為に

 確かに<奴>は自分達をあざ笑いながらそう言った。

「しかも、ご丁寧に両陣営にそれぞれ転移ときた。おかげでデストロンは現在半身不随。戦場は拮抗したかと思えば、見計らったようにマイクロン達の覚醒で両陣営は大騒ぎ。この展開を偶然で片付けろって言う方がおかしい。」
「腑抜けていないようで安心したぞ。更に悪い知らせだ。この宇宙は閉じられている」

 エンカーは一瞬絶句した。それに構わずフォルテは続ける。

「トランスワープとやらはできる。原理的にはパストトンネルを展開してこの宇宙を渡るだけだからな。しかしフォッスアンビエンスに介入してビヨンダードを超えようとすると、どうしても失敗する…」

 次元回廊への干渉は多くの条件と、大量のエネルギー及び演算を必要とする。本来自力で行うそれは終了後に休眠モードに入らざる得ないものなのだ。つまりフォルテは休眠のためにネメシスから離れられなかったとも言える。あるいはネメシスがフォルテに興味を持ったか?だが、その前に

「忌々しげに語るがコンチキショウ、俺を置いて先に旅に出ようとしていたのか?」
「最初からお前が勝手に俺たちについてきているんだろうが?」
「確かに」

 でも軽く100年を超える付き合いなのだ。そこのところはいい加減心を許してくれていいような気もする。まあ、フォルテなので仕方が無い。

「まあ、失敗する度にだ…どこからともなく気に食わん視線を感じる」
「ああ、俺もだ。…サイバトロンに軒貸して貰ったときも、デストロンの御大将から総司令助けた時も、お前のいるネメシスが地球に行っちまったときも、〈奴〉がせせら笑っていやがるのが嫌でもわかったよ。」

 そして、自分がどんどん深みに嵌まっていることを自覚する。以前いた世界でのと同様に。

「この状況は全て奴の思惑通りだ。マイクロンどもも、そして―――今そうしているお前もな」

 周囲に映像情報が展開される。爆炎、廃墟、銃を撃ち合う人間達、爆発の巻き添えで血を流しながら逃げ惑う人々、射殺死体の前で泣く子供―――全て、今地上で起きている人間同士の戦場だ。
 エンカーの中の奥底の記憶がザラりとした不快感と共に甦る。

「この世界(ビヨンダード)でも、人間はつくづく愚かだな。」

 映像を見ながら、フォルテは隠し様の無い絶望と侮蔑と嘲笑と嫌悪と憤怒がない交ぜになった暗く低い声で独りごちた。

「サイバトロンのトランスフォーマーはこれを理解しているのか?」
「しているよ。〈こんなに綺麗な星でも、殺し合いはあるんだな〉って、地球人よりも国際情勢を憂いていたっけ」
「それでも人間どもを守ろうとする時点で、俺には奴らの論理回路の構造が理解できん。レプリロイドのようにクリエイターどもにいらん制約を設定されているのならともかくとして…」
「レプリロイドか…懐かしいな」

 懐かしい言葉にエンカーはたまらず目を細める。脳裏には懐かしい戦友たちの姿が在った。

 レプリロイド―――フォルテと共に訪れた2つ目のビヨンダードで開発された、機械でありながら人間的思考に基づいて自律する人工生命体。「大崩壊」以来その数を大幅に減らしてしまった人間たちの補佐であり、新たな隣人として生み出された新世代型ロボット。
 その存在は衰退してしまった世界の復興に大いに貢献したが、同時に人間と機械の境界を曖昧なものとした。
 何より、やはり人間の業と機械の悲しみは変わらなかった。
 同属すら道具のように利用する生き物が、機械であり被造物であるレプリロイドを自らと同等にみなせるはずがなく、まして自律思考する彼らを脅威とみなす者も少なくなかった。レプリロイドの中でも人間を見下し、あるいは人間からの攻撃が原因で攻撃的になる者も増えていった。文明は飛躍的な進歩を遂げていったが、人間と機械が同じ位置に立ってしまったが故の矛盾と軋轢は開発者の思惑を離れて日々深刻化していった。
 そして、レプリロイドの多くが人類に対し反乱を起こすにはそう長い時間は必要なかった。
 それからは2世紀近く、人間に反抗するレプリロイド〈イレギュラー〉と人間側のレプリロイド組織〈イレギュラーハンター〉の矛盾に満ちた闘争が続いた。一時は地球が滅亡寸前に陥った。その後も多くの人間が死んだが、それ以上にレプリロイドが無残に殺されていった。その中にはエンカーの「友人」になってくれた者も含まれていた。
 全ての人間が悪いとは思わない。実際、両者の間を取り持とうとする人間やレプリロイドは少なからずいた。が、それでもだ

―――人間など、もう滅んでしまえ。

 そう呪ったことは一度や二度ではない。友人の死に意味を問うたことは更に数え切れない。
 それだけ、人類は救いようがなかった。
 エンカー達が最後に旅立った時、疲弊した大地を甦らせるために両者は禍根を超え、ぎこちないながらも和解したが…

「だけど、サイバトロンは〈イレギュラーハンター〉のように仕事や使命でじゃない。任務の邪魔になるのも大きいが、結局自分が『正しい』と信じられることのために動きたいだけさ。あと今はたった三人だけど―――友達もいるし」

 これでは(並行世界とは言え)地球人である自分よりもサイバトロンの戦士の方が「地球的」だ。エンカーはその事実を皮肉と捉えた。

「なら、尚のこと愚かだ。それに付き合っているお前もな」

 やはりフォルテはサイバトロンを冷たく否定した。いつだって彼は誰に肩入れすることはないし、同情もしない。そして何より、情緒を信じない。戦いに不要だから
 それを知った上でエンカーは「今更」と笑った。

「だけど、俺が人間くずれだから人類の存亡のためにサイバトロンについてるって考えているなら困るぞ。俺にとってはいつだって、そんなものこそ〈結果〉に過ぎない。まあ、あいつらがいい奴らだから何かしてやりたいって思わないわけじゃないが」
「どっちも変わらん。お前のやっていることはいつも偽善だ」

 吐き捨てられたその言葉を、エンカーは甘んじて受け止めた。その言葉の意味を自分自身こそが嫌と言うほど理解していたからだ。暗く燃える紅い双眸で見据えながらフォルテは続ける。

「今回にいたっては介入されている可能性まである」

「否定はしない」とエンカーは静かに答えた。

「操られているとわかってもすべからく自己満足のためさ。どこにいようが力を求め続けるお前と同様に」

 もちろん、介入者の思惑を図るためにサイバトロンに居続ける方がいいと言う思惑もある。だが、自分が戦うべき相手はデストロンでもガルファでもないし、守るべきはサイバトロンでも地球でもない。
 生身も故郷も捨てたエンカーにはその責任も義務も使命も無い。正義感など尚更だ。
 だが、それでもエンカーは動くことを選んだ。

「…そして最後は手に入れた全てを失って、無様に打ちひしがれるのか?いつものパターンだぞ」

 心底理解できないと言わんばかりのフォルテに、エンカーは笑って答えた。

「おや、俺を気遣ってくれるのかい?」
「アホか」
「最初から絶望すれば傷は少ないが、それじゃあ意味が無い。あとで後悔する方が断然いい。前のビヨンダードでそう悟ったのさ。」

 責任も善悪も、総力をかけた戦いの中では建前でしかない。だが自分にとってもっと大切なことがあるから、それのために動きたい。

「あれ」じゃない!俺たちの仲間だ!

 何の疑いも無く自分の存在を認めてくれるバカがいるから―――

お前達は―――必ず守る。

 そう子供たちに宣言したから、そう約束したから―――
 エンカーは動く。自分の無意味な力を知って彼らが自分を嫌うならそれまでだ。それでも確かに自身に対して証明できるものがあるから

「だから、俺は運命に介入するよ。いつものように」

 呆れたといわんばかりにフォルテが小さく息を吐いたのがわかった。罪悪感を覚えるものの、エンカーはフォルテにだけは嘘をつきたくなかった。

「というわけで遅くなっちまうけど…必ず迎えに行く」
「かまわん。俺はお前のナビになった覚えは無いし、なるつもりも無い。勝手に逝ってこい。俺とゴスペルはネメシスで敵を探す」

 敵。フォルテは自分たちを誘導したものを既に<敵>と定めて動いていた。再び地上の状況をモニターする。
 「征ってこい」でなく「逝ってこい」というところが清々しいまでに“らしい”が、でも、おかげで僅かな迷いも吹き飛んだ。

「お前はネメシスに戻るのか?」
「俺はしばらくここにいる」

 フォルテは短く素っ気無く答えた。エンカーはその後姿を見た。

「人間どもがガルファに滅ぼされるのなら、それもまた…だ」

 その言葉は―――絶望と共に吐き出された。

「そうか」

 エンカーはフォルテがかつて人間に「そうあれかし」と作られたにも拘らず”廃棄“されたナビの成れの果てであることを知っている。これまで渡ってきたビヨンダードの中でもまた人間の在り様に絶望してきたことも知っていた。だから、静かな言葉の中にあったのはもはや癒しようの無い憎悪であり、絶望であり、フォルテ自身の古傷だ。だから咎めもしなければ、追求もしなかった。
 去り際にただ、一言。小さな約束のために。自分の中にある、ほんの僅かに残る人間らしさを証明するために

「征ってくる」

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「御館様、たった今地球の標準時刻で24時間が経過いたしました。」

 月に降り立った紅い威容の中枢。そこには宙に浮く巨大な、半透明の円柱錘状のパーツで構成された異形が佇んでいた。それを取り巻くように並ぶ3つの影。いずれも「機将」と呼ばれる、螺旋城最終防衛ラインと軍団の指揮系統を担う者たちである。その体長はゆうに30m近くある。その内、茶色の球体と複数のリングで構成された一体が報告した。彼の個体名は「ギガウィッター」と言う。

「…サイバトロンたちのトランスワープ反応は?」

 中央に佇む巨体―――螺旋城の主にして、中枢にして、螺旋城F-18そのものは無機質ながらも重く言った。それにもう一つの影、銀色の液体金属で構成された「ギガアブソルート」が報告を引き継ぐ。

「確認されておりませぬ。未だ地上に残っているものかと…」
「ふむん」

「構うことはありますまい」と三体の内、もっとも屈強な体躯を持つ金色の個体「ギガグルメイ」が声高に言った。

「もとよりサイバトロンは〈自由は全ての生命が持つ権利である〉と主張し、我らガルファを非難した輩ども。あの反乱の折にも奴らは人間についた。今回も同様であると見て間違いありますまい。」
「息を潜め、事を眺めるだけならそれもよし。再び奴らが人間どもを守るためにガルファにあだなすのならばその時はその時、今度こそ人間もろとも駆逐すれば良いこと。」

 ギガグルメイの言葉をギガウィッターが引き継ぎ、さらにギガアブソルートが続けた。

「我ら機械帝国ガルファが不可侵と定めたのはデストロンであり、サイバトロンではありませぬ。協約に反してはおりません」

 螺旋城は三機の意見を吟味し、その判断に誤りが無いかを膨大な情報と比較し確認する。そして、決断を下した。

「これよりフェイズ2に移行する。」

 三機の部下は主の決定に満足げに従い、奥にいる影に声をかけた。十分な威容であるが、この部屋の中のものではもっとも小さかった。

「では、そういうことになりましたので―――」
「貴殿らの〈敵〉は我らガルファが駆逐いたします。」
「そちらの〈陛下〉もそれで構わぬと見てよろしいかな?デストロンの航空参謀スタースクリーム殿」
「ああ」

 壁に寄りかかりながら、スタースクリームは失笑気味に返した。

「好きにやってみろ。貴様らの戦略がきちんと進歩しているか、お手並み拝見と行こうじゃないか」

 スタースクリームは鼻持ちならないドローンあがりどもがいずれ憔悴していく様を思い浮かべながら、湧き上がる嘲笑を表に出すまいと堪えていた。
 何も知らぬ螺旋城はデストロン側にも異論は無いと認め(首領のメガトロンが直接コンボイに手を下したがっていることを長年の調査結果から知っていたので)、地球のあらゆる機器に探知しえない強力な電子信号で全軍団に通達した。

―――状況、開始

 電子の号令を受け、衛星軌道上に配置していた21の機獣と100を越える素体が地球への降下を開始した。

<ガルファ機獣部隊、降下開始>

 どこともしれぬ暗がりの中、バリケードとフレンジー、アイアンハイドはネメシスからの秘匿回線でその光景をモニターしていた。

 月面基地(仮)にいるメガトロンも、その光景を見ていた。

 サテライト衛星を破壊し、その破片に紛れて再び攻撃衛星のビーム砲をかいくぐりながら、「侵略者」たちは真っ赤な火の玉となって大気圏を突破していく。
 星を蝕む「文明」と「知的生命体」を駆逐するために。
 歓喜も無く、高揚も無く、ひたすら冷徹に彼らは進軍する。

 それはさながら流星群のような、不気味なほど美しい光景だった。

/*/

 グリニッジ標準時間で1700―――東西問わず世界中の海洋、海岸が緊迫した空気に包まれていた。
 10年ぶりの、不確定ながらも予想されていた「来客」に備え、人々を守るべき立場に在る人々はその戦意を研ぎ澄ませていた。
 以前のように突然〈通路〉を形成してこないだけに、今回の客はジャムよりはわかりやすい。
 マンハッタン沖に展開する攻撃空母「ルーズベルト」を筆頭とした連合艦隊、そして国連のアドミラル89及び戦術空軍第666戦術飛行部隊もそのうちの一つだ。
 参謀本部を通して送られるNASAから民間までの観測データ―――地上に向かって大気圏突破を図る無数の異星体―――を見たとき、管制官は得体の知れぬ恐怖と焦燥感に襲われたが、パニックにならず済んだ。現実に異星体との戦争があった過去の事実と、5日前に通達された侵略者の映像。そして何度も繰り返された訓練のおかげだ。

「敵部隊、降下開始」

「来たか」ルーズベルトの艦長L・W・ワイルダーは双眼鏡に目を当てる。

「全艦、DEFCON5発令!」

 「全艦、DEFCON5発令」と副長が復唱し、迎撃隊に発艦命令を出した。
 季節は春の終わり。よく晴れていた。夕焼けで赤く染まっていく空の向こう、いくつもの流星が煌く。そのまま消え果ててくれるならまだいい。天体ショーによる儚い美しさを楽しむことが出来る。
 燃え尽きてゆくスペースデブリに混じって次々と雲を抜ける殺意―――その数、3000体余り。
 ルーズベルト所属の早期警戒機がそれを確認した。直後、レーダースクリーンの3割が敵勢力の表示で埋まる。
 アドミラル89の艦長はただちに全迎撃隊に攻撃命令を通達。24機の格闘戦闘機、自立型無人戦闘機フリップナイトたちの編隊が動き出す。
 その間ガルファの兵士達は海面スレスレで制動し、再び攻撃衛星と融合して数を増やした機獣を筆頭に進撃を開始した。その内いくつかの部隊が北と南に分かれるのを確認した時、艦長は背筋が凍る思いがした。エイリアンどもめ、東海岸全域を火の海にするつもりか

「迎撃せよ。何としても奴らを陸に近づけさせるな!」

 連合艦隊のF-22とGEARのファーンⅢ、無人戦闘機達が戦闘編隊で迎撃を開始する。
 空と海からの一斉掃射。紅い機獣はそれを正面から受けてたった。兵士達もビームガンを片手にそれに続く。
 接近するミサイルの嵐を紅い機獣は体内で生成したミサイルとビーム砲で迎撃。兵士たちもビームガンでミサイルを迎撃する。そして見事しのぎきった。
 その間に戦闘機たちは追撃を開始。超低空超音速で飛行しながら機獣たちは爆炎をかいくぐり、交戦を開始した。
 一体一体が10m級で人型。戦闘機に乗るパイロットにとって航空力学を無視した動きで飛び回る敵の行動をシュミュレートし捕捉するのは困難を極めたが、慣れるのには時間がかからなかった。敵の金属細胞に20mm砲とミサイルは充分効果があった。素体を戦闘編隊で追い込み、次々と打ち落としてゆく。海上では戦闘艇によるロケットランチャーと機関銃の一斉掃射により高度を下げたものを打ち落としてゆく。
 だが機獣が大量のミサイルを吐き出しF-22の編隊を一掃したとき状況は一転した。
 ガルファの部隊は穴の開いた防衛網を突破するのでなく生き残ったF-22を追い回し始めた。自分たちを殲滅するつもりなのかと誰もが戦慄したが、失速した一機に素体が取り付かれた時その予想すら甘いと思い知らされた。
 取り付かれたF-22のパイロットは脱出装置を起動させることができなかった。コックピットの真上に素体が覆いかぶさっていたからだ。恐怖のあまり悲鳴を上げたがそれで終わらなかった。蚊のように細い棘が機首に差し込まれた時、未知の金属細胞が戦闘機の内部へと侵攻を開始。素体もそれにあわせて戦闘機と融合し、二つの金属は一瞬で融合し変形してゆく。パイロットは何が起きたのかわからないままそれに巻き込まれ、原型を残さず絶命した。
 そこにはもう戦闘機はなかった。いくらか見覚えのあるパーツはあったが、黒い機獣が完成していた。攻撃衛星に融合して赤い機獣が生成されたのと同じプロセスである。
 それを目撃していたパイロットたちの心理を支配したのは恐怖とそれ以上の怒りだった。そして、新しい侵略者の危険性をこの目にしたことでその攻撃の手はさらに苛烈なものとなった。だがそれすらあざ笑うかのように素体たちは迎撃をかいくぐり、群れからはぐれた獲物を狩るように次々と有人、無人を問わず取り付き、融合を開始。着々と更なる戦力をつけていった。
 そして、新たな機獣を加えたガルファが立ちはだかる防衛網を突破するのに必要としたのは、三体の黒い機獣がそれぞれ放った10発の高速ミサイルで十分だった。 ルーズベルトとアドミラル89の迎撃隊は壊滅状態に陥った。
 艦長はその事実が信じられなかった。あれがガルファなのか!?CICからガルファ接近の警告。見えるのはリーダー格の赤い機獣とその後に続く素体の小隊。

「対核防御。対空戦用意。ハード―ポート」
「ハード―ポート、サー」

 ルーズベルト、左舷航行開始。直後、極太のレーザー砲が放たれ、ルーベルトの甲板とブリッジにいる船員の目を焼いた。

/*/

 モニターの向こうでルーベルトの艦隊が炎に包まれて沈んでいく。
「防衛部隊の損耗率、40%突破」管制官の悲痛な叫びが司令室に響いた。「駄目です、突破されます!」

「ガルファ機獣、本土への進行を開始!」
「追撃をかけろ!国防長官に通達。アメリカ北方軍の出撃の要請を」

 本部のメテオから「ガルファ機獣部隊降下」の通信を受けて以来、参謀本部の幹部を何人か交えた共同司令部となったGEARアメリカの司令室は怒号と議論で騒々しかったが、国家が誇る空母が撃墜されたことでパニック寸前の騒々しさとなった。特にジャムを知らない世代は恐慌状態に陥っていた。
 10年は長過ぎた。大モニターを睨みつけながらGEARの司令官は歯噛みする。
 アドミラル、ファーンⅢやフリップナイトは未だ健在だが、パイロットたちにはフリップナイトとの交戦経験はあってもエイリアンと戦った経験が無い。機体の性能のおかげでまだ落とされずにいると言うのが現実だ。新たに機獣に進化したものに海上に釘付けにされ、その間赤い機獣はいくつかの小隊を引き連れ内陸に向け悠々侵攻していく。
 既に世界各地に降下した機獣たちの殆どが海上を突破し、陸の防衛網と接触。こちらでも数体の素体が落とされるが、機獣のビーム砲により障害は排除された。

「沿岸防衛部隊、壊滅!」
「NY、DC市内の避難状況は?」
「NY、48%。DC、73%!」

 絶望的な報告が帰ってきたが、司令官は慌てなかった。

「都市防衛部隊に通達。全機、敵の迎撃に当たれ。やつらをこれ以上暴れさせるな!」

/*/

 大都市ほどの人口密集地ほど人間たちをひとつの方向に誘導することは困難を極める。日がとっぷり暮れたニューヨークもまた例外ではなかった。
 その日も仕事や学校を終え、家路に着く者、遊びに繰り出す者で界隈はごった返していた。南極のニュースが流れてから空港の便が全て欠航となり、朝から戦闘機やヘリが飛んでいることで緊張した空気を感じている者はいたが、所詮自分には関わりなきことだと一般市民の殆どがそう思っていた。
 その認識が的外れだと思い知ったのは街中に警報が鳴り渡り、パトカーや警官が走り回るようになってからである。港や高層ビルから外を見ていた者が暗いはずの水平線が明るく燃えているのを目の当たりにした。それから間もなく海岸線に火の手が上がり、わけもわからず避難誘導に従っていた人々はやっと自分の国が攻撃されていることに気づいた。
 たちまち恐怖が人々に伝染し、恐慌が起こった。ハイウェイはたちまち渋滞になり、交通は麻痺状態になる。上空で戦闘機が爆散するのを目の当たりにしたとき、運転手たちはやむなく車から降りて逃げるが、その頃には既に上空でオービトンがビームの収束体勢に入っていた。狙いは超高層ビル群。

「やめろ!」

 スライスターンで素体のビームガンを回避していたラプターのパイロットはその意図に気付き、絶叫した。

「最優先で撃墜しろ!奴に撃たせるな!!」

 隊長機の指示のもと編隊を組みなおし、ミサイルを一斉発射。だが素体達が弾幕を張ってそれを許さない。
 エネルギーが臨海に達し、ついに発射態勢に入る。パイロットたちも、地上からそれを見ていた市民も、まだ残業で残っていた職員達も絶望する中、ついに極太のビームが放たれた。
 ニューヨークを象徴する摩天楼群はなぎ払われもしなければ、地上で逃げ惑う人々を押しつぶしたりはしなかった。
オービトンは地上からの射撃に吹き飛ばされ、ビームはあらぬ方向へと虚しく放たれ消滅してしまったからだ。
 信じられないという思いのまま、パイロットたちは射角を調べ発射地点に目を向ける。素体達もそちらに注視する。一瞬、空は静かになった。
 既に避難が完了して誰もいない埠頭だった。そこには大口径のブラスターを構えて立つ巨大な二足歩行のロボット。そして、その隣には一回り小さいサイズのロボットが1体。

「何だあれは?」

 パイロットの誰かが呟く。あんなもの自分達は知らない。いけすかないGEARの秘密兵器か?一体誰が乗っている。
 だが現実は混乱するパイロット達の脳を置き去りにして、予想の斜め上をひた走っていった。

「サイバトロン軍総司令コンボイの名において、機械帝国ガルファに宣言する。」

声高らかに、そのロボットは地球の言葉で喋った。

/*/

 喧騒と怒号に溢れていた司令部はその声を聞いて水を打ったかのように静まり返った。参謀本部の人間達も呆然とモニターを見ている。
 本部、イギリスのGEAR司令室。ならび国防機関でも同じことが起きていた。
 マンハッタン上空のモニターに映し出された2体のロボット。同じ頃、ロシア領空と中国領空を飛んでいた特殊戦からも映像が送られていた。
 ロシアの首都モスクワの郊外に黄色と青色のロボット。
 上海のタワーの頂上に平然と立つ黒い人型の異形。
 彼らが出現した瞬間、ガルファの機獣たちはその動きを止めた。
 何が起こっているのか、それを理解するものはこの時点で殆どいなかった。

/*/

 地球の裏側、まだ昼に差しかかろうとする時刻。その頃「彼女」は愛機ワルキューレに跨り国道を全速力で加速していた。地下に隠蔽しつづけた「戦士」を起動させるためだ。
 白いバイザーの内側に本部経由で各GEAR司令部から送られる映像が映し出されていた。覚悟はしていたが、燃え上がる街の光景に彼女は血がにじみ出るほど唇を噛んだ。
 だが、その中でまだ幼い頃見た懐かしい姿が目にはいり―――そして懐かしい声を耳にした瞬間、彼女の心は切迫している戦場から失われた過去に飛んだ。
 特殊戦から報告を受けたとき間違いないと確信し、アメリカ司令部に頼んで彼らとコンタクトを取ろうと探したが結局拠点を割り出せなかった。

 だけど―――来てくれた…!

 こみ上げる懐かしさと憧憬にも似た喜びを押し込め、彼女は自らの為すべきことを為すために戦士の顔に戻った。バイザー横に収納されている小型マイクを展開。

「本部、こちらベガ。アメリカ司令部に連絡を!大至急よ!」

/*/

 その声(もとい通信)と姿は月にいる螺旋城に届いていた。
 螺旋城と三機将は大して驚かず、微動だにしなかった。既に予想されていたことだ。

「やはり、人間に着くか…」

 嘆くように、そして理解不能と言わんばかりに螺旋城は呟いた。
 少し離れた暗がりにいるスタースクリームは、誰にもわからぬようにほくそえんだ。

/*/

「ネメシス」

 メガトロンはネメシスに呼びかけた。

「今から地球で起きる全ての戦闘を観察し記録せよ。そしてそれ以上に記憶せよ。」
<了解>

―――さあ、遊びは終わりだ。サイバトロンども、そして疫病神

 不動のまま、メガトロンは声も無く笑う

―――全力を持って殺し尽くせ。全てをかけて生き残って見せろ

/*/

「これが、我々の答えだ」

 サイバトロンの司令官は兵士達をまっすぐ見据え、ブラスターを再装填した。
 その横で合体したマイクロン―――バンブルは気合を込めた。戦う術の友人の為に戦えるように

 燃え上がる都市の広場で、ホットロッドとラチェットがマイクロンの力を借りて自分の得物を構える。自分達が正義と信じるもののために

 上海の摩天楼の頂で、金色の鴉が戦域にいる全ての敵を睥睨する。これから障害となる全てに恐怖と死を与えるために

 それに応じるかのごとく、全てのガルファ機獣たちが現在進行形の作業を中止し、ビームガンの照準を「敵」に向ける。
 世界中に存在する千を越える殺意が、一斉に、静かに自分達に向けられた。
 コンボイは各所に散らばる仲間達に命令を発し、自らもまた敵に向け突撃した。

「サイバトロン戦士、アタァァァァァック!!!」



[11491] 防衛線
Name: 黒金◆be2b059f E-MAIL ID:e9573423
Date: 2010/05/29 01:30
 赤の広場の地面が突然揺れる。街の中でバズーカや小型ロケットランチャーでゲリラ戦を展開していた地上部隊も思わずその足を止める。紅い機獣「オービトン」が地上に降り立ち、建造物の陰から現れた。放置された車両を鋼鉄の足で踏み潰しながら進んでくる。目指すは障害となるサイバトロン二体の背後。
 上空を飛び回る素体やミグを取り込んだ機獣をバズーカとポインターで撃ち落していたホットロッドとラチェットはすぐそれに気付いた。
 オービトンは砲頭からビームを放ちそのまま旋回させ、円をかくように周辺の建物を巻き込んで一帯をなぎ払う。超高熱が大気を焼き、舗装された道路も広場の美しい森も問わず大地を溶解、沸騰し粘つく粉塵を巻き上げる。
 あおりを食らった攻撃ヘリが横倒しになり墜落する。その下では衝撃波とともに迫り来る熱と粉塵のために人間達はすぐに頭を下げた。
 巻き上がった粉塵が晴れぬ間にオービトンの背後に、低いシルエットで高速に動き回る影が現れた。タイヤを鳴らしながら変形を始める。ホットロッドだ。滑走しつつトランスフォームを完了させ、巨大な敵の背後に飛びつきビームを放とうとする胴体を後ろにそらせた。ビームは空に向かって放たれ、建物にも人にも当たらなかった。オービトンはサイバトロンを引き剥がさんと暴れるが、小柄で敏捷なホットロッドはその腕すらかいくぐってクルリと回転すると、オービトンを近くの川へ叩き落した。水で重さを増した体を何とか浮上させオービトンが水面から姿を現した瞬間、合流したラチェットが走りながらトランスフォームしジャンプすると腕に収納された円鋸でその頭部を肩についた砲身諸共刈り取った。
 一体の機獣は後ろに倒れ、自分の頭部とともに再び水面に没すると、水中で爆散し盛大な水しぶきを巻き上げた。機密保持のために兵士の動力回路の中には反応停止とともに自爆する仕組みになっていた。
 大型の一体が沈黙したことは、同じ戦場で戦っている人間達の戦意を高揚させた。敵の指揮系統が乱れたのを見て取った指揮官が好機と見て部下たちとともに前進した。RPGや小型ロケットランチャーを持ち出し、地上に降りたエイリアンどもに気付かれないよう気をつけながら、なるべく間接などの脆そうな箇所に慎重に狙いを定める。小口径徹鋼弾が標的に向かって飛んだ。
 そのとき別の方向からミサイルがホットロッド達を襲った。三つの頭を持つ戦闘機融合体ファイタスタイプである。ホットロッドたちは逆変形してミサイルの雨を回避し続けた。

「ったく、数ばっか揃えやがって!」

 ホットロッドは吐き捨てながら再び変形して腕のビーム銃で空中を駆け回るファイタスに応戦する。上空にはまだ十体以上の素体がひしめき、都市防衛部隊と市街戦を繰り広げている。

「いつもウィルス達にフォローしてもらっていたからな。個体ごとにタフなデストロンよりは遥かにマシだが」

 そう言いながらラチェットは人間や建物に当たらぬよう気を配りながら、ホットロッドの死角を狙う機獣をフックとの合体で増強されたポインターで確実にしとめていく。それでも勝利は見えてこない。螺旋城から新たに増援が派遣されることを考えると焼け石に水である。
 今頃他の場所でも泥沼的な戦いが繰り広げられているだろう。

「大丈夫かな、あいつ一人で…」

 ホットロッドはたった一人で上海に出向いたエンカーがやっぱり心配になった。いくら何でも無茶だと思ったからだ。

「出撃した時、あいつが言ったことを忘れたか?」

 振り返らずラチェットが返した。

―――系統が違えど、相手が〈機械〉なら『俺たち』の独壇場だ。そしてそれが統一された群体であるなら、掃滅だって不可能じゃない。

 不遜とも言えるその言葉は真面目な表情とともに語られた。もちろんそれは無謀ではないかとコンボイは制した。フィールド維持のために必要なエネルギーが、MDGの出力がもつのかという懸念があったからだ。フィールドが消滅し、MDGが休止状態に陥ればエンカーはただのサイボーグだ。残るハッキングだけで制圧できるほどガルファの軍団は甘くない。一体が乗っ取られたと分かれば大本は即座にその個体を分離する。
 だが、その問題は現地ならクリアできるとエンカーは断言した。そして、最後にこう言った。

―――すぐに片付けて合流する。俺にはグロリアやウィルスの皆がいるから心配するな。

「あいつはお前と違って抜け目が無い。それに必ず約束は守る奴だ。きっとすぐに終わらせくるさ」

 それだけの力が、エンカーにあることをラチェットは知っていた。そして本人が言った「掃滅」のための手段が何なのかもすぐ理解できた。ホットロッドは目の当たりにしていないが、実際彼はデストロンに占拠されかけた司令部をたった一人で占拠したのだ。きっと、全力ではない。そうでなければ、デストロンはあの場から全員生きて帰れなかったはずだ。
 「言うよなぁ」ホットロッドは口を尖らせつつ、再び向かい来る機獣を撃ち落とす。
 同じ機械でも、自分(機械生命体)達が個性を持って発生したのはガルファ(機械知性)と同じ弱点を持たないための進化なのかもしれない。
 今別の場所で戦っている戦友への恐れと信頼を心の内に閉じて、ラチェットはそう思った。

/*/

「さて」

 同時刻、周囲に展開する機獣の大軍を見回しながら、これから簡単ながら部屋の片付けでもしようかと言う具合でエンカーは呟いた。
 インドシナ沖から北上した機獣は世界各地に送られている部隊の中でも大部隊であった。現在進行形で高度経済成長を辿る中国は最大の人口保有国家であると同時に公害が深刻化しつつある地域でもある。地球のデータをインターネットを介して調査した螺旋城は地球人類を制圧するために間違いなくこちらに力を入れるだろうとエンカーは予想した。
 経済を破壊するのならばアメリカ東海岸。前線基地を設立するのならばロシア。効果的に間引きをするのならば中国とインド。ガルファの最優先事項が自然環境の保護であり、そのための「知的生命体の駆逐」であるのならば、インドと中国大陸には間違いなく大部隊が派遣される。そして、その通りだった。
 故にエンカーは大部隊の相手を自ら買って出た。
 上海はまだ昼だった。機獣がインドシナ沖を突破したと報告を受けた政府はすぐに市内に警報を鳴らし避難勧告と誘導を始めた。おかげで軍団が上空に差し掛かる頃には半分以上の市民が地下か摩天楼から離れた地域に移動を始めていた。おかげで空軍も、そしてエンカー自身もやりやすくなった。
 MDG起動、DC粒子広域散布。都内に存在する《全て》のエレクトロニクスにアクセス。リンク完了。起動、出力設定最大。データ転送。完了。ディメンショナルコンバーター構築開始。
 施設の中に設置されたパソコンや集積回路が公用民間問わずに明滅し、そのプロセッサを加速させる。全ての機械から青白い光子が立ち上り、瞬く間に世界をオーロラ色に染め上げ、機獣達が飛び回る上海の空を覆いつくした。
 その時地面、建物の壁問わずに出現するものがあった。複雑な集積回路を詰め込んだ透明なシリンダー。全てが、草木の如く生えだした。100に近いその全てが、一斉合唱するかのごとく輝く。
 大気中に充満したDC粒子を媒体に多種多様の電脳ウィルス達が現実世界を、天地問わず戦場を埋め尽くす。その中心に立つのは、黒い疫病神。最強にして最悪のハッカー。その手には今黒地に黄色のPETと、緑色に輝く集積回路を中央に据えた小さなチップ。仮想を現実に反映しょうと試みた技術の落とし子。
慣れた手つきで彼はチップを差込み、青白い情報子で形成される繭に包まれ本来の姿に変身する。
 光の中から現れたのは金色と闇だった。四つの単眼を持つ人型の異形。

「ガルファの諸君」

 何の感情も無い、地の底から響くような声で送信する。

―――サモン・ウィルス、プログラムコード13解放。状況Aにより、「ビーストモード」の発動承認。敵の完全沈黙まで能力使用限定解除。

 地上、空中問わず出現した多数のウィルス。それらが無機質、有機物、生物からデザインのもの問わずいびつな形へとフレームを変形させる。あるものは表面を甲殻のように変形させ、あるものは体色を攻撃の赤に変え、あるものには角が生えた。 そのどれにも共通するのは、凶悪な獣の持つ獰猛である。
 下卑た笑顔の闇が、不吉な二対の単眼でぐるりと見渡す。写るのは現実と仮想の境界に囚われた数多の獲物1000体余り。天地の全てが冷徹な殺意に満ち溢れる。

「ようこそ地球へ。少し遅れたが歓迎しよう。盛大に」

 その一言を号令に、一方的な蹂躙劇が開幕した。

/*/

 アメリカ大陸の東海岸に火の手が上がっている頃、コスモスコープ中の住人全てを収容し終えた地下シェルターは数百もの老若男女でごったがえしていた。
 単なる避難「訓練」だと思っていた子供たちは思いのほか本格的で、長くシェルターの中に居続ける事態に子供たちは困惑と不満を隠せなかった。
 その中でラッド、カルロス、アレクサは比較的に落ち着いていた。
 ちなみに、大人たちの慌てぶりとこの三人の妙な落ち着きぶりから「何かがある」と見て取った目ざとい少年二人がいたが、こっそり避難の列から抜けようとしたところをこれまた目ざとく親に見つかり、文字通り引きずられるようにしてシェルターに入った。ここでは詳しく記さないが、その二人の少年の名をジムとビリーとする。

「ここにお集まりの皆さん、今から重大なお知らせがあります。」

 朝見たニュースに出た国防長官と同じ謹厳な表情で、コスモスコープ天文研究所主任ジョナサン・ホワイトはその前に出た。

「宇宙に存在している知的生命体は我々地球人だけではありません。覚えている方こそもう少なくなってしまいましたが、実際43年前。人類は初めて異星体に遭遇しました。しかし、彼らは―〈ジャム〉は侵略者でした。この中には実際彼らと戦っていた方もいるでしょう。そして今日、またこの星に新たな来訪者が現れました。」

 彼の目配せに頷いた助手が頷き、モニターに昨夜から月で観測されている現象を衛星からの生中継で映し出した。誰の目から見ても「異常」が起きているのは明らかだった。
 そして続けて映されたのはCNNニュースの生中継。ネオンで眩しく光っているはずの摩天楼の上をF-22と見たことのない戦闘機が飛び交い、巨大な異形と戦っている。壮大な摩天楼の隙間から黒い煙が立ち昇り、そして―――マンハッタン沖が燃えていた。
 動揺、驚愕、呆然。
 てっきり退屈な訓示を利かされると思っていた矢先に、子供たちには寝耳に水だった。大人達は微動だにせず真剣な面持ちでそれを聞いていた。彼らの殆どが四日前から地球圏に迫りつつある異常事態を周知していたからだ。そして今日の月である。何も知らされないのはいつだって子供だ。空いた口がふさがらなく者が殆どだった。

「<ジャム>がそうであったように訪れるものは友好的な者ばかりではありません。残念なことに、今回もそうなりました。すでにいくつかの衛星が彼らに破壊され、そして多くの人が死んでいます。」

 ラッドは母とともに父がクラスメイトや町の子供たちに真実を通知していく姿を目の当たりにしながら、放課後のことを思い出していた。

 学校は昼過ぎに終わった。子供たちは避難訓練が始まるまでの間何をしようか話し合いながら教室の外に駆け出す。
 三人もその中に混ざって教室を出るが、頭の中は不安でいっぱいだ。だが、それよりもまず話し合わねばならないことがある。

「マイクロンたちのことね」
「うん、コンボイ達に預けるのが一番だから…その打ち合わせをね。」

 基地まで直接乗って行きたい所だが、この避難訓練は既に降下を始めているだろうガルファの攻撃を逃れるためのものだ。そのことは街の大人たちの真剣さから窺い知れる。子供がいくら駄々をこねようと問答無用にシェルターへ連れ込むといった気迫だ。だが避難である以上余計なものは持ち込めない。ボードになっているバンクは何とかなりそうだが、ウィリーは折りたたみ式にはできないし、スクーターであるアーシーは尚更だ。だからといって、自分達が家に帰るまで外に待ってもらうわけにはいかない。

「だから、僕達が避難した後そのまま基地まで行ってもらおうと思ってね。今からエンカーに来てもらうのも手だけど、怪しまれると困るから」
「成る程」
「アーシーに言っておくわ。でも途中で合流してもらった方がいいかも。しばらくは駐在が見回るだろうし。」

 校門の前には既に子供を迎えに来た親たちの車が列を成していた。学校の駐車場からバンクとウィリーを連れてグラウンド側に出たとき、ポケットの中のPETが着信を知らせた。発信者はエンカー。内容は「学校の裏で待つ」だった。
 車は学校の裏まで連なっていたが、すぐにわかった。異彩を放つブライトイエローのカマロと赤い髪の青年。エンカーとホットロッドだ。すぐに三人は彼らに駆け寄った。

「ちょうど良かった。ウィリー達のことなんだけど…」
「ああ、そういうことだろうと思ってアーシーを先に迎えに来たんだ。家族に内緒のまんまだろ?」

 アレクサは頷いた。器用に乗りこなしていても、彼女はまだ11歳の子供だ。悔しいが5年は早い。

「自転車とかシェルターの中まで持っていけないことになっているから、マイクロンたちと一緒に入れないの。かといって大人達にわけを話すわけにもいかないから、あたし達がいない間にお願いしようと思ってたところなの」
「僕らはどの道山の方まで行くから、ウィリーたちはそのまま車に乗せて、誰もいなくなったところで直接基地に行ってもらうよ。地下駐車場の監視映像の改竄任せていい?」
「任せろ」

 エンカーは即答した。自分の得意分野な以頼だけに自信たっぷりだ。

「犯罪だけど、まあしゃあないか…」

 ステレオ越しでホットロッドは苦笑いした。

『サイバトロンは…どうするの?』

 マウンテンバイクのフリをしていたウィリーが不安げに言った。その言葉は子供たち全員の心を代弁していた。

「総司令はガルファを否定したよ。」

 エンカーの静かな一言にラッドたちはやはりと納得した。これまでTFを「意思のあるロボット」程度にしか考えていなかったが、それが違うことは南極で思い知った。きっと彼らなら人類にその姿を曝す危険を承知でそうするに違いないと心のどこかで思っていた。

「『戦うんだね?』…て」
「ああ。じゃないと、ここも南極と同じことになるからな。それ以上に多くの命が犠牲になる。」

 ホットロッドが悲しそうなウィリーの問いに答えた。ウィリーとバンクは何も言わなかった。助けを求めながら死んでいく者を見るのも、誰かを助けて息絶える者を見るのも400万年前からもうたくさんだった。

「俺たちはこの街の避難が終わり次第、三つのチームに分かれてもっとも攻撃が激しいと思われる地域にワープし奴らの総攻撃に備える。」
「観測衛星から見た布陣から予測するに、他所同時攻撃による総当たり戦だ。アメリカの軍事力なら何とかなりそうだが、他所の国はそうも行かないだろう?だから先回りするんだ」
「あいつら宣戦布告は出さないけど、機械なりに時間にはきっかり合わせてくること間違いないからな。」
「やっぱり、俺たちも…」
「「駄目だ」」

 彼らを一番近いところで応援したい一心のカルロスにホットロッドもエンカーも譲らなかった。

「何でだよ!俺たち仲間じゃん!」
「だからだよ、カルロス。」

 諭すように、静かにエンカーは言った。

「俺たちは大勢の命を守れるけど、お前達の親たちの心を守れるのはお前達だけなんだ。敵性エイリアンが空爆かけてくるかもしれないってときに自分の子供が、お前達がいなくてどうする?ガルファがここまで来ようが矢も盾もたまらず飛び出して必死で探し回るぞ。」

 「まあ、ここまでこなさせる気は毛頭ないがな。」と付け加えながらエンカーは続ける。だがどちらにしろ考えるだけで肝の冷える話だ。素体が町の上空を通らないとは限らない。

「今だってみんな自分達の家族を守ろうと必死なんだ。不安なのはお前達だけじゃないんだよ」

 昨夜、自分の帰りを心底喜んでいた母の姿を思い出す。きっと、月の異常を目の当たりにして以来不安で仕方なかったのだろう。父は今どんな思いでいるだろうか?

「そんなのわかってるよ!だけど…」
「カルロス…!」

 割り切れないと叫びそうなカルロスを見かねて制する。そこへカルロスに背負われていたバンクがボードのまま喋った。

『僕たちもそれには賛成。』
「バンク!」
『本当は船のことを話して、町の人間たちにそっちに行ってもらうことも考えたけど、それは安全と言うより安心だね。400万年間、外装の老朽化がどこまで進んでいるのかわかったもんじゃないし。下手するとそれでデストロンに拠点を教えてしまうことになる。それなら地殻隆起災害対応のシェルターの方がまだ安全だ。』

 ウィリーがそれに頷き、引き継いでラッドたちを説得した。

『僕たちは擬態しているから直接話したことはないけど、君たちの『両親』なら君達の姿がなかったら心配して探しに出るのは間違いないと思う。今の状況なら他の大人たちだってきっと心配するよ?そっちの方が却って危ないよ。』

 ここまで言われては、さすがにカルロスも折れるしかなかった。
 その会話を打ち破るように、甲高いクラクションが聞こえた。見れば、カルロスの両親が車で迎えに来たところだ。

「噂をすれば…だな。」

 行ってやれ、とエンカーが目で促す。そこには二度と取り戻せない過去を眺める複雑な感情があった。見送る気だったカルロスはジェスチャーで両親に「もう少し待って」と伝えた。

「で?アーシーは?」
「校庭裏の林の中。そこなら待たせている間に変身して遊んでいても問題ないから」

「わかった」とホットロッドがエンジンに火をを入れる。

「ホットロッド!エンカー!」

 エンカーは笑顔で応えた。いつもの張り付いたそれではなく、昨夜と同じ頼もしい笑顔だった。見えないが、ホットロッドもきっと同じ表情だとわかった。

「昨日言ったろ?俺たちはお前達を守る。だから、お前達はお前たちの家族の心を守ってやってくれ。」
「それなら、俺たちもあいつらを内陸に入れないよう心置きなく頑張れるってもんさ。」

「んじゃ、行ってくる!」

いつもの軽い感じで、ホットロッドは発進した。

 それを見送るウィリー達の目に決意の光があったことにラッド達は最後まで気付かなかった。

 そのあとカルロスは両親に合流し、アレクサもラッドも続くようにして迎えに来た親と共に車で研究所に向かった。着いた後に来たジムとビリーに自分達が黒いザ・ニンジャのライダーと親しげに話しているのを目にしたので、どういう関係なのかしつこく聞かれた。大まかなところは誤魔化して流れのライダーであると説明した。黄色のカマロに乗っていたことについてはバイクが壊れたからということで押し通した。先ほど都会に戻るので別れを済ませたとのこと。間違ってはいない。
 閑話休題。父の話が終わり、多くがモニターに流れるニュースに釘付けになる中、職員達の動きが慌しくなる。他の研究所と連絡を取り合ってエイリアンの情報を収集し解析するためだ。自分の手を握る母の手が冷たい。見ればその表情は青ざめている。
 職員達に指示を出し終わった父がすぐ自分達に駆け寄った。

「大丈夫だ。すぐ戻る」

 安心させるために父は母と自分を優しく抱きしめた。このときラッドは初めて父の手の大きさを実感した。父はすぐに自分と目を合わせて勇気付けるように肩を叩く。

「ラッド、いつも言ってるが…お前は男の子だ。しっかり母さんを守るんだぞ?」

 自分が力強く頷いたのを見て父は笑った。そこには父と息子の絆よる強い信頼があった。そして安心して父は部下とともに現場に戻った。その姿が、何故か放課後に去っていったエンカーたちの後姿とダブった。周りをみれば、自分たちと同じように家族を勇気付ける大人たちの姿がちらほらある。
 エンカーが言っていたことは、きっとこういうことなのだろう。
 「あ!」と声を上げたのは、ニュースを見ていた誰かだろうか?モニターの向こうで燃えるマンハッタン沖を背景に命がけで実況しているナレーターだろうか?いずれにしろ、その声に反応してラッドも、父に弟達の面倒を任されたカルロスも、 サイバトロンとともに戦場にいるだろうサイバーホークに今すぐリンクして彼らの状況を確認したいと考えていたアレクサも、思わず大モニターに視線を移した。ちょうど、カメラがズームインされたところだった。
 今度は自分の空いた口がふさがらなかった。拡大された映像に映っているのは、レーザーの飛び交う埠頭。そこで空中を飛び交う素体と交戦しているコンボイと…

「ウィリー!」
「バンク!?」
「アーシー!!」

 バンブル―――合体した自分達のマイクロンの名を、三人は思わず叫んだ。怪訝そうな顔で自分を見た大人たちに気付き、すぐ口を自分で蓋した。何とか誤魔化しはしたが、冷や汗が止まらない。しかし、彼らの関心はすぐにモニターの向こうに戻った。興奮した様子のナレーターが実況を続ける。

『あれはなんなのでしょうか?エイリアンと交戦しているようですが、ここからでは確証は取れません!以前噂にあった軍用ロボットなのでしょうか?今当局に確認を取りましたが、正体は現在調査中とのことです!果たしてあれ、もしくは彼は一体…』

 だが、ラッドたちの耳には届かない。何故、マイクロンたちが?という疑問が頭を駆け巡ったが、すぐに答えが出た。彼らは自分の代わりに征ったのだ。
 今こうしている間にも彼らは命を懸けて戦っている。ラッドはポケットの中のPETを握り締めた。そして祈る。そうせずいられなかった。

―――必ず帰ってきて、皆

/*/

 素体がまた一体。撃ち抜かれ、その機能を破壊され墜落していく。戦闘機を虫けらのように落としていった彼らが、現れたロボットの狙撃によって次々と落とされていく。地に下りた者は即座に捕まえられ、容赦なく胴薙ぎに。あるいは両手を組んで前に突き出して発生する衝撃波になぎ払われ沈黙してゆく。
 素体もまた彼らを敵とみなしたようで、脇目もふらず得物を構えてロボットに襲撃をかけるべき包囲網を展開し始めた。
 突然の乱入者と、敵の行動の変化。戦場にいるパイロット達が警戒し、慎重にならざるえないには充分な材料だった。戦場に於ける所属不明勢力は敵であると相場が決まっているのだ。
 そんな混乱する戦場をB-707、アステリアはTFS-666thの交信記録も含め全て捉えていた。

「あのロボット…」

 晃が驚愕と共に呟く。零も見覚えがあった。形状も体長も武装もコロラドで確認したものと同じだ。そして何より何者かの顔を象った赤いエンブレム。夜闇の中にあっても間違いようが無い。隣にいる人間大のロボットは初めて見るが、同じ勢力と見て間違いないだろう。
 また会うかもしれないと思っていたが、まさかこんなところで会うことになろうとは

<突如現れた巨大ロボットがエイリアンと交戦中。司令部、あのロボットは何だ?GEARの新兵器か?指示を!>

 下では生き残った都市防衛部隊が体勢を立て直しつつ、状況を把握するべくペンタゴンに指示を仰いでいる。無理も無い。敵対行動を取っていないにしても、それが「味方」であると信じられるほど彼らも純粋ではない。
 その間にも機獣たちは紅い機獣と先ほど戦闘機に融合した機獣を中心に空からのヒットアンドアウェイの戦法で2体のロボットを攻撃する。体躯の小さい者は残像が見えるほどのスピードでビームを回避し、敵を撹乱。体躯の大きい者は更に変形…技術部にいる変態じいさんが見たら「是非サンプルに!」と大喜びしそうだ。 とにかくロボットは重装甲で砲撃をしのぎつつ、確実に敵を撃ち落してゆく。北西から北方軍の増援が駆けつけてくるのが見えた。戦局は覆されつつあったが、状況は依然混乱している。
 アステリアが通信をキャッチ。

<本部のメテオより通信>
「メテオだと?」

 防衛長官や司令部を通さず、直接メテオからの通信。

〈各防衛部隊に通達。各機、当該ロボット勢力「サイバトロン」と連携し、ガルファ機獣を迎撃せよ〉

 つまり、あのロボットを援護せよと。それよりもあのロボットはサイバトロンというのか。「追って沙汰する」とか言いながら、本部は一体何をやっていたのやら…完成したばかりだから引越しでもやっていたのか?
 防衛部隊が戸惑いながらも、二体のロボットが未だ敵対行動を取っていないことを考慮して増援と合流。機獣に攻撃を仕掛けるべく進撃。オープンチャンネルで呼びかけロボットに対し援護を開始する。
 内心で零は毒づきながら、HUDに表示された次の指令に目を通す。ちなみにこのとき自分の予想が当たっていたことを彼が知るのは、また別の話である。
 個人による本部経由の音声通信。発信者表示は。

「タウマスより通信。本部からの指令あり。副司令からの音声回線よ」
「あの女仮面ライダーか」

 本部副司令ベガ。肩書きと女性であること、そして愛機がワルキューレである以外は不明。常に白いバイザーを装着しているのでその素顔を知る者はごく一部である。その彼女が、直接特殊戦に連絡を入れた。

<こちら本部副司令ベガ。 B-4、B-7、B-12。このチャンネルを維持しつつ、サイバトロンに接触しコンタクトを>

 零と晃は思わずお互いの顔を見合わせた。

 機獣達がこちらの目論見どおり自身に火線を集中させている結果に満足しつつ、コンボイはフルバックの重要さを痛感していた。
 撹乱はバンブルが担当してくれているが、あまり無茶はさせられない。
 ガルファの侵攻が惑星の広範囲に渡ると判断し、コンボイは部隊を分けることにした。正直バンブルが加わっても分けるほどの人数もいないが、広範囲の地域を地球人とともに防衛するためである。誰も反対はしなかった。
 ショートワープを使いホットロッドとラチェットは最も国土の広いロシアへ、対軍スキルを持つエンカーは大陸最大の人口密集地である中国へ。そして自分とバンブルは経済が集中しているアメリカの東海岸へ。たった三箇所だが、これが精一杯だった。
 数で押してくるガルファ機獣に各個撃破は通じない。1つの地域の機獣部隊を駆逐している間に別の地域を制圧し終えた機獣部隊に裏をかかれてしまう可能性がある。あるいは月から新たに部隊を編成して降下させればいいのだ。もっともチームで対抗して総力戦を臨めば、エンカー曰く「月に刺さっている螺子ごと実質的に掃滅できる」が、その時いくつか国が消えることは間違いないし、螺旋城本体の防衛プログラムが進歩していて、制圧する前に断線される可能性が高い。そしてサイバトロンとして、そのリーダーとして、これ以上ガルファの理屈のために殺される命を無視することはできない。
 背後に回りこんだ素体と一気に距離をつめその懐に穿つような一撃を見舞う。彼らの金属組織はトランスフォーマーとは比較にならぬほどの柔軟性を備えていたが、そのために頑丈さを犠牲にしていた。当然未完成体の持つもろい感触とともに素体は砕ける。
 問題は遠距離でこちらを狙撃しようと構える機獣達である。戦闘機を取り込んだ「ファイタス」は鮫のように上空で旋回し、他方向から多目的ミサイルを連射。オ-ビトンが射程圏外から極太のビーム砲を打ち込んでいく。こちらの射撃を掻い潜り、しかもなかなか近づいてはこない。
 バンブルは回避し、コンボイは装甲で凌ぎ切る。既に足元はめくりあがり、いくつものクレーターが出来上がっていた。コンボイの装甲も同じく多くの凹みや融解跡が出来上がっていた。バンブルも直撃こそ受けていないが、四肢に黒い融解跡が目立ち始めている。素体は問題ないが、機獣を落とさない限りこちらの消耗は激しくなるばかりだ。
 そのとき、再びビーム砲を発射しようとしたオービトンに編隊を組んだ防衛部隊のミサイル群が横から襲い掛かった。装甲を貫通するには足りないが、衝撃と爆風はその体勢を揺さぶるのに充分だった。続いて別方向からファイタス目掛けて長距離ミサイルが弧を描いて迫り来る。ファイタスはそれらを回避すべく高速機動で機銃を放ちながら回避行動に移る。そのため維持していた陣形を崩した。
 その好機を見逃すほど地球人の戦士たちは甘くない。装甲の薄いファイタスに狙いを定め、それぞれを一小隊編成で追い込み引き剥がしにかかった。

〈こちらマンハッタン防衛部隊、援護する。〉

 オープンチャンネルでの素っ気無いほど簡潔な通信内容。だが、コンボイとバンブルにとってはそれで充分だった。ミサイルに装甲をはがされ高度を落とし、地上に膝をついたファイタスに、プライムのパワーで増強したブラスターで止めを刺す。やっと機獣クラスを仕留めた瞬間だった。リーダー格のオービトンは未だ健在だ。今防衛部隊が撹乱にあたっている。
 指向性通信を受信。遥か上空からの戦闘機からだ。拡大視界で確認。間違いなくビッグキャニオンでデストロンと交戦した戦闘機だ。
 彼らが戦略偵察のために戦闘には一切介入しないと聞かされていたコンボイは彼らから接触してきたこと事実に戸惑ったが、次の瞬間それ以上の驚愕に塗り替えられた。
 驚愕の余り、自身の論理回路に異常が起きたのかと疑ったくらいだ。デジタル通信に乗って伝わった言語は地球のものではなかった。それは十数年前から使う〈人間〉がいなくなったはずの言語だった。

<こちら地球防衛組織GEAR副司令ベガ。サイバトロンの方々!聞こえますか?アルクトスのベガです!>



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